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カメハメハ大王像 Kamehameha Statue [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行3日目にイオラニ宮殿を見た後、イオラニ宮殿の近くに観光スポットの一つであるカメハメハ大王像が立っているとのことなので探してみることにいたしました。イオラニ宮殿の正面の門を出るとすぐに見つかりました。日本語式だとKamehameha Great King Statue(0件)ですが、検索しても当然ではありますが、このような言い方は出てきませんでした。ネット内を見ていると、主に次の4つの呼び方がされていました。単に「カメハメハ王の像」という呼び方でも「カメハメハ1世の像」として理解されるようです。
 Statue of Kamehameha the Great(94件)
 Statue of Kamehameha I(87件)
 Kamehameha Statue(73件)
 King Kamehameha Statue(70件)
下記リストの初代国王カメハメハ1世がカメハメハ大王で、日本と親交が深かったのは第7代カラカウア国王です。
     ハワイ王国・国王   在 位
クリックすると拡大 初代  カメハメハ1世 1795~1819年
 第2代 カメハメハ2世 1819~1824年
 第3代 カメハメハ3世 1825~1854年
 第4代 カメハメハ4世 1854~1863年
 第5代 カメハメハ5世 1863~1872年
 第6代 ルナリロ    1873~1874年
 第7代 カラカウア   1874~1891年  参考:1874年=明治 7年
 第8代 リリウオカラニ 1891~1893年     1891年=明治24年

カメハメハ大王像はハワイ州最高裁判所(アリイオラニ・ハレ)の正面にありました。クリックすると拡大カメハメハ大王像の後ろの建物がアリイオラニ・ハレです。歴史的な建物ですが、今でも裁判が行われている現役の最高裁判所です。横 濱男さんから頂いたコメント内容をきっかけに調べてみると、人気アニメのドラゴンボールの中で亀仙人(武天老師)が編み出した体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる右の絵の技「かめはめ波」の名前の由来はカメハメハ大王だそうです。漫画の作者である鳥山明さんが技(わざ)の名前を考えていたとき、鳥山明さんの奥様であり当時漫画家だった「みかみなち」さんが提案したものを「ばかばかしくて亀仙人らしい」と採用したそうです。→ポチッ
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斜め方向からのカメハメハ大王像も紹介します。カメハメハ大王つまりカメハメハ1世(Kamehameha I)がハワイ王国を建国し初代国王になったのは1795年で37歳前後の時になります。その後1810年(52歳前後)にハワイ諸島を統一しました。そして1819年(61歳前後)に亡くなりました。カメハメハ大王像は戦闘用ヘルメットをかぶり槍を持っていることから初代国王となりハワイ諸島を統一している時期の37歳~52歳の間の頃を表現しているように感じました。調べた範囲では約45歳を表現しようとしたようでした。日本ではカメハメハ1世よりはカメハメハ大王と呼ばれることの方が多いようです。「カ・メハメハ」はハワイ語で「孤独な人」あるいは「静かな人」の意味だそうです。欧米文明に接する前のハワイ語は文字を持たない言語であった関係で、アルファベットがあてられたことから、古い文献などではハメハメハ (Hamehameha) と表記される例もあったそうです。
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その斜めの角度のカメハメハ大王像を拡大いたしました。カメハメナ大王が羽織っているの黄金色のマントは貴重な鳥の黄色羽根で出来たケープ(マント)です。頭の帽子のようなかぶり物も黄色羽根で出来ています。おそらく黄金よりも高価なものだと思います。
またカメハメハ1世は次のような長いフルネームでした。
 名前 Kalani Paiʻea Wohi o Kaleikini Kealiʻikui Kamehameha o ʻIolani i
    Kaiwikapu kaui Ka Liholiho Kūnuiākea
 出生 1758年(諸説あり) ハワイ島カパアウ あるいは その近郊
 死去 1819年 61歳前後
 在位 1795年~1819年
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これがカメハメハ1世が実際に使っていた黄色の羽根で出来たケープです。ビショップ美術館で写真を撮ることが出来ました。黄色の羽根があまりにも貴重であったことから、他の王たちのケープは赤色の羽根を基調として一部に黄色の羽根を使っていました。貴重な鳥の羽根を約50万枚も使うことから制作も数十年以上が必要だったとガイドの方から聞きました。
クリックすると拡大黒い羽根の中に僅かな黄色い羽根を持つハワイ・オーオー(Hawaiʻi ʻOʻO)の日本名はムネフサミツスイ(胸房蜜吸)です。鳥黐(とりもち)で捕獲して黄色の羽根を4枚のみ取って放したそうです。Hawaiʻi ʻOʻO以外にKauaʻi ʻOʻOOʻahu ʻOʻOBishop's ʻOʻOが生息していたようです。オーオー(ʻOʻO)以外の鳥の羽根を使う場合も飛翔に支障が出ないように数枚だけを取って放していたことから羽根から作られたケープや頭の飾り物は貴重だったわけです。この鳥の羽根のケープ(マント)はハワイ語「アフ ウラʻAhu ʻula」と呼ばれています。
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これは形から見て王のものではないようでが、王の頭のかぶり物に近いものがビショップ美術館にありました。カメハメハ1世のものは全て黄色ですが、こちらは赤色の羽根が基調になって一部に黄色の羽根が使われています。
この鳥の羽根の冠り物(ヘルメット/兜)は主に戦争時に使われていたようで、クリックすると拡大ハワイ語で「マヒオレMahiole」と呼ばれています。赤い羽根はハワイ固有種で現在では絶滅危惧種のベニハワイミツスイ(学名:Drepanis coccinea)が主に使われていました。ハワイ語ではイイヴィ(ʻiʻiwi)と呼ばれています。
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カメハメハ大王像は次項で記載のように4ケ所にあり、ハワイ州では3ケ所にあります。最も有名なのがハワイ州最高裁判所の前の、このカメハメハ大王像です。この像は「キャプテン・クックによるハワイ発見100周年」を記念してイタリアで造られましたが、輸送中にフォークランド諸島の近くの海に没したため、再度造られたそうです。
沈没したカメハメハ大王像(オリジナル)はフォークランド島民によって発見されて最終的にハワイ島のカメハメハ大王出身の地であるノース・コハラ(North Kohala)のカパアウ(Kapaau/Kapaʻau)に設置されたそうです。
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Google地図にカメハメハ大王像の設置場所をプロットいたしました。ヒロのカメハメハ大王の台座のみKamehameha The Greatと書かれており、他の3体の台座にはKamehameha Iと書かれています。
 オハフ島 ホノルル  ハワイ州最高裁判所の前 1883年  
 ハワイ島 ヒロ    ワイロアリバー州立公園 1997年   
 ハワイ島 カパアウ  旧コハラ裁判所の前   沈没したオリジナル
 米国本土 ワシントン 合衆国議会議事堂の中  1969年 → 地図


こちらがハワイ旅行5日目に撮ったハワイ島のヒロ(Hilo)のカメハメハ大王像です。カメラの設定ミスで白黒写真(モノクロ写真)になってしまいました。前日に標高4200mのマウナケア山の山頂に登り沈む夕日を見るツアーに行った時にカメラの設定を変更したのです。その時に設定間違いをしてしまい白黒モードになってしまったわけです。ミスに気が付かないで翌日の昼過ぎまでの写真が白黒(モノクロ)になってしまったわけです。
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今回は訪れていませんが、参考のためにハワイ島ノースコハラの小さな町カパアウ(Kapaʻau)と、アメリカ合衆国議会議事堂(United States Capitol)のカメハメハ大王像の写真をネットから転用させていただきました。
上でも書いている通りカパアウのカメハメハ大王像は、ホノルルに建てるために最初に作られたオリジナルですが輸送中に船が沈没して、のちに発見されてカメハメハ1世の生誕の地であるカパアウに立てられたのですが、その経緯や時期に関しては記載サイトによりまちまちです。その中で最も正確に感じたのがWikipediaのカメハメハ像(オリジナル)でした。→ 原文 Google翻訳
オリジナルがカパアウに設置された時期に関してはネット内では船が沈没した2年後と1912年の記載がありましたが、本Wikipediaによると沈没してすぐにフォークランドの島民によって発見されて1882年にハワイ政府に売られて修復されてカパアウに設置されたと書かれていたことから、沈没から2年後に設置されたとの表現が近そうです。オリジナルもホノルルの像のように元々の表面は茶褐色の真鍮の地金と金箔でしたが、傷みがひどかったためか現在は塗装されています。クリックすると拡大右は1900年にカパアウのカメハメハ大王像の前に沢山の子供たちが集まっている写真です。ハワイ島ノースコハラ・カパアウのカメハメハ大王像は沢山の花で飾られている写真が多数あり、地域の人との結びつきを感じました。沢山の花のレイが飾られるのはハワイ州の祝祭日である6月11日のカメハメハ・デー(Kamehameha Day)で、1871年にカメハメハ5世によって制定さたカメハメハ・デーがハワイ州となった今でも続いているそうです。
     ハワイ島カパアウ        アメリカ合衆国議会議事堂
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4ケ所のカメハメハ大王像の顔を比べてみました。微妙に違うようです。
上段のオアフ島(左)とハワイ島ヒロ(右)の大王像の写真は私が撮りましたが、下段のハワイ島ノースコハラ(左)とアメリカ合衆国議会議事堂(右)の大王像の写真はネットから転用させていただきました。ツアーのガイドの方からカメハメハ大王像の顔は本人とは違うと聞きました。実は大王像のモデルとなったのはカメハメハ1世本人ではなく、建立当時の王である第7代カラカウア国王が宮廷の中から最も美しい男性をモデルに選んだそうです。
写真をクリックすると拡大いたします。
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こちらがカメハメハ1世(カメハメハ大王)の肖像画です。誰が見ても、顔だけでなく体形も像とは違うと思います。
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クリックすると拡大クリックすると拡大ハワイ旅行の初日に訪れたホノルル美術館内にも小さなカメハメハ大王像が置かれていました。
右の写真で比べていただくと分ると思いますが台座の形や台座に取り付けられている石板の模様から、ホノルルのカメハメハ大王像のミニュチャアのように感じます。他の3体とは台座の形が明らかに違います。
また、クリックすると特別に大きく拡大するので分かると思いますが、上の4体とは違う顔であることに気が付きました。是非とも比べてみてください。
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Google地図の航空写真でカメハメハ大王像を紹介します。小さな写真はカワイアハオ教会とイオラニ宮殿です。
クリックすると拡大クリックすると拡大 カメハメハ大王像
 イオラニ宮殿
 カワイアハオ教会
 アリイオラニ ハレ


カメハメハ・デー(6月11日)にハワイ島ノース・コハラのカパアウのカメハメハ大王像に花のレイを飾る動画がネットにあったので紹介します。いろいろの動画からカメハメハ・デーにはオアフ島のホノルルやハワイ島のヒロのカメハメハ大王像にも花のレイが大々的に飾られていることもわかりました。ただしオアフ島のホノルルのカメハメハ像では高所作業車が使われていましたが、カメハメハ大王の出生地であるハワイ島の2ケ所では2本の長い棒を使った昔ながらと思われる方法で花のレイを大王像に掛けていました。ノース・コハラでは木か竹の棒が使われていましたが、ヒロは大王像が大きいためか金属の棒が使われていました。是非とも3ケ所を比べてみてください。
 オアフ島ホノルル 高所作業車  → 動画1
 ハワイ島ヒロ   2本の長い棒 → 動画2 槍の交換(はしご車)→動画4
 ハワイ島カパアウ 2本の長い棒 → 動画3

タグ:ハワイ
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イオラニ宮殿(ʻIolani Palace) [ハワイ]

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結婚式が行われていたカワイアハオ教会を出た後はイオラニ宮殿を目指しました。すぐ近くにありながら、歩いている人に聞いてもいろんな方向を言われました。やっと数人目の人が指さした方向にイオラニ宮殿を確認出来ました。木々の中に建物が確認できたのです。

写真を撮っていなかったのでカワイアハオ教会の前の交差点からイオラニ宮殿方向をみたGoogleストリートビューを紹介します。正面の大きな木の幹の間にイオラニ宮殿の建物が僅かに見えました。確認が出来たので道路の横断歩道を渡ってイオラニ宮殿に向かいました。


イオラニ宮殿(ʻIolani Palace)の正面方向(南西方向)の門です。この門はイオラニ宮殿から出る時に撮りました。敷地内に入ったのは南東方向の門です。
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門に取り付けられていたハワイ王国の紋章を拡大いたしました。下に書かれている文字「UA MAU KE EA O KA AINA I kA PONO」はハワイ語でです。意味は「この地の生命は正義によって維持される / The life of the land is perpetuated in righteousness」だそうです。正確なハワイ語だと「Ua Mau ke Ea o ka ʻĀina i ka Pono」になるようです。ハワイ王国は無くなりましたがこの構図はハワイ州の紋章に使われているなどハワイ王国は今でもみんなの心の中に生きているのだと思います。
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南東方向の門から入った景色です。イオラニ宮殿の側面が見えました。
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イオラニ宮殿に近づきました。
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イオラニ宮殿の中に入るためのチケットを買った建物です。日本語ガイドも頼みました。こちらの建物は昔の宮殿兵舎でイオラニ・バラックス(ʻIolani Barracks)と呼ばれています。
クリックすると拡大1870年に建てられ王制が崩壊した1893年まで約80人の警備兵がいたそうです。カワイアハオ教会と同じくサンゴの岩のブロックの外壁で出来ていて米国の重要文化財の一つです。右の写真はWikipediaから転用させていただいた当時のイオラニ・バラックスです。
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こちらが冒頭の写真で紹介したイオラニ宮殿(ʻIolani Palace)の正面です。ハワイ王国7代目カラカウア王の命で 1882年に建てられた宮殿です。王制が崩壊した1893年までの11年間に宮殿として使われました。王制廃止後は1969年まで行政府として使用されたそうです。現在の宮殿の維持・管理はハワイ王家を継承している財団の中の人が中心になったボランティア団体が行っているそうです。我々が来た時は半旗でした。
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建物全体のイメージを感じていただくためにgoogleの3D航空写真でイオラニ宮殿を紹介します。ストリートビューでも見ることが出来ます。


日本語ガイドが付いた宮殿内の見学ツアーは10人程度でした。宮殿の北東方向の階段を上がって2階の入口から入りました。入ってすぐの内部の写真です。


こちらは2階から3階に上がる階段です。豪華な造りでした。豪華な調度品も沢山並んでいました。
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ハワイ王国は日本との関係が強かったことをうかがわせる調度品も沢山クリックすると拡大クリックすると拡大ありました。こちらは天皇家から贈られたと思われる菊のご紋が付いた壺です。この菊の紋章は八重菊を図案化した菊紋で十六八重表菊と呼ばれているそうです。日本から移民第1号の153名がハワイに渡ったのが1868年(明治元年)で、イオラニ宮殿を建てたカラカウア国王が世界一周旅行の最初の訪問国の日本に訪日し赤坂離宮で明治天皇と会談したのが1881年でした。その時にカラカウア国王から国王の姪で王位継承者のカイウラニ王女と山階宮定麿親王との縁組を提案したそうですが、明治天皇が丁重に断った為に幻に終わったそうです。その提案の背景にはその時代のアメリカ帝国主義によるハワイ王国の危急存亡を感じていたと想像されています。
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中央のホールの両側には沢山の部屋がありました。
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床を傷つけないために入口でカバーを履きました。
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豪華な部屋が並んでいました。
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それらの部屋を紹介します。
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こちらは食堂のようでした。
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王家の紋章の入ったガラスの壺も置かれたてました。
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東二を再現した食卓の上を紹介します。
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さすが宮殿という感じでした。
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3階には古いエレベーターで上がりました。3階のロビーです。こちらは下に降りる階段です。
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シャンデリアが吊り下げられた部分がステンドクラスの天窓になっていました。
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窓からの外の景色です。
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驚いたことに料理や食器用のリフト(エレベーター)もありました。
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部屋は見事な調度品でかがられていましたが、王政崩壊後に豪華な家具や調度品の多くは売られるなどして無くなったそうです。
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現在はそれらを見つけ出して買い戻して宮殿内の元の場所に戻す地道な活動が続けられているそうです。
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このような当時の写真を使って家具や調度品を探し続けているそうです。
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お陰で当時の調度品を見ることが出来るのです。こちらのベッドカバーはカラカウア王のベッドにかけられたキルトだそうです。
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宮殿の四隅の間にはコーナー側に小さな部屋が作られていました。
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いろんなタイプの部屋がありました。ここは執務室でしょうか。当時の雰囲気を再現しているようです。
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勲章も並べられていました。
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当時の書類(または手紙)も並べられていました。
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エジソンが電球を実用化したのは1879年ですが、それを採用したのです。イギリスの当時のバッキンガム宮殿にさえ無かった電気設備を備えていたそうです。
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1877年に実用化された電話機も設置されていました。ハワイ王国には驚かされることが多くありました。
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このような浴室も沢山の居間に設置されていました。当時としては先進的な設備に囲まれていたようです。
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沢山の部屋を案内してもらい説明をしてもらいました。
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当時、王宮で行われたフラダンスの写真も展示されていました。
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当時のイオラニ宮殿の写真も掲載されていました。
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こちらは王妃の寝室でしょうか。豪華なベッドが置かれていました。
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カピオラニ王妃の写真でしょうか。
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違う角度から紹介します。ベッドカバーはカピオラニ王妃のベッドに掛けられていた本物だそうです。
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最も圧巻だった部屋を紹介します。一番手前のドレスが世界で最も豪華なドレスです。
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すでに絶滅したオーオー(ʻOʻO)と呼ばれる黒色の鳥に僅かに生えている黄色い羽根で飾られたドレスです。これだけの羽根を集めるだけで何10年も必要だそうです。ハワイの王族だけが着ることが出来たドレスです。
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ここに王や王妃が座ったのだと思います。椅子の左右には先端が鳥の羽根で飾られた棒であるカヒリ(kahili)が立てられています。
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その椅子を拡大いたしました。
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王冠なども飾られていました。
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これは王政最後の頃にハワイ王国最後の君主であるリリウオカラニ女王が幽閉中に製作した有名なクレイジーキルトです。
これにも沢山の物語がありました。
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クレイジーキルトの一部を拡大いたしました。イオラニ宮殿は1795年からの98年間続いたハワイ王朝の最期の舞台でもあったのだと実感させられました。
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エレベーターで一階に降りると使用人たちの仕事場と思われるばしょがありました。このリフトで料理を上の階に運んだそうです。
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この場所にかまどがあったのでしょうか。銅板で囲まれていました。
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作業机だったのでしょう。
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1階には宝石などの装飾品も展示されていました。最も豪華だったのがダイヤモンドで作られた蝶のブローチでした。



1階にはこのような部屋もありました。
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1階の廊下です。いろんな写真が置かれていました。
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Google地図の航空写真でイオラニ宮殿を紹介します。小さな写真はカワイアハオ教会とカメハメハ大王像です。
クリックすると拡大クリックすると拡大 イオラニ宮殿
 カワイアハオ教会
 カメハメハ大王像
 アリイオラニ ハレ


追伸
2018年10月19日から関西に行きます。帰ってくるのは10月30日の予定です。その間にネットが使えるのは1日に30分程度のため、皆様のところへの訪問が出来ないことをお許しください。
タグ:ハワイ 宮殿
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素敵な時間に出会えました。 カワイアハオ教会 [ハワイ]

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ハワイ旅行3日目はワイキキビーチのレストランLu Lu’sで朝食を食べた後に路線バスを使ってワイキキの街の中にあるイオラニ宮殿を目指しました。イオラニ宮殿に近いバス停で降りたのですが歩き出す方向を間違えたために道に迷って、きれいな教会の前に出たので門の中にはいってみることにいたしました。教会の名前はカワイアハオ教会(Kawaiahao Church)でした。教会の名前にはハオ王女の聖なる水の池(Ka wai a Haʻo)という意味があるそうです。
横からのストリートビュー:https://goo.gl/maps/bBWnisJHGiM2

Google地図の航空写真で見るとカワイアハオ教会はイオラニ宮殿のすぐ傍でしたが、沢山の木があることイオラニ宮殿が判らなかったのです。カメハメハ大王像も近くにありました。このあとハワイ州立図書館の中にも入ってみました。ただし、図書館の中には沢山の人がおられたので写真は撮りませんでした。小さな写真はイオラニ宮殿とカメハメハ大王像です。
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 イオラニ宮殿
 カメハメハ大王像
 アリイオラニ ハレ


庭の中に入って撮ったカワイアハオ教会です。建物の前には白いリムジンが停まっていました。どうやら結婚式が行われているようでした。建物に近づいて中に入るかどうか躊躇していると、日本人のスタッフと思われる方が来られて、「今、結婚式のリハーサルが行われています。中に入って自由に見てください。」と言われたので中に入ってみることにいたしました。
こちらのカワイアハオ教会に関して調べてみると1842年に建てられた米国の重要文化財(1962年登録)のオアフ島最古の教会だそうです。クリックすると記事を表示外壁はすべて海面下3~6mからダイバーが掘りだしたサンゴの岩の厚板(約4kg/枚)×1万4千枚で出来ていて、ハワイ歴代君主の戴冠式や結婚式が行われた由緒ある教会でした。右の1857年の写真にも写っている塔の時計は1850年にカメハメハ三世から寄付されたボストンのHAWRD&DAVIS社製だそうです。右上の1857年の写真と今回の写真を見比べてみると塔の屋根の部分の形が変わっていました。現在は日本人が沢山結婚式を行う教会としても有名なようで、検索すると旅行会社の結婚式プランが沢山出てきます。さらに結婚式の写真も沢山掲載されていました。
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クリックすると記事を表示リムジンを拡大いたしました。海外の教会で結婚式を間近で見たのは右の写真のジャカルタの教会以来です。ジャカルタの教会は1901年に完成したジャカルタ大聖堂(Jakarta Cathedral)でした。インドネシアはイスラム教が76.5%(1億7000万人超)の世界最大のイスラムの国ですがキリスト教と共存している上に結婚式では教会が使われることがあるようです。
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教会の壁にA Centennial Memorial of HIRAM BINGHAMと書かれた石板が取り付けられていました。Hiram Bingham(1789年10月30日~1869年11月11日)に関する石板のようですが、その中に教会が完成した1842年7月21日(July 21,1842)が読み取れました。
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外壁に使われている176年前のサンゴの岩の質感を感じてもらいたくて本写真を掲載いたしました。クリックすると拡大した縦長の写真を表示します。
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中に入ると確かに結婚式のリハーサルが行われていました。
2017年のゼクシィの調査(全146ページの30ページ目)によると日本在住の日本人が海外挙式でハワイ選択はダントツ1位です。
そしてハワイ挙式の中で96.6%のカップルがオアフ島を選びました。
(オアフ島:96.6% ハワイ島:1.9% マウイ島:0.5%)
クリックすると拡大 1位:ハワイ       67.1% Σ:67.1%
 2位:グアム       16.5% Σ:83.5%
 3位:アジア        4.8% Σ:88.4%
 4位:オーストラリア    4.5% Σ:92.9%
 5位:ヨーロッパ      3.5% Σ:96.5%
 6位:南太平洋・インド洋  1.3% Σ:97.7%
 7位:アメリカ       1.0% Σ:98.7%
 8位:ニュージーランド   0.6% Σ:99.4%
 9位:サイパン       0.3% Σ:99.7%
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日本在住の日本人の7年間の海外挙式率は平均で7%で最近は約9%です。7年間を見る限りは増加傾向にあるようです。7年間の全調査数は17,959カップルです。年間64万組が婚姻してその中の35万組が結婚式を挙げると仮定すると、その9%の3万組が海外で挙式することになります。ハワイはその67.1%なので年間2万組の日本人がハワイで結婚式を行っている計算になります。
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クリックすると拡大クリックすると拡大自由に見ても良いとは言われましたが、さすがに中央の通路を通って近づきにくかったので、2階に上がって見させていただきました。祭壇の左右に立っているカヒリ(先端が鳥の羽根で飾られた棒)は王族のシンボルです。カヒリ(kahili)に用いられている羽のほとんどがオーオーという、現在では絶滅した固有種の鳥の羽から作られています。カヒリを完成させるには膨大な時間と技術と貴重な材料が必要であることから「王族のシンボル」とされてきました。この日に最後に訪れたビショップ博物館にはカヒリの部屋があり沢山の各時代の王のカヒリが保管・展示されていました。
クリックすると拡大黒い羽根の中に僅かな黄色い羽根を持つハワイ・オーオー(Hawaiʻi ʻOʻO)の日本名はムネフサミツスイ(胸房蜜吸)で、初代カメハメハ大王が着ていた黄色のケープ(ガウン)は全てこの羽根で作られたものです。他のカメハメハ王のケープは一部のみにか黄色羽根が使われないほど、その時代から貴重な鳥でした。鳥黐(とりもち)で捕獲して黄色の羽根を4枚のみ取って放したそうです。Hawaiʻi ʻOʻO以外にKauaʻi ʻOʻOOʻahu ʻOʻOBishop's ʻOʻOが生息していたようです。オーオー(ʻOʻO)以外の鳥の羽根を使う場合も飛翔に支障が出ないように数枚だけを取って放していたことから羽根から作られたケープやカヒリは貴重なものでした。
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2階から拡大した写真です。我々が建物を出るころに人が増えてきたので結婚式の本番が近づいて来たのだと感じました。本記事を見ている方の中にもこちらの教会で結婚式を挙げた方もおられるのではないでしょうか。
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庭の中の小さな建物ですが、LUNALILO KA MOI. 1874.と書かれていました。手前の説明板にはKING WILLIAM CHARLES LUNALIO と書かれていました。これらの記載からハワイ王国の第6代国王ウィリアム・チャールズ・ルナリロ(William Charles Lunalilo、1835年1月31日~1874年2月3日)の霊廟(墓)と思われます。ハワイ王国第5代国王カメハメハ5世が後継者を定めないまま1872年に亡くなったため、憲法に従い選挙によって選ばれるたのがルナリロ国王ですが、肺結核にかかり在位1年1ヶ月ほどでこの世を去ったそうです。彼の遺言によりカワイアハオ教会の墓地に母親と共に埋葬されたそうです。
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朝の公園の景色 カピオラニ公園(kapiolani Regional Park) [ハワイ]

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前記事でハワイ旅行3日目はホテルから出てレストラン(LuLu's Waikiki)で朝食を食べたことを紹介しましたが、レストランには歩いて行きました。その時の景色を紹介したいと思います。進行方向に向かって左側がビーチ(海岸)で、右側が公園でした。その公園の景色を紹介したいと思います。公園の名前はカピオラニ公園(kapiolani Regional Park)です。

カピオラニ公園のエリアと宿泊ホテルと朝食を食べたレストランの場所を紹介します。緑色ライン(━━)で囲った部分がカピオラニ公園です。
赤色ライン(━━)で囲った部分はホノルル動物園です。
 LuLu's Waikiki   3日目の朝食を食べたレストラン
 The New Otani Kaimana Beach Hotel 宿泊ホテル


写真の左端に写っている歩道を歩きました。日曜日には歩道の右側に沢山のフリーマーケットが並びます。この日(3日目)は月曜日でした。背の高い椰子の木の上の方は写真には納まりませんでした。
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歩道のさらに左側は駐車スペースになっていて、その左側に一方通行の車道があり、その車道の左側がワイキキビーチの中のカピオラニビーチとカイマナ ビーチです。日曜日には早朝から沢山の車が停まっていました。
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ハワイらしい木が沢山並んでいます。
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広い公園の雰囲気を感じてもらえると思います。
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椰子の木以外によく見かける木が2種類あります。これが、その一つのモンキーポッドです。「この木なんの木」の歌詞で始まる日立のCMに使われた大樹と同じ種類と言えば思い出される方も多いと思います。CMに使われたのは別の場所の公園の木で、6日目に見に行きました。近いうちに紹介したいと思います。
  目 マメ目      Fabales
  科 マメ科      Fabaceae
 亜科 ネムノキ亜科   Mimosoideae
  属 ネムノキ属    Albizia
  種 アメリカネムノキ Albizia saman
 別名 モンキーポッド
 英名 Monkey Pod
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椰子の木が上まで写った写真も紹介します。
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上の方で紹介した一方通行の道路とは反対方向の道路です。沢山の車が走っていますが郊外からの通勤のための車だと思います。
観光用のトロリーバスも走っていました。
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公園内にいた小鳥です。
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その小鳥を拡大いたしました。
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ハワイで多く見かけた2つの中のもう一つの木です。根が枝から垂れ下がるタイプです。ガジュマルと呼ばれる沖縄などにある木に近い種類です。この木の名前は通称バニアンツリー(Banyan Tree)のようです。
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バニアンツリー(Banyan Tree)の垂れ下がった根の部分を拡大いたしました。
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別のバニアンツリー(Banyan Tree)の近くに銅像がありました。ハワイではいろんな場所に銅像が建てられていました。
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この銅像の人に見覚えがある方は多いと思います。
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この銅像はやはりガンジーでした。ハワイの人たちとガンジーの関係は判りませんが、尊敬される人の銅像が建てられるようです。
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こちらはハワイで最も尊敬されている女性の一人だと思います。
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ハワイ王朝7代目の王であるカラカウアの妻であるカピオラニ女王です。英語(ハワイ語)ではQueen Kapiolani(Queen Kapiʻolani 1834年12月31日~1899年6月24日)です。カピオラニ公園(kapiolani Regional Park)の名前もこちらの人かつけられたものです。
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クリックすると拡大サーファーボーイ像あるいはサーファーオンザウエーブ像と呼ばれているサーフィンをしている銅像もありました。銘板を撮っていなかったことから名前は判りませんが、右の写真の有名なデューク・カハナモク(Duke Paoa Kahinu Mokoe Hulikohola Kahanamoku 1890年8月24日~1968年1月22日)かもしれません。ただし、別途右下のデューク・カハナモク像(Duke Kahanamoku Statue)があります。その小さな写真をクリックすると両方の顔を比べられる拡大写真を表示するので比較してみてください。クリックすると拡大デューク・カハナモはオリンピックで金メダルを3個を獲得したハワイ出身の伝説的な水泳選手で、サーファーとしても活躍して、サーフィンをスポーツとしての普及させたことに多くの貢献をした人でもあります。ワイキキビーチの中との一つのビーチとしてデューク・カハナモ・ビーチの名前が残っています。オリンピックでのメダルは下記です。1916年のベルリンオリッピックは第一次世界大戦により中止になり行われませんでしたが、行われていたらさらにメダルをとっていたのだと思います。クリックすると拡大アントワープオリンピックで29歳 or 30歳と書いたのはオリンピック期間中に誕生日があったからです。
 1912年 金 100m自由形    ストックホルム 22歳
 1912年 銀 800mフリーリレー ストックホルム 22歳
 1920年 金 100m自由形    アントワープ  29歳 or 30歳
 1920年 金 800mフリーリレー アントワープ  29歳 or 30歳
 1924年 銀 100m自由形    パリ      34歳
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花が咲いている木も沢山ありました。これは白い花ですが、いろんな色がありました。
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花を拡大いたしました。花の種類はプルメリア(Plumeria)で、ハワイの女性の髪飾りに使われます。未婚女性は頭の右側に、既婚女性は左側に飾るそうです。プルメリアはキョウチクトウ科インドソケイ属の一般的な総称で、インドソケイ属の学名であるPlumeriaから来ています。ハワイ語ではPua Meliaあるいは単にMeliaと書かれるそうでクリックすると拡大す。
  門 被子植物門     Angiosperms
  目 リンドウ目     Gentianales
  科 キョウチクトウ科  Apocynaceae
 亜科 インドジャボク亜科 Rauvolfioideae
  連           Plumerieae
  属 インドソケイ属   Plumeria
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3日目の朝食はワイキキビーチのレストラン [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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こちらがレストランに入るメイン階段です。日本語の案内版には「ワイキキで1番うま~い 極上ロコモコの店」と書かれていました。
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お店を紹介します。
 店名 Lu Lu’s Waikiki
 住所 2586 Kalakaua Avenue< Honolulu
 電話 808-926-5222
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お店で魅力的なのがビーチが見える窓際のカウンター席です。ただし、この席に気が付かないでテーブル席に座ってしまいました。途中で気が付いたのですが席を移りづらかったので最後までテーブル席で食事をいたしました。
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こちらがメニューです。朝食はオムレツとパンケーキを頼みました。飲み物として頼んだのは紅茶とジュースでした。
OMELETS
 DAWN PATROL$13 注文
 CHEESE OMELET$10
HAWAIIAN FAVORITES 
 STEAK AND EGGS$18 $20
 LOCO MOCO$15
 LONGBOARD BENEFICT$12
 BACON & EGGS$12 $14
 GARDEN ISLE SCRAMBLE$12
 PANCAKES & WAFFLES$8 $11 注文
 STUFFED FRENCH TOAST$12
 FRENCH TOAST$8
 GIDGET’s FRUIT BOWL$9 $5
 ISLAND PAPAYA$6
 COFFEE & TEA$4 注文
 JUICE$4 注文
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飲み物はすぐに出てきました。紅茶とジュースです。ジュースの量は多かったです。
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こちらが家内の頼んだパンケーキです。ワッフルも選択できましたが、ハンケーキにいたしました。ハチミツとクリームが付いていました。ハワイはハチミツが有名です。パンケーキには沢山のブルーベリーが入っています。ストロベリーやバナナも選べました。マカデミアンナッツの追加も出来ました。私は1枚を食べさせてもらいました。
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オムレツの卵は3個が使われています。オムレツにはハム、ベーコン、マッシュルーム、ナス、タマネギなどが入った半熟のチーズがかけられていました。トーストとフライドポテトが付いていました。
事前に聞いていた通りハワイの朝食はボリューム満点でした。ホテルの朝食も量が多いと感じましたが、実は普通のレストランに比べると圧倒的に少なかったことを知りました。
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チーズの部分を拡大いたしました。
お店の入口に書かれていた名物のロコモコ(Loco Moco) はステーキが入っているために朝食としては重そうだったので注文しなかったけれども、今となっては食べてみればよかったと後悔しています。
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オムレツの真ん中にも具が入っていました。味は美味しくて申し分ありませんでしたが、量は「半端ない」でした。ハワイに出発前から分かっていたことでしたが、2人で一皿にすべきでした。ただし、いろんな味を試したいので一皿に出来ないのも事実でした。
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お店の場所( )を紹介します。宿泊ホテルから歩いて来れる距離でした。
 LuLu's Waikiki
 The New Otani Kaimana Beach Hotel 宿泊ホテル

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ハワイ旅行2日の夕食は地元で超人気のベトナム料理店 Hale Vietnam Restaurant [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行の2日目の夕食はベトナム料理でした。初めてハワイ旅行に来てベトナム料理は珍しいと思います。実はホノルルの人たちの間で超人気のベトナム料理店があるとのことで、そのお店で夕食を食べることにいたしました。

驚いたことに割り箸(はし)が使われていました。ただしベトナムのように箸は縦置きでした。私の知る限りですが、箸を横置きにするのは日本だけです。韓国や中国も箸は縦置きなのです。日本製だと思った「おてもと」と書かれた割り箸にはMade in Chinaと書かれていました。
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日本発着の航空会社の箸の置く向きも下の写真の通りです。右がベトナム航空で右が日本航空です。ベトナム航空は縦置きで、日本航空は横置きです。ベトナム航空の場合、メインのすき焼きは後で出てきます。韓国の航空会社の一部の日本料理で箸を横置きにするところがあります。写真をクリックすると、記事を表示します。
  ベトナム航空 中距離便        日本航空 短距離便
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  韓国国内 韓国料理          アシアナ航空 日本料理
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ベトナムと言えば、やっぱり生春巻きです。これはハワイでも同じでした。先ずは生春巻きが出てきました。海老と豚肉と生野菜が入っていました。
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こちらは鶏の手羽先の料理です。手羽先にしては丸く膨らんでいると思いませんか。
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丸かったのは肉の中に具が入っていたからでした。
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うれしいことに、日本のビールもありました。
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日本以外にメキシコ、オランダ、タイ。シンガポール、中国などのビールがありました。アメリカのビールは$4.57で、海外ブランドは$6.00でした。
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海老が沢山入ったシーフードサラダも注文いたしました。ベトナム料理の特徴である沢山のハーブが使われていました。
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肉料理も頼みました。ココナッツの入ったカレー料理ですが、インド料理のような辛みはありません。
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白いごはんもありますが、雑穀が入ったごはんを頼みました。
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揚げ焼きそばも頼みました。
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揚げ焼きそばは拡大いたしました。日本で食べる揚げ焼きそばの味でした。
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お店を紹介します。地元の人たちで満員になりました。
 店名 Hale Vietnam Restaurant
 住所 1140 12th Avenue Honolulu
 電話 808-735-7581
 定休 水曜日
 営業 11:00~21:30
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ベトナム料理店(Hale Vietnam Restaurant)の場所を紹介します。
中央の赤色マーク( )が今回紹介のレストランです。ダイヤモンドヘッドの北側にあります。
 1日目夕食 Blue Water Shrimp and Seafood
 2日目朝食 The New Otani Kaimana Beach Hotel 宿泊ホテル
 2日目夕食 Hale Vietnam Restaurant
 3日目朝食 LuLu's Waikiki

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ワイナマロビーチ(Waimanalo Beach) [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大ハワイ旅行の2日目の午後はワイキキから東方向に進んでワイナマロビーチ(Waimanalo Beach)を見てUターンしてワイキキ方向に戻りました。途中に高級住宅地やココ・クレーターや潮吹き岩などを紹介しましたが、ここではワイナマロビーチの景色を紹介いたします。ワイキキから離れると人の数も少なく景色を楽しめました。
こちらが正面の景色です。北東方向になります。ワイキキビーチは南西方向を向いているので180度反対方向の海岸なのです。日本で言えば太平洋側と日本海側になります。

正面をズームした写真です。
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こちらが目の前のマナナ島(Mānana)です。マナナ島(Mānana)はハワイ語でラビット島(Rabbit Island)とも言われています。
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島を拡大いたしました。
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右方向(南東方向)のビーチです。右側の崖はすでに紹介したパラグライダーが飛びたつ有名な場所です。
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高い崖を拡大いたしました。
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崖下に広がるビーチです。
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左方向(北西方向)のビーチの景色です。
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景色をズームいたしました。
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海岸に適していると思われる植物が生えていました。
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海岸と道路の間は緑の豊かな公園になっていました。
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道路沿いにはワイナマロビーチ(Waimanalo Beach)を示す看板が立てられていました。
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看板を拡大いたしました。
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ワイナマロビーチ(Waimanalo Beach)の場所( )を紹介します。

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ハロナ潮吹き岩(Halona Blowhole) [ハワイ]

2018年9月13日追記
今日9月13日から関西に行きます。関東に帰ってくるのは9月26日です。その間に、9月10日に生まれた2人目の孫娘に会ってきます。元々は9月19日から行く予定でしたが、孫娘が生まれたことから行く日を早めました。帰宅するまで、皆様のところに訪問出来ないことお許しください。

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ココクレーター(Koko Crater)からワイマナロビーチ(Waimanlo Beach)に向かう途中にちょっとした観光名所がありました。それが上の写真のハロナ潮吹き岩(Halona Blowhole)です。岩の上から海中まで通路があることから押し寄せた波がによって海水が吹き上げるのです。

吹きあがった部分を拡大いたしました。クリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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クリックすると拡大その時の条件によって潮の吹き出し高さは違いますが、今回の規模を実感していただきたくてgoogle地図に登録されている2017年9月に撮影された360°写真から切り取った写真を紹介します。男性が立っているところの少し右上が噴出し口(Blowhole)のところです。女性が立っているのが目印となる右の写真の木柱(or 石柱)です。下の写真に写っている木柱(or 石柱)の高さや男性の身長を、冒頭の写真および次の写真と比べていただくと吹き出し高さが想像していただけると思います。この場所に人が入って事故があったことから今は入ることが禁止されています。下の写真をクリックするとGoogle地図に登録された360°写真を表示します。
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写した位置が正確に一致していないために少し角度が違いますが冒頭の写真から、上の写真同じと構図の写真を切り取りました。比べてみてください。さらに男性と女性を私が撮った写真の中に入れてみました。そばに人が立つと潮の噴き上げた高さが実感できると思います。男性の身長が180cmだと仮定すると岩面の穴から9mの高さまで吹き上っていることになります。風が弱ければもっと高く吹き上っていたことでしょう。また水柱が太いこともこの写真でわかってらえると思います。
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アニメーションGIFでも紹介します。このBlowholeはオアフ島がまだ火山活動をしていたころにクリックすると拡大溶岩が海に流れ込み、その溶岩が固まるときに通路が出来たと考えられています。さらに波の浸食によって通路が大きくなったことも想像できます。吹き出し口の海面から高さはトップアドバイザーに登録されている右の無料写真を参考にしてください。
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少し広い範囲のアニメーションGIFです。潮吹きの仕方は毎回違っていました。
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動画でも紹介いたします。最初と32秒後に潮吹きを見ることが出来ます。


吹き出し部分の拡大写真です。
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クリックすると拡大潮吹き岩を見るための展望台です。撮った位置の角度は違いますが、冒頭の写真と比べてもらうと吹き上げた海水の高さが分かってもらえると思います。展望台の海面からの高さは16mなので、海面からかなりの高さに吹きあがっていることが判ってもらえると思います。
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ここの見どころは潮吹き岩だけではありません。海の色もすばらしかったです。
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岩に囲まれたビーチの景観も見ごたえがありました。この辺りの岩はすべて溶岩です。ココ・クレーターから噴出したものだと思います。
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そのビーチの海側です。
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北東方向の景色も見事でした。見えている砂浜はSandy Beachです。その先の岬の向こう側の山がすでに紹介したパラグライダーの名所です。
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ハロナ潮吹き岩(Halona Blowhole)の場所( )を紹介します。
ココクレーター(Koko Crater)の傍にありました。


カメラの位置とBlowholeの位置を黄色ラインで結んでみました。Google地図に登録されているBlowholeから海水が霧のように噴出している360°写真から場所を特定いたしました。
 ハロナ潮吹き岩(Halona Blowhole)
 目印の木柱

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ハワイのパラグライダー [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイの前記事でパラグライダーの写真が撮れなかったと記載しましたが、車の中からコンデジで撮った写真を調べてみると幸いにもパラグライダーが写った写真が1枚ありました。ホテルに予備の電池を忘れてきたために、ここに来る少し前に一眼レフ(5D)の電池が切れていたのです。車のフロントガラスの右上端に小さくパラグライダーが写っています。左側の険しい崖の上が、本記事の後半で紹介している標高357mのパラグライダーが飛び立つ場所と標高409mのところだと思われます。

パラグライダーの部分を拡大いたしました。この崖を何枚か撮りましたがパラグライダーが写っていたのは1枚だけでした。
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上の2枚の写真は後部座席から撮った、こちらの写真から切り取りました。
絶壁の上を歩くハイキングコースがあり、Makapuu Tom Tom Trail(マカプウ・トムトムトレイル)と呼ばれているそうです。
そのハイキングコースのトムトムトレイルを紹介した記事があり、記事の中にもパラグライダーの写真が出てきます。
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ハワイの前記事でも紹介したパラグライダーの飛行空域です。赤枠内が飛行空域に設定されているようです。クリックすると拡大着陸場所を確認すると飛び立った場所に戻るそうです。山の上から北東方向の海に向かって飛び立っても北東からの強烈な貿易風のおかげで、元の場所に戻ることが出来るそうです。右の観光客を乗せる2人用のタンデム・パラグライダーの写真は、オアフ島のパラグライダー観光サイトから転用させていただきました。北東側の海岸を走っている時に車の中からパラグライダーを見ることが出来ました。その時に撮ったのが冒頭の写真です。クリックすると拡大興味がある方は検索してみてください。Google航空写真にも飛行中のパラグライダーが右の写真のように写っています。オリジナルは将来に更新されてパラグライダーの写っていない写真になると思われるので画面のハードコピーも掲載いたしました。→オリジナル ハードコピー
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東側からの3D航空写真でパラグライダーやハンググライダーの飛出し場所を紹介します。クリックすると拡大高さ357mの絶壁です。このあたりで車を使って上がれる最も高いところは409mです。飛び降りるのに勇気がいりそうです。飛行中のパラグライダーも写っていました。この下の道路を走っている時に、ここが一番有名な場所だと言われました。実際に飛んでいるパラグライダーをいくつか見ることが出来ました。
ここは北東からの強い貿易風が高い崖にあたって上昇気流になるのだと思います。上昇していく雲の流れも写っています。この写真の海の傍の崖下の道を通った時に冒頭の写真を撮りました。
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ワイナマロビーチ(Waimanalo Beach)から見たパラグライダーの飛出し場所がある断崖の写真を紹介します。沖にある島はラビット島(Rabbit Island)あるいは、ハワイ語のマナナ島(Mānana)と呼ばれています。マナナ島の右側にある小さな島はケオヒカイプ島(Kāohikaipu)です。この写真はクリックすると特別に大きく拡大いたします。中央の岬からの360°写真も見ごたえがあります。
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崖の垂直度を紹介したくてこちらの写真を掲載いたしました。崖にに近づくと崖が垂直に近いことがよく分かります。Waimanalo Beach Parkの看板が立っているようにワイナマロビーチの前の道路から撮ったものです。
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パラグライダー(Paraglider)やハンググライダー(Hang Glider)が飛出すための標高357mの場所の360°写真がGoogleマップに登録されていました。最後に紹介している動画の始まる場面(3分25秒)と同じ場所でマナナ島が見える同じ構図を表示させています。水平にドラッグさせると周囲が判ると思います。
標高409mの場所の写真も登録されていました。→360°写真


上のハンググライダーやパラググライダーが飛び立つ標高357mの場所が入った動画がYouTubに登録されていたので紹介します。
その場所が出てくる3分25秒から動画が始まるように設定いたしましたのでプレーボタン( )をクリックしてみてください。そして、上のGoogleマップの写真と比べてみてください。ハンググライダーが飛び立った瞬間に上昇気流で上に昇っていくのが分かってもらえると思います。
最初にパラグライダーが出てくるのは0分38秒です。→ ポチッ

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ココヘッド周辺はホノルルの最も東に位置するベットタウン [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ホノルルのカハラ地区(Waialae-Kahala)のオープンハウスを見た後、東のビーチを目指しました。ふと横を見るとクラシックの車が走っていたので写真を撮ってしまいました。車体はクラシックカーですが足回りは新しいものです。エンジンも新しいものかもしれません。いずれにしても、こだわりとお金がかかった車のように感じました。写真の撮影場所です。→ポチッ

車の背景に写っているのはココヘッド(Koko Head)にある標高368mの山です。とりあえずココヘッドと呼んでおきます。車の後ろのマークから車種を調べてみると、右の写真のGeneral Motors(GM)のクリックすると拡大1956年製のChevrolet 210の2-Door Sedan と形やデザインが同じであることから還暦(60歳)を越えた車であることが判りました。さらに驚いたことに写真をクリックすると拡大するので分かると思いますがナンバープレートの番号が「56-210」なのです。オーナーの情熱が感じられるとともに1956年製の62歳の車であることがはっきりといたしましクリックすると拡大た。右上の水色のシボレー210の写真はWikipediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大下の写真や右上のナンバープレートの写真は右の写真から切り取ったものなので解像度が良くないことはお許しください。ナンバープレートに関しては文字が読みやすいように回転させた上に横に引き伸ばしています。
シボレー(Chevrolet)は今でもGMの4つのブランドの一つです。4つのブランドとは、ビュイック(1908年)、キャデラック(1909年)、GMC (1912年)、シボレー(1911年)です。シボレーの現在の車種は、カマロ、コルベット、ソニック、キャプティバ、トラバース、タホ、シルバラード、トラックス、クルーズ、オーランド、ボルト、マリブ、インパラ、エクイノックス、サバーバン、コロラド、トレイルブレイザー、エクスプレス、スパーク、オニキス、プリズマ、モンタナ、コバルト、スピン、クラシック、カプリス、セイル、エンジョイ、N200、などがあります。
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ハワイらしい景色が続きました。ココヘッドが見えています。
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最も近づくところで車の中から撮ったココヘッドの山です。
真直ぐに伸びた道が見えますが、昔ケーブルカーがあった跡で今でもレールが残っています。観光用ではなく山頂に物資を上げるために第二次世界大戦時に作られた軍事用のケーブルカーのようでした。Koko Crater Railway Trailと書かれていました。今では観光スポットで登る方が沢山おられますが、一直線の1048段の枕木を登るのはかなり厳しいようです。標高は368mと、ダイヤモンドヘッド(標高:232m)より高いのです。右上のレールの写真はネットから転用させていただきました。
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Googleマップに登録されているKoko Crater Railway Trailの360°写真を紹介します。厳しい登りだと分っていただけると思います。画面を水平にドラッグすると周辺の景色を360°見ることが出来ます。


道沿いの展望駐車場から撮ったココヘッドの山です。
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Google地図の山の航空写真です。ダイヤモンドヘッドと似ています。つまり山は火山の火口で、出来方はダイヤモンドヘッドと同じではないかと思われます。山の正式名はココクレーター(Koko Crater)です。ココクレーターを含めた南西の岬がココヘッドです。Wikimediaによるとココヘッドでのクリックすると拡大最後の噴火は3万〜3万5千年前だそうです。280km離れたハワイ島では今も噴火が続いていますが、ハワイ諸島全体が北西に移動していることから、現在のオアフ島は火山の噴火の心配はないのです。右の写真はWikipediaから転用させていただいた周辺の航空写真です。


展望駐車場からホノルルの中心方向(西方向)を撮った写真です。ココヘッド周辺はホノルルから最も東に位置する住宅地になっていました。写っている街並みはハワイ・カイ地区(Hawaii Kai)の住宅地です。
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山の尾根にも沢山の住宅が建っています。ここからホノルルの中心まで同じような住宅が続いているのです。
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ダイヤモンドヘッドの東側(右側)で白っぽく見える部分が近年に開拓された住宅地です。住宅が山の尾根に沿って建てられているのが分かってもらえると思います。住宅の開発は年々のびていきココヘッドまで来たそうです。カハラ地区(Waialae - Kahala)がすでに紹介した超高級住宅地です。ハワイ・カイ地区とカハラ地区の間にはクリオウオウ地区(Kuliouou - Kalani Iki)があります。ココクレーターからダイヤモンドヘッドまで直線距離で13.3km、車で16.4㎞です。ハワイは常に北東方向からの強い貿易風が吹いていることから、近くの北東方向に崖のある場所はパラグライダーの有名な飛行場所となっています。
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ダイヤモンドヘッドの山頂から見たココヘッド(Koko Head)とココクレーター(Koko Crater)です。この写真は同じ日の9時50分に撮りました。そしてココクレーターの近くに来たのは5時間後の14時50分でした。
ココクレーターの山頂から見たダイヤモンドヘッド→     
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ダイヤモンドヘッドあたりからココヘッドに向かう途中で撮った写真(①~⑥)の位置を紹介します。最後のはすでに上で紹介した写真です。
つまりがクラシックカー Chevrolet 210 を撮った場所です。
クリックすると拡大クリックすると拡大 泊まったホテル
 ダイヤモンドヘッド
 オープンハウス
 展望駐車場
 ココ・クレーター   ココ・クレーターの写真
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大


パラグライダーの飛行空域も紹介します。赤枠内が飛行空域に設定されているようです。着陸場所を確認すると飛び立った場所に戻るそうです。山の上から北東方向の海に向かって飛び立っても北東からの強烈な貿易風のおかげで、元の場所に戻ることが出来るそうです。クリックすると拡大北東側の海岸を走っている時に車の中からパラグライダーを見ることが出来ましたが、写真は撮ることは出来ませんでした。右の観光客を乗せる2人用のタンデム・パラグライダーの写真は、オアフ島のパラグライダー観光サイトから転用させていただきました。興味がある方は検索してみてください。航空写真にもパラグライダーが写っています。→オリジナル ハードコピー
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ハワイの4億円のオープンハウス [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行の2日目の午前中はダイヤモンドヘッドに登り、午後からはホノルルの東方向の海の景色を見に行きました。最初に訪れたのは前記事で紹介したダイヤモンドヘッドの南側の海岸で、そこでハワイモンクアザラシと思われるアザラシを見ることが出来ました。そこからさらに東に向かいましたが、その道沿いは豪邸が立ち並ぶ地区であったことから、すこし寄り道して豪邸街を廻ってみることにいたしました。
クリックすると拡大すると所々で門の前に右の写真のような立看板が建てられている家がありました。確認すると現在売り出し中の家が日曜日に公開していることを示している立看板でした。この日曜日に行われる豪邸のオープンハウス(Open House)は、買う気がない人の間でも人気で、沢山のオープンハウスを見て回る人も沢山いるために気楽に入れるとのことを聞いて思い切って見学させてもらうことにいたしました。偶然ですが、我々以外にもう一組の方が見学に来られていました。見学者に対応するのは不動産業者ではなく持ち主の方でした。これはハワイでは一般的なようでした。上の写真が見学したオープンハウスの門です。建物の右手前の建物がガレージですがガレージの建物だけでもかなりの大きさでした。

家全体の写真を撮らなかったのでGoogle地図のストリートビューの写真を掲載いたします。写真は2011年6月に撮影されもので、左右の2つの門は銅板が使われた重厚で豪華なものです。右下の Date de l'image : juin 2011 はフランス語で撮影日を表しているようでした。
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冒頭の写真の門は、重厚な門と家の間に設けられた内門なのです。上の写真で重厚な門が2つあったのは車が右側の門から入って左側の門から出ていけるようになっていたのです。つまり車のためのスペースが驚くほど広いのです。


玄関を入ってすぐの景色です。個人宅だと思うと圧倒させらる空間でした。中に入ると持ち主の50代と思われる御夫婦が出てこられました。日本から来たことを伝えると期待させたようで熱心に案内しながら説明をしていただきました。もう一組の見学者には申し訳なかったです。建物の床面積は602.1 ㎡でした。
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最も庭側のエリアに行きました。全館冷房されていますが天井には空気をかき混ぜる優雅な装置が回って気持ちよい風が流れていました。窓の外にはプールがありました。
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これがプールです。ハワイのオープンハウスに関する不動産会社の記載内容を枠内に転記する形で紹介いたします。
クリックするとサイトを表示Hawaii Resort Planning
ハワイ・リゾート・プランニング不動産

ハワイでの不動産購入に興味をお持ちの皆さん、「オープンハウス」をご存知ですか?
簡単にいえば「売り物件の一般公開」のことで、通常、日曜日の午後2時~5時の間に開催されています。 日本で住宅を購入する場合には、モデルルームなどを見に行くことが多いと思いますが、ここハワイ、アメリカでは実際に売りに出る家が「オープンハウス」といって誰でも見学できでるシステムがあります。 もちろん予約なしで、誰でも自由に見学が可能という、とても便利な習慣です。 公開される物件の中にはほとんどの住宅にはまだオーナーが暮らしており、家具や調度の類も普段の暮らしそのままを感じることができます。そのため、実際に住んだ時の感覚をリアルに体感できるという大きなメリットがあります。
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キッチンも見事でした。
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メインテーブル以外にもテーブルが置かれている空間がありました。
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いろんな場所にテーブルが置かれていました。屋外にもテーブルが置かれており、いろんな場所で食事が出来そうでした。
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1階のベットルームです。2階のベッドルームを含めるとベットルームは5つありました。ハワイ旅行でオープンハウスを見学に行かれた方は少ないのではないでしようか。
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このような小部屋も用意されていました。
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こちらが2階に上がる階段です。ここから先が2階の設備です。
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これがメインベッドルームです。
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こちらのベットルールも素敵でした。
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別のベットルームを紹介します。


2階のバルコニーも広かったです。
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驚くことにバスルームが6つもありました。フルバスルームが5つで、ハーフサイズが1つでした。1つのベットルームに対して1つのフルバスルームがあったのです。
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このようなクロゼットもいろんな場所にありました。
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ミニキッチンも2階にいくつかありました。
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下の写真は不動産会社のパンフレットの表紙の写真です。帰国してからネットで検索するといろんな不動産会社のサイトにも使われていました。見学時の価格は3,700,000ドルでしたが、現在の価格は3,480,000ドルです。少し買いやすくなりました。本案件の売り出し開始日が2018年5月18日とのことなので売り出し2日目に見学したわけです。履歴を確認すると現オーナーは2005年11月23日に2,350,000ドルで購入していることから相場は上がっているようです。
 住所     1030 Kealaolu Ave. Honolulu
 価格     3,700,000ドル(約4.1億円) 2018年5月20日(見学時)
        3,480,000ドル(約3.9億円) 2018年8月30日
 床面積    602.1 ㎡(6481ft2)
 ベッドルーム 5
 バスルーム  6 (フル:5  ハーフ:1)
 建築年    1991年 築27年  


偶然ですが見ることが出来たオープンハウスなので売れてほしいと思います。そんなこともあり不動産会社の資料に掲載されていた写真を紹介します。クリックすると拡大いたします。興味のある方がおられたら連絡してみてください。住所で検索するとすぐに分かると思います。






今回紹介のオープンハウスの場所( )を紹介します。ゴルフ場の脇の高級住宅地(Kahala地区)にありました。


一つの不動産会社の日本人向けのサイトで、このカハラ地区(Kahala地区)だけで2~16.6億円の売り物件が29邸()あり、29物件の総額は171億円でした。ホノルル(Honolulu)の観光の中心の街であるワイキキ(Waikiki)はダイヤモンドヘッドの左(西)に在ります。そのダやモンドヘッドの東側に高級住宅地のカハラ地区が広がっているのです。。航空写真内の赤丸( 3.48M)が今回、見学したオープンハウス(物件)です。3.48Mは価格が3,480,000ドルであることを示しています。この航空写真をクリックするとワイキキの町やビーチも含めた広範囲の拡大航空写真を表示します。
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ハワイモンクアザラシ かも [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイの2日の午前中はダイヤモンドヘッドに行ったことはすでに紹介いたしました。午後からはオアフ島のホノルルのワイキキから東の方向のいろんなビーチを見て回りました。最初はダイヤモンドヘッドの真下にあるクイレイ・クリフス・ビーチ(Kuilei Cliffs Beach)で道路沿いにある見晴らしの良い展望駐車場から写真を撮りました。クイレイ・クリフス・ビーチの西隣がダイヤモンドヘッド・ビーチ(diamond Head Beach)です。

駐車場から真下を見た写真でです。Google地図で確認すると海面からの高さは33mでした。その場所から東方向が上の写真です。中央の波打ち際にサーファーが写っています。
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この場所はサーファーに人気の場所でサーフィンの季節の休日には道路沿いには沢山の車が並びサーフアーたちがボードを持って高低差33mを歩いてビーチに下りるそうです。写真をクリックするとサーファー達が沢山写っているのが分かってもらえると思います。歩いて33mを歩いて下りるだけの価値のある波に出会えるのだと思います。
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波の白とサンゴ礁の色と遠くの青い色が美しい海でした。
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ふと下を見ると黒いものが水中を移動していました。この写真で右(西)から左(東)に動いていました。人間の大きさに比べてかなり大きくて2mは越えているようでした。
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すこし拡大してアザラシの類だと感じました。アザラシに似た動物としてはアシカとオットセイがあります。アシカとオットセイは頭を上げて陸上でも歩行できますが、アザラシは陸上では這うようにしか移動できません。3種類の中ではアザラシが最も泳ぎに適した体形のようです。オットセイもアシカ科ですが硬い剛毛の下に柔らかい綿毛のがあることから寒冷地に適しているようです。
3枚の小さな写真はネットから転用させていただいたもので、左からアザラシ、アシカ、オットセイです。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 アザラシ  鰭脚類アザラシ科
 アシカ   鰭脚類アシカ科
 オットセイ 鰭脚類アシカ科
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海面までの距離があるためにカメラのレンズのズームを目いっぱいの104mmではこれが精いっぱいでした。黒い動物は水中を泳いでいて水面の波のためにクリアーな輪郭は判りませんが体形的な感じからアザラシに間違いないようでした。400mmのレンズも持っていたのですが、移動していることから交換する時間がありませんでした。
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アザラシが写った最初の写真から左の方に移動した写真です。
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さらに左方向(東方向)に移動した写真です。少し離れて小さく写っています。アザラシを最初に撮ってから、この写真まで僅か2分間のことでした。
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今回のアザラシを目撃した場所( )を紹介します。泊まっていたホテルから2.16kmの距離でした。実は昨年2017年6月に我々の泊まっていたホテルの目の前のカイマナビーチで絶滅危惧種のEndangered(EN)に分類されているハワイモンクアザラシが出産していたのです。そのことから今回のアザラシもハワイモンクアザラシの可能性が高いと思われます。
  アザラシ目撃場所(2018年5月20日)
  泊まったホテル(ニューオータニ)
  ハワイモンクアザラシ出産(2017年6月28日深夜~29日早朝)


ネットで検索すると2017年6月にハワイモンクアザラシがカイマナビーチで赤ちゃんを出産した記事写真が沢山掲載されていました。その中から4枚の写真を転用させていただきましたビーチ名にちなんで、赤ちゃんの名前はKaimana(カイマナ)と名付けられたそうです。母親の名前はRocky(ロッキー)で2000年にカウアイ島で生まれて2002年からワイキキ(Waikīkī)を時々訪れるようになったことから、もしかしたら私が見たアザラシはRockyかもしれません。ただし、オアフ島全体では40~50頭のハワイモンクアザラシが生息しているので別のアザラシの可能性もあります。
4枚の写真の1枚目が親子(MOM & PUP)の写真です。
クリックすると拡大2枚目は我々が朝食を食べたホテルのレストランからハワイモンクアザラシの親子を皆が見ている写真です。右の写真はそのホテルのレストランで我々が朝食を食べている写真です。
クリックすると拡大上が6日目で下が7日目の朝食です。まさにこの場所からハワイアンモンクアザラシの親子を見ることが出来たのです。
3枚目と4枚目はカイマナビーチのアザラシの親子を見るためにみんなが集まっている写真です。お母さんのRockyは10頭目の出産だったそうです。9頭目まではカウアイ島で出産して、ワイキキで初めての出産だったそうです。そして現在、妊娠しているそうです。同じ場所で出産する習性があるので、専門家の間では今年もワイキキのビーチで可愛い赤ちゃん(11頭目)を出産する可能性があると考えられているそうです。
カイマナビーチでハワイモンクアザラシの赤ちゃんを見ることがクリックすると拡大出来たのは完全な離乳が確認出来るまでの44日間のみでした。離乳が確認出来てすぐの2017年8月12日にNOAA(アメリカ海洋大気庁)によって非公開の安全なで場所に移されたそうです。その時の体長114cmで体重は180~200ポンド(82~91kg)だったそうです。



クリックすると拡大こちらは朝食を食べたホテルのレストラン(Hau Tree Lanai)の写真です。この場所からハワイモンクアザラシを見ることが出来たのです。英語名からハワイアンモンクアザラシとも言われることがあるようです。
朝食の記事→ポチッ
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ホテルの泊まった部屋からの写真ですが、上で転用させていただいた4枚目の写真のビーチの監視塔が(2H)が写っています。
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まさにこの場所で赤ちゃんを産んで育てていたのです。可愛かったことでしょう。写真にはワンちゃんが写っていますが、その時は犬を連れてくることが出来なかったことでしょう。
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我々が泊まったいたホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)が写っているカイマナビーチ(Kaimana Beach)の写真です。手前の四角の建物が泊まったニューオータニ・カイマナビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)です。
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カイマナビーチ(Kaimana Beach)は、北西から南東に連なっている8つ(又は9つ)のビーチの総称であるワイキキビーチ(━━)の最も南東側に位置するビーチです。ハワイ全体で最も人間が多いワイキキビーチ(Waikiki Beach)で母親のRockyが出産したのには、自分なりの考えがあったように感じます。少なくとも人間が好きなのではないかと思いました。
 ━━ ワイキキビーチ         Waikiki Beach  約3.35km
 デューク・カハナモク・ビーチ  Duke Kahanamoku Beach
 フォートデルッシービーチ    Fort DeRussy Beach
 グレイズビーチ         Gray's Beach
 ロイヤルモアナビーチ      Royal Moana Beach
 クヒオビーチ          Kuhio Beach
 クイーンズビーチ        Queen's Beach
 カピオラニビーチ        Kapiolani Beach
 カイマナビーチ         Kaimana Beach Rocky出産場所
アウトリガーカヌークラブビーチ Outrigger Canoe Club Beach)


海の方に目線を向けた景色です。この場所でアザラシがいたとは信じられませんでした。ハワイアンモンクアザラシの分類を紹介します。鰭脚下目の下にはアシカ科(7属14種 )とアザラシ科(3属18種)とセイウチ科(1属1種)の3つがあります。イヌ亜目は犬も同じです。犬の場合は、イヌ亜目・鰭脚下目・アザラシ科に相当するところがイヌ亜目・イヌ下目・イヌ科になります。
クリックすると拡大  界 動物界        Animalia
  門 脊索動物門      Chordata
 亜門 脊椎動物亜門     Vertebrata
  綱 哺乳綱        Mammalia
  目 ネコ目        Carnivora
 亜目 イヌ亜目       Caniformia
 下目 鰭脚下目       Pinnipedia
  科 アザラシ科      Phocidae
 亜科 モンクアザラシ亜科  Monachinae
  属 モンクアザラシ属   Monachus
  種 ハワイモンクアザラシ Monachus schauinslandi
 英名 Hawaiian monk seal ( ハワイアンモンクシール ) 
クリックすると拡大 別名 タイヘイヨウモンクアザラシ
 オス 体長:210cm 体重:150-200kg
 メス 体長:230cm 体重:250-270kg
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下記の地図の着色部分がハワイモンクアザラシの生息地です。北西ハワイ諸島+ハワイ諸島と周辺のサンゴ礁にだけ生息する希少な熱帯のアザラシです。1950年代には北西ハワイ諸島だけで約3000頭が生息していましたが、近年は全体で1000頭近くまで減少してしまいました。保護活動により2013年から増加傾向に転じたようです。生息数に関してはNOAAのホームページ資料(和訳)を参考にさせていただきました。
クリックすると拡大 2013年 1296頭(1211~1410頭)
 2014年 1309頭(1235~1420頭)
 2015年 1329頭(1268~1437頭)
 2016年 1426頭(1347~1541頭)
クリックすると拡大限られた温かい場所にだけに生息していることが判ってもらえると思います。ハワイモンクアザラシはアメリカ合衆国(北西ハワイ諸島周辺)の固有種です。
分布の内訳は右の図の通りです。
 北西ハワイ諸島(NWHI) 1100頭
 ハワイ諸島(MHI)     300頭
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ハワイアンモンクアザラシの赤ちゃんがカイマナビーチで生まれた時のニュースの動画を紹介します。現在、約1,400頭にまで回復しているそうです。これから3,400頭にまで回復させるが目標だそうです。


こちらは生まれて44日目の2017年8月12日(土曜日)にハワイアンモンクアザラシの赤ちゃんをカイマナビーチから安全な場所に移動している動画です。移動は離乳(通常5~6週間)するまで待っていたとのことでした。運んでいるのはNOAAの人達だと思われます。

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ダイモンドヘッドに登りました。 [ハワイ]

IMG_6967-50.jpg写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ダイヤモンドヘッド(Diamond Head)はワイキキの町の南東にあります。そのダイヤモンドヘッドにハワイ旅行の2日目の朝に登ってみました。上の写真は6日目にパンチボウル(Punchbowl)から撮ったダイヤモンドヘッドです。手前のビル群はワイキキの町です。ダイヤモントヘッドの右端の最も高いところに登りました。

ダイヤモンドヘッドは、この航空写真のように火山の火口の周囲のリング状の山なのです。約40~50万年前に出来たダイヤモンドヘッドは火山活動で噴出した火山砕屑物が火口の周囲に積もって丘を形成して出来た火山砕屑丘だそうです。クリックすると拡大山の外側は傾斜がきつく道もないことから、外側からは登れません。トンネルで内側の火口に入り内側から登るのです。下の写真はダイヤモンドヘッドへの登山道の説明板にあった写真で、右の写真ははWikipediaから転用させて頂いただきました。矢印(↓)が頂上です。
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路線バスはトンネルの内側まではいかないことから、ホテルからダイヤモンドヘッドの内側まではタクシーで行きました。観光用のトロリーバスはトンネルを通って内側まで行きますが、午後からは別の場所に行く計画を立てていたことから時間優先のために行きも帰りもタクシーにいたしました。
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
  ダイヤモンドヘッド Fire Control Station
 ━━ ダイヤモントヘッド登山道ルート
 ━━ タクシールート ホテル~ダイヤモンドヘッド火口
 ━━ トンネル


こちらが外側からダイヤモンドヘッドの内側に入るトンネルです。トンネルを歩いている人も沢山おられました。乗用車の前を走っているのが観光用のトロリーバスです。
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ここで入山料1ドルを払います。
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写真に見えているいるのがダイヤモンドヘッドの最高峰の部分で、皆さんが目指すところでもあります。駐車場には沢山の車が停まっていました。
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こちらは観光用のミニレンタカーではないかと思われました。前輪が2つで後輪が1つの三輪車でした。
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ここが登山道の入口です。火山の火口が登山ルートの出発地点なのは世界的には珍しいと思います。ダイヤモンドヘッドのように約40~50万年前に出来た火山は、日本ならば今でも活動する可能性があるので危険ですが、ハワイ諸島全体が北西に移動していることからオアフ島の下にはマグマは無くて、今はハワイ島の南東半部の下にマグマがあるのです。したがってオアフ島の火山の火口は安全なのです。
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その入口に「DIAMOND HEAD STATE MONUMENT」が建てられていました。この時、9時でした。
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最初はこのようななだらかな道が続いていました。
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出発地点にはゴミ箱が設置されていました。一般ゴミ用とボトル&缶用の2種類でした。
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ダイヤモンドヘッドに関する質問形式の看板が建てられていました。
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これから目指すところどす。ダイヤモンドヘッドの名前は空から見た形がダイヤモンドの指輪に似ているからだと思っていましたが、実は19世紀にイギリスの水夫たちがこの山を登った時に火口付近の方解石の結晶をダイヤモンドと間違え「ダイヤモンドヘッド」と名付けたと言われているそうです。 ハワイの先住民は「マグロの額」という意味でハワイ語でレアヒ(Lēʻahi)と呼んでいるそうです。
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登山道沿いにはマメ科の木が沢山生えていました。
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なだらかな道が続いていますが、山の部分に近づいていることが感じられる景観となってきました。
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休憩している人たちも見かけるようになってきました。
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山道になってきました。
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頂上付近が見える景観になってきました。
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火口周辺の低い部分から外側の景色も見えてきて、かなり高くまで登ってきたことが感じられる景観にもなってきました。
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溶岩と思われる岩を登る道になってきました。
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振り返ると登ってきた道が見えました。
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上を見るとまだまだ道が続いていました。
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道の途中に見晴らし台がありました。
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その見晴らし台の場所にはウインチが設置されていました。昔にこれで荷物を上げたのでしょうか。
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さらに上りが続きました。
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急な階段になってきました。
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その階段を登りつめると岩をくりぬいたトンネルがありました。
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トンネルの内部です。
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トンネルを抜けるとコンクリートでできた急な階段が続きました。頂上に近づいてきている実感が湧いてきました。階段段は99段だそうです。
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急なコンクリートの階段を登りつめるとコンクリーのトンネルがありました。
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トンネルの先には螺旋階段がありました。どれだけ登ると頂上に着くのだろうと少し不安にしてくれました。螺旋階段は52段だそうです。
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螺旋階段の辺りは1910年に作られた軍事施設のFire Control Station(射撃統制所)だったのです。1900年代(20世紀)に入り、海が一望できるダイヤモンドヘッドはオアフ島の沿岸防衛に理想的な場所とされ、1904年に連邦政府に買い上げられたのち、1908年から1943年まで大砲の砲台などが据え置かれ、軍事要塞化され、山の尾根には沢山のトーチカ(コンクリート建造物)が作られました。ただし現在まで1度も使われることはありませんでした。上で紹介のコンクリートの階段やトンネルは軍事施設の一部だったのです。Fire Control Stationを横から撮っていなかったのでネットから転用させていただいたのが右の写真です。Fire Control Stationは4階建で山の一部に偽装されていて、後で作られた思われる山頂展望台がなければ射撃統制所であることは、海からは判らなかった思われます。上から
   Observation Deck(山頂展望台)
 4階 Groupment Command Post “Battle Commander’s” Position
 3階 Primary Station, Observation Post Battery HARLOW
 2階 Secondary Station, Observation Post Battery Randolph
 1階 Secondary Station, O.P. Ft. DeRussy, “Fire Commander’s Position”
です。

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螺旋階段を登りつめると、やっと外の光が見えてきました。
上の図のPrimary Stationの階です。
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施設内からの景色です。西北西方向の景色です。
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南南西方向の景色です。この時、9時32分でした。上り始めた火口のモニュメントの場所がちょうど9時だったので、ここまで32分でした。
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建物の外に出ました。そこには青い海が広がっていました。
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南東方向です。
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沢山の人が写真を撮っていました。右の部分がコンクリート構造物です。
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ワイキキの町が見えます。我々の泊まっているホテルも見えました。
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ワイキキの町の方向の景色を拡大いたしました。左の白い建物が我々の泊まったホテルがあるところです。
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そのホテルの建物群を拡大いたしました。この建物群で最も右端の建物が我々の泊まったホテルです。
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ワイキキの町を拡大いたしました。
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我々が泊まったホテルの辺りからダイヤモンドヘッドの頂上付近を撮った写真です。右側の高いところが山頂の展望台です。その山頂の展望台の地下が、上で紹介した太平洋戦争前からの軍事施設Fire Control Stationです。Fire Control Stationから山頂の展望台に登りました。左側の高い部分はトーチカの屋根の上です。
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Fire Control Stationから頂上展望台の方向に向かう道です。
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頂上展望台へ向かう道の途中から別の軍事施設(トーチカ)が見えてきました。施設の上に人が沢山立っていました。この近くに1943~1944年に建設されBattery 407と呼ばれる軍事施設には海に沈んだ戦艦アリゾナの主砲(35.6cm砲)を設置する計画がありトンネルや砲台は完成しましたが、主砲の周辺機器が使用不可能であったことからダイヤモンドヘッドに主砲が設置されることはありませんでした。ただし後部3番、4番砲塔は無傷のままだったためにオアフ島の東海岸に設置されてペンシルベニア砲台と命名されたそうです。
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これがダイヤモンドヘッド頂上の展望台からの景色です。素晴らしい景観でした。標高は232mです。出発地点の火口の標高はGoogle地図で確認すると64mのため標高差は168mとなります。
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ここからはワイキキの町全体を見ることが出来ました。
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登山道以外は歩くのは禁止です。ホテル近くから撮った写真では軍事施設(トーチカ)の方にも人が行っていました。
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軍事施設(トーチカ)とワイキキの町です。
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やはり海がある景色はきれいです。
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トーチカを拡大いたしました。頑丈そうな構造から、かつては軍事施設であったことが感じられます。
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ダイヤモントヘッドに関する説明板も設置されていました。上で紹介したFire Control Stationの断面図は、この説明板の写真から切り取りました。
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ダイヤモンドヘッドの内側の火口部分です。建物がある部分が出発地点です。
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頂上の展望台から降り始めました。
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人が立っている場所の下にもコンクリートの建物がありました。実はこの場所は立ち入り禁止になっているのですが、景色がいいためか人が入っていました。コンクリートの設備はFire Control Stationから頂上展望台の方向に向かう道から見えたトーチカです。
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下山方向に進むと別の展望台に行く道があったので、そちらの展望台にも行ってみました。この写真は戻るときに撮ったもので向こう側からこちらに来たのです。
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これが今回のルートで最も東側の展望台です。
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東方向です。遠くに岬が見えています。岬はココヘッドで、ココヘッドの付け根にある山はココクレーターです。この日の午後にこちらの方向に行ってみました。
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上の写真の一部を拡大すると軍事要塞の名残のトーチカが写っていました。
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Google地図の3Dで確認すると尾根のトーチカだけでなく、その下の中腹にも大型のトーチカが作られていました。大型の大砲が設置されていたものと推測されます。ちなみにトーチカはロシア語(точка)だそうです。


クリックすると拡大この施設の写真はネットでは見つからなかったので拡大したハードコピーを掲載いたします。クリックすると広範囲を表示します。この施設が日本軍の奇襲で沈没した戦艦アリゾナ(USS Arizona)の主砲を設置する予定だったBattery 407なのかどうかは現時点では分かりません。
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出発地点の写真です。左端に外側から火口に入ってくるトンネルが写っています。
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ここは中腹部分です。
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火口部分に下りてきてあらためて頂上付近の写真を撮りました。
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冷たいものを飲んだ後にタクシーに乗ってホテルに戻りました。ホテルに着いたのは11時10分でした。ホテルを出発したのは8時45分だったので2時間25分でダイヤモンドヘッドを満喫できました。
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山頂付近の登山ルートや展望台を紹介します。太い鶯色と薄紫色でトンネルと階段を表しています。Fire Control Stationからはオレンジ色ルート(━━)で下山いたしました。
  ダイヤモンドヘッド山頂展望台 Fire Control Station
  ダイヤモンドヘッド東側展望台
  登山道途中の見晴らし台
  トーチカ
 ━━ 登山道
 ━━ 山頂付近散策ルート
 ━━ トンネル      ━━ 階段

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泊まったホテルの朝食 エッグベネディクト(Egg Benedict) [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイに着いて最初の朝食は泊まったホテルのレストランで食べることにいたしました。その日の行動の作戦会議でもあるのです。レストランのはホテルの前のカイマナビーチに面して作られていました。泊まったホテルで朝食を食べたのは計3回で、その1回目の朝食でもありました。

今回座った場所からの景色です。レストランの中に大きな木があるのが特徴で、そのためかレストランの名前にはHau Tree Lanai(ハウツリーラナイ)が付けられていました。
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飲み物はハワイらしくパイナップルジュースを頼みました。 もちろん生ジュースです。
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私が頼んだのはレストランの名物料理であるClassic Egg Benedict (エッグベネディクト)です。エッグベネディクトが2個にポテトとパイナップルが添えられていました。
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エッグベネディクトはグリルしたイングリッシュマフィンの上に、ターキーとカナディアンベーコンと半熟のポーチドエッグをのせて、オランデーズソースをかけたものです。
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エッグベネディクトを切ってみた写真です。半熟玉子が流れ出ておいしさを伝えてくれました。
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家内が選んだのがカイマイ ブレックファースト(kaimana Breakfast)でした。玉子は2個使われています。ベーコンが乗っていますが、ベーコン、ハム、スパム、ソーセージの中から選ぶのです。パンはホールウィートかホワイトトーストを選択します。ポテトの代わりにライスを選ぶことが出来ます。
私と家内は別のものを頼んでいますがシェアーしていただきました。ハワイは1皿の量が多いので、1皿を2人でシェアして食べるのが。量的には丁度良いのですが、いろんなものを食べたいので、それぞれ1皿を選んだのです。
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これは冒頭の写真で、食べ終わった8時の写真だったのです。我々が食べ始めた時には空いたテーブルがありましたが、食べ終わった8時には満席で朝食を食べに来た人たちの行列が出来ているほどだったのです。後でわかったことですが、別のホテルから食べに来る人たちが多いことが判ったのです。
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場所を紹介します。
 店名 Hau Tree Lanai ハウツリーラナイ
 場所 ニューオータニ カイマナビーチホテル
    The New Otani Kaimana Beach Hotel
 住所 2863 Kalakaua Avenue, Honolulu, Oahu, HI 96815
 電話 +1 808-921-7018
 営業 7:00~21:00
 定休 無休
  Hau Tree Lanai(The New Otani Kaimana Beach Hotel)

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ハワイ旅行の初日の夕食はロブスターテールとガーリックシュリンプ  [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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これがハワイの料理です。ハワイ旅行の1日目の夕食は娘が友人から教えてもらったシーフードの人気店「Blue Water Shrimp and Seafood」に行ってみることにいたしました。ホノルル美術館からホテルに戻ってきてビーチに出る前にホテルの人から電話してもらい19時に予約してもらうように頼みました。ところがレストラン人の回答は予約は出来ないけれども早めにくれば大丈夫とのことでした。

1日目のため場所が判らないのでタクシーで行くことにして、18時にタクシーを予約してもらいました。タクシーの運転手にはホテルの人から行き先を説明してもらいました。一方通行が多いために一見は遠回りのタクシールートになっています。
  Blue Water Shrimp and Seafood(1日目夕食)
  泊まったホテル(The New Otani Kaimana Beach Hotel)
  LuLu's Waikiki(3日目朝食)
 ━━ タクシールート


レストラン(Blue Water Shrimp and Seafood)について予約が出来ない理由が判りました。ファーストフード店のように並んで料理を注文するタイプのお店でした。確かに人気店で、写真を撮った時は並んでいる人は少なかったけれども、ほとんどは店から溢れるほど並ぶ状態だったのです。そんなことから問題がありました。テーブルを確保しないと食べれないのです。お店の外に沢山のテーブルが置かれているのですが、テーブルが空くのを待っている人が多いために簡単には確保できないために、並んで注文しても料理が出来上がった時に座れている保証がないために、テーブルを確保してから並ぶことになるのです。そのために沢山並んだ人も、ほとんどの人が諦めて離れていきました。諦めようか悩んでいる時に目の前のテーブルが空いて、テーブルを確保することが出来たのでした。
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こちらがメニューです。シーフード以外にもいろんな料理がありましたが、食べる料理は行く前からシーフードと決めていました。近くのホテルに泊まっていればテイクアウトして部屋で食べれば確実に食べれます。
メニュー区分は次の4つでした。
 TEASERS      Appetizers
 SURF       Seafood
 FRESH CATCH   Fish
 TURF        Meat 
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こちらがメニューの中のシーフード(Seafood)の部分です。お店の一番人気のGarlic Shrimp(ガーリックシュリンプ)とLobster Tail(ロブスターテール)を頼みました。片道のタクシー代はチップも入れてロブスターテールより少し高い程度でした。
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並んで注文すると、このカードを渡されるのでテーブルの上に置いておくと店員さんが出来上がった料理を持ってきてくれます。
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これがLobster Tail(ロブスターテール)で名前の通り伊勢海老のテールと呼ばれるものをグリルしたものです。テールと呼ばれていますが、日本では身が沢山詰まった胴の部分です。Brazilian Rookという名前が付けられた料理でした。ステンレスの容器に入ったタレをつけて食べました。
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ロブスターテールの部分を別角度から拡大いたしました。これは食べごたえがありました。
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上の写真をクリックすると拡大しますが、クリック乃面倒な方のために拡大写真を掲載します。クリックするとさらに拡大いたします。
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こちらがお店で一番人気のGarlic Shrimp(ガーリックシュリンプ)です。サラダとトーモロコシに加えて、白米のご飯もついていました。
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ガーリックシュリンプの部分を拡大いたしました。実は高級店でも入れる服装で行ったのですが、その必要は全くありませんでした。でも味は、人気店というだけのことはありました。帰りはバス一日券があったのでバスで帰りました。お店を紹介します。
 店名 BLUE Water Shrimp 又は Blue Water Shrimp and Seafood
 住所 Rainbow Bazaar 1st Floor, 2005 Kalia Rd, Honolulu, HI 96815
    Hilton Hawaiian Village内
 電話 +1 808-955-5400
 営業 9:00~23:00
 定休 無休
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追伸
2018年8月3日から関西に行ってきます。家に帰ってくるのは8月14日です。関西に行っている間はネット事情の関係で皆様のところに訪問出来ないことをお許しください。
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ホノルル美術館 本館2階展示室 [ハワイ]

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ハワイ旅行の初日に行ったホノルル美術館(Honolulu Museum of Art)に関して下記の着色タイトルの6つ記事を掲載しましたが、今回が最後の記事です。ホノルル美術館の本館は外観は1階建てのように見えます。航空写真の3Dでも2階に相当する窓がなく1階建てのように見えまクリックすると拡大す。
偶々見つけた階段を上ってみると展示室があったという感じなのです。そこで印象的だったのが上の写真のエリアでした。
 路線バスでホノルル美術館を目指しました。
 絵画編 西洋美術
クリックすると拡大クリックすると拡大 Art of Hawaiʻi エリア編
 特別展編 Erick Swenson
 モダンアート編
クリックすると拡大 日本・中国・韓国美術編
 本館2階展示室  ← 今回

中央の中庭の写真を帰国後に見て中庭の周囲の建物が2階建てあることが分かりました。中央の中庭を囲む部分だけが2階建ての建物であることは右上の3Dの航空写真をじっくり見て確信いたしました。
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美術館の配置図に追記した青枠の部分が展示エリアでした。よく見ると配置図にTo Floor 2:の注記が書かれていました。注記の内容は次の通りで、フィリピン美術、アメリカ美術、太平洋、アフリカ、古代ラテンアメリカ、北アメリカの展示エリアだったのです。見逃して帰ってしまう人もおられると思い掲載させていただきました。エレベーターは南東の位置()にあります。
 To Floor 2:
 Art of the Philippines
 American Art
 The Pacific, Africa, Ancient Latin America and North America
配置図の赤枠部分は別館の2階の展示室で、すでに紹介したArt of Hawaiʻiの展示場所でした。ホノルル美術館全体で2階の展示室は青枠部分(本館)と赤枠部分(別館)の2ケ所だけでした。
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こちらはThe Pacific(太平洋)エリアです。右側だけに窓があり左側の天井が傾斜しているので、右側が中庭側で左側が屋根の部分と思われます。
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こちらはAfrica(アフリカ)のエリアです。こちらも右側が中庭の方のだと思われます。
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確証はありませんが、壁の絵画はAmerican Artでしょうか。家具類も展示されていました。
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キリストと思われる小さな像が壁一面に飾られていました。こちらも確証はありませんがArt of the Philippinesのエリアのように感じました。私はカトリックではありませんが、2階の展示室で最も印象的な部屋でした。
写真内の左端の大きな木像をネットで調べてみると「St. Thomas Aquinas, 18th century wood statue from the Philippines」と書かれていたことから、クリックすると拡大木像は18世紀にフィリピンで彫られた聖・トマス・アクィナスの像であることと、ここがフィリピン美術のエリアであることも判りました。正面から撮っていなかったので右の写真をネットから転用させていただきました。聖・トマス・アクィナス(1225年頃~1274年没)はフィリピンには行っていないようですが、マニラに1611年に聖・トマス・アクィナスを記念して創設されたクリックすると拡大世界最大級(2015年時の生徒数44,791人)のカトリック大学(単一キャンパスの学生数が世界最大のカトリック大学)である右の写真の聖トマス大学(University of Santo Tomas)があるようにフィリピンと聖・トマス・アクィナスの思想とは関係が深いようです。
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壁の沢山の小さい像を拡大いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。いろんなタイプがあるのでキリストだけではないようです。
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ホノルル美術館 日本・中国・韓国美術編 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ハワイ旅行の初日に行ったホノルル美術館はすでに下の着色文字の記事で紹介いたしました。意外なことに日本美術の展示に関しても力が入っていました。日本美術の中で最大のコレクションは浮世絵で、その数は10,000点にもなるそうで、米国で最も優れた浮世絵のコレクションの一つと言われています。日本の国立西洋美術館に保管されている松方コレクションの浮世絵の約8200点よりも多い数です。中国や韓国の美術品も沢山展示されていました。上の図でも分かるように日本・中国・韓国美術はホノルル美術館の中でも広いスペースが使われて展示されていました。個の3つのエリアの合計スペースは西洋美術と同程度が使われているほど力が入ったものでした。個々の作品の写真を撮らなかったのが悔やまれまクリックすると拡大す。
 青枠 日本美術エリア Japanese Art
 緑枠 中国美術エリア Chinese Art
 赤枠 韓国美術エリア Korean Art
今までに紹介したホノルル美術館の記事です。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 絵画編 西洋美術
 Art of Hawaiʻi エリア編
 特別展編 Erick Swenson
 モダンアート編
 日本・中国・韓国美術編   ←  今回
 
日本・中国・韓国美術エリアは東洋的な中庭の周りに配置されていました。
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こちらが日本美術エリアです。美術館の主なコレクションは、ホノルル美術館創設者(女性)であるAnna Charlotte Rice Cooke(結婚前:Anna Charlotte Rice)によって集められたものです。日本語ではアナ・ライス・クックあるいはアナ・シャーロット・クックと書かれています。
彼女は息子4人と娘2人に恵まれました。そして彼女だけでなく夫も長男も次男もWikipediaに書かれているほど著名で活躍した人達です。
彼女の夫の名前はCharles Montague Cookeで、長男の名前も同じCharles Montague Cooke Jr.(動物学者)で、次男の名前はClarence Hyde Cooke(実業家、政治家)です。彼女はハワイの初期の宣教師を先祖とする裕福な一家に1953年に生まれ、1874年に結婚して、1882年に現在のホノルル美術館の場所に家を建てて住んだそうです。夫の事業が成功したこともあり多くの美術品を集めていました。そして夫が亡くなった18年後の1927年に住んでいる家を取り壊して美術館を建てたそうです。そのCooke夫人が特に日本美術に興味を示していたと言われていまクリックすると拡大す。
彼女は1920年代~1930年代に横浜の野村洋三を通して多くの有名な作品も購入したそうです。
野村洋三は1894年に右の写真のサムライ商会(古美術商)を24歳で開業し、1938年にはホテル・ニューグランドの会長になり、横浜商工会議所会頭なども務めた人です。
クリックすると拡大右の小さな写真はCookeファミリー(Cooke夫婦、子供、孫)です。夫が写っていることから撮影されたのは1909年か、それより少し前であることから、ホノルル美術館が建てられる前の敷地に建っていたCooke夫婦の家の庭で撮られたものだと思われます。
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絵画だけでなく漆器(特に沖縄漆器)、彫刻、茶道具、武家文化美術品などといろんな分野の美術品が集められているそうです。とは言え日本エリアでは絵画コレクションが圧巻です。
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こちらが中国美術エリアです。いろんな美術品が多く並べられていましたが特に陶磁器は沢山展示されていました。日本エリアと同程度のスペースに沢山いろんな時代の陶磁器が並べられていました。
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こちらは韓国美術エリアです。こちらも陶磁器が多く展示されていました。
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ここの韓国陶磁は米国の屈指のコレクションだそうです。今まで見る機会が少なかっただけに値打ちがありました。
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ホノルル美術館 モダンアート編 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行の初日に行ったホノルル美術館の作品は今までに下記の3つの記事で紹介しました。上の作品は西洋美術エリアのTemporary exhlbitionsと書かれていた部屋に展示されていた作品です。本作品が常設展示なのか特別展示なのかは分かりませんが、クリックすると拡大作品と部屋の雰囲気を紹介したいと思います。
 絵画編 西洋美術
 Art of Hawaiʻi エリア編
 特別展編 Erick Swenson
 
今回の展示室の場所は赤枠部分です。
今回紹介するエリアの作品は現代美術(Modernism)に含まれると思います。緑枠エリアの作品に関してはすでに絵画編で紹介しています。
 青枠 西洋美術エリア
 緑枠 Modernismエリア
 赤枠 Temporary exhlbitions
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こちらがすでに紹介した緑枠エリアのModernismの部屋です。ここでは絵画が主体でした。右の作品はキリコのThe Greal Machineです。
クリックすると拡大クリックすると拡大
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こちらが作品が展示されていたTemporary exhlbitionsです。右の作品が冒頭の作品です。
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そのカラフルな作品を紹介します。壁にかかっていますが絵画ではなく立体的な作品でした。作家であるリキテンスタインは1923年にニューヨークに生まれて、1940年オハイオ州立大学美術学部に入学し、第二次世界大戦後の兵役を含んで1949年に修士号を取得しています。卒業後も大学にとどまり1949年から1951年までは講師で生計を立てながら、当時としては最新の抽象表現主義風の作品を制作していたそうです。
クリックすると拡大本作品は、73歳で亡くなった1997年の2年前(1995年)の作品です。つまり71歳か72歳の時の作品です。
 作家 ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)
 作品 Woman Contemplating a Yellow Cup 
 制作 1995年 (71歳 or 72歳)
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より雰囲気を感じていただきたくて拡大写真を掲載いたしました。
クリックすると拡大鮮やかでクリアー造形物でした。日本にもロイ・リキテンスタインの作品があります。美の巨人たちで取り上げられた東京都現代美術館が所蔵している右の写真のヘアリボンの少女(121.9×121.9cm 1965年作)です。当初1995年には都の予算で618万ドル(約6億8千万円)で購入することを皮肉るような批判もありましたが、現在の市場価格は数十億~百億円だそうです。彼の作品で最も高い値段が付いたのは2017年1月売買の1億6,500万ドル(約182億円)のMasterpiece(137×137cm 1962年作)で、2番目は2015年売買の9,540万ドル(105億円)のNurse(121.9×121.9cm 1964年作)です。
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作家のルイーズ・ネヴェルソンはウクライナのキエフの材木を扱うユダヤ人商家に1900年に生まれ、5年後にアメリカ・メイン州に移住したそうです。木材に親しんだいたことから10歳から木を彫り始めたというアメリカ人女性彫刻家で、本名はレア・ベルリャフスキー(Leah Berliawsky)だそうです。家具のような日用品の廃物などを集め、それらを切り刻んで黒く塗り、黒い箱の中に入れて寄せ集めたアサンブラージュの作品が中心だそうでクリックすると拡大す。
 作家 ルイーズネベルソン(Louise Neveison)
          1900年~1988年(88歳没)
 作品 Biack Zag X
 制作 1969年 (68歳 or 69歳)
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こちらも拡大いたしました。子供の頃の遊び心を忘れないで作ったような作品のように感じました。
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別の角度からの部屋の景色を紹介します。壁に掛ける作品だけでなく床に置く作品も展示されていました。
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ホノルル美術館 特別展編 Erick Swenson [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大ハワイに到着した当日に行ったホノルル美術館に関しては絵画編Art of Hawaiʻi編を紹介しました。本記事では我々が行った時に行われていた特別展示に関して紹介したいと思います。ホノルル美術館の入口の両サイドの柱に不気味なパネルが設置されていました。そのパネルの作品の制作者であるエリック・スウェンソンの作品の展示会が行われていたのです。その作品のいくつか紹介したいと思います。

ホノルル美術館のホームページのイベントのページを見るといきなり下記の画面が出てきました。彼の作品はグロテスクなものが多いために写真は沢山撮りませんでした。今思えば撮っておけばよかったと後悔しています。これも撮っていない作品の一つなのでホームページから転用させていただきました。クリックするとホームページを表示しますが、将来変更になる可能性があるので画面のハードコピーを表示します。エリック・スウェンソンに関して少しだけ紹介させていただきます。
日本では知っている方は少ないと思いますがアメリカでは注目され始めているそうです。展示されている場所は彼の住んでいるテキサス州が中心ではありますが、他の州や海外でも展示されているそうです。
クリックすると拡大 名前:Erick Swenson (Erick Lawrence Swenson)
 生れ:1972年ペンシルバニア州フェニックスビル
 出身: North Texas大学、School of Visual Arts
 現在:テキサス州ダラス在住
 作品の展示場所
  ダラス美術館             ダラス     テキサス州
  ナッシャー彫刻センター        ダラス     テキサス州
  ワース現代美術博物館         ワース     テキサス州
  ヒューストン美術館          ヒューストン  テキサス州
  ホノルル美術館            ホノルル    ハワイ州
  ホイットニー美術館          ニューヨーク  NY州
  シェルドンメモリアルアートギャラリー ネブラスカ大学 ネブラスカ州
  マラモッティコレクション       レッジョ・エミリア イタリア
  サーチ・ギャラリー          ロンドン イギリス
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今回のエリック・スウェンソンの作品が展示されていたのはホノルル美術館の敷地の中の最も右上に位置する建物の1階にありました。赤色の枠で囲った部分です。案内図には、この展示室はTemporary Exhibititinsと書かれています。今回の展示は2018年3月1日~7月29日とホームページに書かれていました。
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沢山の作品があったのですが撮った3枚の写真を紹介します。入口に入って目の前に展示されていたのがこちらの作品でした。頭がハンマーのようになったシュモクザメです。照明の関係で少し色が付いているように見えますが純白でした。きらきらと光っており大理石できていると思われたくらいです。説明板によるとウレタン樹脂にアクリル塗装を行ったものだそうです。
 作品 Present in the Past (Swimming with shark)
 制作 2018年
 材料 Urethane resin, acrylic paint
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こちらも有名な作品のようです。入口にこちらの作品の大きな写真が貼ってあったので代表的な有名な作品だと思われます。作品の意味を示す説明はありませんでしたが、類人猿をイメージした作品のようです。材料の中のガラス(glass)は目に使われているようです。ネット上では彼女(She)という表現が使われていました。
 作品 Ebie
 制作 2002年
 材料 Urethane resin, glass, oil paint
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類人猿と言えば、現代の人類(ホモ・サピエンス)につながる進化は概ね下図の①→⑨に進化してきたと言われています。Ⓐ~Ⓙは同時期に存在し絶滅した人類です。人類の進化に関する学説はいろいろあり下記の図は現時点における一つの学説です。今後、研究が進めば変化していくものと考えるのが自然だと思います。最近脚光を浴びたルーシーと名付けられた猿人は⑤で、ジャワ原人は⑦になります。北京原人は⑦の亜種とされています。上の作品は現在のチンパンジーなどの類人猿なのか、人類につながる600万年前以前の類人猿を意識したものでしょうか。
 ① サヘラントロブス・チャデンシス(類人猿 700~600万年前)
 ② アルディピテクス・カダバ(猿人 580~520万年前)
 ③ アルディピテクス・ラミダス(猿人 580~440万年前)
 ④ アウストラロピテクス・アナメンシス(猿人 420~390万年前)
 ⑤ アウストラロピテクス・アファレンシス(猿人 390~290万年前)
 ⑥ ホモ・ハビリス(240~140万年前)
 ⑦ ホモ・エレクトス(180~20万年前)
 ⑧ ホモ・ハイデルベルゲンシス(60~40万年前)
 ⑨ ホモ・サピエンス(現代人 ネアンデルタール人のDNAを約2%含)
  ブルテレの足(340万年前)
  パラントロプス・エチオピクス(270~230万年前)
  パラントロプス・ボイセイ(200~120万年前)
  パラントロプス・ロブストス(250~200万年前)
  アウストラロピテクス・アフリカヌス(300~200万年前)
  アウストラロピテクス・セディバ(180万年前)
  アウストラロピテクス・ガルヒ(200~300万年前)
  ホモ・ナレディ(不明)
  ネアンデルタール人(40~2.8万年前)
  ホモ・フロレシエンシス(? ~5万年前)
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ネアンデルタール人は約40万年前に出現し2万数千年前に絶滅しましたが、現代人であるホモ・サピエンスのゲノム(DNA)の中にネアンデルタール人の遺伝子が約2%混入している説が2010年5月7日のサイエンスに発表されたそうです。その内容はNHKの人類誕生第2部でも紹介されました。下記は世界各地の現代人の遺伝子の中のネアンデルタール人DNAの割合を示した地図です。
クリックすると拡大地域によって割合の特色が出ていることがホモ・サピエンスとネアンデルタール人の混血があったことを示唆しているようです。中東地域で混血があり世界に広がったと考えられていまクリックすると拡大す。
 ヨーロッパ 1.8~2.4%
 アジア   2.3~2.6%
 アフリカ  0.0%
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3つ目の作品を紹介します。沢山のカタツムリがビールジョッキに群がっている作品です。カタツムリは本物と見間違えるほどリアルでした。これ以外のErick Swensonで確認してみてください。→ポチッ
 作品 Schwärmerei
 制作 2012年
 材料 Acrylic on resin, silicone
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欧米では珍しく撮影禁止の作品が1つだけありました。リアルなカタツムリが無数に並べられている作品でした。そのリアルさを紹介したいのでネットから一部を転用させていただきました。確かにカタツムリの作品のノウハウが詰まっているようで撮影禁止にしているのもうなづけました。
今回のホノルル美術館でのErick Swensonの展示会の記事を書かれている方がおられたのでその方の記事のURLを紹介します。偶然ですが同じ3作品の写真を撮って掲載されておられます。
記事を書かれた方によると「生物に時間が与える影響をテーマに、超現実主義彫刻を作るアーティスト」と表現されていました。
 URL:https://ameblo.jp/hawaii-ni-sumu/entry-12356932369.html
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ホノルル美術館 Art of Hawaiʻi エリア編 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は現在噴火を続けているて話題になっているキラウエア火山を描いた作品です。ハワイ旅行の到着日(1日目)の最初に来たホノルル美術館(Honolulu Museum of Art)の西洋美術を「絵画編」として先日紹介しました。ホノルル美術館だからこそ充実しているのがハワイ美術です。ハワイを描いた絵、彫刻、装飾美術などが展示されているのがArt of Hawaiʻi(ハワイ美術)エリアです。上の作品もこのエリアにありました。本記事ではハワイ美術エリアを紹介したいと思います。タイトルの中のHawaiʻiはハワイ語です。iとiの間の点は で、英語で使われる とは違うのです。

ハワイ美術エリアはホノルル美術館の敷地の中の最も右上に位置する建物の2階にありました。赤色の枠で囲った部分です。
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意外と現代的な作品が沢山並んでいました。
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その中で気になったのがテレビゲームの中のキャラクターのような作品でした。調べてみると2002年6月21日に公開された ディズニー映画「 リロ&スティッチ 」のクリックすると拡大主人公であるスティッチなのですが、なぜホノルル美術館に本作品が置かれたてるのか不思議に感じました。どうやら理由は2つあるようです。一つは作家であるBrett Grahamは、ハワイが含まれるポリネシア圏に入っていニュージンランドの先住民であるマリオ族(ポリネシア人の一派)の血が入っており、そのブレット・グラハムが伝統的なマオリの彫刻の技法と現代の技法を組み合わせて作ったものだからのようです。もう一つの理由はリロ&スティッチ(Lilo & Stitch)の物語の舞台はハワイのカウアイ島であることのようです。
クリックすると拡大 作家 ブレット・グラハム(Brett Graham) 1867年~
 作品 snitch(スティッチ) オリジナル記事 記事翻訳
 制作 2014年
 素材 Carved foam, tar, feathers
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また2008年からは沖縄を舞台にした日本版スティッチ!も登場いたしました。


こちらはハワイを感じさせてくれる作品が多くありました。カメハメハ大王の像が中央に置かれハワイの景色の絵画や刺繍が展示されていました。
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こちにがカメハメハ大王像です。これは屋外に建てられているカメハメハ大王像のミニュチャアのようです。ハワイにはオアフ島に1体とハワイ島の2体の計3体が建てられています。ワシントンの国会議事堂にも1969年に建てられたので世界には計4体があります。クリックすると特別に大きく拡大いたします。
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見事な刺繍も展示されていました。説明文を右に貼付いたします。作者の一人であるLioʻi Kaʻananaはハワイ語なので、少なくとも、一人は昔からのハワイの方クリックすると拡大だと思われます。クリックすると読める大きさに拡大いたします。
 作家 Carolina Sharratt と Lioʻi Kaʻanana
 作品 Ua Mau Ke Ea O Ka Aina I ka Pono-Halepualani
 制作 1932年~1933年
 素材 Silk satin, wool batting, cotton
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クリックすると拡大上の写真はクリックすると拡大しますがクリックの面倒な方のために拡大写真を掲載します。クリックするとさらに拡大いたします。この構図はハワイ王国時代に咸臨丸がハワイに行った時にカメハメハ4世が1860年(万延元年)に木村喜毅に贈った自筆の紋章によく似ています。ただし、顔の向きが反対です。1882年に竣工のイオラニ宮殿の門の紋章は内向きなので王国時代は内向きだったようです。
作品名の「Ua Mau Ke Ea O Ka Aina I ka Pono」はハワイ語で、意味は「この地の生命は正義によって維持される / The life of the land is perpetuated in righteousness」だそうです。クリックすると拡大正確には「Ua Mau ke Ea o ka ʻĀina i ka Pono」と書かれるのかもしれません。ハワイ州の紋章にもこの言葉が使われています。ハワイ州の紋章にも同じ構図が使われていますが右側の人物はハワイ州の旗を持つ女神になっています。ハワイ州の紋章はハワイ王国の紋章から作られたものだと思われます。
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クリックすると拡大刺繍ではない不思議な素材の大きな作品が壁にかかっていたので紹介しまクリックすると拡大す。
 作家 James Jack 1979年~
 作品 Molokai Window
 制作 2018年
 素材 Natural pigment, gum arabic on wood
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クリックすると拡大こちらも拡大いたします。ネットから転用させていただいた右の写真のように土などの自然の色素を入れたアラビアゴムを木板の上に指で塗り付けた作品のようです。下の写真をクリックすると撮った写真の原寸で表示します。
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クリックすると拡大冒頭で紹介したキラウエア火山です。
作家のAmbrose Pattersonはオーストラリア人の画家で、メルボルン美術学校を卒業した後にパリで腕を磨いたようです。オーストラリアに戻った後にシドニーからニューヨークに行く途中にホノルルに降りて1916年から18ケ月間ほどハワイに住んでいたそうです。この作品はその時に描いたものと思われまクリックすると拡大す。
 作家 Ambrose Patterson 1877年~1966年(89歳没)
 作品 Mount Kilauea, The House of Everlasting Fire
 制作 1917年
クリックすると拡大

迫力のある部分を拡大しました。クリックするとさらに拡大いたします。
ホノルル美術館のArt of Hawai'iエリアに関するWikipediaの記載内容を枠内に転記する形で紹介します。
ハワイの、文字ではなく豊な絵で表現されてきた伝統は、ハワイを描いた絵、彫刻、装飾美術などのコレクションのなかに保存されている。このホノルル美術館のコレクションは、おそらく他のどこよりも優れているであろう。絵画と紙を使った作品がコレクションの中心で、キャプテン・クックがハワイに遭遇した1778年から今日までを網羅している。それらの作品は、18世紀後期から19世紀初頭のヨーロッパやロシアのハワイ遠征隊に伴ってきた画家達や、19世紀の放浪画家達によって描かれたハワイの風景、ハワイの人々の肖像画などである。
ホノルル美術館が所蔵するハワイの鳥の羽製ケープ、木製ヘイアウ(寺院)模型、瓢箪、見事なハワイアンキルトなどは、ハワイで育まれた芸術の宝物である。当館のハワイコレクションは、1778年から始まり現在までいたる。そして、160年以上にわたり、ハワイそして、そこに住む人々に及ぼしてきた一連の劇的な変遷を明らかにしている。
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ホノルル美術館 絵画編 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行の到着日(1日目)の最初に来たのが前記事でも紹介したホノルル美術館(Honolulu Museum of Art)でした。ここに来るまではハワイの芸術品が多く集められた美術館だと思っていましたが、クリックすると拡大右の写真のゴッホの作品のような世界中の著名な作家による作品が集められた美術館でした。ホノルル美術館は96年前の1922年設立され、1927年開館した歴史ある美術館でもありました。つまりホノルル美術館は芸術品を鑑賞するだけでなく美術館自体を史跡として見ることも出来ました。アメリカ国立及びハワイ州立史跡としても登録されているほどです。

3Dの航空写真でも分かるように広い敷地の中に最大2階建ての瓦屋根の建物で構成されていました。沢山の中庭(Courtyard)があるのもホノルル美術館の特徴でした。2Dの航空写真→ポチッ
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こちらが中央の中庭です。北側から美術館の入口側(南側)を撮った写真です。緑もきれいで建物も美しかったです。名前はCentral Courtyardです。そのほかにKinau Courtyard、Mediterranean Courtyard、Chinese Courtyard、PaIm Courtyardがありました。
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こちらはChinese Courtyardと呼ばれる中庭だと思われます。
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こちらは入口でもらったパンフレットに載っていた美術館の配置図です。緑色の部分が中庭です。冒頭でも説明させていただいたように世界の芸術品が集められた美術館で、いろんなエリアに分かれていました。全体では5万点を越えるコレクションがあるそうです。展示は一部だけのようですが日本の浮世絵だけでも1万点のコレクションがあるそうです。本記事では西洋美術のエリアを紹介したいと思います。パンフレットに載っていた配置図は斜め上空から見た形になっていましたが加工して真上から見た図にいたしました。
 西洋美術
  ヨーロッパ美術 アメリカ美術 その他地域 近代美術
クリックすると拡大 ハワイ美術
 アジア美術
  日本美術 韓国美術 中国美術 その他地域
 アフリカ、太平洋諸島、アメリカの伝統的な美術
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この部屋はヨーロッパ美術のエリアです。我々のよく知っている作家の作品が沢山ありました。
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ゴーギャンと言えばタヒチだと思います。長く住んでいたタヒチへ移住する決心をした背景には、ヨーロッパ人の物質主義的な欲望や価値から自由になりたいという願いあったと言われています。
 作家 ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin) 1848年~1903年(満54歳没)
 作品 タヒチの浜辺の女たち
 制作 1891年~1894年
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全ての作品には英語の説明が付けられていましたが、日本人になじみのある作家の作品に関しては日本語の説明もありました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

ピサロの作品もありました。ピサロは最晩年になるまで画家としての活動を精力的に続けて数多くの作品に取り組み、1890年代から1900年代初頭にかけては都市景観図をいくつも制作したそうです。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳)
 作品 ボン・ヌフから見たルーヴル宮、霜の降りた冬の朝の陽射し
 制作 1901年
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こちらもピサロの作品です。ピサロは1874年から1886年までパリで開催された印象派展8回全てに出品した唯一の画家だそうです。この作品ではセーヌ河沿いの都市の生活を表現しているそうです。厚く塗った絵具が生み出す光と影などで活気ある港町を描写しています。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳)
 作品 ルーアン、サン=セヴィール、朝
 制作 1898年
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こちらはクロード・モネの作品です。モネはパリの西約65kmの小さな村ジヴェルニーに小さな家を借りのちに購入しました。水に魅せられたモネは、1893年に野生の睡蓮に覆われた池のある庭の向こう側の土地も購入して、その後30年以上にわたってモネの芸術の主題として描き続けたそうです。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet) 1840年~1926年(86歳)
 作品 睡蓮(すいれん)
 制作 1917年~1919年ごろ
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絵のタッチを伝えたくて拡大いたしました。クリックすると同じ縮尺で全体を表示します。
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中庭が見える窓もきれいでした。
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窓越しから見た中庭(Courtyard)もきれいでした。この辺りは1階で構成されていました。ここはMediterranean Courtyardと呼ばれる中庭です。
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別の角度から見た部屋の景色です。
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ゴッホの作品です。この作品は収穫のシリーズに属し1888年6月の後半に制作された10点の中の一つだそうです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 麦畑
 制作 1888年
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ゼザンヌの作品もありました。
 作家 ポール・セザンヌ(Paul Cézanne) 1839年~1906年(満67歳没)
 作品 雑木林、c
 制作 1890年
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中央の中庭を東方向から撮った写真です。やはり見事な景観でした。最初に紹介した中庭(Central Courtyard)の写真は女性の左の彫像の場所から撮りました。女性像はアリスティド・マイヨール(Aristide Bonaventure Jean Maillol)の作品「ペネロペ(Penelope)」です。ペネロペ像が置かれている台の上を歩けるようになっています。
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こちらの部屋には彫像がたくさん並べられていました。
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不思議な造形の彫像でした。こちらの部屋では、この彫像だけガラスケースに入れられていたので貴重なものに感じられました。説明書からキクラデス文明(Cycladic civilization)の紀元前2500年~2400年の女性像だそうです。つまり4500年前から4400年前の古いものであることが分かりました。キクラデス文明は新石器時代から青銅器時代初期にエーゲ海のキクラデス諸島に栄えた文明で、エーゲ文明に含められるそうです。栄えたのは紀元前3000年頃から2000年頃で、クレタ島のミノア文明よりも古くなります。本写真をクリックすると彫像の部分を特別に大きく拡大いたします。
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こちらの部屋では日系の人の大きな絵が正面に飾られいてました。
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本作品は絵の構図や題名から、2001年9月11日の同時多発テロや2004年のインド洋の大津波など、この時代の多くの悲劇を題材にしているようです。絵の中の2つのバベルの塔は、倒壊したワールドトレードセンター・ツインタワーを暗示させていると感じられます。
この大きな作品は日系人作家が描いたものです。寺岡政美は広島県尾道市で1936年に生まれた日系アメリカ人の画家で、米国ハワイ州ホノルル郡ワイマナロに在住しているクリックすると拡大そうです。
ワイマナロは相撲の元横綱の曙の出身地でもあります。
 作家 寺岡政美(Masami Teroka)
 作品 The Cloisters / Tsunami
 制作 2002年~2005年
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本作家は日系人であることから興味がある方もおられると思うので枠内に説明内容を紹介します。説明板の写真をクリックすると拡大するのでそちらでも読むことが出来ると思います。
クリックすると拡大Masami Teraoka (American, born Japan 1936)
The Cloisters / Tsunami, 2002-5
Oil on canvas in gold-leaf frame
Gift of Don and Pamela Lichty, 2007(13769.1)
Many of today's artists engage contemporary themes by referencing traditional art history. Since the 1990s, Honolulu-based artist Masami Teraoka has been producing large-scale figurative paintings that address controversial social and political issues. Borrowing his visual vocabulary from Italian and Northern Renaissance painting, Teraoka constructs parables that conflate the evils and misfortunes of the past with the ills of the present. The Cloisters / Tsunami, begun after the events of 9/11, alludes to the biblical account of the Tower of Babel, suggesting a profound lack of comprehension and empathy between and among people and cultures. The painting features twin Towers of Babel under siege, while in the foreground citizens of Babel-whose acts of hubris have brought about the siege-take fight. Teraoka's razor-sharp commentary is aimed at hypocrisy in organized religion, regardless of creed, when acts of violence against people are perpetrated as articles of faith.

沢山の部屋がありました。
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253年前となる1765年の古い作品です。
 作家 Jean-Baptiste Pillement 1728年~1808年(79歳没)
 作品 A Chinoiserie Procession of Figures Riding on Elephants with
    Temples Beyond,c.
 制作 1765年
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こちらはアメリカ美術エリアです。
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アメリカ人ですが、主にロンドンで活躍したそうです。印象派の時代のひとですが、浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く、クリックすると拡大印象派とも伝統的アカデミズムとも一線を画した独自の絵画世界を展開したそうです。
 作家 James McNeill Whistler 1834年~1903年 (69歳)
 作品 Arrangement in Black No. 5 : Lady Meux
 制作 1881年
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クリックすると拡大フォーヴィスム(野獣派)のリーダー的存在のアンリ・マティスの作品もありました。
 作家 アンリ・マティス(Henri Matisse) 1869年~1954年
 作品 Annelies, White Tulips, and Anemones
 制作 1944年
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いろんな作風の部屋がありました。
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こちらも近代美術のエリアだと思います。
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ジョルジョ・デ・キリコはイタリアの画家であり彫刻家で、形而上絵画派を興し、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えたそうでクリックすると拡大す。
 作家 ジョルジョ・デ・キリコ
    Giorgio de Chirico 1888年~1978年
 作品 The Greal Machine
 制作 1925年
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沢山の絵画が展示されていました。ここはWorks on paperと呼ばれる作品が展示されているエリアです。
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本記事で紹介した作品は青枠エリアに展示されていました。赤枠部分の作品は後日紹介します。赤枠エリアの右側のRobert Allerton Art Libraryと書かれている部屋はア-ト専門図書館で、麻布美術館から寄贈された15,000冊もの書籍が収蔵されています。
 青枠 西洋美術エリア
 緑枠 Modernismエリア
 赤枠 Temporary exhlbitions
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路線バス'The Bus'に乗ってホノルル美術館を目指しました。 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでに3つ前の記事で紹介したように2018年5月19日の朝の9時20分に宿泊ホテルであるニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル( )に着きました。チェックインが出来るのは13時なので荷物を預けた後に目指したのはホノルル美術館( )でした。もちろん美術館にも興味があったのですが、最大の目的はホノルル美術館のSpalding House Cafe(スパルディング・ハウス・カフェ)でランチを食べることでした。そのカフェでは自然豊かな庭園の中の好きなところでクリックすると拡大食べれるように2人分のフードとドリンクが入ったバスケットでランチが出されるのです。そこでホノルル美術館の近くまで行く路線バスに乗るために右の写真のサーフィンの像があるところまで歩き、19番の路線バスに乗りました。歩いた時の景色→ポチッ

Google地図でホノルル美術館に行ったルートを紹介したいと思います。本来であればホテルで教えてもらったようにワイキキ辺りで19番から2番のバスに乗り換えるとバス停から美術館は近かったのですが、我々が乗り換えるのは難しいと思ったようで、19番のルートの中でホノルル美術館に一番近いところに降ろしてくれたのでした。その代り少し歩くことになりました。帰りも最初に2番か13番に乗っていれば最短で帰れたのですが、間違えてココマリーナ(ハワイ・カイ)行に乗ったことから遠回りのルートになりました。
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
  ホノルル美術館往復で利用したバス停 6ケ所
クリックすると拡大  ホノルル美術館
 ━━ 徒歩
 ━━ 行き バス路線 19番
 ━━ 帰り バス路線 1番
 ━━ 帰り バス路線 14番


乗った19番の路線バスの中の写真です。路線バスを利用するときに自分が行きたいところを運転手さんに聞くのがポイントです。沢山の人が聞かれており、それが普通でした。他の人も、そのために待たされても気にしていませんでした。我々も「ホノルル美術館に行きたい。」と伝えると「OK 乗り換える必要があります。」とのニアンスの答えが返ってきました。19番はワイキキとホノルル空港(ダニエル・K・イノウエ国際空港)を結んでいる路線バスで、乗ったところは終点に近いため、乗った時はバラガラでした。乗って数分で終点について5分ほど停まった後にホノルル空港に向かって出発いたしました。
バスが停車すると乗り降りが楽なように車体の前の部分全体が下がるのです。つまり停止と同時に「プシュー」と空気が抜ける音がするのです。さらに感心したのが、車椅子の人に対して人も車体構造も優しいのです。3日間で、気が付いただけで3回ほど車椅子が乗る場面に出会いました。乗るときも降りるときも車椅子が優先なのです。車が停車すると床の上にあった車椅子乗降用の板が180°+少し回転して車椅子が乗降できるようになるのです。車椅子が乗り込むと運転手さんが優先座席を折りたたんで車椅子をその場所に設置した後にベルトで縛るのです。降りるときは運転手さんがベルトを外すのです。その間、お客さんは当たり前の雰囲気で待っているのです。手伝う方もおられました。こちらの写真で右側と左側が車椅子が設置できるスペースです。つまり2つの車椅子が乗せられるのです。この部分以外の椅子は全て前向きの2人掛けです。
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これが車椅子乗降用の板です。これが黄色の矢印の方向に持ち上がりながら右に180°回転するのです。写真をクリックすると広い範囲を表示します。
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買ったチケットは、こちらの1日フリーパスの一日券です。左右は表と裏です。我々だけでなく皆さんが一日券を買われていました。実は1回券が2.5ドルに対して一日券は5.5ドルなのです。3回以上乗れば元がとれるのです。つまり2人で11ドルでした。この日は我々も4回乗りました。3回はホノルル美術館の往復で使いました。もう1回は夕食に出かけたときです。夕食を食べるレストランの正確な場所は判らないので、行きはタクシー(29ドル)を使いましたが、帰りはバスを利用いたしました。


路線バスは全てワンマンです。車内に降車ボタンはありませんでした。降車ボタンの代りが窓のところに張られている水平ワイヤーです。窓枠の縦の柱のところにはこの水平のワイヤーにつながった縦のワイヤーが張られており降りたい停留所の前でワイヤーを引っ張るのです。ワイヤーを引くと、赤い色の電光掲示板に「STOP REQUESTED」と表示されます。補助的に降車ボタンが付いたバスを一度だけ見かけました。停まるバス停の名前も電光掲示板に表示されますが似た名前が続くので、有名な場所以外で、降りる場所を自分で判断するのは難しいのです。したがって運転手さんに聞くことをお勧めしているのです。スマホを海外でも活用している人は、スマホで位置情報を見ながら降りる場所を決めると確実だと思います。
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ワイキキの町の中で乗り換えるのだと思って、何度も運転手さんに「まだですか?」と聞きに行きました。始発バス停前から乗っているので運転手さんも気にかけてくれているようですが、なかなか乗り換え場所に来ないので不安になったころに、運転手さんから降りるように指示されて降りたバス停のが、こちらの写真の近くでした。乗り換えるものだと思っていたので、次のバスが来て運転手の人にクリックすると拡大聞けば分かると思って、少し待っていましたが、場所的にはかなり来ているので念のためにバス停で待っている人にホノルル美術館の場所を聞くと少し遠いけれども歩いて行くのが一番とのことでした。つまり運転手さんは、19番の路線でホノルル美術館に一番近いバス停に降ろしてくれたのでした。我々はどう見ても素人で乗り換えが難しいと判断してくれたようでした。このバス停の前にキャノン・ソリューションズ・アメリカがありました。
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持っている地図と周辺の建物から自分たちの位置が確認出来て安心いたしました。
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バス停からホノルル美術館に向かう道です。
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ホノルル美術館に到着いたしました。ここがホノルル美術館の入口です。確かに2番の路線バスのバス停が近くにありました。
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美術館の敷地の中には日本風の建物もありました。美術館に収蔵されている絵画などの美術品は広範囲にわたり品数も多いことから、あっという間に13時になってしまいました。目的のレストランの営業時間は14時まであることは判っていたので、ランチにするために外に出た時の写真です。
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ところがSpalding House Cafe(スパルディング・ハウス・カフェ)でのランチを断念しなければならないことが分かったのです。Spalding Houseまでが、とんでもなく遠いのです。右上のSpalding Houseもホノルル美術館の施設なのですが、我々が美術品を見た左下の本館から離れていたのです。道も入り組んでいて歩くと1時間はかかりそうでした。ハワイは流しのタクシーは無いし、路線バスも分からない状況だったのです。後で気が付いたことですがホノルル美術館の本館まで戻ってタクシーを呼んでもらうのがベストだったと思います。ということで自然の庭園の中でのバスケットのランチは断念いたしました。気を取り直して、この日の第二の本命の「ビーチで、水着で寝転んでのんびり過ごす」を実行するためにホテルに戻ることにいたしました。ホノルル美術館に関しては展示物が盛りだくさんなので後日報告させていただきます。
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もしSpalding House Cafeまで歩いたとした場合のルートをGoogle地図で紹介します。標高はGoogleマップでの標高表示機能の数値です。一方通行があるので車では別のルートになります。
  ホノルル美術館 本館  標高:6m
  Spalding House Cafe 標高:128m
 ━━ ホノルル美術館 → Spalding House Cafe 2.9km


次にハワイに行く時のためにスパルディング・ハウス・カフェ(Spalding House Cafe)の前を通るバスルートをネット内の路線図を参考にGoogle地図に書き込んでみました。バス路線番号は15番です。地図内のはUターン場所です。
The Busの時刻表15番路線を確認するとSpalding House Cafeの少し先のバス停②Tantalus Makiki Hts(#3842)を通るバスは下記の時刻表(②)のように1日に16本で、約1時間に1本でした。ホノルル美術館辺りは約7分前です。
注意すべきはホノルル美術館辺りを通る26本の内一部がバイパスルートを通るために16本しかCafe( )の近くを通らないことです。ただしバイパスルートに行った10本のバスはPacific Heightsには登らないでCafe側に下りてくるので15番のバスに乗れば必ずCafeに行けます。緑色の時刻がそのバスです。
つまり①→→③→④→③→→①と走るバス(16本)と①→③→→①と走るバス(10本)があるのです。①から④までの距離は10.7kmです。
 ①Alapai King(町の中)  Tantalus Makiki Hts
 ③Puowaina Hooku    ④Pacific Heights ( )
  05:40 06:41 06:56
  07:28 07:48 08:00
  08:52 09:56 11:00
  12:04 13:08 13:21
  14:12 14:26 15:02
  15:20 15:33 16:07
  16:26 16:45 17:29
  17:33 18:36 19:37
  20:38 21:41
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周辺を散策しながら、帰りのバスに乗るバス停を探し始めました。
この建物はHonolulu Museum of Art Schoolです。この建物は元小学校とは思えない見事な外観ですが、今は子供から大人といろんな年齢層の人が集まっているそうです。
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レンタル自転車も見つけました。
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この教会の近くでバス停を見つけました。1番と2番と13番の路線バスが走っていました。最初に来た1番に乗りました。実は2番か13番のバスが来るまで待って乗るべきだったのです。1番はワイキキのかなり東のハワイ・カイという町まで行くバスなのですが、ワイキキの中心部は通らないで北側を通過するルートがったのです。そこで目標として役に立った景色がダイヤモンドヘッドでした。ダイヤモンドヘッドを過ぎるあたりで、泊まっているホテルの近くのカピオラニ公園に行きたいと聞くとグッドタイミングで、次で降りてカピオラニ公園方面に行くバスのバス停に歩くように教えてもらいました。実は一つ手前のバス停だと降りたバス停で待ては乗り換えバスもそこに来たのでした。ベストタイミングではなかったけれども、これ以上先に行くと離れていくばかりでした。乗り換えるバスの番号である14番と22番と23番も教えてもらいました。
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ここで待って、最初に来た14番のバスに乗りました。ホノルル美術館から乗った1番のバスは高架の下の道路を左から来て、我々が待っている反対方向に曲がって行ったのです。曲がったところにバス停があったためにそこで降りてここまで歩いてきたのです。
道沿いに植えられている木はモンキーポッド(Monkey Pod)です。
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我々が泊まったホテルの前の道路は東方向に一方通行のため、東からくる14番のバスはホテルの前を通らないために一方通行になる寸前のバス停で降りて、ほんの少しだけ歩きました。その時にダイヤモンドヘッドがきれいに見えたので写真に撮りました。実は翌日の2018年5月20日の朝にダイヤモンドヘッドの一番高いところまで登りました。クリックすると特別に大きく拡大するのでダイヤモンドヘッドの頂上に人がいるのが分かるかもしれません。
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無事にホテルに着きました。すでにチェックアウトの手続きは終わっていてクリックすると拡大カギを渡されるだけでした。預けていた荷物はすぐに部屋まで運んでくれるとのことなので手ぶらで部屋に行きました。荷物が届いてすぐに水着に着替えてビーチに出たのでした。右の写真はビーチの上に引いたゴザに座って撮った写真です。2017年に、このカイマイビーチに、場所を間違えてクリックすると拡大ハワイアンモンクアザラシが出産して子育てをしたことがありハワイ中が大騒ぎになったことがあるそうです。ただしビーチでアザラシに遭遇しても法律で150ft(46m)以内に近寄ることは禁止されています。
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ハワイに着いて最初にビーチに出てみました。 カイマナ ビーチ(Kaimana Beach) [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で報告させていただいたように2018年5月19日の17時20分に自宅を出発して11時間後の5月19日の9時20分(ハワイ時間)に宿泊ホテルである上の写真のニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)に到着いたしました。13時まではチェックインは出来ないことからスーツケースをホテルに預けて、先ずはホノルル美術館に行くことにいたしました。その最大の目的はホノルル美術館・スパルディングハウス・カフェでランチを食べることでした。ホテルの人にホノルル美術館への生き方を聞くと、「ホテルの前の道路を左に行くと歩いて3分の所にバス停があるので、そこから19番か20番のバスに乗りワイキキ辺りで2番のバスに乗り換えるホノルル美術館に入れる。」との説明を受けたので、先ずは歩いて3分のバス停を目指しました。歩いている時に海岸の方を見るときれいな景色であったことからビーチに出て写真を撮り、さらに途中にあった小さな水族館にも入ってみました。
  バス停
  ワイキキ水族館
  カイマナビーチ
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
 ━━ ホテル→バス停 徒歩
 ━━ バス路線 19番
右の航空写真で赤色ライン(━━)がバス停まで歩いたルートです。バス停まで3分にしては長いと感じながら歩いたのですが、後で分かったことですが水族館の前にもバス停がありました。さらにホテルから右に行くと歩いて2分のところにもバス停がありました。それを知ってからは、乗るときも降りるときも歩いて2分のバス停を使うようになりました。紫色のライン(━━)は5月19日にホノルル美術館に行くために乗ったクイーンズビーチのバス停からキャノン・ソリューションズ・アメリカ前のバス停まで乗った19番のルートです。本記事ではホテルを出てからバス停に着くまでの景色や水族館の中の写真を紹介したいと思います。

道路から見たカイマナビーチの方の景色です。この景色を見てカイマナビーチに寄り道することにいたしました。本写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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カイマナビーチ(Kaimana Beach)に出てホテルの方をとった景色です。手前の四角の建物が泊まったニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)です。
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海の方に目線を剥けた景色です。この時間は人は少なかったけれども15時ごろには沢山の人が来られていました。
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海辺の方に近づきました。カイマナビーチ(Kaimana Beach)は、北西から南東に連なっている8つ(又は9つ)のビーチの総称であるワイキキビーチ(Waikiki Beach)の最も南東側に位置するビーチです。
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さらに海に近づいた景色です。
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ハワイで最も有名な木は日立のCMに出てきたモンキーポッド(Monkey Pod)ですが、それとは違う種類の見事な木も沢山生えていました。これはバニアンツリー(Banyan Tree)のようです。こちらの木も沢山ありました。ハワイの木は、それだけで記事に出来るくらい見事です。そのうちに単独記事を試みてみます。
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さらに歩いて行くと小さな水族館があったので、中に入ってみることにいたしました。クリックすると拡大入口の写真は撮らなかったのでネットから右の入口の写真を転用させていただきました。下の写真は水族館の中の写真です。水族館だけでは寂しいのでこの広場ではいろんなイベントが行われているようでした。右の写真をクリックすると分ると思いますが、Waikiki Aquariumの右下に小さくUNIVERSITY OF HAWAIIと書かれているのでハワイ大学の付属設備なのかもしれません。
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カイマナビーチとワイキキ水族館の間に不思議な建造物がありました。調べてみると1927年に作られた戦争記念水泳場(War Memorial Natatorium)でした。カイマナビーチや戦争記念水泳場には結婚記念写真を撮りに来ている人が沢山おられました。第一次世界大戦の戦没者の慰霊のために作られた100mx40mの海水プールですが、記念写真以外では使われていないようで取り壊しも検討されているとのことでした。
こちらの写真はホテルの部屋から撮った写真です。
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水族館の中はこんな感じでした。小規模なので日本では水族館とは呼べないと思います。それでも意外と見学者は多かったです。
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イソギンチャクなども多く展示されていました。
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熱帯魚の世界でした。
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クラゲも展示されていました。
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魚だけでなく活きたサンゴやイソギンチャクも一緒に展示されていました。日本の水族館を知っている人にとっては、どの水槽が小さくてびっくりするかもしれません。ただしリーフシードラゴンが沢山群れている水槽など日本とはちょっと違う種類を見ることが出来ました。タツノオトシゴなどはハワイで養殖して日本への輸出品の一つになっているそうです。
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バス停を目指して歩き始めました。
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この像のところにバス停がありました。このような像が各所にありました。それぞれ有名な人のようでした。後ろの木はバニアンツリー(Banyan Tree)だと思います。
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これは我々が乗る路線バスではなく日本の旅行会社が運営しているハスです。これはJTBのバスでJALパックのバスもありました。ツアーの人は無料で乗れるのかもしれません。このバスの行き先はダイヤモンドヘッドと書かれていました。JCBのクレジットカードを見せると無料で乘れるバスもありました。JCBカードで払うと入場券が10%~50%安くなる施設もいくつかありました。
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これは別の場所のバス停の看板でバス停の場所名は書かれておらず、ここを通るバスの番号が書かれているだけなので初めてだと戸惑います。番号が書かれていない場合もありました。
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表示板を拡大いたしました。沢山のバスが通るバス停の表示板です。
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バス停で15分くらい待っていると19番の路線バスが来たので乗りました。ホノルル美術館に関しては次に紹介したいと思います。町の中は一方通行が多いので路線バスに乗るのも苦労しますが、町からホテルに戻るときは14番、19番、20番、22番に乗れば必ずホテルの前を通るので、その番号だけは覚えておくようにいたしました。この時に乗った路線バスの写真は撮っていなかったので、別のルートの路線バスの写真を紹介します。写真は路線番号55番でオアフ島の北にあるノースショアやタートル・ベイ辺りに行く路線バスです。運転席の前のフレームは自転車を乗せるもので、2台まで乗せることが出来ました。自転車を利用している人は多かったです。クリックすると特別に大きく拡大します。
この写真を撮った場所をGoogle地図で紹介します。→ SV 3D 2D Taxi
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5月19日からハワイ旅行に行ってきます。 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

現在、ハワイ島のキラウエア火山の噴火が話題になっています。そのハワイに2018年5月19日から5月27日まで家内と2人で旅行に行ってきます。
ハワイは初めてなのでいろんな体験をしたいと思っています。そのためにブログの方は旅行に行っている間は、ほとんどフォロー出来ないこと、お許しのほどお願いいたします。

航空券やホテルはネットでそれぞれ申し込みました。下記は行の成田→ホノルルのフライトの予約内容画面です。
クリックすると拡大5月19日のフライトは20時発のJL786です。
ほとんどがハワイ島から離れたオアフ島ですが、ネットで申し込んだ1泊2日ツアーで5月22日~23日にハワイ島に行きます。フライトスケジュールは次の通りです。
 5月19日 JL786 成田→ホノルル(オアフ島)
 5月22日 HA368 ホノルル→コナ(ハワイ島)
 5月23日 HA307 コナ→ホノルル
 5月26日 JL789 ホノルル→成田(5月27日18時30分到着)


ハワイ諸島のgoogle地図です。ハワイ島は1泊2日のツアーで行くので自由時間以外は行く場所は決まっていますが、オアフ島に関しては行く場所やレストランは全く決まっていないので、これから決める予定です。これから地図にプロットしていくつもりです。
 利用空港   成田空港 ホノルル空港 コナ空港
 宿泊ホテル  ニユーオータニ ロイヤル・コナ・リゾート
 レストラン  ミッシェルズ ウルフギャング ブルーウォーターなど
 観光地    ダイヤモンドヘッド プナルウ黒砂海岸など
 活動中火山  キラウエア火山
 火山     マウナ・ケア マウナ・ロアなど


こちらがオアフ島です。こちらで6泊いたします。後で紹介するハワイ島の地図とは縮尺が違います。マイナスのアイコン( マイナス)を1回クリックするとハワイ島と同じ縮尺になります。青色ラインがバスやタクシーや歩いた主なルートです。もちろんホノルル市内では、これ以外の道も沢山通っています。
今回の旅行はとりあえず約330日前に変更自由な航空券だけを予約いたしました。結局、日程を変更することはなく、ホテルやハワイ島の1泊ツアーは今年の3月13日と3月15日に予約いたしました。アメリカの渡航認証(ESTA)をネットで申請したのは5月3日でした。申請してすぐに承認されました。したがって有効期限は2020年5月3日です。公式ESTAのネット申請→ポチッ


そして、こちらがハワイ島です。こちらは1泊だけですがオアフ島を朝早く出て翌日の夜の遅くに帰るので、正味2日間の観光となります。青色ラインがツアーの車が通ったルートです。
クリックすると拡大ハワイ島のツアーは一日目が標高4205mのマウナ・ケア山頂付近まで登り夕日が沈むのを見た後に天体観測を行い、二日目は火山国立公園を含めたハワイ島一周する予定ですが、5月11日から火山国立公園は封鎖中のためルートは変更になるとは思いますが予定通りツアーは行われるそうです。マウナ・ケア山頂付近は天候が安定し空気が澄んでいることから世界11ヶ国の研究機関が合計13基の天文台を設置しています。日本の国立天文台が設置した、すばる望遠鏡もここにあります。
やはり2日目のハワイ島一周ツアーからメインイベントの火山国立公園の散策は無くなり、下記の訪問場所に変更になったとの連絡がメールでありました。右の写真は標高4205mのマウナ・ケア山頂付近です。
クリックすると拡大 ワイピオ渓谷展望台
 アカカ滝
 レインボー滝
 プナルウ黒砂海岸
 キング・カメハメハ銅像
 ハマクア・コースト(車窓から)
 ナニマウガーデン(ランチ)
 アカツカ・オーキッド・ガーデン
 ビッグ・アイランド・キャンディーズ
 ロイヤル・コナ・コーヒー・ショップ
 パーカー・ランチ・ショッピング・センター


ハワイ島にあるキラウエア火山は、溶岩湖を持つ世界で7つしかない貴重な火山の一つですが、残念ながら火山国立公園は封鎖中のため、下のような景色を見ることは出来ないようです。キラウエア火山からハワイ島で泊まるコナのホテルまでの距離は78kmでコナ空港までは80kmです。ちなみにオアフ島で泊まるホテルまでの距離は336kmです。あくまでも現時点の予定ですが、今回のハワイ島ツアーでキラウエア火山に最も近づく観光地はアカツカ・オーキッド・ガーデンの12.3kmです。ただし溶岩が流れ出ている反対方向です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

参考に世界の溶岩湖( )の場所をプロットいたしました。今回の記事に掲載している地図や航空写真は全て同じもので、縮尺や表示中心位置や表示形態を変えているだけです。右の写真はニカラグアのマサヤ火山の溶岩湖です。
クリックすると拡大  キラウエア火山  ハワイ
  エルタ・アレ火山 エチオピア
  マルム火山    バヌアツ
  ベンボウ火山   バヌアツ
  マサヤ火山    ニカラグア
  ニーラゴンゴ火山 コンゴ
  エレバス火山   南極
  (ストロンボリ火山 イタリア)


星座を見るため、マウナ・ケア山頂に夜に登るとのことなので頑丈な超小型の三脚を購入いたしました。型番はULTRA 453 miniです。
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ビーチサンダルも購入いたしました。出発寸前の5月17日4時17分のキラウエア火山の噴火のNHK NEWS WEBはこちらです。→ポチッ
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火山灰が飛行機のエンジンに吸い込むと停止してしまうので、火山灰の方向によっては飛行機が欠航になる可能性があるので上空の風である貿易風の風向きを調べてみました。全体的な流れとしては北東の風で火山灰は南西方向に流れると考えられるため日本からの飛行ルートには影響は少なそうです。ただし風向は天候により変わるので油断は禁物です。ハワイの緯度は20度前後です。上でも書いているようにキラウエア火山からコナ空港までは80kmで、ホノルル空港までは349kmです。
 偏西風 緯度35〜65度の地域 西方向から吹く恒常風 日本など
 貿易風 緯度30度以下の地域  東方向から吹く恒常風 ハワイなど
クリックすると拡大5月24日7時53分から48時間の1時間ごと48回の風向き(吹いてくる方向)を調べると、次の比率でした。つまり平均風向きは方位角(北:0° 北東:45° 東:90°)表示において61.4°からの風となります。
 北東  45.0° 15回(31%)
 東北東 67.5° 31回(65%)
 東   90.0°  2回( 4%)
クリックすると48時間の天気表示
タグ:旅行 ハワイ
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