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ホノルル美術館 日本・中国・韓国美術編 [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイ旅行の初日に行ったホノルル美術館はすでに下の着色文字の記事で紹介いたしました。意外なことに日本美術の展示に関しても力が入っていました。日本美術の中で最大のコレクションは浮世絵で、その数は10,000点にもなるそうで、米国で最も優れた浮世絵のコレクションの一つと言われています。日本の国立西洋美術館に保管されている松方コレクションの浮世絵の約8200点よりも多い数です。中国や韓国の美術品も沢山展示されていました。上の図でも分かるように日本・中国・韓国美術はホノルル美術館の中でも広いスペースが使われて展示されていました。個の3つのエリアの合計スペースは西洋美術と同程度が使われているほど力が入ったものでした。個々の作品の写真を撮らなかったのが悔やまれまクリックすると拡大す。
 青枠 日本美術エリア Japanese Art
 緑枠 中国美術エリア Chinese Art
 赤枠 韓国美術エリア Korean Art
今までに紹介したホノルル美術館の記事です。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 絵画編 西洋美術
 Art of Hawaiʻi エリア編
 特別展編 Erick Swenson
 モダンアート編
 日本・中国・韓国美術編   ←  今回
 
日本・中国・韓国美術エリアは東洋的な中庭の周りに配置されていました。
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こちらが日本美術エリアです。美術館の主なコレクションは、ホノルル美術館創設者(女性)であるAnna Charlotte Rice Cooke(結婚前:Anna Charlotte Rice)によって集められたものです。日本語ではアナ・ライス・クックあるいはアナ・シャーロット・クックと書かれています。
彼女は息子4人と娘2人に恵まれました。そして彼女だけでなく夫も長男も次男もWikipediaに書かれているほど著名で活躍した人達です。
彼女の夫の名前はCharles Montague Cookeで、長男の名前も同じCharles Montague Cooke Jr.(動物学者)で、次男の名前はClarence Hyde Cooke(実業家、政治家)です。彼女はハワイの初期の宣教師を先祖とする裕福な一家に1953年に生まれ、1874年に結婚して、1882年に現在のホノルル美術館の場所に家を建てて住んだそうです。夫の事業が成功したこともあり多くの美術品を集めていました。そして夫が亡くなった18年後の1927年に住んでいる家を取り壊して美術館を建てたそうです。そのCooke夫人が特に日本美術に興味を示していたと言われていまクリックすると拡大す。
彼女は1920年代~1930年代に横浜の野村洋三を通して多くの有名な作品も購入したそうです。
野村洋三は1894年に右の写真のサムライ商会(古美術商)を24歳で開業し、1938年にはホテル・ニューグランドの会長になり、横浜商工会議所会頭なども務めた人です。
クリックすると拡大右の小さな写真はCookeファミリー(Cooke夫婦、子供、孫)です。夫が写っていることから撮影されたのは1909年か、それより少し前であることから、ホノルル美術館が建てられる前の敷地に建っていたCooke夫婦の家の庭で撮られたものだと思われます。
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絵画だけでなく漆器(特に沖縄漆器)、彫刻、茶道具、武家文化美術品などといろんな分野の美術品が集められているそうです。とは言え日本エリアでは絵画コレクションが圧巻です。
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こちらが中国美術エリアです。いろんな美術品が多く並べられていましたが特に陶磁器は沢山展示されていました。日本エリアと同程度のスペースに沢山いろんな時代の陶磁器が並べられていました。
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こちらは韓国美術エリアです。こちらも陶磁器が多く展示されていました。
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ここの韓国陶磁は米国の屈指のコレクションだそうです。今まで見る機会が少なかっただけに値打ちがありました。
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ホノルル美術館 モダンアート編 [ハワイ]

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ハワイ旅行の初日に行ったホノルル美術館の作品は今までに下記の3つの記事で紹介しました。上の作品は西洋美術エリアのTemporary exhlbitionsと書かれていた部屋に展示されていた作品です。本作品が常設展示なのか特別展示なのかは分かりませんが、クリックすると拡大作品と部屋の雰囲気を紹介したいと思います。
 絵画編 西洋美術
 Art of Hawaiʻi エリア編
 特別展編 Erick Swenson
 
今回の展示室の場所は赤枠部分です。
今回紹介するエリアの作品は現代美術(Modernism)に含まれると思います。緑枠エリアの作品に関してはすでに絵画編で紹介しています。
 青枠 西洋美術エリア
 緑枠 Modernismエリア
 赤枠 Temporary exhlbitions
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こちらがすでに紹介した緑枠エリアのModernismの部屋です。ここでは絵画が主体でした。右の作品はキリコのThe Greal Machineです。
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こちらが作品が展示されていたTemporary exhlbitionsです。右の作品が冒頭の作品です。
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そのカラフルな作品を紹介します。壁にかかっていますが絵画ではなく立体的な作品でした。作家であるリキテンスタインは1923年にニューヨークに生まれて、1940年オハイオ州立大学美術学部に入学し、第二次世界大戦後の兵役を含んで1949年に修士号を取得しています。卒業後も大学にとどまり1949年から1951年までは講師で生計を立てながら、当時としては最新の抽象表現主義風の作品を制作していたそうです。
クリックすると拡大本作品は、73歳で亡くなった1997年の2年前(1995年)の作品です。つまり71歳か72歳の時の作品です。
 作家 ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)
 作品 Woman Contemplating a Yellow Cup 
 制作 1995年 (71歳 or 72歳)
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より雰囲気を感じていただきたくて拡大写真を掲載いたしました。
クリックすると拡大鮮やかでクリアー造形物でした。日本にもロイ・リキテンスタインの作品があります。美の巨人たちで取り上げられた東京都現代美術館が所蔵している右の写真のヘアリボンの少女(121.9×121.9cm 1965年作)です。当初1995年には都の予算で618万ドル(約6億8千万円)で購入することを皮肉るような批判もありましたが、現在の市場価格は数十億~百億円だそうです。彼の作品で最も高い値段が付いたのは2017年1月売買の1億6,500万ドル(約182億円)のMasterpiece(137×137cm 1962年作)で、2番目は2015年売買の9,540万ドル(105億円)のNurse(121.9×121.9cm 1964年作)です。
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作家のルイーズ・ネヴェルソンはウクライナのキエフの材木を扱うユダヤ人商家に1900年に生まれ、5年後にアメリカ・メイン州に移住したそうです。木材に親しんだいたことから10歳から木を彫り始めたというアメリカ人女性彫刻家で、本名はレア・ベルリャフスキー(Leah Berliawsky)だそうです。家具のような日用品の廃物などを集め、それらを切り刻んで黒く塗り、黒い箱の中に入れて寄せ集めたアサンブラージュの作品が中心だそうでクリックすると拡大す。
 作家 ルイーズネベルソン(Louise Neveison)
          1900年~1988年(88歳没)
 作品 Biack Zag X
 制作 1969年 (68歳 or 69歳)
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こちらも拡大いたしました。子供の頃の遊び心を忘れないで作ったような作品のように感じました。
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別の角度からの部屋の景色を紹介します。壁に掛ける作品だけでなく床に置く作品も展示されていました。
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ホノルル美術館 特別展編 Erick Swenson [ハワイ]

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クリックすると拡大ハワイに到着した当日に行ったホノルル美術館に関しては絵画編Art of Hawaiʻi編を紹介しました。本記事では我々が行った時に行われていた特別展示に関して紹介したいと思います。ホノルル美術館の入口の両サイドの柱に不気味なパネルが設置されていました。そのパネルの作品の制作者であるエリック・スウェンソンの作品の展示会が行われていたのです。その作品のいくつか紹介したいと思います。

ホノルル美術館のホームページのイベントのページを見るといきなり下記の画面が出てきました。彼の作品はグロテスクなものが多いために写真は沢山撮りませんでした。今思えば撮っておけばよかったと後悔しています。これも撮っていない作品の一つなのでホームページから転用させていただきました。クリックするとホームページを表示しますが、将来変更になる可能性があるので画面のハードコピーを表示します。エリック・スウェンソンに関して少しだけ紹介させていただきます。
日本では知っている方は少ないと思いますがアメリカでは注目され始めているそうです。展示されている場所は彼の住んでいるテキサス州が中心ではありますが、他の州や海外でも展示されているそうです。
クリックすると拡大 名前:Erick Swenson (Erick Lawrence Swenson)
 生れ:1972年ペンシルバニア州フェニックスビル
 出身: North Texas大学、School of Visual Arts
 現在:テキサス州ダラス在住
 作品の展示場所
  ダラス美術館             ダラス     テキサス州
  ナッシャー彫刻センター        ダラス     テキサス州
  ワース現代美術博物館         ワース     テキサス州
  ヒューストン美術館          ヒューストン  テキサス州
  ホノルル美術館            ホノルル    ハワイ州
  ホイットニー美術館          ニューヨーク  NY州
  シェルドンメモリアルアートギャラリー ネブラスカ大学 ネブラスカ州
  マラモッティコレクション       レッジョ・エミリア イタリア
  サーチ・ギャラリー          ロンドン イギリス
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今回のエリック・スウェンソンの作品が展示されていたのはホノルル美術館の敷地の中の最も右上に位置する建物の1階にありました。赤色の枠で囲った部分です。案内図には、この展示室はTemporary Exhibititinsと書かれています。今回の展示は2018年3月1日~7月29日とホームページに書かれていました。
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沢山の作品があったのですが撮った3枚の写真を紹介します。入口に入って目の前に展示されていたのがこちらの作品でした。頭がハンマーのようになったシュモクザメです。照明の関係で少し色が付いているように見えますが純白でした。きらきらと光っており大理石できていると思われたくらいです。説明板によるとウレタン樹脂にアクリル塗装を行ったものだそうです。
 作品 Present in the Past (Swimming with shark)
 制作 2018年
 材料 Urethane resin, acrylic paint
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こちらも有名な作品のようです。入口にこちらの作品の大きな写真が貼ってあったので代表的な有名な作品だと思われます。作品の意味を示す説明はありませんでしたが、類人猿をイメージした作品のようです。材料の中のガラス(glass)は目に使われているようです。ネット上では彼女(She)という表現が使われていました。
 作品 Ebie
 制作 2002年
 材料 Urethane resin, glass, oil paint
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類人猿と言えば、現代の人類(ホモ・サピエンス)につながる進化は概ね下図の①→⑨に進化してきたと言われています。Ⓐ~Ⓙは同時期に存在し絶滅した人類です。人類の進化に関する学説はいろいろあり下記の図は現時点における一つの学説です。今後、研究が進めば変化していくものと考えるのが自然だと思います。最近脚光を浴びたルーシーと名付けられた猿人は⑤で、ジャワ原人は⑦になります。北京原人は⑦の亜種とされています。上の作品は現在のチンパンジーなどの類人猿なのか、人類につながる600万年前以前の類人猿を意識したものでしょうか。
 ① サヘラントロブス・チャデンシス(類人猿 700~600万年前)
 ② アルディピテクス・カダバ(猿人 580~520万年前)
 ③ アルディピテクス・ラミダス(猿人 580~440万年前)
 ④ アウストラロピテクス・アナメンシス(猿人 420~390万年前)
 ⑤ アウストラロピテクス・アファレンシス(猿人 390~290万年前)
 ⑥ ホモ・ハビリス(240~140万年前)
 ⑦ ホモ・エレクトス(180~20万年前)
 ⑧ ホモ・ハイデルベルゲンシス(60~40万年前)
 ⑨ ホモ・サピエンス(現代人 ネアンデルタール人のDNAを約2%含)
  ブルテレの足(340万年前)
  パラントロプス・エチオピクス(270~230万年前)
  パラントロプス・ボイセイ(200~120万年前)
  パラントロプス・ロブストス(250~200万年前)
  アウストラロピテクス・アフリカヌス(300~200万年前)
  アウストラロピテクス・セディバ(180万年前)
  アウストラロピテクス・ガルヒ(200~300万年前)
  ホモ・ナレディ(不明)
  ネアンデルタール人(40~2.8万年前)
  ホモ・フロレシエンシス(? ~5万年前)
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ネアンデルタール人は約40万年前に出現し2万数千年前に絶滅しましたが、現代人であるホモ・サピエンスのゲノム(DNA)の中にネアンデルタール人の遺伝子が約2%混入している説が2010年5月7日のサイエンスに発表されたそうです。その内容はNHKの人類誕生第2部でも紹介されました。下記は世界各地の現代人の遺伝子の中のネアンデルタール人DNAの割合を示した地図です。
クリックすると拡大地域によって割合の特色が出ていることがホモ・サピエンスとネアンデルタール人の混血があったことを示唆しているようです。中東地域で混血があり世界に広がったと考えられていまクリックすると拡大す。
 ヨーロッパ 1.8~2.4%
 アジア   2.3~2.6%
 アフリカ  0.0%
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3つ目の作品を紹介します。沢山のカタツムリがビールジョッキに群がっている作品です。カタツムリは本物と見間違えるほどリアルでした。これ以外のErick Swensonで確認してみてください。→ポチッ
 作品 Schwärmerei
 制作 2012年
 材料 Acrylic on resin, silicone
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欧米では珍しく撮影禁止の作品が1つだけありました。リアルなカタツムリが無数に並べられている作品でした。そのリアルさを紹介したいのでネットから一部を転用させていただきました。確かにカタツムリの作品のノウハウが詰まっているようで撮影禁止にしているのもうなづけました。
今回のホノルル美術館でのErick Swensonの展示会の記事を書かれている方がおられたのでその方の記事のURLを紹介します。偶然ですが同じ3作品の写真を撮って掲載されておられます。
記事を書かれた方によると「生物に時間が与える影響をテーマに、超現実主義彫刻を作るアーティスト」と表現されていました。
 URL:https://ameblo.jp/hawaii-ni-sumu/entry-12356932369.html
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ホノルル美術館 Art of Hawaiʻi エリア編 [ハワイ]

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上の写真は現在噴火を続けているて話題になっているキラウエア火山を描いた作品です。ハワイ旅行の到着日(1日目)の最初に来たホノルル美術館(Honolulu Museum of Art)の西洋美術を「絵画編」として先日紹介しました。ホノルル美術館だからこそ充実しているのがハワイ美術です。ハワイを描いた絵、彫刻、装飾美術などが展示されているのがArt of Hawaiʻi(ハワイ美術)エリアです。上の作品もこのエリアにありました。本記事ではハワイ美術エリアを紹介したいと思います。タイトルの中のHawaiʻiはハワイ語です。iとiの間の点は で、英語で使われる とは違うのです。

ハワイ美術エリアはホノルル美術館の敷地の中の最も右上に位置する建物の2階にありました。赤色の枠で囲った部分です。
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意外と現代的な作品が沢山並んでいました。
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その中で気になったのがテレビゲームの中のキャラクターのような作品でした。調べてみると2002年6月21日に公開された ディズニー映画「 リロ&スティッチ 」のクリックすると拡大主人公であるスティッチなのですが、なぜホノルル美術館に本作品が置かれたてるのか不思議に感じました。どうやら理由は2つあるようです。一つは作家であるBrett Grahamは、ハワイが含まれるポリネシア圏に入っていニュージンランドの先住民であるマリオ族(ポリネシア人の一派)の血が入っており、そのブレット・グラハムが伝統的なマオリの彫刻の技法と現代の技法を組み合わせて作ったものだからのようです。もう一つの理由はリロ&スティッチ(Lilo & Stitch)の物語の舞台はハワイのカウアイ島であることのようです。
クリックすると拡大 作家 ブレット・グラハム(Brett Graham) 1867年~
 作品 snitch(スティッチ) オリジナル記事 記事翻訳
 制作 2014年
 素材 Carved foam, tar, feathers
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また2008年からは沖縄を舞台にした日本版スティッチ!も登場いたしました。


こちらはハワイを感じさせてくれる作品が多くありました。カメハメハ大王の像が中央に置かれハワイの景色の絵画や刺繍が展示されていました。
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こちにがカメハメハ大王像です。これは屋外に建てられているカメハメハ大王像のミニュチャアのようです。ハワイにはオアフ島に1体とハワイ島の2体の計3体が建てられています。ワシントンの国会議事堂にも1969年に建てられたので世界には計4体があります。クリックすると特別に大きく拡大いたします。
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見事な刺繍も展示されていました。説明文を右に貼付いたします。作者の一人であるLioʻi Kaʻananaはハワイ語なので、少なくとも、一人は昔からのハワイの方クリックすると拡大だと思われます。クリックすると読める大きさに拡大いたします。
 作家 Carolina Sharratt と Lioʻi Kaʻanana
 作品 Ua Mau Ke Ea O Ka Aina I ka Pono-Halepualani
 制作 1932年~1933年
 素材 Silk satin, wool batting, cotton
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クリックすると拡大上の写真はクリックすると拡大しますがクリックの面倒な方のために拡大写真を掲載します。クリックするとさらに拡大いたします。この構図はハワイ王国時代に咸臨丸がハワイに行った時にカメハメハ4世が1860年(万延元年)に木村喜毅に贈った自筆の紋章によく似ています。ただし、顔の向きが反対です。1882年に竣工のイオラニ宮殿の門の紋章は内向きなので王国時代は内向きだったようです。
作品名の「Ua Mau Ke Ea O Ka Aina I ka Pono」はハワイ語で、意味は「この地の生命は正義によって維持される / The life of the land is perpetuated in righteousness」だそうです。クリックすると拡大正確には「Ua Mau ke Ea o ka ʻĀina i ka Pono」と書かれるのかもしれません。ハワイ州の紋章にもこの言葉が使われています。ハワイ州の紋章にも同じ構図が使われていますが右側の人物はハワイ州の旗を持つ女神になっています。ハワイ州の紋章はハワイ王国の紋章から作られたものだと思われます。
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クリックすると拡大刺繍ではない不思議な素材の大きな作品が壁にかかっていたので紹介しまクリックすると拡大す。
 作家 James Jack 1979年~
 作品 Molokai Window
 制作 2018年
 素材 Natural pigment, gum arabic on wood
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クリックすると拡大こちらも拡大いたします。ネットから転用させていただいた右の写真のように土などの自然の色素を入れたアラビアゴムを木板の上に指で塗り付けた作品のようです。下の写真をクリックすると撮った写真の原寸で表示します。
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クリックすると拡大冒頭で紹介したキラウエア火山です。
作家のAmbrose Pattersonはオーストラリア人の画家で、メルボルン美術学校を卒業した後にパリで腕を磨いたようです。オーストラリアに戻った後にシドニーからニューヨークに行く途中にホノルルに降りて1916年から18ケ月間ほどハワイに住んでいたそうです。この作品はその時に描いたものと思われまクリックすると拡大す。
 作家 Ambrose Patterson 1877年~1966年(89歳没)
 作品 Mount Kilauea, The House of Everlasting Fire
 制作 1917年
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迫力のある部分を拡大しました。クリックするとさらに拡大いたします。
ホノルル美術館のArt of Hawai'iエリアに関するWikipediaの記載内容を枠内に転記する形で紹介します。
ハワイの、文字ではなく豊な絵で表現されてきた伝統は、ハワイを描いた絵、彫刻、装飾美術などのコレクションのなかに保存されている。このホノルル美術館のコレクションは、おそらく他のどこよりも優れているであろう。絵画と紙を使った作品がコレクションの中心で、キャプテン・クックがハワイに遭遇した1778年から今日までを網羅している。それらの作品は、18世紀後期から19世紀初頭のヨーロッパやロシアのハワイ遠征隊に伴ってきた画家達や、19世紀の放浪画家達によって描かれたハワイの風景、ハワイの人々の肖像画などである。
ホノルル美術館が所蔵するハワイの鳥の羽製ケープ、木製ヘイアウ(寺院)模型、瓢箪、見事なハワイアンキルトなどは、ハワイで育まれた芸術の宝物である。当館のハワイコレクションは、1778年から始まり現在までいたる。そして、160年以上にわたり、ハワイそして、そこに住む人々に及ぼしてきた一連の劇的な変遷を明らかにしている。
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ホノルル美術館 絵画編 [ハワイ]

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ハワイ旅行の到着日(1日目)の最初に来たのが前記事でも紹介したホノルル美術館(Honolulu Museum of Art)でした。ここに来るまではハワイの芸術品が多く集められた美術館だと思っていましたが、クリックすると拡大右の写真のゴッホの作品のような世界中の著名な作家による作品が集められた美術館でした。ホノルル美術館は96年前の1922年設立され、1927年開館した歴史ある美術館でもありました。つまりホノルル美術館は芸術品を鑑賞するだけでなく美術館自体を史跡として見ることも出来ました。アメリカ国立及びハワイ州立史跡としても登録されているほどです。

3Dの航空写真でも分かるように広い敷地の中に最大2階建ての瓦屋根の建物で構成されていました。沢山の中庭(Courtyard)があるのもホノルル美術館の特徴でした。2Dの航空写真→ポチッ
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こちらが中央の中庭です。北側から美術館の入口側(南側)を撮った写真です。緑もきれいで建物も美しかったです。名前はCentral Courtyardです。そのほかにKinau Courtyard、Mediterranean Courtyard、Chinese Courtyard、PaIm Courtyardがありました。
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こちらはChinese Courtyardと呼ばれる中庭だと思われます。
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こちらは入口でもらったパンフレットに載っていた美術館の配置図です。緑色の部分が中庭です。冒頭でも説明させていただいたように世界の芸術品が集められた美術館で、いろんなエリアに分かれていました。全体では5万点を越えるコレクションがあるそうです。展示は一部だけのようですが日本の浮世絵だけでも1万点のコレクションがあるそうです。本記事では西洋美術のエリアを紹介したいと思います。パンフレットに載っていた配置図は斜め上空から見た形になっていましたが加工して真上から見た図にいたしました。
 西洋美術
  ヨーロッパ美術 アメリカ美術 その他地域 近代美術
クリックすると拡大 ハワイ美術
 アジア美術
  日本美術 韓国美術 中国美術 その他地域
 アフリカ、太平洋諸島、アメリカの伝統的な美術
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この部屋はヨーロッパ美術のエリアです。我々のよく知っている作家の作品が沢山ありました。
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ゴーギャンと言えばタヒチだと思います。長く住んでいたタヒチへ移住する決心をした背景には、ヨーロッパ人の物質主義的な欲望や価値から自由になりたいという願いあったと言われています。
 作家 ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin) 1848年~1903年(満54歳没)
 作品 タヒチの浜辺の女たち
 制作 1891年~1894年
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全ての作品には英語の説明が付けられていましたが、日本人になじみのある作家の作品に関しては日本語の説明もありました。
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ピサロの作品もありました。ピサロは最晩年になるまで画家としての活動を精力的に続けて数多くの作品に取り組み、1890年代から1900年代初頭にかけては都市景観図をいくつも制作したそうです。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳)
 作品 ボン・ヌフから見たルーヴル宮、霜の降りた冬の朝の陽射し
 制作 1901年
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こちらもピサロの作品です。ピサロは1874年から1886年までパリで開催された印象派展8回全てに出品した唯一の画家だそうです。この作品ではセーヌ河沿いの都市の生活を表現しているそうです。厚く塗った絵具が生み出す光と影などで活気ある港町を描写しています。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳)
 作品 ルーアン、サン=セヴィール、朝
 制作 1898年
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こちらはクロード・モネの作品です。モネはパリの西約65kmの小さな村ジヴェルニーに小さな家を借りのちに購入しました。水に魅せられたモネは、1893年に野生の睡蓮に覆われた池のある庭の向こう側の土地も購入して、その後30年以上にわたってモネの芸術の主題として描き続けたそうです。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet) 1840年~1926年(86歳)
 作品 睡蓮(すいれん)
 制作 1917年~1919年ごろ
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絵のタッチを伝えたくて拡大いたしました。クリックすると同じ縮尺で全体を表示します。
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中庭が見える窓もきれいでした。
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窓越しから見た中庭(Courtyard)もきれいでした。この辺りは1階で構成されていました。ここはMediterranean Courtyardと呼ばれる中庭です。
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別の角度から見た部屋の景色です。
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ゴッホの作品です。この作品は収穫のシリーズに属し1888年6月の後半に制作された10点の中の一つだそうです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 麦畑
 制作 1888年
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ゼザンヌの作品もありました。
 作家 ポール・セザンヌ(Paul Cézanne) 1839年~1906年(満67歳没)
 作品 雑木林、c
 制作 1890年
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中央の中庭を東方向から撮った写真です。やはり見事な景観でした。最初に紹介した中庭(Central Courtyard)の写真は女性の左の彫像の場所から撮りました。女性像はアリスティド・マイヨール(Aristide Bonaventure Jean Maillol)の作品「ペネロペ(Penelope)」です。ペネロペ像が置かれている台の上を歩けるようになっています。
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こちらの部屋には彫像がたくさん並べられていました。
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不思議な造形の彫像でした。こちらの部屋では、この彫像だけガラスケースに入れられていたので貴重なものに感じられました。説明書からキクラデス文明(Cycladic civilization)の紀元前2500年~2400年の女性像だそうです。つまり4500年前から4400年前の古いものであることが分かりました。キクラデス文明は新石器時代から青銅器時代初期にエーゲ海のキクラデス諸島に栄えた文明で、エーゲ文明に含められるそうです。栄えたのは紀元前3000年頃から2000年頃で、クレタ島のミノア文明よりも古くなります。本写真をクリックすると彫像の部分を特別に大きく拡大いたします。
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こちらの部屋では日系の人の大きな絵が正面に飾られいてました。
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本作品は絵の構図や題名から、2001年9月11日の同時多発テロや2004年のインド洋の大津波など、この時代の多くの悲劇を題材にしているようです。絵の中の2つのバベルの塔は、倒壊したワールドトレードセンター・ツインタワーを暗示させていると感じられます。
この大きな作品は日系人作家が描いたものです。寺岡政美は広島県尾道市で1936年に生まれた日系アメリカ人の画家で、米国ハワイ州ホノルル郡ワイマナロに在住しているクリックすると拡大そうです。
ワイマナロは相撲の元横綱の曙の出身地でもあります。
 作家 寺岡政美(Masami Teroka)
 作品 The Cloisters / Tsunami
 制作 2002年~2005年
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本作家は日系人であることから興味がある方もおられると思うので枠内に説明内容を紹介します。説明板の写真をクリックすると拡大するのでそちらでも読むことが出来ると思います。
クリックすると拡大Masami Teraoka (American, born Japan 1936)
The Cloisters / Tsunami, 2002-5
Oil on canvas in gold-leaf frame
Gift of Don and Pamela Lichty, 2007(13769.1)
Many of today's artists engage contemporary themes by referencing traditional art history. Since the 1990s, Honolulu-based artist Masami Teraoka has been producing large-scale figurative paintings that address controversial social and political issues. Borrowing his visual vocabulary from Italian and Northern Renaissance painting, Teraoka constructs parables that conflate the evils and misfortunes of the past with the ills of the present. The Cloisters / Tsunami, begun after the events of 9/11, alludes to the biblical account of the Tower of Babel, suggesting a profound lack of comprehension and empathy between and among people and cultures. The painting features twin Towers of Babel under siege, while in the foreground citizens of Babel-whose acts of hubris have brought about the siege-take fight. Teraoka's razor-sharp commentary is aimed at hypocrisy in organized religion, regardless of creed, when acts of violence against people are perpetrated as articles of faith.

沢山の部屋がありました。
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253年前となる1765年の古い作品です。
 作家 Jean-Baptiste Pillement 1728年~1808年(79歳没)
 作品 A Chinoiserie Procession of Figures Riding on Elephants with
    Temples Beyond,c.
 制作 1765年
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こちらはアメリカ美術エリアです。
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アメリカ人ですが、主にロンドンで活躍したそうです。印象派の時代のひとですが、浮世絵をはじめとする日本美術の影響が濃く、クリックすると拡大印象派とも伝統的アカデミズムとも一線を画した独自の絵画世界を展開したそうです。
 作家 James McNeill Whistler 1834年~1903年 (69歳)
 作品 Arrangement in Black No. 5 : Lady Meux
 制作 1881年
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クリックすると拡大フォーヴィスム(野獣派)のリーダー的存在のアンリ・マティスの作品もありました。
 作家 アンリ・マティス(Henri Matisse) 1869年~1954年
 作品 Annelies, White Tulips, and Anemones
 制作 1944年
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いろんな作風の部屋がありました。
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こちらも近代美術のエリアだと思います。
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ジョルジョ・デ・キリコはイタリアの画家であり彫刻家で、形而上絵画派を興し、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えたそうでクリックすると拡大す。
 作家 ジョルジョ・デ・キリコ
    Giorgio de Chirico 1888年~1978年
 作品 The Greal Machine
 制作 1925年
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沢山の絵画が展示されていました。ここはWorks on paperと呼ばれる作品が展示されているエリアです。
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本記事で紹介した作品は青枠エリアに展示されていました。赤枠部分の作品は後日紹介します。赤枠エリアの右側のRobert Allerton Art Libraryと書かれている部屋はア-ト専門図書館で、麻布美術館から寄贈された15,000冊もの書籍が収蔵されています。
 青枠 西洋美術エリア
 緑枠 Modernismエリア
 赤枠 Temporary exhlbitions
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路線バス'The Bus'に乗ってホノルル美術館を目指しました。 [ハワイ]

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すでに3つ前の記事で紹介したように2018年5月19日の朝の9時20分に宿泊ホテルであるニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル( )に着きました。チェックインが出来るのは13時なので荷物を預けた後に目指したのはホノルル美術館( )でした。もちろん美術館にも興味があったのですが、最大の目的はホノルル美術館のSpalding House Cafe(スパルディング・ハウス・カフェ)でランチを食べることでした。そのカフェでは自然豊かな庭園の中の好きなところでクリックすると拡大食べれるように2人分のフードとドリンクが入ったバスケットでランチが出されるのです。そこでホノルル美術館の近くまで行く路線バスに乗るために右の写真のサーフィンの像があるところまで歩き、19番の路線バスに乗りました。歩いた時の景色→ポチッ

Google地図でホノルル美術館に行ったルートを紹介したいと思います。本来であればホテルで教えてもらったようにワイキキ辺りで19番から2番のバスに乗り換えるとバス停から美術館は近かったのですが、我々が乗り換えるのは難しいと思ったようで、19番のルートの中でホノルル美術館に一番近いところに降ろしてくれたのでした。その代り少し歩くことになりました。帰りも最初に2番か13番に乗っていれば最短で帰れたのですが、間違えてココマリーナ(ハワイ・カイ)行に乗ったことから遠回りのルートになりました。
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
  ホノルル美術館往復で利用したバス停 6ケ所
クリックすると拡大  ホノルル美術館
 ━━ 徒歩
 ━━ 行き バス路線 19番
 ━━ 帰り バス路線 1番
 ━━ 帰り バス路線 14番


乗った19番の路線バスの中の写真です。路線バスを利用するときに自分が行きたいところを運転手さんに聞くのがポイントです。沢山の人が聞かれており、それが普通でした。他の人も、そのために待たされても気にしていませんでした。我々も「ホノルル美術館に行きたい。」と伝えると「OK 乗り換える必要があります。」とのニアンスの答えが返ってきました。19番はワイキキとホノルル空港(ダニエル・K・イノウエ国際空港)を結んでいる路線バスで、乗ったところは終点に近いため、乗った時はバラガラでした。乗って数分で終点について5分ほど停まった後にホノルル空港に向かって出発いたしました。
バスが停車すると乗り降りが楽なように車体の前の部分全体が下がるのです。つまり停止と同時に「プシュー」と空気が抜ける音がするのです。さらに感心したのが、車椅子の人に対して人も車体構造も優しいのです。3日間で、気が付いただけで3回ほど車椅子が乗る場面に出会いました。乗るときも降りるときも車椅子が優先なのです。車が停車すると床の上にあった車椅子乗降用の板が180°+少し回転して車椅子が乗降できるようになるのです。車椅子が乗り込むと運転手さんが優先座席を折りたたんで車椅子をその場所に設置した後にベルトで縛るのです。降りるときは運転手さんがベルトを外すのです。その間、お客さんは当たり前の雰囲気で待っているのです。手伝う方もおられました。こちらの写真で右側と左側が車椅子が設置できるスペースです。つまり2つの車椅子が乗せられるのです。この部分以外の椅子は全て前向きの2人掛けです。
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これが車椅子乗降用の板です。これが黄色の矢印の方向に持ち上がりながら右に180°回転するのです。写真をクリックすると広い範囲を表示します。
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買ったチケットは、こちらの1日フリーパスの一日券です。左右は表と裏です。我々だけでなく皆さんが一日券を買われていました。実は1回券が2.5ドルに対して一日券は5.5ドルなのです。3回以上乗れば元がとれるのです。つまり2人で11ドルでした。この日は我々も4回乗りました。3回はホノルル美術館の往復で使いました。もう1回は夕食に出かけたときです。夕食を食べるレストランの正確な場所は判らないので、行きはタクシー(29ドル)を使いましたが、帰りはバスを利用いたしました。


路線バスは全てワンマンです。車内に降車ボタンはありませんでした。降車ボタンの代りが窓のところに張られている水平ワイヤーです。窓枠の縦の柱のところにはこの水平のワイヤーにつながった縦のワイヤーが張られており降りたい停留所の前でワイヤーを引っ張るのです。ワイヤーを引くと、赤い色の電光掲示板に「STOP REQUESTED」と表示されます。補助的に降車ボタンが付いたバスを一度だけ見かけました。停まるバス停の名前も電光掲示板に表示されますが似た名前が続くので、有名な場所以外で、降りる場所を自分で判断するのは難しいのです。したがって運転手さんに聞くことをお勧めしているのです。スマホを海外でも活用している人は、スマホで位置情報を見ながら降りる場所を決めると確実だと思います。
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ワイキキの町の中で乗り換えるのだと思って、何度も運転手さんに「まだですか?」と聞きに行きました。始発バス停前から乗っているので運転手さんも気にかけてくれているようですが、なかなか乗り換え場所に来ないので不安になったころに、運転手さんから降りるように指示されて降りたバス停のが、こちらの写真の近くでした。乗り換えるものだと思っていたので、次のバスが来て運転手の人にクリックすると拡大聞けば分かると思って、少し待っていましたが、場所的にはかなり来ているので念のためにバス停で待っている人にホノルル美術館の場所を聞くと少し遠いけれども歩いて行くのが一番とのことでした。つまり運転手さんは、19番の路線でホノルル美術館に一番近いバス停に降ろしてくれたのでした。我々はどう見ても素人で乗り換えが難しいと判断してくれたようでした。このバス停の前にキャノン・ソリューションズ・アメリカがありました。
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持っている地図と周辺の建物から自分たちの位置が確認出来て安心いたしました。
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バス停からホノルル美術館に向かう道です。
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ホノルル美術館に到着いたしました。ここがホノルル美術館の入口です。確かに2番の路線バスのバス停が近くにありました。
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美術館の敷地の中には日本風の建物もありました。美術館に収蔵されている絵画などの美術品は広範囲にわたり品数も多いことから、あっという間に13時になってしまいました。目的のレストランの営業時間は14時まであることは判っていたので、ランチにするために外に出た時の写真です。
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ところがSpalding House Cafe(スパルディング・ハウス・カフェ)でのランチを断念しなければならないことが分かったのです。Spalding Houseまでが、とんでもなく遠いのです。右上のSpalding Houseもホノルル美術館の施設なのですが、我々が美術品を見た左下の本館から離れていたのです。道も入り組んでいて歩くと1時間はかかりそうでした。ハワイは流しのタクシーは無いし、路線バスも分からない状況だったのです。後で気が付いたことですがホノルル美術館の本館まで戻ってタクシーを呼んでもらうのがベストだったと思います。ということで自然の庭園の中でのバスケットのランチは断念いたしました。気を取り直して、この日の第二の本命の「ビーチで、水着で寝転んでのんびり過ごす」を実行するためにホテルに戻ることにいたしました。ホノルル美術館に関しては展示物が盛りだくさんなので後日報告させていただきます。
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もしSpalding House Cafeまで歩いたとした場合のルートをGoogle地図で紹介します。標高はGoogleマップでの標高表示機能の数値です。一方通行があるので車では別のルートになります。
  ホノルル美術館 本館  標高:6m
  Spalding House Cafe 標高:128m
 ━━ ホノルル美術館 → Spalding House Cafe 2.9km


次にハワイに行く時のためにスパルディング・ハウス・カフェ(Spalding House Cafe)の前を通るバスルートをネット内の路線図を参考にGoogle地図に書き込んでみました。バス路線番号は15番です。地図内のはUターン場所です。
The Busの時刻表15番路線を確認するとSpalding House Cafeの少し先のバス停②Tantalus Makiki Hts(#3842)を通るバスは下記の時刻表(②)のように1日に16本で、約1時間に1本でした。ホノルル美術館辺りは約7分前です。
注意すべきはホノルル美術館辺りを通る26本の内一部がバイパスルートを通るために16本しかCafe( )の近くを通らないことです。ただしバイパスルートに行った10本のバスはPacific Heightsには登らないでCafe側に下りてくるので15番のバスに乗れば必ずCafeに行けます。緑色の時刻がそのバスです。
つまり①→→③→④→③→→①と走るバス(16本)と①→③→→①と走るバス(10本)があるのです。①から④までの距離は10.7kmです。
 ①Alapai King(町の中)  Tantalus Makiki Hts
 ③Puowaina Hooku    ④Pacific Heights ( )
  05:40 06:41 06:56
  07:28 07:48 08:00
  08:52 09:56 11:00
  12:04 13:08 13:21
  14:12 14:26 15:02
  15:20 15:33 16:07
  16:26 16:45 17:29
  17:33 18:36 19:37
  20:38 21:41
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周辺を散策しながら、帰りのバスに乗るバス停を探し始めました。
この建物はHonolulu Museum of Art Schoolです。この建物は元小学校とは思えない見事な外観ですが、今は子供から大人といろんな年齢層の人が集まっているそうです。
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レンタル自転車も見つけました。
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この教会の近くでバス停を見つけました。1番と2番と13番の路線バスが走っていました。最初に来た1番に乗りました。実は2番か13番のバスが来るまで待って乗るべきだったのです。1番はワイキキのかなり東のハワイ・カイという町まで行くバスなのですが、ワイキキの中心部は通らないで北側を通過するルートがったのです。そこで目標として役に立った景色がダイヤモンドヘッドでした。ダイヤモンドヘッドを過ぎるあたりで、泊まっているホテルの近くのカピオラニ公園に行きたいと聞くとグッドタイミングで、次で降りてカピオラニ公園方面に行くバスのバス停に歩くように教えてもらいました。実は一つ手前のバス停だと降りたバス停で待ては乗り換えバスもそこに来たのでした。ベストタイミングではなかったけれども、これ以上先に行くと離れていくばかりでした。乗り換えるバスの番号である14番と22番と23番も教えてもらいました。
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ここで待って、最初に来た14番のバスに乗りました。ホノルル美術館から乗った1番のバスは高架の下の道路を左から来て、我々が待っている反対方向に曲がって行ったのです。曲がったところにバス停があったためにそこで降りてここまで歩いてきたのです。
道沿いに植えられている木はモンキーポッド(Monkey Pod)です。
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我々が泊まったホテルの前の道路は東方向に一方通行のため、東からくる14番のバスはホテルの前を通らないために一方通行になる寸前のバス停で降りて、ほんの少しだけ歩きました。その時にダイヤモンドヘッドがきれいに見えたので写真に撮りました。実は翌日の2018年5月20日の朝にダイヤモンドヘッドの一番高いところまで登りました。クリックすると特別に大きく拡大するのでダイヤモンドヘッドの頂上に人がいるのが分かるかもしれません。
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無事にホテルに着きました。すでにチェックアウトの手続きは終わっていてクリックすると拡大カギを渡されるだけでした。預けていた荷物はすぐに部屋まで運んでくれるとのことなので手ぶらで部屋に行きました。荷物が届いてすぐに水着に着替えてビーチに出たのでした。右の写真はビーチの上に引いたゴザに座って撮った写真です。2017年に、このカイマイビーチに、場所を間違えてクリックすると拡大ハワイアンモンクアザラシが出産して子育てをしたことがありハワイ中が大騒ぎになったことがあるそうです。ただしビーチでアザラシに遭遇しても法律で150ft(46m)以内に近寄ることは禁止されています。
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ハワイに着いて最初にビーチに出てみました。 カイマナ ビーチ(Kaimana Beach) [ハワイ]

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前記事で報告させていただいたように2018年5月19日の17時20分に自宅を出発して11時間後の5月19日の9時20分(ハワイ時間)に宿泊ホテルである上の写真のニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)に到着いたしました。13時まではチェックインは出来ないことからスーツケースをホテルに預けて、先ずはホノルル美術館に行くことにいたしました。その最大の目的はホノルル美術館・スパルディングハウス・カフェでランチを食べることでした。ホテルの人にホノルル美術館への生き方を聞くと、「ホテルの前の道路を左に行くと歩いて3分の所にバス停があるので、そこから19番か20番のバスに乗りワイキキ辺りで2番のバスに乗り換えるホノルル美術館に入れる。」との説明を受けたので、先ずは歩いて3分のバス停を目指しました。歩いている時に海岸の方を見るときれいな景色であったことからビーチに出て写真を撮り、さらに途中にあった小さな水族館にも入ってみました。
  バス停
  ワイキキ水族館
  カイマナビーチ
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
 ━━ ホテル→バス停 徒歩
 ━━ バス路線 19番
右の航空写真で赤色ライン(━━)がバス停まで歩いたルートです。バス停まで3分にしては長いと感じながら歩いたのですが、後で分かったことですが水族館の前にもバス停がありました。さらにホテルから右に行くと歩いて2分のところにもバス停がありました。それを知ってからは、乗るときも降りるときも歩いて2分のバス停を使うようになりました。紫色のライン(━━)は5月19日にホノルル美術館に行くために乗ったクイーンズビーチのバス停からキャノン・ソリューションズ・アメリカ前のバス停まで乗った19番のルートです。本記事ではホテルを出てからバス停に着くまでの景色や水族館の中の写真を紹介したいと思います。

道路から見たカイマナビーチの方の景色です。この景色を見てカイマナビーチに寄り道することにいたしました。本写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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カイマナビーチ(Kaimana Beach)に出てホテルの方をとった景色です。手前の四角の建物が泊まったニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)です。
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海の方に目線を剥けた景色です。この時間は人は少なかったけれども15時ごろには沢山の人が来られていました。
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海辺の方に近づきました。カイマナビーチ(Kaimana Beach)は、北西から南東に連なっている8つ(又は9つ)のビーチの総称であるワイキキビーチ(Waikiki Beach)の最も南東側に位置するビーチです。
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さらに海に近づいた景色です。
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ハワイで最も有名な木は日立のCMに出てきたモンキーポッド(Monkey Pod)ですが、それとは違う種類の見事な木も沢山生えていました。これはバニアンツリー(Banyan Tree)のようです。こちらの木も沢山ありました。ハワイの木は、それだけで記事に出来るくらい見事です。そのうちに単独記事を試みてみます。
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さらに歩いて行くと小さな水族館があったので、中に入ってみることにいたしました。クリックすると拡大入口の写真は撮らなかったのでネットから右の入口の写真を転用させていただきました。下の写真は水族館の中の写真です。水族館だけでは寂しいのでこの広場ではいろんなイベントが行われているようでした。右の写真をクリックすると分ると思いますが、Waikiki Aquariumの右下に小さくUNIVERSITY OF HAWAIIと書かれているのでハワイ大学の付属設備なのかもしれません。
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カイマナビーチとワイキキ水族館の間に不思議な建造物がありました。調べてみると1927年に作られた戦争記念水泳場(War Memorial Natatorium)でした。カイマナビーチや戦争記念水泳場には結婚記念写真を撮りに来ている人が沢山おられました。第一次世界大戦の戦没者の慰霊のために作られた100mx40mの海水プールですが、記念写真以外では使われていないようで取り壊しも検討されているとのことでした。
こちらの写真はホテルの部屋から撮った写真です。
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水族館の中はこんな感じでした。小規模なので日本では水族館とは呼べないと思います。それでも意外と見学者は多かったです。
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イソギンチャクなども多く展示されていました。
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熱帯魚の世界でした。
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クラゲも展示されていました。
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魚だけでなく活きたサンゴやイソギンチャクも一緒に展示されていました。日本の水族館を知っている人にとっては、どの水槽が小さくてびっくりするかもしれません。ただしリーフシードラゴンが沢山群れている水槽など日本とはちょっと違う種類を見ることが出来ました。タツノオトシゴなどはハワイで養殖して日本への輸出品の一つになっているそうです。
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バス停を目指して歩き始めました。
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この像のところにバス停がありました。このような像が各所にありました。それぞれ有名な人のようでした。後ろの木はバニアンツリー(Banyan Tree)だと思います。
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これは我々が乗る路線バスではなく日本の旅行会社が運営しているハスです。これはJTBのバスでJALパックのバスもありました。ツアーの人は無料で乗れるのかもしれません。このバスの行き先はダイヤモンドヘッドと書かれていました。JCBのクレジットカードを見せると無料で乘れるバスもありました。JCBカードで払うと入場券が10%~50%安くなる施設もいくつかありました。
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これは別の場所のバス停の看板でバス停の場所名は書かれておらず、ここを通るバスの番号が書かれているだけなので初めてだと戸惑います。番号が書かれていない場合もありました。
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表示板を拡大いたしました。沢山のバスが通るバス停の表示板です。
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バス停で15分くらい待っていると19番の路線バスが来たので乗りました。ホノルル美術館に関しては次に紹介したいと思います。町の中は一方通行が多いので路線バスに乗るのも苦労しますが、町からホテルに戻るときは14番、19番、20番、22番に乗れば必ずホテルの前を通るので、その番号だけは覚えておくようにいたしました。この時に乗った路線バスの写真は撮っていなかったので、別のルートの路線バスの写真を紹介します。写真は路線番号55番でオアフ島の北にあるノースショアやタートル・ベイ辺りに行く路線バスです。運転席の前のフレームは自転車を乗せるもので、2台まで乗せることが出来ました。自転車を利用している人は多かったです。クリックすると特別に大きく拡大します。
この写真を撮った場所をGoogle地図で紹介します。→ SV 3D 2D Taxi
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5月19日からハワイ旅行に行ってきます。 [ハワイ]

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現在、ハワイ島のキラウエア火山の噴火が話題になっています。そのハワイに2018年5月19日から5月27日まで家内と2人で旅行に行ってきます。
ハワイは初めてなのでいろんな体験をしたいと思っています。そのためにブログの方は旅行に行っている間は、ほとんどフォロー出来ないこと、お許しのほどお願いいたします。

航空券やホテルはネットでそれぞれ申し込みました。下記は行の成田→ホノルルのフライトの予約内容画面です。
クリックすると拡大5月19日のフライトは20時発のJL786です。
ほとんどがハワイ島から離れたオアフ島ですが、ネットで申し込んだ1泊2日ツアーで5月22日~23日にハワイ島に行きます。フライトスケジュールは次の通りです。
 5月19日 JL786 成田→ホノルル(オアフ島)
 5月22日 HA368 ホノルル→コナ(ハワイ島)
 5月23日 HA307 コナ→ホノルル
 5月26日 JL789 ホノルル→成田(5月27日18時30分到着)


ハワイ諸島のgoogle地図です。ハワイ島は1泊2日のツアーで行くので自由時間以外は行く場所は決まっていますが、オアフ島に関しては行く場所やレストランは全く決まっていないので、これから決める予定です。これから地図にプロットしていくつもりです。
 利用空港   成田空港 ホノルル空港 コナ空港
 宿泊ホテル  ニユーオータニ ロイヤル・コナ・リゾート
 レストラン  ミッシェルズ ウルフギャング ブルーウォーターなど
 観光地    ダイヤモンドヘッド プナルウ黒砂海岸など
 活動中火山  キラウエア火山
 火山     マウナ・ケア マウナ・ロアなど


こちらがオアフ島です。こちらで6泊いたします。後で紹介するハワイ島の地図とは縮尺が違います。マイナスのアイコン( マイナス)を1回クリックするとハワイ島と同じ縮尺になります。青色ラインがバスやタクシーや歩いた主なルートです。もちろんホノルル市内では、これ以外の道も沢山通っています。
今回の旅行はとりあえず約330日前に変更自由な航空券だけを予約いたしました。結局、日程を変更することはなく、ホテルやハワイ島の1泊ツアーは今年の3月13日と3月15日に予約いたしました。アメリカの渡航認証(ESTA)をネットで申請したのは5月3日でした。申請してすぐに承認されました。したがって有効期限は2020年5月3日です。公式ESTAのネット申請→ポチッ


そして、こちらがハワイ島です。こちらは1泊だけですがオアフ島を朝早く出て翌日の夜の遅くに帰るので、正味2日間の観光となります。青色ラインがツアーの車が通ったルートです。
クリックすると拡大ハワイ島のツアーは一日目が標高4205mのマウナ・ケア山頂付近まで登り夕日が沈むのを見た後に天体観測を行い、二日目は火山国立公園を含めたハワイ島一周する予定ですが、5月11日から火山国立公園は封鎖中のためルートは変更になるとは思いますが予定通りツアーは行われるそうです。マウナ・ケア山頂付近は天候が安定し空気が澄んでいることから世界11ヶ国の研究機関が合計13基の天文台を設置しています。日本の国立天文台が設置した、すばる望遠鏡もここにあります。
やはり2日目のハワイ島一周ツアーからメインイベントの火山国立公園の散策は無くなり、下記の訪問場所に変更になったとの連絡がメールでありました。右の写真は標高4205mのマウナ・ケア山頂付近です。
クリックすると拡大 ワイピオ渓谷展望台
 アカカ滝
 レインボー滝
 プナルウ黒砂海岸
 キング・カメハメハ銅像
 ハマクア・コースト(車窓から)
 ナニマウガーデン(ランチ)
 アカツカ・オーキッド・ガーデン
 ビッグ・アイランド・キャンディーズ
 ロイヤル・コナ・コーヒー・ショップ
 パーカー・ランチ・ショッピング・センター


ハワイ島にあるキラウエア火山は、溶岩湖を持つ世界で7つしかない貴重な火山の一つですが、残念ながら火山国立公園は封鎖中のため、下のような景色を見ることは出来ないようです。キラウエア火山からハワイ島で泊まるコナのホテルまでの距離は78kmでコナ空港までは80kmです。ちなみにオアフ島で泊まるホテルまでの距離は336kmです。あくまでも現時点の予定ですが、今回のハワイ島ツアーでキラウエア火山に最も近づく観光地はアカツカ・オーキッド・ガーデンの12.3kmです。ただし溶岩が流れ出ている反対方向です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

参考に世界の溶岩湖( )の場所をプロットいたしました。今回の記事に掲載している地図や航空写真は全て同じもので、縮尺や表示中心位置や表示形態を変えているだけです。右の写真はニカラグアのマサヤ火山の溶岩湖です。
クリックすると拡大  キラウエア火山  ハワイ
  エルタ・アレ火山 エチオピア
  マルム火山    バヌアツ
  ベンボウ火山   バヌアツ
  マサヤ火山    ニカラグア
  ニーラゴンゴ火山 コンゴ
  エレバス火山   南極
  (ストロンボリ火山 イタリア)


星座を見るため、マウナ・ケア山頂に夜に登るとのことなので頑丈な超小型の三脚を購入いたしました。型番はULTRA 453 miniです。
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ビーチサンダルも購入いたしました。出発寸前の5月17日4時17分のキラウエア火山の噴火のNHK NEWS WEBはこちらです。→ポチッ
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火山灰が飛行機のエンジンに吸い込むと停止してしまうので、火山灰の方向によっては飛行機が欠航になる可能性があるので上空の風である貿易風の風向きを調べてみました。全体的な流れとしては北東の風で火山灰は南西方向に流れると考えられるため日本からの飛行ルートには影響は少なそうです。ただし風向は天候により変わるので油断は禁物です。ハワイの緯度は20度前後です。上でも書いているようにキラウエア火山からコナ空港までは80kmで、ホノルル空港までは349kmです。
 偏西風 緯度35〜65度の地域 西方向から吹く恒常風 日本など
 貿易風 緯度30度以下の地域  東方向から吹く恒常風 ハワイなど
クリックすると拡大5月24日7時53分から48時間の1時間ごと48回の風向き(吹いてくる方向)を調べると、次の比率でした。つまり平均風向きは方位角(北:0° 北東:45° 東:90°)表示において61.4°からの風となります。
 北東  45.0° 15回(31%)
 東北東 67.5° 31回(65%)
 東   90.0°  2回( 4%)
クリックすると48時間の天気表示
タグ:旅行 ハワイ
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