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ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会 いけや食堂(箕谷)と海鮮居酒屋・海流(三宮) [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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今回のハイクの最初の記事で紹介させていただきましたが、私が会社に入社して新入社員として配属となったのが神戸の事業所でした。昨年の12月に関西に行ったときに、その神戸の人たちの神戸駅前で行われた右の写真の飲み会(12月26日 権太)に初めて参加させていただき、懐かしい思いをさせていただきました。その時に年に数回ほどハイキングを行うことを聞いて、私が関西に行ったときにタイミングが合えば参加させていただくことになりました。その後、下記の案内が届いたので初めて2019年4月20日の「神戸市北区の重要文化財巡りハイク」に参加させていただきました。
 第70回 2019年1月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年3月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
 第72回 2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた記事は下記の通りです。本記事で「打上げ飲み会・全員」と「2次飲み会・有志」を紹介したいと思います。着色タイトルをクリックすると記事を表示します。
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)

無動寺と若王子神社がハイキングとしての最後の訪問場所でした。下の写真は山から下りてきて谷寺口バス停を目指して歩いている時の風景です。この時、13時59分でした。箕谷駅に集合したのが9時30分だったので、いかに飲み会の方に重点が置かれていたかが分かっていただけると思います。
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この時間のバスは1時間に1本でしたが、バスは14時24分だったので比較的早くバスが来ました。クリックすると拡大クリックすると拡大それでも待っている間にバス停の前のお店で缶ビールを買って飲む人が1名おられました。私も飲みたくなりましたが少しの我慢なので、おとなしくバスを待ちました。
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同じ路線内で3度バスに乗りましたが、その内2度が同じバスでした。クリックすると拡大箕谷駅前→衝原(右の写真)と谷寺口→箕谷駅前が同じバスでした。飲み会の場所の第一候補は出発するときに目星をつけていた箕谷駅前バス停の目の前にあったレストランでした。問題は2時台という時間でした。開いていない場合は三宮か新開地あたりに出て探すつもりでした。


Yahooのルートで確認してみました。箕谷駅前の到着予定は14時36分であることが分かりました。実際には1分早く着いたようでした。
画像をクリックするとルート検索画面を表示します。
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幸いにも目星をつけていた到着したバス停前のレストランは開いていました。時間は14時35分でした。ただしランチの時間を過ぎると一旦はお店が閉まるのです。確認すると15時を過ぎても席はある程度使わせてもらえるということなので安心して飲み会に入りました。
 店名 いけや食堂
 営業 11:00~15:00(LO 14:45) 17:00~22:00(LO 21:45)
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奥の掘りごたつの席に座って、先ずはビールで乾杯です。お店に14時35分に入って14時39分に冷たい生ビールで乾杯出来ました。私は中ジョッキを頼みました。5人が中ジョッキで、2名が小ジョッキでした。もちろんラストオーダーまで何杯も追加で注文しました。
クリックすると拡大ラストオーダーは14時45分と言われているので一気に注文いたしました。料理が並んだところで右の記念写真を撮りました。私が撮ったので残念ながら写っていません。お店の人に頼めばよかったと後悔いたしました。
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具だくさんのサラダが先ずは出てきました。名前は「いけやのたっぷり野菜サラダ 」です。
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次はおでんが出てきました。今回参加した人は私が新入社員の時から長く深く関わった人たちでした。1人は入社1~2年目では岡山県水島地区のプロジェクトの設計に参加させていただいた時の先輩でした。さらに入社2~3年目に設計担当をした横浜のプロジェクトの先輩もおられました。数年経って、買ったばかりの車で一緒に現場に行った先輩も参加されておられました。この時代の仕事の全てに関わった先輩もおられました。そんなこともあり話は盛り上がりました。
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ビールにはやっぱり唐揚げです。写真を撮った時にはいくつか食べられた後でした。
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山芋の唐揚げも追加で頼みました。
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ラストオーダーで頼んだ「すじねぎまみれ」です。
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座卓の上に自家製の七味「うどん屋さんがつくった七味」が置かれていました。いけや食堂はうどん(饂飩)が有名なお店でした。いろいろと美味しそうなうどんがありました。三宮で飲むつもりだったので、食べませんでしたが、今考えれば味見も兼ねて注文すればよかったと後悔しています。
クリックすると拡大桜海老と淡路玉葱のかき揚げうどん、博多牛ごぼううどん、充実野菜あんかけ、すじと揚げ茄子のぶっかけ、伝統カレーうどん、充実野菜あんかけうどん、天ぷらうどん 、十種具材の鍋焼きうどん、ごぼうかきあげうどん、長田ぼっかけうどん、九条葱鶏塩南蛮うどん、明太子バター釜玉うどん、クリックすると拡大桜鯛と焼き筍のうどん、今どきカレーうどん、お子様セット、きつねうどん、梅昆布うどん、ちく玉天ぶっかけ、大和芋と温玉ぶっかけうどん、穴玉天ぶっかけうどん、鶏天ぶっかけうどん、天ざるうどん、春キャベツとあさりの塩ボンゴレつけうどん、などなどネットで饂飩の写真を見てビールを飲みながら饂飩が食べれたと、さらに後悔いたしました。結局、お店を出たのは15時32分でした。もちろん出る時は我々だけでした。 
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クリックすると拡大お店の場所を紹介します。
右の写真は我々が座った掘りごたつの席です。
 店名 いけや食堂
 住所 兵庫県神戸市北区山田町下谷上字箕谷16
 電話 078-581-0061
 定休 なし
 営業 11:00~15:00(LO 14:45) 17:00~22:00(LO 21:45)
 SV https://goo.gl/maps/LbUiQghJWD7hedVe6
 最寄 神戸市営バス箕谷駅前 神鉄箕谷駅


2次会は三宮で飲むことになりました。参加は7人の内4人でした。箕谷から三宮には直通バスで行くことになりました。神戸電鉄から阪急電鉄に乗り継いでいくと560円ですが、バスだと440円で行ける上に時間も短いのです。


三宮について撮った乗ってきたバスの写真です。箕谷のお店を15時32分に出て、すぐに三宮行きのバスが来たので飛び乗って三宮に着いたのが16時03分でした。バスも頻繁にあるし、六甲山の下のトンネルを通ってくるので早かったのです。走行距離9.62kmの内、トンネルが7.31kmなのです。
問題はこの時間に開店してお店が見つけられるかどうかでした。


Yahooのルート検索で見ても到着は16時03分でした。ほとんどがノンストップの第二新神戸トンネルなので正確なようです。箕谷駅前を出発したのは15時39分であることが分かりました。所要時間は24分でした。時刻表を確認すると土曜日の15時台は7本(02分 12分 20分 30分 39分 48分 55分)走っていました。
画像をクリックするとルート検索画面を表示します。鉄道ルート→ポチッ
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やっと16時に開店するお店を見つけました。予約は満席でしたが、予約客が来るまでという条件で席に着くことが出来ました。その日の最初の客でした。最初は客は少なかったけれども18時には満席となりました。
 店名 海鮮居酒屋・海流
 営業 16:00~24:00 祝前日: 16:30~24:00
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やっぱり最初はビールをいただきました。
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お通しは枝豆でした。
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美味しそうな岩牡蠣があったので迷わず頼みました。
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クリックすると拡大牡蠣が出てきたところで記念写真をお店の方に撮っていただきました。アルコールが入ってきたので忘れない内に撮ってもらったわけです。この時16時20分でした。右奥が私です。
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美味しい牡蠣だったので牡蠣フライも頼みました。
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関サバがあったので、迷わず注文いたしました。
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関サバは分厚く切られていました。
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閉めのデザートではありません。お酒を飲みながらアイスクリームを食べる人もおられたのです。
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大きなだし巻き玉子も頼みました。つくはら湖の昼食で目玉焼きを2個もいただいたので、この日は玉子を沢山食べたことになりました。
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お店の場所を紹介します。
阪急電車(阪急電鉄)のガード下の人気のお店でした。
 店名 海鮮居酒屋・海流
 住所 兵庫県神戸市中央区琴ノ緒町5-1-411
 電話 078-581-0061
 定休 なし
 営業 16:00~24:00 祝前日: 16:30~24:00
 SV https://goo.gl/maps/5cxEdjtaVBFfXRhr7
 最寄 JR三ノ宮駅 阪神三宮駅 阪急三宮駅 地下鉄三宮駅


お店を出たのは18時30分でした。16時からだったので沢山の思い出深い話が沢山出来ました。でもまだ明るかったです。見えている山は六甲山です。太陽の光が飛行機雲だけに当り輝いている景色です。ハイキングは9時30分~14時30分で、飲み会が14時30分~18時30分と時間的にも同程度の重み(?)なのかもしれません。
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今回のハイキングに関連した範囲の地図を紹介します。今回のハイキングで国指定の重要文化財を9つ(建物:4つ 仏像:5つ)も見ることが出来ました。
 建物:下谷上農村歌舞伎舞台 箱木千年家 六條八幡宮三重塔 若王子神社
 仏像:大日如来坐像 釈迦如来坐像 阿弥陀如来坐像 不動明王坐像
    十一面観音立像
トンネルの長さ7.31kmはGoogle地図での計測値です。
  神戸電鉄( 新開地→箕谷 )
  訪問場所( 箱木家住宅 つくはら湖 六條八幡宮 無動寺など )
    バス路線( 箕谷駅前→三宮 )  部:トンネル 7.31km
    いけや食堂
    海鮮居酒屋・海流
    妙法寺駅 結婚してから関東に転勤になるまで住んだ最寄駅


神戸市交通局が発行している山田町の重文めぐりのおすすめプランを紹介します。三宮から市バスを使った重文めぐりです。バスが1時間に1本しかないので効率よく見学したい人には参考になると思います。
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室町時代前期建立の神社が残されていました。若王子神社 神戸市北区山田町 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で予告した通り無動寺の鎮守社である若王子神社を紹介したいと思います。上の写真のように無動寺の本殿のすぐ横の高いところに若王子神社があります。沢山の木々に囲まれているので屋根の部分しか見えません。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた本ハイキングに関しての記事のタイトル
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)
着色タイトルをクリックすると記事を表示します。

無動寺の本殿全体が写る位置から撮った若王子神社です。無動寺の本殿の屋根の左端の上に若王子神社の屋根が写っています。
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Google地図で若王子神社の位置を紹介します。左は航空写真形式ですが、右は木に覆われて建物が見えないことから地図にいたしました。
  無動寺   本殿
  若王子神社 本殿(社殿) 鞘社(本殿保護のための建物)
  無動時   奥の院
 住所 兵庫県神戸市北区山田町福地字新池100


こちらが無動寺境内から若王子神社への入口です。
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2年前の2017年3月16日にトリップアドバイザーに提供された右の写真には、右側の祠の前に赤い木製の鳥居がありましたが、台風等で被害を受けたのか、我々が見た時には無くなっていました。
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鳥居の奥の坂と階段を上がり右に曲がると若王子神社が木の間に見えました。この山道を上がると若王子神社に着きました。
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途中に不思議な小さな石像がありました。一目見て弘法大師(こうぼうだいし)の石像と言い当てた仏門に関して詳しい方が今回のハイキングのメンバーの中におられました。
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趣のある石像なので拡大した写真を紹介いたします。弘法大師すなわち空海は真言宗の開祖です。真言宗の開祖ですから神社とは無縁ですが不思議な場所にありました。
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下の大きな写真が若王子神社・本殿(社殿)です。見ての通り神社本体を保護するために、本殿の上を屋根で覆っているのです。無動寺の境内から見えていた屋根は、この保護屋根だったのです。若王子神社の建物は室町前期にあたる応永15年(1408年)に建立されたもので、保護のために屋根の付いた建物である鞘社(さやしゃ)で覆ったのだと思われます。現存する日本最古の箱木家住宅と同じ時期に建てられれ現存している若王子神社が歩いて4kmの場所にあるのは単なる偶然とは思えないように感じました。
ネットから転用させていただいた、鞘社で覆われていない写真を右に紹介します。室町前期の貴重な建物であることから、国指定の重要文化財です。指定は大正3年です。若王子神社は実質的には無動寺とは一体ですが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により形式的には神社として独立しているそうです。無動寺自体は一旦は荒廃し、江戸時代の宝暦2年(1752年)に再建されたのが今の建物ですが、若王子神社・本殿は室町時代前期の611年前のままに残されているのです。
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若王子神社・本殿の説明板があったので転記する形で紹介したいと思います。説明文の中に570年と書かれていることから説明板が作られて約40年が経っていると思われます。
若王子神社・本殿
重要文化財(国指定大正三年)
神社建築に多い三間社流造(さんげんしゃ・ながれづくり)の社殿です。
棟札により、室町初期の応永十五年(1408年)に建てられたものとわかります。
この神社は、もと無動寺(昔は福寺)の鎮守社として建てられてものです。
およそ570年の長い歳月を経ていますが当初の姿がよく残され、この時代の建築様式を知るうえで貴重なものです。
 ・屋根を厚板で葺いています。
 ・側面(妻)上にある破風板は、曲線でしかも一枚板です。
 ・この破風の出会っている所の棟木の飾板(懸魚)もなだらかな曲線で
  彫られています。
神戸市教育委員会
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右角度から撮った写真です。
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本殿部分を拡大いたしました。同時に露出調整もいたしました。1964年に解体修理が行われたそうです。その時に鞘社も改築されたそうです。
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正面からの写真です。ここで右の記念写真も撮りました。鎮守社として創建された当初は神仏習合し、若王子権現と呼ばれていたそうです。その若王子権現としての呼び名は明治初年まで続いたそうです。今は主祭神として伊弉册命(イザナミノミコト)を祀っているそうです。本殿と同時期に作られたとされている木造の狛犬が、無動寺本堂に保存されているのて、本殿の仏像などを拝観されたときは、是非とも見過ごさないことをお薦めします。
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ネット内では、若王子神社の主祭神としては伊弉册命と伊弉諾命が出来きます。伊弉册はイザナミと読まれていますが、伊弉諾はイザナミではなくイザナギと読まれているのです。イザナミは女神でイザナギは男神で違うのです。そのサイトで伊弉諾命と書かれていても、読みはイザナミノミコトと書かれていたので単に漢字の書き間違いの可能性のように感じました。Wikipediaに書かれているイザナミとイザナギを簡単に紹介します。クリックすると拡大
左が若王子神社の主祭神の伊邪那美命(いざなみのみこと イザナミ)で、右が伊邪那岐命(いざなぎのみこと イザナギ)です。下の図の通りイザナミは女神でイザナギが男神です。二人(二神)は夫婦でもあり兄妹でもあります。次のように二人ともいろんな文字が充てられています。下および右のの絵図は二人が天の橋に立って、矛で混沌をかき混ぜて日本列島を作っているところを表しています。
 いざなみのみこと イザナミ 女神
  伊邪那美命、伊耶那美、伊弉冉、伊弉弥、伊弉冉命、
  伊耶那美命、伊弉弥命、伊弉那彌命、道敷大神、
  伊邪那美神、黄泉津大神
 いざなぎのみこと イザナギ 男神
  伊邪那岐命、伊邪那岐、伊弉諾、伊耶那岐、伊邪那岐神、伊弉諾神
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イザナミおよびイザナギが祀られている神社は全国に沢山あります。一例をリストにいたしました、両方が祀られている神社も沢山ありました。
クリックすると拡大写真はWikipediaから転用させていただいた伊勢の内宮(皇大神宮)別宮の伊佐奈弥宮(左端)と伊佐奈岐宮(左から2番目)と月讀荒御魂宮の3社の月讀宮と、筑波山神社の拝殿と男体山本殿と女体山本殿です。伊勢の内宮別院の写真の中には弥の旧字の彌で伊佐奈彌宮と書かれていました。
神社名 場所 イザナミ イザナギ
筑波山神社 茨城県つくば市
多賀大社 滋賀県犬上郡多賀町
三峯神社 埼玉県秩父市
左右神社 千葉県香取郡東庄町
佐太神社 島根県松江市
熊野神社 千葉県四街道市
伊弉諾神宮 兵庫県淡路市
内宮 伊佐奈弥宮 三重県伊勢市
内宮 伊佐奈岐宮 三重県伊勢市
常陸國總社宮 茨城県石岡市
江田神社 宮崎県宮崎市阿波岐原町
熊野速玉大社 和歌山県新宮市
おのころ島神社 兵庫県南あわじ市
伊邪那岐神社 全国各地
揖屋神社 島根県八束郡
比婆山久米神社 島根県安来市
飯盛神社 福岡県福岡市
波上宮 沖縄県那覇市
神魂神社 島根県松江市
熊野大社 島根県松江市
熊野神社 広島県庄原市
花窟神社 三重県熊野市
伊射奈美神社 徳島県美馬市
伊射奈岐神社 大阪府吹田市山田東
若王子神社 兵庫県神戸市北区山田町
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クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

無動寺の重文の仏像を拝観した時にいただいた資料を掲載いたします。7秒間隔で表と裏を表示させます。さらに一部の詳細を5秒間隔で表示します。クリックすると両面同時に字が読める大きさに拡大いたします。
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山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。 無動寺 [神戸]

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前記事で紹介した六條八幡宮(六條八幡神社)の次に訪問したのが、今回紹介する無動寺です。上の写真は六條八幡宮を出てすぐの場所で無動寺に向かっているところです。最初はこのようにのどかな道でした。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた本ハイキングに関しての記事のタイトル
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)
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国指定の重要文化財(重文)の三重塔(さんじゅうのとう)がある六條八幡宮()から無動寺までの道を最初に順番に紹介したいと思います。今回のハイキングで登り坂があったのが無動寺に向かう道でもありました。
  六條八幡宮
  無動寺
  若王子神社
  無動時 奥の院
  谷寺口バス停
 ━━ 散策ルート 六條八幡宮()→無動寺()→若王子神社()→
          →奥の院()→谷寺口バス停()


無動寺に向かう道から、振り返って六條八幡宮を見た景色です。判りにくいけれども右端に三重塔も写っています。
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途中に無動寺の道標がありました。無動寺はユースホステルもやっていたことを初めて知りました。


ここは、まだ無動寺への登り坂ではなく、上り下りが続く起伏のある道の中の上り坂の場所です。
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途中に新兵衛石と呼ばれている記念碑がありました。
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江戸時代の勇気ある15歳の若者の行動をたたえた石碑でした。この地の領主も心ある人だったことが、説明によってわかりました。
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ここからが無動時への登りです。見えている道を登っていくと無動寺に行けます。
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その登り坂の道を順に紹介していきますので、同じように登った気分になってもらえれば幸いです。
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なかなか無動寺には着きませんでした。
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やっと無動寺の文字が書かれた石碑が現れました。左の細い道の方向に無動寺があります。右側の太い道には進んでいませんが、Googleの航空写真から判断するに無動寺に付属した墓地の方向に進む道のように思われます。この写真を撮った辺りには「是より無動寺 新四國八十八ヶ所」と書かれた石碑が建っていました。
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無動寺に向かう道の途中には沢山の石碑がありました。
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こちらの石像が納められた台座には第壱番と書かれていました。台座を寄進したと思われる人の名前が書かれていました。この台座には渕上静雄さんと渕上春子さんの名前が彫られていました。
登っていくごとに第二番、第三番と続いていてすべての台座に寄進者と思われる方の名前が刻まれていました。石像は古いもののようなので、台座を平成年代(平成十二年~平成十三年)に建てて整備したものと思われます。番号が付いていることから新四國八十八ヶ所に関係しているのかもしれません。
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このように道沿いに並んでいました。
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最後は階段を上りました。ここの住所は兵庫県神戸市北区山田町福地字新池100です。山田町福地100でも通じるようです。
 名前 無動寺
 正式 若王山無動寺
 住所 兵庫県神戸市北区山田町福地字新池100
 山号 若王山
 宗旨 古義真言宗
 宗派 高野山真言宗
 本尊 大日如来
 創建 推古天皇の時代(伝)
 開基 聖徳太子(伝)
 中興 真源阿闍梨
 札所 近畿三十六不動尊  十番霊場
    神戸十三仏    十二番霊場
    摂津西国三十三ケ所 九番霊場
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こちらが無動寺の本堂です。無動寺の期限は推古天皇の時代に遡るそうです。その推古天皇の時代に聖徳太子が物部大臣守屋を討つために鞍作鳥(鳥仏師)に本尊大日如来と諸尊を作らせて戦勝を祈願して大軍を征破することが出来たことで、七堂伽藍を建立して普救寺(福寺)と名付けたのが始まりだそうです。残念ながらその後、衰退して寺は荒廃したそうですが、現在の堂宇は宝暦二年(1752年)に再建されたものだそうです。再建を発案したのは、高野山の高層であった中興開山眞源阿闍梨(真源和尚)でした。真源和尚が、この地に帰省した時に当寺の荒廃を見て復興の悲願を発案して、二十数年の歓進努力の結果実現したそうです。クリックすると拡大真源和尚(1689年~1758年)は現在の山田町の出身でした。記念のために右の記念写真を撮っていただきました。本記事のタイトルで紹介させていただいているように本堂の中に国指定の重要文化財のだけでも5体の仏像と県指定の重要文化財の仏像の1体の計6体の重要文化財の仏像が納められているのです。仏像は平安期のものであることから再建される遥か以前のもので、無動寺の起源に関わるもののようです。
仏像を拝観したい場合はインターホンを押すと住職が出てこられて入口の扉を開けてもらえます。
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拝観料300円を払ってそれらの仏像を拝見させていただきました。写真は撮ることが出来なかったので、神戸市のパンフレットの写真を掲載させていただきました。後方の大きな仏像が大日如来坐像で手前の右側が不動明王坐像で左の手前が十一面観音立像です。
クリックすると拡大本堂の中に入っても仏像は見当たりませんが、祭壇の後ろ側に廻ると奥殿部分に右図のように仏像がガラス張りの耐火構造の部屋に並べられて、防火シャッターも設置されていました。本堂の萱葺の屋根も防火のために1983年に銅板にしたそうです。1955年に山火事があり本堂の茅葺屋根に飛び火し仏像も被害を受けたことを教訓にされたようです。さらに雨漏りの被害を防ぐために屋根を二重にして外壁と屋根に板張りをしたそうです。大きくて存在感のある大日如来坐像(国・重文)が中央に配置され、左側に釈迦如来坐像(国・重文)が、右側に阿弥陀如来坐像(国・重文)が設置させています。大日如来坐像の手前に下の写真のように左側に十一面観音立像(国・重文)、右側に不動明王坐像(国・重文)が置かれていて、その不動明王坐像の右側に阿弥陀如来坐像(県・重文)が置かれていました。
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無動寺と国指定の重要文化財の仏像の説明があったので紹介します。クリックいると読むことが出来ます。
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クリックすると拡大無動寺の5体の仏像の写真をホームページかせ転用させていただきました。数値は像の高さを示しています。仏像の写真は国・重文の記載順に左から並べています。
 国指定重要文化財(国・重文)
  大日如来坐像  桧材一本造 2.70m
  釈迦如来坐像  桧材一本造 1.20m
  阿弥陀如来坐像 桧材一本造 1.20m
  不動明王坐像  桧材寄木造 0.84m
  十一面観音立像 桧材一本造 1.50m
 県指定重要文化財(県・重文)
  阿弥陀如来坐像 桧材寄木造 1.20m
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

拝観した時にいただいた資料を掲載いたします。7秒間隔で表と裏を表示させます。さらに一部の詳細を5秒間隔で表示します。クリックすると両面同時に字が読める大きさに拡大いたします。
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境内の景色を紹介します。鐘楼です。
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茅葺の住居と思われる建物がありました。説明書には庫裡と書かれていました。庫裏は「くり」と呼ぶそうで、仏教寺院における伽藍のひとつです。一般的には寺院の僧侶の居住する場所、また寺内の時食を調える、つまり台所も兼ねる場合があるそうです。なお現代では、その多くは僧侶の居住する場所をいうことが多いとのことです。
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この茅葺の建物は見事でした。
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すでに紹介した日本最古の民家と言われている箱木家住宅の屋根の飾りと同じなので拡大いたしました。が箱木家住宅を別の場所で見つけたので紹介します。クリックすると拡大

特徴的な竹の根元を使った部分を拡大いたしました。この地域の特徴の飾りなのかもしれません。
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境内にはこのようなお堂もありました。不動堂と書かれています。
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本堂から5分くらい登ったところに奥の院があるということなので行ってみることにいたしました。航空写真の中の若王子神社に関しては後日紹介したいと思います。


無動寺の境内から奥の院までは、このような道が続いていました。
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細い道の先に門が現れました。門の先に階段があり、階段を上がると奥の院の境内でした。
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これが無動寺の奥の院です。古い建物ではありませんが、趣がありました。弘法大師と書かれた扁額が飾られていました。高野山真言宗である証でもあります。
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写経奉納法要の時には境内で歌舞伎が奉納されるようです。→ポチッ
もみじ祭りでも歌舞伎が行われたようです。ネットに掲載されていた動画を紹介します。


追伸
令和元年5月27日~6月2日までは関西です。そのため5月27日から6月2日までは皆様のところに訪問出来ないことをお許しください。
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山田町に室町時代の三重塔(国・重文)がありました。 六條八幡宮 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでに紹介したように懐かしい神戸の仲間の人達とハイキングで3番目に訪れたのは、国指定の重要文化財(重文)の三重塔(さんじゅうのとう)がある六條八幡宮(六條八幡神社)でした。上の写真が重要文化財の三重塔です。
この写真はクリックすると特別(面積で16倍)に大きく拡大いたします。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた本ハイキングに関しての記事のタイトル
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)
着色タイトルをクリックすると記事を表示します。

つくはら湖畔からは写真の衝原バス停から六條八幡宮の最寄バス停の山田小学校前に向かいました。出発時刻は12時17分に対して4分前の12時13分に着きました。昼食でお弁当を食べた野鳥観察広場から、つくはら湖畔の遊歩道を調整しながら歩いたのでピッタリに着いたわけです。
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乗客は我々7名だけでした。山田小学校前バス停でわれわれ全員が降りると乗客が0人になってしまうと心配していました。
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山田小学校前バス停です。ここから乗る方が何人かおられたので乗客は0人にはなりませんでした。ちょっとほっといたしました。


山田小学校前バス停留所()からの散策ルートを紹介します。先ずはバスの停留所から六条八幡宮の境内に入るまでを順番に紹介していきます。志染川が間にありますが、この辺りでは山田川と呼ばれているそうです。右から左に流れて、つくはら湖に流れ込みます。
  山田小学校前バス停留所
  六條八幡宮
 ━━ 散策ルート バス停()→六條八幡宮()→無動寺()→・・・・


バス停から見た川の対岸の景色です。右の方に六條八幡宮が小さく写っています。この辺りの住所は神戸市北区山田町中です。中の下は、大沢、岡ノ上、金場、合ノ元、下津イ、新五郎、城ケ谷、樋谷、長尾サ、西岡、八田、林、東畑、宮ノ片、森と意外と沢山あります。中は大字で、その下は字です。中の1文字は区切りが判りにくいようで住所は少なくとも2例が出てきます。町と中の間に大字が入る場合があります。
 山田小学校 神戸市北区山田町中長尾サ1  又は 中字長尾サ1
 六條八幡宮 神戸市北区山田町中宮ノ片57 又は 中字宮ノ片57
 八間蔵   神戸市北区山田町中大沢6-6 又は 中字大沢6-6
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バス停からズームで六條八幡宮(六條八幡神社)を撮りました。三重塔の上の部分が写真の右端の上の方に見えています。
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参道に入りました。曲がり角に六條八幡宮と書かれた大きな石碑が建てられていました。クリックすると石碑(石柱)だけを大きく拡大いたします。
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途中で山田川(志染川)を渡りました。
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文字が消えかけた案内板がありました。一番上には「太陽と緑の道」とクリックすると拡大「近畿自然歩道」書かれているのだと思います。「太陽と緑の道」の文字の前に記号が描かれています。おそらく右の写真のマークと思われます。このマークと推測した理由は右の写真をクリックすると判ると思います。左の方向には「丹生会館」と「つくはら湖」と書かれていて右方向には「六條八幡宮」と『成道寺」と書かれていました。手前方向(南南東方向)は文字がかすれて読めませんが「藍那」でしょうか? 直線距離で南南東方向の約3.9kmの位置に「藍那」があります。以前の記事で紹介したように神戸市北区山田町藍那(あいな)には3つの農村歌舞伎舞台があります。
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つくはら湖の記事を書いた時に丹生前橋の名前の由来を調べるためにGoogle地図やウエブで丹生を検束しましたが出てきたのは丹生山、丹生神社、丹生神社前バス停、丹生神社鳥居、丹生宝庫でしたが、丹生会館はありませんでした。
クリックすると拡大クリックすると拡大画像検索で調べた結果、右端の遊歩道マップの中に丹生会館が出てきました。この場所は丹生宝庫の場所でした。私が歩いている時に撮った遊歩道マツプでは丹生神社宝物殿と書かれていました。さらに調べてみると丹生会館は丹生宝庫とは道路を挟んだ場所の別の建物でした。下記がその建物のストリートビューですが入口の上の扁額に丹生会館と書かれているのが読み取れましたので確定です。この地区の公民館のようです。一方、傍の丹生宝庫には明要寺全図や豊臣秀吉・小野道風などの書や遺品が保管されていて年に一度公開されるそうです。


案内板のところから坂を登り詰めると扁額に六条八幡宮と書かれた鳥居が建っていました。石柱には不思議なことに郷社八幡神社と書かれていました。郷社は神社の位を示す旧社格で、村社(44934社)<郷社(3633社)<府社・県社・藩社(1148社)の順だそうです。戦後、社格制度が廃されたので、現在は社格というものは存在しないそうです。
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こちらが郷社八幡神社と書かれた石柱で、側面と裏面も紹介します。側面には「生田神社宮司 正六位 生田長浩書」と書かれていて、裏面には「昭和五年十月吉日建之」と書かれていました。石柱が建てられたのは昭和五年で戦前なので社格が存在した時でした。クリックすると読める大きさに拡大いたします。
クリックすると拡大クリックすると拡大

鳥居の近くには小さな祠がありました。
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正面からから見た六条八幡宮の全景です。六條八幡宮は旧山田村の総鎮守だそうです。社伝によれば創建は平安時代中期の長徳元年(995年)と伝えられているそうです。周防国の僧である基灯が長徳元年に円融寺という草庵を建てるととも八幡神を祀る宝殿を建てたとされており、その宝殿が六条八幡宮の起源とそれているそうです。山田の地が選ばれたのは神功皇后の行宮が所在した霊地であったと伝えられているそうです。
六條八幡の名は保安4年(1123年)に山田庄の領主で社殿を寄進した源為義の通称が六条判官であったことに由来するそうです。国指定の重要文化財の三重塔は文正元年(1466年)には建立されたそうです。
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正面の中央に見えているのが社殿の拝殿で、拝殿の奥に本殿があります。現在の本殿は貞享5年(1688年)に再建されたものだそうです。
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本殿・拝殿に近づきました。三重塔が右側に見えてきました。遠くからは大きな木の陰にあるためにあまり見えませんでしたが、近づくと見えてきました。
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こちらが手水舎(ちょうずや / ちょうずしゃ / てみずや / てみずしゃ)です。
手水舎は参拝者が身を浄めるために手水を使う施設で水盤舎(すいばんしゃ)あるいは御水屋(おみずや)とも呼ばれています。神社でも寺院でも作法は基本的に同じだそうで、一般的な作法は枠内の通りです。
右手で柄杓を取り、手水を掬う。最初に左手を清め、柄杓を左手に持ち替えて右手を清める。もう一度右手にその柄杓を持ち替え、左の手のひらに少量の水を溜めて(柄杓に直接口をつけない)その水を口に含み、音を立てずにすすいで口を清めた後、左手で口元を隠してそっと吐き出す。そして、柄杓を両手で持ち、やや立てるように傾け、残った水が柄の部分を洗うように流す。柄杓を元の位置に静かに戻す。
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これが拝殿です。皆でお参りをして最初に記念写真も撮りました。
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拝殿の奥に本殿があります。主祭神は在位が西暦270年~310年の応神天皇(おうじんてんのう)です。クリックすると拡大クリックすると拡大
応神天皇は第15代天皇ですが、有名な仁徳天皇(応神天皇の子供)が次の第16代天皇なのです。陵所は右の航空写真の惠我藻伏崗陵(誉田御廟山古墳/応神天皇陵)です。応神天皇陵は墳丘長が約425mの前方後円墳で仁徳天皇陵(墳丘長525m)に次ぐ日本第2位の巨大古墳で、今回のユネスコ世界遺産登録の古墳群の中に含まれています。
なお、不明な点が多い弥生時代のことでもありWikipediaによると、応神天皇に関しては、学術的には「応神天皇は4世紀末から5世紀初頭に実在した可能性が高い」という見解にとどまっているそうです。
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こちらが貞享5年(1688年)に再建された本殿で神戸市指定有形文化財となっています。三間社流造の銅板葺です。
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これが三重塔(さんじゅうのとう)です。
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室町時代中期の文正元年(1466年)建立の和様の三重塔です。地元の有力者であった鷲尾綱貞の世話を得て建てられたそうです。棟札の墨書により、大工の藤原周次と小工の藤原光重の2人の作であることが確認されているそうです。総高は13m~19.1mで檜皮葺の屋根を持ち、初層内部には仏壇を置いて阿弥陀三尊像が安置されているそうです。1914年4月17日に当時の古社寺保存法に基づき特別保護建造物に指定され、1950年の文化財保護法施行後は重要文化財になったそうです。2002年には屋根の大規模な修復が行われたそうです。
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近づいて見上げた三重塔の景観です。
神戸市には他にも重要文化財の多重塔があるのでリストで紹介します。
 神戸市内の重文の木造多重塔(国および県指定の重要文化財)
  如意寺三重塔   国 西区櫨谷町谷口259   南北朝
  六條八幡宮三重塔 国 北区山田町中字宮片57  室町中期(1466年)
  石峯寺三重塔   国 北区淡河町神影110-1 室町中期
  徳光院多宝塔   国 中央区葺合町布引山2-3  室町後期
  太山寺三重塔   県 西区伊川谷町前開     江戸中期(1688年)
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美しい三重の屋根の裏側の写真です。
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見事な木組みなので拡大いたしました。
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少し角度を変えて見ました。
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クリックすると拡大3ケ所で記念写真を撮りました。
左が本殿前の期連写真で、真中が正面の広い参道で撮りました。右が国指定の重要文化財である三重塔の前での記念写真です。
カーキ色の上着を着ているのが私で右と左の写真に写っています。
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クリックすると拡大日当たりの良い場所に注連縄が巻かれた御神木のようなクスノキ(楠)がありました。ネットから転用させていただいた右の昔のクスノキの写真と比較してみると、最近に太い枝が大胆に剪定されたようです。これ以外に市民の木となっている大銀杏があるそうです。
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こちらの写真の左の大きな木が大銀杏です。当日は大銀杏を意識した撮っていないので偶然に写っていた写真から切り出しました。大イチョウの木の手前にあるのが手水舎です。上の写真にも大銀杏が写っていたのです。大銀杏の右側の建物が拝殿です。クスノキの選定前であればこの角度の写真ではクスノキからはりでたの大きな枝に隠れて大銀杏はこれほどはっきりとは見えなかったと思います。
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こちらは神戸市指定有形文化財の歌舞伎舞台です。 切妻造です。
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境内には境内末社の小さな祠が沢山ありました。主なものは次の5つのようです。今回の写真に写つているのはどれになるのかは確認していませんでした。
 稲荷神社 (宇賀魂命)
 住吉神社 (住吉三神・神功皇后)
 山王神社 (大山祗命)
 大歳神社 (大歳神・高良大神)
 猿田彦神社(猿田彦大神)
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最も奥の位置に趣のある建物がありました。調べ見ると建物の名前は薬師堂でした。基灯創建の円融寺の遺構とのことでした。基灯が草庵として建てた円融寺は創建当時(995年)から六條八幡宮の神宮寺として長く続いていましたが明治時代の廃仏毀釈の禍を受けて廃されたそうです。基灯は基灯法師とも呼ばれ、今昔物語集・巻第13に登場し、今となっては半ば伝説的な人物で、その伝記は定かでないそうです。 基灯は空海(弘法大師)の弟子との記述もありました。
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大きな石碑も建てられていました。石碑には大きく忠魂碑と書かれていました。忠魂碑は明治維新以降の大きな戦争の戦死者の天皇への忠義を称える碑だそうです。
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中央の大きな建物が先ほど紹介した薬師堂で、左手前が井戸です。この井戸は神功皇后にゆかりがあるものとされています。右奥が六條八幡宮の本殿です。
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境内を散策させていただきました。
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六條八幡宮の周囲の代表的な景色です。
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お百度石もありました。この百度石と拝殿の間を百度お参りするのをお百度参りというそうです。
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次の無動寺に行くために参道を戻っているところです。


10月第2日曜日には上の写真の場所で流鏑馬神事も行われます。六條八幡宮の流鏑馬神事は神戸市の無形民俗文化財に指定されているそうです。
動画は8分42秒の長さですが、プレーボタン( )をクリックすると、ハイライトの8分21秒の時点から表示するように設定しています。興味のある方は「もう一回見る」をクリックして頭から見てください。走りながら矢を射るところは8分21秒から最後までの21秒間の2回だけですが、矢を射ってから走り出すシーンが4回(4分15秒4分55秒7分31秒7分40秒)あります。
この2016年10月9日の動画はネットから転用させていただきました。


六條八幡宮の入口に案内板(山田町遊歩道マップ)が立てられていたので、次に行く無動寺へ行く道が分かりやすかったです。クリックすると拡大クリックすると遊歩道マップ全体を表示します。このマップはその場で見た時に左右が実際と一致させるために、北が下なので、つくはら湖は右方向で、箕谷駅は左方向になります。
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六條八幡宮の位置を広い範囲の航空写真(Google map)で紹介します。Google地図での六條八幡宮の境内入口の標高は180mと表示されました。
 住所:兵庫県神戸市北区山田町 中 宮ノ片57
 阪急三宮駅から徒歩で行くルート → ポチッ 14.1km
 神戸市北区山田町        → 10km 500m
 ストリートビュー        → 境内&拝殿 本殿 三重塔


追伸
令和元年5月24日~25日は伊香保温泉に行き、5月27日~6月2日までは関西です。そのため5月24日から6月2日までは皆様のところに訪問出来ないことをお許しください。
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つくはら湖の湖畔の散策 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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私が会社に入って配属になったのが神戸の事業所でした。その懐かしい仲間だった方がハイキングを計画されていて、私がタイミングよく関西に行った時に参加させていただくことになった初めてのハイキングの続きです。
クリックすると拡大神戸電鉄の箕谷駅に9時30分に待ち合せて初めて参加させていただいたハイキング「第72回 神戸市北区の重要文化財巡りハイク」で、最初に訪れた右の写真の日本最古の民家の箱木千年家(箱木家住宅)で、2番目は、今回の「つくはら湖の湖畔の散策」でした。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策クリックすると拡大六条八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
つくはら湖畔の散策を紹介する前に、つくはら湖自体を紹介したいと思います。兵庫県南部は古くから水不足に悩まされていたことから、1968年から呑吐ダムの実施計画調査が始まりましたが、地元の反対が根強く交渉が妥結したのは1975年7月で、竣工したのは1989年でした。
日本で最も総貯水容量が多い岐阜県の徳山ダム(6億6000万m³)や50位の畑薙第一ダム(1億0740万m³)に比べると、つくはら湖(呑吐ダム)は1886万m³と少ないけれども、兵庫県では一庫ダム(3330万m³)、引原ダム(21950万m³)についで3番目のダム湖で、同様の目的で作られ関西では名前も良く知られた東条湖(867.6万m³)の2倍以上の貯水量なのです。灌漑・上水道を目的とした貯水湖としては大きな湖で地域に大きく貢献しているようです。呑吐ダムの写真はネットから転用させていただきました。
東西の長さはGoogle地図で計測した数値で正式ではありません。
 貯水湖名   つくはら湖 ( 衝原湖 )  Wikipedia
 ダム名    呑吐ダム ( どんどダム )
 ダム形式   重力式コンクリートダム
 事業主体   農林水産省近畿農政局
クリックすると拡大 利用目的   灌漑・上水道
 堤高     71.5 m
 堤頂長    260.0 m
 堤体積    370,000 m³
 流域面積   329.5 km²
 湛水面積   105.0 ha
 総貯水容量  1886万m³
 有効貯水容量 1780万m³
 湖の東西長さ 3.26 km

箱木家住宅()を出た後、つくはら湖畔の散策は湖の北側を歩いて湖の中央部に架かっている衝原大橋まで行く予定にしていましたか、次の訪問場所に行くために時間が限られていたので途中の野鳥観察広場()まで行き、そこで昼食をとって衝原バス停留所()にもどりました。
  衝原バス停留所
  箱木千年家(箱木家住宅)
  野鳥観察広場
  つくはら湖
 ━━ 散策ルート(衝原バス停→箱木千年家→つくはら湖散策→衝原バス停)


上のGoogle地図の中の左側の黄色の枠の部分の1974年に撮影された航空写真がWikipediaに掲載されていたので紹介します。1974年は呑吐ダム(つくはら湖)が出来る前です。国土交通省の航空写真です。クリックすると今は湖底に沈んだ家々が確認できる大きさに拡大いたします。残念ながら箱木家住宅は、この航空写真には入っていません。Google地図の黄色枠→ポチッ
クリックすると拡大

上のGoogle地図と同じ範囲の1970年に国土地理院が発行した50,000分の1の地形図を紹介します。地元と交渉が妥結したのが1975年で、紫色の線の呑吐ダムが完成したのは1989年のため、つくはら湖が出来る前の地形図です。クリックすると拡大つくはら湖の湖面の標高は139mであることから地形図の標高140mの等高線が現在のつかはら湖に近い形です。2つの緑のラインの枠は、上で紹介した1974年の航空写真と、箱木家住宅を記事で紹介したときに掲載した右の説明用地形図の範囲を示しています。
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つくはら湖がある神戸市北区山田町衝原を紹介します。赤枠の部分が神戸市北区山田町の衝原地区です。地区の境界線を赤線で追記しました。つくはら湖の大部分が神戸市北区山田町衝原にあることが分かると思います。衝原を「つくはら」と読める人は多くはないのではないでしょうか。そんなことから湖の名前はひらがなの「つくはら湖」になったのかもしれません。呑吐ダム辺りは三木市志染町三津田です。地図をクリックすると広い範囲のGoogle地図で、つくはら湖と山田町衝原の場所が分かるように表示します。衝原地区の住所の変遷は次の通りです。1996年4月1日以前の地名は推測も入っており正確ではありません。また幕末から郡区町村編制法までは廃藩置県(1871年8月29日)を含めて何度も管轄が代わっているので追跡できませんでした。いずれにしても衝原(つくはら)の地名は昔から引き継がれてきたものでした。尚、「以前」は法律的にはその日を含んでいますが、本記事に限っては含んでいません。
 下総古河藩 衝原村      1871年8月29日(廃藩置県)以前
 (この間は追跡できませんでした。) 参考(八部郡) → ポチッ
 兵庫県八部郡衝原村      1879年1月8日(郡区町村編制法)~
 兵庫県八部郡山田村大字衝原  1889年4月1日(町村制の施行)~
 兵庫県武庫郡山田村大字衝原  1896年4月1日(郡制の施行)~ 
 兵庫県神戸市兵庫区山田町衝原 1947年3月1日(神戸市に編入)~
 兵庫県神戸市北区山田町衝原  1973年8月1日~
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それでは、つくはら湖畔の散策を順番に紹介したいと思います。左の写真が箱木家住宅を出るところで、右は造成地の中を歩いているところです。元造成地に住んでいた人たちが、この造成地に移転してきたのだと思います。


造成地は湖の南側なので遊歩道がある湖の北側には橋を渡ります。湖は造成地までで、そこから上流は志染川(しじみ川)です。この写真は橋から上流側を写したものです。右から左に渡っているところです。
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下流側つまり湖側の景色です。左側が盛り土で作られた造成地です。ダムが出来る前の衝原地区の人達は全世帯が川沿いに住んでいて、その人たちのほとんどが移転された場所だそうです。
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橋の欄干の親柱に川の名前と橋の名前が書かれていました。川の名前には山田川と書かれていました。正式名は志染川(しじみ川)ですが、この辺りでは別名である山田川の方が有名なのかもしれません。志染川の元になっている地名は三木市志染町ですが、湖が出来たことで川は分断されたのです。橋の名前は丹生前橋でした。ここの北にある山が丹生山(たんじょうさん/にぶやま)です。その山頂に丹生神社があり麓には丹生神社鳥居や丹生宝庫があります。
ここから海までの水の流れは、山田川(or志染川)→つくはら湖→志染川→美嚢川→加古川→海(瀬戸内海・播磨灘)となります。上流の山田川は箕谷川と合流するまでは山田川(石楠花谷が源流)だけの名前で、箕谷川との合流地点から、つくはら湖までが山田川(or志染川)となります。 
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クリックすると拡大これから歩く遊歩道は自転車道路でもあるのです。自転車道路としての名前は神出山田自転車道でした。調べてみると神戸市西区神出町東から神戸市北区山田町下谷上を結ぶ自転車歩行者専用の一般県道でした。歴とした県道で県道563号と番号までついていました。全長は37kmにもなります。その中の17.2kmは他の道路との共有で、このように整備されているのは19.8kmだそうです。整備された19.8kmの起点は我々が出発した場所にある旧つくはらサイクリングターミナル(2017年3月31日閉鎖)で、終点は国道175号に出る老ノ口休憩所です。本格的なロードに乗った人を沢山見かけました。
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ネットから転用させていただいた図で、整備された19.8km(or 19.3km)を紹介します。画面を切り替えて表示させていただいているので、じっくりと静止画面を見たい方は、画面をクリックすると拡大した静止地図を表示します。
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もう一つの遊歩道の名前は標識の柱に縦に書かれている近畿自然歩道でした。近畿自然歩道は2府7県にまたがる総延長3,258 kmの長距離自然歩道だそうです。近畿の2府5県+鳥取県+福井県です。
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こちらが遊歩道の入口です。
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案内板があったので写真を撮りました。クリックすると文字が読める大きさに拡大いたします。
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ソメイヨシノはすでに散っている時期でしたが、こちらの八重桜は満開でした。
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最初に、つくはら湖が見える場所なので、すこし立ち止まって見ていました。


こちらは最も西側から見たつくはら湖です。ここから湖の東端まで直線距離で3.26kmです。
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このような遊歩道が続いていました。
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桜の種類は判りませんが、上で紹介の八重桜以外にも満開に近い桜もありました。左側が、つくはら湖です。
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振り返ると渡った丹生前橋が見えます。丹生前橋の右側が造成地です。
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造成地を撮りました。1974年の航空写真や1970年の地形図を見ると今は湖底となった場所(当時は川沿い)以外は深い山林で住宅らしいものはないことから、衝原地区の人達の全てが、今は湖底となった場所に住んでおられたようなので、その人たちが造成地に移転したのだと思います。
Wikipediaにも「全集落が高台に移転」と書かれていました。
高い木などで見えませんが造成地の右端の辺りに、移設された日本最古の民家と言われている箱木家住宅があります。こんもりとした小さな島の右側の湖底に移設前の箱木家住宅がありました。
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白い花も咲いていました。
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上の写真では花の名前が判らないので拡大いたしました。確証はありませんが、通称がナンジャモンジャの木と呼ばれている中のヒトツバタゴに似ています。日本では特定の場所の分布で神戸は自生地ではないことから別種の可能性はありますが、参考にヒトツバタゴの分類を紹介します。ナンジャモンジャの木は特定の木を示しているのではなくヒトツバタゴ以外に、ニレ、イヌザクラ、ボダイジュ、クスノキなど様々の木が呼ばれています。下の写真が今回の花で、右の写真はネットから転用させていただいたヒトツバタゴの花の写真です。このような写真から判断いたしました。
クリックすると拡大  界 植物界 Plantae
  門 被子植物門 Magnoliophyta
  綱 双子葉植物綱 Magnoliopsida
 亜綱 キク亜綱 Asteridae
  目 ゴマノハグサ目 Scrophulariales
  科 モクセイ科 Oleaceae
  属 ヒトツバタゴ属 Chionanthus
  種 ヒトツバタゴ Chionanthus retusus
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ツツジも咲いていました。関西ということを考えるとツツジ科ツツジ属のコバノミツバツツジの可能性が高いです。ミツバツツジは中部地方から関東地方に分布し、コバノミツバツツジは本州中部以西から九州まで分布するそうです。
  界 植物界       Plantae
    被子植物      Angiosperms
    真正双子葉類    Eudicots
    コア真正双子葉類  Core eudicots
    キク類       Asterids
  目 ツツジ目      Ericales
  科 ツツジ科      Ericaceae
 亜科 ツツジ亜科     Ericoideae
  連           Rhodoreae
  属 ツツジ属      Rhododendron
 亜属           Rhododendron subg. Azaleastrum
  節           Rhododendron sect. Tsutsusi
  種 コバノミツバツツジ Rhododendron reticulatum
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湖が良く見える場所が所々にあります。こちらは進んでいく東方向です。
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こちらは西方向です。
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途中では滝もありました。この川を登ると「蝙蝠谷の岩場」があります。
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滝があった部分は橋になっていて、その橋から進んでいく方向の遊歩道を撮りました。
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雰囲気をお伝えしたいので、小さい写真ですが歩いているところの写真を掲載いたしました。



野鳥観察広場までの間に4ケ所の休憩所がありました。かるがも休憩所と、おしどり休憩所と、しらさぎ休憩所と、まかも休憩所です。この写真は、2番目の休憩所である、おしどり休憩所です。
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黄色の花も満開でした。拡大した右の花から判断すると、ヤマブキ(山吹)のようです。ヤマブキはバラ科ヤマブキ属で一属一種だそうです。
クリックすると拡大  界 植物界    Plantae
    被子植物   angiosperms
    真正双子葉類 Eudicots
    バラ類    rosids
    マメ類    fabids
  目 バラ目    Rosales
  科 バラ科    Rosaceae
 亜科 サクラ亜科  Amygdaloideae
  属 ヤマブキ属  Kerria
  種 ヤマブキ   Kerria japonica
 英名        Japanese kerria
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すみれ(菫)もところどころで見かけました。スミレの種類は多いので名前の特定は難しいです。私が持っている牧野新日本植物図鑑に載っているスミレの名前だけでも、いちげきすみれ、おおばきすみれ、きばなのこまつめ、たかねすみれ、にょいすみれ、あきすみれ、たちすみれ、たですみれ、えぞのたちつぼすみれ、たちつぼすみれ、においたちつぼすみれ、ながばのたちつぼすみれ、おおたちつぼすみれ、ながはしすみれ、いぶきすみれ、あおいすみれ、においすみれ、あけぼのすみれ、すみれさいしん、ながばのすみれさいしん、ひめすみれさいしん、うすばすみれ、りこくすみれ、みやますみれ、げんじすみれ、ひなすみれ、ふじすみれ、しはいすみれ、ふもとすみれ、ひめみやますみれ、こみやますみれ、ひかげすみれ、まるばすみれ、けまるばすみれ、しろすみれ、すみれ、のじすみれ、ひめすみれ、さくらすみれ、あかねすみれ、おかすみれ、こすみれ、ひめきくばすみれ、えいざんすみれ、と44種類あります。私の周辺で最もよく見かけるのはタチツボスミレ(立坪菫)ですが、細長い葉もまざっていることからナガバノタチツボスミレ(ナガバ・タチツボスミレ)かもしれません。Wikipediaiに載っていたナガバタチツボスミレの写真を右に紹介します。名前が違ってもスミレ属までは同じです。
クリックすると拡大 界 植物界        Plantae
 門 被子植物門      Magnoliophyta
 綱 双子葉植物綱     Magnoliopsida
 目 キントラノオ目    Malpighiales
 科 スミレ科       Violaceae
 属 スミレ属       Viola
 種 ナガバタチツボスミレ Viola ovato-oblonga
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こちらが我家の牧野新日本植物圖鑑です。図の部分には旧字の圖が使われています。小学校4年生の時に広島市井口町の井口小学校から神戸市東灘区岡本の本山第一小学校に転校になった時に井口小学校の担任の先生から、クリックすると拡大野口英雄の伝記と牧野新日本植物図鑑の携帯版を頂いたのです。その携帯版がボロボロになったので買い替えたのがこの本です。こちらもボロボロになりました。右の写真が井口小学校の入学式の時の写真です。右端に座っている若い先生が担任の先生です。
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参考に牧野新日本植物圖鑑のナガバノタチツボスミレの記載内容を紹介します。
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後ろ姿ならば大きな写真で紹介出来ます。


元はガードレールだけだったのだと思います。自転車や人の安全のためにさらに内側に柵を付けたのだと思います。柵には自転車の形がアレンジされていました。
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すこし花が残った桜の木もありました。
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対岸は一般道路があるので湖沿いには沢山の橋がかけられていました。見えている道路は神戸加東線です。
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こちらの対岸の橋は立派で大きかったです。湖岸は入り組んでいますが、道路は真直ぐに作るためだと思います。
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木の意だからですが、目的の場所であった衝原大橋が見えてきました。
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少し進むと木の無い場所があったので、湖を横断する衝原大橋を撮りました。
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ズームで橋を大きく撮りました。一見は2段の橋のように見えますが、2つの橋が写っているのです。高いところを通っているのは高速道路の「つくはら橋」です。その手前の低いところにあるのが衝原大橋です。もちろん、つくはら橋の方が大きいのですが、小さい方に大橋の名前が使われています。この衝原大橋は自転車と歩道の専用橋なのです。主塔が真中に1ケ所の斜張橋です。高速道路に使われている「つくはら橋」は、主塔が2ケ所の斜張橋に似た橋ですが、主桁の剛性が大きくし、斜材の負荷を低くした3径間連続エクストラドーズド橋です。そのために斜材を支えている主塔が低いそうです。1998年の完成当時は世界最大のエクストラドーズド橋でした。
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クリックすると拡大自転車・歩道用の衝原大橋がよく分かるように片方だけを拡大いたしました。それでも正面からだと分かりにくいと思うのでネットの写真を右に転用させていただきました。つくはら橋(高速道路)は2本の橋で構成されていたので、計3本の橋がかかっていたのです。
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近づいて撮りましたが木が邪魔して、先ほどの場所の方が全体が判りました。
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同じ場所からの対岸の景色です。
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水が流れている場所は癒されます。
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遊歩道の一部は「太陽と緑の道」という名前もついていました。


さらに遊歩道は続きました。
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橋が大きく見えてきました。野鳥観察広場も近いです。
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野鳥観察広場の観察小屋に到着いたしました。


この観察小屋の中で昼食にすることにいたしました。私はコンビニで買ってきたおにぎりだけでしたが、皆さんは家でお弁当を沢山作られてきていたのでお裾分けをいただきました。バスの発車時間に間に合うぎりぎりまで懐かしい話で盛り上がりました。記念写真も撮りました。一番右側が私です。
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皆のために、半熟のゆで玉子を沢山作られてきた方もおられました。私は2つもいただきました。カカオ86%と72%のチョコレートもいただきました。
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バス停に戻るときの写真も紹介します。右側に湖が見えています。来る時の写真では、湖は左側に写っていたはずです、
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おしどり休憩所まで戻ってきました。
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来た道を戻ってバス停に来ると、すでにバスが着ていました。お客は我々7名だけでした。
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クリックすると拡大呑吐ダム(どんどダム)の周辺を、昔(1974年)と今の同じ範囲の航空写真で紹介します。黄色の枠の右側にある池から正確な位置と縮尺を割り出しました。上段の航空写真の黄色の枠の範囲が下段の航空写真です。1974年には全くダムはありません。右の写真をクリックすると、1974年と今の池を比較できます。
       1974年               現在
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現存する日本最古の民家が神戸にありました。 箱木千年家 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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神戸電鉄の箕谷駅に9時30分に待ち合せて初めて参加させていただいたクリックすると拡大ハイキング「第72回 神戸市北区の重要文化財巡りハイク」で最初に向かったのが兵庫県神戸市北区山田町衝原字道南1-4にある箱木千年家です。実家がある逆瀬川からは阪急電車で新開地まで来て、そこからは前記事で紹介した通り神戸電鉄に乗って箕谷駅まで来ました。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六条八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅

クリックすると拡大箕谷駅から少し下ったところにある下の写真のバスターミナル(箕谷駅前)からバスに乗りました。右の写真のように土曜日の9時台から18時台は1時間に1本なので、神鉄の箕谷駅から急いで坂道を下りてきました。右の写真はこのままでは数値が読めないと思いますがクリックすると拡大いたします。
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箕谷駅前バス停からは111系統の9時41分発のバスに乗り終点の衝原バス停まで行きました。
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終点なので一番後ろに乗りました。我々以外にもハイキングに行くと思われる人が沢山乗られていました。


こちらが衝原バス停です。料金350円は関東のICカードのパスモで払うことが出来ました。
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衝原(つくはら)のバス停留所から箱木千年家までのルートをを紹介します。つくはら湖周辺の散策で最初に訪れたたのが箱木千年家(箱木家住宅)でした。資料によれば北西方向の約70mの湖底が移築前に建っていた場所だそうです。とりあえずその位置に家のマークを付けました。
クリックすると拡大  衝原バス停留所
  箱木千年家(箱木家住宅)
 ━━ 散策ルート(衝原バス停→箱木千年家→つくはら湖散策→衝原バス停)


バスを降りると千年家と書かれた看板がありました。


畑の向こうに茅葺屋根の家が見えました。おそらく、そこだろうと進んでいきました。
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箱木千年家は左の奥にあります。箱木千年家は個人の所有で、その所有者の方が住んでいるのが左側の家です。
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箱木千年家の前には説明がありました。説明板の内容を枠内に転記いたしました。ダム建設のために日本最古の住宅が移築になったのは残念なことですが、移築のための調査によって、初めて日本最古であることが分かると共に、江戸時代の改築の詳細も判明したのも事実であります。移築前の1977年(昭和52年)までは実際に住居として使用されていたそうです。さらに移築の調査結果出る12年前の1967年(昭和42年)には国の重要文化財に指定されていたことから、建設された年代が特定できなくても重要な建物であることは認識されていたことになります。
            箱木家住宅 (国指定重要文化財)
指定年月日 昭和四十二年六月十五日
一般には「箱木千年家」の名で知られています。
箱木家は古くからこの地方の土豪であったと伝えられ、代々庄屋を勤めた家柄です。
現代の建物は、呑吐(どんど)ダムの建設に伴い、昭和五十二年七月から五十四年三月にかけて移築工事が行われ、従来のところから数十メートル離れた高台に建っています。
移築の際に行われた解体調査及び敷地発掘調査により、現存する日本最古の民家であることが確認され、加えて十四世紀頃に建てられた「母屋(おもや)」と、後に建てられた「離れ」とを江戸時代末期に一つの屋根の下に納めた合成建物であったことも明らかになりました。
現在は「母屋」と「離れ」を建築当初の形に分離して再建し、築山、中庭、納屋、土蔵等を移築前とと同じように配置しています。
平成四年三月 神戸市教育委員会
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入口から見た箱木家住宅の敷地です。現在、一般の民家(住宅)において日本最古レベル(室町時代以前)と考えられているのは次の3つです。それ以外に千年家と伝承されている三大千年家も紹介します。記載している時代は、伝承を含まない学術的および科学的な検証の年代です。ちなみに室町時代は1336~1573年で、鎌倉時代は1185~1333年で、箱木家住宅に使われている木材の伐採時期は1283~1307年(放射性炭素年代測定法)です。
 日本最古レベル
  箱木家住宅(兵庫県神戸市北区山田町)  室町時代 or  鎌倉時代後期
  古井家住宅(兵庫県姫路市安富町)    室町時代後期
  堀家住宅(奈良県西吉野村)       室町時代後期
 三大千年家(通称 伝承)
  箱木家住宅(兵庫県神戸市北区山田町)  室町時代 or  鎌倉時代後期
  古井家住宅(兵庫県姫路市安富町)    室町時代後期
  横大路家住宅(福岡県糟屋郡新宮町上府) 江戸時代前期
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石碑があり「史跡 千年家」と書かれていました。今は「箱木家住宅」あるいは「箱木千年家」と呼ばれているので、少し前に作られたものと推測されます。この石碑が移築されたものかどうかが気になるところです。学術的には約720年前~約620年前の建物と考えられていますが、千年家と呼ばれるようになったのは少なくとも約220年前からのようです。箱木家には大同年間(806~810)に建築と伝承されていて、1796年(寛政8年)~1798年(寛政10年)に刊行された摂津名所図会に806年(大同元年)に建てられたと記されていたからだそうです。その時点で約1000年で今であれば1200年になります。
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さっそく中を見学させていただくことにいたしました。右の写真の案内所の中で料金を支払って中の扉から入りました。
 料金 大人        300円
    小・中学生     150円
    団体(30人以上)   3割引
 休館 12月26日~01月10日
 時間 9:00~17:00 (04月01日~10月31日)
    9:00~16:00 (11月01日~03月31日)
     臨時休館があるようなので平日などは電話確認をお薦めします。


右の大きい方の建物が「母屋」で左の建物が「離れ」です。移築前はこの二つが一体となった一つの建物になっていたそうです。移築を機会に建設当初に戻した結果だそうです。
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Google Mapの航空写真で箱木家住宅を紹介します。萱葺建物の2棟が箱木家住宅です。建物の左側の深緑色の部分が、つくはら湖です。現在の建物がある地域がダムが出来て水没する地域の人達が移転するために作られた造成地と思われます。現在の箱木家住宅の北西方向70mあたりの湖底に移設前の箱木家住宅がありました。
写真をクリックするとオリジナルのGoogle Mapの航空写真を表示します。
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案内所で頂いた説明書に載っていた母屋と離れの正面図です。
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今回のメンバーでの記念写真です。紹介の記念写真は、顔が判らないように人が小さく写った写真にさせていただきました。一番右側が私です。
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移設前の模型も置かれていました。
上の写真の建物の状態が確認出来ました。建物の右奥側に土蔵と納屋があり、左手前に塀で囲われた築山や中庭があります。
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広い範囲を表示させると左端に湖が出来る前の志染川があります。この場所が、つくはら湖の湖底に沈んだことが実感させられました。
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受付場所に「母屋」と「離れ」が一体の移築前の写真が展示されていました。この状態で江戸期から移築が決まった1977年まで住居として使われたそうです。写真からも生活が行われていたことが伝わってきます。
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母屋の右側に土蔵と納屋がありました。納屋の中にはいろんな展示物が置かれていました。上の写真の模型も納屋に展示されていました。
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発掘で出てきた昔の基礎図も展示されていました。
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発掘時の写真です。
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いろんな農機具も置かれていました。
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見事な土塀と茅葺でした。
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茅葺の見事さを実感してもらうためにアップしました。かなりの厚みでした。軒下が低いのにも驚かされました。私の身長よりも低いのでかがむ必要がありました。今ほど室町時代だからこその高さなのかもしれません。
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軒裏の構造も見事です。
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ここから建物の内部を紹介いたします。そこで受付で頂いた説明書に載っていた14世紀建設当初および移設後の配置図を紹介します。
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こちらが母屋の内部です。土間に竈があります。料理などをした台所だったのだと思います。配置図では「にわ」と書かれている部分です。
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その土間「にわ」から見た板間の方向です。
移築時の解体調査により、母屋の建設時期の公式見解は室町時代の14世紀ごろとなっていますが、2005年に建築当初の部材について放射性炭素年代測定法による調査が行われた結果、使用されている部材が1283~1307年に伐採されたものであることが判明したそうです。発掘調査で出土した土器の年代も13世紀後半であることも考え合わせると、母屋(主屋)の建築が鎌倉時代にさかのぼる可能性も考えられています。そうすると約720年前と言うことになります。ただし室町時代の14世紀ごろでも、他の日本最古クラスの2軒が室町時代後期であることから、箱木家住宅が日本最古と推定されています。
上でも書かせていただきましたが、少なくとも元禄期には「千年家」と呼ばれるようになっていたそうです。箱木家には大同年間(806~810)に建築と伝承されていたと共に、近世の摂津名所図会などには806年(大同元年)に建てられたと記録されているそうです。確認されている範囲ではありますが、日本で室町時代にさかのぼるとされる民家は、箱木家の他では古井家住宅(姫路市安富町)と堀家住宅(奈良県西吉野村)の2つしかないそうです。
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上の写真で右側の板間です。配置図では「だいどこ」と書かれています。奥にも部屋があります。配置図では「なんど」と書かれています。
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南側の部屋には囲炉裏(いろり)があることから、今で言えば居間の存在だと思います。配置図では「おもて」と書かれていました。長い年月の間に多くの修理が行われことが見受けられるそうですが、この おもて の間には建設当初の柱が6本残されていて、桁梁の類には8本が残されているそうです。
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別の方向から見た土間「にわ」です。囲われている部分は馬屋です。配置図では「うまや」と書かれていました。昔は同じ屋根の下に人と馬が住んでいたことが分かりました。
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現在の馬屋の中には沢山の農機具が保管されていました。
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真上を撮った写真です。天井板はなく屋根裏がむき出しの構造の建物でした。
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よく見ると屋根裏に「おたふく(おかめ)」の面が飾られていました。
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その「おたふくの面」を拡大いたしました。上棟式で取り付けられたものと思われます。
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母屋の梁行断面図も紹介します。
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こちらが「離れ」です。
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手前が8畳で、奥が6畳の畳部屋です。
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茅葺の裏側の写真です。
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上で建設当初の配置図を紹介しましたが、ここでは江戸期(少なくとも1792年)から1977年までの配置図を紹介します。室町時代か鎌倉時代に母屋が建てられて、その後に離れが建てられたそうです。さらに江戸時代ですが2棟をつなぐ2部屋が作られて一つの建物にしたことが移転時の調査で判ったそうです。1796年(寛政8年)に刊行された摂津名所図会には一棟として描かれていたので、1796年までには一体に改造されていることがわかっているそうです。
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入母屋造りの茅葺屋根の一番上の飾りも独特でした。茅を束ねて丸太状に9本の上に竹を置いている構造です。2本の竹をそれぞれ根元側を外にして真中をつないで1本に見せています。母屋と離れが一体の移設前(江戸期改築)は丸太状の茅の束は17本でした。移設するときは建設当初(室町期か鎌倉期)の姿に戻すが、そのままの江戸期の姿で移設するか議論になったことでしょう。
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構造が分かるように端の部分を掲載しました。
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離れの屋根の飾りも同じだったと想像されます。ただし竹は頂部から外れてしまったようです。
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同じタイプの屋根の飾りを別の場所で見つけたので紹介します。
この屋根があったのは、この日の午後に行った無動寺でした。お寺の屋根ではなく住職のお住まいの建物の屋根でした。住所は兵庫県神戸市北区山田町福地100で箱木家住宅から直線距離で3.1kmの距離です。
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竹の根元を使った部分を拡大いたしました。この地域の特徴の飾りなのかもしれません。
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そういえば前々記事で紹介した下谷上農村歌舞伎舞台の屋根の飾りも似ていました。こちらも神戸市北区山田町です。根っこの部分は折れて取れてしまったように見えます。
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案内所で頂いた説明書を紹介します。クリックすると読める大きさに拡大いたします。
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呑吐ダムが出来る前の1970年に国土地理院が発行した50,000分の1の地形図が我家にあったので、箱木家住宅あたりを紹介いたします。当時の道路は現在は湖底になっているので、当時と現在と比較するのは等高線になります。つくはら湖の湖面の標高は139mであることから標高140mの等高線が分かるように「標高140m(湖面)」を追記しました。この標高あたりに現在の湖の湖岸があります。参考に標高200mの等高線の位置が分かるようにも注記いたしました。盛り土をして造成地にしたと思われる部分を赤い線(━━)で囲みました。
クリックすると拡大クリックすると現在の「つくはら湖」全体が入る地形図を表示します。
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上で紹介した地形図と同じ範囲の現在の航空写真を紹介します。
両者を比較して結果、移設前の箱木家住宅は地形図の中央のと想像されます。移設後の箱木家住宅の位置は地形図では標高140mより低いことから、移設後の箱木家住宅が建てられは造成地は盛り土をして作られたことも判りました。クリックすると拡大するので、より分かりやすくなると思います。オリジナルのGoogle地図→ポチッ
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箱木千年家の場所を紹介します。神戸と言っても港に近い中心部から離れています。阪急の三宮駅から歩くルートで紹介します。正しいかどうかは判りませんがGoogle地図のシステム計算によれば上りの累計は421mで、下りの累計は286mで、最も高いところが小部峠(371m or 369m Google:359m )になります。紹介の画面では表示されていませんが、別の画面では箱木家住宅の場所の標高は145mと表示されました。
 名前 箱木家住宅 国指定重要文化財 
 通称 箱木千年家
 住所 兵庫県神戸市北区山田町衝原字道南1-4 → ポチッ
 電話 078-581-1740
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久しぶりに神戸電鉄に乗りました。 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で2019年4月20日に新入社員として配属になった神戸事業所の仲間と神戸市北区山田町の国指定の重要文化財巡りのハイキングにクリックすると拡大右の写真の神戸時代の仲間と行ったことを紹介させていただきましたが、待ち合わせ場所の箕谷(みのたに)駅までは神戸電鉄(神鉄)を利用しました。神戸電鉄は会社の事業所の近くでしたが意外と乗る機会がありませんでしたが、年に1~2度程度ですが忘年会などの宴会を1泊で有馬温泉にある会社の保養所で行った時に神戸電鉄を利用しました。宴会の翌日は保養所から神戸電鉄に乗って会社に通勤していたのが思い出されます。転勤したことから27歳が神戸電鉄に乗ったのが最後だったと思います。今回の神戸電鉄の利用はそれ以来のことなので楽しみにしていたわけです。
上の写真は出発駅の新開地駅に停まっている8時10分発の準急三田行です。先頭に5011と書かれているので5000系電車です。この電車に乗って乗り換えなしで箕谷駅まで行きました。それでは箕谷駅までの神鉄の旅を紹介したいと思います。

実家のある逆瀬川駅からは阪急電車で来ました。乗換には改札機がないのでIC乗車券で逆瀬川駅を入って箕谷駅を、そのIC乗車券で出たわけです。ちなみにIC乗車券は関東のパスモです。逆瀬川から箕谷まで840円でした。帰りは箕谷からバスを利用すると720円で行けることを帰りに知りました。箕谷→三宮のバスの料金が440円で、三宮から逆瀬川の阪急の料金が280円だったからです。逆瀬川から箕谷までの間にあった神戸高速鉄道は車両を持たない鉄道会社です。阪急電鉄・神戸電鉄・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道の4社が神戸高速鉄道から施設(線路、設備)を借りて自社路線として営業する方式です。本方式の会社などの第三種鉄道事業者は少なくとも全国に19社/者(自治体を含む)ありますが、4社の鉄道会社が利用している第三種鉄道事業者は神戸高速鉄道だけです。
  4社利用:1社 3社利用:なし 2社利用:7社/者 1社利用:16社/者
 車両   路線        区間
 阪急電鉄 阪急電鉄      逆瀬川~神戸三宮
 阪急電鉄 神戸高速鉄道東西線 神戸三宮~新開地
 神戸電鉄 神戸高速鉄道南北線 新開地~湊川
 神戸電鉄 神戸電鉄      湊川~箕谷
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下の写真が神戸電鉄の車内です。車両は川崎重工製でした。1948年以降は全て地元の川崎重工製だそうです。それ以前は日本車輌でした。
神戸電鉄の沿革を簡単に紹介します。駅名の後ろの括弧内はクリックすると拡大現在の駅名です。会社設立(1926年)から93年になるわけです。右の写真が1928年に製造され、開業時点に使用されたデ1形車両で、このタイプの車両は新しい型に置き換わっていきながらも1967年まで使用されたそうです。
 1921年11月   神有電気鉄道の趣意書が発表
 1926年03月27日 神戸有馬電気鉄道として会社設立
 1928年07月30日 バス営業開始
 1928年11月28日 有馬線が開業 湊川~電鉄有馬(有馬温泉)
 1928年12月18日 三田線が開業 唐櫃(有馬口)~三田
 1936年12月28日 三木電気鉄道(三木鉄)が開業 鈴蘭台~広野ゴルフ場前
 1937年12月28日 広野ゴルフ場前~三木東口(三木上の丸)が開業  三木鉄
 1938年01月28日 三木東口(三木上の丸)~三木福有橋(三木)が開業 三木鉄
 1945年11月08日 鷹取道(丸山)~長田で脱線事故 48名死亡180名負傷
 1947年01月09日 三木電気鉄道を合併 神有三木電気鉄道に社名変更
 1949年04月30日 神戸電気鉄道に社名変更
 1951年12月28日 三木福有橋~電鉄小野(小野)が開業
 1952年04月10日 電鉄小野(小野)~粟生が開業 粟生線全通
 1961年05月25日 京阪神急行電鉄(阪急阪神ホールディングス)と事業提携
 1968年04月07日 神戸高速鉄道に乗り入れ開始
 1988年04月01日 神戸電鉄に社名変更
 1991年10月28日 公園都市線(横山~フラワータウン)が開業
 1995年01月17日 阪神・淡路大震災で被害
 1996年03月28日 公園都市線全通により現在の路線が完成
 2007年04月01日 IC乗車カード(PiTaPa)導入
 2015年03月03日 IC乗車カード全国相互利用が可能となる
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社内の路線図です。概ね三田方面と三木方面の路線になっています。三田方面は有馬口から有馬温泉・行きに別れていて、横山からウッディタウン中央・行きに分かれています。
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今回乗った範囲(新開地駅~箕谷駅)の神戸電鉄の駅をGoogle地図にプロットしました。カメラマークは駅以外の車窓の写真を撮った位置を表しています。丸山駅()から鈴蘭台駅()までは動画を撮っていたので写真ありません。上で紹介の動画の中に、4つのトンネルと廃駅の菊水山駅跡が写っています。
駅の到着時間も紹介します。ただし菊水山駅は2005年3月26日休止となり、2018年3月23日廃駅となったために通過時刻です。準急のため停車しない丸山駅と鵯越駅も通過時刻です。トンネル(━━)は4ケ所あります。ただし2ケ所はの下に隠れているのでプラスのアイコンを2回クリックして拡大したあとスクロールして画面を移動すると判ると思います。→ポチッ
  8時10分 新開地駅
  8時11分 湊川駅
  8時14分 長田駅
  8時15分 丸山駅(通過)
  8時16分 鵯越駅(通過)
  8時18分 菊水山(廃駅)
  8時22分 鈴蘭台駅
  8時27分 北鈴蘭台駅
  8時29分 山の街駅
  8時32分 箕谷駅
 ━━ トンネル 丸山駅~鈴蘭台駅 4ケ所
 ━━ 地下部分 新開地駅から長田駅の手前
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長田駅です。この辺りから急こう配になっていきます。
神戸電鉄と言えば忘れてはならないのが、終戦の年の1945年11月18日に死者48名を出した事故です。神戸電鉄は山越えの路線であることから急こう配の線路が長く続きます。鵯越~丸山間で抑速ブレーキが利かなくなり33‰の連続下り勾配区間で加速し丸山~長田間の曲線部で制限を遙かに超えた高速で脱線転覆し死者48名負傷者180名の犠牲を出す大事故でした。クリックすると拡大私が生まれる前のことではありますが神戸に勤務していたこともあり電車事故があるごとに、事故のことを聞かされました。
右の写真は運転席に置かれているマスコット「しんちゃん」人形です。冒頭の写真から切り取りました。
今は「しんちゃん」が見守ってくれているのだと思います。
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長田駅を過ぎると急こう配になってきます。カーブでは車輪の擦る音が聞こえます。カメラマーク1番目の位置です。神戸電鉄の最大勾配は50‰(50/1000)です。ちなみにラック(歯車)などを使わず車輪とレールの摩擦だけで登る普通鉄道では日本一の急勾配の箱根登山鉄道は80‰(80/1000)です。箱根登山鉄道の車両も川崎重工製が多かったです。
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急こう配なのが分かってもらえるでしょうか。こちらがカメラマーク2番目の位置です。
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丸山駅の少し手前から鈴蘭台駅までは動画を撮ったので紹介します。途中で3回ほど電車とすれ違いました。ただしトンネルの中の1回はカットしているので本動画には入っていません。もう一回はカーブのために電車の影だけです。本来は6分19秒の動画ですが、カットすることで5分3秒の動画になっています。
トンネルの長さはGoogleの航空写真で測った長さです。鵯越(ひよどりごえ)は平安時代末期の一ノ谷の戦いにおける奇襲「鵯越の逆落とし」で知られる鵯越です。場所に関しては諸説あるようですが、少なくとも名前が使われるほど険しいところなのです。
トンネルの名前は動画から読み取ってネットで検索して確定しました。菊水山隧道は菊水山を刳り貫く形で通っています。動画の初期画面に表示されているトンネルは3番目の烏原隧道(長さ57m)です。同じ初期画面の右下端に写っているのが廃駅となった菊水山駅ホーム入口の手摺でクリックすると拡大す。
 0:07 丸山駅
クリックすると拡大 1:17 鵯越駅(ひよどりごえ駅)
   1:46 中山トンネル 240m
   2:18 角山トンネル  49m
 2:25 菊水山駅(廃駅) 2005年3月26日休止 2018年3月23日廃止
クリックすると拡大   2:37 烏原隧道    57m
   2:52 菊水山隧道 1180m
 4:44 鈴蘭台駅


廃駅となった菊水山駅が気になっている方がおられると思います。残念ながら動画を撮っている間は写真が撮れなかったので、動画から静止画像を切り取って連続写真を作りました。角山トンネルの出口から連続写真が始まります。クリックすると代表的な1画面を拡大いたします。後半の画面で正面に見えているトンネルが烏原隧道です。
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4つのトンネルも動画の静止画像から切り取りました。菊水山隧道の入口はカーブの途中にあるので正面からは撮れませんでした。角山トンネルの出口側に廃駅となった菊水山駅跡が見えます。菊水山隧道は3枚組にしています。
     中山トンネル 240m         角山トンネル 49m
クリックすると拡大クリックすると拡大
     烏原隧道 57m           菊水山隧道 1180m
クリックすると拡大クリックすると拡大

3回の電車のすれ違い時の写真を紹介します。最初の写真は急カーブのため電車の影だけです。影の中で車両と車両の隙間が2ヶ所明るく写っています。2枚目のトンネル(菊水山隧道)の中では暗いためピントは運転席のガラスに合っているために電車自体はピンボケになっています。まともに撮れているのは3枚目の鈴蘭台に着く寸前です。遠くに鈴蘭台駅が写っています。私が関東に引越したころは3枚目の写真の3000系の時代でした。3000系は神戸電鉄で初のアルミ合金製車体でした。
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写真で撮っていない丸山駅と鵯越駅と鈴蘭台駅も動画から切り取った静止画で紹介します。上段の左が丸山駅で右側が鵯越駅(ひよどりごえ駅)です。
下段の2枚が鈴蘭台駅です。
      丸山駅               鵯越駅
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      鈴蘭台駅              鈴蘭台駅
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ここから先はカメラで撮った写真です。
こちらの写真は鈴蘭台駅に停まっている時に撮りました。ここから路線分かれます。右側が三田および有馬温泉方面です。左側が三木および粟生方面です。
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三田方面に出発してすぐに電車とすれ違いました。上の地図のカメラマーク3番目の位置です。5014と書かれているので5000系電車です。
神戸電鉄では、6500系(3両)、6000系(8両)、5000系(40両)、2000系(17両)、3000系(36両)、1500系(6両)、デ1300形(10両)、デ1350形(12両)、1370形(4両)、1100系(26両)、1150系(5両)、クリックすると拡大デ1070形(6両)が保有されています。括弧内は製造数で現在の保有数ではありませんが新しい車両は保有数と考えて良いと思います。新開地駅で我々より前に出発した右の写真の鈴蘭台行き普通電車が1100系でした。1100系は約50年前の1969年~1972年に川崎重工業の兵庫工場で製造された車両です。
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新開地駅で我々より前に出発した鈴蘭台行き普通電車が1100系を拡大いたしました。神戸電鉄の旅客用の車両に関して詳しくまとめてみました。製造者は現在の会社名で正式には日本車輌製造(株)と川崎重工業(株)です。
本車両リストは、Wikipediaに形式別に記載されている内容をまとめたものです。現有数は製造数から廃車数を単純に引き算したものなので、Wikipediaに廃車数の全てが書かれていない場合は現有数が変わるので参考程度としてください。太平洋戦争の1941年12月8日~1945年8月15日は車両の製造は行われていません。車両の譲渡神中鉄道からおこなわれました。神中鉄道は1917年から1943年(相模鉄道に吸収合併)まで存在した会社です。相模鉄道の西横浜~厚木が旧神中鉄道です。神鉄の旧車両の写真→ポチッ
形式 製造者 製造期間
(年)
改造
譲渡
完全
廃車
一部
廃車
製造
(両)
廃車
(両)
現有
(両)
デ1形 日本車輌 1928 1929   1967   10 10 0
デニ11形 日本車輌 1928 1928   1967   4 4 0
デ101形 日本車輌 1929 1929   1971   10 10 0
クハ141形 日本車輌 1929 1929 1944 1974   1 1 0
クハ131形  日本車輌 1935 1936 1942 1971   2 2 0
クハ151形 日本車輌 1937 1940 1942 1971   1 1 0
デ201形 川崎重工 1948 1948   1974   8 8 0
デ211形 川崎重工 1951 1951   1974   4 4 0
300系 川崎重工 1960 1964   1994   10 10 0
800系 川崎重工 1962 1968   1993   17 17 0
デ1000形 川崎重工 1965 1968   1995   10 10 0
デ1050形 川崎重工 1968 1968   2010   11 11 0
デ1070形 川崎重工 1974 1976     2010 6 4 2
1100系 川崎重工 1969 1972       39   39
1150系 川崎重工 1977 1987       6   6
デ1300形 川崎重工 1971 1973       10   10
1370形 川崎重工 1975 1979 1997     6   6
デ1350形 川崎重工 1979 1987       12   12
3000系 川崎重工 1973 1991       36   36
2000系 川崎重工 1991 1993       17   17
1500系 川崎重工 1991 1991       6   6
5000系 川崎重工 1994 1998       40   40
6000系 川崎重工 2008 2010       8   8
6500系 川崎重工 2016         3   3
            合計 277 92 185
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こちらが北鈴蘭第駅です。
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カーブが多いです。カメラマーク4番目の位置です。
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箕谷駅の一つ手前の山の街駅です。
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ここでも電車にすれ違いました。山の街駅から箕谷駅までは特にカーブが多かったです。カメラマーク5番目の位置です。5010と書かれているので、こちらも5000系電車です。5000系の主要諸元を紹介します。一番新しい新型は2016年製造からの6500系です。6000系は2008年~2010年製造です。
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 製造年    1994年~1998年
 製造数    40両
 編成     4両編成
 軌間     1,067 mm
 電気方式   直流1500V
 最高運転速度 80 km/h
 設計最高速度 100 km/h
 起動加速度  3.0 km/h/s
 編成定員   122名(先頭車)133名 (中間車)
 全長     18,290 mm(先頭車)18,140 mm(中間車)
 全幅     2,700 mm
 全高     4,120 mm(パンタ付車)4,030 mm(パンタ無し車)
 車体     アルミニウム合金
 台車     軸梁式ダイレクトマウント空気ばね台車 KW-68
クリックすると拡大 主電動機   MB-5057A 三相かご形誘導電動機
 主電動機出力 120 kW
 駆動方式   平行カルダン駆動方式
 歯車比    7.07
 編成出力   1,920 kW
 制御方式   GTO素子VVVFインバータ制御
 制御装置   三菱電機製MAP-128-15V43 電力回生・発電ブレーキ付
 制動装置   MBSA形電気指令式電磁直通ブレーキ・保安ブレーキ
 保安装置   神鉄形ATS 防護無線
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この先を左に曲がったら箕谷駅です。カメラマーク6番目の位置です。
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箕谷駅です。これで地下にある湊川駅以外は、写真か動画で紹介したことになります。
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ホームに下りたところです。出口は最後尾で、私は電車の先頭に乗っていたのでホームの端から端まで歩きました。
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箕谷(みのたに)駅は無人駅でした。
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箕谷駅からの料金表を紹介します。神戸電鉄以外にも乗り継ぎ先までの料金がが書かれています。書かれている鉄道会社は山陽電車、地下鉄・西神・山手線、北神急行電鉄、神戸高速線、地下鉄・海岸線、阪急電鉄、阪神電鉄です。西方向で最も高いのは山陽の姫路の1370円で、東方向で一番高いのが阪急の河原町(京都)の1180円です。逆瀬川まで840円のわりに京都まで1180円で行けてしまうのにも驚きました。
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こちらが待合場所です。9時30分の待ち合わせに対して8時32分着の電車で着いたので誰も着ていませんでした。1時間前に来たのは前記事でも書いた通りクリックすると拡大皆とハイキングに行く前に、箕谷駅の近くにある国指定重要有形民俗文化財の下谷上農村歌舞伎舞台(しもたにがみ のうそん かぶきぶたい)を見に行くためでした。ハイキングの名前は「第72回 神戸市北区の重要文化財巡りハイク」でした。
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下谷上農村歌舞伎舞台 神戸市北区山田町 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は今回の記事の主役である国指定重要有形民俗文化財の下谷上農村歌舞伎舞台(しもたにがみ のうそん かぶきぶたい)です。場所は神戸市北区山田町です。私が会社に入社して新入社員として配属となったのが神戸の事業所でした。昨年の12月に関西に行ったときに、その神戸の人たちの神戸駅前で行われた右の写真の飲み会(12月26日 権太)に初めて参加させていただき、懐かしい思いをさせていただきました。その時に年に数回ほどハイキングを行うことを聞いて、私が関西に行ったときにタイミングが合えば参加させていただくことになりました。その後、下記の案内が届いたので初めて2019年4月20日の「神戸市北区の重要文化財巡りハイク」に参加させていただきました。
 第70回 2019年1月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年3月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
 第72回 2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
ルートは次の枠内の通りでした。途中でバスを使っています。神戸市の北区に沢山の重要文化財があるのに驚かされました。関東に引越まで長く神戸(東灘区と須磨区)および神戸周辺に住んでいましたが、六甲山の北東方向の北区山田町に、これほど沢山の国指定の重要文化財があるとは知りませんでした。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六条八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→下谷上農村歌舞伎舞台(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅

ハイクの最初の訪問場所の箱木千年家で撮った、今回のメンバーでの記念写真です。紹介の記念写真は、顔が判らないように人が小さく写った写真にさせていただきました。一番右側が私です。いつもは、もっと多いそうですが、この日は7名でのハイキングとなりました。
こちらの住宅は室町時代か鎌倉時代後期に建てられたとされています。現存する日本最古の民家とされる国指定の重要文化財の箱木千年家に関しては 後日に紹介したいと思っております。
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こちらが集合場所の神戸電鉄の箕谷(みのたに)駅です。
集合時間は9時30分となっていましたが、ある理由により8時32分に箕谷駅に着きました。実はハイキングのルートの案内の中に、時間の関係で下谷上農村歌舞伎舞台には行かないこともありうる旨の説明があったことから、確実に下谷上農村歌舞伎舞台の写真を撮るために、私だけ早く来たのでした。
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駅前の写真のお店で下谷上農村歌舞伎舞台への行き方を訪ねて道順を教えていただきました。山田中学校まで行けば判るとのことなので、歩き始めました。
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途中に大きな道がありました。横断歩道を渡ったところで下谷上農村歌舞伎舞台の道順を聞きましたが、下谷上農村歌舞伎舞台は判らないとのことなので山田中学校の場所を聞くと中学校への道順はすぐに判りました。
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写真には写っていませんが左の方に中学校が見える位置まで来ました。横断歩道を渡って正面の細い道を進むと山田中学校です。押ボタン式の横断歩道ですが、ボタンを押しても信号が変わるまでに信じられないほど時間がかかる信号でした。私のように初めての人は、故障していると思ってしまうほど危険な信号でした。故障していると思って赤信号で渡ってしまう人が出ると思われるためです。私は辛抱強く待って青信号で渡りました。
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横断歩道を渡って道に入ったところに下谷上農村歌舞伎舞台の案内板がありました。山田民俗文化保存会が建てた道標(案内板)です。この道標のおかげで進む方向の確信が持てました。
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最初の目標の山田中学校に着きました。
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右のフェンス沿いの道の奥に下谷上農村歌舞伎舞台があります。道の左側に石碑が立っていました。
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石碑(参道の標石)には天彦根神社とありました。
天彦根神社は「あまつひこねじんじゃ」と呼ぶそうです。天彦根神社に下谷上農村歌舞伎舞台があるようです。
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中学校脇の道を進むと茅葺の建物が見えてきました。この建物が下谷上農村歌舞伎舞台と思いました。
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さらに近づきました。
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下谷上農村歌舞伎舞台の説明板がありました。クリックすると読める大きさに拡大いたします。説明によるとこの歌舞伎舞台は今から179年前の1840年(天保11年)に村芝居の舞台として建てられたものだとわかりました。日本全国には約2000棟の舞台が現存しているそうですが、ここにしかない舞台機構もあるそうです。その、ここだけの舞台機構は、花道の一部が回転して、反り橋が出る機構だそうです。それ以外に花道・太夫座・回り舞台・二重台。大迫り・ぶどう棚などの多種の舞台機構も備えているそうです。
下谷上農村歌舞伎舞台
この舞台は、江戸時代末の天保11年(1840)に建てられた村芝居の舞台である。
江戸時代には、原則として農民が芝居を観たり演じたりすることは禁じられていたが、実際にはこのような歌舞伎舞台が各地に建てられ農民たちは歌舞伎を楽しんでいた。現存する舞台は、全国で約2000棟、兵庫県下で約170棟ばかりある。
この舞台の特色は次のような点にあり、全国屈指の歌舞伎舞台として国指定の重要有形民俗文化財に指定されている。
 1.江戸時代の建立で、舞台建築としては古いこと
 2.規模が雄大であること(間口12メートル、奥行8メートル)
 3.花道・太夫座・回り舞台・二重台・大迫り・ぶどう棚など多種の舞台機構を備えていること
 4.花道の一部が回転して、反り橋が出る特殊機構があること(全国唯一)
 5.神社境内の付属建造物である長床(宮座行事の建物)の利用舞台としての典型であること
なお、この舞台は昭和52年(1977)1月に不審火で焼損したが、同54年(1979)9月に修復された。
神戸市教育委員会
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東側から見た舞台です。間口は12mで、奥行きは8mと歌舞伎舞台として大きなものだそうです。ここから見えているのが間口の12mです。
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奥に神社がありました。おそらく天彦根神社だと思われます。
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正面から見た天彦根神社です。祭神は天津彦根命(あまつひこねのみこと)だそうです。
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斜め横から見た天彦根神社です。
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脇に小さな祠もありました。
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神社の位置から見た歌舞伎舞台です。
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神社側の正面です。建物の右側(西側)に広い敷地があるので、その広い敷地から歌舞伎を見るのだと思います。
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クリックすると拡大広い敷地側から見た歌舞伎舞台です。ネットの写真を確認すると右の写真のように広場側の板壁が取り外されて舞台になっていました。右の写真の撮影者および撮影日は次の通りです。
 撮影者: 小田桐 一良さん
 撮影日: 2016年10月16日
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下谷上農村歌舞伎舞台の動画がYouTubeに登録されていたので紹介します。こちらの舞台機構の一つである「回り舞台」を廻す場面です。


左側の面が神社側で、右側が広い敷地側です。これが冒頭に使った写真です。
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驚いたことに下谷上農村歌舞伎舞台以外にも神戸市北区山田町には沢山の農村歌舞伎舞台および歌舞伎舞台があります。山田町の農村歌舞伎舞台の場所を紹介します。さらに北区淡河町にもあるそうです。その北区淡河町の北僧尾農村歌舞伎舞台(県・重文)は、現存する日本最古の安政6年(1777年)の農村歌舞伎舞台だそうです。藍那地区には八王子宮と釈迦堂と厳島神社に3つの農村歌舞伎舞台があったそうですが、厳島神社の舞台は廃絶となり、釈迦堂の舞台は1965年の台風23号で被害を受けた状態だそうです。ただし、あいな里山公園に新しい農村歌舞伎舞台が再現されています。のみ淡河町で他は山田町です。
  下谷上農村歌舞伎舞台(天津彦根神社)   北区山田町下谷上字砂川
  上谷上農村歌舞伎舞台(天満神社)     北区山田町上谷上字宮開地
  天津彦根農村歌舞伎舞台(天津彦根神社)  北区山田町原野字八王子
  藍那八王子宮農村歌舞伎舞台(八王子宮)  北区山田町藍那字北ノ谷
  藍那釈迦堂農村歌舞伎舞台(釈迦堂)    北区山田町藍那字下ノ町
  藍那農村歌舞伎舞台(あいな里山公園 再現)北区山田町藍那字田代
  小部農村歌舞伎舞台(大歳神社)      北区山田町小部字松宮山
  小河農村歌舞伎舞台(大歳神社)      北区山田町小河字向山
  坂本農村歌舞伎舞台(厳島神社)      北区山田町坂本字後阪
  六條八幡神社能舞台(六條八幡神社)    北区山田町中字宮ノ方
  北僧尾農村歌舞伎舞台(厳島神社 現存日本最古 北区淡河町北僧尾 


上で紹介の11ケ所の農村歌舞伎舞台の写真を紹介します。11ケ所の内9ケ所はネットから転用させていただきました。つまり2ケ所()は今回のハイキングで撮った写真です。からまで左上から順番に並べています。12枚目(最下段の右端)は11枚を順番に切り替えて表示する方式で表示しています。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

神戸市のホームページを調べてみると神戸市北区では農村歌舞伎が年に1回行われていました。行われる舞台は同じ場所ではなく次のように行われていました。2014年(平成26年)は第23回全国地芝居サミットin神戸が行われた年で2か所で歌舞伎の公演が行われました。2010年の農村歌舞伎が行われた歌舞伎舞台は、国営明石海峡公園の神戸地区(あいな里山公園)内に藍那集落に現存する藍那八王子宮農村歌舞伎舞台を再現した歌舞伎舞台です。
最近は11月の第1日曜日に上演されることが多いようです。今までの順番から言えば2019年は下谷上で2020年は上谷上の番でしょうか。(?)
リストの左端の記号は写真の位置を表しています。例 ②左:2段目の左側
 ①左 2010年04月18日 藍那農村歌舞伎舞台   北区山田町藍那
 ①中 2011年04月17日 小河農村歌舞伎舞台   北区山田町小河
 ①右 2012年04月15日 下谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町下谷上
 ②左 2013年04月21日 上谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町上谷上
 ②中 2014年04月19日 上谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町上谷上
 ②右 2014年04月20日 下谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町下谷上
 ③左 2015年11月01日 小河農村歌舞伎舞台   北区山田町小河
 ③中 2016年10月16日 下谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町下谷上
 ③右 2017年11月05日 上谷上農村歌舞伎舞台  北区山田町上谷上
 ④左 2018年11月04日 小河農村歌舞伎上演会  北区山田町小河



クリックすると拡大クリックすると拡大

クリックすると拡大建物の地下に入口がありました。特殊な舞台機構に関係した入口ではないでしょうか。
右の歌舞伎の上演中の写真を見ると、この地下の通路の上に花道が設置されるようです。その花道には一部に回転して反り橋が出る特殊な仕掛け(裏返し機構)もあるそうです。
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その裏返し機構がYouTubeに掲載されていたので、動画を紹介します。この仕掛けが、全国に約2000ある農村歌舞伎舞台でクリックすると拡大唯一の特殊機構だそうです。上の写真の地下通路はこのためだったのです。動画の中の歌舞伎は2012年04月15日に上演されたものです。


広場からも天彦根神社を見ることが出来ました。
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見事な茅葺でした。
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茅葺のコーナー部の写真です。
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屋根の裏側です。日本の木造建築の美しさを感じます。
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建物を作るために寄進した人たちの名前が沢山書かれていました。兵庫県下には約170の農村歌舞伎舞台が残っているそうですが、昔は約330もあったそうです。
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神戸電鉄の箕谷駅と下谷上農村歌舞伎舞台の位置関係が判るGoogleの航空写真を紹介します。下谷上農村歌舞伎舞台がある場所の住所は神戸市北区山田町下谷上砂川あるいは神戸市北区山田町下谷上宮の前6-5です。神戸市立山田小学校の住所は兵庫県神戸市北区山田町下谷上宮前15と出てきます。
  神戸電鉄 箕谷駅
  下谷上農村歌舞伎舞台
  箕谷バスターミナル
 ━━ 箕谷駅() → 下谷上農村歌舞伎舞台()

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三宮での飲み会も紹介します。 雪月風花 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で兵庫面の芦屋の居酒屋を紹介し、前々記事で今までに食事をしたレストランの場所をプロットしたGoogle地図を紹介させていただきました。そのGoogle地図にプロットしている海外のレストラン(177店)に関しては、ほぼ100%記事にしているのに対して、日本国内のレストランに関してはプロットしている248店舗の約50%(127店)しか記事を書いていないことに気が付きました。書くつもりだったお店も別の記事を書いているうちに後回しになっていたのです。そこで忘れてしまう前に印象的な飲み会を遡って紹介することにいたしました。と言っても本呑み会は、少し前に記事で紹介した20種類のワインが飲み放題の飲み会の一つ前の三宮(三ノ宮)での飲み会です。

クリックすると拡大お店は細長いブルーのビルの6階です。階段の踊場部分にお店の名前「雪月風花」が書かれています。この時の飲み会は海外の事業所(現地会社)に深く関わった右の写真のメンバーでの飲み会でした。クリックすると拡大10名の内8名が3年~5年ほどその海外事業所に赴任されていたのです。日本人学校がない場所のため既婚者は単身赴任でした。赴任者には若い独身者も多く、今回の8名の内2名は現地の会社内で女性を見つけて現地で結婚式を行うほどの深いつながりでした。2つの結婚式共に出席させていただきました。そんなメンバーでの飲み会なので、Vサインが沢山上がっているように、盛り上がらないわけはありませんでした。私は左の列の前から3番目です。
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席に着くと目の前に。この日の料理の献立(おしながき)が置かれていました。
今回は2時間飲み放題付きの下記のコースです。
 前 季節の八寸盛り
 造 お造り三種盛り
 吸 枝豆の冷製ポタージュ
 粋 燻製三種盛り
 肉 神戸牛の赤ワイン煮込み
 魚 鱸のフリット           ~自家製チリと奄美の塩~
 飯 自家製コーンドビーフの石焼リゾット
 果 自家製レアチーズケーキ      ~ベリーソースと一緒に~
   季節の果物
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先ずは前菜の「季節の八寸盛り」です。充実した前菜でした。ネットでこちらのお店の「季節の八寸盛り」の写真を検索してみると内容は頻繁に変えているようで同じ内容の写真はありませんでした。
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むうぴょんこさんからコメントを頂いた長方形の茶色い物体を拡大いたしました。クリックするとさらに拡大するので食べ物の名前を推測してみてください。最初は小さなつぶつぶを固めたように思いましたが、よく見るとつぶつぶは麺状のものの断面のように見えます。あるいは長いものような食材を使ったのかもしれません。
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先ずはビールで乾杯です。うれしいことに結婚が決まった人がおられました。そのお祝いでもあったのです。実はこの飲み会は若い人が多いのです。
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次は、お造り三種盛りでした。真ん中は明石の真鯛です。
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神戸で刺身と言えば沢山の白身の魚が思い浮かびますが、先ずは明石の鯛ではないでしょうか。塩昆布が乗っています。確かに塩昆布で食べるのも美味しかったです。
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トマトの果汁が入ったビールがあったので飲んでみることにいたしました。調べた結果、雪月風花さんのメニューの中にレッドアイがあったので、リュカさんからコメントいただいたようにレッドアイのようです。標準的なレシピはビール1/2+トマトジュース1/2+セロリだそうです。ただし今回の場合はセロリの味は感じませんでした。
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枝豆の冷製ポタージュも出てきました。中央の白い部分は生クリームだと思います。
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燻製三種盛りです。チーズとタクワンとトマトの燻製です。珍しい燻製に出会えました。
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メイン肉料理の神戸牛の赤ワイン煮込み です。
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いつもであれば、肉が出てきたら切って断面を紹介するのですが、この日は話が盛り上がって撮り忘れました。したがって拡大写真に代えさせていただきます。
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ワインやビールも色々ありました。皆さんも沢山飲まれていました。
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魚料理は鱸のフリットです。自家製チリと奄美の塩が添えられていました。
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こちらも拡大写真を掲載させていただきました。下側が鱸のフリットで、上が茄子です。飾りつけも洒落ていました。
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〆は冒頭の自家製コーンドビーフの石焼リゾットですが動画で紹介したいと思います。先ずはプレーボタン( )をクリックしてみてください。動画には皆の声が沢山入っていて仕事の話が出てきていたので音声部分は音楽に変更させていただいています。


動画を撮った後の自家製コーンドビーフの石焼リゾットの写真です。この時点でも石焼鍋の縁の部分が沸騰しています。
コーンドビーフ(Corned Beef)はコンビーフのことです。
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クリックすると拡大最後のデザーとは自家製レアチーズケーキでした。チーズケーキの上にはベリーソースやスライスされた果物が乗せられていました。この後は、いつもの定番コースであるカラオケを目的としたスナックに行きました。この日はとけいやの近くの右の第8シャルマンビルの中にあるお店でした。
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お店を紹介いたします。地図の中に沢山の臙脂色マーク( )があると思いますが、最も左下の が雪月風花です。お店の名前の「雪月風花」の意味は「自然の景色、四季の景観のこと」また「その景色や景観を鑑賞して詩を吟じ俳句を楽しむこと」だそうです。先日紹介した激辛ラーメンのお店(賀正軒)の近くです。この界隈は、三宮で飲み会をする場合に最も多く選択する場所の一つです。マークをクリックすると店名と記事のURLを表示します。URLが表示されないのは、まだ記事を書いていない場合で機会を見て掲載したいとは思っていますが、新しい飲み会があるのでなかなか実現していません。
 店名 雪月風花(せつげつふうか)
 住所 兵庫県神戸市中央区北長狭通2-1-1 パープル山勝6F
 電話 078-333-0075
 営業 17:00~24:00
 定休 無休
 最寄 阪急三宮駅(西口から140m) 阪神三宮駅 JR三ノ宮駅
阪急および阪神の現在(2014年以降)の正式駅名は神戸三宮

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20種類のワイン飲み放題が付いて4000円 Cicoria(チコリ) [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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関西に行っていた時に神戸の三宮で昔の仲間と計6人との会食がありました。その時に選んでもらえたのは飲み放題付きの料理でしたが、驚いたことに上の20種類のワインも飲み放題のコースだったのです。それも値段が4000円だったのです。コース名は「トマト鍋コース全8品・飲放付+ワイン20種・4000円 」でした。

その飲み放題20種類(①~⑳)のワインを紹介します。ジュースなどとワインをブレンドした飲み物(Wine Cocktail)も5種類(㉑~㉕)ありました。
 赤ワイン
  ① デル・スール・カルメネール        チリ産
  ② テンプラニーリョ・ドラゴン        スペイン産
  ③ レ・タンヌ・オクシタン・メルロー     フランス産
  ④ モンテプルチアーノ・ダブモッツォ     イタリア産
  ⑤ デル・スール・カベルネ・ソーヴィニヨン  チリ産
  ⑥ ヴィニウス・シラーズ           フランス産
  ⑦ イル・プーモ・プリミティーボ       イタリア産
  ⑧ ヴィニウス・ピノ・ノワール        フランス産
  ⑨ サングリア 赤              自家製
 白ワイン
  ⑩ サベッリ・シャルドネ           イタリア産
  ⑪ コノスル・リースリング          チリ産
  ⑫ カサ・ベナサル・ケヴュルツトラミネール  スペイン産
  ⑬ マルケス デ カセレス ブランコ     スペイン産
  ⑭ デル・スール・ソーヴィニヨン・ブラン   チリ産
  ⑮ オイノス・オーガニック・ピノ・グリージョ イタリア産
  ⑯ エステッラ・フィアーノ          イタノア産
  ⑰ クロスター・フロイデ・シュペトレーゼ   ドイツ産
  ⑱ サングリア 白              自家製
 スパーリングワイン
  ⑲ バルディビエソ・ブリュット        チリ産
 ロゼ
  ⑳ フェウド・アランチョ・ロザート      イタリア産    
 ワインカクテル ジュース類とのブレンド
  ㉑ 白ワイン+カシス
  ㉒ スパーリングワイン+カシス
  ㉓ スパーリングワイン+オレンジジュース
  ㉔ 赤ワイン+ジンジャーエール
  ㉕ 赤ワイン+コーラ
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ワイン以外の飲み放題ドリンクも梅酒・果樹酒・カクテルなどがあり、充実していました。
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最初はやっぱり生ビールと行きたいところですが、6人中4名はワインを頼みました。私はもちろん生ビールでしたが2杯目からはワインにいたしました。左の一番奥が私です。
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料理も充実していたので紹介したいと思います。最初に出された前菜です。名前は「本日の前菜3種盛り合わせ」です。左上が鴨肉で、右がホタテのカルパッチョと野菜です。左下は玉子焼きのように見えますが別物でした。玉子は使われているようでしたが、滑らかで柔らかなチーズのような食感の料理でした。
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次に出てきたのは淡路島産の玉葱を使ったキッシュでした。
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ワインの中で最初に頼んだのがチリ産のスパーリングワイン「バルディビエソ・ブリュット」でした。
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次に出てきた料理は生ハムとカマンベールチーズのブルスケッタでした。いずれの料理もワインを意識しているように感じました。
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サラダも出てきました。自家製スモークサーモンのシーザーサラダです。
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次は赤ワインにいたしました。赤ワインで最初に飲んだのはフランス産のヴィニウス・シラーズだったと思います。
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2杯目からは全員がワインを飲んでいました。私は10杯程度だったと思いますが、隣りの女性は20種全てを制覇しました。お替りはグラス交換方式でした。
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肉料理はスペイン産イベリコ豚の炭火焼です。黒胡椒のソースが添えられていました。
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美味しさを感じていただくために拡大いたしました。
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クリックすると拡大そしてメイン料理はお店の名物の「海の幸と野菜たっぷりトマト鍋」でした。スープがたっぷり入っていたので中の食材が判らないため食べログから右の写真を転用させていただきました。神戸近郊の農家から仕入れる新鮮な野菜が使われているそうです。
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〆は「野菜のチーズのリゾット」でした。
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こちらが最後のデザートです。食事の後はカラオケのために全員でスナックに行き、最後を話題の店で激辛ラーメンを食べました。
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2階が今回のお店Cicoria(チコリ)です。窓にCicoriaと書かれていますが、すぐには判りませんでした。
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じっくりと見るとCicoriaのように感じますが、i と r がなかなかわからなかったです。Cicoriaの意味に関しての店内での説明はありませんでしたが、イタリア語ならばサラダなどで食べられるキク科キクニガナ属の多年草の菊苦菜になります。イタリアであれば葉の部分は茹でて付け合わせ野菜にし、先の柔らかい部分はプンタレッラ(puntarella)と呼ばれ、生のまま細く割いてサラダにするそうです。日本で流通している菊苦菜は肥培した株から出させた芽を遮光栽培したものだそうです。
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お店を紹介いたします。地図の中の臙脂色マーク( )の中で最も中央のマークが今回のお店の場所です。他のマークは以前に食事をしたお店です。マークをクリックすると店名と記事のURLを表示します。
 店名 Cicoria (チコリ)
 住所 兵庫県神戸市中央区加納町4-7-2 アルバ北野坂ビル2階
 電話 078-767-3322
 営業 18:00~24:00
 定休 不定休
 最寄 地下鉄三宮駅 阪急三宮駅 JR三ノ宮駅

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日本を代表する老舗ベーカリーの焼き菓子を買ってきました。 フロインドリーブ(FREUNDLIEB) [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先月2017年3月16日~3月23日まで関西に行ったときに、家内からお土産に買ってきてほしいと頼まれたのが、神戸市中央区生田町4丁目にある上の写真のフロインドリーブのクッキーです。買いに行ったのは神戸の三宮で飲み会があった2017年3月17日でした。飲み会の記事はこちらです。→ポチッ
こちらのお店を説明するには、今から119年前の1898年まで遡る必要があります。現在のベーカリーにつながるパン屋を1924年に神戸市中山手通1丁目に開店したドイツ人のHeinrich Freundlieb(ハインリヒ・フロインドリーブ)が、故郷のドイツで見習いとしてパン屋で働くようになったのが1898年だからです。日本との縁は、第1次世界大戦において、彼がドイツ海軍に所属してパン製造に従事していいる時に日本軍の捕虜となり、解放後も日本にとどまり日本人と結婚してバン作りを日本でつづけたことでした。波乱の人生を送ったHeinrich Freundliebですが、1977年10月3日から1978年4月1日に放送されたNHK連続テレビ小説「風見鶏」では、Heinrich Freundliebと、クリックすると拡大彼と結婚した日本人女性がモデルとなっています。この放送により異人館ブームが起こったと言われています。1955年に設立した会社名は有限会社ジャーマンホームベーカリーでお店の名前はフロインドリーブ(Freundlieb)が使われていたようです。1898年は明治31年で、1924年は大正13年です。右上の写真の「風見鶏の館」とは無縁ですが、墓は神戸市立外国人墓地にあることから、近くに住んでいたと想像されます。第一次世界大戦と第二次世界大戦の時代の差はありますが、捕虜になって日本に食文化を伝えたところは宝塚のイタリアンの老舗アモーレ・アベーラの創業者のアベーラ オラッィオさんに似ています。
 1884年 Heinrich Freundliebがドイツのテューリンゲン州に生まれる
 1898年 パン屋で見習いとして働き始める   14歳 119年前
 1902年 ドイツ海軍に入隊 軽巡洋艦エムデンでパン製造に従事 
 1912年 中国・青島でパン屋を開店
 1914年 第一次世界大戦が始まり徴兵されて海軍に復帰
 191?年 日本軍の俘虜(捕虜)となり、名古屋の俘虜収容所に収監
 1919年 解放され、この年に設立した敷島製パンの初代技師長に就任
 1924年 神戸市中山手通1丁目でパン屋を開店 26歳 93年前
 1940年 パン屋、洋菓子店、レストランなど約10店舗を展開
 1945年 神戸空襲により店舗消失
 1948年 パン・洋菓子の製造を再開
 1955年 ドイツで修業した長男が有限会社のフロインドリーブを設立
 1999年 阪神・淡路大震災で被害を受けたユニオン教会を買取・改装・移転

フロインドリーブには阪急三宮駅から緑色ライン(━━)を歩いて向かいました。
  フロインドリーブ本店 旧神戸ユニオン教会(国の登録有形文化財)
  フロインドリーブ支店 そごう神戸店 大丸神戸店
  神戸・北野異人館 異人館の記事→ポチッ
  神戸・北野異人館 風見鶏の館 実際にはフロインドリーブとは無縁
  魚料理・沖の瀬  18時からの飲み会の場所
 ━━ 阪急三宮駅~フロインドリーブ 992m


正面がJR三ノ宮駅です。写真には写っていませんが阪急の三宮駅が右にあります。その三宮駅からフロインドリーブに向かいました。そごう百貨店も写っています。そのの中にもフロインドリーブの支店があります。フロインドリーブのお店は、今回紹介の本店と、そごうと大丸の2つの支店のみです。
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こちらはフロインドリーブに向かう道です。大通りの1本東側の道です。途中で陸橋を渡るので陸橋を越えるまでは大通りを通った方が効率が良かったのですが、細い裏通りは趣がありました。
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フロインドリーブの前に到着いたしました。フロインドリーブと書かれた立て看板が置かれていないと教会だと思って行き過ぎてしまうところでした。ここに着いたのは16時54分でした。駅前での飲み会は18時からだったので約1時間前でした。
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ここで冒頭の写真を撮りました。すでに紹介したようにこちらの建物は、旧神戸ユニオン教会と呼ばれている歴史的建造物で、国の登録有形文化財にもなっています。阪神・淡路大震災(1995年1月17日)までは神戸ユニオン教会の教会堂として使用されてきたそうですが、大きな被害を受けたために、フロインドリーブが買い取って修理をして店舗として活用したそうです。教会が出来た1929年は、フロインドリーブが創業した1924年と同年代なので、思い入れがあったのだと思います。
 形式 ゴシックスタイル教会
 設計 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)
 施工 竹中工務店
 竣工 1929年
 構造 RC造
 規模 地上2階
 住所 兵庫県神戸市中央区生田町4-6-15
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右の入口から入ります。お店を紹介します。実家で暮らしている母に聞くと、時々パンを買っていたので、移転前のお店を知っていました。
クリックすると拡大 店名 フロインドリーブ
 住所 兵庫県神戸市中央区生田町4-6-15
 電話 078-231-6051
 営業 11:00~19:00
 定休 水曜日
 最寄 新幹線 新神戸駅 JR三ノ宮駅 
 HP http://freundlieb.jp/gihuto/
 支店 大丸神戸店 そごう神戸店
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クリックすると拡大2階のCafeが教会の雰囲気があるのですが、この時は知らなくて入りませんでした。次の機会には是非ともカフェに入ってみたいと思います。右のCafeの写真はネットから転用させていただきました。
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入口を入って奥から入口の方向を撮った写真です。店内への入口は展示用の照明があるところを右に入ります。
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こちらが店内への入口です。
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入口側から撮った店内の写真です。写真の了解をもらって撮らせていただきました。夕方だったので、パンはほとんど残っていませんでした。
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店の奥から入口方向を撮った写真です。
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クリックすると拡大2017年3月19日に山口県に墓参に行く時の叔父さん用のお土産と、宝塚り実家へのお土産と自分の家用に下記の4種類を買いました。ケーキはパウンドケーキでいろんな種類があったので、店員さんにお薦めの5種類のケーキを選んでもらって入れていただきました。叔父さん用はダブルスイートNO3で、残りは適当に中身を入れ替えて実家用と家用分けました。
 ミックスクッキー6袋入り
 ダブルスイートNO3
 大ミミ5枚入り
 中ミミX10+ケーキX5
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4種類の焼き菓子を紹介します。
 左上 大ミミ5枚入り      右上 ダブルスイートNO3
 左下 中ミミX10+ケーキX5 右下 ミックスクッキー6袋入り 
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こちらが「大ミミ5枚入り」です。大ミミというのは大きなサクサクのパイクッキーです。
大ミミはプレーンとチョコレートとゴマの3種類が入っていました。
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こちらが「ダブルスイートNO3」で中ミミと呼ばれているサクサクのパイクッキーが6枚と15種類の手作りクッキーが3袋入った詰め合わせです。山口県の叔父さんに持って行ったお土産です。
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こちらが「中ミミX10+ケーキX5」です。中ミミと呼ばれているサクサクのパイクッキー10枚とケーキ5種類の組み合わせです。 
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こちらが「ミックスクッキー6袋入り」で、15種類の手作りクッキーが6袋入っています。
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宝塚の実家に帰って、さっそくケーキをいただきました。
ケーキはパウンドケーキ(Pound cake)のように見えますが、きめの細かい生地のザンクーヘン(Sandkuchen)と呼ばれるケーキです。種類はザンクーヘン(プレーン)、ザンクーヘン(ウォルナッツ)、ザンクーヘン(チョコレート)、ザンクーヘン(オレンジ)、ザンクーヘン(マンデル)、トップシュニッテン、レッカーライシュニッテン、ダークフルーツ、イングリッシュフラムがあります。写真のケーキはプレーンとウォルナッツです。これ以外にレッカーライシュニッテンとチョコレートとマンデルをお店の方が選んでくれました。Sandkuchenは一般的にはサンドケーキの名で知られているようです。
ちなみにパウンドケーキの名前は小麦粉、バター、砂糖、卵をそれぞれ1ポンドずつ使って作ることから名づけられたそうです。
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2種類のザンクーヘンを楽しむためにお袋と半分づつ紅茶でいただきました。
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翌日は気になっていた中ミミと呼ばれているサクサクのパイクッキーをいただきました。
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こちらも紅茶でいただきました。15種類のクッキーもいただきましたが、家に帰ってから写真を撮るつもりだったので実家ではクッキーの写真は省略いたしました。
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パイのサクサク感を感じてもらうために割って断面を拡大いたしました。
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こちらが15種類のクッキーです。チョコレート、アマンドハイデザン、ラングドシャ、チョコサンド、 カレンズハイデザン、ロゼット、プレーンハイデザン、バニラ、ヒシガタココナッツ、OS(シナモン)、ハート、ココナッツマカロンなどが入っています。     
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やっぱり紅茶でいただきました。
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クッキーを拡大いたしました。中央のクッキーはロゼットです。カインズハイデサンやヒシガタココナッツやハマンドハイデザンやプレーンハイデザンも見受けられます。
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こちらはザンクーヘン(マンデル)です。
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こちらはザンクーヘン(チョコレート)です。
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2つを紅茶でいただきました。
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こちらはレッカーライシュニッテンです。
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こちらは日本茶でいただきました。
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大ミミもいただきました。大ミミはプレーンとチョコとゴマの3種類がありました。裏面の原材料の欄を見ると小麦粉、有塩バター、砂糖、スイートチョコレート、白ゴマ、アーモンド、ココア、ラード、塩が使われていることが分かりました。
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こちらも半分づつに分けて2種類の味を楽しみました。
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チョコレートの方の断面をしよう介します。
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今回は沢山のクッキーを買ってきたので買ってきて1ケ月目でもケーキ以外は楽しむことが出来ました。
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やはり紅茶でいただきました。
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沢山買ってきたので4月19日時点でもクッキーが1袋と大ミミが2個残っています。右の写真のようにクリックすると拡大クッキーの賞味期限は5月25日で、まだ1ケ月ありますが、大ミミは4月10日(箱に記載)と少し賞味期限を過ぎてしまったので、今日と明日に1枚づつ食べるつもりです。賞味期限の短いケーキばかりを気にしていて、ちょっと油断していました。
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と、思ってチョコレートの大ミミを先ほど食べて、袋を見るとチョコレートの大ミミの賞味期限は2017年5月2日とかかれていました。そしてプレーンの大ミミの袋には2017年5月4日と書かれていました。クリックすると拡大
どうやら食べてしまったゴマの大ミミが短かったようです。今回は箱を残していましたが、袋ごとに賞味期限が刻印されていると、箱が無くなっても賞味期限が確認できます。下の写真をクリックすると食べる前のプレーンの大ミミの袋の写真を表示するので賞味期限を確認することが出来ます。
製造者の欄には、Heinrich Freundliebの長男のHeinrich Freundlieb 2世が1955年に登録した会社名の(有)ジャーマンホームベーカリーが書かれていました。袋の全面にFREUNDLIEBの白い文字が書かれています。
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神戸のumie MOSAICでスペイン料理 ポテキーニャ [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先日、関西に行っていた時に知り合いと一緒に昼食を食べるために神戸のハーバーランドにあるumie MOSAIC(ウミエ モザイク)で待ち合せてました。umie MOSAIC内で食事をするのは2回目で沢山のレストランがあるので迷いましたが、珍しくスペイン料理店があったのと、今まで本格的なスペイン料理を食べたことがなかったので、スペイン料理でランチをすることにいたしました。
ちなみに初めてumie MOSAICのレストランで食べたのはイタリアンのオステリア・ガウダンテでした。

これがumie MOSAIC(ウミエ モザイク)ですが、全国的にみると知らない人が多いと思われるので、少し紹介したいと思います。umie MOSAICは1992年10月1日に神戸モザイクの名称で神戸駅に近い海に接した倉庫群跡地に作られた商業施設です。2013年4月18日にリニューアルオープンし、名前も新しくumie MOSAICとなりました。umie MOSAICは神戸ハーバーランド内にありますが、神戸ハーバーランド自体は旧国鉄の湊川貨物駅などの跡地に1992年9月に街開きした市街地です。3階フロアーから2階の通路を撮った写真です。気になったウミエ(umie)の名前は、「海へ(umie)行こう」に由来しているそうです。
 名称   umie MOSAIC(ウミエ モザイク)   
 住所   兵庫県神戸市中央区東川崎町1丁目6番1号
クリックすると拡大 敷地面積 29,100 m²
 施設面積 15,747 m²
 延床面積 24,800 m²
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少し古い情報ですが枠内に店名を紹介します。沢山のお店がありますがレストランが最も多い気がしました。名前の短い順に掲載しています。レイトラン以外で最も広いスペースだったのがFrantzで、Frantzの写真の左側にも同じ広さのスペースがありました。
クリックすると拡大行列が出来ているお店も沢山ありました。パンケーキのエッグスシングスや、串カツ食べ放題の串家物語が特に長い行列が出来ていました。私が気になったお店がオイスターバーのThe Oyster Barですが、ランチなので次のディナーの機会にすることにいたしました。右の写真はThe Oyster Barです。
オムライス専門店の「しゃぽーるーじゅ」も気になりました。
観音屋 ご馳蔵 中納言 Frantz 神戸食堂 かに道楽 ハーティ MUGUNFA メーズバン 地鶏・十九二 ブレスカフェ トミーズバー ポテキーニャ ハミングバード The Oyster Bar 神戸ブランド亭 ディッパーダン エッグスシングス めん茶屋 きなさ びっくりドンキー エッグスシングス 明治屋神戸中央亭 神戸コンチェルト しゃぽーるーじゅ 神戸にしむら珈琲店 神楽食堂・串家物語 とんとん・とんかつ REAL DINING CAFE 麦とろろ明石焼・菊兆 ステーキハウス三田屋 サバス・ブラジリアーノ 神戸かまどダイニング櫻 キューピークラブin神戸 出石手打ちそば皿そば花水木 ぼてぢゅう ブコ・ディ・ムーロ オステリア・ガウダンテ フィッシャーマンズ・マーケット ジェラート&ドリンク・ココプラス ニューミュンヘン・ハーフェンブルク
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こちらがスペイン料理のレストランです。店名はPOTA-QUINAで、ポテキーニャと呼ぶようです。どうやらパエリアが売りのお店のようです。立て看板に書かれている期間限定のバルセロナコースにいたしました。前菜+サラダ+ミックスパエリアで1500円(税込み)とお得のようです。
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お店の内部はカジュアルな雰囲気でした。お店に入ったのは13時20分で昼時は過ぎていて我々を含めて2組だったので窓側席に座りました。
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こちらが前菜3品です。どれも結構おいしかったです。クリックすると特別に大きく拡大するようにいたしました。
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こちらがサラダです。レタスの上に乗っているのはイベリコブタの生ハムと玉子だと思います。
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パエリアは2名分が大きなパエリア鍋(パエリアパン)で出されてきました。海老、イカ、ムール貝、アサリなどのシーフードにソーセージや鶏肉や野菜が乗ったパエリアでした。パエリアはスペインを代表する世界的な料理ですが、スペイン東部のバレンシア地方が発祥だそうです。バレンシア語でパエリアはフライパンを意味するそうです。さらに起源を遡るとスペインに稲作をもたらしたアラブ人に由来し西暦9世紀ごろから作られてきたそうです。本写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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こちらがパエリアの断面です。
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表面の部分が特に美味しいので拡大いたしました。クリックするとさらに拡大いたしました。久しぶりの人との食事で話し込んでいたら、すぐにラストオーダーの時間になってしまいました。まだ話をしたかったので、場所を移して話を続けてしまいました。
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ウミエ モザイクから北東方向です。観光船の発着場所になっており、目の前には54年前の1963年11月21日に建てられたポートタワー(108m)がありました。高層ビルはホテルオークラでその下の白い構造物はカワサキワールドです。
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この景色をバックに結婚の記念写真が撮影されていました。海外ではよく見かける光景でしたが日本で出会えるとは思ってもいませんでした。


南側には川崎重工業の神戸工場があります。神戸工場の沿革は次の通りです。つまり明治6年(1873年)から144年の歴史が始まりました。
移転前に遡れば、加賀藩関係者が明治2年(1869年)に造った兵庫製鉄所(通称・加州製鉄所)から始まっています。松方幸次郎は第4・第6代総理大臣の松方正義の三男です。
 1873年04月14日 兵庫造船所の前身の兵庫製作所が現・東川崎町に移転
 1877年01月11日 兵庫制作所は兵庫工作分局に改称
 1883年09月22日 兵庫工作分局は兵庫造船局に改称
 1885年12月22日 兵庫造船局は農商務省工務局「兵庫造船所」に改称
 1886年05月19日 川崎正蔵が払い下げを受けて川崎造船所に改称
 1896年10月15日 株式会社川崎造船所を設立 初代社長:松方幸次郎
 1939年12月01日 川崎重工業株式会社に社名変更
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ウミエ・モザイク(umie MOSAIC)辺りの住所は東川崎町です。川崎造船あるいは川崎重工業の「川崎」から、東川崎町の地名が付いたと思われがちですが、江戸時代の頃には既に「川崎」という地名があったそうです。
確認のため、東川崎町とウミエ・モザイクと川崎重工業を地図にプロットしてみました。位置関係から見ても、社名から地名がつけられたのであれば、明石市・各務原市・坂出市が川崎重工業に由来して川崎町が出来たように「東」は付かなくて川崎町になったと想像されます。
 紫枠(━━) 東川崎町
 緑枠(━━) umie MOSAIC ウミエ・モザイク
 青枠(━━) umie の NORTH MALL と SOUTH MALL
 赤枠(━━) 川崎重工業 神戸工場
     スペイン料理店 ポテキーニャ POTA-QUINA
     東川崎蛭子神社 → ポチッ
     移転前の兵庫製作所 (東出町)


ここには神戸アンパンマンこどもミュージアム&モールもありました。観覧車は、ウミエ・モザイクを探すのに役に立ちます。
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1階がアンパンマン関係のショッピングモールになっていて、その中のパン屋さんでは下記のような楽しいパンが作られていました。
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お店の場所を紹介します。地図の中の臙脂色マーク( )の中で最も中央のマークが今回のお店の場所です。他のマークは以前に食事をしたことがお店です。マークをクリックすると店名と記事のURLを表示します。
 名前 ポテキーニャ POTA-QUINA
 住所 兵庫県神戸市中央区東川崎町1-6-1 umie MOSAIC 3F
 電話 078-360-2114
 営業 11:00~15:00 17:00~23:00
 定休 不定休
 最寄 JR神戸駅

タグ:神戸

神戸三宮の人気魚料理店 魚料理 沖の瀬 [神戸]

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2017年3月16日から関西に来ています。関東に帰るのは3月23日ですが、3月17日に神戸の三宮駅の近くで懐かしい仲間との飲み会がありました。計6名での飲み会ですが私以外の5名は東京から神戸に組織ごと転勤になった人たちです。お店を選んでいただいた方がネットで検索して、三宮界隈で海鮮で一番人気のお店を予約してくれたのでした。

私が来るとお通しが出されました。待ち時間の間、お茶を出していただきました。
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お通しは家庭的な料理でした。
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全員がそろうと、どーんとお造りが出てきました。これは3人前です。6名なので、このお皿が2つ並びました。見事なお造りで新鮮な刺身が乗っていますが、実はこちらのお店の人気の魚料理は別なのです。
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茶碗蒸しも出されました。
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天ぷらも出てきました。揚げたてはやっぱり美味しかったです。これは3人前です。説明が遅くなりましたが料理は「本日の大漁桶盛コース」でした。飲み物は飲み放題でしたが、6人が全員、最後までビールでした。
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ついにお店の名物を女性の店員さんが持ってこられました。
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魚の部分を拡大いたしました。14種類の魚が乗っていました。一人一匹を選ぶのです。ただし大きな鯛と金目鯛だけは2人で一匹となります。我々の中で1組だけ金目鯛を選んだので全部で五匹となりました。五匹をシェアーして食べるので大人数ほどいろんな魚料理が食べれることになります。
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反対方向から撮りました。鯛の頭と鯛一匹は別で、鯛一匹の方は下に隠れています。我々が選んだ5種類は次の通りで料理方法は煮付、塩焼き、唐揚げの3種で魚で決まっています。
 ホウボウ 煮付
 鯛の頭  塩焼き
 金目鯛  煮付
 小鯛   塩焼き
 目板鰈  唐揚げ
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皆さんスマホで写真を撮られていました。
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魚が料理されている間に別の料理が出されました。
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最初に出てきたのが私が選んだホウボウ()です。料亭だとこれだけでかなりの値段になります。
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次に金目鯛の煮付が出されました。
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こちらは目板鰈のから揚げです。
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鯛の頭は甲焼きで出てきました。
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最後は小鯛の塩焼きです。
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5種類が揃ったところで写真を撮りましたが、なかなかの人気で、箸と手が邪魔して5種類一緒に撮れませんでした。写真を撮っている私を除くと5人ですが、その中の4人の箸が写っています。(やらせではありません。)
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そこで4種類揃った時の写真を掲載いたします。
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最後の〆は鯖ずしでした。
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鯖の身の厚みを見てもらえれば判りますが、これが、なかなかの上物の鯖寿司でした。バッテラと鯖寿司の違いは次の通りです。
 鯖寿司  布巾等で棒状の押し寿司 上部は丸型 半身
 バッテラ 木枠で型抜きの箱寿司  形は四角  身は薄め+白板昆布
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素麺の入ったお吸い物も出されました。
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お店を紹介いたします。地図の中の臙脂色マーク( )の中で最も中央のマークが今回のお店の場所です。他のマークは以前に食事をしたことがお店です。マークをクリックすると店名と記事のURLを表示します。
 店名 魚料理 沖の瀬
 住所 兵庫県神戸市中央区中山手通1-4-6 ユーベルビル3階
 電話 078-392-6868
 営業 17:00~24:00
 定休 不定休
 最寄 地下鉄三宮駅 阪急三宮駅 JR三ノ宮駅

タグ:魚料理

蟹バケツ と 10種舟盛り [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大神戸の三宮地下街「さんちか」で<全記事で紹介した右の写真のチョークアートを見た2017年2月6日は、上海の長年の友人との飲み会でした。幹事の人に選んでいただいたお店は三宮の北野坂の近くにある、上の写真のお店でした。私が上海に行ったときは、その上海の友人が必ず食事会を段取りしてくれていて、最近掲載した上海のレストランは全て彼が選んでくれたのでした。→ポチッ

それでは三宮での飲み会の食事を紹介いたします。コース+飲み放題でいただきました。料理は名物の「カニバケツ」が入ったコースです。
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先ずは小鉢3種です。 左から松前漬け、クラゲ、イカです。
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どーんと舟盛りが2つ並びました。この日は6人の飲み会でした。つまり舟盛り1つが3人前になるのです。上海の友人と初めて出会ったのは1996年3月10日でした。今回のメンバーで彼と21年間のつき合いがあるのは私だけです。私は今までに中国に103回訪問いたしました。その中で80%以上は彼と会っていると思います。次に長い人が初めて彼に会ったのは2006年なので11年です。
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刺身10種が盛られた舟盛りでした。10品はミル貝、イカ、赤貝、カンパチ、イクラ、ホタテ、タイ、サーモン、マグロ、タコでした。これで3人前です。これだけで、この日飲むお酒の肴としては十分の量がありました。
舟盛り(ふなもり)の発祥の地は北前船の寄港地の雄島村(現在の福井県坂井市三国町)とされています。ここでは古くから北前船の寄港を舟盛りでお祝いした独自の風習があり、江戸時代から明治時代に、往来したその北前船により全国に広まったとされています。雄島村の舟盛りの起源は、福井藩16代藩主松平春嶽の教育係であった中根雪江であるとされています。また、舟盛りの器は北前船の修理などを行なっていた山崎造船所の山崎甚兵衛に、中根雪江の隠宅にたびたび訪問していた伊藤五右衛門が依頼し製造したと言われています。参考に舟盛と船盛の使用頻度を検索数で比較してみました。
  舟盛  約5,790,000件 100%
  船盛   約103,000件  1.7%
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先ずはビールで乾杯です。21年間の話で盛り上がりました。
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次が海老入りサラダです。名前は「えびとアボガドの自家製シーザーサラダ」です。
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フグの唐揚げです。やっぱりフグの唐揚げは美味しいですね。
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殻付き牡蠣も並びました。一人2個です。
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そして出てきました。タイトルの名物の「蟹バケツ」です。お店の紹介では「カニバケツ」と書かれていましたが漢字の方が雰囲気があるので、タイトルは「蟹バケツ」といたしました。兵庫県の香住から直送された蟹だそうです。
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ステーキも出てきました。和牛ガーリックステーキです。
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煮付けの味も本格的でした。たぶん魚はマナガツオだと思います。
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締めは巻き寿司が出てきました。
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飲み放題は時間設定がありますが、話が尽きないので特別に延長をお願いすると快く受けていただきました。これからは飲み物は単品で注文いたました。料理も単品で頼みましたが、軽めの料理となりました。先ずは、だし巻き玉子を頼みました。
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漬物も頼みました。
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イカの塩辛も頼みました。
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お店を出るときに生簀があることに気が付きました。他にも美味しそうなものが食べれそうでした。この時、22時でした。冒頭の写真を撮ったのが17時4分なので約5時間もお店で過ごしたことになります。
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お店を紹介します。中央の上の臙脂色のマーク( )がお店の位置です。
 店名 魚匠 隆明 ぎょしょう たかあき 北野坂本店
 住所 兵庫県神戸市中央区加納町4-5-3
 電話 078-332-2017
 定休 不定休
 営業 11:30~14:00 17:00~24::00(L.O 23:30)
 最寄 地下鉄三宮駅 阪急三宮駅 JR三ノ宮駅 阪神三宮駅 ...
 店舗 隆明・北野坂本店 隆明・三宮店 神戸清隆


飲み会が終わった後は、神戸に住んでいる人と二次会に行ってしまい23時まで飲んでしまいました。
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"さんちか"でチョークアート ストリートペインター「松本かなこ」  [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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20年以上のつきあいの上海の友人が日本に来られたので2017年2月6日に神戸の三宮で飲み会がありました。お店に行くまでに時間があったことから三宮の地下街である「さんちか」に行ってみることにいたしました。「さんちか」は1965年に出来た地下街で当初の正式愛称は「さんちかタウン」でしたがしたが、皆は「さんちか」と呼んでいたこともあり、1985年に正式愛称も「さんちか」となりました。阪急三宮駅から降りてくると地下街の中央で床に絵を描いている方がおられました。テープで仕切られておりガードマンの方も付き添っておられたので落書きではないことは一見して分かりました。正面の階段およびエスカレーターを上がると神戸交通センタービルで、この広場は「さんちか夢広場」と呼ばれています。

バレンタインに向けたイベントの一つで2017年2月4日から3日間(2月6日まで)かけて描いているチョークアートでした。描いているのはイタリアのフィレンツェで修業をされたストリートペインター「松本かなこ」さんです。イタリアで活動をしていて高い評価を得て帰国し、日本では2008年から活動をしているとのことでした。1日に6時間の作業なので18時間の力作ということになります。
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平日の16時20分の夢広場の雰囲気です。
遠くからだと描いているところを撮るのは難しかったです。
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ここに来たのが描き始めて3日目の2017年2月6日だったので、偶然にも完成する最終日に見ることが出来ました。実は床の絵は、見る方向が大切なのです。小さな女の子が、その場にいるように見えませんか。
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横から見ると、このようになります。床に描かれた絵だとわかります。
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頭の方向から見ると、こんな感じです。頭でっかちの絵になります。
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座って描くので大変な作業だと思います。
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2017年2月8日にも飲み会があったことから完成したチョークアートを見に来てみました。正面から見ると子供は床の上に立っていて、チューリップは地面から生えているように見えるのです。これがプロフェッショナルの腕前だと実感いたしました。
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見る高さも重要です。こちらは床に座って低い位置から撮った写真です。上の写真に比べると立体感が下がります。いろんな高さで見ると一番いい高さが見つかると思います。
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チョークアートが描かれていたのは兵庫県神戸市三宮の地下街「さんちか」で、下の地図の黄色の丸印()の場所でした。右は「さんちか」全体のフロアマップです。私が神戸市東灘区に住んでいた子供のころに「さんちか」出来ました。1番街から10番街と「味ののれん街」に分かれています。ただし4番街と9番街は欠番のため9っに区分されています。その3番街でチョークアートが行われていました。私が神戸の事業所に入社した時はすでに充実した設備でした。
 正式愛称 さんちか(Santica)
 正式名称 三宮地下街
 所在地  神戸市中央区三宮町
 開業日  1965年10月1日
 延床面積 19,109 m²
 商業面積 10,200 m²
 店舗数  120店
クリックすると3番街を表示

チョークアートが描かれていた2月6日は、同じ3番街の中にある「さんちかホール」で「これからの工芸と雑貨のカタチ展」が行われていました。
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明石海峡の昼網が食べれるお店 大 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2017年2月3日から2月10日まで関西に行っていました。その中で懐かしい人と2月8日にJR神戸駅前で飲むことにいたしました。私が入社した時は神戸の事業所でしたが、東京に転勤してから神戸で飲むときは神戸に勤めている人にお店を決めてもらっていましたが、今回飲む人は最近関東から関西に転勤になった人なので私がお店を決めることになりました。そこで早めに来てお店を探すことにいたしました。そこで見つけたのが昼網の魚が食べれるお店でした。昼網とは当日の昼に水揚げされた魚類のことなのです。つまり数時間前には生きた魚が食べれるお店でした。上の写真は数時間前には海を泳いでいた昼網の目板カレイの刺身です。

クリックすると拡大こちらがお店です。キャッチフレーズは次の4つですが、その中でも気に入ったのが当日の昼に水揚げされた魚が食べれる③の「午後網漁師直送」です。水揚げからの時間スケジュールも右のように書かれていました。当日の15時ごろに揚った魚が箱詰めされて送られて、16時ごろにお店に到着するそうです。
 キャッチフレーズ
  ① 漁師直送
  ② 明石海峡の天然地魚
  ③ 午後網漁師直送
  ④ 浜値で!
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カラー刷りのメニューがありましたが、それ以外におすすめのお品書きがあり、その真ん中に大きく今日の地場の昼網の魚が書かれている欄に9品の刺身が書かれていました。
  二月八日水曜日
  午後とれの漁師直送!
  明石海峡の地魚
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2017年2月8日の明石海峡の昼網は下記の9品でした。その9品の中で注文したのは「かわはぎ併肝造り」「目板かれい造り」「たこぶつ」の3品でした。どれも美味しそうで、迷いましたが明石海峡と言えば明石蛸なので「たこぶつ」を入れました。もっと食べたかったのですが、2人だけだったこともあり、刺身類は3品にいたしました。
  すずき造り     かわはぎ併肝造り   太刀魚造り
  目板かれい造り   ホウボウ造り     たこぶつ
  いわし造り     さわら焼霜造り    黒鯛造り
今回は食べませんでしたが、本日の魚の煮付けも食べてみたかったです。特に瀬戸内海で沢山獲れる「あぶらめ(アイナメ)」の煮付けは昔食べた味を思い出します。
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もちろんビールで乾杯です。 珍しく大ジョッキがあったので2人で6杯ほど飲みました。
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こちらが「目板かれい造り」です。メイタガレイは新鮮でないと刺身で食べられないので煮付けで食べることが多いけれども新鮮な刺身は美味しい魚であることは神戸に住んでいたころに知ったので期待して注文しましたが、期待以上でした。
盛り付けも工夫されていました。魚型の皿の上に氷が敷かれていてその上に金網が乗っており、金網の上に刺身が並べられていました。魚型の皿の尻尾のところにワサビが置かれていました。なかなか考えた出し方でした。
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このメイタガレイの刺身は絶品だったので食感を感じていただきたくて拡大写真を掲載いたしました。この次の時もこの刺身は注文します。
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そして、さらに拡大いたしました。
下の刺身の写真は是非ともクリックしてもらいたいです。
クリックすると拡大  界 : 動物界     Animalia
  門 : 脊索動物門   Chordata
 亜門 : 脊椎動物亜門  Vertebrata
  綱 : 条鰭綱     Actinopterygii
  目 : カレイ目    Pleuronectiformes
  科 : カレイ科    Pleuronectidae
  属 : メイタガレイ属 Pleuronichthys
  種 : メイタガレイ  Pleuronichthys cornutus
 英名 : Frog-flounder、Finespotted flounder
 漢字 : 目板鰈、目痛鰈
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こちらが「かわはぎ併肝造り」です。まったく肝の臭みはありませんでした。やはりカワハギは美味しいですね。
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こちらも拡大写真を掲載いたしました。カワハギの分類も紹介したいと思います。右の写真はWikipediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大  界 : 動物界    Animalia
  門 : 脊索動物門  Chordata
 亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
  綱 : 条鰭綱    Actinopterygii
  目 : フグ目    Tetraodontiformes
  科 : カワハギ科  Monacanthidae
  属 : カワハギ属  Stephanolepis
  種 : カワハギ   Stephanolepis cirrhifer
 英名 : Thread-sail filefish
 漢字 : 皮剥 鮍
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明石蛸の「たこぶつ」です。こちらのも氷と金網を使った盛り付けでした。
タイトルで昼網と書きましたが、正確には昼網ではありません。昼網は、明石でとれた魚を港のすぐそばの「昼の市」で競りにかけられ鮮魚店の店主が競り落として、海から上がったばかりの魚やタコは生きたまま運ばれ、昼過ぎに店頭に並んだものです。ここは午後に水揚げされたものを漁師から直接仕入れるので、夕時の時間に限れば昼網よりさらに新しいことになります。
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こちらも拡大いたしました。マダコの分類も紹介したいと思います。右の写真もWikipediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大  界 : 動物界    Animalia
  門 : 軟体動物門  Mollusca
  綱 : 頭足綱    Cephalopoda
 上目 : 八腕形上目  Octopodiformes
  目 : タコ目(八腕目) Octopoda
 亜目 : マダコ亜目  Incirrina
  科 : マダコ科   Octopodidae
 亜科 : マダコ亜科  Octopodinae
  属 : マダコ属   Octopus
 亜属 : マダコ亜属  Octopus
  種 : マダコ    Octopus vulgaris
 英名 : Common octopus
 漢字 : 真蛸
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ここから下はカラー刷りメニューから頼んだものです。こちにはタコの唐揚げです。ししゃもも頼みました。
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地魚以外に食べたかったのが、串カツだったのです。10本の盛り合わせです。
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皿の左側です。
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こちらが右側です。
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もちろんウスターソースでいただきました。二度付け禁止の大阪の串カツを思い出しました。
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チヂミを頼むと、こんなに分厚いチヂミが出てきました。タコがたっぷり入っていて美味しかったです。次回も注文したくなる料理でした。
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こちらも拡大写真を掲載したくなりました。
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お店を紹介します。中央付近の臙脂色のマーク( )がお店の位置です。
 店名 大 DAI  神戸駅前店
 住所 兵庫県神戸市中央区相生町4-3-1
 電話 078-360-3737
 定休 月曜日 祝日の場合は火曜日
 営業 17:00~24:30
 最寄 神戸駅 ハーバーランド駅 高速神戸駅 大倉山駅
 店舗 神戸駅前店 板宿駅前店 新長田駅前店 新長田駅前総本店  


数時間前まで食べた魚が泳いでいた明石海峡(あかしかいきょう)の場所を紹介します。明石海峡は淡路島と兵庫県明石市の間にある海峡です。最狭部の幅が3.6kmで、その内1.3kmが潮流の主流部です。大潮のときには主流部の流速は13km/hを超えるそうです。その速い海流によって渦が発生し深く沈む窒素やリンなどの栄養源を海面に巻き上げ植物性プランクトン・海藻類が発生し動物性プランクトンが繁殖し、さらにその海流によって砂礫・岩礁やごろ石などの魚たちが集まる環境を作り出し、日本有数の漁場となっているそうです。当海域の単位面積当たりの年間漁獲量は37.8トン/k㎡です。これは日本海の38倍以上、ペルシャ湾の約126倍にもなるそうです。

苦楽を共にした人たちと、神戸で飲み会 花隈 鈴江 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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東京八丁堀の老舗の料亭のようなとんかつ屋さんでの飲み会を紹介したので、神戸の料亭での飲み会を紹介いたします。上の写真が我々5人が飲み会を行った部屋です。こちらは花隈鈴江というお店で、1階はカウンターやテーブル席で構成されていて、2階は2名からの掘込座敷から30人が食事ができる広間まであるようです。創業(1946年)から70年が経っており老舗の料亭と呼んでもいいのではないかと思います。食材にこだわっており特に魚に関しては、瀬戸内前取りの天然魚を食べることが出来るとのことでした。

この日の5名は久しぶりに集まりました。私と同期ならびに1年違いの2名と、同じ職場で長く仕事をした若い2名の計4名と私です。私以外の4名は最近、東京から神戸に転勤になった懐かしい仲間の人達でした。同年代の3名は神戸の事業所に入社して組織ごと東京に転勤した長い仲間でした。若い2人は東京入社ですが海外赴任も経験し、一緒に仕事をした人たちなのです。つまり苦楽を共にしてきた人たちなのです。先ずはビールで乾杯をいたしました。
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話が盛り上がりはじめたところで料理が出されました。
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先ずは可愛らしい4品が乗った前菜です。
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その4品をひとつづつ紹介したいと思います。先ずは茗荷の乗った「ぬた」です。いろんな具材が入った「ぬた」は料亭ならではの一品でした。
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こちらはブロッコリーの使われた和え物です。
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はまぐりの殻に盛られているのは、はまぐり飯です。
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可愛らしい盛り付け間の季節の野菜のお浸しです。
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いきなり2種類の冷酒(日本酒)を頼みました。この日は冷酒の味比べの飲み会となりました。
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最初は兵庫県朝来市山東町矢名瀬町の此の友酒造の但馬「骨まで愛して」でした。
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こちらの名前は忘れましたが、美味しいお酒でした。一升瓶から冷酒用の器に入れられて出てきました。
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こちらがお造りです。ハマグリの殻が2枚重ねられたデザインの器が使われていました。どの器も見事でした。サヨリ、鯛、平目など6品が盛られていました。
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上の写真はクリックすると拡大するのですが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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次の料理は蓋つきの器で出されてきました。
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蓋を開けると、鯛や筍や蕨が入った汁ものでした。
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次は魚の焼き物でした。鮮やかな青色の皿と、黄色の料理の色のバランスも見事でした。
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こちらが3種類目の冷酒(日本酒)です。とっておきがあると出してもらったのがこちらです。大きく日下無双(ひのしたむそう)と書かれた赤い一升瓶が印象的でした。精米度45%の純米大吟醸でした。しかも、しぼりたての生酒とのことでした。山口県岩国の地酒です。岩国と言えば、私の母方の実家です。
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きれいなガラスのお猪口でいただきました。
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次の料理も見事でした。やはり器にこだわりが感じられました。
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次は鍋でした。一人一人の前に、こちらの鍋が置かれました。
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やっぱり鍋はいいですね。さらにお酒が飲みたくなります。
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3種類目で飲んだ日下無双(ひのしたむそう)が無くなってしまったので、代わりに獺祭(だっさい)が出されました。こちらも山口県岩国のお酒です。
こちらの獺祭が4種類目のお酒となりました。
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さらに料理が出されて、冷酒もさらに進みました。
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料理の〆は、土鍋で炊いた炊き込みご飯でした。
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やっぱりご飯は美味しかったです。
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デザートは、神戸らしく、有馬温泉の炭酸せんべいの上に盛り付けられていました。美味しい日本茶でいただきました。有馬温泉は旧摂津国、現在の神戸市北区有馬町(裏六甲)にある温泉で、日本三古湯の一つです。舒明天皇が631年に約 3か月間滞在したことが日本書紀に書かれていて日本最古泉の可能性の根拠になっています。
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お店を紹介いたします。Google地図の中央のマーク( )の場所です。1946年に創業した当初は神戸市中央区花隈町であったことから花隈の名前が使われているようです。現在の場所の三宮移転したのは2005年だそうです。
下側のマーク( )は昔紹介した、しゃぶしゃぶで有名なとけいやです。
 名前 花隈 鈴江
 種類 日本料理
 住所 神戸市中央区加納町4丁目8-17
 電話 078-393-1411
 営業 11:30〜14:00 17:00〜23:00
 定休 日・祝日 ただし10名様以上のご予約で日・祝日営業可
 最寄 阪急三宮駅 JR三ノ宮駅 阪神三宮駅 地下鉄三宮駅など  
 創業 昭和21年(1946年) 終戦の翌年


飲み会が終って、実家の宝塚に向かうために阪急電車のホームに上るとカラフルなボディーの電車が停まっていました。私が乗った特急電車の横に停まっていた普通電車でした。ラッピングされた阪急電車を見たのは2014年の宝塚歌劇100周年の時以来でした。その時の記事がこちらです。→ポチックリックすると拡大

書かれている文字から、三宮駅から2駅目の王子公園駅にある神戸市立王子動物園(KOBE OJI ZOO)のPRのラッピングだったようです。王子動物園は、私が結婚して神戸の須磨区に住んでいたころに子供を連れてよく行きました。ラッピンクの絵は、神戸市生まれのイラストレーターである「わたせ せいぞう(本名:渡瀬 政造 1945年2月15日生)」さんの作品でした。現在72歳ですが若々しい絵を描かれているのに驚きました。調べてみると今までにも「わたせ せいぞう」さんのラッピング電車が走っていました。→ポチッ
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タグ:和食 神戸 三宮

ふぐづくし [神戸]

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神戸市立博物館で行われている松方コレクション展を見た後は、知り合いと待ち合わせて「ふぐづくし」を食べに行きました。
クリックすると拡大クリックすると拡大ところがお店に入って持ってきたカメラで写真を撮ったところ電池切れとなってしまいました。せっかくのふぐ料理なので知り合いのスマホで写真を撮ってもらいました。つまり私はスマホではないのです。携帯ではさすがに画像は良くないので迷惑だとは思いましたがお願いしたわけです。しかし、ついつい写真を撮り忘れそうになるのでその都度、お願いして料理を撮ってもらいました。上の写真は食事をした部屋ですが、こちらもスマホで撮ってもらいました。やっぱり最初はビールでした。

活とらふぐ専門店なので箸置きも、ふぐの箸置きでした。
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最初に出されたのが、とらふぐの皮湯引でした。沢山のねぎとモミジオロシと一緒にタレがかけられた美味しい料理でした。
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ふぐ料理と言えば、やっぱりヒレ酒が飲みたくなります。


今回、飲み放題を設定してもらったのですが、このメニューの通りヒレ酒も飲み放題の中に入っているのです。冒頭で説明した私のカメラで撮った唯一の写真がこのメニューだったのです。
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こちらが「てっさ」です。各自の前に出されるのでゆっくりと自分のペースで食べることが出来ました。一人前ですが、結構沢山食べることが出ました。真中の右側の白いものが身皮です。
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その身皮の部分を拡大いたしました。これを刺身で食べたと思いますが、これが美味しかったのです。
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こちらも、今まで聞いたことのない部位の料理でした。さすがフグ専門店でした。その部位の名前は説明を受けましたが聞きなれない部位のため忘れてしまいました。書き留めておけばよかったです。
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これも活とらふぐの唐揚げです。ちょっと贅沢な唐揚げでした。
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ふぐ料理と言えば「てっちり」です。これで3人前です。関東では「てっちり」の呼び名は少ないかもしれませんがフグ鍋のことです。
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ふぐ料理と言えば、刺身の「てっさ」と、鍋の「てっちり」です。私はいろんな鍋の中で一番と言えるほど「てっちり」が好きなので大満足の夕食となりました。
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〆はやっぱり雑炊です。記念写真も撮っていただきました。
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最後のデザートはこちらのシャーベットでした。
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お店を紹介いたします。左上方向に伸びている道が異人館がある北野通りです。下のGoogle地図の中央のの場所のレストランです。地図上のマイナスを数回クリックすると阪急・三宮駅あるいはJR・三ノ宮駅からのルートが判ると思います。
 名前 鶴翔(つるしょう)
 種類 活とらふぐ料理 はも料理
 住所 兵庫県神戸市中央区中山手通1-22-25
 電話 078-232-1129
 営業 17:00~23:00
 定休 不定休

タグ:ふぐ 河豚

松方コレクション展に行ってきました。 [神戸]

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関西に2016年9月21日から9月27日まで行っていましたが、上の写真の松方コレクション展の無料観覧券をいただいたので、祝日(秋分の日)である9月22日に神戸で行われている松方コレクション展に行ってみました。
松方コレクションは、第4代・第6代内閣総理大臣の松方正義を父に持つ、実業家の松方幸次郎(まつかた こうじろう)が1916年ごろから1927年までの約10年間に収集した約1万点の美術コレクション(美術作品)のことです。その規模からロシアのシチューキン、アメリカのバーンズとならぶ世界3大コレクションの1つだったと言われているそうです。松方幸次郎は、現在の川崎重工業の前進である川崎造船所(創設者:川崎正蔵)の初代社長をを務めるなど多くの会社の社長をしていました。
 洋画など   約2650点
 日本の浮世絵 約8200点 現在は国立西洋美術館に保管
洋画などの約2650点の内訳は海外保管が約1350点で、日本へ持ち込んだのが約1300点です。フランス保管は420点との説もあります。約400点のフランス保管の作品は第二次世界大戦の敵国資産として、フランス政府に接収されましたが、戦後に交渉の結果、文化遺産の価値が高い19点(or 18点)を除いて日本に寄贈返還されました。世界恐慌の波にもまれ、日本にあった約1300点の西洋美術コレクションは散逸し、コレクションの全容については現在も研究が進められているそうです。結果的にフランスに敵国資産となった作品群が散逸から免れ、国立西洋美術館に保管されているのです。
ロンドンで保管されていた作品点数については、約300点と考えられていましたが、2016年9月に発表された研究成果で953点と判明しました。
 日本持ち込み 約1300点 世界恐慌により散逸(さんいつ)
 フランス保管 約 400点 19点を除き370点が日本に返還される
 イギリス保管 約 953点 1939年にロンドンでの火災で焼失

松方コレクション展が開かれていたのは下の写真の神戸市立博物館です。この建物は1935年に建てられた新古典主義様式の建物で、国の登録有形文化財でもあります。この建物は神戸市が所有する前は某会社の神戸支店として使われていて、偶然ですが、私が生まれた時に、私の親父が、この建物の中で働いていたと、見学当日にお袋から聞かされて驚きました。
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実家は宝塚の逆瀬川なので、その逆瀬川駅から阪急電車に乗って三宮駅で降りて徒歩で向かいました。


道路を渡って神戸市立博物館を撮りました。入口があります。
松方コレクション展は27年前の1989年にも、神戸市制100周年記念展として神戸市立博物館で開催されたことがあります。その時は約19万人の来館者があったそうです。
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屋根が突き出た部分が入口です。
松方幸次郎は作品購入のため1921年に印象派の巨匠・モネの自宅アトリエも訪問していて 「あなたの素晴らしい絵を、日本の貧しい画学生に見せたい」と社会的使命を口にする松方幸次郎に対してモネは手元に残していた作品を手放したと言ったそうです。
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1階のロビーにロートレックが描いた目玉となっているオルセー美術館所蔵の「庭に座る女」のパネルが置かれており、その前で皆さんが記念写真を撮られていました。松方コレクションは2階と3階で行われていました。
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チラシにもロートレックの「庭に座る女」が使われていました。フランスから返還されなかった作品は下記ですが、今回、この中から5点が展示されていました。下記は19点ですが、返還されなかった作品は18点と書かれた記述が多いです。つまり18点or19点です。
 オルセー美術館所蔵
  ボンヴァン  チーズのある静物
  ボンヴァン  鴨のある静物
  ボンヴァン  野兎のある静物
  クールベ   フラジェの農夫たち
  マネ     ビール・ジョッキを持つ女
  ゴーギャン  シュフネッケルの家族
  ゴーギャン  扇のある静物
  ゴーギャン  ブルターニュの風景
  ゴーギャン  ヴァイルマティ
  ゴッホ    アルルの寝室
  ロートレック ジュスティーヌ・デュールの肖像
 ルーヴル美術館所蔵
  セザンヌ   ジョルジョーネの《田舎の合奏》より(水彩)
  セザンヌ   サント・ヴィクトワール山(水彩)
  セザンヌ   調理台の上の瓶とポット(水彩)
  モロー    ジョット(水彩)
 ポンピドゥ・センター国立近代美術館所蔵
  マルケ    サン・ミシェル橋
  スーティン  吊るされた鶏
  スーティン  ページ・ボーイ
  ピカソ    読書する婦人
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展示されている140点の内、浮世絵だけは何度か入れ替わります。
今回の140点の作品の作家は次の通りです。人数は80名です。140点の作品で80名ですから、約2000点の作品は、どれだけの作家だったのか知りたくなります。
喜多川歌麿 葛飾北斎 石橋和訓 ポール・ゴーギャン カミーユ・ピサロ ポール・セザンヌ クロード・モネ アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレック パブロ・ピカソ エドヴァルド・ムンク オーギュスト・ロダン フランク・ブラングィン G.モリナーリ フランク・ブランクィン アレッサンドロ・ベドリ? アントニオ・ベルッチ ヤン・ファン・ホイエン サロモン・デ・ブラーイ ゴッドフリー・ネラー リチャード・ウイルスン トマス・ゲインズバラ ジュージ・ロムニー カミーユ・コロー コンスタン・トロワイヨン ジュール・デュプレ シャルル・フランソワー・ドービニー ギュスターヴ・クールベ ギュスターヴ・モロー ジャン・ジャック・エンネル アンリ・ファンタン・ラトゥール レオン・レールミット マリー・カザン ジュールメバスチアンメルパージュ ジャン・フランソワ・ラファエリ ルイ・ジョセフ・ラファエル・コラン エドモン・フランソワ・アマン・ジャン エルネスト・ローラン アンリ・ジャン・ギヨーム・マルタン リュシアン・シモン モーリス・シャバ シヤルル・コッテ ポール・シニャック アンリ・ルバスク モーリス・ドニ ピエール・アルベール・マルケ アンリ・オットマン エミール・アントワーヌ・ブルーデン デイヴィッド・コックス ウイリアム・キラー・オーチャードスン ジョージ・フレデリック・ワッツ エドワード・コーリー・バーン・ジョーンズ フランク・スキップワース ウォルター・リチャード・シッカート ジョン・アルフレッドアーンズビー・ブラウン ブラングィン ダッドリー・ハーデディー チャールズ・シムズ アルフレッド・ジェイムズ・マニングズ グリン・ウォレン・フィルポット コンスタンタン・ギース ヨセフ・イスラエルス フランス・ピーテル・テル・ムーレン ジョヴァンニ・セガンティーニ テオフィル・アレクサンドル・スタンラン ウジェーヌ・ユゼフ・フェルボックホーフェン アルフレッド・ステヴァンス フゴー・ヴイルヘルム・カウフマン マックス・ペヒシュタイン シャイムズ・クイン カミーユ・コロー ジュール・デュプレ シェルル・ジャック シャルル・フランソワ・ドービニー アドルフ・モンティセリ ジャン・ジャック・エンネル カロリュス・デュラン ジュール・バスチアン・ルパージュ ウジェーヌ・カリエール ジャン・ランソワ・ラファエリ シャルル・コッテ

今回の展示会のために日本国内をはじめ、オルセー美術館、ルーヴル美術館、ポンピドゥ・センター国立近代美術館などのフランスの美術館からも絵画などの美術品が140点ほど集められました。
残念ながら松方コレクション展は写真撮影が出来なかったのでホームページの写真を転用させていただきました。こちらが最大の目玉と思われる作品です。文化遺産的価値が高いことから日本に返還されなかった19点の中の一つです。
 題名 庭に座る女 ジュスティーヌ・デュールの肖像
 製作 1891年
 作家 トゥールーズ ロートレック
 所蔵 オルセー美術館
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この2枚もフランスに残された19枚の絵画です。「吊るされた鶏」は最後に購入したコレクションでもあります。
 題名 読書する婦人       吊るされた鶏
 製作 1920年          1925年
 作家 パブロ ピカソ      シャイム スーティン
 所蔵 パリ国立近代美術館    ポンピドゥーセンター
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モローの「ジオット」もフランスに残された19枚の中の1枚です。
 題名 ヴェトゥイユ         ジオット
 製作 1902年            1882年頃
 作家 クロード モネ        ギュスターヴ モロー
 所蔵 国立西洋美術館        ルーブル美術館
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 題名 収穫
 製作 1882年
 作家 カミーユ ピサロ
 所蔵 国立西洋美術館
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 題名 イゼール川の谷の水門
 製作 1855年
 作家 シャルル ドービニー
 所蔵 ルーアン美術館
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 題名 永遠の青春         老人
 製作 1881~84年        
 作家 オーギュスト ロダン    ジャン フランソワ ラファエリ
 所蔵 国立西洋美術館       ㈱サカタのタネ
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 題名 共楽美術館構想図     ささやき
 製作         
 作家 フランク ブラングィン  ウィリアム キラーオーチャードスン
 所蔵 国立西洋美術館      ジールハウス
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 題名 松方幸次郎肖像      水飼い場
 製作 1916年          1886年
 作家 フランク ブラングィン  ポール ゴーギャン
 所蔵 松方家          島根県立美術館
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ほとんどの浮世絵が海外に流失してし待った中で、1918年にフランスの宝石商アンリ・ヴェヴェールが持っていた浮世絵約8200点を一括購入したことは、その後の浮世絵の研究においても価値があることでした。
 題名 おしゃべり女        青楼三美人
 製作               1793年
 作家 フランク スキップワース  喜多川歌麿
 所蔵 加西市           東京国立博物館
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浮世絵のもう一人の巨匠である葛飾北斎の浮世絵です。浮世絵は5期に渡って入れ替わるので、こちらの作品は10月10日までしか見ることが出来ません。入れ替わりますが、葛飾北斎の作品も、喜多川歌麿の作品も、常にそれぞれ数枚が展示されています。
 題名 千絵の海 蚊鉢流 
 製作 1832年頃
 作家 葛飾北斎
 所蔵 東京国立博物館
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今回の140点の作品は下記の41ケ所の所蔵場所と、20点の個人所蔵が集められました。フランスから返還された作品は国立西洋美術館に保管され、8200点の浮世絵は東京国立博物に保管されています。写真をクリックすると今回の展示作品リストが大きく表示されます。
オルセー美術館 ルーブル美術館 ポンピドゥーセンター ランス美術館 リヨン美術館 ルイ・サンレック美術館 ドゥノン美術館 ルーアン美術館 グロベ・ラバディエ美術館 ジャン・ジャック・エンネル美術館 リール美術館 ヴェルノン美術館 クレルモン・フェラン美術館 ストラスブール近現代美術館 マルモッタン美術館 カンベール美術館 国立西洋美術館 東京国立博物館 ブリジストン美術館 鹿児島市立美術館 横浜美術館 島根県立美術館 姫路市立美術館 栃木県立美術館 郡山市立美術館 大原美術館 西宮市大谷記念美術館 山梨県立美術館 パリ装飾美術館 BBプラザ美術館 航空宇宙博物館 兵庫県公館 加西市 ジールハウス 川崎重工業 日本生命 共立女子大学 アサヒビール サカタのタネ 帝人 松方家
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会場内の雰囲気を紹介したいのでネットから展示室の写真を転用させていただきました。
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音声ガイトを借りて28点が登録されていました。番号が付けられた作品があると番号をキーインすると絵画の説明を聞くことが出来ました。
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常設展示は写真撮影が許されていたので紹介したいと思います。銅剣や銅鐸が多数展示されていました。
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瓦などの発掘品もありました。
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古代の陶器も沢山展示されていました。
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こちらは遠眼鏡です。
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貴重な資料も沢山ありました。
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神戸と言えば異人館でが、その異人館の一部も館内に展示されていました。こちらは玄関の部分だと思われます。
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こちらは異人館の居間だと思われます。
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博物館だけあって沢山の展示品がありました。
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こちらが出口です。入口が建物の東側にあるのに対して、出口は建物の西側にありました。松方コレクション展へ行ったのが9月22日だったので始まって5日目だったことになります。
 名称   松方コレクション展 松方幸次郎 夢の軌跡
 展示数  140点(美術作品) 19点(関連資料)
 期間   2016年9月17日~11月27日
 開館時間 9時30分~17時30分(土曜日は19時まで)
 主催   神戸市立博物館 神戸新聞社 日本経済新聞社 NHK神戸
 特別協賛 川崎重工業
 協賛   野崎印刷紙業 ヤマトロジステック エールフランス KLM
 後援   サンテレビジョン ラジオ関西
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食とアートのコラボのイベントも行われていました。松方コレクション展の半券提示で10%引きになるのが下記のレストランやCafやスイーツのお店です。
 YURT 神戸店              
 黒十                  
 PATISSERIE TOOTH TOOTH       
 洋食屋 神戸デュシャン          
 TOOTH TOOTH maison 15th       
 cafe Fish!                
 TOOTH TOOTH GARDEN RESTAURANT 
 ROUGH RARE             
 Bar & Bistro 64              
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松方コレクション展が行われている神戸市立博物館の場所を地図で紹介します。青色のラインは阪急の三宮駅西口から神戸市立博物館までのルートです。
  阪急・三宮駅
  神戸市立博物館入口  三宮駅から699m 
  神戸市立博物館 兵庫県神戸市中央区京町24

タグ:絵画

神戸の飲み会 菊兆 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で神戸の飲み会を紹介しましたが、もう一つ記事にしていなかった神戸の飲み会を紹介します。前記事でも紹介した通り今日2016年3月14日から関西に行き3月16日に神戸に勤務している人たちと飲む予定です。クリックすると拡大基本的に同じ5名のメンバーですが、この時はクリスマスイブである2015年12月24日であったことから3名だけの飲み会となりました。一人はデート、一人は家族サービスでした。約束の時間は17時30分でしたが、お店には17時10分に着いたので、私がお店に入った最初の客となりました。おかげで周囲を気にせずに店内を撮らせてもらえました。お店は神戸ハーバーランドにある菊兆(きくちょう)でした。

こちらが我々3名の予約席でした。
今回予定している2016年3月16日の飲み会の5名の内、私を含めて3名は1988年11月に住んでいた神戸市から転勤のために関東に引越しました。それも同じ船橋市の社宅でした。その3名は同じ課で組織ごとの転勤だったのです。つまり私を除いた2名は、入社した神戸の事業所に戻ったのです。
私が入社した年は同じ課に2名が配属になり、その翌年は5名が同じ課に配属になり、その次の年は6名が配属になる驚異の時代でした。その時、課の平均年齢は25歳まで下がりました。新入社員の年齢は22歳か23歳なので、課の平均年齢が25歳がどれほど驚異的なことかわかってもらえると思います。その平均年齢が25歳の時、私は24歳でした。24歳以下が13名で平均年齢が25歳になったわけです。つまり24歳は「中堅だった?」のです。その3入年度の人達とよく飲みに行ったことから、今のつながりがあるのだと思います。私が入社した時の課の組織名はXXXXX株式会社XX総括本部XXX事業部XXX設計部XXXXX設計課でした。その時の名刺は今でも持っています。
余談ですが、引っ越した翌日に社宅の近くの小学校に十数名が同時に関西から転校してきたので驚かれました。小学校への転入の知らせは前日との決まりなので、本当にその小学校の先生は驚かれたと思います。社宅周辺は関西弁が飛び交う地域になりました。


皆がついてさっそくビールをいただきました。お通しはフグの皮でしたが、一口食べてみて絶妙にできていたので、後の料理が楽しみになりました。
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刺身は鮮魚五種盛りを頼みました。関東に住んでいるとやっぱり神戸の刺身は新鮮でおいしかったです。
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次はフグの唐揚げでした。2人は良くこのお店を利用するようで美味しい料理を選んでくれました。
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メニューの一部を紹介しておきます。気になるのが右上の創業45年の味「明石焼き」でした。今は日本料理店ですが、実は菊兆は明石焼のお店だったのです。
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さっそく明石焼を頼みました。タコ焼きをふわふわに仕上げたもので、明石の地元では玉子焼と呼ばれています。
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クリスマスイブだったので歌をライブでやっていました。歌手の趙昌徳(ちょうまさのり)さんは高音のきれいな声で歌う方でした。興味のある方は是非ともプレーボタン( )をクリックして動画を見てみてください。
歌は小椋佳さん作詞作曲の愛燦燦(あいさんさん)です。美空ひばりさんが1986年に歌ったことでも有名です。
 趙昌徳さんのHP→ http://32.xmbs.jp/pochi/


日本酒の冷酒も頼みました。
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カリカリベーコンのサラダもいただきました。
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2人はよく利用するので、この焼酎の一升瓶をキープいたしました。
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こちらは明石蛸の唐揚げです。
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親子2代で営業されているそうです。
菊兆さんのホームページから写真を転用させていただきました。
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お店を紹介いたします。写真は菊兆が入っている神戸情報文化ビルです。ビルの前のキリンが目印になりました。
 店名  素材キッチン 菊兆
 住所  兵庫県神戸市中央区東川崎町1-5-7 神戸情報文化ビル 2F
 電話  078-361-5788
 営業  11:30~14:30 17:00~23:00(L.O. 22:00)
 定休  月曜午後のみ休業
 HP  http://kikucho5788.jimdo.com/
 姉妹店 明石焼 菊兆 (北野坂・本店 と ハーバーラント・モザイク店)
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菊兆がある神戸情報文化ビル は通称カルメニと名付けられていて一階にはラジオ放送のスタジオがあり、沢山の人が放送を見ておられました。実はカルメニが判らなくて行き過ぎてしまいumie MOSAIC(ウミエ モザイク)まで行ってしまいました。umie MOSAICにも菊兆があってお店の中まで入ってしまいました。そちらは明石焼きの専門店でした。お店の人に聞いて神戸情報文化ビルのお店の場所が判りました。
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観客の方は大部分が女性です。女性に人気の方が出演されているのかもしれないと思いクリックすると拡大スタジオ内を拡大いたしました。
ガラスに張られた紙には「Permanent Fishのアカペラの時間/収録中/毎週月曜日23:30~24:00OA」と書かれていました。張り紙から出演者は神戸を拠点に活動するアカペラグループであるPermanent Fish(パーマネントフィッシ)であることがわかりました。2009年11月に大韓民国文化芸能大賞外国芸能人賞を受賞しており関西だけでなく韓国でも活躍されているようです。アカペラとはイタリア語のa cappellaが語源で、無伴奏で合唱・重唱を行うことだそうです。CRKラジオ関西の全国放送です。この写真を撮ったのは2015年12月24日(木)17時11分でした。もしかしたら毎木曜日のこの時間に録音しているのかもしれません。
Permanent Fishのメンバーを紹介します。
KAZZ かず 1972年08月17日 43歳 兵庫県出身
Shunsuke しゅんすけ 1984年09月01日 31歳 茨城県出身
Tosea      とっしー 1982年11月10日 33歳 岐阜県出身
Takeshi たけし 1982年05月14日 33歳 岡山県出身
kikuri きくり 1990年01月08日 26歳 千葉県出身
Kouhei こうへい 1989年04月28日 26歳 東京都出身
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地図と航空写真で場所を紹介します。臙脂マーク( )が菊兆です。JR神戸駅の改札から東側に最初は地下に入り途中から地上歩いて、地下と合わせて計470mで着きます。



追伸
関西からは2016年3月20日に帰宅いたしますが、3月23日からは中国に行ってきます。帰国はは3月27日の予定です。ネット事情の関係で、今日の夕方から2週間近く皆様のところに訪問できなくなることをお許しください。
中国は101回目の訪問となります。
クリックすると100回目訪問の記事を表示
2016年3月23日~3月27日の中国へのフライトです。

2016年3月14日~3月20日の関西へのフライトです。

神戸ハーバーランドでイタリアン オステリア ガウダンテ [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2016年3月14日から関西に行ってきます。帰りは3月20日です。今回は東京から神戸に転勤になった人たちと3月16日に飲む予定にしております。
その記事は後日掲載させていただくつもりですが、その転勤になった人たちと、以前にも神戸で飲み会をした時の記事を書き忘れていたので、先に掲載したいと思います。この時は神戸ハーバーランドのumie MOSAIC(ウミエ モザイク)と呼ばれている複合商業施設にあるイタリアンレストランに左の写真の6名で集合いたしました。
上の写真がumie MOSAICの写真です。右側に沢山のレストランが入っており、その中に今回のレストランであるオステリアガウダンテがあります。

神戸ハーバーランドはJR神戸駅から東にあり写真の観覧車がシンボル的存在になっています。神戸は私が入社した時に配属になった事業所がある場所でした。その時に同じ課に配属になった同期の人も、今回の飲み会のメンバーの中に含まれていますが、他は40歳未満の人達です。その頃の神戸ハーバーランドの敷地は、国鉄の湊川貨物駅を中心とした流通と工場の大きなエリアでした。
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神戸ハーバーランドのumie MOSAICの航空写真です。JR神戸駅からは徒歩で640mの距離にあります。元々は三菱倉庫の倉庫跡地に1992年10月1日に神戸モザイクの名称でオープンした商業施設でしたが2013年4月18日にリニューアルオープンし、名前も新しくumie MOSAICとなった新しい街並みの商業施設です。登録されている正式名は高浜モザイクですが一般的にはumie MOSAICと表示され呼ばれています。海に近い方の臙脂のマーク( )が食事をしたオステリアガウダンテ(OSTERIA Gaudente)です。


こちらがお店の入口です。お店を紹介します。
 店名 オステリア ガウダンテ 神戸ハーバーランド店
 住所 兵庫県神戸市中央区東川崎町1-6-1 モザイク 3F
 電話 078-360-2800
 営業 11:00~15:30 17:00~22:30 土日祝は午後のみ
 定休 無休
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我々が座った席は、シンボルの観覧車の目の前でした。
クリックすると拡大神戸に転勤前は皆さん私の職場にいた人たちで、中国の合弁会社に赴任していた人も3名含まれていた上に、海外に一緒に行った人もおられたので格別に話が盛り上がりました。
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私がレストランに着いたときは私を含めて2名だけだったことからみんなが集まるまでビールをいただきました。料理に関しては皆さんが集まってから出してもらうことにいたしました。
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皆が集まったところで、いきなり赤ワインを頼みました。赤ワインを飲みたくなる雰囲気だったのです。
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さっそくワインで乾杯です。
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最初は生ハムで覆われたサラダでした。生ハムが出てくるとイタリアンの雰囲気も盛り上がります。
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サラダはもう一品頼みました。シーフードサラダですが、サラダというよりは料理の雰囲気でした。
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こちらの写真でシーフードが沢山入っていることが分かってもらえると思います。
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チーズの盛り合わせですが、どのチーズもワインが進む美味しさでした。
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やっぱブルーチーズはワインに合います。
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白ワインも頼みました。
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焼きたてのピッツアも出てきました。
やはり記事の美味しいイタリアンの本場のピッツアでした
ワインが進むと、やはり盛り上がりました。
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追加で赤ワインを頼みました。
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右の写真の左側が私です。
こちらはスパゲッティーです。
取り分けるために持ち上げているところです。
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スパゲッティーの拡大写真を掲載させてもらいました。クリックするとさらに拡大いたします。
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ピッツアも追加いたしました。
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メイン料理はステーキでした。
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少し食べたところで断面を見てもらいたいので拡大写真を掲載いたしました。
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さらに赤ワインを追加しました。この時が2時間20分経過
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沢山のトリュフが乗ったリゾットも出てきました。これは美味しかったです。
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上の写真はクリックすると拡大いたしますがクリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。スライスされたトリュフが沢山乗っているのが分かってもらえると思います。
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暗くなり夜景もきれいになりました。17時50分にお店に入って出たのが21時50分だったので4時間も料理とワインと話を楽しんだわけです。


4時間の会食となるとワインも一人あたり1本ほど飲んでしまいました。
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27年ぶりの懐かしい味 「夫婦ぎょうざ」で鍋貼児餃子を食べました。 [神戸]



私が入社した会社での最初の勤務地は神戸でした。その時によく行った餃子屋さんが、今回紹介するお店です。お店の名前は夫婦ぎょうざ(みょうとぎょうざ)です。毎週のように「夫婦ぎょうざ」で餃子を食べていましたが、1988年11月3日に組織ごと東京に転勤となりました。数百人になる大掛かりな転勤でした。その後、仕事で神戸に来ることも多かったのですが、時間が無くて食べることが出来なかったため、ずーと食べたいと思っていました。そして、ついに思いを2015年6月19日に実現させました。つまり27年ぶりに食べることが出来たのでした。
1988年に転勤になった時は、結婚して神戸の須磨区に住んでいました。最寄駅は神戸市営地下鉄の妙法寺駅で、家族そろって千葉県の船橋市に引越しました。

実は27年前のお店の場所は、今の場所と違う場所なのです。それは、今から20年前、1995年1月17日の阪神淡路大震災でお店がなくなってしまい、今の場所でお店を再開したという経緯があったのです。元の場所に何度か行ってお店が見当たらなかったので気になっていたのです。今のお店は新開地商店街()の東側ですが、震災前は西側にあったのです。お店を紹介します。店名の「夫婦ぎょうざ」は「みょうとぎょうざ」あるいは「めおとぎょうざ」と発音します。
クリックすると拡大  店名 夫婦ぎょうざ / 夫婦餃子(みょうとぎょうざ)
  電話 078-575-0660
  営業 15:30~21:30
  定休 日曜日    ただし臨時休業あり
  料理 餃子のみ  ただしライス(150円)あり
  値段 10個:460円  15個:690円
  創業 昭和29年(1954年)
  住所 神戸市兵庫区新開地2-5-5 ライオンズプラザ神戸112 


店内はカウンター席のみです。目の前で生地を作って具を包んで焼きます。作りたての餃子が食べれます。写真は、ご主人が生地を機械で伸ばしているところです。
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今回は3人で来ました。その中の1人は、同期入社で、且つ、同じ課に配属になり、東京にも一緒に転勤になった友人です。今回の3人は翌日6月20日に明石ゴルフ倶楽部で、一緒に芝刈りをする仲間でもあったのです。


こちらのお店は昭和29年創業の餃子専門店です。昭和29年は1954年なので創業61年になるわけです。


さっそく3人共に、2人前(20個)づつ頼みました。見ていると、ほとんどの人が2人前を注文していました。1人前や1.5人前を頼むことも出来ます。
クリックすると拡大壁に「鍋貼児餃子」の古びた張紙がありました。調べてみると鍋貼(あるいは鍋貼児)は焼餃子のことです。ただし厳密には焼餃子と鍋貼児は違うそうです。鍋貼児(锅贴儿)は大きくて四角い感じだそうです。確かにこちらの餃子は普通の焼餃子とは雰囲気が違いました。大きくはありませんが、確かに少し四角い感じでした。日本では、鍋貼児とだけ書くと、餃子だとわからないので、「鍋貼児餃子」と書いたのだと感じました。日本流に訳すならば「中国焼餃子」ということになるのだと思いますが、「鍋貼児餃子」の方が判りやすいです。日本の焼餃子を中国流に言えば「日式鍋貼児」になると思います。
鍋貼児はグォティアル(guotier)と発音します。調べてみると、先代が満州で覚えてきた鍋貼児だそうです。きっと夫婦二人だけでお店をやったので、店名を「夫婦餃子」としたのだと思います。現在は2代目が伝統の味を守っているそうです。
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こちらが拡大写真です。我々が知っている餃子の羽はないのですが抜群に美味しいのです。確かに表面の感じは中国の焼餃子に似ていました。でも、中国に今まで98回行きましたが、こんなに美味しい焼餃子を食べたことはないので、日本で研究して完成した究極の鍋貼児のような気がします。もちろん日本でも、これだけ美味しい餃子には滅多にお目にかかれませんでした。
さらに追加で計3人前頼みました。3人前の内、私が2人前食べてしまったので、最初の2人前と合わせて4人前(40個)を食べたことになります。ビールは7本頼んで私は2.5本飲みました。
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こちらの餃子(鍋貼児 / 鍋貼)の特徴はタレにもあります。ニンニク醤油と味噌です。一番右の器に入っているのが味噌です。私は酢+ニンニク醤油+味噌のタレでいただきました。ラー油と普通の醤油も置かれています。左から酢、醤油、にんにく醤油、ラー油、味噌です。
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これがタレにつけた餃子(鍋貼児 / 鍋貼)です。
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こちらの餃子が美味しいのは具にも秘密がありそうです。肉汁もたっぷりと出てくるのも美味しさの秘密なのかもしれません。
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こちらが新開地商店街です。懐かしくなって餃子店を出た後に歩いてみました。一番公園よりの右側のお店で、さらに生ビールを飲んで帰りました。
新開地には今回紹介の1954年創業の「夫婦ぎょうざ」以外に1925年創業の豚まん一筋の「春陽軒」や1941年創業の洋食屋「グリル金プラ」や1952年創業の「グリル一平」など、60年を超える老舗が沢山あります。春陽軒の豚まんも味噌だれで食べると書かれていたので、次は是非とも、それらも食べてみたいと思っています。
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タグ:神戸 餃子

懐かしい人と懐かしい神戸で鉄板焼 朱藏 SHUKRAN [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2015年6月17日に初孫に会って、奈良から直通電車で三宮に来たのはこちらのお店での飲み会だったのです。知り合いの人が関東から関西に転勤になり神戸に引越した人と2年半ぶりの飲み会だったのです。タイトルで懐かしい神戸と書かしていただいたのは、私が小学校4年から1988年11月3日まで神戸および神戸近郊に住んでいて、入社した時の会社の勤務先が神戸だったからで、27年前の1988年11月3日に神戸から関東に転勤で引っ越しましたので懐かしい場所なのです。知り合いの人が選んでくれたのが神戸らしいセンスの素敵なお店だったので紹介させていただきます。
  店名 朱藏 SHUKRAN シュクラン
  料理 ビストロ 創作鉄板焼 
  住所 兵庫県神戸市中央区中山手通3-10-12
  電話 078-251-9800
  営業 18:00~23:00
  定休 火曜日
  URL http://r.gnavi.co.jp/kbvw800/    Facebook

朱藏は、ご主人がシェフで、素敵な若いご夫婦の2人でやられていました。関係は判りませんでしたが、 朱藏 のお隣がNICKという名の精肉店(MEAT SHOP)でした。
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ずわい蟹とアボガドと新鮮な野菜とトビッコ(飛子)のサラダでした。ドレッングに特徴がありました。こんな素敵なお店をどうして短期間で見つけたのかを聞くと、ご夫婦で引越し前に社宅を見に来た時に偶然に歩いていて見つけて入ったお店だそうです。確かに夫婦で行くのにピッタリのお店でした。
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先ずはビールを一杯、頼みました。その後はワインにいたしました。


次は新鮮な烏賊の前菜です。
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料理を写真を拡大いたしました。
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ビールの後に最初に頼んだのは白ワインでした。19時5分
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前菜の次は冷製スープでした。いろんな国に行った時の話で盛り上がってきました。
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ウニの手巻き寿司です。
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料理を拡大すると手巻き寿司であることが判ってもらえると思います。
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春巻きののような皮を巻いて揚げた料理です。お洒落な料理でした。
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2本目のワインは赤ワインにいたしました。20時12分
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カウンターの前には鉄板があり、その鉄板で次の料理であるスズキを焼いてもらいました。左はお好み焼きだと思います。お好み焼きは別のお客さんのものだと思います。
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すすぎのソテーが出来上がりました。香ばしく出来上がっていました。
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香ばしさを感じていただくために料理を拡大いたしました。
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もう一本、別の赤ワインを追加しました。結局、ワインを3本飲んでしまいました。20時34分
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ここで肉が登場です。鹿児島牛です。
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鹿児島牛のステーキです。お皿の上に散らされた塩でいただきました。
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こちらの料理も拡大いたしました。
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最後はアイスクリーム系のデザートでした。私のお皿にthank you !! と書かれていました。
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デザートも拡大いたしました。こちらのお店の特徴を一言で言えば雰囲気だと思いました。神戸が満喫できるお店でした。18時40分にお店に入って、この時、閉店前の22時47分だったことを、撮った写真で気が付きました。懐かしい話で盛り上がって、ワインを3本も飲んでしまったわけです。その我々の話に合わせて料理を出してくださったわけで、ほんとうれしいことです。
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お店の中の雰囲気をお伝えしたかったので、お店のFacebookの写真を転用させていただきました。
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お店も素敵ですが、素敵な場所にあるので周辺も紹介したくなりました。
レストランの前の中山手通りです。
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中山手通りに交差する道からは山を見ることが出来ます。間近に海と山があるのが神戸の素敵なところだと思います。ここは高校生や学生たちの通学路でした。是非とも写真をクリックしてみてください。坂道の雰囲気を感じてもらえるかもしれません。
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素敵な坂道に溢れた場所でした。近くには北野異人館街もある場所なのです。
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近くの有名な場所を紹介します。
こちらが生田神社です。三宮駅からお店に行く途中にありました。関西には6月16日から6月21日まで行っていました。
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お店には約束の時間より早く着いてしまったので周辺を散策した見ました。日本風の門がありました。こちらは相楽園(そうらくえん)です。元神戸市長の小寺謙吉氏の先代小寺泰次郎氏の本邸に営まれた日本庭園ですが、敷地内には移築された旧ハッサム住宅や馬車を入れる旧小寺家厩舎が残されています。
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歴史のありそうな名前が「ひらがな」の小学校がもありました。
神戸市立こうべ小学校です。
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神戸市立こうべ小学校の沿革です。
 1884年12月12日 神戸市立神戸小学校    4校が統合して開校
 1990年04月01日 神戸市立神戸諏訪山小学校 合併して名前が変わる。
 1996年04月01日 神戸市立こうべ小学校   合併して名前が変わる。


航空写真で場所を紹介します。阪急の三宮駅は神戸高速鉄道の接続駅なので三宮には6つの鉄道会社の三宮(三ノ宮)駅がある神戸の商業の中心場所です。
  朱藏 SHUKRAN シュクラン
  生田神社
  相楽園(そうらくえん)
  神戸市立こうべ小学校
  阪神三宮駅       JR三ノ宮駅
  阪急三宮駅       地下鉄三宮駅
  ポートライナー三宮駅
  北野坂         異人館(複数14館表示)

タグ: 神戸 鉄板焼

活きイワシ料理 [神戸]

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神戸市の三ノ宮で懐かしい人のお祝いの飲み会がありました。私も含めて関東から3名と海外から1名が駆けつけました。
その飲み会で選んでいただいたのが、活きたイワシを料理だしてくれるお店でした。上の写真は、お店の生簀で泳いでいたイワシ(鰯)です。お店の名前は、ずばり「いわし屋」です。
お祝いの席があったのは2014年10月17日でした。

こちらが前菜です。鰯と豆腐ともう一品が乗っていました。
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やっぱりビールです。左は料理のコースを決めていなかったので、お店に入ってすぐに出されたお通しです。


活きイワシ料理と言えばやっぱり刺身です。イワシとは思えない張りのある身で、驚きの美味しさでした。活きたイワシでしか味わえないものでした。


刺身の部分を拡大いたしました。これを食べるために、今回のお店を選択していただいたのだと思います。
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刺身が盛り付けられていた周囲に並べられていたイワシの骨は、後で骨せんべいにしてもらえました。
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鰯の塩焼きもすばらしかったです。
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揚げ出しの料理です。これはイワシではなく蟹の身でした。
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玉子焼も出てきました。なぜがクコの実が飾られていました。
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サザエのつぼ焼きも出てきました。
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締めは茶漬けです。青魚の塩焼きの茶漬けを食べたのは初めてでしたが新鮮だから出せる味だと思いました。
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お店を紹介いたします。臙脂色マーク( )がお店の位置です。
 店名 いわし屋
 住所 兵庫県神戸市中央区北長狭通1-9-17
 電話 078-392-1848
 営業 17:00~23:00
 定休 無休

より大きな地図で いわし屋 を表示
追伸
今日2014年11月10日から11月17日まで海外に行って来ます。その間は、ネット事情から皆様のところに訪問できないことお許しください。家は7時に出発いたします。今回は上海蟹も食べる計画もあるとのことなので楽しみにしております。

明石海峡大橋が目の前に見えるホテル [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

三宮でトンカツを食べた後に神戸に泊まったのが、明石海峡大橋が目の前に見えるホテルでした。ホテルに着いたのは午後10時を過ぎていましたが、上の写真のように明石大橋は、まだライトアップされていました。

周りの景色も入った写真を紹介いたします。雰囲気が判ってもらえると思います。奥の淡路島側の主塔(25000トン)が川崎重工製で、手前側の主塔が三菱重工製です。


ライトアップのパターンは季節や時間などで基本的に28パターンあります。28パターンをすべて紹介いたします。実際には、下記のように短時間で変化することはありません。この時は7月なのでライトアップパターはブルー(正式名:パールブルー)で、00分時と30分時に時報のパターンが表示されます。ただしゴールデンウィークおよび夏休の全土・日曜日は、 1分ごとに次々と美しく色を変える全28パターンのライトアップがおこなわれます。
        点灯時間    ライトアップ・パターン
  平日   日没~23時  春:グリーン 夏:ブルー 秋:ピンク 冬:イエロー
  土日祝  日没~24時  グリーンブルー
  時報   1時間ごと   夕方:虹-1   夜:虹-2   夜間:虹-3
        30分ごと    季節により 宝石-1 ~ 宝石-7
  イベント 日没~24時  14種類のパターン
  大晦日  日没~日出  特別パターン
28パターン
クリックすると拡大平日 春
クリックすると拡大平日 夏
クリックすると拡大平日 秋
クリックすると拡大平日 冬
クリックすると拡大土・日・祝

こちらが翌朝に撮った写真です。曇り空ですが淡路島がきれいに見えました。明石海峡大橋は兵庫県神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ、世界最長の吊り橋です。全長3,911m、中央支間1,991mで明石海峡大橋の主塔の高さは海面上298.3mであり、国内では東京スカイツリー(634.0m)、東京タワー(333.0m)、あべのハルカス(300m)に次ぐ高さの構造物です。横浜ランドマークタワーと同じ高さでもあります。建設当初は全長3,910m、中央支間1,990mでしたが、1995年1月17日の阪神・淡路大震災で地盤がずれ、1m伸びたそうです。
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ホテルの庭には結婚式のためのチャペルがありました。みんなで記念撮影するには絶好の場所かもしれません。ホテルの名前はシーサイドホテル舞子ビラです。
舞子ビラは有栖川宮熾仁親王の別邸として1894年に完成しました。そのことから明治天皇は1900年、1902年、1908年と宿泊し、昭和天皇も1916年(皇太子時代)と1954年に宿泊されたそうです。1920年には史蹟名勝記念物指定を受けていますが、原型の木造の家屋は破壊されたために、当時の面影は、この庭にだけ残されているようです。チャペルの前の庭に沢山の松があるのも理解できました。
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舞子ビラのホームページから有栖川宮熾仁親王の別邸時代の木造の建物の写真を転用させていただきました。今も庭の松の面影が感じられます。
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神戸の街の中心が少し離れていることから料金の割りに部屋が広いためだと思いますが、海外の観光ツアーの人たちが沢山泊まられていました。


庭からのホテルの外観の写真も紹介いたします。
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こちらの主塔から舞子側を撮った写真は本州四国連絡高速道路株式会社のサイトから転用させていただきました。右の方に写っている白いビルが舞子ビラです。


私が泊まったシーサイドホテル舞子ビラが空色マークです。緑色マークbarbieさんお薦めの明石海峡大橋ビューポインの垂水アウトレットと淡路SA展望台です。
黄色ラインの方向にビューポインの一つの神戸空港があります。

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究極のサービスでした。 [神戸]



こちらも神戸の出来事でした。7月27日は夕方の便で伊丹空港まで行きリムジンバスで神戸に行きました。三宮でバスを降りたら、お腹がへったのでトンカツ屋で夕食にすることにしました。お店に入ったのがラストオーダーの5分前の20時55分でした。上の写真は羽田空港で18時24分に撮りました。

生ビールを一杯注文して、グビッと!
先ずは驚いたことに生ビールを頼むと、ツマミが3品出てきました。普通は1品だと思うのですが、閉店が近いこともあり3品をサービスしたくれたのだと思います。居酒屋ではないのでもちろんツマミは無料です。
おかげで注文したトンカツが出てくるまで楽しめました。


右が頼んだ豚カツのメニューの写真です。黒豚のフィレカツにさせてもらいました。出来るまでに少し時間がかかるとのことなのでゆっくりとビールとツマミを楽しませてもらいました。ところが、お店の人が、申し訳なさそうに料理を持ってこられて、「揚げが上手に出来なかった」と平謝りされた上に、「料理の料金は、いらないので、よかったら食べてください」と言われました。
もちろん食べさせていただきました。
普通の時間帯ならば、揚げなおすのだと思いますが、これ以上待たせるのも悪いと思われたのだと思います。
帰りにビール代を払おうとすると、「申し訳なかったので生ビールも無料にさせていただきます。」と言われてしまいました。ちょっとうれしい出来事でした。無料になったことがうれしいのではなく、気持ちが伝わってくる対応が、うれしかったのです。何事にも失敗はあるものです。ごまかさないで正直な対応がいいですね。今度、機会があれば食べに行くことにします。

写真好きの神戸空港人気スポット [神戸]

が表示された写真はクリックすると拡大します。

神戸空港から夕日の中の明石海峡大橋を紹介いたしました。→ポチッ
その明石大橋を写すことが出来た経緯(いきさつ)を、ご説明申し上げます。
神戸空港から羽田空港へのフライトまで時間があったので屋上の展望デッキに上がってみました。展望デッキの東側の写真です。

飛行機が近づいてくるとコンパクトカメラやビデオカメラで飛行機を撮られていました。


飛行機がボーディングブリッジに近づいてきたところです。
この飛行機に乗って関東へ帰りました。


こちらが西側です。夕方なので日が沈みかけていました。階段の上に人が何人か立っています。気になったので私も行ってみることにしていました。
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階段を上がってみると皆さん大型カメラを持った人たちでした。三脚持参で飛行機と夕日と明石海峡大橋を撮られているようでした。(後で写真をじっくり見てみると、偶然ですが明石海峡大橋が写っていました。)
余談ですが明石海峡大橋のことをよく明石大橋と言うことがありますが実は明石大橋と言う別の橋があります。
この場所の正確な地図(黄色ラインの起点)→http://goo.gl/maps/seMfq


これがすでに紹介した写真です。偶然に撮れていた明石海峡を切り取って拡大してみました。クリックすると拡大夕日のために、肉眼では明石海峡大橋に気がつきませんでした。気がついたらカメラをズームしたのに、残念です。写真をクリックすると写真全体を表示します。おそらくこの景色を皆さん撮ろうとされていたような気がします。
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飛行機が着陸する時など一斉にカメラを構えていらっしゃいました。


実は、この場所は明石活魚「浦鮨」の入口なのです。今まで屋上にお店があるとは知りませんでした。
HPを見つけました。→http://www.urazushi.com/kobe.html


入口のメニューを撮らしてもらいました。昼網の刺身と生簀の魚の刺身が食べれるようです。神戸に住んでいたころは昼網の魚が手に入ったので、新鮮な刺身が安く食べれたことを思い出しました。こちらは安くはないとは思いますが、すこし時間があるときに景色を見ながらゆっくりとするのもいいかもしれません。
昼網という言葉は明石や神戸でよく使われます。当日に採れた近海の魚や蛸で活きの良さは最高のものです。
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ざんぱーすーさんの明石活魚 浦鮨 神戸空港店にトラックバックしています。

神戸空港から見た明石海峡大橋 [神戸]


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神戸空港の展望デッキからの景色です。
西日が強くて肉眼ではほとんどなにも見えないために、まさか神戸空港から明石海峡大橋が見えるとは思ってもいませんでした。
ところが神戸空港の夕刻に撮った写真に偶然に小さく明石海峡大橋が写っていました。その写真から明石大橋の部分だけを切り取って掲載させてもらいました。写真をクリックすると切り取る前の写真を表示させます。

明石海峡大橋(あかしかいきょうおおはし)の航空写真を紹介します。明石海峡大橋は、神戸市垂水区東舞子町と淡路島の岩屋とを結ぶ、明石海峡を横断して架けられた世界最長の吊り橋です。愛称はパールブリッジだそうです。建設当初は長さ3910m、最大支間長1990mでしたが阪神・淡路大震災による地盤のずれが発生してそれぞれ1m伸張したそうです。
 長さ    3,911m
 最大支間長 1,991m
 主塔    高さ  298.3m 鋼鉄製   重量 25000トン/基
       製作 川崎重工(淡路側) / 三菱重工(舞子側)
 航路高さ  65m  橋桁重量 90000トン
 形式    3径間2ヒンジ補剛トラス吊橋
 建設    1986年4月26日(起工式)~1998年4月5日(供用)
 S.V.    http://goo.gl/maps/XL9Iu 神戸空港の方向


こちらは明石海峡大橋と神戸空港の関係の航空写真です。神戸空港の、ほぼ真西に明石海峡大橋があることがわかってもらえると思います。神戸空港の黄色ラインの起点は写真を撮った正確な場所にしております。起点を中心にして、写真上のアイコンプラスを数回クリックして拡大していくと、写真を撮った場所が判ると思います。
緑色マーク( )はbarbieさんお薦めの明石海峡大橋ビューポインの垂水アウトレットと淡路SA展望台で、空色マーク( )は私が泊まったシーサイドホテル舞子ビラです。
舞子ビラから見た明石海峡大橋を書いた記事はこちらです。→ポチッ 

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布引の滝 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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神戸にある布引の滝は今が紅葉の季節です。同じ季節に布引の滝に行ったときの写真を紹介いたします。布引の滝(ぬのびきのたき)は布引渓流(名水百選)にある4つの滝の総称で、日本三大神滝のひとつだそうです。
日本三大神滝とは那智の滝(和歌山県)と華厳の滝(栃木県)と布引の滝です。布引滝とも表記されており、名瀑として知られる古来からの景勝地だそうです。上の写真の滝は雄滝(おん滝)です。
右の絵はInternet Museumから転用つせてもらった、江戸時代に住吉広行によって描かれた布引滝図です。

布引の滝は新幹線の新神戸駅から400mで行けることは地元以外ではあまり知られていないと思います。改札階から1階降りると写真の駅の下に出られます。


布引の滝は下流側から雌滝(19m)、鼓ケ滝(8m)、夫婦滝(9m)、雄滝(43m)とならんでおります。ここまでは距離も短く靴のことはさほど気にせずに簡単に登ることが出来ます。登り始めるて住宅地を抜けるて「いさご橋」を渡ると散策路の雰囲気になってきます。地図で登山道と書かれたところを登っていきます。この地図をクリックすると分かりますが雄滝の上流には五本松かくれ滝(20m)があります。今回は雄滝までとしました。地図の右方向が実際の北方向になります。新幹線は上が博多(岡山)方向で、下が東京(大阪)方向です。
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散策路は布引渓流に沿って登っていきます。雌滝と雄滝は滝の目の前で出ることが出来ますが鼓ケ滝と夫婦滝は散策路から見下ろす形で見ることになります。
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クリックすると拡大散策路には下の写真のような趣のある道しるべがありました。雌滝は「めん滝」と書かれていました。雄滝は「おん滝」でした。
左の道しるべは雌滝あたりで見つけました。
右の道しるべは雌滝あたりで見つけました。
これ以外に歌が書かれた右のような石碑が沢山あるので是非とも探してみてください。
この歌は順徳院(1197年~1242年)によるもので、書かれている歌は「たら縫は 紅葉の 衣そめ出でて 何山姫の ぬの引の滝」です。歌人のことや歌の意味などの解説が横に書かれています。この歌の中の山姫は「山の女神」で、たち縫の衣は「無縫の天衣」を示しているそうです。なんとなく歌の意味が分かると思います。
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雄滝近の散策路で登ってきた来た道の方を撮っています。滝だけでなく散策路の景観もすばらしいところでした。
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クリックすると拡大これが43mの高さの雄滝(おんたき)です。滝の上に紅葉した木があるので紅葉の季節の写真であることが分かってもらえると思いますが、雄滝のすぐそばには紅葉の木がないので滝つぼの前からは滝と紅葉を一緒の写真という雰囲気ではないです。
右の写真も下の写真もクリックすると拡大するので滝の上の紅葉が、よりはっきりと分かってもらえると思います。
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紅葉した木と一緒に滝を撮りたい人は少し登ったところに茶店があるので、その茶店の中から撮ると最高の写真が撮れると思います。この写真は茶店の脇から撮ったもので滝がはっきりとは写っていませんが、茶店の奥からは滝がよく見えます。冒頭の写真は茶店の入口あたりのから撮らせてもらいました。
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茶店に登って行く別の角度の雄滝です。まだ紅葉の木は見当たりませんが、もう少し登るとすでに紹介した紅葉と一緒の写真を撮ることが出来ます。
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こちらは雌滝(めんたき 19m)です。迫力は雄滝ほどではありませんが、こちらは滝つぼの前から紅葉と滝を一緒に撮ることが出来ます。
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雌滝(19m)と雄滝(43m)を紹介いたしましたが、残りの鼓ケ滝(8m)と夫婦滝(9m)が気になっている方がおられるかもしれないので撮った写真の中から鼓ケ滝と夫婦滝と思われる写真を紹介します。

こちらが鼓ケ滝(つつみがだき)の写真です。周りの景色をネットの写真と比べた結果、鼓ケ滝に間違いありません。別の角度の写真もあったのですが100%鼓ケ滝であるとの自信がないので、こちらの写真を掲載いたしました。


こちらが夫婦滝(めおとだき)です。2本の流れになってることと、周りの岩などをネットの写真と比べたので夫婦滝に間違いありません。と言うことで4つの布引の滝を紹介いたしました。


上で紹介した景観が新幹線の駅から400mの場所にあるのは新神戸駅の特徴でもあります。布引の滝と書かれているところが一番大きな雄滝(おん滝)です。


Googleの航空写真(地図)で各滝の位置も紹介します。緑色マークが新幹線の新神戸駅です。黄色ラインがこの時歩いた散策路です。布引水源池の水道施設は国の重要文化財です。その設備の一つで1900年に完成した日本最初の重力式コンクリートダムある布引五本松堰堤(ダム)の放水路として出来たのが「五本松かくれ滝」でダムがオーバーフローする時にだけ流れる滝であることからからのネーミングだそうです。
右の小さな写真はネットから拝借した「五本松かくれ滝」と「五本松ダム」です。
黄色マークは下流側から
 雌滝(めん滝)   19m
 鼓ケ滝        8m
 夫婦滝        9m
 雄滝(おん滝)   43m
 五本松かくれ滝  20mです。

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きれいな紅葉に出会えました。 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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11月22日に東京駅10時10分発の「のぞみ25号」で新神戸駅に12時58分に着きました。実は新神戸駅から400m歩くと布引の滝(布引滝とも表記)がありますが、その散策路は隠れた紅葉のの名所なのです。隠れたと書きましたが、もちろん地元では有名な場所です。クリックすると拡大そこで撮った「もみじ」の写真を紹介いたします。
新神戸駅に着き、昼食をとり、ANA CROWNE PLAZAホテルにチェックインしてすぐに、こちらに訪れてみました。これは布引の滝の雄滝の近くで撮ったものです。真っ赤な紅葉もきれいですが、緑の混ざった紅葉もすばらしいです。右のCROWNE PLAZA HOTELの写真は、ホテルのHPから転用させていただきました。

新幹線の駅から布引きの滝を目指して歩く散策路から川を背景に撮ったものです。この川は布引渓流(名水百選)とも呼ばれています。この布引渓流の水は新神戸駅の下を流れて生田川となり海に向かいます。こちらの方向に新神戸駅があります。
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布引の滝は5つ滝があります。下流側から雌滝(19m)、鼓ケ滝(8m)、夫婦滝(9m)、雄滝(43m)、五本松かくれ滝(20m)で、簡単に見れることが出来るのが雌滝と雄滝です。今回も雌滝と雄滝を見ることが出来ました。散策路の紅葉もきれいでしたが雌滝と雄滝の周りの「もみじ」もきれいに紅葉していました。雌滝と雄滝の写真に関しては後日のブログで詳しく紹介いたします。この紅葉の背景にあるのは雄滝です。
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航空写真で布引の滝と新神戸駅とホテルが近い位置にあることが判ってもらえると思います。新神戸駅は1972年3月15日に開業した山陽新幹線の駅で、16.25kmの六甲トンネルと8.055kmの神戸トンネルの間の僅かな地上区間に新幹線ホームがあることで有名です。右側の青いビルは地上42階 高さ約151mのマンションのジークレフ新神戸タワーです。

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