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昼食はクレープ Crêperie du Château [アヌシー]

   当時に撮ったメニュー板     Google地図のストリートビュー
クリックすると拡大クリックするとSVを表示
アヌシーの記事の中で、前記事に続いて本記事を日付を新たにして再掲載いたしました。アヌシーで昼食を食べたお店の正確な位置とクリックすると拡大お店の名前が判らなかったのです。今までも探してみましたが見つかりませんでした。前記事の日付を新しくしたのを機会に、根気よくGoogle地図のストリートビュー(SV)で探した結果、ついにお店を見つけました。同じメニュー板を見つけたのです。それが右の写真のお店です。お店を探し出した記念の日が2019年1月20日でした。
冒頭に並べた2枚のメニュー板の写真の左側が当時に撮った写真で、右側がSVのハードコピーです。クリックすると拡大今までもSVで探していましたが、Google地図のSVにもいろんなバージョンがあるようで、メニューの出されていない時間帯では見つけることが出来なかったのです。右の小さな写真がメニュー板が出されていないさらに早朝に撮られたと思われるSVです。

お店のある通りのSVです。中世の雰囲気が残る旧市街地です。早朝のためか人通りはありませんが、昼間は沢山の人で埋め尽くされていました。SVを撮るための車両が通るのは早朝しか出来ないのだと感じられました。クリックすると拡大空色のシャツを着た人が立っているところがお店です。開店のための準備をしているのだと思います。SVはいつかは画面が変わってしまうので右に画面のハードコピーを貼り付けておきました。



写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
フランスの避暑地アヌシーでの昼食はクレープでした。
といってもお菓子のクレープではなくれっきとした料理です。
早めの昼食だったので、どこのお店も、すいていましたが、この店のお客が多かったのと美味しそうな料理が出ていたので、このお店にきめました。ここは、実はクレープ料理の専門店だったのです。奥側の料理がトマトとハムのクレープ 手前側がマッシュルームとハムのクレープで、私はマッシュルームの方を食べました。なかなか人気のお店で次々とお客さんが入っていました。時間が経ってくると他のお店も満員になりました。

拡大写真を掲載いたします。皮の下にマッシュルームとハムなどの具が沢山入っていました。そして皮の上には、たっぷりのチーズが乗っていました。ピザでもない不思議な食べ物でした。我々の常識ではパイに近い気がします。
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やっぱりビールは美味しいです。特に屋外で飲むビールは格別です。
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これがメニューです。Crêpesがクレープです。自信はありませんが翻訳ソフトで調べた日本語を右側に書きました。
メニューの上に書かれている文字は一部が見えませんがA TOUTE HEUREのようです。A TOUTE HEUREがお店の名前のようなので検索しましたが出てきませんでした。Crêpes Saléesの中にも選択肢があったのでそれぞれ別のものを注文しました。Salées(塩味?)と書かれていても特別に塩味が強いわけではないので、甘いクレープ(Crêpes Sucrées)と区別するためにネーミングされたように感じました。3人での昼食で、テーブルの右手前に座っているのが私です。
  Salades Composées      サラダ
  Crêpes Salées         クレープ 塩味?
  Crêpes Sucrées        クレープ 甘い?
  Glaces Artisanales de Savoie 自家製アイスクリーム
クリックすると拡大レストランはアヌシーの旧市街と呼ばれる下記の写真の場所の中にありました。アヌシーの旧市街の街並みに関しては別の記事で紹介したいと思います。
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最後はカプチーノで!
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Google地図のストリートビューでお店を見つけました。
テント屋根にCafé Crêperie du Châteauと書かれていることから、お店の名前はA TOUTE HEUREではなくCrêperie du Châteauであることが判りました。Crêperie du Châteauはの意味は「城のクレープ屋」です。
フランス語でChâteauは城で、マルタ語でkastellは城のことのようです。
 名前 Crêperie du Château 今は Crêperie kastell
 住所 10 Rue Perrière, 74000 Annecy
 電話 04-5051-3615


Google地図のストリートビューの画像は時代と共に変わっていく可能性があるので画面のハードコピーを保存しておきました。画面をハードコピーしたのは2019年1月20日です。ただし。このSVの撮影日は10年前の2009年11月です。古いように思われるか知りませんが最新のSV撮影日は2010年11月です。
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こちらは別バージョンのGoogle地図のストリートビューです。朝早い画像のようでメニュー板が出されていません。メニュー板が出されていないと、このお店だと特定できなかったと思います。こちらの写真の撮影日は2010年11月です。私はほとんどがこちらのタイプを使っているので、上のタイプを使ったのは偶然でした。
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バージョンの差を比べてもらうために全画面を並べてみました。お店が写っている大きさも違います。クリックすると画面の違いが判りやすいと思います。
お店の前に直接にSVすると何度やっても2010年版SVになってしまうことが判りました。現時点(2019年1月)の最新版SVは2010年版SVなのです。
簡単に2009年版SVが見つけられない理由が知りたくて、クリックすると拡大この辺りの周辺を調べてみると2009年版SVは右の写真のようにSV用車両が通れない非常に狭い通路のようなところも撮られていたのです。そのことから人が携帯出来るタイプか自転車のようなタイプか押して運ぶタイプの360°撮影機で撮られていると感じました。そのような狭い場所に直接SVすると2009年版SVになるのです。そこから道をたどって進みお店の前に行くと、メニュー板が掛かっている2009年版SVになることが判りました。結構、奇跡的に見つけられたのだと感じました。
お店のガラスに映った映像から、メニュー板が写った2009年11月に撮られたSVはトライクと呼ばれる自転車で撮影されたことが判りました。そして2010年11月に撮られたSVには撮影車と呼ばれる車がガラスに映っていました。下記の着色文字をクリックするとガラスに映った撮影機材の画像を表示します。
 2009年11月トライク→この店のガラス 別の店のガラス①   
 2010年11月撮影車 →この店のガラス 別の店のガラス① 
     2009年11月版SV         2010年11月版SV
クリックすると拡大クリックすると拡大

参考にGoogleストリートビューの撮影機材を紹介いたします。車に関しては何度か見たことがあります。機材として撮影車(自動車)、トライク(自転車)、トロリー(押し車)、トレッカー(徒歩など)などがあります。
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クリックすると拡大ラクダを使った撮影風景の動画あったので紹介します。撮影場所はアラビア砂漠で、アラブ首長国連邦のリワ(Liwa)で撮られたものです。
そのストリートビューです。→ ポチッ ポチッ
リワ(Liwa)では2014年6月に、下記の4ケ所(URL)でラクダによるクリックすると拡大クリックすると拡大SV撮影が行われたようです。URLをクリックして出てきた航空写真の中の右下のオレンジ人形( )をクリックすると右の4枚の写真のように青いラインでルートが表示されます。
クリックすると拡大クリックすると拡大 https://goo.gl/maps/WkqYWtQRKQo
 https://goo.gl/maps/KUN8EpAUBu42
 https://goo.gl/maps/fyXKqsTq2ZR2
 https://goo.gl/maps/ApkFG4oCNy22


ストリートビュー画像は将来に更新されてしまう可能性があるので、クリックすると拡大ガラスに映ったトライク(自転車)と撮影車(自動車)の画像のハードコピーを保存いたしました。最近の日本で見かける明るい色の撮影車と違い黒っぽい撮影車でしたが赤い丸の中にGoogleと書かれているのが確認できます。上段がクレープのお店のガラスで、下段は別のお店のガラスです。
     2009年11月版SV         2010年11月版SV
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

クリックすると拡大お店の正確な位置と名前が判ったのでGoogle地図を修正いたしました。そのGoogle地図をでお店の位置( )を紹介します。右の写真の島の宮殿(Palais de l'Île)のすぐ近くであることが判りました。赤茶色の屋根の部分は中世時代の旧市街地です。
  Crêperie du Château
 Palace I'lle 又は Palais de l'Île(パレ ド リル / 島の宮殿)


上の航空写真と同じ範囲で、ストリートビュー(SV)を行う時の画面を紹介します。画面の右下にあるオレンジ人形( )をSVしたい位置( )にドラックして持って行くとポイントの下に小さなSVが表示されます。指を離すと画面全体にSVが表示されます。
驚いたことに今日(1月22日)のオレンジ人形は から に形が代わっていてカーソルをクリックすると拡大持って行くと 黒助さん、誕生日おめでとう! と表示されました。今日(1月22日)は私の誕生日で、黒助はGoogle地図での私の名前です。
 Googleストリートビューの可能な道路等
 360°パノラマ写真の登録位置(主に個人登録)
クリックすると拡大

ネットで店名のCrêperie du Châteauを検索すると新しいメニュー板に代わったようです。若干内容が変わったようですが、古いメニューの中の3つ()は健在でした。ストレートビュー(SV)の写真が右のメニュー板に代わっていたら見逃していたかもしれません。SVの写真が古いままだったのがお店を見つけるためには幸いいたしました。ネットの画像検索で「"Salades Composées" "Crêpes Salées" "Crêpes Sucrées" Annecy」を試していたら店名が書かれた右側のメニューを探すことが出来たのかもしれません。
  Salades Composées      サラダ
   Galettes Sarrasin       そば粉のクレープ
  Crêpes Salées         クレープ 塩味? 
  Crêpes Sucrées        クレープ 甘い?
   Glaces Artisanales de Savoie 自家製アイスクリーム
クリックすると拡大クリックするとSVを表示

今までに、クレープ料理を記事に書いたのは今回の記事を含めて3回です。いずれもフランスでの昼食でした。ベルサイユで食べたクレープとモンサンミッシェルで食べたクレープの写真を紹介します。見た目はいずれも違いましが、チーズが使われていることは共通していました。着色文字をクリックすると、その時の記事を表示します。
    ベルサイユのクレープ     モンサンミッシェルのクレープ
クリックすると拡大クリックすると拡大

Palais de l'Isle(パレ ド リル)の前の橋からアヌシー湖の方向を撮った写真です。別のお店ですが、ここでも屋外の席が大人気ですね。運河の畔や旧市街地は食事をする場所として人気です。一番手前のお店がLa Table d'Eliseで、そこからアヌシー湖側にLe Sarto、Jacquin de Restauration、Le munich、La Galéjadeと続いていました。これらのお店も昼時は完全に満席になります。
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こちらは運河の中洲のレストランです。ここでお茶でも飲みたかったけれども、こちらは早くから満席になっていました。
お店の名前はCafé des Artsです。
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デザートのおいしそうなのがあったので写真だけ撮りました。軽い食事にしたかったのでデザートは夜まで我慢でした。いずれも素朴で魅力的なケーキでした。
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ラズベリーやブルーベリーが沢山乗ったケーキが印象的でした。


こちらのケーキに乗った木の実も気になりました。私の好きな栃の実(とちのみ)に似ているからです。栃の木(とちのき)の実ですが、ヨーロッパにもトチノキがあるのか気になって調べてみるとセイヨウトチノキ(Horse-chestnut/Conker tree)がありました。フランス語の呼名はマロニエ(Marronnier)ですが、マロニエの実は食べられないのでケーキの上の木の実は別のものでした。おそらくヘーゼルナッツだと思います。


パイもいろんな種類がありました。
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黄色のマーク( )がアヌシーの場所です。スイス国境に近いアヌシー湖の湖畔にある街で、運河や旧市街が魅力的なところでした。スイスのジュネーブまで車で42kmの距離です。

より大きな地図で アヌシー を表示

Palais de l'Île(パレ ド リル) と 運河のある街並み [アヌシー]

古い記事の中に埋め込んでいるGoogle地図やYouTubeが表示されなくなっていることがあります。Google地図やYouTubeの埋込URLの中の「http」を「https」に書き換えると表示されるようになるためアクセス解析で見てよく見られている過去記事で気が付いたものはhttpsに書き換えています。通常は日付はそのままで保存しているのですが、そのことを紹介する意味で本記事に関しては現在の日付(2019年1月19日)で保存いたしました。写真を複数枚追加した場合も新しい日付で掲載する場合があります。今回の場合は写真を3枚追加いたしました。

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
IMGP7738-1120.jpg
フランスのリヨンに行っていた時にスイスの国境に近いアヌシー湖に電車を使って日帰りで行って見ました。リヨンの報告は終わりましたがアヌシーの報告をすでにワンコから始めさせていただいております。
上の写真はアヌシーの紹介に必ず使われている場所です。ここから奥に旧市街と運河が広がっています。特に魅力的なのが運河のある街並みです。この写真の運河に浮かぶように建っている建物はPalace I'lleあるいはPalais de l'ÎleやPalais de l'Isle(パレ ド リル)と呼ばれていて、日本語訳で「島の宮殿」と呼ばれています。実はこの建物は監獄だったこともあるそうです。もちろん最初は城だったそうです。詳しく調べてみるとアヌシーのジュネーブ伯爵の住居地として1132年に建てられた宮殿でした。その後、Janus がジュネーブ公爵から買い取ったり、息子のルイ・デ・サヴォワ公(duc Louis de Savoie)に与えたそうです。ルイ・デ・サヴォワ公は妻のために、豪壮な館に変身させ、16世紀まで残っていたそうです。そして1865年にジュネヴォア・ヌムール公爵(ducs de Genevois-Nemours)が刑務所に付随した裁判所を alt=設置したそうです。ここは運河というよりは川かな!結構な勢いで流れています。
ヨーロッパで最も透明度の高いアヌシー湖から流れて来るのです。だからすごくきれいで透き通っています。
手前がアヌシー湖なので手前から奥に向かって流れています。さすが湖の町です。紋章に魚が描かれています。

 alt=新しい日付で掲載することもありPalais de l'Île(パレ ド リル)の写真を3枚追加掲載いたしました。こちらは冒頭の写真から切り取ったPalais de l'Îleの拡大写真です。クリックすると別に撮った特別に大きな拡大写真を表示します。一番手前の建物は航空写真で空の上から見ると右の写真のように三角形をしています。
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冒頭の写真と少し角度を変えた写真を紹介します。
同じ構図のGoogle地図のストリートビューはこちら→ポチッ
IMGP7738-1120.jpg

その写真の拡大写真です。
IMGP7738-1120.jpg

古い監獄の横から見た景色です。ここも手前から奥に流れています。今回の写真は全てクリックすると拡大するように設定しておりますので興味のある写真は是非見てください。
IMGP7740-1120.jpg
                            
向こう側がアヌシー湖です。水門を作って水をうまく使いわけていました。
IMGP7775-1120.jpg

手前から奥に流れています。川岸いや運河岸では露店でいろんなものを売っています。
IMGP7767-1120.jpg
                     
その露店のところに行って見ました。どんなものかは写真をクリックするとわかりやすいと思います。
IMGP7771-1120.jpg
                            
橋の上でも売っているのが見えます。
IMGP7744-1120.jpg

その橋の上に行って見ました。ここでも、いろんなものを売っていました。
IMGP7768-1120.jpg

これはアヌシー湖からの入口の橋です。今までに掲載したアヌシーに関する記事を紹介します。着色文字をクリックすると記事を表示します。いずれの記事も、埋込Google地図のhttps化は行いました。
 教会と自転車野郎
 昼食はクレープ
 アヌシーの旧市街
 リゾート気分のワンチャンたち
 アヌシー城
 フランスの避暑地 アヌシー湖
 Palais de l'Île(パレ ド リル) と 運河のある街並み
IMGP7731-1120.jpg

その橋の上からの景色です。ここの標高は448mですが、アヌシー市全域の中には山も含まれていて標高は398m~1153mの場所があるようです。
 アヌシーのWikipedia→日本語 英語 フランス語 翻訳
IMGP7732-1150.jpg

さすがアルプスが近いです。旧市街の中心から約15km歩くだけで標高1690mや1856mの場所まで登れてしまうのです。さらに足を延ばせば2711mまで登れます。→1690 1856m 2711m

                            
拝借した航空写真で茶色の屋根のところが旧市街の運河がある街です。画面の一番下にアヌシー城(Château d'Annecy)が写っています。
 Palais de l'Île(パレ ド リル/島の宮殿)

アヌシーの場所を紹介します。スイス国境に近いアヌシー湖の湖畔にある街で、運河や旧市街が魅力的なところでした。アルプスの山々が見える場所でした。リヨン(Lyon)から日帰りで、右の写真の電車でアヌシーを訪れました。
 alt= アヌシー(Annecy)
 リヨン(Lyon)
 パリ(Paris)
 マルセイユ(Marseille)
 ━━ リヨン~アヌシーのルート  153km
 ━━ リヨン~パリのルート    429km
 ━━ リヨン~マルセイユのルート 322km


2019年の御節(おせち)は三段重 [新年]

IMG_5645-50.JPG写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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初めて取寄せの御節(おせち)で正月を過ごしたのは2009年の正月でした。それまでは子供の時からと結婚してからも全て手作りの御節でした。2009年以降は下記に書いている通り、取寄せの御節を結構活用していましたがクリックすると拡大人数が集まることが無かったことから二段重まででした。今回初めて実家に9名が集まることになったので三段重を取り寄せました。右の写真は元旦の朝に御節料理を食べている時に撮った記念写真です。母が3ケ月の曾孫を抱っこして写っているので9名全員が写った記念写真となっています。下記に2009年以降の御節の種類と食べた場所を紹介します。
2003年元旦以外は自宅または実家で御節を食べました。2003年元旦はメキシコ(2002年12月10日~2003年3月12日)に行っていました。
 2008年以前は全て手作り       自宅 or 実家
 2009年 取寄せ 特製おせち二段重  自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2010年 取寄せ 和二段重セット   自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2011年 取寄せ 和一段重セット   実家
 2012年 取寄せ 特製和風一段    実家
 2013年 取寄せ 和洋折衷二段重   自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2014年 取寄せ 二段重(名前は不明)  自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2015年 手作り           自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2016年 手作り           自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2017年 手作り           自宅  実家の母は取寄せ一段重
 2018年 手作り+取寄せ一段重    実家
 2019年 取寄せ 宝春三段重セット  実家
自宅:千葉県佐倉市  実家:兵庫県宝塚市

2018年12月31日の午後に取寄せた御節が宅急便で届きました。実家の冷蔵庫はすでにいっぱいだったので保冷剤を沢山入れて、一番涼しいと思われる場所に保管して翌日の2019年1月1日に食卓に並べました。       
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これが食卓に並べた3段重の御節です。沢山の種類が入っていました。実家では1段重ばかリでしたが2段重以上は初めてとなりました。それぞれの数は1個~5個で最も多いのが2個か3個でした。人数分の8個がそろってはいませんが、それぞれの好みで食べれて量的にもよかったです。
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こちらが壱の重(13品)です。
内容は、紅かまぼこ、白かまぼこ、伊達巻、たたきごぼう、葉付きんかん、祝い海老、ぶりの照り焼き、酢れんこん、にしん昆布巻、若桃甘露煮、くわい煮、味付け数の子、田作り、です。 
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こちらが弐の重(14品)です。
こちらには、帆立貝煮付け、いか松笠白焼、いか松笠うに焼、穴子八幡巻、まだらのうま煮、手まり麩、スモークサーモン、マリネベース、栗きんとん、紅白なます、丹波黒黒豆、栗甘露煮、花餅紅梅、笹巻団子、が入っていました。
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こちらが参の重(16品)です。
こちらには、黒豆枝豆のサラダ、若鳥八幡巻、たこ煮つけ、豚角煮、いくら醤油漬、だし巻玉子、味付けカニ爪、葉付きんかん、小筍煮、生芋手綱こんにゃく、里芋煮、手まり麩、若桃甘露煮、れんこん煮、椎茸煮、人参煮、が入っていました。
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こちらがおせちの説明書きです。40種類が入っていました。おせちメーカーとしてはあまり知られていないかもしれませんが、フジッコ(ふじっ子)製の御節(おせち)です。2009年から素材にこだわっているということで、全てフジッコ(ふじっ子)株式会社の御節を取り寄せているのです。兵庫県西宮市にある鳴音工場で作っているようです。それぞれの料理の素材が細かく書かれています。クリックすると拡大するので読めると思います。
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説明書きの裏面には代表的な御節料理の縁起に関わる事柄が書かれていました。このままだと読みにくいと思いますが、クリックすると読める大きさに拡大いたします。
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今回はもう一つ特筆すべきことがありました。母の実家に伝わる御節セットを2階の倉庫部屋の中から見つけたのです。私が生まれる前から伝わっていたものですが、ほとんど使ったことが無く新品同様の状態でした。これを使ってみることにしたのです。御屠蘇を買いに行きましたが、どこにも売られていませんでしたが、日の出みりんを買うと屠蘇散がもらえるイベントが行われていて、嬉しいことにみりんを買わなくてもお店の係りの方が屠蘇散を持ってきてくれたのでした。この次は日の出みりんを買います。
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一晩ほど日本酒あるいはみりんに浸すと書かれていたので、12月31日の夕刻に屠蘇散を日本酒に入れたところの写真です。甘口にしたい場合はみりんを多く入れるそうです。お屠蘇(おとそ)は一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む縁起物の酒だそうです。
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大人だけですが、お屠蘇を皆で飲みました。
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お屠蘇は美味しいものではないので、飲み干したあとは写真のように湯煎した日本酒を飲みました。
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家内の得意の筑前煮は前日に作りました。これで半分です。なかなかの人気でした。材料は、鶏肉、ゴボウ、竹の子、人参、こんにゃく、レンコン、里芋など、です。飾りにインゲンを乗せています。
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数の子も丁寧に塩抜きをして、白だし系の出汁を作って一晩漬けました。ちょうどよい味わいになりました。
約500gの数の子の塩抜き味付けの手順は次の通り
 ① 水3000ccに塩を小さじ2杯入れたものに5時間浸ける。
 ② 数の子の表面の薄膜を丁寧に取り除く。
 ③ 水3000ccに塩を小さじ2杯入れたものに7時間浸ける。
 ④ 次の材料を加熱して冷ました漬け汁に24時間浸けこむ。
   ●水    500cc
   ●みりん  大さじ1
   ●白だし  大さじ5
   ●薄口醤油 小さじ1
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づぶつぶ感を紹介したくて拡大いたしました。上の写真の奥の方にピントが合っているために、奥側を拡大いたしました。
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かまぼこも用意いたしました。
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ハムも用意いたしました。
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こちらが我家のお雑煮です。お餅以外に鶏肉、大根、人参、三つ葉が入っています。柚子の皮で香りづけしています。幸いトースターで8個同時に餅を焼くことが出来ました。大根は餅が器にくっつかないように底に敷くように入れています。
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出汁はお雑煮を作る寸前に昆布と鰹節からとりました。一番忙しい料理です。
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全ての料理が出そろったところです。
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美味しくいただきました。子供たちも昔のことを思い出したようでした。
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朝の御節が終わるとお年玉タイムです。右手に持っているのはタカラトミーのリカちゃん人形です。家内の実家で姪っ子から家内が託されていたのです。もちろん孫たちにお年玉を渡しましたが、子供たちにも形だけのお年玉を渡しました。
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クリックすると拡大クリックすると拡大これが、今回のリカちゃん人形です。2018年末に新発売となったモデルだそうです。服にパンダの絵が沢山描かれています。パンダの小さな人形もついていました。もらってすぐに靴とヘヤバンドをつけたり外したりして遊んでいました。やはり女の子です。気に入ったようでした。

クリックすると拡大初詣に行く前にデザートとして12月31日に買った苺を皆でいただきました。右の写真で大きさが分かってもらえるでしようか。博多の「あまおう」です。
クリックすると迫力の写真を表示します。
クリックすると拡大

いつも買うイチコのパックだと1箱に4つですが、今回は1箱に2パックでした。2箱(4パック)買ってきました。1パックに8個なので丁度良かったです。福岡八女農業協同組合いちご部会が2016年に内閣総理大臣賞を受賞したようです。受賞内容は「あまおう」ブランドの確立と他産地に先駆けた取組だそうです。
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デザートを食べた後は2018年の初詣から恒例となった初詣です。私の母は普段は車椅子は使っていないのですが、近所にある宝塚聖天(通称:聖天さん)に初詣に行くために1月1日だけ車椅子を借りるのです。実家から宝塚聖天までの距離は900m で高低差が60mです。母は高齢でもあり足が少し悪いために長時間歩けないのです。行は写真の右から2日目の長男が車椅子を押してくれました。余談ですが、車椅子を1日借りるだけですが、1ケ月単位のため1ケ月分の料金を支払います。12月28日に持ってきて1月8日に引き取りに来たそうです。


実家から聖天さんに着くまでの雰囲気を6枚の写真で紹介します。



聖天さんの鳥居をくぐっているところです。
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クリックすると拡大鳥居の下側からの写真です。通称「宝塚の聖天さん」の正式名は七宝山了徳密院ですが鳥居の扁額に宝塚聖天と書かれるほど聖天の呼名が定着しています。この宝塚聖天は大阪市福島区にある了徳院(福島聖天了徳院/浦江聖天)の別院として1919年に日下義禅大和尚(元真言宗東寺派管長)によって建立されたそうです。
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こちらが聖天さんの本殿、つまり七宝山了徳密院です。聖天さんは通称で正式には大聖歓喜大自在天(だいしょうかんぎだいじざいてん)だそうです。少し略して大聖歓喜天(だいしょうかぎてん)とも呼ばれています。
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聖天さん内の雰囲気を6枚の写真で紹介します。母はここで甘酒を飲むのを楽しみにしています。2枚目の写真が甘酒を飲んでいる写真です。今回は鐘もついてみました。



甘酒は大きな鍋で作られていました。生姜が効いた美味しい甘酒でした。
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ここにはゼロ戦のモニュメントも置かれています。神風特別特攻隊の慰霊碑があるのです。第十期甲種飛行予科練習生の英霊を祭った大光明殿で、卒業した1008名の80%が還らぬ人となったそうです。
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家までの帰りは次男が車椅子を押してくれました。下り坂なので転がっていかないように下りていくのです。



家に戻るとしばらくするとお昼ご飯でした。
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元旦の昼食の目玉は北海道で行列の出来る蒲鉾屋さんの「揚げかまぼこ」です。北海道の長男家族がお土産の一つとして持ってきてくれたのです。
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人気の蒲鉾だけあって美味しかったです。皆にも好評ですぐになくなってしまいました。蒲鉾屋さんを紹介します。
 名前 かま栄
 本店 花園本店   小樽市花園1-8-2
 購入 新千歳空港店 千歳空港ロビー内
 HP https://www.kamaei.co.jp/products/ 
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広島菜と牛蒡の漬物も出しました。広島菜は山口県に墓参に行った時に広島駅で買いました。
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正月に欠かせない千枚漬も用意いたしました。
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御節料理は1月1日の昼食で食べ切りました。白いご飯で頂きました。
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デザートはツマガリのパウンドケーキでした。ケーキ屋さんのツマガリに関しては後日紹介したいと思います。パウンドケーキ(Pound Cake)は、小麦粉、バター、砂糖、卵をそれぞれ1ポンドずつ使って作ることから「パウンド」ケーキと名づけられました。 1ポンドは453.6gです。ポンドの発音はオランダ語のPondで、英語ではPound(パウンド)となります。写真はイチジクのパウンドケーキです。
クリックすると拡大


過去の取寄せの御節(おせち)の全ての写真を紹介したいと思います。2段重のおせちをクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
 2009年元旦 フジッコ 特製おせち二段重  自宅 → 記事
クリックすると拡大

 2010年元旦 フジッコ 和二段重セット   自宅 → 内容
クリックすると拡大

 2011年元旦 フジッコ 和一段重セット   実家 → 内容
クリックすると拡大

 2012年元旦 フジッコ 特製和風一段    実家 → 内容
クリックすると拡大

 2013年元旦 フジッコ 和洋折衷二段重   自宅 → 内容     
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 2014年元旦 フジッコ 二段重(名前は不明)  自宅
クリックすると拡大

 2018年元旦 フジッコ 一段重(名前は不明)  実家 → 記事
クリックすると拡大
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初めてのカップ麺の年越そば [新年]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大クリックすると拡大私が子供のころから12月31日の大晦日にはテレビを見ながら右の写真のような生めんの年越蕎麦を食べてきました。結婚して子供が出来て、実家ではなく私の家での大晦日の時にも、クリックすると拡大ほぼ100%続いてきた習慣でした。今回は家族全員が実家に集まりましたが、さすがに8人分を作るのは大変なので、年越そばの省略も考えましたが、省略するくらいならばカップ麺での年越そばにすることにいたしました。

こちらが年越そばして買ったカップ麺です。
スーパーにまだ年越し蕎麦が並んでいない時期に買いに行くとカップ麺の蕎麦はプライベートブランド(トップバリュ)しか売っていなくて人数分の8個買いました。価格は98円でした。ところが12月30日になると日清の蕎麦のカップ麺も売られたことから違いが知りたくて2個買いました。つまり年越そば用のカップ麺が10個用意出来たわけです。カップ麺を年越蕎麦にするのは初めての経験となったので報告させていただきます。
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クリックすると拡大すでに前記事で紹介した通り、大晦日の夕食は右の写真のシャブシャブでした。夕食を食べ終わってデザートを食べてから年越し蕎麦にすることになりました。食べたい人が随時食べたので、その時にだれが食べたのは判りませんでしたが翌日に残った数を数えると3個だったので7人が食べたことが判りました。日清とトップバリューの違いが知りたくてお湯を入れる前を並べてみました。左がトップバリューで右が日清です。大きな違いは蕎麦の上に乗せる天ぷらでした。2つの違いがありました。1つは包装です。日清は簡単に天ぷらが取り出せるのに対してトップバリューは包装が密着していて切るのも大変でなかなか取り出せませんでした。年配者では難しいかもしれないと感じました。もう一つの違いは天ぷらを入れる時期です。トップバリューは天ぷらが堅いので麺と同時に入れてふやかす必要があるのに対して、食べる寸前に天ぷら入れることでした。サクサクしていてすぐに食べれるのです。当然ですが、日清の方が高いのです。イオン系のお店でトップバリューが98円で売っていたのに対して日清は132円で売られていましたが、近くのスーパーで日清が特別に98円で売られていたのです。もちろん私が買ったのも98円の日清でした。
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麺の違いも紹介します。お湯を入れる前の写真です。左がトップバリューで右が日清です。上の同じ写真から切り取ったので色調も露出も同じです。よく見ると麺の色合いもつぶつぶの数にも違いがありました。
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こちらが2018年12月31日の年越そばです。
にしん蕎麦にするために、市販品の身欠きニシンの甘露煮を乗せました。1匹は大きすぎると思い半分を乗せました。きざみネギも乗せました。
年越そば(としこしそば)に関して調べてみると、大晦日(12月31日)に縁起を担いで食べる蕎麦だそうです。地域による特色があり、呼び方も晦日蕎麦、大年そば、つごもり蕎麦、運蕎麦、大晦日蕎麦、年取り蕎麦、年切り蕎麦、縁切り蕎麦、寿命蕎麦、福蕎麦、思案蕎麦など、沢山あるそうです。
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クリックすると拡大ニシンを1匹乗せてみたかったので2019年1月5日の昼食はカップ麺のニシン蕎麦にしてみました。やはり迫力がありました。こちらが冒頭の写真だったのです。見欠けニシンは電子レンジで温めて乗せました。
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ここから下で、過去の大晦日の年越そばの写真を紹介します。
こちには2017年12月31日でした。この時は5人でした。生麺のセットの場合、カップ麺と違うのは関西風の薄い色の出汁が多いことです。
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こちらは2016年12月31日の年越そばです。今回紹介している過去の年越そばは2017年以外の5回は私の住んでいる千葉で食べました。
年越そばに関して1814年の大坂繁花風土記に「十二月三十一日 晦日そばとて、皆々そば切をくろふ。当月節分、年越蕎麦とて食す。」と書かれていることから、現在のように細く切って麺で食べる蕎麦は江戸で花開いた食文化ですが、205年前の1814年には、すでに大坂で年越しそばが定着しいたことから、年越そばの起源はさらに古いようです。麺の年越そばに関する記録は江戸中期ごろまで遡るようです。さらに鎌倉時代や室町時代まで遡る年越そばの説では蕎麦掻き(そばがき)であるようです。諸説ある中の一つを紹介すると、「鎌倉時代に中国から博多に来ていた貿易商が年の瀬貧しい人達に「蕎麦かき餅」をふるまったら、運が向いたのがきっかけといわれています。」と書かれていました。
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こちらが2015年12月31日の年越蕎麦です。私が住んでいる千葉(関東)でも年越しそばとして売られているものは薄い色の出汁が多かったです。
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こちらが2012年12月31日の年越し蕎麦です。今回紹介している過去の6回の年越蕎麦の中で最も濃い色の出汁だったのが2012年の時でした。私が住んでいる千葉(関東)では偶に濃い色の出汁の生麺セットもありました。2012年の時点で、大晦日に年越そばを食べる人は57.6%だったそうです。現在はどのくらいか気になりますが、6年前の調査なので大きな差はないのかもしれません。
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クリックすると拡大こちらが2011年12月31日の年越そばです。この年越しそばに乗せているニシンは、ふじっ子の「にしん姿煮」です。
ラーメンの生めんは沢山の種類が一年中店頭に並んでいるのに対して、美味しい生そばセットやニシンの甘露煮は年末にしか沢山並ばないのは残念ですが、上で書いた2012年の調査結果から見れば自然なのかもしれません。
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そしてこちらが2010年12月31日の年越そばです。この時はニシンをクリックすると拡大2匹入れていました。写真を撮っている範囲ではありますが、年越しそばは全て、にしん蕎麦でした。記事内に、にしん蕎麦が沢山登場したので、ニシンの分類を紹介します。皆さんご存知のようにお正月に良く食べられるカズノコ(数の子)はニシンの卵です。
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  門 脊索動物門  Chordata
 亜門 脊椎動物亜門 Vertebrata
  綱 条鰭綱    Actinopterygii
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  科 ニシン科   Clupeidae
  属 ニシン属   Clupea
  種 ニシン    C. pallasii
 和名 鰊 鯡
 別名 春告魚(はるつげうお)
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 魚卵 数の子(かずのこ)
 加工 身欠きニシン
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ニシン蕎麦は特に昔は北海道京都で盛んに食べられたようです。積丹・余市・ニセコに行った時に書いた鰊番屋の記事で紹介したことがありますが、北海道でニシン漁が盛んだったころの写真をネットから転用させていただきました。
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実家での大晦日は、思い出深い「しゃぶしゃぶ」にいたしました。 [新年]

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今回のお正月は初めて宝塚の実家に9人が集まりました。私は12月22日から関西に来ていましたが、全員が集まるのは12月31日(大晦日)であったことから山垣畜産の肉で「しゃぶしゃぶ」にいたしました。
昨年の大晦日はフグで、元旦が山垣畜産のヒレ肉(ヘレ肉)のステーキにいたしました。今回は9人(1人は3ケ月なので食べるのは8人)が集まることから、さすがに同時に8人分のステーキを焼くのは難しいと思い「しゃぶしゃぶ」にいたしました。昨年は正月に仕事が入ったこと長男家族は実家には集まれなくて1月5日に私の家の方に集まったのです。そのために実家は5人だったことからステーキを焼くことが出来たのです。
我々が神戸に住んでいて子供たちが小さい時の実家での大晦日の夕食は「しゃぶしゃぶ」だったのですが、狂牛病が流行った時(2001年)に「てっちり」と「てっさ」にしてからはフグが恒例となったために、大晦日の「しゃぶしゃぶ」は思い出深いものだったのです。

山垣畜産の肉を年末に手に入れるのはかなり大変なのです。12月31日の午前中まで営業をしていますが、写真のように長い行列が出来るほど沢山人が買いに来るのです。お店の前に長い列が出来ると周辺に迷惑がかかるので昔から非常階段に並ぶように決められているのです。
自分が買いたい肉が売れ切れる心配があるので12月30日の朝一に行くことにいたしました。開店は10時ですが今までの経験から開店45分前の9時15分に着くように行きましたがすでに長い列が出来ていました。写真は並んだ場所から撮った写真です。丁度2F(2階フロー)の場所でした。1フロアー上がる途中に踊り場が2ヶ所と階段が3つあります。写真には1Fから2つ目の踊り場と3つ目の階段が写っているのです。私のところまでの概ねの行列の人数は80人でした。つまり開店45分前に80人が並んだのです。


私が並んだ後も次から次へと人が上がってこられていました。計算では4F(4階フロアー)まで並ぶと約190人になります。開店前に上がってこられた人数からそれ以上になったと思えましたが、列から離れるのはまずいと思い、確認には行きませんでした。
開店7分前に列が動き始めました。最初の写真は9時55分に撮った写真です。2枚目の写真は下から2つ目の踊り場です。3枚目は2つ目の踊り場から1つ目の踊り場を撮った写真です。



やっと1Fまで降りれました。
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上の写真の一番奥を右に曲がると列の先頭が見えてきました。この先頭の場所にガードマンの人が2名来て、約10人づつお店に案内してくれるのです。この写真を撮った後に私の前の約10人が案内されて私が先頭になりました。


私が先頭になって、私の前のグループが案内されてい写真です。その時、10時22分でした。ガードマンの2人は先頭と最後尾に着いてグループを案内します。割り込みが発生しないように気を使っているようでした。
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次に私が先頭のグループが案内されて「入口」と書かれているいるところから入って注文内容を店員の方に行って出口から出るだけなのです。注文をつたえると番号札を渡されます。写真に写っている沢山の人は注文が終わって番号札を渡されて支払いを待っている人なのです。私が来た時には前のグループの最後の人が注文を係りの人に伝えているところでした。去年よりさらにスムーズなったと感じました。混乱しないように注文を受ける人は1名にしているのも工夫の一つだと感じました。


注文を終わって番号札を渡されて支払いの列に並んだところです。並んでいても番号を呼ばれると支払いのためにレジのところに行きますが、概ね並んだ順番に近かったのも今年が初めてでした。去年までは列を作らないで周囲に待っていたので、ごったがえしていました。


支払いが終わった後に行列の最後尾に来てみました。4F(4階フロアー)から撮った写真です。開店して40分が経過した段階(10時33分)でも3Fから2つ目の踊り場を越えていたのです。


ここが上の写真を撮った4Fです。おそらく開店時間(10時前後)にはこの4Fを越えていたと思います。
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どこまで行列が伸びていたか気になりますが、今となっては確認のしようがありません。あの時、前後の人に伝えて見に来ればよかったと後悔しております。
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こちらの袋に入れて持ち帰りました。
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1.4kgを4つに分けてもらいました。300gを2個と400gを2個です。結果は309g+301g+399g+390g=1399gと1gの誤差のみでした。
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野菜はキノコ2種類と水菜です。
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最初はビールで乾杯です。正月用も含めて500ccを12缶と350ccを12缶を用意いたしました。
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こちらが今回のお肉です。今回のために11月に山垣畜産で2種類のしゃぶしゃぶ肉を買って比べた結果、今回の肉にいたしました。一度、味見をしているので安心して出すことができました。比べた時の記事はこちらです。→ポチッ
食べたことがあるので味に不満はないことだけは自信がありました。写真をクリックするとピントが合っている部分をさらに大きく拡大するように設定いたしました。
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今回も手作り生柚子醤油を作るつもりでしたが、近所でいただいた柚子を持ってくるつもりでしたが、家に忘れてきたとのことなので市販品を買いました。高知県の馬路村の柚子ポンです。高知に住んでおられていた人に薦められた柚子ポンなのです。
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さっそくいただきました。もちろん胡麻ダレを用意いたしましたが、柚子ポンは人気でした。
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野菜も美味しかったです。
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肉を拡大いたしました。お湯にくぐらすと霜降り具合は判りにくくなりますが、食べてみるとよくわかりました。
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写真でも味を感じてもらいたいのでピントの合った部分を、さらに拡大いたしました。クリックすると全体を表示します。
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北海道の長男家族がお土産として持参してくれた純米大吟醸も飲むことにいたしました。1500本限定品の国士無双なのです。
 銘柄 国士無双 純米大吟醸
 原料 北海道酒米「彗星」100% + 米麹
 酒元 高砂酒造株式会社
 住所 北海道旭川市宮下通17丁目右1号
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もちろん冷して飲みました。サッパリとした味わいの美味しい大吟醸でした。私の好みの味で、他の人にも好評でした。
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美味しい大吟醸が出てきたので、次男が持ってきてくれた富山県氷見のホタルイカも出しました。
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肉ではなく鍋の淵にピントが合ってしまった写真ですが、しゃぶしゃぶの雰囲気を紹介したいので掲載いたしました。
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寝ていられないようなので3ケ月児も参加しました。さすがにまだ食べることは出来ません。でも3歳児の方はお肉が気に入ったようでした。鍋が2つは正解でした。肉の量を1.3kgにするか1.4kgにするか1.5kgにするかを迷いましたが1.4kgは丁度良かったです。
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新年あけましておめでとうございます。2019年 元旦 [新年]

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新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
今年は皆さんにとって良い年となることを祈念いたします。

2009年5月5日に最初の記事を掲載して、今回が10回目の正月となります。 昨年中も沢山のアクセスをしていただき、沢山のnice!を頂き、沢山のコメントを頂き、ありがとうございました。
私にとって昨年の最も大きな出来事は、家内とハワイに行ったことだとおもっております。ワンコ(名前:むさし)がいたこともあり一緒に海外旅行に行ったのは2002年7月24日~30日なので16年ぶりだったからです。
上の写真はハワイ旅行の4日目に登った標高4205mのマウナケア山(Mauna Kea)です。マウナケア山には現在13基の世界最先端の天文台が設置されていて、真後ろに写っている四角いぽい天文台が日本の誇る「すばる」です。
2019年元旦

今までに下記のようにハワイ旅行の3日目までの記事を27掲載いたしました。その着色されたタイトルをクリックすると記事を表示します。
 1日目 機内   ハワイ旅行の出発便を紹介します。JL786
 1日目 オアフ島 今からハワイ旅行に行ってきます。
 1日目 オアフ島 ハワイに着いて最初にビーチに出てみました。
 1日目 オアフ島 路線バス'The Bus'に乗ってホノルル美術館へ
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 絵画編
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 Art of Hawaiʻi エリア編
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 特別展編 Erick Swenson
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 モダンアート編
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 日本・中国・韓国美術編
 1日目 オアフ島 ホノルル美術館 本館2階展示室
 1日目 オアフ島 ハワイ旅行の初日の夕食はロブスターとシュリンプ
 2日目 オアフ島 泊まったホテルの朝食 エッグベネディクト
 3日目 オアフ島 ダイモンドヘッドに登りました。
 3日目 オアフ島 ハワイモンクアザラシ かも
 3日目 オアフ島 ハワイの4億円のオープンハウス
 3日目 オアフ島 ココヘッド周辺はホノルルの最も東のベットタウン
 3日目 オアフ島 ハワイのパラグライダー
 3日目 オアフ島 ハロナ潮吹き岩(Halona Blowhole)
 3日目 オアフ島 ワイナマロビーチ(Waimanalo Beach)
 3日目 オアフ島 ハワイ旅行2日の夕食は地元で超人気のベトナム料理店
 3日目 オアフ島 3日目の朝食はワイキキビーチのレストラン
 3日目 オアフ島 朝の公園の景色 カピオラニ公園
 3日目 オアフ島 素敵な時間に出会えました。 カワイアハオ教会
 3日目 オアフ島 イオラニ宮殿(ʻIolani Palace)
 3日目 オアフ島 カメハメハ大王像 Kamehameha Statue
 3日目 オアフ島 アリイオラニ・ハレ(Aliʻiōlani Hale)
 3日目 オアフ島 ビショップ博物館 Bishop Museum
 4日目 ハワイ島 (後日掲載予定) マウナケア山ツアー
 5日目 ハワイ島 (後日掲載予定) ハワイ島一周ツアー
 6日目 オアフ島 (後日掲載予定)
 7日目 オアフ島 (後日掲載予定)
 8日目 機内   ハワイ旅行の帰国便を紹介します。JL789
 9日目 到着
クリックすると拡大フランス旅行で乗ったB777は個室的になっていますが、今回のB767はオープンな感じの座席でした。専用のサイドテーブルがそれぞれについていて横方向のスペースに余裕がありました。
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こちらが4日目に行ったハワイ島の標高4205mのマウナケア(Mauna Kea)です。とても4205mの高さがあるとは思えないなだらかな丘と言う感じです。日本の火山の溶岩と違い粘性が小さく流動性が高いために富士山のような形にならないのです。そのかわり広大な裾野を持つ体積が大きい巨大な山となっているのです。マウナケアは老年期で最後に噴火したのは約4,500年前であることから有史以来の噴火は0回の休火山ということになるようです。その頂上の4200mまで登ったのです。マウナケアはハワイ諸島で最も高い山ですが、ハワイ島にはもう一つ4000mを超えるマウナロア(Mauna Loa 4,169m)があります。マウナロアは今でも火山が活動しており有史以来33回の噴火が確認されていて、1984年3月24日~4月15日が直近の噴火で、ハワイでもっとも危険な山と言われています。ちなみに有史の定義は文字で書かれた記録や文献が存在することであることから1800年代前半まで文字のなかったハワイでの有史の最初の噴火は1843年になります。つまり175年間に33回も噴火したのです。マウナロアはマウナケアよりさらになだらかなため世界一体積の大きい山とも言われています。その体積は富士山(1,400㎦)の54倍の約75,000㎦だそうです。
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本当はマウナケア山の記事を新年に紹介したかったのですが、正月を実家で過ごすことから来年にさせていただきます。その代わり今までに掲載したハワイの記事の写真を何枚か掲載したいと思います。
1日目は飛行機が朝に着てチェックインが出来なかったことからホテルに荷物を預けてホノルル美術館に行ってみました。
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ホテルに帰って水着に着替えてビーチに出て海に入りました。とりあえずはハワイに来たことを実感させてもらったわけです。
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1日目の夕食のロブスターテールです。ホテルからタクシーで行きました。お店の名前はBlue Water Shrimp and Seafoodです。
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2日目の午前中はダイヤモンドヘッドに登りました。
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2日目の午後からはココヘッド辺りに行き、ハロナ潮吹き岩を見たり、ワイナマロビーチに行ったり、高級住宅地のオープンハウスを見たりと盛りだくさんでした。写真はハロナ潮吹き岩です。
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3日目はイオラニ宮殿やビショップ博物館などに行き、最後ワイキキ最大のショッピングセンターにも行きました。写真はイオラニ宮殿です。
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ふるさと歴史展 2018年は下高野 [風習・歴史]

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千葉県八千代市で2018年12月1日~2日に、ふるさと歴史展がありました。よく見ると正確には「ふるさと歴史展」ではなく「ふるさとの歴史展」でした。今年のテーマは上に書かれているように下高野(しもこうや)地区で昔から続いている伝統文化でした。私が住んでいるのは佐倉市ですが下高野は隣接した場所で私の家から歩いて行けることから今までに下高野の伝統行事の記事を下記のように掲載させて戴いました。最初の記事に下高野のkazuさんからコメントを頂いたことをきっかけにいろんな行事に参加させていただきました。今回のふるさと歴史展に関してもkazuさんに教えていただいて12月1日に見に行きました。そのふるさと歴史展に関して報告させていただきます。ふるさと歴史展が行われたのはオーエンス八千代市民ギャラリーです。着色タイトルをクリックすると記事を表示します。
2018年12月 ふるさと歴史展 2018年は下高野
2018年11月 小島泰堂が青菅に作った学校 泰楽文園(泰堂塾)
2017年02月 下高野の辻切り 2017年 今年も参加させていただきました。
2016年02月 下高野の辻切り 2016年
2015年10月 下高野の例大祭の幟倒し
2014年03月 十九夜塔の建立式典 下高野
2014年02月 下高野の辻切り 2014年
2013年10月 下高野の例大祭の幟(のぼり)
2013年06月 戦国時代の城 下高野館(しもこうや やかた)
2013年02月 下高野の辻切り行事に参加させていただきました。
2013年01月 辻斬りではありません。辻切りです。
2012年07月 下高野の奥州講の行事を体験させていただきました。ぼんてん塚
2011年10月 下高野の庚申塔
2010年01月 下高野の辻ぎり

左が八千代市の範囲で右が下高野の範囲で、同じ縮尺の地図です。下高野の人口は八千代市全体の約0.1%で、今回の多くの伝統行事が残っている地域に限ると八千代市全体の0.05%以下なのに対してに石造物は八千代市全体の数の10%近くが下高野に残っているそうです。さらに生活の中に古くからの伝統行事も沢山残されている特別な場所でもあるのです。地図をクリックするとそれぞれオリジナルGoogle地図を表示します。
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今回のテーマの舞台となった下高野の景観を動画で紹介いたします。 是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。下高野地区の雰囲気を感じてもらえるかもしれません。戦国時代の、この周辺には臼井城を守る出城(井野城先崎城小竹城など)がいくつかあった場所でもあります。前で書いている3つの城と比べると、史文書の記述は少ないようですが、下高野にも高台に下高野館(下高野城)が建っていたと伝えられているそうです。動画の中の途中でズームしていく小高い場所が下高野館があったところです。


こちらが「ふるさと歴史展」が行われたオーエンス八千代市民ギャラリーがある建物(施設)です。施設の日本語と英語の正式名は次の通りです。TRCは株式会社図書館流通センターの略称のようです。そのことからオーエンスは株式会社オーエンスのことではないでしょうか。
 日本語 TRC八千代中央図書館・オーエンス八千代市民ギャラリー
 英語  Yachiyo City Central Library & Public Gallery
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施設の航空写真です。3年前の2015年7月1日に開館したそうです。最寄駅はここから南東方向にある東葉高速線の村上駅で徒歩約10分(865m ━━)です。航空写真の中のマイナスのアイコンを2回クリックすると駅が表示されます。
右上のアイコン[拡大地図表示]をクリックすると、下高野と上高野と井野と小竹の辻切り(藁の大蛇)の設置場所を表示します。


下高野の「ふるさと歴史展」の展示場の入口です。入口の左側に小さくオーエンス八千代市民ギャラリーと書かれています。
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午後1時になるとオープニングセレモニーが始まりました。八千代市郷土歴史研究会の会長の挨拶で始まりました。
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今回のふるさと歴史展を開くに際して協力した下高野の方々も沢山参加されていました。
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八千代市の服部友則市長からの挨拶もありました。
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今回のふるさと歴史展は八千代市郷土歴史研究会の人達によってまとめられたそうですが、下高野の方々も協力して展示資料が作られたそうです。そのため郷土歴史研究会から下高野の人達に感謝状が贈られました。受け取っておられるのは下高野地区長の方で、辻切りの行事などに参加させてもらった時にはお世話になった方でもあります。
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下高野の方へのセレモニーの続きです。
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郷土歴史研究会と下高野の方の記念写真です。感謝状には八千代市下高野の皆様と書かれていました。内容は次の通りです。
感謝状 八千代市下高野の皆様
当会では本年「旧村下高野の総合研究」に取り組み大きな成果をあげると共にこのたびシ団八千代第四三号の発刊並びに市民文化祭において展示発表を行うことが出来ました。
これはひとえに下高野の皆様の絶大なご支援の賜物であります。
よってここに衷心より感謝の意を表します。
 平成三十年十二月一日  八千代市郷土歴史研究会  会長 田中 巌
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ケーブルテレビ「J:COM」の方も取材に来られていました。
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会場の風景です。奥の方に藁で作られた大蛇(辻切り)が天井から吊り下げられています。
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クリックすると拡大こちらが辻切り(藁の大蛇)です。地区長さんが作られたそうです。実は地区長さんは注連縄作りの名人なのです。藁の大蛇と注連縄は作り方が共通しているそうです。右の写真は実際に境界の辻に藁の大蛇を取り付けているところです。
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郷土歴史研究会の方々が、それぞれ研究テーマを決めて調査した内容を発表する形式だそうです。研究した方がそれぞれ説明をしていただけるのです。
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郷土歴史研究会では、下高野の歴史調査・研究は10のテーマを決めて2017年12月から2018年11月までの1年間かけて行われて今回の展示会の一部に使われたようです。10テーマは①庚申講、②天神ビシャ・初午ビシャ、③不動ビシャ、④梵天飾り、⑤天道念仏、⑥彼岸念仏、⑦奥州講、⑧ひつじまつり、⑨十九夜講、⑩菅原神社例祭でクリックすると拡大す。
ここでは④の出羽三山にまつわる伝統行事に使われる実物の6本のボンテン飾り(梵天飾り)も置かれていました。右の写真は実際に行われた伝統行事「梵天飾り」で、クリックすると拡大いたします。
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ここは百姓一揆に関する説明が展示されているコーナーです。人形も置かれていました。
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すすきの可愛い飾り物も置かれていました。
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時間と共に見学者が増えてきました。第1展示室(78.70㎡)と第2展示室(110.90㎡)と展示室ホール(84.30㎡)が使われていて可動式の仕切り壁でレイアウトされていました。
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郷土歴史研究会の活動写真や今回のポスターも展示されていました。
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下高野では今でも沢山の行事が行われています。それを説明した表があったので紹介いたします。頭の※は私が過去に記事で紹介したことがある行事です。
 庚申講      1月 正月を除いた最初の申の日
 天神ビシヤ    1月 25日
 不動ビシャ    1月 28日
※辻切り      1月 月末の吉日
※ボンテン飾り   2月 14日
 天道念仏     2月 15日
 彼岸念仏     3月 春分の日
 千葉寺 ご接待  4月 10日前後
 末祭り      7月 最初の末の日
 宮なぎ      7月 15日
 奥州講      7月 末の日曜かその前の日曜
クリックすると拡大 念仏講      8月 14日
 施餓鬼念仏講   8月 16日
 孟蘭盆念仏講   8月 24日
 彼岸念仏     9月 秋分の日
 弁天ビシャ    9月 25日
 菅原神社例大祭 10月 10日
※ 幟立て    10月 8日
※ 幟返し    10月 11日
 年始参り準備等 12月 31日
 長寿会      毎月 1日
 念仏講      毎月 12日
 お不動様     毎月 27日
 十九夜講     隔月 19日
※十九夜塔石建て 7年に一度
 庚申塔石建て  上と同時 次は2021年

クリックすると拡大クリックすると拡大下が下高野の庚申塔に関わる石造物の説明パネルです。
下高野の庚申塔に関しては私も沢山記事に書きました。下高野では24基の庚申塔が現存しています。最も古いのが享保12年の庚申塔です。現在でも7年ごとに建てられていて、最も新しいのが平成26年の庚申塔です。
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下高野の神社と寺院関係の説明パネルでクリックすると拡大す。
今まで長い間、下高野の菅原神社(天満宮)の創建時期は不詳でしたが、一之鳥居の再建時(2000年)に欅造の旧扁額の裏側に元和四戌午年正月二十三日の刻記が発見されて菅原神社(天満宮)の創建年が判明したそうです。元和4年1月23日は西暦(グレゴリオ暦)では1618年2月18日になります。干支年は戊午で、干支日は甲申 で、六曜は大安で、曜日は日曜日です。ちなみに一部の教会で使われているユリウス暦だと1618年2月8日になります。江戸幕府が始まった1603年3月24日から14年10ケ月目に創建されたことになります。
クリックすると拡大右の写真をクリックすると創建時(400年前)の扁額を拡大いたします。2000年に扁額の裏の文字を見つけたのは大発見だと思います。皆さんの探求心で、今までの謎が1つ解けたことになります。
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クリックすると拡大クリックすると拡大貴重な文化財も展示されていました。右の透明ケースに入っているのは菅原神社(天満宮)の創建時の扁額で、裏に年号が書かれています。左の透明ケースの中は天神像の版木です。この版木は太宰府天満宮にある版木の写しと言われています。右の小さな写真は版木と刷った大自在天神の版画です。
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下高野の念仏関係をまとめたもので、庚申講や天神ビシャが説明されています。
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このあたりを治めていた旗本の川口氏3代に関する記述です。
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こちらは辻切りやボンテン飾りの関わるものです。
私が初めて辻切り作りに参加させていただいたのは2012年1月29日(日曜日)でした。クリックすると記事を表示2010年01月26日に掲載した記事「下高野の辻ぎり」を下高野のkazuさんが2011年10月04日に見て、コメントを頂いたのがきっかけで実現いたしました。その時にkazuさんに指導していただいているところの写真が右です。写真の左がkazuさんで右が私です。
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こちらはボンテン飾りと天道念仏に関する説明です。
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末祭りや弁天ビシャや菅原神社例大祭の説明もありました。
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下高野に遺跡や古墳があることが判りました。これは初めて知ったので近いうちに見に行きたいと思っています。
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イメキャラ やっち
クリックすると拡大約30分のミニ講演もあり、すべて聞かせていただきました。
 14時00分~ 天明3年の佐倉藩農民一揆と下高野村
 14時30分~ 郷土の偉才 小島泰堂
 15時00分~ 菅原神社の由来を考える
 15時30分~ 下高野の石造物
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クリックすると拡大今回の発表内容は雑誌「史談八千代 第43号」にまとめられています。一年に1冊発行されているようで創刊号(1976年11月)から第42号までが展示されていました。上の列の一番右が創刊号です。
創刊号を下の写真から切り取って右に掲載いたしました。創刊号のみ製本されていなかったようです。
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また第17号までは表紙のデザインが同じでしたが、第18号以降の表紙は毎回違う絵が描かれています。
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本来は有料購入なのですが、うれしいことに下高野のことが書かれた今年の史談八千代 第43号をkazuさんから頂きましクリックすると拡大た。
史談八千代の文字の右側に「白」と「鳳」の印が押されています。これは岩波白鳳先生(千葉県書道協会顧問)の書だからです。第29号から岩波白鳳先生の書が使われているようです。また中央の絵は菅原神社本殿の脇障子の彫刻です。
ISSN 1345-9694
史談 八千代クリックすると拡大
特集 旧村下高野の総合研究
                          第43号
                          2018年12月
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八千代市郷土歴史研究会
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こちらが目次です。145ページの大作でした。貴重な資料で参考になります。
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110ページに参考資料の一覧の中に私のブログが書かれていました。郷土歴史研究会の方に参考文献扱いしてもらえるとは光栄なことです。
 参考記事URL:https://makkurokurosk.blog.so-net.ne.jp/2014-03-08
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参考文献扱いしていただいた十九夜塔の建立式典の写真を紹介します。
細長い写真をクリックすると拡大するので32基の十九夜塔を確認することが出来ると思います。建立式典での念仏講の動画も紹介します。次の建立式典はこの時(2014年)から7年後なので2021年です。
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2018年12月28日付の新聞「八千代よみうり」に今回の「ふるさとの歴史展」が掲載されていたので紹介します。八千代市郷土歴史研究会45周年記念でもあったようです。記事のタイトルは「伝統守る里・下高野を特集 地域の義民や民俗行事紹介」でした。記事の内容に興味がある方はクリックしていただくと読みやすいと思います。
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