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オアフ島からハワイ島へ [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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昨年のハワイ旅行の記事を掲載していましたが3日目を掲載したところで中断して、少し時間が経ってしまいましたが4日目から掲載を再開したいと思います。なんとか1年以内にはすべての記事を掲載したいと思っていますが、怠けていたために結構厳しくなってきました。
上の写真は飛行機から撮ったカホオラウェ島(手前)とマウイ島(奥側)で、下の地図のようにオアフ島とハワイ島の間にありまクリックすると拡大す。
 1日目~3日目 オアフ島
 4日目~5日目 ハワイ島
 6日目~8日目 オアフ島
 9日目     帰国
2日間のハワイ島ツアーは4日目「マウナケア山頂&天体観測ツアー」と5日目「ハワイ島一周ツアー」の2つのツアーだけでなく、オアフ島の泊まっているホテルのピックアップから往復の航空券代とハワイ島のホテル代とオアフ島の泊まっているホテルまでの送迎を一括含んだツアーでした。依頼した会社は53年の歴史のある老舗ツアー会社でジャックスツアーズでした。今回のハワイ旅行の直前に噴火したキラウエア火山関係との時系列を記載しました。
 ハワイ往復の航空券手配 JAL       2017年06月30日 マイレージ
 オアフ島のホテル予約  ホテルズドットコム 2018年03月14日
 ハワイ島1泊ツアー予約 ジャックスツアーズ 2018年03月14日 $595x2
 ESTA申請/即承認  公式ウエブサイト  2018年05月03日 $14x2
 キラウエア火山噴火開始           2018年05月03日
 火山国立公園が封鎖             2018年05月11日
 キラウエア火山最大噴火           2018年05月17日   
 ハワイ旅行出発               2018年05月19日
 ハワイ旅行帰国               2018年05月27日
 キラウエア火山の溶岩流出終了        2018年09月上旬
 火山国立公園の一部開園           2018年09月22日
 キラウエア火山噴火の事実上の終息宣言    2018年12月04日
 火山国立公園の約80%解放          2018年12月18日
ESTAはビザなし入国に必須の渡航認証システム

本記事ではオアフ島のホテルのピックアップからハワイ島のホテル到着までを紹介したいと思います。オアフ島(O‘ahu)とハワイ島(Hawai'i)の間には順番にモロカイ島、ラナイ島、カホオラウェ島、マウイ島があります。噴火中のキラウエア火山から泊まるコナのホテルまでの距離は近いように見えますが、78kmあります。コナ空港までは80kmです。
 空港   ホノルル空港   コナ空港
 ホテル  ニユーオータニ  ロイヤル・コナ・リゾート


ジャックスツアーズから依頼されたスピーディーシャトルの車が6時45分に迎えに来ることになっていました。枠内が事前にメールでいただいた要領です。
クリックすると拡大スピーディシャトルの送迎の場合
1) ご連絡しましたお迎え場所にてお迎え時間 5分前にはお待ち下さい。
担当運転手がお迎えに上がります。
※右の写真が基本のスピーディーシャトルのバンの形です。違う色のバンもございますので御注意下さい。
なお、シャトルのため混載となります。交通状況、立ち寄るホテルの数、お迎え進行によってはご連絡していたお迎え時間より遅れることもございますのでご了承下さい。
15分以上遅れた場合は、スピーディシャトルへまずご連絡下さい。
英語のみとなります。(電話番号 1-877-242-5777)
また、弊社の営業時間内(月曜日から金曜日 8時から17時まで)は808-969-9507までご連絡下さい。(日本語可)営業時間外電話番号は808-938-7142 (英語のみ)になります。

ホテルは一旦チェックアウトして荷物を預けるために余裕を見て6時20分にロビーに降りてきましたが、まだ暗い状態でした。車はいろんなホテルの人をピックアップして空港に向かうのですが、我々のホテルは空港から一番遠いので最初に来るために時間通りに来るのではないかと予想していましたが、予想が外れて一番最後のピックアップだったので30分ほど遅れて車が到着いたしました。スピーディーシャトルの会社に近いところからピックアップして我々のホテルの近くから高速に乗って一気に空港に行ったのだと思います。
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こちらがスーツケースの預かり証です。一泊だけなので飛行機に機内手荷物だけにするためにそれぞれリュック一つで出発いたしました。


こちらがEチケットのフライト部分を切り取ったものです。フライトの出発時刻は9時15分なのでホテルでのピックアップが遅れましたが、車が渋滞したとしても十分に余裕がありました。フライト時間は47分で、コナ空港への到着は10時2分でした。
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助手席のみが空いた満席の状態で空港に向かいました。
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こちらが我々が乘ったシャトルミニバスです。空港に着いた時に撮りました。
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すぐにメールで送ってもらっていたEチケットでチェックインいたしました。こちらがホノルル→コナの搭乗券です。搭乗Gateは55番で座席は6Aと6Bです。
搭乗券の TSA Preの部分に赤いボールペンでマークが入れられています。TSAはTransportation Security Administrationなので安全検査の時にチェックされたのだと思います。
 5月19日 JL786 成田→ホノルル(オアフ島)
 5月22日 HA368 ホノルル→コナ(ハワイ島)
 5月23日 HA307 コナ→ホノルル
 5月26日 JL789 ホノルル→成田(翌日18時30分着)
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朝食は空港の搭乗口の近くで食べることにしていました。ホテルの出発が30分遅れましたが、この時で出発時間の1時間10分前と、余裕のタイムスケジュールで計画されていました。まだ早いようで空港全体としては人が少なかったです。
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さすがアメリカです。コーヒーも大きかったです。
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ハンバーガーとサンドイッチの中間的なものでした。クロワッサンにハンバークと玉子が挟まれていました。
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ポテトも一つたのみました。ハッシュドポテトでした。
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我々が乘る55搭乗口(GATE)には人が集まっていました。
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これが我々が乘る飛行機です。機種はボーイング717(Boeing 717)でした。低翼配置の主翼と胴体尾部のエンジンを特徴としたDC-9(マクドネル・ダグラス社)の流れを持つ機種ですが、ボーイング社には717とほぼ同じ客席数の737-600が存在したことから、2006年5月23日を最後に生産が終了しました。マクドネル・ダグラス社は1997年にボーイングに吸収されました。
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飛行機はハワイアン・エアラインズ(Hawaiian Airlines)ですが、JALとの共同運航便になっていました。日本から早朝に着いた飛行機から乗り換えてハワイ島に行くのだと思います。
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飛行機に乗って窓から撮ったホノルル空港の景色です。
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オアフ島のホノルル空港の離陸の動画を紹介します。飛び立ってワイキキに沿って飛び、ダイヤモンドヘッドが目の前に見えるところまで写っています。ホノルル空港の正式名はダニエル・K・イノウエ国際空港(Daniel K. Inouye International Airport)で、有名な日系人の名前(ダニエル・K・井上)が使われています。


ホノルルの町やダイヤモンドヘッドがきれいに見えました。
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ダイヤモンドヘッドがきれいなのでズームで撮った写真も掲載いたします。少しだけ露出調整いたしました。さらに本写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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まだオアフ島が見えますが、点々とした沢山の雲で島の景色が遮られています。
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オアフ島から離れました。海面の点々とした黒い部分は雲の影です。
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オアフ島を離れて最初に見えてきたのはモロカイ島(Molokaʻi )です。
標高1,512mのカマコウ山(Kamakou)がモロカイ島の最高峰です。
面積は673.4k㎡で、ハワイ諸島で5番目の大きさの島です。
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左端の島がモロカイ島で、右端に写っているのがラナイ島です。遠くに見えている山がマウイ島の3,055mのハレアカラ火山です。マウイ島はハワイ諸島で2番目に大きい島です。この位置からだとマウイ島は2つの島のように見えます。元々は2つの島でしたがハレアカラ火山から流れ出た溶岩でつながって一つの島になったそうです。ちなみに1番目に大きな島がハワイ島で、3番目がオアフ島で、4番目がカウアイ島です。
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マウイ島のハレアカラ火山をズームアップしました。
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小さく見えていたラナイ島(Lānaʻi)が大きく見えてきました。これでもハワイ諸島で6番目に大きさの島です。
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ここでジュースが出されました。Passion-Orangeのジュースでした。パッションフルーツとオレンジのミックスジュースのようです。
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ここで機内の雰囲気も紹介します。
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ラナイ島(Lānaʻi)に近づくとラナイ空港(Lānaʻi Airport)が目の前に見えました。
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冒頭の写真です。左上のマウイ島の右手前にカホオラウェ島(Kahoʻolawe)が見えてきました。カホオラウェ島の面積は約116k㎡で、ハワイ諸島の主要8島では最も小さい島だそうです。乾燥した島で農作物が育ちにくく、現在は無人島ですが、カメハメハ3世時代には流刑地として使用していたそうです。
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遠くにハワイ島の高い山が見えてきました。その山を目いっぱいズームいたしました。ハワイ諸島の最高峰(標高4,205m)のマウナケア山です。この日の晩のツアーの目的地でもあります。到着したホテルから13時に出発して4200mの山頂から沈む夕日を見るツアーです。澄んだ空の星座を見た後に長時間走ってホテルに戻ってきたのは23時頃でした。
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左の山がマウナケア山で、全体が見えませんが右の山が標高4,169mマウナロア山です。マウナロア山はなだらかな山であることから世界一体積の大きい山として有名です。地上は雲に覆われていて2つの山以外は見えませんが、雲が無ければ大きなハワイ島が目の前に広がっているはずです。
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地表が厚い雲に覆われていて標高4205mの高さの実感が湧かないと思うので写真から標高0mを割り出してみました。マウナケア山とマウナロア山の山頂の直線距離をGoogle地図で計測してみると40.8kmでした。飛行機の方向(オアフ島の方向)から40.8kmを投影すると38kmであることから38km対4.205kmの比率から標高0mの位置に水平線を書き込んでみました。雲の高さは約2370mとなり雲の上のマウナケア山の高さは1830mましたとなりました。つまり地表が雲に覆われていてもマウナケア山の山頂に行けば夕日や星はきれいに見える可能性があることを予感させてくれました。クリックすると標高0mを書き込んだ大きな写真を表示します。
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この後、徐々に高度を下げていき雲の中に入ったために景色は見えなくなりました。雲の下に降りると写真の青い海が広がっていました。そのまま真直ぐにコナ空港に向かっているようでした。
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ハワイ島に近づいた時にはすでに着陸態勢でした。
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ハワイ島のコナ空港への着陸の動画の動画を紹介します。コナ空港の正式名はエリソン・オニヅカ・コナ国際空港(Ellison Onizuka Kona International Airport at Keāhole)で、ホノルル空港と同じように、有名な日系人の名前(エリソン 鬼塚)が使われています。CAの方の機内放送を聞いていただくと実際に乗っている雰囲気を感じてもらえるかもしれません。溶岩の上の空港であることも判っていただけると思います。


コナ空港の管制塔です。
ハワイ諸島の主要8島を、あらためて面積の大きい順に紹介します。
NO  名前 ハワイ語 面積 人口 人口密度
1 ハワイ島 Hawai'i 10,432km² 186,738人 17.9人/km²
2 マウイ島 Maui 1,884km² 144,444人 76.7人/km²
3 オアフ島 O‘ahu 1,545km² 953,207人 617.0人/km²
4 カウアイ島 Kauaʻi 1,456km² 65,689人 45.1人/km²
5 モロカイ島 Molokaʻi 674km² 7,404人 11.0人/km²
6 ラナイ島 Lānaʻi 364km² 3,102人 8.5人/km²
7 ニイハウ島 ‘O Ni‘ihau 180km² 130人 0.7人/km²
8 カホオラウェ島 Kahoʻolawe 116km² 0人 0.0人/km²
参考 ハワイ州陸地 16,638km² 1,360,301人 81.8人/km²
日本 340.8人/km²
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こちらがターミナルビルです。1階建てのハワイらしい建物でした。
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飛行機からタラップで降りた後はターミナルビルまで歩いて移動します。
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タラップを降りて、乗ってきた飛行機を記念に撮りました。
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タラップと書きましたが、3つのスロープで構成されたボーディングブリッジでした。これならば車いすでも乗り降りできます。1階建てのターミナルビルだからこその工夫なのかもしれません。
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ターミナルビルの入口です。国内線なので何のチェックもなく建物をスルーして外に出てしまいます。ホテルまでの車の運転手との待ち合わせは荷物受け取り場所なので、探すと最も道路に近いところにありました。待っているとジャックス・ツアーズの運転手の方が来られました。
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預け荷物がないのに驚かれましたが、すぐに車に乗ってホテルに向かいました。
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コナ空港は溶岩台地の上に建てられていますが、空港の周りだけ緑の木が植えられていました。
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空港の敷地を離れると、このような溶岩に覆われた場所でした。
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クリックすると拡大ただし、道路は整備されていました。車線が増やせるように道路の両脇にはスペースが設けられていると説明されました。この写真は運転席の横の隙間から撮った右の写真から切り取りました。
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コナの町に入ってくると、観光地であることが伝わってきました。
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海の向こうに見えているのがこの日に泊まるロイヤル・コナ・リゾートです。
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ホテルが大きく見えてきました。
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到着するとリゾートホテルという雰囲気が伝わってきました。
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部屋に着いたのは11時でした。ツアー出発まで時間があったのでコナの町に出てみることにいたしました。マウナケア山頂ツアーの集合はホテルの正面玄関に13時40分でした。ツアーから戻ってくるのは深夜でレストランや売店は営業していないと思われたことからビールやつまみや軽食や水の調達も町で行うことにいたしました。これは大正解でした。
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クリックすると拡大下の図はハワイ州観光局の資料に書かれていたキラウエア火山のハレマウマウ火口の図です。今回の噴火で火口は約600mも陥没し、噴火が収まり安全になったことから、右の写真のように現在は大きく深くなった火口を見ることが出来るようです。噴火活動前の火口の容積は5.4~6千万m³から噴火後は8.85億m³と16倍になりました。
クリックすると拡大今回のハワイ旅行の直前にキラウエア火山の噴火が始まったことで風評被害で地元の観光業は大きな打撃を受けたそうです。特に火山の噴火に敏感な日本の観光客の減少は大きく我々が利用した53年の歴史があるジャックスツアーズも廃業に追い込まれたそうです。
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地元のメディアHonolulu Civil Beatによりキラウエア火山の火口部分のYouTubeによるライブ配信が2018年5月18日から始まりました。その5月18日にライブ配信された動画を紹介します。時差の関係から我々が成田空港を出発した前後の動画です。本動画は7時間17分ですが、埋込コードにstart=12000を入れているので、プレーボタン( )をクリックすると3時間20分(12000秒)の部分から動画が始まります。溶岩が流れいてるところ→ポチッ


コメントでコナコーヒーが話題になったのでお土産で持ち帰ったコナコーヒーの写真を追加しました。写真は5パックの5種類ですが、お土産として持ち帰ったのは合計9パックで、その中で貴重と言われているピーベリー(Peaberry)豆が5パックでした。
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ネコヤナギの花は雄花(雄株)でした。 [植物]

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2019年3月10日追記 タイトル: ネコヤナギの花の記事
アクセス解析の機能で昨日(2019年3月9日)のブログのアクセス状態を確認すると、6年前の2013年3月12日に掲載した本記事「ネコヤナギの花は雄花(雄株)でした。」に、1日に50回のアクセス(ページビュー)があったことから、調べることも兼ねてブラシュアップいたしました。
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2013年3月13日追記 タイトル: ネコヤナギの花は雄花(雄株)でした。
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2013年3月12日に、ネコヤナギの写真を撮って掲載するときに調べて雌雄異株であることを知りました。写真などから雌花ではないかと記載しましたが、もう一つ自信がなかったので今朝確認に行きました。
ねこやなぎ(猫柳)の特徴はネットで調べると次のように書かれていました。
・雄花の特徴
雄花序は長さ3〜5cm。雄しべは2個。花糸は合着して1個、基部には腺体が1個ある。葯ははじめ紅色で、黄色の花粉を出したあと黒くなる。
・雌花の特徴
雌花序は長さ2.5~4cm。子房はほとんど無柄。白い毛が密生する。花柱は長さ2.5~3mm。腺体は1個。苞は披針形で上部は黒色。下部は淡緑色。両面に長い白毛がある。果実はさく果。成熟すると裂開して、綿毛に包まれた種子をだす。
雄花の特徴である「葯ははじめ紅色で、黄色の花粉を出したあと黒くなる。」と今回、撮った写真の特徴から雄花の可能性が高いことがわかりました。前回も、その特徴がありましたがより鮮明に表れていました。ちなみに枠内の説明の中になった花序(かじょ)は小さな花の集合体のことです。

さらに花を拡大すると黄色の花粉らしきものも確認できました。これだけの量だし、黄色い雄蕊の近くだけについていることから、風で飛んできた花粉ではないと思います。クリックするとさらに拡大するように設定いたしました。この写真は上の写真から切り取ったものでクリックすると拡大す。
僅かの距離のさですが、ピントが合っているオシベと、合っていないオシベがあるのは焦点深度の関係です。今となっては古いカメラ(Canon G10)ですが解像度は今でも通用するようです。現在、主に使っているのは EOS 5DとG7Xです。
G10と言えば、東京の大学に通う椿原世梨奈さんが防水ケースに入ったカメラを石垣島で無くして、2年半後の2018年3月27日に台湾の宜蘭県の蘇澳海岸で発見されて持ち主に戻ったことを思い出します。そのカメラがG10の後続機種のG12だったのです。さらに驚いたことにFacebookによってたった1日で持ち主が見つかったことも有名な話でクリックすると拡大クリックすると拡大す。
 ネットでの記事    → 記事1 記事2 
 呼びかけたFacebook  → ポチッ 
偶然ですが、宜蘭県の蘇澳と言えば、海外向けの発電プラントを私が初めて担当して納入したのが蘇澳の某会社でした。私の初めての海外出張で設計者としてプレゼンで訪れた最初の会社も蘇澳の某会社(1988年3月1日)でした。
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こちらがオリジナルの写真の縮尺です。この写真も2枚上の写真から切り取ったものです。この切り取った写真の中には完ぺきにピントが合った部分はありませんが、周辺には何か所かにありました。
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上の3枚の写真を切り取ったオリジナル写真を紹介します。切り取った範囲に赤枠を書き込みました。オリジナルの写真の横縦比は4:3ですが、切り取った写真は最近のカメラと同じ3:2にいたしました。ピントが合っていると思われる部位(10ケ所)の近くに小さな赤色四角()を書き込みました。緑枠が1枚下の写真です。この写真を撮るために連写で7枚撮ってその中の1枚が本写真です。
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上の写真の小さな赤色四角()の一部を紹介します。上の写真の緑枠の部分です。クリックすると同じ縮尺で広範囲を表示します。
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咲き始めたばかりは真っ赤でした。これからも雄花と言えそうです。
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花を一つを見ると「雄しべは2個。花糸は合着して1個」というところが雄花の特徴と合致していますが、こちらはネットの雌花とも似ているので、この写真からは結論が出せませんが、上の3枚の写真から判断して今回のネコヤナギの写真は雄花と思われます。
実が出来るころに再度確認はしたいと思っています。
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近くで雌株(めかぶ)を見つけることが出来なかったので、参考にネコヤナギの雌花(めばな)の写真をネットから転用させていただきました。雄花(おばな)との違いは先端が細いことです。


こちらのネコヤナギの雄花と雌花の比較した図もネットから転用させていただきました。


2013年3月12日掲載 
タイトル: 朝のワンコの散歩でネコヤナギを見つけました。
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今朝(2013年3月12日)のワンコ散歩の時に花の開いたネコヤナギを見つけたのでポケットに入れてあったカメラで、この写真を撮りました。右上にはよく見るネコヤナギの蕾が写っています。この写真から見ると、下の方から順番に咲いていくようです。調べてみるとネコヤナギは雌雄異株で、雄株と雌株がそれぞれ雄花と雌花を咲かしますが、これは雌しべ雄しべで、おおわれているようなので雌株雄株でしょうか。雌株か雄株か確定できていないので、この次は雄株雌株を探してみます。ネコヤナギの名前は猫の尾に花が似ていることからつけられたようです。

花を拡大してみました。雌しべ(または雄しべ)が沢山ありました。花粉が出ているようにも見えます。明日にでも、もう一度行ってみて花粉の有無で雄花か雌花かを決着させたいと思います。
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2枚上の写真から花が開いていない綿毛の状態の花芽(もこもこ)の部分を切り取り拡大いたしました。枝の先端の部分です。花は枝の根元から先端に向かって咲いて行くようです。
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少し遠くから撮ったネコヤナギです。畑の中に植えられており畑の周囲には沢山の梅の花が咲いていました。1972年の23版発行牧野新日本植物図鑑では「かわやなぎ」の名前が正式で、一名として「ねこやなぎ」が使われていました。ネットで「かわやなぎ」を調べても少ないので、今は「ねこやなぎが」が正式名のようです。あるいは別の種類として認識されているようにもうかがえます。フリー百科事典のWikipediaでは「ねこやなぎ」も「かわやなぎ」も種名は「ネコヤナギ」でしたが、学名は「Salix gracilistyla」と「Salix gilgiana」となっていました。カワヤナギはネコヤナギの別称で学名は「Salix gracilistyla」と書かれたサイトもありました。
  界 : 植物界     Plantae
  門 : 被子植物門   Magnoliophyta
  綱 : 双子葉植物綱  Magnoliopsida
 亜綱 : ビワモドキ亜綱 Dilleniidae
  目 : ヤナギ目    Salicales
  科 : ヤナギ科    Salicaceae
  属 : ヤナギ属    Salix
  種 : ネコヤナギ   Salix gracilistyla
 和名 : 猫柳
 英名 : Rose-gold pussy willow 又は Rosegold pussy willow
Salix gracilistyla is a species of willow native to Japan, Korea and China known in English as rose-gold pussy willow.
It is a deciduous shrub that reaches a height of 1–6 m.
Salix gilgiana is a species of willow native to Japan and Korea.
It is a deciduous shrub or small tree, reaching a height of 3–6 m.
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2019年3月10日追記 タイトル: ネコヤナギの花の記事
アクセス解析の機能で昨日(2019年3月9日)のブログのアクセス状態を確認すると、6年前の2013年3月12日に掲載した本記事「ネコヤナギの花は雄花(雄株)でした。」に、1日に50回のアクセス(ページビュー)があったことが判りました。訪問者数が45人なのでロボット検索ではなく個人に検索いただいたようです。訪問者数は同じサイトから複数回アクセスしても1人とカウントされるからです。ネコヤナギの季節であることも関係していますが、今までの経験から判断して、ネコヤナギのことをテレビで紹介した番組があったのではないかと想像しています。2019年3月9日の全体に対する訪問者数は1,099人で、アクセス数(閲覧数/ページビュー)は3,110件でした。
2013年3月13日時点の記事はFC2に登録しています。→ポチッ
これを機会に記事をブラシュアップして、新しい日付で再掲載いたしました。再掲載するとリセットされてしまい、時が過ぎてしまうと過去記事としてのアクセス数は減ってしまう可能性が高いです。結果は1年後に判ります。
画像をクリックするとご自身の、今日のアクセス解析の画面を表示します。
記事初掲載 2013/03/12 閲覧    0 /nice   0 /コメント  0
新日付掲載 2019/03/10 閲覧 12,971 /nice  94 /コメント 18
2019/03/15 閲覧 13,917 /nice 194 /コメント 40
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6年前の過去記事に3月9日に沢山のアクセスがあった原因を知りたくて1月1日まで遡ってアクセス数(閲覧数)と訪問者数を調べた結果をグラフにいたしました。季節と共に徐々にアクセス数が増えてきた以外にグラフからは特別な事象は見つかりませんでした。クリックするとご自身のブログの2019年1月1日のアクセス解析の画面を表示します。
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本記事への月別の推移を紹介します。本グラフで見る限り3月のアクセス数(閲覧数)が最も多いようです。グラフをクリックするとご自身のブログの2018年3月(1日~31日)のアクセス解析を表示します。
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まっくろクロスケのブログ全体のアクセス数(閲覧数)と比較する形で2年2ケ月間(2017年1月~2019年2月)のグラフも作成いたしました。上段が本記事のグラフで下段がブログ全体のグラフです。ネコヤナギの花の記事のアクセスの推移は季節をはっきりと表していることがあらためて判りました。下段の全記事ではアクセス数に比べて訪問者数の比率が少なく感じられるのは1ケ月間の間に同じ方が複数の記事にアクセスいただいても1人してしか集計されないためです。
グラフは縮小して表示しているために文字が小さくなって読みにくいと思いますが、グラフをクリックするとオリジナルのサイズを表示します。
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ただし、理由は判りませんが「ネコヤナギの花」で検索すると本記事が上位で出てくるためにアクセス数が多くなっているのは確かでした。刻々と変わっていきますが、2019年3月10日13時の時点ではGoogle検索で1位でした。試してみてください。ただし、「ネコヤナギ」だけの検索では142位までにも入っていません。


画像検索の Google images での「ネコヤナギの花」の検索では本記事の写真が6枚登録されていました。赤枠で囲っているのが本記事の写真です。
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2019年3月14日に、6年前と同じ場所にネコヤナギの写真を撮りに行ってみました。ネコヤナギの木は4株でした。6年前に確認した通り雌株は無く全て雄株でした。日付が近いためか花の咲き具合ほぼ同じでした。咲きつつある花序と、咲く前の花序がありました。
 2013年 3月12日と13日
 2019年 3月14日    に撮影
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クリックすると拡大こちらが咲きつつある花序です。この日の千葉県佐倉市は晴でした。ただし撮影時の気温はネットで見ると8℃でした。
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初めて美味しい「伊勢うどん」を食べました。 [料理]

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初めて「伊勢うどん」を食べました。ただし、地元のお店に行って食べたのではなく市販品です。でも結構美味しかったので紹介したいと思います。テレビでは以前から極太の麺の伊勢うどんを紹介する番組があり、前々から伊勢に行って伊勢うどんを食べてみたいと思っていました。伊勢うどんは極太の麺というだけでなく、麺のコシにも大きな特徴があるのです。麺のコシに関して、伊勢うどんは讃岐うどんの対極にあると言われています。讃岐うどんは強いコシがあるのに対して、伊勢うどんはコシの無さに特徴があるのです。讃岐うどんの強いコシの美味しさを知っているので、コシの無い伊勢うどんの美味しさはイメージ出来なかったので是非とも食べてみたかったのです。
クリックすると拡大伊勢には小学校の修学旅行と、学生時代のサイクリング部での初詣サンクリングで何度か行きましたが、関東に引越してしまったこともあり、伊勢に行く機会がありませんでした。地元で食べる伊勢うどんとは違うかもしれませんが、先ずは袋に入った市販品の伊勢うどんを食べてみることにしたわけです。

こちらが、今回買った伊勢うどんです。冷凍ではなく冷蔵タイプです。三重県産の小麦「あやひかり」が使われている伊勢うどんでした。あやひかりの特徴は低アミロース(amylose)のため麺が滑らかで食感が良いことだそうです。パッケージは、どっしりと重量感がありました。
全国には沢山のご当地うどんがあります。枠内にWikipediaに記載されていた順番に列記してみました。着色したのは食べたことがあるうどんです。日本は広いです。ほんの一部しか知らないことがよくわかりました。
豪雪うどん、稲庭うどん、甘ったれうどん、ひっぱりうどん、おっきりこみ、上州うどん、耳うどん、加須うどん、冷汁うどん、武蔵野うどん、一本うどん、ほうとう、煮ぼうとう、きしめん、ひもかわ、吉田のうどん、おしぼりうどん、おにかけ、氷見うどん、小松うどん、ころうどん、伊勢うどん、京うどん、こぶうどん、かす汁うどん、かすうどん、ホルモンうどん、備中うどん、倉敷のぶっかけうどん、しのうどん、鳴門うどん、たらいうどん、讃岐うどん、鍋ホルうどん、博多うどん、五島うどん、あごだしうどん、ごまだしうどん、やせうま、団子汁、魚うどん
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ラベルの部分を拡大いたしました。こだわっているのは「小麦」と「塩」とタレに使われている「たまり」と書かれています。創業の1951年は前記事で紹介した通り、鉄腕アトムの漫画が世の中に初めて登場した年でした。
クリックすると拡大 製造 堀製麺
 住所 三重県四日市市北小松町1746-2
 電話 059-321-0655
 創業 1951年
 小麦 三重県産小麦を使用
 塩  三重県尾鷲市の海洋深層水から製造
 たれ 本醸造のたまり醤油を使用
 HP http://www.e-iseudon.com/
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作り方が書かれた裏面のラベルも紹介します。うどんは250g×2で、たれは30g×2でした。一番大切な茹で方を転記させていただきます。
約1リットルの沸騰したお湯の中に内袋から出した麺を入れて3分~4分程茹でてください。(麺はほぐさずそのままゆでてください。)
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パッケージの中に入っていた伊勢うどんとタレです。最初はタレが少ないように感じましたが、実際に食べてみると十分に絡める量があったのです。
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完成した「伊勢うどん」です。
茹で上がりお湯を切った麺を丼に入れて、付属のたれをかけて、卵の黄身と、刻みネギと、鰹節をトッピングしました。卵にはこだわりました。評判の養鶏園で直接買って来た卵を使いました。中央の黄身の色を見てください。
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上からタレをかけても大部分は底に落ちているのでタレを絡めるように混ぜます。後で判りましたが全体にきれいに絡めることが美味しくする秘訣でした。
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さらに混ぜるとうどん全体に色が付いてきます。さらに器の底のタレを絡めるように混ぜます。美味しさの決め手となるタレは、たまり醤油、砂糖、味醂、鰹節エキス、酵母エキス、食塩、昆布で作られています。
伊勢うどんのルーツは、江戸時代以前から伊勢の周辺の農民が味噌たまりをつけて食べていたうどんを、食べやすく改良したものと言われているそうです。
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ここまでの色になるまで混ぜることをお薦めします。
食べてみて極太でコシの無い麺の美味しさが判った気がします。クリックすると拡大コシではなく、もっちりとした麺に甘辛いタレが絡んだ美味しさだったのです。味は全く違うけれでも韓国で右の写真のトッポッキ(떡볶이)が人気なのと通じるものがあるように感じました。モチモチの美味しさだったのです。
冒頭で、初めて「伊勢うどん」を食べました。と書きましたが、約20年前に1度だけ食べた記憶があるのです。しかし、その時は美味しいという印象は残らなかったのです。そこで今回のタイトルは、初めて美味しい「伊勢うどん」を食べました。とさせていただきました。
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上の写真をクリックすると拡大いたしますが、クリックの面倒な方のために拡大写真を掲載いたします。甘辛いタレがからんだ極太でもっちりの伊勢うどんをイメージしてもらえたでしょうか。
もちろん写真をクリックするとさらに拡大いたします。
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更に拡大した写真を紹介します。トッピングとして入れた鰹節が、タレや玉子の黄身をうどんに絡めるのに役立っているように感じました。好みで七味や一味を少しだけ振りかけるのもいいかもしれません。試しに少しだけ試してみましたが、振りかけなくても、振りかけても美味しかったです。
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クリックすると拡大黄身を伊勢うどんに乗せて、白身が余ったので玉子焼きを作りました。2個分の白身だけでは真っ白なので全卵を1個入れました。養鶏園から直接買ってきた卵で、黄身が濃厚なため出来上がりは普通の全卵で作った玉子焼きに近かったです。
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皆さんのコメント読んでいると、もう少しさらっとしたタレが沢山かかっているような伊勢うどんが多いように感じたので「伊勢うどん」でGoogle検索をしてみてその写真を並べてみました。その結果は確かにもう少しさらっとしたタレが沢山かかっている伊勢うどんが多かったです。今回の伊勢うどんは、他の写真も含めて最も濃厚なタレがからんでいました。これが私の場合は、太い麺にぴったりで、美味しく感じた理由の一つのように感じました。
麺の、もっちり感は残念ながら写真では分かりませんが、もっちり感にも特徴があったのかもしれません。
伊勢うどんの写真を転用させていただいたので左上のお店から順番に紹介させていただきます。東京のお店の伊勢うどんを1つ入れました。
 ふくすけ      三重県伊勢市宇治中之切町52
 山口屋       三重県伊勢市宮後1-1-18
 山口製麺(市販品) 三重県伊勢市大世古4-5-21
 二見 潮騒     三重県伊勢市二見町大字江580-10
 外苑        三重県伊勢市本町16-5
 花大根       東京都中央区銀座6-7-4
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1993年、つまり26年前に赤福の社長の指揮のもと、江戸末期の街並みを再現した「おかげ横丁」の住所は三重県伊勢市宇治中之切町52なので、上で紹介の6店舗の中の1つの「ふくすけ」が、その中のお店であることが判りました。おかげ横丁には約60店のいろんなお店があるそうですが、その中の飲食店はネットで調べた範囲で約20店(赤福本店、ふくすけ、団五郎茶屋、豚捨、海老丸、はいからさん、横丁そば 小西湖、フルーツラボ、とうふや、すし久、横丁焼の店、Ise Fruit laboratory、だんご屋、五十鈴川カフェ、浪曲茶屋、横丁 君家、おかげ横丁 もくとん、伊勢角屋麦酒、野あそび棚、など)でした。
写真は全てWikipediaから転用させていただきました。クリックするとオリジナルのサイズの写真を表示します。
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タグ: 玉子
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実写版 鉄腕アトム 秘蔵のお宝映像を提供していただきました。 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大下記は1959年3月7日~1960年5月28日に毎日放送制作・フジテレビ系列で放送された実写版鉄腕アトムの記事です。
新しい写真や情報をkojiroさんから提供を受けましたので新しい日付で掲載いたします。新しい写真は最後に追加掲載しております。
記事初掲載 2014/10/14 閲覧    0 /nice  0 /コメント  0
新日付掲載 2019/03/03 閲覧 18,666 /nice 337 /コメント 273
2019/03/07 閲覧 19,409 /nice 402 /コメント 293

2014年10月15日掲載  タイトル : 実写版 鉄腕アトム
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クリックすると拡大クリックすると拡大実家の宝塚に帰省していた2014年8月13日に娘と二人で右の写真の手塚治虫記念館に行きました。その時の記事の中に昔、鉄腕アトムの実写版が放送されていたことを紹介したところ、コメントをいただいたkojiroさんから実写版の鉄腕アトムに関して詳しい説明をしていただいた上に、貴重な写真や資料を送っていただいて、手塚治虫記念館の記事に追記させてもらいました。その追記させてもらった内容を単独の記事で紹介することといたしました。「実写版アトム」を現代風に言えば「リアルアトム」です。記事の中で使っている実写版・鉄腕アトムの写真は、ネットから転用させていただいた写真と、kojiroさんから送ってもらった写真で構成させていただいております。当時は鉄腕アトムの映画やテレビのアニメは無いことから実写版という概念も無いと思われるため、本来ならば「特撮版 鉄腕アトム」となるのだと思います。

クリックすると拡大クリックすると拡大鉄腕アトムは月刊雑誌・少年の1951年4月号から掲載された右の写真の長篇科学漫画のCAPTAIN ATOM アトム大使の中で宇宙人と地球人との間の戦争回避の交渉役などしてクリックすると拡大登場したのが最初で、あくまでも脇役でしたが、翌年の1952年4月7日から月刊雑誌・少年の連載では主人公として登場し、作品名も「鉄腕アトム」となり17年間連載がつづきました。クリックすると拡大下記の漫画が少年に掲載された最初の鉄腕アトムでした。この時は本人以外、何十年も続くアニメになるとは想像してなかったのではないでしょうか。上の2枚の月刊雑誌・少年の表紙の小さな写真は1951年4月号(アトム大使の初連載)と1952年4月号(鉄腕アトムの初連載)です。
手塚治虫先生は1928年に豊中市に生まれて5歳(1933年)の時に家族と共に宝塚市に移り住み、24歳までの約20年間を宝塚市で過ごしました。右下は手塚治虫先生の1951年(22歳ごろ)の写真でクリックすると拡大す。
クリックすると拡大 筆名  手塚 治虫( てづか おさむ )
 本名  手塚 治 ( てづか おさむ )
 生誕 1928年11月03日 現・豊中市
クリックすると拡大 死没 1989年02月09日 60歳
 学歴 医学博士
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鉄腕アトムのアニメかテレビに登場したのは1963年01月01日でしたが、実はそれよりも4年前の1959年3月7日に鉄腕アトムの実写版が毎日放送制作・フジテレビ系列で、クリックすると拡大1960年5月28日まで放送されました。
NHKでは人形劇のチロリン村とくるみの木(1956年4月14日~1964年4月3日)が放送されているころでした。右の人形の声を担当した女優が、左から黒柳徹子(ピーナッツのピー子)、里見京子(クルミのクル子)、横山道代(タマネギのトン平)でした。クリックすると拡大その3人が一緒に写った写真も紹介します。皆さんご存知のように、いずれも沢山のドラマなどで活躍された方です。右の3人の写真をクリックすると名前を書き込んだ3枚の写真を表示します。
この3人は日本の初代三人娘で、ラジオドラマのヤン坊ニン坊トン坊の主出演者でもありました。チロリン村とくるみの木の次の人形劇のひょっこりひょうたん島の放送は1964年4月6日~1969年4月4日でした。
鉄腕アトムは、交通事故死した天馬飛雄(天馬博士の息子)の代わりに天馬博士によって作られた人間と同じ感情を持つロボットでした。その後、お茶の水博士に引き取られて、いろんな活躍の物語が始まって行くのでした。


こちらは実写版のアトムが空を飛ぶ姿です。第一部のZZZ団の巻のネットで書かれていたあらすじを枠内に紹介します。
絶海の孤島に発生する特殊な毒ガスで、世界の要人を狂わせる「ZZZ団」が、世界的科学者リヨン博士とその娘ミッシェルを狙う。アトムは単身「ZZZ団」の本拠地島へ乗り込むが……。「ZZZ団」の秘密兵器として飛行自動車が登場する。この特殊車両が翼を伸ばすカットは、コマ撮りで撮影された。


鉄腕アトムが最初にテレビに登場したのは実写版だと思っていましたが、その2年前の1957年4月13日~9月28日に人形劇が放送されていたそうです。人形劇→実写版→アニメだったことになります。紙人形劇(ペープサート)「冒険漫画人形劇・鉄腕アトム」のことはkojiroさんにコメントで教えていただきました。人形制作は童夢人形劇研究所だそうです。実写版鉄腕アトムは世界初のインスタントラーメンのチキンラーメンが発売(1958年8月25日)された時代です。右下の動画は1958年に初めて流されたチキンラーメンの初代テレビCMです。NHKの連続ドラマ「まんぷ」の中の「まんぷくラーメン」の人が出てくるテレビCMと違いアニメタイプなのでアニメを作る技術はあったことが判ります。
 TV人形劇 1957年4月13日~1957年9月26日 東京テレビ
 TV実写版 1959年3月07日~1960年5月28日 毎日放送
 TVアニメ 1963年1月01日~第1作、第2作、第3作
第3作:2003年4月6日~2004年3月28日
以前に「まんだらけ」でのブリキ製人形の万引きで話題になった鉄人28号もテレビに最初に登場したのは実写版だったと思います。実写版の放送に関しては鉄腕アトムが65話に対して鉄人28号は13話でした。鉄人28号は横山光輝の作品です。左端と中央が実写版放送で、右橋がアニメ放送です。
実写版放送              TVアニメ初放送
鉄腕アトム 1959年03月07日~1960年5月28日(65話) 1963年01月01日
鉄人28号 1960年02月01日~1960年4月25日(13話) 1963年10月20日
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こちらは鉄腕アトムがロボット・カニ男と戦う姿です。アトムの頭の形が上のアトムと違うのがわかってもらえますか。カニ男が出てきた第二部のメキシコの巻のネットで書かれていたあらすじを枠内に記載します。
アトムの級友四部垣が、謎のロボット、ジェットマンによってメキシコにさらわれた。ピラミッド調査団に随行してメキシコに飛んだアトムは、調査団とサパタ夫人たちとの対立に巻き込まれる。調査団はインディアンとスフィンクス、夫人はジェットマンとカニ男を味方につけ、激しい抗争が繰り広げられる。エネルギーの切れたアトムのために、御茶の水博士もメキシコへ飛ぶ。調査団の狙いはピラミッドの中にあるある秘密にあった……。この巻よりアトムのコスチュームが変更された。「ジェットマン」、「カニ男」、「スフィンクス」といった多彩なロボットが登場する。メキシコの砂漠を演出するため、砂丘地帯で撮影され、ステレオタイプなインディアンが悪役で登場する。またこの第二部ではヘルメット・ベルトが変更されたが、オープニング映像は途中まで第一部のままで、ちぐはぐな印象となっていた。ゲストキャラのサパタ夫人は入江たか子が演じた。


メキシコの巻の新たな写真を2014年11月22日に2枚を送っていただきました。こちらはカニ男とジェットマンと戦うアトムです。


こちらもメキシコの巻の一場面ですがメキシコとは思えない風景が広がっています。円谷英二さんはゴジラなどの特撮を担当し、特撮の神様と呼ばれたほどの方です。
 制作局:毎日放送
 製作 :松崎プロダクション(第一部のみ三笠映画と共同制作)
 出演者:瀬川雅人、田中明夫、清水金一、若原春江、根岸弘子、他
 監督 :吉川博、志波西果、大橋秀夫、難波敏夫
 原作 :手塚治虫
 脚本 :渋谷五十八,岩田重利,コオロギハルヲ,宮川一郎,坂巻昇,志波裕之
 特撮 :加藤守男、山根茂幹、山崎明、円谷特技研究所、円谷英二(監修)
 撮影 :瀬川浩、吉田豊
 音楽 :小川寛興、益田克幸
 演奏 :楽団ブルーコーツ
 美術 :山崎正夫、高山良策
 照明 :伊藤一夫
 録音 :KRC


鉄腕アトム65話(13話×5部)の放送は土曜日の18:15~18:45に、一日も欠かさずに放送されました。kojiroさんのコメントによれば実写版の鉄腕アトムの頭の形は2回変わったそうです。その説明を参考にしてネットから3種類の画像を探してみました。上のカニ男と戦う姿は第二部のメキシコの巻の中のシーンでした。
 第一部 '59年03月17日~'59年05月30日(01~13話) ZZZ団の巻
 第二部 '59年06月06日~'59年08月29日(14~26話) メキシコの巻
 第三部 '59年09月05日~'59年11月28日(27~39話) フランケンとアトムの巻
 第四部 '59年12月05日~'60年02月27日(40~52話) アトム火星に飛ぶの巻
 第五部 '60年03月05日~'60年05月30日(53~65話) 気体人間の巻
初期            中期            後期


kojiroさんから新しいコメントで前期のアトムのコスチュームを瀬川少年以外に、身につけて遊んだ子供たちが沢山いたことを知りました。偶然にも、最近、その中の一人で毎日放送(大阪)の番組に出演して毎週、TVスタジオにかよっていた方からメールでクリックすると拡大直接に聞いたそうです。
アトムの撮影は東京ですが、大阪の毎日放送で製作されたそうですが、放送が後期になったころ、大阪の毎日放送のスタジオにアトムの前期のヘルメットやブーツが置かれていて、通っていた子供たちが装着して楽しむことができたそうです。置かれていたヘルメットやブーツは、かなりくたびれている感じのものだったそうです。後期のつなぎのような上着や、軍服はなかったそうです。前期のコスチュームは、瀬川少年にも引き取らないで毎日放送が保管していたようです。
kojiroさんからコメントを枠内に紹介いたします。
御無沙汰しています。しばらく、自宅を離れていました。
おもしろい情報がありました。なんと、実写版鉄腕アトムの前期のコスチュームの行くえです。
クリックすると拡大アトムは、撮影は東京ですが、大阪の毎日放送で、製作されたのはご存知の通りです。 放送当時、大阪の毎日放送に通っていた子供が、スタジオに放置されているアトムの前期のコスチュームのヘルメットやブーツをかってに、装着して楽しむことができたそうです。 放送は後期になっていたので、かなりくたびれている感じのものだったそうです。 後期のつなぎのような上着や、軍服はなかったそうです。 前期のコスチュームは、瀬川少年も引き取らなかったという事なのでしょう。 しかし、前期のコスチュームとはいえ、瀬川少年以外に、アトムのコスチュームを着てみて、しかも遊べた子が居たとは驚きです。 更に、直に、遊んだ方から、話を聞く機会があったのにも、驚きです。 昭和の歴史を垣間見れた気がします。これも、追加されてはいかがでしょうか
by kojiro (2015-11-05 00:37)

アトムのコスチュームを着たことのある方とは、面談した訳ではなく、メールで伺ったものです。立派な方のようです。
当時、毎日放送の番組に出演して毎週、TVスタジオにかよっていたそうですが、小物を入れる箱があり、その中に、前期のアトムのブーツなどのコスチュームが入っていたので、取り出して着てみて楽しんでいたそうです。当時は、そんな事が許されるのどかな時代だったそうです。昭和のカルチャーですね。 アトムのコスチュームは、その後、どうなったのだろうかと言われている方がおられるようですが、少なくとも、前期の物については、判明しました。恐らく、最終的に廃棄か、スタッフの誰かが子供用にもって帰ったのか、そんなところでしょう。
by kojiro (2015-11-06 00:28)

貴重で珍しい実写版鉄腕アトムのメンコの写真をkojiroさんが送ってもらえました。このメンコを××鑑定団にでも出すと、すごい宝になるのではないでしょうか。
フランケンの巻きで、スバルの前にアトムが友達と並んで立っているメンコです。この写真は、友達と並んでいるので、瀬川少年の他の子供と違う体型がよく判り、アトム役に選ばれた理由が判ります。
瀬川少年は、顔がふっくらしています。また、脚も長いだけでなく、ふっくらして、他の子と比べると、太ももがかなり太いのも判ります。アトム役で、こういうコスチュームでは、彼の体型がよいであろうとのことでした。


kojiroさんから、さらにメンコの写真を沢山送ってもらえたので掲載いたします。ネットに出ていたカラーの画像はメンコが多かったことを知りました。ヘルメットをかぶってバイクに乗っている女性が気になります。kojiroさん曰く、かっこいい女性は根岸弘子さん演じる隼探偵だそうです。第三部の「フランケンとアトムの巻」に登場していたそうです。この時は25才で根岸弘子さんは日劇ダンシングチーム出身で身長も高く運動神経も抜群だったそうです。
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2015年11月16日にさらにメンコの写真を41枚ほど送っていただけました。これらを見ていると当時の場面を思い出される方がおられると思います。スペースの関係で40枚を掲載しましたが最後の40枚目をクリックしていただくと41枚目を表示いたします。
一番最初の写真はメキシコの巻きの「新コスチュームに変えた」と紹介された時のものだそうです。この時はスカーフをしていませんでした。撮影開始までに、スカーフをするように変えたそうです。雑誌少年に「コスチュームが変わる」と紹介された写真が載った時も、スカーフはなかったので。服を着たイメージにしたので、スカーフをつけた方がかっこよいと衣装係が、考えたようです。事実、スカーフは、実写アトムのトレードマークになったそうです。
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サパタ部落の少年を演じたニッキー窪田がでてきます。その後ピロンの秘密の王子役を演じ、近未来風の服を着たりしています。当時は、少年ヒーローにも、SF的な服を着せたりしていた訳だそうです。
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2016年4月12日にkojiroさんから送っていただいたメンコも紹介いたします。
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こちらは2017年12月11日にkojiroさんから送っていただいたメンコです。
沢山の種類のメンコがあるのに驚きました。
それだけ人気があったのでしょうね。
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クリックすると火星探検のアニメを表示第四部 アトム火星に飛ぶの巻(40~52話)で登場する軍服姿の鉄腕アトムです。飾緒のついた短いダブルのボレロジャケットです。スカーフはアスコットタイ風にして軍服の襟の中に入れています。右の原作と異なり、軍服はジャケットのみで、ズボンははかず、軍服の下はつなぎのパンツ、タイツ、ブーツのスタイルでした。kojiroさんご推薦の軍服姿のアトムの写真をネットから転用させていただきました。
この時、鉄腕アトムを演じていた瀬川雅人(せがわ まさひと)は小学6年生でした。(1話:小学5年~65話:中学1年)


クリックするとオリジナルを表示kojiroさんに送っていただいたアトムの軍服姿の敬礼姿の飾諸がかっこいい幻の写真を掲載させていただきました。右の写真のように変色しているので完全な白黒に色調整いたしました。クリックするとオリジナルの写真を表示します。この写真はkojiroさんの知人の方から、20年以上前に光文社の御厚意により、図書室でコピーして頂いきkojiroさんに送っていただいた貴重なものです。kojiroさん、ありがとうございました。
なお、火星探検の巻の屋外撮影は、米軍の立川基地で行われ、アトムの撮影を見た米軍人の子供達にも、大人気だったそうです。1959年の時点で米軍基地で撮影が許されたことはすばらしいことだと思います。
クリックするとオリジナルを表示

上の写真は、こちらの写真から切り取ったものです。
隊員と向き合って敬礼している火星探検隊長のアトム少佐です。大人の隊員と向かい合って敬礼しているので、アトムがより凛々しく感じられます。隊員との体格差からアトムを演じた瀬川少年が小学生であったことが実感できる写真です。光文社の図書室でコピーさせていただいた、この写真は1960年2月号の「少年」に掲載されていたものです。


kojiroさんから2017年7月20日にアトム少佐の新たな写真を送っていただきました。DVDのリマスター版の紹介記事に載っていたそうです。本写真はヘルメットの質感が判りやすいです。

kojiroさんからコメントいただいた実写版アトムの第四部「火星探検の巻(40~52話)」の、ネットで書かれていたあらすじを枠内に紹介いたします。別のネットには「第3話 火星探検 1963年1月15日放送」と「アニメの第8話「火星探検(原題:火星隊長)」との記述もありました。
アトムはモス博士から火星探検隊長に任命される。 博士の言うには第一回目の探検隊が失敗したのは隊員の間の争いが原因だった。 そこでロボットであるアトムに依頼したのだ。 アトムは大学の教授(花丸博士, ケリガン)から1ヶ月の教育を受け,ロケットに乗り込んだ。
しかし,その中には密航者が一人乗っていた。 彼女はキャーベット(リイコ)といい,1回目の探検で反乱を起こしたレンコーン大尉の妹だった。 兄に会いに行くための密航だった。 もはや降ろすことも出来ずやむなく連れて行くアトム。
途中ロケットに未確認飛行物体が取り付き,アトムは自ら宇宙に出てそれをどかす。 しかし,アトムの命綱は誰かによって切られ置き去りにされてしまう。 アトムは不明のロケットの中に入り込み,原子力銃を持つ生物と出会う。
その銃の噴射力でロケットに戻ったアトムは一回目の反乱の原因がこの生物ではないかと考える。 火星に着いたアトム達の前に多くのロボットを引き連れたレンコーンが現れる。 そしてアトムのことをよく思わないケチャップ大尉はアトムに銃を向け反乱を起こす。
さらに彼はレンコーンのロボットを奪うべく出掛けていく。 彼らの前にはあの謎の生物達が襲ってくる。 宇宙人の存在を笑っていたケチャップは自ら恥じ,ロボットを指揮してその命を散らす。

クリックするとオリジナルを表示火星探検の巻の実写版とTVアニメのアトムの軍服姿を紹介したので漫画の軍服姿を紹介します。光文社のカッパコミックス鉄腕アトムの1964年2月号です。右がカッパコミックスの表紙です。この本の表紙の軍服姿のアトムは原作の姿と違いTVアニメとそっくりです。そんなことからも、表紙の絵はカッパコミックスのために書かれたものと思われるそうです。中の漫画は原作と同じだそうです。漫画、アニメともに、軍帽を被っていますが、実写では、被っていません。ヘルメットの上には被れなかったようです。

左が火星探検隊長に任命されたところです。マンモス博士の持っている鞄の中に、軍服が入っています。このマンモス博士を訪問した時の服装が、半ズボンを脱げば実写のアトム少佐に近いかもしれないそうです。
右がキャーペットをロケットから降ろそうとするアトムですが、この軍服が原作の軍服で、学生服のようです。ズボンも履き、ブーツインではありません。隊員と同じごく普通の軍服です。肩のエポレットのところに、フリンジがついていたような気がしていましたが、ついていませんでした。


キャーペットにレンコーン大尉に会わせられないと言っています。普通の結び方でネクタイをしています。実写では、アスコットタイのように結んでいます。漫画の原作では、これが一番アトム少佐の全身を示しているようです。

漫画の原作の宇宙人と戦った後のアトム少佐の敬礼姿です。詰襟ではありませんが、学生服風です。実写のアトム少佐の方は、飾諸がかっこいい短いダブルのジャケットでマフラーをアスコットタイ風に結んでいます。

記事のタイトルにふさわしい幻の写真をkojiroさんから送っていただきました。アニメ雑誌「少年」(光文社)の1960年正月号に掲載された手塚治虫先生と、実写版鉄腕アトムと、漫画のアトムのスリーショットの写真です。正月らしい「初ゆめ」の言葉が印象的です。実写版の鉄腕アトムがテレビで人気だったことが写真からも伝わってきます。1960年正月号が出版された1959年12月は丁度、フランケンの巻が終わり、火星探検が始まる直前であり、ロシアの人工衛星で、月の裏側の写真が撮られた頃です。
その時代を反映して、手塚先生が、「月の裏側が見える」と言っているように書き込まれているそうです。次の号は、火星探検隊長のアトム少佐の写真だったそうです。スリーショットは貴重で、テレビ 漫画史上に残る貴重な写真と思います。この時代にどのようにして才能のある子役を探したのか不思議でしたが、瀬川少年は劇団・コジカ座に所属していたことから鉄腕アトム役として抜擢されたそうです。


第三部のフランケンとアトムの巻のあらすじも、ネットを転記する形で枠内に紹介します。
日本征服をたくらむ某国の「バラン団」が日本に上陸。首領のスパルタ博士は、御茶の水博士の作った怪力ロボット・フランケンを奪って「オメガ因子」を組み込み、意のままに操る。さらにスパルタは御茶の水の「空飛ぶ円盤」を狙って博士を拉致し、発狂薬「黄色い馬」をつかって都民を狂わせようとする……。空飛ぶ円盤が登場するが、自動車に張りぼてをつけたものだった。同級生とアトムが綱引きをし、綱の後端を木に結びつけていたため、知らないアトムが引っ張ると木が倒れてしまったり、アトムに野球のピッチャーをさせたりと、アトムの日常生活が描かれた。「オメガ因子」や「黄色い馬」といった原作通りのキャラクターが登場する。本作オリジナルの「隼探偵」がスクーターで活躍する。アトムがロードローラーで襲われるシーンがあるが、このロードローラーには誤字なのか、「世田谷区没所」と表記してあった。

こちらは1960年4月頃、雑誌「コウロン」に掲載された手塚先生を紹介した記事です。記事のタイトルは「日本のディズニーをめざす男」です。
手塚先生を応援するために、1960年4月29日に向ヶ丘遊園で、鉄腕アトム大会が開かれ、数千人の子供があつまったと、本雑誌の記事に書かれていたそうです。ステージ上には瀬川少年演じるアトムが実写版の鉄人28号らしきロボットと対峙していて、ステージの周りには沢山の子供達が集まってい光景が写っています。この子供達がぎっしり集まっている事からも、実写のアトムの人気ぶりが判ると思います。記事の中には漫画のアトムも書かれています。
鉄人28号の実写版も同じプロダクションだったそうです。アトムの向こうに見えるのは、テレビ番組の監督かもしれないそうです。本写真および説明はkojiroさんから送っていただきました。
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kojiroさんに送っていただいたアトム友の会の募集記事です。募集記事は11月号か12月号で、写真は、フランケンの巻で、隼探偵を救うための血清を取り返そうとしていた時に、燃料が切れた時の写真と思われるそうです。テレビのカットではなく、雑誌「少年」用に撮影した写真と推測されておられました。マフラーと脚の長さを強調するように撮ったものと思割れるそうです。記事の記載内容を枠内に転記いたしました。
テレビの「鉄腕アトム」・瀬川雅人くんの後援会(アトム友の会)の会則が出来ました。「少年」とテレビの「鉄腕アトム」のファンなら、だれでも入会できます。会費は一カ月 三十円です。会員には、すてきな会員バッチをおおくりするほか、瀬川くんをかこむ会を三カ月に一回ひらいたり、撮影所を見学するなど、いろいろの行事をおこないます。入会したい人は会費をそえて、東京都中央区銀座西七ノ五・弥生ビル内 松崎プロ「アトム友の会」まで。
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鉄腕アトムの実写版の記事を掲載にあたり、kojiroさんから、お宝写真やお宝資料を5つ送ってもらえたたので紹介します。
これは雑誌「少年」に載ったアトム友の会の募集の最後の案内です。1960年の4月号であろうとのことです。記事のなかの写真は第三部のフランケンの巻のようなので、1959年の写真と思われるそうです。これは、テレビフィルムから撮ったものだそうです。アトム大会が、4月24日に豊島園で行われると書かれていますが、実際には、コウロンにあるように、4月29日に向ヶ丘遊園と変更になったそうです。変更になったのは応募者が多かったのが理由ではないかと推測されていました。


これは雑誌「少年」に載った最後の実写版の鉄腕アトムの写真であろうとのことです。1960年の5月号前後であろうとのことでした。


宇宙船という雑誌の1981年夏号に載っていたアトムの写真です。左が、気体人間の巻で、田崎潤が天満博士でてでています。この時のフィルムは喪失しているそうです。第五部の気体人間の巻のネットで書かれている物語のあらすじを枠内に記載いたします。
アトムの両親が登場。アトムが宿題を忘れて居残りをさせられたりと日常風景も描いている。アトムがギャングに潜入した際にサングラスをかける場面がある。ヘルメット衣装を着けているため、耳たぶをかなり変形させてサングラスをかけていた。アトムに気体人間が乗り移り、悪人になったふりをする巻である。いまは無い「渋谷文化会館」のプラネタリウムや、渋谷駅前で撮影が行われている。
右は、最初のZZZ総統の時のプロテクターを装着したアトムがヘルメットを取った有名な写真です。


上と同じ宇宙船という雑誌の1981年夏号に載った写真で、火星探検の巻で、アトムを修理すべく、胸をあけているという珍しい写真が左下に載っています。


右の写真は雑誌「宇宙船」の1984年の8月号に載った火星探検のアトム少佐です。上半身しか映っていませんが、アトム少佐の雰囲気が感じられます。これは、レンコーンのロボットを呼ぼうとして、機械と接続したアトムが、ケチャップ大尉の操作で壊れてしまった後に、苦しみながら、ロケットから外に出ようとしているところだそうです。雑誌「宇宙船」の写真は、すべてフィルムから撮ったものだそうです。

右の写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、載った天満博士、お茶の水博士、アトムのスリーショットです。下の写真の左側も同じ雑誌に載った天満博士とアトムの写真です。
下の右側は1995年のリクルートの「ぼくらのヒットパレード1958-59 vol.1」に載ったアトムの写真で、確認できていないそうですが、ヘリコプターらしき乗物を操縦している写真です。アトムは自動車を運転していたのは有名ですが、ヘリコプターも運転したかもしれないそうです。有名なタイツのしわが見えます。ヘリコプタらしき乗物を操縦している写真以外は「気体人間の巻」の写真だそうです。乗物を操縦している写真は確定ではないそうですが、頭の形や服装からやはり「気体人間の巻」の可能性が高いそうです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

1978年に発行された「朝日ソノラマ:テレビ版 宇宙をかけるSFヒーローたち」に載っていた実写版鉄腕アトムの気体人間の巻の写真です。
左は瀬川少年のアトムが腕を伸ばして空を飛ぶ時の上半身を前から撮ったものです。気体人間の巻だけ人形ではなく本人で撮ったそうです。伸縮性のないレオタード風つなぎだったため、袖の先から腕の素肌が出ています。もっと長い手袋で、素肌が出ないようにすれば良いのにと思ったそうです。つなぎの下は、メカが見えず、メカの上に人工皮膚をつけて、その上に服を着ているという設定の面白い写真です。
右は気体人間に操らるフリをしたので、悪党の一味に加わり、貯水池の管理人親子を、襲うシーンだそうです。アトムがサングラスをかけています。ヘルメットがサングラスの柄と干渉するのでサングラスの柄がまっすぐでなく曲げられていたそうです。結構 サングラスが似合っていると思います。


実写版の鉄腕アトムをペン画で描いた画像を送っていただいたので紹介します。クリックすると少し拡大します。かぶっているヘルメットを取られることは実際にはあり得ませんが、実写版らしいイメージをとらえた一枚です。アニメとは違うことがわかります。
クリックすると拡大

実写版時代の主題歌の歌詞を紹介します。
この主題歌は知らない方も多いのではないかと思います。歌詞が書かれた、初音ミクの歌声での動画があったので紹介します。
作詞:青木義夫  作曲:益田克幸  歌手:中島そのみ
僕は無敵だ 鉄腕アトム よい子のために 戦うぞ 勝ったつもりか 負けはしないぞ さあ来い 悪者 やってこい ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕はよいこ子だ 鉄腕アトム 困った時には 飛んで来て パンチだ 空手だ 正義の力だぞ いつでもどこでも 大勝利 ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕らのアトムは みんなのために どんなところでも 飛んで行く 僕らも一緒に 力を合わせ 平和な世界を 作るんだ  ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている

kojiroさんに調べていただいた結果、歌手は第一部・ZZZ団の巻(中島そのみ)→第二部・メキシコ(岡村喬生 上高田合唱団)→第三部・フランケンとアトムの巻(岡村喬生)→第四部・アトム火星に飛ぶの巻(岡村喬生)→第五部・気体人間の巻(上高田合唱団 中島そのみ)とかわりました。
中島そのみ の歌はこちら →http://youtu.be/8yxAcnFv00g
岡村喬生の歌はこちら   →http://youtu.be/DHs_ajbiIA0
             →http://youtu.be/IGZW4mK3T9w
初音ミクの歌はこちら   →http://youtu.be/FAqhiGNm2fw
さとうささらの声の歌   →https://youtu.be/-_UYpBIg__Q
瀬川雅人の素顔登場    →http://youtu.be/ozD0lX_tSvc
瀬川雅人 : 鉄腕アトム役

コメント欄でよしたかくんさんからのコメントにより、フルコーラスバージョンがあったことを知りましたので、コメントの一部を枠内に転記する形で紹介いたします。貴重な情報をありがとうございました。これ以外にも沢山の情報を教えていただいたので興味のある方は実際のコメントを読んでください。
実は「実写アトムにはもう一つの別バージョンフルコーラス」が存在します。始めに「実写アトムのメロディーは全部同一ですが、編曲アレンジオーケストレーションが微妙に異なり」ます。「中島そのみ、上高田はほとんど同一」ですが「岡村喬生版はイントロもアレンジも全く異なり」ます。実はこの回から?小川寛興先生が音楽担当として、益田克幸さんと同時にクレジットされました。推測ですがアレンジは小川先生と思われます。何故なら今までのバージョンとは全く違い「コード進行からイントロ、間奏、エンディングまで全く違い芸術的にまで昇華されています。また「知られざるもう一つの主題化フルコーラス」は、アレンジの骨格はそのみ、上高田とほとんど一緒ですが、イントロが全く違い」ます。実は30数年前に旧ユピテルから発売された再レコード化に際して参考にされたのはこの知られざるバージョンでした。しかも歌手は「中年の演歌歌手っぽい人の歌唱」で、岡村のパスに対して演歌版テノール?の様でした。つまり「実写アトムの主題歌は、実にわかっているだけでも4つの異なったバージョンが在る」と。更に「レコード化」ですが、解っているのは「中島そのみ版はテレビバージョンのみ、岡村版はテレビバージョン2コーラスまで。上高田版はキングよりフルコーラスレコード化確認。ではこの謎のバージョンフルコーラスは? おそらく推測ですが他社から別の形でレコード化されていたものと推測されます。過去こういう形でのレコード化は在った様で「怪獣王子、遊星仮面、鉄人28号」などがありました。
つまり「実写アトムはそれだけ人気が在った」と言う証拠ですね。
by よしたかくん (2016-03-08 11:49)
さらに2016年3月10日によしたかくんさんからの昭和30年代初期のころのいろんな番組のフィルムや資料が処分されて、その時代の写真や資料が少なくなった経緯などを、宇宙船エンゼル号の冒険、赤胴鈴之介、あんみつ姫、大海獣ゲボラ、魔神ガロンを例にとってコメントで教えていただきました。前回追加した実写版鉄腕アトムのフルコーラスの主題歌の情報もいただきました。そのフルコーラス主題歌の情報を枠内に転記いたします。なお、フィルムや資料が処分された経緯に関してはコメント欄を見ていただければ幸いです。
前回の「実写アトムの幻のフルコーラス主題歌」ですが、改めて徹底して聴き直しわかった事を報告いたします。
まず「曲の頭にザワザワゴリゴリと言うアナログレコード特有のスクラッチノイズが乗っている」「最初にアトムのジェット噴射と思われるSEが入りブザーの音、そしてファンファーレの様なイントロが4/4拍子として10小節あった後に主題化が始まり」ます。「サビの部分からは女の子たちのチルドレンコーラス=上高田とは全然異なりもしかしてビクター児童合唱団なのか?これは同時に保有している実写の鉄人28号の主題歌フルコーラス版がビクター児童合唱団と言われていた事」 更に2と3コーラスの間に挟まる間奏も全然異なり「5小節」と言う半端な間奏」になっています。なお3コーラスは「演歌っぽいテノールと児童合唱が逆さまになっています」全体的なテンポはかなりゆっくりで迫力は無いかもしれませんね。なお「実写の鉄人28号フルコーラス主題歌 3番まで」はレコード化に際しては全て児童合唱になっていましたね。
by よしたかくん (2016-03-10 10:33)

せっかくなのでTVアニメの鉄腕アトムの主題歌の歌詞も紹介いたします。
作詞:谷川俊太郎  作曲:高井達雄  歌手:上高田少年合唱団
空をこえて ラララ 星のかなた ゆくぞ アトム ジェットのかぎり 心やさしい ラララ 科学の子 十万馬力だ 鉄腕アトム
耳をすませ ラララ 目をみはれ そうだ アトム ゆだんをするな 心ただしい ラララ 科学の子 七つの威力さ 鉄腕アトム
町角に ラララ 海のそこに 今日も アトム 人間まもって 心はずむ ラララ 科学の子 みんなの友だち 鉄腕アトム

1980年代の歌はこちら→http://youtu.be/GX8b1TmXfvw
Vocaloidの歌はこちら →http://youtu.be/09KfdXh0a9U
初音ミクの歌はこちら  →http://youtu.be/FcG4OdWCvDo
ZONEの歌はこちら   →http://youtu.be/xb2YX-IuvSI
第1話 アトム誕生の巻 →× http://youtu.be/TUPNRRtGGDk
第2話 フランケンの巻 →× 
第3話 火星探検の巻  →http://youtu.be/83kiyJ8TE7s
第4話 ゲルニカの巻  →× 
第5話 スフィンクスの巻→http://youtu.be/cvepBVlQ4PE
第6話 電光人間    →http://youtu.be/Uf2gvImBCPU
第8話 幽霊製造機   →http://youtu.be/_T7Up9-UewQ
第9話 ブラックルックス →http://youtu.be/W22Z43tjpsA
第10話 イワンの馬鹿 →http://youtu.be/DPLFc6WVq8E
第11話 タイムマシン  →http://youtu.be/MZb1h9_Adls
第12話 十字架島    →http://youtu.be/zdprMAeIg2Q
第14話 人工太陽    →http://youtu.be/0P3V0NbpA8o
第15話 植物人間    →http://youtu.be/YC8xkO4eRQs
第16話 白い惑星号  →http://youtu.be/ml-R-CJV550
第17話 ロボットランド →http://youtu.be/5gVT2Rcjtjk
第18話 ガデム     →× 
第19話 アトム対魔人 →http://youtu.be/Nxg1ubs-Tbw
第20話 気体人間    →http://youtu.be/6jmsR29XRi0
第22話 海蛇島     →× 
第23話 ミュータント   →× 
第24話 海底王国    →× 
第26話 アトラス     →× 
11種白黒TVアニメ   →http://youtu.be/Jslc10q6cdg
     鉄腕アトム(1963/1/1)     鉄人28号(1963/10/20)
     エイトマン(1963/11/8)     ビックX(1964/8/3)
     スーパージェッター(1965/1/7) 宇宙少年ソラン(1965/5/4)
     ワンダースリー(1965/6/6)   魔法使いサリー(1966/12/5)
     パーマン(1967/4/2)      ゲゲゲの鬼太郎(1968/1/3)
     怪物くん(1968/4/21)  
上の欄の×印の動画には Tezuka_Productions のコンテンツが含まれているため、著作権上の問題で権利所有者によりブロックされました。

宝塚歌劇100周年を記念して宝塚駅の発車メロディーが新しくなりました。宝塚駅からは神戸線につながる今津線には宝塚市に5~24歳まで住んでいた手塚治虫にちなんで「鉄腕アトム」の曲がながされています。この動画は5月に来た時に撮ったものです。是非ともプレーボタン( [>] )をクリックしてみてください。大阪(梅田)に直接向かう宝塚本線では宝塚歌劇の愛唱歌として知られる「すみれの花咲く頃」が流されています。


歴代3作目となる「ASTRO BOY 鉄腕アトム」の主題歌も紹介します。第1作と第2作の主題歌は多少テンポは違いますが歌詞は同じですが、第3作では別の歌に変わりました。つまり実写版も含めると3種類の歌があるのです。
クリックするとオリジナルを表示クリックするとオリジナルを表示  テーマ曲  true blue
  歌手     ZONE
  作詞作曲  町田 紀彦
  歌詞  → ポチッ ポチッ
アストロボーイ・鉄腕アトムはフジテレビ系列にて、2003年4月6日から2004年3月28日まで毎週日曜日の9時30分~10時に放送されました。ちなみに1952年4月7日発売の原作連載漫画の中で、鉄腕アトムが誕生したのが2003年4月7日であったことから放送開始日(2003年4月6日)が決定されたそうです。鉄腕アトムは51年後を想像して作られた未来SF漫画だったのです。
 第1作 1963年01月01日~1966年12月31日 鉄腕アトム
 第2作 1980年10月01日~1981年12月23日 鉄腕アトム
 第3作 2003年04月06日~2004年03月28日 ASTRO BOY 鉄腕アトム


2009年にはハリウッドのイマジ・アニメーション・スタジオによって制作されたCGアニメが発表されました。下記は後半の6分2秒の名場面の抜粋です。
 全映画はこちら→http://youtu.be/GSufsdpWmqM 1時間33分48秒


知らなかったのですが実写版用の女の子の鉄腕アトムの写真が残されていました。
クリックすると拡大鉄腕アトムは1972年の最終回で異常発熱をする太陽にロケットとともに突入して鉄腕アトムの連載は終わりました。宇宙船から発射されたロケットが、隕石に当たって止まった為に鉄腕アトムは自らを犠牲にして地球を救ったのでした。太陽熱で溶けけ宇宙空間に漂っている鉄腕アトムは、宇宙人に救われて、右のアニメにあるように修理・改造されて鉄腕アトムとしての物語が1972年~1973年に続いたそうです。このときにコスチュームが変わっていたのですが、その理由は明かされていませんでした。
それはタイミングを見て、アトムが女の子だったことにする秘かな計画が手塚先生の頭の中にあったようです。
クリックすると拡大クリックすると拡大このときに実写版の女の子のアトムが計画されて右の3枚の写真が残っているのです。
真中と右は同じポーズですがコスチュームは違います。真中が最初のバージョンだと思われるそうです。皮膚をサーモンピンクにしていたのですが、肉欲的な感じがしたのか、ベージュに変えたようです。胸のプロテクターのボッチの数や、ヘルメットというか被り物の形も違っています。これらのコスチュームは手塚先生自身が極秘裏に製作を依頼したそうです。ただし実写版そのものの実現はなかったようです。頭の星型の部分に触るとタイムトラベルも出来たそうです。これらの写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、手塚先生が女の子のアトムを構想したことを紹介する形で載りました。
もともとの鉄腕アトム(左)も、そのモデルとなった天馬飛雄(中と右)も女の子のような感じでもありました。先入観なしで鉄腕アトムの知識もなく、アニメの子が女の子だと言われれば、信じてしまい天馬博士は女の子に飛雄という名前を付けた気になってしまいます。
 1980年 鉄腕アトム   1963年 天馬飛雄    1980年 天馬飛雄  


上で紹介した女の子の実写版を密かに計画していたことが暗示される鉄腕アトムのアニメです。宇宙人に救われて、修理・改造されて鉄腕アトムのアニメですが、上段が小学1年生の1972年6月号で下段が1972年4月号です。明らかに違いがあります。1972年6月号には胸にプロテクタが付けられていましたが、その前の1972年4月号にはプロテクターがない胸は、明から以前の鉄腕アトムとは違って女の子を意識していたのかもしれません。ただし次号からはプロテクターを付けたわけです。こんなところからもいろんな苦労が感じられます。タイムトリップ用の頭のダイヤルも6月号からつけられました。マントも6号からつけられたようです。
1972年6月号
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1972年4月号
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女の子の鉄腕アトムと言えば、こちらの動画も見逃せません。鉄腕アトムのように靴からロケット噴射を出して堀北真希さんが空を飛ぶ動画です。
下記も含めて3つ見つけました。→ポチッ ポチッ



2014年10月23日追記 新しい資料がkojiroさんから届きました。

クリックすると拡大右の沢山のアトムは2003年のメディアファクトリー発行の鉄腕アトムコンプリートブックに掲載された鉄腕アトムの変遷です。
クリックすると拡大1967年以降はすべてカラーなのに対して1972年が青色一色で書かれています。スタイルも1972年は他とは違う雰囲気があります。コスチュームが変わっている上に、顔の表情も女の子っぽく、マントまでしています。頭には、すでに紹介したタイムトリップが出来る星形が付いており1972年に手塚先生が極秘に女の子の実写版を作ろうとした時期に一致しています。このことからも手塚先生が女の子の実写晩を本当に作りたかったのが、伝わってくるような感じがします。それぞれのアトムには次のような説明があります。クリックすると読めると思います。
 1967-1969年 「サンケイ新聞」/「アトム今昔物語」より
 1970年    「別冊少年マガジン」/「アトムの最後」より
 1972年    「小学四年生」/「アトム還る」より
 1975年    「文芸春秋デラックス」/「アトム二世」より
 1976年    「週間朝日」/「偏差値王国との対決」より
 1980-1981年 「小学二年生」/「鉄腕アトム」より
  - 左上端 「月刊少年ジャンプ」/「シルバータワー」の巻より
 1963-1966年 虫プロダクション製作/フジテレビ系放映
 1980-1981年 手塚プロダクション製作/日本テレビ系放映
 2003年     手塚プロダクション ソニー・ピクチャーズエンタテ 
        イメント製作 /フジテレビ系列放映

上で紹介の次のページに載っていた鉄腕アトムの変遷も送っていただきました。こちらは1951年から1967年までの一年ごとのアトムが掲載されています。1951年のアトム大使に載っていた最初のアトムの絵は貴重です。
 1951年      「少年」本誌/「アトム大使」の巻より
 1952年      「少年」本誌/「フランケンシュタイン」の巻より
 1953年      「漫画少年」本誌/「アトム大使」の巻より
 1954年      「少年」本誌/「ZZZ総統」の巻より
 1955年      「少年」付録/「電光人間」の巻より
 1956年      「少年」本誌/「アトラス」の巻より
 1957年      「少年」本誌/「□□□□からきた男」の巻より
 1958年      「少年」本誌/「十字架大陸」の巻より
 1959年      「少年」本誌/「鬼火仮面」の巻より
 1960年      「少年」本誌/「デッドクロス殿下」の巻より
 1961年      「少年」本誌/「ホットドッグ兵団」の巻より
 1962年      「少年」付録/「宇宙の寄生虫」の巻より
 1963年      「少年」付録/「ロボット宇宙組」の巻より
 1964年      「少年」本誌/「地球最後の日」の巻より
 1965年      「少年」付録/「ロビオとロビエット」の巻より
 1966年      「少年」本誌/「四次元の少年」の巻より
 1967年      「少年」本誌/「ゾロモンの宝石」の巻より
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらの写真は2003年に河出書房新社から発行された「図説 鉄腕アトム」のなかの写真です。これが第二部のメキシコの巻で、アトムがコスチュームを一新した時の写真です。メキシコ人と思われる人と一緒に映っています。ヘルメットは、上で紹介の中期のものです。ネットに出ているメキシコの巻の写真より鮮明なのでコスチュームがよく判ると思います。撮影用のライトを当てているためか、屋外より、よりテカっています。


クリックすると拡大右の写真は、漫画のタイトルが「鉄腕アトム」ではなく、驚くことに『鉄人アトム』になる可能性があった資料で、鉄腕アトムの創生に関わる貴重なものです。すでに紹介した通り1951年4月から掲載の「アトム大使」の中で脇役として登場したアトムを主人公としてアトムの漫画が雑誌「少年」の1952年4月号からタイトル「鉄腕アトム」で連載されました。連載開始の一つ前の号である1952年3月号では、「鉄腕アトム」ではなく『鉄人アトム』というタイトルで予告されていました。予告後、一ケ月の間にタイトルが鉄腕アトムに変更されたことになります。こちらも2003年に河出書房新社から発行された「図説 鉄腕アトム」のなかにあったものだそうです。
小さくて読みにくいと思いますので記載内容を下記の枠内に転記します。
 科学漫画 鉄人アトム 手塚治虫 
「少年」愛読者諸君、はりきりアトムは、このとおり、ふたたび四月号から「鉄人アトム」として登場。きっと諸君をアッと言わせますよ。アトムの、かつやくをご期待ください。
大ひょうばん 「少年」のアトム またまた大かつやく!
アトムの力は あいかわらず このとおり

実写版・鉄腕アトムでの登場人物の写真が載った貴重な資料が2014年10月25日にkojiroさんから届きました。
こちらは鉄腕アトムのハイライシーントです。第四部の火星に飛ぶのロケットや宇宙ステーションなどが写っています。第五部の気体人間の巻のヘリコプターで取ったフィルムとの合成の飛行シーンもあります。


こちらには第二部のメキシコの巻のロボットが載っています。カニ男、スフィンクス、ジェットマンが載っており思い出す方もおられると思います。入江たか子さんのサパタ夫人の写真も貴重です。ランプやアルペンなどの人物名と写真が一緒に載っている知りようが残されているのに感激です。3体のロボットの説明も詳しく待載っています。
 スフィンクス  ピラミッドを守るロボット。アルペン逸見に改造される。
 カニ男     サパタ夫人が操るロボット、二本のハサミが武器
 ジェットマン  カニ男の相棒、アトムと同様空を飛べる。


フランケンが写っています。飛ばなかった原子力円盤も載っています。スバルに円盤を取り付けたものだそうです。バラン団メンバーのバラン団首領スパルタン博士、コング、ルソー、スカンクに、バラン団撲滅に協力する女探偵の隼探偵も載っていまい。


火星探検に登場するキャーペットも写っています。軍服の似合う可愛いキャーペットはアトムより年上ですが、アトムに恋心を抱いている感じの設定となっていたようです。


ここから下の4枚は宇宙船1981年の夏号に掲載されていたものです。
上段は実写版・鉄腕アトム(全編)での登場人物です。沢山の子供たちが共演していて、皆さん個性豊かだったようです。彼等にもアトムのコスチュームは羨ましかったそうです。下段は第一部のZZZ団の説明です。ZZZ団のミッシェルも、アトムに恋心を抱いているような設定になっていたそうです。アトムは、番組の中でも、女の子にもてたそうです。


こちらにはZZZ団の要塞と空飛ぶ自動車が出ています。アトムが飛んでこれを追いかけました。


左が第四部の火星探検の巻と第五部の機体人間のオープニングの写真です。不鮮明で判りにくいと思いますが火星探検の方はロケットが地球から飛び出して来ているところです。気体人間では壺から煙が出ている写真です。
右が第五部の気体人間の巻です。
クリックすると拡大

実写版の鉄腕アトムが人気があった証拠資料です。1959年3月7日から実写版の鉄腕アトムはのテレビで放送が始まったわけですが、アニメが掲載されていた雑誌「少年」の1959年の10月号の付録の表紙が下記の写真です。その表紙に「テレビでも大評判!」と、書かれています。テレビとはこの時期は実写版ですから、雑誌「少年」も認めるほどの「実写版鉄腕アトムが評判」だったわけです。この時期は第三部のフランケンの巻が放送されていた時期です。



2016年7月29日追記 タイトル : kojiroさんから新しい写真が届きました。

実写版時代の写真は不鮮明なものが多いのですが、鮮明な写真が見つかったとのことで、下記の写真を送っていただきましたので、紹介させていただきます。写真は「メキシコの巻き」の一場面です。


こちらも鮮明な写真です。右上の写真の女の子のミッシェル役はS・アルデンパイさんです。残念なことにS・アルデンパイさんは亡くなられたそうです。
キャストはこちらです。→ポチッ
クリックすると拡大


また鉄腕アトムを演じた瀬川少年のその後は謎が多いのですが、瀬川雅人さんが高校生か大学生のころに出演された思われる写真も送っていただきました。確定と言うわけではありませんが、右の写真と面影(目の形、瞳の位置、鼻の形、あごのへん 等々)が似ていることから瀬川少年の青年姿ではないかと確信されておられました。



2016年8月31日追記 タイトル : テレビ探偵団
昔にテレビ探偵団という番組があり、その時に、手塚先生を招待して、実写版鉄腕アトムについても、紹介した下記の動画があることをkojiroさんから紹介されました。13分56秒~15分24秒に鉄腕アトムの実写版のメキシコの巻で、アトムがカニ男と戦ったり、ピラミッドの中で、扉を溶かすようなシーンが見れます。実写版の前の1957年4月13日に登場したTV人形劇(TBS)に関する説明も7分38秒からあります。現在(2016年11月)はTokyo Broadcasting System,inc.(TBS)からの著作権侵害の申し立てにより映りません。




2015年2月12日追記  
タイトル : オーストラリアで 鉄腕アトムの実写映画企画の発表
2015年2月5日に鉄腕アトムがオーストラリアのプロダクションによって実写映画化されることが発表されました。クリックすると拡大プロダクションの名前はアニマル・ロジック(Animal Logic Entertainment)で、映画マドリックスの視覚効果やLEGOムービーなどを担当したことで知られています。アニマル・ロジックのCEOの右の写真のザレ・ナルバンディアン(Zareh Nalbandian)から、鉄腕アトムをベースにした実写長編映画の企画開発にあたり、日本の手塚プロダクションとパートナーシップを契約したことが発表されたそうです。同じ日に、手塚プロダクションもアニマル・ロジック社と契約を結んだことを明らかにしました。今回の企画は「大人も楽しめる本格的な スーパーヒーロー映画を目指す」としています。映画の発表時期は明らかにされていませんが1959年の実写版放送から56年以上の時間を越えて再び実写版が実現することはすばらしいことです。是非とも成功させてほしいものです。
アニマル・ロジックを一躍有名にしたのが2006年にアカデミー賞を受賞したハッピー フィートHappy Feet)です。ハッピー フィートはアニマル・ロジックがクリックすると拡大制作担当で2002年から制作にかかったフルCGアニメーションです。アカデミー賞以外にゴールデングローブ賞主題歌賞、英国アカデミー賞長編アニメ映画賞、受賞第32回ロサンゼルス映画批評家協会賞、ニューヨーク映画批評家協会賞、ワシントンD.C.映画批評家協会賞、アメリカ映画協会賞、ニューヨークオンライン映画批評家協会賞などを受賞しました。ハッピー フィートで4年の制作を要したわけで鉄腕アトムはどれほどの期間で完成するでしょう。実写版であることからCGが使われるのはアトムや他のロボットなどと思われることから期間はハッピー フィートよりは短いと想像しています。
記事内では、例としてlive-action movie という言葉が使われてはいますが、どんな形の映画になるのかはまだ決まっていないようです。2009年のASTRO BOY(CGアニメーション)は興行収入($39,886,986)を製作費($65,000,000)が上回ったことから、今回は成功させることを前提に進められるものと思われます。
アニマル・ロジックのホームページ掲載記事→ポチッ
News  05 February 2015
ANIMAL LOGIC BLASTS OFF WITH ASTRO BOY!
クリックすると記事を表示 Animal Logic Entertainment is partnering with with Japan's Tezuka Productions to develop a live action, science fiction superhero feature film based on one of the most iconic comic book franchises - Astro Boy!
Zareh Nalbandian from Animal Logic Entertainment will produce with Jason Lust acting as executive producer. Mike Callaghan and Reuben Liber from Ranger 7 Films will also exec produce. While the cartoons targeted a young demo, we are aiming to make a four-quadrant adventure movie tailor-made for the comic book movie age.
Our CEO, Zareh said, “We’ve seen him as a manga, an anime and an animated movie but we’ve never seen him as a live-action movie or him as a superhero. We actually see him in the same league as an Iron Man.”
The producers also want to take advantage of the large ensemble of supporting characters and villains that were created over the decades. "We want to make it aspirational but not soft," added Nalbandian.
Read more about it in our full Press Release below
 Press Coverage:
  Sydney Morning Herald
  The Hollywood Reporter
  Daily Mail Online
枠内の画像はアニマル・ロジックのホームページのNewsに掲載されていたものです。
こちらの枠内もホームページに掲載されていた記事です。
Australian company behind The Lego Movie to take on iconic cartoon character Astro Boy and turn him into a live-action superhero
 ・Australian company are set to make a superhero film based on Astro Boy
 ・Astro Boy is a classic Japanese manga cartoon series
 ・It has sold over 100 million manga copues worldwide
 ・Australian producer Zarek Nalbandian says the film will not disappoint
 ・Nalbandian is the man behind The Lego Movie
 ・He says he is 'perplexed' they did not receive an Oscar nomination

He's the robot boy who fights evil with his superhuman strength and now the Australian company behind The Lego Movie is set to make a live-action superhero film based on the popular cartoon character Astro Boy.
With production of the second and third Lego spin-off's set to start later this year in Sydney, animation company Animal Logic has signed on to reinterpret the classic Japanese manga series Astro Boy and producer Zareh Nalbandian has promised they will not disappoint.
Having sold over 100 million manga copies worldwide, Astro Boy is the kind of film an animation producer dreams of and for Nalbandian it's a chance for him to bring a beloved and iconic character to life.
クリックすると拡大He's the robot boy who fights evil with his superhuman strength and now the Australian company behind The Lego Movie is set to make a live-action superhero film based on the popular cartoon character Astro Boy

'It is a big challenge but it’s also really exciting. It’s the kind of thing you dream of as a film-maker to be able to bring such a beloved and iconic character to life but in a way that’s never been done before,' Nalbandian told Daily Mail Australia.
Astro Boy, known in Japan as 'Mighty Atom' was created by Osamu Tezuka, who is considered the Japanese equivalent of Walt Disney.
The boy with the supernatural powers first appeared as a cartoon series from 1951 to 1968, set in a time where Japan was recovering from the atomic blasts during World War II.
Astro Boy went on to become one of the most-loved cartoon characters ever created. Since his emergence, Astro Boy has been made into a TV animation series twice. He was also turned into feature length animation in Hollywood in 2009.
Using his superpowers, including strength, jet flight, adjustable hearing and instant language translation, the cartoon character fights evil while possessing the kindness of a child.
クリックすると拡大With production of the second and third Lego spin-off's set to start later this year in Sydney, animation company Animal Logic has signed on to reinterpret the classic Japanese manga series Astro Boy and producer Zareh Nalbandian (pictured) has promised they will not disappoint

Producer Nalbandian admits that there will be high expectations for the film from avid cartoon audiences, but believes he has the opportunity to make Astro Boy as big a success as Iron Man or Guardians of the Galaxy.
'We have high expectations. We won’t make a mediocre movie, this is a once in a generation opportunity to reinterpret Astro Boy for a 21st century audience,' Nalbandian said.
'Ultimately we've got the passion and we have the commitment but we need to partner with great writers and great film-makers and I think that right combination will empower us to do what we want to do.'
Nalbandian's impressive career spans over decades with films such as Walking with Dinosaurs 3D and Happy Feet under his belt. He knows what it takes to reinterpret a classic icon and bring him to the big screen and believes Astro Boy needs to be taken into the 21st Century to be a success.
The producer believes we are living in 'an exciting time' in film for the convergence of life-action, animation and visual effects and says anything is possible.
クリックすると拡大クリックすると拡大 クリックすると拡大クリックすると拡大 クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 写真は「LEGOムービー」、「ハッピー フィート」、「ウォーキングwithダイナソー」、「華麗なるギャツビー」です。
アニマル・ロジック(Animal Logic Entertainment)が参加した作品を紹介します。
 1995年 ベイブ  Babe
 1997年 フェイス/オフ  Face/Off
 1997年 マウス・ハント  Mousehunt
 1998年 シン・レッド・ライン  The Thin Red Line
 1998年 ベイブ/都会へ行く  Babe: Pig in the City
 1999年 マトリックス  The Matrix
 1999年 ホーリー・スモーク  Holy Smoke
 2000年 タップ・ドッグス  Bootmen
 2001年 ロード・オブ・ザ・リング  The Lord of the Rings
 2001年 シャーロット・グレイ  Charlotte Gray
 2001年 ムーラン・ルージュ  Moulin Rouge!
 2001年 PLANET OF THE APES / 猿の惑星
 2002年 裸足の1500マイル  Rabbit-Proof Fence
 2002年 愛の落日  The Quiet American
 2002年 HERO / 英雄
 2003年 マトリックス リローデッド  The Matrix Reloaded
 2003年 イン・ザ・カット  In the Cut
 2004年 LOVERS / 十面埋伏
 2004年 アナコンダ2  Anacondas: The Hunt for the Blood Orchid
 2005年 ハリー・ポッターと炎のゴブレット  Harry Potter
 2005年 ステルス  Stealth
 2006年 ワールド・トレード・センター  World Trade Center
 2006年 ハッピー フィート  Happy Feet
 2006年 愛しのアクアマリン  Aquamarine
 2007年 300 〈スリーハンドレッド〉 
 2007年 28週後...  28 Weeks Later
 2008年 バンテージ・ポイント  Vantage Point
 2008年 フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石  Fool's Gold
 2009年 ノウイング  Knowing
 2010年 ガフールの伝説  Legend of the Guardians
 2011年 エンジェル ウォーズ  Sucker Punch
 2013年 華麗なるギャツビー  The Great Gatsby
 2013年 ウォーキングwithダイナソー  Walking with Dinosaurs
 2014年 LEGOムービー  The Lego Movie
 2014年 X-MEN: フューチャー&パスト  X-Men: Days of Future Past


2016年2月19日追記 タイトル : 脚本家決定で実写化再始動か

鉄腕アトムがオーストラリアのプロダクションにより実写映画化されると伝えられてから1年が経ちました。その後を検索してみました。下記の枠内が最近の代表的な記事です。検索するきっかけになったのは、昨日(2月18日)は、私の実写版鉄腕アトムの記事に62件の閲覧があり、同時に私の記事への検索ワードのランキングで「鉄腕アトム」が11番目に登場したことでした。
クリックするとオリジナル表示
『鉄腕アトム』ハリウッド実写映画化、脚本家決定で再始動
クランクイン! 2016年02月18日 11:28
日本漫画界の巨匠・手塚治虫の傑作『鉄腕アトム』が、『LEGO ムービー』を手がけたオーストラリアのアニマル・ロジック・エンターテインメントによって実写映画化されると伝えられてから1年。パニック映画『カリフォルニア・ダウン』のアンドレ・ファブリツィオとジェレミー・バスモアの脚本で始動する動きが出ているようだ。
Varietyによると、米ニュー・ライン・シネマが実写版への参加を交渉中とのこと。ファブリツィオとバスモアが脚本を執筆するために起用されたという。話がどこまで進んでいるかは不明だ。
アニマル・ロジック・エンターテインメントと手塚プロダクションのタイアップで実現するという『鉄腕アトム』実写版。『LEGO ムービー』の製作総指揮を務めたクリックするとオリジナル表示ザレー・ナルバンディアンが製作、ジェイソン・ラストと映画『ハード・ソルジャー 炎の奪還』のマイク・キャラハン、ルーベン・ライバーが製作総指揮を務めると伝えられた。
1951年に手塚治虫が発表した『鉄腕アトム』は21世紀を舞台に、交通事故で息子を失った天馬博士が作った高性能ロボット=アトムの活躍を描く。欧米では「アストロボーイ」として人気を博す。
鉄腕アトム、米で実写映画化も 手塚プロ「交渉中」
米映画誌「ハリウッド・リポーター」は17日、大手映画会社ワーナー・ブラザースの一部門が、漫画家の手塚治虫さんの代表作「鉄腕アトム」の実写映画製作に向けて「手塚プロダクション」と交渉を進めていると報じた。手塚プロダクションは共同通信の取材に対し、交渉中であると認めた。クリックするとオリジナル表示「ワーナー」側は映画「カリフォルニア・ダウン」の脚本に携わったアンドレ・ファブリツィオ氏とジェレミー・パスモア氏のコンビに脚本を依頼している。
同誌によると、映画は幅広い年代が楽しめるものを目指しているといい、契約が成立すれば手塚プロダクションも製作にかかわる見通し。
ハリウッドでは2009年に「鉄腕アトム」をコンピューターグラフィックス(CG)でアニメ化した映画「ATOM」が製作された。
【ロサンゼルス=共同】

脚本家候補の2人を紹介します。枠内がネットで紹介されていた内容です。2人は南カリフォルニア大学の同窓生で、いつもコンビを組んでいるようです。
 脚本家:アンドレ・ファブリツィオ Andre Fabrizio
イタリアのミラノで生まれたファブリツィオはオーストラリアで育った。彼はそこでロースクールを卒業し、短期間弁護士をした後、映画を学ぶため南カリフォルニア大学に入学する。映画のキャリアを製作サイドでスタートさせた後、南カリフォルニア大学の同窓生ジェレミー・パスモアと組むようになる。2014年には『コードネーム:プリンス』の脚本を執筆。共同で脚本を執筆したドウェイン・ジョンソン主演のアクションドラマ『San Andreas』は2015年5月に全米で公開となる。
 脚本家:ジェレミー・パスモア Jeremy Passmore
ワシントン州で生まれたパスモアは、映画製作を学ぶためL.A.に移住し、南カリフォルニア大学に入学した。彼の映画デビュー作はマイケル・ラパポート主演『Special』で、共同脚本と共同監督を務めた。同作は2006年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、マグノリア・ピクチャーズによって全米劇場配給された。その後も、脚本家パートナーのアンドレ・ファブリツィオと主にコンビを組んでいる。二人が組んだ近作は『コードネーム:プリンス』とニューライン製作『San Andreas』。パスモアはまた、MGMが製作した『レッド・ドーン』リメイク版の脚本も執筆した。

候補に挙がった2人の脚本家が共同で作った映画3本の動画(予告編)を紹介いたします。
 デッド・シティ

 カリフォルニア・ダウン

 コードネーム:プリンス



2016年10月11日追記 タイトル : 実写版 鉄腕アトム DVD HD版発売 予告
実写版の鉄腕アトムのDVDは2009年10月23日から1年間限定で発売されましたが、今年2016年にDVD-BOX HDリマスター版が10月28日と11月25日の2回に分けて発売されることを記載した記事のことをkojiroさんのコメントで知りました。その記事の内容の一部を下記の枠内に転記いたしました。
2016年の今回の記事→ポチッ   2009年の記事→ポチッ
実写版テレビドラマ『鉄腕アトム』
DVD-BOX HDリマスター版が発売決定
@amass 2016/07/24 01:03掲載
クリックすると拡大

1959年~1960年に放送された、手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』の実写版テレビドラマ。DVD-BOX HDリマスター版が発売決定。今回のボックスでは、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現。従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからのDVD化です。2つのボックスにわけてのリリースで、BOX1が10月28日に、BOX2が11月25日にそれぞれ発売されます


【あらすじ】
お茶ノ水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
■第1部「ZZZ団の巻」
特殊な毒ガスを用いて世界征服を企てる「ZZZ団」が、日本の箱根首相らを暗殺しようとした時、首相たちを守ろうとアトムの活躍が始まった。
「ZZZ団の巻」の他に、第2部「メキシコへ行くの巻」、第3部「フランケンとアトム」の巻を収録。
【DVD-BOX仕様】
1959年~1960年/日本/モノクロ/本編約875分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第1話~39話収録(全65話)/6枚組 (第14話、18話、19話、34話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【封入特典】
解説書
※仕様・特典内容は変更となる場合がございます
[コピーライト]手塚プロダクション/毎日放送・松崎プロダクション
発売元:株式会社ベストフィールド
販売元:TCエンタテインメント
クリックすると拡大クリックすると拡大


2016年11月28日追記 タイトル : 実写版 鉄腕アトム DVD HD版発売
kojiroさんから実際に鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2がネットで発売されているとの連絡がありました。その発売されている画面を下記に転記させてもらいました。 オリジナルはこちら→ポチッ
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画が原作
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2 甦るヒーローライブラリー 第20集 ベストフィールド
JANコード/ISBNコード:4571317711829
価格 17,060円(税込)

【鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2】
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現!
★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【仕様】
1959年〜1960年/日本/モノクロ/本編約575分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第40話〜65話収録(全65話)/4枚組 (第46話、48話、53話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
※特典内容は変更となる場合がございます

商品説明
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2
甦るヒーローライブラリー 第20集
日本中の子供を夢中にした、テレビ黎明期を代表する名作が遂にDVDで復刻!
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現!
お茶の水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
第4部 火星探検の巻(火星にとぶ)
第5部 気体人間の巻 を収録。
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現! ★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。

鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2
【仕様】
1959年〜1960年/日本/モノクロ/本編約575分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第40話〜65話収録(全65話)/4枚組 (第46話、48話、53話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
  【キャスト&スタッフ】
<出演>
瀬川雅人、森野五郎、若原春江、シミキン(賛助出演)ほか
<スタッフ>
原作:手塚治虫
監督:志波西果、大橋秀夫、難波敏夫
脚本(脚色):岩田重利、宮川一郎、坂巻昇
音楽:長島史幸、中林淳眞、益田克幸(主題歌作曲)
制作:松崎プロダクション
  

kojiroさんのアドバイスによりBOX1のネット販売情報も枠内に転記する形で掲載いたします。
オリジナル記事→ポチッ
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX1
甦るヒーローライブラリー 第20集
日本中の子供を夢中にした、テレビ黎明期を代表する名作が遂にDVDで復刻!
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現!
お茶の水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
■第1部「ZZZ団の巻」
特殊な毒ガスを用いて世界征服を企てる「ZZZ団」が、日本の箱根首相らを暗殺しようとした時、首相たちを守ろうとアトムの活躍が始まった。
「ZZZ団の巻」の他に、第2部「アトム メキシコへ行くの巻」(ノンクレジット)、第3部「アトムとフランケンの巻」(ノンクレジット)の巻を収録。
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現!!
★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX1
【仕様】
1959年~1960年/日本/モノクロ/本編約875分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第1話~39話収録(全65話)/6枚組 (第14話、18話、19話、34話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
※特典内容は変更となる場合がございます 
【キャスト&スタッフ】
<出演>
瀬川雅人、田中明夫、森野五郎、田上嘉子、寄山弘、北川国彦、富永一矢、高橋正夫、小林清志、市川治、入江たか子(特別出演) ほか
<スタッフ>
原作:手塚治虫
監督:吉川博、志波西果
脚本:渋谷五十八、岩田重利、志波裕之、コオロギハルヲ
音楽: 益田克幸、小川寛興
制作:松崎プロダクション
※開封後の返品はお受けできません。 【鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX】
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX BOX1 HDリマスター版
甦るヒーローライブラリー第20集 ベストフィールド
<出演>瀬川雅人、田中明夫、森野五郎、田上嘉子、寄山弘、北川国彦、富永一矢、高橋正夫、小林清志、市川治、入江たか子(特別出演)ほか
  価格 17,963円 (税込 19,400 円) 送料無料


2016年12月14日追記 タイトル:紙人形/実写版 超貴重写真発掘
クリックすると拡大kojiroさんからのコメントによると鉄腕アトムの最初のテレビ放送である紙人形劇や、皆さんがよく知っている実写版で、初めて公開される貴重な写真や情報が秘宝特撮Vol.5(洋泉社)に掲載されたそうです。
紙人形劇に関してはスタッフインタビューと現場写真まで載っているそうです。枠内にkojiroさんのコメントを転記する形で紹介したいと思います。
クリックすると拡大 紙人形! 実写版!
 鉄腕アトムの
 超貴重写真発掘!

秘宝特撮Vol.5はアマゾン(amazon)で売られていました。→ポチッ
何と驚いた事に、今度は、実写版鉄腕アトムの第一部のお宝写真が発掘されたそうです。秘宝特撮Vol.5(洋泉社)に載りました。
何でも、原作に忠実なコスチュームの第一部の助監督をされた方が保管されていたそうで、その方の思い出話も載っていました。 それによると、驚いた事に白黒では判りませんが、第一部のアトムのラバーのブーツの色は原作と同じ赤だったそうです。 この助監督が、アトムのメークもされたそうです。 彼によると、瀬川少年は、「女の子みたいに可愛い少年」だったそうです。我々は、瀬川少年の素顔は、ヘルメットを脱いだシーンでしか判りませんが、実際に接された方の感想です。 二部以降のコスチュームに関しては、第一部のイメージを踏まえたうえで到達したデザインで、「新しい衣裳から生まれた新しいアトムの意匠」と説明していました。 可愛い少年を選んで、火星探検隊長の衣裳にまで辿り着いたという事のようです。 なお、人形劇のアトムの当時の撮影風景についても、特集で紹介されていました。初めての詳しい説明です。
今頃になって、こんな資料が発掘されるとは驚きです。
by kojiro (2016-12-14 00:36) 
ネットで掲載されていた写真を転用させていただきました。



私の記事がミドルエッジに引用してもらえていました。
 URL:https://middle-edge.jp/articles/N1M6x


2017年2月18日追記 タイトル:海外で年齢層別にリメークするワケ
手塚プロダクションが「鉄腕アトム」を海外で年齢層別に3作品をリメークする新たな戦略を打ち出したとする記事が書かれていました。最初の画像のアトムは4~6歳向けテレビアニメとして考えられている「リトルアストロボーイ」だそうです。
その記事の中にリメイクする理由が書かれていました。→ポチッ
 (1) 4~6歳向けテレビアニメ  「リトルアストロボーイ」、
 (2) 7~12歳向けCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」
 (3) 11歳以上向けの実写映画   「タイトル未定」


こちらが7~12歳向けCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」です。驚いたことに11歳以上向けは実写映画のようです。実写版のアトムに関してはこれから計画するようです。


各世代の鉄腕アトムの画像が掲載されていました。順番に1951年「アトム大使」、1963年「鉄腕アトム」、1980年「鉄腕アトム」、2003年「ASTRO BOY 鉄腕アトム」、2009年「ATOM」、2014年「ロボットアトム」
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大


2017年6月17日追記 タイトル:最終回はこうだった!
いつも新しい情報を教えていただいているkojiroさんから2016年8月に「懐かしの特撮ヒーロー番組 最終回はこうだった!」という本が出されたことを、2017年6月17日のコメントで紹介していただきました。送っていただいた写真とともに内容を転記する形で紹介したいと思います。送っていただいた表紙が下記です。


下記が実写版の鉄腕アトムの最終回に関して書かれていたページです。アトムが壊れたので、アトムの友達が、偽物アトムを演じたと本に書かれていたのでkojiroさんがDVDの最終回を確認されたところ健治少年と玉夫少年が瀬川少年と全く同じコスチュームを着てアトムのふりをしているという設定だったそうです。
健治少年は、悪人の前に、アトムのふりをして立っていて全身が映っていたそうです。玉夫少年は、ジュラルミンの箱の中にアトムの代わりに閉じ込められているという設定なので、体の一部しか映っていなかったそうです。健治少年は、悪党の弾丸をよけるのに、大人と一緒に動き回る姿が映っていて、1分足らずですが、まるでアトムだったそうです。
ヘルメット、レオタード風のつなぎも、体にぴったりとフィットしていたので、瀬川少年のコスチュームを借りたのではなく彼用に誂えたと思われるとのことでした。
最終回なのに、わざわざ、1分くらいのシーン用に、アトムのコスチュームを共演の子用に製作した理由は、共演の子もアトムのコスチュームを着てみたい、できれば、それで演じてみたいと言ったので、監督が、彼らの演技に感謝を込めて、プレゼントにコスチュームを製作し、偽物とは言え、アトムを演じる機会を最終回に与えたとしか思えないとのことでした。監督の競演した子供たちへの粋なプレゼントのようです。このことはアトムのコスチュームが当時の子に、人気があった証拠のようです。



追加で送っていただいた伊東少年のアトムの写真です。伊東少年のアトムの写真が「最終回はこうだった!」に掲載されていたそうです。ヘルメットやコスチュームがぴったりしているので、伊東少年用に誂えたものと思われるとのことでした。可愛い感じの伊東アトムに対して、瀬川アトムは垢ぬけて凛々しい感じです。


こちらも「最終回はこうだった!」に乗っていた写真だそうです。
初期のコスチュームは、目新しくは無いですが、こちらも体にぴったりしている事が判ります。写真はなかったそうですが、火星探検の軍服は、肩章のついたダブルのジャケットのようなデザインと紹介されていたそうです。
クリックすると拡大左の上段の写真は気体人間の巻の空飛ぶ瀬川アトムです。左の下段と右の写真は最初のコスチュームです。
クリックすると拡大
クリックすると拡大


2017年12月9日追記 タイトル:瀬川少年が出演した映画「幌馬車は行く」
いつも貴重な情報を教えていただいているkojiroさんからのコメントでクリックすると拡大瀬川少年が出演した映画「幌馬車は行く」がyou tubeで紹介されていることを教えていただいたので、追加掲載させていただきたいと思います。下記の説明や写真もkojiroさんから提供いただきました。映画「幌馬車は行く」は1960年上映されたそうで、日本中の蜜蜂と季節の花を追い、蜜を求めて幌馬車で移動する養蜂隊で、正義のためにギャング団と対抗するスペクタル巨編です。
その映画の中の子役として瀬川雅人さんが主役の故・赤木圭一郎さんと共演したそうです。映画の詳しい説明はこちらです。→ポチッ


実写のアトムで、ヘルメットを取って挨拶したころから、1.5年後の素顔となり、やはり少しお兄さんになっていると思います。帽子をかぶっているのが残念ですが、二枚目の写真など、アトムの時の写真に良く似ています。この写真を見ても、瀬川少年は、普通の少年のようです。
一緒に写っている女性は笹森礼子さんです。笹森礼子さんは結婚で1965年に引退しましたが、1960年にデビューして5年間で59以上の映画に出演して多くのヒロインをこなした青春スターでした。
昔、テレビで一度だけ、大人になった瀬川さんがインタビューを受け、アトムのコスチュームについて訊かれ、やはり、「当時、アトムのコスチュームは、恥ずかしかったですねえ。」と答えたと言うのが、ネットで紹介されていました。とはいえ、気に入っていたようです。こういう普段着とは、演じている時の気分も大分違ったのではないでしょうか。最後の写真は、アトムの後ろ姿を髣髴とさせます。
下の特撮全史の1950年~60年代のヒーロー大全/講談社に載った実写版鉄腕アトムの写真と比べると彼はヘルメットも含めてアトムのコスチュームがよく似合ったと思います。やはりアトムを演じているとかっこよかったです。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

瀬川雅人さんの他の出演映画も紹介します。大きな写真は大出世物語の完成記念写真です。この中には瀬川雅人さんが写っているのではないかと思います。大出世物語には吉永小百合さんも出演されていました。セーラー服姿が吉永小百合さんクリックすると拡大クリックすると拡大です。
 1960年 まぼろし探偵 幽霊塔の大魔術団
 1960年 幌馬車は行く
 1961年 東京おにぎり娘
 1961年 大出世物語
クリックすると拡大

記念写真を拡大いたしました。Kojiroさんに見てもらった結果、クリックすると拡大瀬川少年は中央に座っているお父さん役の左の方で学生帽をかぶった人のようです。ネットに乗っていた大主世物語のストーリを枠内に転記させてもらいました。吉永小百合さん役の高子には武夫、信夫、行夫(or 雪子)の3人の兄弟がいましたが、その武夫役が瀬川雅人さんで、吉永小百合さんが姉役でした。
ちなみに東京おにぎり娘では若尾文子さんが演じるヒロインの弟役も瀬川雅人さんでした。
クリックすると拡大今日も六さんはリヤカーを引っ張って安井印刷株式会社へ出勤した。六さんはこの工場から出る屑を拾って生活している屑屋だ。妻が亡くなって十年間六さんは無遅刻無欠勤の働き者である。同じようにこの会社へ出入りしている闇屋の女社長広子とは犬猿の間柄だ。六さんには、高校生の高子という娘がある。なんとその恋人が安井印刷社長の御曹子健一君であった。ある日難問題が持ちあがった。六さんが会社に出入りするのはモグリであって、いままでは使丁長が見逃していてくれたのだ。ところがこんどその人が停年退職になり、折原という新しい使丁長は、六さんも広子も出入りしてはならんという命令を出したのだ。困ったのは、六さんと広子。共同の敵のために二人は手を握り合った。その時、人事係長の吉川が、三万円を出せばお出入りを許してやると言って来た。六さんがポンと三万円を投げ出したのはいうまでもない。これで、一人暮らしの広子は六さんに大きく傾きだした。しかし六さんの家に行って、広子はがっかりした。クリックすると拡大六さんの子供は高子だけでなく武夫、信夫、行夫(or 雪子)と小さいのがいたのである。しかし広子とて女、六さんの家を訪れる度にだんだんと子供が可愛くなってくるのだった。こんな時、安井印刷では一千万円の不渡手形をつかませられて、つぶれそうになった。六さんは、それを聞いて屑物から得た金を株式投資に廻してためた一千万円を、安井社長にどうぞ使って下さいと持っていった。--六さんは安井印刷の社長になった。「河野六左衛門」新調の背広を着て、自家用車に乗って表口から出勤するのである。広子は闇屋をやめて六さんと一緒になった。子供達も広子によくなついた。高子と安井君は相変らず仲が良かったが「身分が違うから」と小さくなっているのは安井君の方だった。
クリックすると拡大 父 六さん  小沢昭一
 長女 高子  吉永小百合
 長男 武夫  瀬川雅人
 次男 信夫  小沢茂美
 神田広子   渡辺美佐子
 安井健一   浜田光夫
 安井社長   浜村純
クリックすると拡大

こちらが一緒に送っていただいた特撮全史の1950年~60年代のヒーロー大全/講談社に載った実写版アトムの写真です。
後期のコスチューム。メキシコの巻の初めの頃なので、ヘルメットの角が円錐形となっている。
クリックすると拡大

上の写真を拡大いたしました。
クリックすると拡大


2018年1月6日追記 タイトル:実写版撮影時のエピソード
kojiroさんから貴重な情報が書かれた記事を紹介していただいたので掲載いたします。実写版アトムの製作が始まった初期のころに、鉄腕アトム役の瀬川少年を送り迎えしていた女性がおられました。その女性の息子さんであるアルファ156TAKさんの記事です。その記事の内容を転記する形で枠内に紹介させていただきます。オリジナル記事はこちらです。→ポチッ
TAKのブログ
主として60・70年代のサブカルチャー備忘録、時に現代社会・経済問題など…

2013-08-10 01:55:48 テーマ:60年代キッズ
「夏休みニコニコ大行進」のツベを貼った誕生日の夜に思うこと…
 母は東北のある村の生まれで、歴代村長を務める家系に育った。五女で8番目の子。長男・次男は戦死。三男が跡をとっている。実は六女と一緒に親が決めた結婚式を挙げる予定だったようだが、それがどうしても嫌で東京に出た。
 東京では住み込みで歌を習っていたようだ。師事した先生は、亡くなるまで年賀状を母のもとに届けてくれていたことを、私は覚えている。
 そこで師事する先生から言われた仕事のひとつに、実写版鉄腕アトムの主役である瀬川君の送り迎えがあったようだ。学校まで迎えに行って、テレビ局に連れて行き、収録を待って、自宅まで送り届けることだった。さほど年が違わない母に、彼はわがままを言ったり、あるいは誰にも言えない事をぶつけていたようだ。製作が始まって最初の何話までかはこのような役割を担っていたみたいだ。
 私の子供の頃は、アニメ創世記の鉄腕アトムと区別するために、実写版鉄腕アトムを「芝居アトム」と言っていた。しかし生まれた時代が違い、当然ながら実写版は記憶にない。アニメ創成期に放映された鉄腕アトムに没頭する私に、テレビ創世記を裏方の隅っこで見てきた母は、何ごことかを伝えたかったはずだ。
 当時それを言わなかったのは、父(夫)の存在があったのではないか。この裏話話を聞いたのは、父が亡くなってからだった。壮年の男となったワタシが今思うに、男女という関係で見れば、父はかなりのやきもち焼きだったみたいだ。


2018年1月20日追記 タイトル:鉄腕アトム動画サイト
鉄腕アトムの動画のまとめているサイトがあることをkojiroさんから紹介いただきました。アトムの実写版の動画を探す手間が省けるので紹介したいと思います。ポチッをクリックするとそのサイトを表示します。
  鉄腕アトム動画リスト → ポチッ
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個別に動画を表示させる画面です。クリックするとその動画を表示します。ただし2回目以降は表示されない場合は画面更新をしてください。
登録されている48の動画の中の12をランダムに表示しています。新しく表示(画面更新)するごとに12の画面が変わります。


2018年1月21日追記 タイトル:月刊雑誌「少年」のテレビニュース
kojiroさんから雑誌少年の中のコラムで鉄腕アトムが載っていたテレビニュースの写真を3枚送っていただいたので追加掲載させていただきます。
1959年7月号には当時の放送局と放送時間が書かれていたので枠内に転記いたしました。鉄腕アトム以外に矢車剣之助や遊星王子や怪人二十面相や怪傑黒頭巾もテレビ放送されていたようです。
T.V. NEWS 少年 テレビニュース
鉄腕アトム
 毎月曜日、午後6時15分より6時45分まで、ラジオ中国・ラジオ高知テレビ。
 毎土曜日、午後6時15分より6時45分まで、フジテレビ・九州朝日放送テレビ。
 毎日曜日、午前10時より30分、毎日テレビで放送中。
ぼくは無敵だ 鉄腕アトム よいこのために たたかうぞ かったつもりか まけやしないぞ さあ こい悪者 やってこい ジェット推進 十万馬力 ぼくは 鉄腕アトム 七つの威力を もっている
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こちらは1959年8月号に鉄腕アトムの衣装が替わった時の記事です。書かれている内容を枠内に転記いたしました。アトムの絵が描かれたアトムシャツも売られていたようです。今、このアトムシャツを持っていると「開運!なんでも鑑定団」に出れるかもしれません。
  アトムの衣装かわる
テレビのアトムの衣装が、こんど、上の写真のようにかわりました。(右の少年がきているのは新型アトムシャツ)右の古い石用より、評判がよいようです。
  アトムシャツ59年型
昨年の夏も大評判だった、アトムシャツの新型ができました。去年のものより、色数がふえ、立派になっています。ねだんは、おくりちんとも、七才用390円、九才用420円、十一才用450円です。ほしい人は東京都台東区浅草三筋町一ノ十九番地「吉装」へ現金書留で申し込んでください。
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クリックすると拡大以前に紹介した右のアトム少佐の写真(クリックすると拡大)と比べてもらうと分かりますが、今回(1960年2月号)のアトム少佐の写真は画数の高い写真となっていて非常に鮮明です。コスチュームの質感がよく判ります。
この時1960年は鉄人28号や海底人8823(かいていじんはやぶさ)もテレビに登場していたようです。
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2018年1月21日追記 タイトル:月刊誌「少年」のテレビでのアトムの紹介
kojiroさんからさらに雑誌少年のアトムに関する写真とテレビの鉄腕アトムに関する記載内容を送っていただいたので追加いたします。あの頃はテレビアニメがまだ放送されていなかった時代なので、実際に人が演じても「アニメに対する実写版」という認識はなかったようです。各号の左側は同じように見えますが、書かれている文章が違うので見比べてみてください。
昭和34年1月号付録(1959年)
テレビの実写版の鉄腕アトムの放送前ですが製作は始まっていたそうです。左側の画面に「アトムのテレビはじまる 毎日テレビ大阪 12月はじめから」と書かれています。
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昭和34年4月号付録(1959年)
1959年3月発行の本4月号で「テレビのアトムが始まる。」と紹介されていたそうです。こちらでは「アトムのテレビもうじきはじまる 毎日テレビ大阪 どうぞおたのしみに」と書かれています。
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下高野の辻切り 2019年 大蛇作りに参加させていただきました。 [風習・歴史]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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千葉県八千代市の下高野地区では以前にも紹介した通り、疫病や災いが地区に入ってくる防ぐ願いを込めて、他地区との境界に藁の大蛇を飾り風習があります。私は下高野地区の人間ではないけれでも、大蛇作りと大蛇を飾る行事に2012年から参加させていただいており、今年も2019年2月3日に参加させていただきました。今回が6回目の参加となります。初参加のきっかけは、2010年に掲載した下高野の辻切りの記事が下高野の方の目にとまり連絡を取り合う中で行事に誘われたことでした。2010年1月の記事に下高野の方から最初にコメントを頂いたのは2011年10月4日13時06分でした。
辻切り行事は毎年1月25日に決まっている地域もありますが、下高野地区では1月25日から節分までの間の都合の良い日に行われています。上の写真は6体の藁の大蛇の中の1体です。右の写真は2010年の記事の写真です。着色文字をクリックするとその時の記事を表示しまクリックすると拡大す。
 対象年 行事が行われた日
 2010年 1月24日(日) 大蛇発見
 2011年 不明
 2012年 1月29日(日) 初参加 
 2013年 1月27日(日) 海外のため不参加
クリックすると拡大 2014年 2月02日(日) 参加
 2015年 2月02日(月) 参加
 2016年 1月31日(日) 参加
 2017年 1月29日(日) 参加
 2018年 2月03日(土) 関西のため不参加
 2019年 2月03日(日) 参加 ←今回

下高野地区を紹介します。赤色ラインで囲ったところ()が千葉県八千代市下高野です。藁の大蛇を作った場所は6つの赤色マークの大蛇を設置する中の「1」のすぐ傍、戦国時代に下高野館(下高野城)があった麓です。マイナスのアイコンを5回クリックすると東京からの位置方向が判ると思います。
 下高野の辻切り(蛇)  上高野の辻切り(蛇)  井野の辻切り(蛇)
 小竹の辻切り(注連縄)


こちらのビニールハウスが藁で大蛇を作る作業場所です。
クリックすると拡大クリックすると拡大写真の右上が小高い山になっていて戦国時代に下高野館(城)があったところです。集合時間は9時だったので8時53分に作業場所に着きました。左の2枚の地図は左側が八千代市で右側が同じ縮尺の下高野のエリアを示した地図です。
八千代市全体の0.1%以下の人口のエリアに八千代市全体の約10%の石造物があるエリアでもあります。
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クリックすると拡大作業場所のビニールハウスの中を覗くと、すでに大蛇作りに使われる藁が置かれていて、いつでも作業できるようになっていました。使われる藁は「藁すき」を済ませたもののようでした。右の「藁すき」の写真は2017年の写真は辻切りの時に撮ったものです。
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藁は2種類が用意されていました。コシヒカリの藁と、藁細工のためのミトラズ(古代米)の藁です。実を収穫しないのでミトラズと呼ばれているそうです。ミトラズは注連縄(しめなわ)を作る藁でもあります。
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そのミトラズの種もみです。つまりミトラズは実が出来ないのではなく、実をとらないで刈り取ってしまうようです。
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最初に蛇の頭を作り始めます。
今回は「千葉日報」さんと「八千代よみうり」さんの2つの新聞社の方が取材に来られていました。最後に、掲載された記事を紹介したいと思います。
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完成した蛇の頭です。
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蛇の頭が完成すると次は胴体作りです。
藁の大蛇の作り方は今までに何度も詳しく紹介したので省略いたしますが、今回初めて新しい蛇の作り方を採用したそうです。蛇の胴体には藁を沢山使うので表面の部分はミトラズで中はコシヒカリを入れるのですが、昨年までは胴の部分を編みながら内側にコシヒカリを入れて外側にミトラズを巻きながら作っていましたが、その部分で新しい作り方を採用したそうです。
胴を作る前にコシヒカリだけを束ねて2mの棒状のものを作るのです。写真は注連縄作りの名人がコシヒカリを束ねているところです。蛇全体は3mを越えるので尻尾の先の方はミトラズの藁だけということになります。


今までの記事で藁の大蛇を作るところの動画を紹介しましたが、コシヒカリの藁で芯を作るのは初めてなので記録の意味もあり動画を撮りました。1体の大蛇を作るのに、このコシヒカリの藁の芯が3本必要です。6体だと18本になります。芯の太さは同じにするそうです。動画の中でもそのことを後輩に伝授されていました。胴を編むときの胴体の太さは古代米のミトラズの藁の量で調整するのだと思います。


束ねたコシヒカリの周囲にミトラズを巻きながら胴体を編んでいくのです。昨年までは胴体の一部が太くなることがありましたが、新方式はきれいに出来上がることから採用したそうです。この方式は太い注連縄を作るときに行っていた方法とのことでした。この方法は2018年12月1日~2日のに行われた八千代市の「ふるさとの歴史展」の展示物として作った大蛇にも採用し、その経験を活かして本番の辻切りで初めて採用することになったそうです。


こちらが「ふるさとの歴史展」で展示されていた大蛇です。
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さらに胴体をきれいにするために表面をなめします。まさに注連縄のような表面になります。近隣の他の地域の大蛇では採用していないため、きれいな差別化された大蛇と言うことになります。
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作業場を離れて撮りました。軽トラックの荷台が作業台として使っているのです。写真に写っているビニールハウスが蛇を作った作業場です。
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ここまで作業が終わったところでティータイムです。恒例の鏡餅を割って作ったあられも出てきました。これはいつも大人気でした。
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次の作業は藁の蛇の飾りつけです。最初に目と舌を取りつけて、その後にヒイラギとスギの小枝と塞神のお札と幣束(ごへい)を取りつけます。写真は唐辛子の目と舌を取りつけるための針金を取りつけているところです。
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こちらはヒイラギとスギの小枝と塞神のお札と幣束(ごへい)を取りつけているところです。順番は決まりがあり、頭の方から次のように取り付けていきます。塞神のお札と幣束(ごへい)は神社でもらうそうです。お札には塞神(さいのかみ)と「八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比女神(やちまたひめのかみ)・久那戸神(くなどのかみ)」の三柱の神様が書かれていました。
クリックすると拡大 ① ヒイラギの小枝
 ② 塞神のお札
 ③ 杉の小枝
 ④ ヒイラギの小枝
 ⑤ 幣束(ごへい)
 ⑥ 杉の小枝
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クリックすると拡大完成し右の記念写真を撮ったら昼食の予定でしたが、時間の関係で昼食前に①の大蛇(大辻)のみ取り付けました。初めて大辻という言葉を使いましたが、大辻は地域の境界に取り付ける大蛇のことです。大辻に対して小辻がありますが、小辻は個人宅の入口に取り付ける小型の藁の蛇のことなのです。私も大辻作りを手伝うと同時に、自宅用の小辻も作りました。6体の大辻はこの地図の赤いマークのところに設置します。①を取り付けた後に昼食にして②~⑥の順番に軽トラックに乗って、みんなで取り付けにいきました。境界となる地域は次の通りです。その地域の方向にヘビの頭を向けて取り付けます。頭の方向に矢印()を書き込みました。
  ① 青菅/井野  ② 上高野 ③ 米本  ④ 保品  ⑤ 先崎  ⑥ 青菅
クリックするとGoogle地図

青菅/井野との境
これは1年前に取り付けた大蛇です。これを取り外して新しいものを取りつけます。
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古い大辻を取り外しているところです。6体の大辻(大蛇)の中で最も車が沢山通る場所の大辻です。私が初めて2009年に下高野の藁の大蛇に気が付いたのもこの場所でした。
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新しい大辻を取りつけているところです。
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取付終わった大辻です。今年も迫力の大辻になりました。
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1体を取り付けたので残りは5体の大辻です。
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一旦、昼食にするので持参のお弁当を広げました。12時55分~13時40分までいろんな話題に盛りあがりました。
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上高野との境
こちらは鏡餅のあられも持ってきた方の担当の大辻です。6つの大辻にはそれぞれ担当の家があります。境に一番近い家が担当するので担当の家は決まっているのです。その家の方が大辻作りに参加されるのです。
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米本との境
6人の方で新しい方が覚えるために6体の取付(ヒモで結ぶ)を行います。ヒモの結び方が独特で1回ではなかなか覚えられないので6体とも担当するようです。今年は、この大辻の担当の家の方が最後までヒモを結んでおられました。
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保品との境
こちらの大辻も迫力の顔をしています。
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先崎との境
こちらは、私が一番お世話になっている方の担当の大辻です。写真は古い大辻でこれを取り外して新しい大辻を取りつけます。
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取りつけている途中の新しい大辻です。周囲の枝を切って、少しでも迫力の大辻が見えるようにします。
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最後の1体が荷台に乗っています。最後は青菅との境の大辻です。
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青菅との境
こちらでも、少しでも目立つように取り付ける工夫をします。
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これで6体全ての大辻の取付完了です。
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写真の左端に取り付けが完了した大辻が写っています。
取付完了と同時に佐倉市コミュニティバスが通ったので驚きました。私が知っているコミュニティバスは、ここを通らなかったのです。最近ルートが追加されて通るようになったことを教えてもらいました。クリックすると拡大確かにこの辺りはバスなどの交通機関がないので便利になったと思います。この時間帯は1時間45分に1本のバスに出会えたおかげで緑色部分のルートが追加になったことを知ることが出来ました。
 従来 ⑦→⑧→⑨→⑫
 改正 ⑦→⑧→⑨→⑩→⑪→⑩→⑨→⑫
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クリックすると拡大終わった後の夜会はお蕎麦屋さんでした。夜会と言っても始まったのは15時30分でした。先日、右の写真の藁の亀を紹介したお店です。
 名前 味楽庵
 住所 千葉県佐倉市宮ノ台3-3-8
 電話 043-487-3926
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先ずは大ジョッキで乾杯です。
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前回、鶏のモツ煮込みが美味しかったので最初に頼みました。
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揚げニンニクも頼みました。実は下高野地区で昔ながらの節分の行事を行っている方がおられて、この日に辻切りを取材に来ていた方が、そのことを知って、節分行事も取材することになったことから、その人は参加できないかもしれないと言われていましたが、遅くなりましたが参加していただいて、話が盛り上がりました。その節分の行事が載った新聞記事は最後に掲載させていただきました。
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その方もそろったのでイカ焼きなどの料理も追加しました。鶏のモツ煮込みも追加しました。
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ビールだけにするつもりでしたが、前に座った方が日本酒を飲まれていたので、私も飲んでしまいました。
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お蕎麦屋さんですから,〆はやっぱりお蕎麦にいたしました。
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翌日2月4日に、2月3日に作った写真の小辻を家の入口に取り付けました。
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こちらが取材に来られていた「千葉日報」さんの辻切りに関する記事です。辻切りが行われた翌日の2019年2月4日付けで掲載されました。さすが日刊紙です。対応が素早いです。
 社名 株式会社 千葉日報社
 本社 千葉市中央区中央4-14-10
 設立 1956年
 創刊 1956年
 種類 日刊紙
 発行 16万9899部/日
 HP https://www.chibanippo.co.jp/
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そしてこちらが「八千代よみうり」の記事です。上で紹介した貴重な昔ながらの節分の記事が赤枠で囲ったところです。緑枠で囲った部分が上高野の辻切りに関する記事です。こちらは2019年2月22日(金曜日)付けで掲載されました。今回の「八千代よみうり」は月刊紙で毎月第3金曜日(か第4金曜日)に発行されているようです。
 社名 北総よみうり新聞社
 発行 千葉東部読売会八千代支部
 住所 千葉県成田市花崎町959
 種類 月刊紙(月に1回)
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初めて千葉名産の落花生を送りました。 新豆 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で、近所で頂いた落花生の記事を紹介させていただいたので。初めて落花生の新豆を買いに行った時のことを紹介したいと思います。仕事の関係で関西(神戸)から関東(千葉)に引越してきて長くなります。その間、熊本の叔父さんからはお米を初め、熊本の果物などを年に8~10回もいただいております。こちらからは千葉で有名な梨などを年に2回程度と少ないのですが、送っていましたが、千葉の名産である落花生は送っていませんでした。理由は落花生に関しては、安い中国産の落花生があることから、人によって好みが違うと思っていたからです。最近、叔父さんが落花生を好きだということが判ったことから、初めて送ることにしたのでした。同じ送るなら新豆にしたいので、電話で確認すると11月の中旬以降に新豆が出るということなので最終確認の電話を入れて上の写真のお店に買いに行きました。
新豆と書かれた幟の一番下に書かれている文字が判らないので右下の写真のように反転して見ると文字は「ますだ」でした。この写真は上の写真を切り取って反転させていますが、単純な反転でないことはクリックしていただくと判ると思いまクリックすると拡大す。
 店名 ますだ
 住所 千葉県八街市八街ろ-26
 電話 043-443-0155
 定休 火曜日
 営業 9:00~17:00
 SV https://goo.gl/maps/J17pLygByAq

送ったのは写真の品種が「千葉半立」の殻付き(さやいり)300gです。せっかく叔父さんに送るので7ケ所に渡すことにしたため写真のものを11袋買いました。3ケ所はその場で宅急便にして、1ケ所はレターパックプラス(510円 )で送り、1ケ所はレターパックライト(360円)で送り、2ケ所は会った時に手渡しいたしました。レターパックライトは郵便受に入れるために厚み3cmの制限があるのですが、この300gの真空パックは均等に均すと2.8cmになるのです。驚いたことに北海道に送ったレターパックは翌日に届きました。落花生のようなものは航空便で送ることを郵便局の人に教えてもらいました。
 3ケ所 宅急便           300g×2パック+剥き落花生
 1ケ所 レターパックプラス(510円) 300g×1パック+剥き落花生
 1ケ所 レターパックライト(360円) 300g×1パック
 2ケ所 手渡し           300g×1パック
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パッケージに書かれている  千葉半立   天日干し   新豆  が、贈る上での大切なアイテムです。
千葉半立は1952年に千葉県農業試験場で選抜育成された草型が半立の品種で煎豆の食味に独特な風味があり人気のため千葉県作付面積の66%(2017年)を占めているそうです。ただし晩生で収量性は少ないそうです。
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もし300gパックが3cmを越えるかもしれないので150gの真空パックも買いましたが、300gのものでもレターパックライトで送れたので、150gパックは家用にしました。それ以外に買った剥いた落花生とカレー味も買いました。
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銘菓も買ってみることにいたしました。落花生の銘菓としては右の写真のクリックすると拡大房総ぼっち」が好きなのですが、今までに何度か食べたことがあったので下の写真の2種類を買いました。
 葉重(はがさね) 165円(税込)
 ぴーなっつ最中  108円(税込)
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せっかくなのでピーナッツを使った千葉銘菓の写真を紹介します。
こちらが葉重(Hagasane)です。
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ピーナッツの味があるレーズンクリームが、味のポイントでした。クラッシュピーナッツとクリックすると拡大レーズン入りのクリームを最中(もなか)の板で挟んでいました。最中の原料は餅で、薄く伸ばした餅を型に入れて焼いたものだそうです。右の小さな写真は菓子を乗せている皿の裏の刻印赤膚山です。
このお皿は奈良の赤膚焼で直径は11.3cmです。裏に赤膚山の刻印のみが押されていることからクリックすると拡大江戸時代から続く古瀬堯三窯の窯元で作られたもののようです。他の窯元の作品は赤膚山(or 赤ハタ)の刻印+作家印や窯印も押されているそうです。
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こちらの「ぴーなっつ最中」はピーナッツの形をした最中でした。お皿の直径は14cmあるので、意外と食べごたえのある銘菓であることが判っていただけると思います。お皿は四国の砥部焼です。
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最中の中にはピーナッツの餡がが入っていました。若干ピーナッツの形が残っているので餡に変化がありました。もっともピーナッツがたっぷり入った銘菓でした。
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千葉県の落花生生産量は日本全国の78%に達しています。その千葉県の56地区の中で最も沢山の落花生を収穫しているのが八街市です。今回買った殻付き落花生も八街産です。
八街は「やちまた」と呼びます。八街が地名に使われたのは、下総台地の開墾着手のために命名が行われた明治2年5月25日(1869年7月4日)だそうです。この名前が付けられた経緯は判りませんが、「やちまた(八衢)」の意味は「道が八つに分かれている所。道がいくつにも分かれている所。分かれ道が多くて迷いやすいこと。」だそうです。その時、13の地域に名前が付けられましたが、その時の名前が残っているのは八街市だけです。全国の78%を生産する千葉県で1位ならばクリックすると全国を表示八街市は落花生の生産日本一の「市/地区」になります。2017年の都道府県ランキング2位の茨城県の生産量は1670t/yと同程度を生産しているのが八街市です。地区別の生産量(収穫量)の新しいデーターが無かったので2006年のデーターで比較できる円グラフを作ってみました。
クリックすると全国を表示

千葉県内には、今回紹介したお店以外にも、沢山の直売店があると思いますが、とりあえずは落花生を買った今回のお店とネットで出てきた八街にあるお店の場所に落花生マーク( )を付けました。マイナスのアイコンを4回クリックすると東京からの位置が判ると思います。住所は最初に紹介したように千葉県八街市八街-26ですが、地名にひらがなの一文字'ろ'が使われいるのも珍しいと思います。八街には「い・ろ・は・に・ほ・へ」があります。千葉県に残る「いろは地名」は次の通りです。八街市はひらがなで、他はカタカナです。着色文字をクリックすると市のエリアと場所を表示します。地図内のマークは「いろは地名」の場所です。
 1 旭市イ・ロ・ハ・二
 2 匝瑳市八日市場イ・ロ・ハ・二・ホ
 3 香取市佐原イ・ロ・ハ・二・ホ
 4 山武市蓮沼イ・ロ・ハ・ニ・ホ
 5 八街市八街


今回ではありませんが、2018年4月4日に近所の方から頂いた「ゆで落花生・千葉のかほり」と「八街産・半立うす皮煎り」を紹介します。その方は全国から美味しいものを取り寄せられていますが、千葉では直接車で買いに行かれていて、千葉のグルメに詳しい方なのです。その方が今回我々が買った「ますだ」の落花生を選ばれていたのです。
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食べるときに写した落花生です。クリックすると大きく拡大いたします。
ゆで落花生に適していると言われているのが、大粒で柔らかい「おおまさり」です。「おおまさり」は千葉県農業総合研究センターで2006年に作られた品種です。ただし、この時の茹で落花生の品種は確認しませんでした。
 左:ゆで落花生・千葉のかほり 千葉県産
 右:八街産・半立うす皮煎り  ますだ産
       茹で落花生            煎り落花生
クリックすると拡大クリックすると拡大
タグ:落花生 新豆
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落花生の美味しい食べ方 新豆 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
野菜を少しづづ作られているお家に訪問した時に、軒先で落花生の殻から実を取り出されていました。クリックすると拡大聞くと作っている落花生の量は少ないので、落花生畑でよく見かける右の写真の「ぼっち」を作って乾燥させることは出来ないので、家に持ち帰ってから乾燥しているそうなのです。
うれしいことに殻から取り出した生の落花生をいただきました。その時に美味しい食べ方を教えてもらったので紹介したいと思います。と言っても次のように簡単な方法なのです。
 ① 殻から取り出した生の落花生を天日で数日干す
 ② フライパンで焼き色が付く程度に炒る

最初は新聞紙の上の並べて干していました。
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でも、鳥に食べられてはいけないので、下記の写真のようにネットの中に入れて干すことにいたしました。幸い半日干している間に鳥に食べられることはありませんでしたが、1週間も干していると、きっと鳥に見つけられたと思います。風通しのよい2階のバルコニーで天気の良い日の8時~15時に干しました。この時間以外は部屋の中で干していました。
この干すことが落花生を美味しくするために重要な作業であることを知ったのです。実は待ちきれなくて少しだけ3日目に炒って食べたのですが、焼き色が付く状態になっても生ぽかったのに対して、一週間干したものは格段に美味しくなっていたのです。干す作業の重要さを知りました。
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クリックすると拡大こちらが干しあがった落花生(ピーナッツ)です。
  界 植物界     Plantae
    被子植物    angiosperms
    真正双子葉類  eudicots
  目 マメ目     Fabales
  科 マメ科     Fabaceae
 亜科 マメ亜科    Faboideae
  連 ツルサイカチ連 Dalbergieae
  属 ラッカセイ属  Arachis
  種 落花生     Arachis hypogaea
 英名 ピーナッツ   Peanut
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干したものをフライパンで炒り始めたところです。油は使いません。
落花生の原産地は南アメリカ大陸で、最も古い証拠はペルーのリマ近郊の紀元前2500年前の遺跡から出土した落花生の殻だそうです。日本へは1706年に東アジア経由で伝来し、南京豆(なんきんまめ)と呼ばれたそうです。ただし現在の栽培種は明治維新以降に導入された品種だそうです。
現在の日本で生産されている有名な品種は、千葉半立、ナカテユタカ(千葉県農試育成)、郷の香(千葉県農試育成)、立落花生一号(神奈川県農試選抜)、改良半立(神奈川県農試選抜)、フクマサリ(千葉県農試育成)、金時、おおまさり、Qなっつ等があります。ピーナッツ(Pなっつ)の次の意味の Qなっつは2018年にデビューした新しい品種で、テレビで紹介されているところを先日見ました。
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クリックすると拡大少し焦げ色が付くまで炒りました。
落花生の特徴は名前の由来にもなっている地下結実性(ちかけつじつせい)です。夏に黄色の花を咲かせ、受粉して数日経つと子房柄が下方に伸びて地中に潜り込み、地中で結実するのです。右の花の写真はネットから転用させていただいています。
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これが出来上がりです。食べるのは冷えてから食べるのも美味しく食べるポイントの一つでした。熱いうちだと豆が少し柔らかいけれども冷えるとカラッとするのです。
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拡大写真も紹介します。今年は実家や叔父さんに落花生を送るために直売店に買いに行ったので、市販の本場の落花生(八街産の半立)を食べていたのですが、その市販の本場の落花生に負けない出来上がりになった気がしました。
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政府統計の2015年の都道府県の生産量ランキングは次の通りでクリックすると拡大す。
日本での栽培は1871年に神奈川県大磯町の渡辺慶次郎(1841年~1914年)が最初と言われています。まだ地下結実性であることは知られていなかったことから最初は戸惑ったようです。千葉県での最初の栽培は千葉県山武郡南郷町の牧野萬右衛門クリックすると拡大(1847年~1921年)によって1876年にはじめられたそうです。さらに、千葉県匝瑳郡鎌数村の金谷総蔵(1848年~1892年)の尽力によって今の千葉の生産につながっているそうです。
クリックすると拡大千葉県の生産量は9590トン/年が国内生産量の78%にもなるそうです。2位は茨城県で、その2県だけで国内生産量の90%になります。作付面積は全国合計が6700haに対して千葉県は5240haです。円グラフをクリックすると対数棒グラフを表示します。
順 位  区分
生産
t/年
割合 累計 順 位   区分
生産
t/年
割合 累計
1 千葉県 9590 78.0% 78.0% 16 岐阜県 23 0.19% 98.9%
2 茨城県 1510 12.3% 90.2% 16 愛知県 23 0.19% 99.1%
3 神奈川県 285 2.3% 92.6% 18 長野県 18 0.15% 99.3%
4 栃木県 191 1.6% 94.1% 19 福島県 14 0.11% 99.4%
5 鹿児島県 129 1.0% 95.2% 20 沖縄県 11 0.09% 99.5%
6 宮崎県 81 0.7% 95.8% 21 香川県 6 0.05% 99.5%
7 山梨県 52 0.4% 96.2% 21 福岡県 6 0.05% 99.6%
8 群馬県 50 0.4% 96.7% 23 鳥取県 5 0.04% 99.6%
9 長崎県 49 0.4% 97.0% 23 岡山県 5 0.04% 99.6%
10 埼玉県 45 0.4% 97.4% 23 佐賀県 5 0.04% 99.7%
11 三重県 40 0.3% 97.7% 26 東京都 4 0.03% 99.7%
11 熊本県 40 0.3% 98.1% 26 滋賀県 4 0.03% 99.7%
13 新潟県 31 0.3% 98.3% 26 広島県 4 0.03% 99.8%
14 大分県 27 0.2% 98.5% 29 愛媛県 3 0.02% 99.8%
15 静岡県 24 0.2% 98.7% 29 高知県 3 0.02% 99.8%


現在では日本国内の消費量の僅か約10%が国内生産というのが実情です。
    国内生産量 12,300トン/年(世界63位)
    輸入量   98,867トン/年(世界 7位)
ちなみに中国の落花生の生産量は1,441万トン/年(世界の約37%)と、日本の1000倍以上です。確かに中国では前菜や料理などにも落花生がよく出てきていました。写真をクリックすると記事を表示します。
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千葉県の落花生の作付面積収穫量産出額の推移をグラフで紹介します。
落花生の生産は安価な中国産に押されて作付面積およひぜ収穫量は1960年~1965年をピークに減少はしてきてはいますが、産出額(=出荷量×農家庭先価格)の落ち込みは意外と少なく最近では上がる傾向も見られ100億円に達する勢いです。このことからも国産品の美味しさが認められてきている気がします。
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コメント頂いたプリスキラさんが紹介されていた「君に届け」です。 

タグ:落花生 新豆
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