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後輩の結婚式に出席 ホテル阪急インターナショナル [大阪]

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2019年6月吉日に会社の後輩の結婚式がホテル阪急インターナショナルでありました。新郎は会社での私の後輩になっていたわけですが、今は新郎とは関東と関西に分かれています。ただし、中国に行ったときに何度か会う機会もあり、神戸でも数回ほど飲み会(会食)で会う機会がありました。そんな中で結婚が決まったとの報告を2018年11月の飲み会「20種類のワイン飲み放題」の時に聞かされ、クリックすると拡大2019年2月13日に右の写真の大阪マルビルの四川料理・御馥で、結婚相手の紹介を兼ねて数人で会食をしました。その関係で結婚式に招待していただき参加させていただきました。うれしいことに新郎新婦を含めて知っている人が結婚式に19人も参加されていました。その内の18人は元々は東京で私の元にいた人でした。今はその中の17人が、私が入社した時に配属になった神戸の事業所に勤めているという偶然で、久しぶりに会う人も多く、楽しく過させていただきました。クリックすると拡大上の写真が結婚式が行われたホテル阪急インターナショナルです。結婚式が行われたチャペルは5階で披露宴会場は6階でした。結婚式場に向かう途中の阪急電車の中から撮りました。右の電車の写真は出発した逆瀬川駅のホームで撮った阪急電車です。

14時半から結婚式(下の写真と小さな4枚の写真)が始まりました。
披露宴は16時からでした。プライベートのことなので結婚式や披露宴の写真などは紹介できないので、本記事では披露宴で出された料理を紹介したいと思います。ただし雰囲気を感じていただきたいので本人や出席者が特定できない範囲で紹介したいと思います。


これがホテル阪急インターナショナルの披露宴会場です。
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クリックすると拡大クリックすると拡大こちらが新郎新婦席です。
ケーキカットは大きな写真で紹介したいところですが、この大きさで我慢してください。花のデザインはクリックすると拡大新婦のお色直しで着替えたドレスの色とぴったりでした。
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今回は新郎新婦も含めて出席者は80名でした。主賓のあいさつで近い位置の人は全員が向こう側を向いているので本写真を使わさせていただきました。
大

テーブルの中央のお花です。
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私の席のセッテングです。シャンパングラスに小さな赤いバラの花が入っているのが印象的でした。
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シャンパングラスを拡大いたしました。
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さらにバラの部分を拡大いたしました。小さくてもきれいな形の花を使っているのに驚きました。
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そのバラの花が入ったグラスにシャンパンを注いでいるところです。
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シャンパンが注がれバラが浮いたシャンパングラスです。
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みんなで乾杯です。
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料理の名前は「生ハムとメロンのカクテルスタイル ポトル酒の香りグリッシーニとともに」です。素晴らしいウエディングドレスも右に紹介いたします。みんなが投げた花びらが白いウエディングドレスに乘り、刺繍のように見えたので後ろからの写真を紹介します。クリックすると大きく拡大いたします。
Prosciutto con melone e grissini
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料理の部分を拡大いたしました。
ゆったりとした席のスペースに大きな皿が使われているケースが多かったので、デザートも含めた7皿は全て全体と拡大の2枚の写真で紹介いたします。
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こちらは2番目に出てきた「鰹と甘海老のカルパッチョ 野菜のマリネ添え 香草風味のオリーブオイルヴィネグレット」です。
Insalalata di tonno all’olio extra vergine d’oliva
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飾り付けがきれいきれいでした。結婚式にふさわしい色彩でした。
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やっぱり白ワインがほしくなります。タイミングよく白ワインを入れていただきました。
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3番目は手長海老の料理でした。料理の名前は「ラングスティーヌのソテーとレルン風味リゾット トマトコンフィのスキャンピのソース」です。
Risotte aiia limone e scampo
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ここで右側の外側から2番目に置かれていたスプーンを使いました。
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こちらが4番目の料理です。メインの魚料理に位置づけられる料理です。名前は「鯛と帆立貝の地中海風 オリーブとトマトの香り イタリアンパセリの芳醇な香り」です。
Pesce alla mediterraneo
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80人に食べごろの料理を出すところはさすがです。この時間帯は白ワインとビールをいただいていました。
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肉のメイン料理の前の5番目の一皿です。これは「ブラッドオレンジのグラニータ」です。
Gramita di arance rosse
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魚料理と肉料理の間に入れることで舌を休める役目もあるのかもしれません。
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6番目が肉料理「仔牛のアッロースト マルサラ酒ソース ポルチーニ茸とマリーユ茸のクレーマ」です。分厚く切ったローストビーフです。柔らかな肉だから出来る料理と言えます。
Arrosto di vitello alla salsa di Marsala
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写真のピントは野菜の方に合ってしまいました。
今回の新郎の会社のメンバーは神戸勤務であることから高級な神戸牛のステーキをよく食べています。結婚式を請け負っているホテルは、それに負けないような肉料理を出さなければならない使命があるのだと思います。今回は、ソースと柔らかなお肉で対抗していることが伝わってくる美味しい肉料理でした。
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デザートは7番目となります。カフェと一緒に出されました。今回のデザートは「テイラミス」でした。
Tiramisu
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ティラミスも拡大いたしました。新郎新婦は途中の料理は、あまり手がつけられなかったようですが、やっと落ち着いて食べられていました。
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コースはフランス料理のようですが、フランス語では一部だけの翻訳なのでイタリア語で翻訳すると全て出てきました。
 料理名のGoogle翻訳 → イタリア語翻訳 フランス語翻訳
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クリックすると拡大クリックすると拡大下の大きな写真がホテル阪急インターナショナルの入口です。右の小さな写真が披露宴が終わって帰られる方とあいさつをしている場面でクリックすると拡大す。
 名前 ホテル阪急インターナショナル
 住所 大阪市北区茶屋町19-19
 電話 06-6377-2100
 最寄 阪急梅田駅 茶屋町口 徒歩3分
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タグ:結婚式
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スイスのお巡りさん   [スイス]

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前記事で昔の六甲全山縦走大会の懐かしい出来事を掲載したことを機会に本記事を再掲載いたしました。
記事初掲載 2009/08/20 閲覧   0 /nice  0 /コメント 0
新日付掲載 2019/06/11 閲覧 3,358 /nice 154 /コメント 40
2019/06/13 閲覧 3,828 /nice 233 /コメント 56
スイスには今までに4度行きましたが、初めて行ったときの昔の写真を紹介いたします。この時はドイツのマンハイムから列車でチューリッヒに日帰りで来ました。クリックすると拡大EUは女性のお巡りさんが多いですね。
特にチューリッヒのお巡りさんは印象的でした。チョットかっこいいのでお願いして撮らせてもらいました。

車の形式も古いでしょう。今から26年7ケ月前の1992年11月7日の写真です。ヨーロッパでは少なくとも27年前から女性が活躍していたことをあらためて写真で確認して、日本がいかに遅れているかを実感いたしました。1992年は初めてヨーロッパ(ドイツ)に行った年で、その年(1992年)は4月と7月と11月の3回ドイツに行き、その3回目の時にスイスに足を伸ばしたのでした。
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お願いをして、右の写真のように私の友人と話しているシーンを演出してもらって写真を撮らせてもらったのです。もちろんこの時代はフィルムカメラでした。ネガからデジタル化しました。クリックするとフィルムのアナログ感を感じてもらえるかもしれません
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あのころのチューリッヒの町の風景です。
最近のスイスの記事はこちらです。→Biel/Bienne レンツブルグ
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記念写真も沢山撮ってドイツのマンハイムに帰りました。仕事で11月3日から11月11日までドイツのマンハイムに来ていて土曜と日曜に自由時間が出来たので土曜日(11月7日)は仕事仲間の友人と日帰りでスイスのチューリッヒに来ました。翌日の日曜日(11月8日)は1人でケルンとボンに行きました。
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実はインドの発電プラントプロジェクトをドイツの会社と共同で受注したことで何度もドイツに来たのです。インドでは下記の3つの発電プラントに関わりました。その最初のプロジェクト(700,000KW / 70万KW)の関係でドイツのマンハイムに来た時にスイスに行って今回の写真を撮らせていただきました。このインドプロジェクトの経験から発電プロジェクトの設計担当および責任者として世界の59ケ所に発電プラントを納めることが出来ました。
8,000KW       700,000KW      1,500,000KW


クリックすると拡大私が登録しているブログテーマ「PC・WEB」の中の「日記・雑感」のプログランキングを表示した時に表示される小さな写真(120 x 72)に右のアニメーシュンGIFが表示されるように設定いたしました。画面内の赤枠の部分です。
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追伸
また、2019年6月13日~6月20日まで関西です。そして6月15日は大阪のホテルで行われる後輩の結婚式に出席します。関西に行っている間は皆様のところに訪問出来ないことお許しください。

昔の六甲全山縦走大会 [思いで]

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前記事でのハイキングの参加者は入社した当時の神戸の仲間でした。その打ち上げの飲み会の中で昔の六甲全山縦走大会に参加したことが話題になったので、私の入社当時の古いことですが本記事で紹介したいと思います。
その時代は「市民」の文字が入って六甲全山縦走市民大会と呼ばれていました。この大会は「六甲全山縦走市民の会」が主催しており、現在、その事務局は神戸市役所の市民参画推進局文化交流課の中にあります。1975年11月23日(祝日)に第1回が行われて、2018年11月11日(日曜)と11月23日(祝日)に第44回の六甲全山縦走大会の全縦(56km)が行われました。11月23日(祝日)には新神戸駅ゴールの半縦(23.6km)も同時に行われました。2018年が第44回なので阪神・淡路大震災(1995年1月17日)に襲われた1995年も含めて第1回から毎年必ず1回行われたことになります。1月17日から10ケ月があったことで実行を決断出来たのだと思います。2018年の正式名称は「2018 KOBE 六甲縦走全山縦走大会」です。ただし「2018 KOBE 六甲縦走全山縦走大会(第44回)」という表現も使われていました。
私の時の参加人数や完走者数は今となっては判らないので、2018年の人数を紹介します。参加は申込定員制(1800人/日)で、実際の参加者は11月11日が1592人で、11月23日が1514人の合計3106人でした。驚いたことに全縦走の最高齢完走者は男性86歳で女性73歳でした。
下記表のように2018年の完走率は84%ですが、第1回~第44回の累計参加者の完走率も84%(=131,758名÷157,093名)です。
参加者(人) 完走者(人) 完走率
男性 女性 合計 男性 女性 合計 男性 女性 合計
全縦 2493 613 3106 2135 476 2611 86% 78% 84%
半縦 243 153 396 226 141 367 93% 92% 93%
上で紹介した神戸市(六甲全山縦走市民の会)主催の六甲全山縦走大会以外に兵庫県勤労者山岳連盟(兵庫労山)が主催する六甲全山縦走大会もあります。こちらは人数的には神戸市の40%程度ですが、全縦コースと西コース(半縦)と東コース(半縦)があり、2年がかりですが2回参加することで全山縦走を完成させられる特徴があるようです。さらに神戸市より歴史が古く、1966年に第1回が行われ2019年3月10日(第2日曜)に第53回が行われました。1月に地震があって3月なのでさすがに1995年は中止になったようです。
それでは私が参加した昔の六甲全山縦走市民大会の説明に戻ります。
コースは上の地図で示している通り神戸市垂水区の塩屋から宝塚市の宝塚駅(阪急)までの公称56kmでした。早朝に出発するために会社の塩屋の独身寮の人の部屋に泊めてもらい、集合場所の山陽電鉄の塩屋駅に行くと右の参加証(記録兼チェックカード)を受け取って出発いたしました。すでに5分間の間に沢山の人が出発していていました。泊めてもらった部屋の住人も、この六甲全山縦走市民大会に参加いたしました。チェックポイントを紹介します。
到着 出発 チェックポイント
5:05 塩屋
6:45 6:45 萩の寺
高取山頂
菊水山頂
鍋蓋山頂
9:05 9:05 再度山大竜寺
10:00 10:00 摩耶山頂
11:10 11:30 記念碑台
12:05 12:05 最高峰一軒茶屋
12:30 13:00 東六甲縦走路分岐点
大平山
14:15 宝塚駅
現在の出発地 須磨浦公園
萩の寺、再度山大竜寺、記念碑台、東六甲縦走路分岐点、宝塚駅には係員の方がおられて到着すると右および下のように印を押してもらえました。

塩屋を5時05分に出発して宝塚駅に14時15分に到着したので、56kmを9時間10分で歩いたことになります。ただし、年々競争がエスカレートして6時間で走る人が出てきたことから、本来の楽しく歩く趣旨からかけ離れてマラソン大会のように競争の場になることを防ぐために係員のいるチェックポイントでは、その時間より早く出ることが出来ない出発時間が設定されていました。例えば東六甲縦走路分岐点では、どんなに早く到着しても13時までは待ってから出発するのです。私の場合は記念碑台で20分、東六甲縦走路分岐点で30分ほど足止めされたことから実質は8時間20分でした。
ちなみに六甲全山縦走の現在の出発地点は須磨浦公園です。
ネットで調べてみると、右の2018年の記録兼チェックカードでは須磨浦公園(スタート 5:00~7:00)→クリックすると拡大妙法寺小学校→菊水山(8:30~12:20)→鍋蓋山頂東→再度山大竜寺→摩耶山上掬星台(12:00~15:50)→六甲山記念碑台→一軒茶屋(13:50~18:20)→大平山→宝塚(ゴール 16:30~22:00)になっていました。赤色文字のところでは係員の方が印を押してくれます。時間は印を押してもらえる時間です。
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記念碑台から宝塚駅までは競争しないように、4人くらいのトップグループで一緒に歩きました。そのトップグループで同時にゴールいたしました。ゴールした人がある程度集まると記念写真を撮ってもらいました。この写真は9番目の人がゴールした時に撮った記念写真です。クリックすると判ると思いますが、目の辺りだけ「ぼかし」を入れております。左から2番目の赤いウインドブレーカーを着ているのが私です。六甲山縦走路は大半が細い道で行列して歩いていることから出発して5時間くらいは追い抜きは難しい状態が多かったです。それでも記念碑台までは渋滞していないところでは走っていました。最初に出発して渋滞が無ければ実質7時間は切れた感じではありました。会社の同じ年齢の人達も沢山参加されましたが、夕方から夜に宝塚に着いたと言っていたので12時間~16時間だったようです。写真は後で家に送ってもらいました。
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認定証もいただきました。この六甲全山縦走は「全山」というところに大きな意味があるのです。六甲山最高峰931mをはじめ沢山の高い山を登っては降りることを繰り返すことから、諸説ありますが登りの詳細累計標高は3659.3mにもなるようです。連続の登りではないので3660mの標高の山に登る場合とは比較できませんが、距離があるのも厳しい条件になると思います。特に高取山、菊水山、鍋蓋山は登っては下り、登っては下り、登っては下りはかなりのものでした。このころの体力ならば、渋滞が無ければ登りも下りも全て走れたと思います。もちろん、今は無理です。


参考に15時間30分で歩かれた方の例を掲載させていただきます。現在の大会では走るのは禁止されています。


最初に紹介した写真も含めて5枚も撮っていただきました。最初の頃で人が少なかったので沢山撮ってもらえたのだと思います。昔の写真である上に拡大はしないように設定しているので「ぼかし」は行っていません。宝塚駅構内で、認定書と記念品をもらっうために並んでいるところです。私は参加証に印を押してもらっているところです。


クリックすると拡大こちらの写真は記念品を受け取っているところです。印が押された参加証と認定書はを左手に持っています。記念品は盾(たて)だったと思います。探しましたが見つからないのでとりあえず、ネットから転用させていただいた写真を右に紹介します。見つかれば写真を差し替えるつもりです。


駅前で記念写真を撮りました。後ろの券売機のところに「阪急電車 きっぷ うりば」と書かれています。この写真で阪急の宝塚駅であることが分かりました。左端の「おつかれさま 六甲全山縦走市民大会 完走おめでとうございます」の立て看板が光っていました。ほとんどの人が歩きますが「完走」にも「縦走」にも「走」の文字が使われます。確かに「完歩」や「縦歩」では、分かりにくいし、ぴんとこないです。


武庫川に架かっている歩道橋の上での記念写真です。この歩道橋は今はありませんが、クリックすると拡大当時は六甲山から下りてきて、この歩道橋を向こう側から手前側に渡って宝塚駅に到着しました。今は、この場所には車が通れる宝来橋があります。後ろの建物に水明館の文字が読み取れます。今は水明館はありませんがGoogle地図で水明館跡の文字を見つけることが出来ます。


クリックすると拡大最初に紹介した記念写真です。右側が武庫川の下流方向です。建設用のクレーンがあるところが宝塚歌劇の建物の場所です。右の小さな写真が建設中の宝塚歌劇の建物をオリジナルの写真から切り取って露出調整したものです。


クリックすると拡大類似した角度の現在のストリートビューです。プラス(+)のアイコンを2回クリックして右側を真中に持ってくると拡大された宝塚歌劇の建物を確認することが出来ると思います。
右の写真はその部分を切り取ったものです。


従来は六甲全山縦走の累計標高は2800mと記載しているサイトが多かったです。約3000mと書かれているサイトもありました。GPS と地理院地図の高度データにより詳細に計算したのが下記のサイトで累積上昇高度(累計標高)は3659.3mで累積下降高度は-3627.6でした。下記は出発地点を須磨浦公園(現在の出発地点)としていますが、標高に関しては塩屋(当時の出発地点)も同程度です。ただし須磨浦公園は塩屋よりかなり東なので須磨浦公園出発の方が距離は短くなると思われます。代表的な標高も紹介します。結婚してすぐに買った家からは横尾山と高取山が見えました。右の上の写真は横尾山山頂に登った時に撮った高取山です。高足山の左奥に菊水山が写っています。この写真を見てもらうとアップダウンが激しいことを想像していただけると思います。その下の写真は縦走以前に撮った最高峰の石碑が、この時代は六甲山最高峰には米軍施設があり立ち入り禁止のために、その横に建てられた石碑です。この石碑の位置は最高峰より若干低いけれどもここの横を通りました。その最高峰の写真をクリックすると3枚組を表示します。
標高を参考にさせてもらった資料→ポチッ
クリックすると拡大 須磨浦公園   12.6m
 旗振山    252.6m
 鉄拐山    234m
 栂尾山    274m
 横尾山    312.1m
 東山     253m
 高取山    237.8m
 菊水山    458.3m 
クリックすると拡大 鍋蓋山    486.1m
 再度山    470m
 摩耶山    690.1m
 摩耶別山   715m
 六甲最高峰  931.25m
 水無山    804m
 大平山    682m
 譲葉山    514m
 岩倉山    488.4m
 宝塚駅     44.3m 3659.3-3627.6= 31.7 =44.3-12.6
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上でも小さな写真で紹介した横尾山山頂から撮った高尾山の写真です。その写真の右側には神戸の市街地が広がっていたのです。高尾山の左奥には菊水山がうっすらと写っています。これを歩いて行くわけなので登ったり下りたりすることが実感していただけると思います。結婚してから東京に転勤になるまで横尾と呼ばれる場所に住んでいたのです。ただし六甲全山縦走をした時は結婚すること自体考えてもいなかったので、クリックすると拡大この場所(横尾)に住むことになるとは想像だにしていませんでした。横尾山は近かったので頻繁にワラビを採りに登りました。ワラビは茹でてマヨネーズかワサビ醤油でいただきました。子供が生まれてからも六甲山系のいろんな山に、右のようなスタイルでよく登りました。須磨浦公園( スタート )と書かれているところが、私が歩いた時は塩屋( スタート )でした。この時に住んでいたのは宝塚駅( ゴール )近くの実家の家でした。
3つ目の画面の横尾山から黄色線方向(神戸港方向)を撮ったのが上の写真です。
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参考に横尾山山頂から神戸市営地下鉄西神・山手線の妙法寺駅方向を撮った写真を紹介します。市民大会で縦走路を歩いている時は、この景色を見る余裕はなかったと思います。六甲全山縦走したのは独身時代ですが、この写真は結婚後に撮った写真です。この写真はクリックすると特別に3倍(面積で9倍)に拡大するように設定いたしました。
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妙法寺駅前の医療センターやショッピングセンターは建設中でした。今となっては珍しい写真だと思うので横尾山から200mmの望遠レンズ撮った写真も掲載いたします。こちらの写真はクリックすると特別に4倍(面積で16倍)に拡大するように設定いたしました。
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クリックすると拡大すでに上で報告の通り今の出発地は須磨浦公園駅です。私が歩いた時代の塩屋駅から旗振山までのルートと比較してみました。塩屋駅周辺は住宅が密集していることから変更したのだと思います。右の写真はWikipediaに掲載されている現在の山陽電鉄の塩屋駅です。変更になったのは私が歩いた次の年からでした。航空写真表示→ポチッ


東山から高取山へのルートも昔と今では違うようです。昔は萩の寺を通るルートですが、今は妙法小学校近くを通るオレンジ色のルートに変わっています。チェックポイントの萩の寺()も妙法寺小学校()に変更になりました。
スタート地点から旗振山までと、東山から高取山まで以外のルートは基本的に昔も今も同じです。


六甲全山縦走のコースの山の部分に深緑色のマークをプロットいたしました。マークの数は25個になりました。プロットしてみることで、沢山の山を登り下りしたことを実感いたしました。25個の内訳は16個が上で紹介の名前が分かっている山で、9個が等高線から山と判断していますが、名前が分からない山 1 ~ 山 9です。画面内のは私が歩いた時の市民大会の参加証のチェックポイントです。本画像は10枚のGoogle地図のハードコピーを3秒間隔で表示させています。クリックするとGoogle地図で表示します。
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小学校4年から六甲山の麓に住んでいてハイキングには頻繁に行っていたのですが、山道を走る体力が付いたきっかけは高校の生物部に入ったことだったと感じています。六甲山にある横池(雌池)に毎月1~4回ほど阪急岡本駅から横池まで走って登っていました。池のプランクトンの数と水質(溶存酸素、PH)の変化を調べていたのです。プランクトンの数は学校に持ち帰って顕微鏡で数を調べるのです。おかげで足が鍛えられました。横池は雄池と雌池がありましたが、プランクトンの調査は雌池で行っていました。高校2年の時にサイクリング用の本格的な自転車を買ってもらいよく六甲山に登ったことも足が鍛えられる要因になりました。数値は標高です。
 A 岡本駅
 B 鷺宮八幡宮
 C 保久良神社 185m (保久良山 189m)
 D 金鳥山   346m
 E 横池(雄池)  432m
(F 横池(雌池)       )
 G ロックガーデン(風吹岩 447m)
 H 通っていた高校


横池の珪藻の写真を紹介します。最後の写真は生物部の活動風景です。
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高校2年から自転車に乗っていたこともあり高校卒業後、大学ではサイクリング部に入りました。4年間で6万kmを走りました。下記は2018年のOB会で現役に対して我々時代のサイクリング部紹介するために作ったパワーポインのスライドです。画面は1秒間隔で変わるようにしています。3秒間隔で見たい方はこちらです。→ポチッ


自転車で越えた峠をプロットしました。越えた峠の中で名前が判っている155をプロってしています。標高1000m以上の峠の名前です。
麦草峠(2185) 渋峠(2172) 徳本峠(2135) 車坂峠(1968) 金精峠(1843) 武石峠(1830) 安房峠(1812) 沼山峠(1784) 武石峠(1780) 三平峠(1762) 地蔵峠(1733) 平湯峠(1684) 野麦峠(1672) 馬越峠(1650) 白樺峠(1640) 和田峠(1531) 権兵衛峠(1522) 長峰峠(1503) 柳沢峠(1472) 信州峠(1464) 大門峠(1442) 十石峠(1356) 姥神峠(1280) 杖突峠(1267) 内山峠(1170) 駒止峠(1135) 白布峠(1094) 松本峠(1087)  塩ノ沢峠(1061) 塩尻峠(1055) 冠峠(1050) 傘松峠(1020)  小鳥峠(1002)


上段の2枚は高校2年から8年間使った自転車で左右は同じ自転車です。塗装が剥げてきたので、4年目に紺色から黄色に振り替えました。学生時代のサンクリング部では、この自転車を使いました。
下段の2枚の左が会社に入社して2年目に買った自転車で、右側が一番新しく買った自電車です。
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ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会 いけや食堂(箕谷)と海鮮居酒屋・海流(三宮) [神戸]

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今回のハイクの最初の記事で紹介させていただきましたが、私が会社に入社して新入社員として配属となったのが神戸の事業所でした。昨年の12月に関西に行ったときに、その神戸の人たちの神戸駅前で行われた右の写真の飲み会(12月26日 権太)に初めて参加させていただき、懐かしい思いをさせていただきました。その時に年に数回ほどハイキングを行うことを聞いて、私が関西に行ったときにタイミングが合えば参加させていただくことになりました。その後、下記の案内が届いたので初めて2019年4月20日の「神戸市北区の重要文化財巡りハイク」に参加させていただきました。
 第70回 2019年1月19日(土) 兵庫七福神巡りハイク
 第71回 2019年3月16日(土) 金比羅宮参拝と讃岐うどんを賞味するハイク
 第72回 2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた記事は下記の通りです。本記事で「打上げ飲み会・全員」と「2次飲み会・有志」を紹介したいと思います。着色タイトルをクリックすると記事を表示します。
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)

無動寺と若王子神社がハイキングとしての最後の訪問場所でした。下の写真は山から下りてきて谷寺口バス停を目指して歩いている時の風景です。この時、13時59分でした。箕谷駅に集合したのが9時30分だったので、いかに飲み会の方に重点が置かれていたかが分かっていただけると思います。
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この時間のバスは1時間に1本でしたが、バスは14時24分だったので比較的早くバスが来ました。クリックすると拡大クリックすると拡大それでも待っている間にバス停の前のお店で缶ビールを買って飲む人が1名おられました。私も飲みたくなりましたが少しの我慢なので、おとなしくバスを待ちました。
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同じ路線内で3度バスに乗りましたが、その内2度が同じバスでした。クリックすると拡大箕谷駅前→衝原(右の写真)と谷寺口→箕谷駅前が同じバスでした。飲み会の場所の第一候補は出発するときに目星をつけていた箕谷駅前バス停の目の前にあったレストランでした。問題は2時台という時間でした。開いていない場合は三宮か新開地あたりに出て探すつもりでした。


Yahooのルートで確認してみました。箕谷駅前の到着予定は14時36分であることが分かりました。実際には1分早く着いたようでした。
画像をクリックするとルート検索画面を表示します。
ルート検索画面を表示

幸いにも目星をつけていた到着したバス停前のレストランは開いていました。時間は14時35分でした。ただしランチの時間を過ぎると一旦はお店が閉まるのです。確認すると15時を過ぎても席はある程度使わせてもらえるということなので安心して飲み会に入りました。
 店名 いけや食堂
 営業 11:00~15:00(LO 14:45) 17:00~22:00(LO 21:45)
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奥の掘りごたつの席に座って、先ずはビールで乾杯です。お店に14時35分に入って14時39分に冷たい生ビールで乾杯出来ました。私は中ジョッキを頼みました。5人が中ジョッキで、2名が小ジョッキでした。もちろんラストオーダーまで何杯も追加で注文しました。
クリックすると拡大ラストオーダーは14時45分と言われているので一気に注文いたしました。料理が並んだところで右の記念写真を撮りました。私が撮ったので残念ながら写っていません。お店の人に頼めばよかったと後悔いたしました。
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具だくさんのサラダが先ずは出てきました。名前は「いけやのたっぷり野菜サラダ 」です。
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次はおでんが出てきました。今回参加した人は私が新入社員の時から長く深く関わった人たちでした。1人は入社1~2年目では岡山県水島地区のプロジェクトの設計に参加させていただいた時の先輩でした。さらに入社2~3年目に設計担当をした横浜のプロジェクトの先輩もおられました。数年経って、買ったばかりの車で一緒に現場に行った先輩も参加されておられました。この時代の仕事の全てに関わった先輩もおられました。そんなこともあり話は盛り上がりました。
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ビールにはやっぱり唐揚げです。写真を撮った時にはいくつか食べられた後でした。
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山芋の唐揚げも追加で頼みました。
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ラストオーダーで頼んだ「すじねぎまみれ」です。
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座卓の上に自家製の七味「うどん屋さんがつくった七味」が置かれていました。いけや食堂はうどん(饂飩)が有名なお店でした。いろいろと美味しそうなうどんがありました。三宮で飲むつもりだったので、食べませんでしたが、今考えれば味見も兼ねて注文すればよかったと後悔しています。
クリックすると拡大桜海老と淡路玉葱のかき揚げうどん、博多牛ごぼううどん、充実野菜あんかけ、すじと揚げ茄子のぶっかけ、伝統カレーうどん、充実野菜あんかけうどん、天ぷらうどん 、十種具材の鍋焼きうどん、ごぼうかきあげうどん、長田ぼっかけうどん、九条葱鶏塩南蛮うどん、明太子バター釜玉うどん、クリックすると拡大桜鯛と焼き筍のうどん、今どきカレーうどん、お子様セット、きつねうどん、梅昆布うどん、ちく玉天ぶっかけ、大和芋と温玉ぶっかけうどん、穴玉天ぶっかけうどん、鶏天ぶっかけうどん、天ざるうどん、春キャベツとあさりの塩ボンゴレつけうどん、などなどネットで饂飩の写真を見てビールを飲みながら饂飩が食べれたと、さらに後悔いたしました。結局、お店を出たのは15時32分でした。もちろん出る時は我々だけでした。 
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クリックすると拡大お店の場所を紹介します。
右の写真は我々が座った掘りごたつの席です。
 店名 いけや食堂
 住所 兵庫県神戸市北区山田町下谷上字箕谷16
 電話 078-581-0061
 定休 なし
 営業 11:00~15:00(LO 14:45) 17:00~22:00(LO 21:45)
 SV https://goo.gl/maps/LbUiQghJWD7hedVe6
 最寄 神戸市営バス箕谷駅前 神鉄箕谷駅


2次会は三宮で飲むことになりました。参加は7人の内4人でした。箕谷から三宮には直通バスで行くことになりました。神戸電鉄から阪急電鉄に乗り継いでいくと560円ですが、バスだと440円で行ける上に時間も短いのです。


三宮について撮った乗ってきたバスの写真です。箕谷のお店を15時32分に出て、すぐに三宮行きのバスが来たので飛び乗って三宮に着いたのが16時03分でした。バスも頻繁にあるし、六甲山の下のトンネルを通ってくるので早かったのです。走行距離9.62kmの内、トンネルが7.31kmなのです。
問題はこの時間に開店してお店が見つけられるかどうかでした。


Yahooのルート検索で見ても到着は16時03分でした。ほとんどがノンストップの第二新神戸トンネルなので正確なようです。箕谷駅前を出発したのは15時39分であることが分かりました。所要時間は24分でした。時刻表を確認すると土曜日の15時台は7本(02分 12分 20分 30分 39分 48分 55分)走っていました。
画像をクリックするとルート検索画面を表示します。鉄道ルート→ポチッ
ルート検索画面を表示

やっと16時に開店するお店を見つけました。予約は満席でしたが、予約客が来るまでという条件で席に着くことが出来ました。その日の最初の客でした。最初は客は少なかったけれども18時には満席となりました。
 店名 海鮮居酒屋・海流
 営業 16:00~24:00 祝前日: 16:30~24:00
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やっぱり最初はビールをいただきました。
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お通しは枝豆でした。
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美味しそうな岩牡蠣があったので迷わず頼みました。
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クリックすると拡大牡蠣が出てきたところで記念写真をお店の方に撮っていただきました。アルコールが入ってきたので忘れない内に撮ってもらったわけです。この時16時20分でした。右奥が私です。
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美味しい牡蠣だったので牡蠣フライも頼みました。
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関サバがあったので、迷わず注文いたしました。
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関サバは分厚く切られていました。
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閉めのデザートではありません。お酒を飲みながらアイスクリームを食べる人もおられたのです。
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大きなだし巻き玉子も頼みました。つくはら湖の昼食で目玉焼きを2個もいただいたので、この日は玉子を沢山食べたことになりました。
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お店の場所を紹介します。
阪急電車(阪急電鉄)のガード下の人気のお店でした。
 店名 海鮮居酒屋・海流
 住所 兵庫県神戸市中央区琴ノ緒町5-1-411
 電話 078-581-0061
 定休 なし
 営業 16:00~24:00 祝前日: 16:30~24:00
 SV https://goo.gl/maps/5cxEdjtaVBFfXRhr7
 最寄 JR三ノ宮駅 阪神三宮駅 阪急三宮駅 地下鉄三宮駅


お店を出たのは18時30分でした。16時からだったので沢山の思い出深い話が沢山出来ました。でもまだ明るかったです。見えている山は六甲山です。太陽の光が飛行機雲だけに当り輝いている景色です。ハイキングは9時30分~14時30分で、飲み会が14時30分~18時30分と時間的にも同程度の重み(?)なのかもしれません。
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今回のハイキングに関連した範囲の地図を紹介します。今回のハイキングで国指定の重要文化財を9つ(建物:4つ 仏像:5つ)も見ることが出来ました。
 建物:下谷上農村歌舞伎舞台 箱木千年家 六條八幡宮三重塔 若王子神社
 仏像:大日如来坐像 釈迦如来坐像 阿弥陀如来坐像 不動明王坐像
    十一面観音立像
トンネルの長さ7.31kmはGoogle地図での計測値です。
  神戸電鉄( 新開地→箕谷 )
  訪問場所( 箱木家住宅 つくはら湖 六條八幡宮 無動寺など )
    バス路線( 箕谷駅前→三宮 )  部:トンネル 7.31km
    いけや食堂
    海鮮居酒屋・海流
    妙法寺駅 結婚してから関東に転勤になるまで住んだ最寄駅


神戸市交通局が発行している山田町の重文めぐりのおすすめプランを紹介します。三宮から市バスを使った重文めぐりです。バスが1時間に1本しかないので効率よく見学したい人には参考になると思います。
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室町時代前期建立の神社が残されていました。若王子神社 神戸市北区山田町 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で予告した通り無動寺の鎮守社である若王子神社を紹介したいと思います。上の写真のように無動寺の本殿のすぐ横の高いところに若王子神社があります。沢山の木々に囲まれているので屋根の部分しか見えません。
2019年4月20日(土) 神戸市北区の重要文化財巡りハイク
箕谷駅(待合わせ場所)→箱木千年家(国・重文)→つくはら湖畔散策→クリックすると拡大六條八幡宮(国・重文)→無動寺(国・重文 仏像5体)→若王子神社(国・重文)→(打上げ飲み会・全員)→箕谷バス停→三宮→(2次飲み会・有志)→阪急三宮駅
今までに書いた本ハイキングに関しての記事のタイトル
 久しぶりに神戸電鉄に乗りました。
 下谷上農村歌舞伎舞台
 現存する日本最古の民家が神戸にありました。  箱木千年家
 つくはら湖の湖畔の散策
 山田町に室町時代の三重塔がありました。    六條八幡宮
 山田町に重文の仏像が六体もある寺がありました。無動寺
 室町時代前期建立の神社が残されていました。  若王子神社
 ハイキングの最後はやっぱり打ち上げ飲み会   いけや食堂(箕谷)
                        海鮮居酒屋・海流(三宮)
着色タイトルをクリックすると記事を表示します。

無動寺の本殿全体が写る位置から撮った若王子神社です。無動寺の本殿の屋根の左端の上に若王子神社の屋根が写っています。
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Google地図で若王子神社の位置を紹介します。左は航空写真形式ですが、右は木に覆われて建物が見えないことから地図にいたしました。
  無動寺   本殿
  若王子神社 本殿(社殿) 鞘社(本殿保護のための建物)
  無動時   奥の院
 住所 兵庫県神戸市北区山田町福地字新池100


こちらが無動寺境内から若王子神社への入口です。
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2年前の2017年3月16日にトリップアドバイザーに提供された右の写真には、右側の祠の前に赤い木製の鳥居がありましたが、台風等で被害を受けたのか、我々が見た時には無くなっていました。
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鳥居の奥の坂と階段を上がり右に曲がると若王子神社が木の間に見えました。この山道を上がると若王子神社に着きました。
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途中に不思議な小さな石像がありました。一目見て弘法大師(こうぼうだいし)の石像と言い当てた仏門に関して詳しい方が今回のハイキングのメンバーの中におられました。
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趣のある石像なので拡大した写真を紹介いたします。弘法大師すなわち空海は真言宗の開祖です。真言宗の開祖ですから神社とは無縁ですが不思議な場所にありました。
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下の大きな写真が若王子神社・本殿(社殿)です。見ての通り神社本体を保護するために、本殿の上を屋根で覆っているのです。無動寺の境内から見えていた屋根は、この保護屋根だったのです。若王子神社の建物は室町前期にあたる応永15年(1408年)に建立されたもので、保護のために屋根の付いた建物である鞘社(さやしゃ)で覆ったのだと思われます。現存する日本最古の箱木家住宅と同じ時期に建てられれ現存している若王子神社が歩いて4kmの場所にあるのは単なる偶然とは思えないように感じました。
ネットから転用させていただいた、鞘社で覆われていない写真を右に紹介します。室町前期の貴重な建物であることから、国指定の重要文化財です。指定は大正3年です。若王子神社は実質的には無動寺とは一体ですが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により形式的には神社として独立しているそうです。無動寺自体は一旦は荒廃し、江戸時代の宝暦2年(1752年)に再建されたのが今の建物ですが、若王子神社・本殿は室町時代前期の611年前のままに残されているのです。
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若王子神社・本殿の説明板があったので転記する形で紹介したいと思います。説明文の中に570年と書かれていることから説明板が作られて約40年が経っていると思われます。
若王子神社・本殿
重要文化財(国指定大正三年)
神社建築に多い三間社流造(さんげんしゃ・ながれづくり)の社殿です。
棟札により、室町初期の応永十五年(1408年)に建てられたものとわかります。
この神社は、もと無動寺(昔は福寺)の鎮守社として建てられてものです。
およそ570年の長い歳月を経ていますが当初の姿がよく残され、この時代の建築様式を知るうえで貴重なものです。
 ・屋根を厚板で葺いています。
 ・側面(妻)上にある破風板は、曲線でしかも一枚板です。
 ・この破風の出会っている所の棟木の飾板(懸魚)もなだらかな曲線で
  彫られています。
神戸市教育委員会
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右角度から撮った写真です。
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本殿部分を拡大いたしました。同時に露出調整もいたしました。1964年に解体修理が行われたそうです。その時に鞘社も改築されたそうです。
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正面からの写真です。ここで右の記念写真も撮りました。鎮守社として創建された当初は神仏習合し、若王子権現と呼ばれていたそうです。その若王子権現としての呼び名は明治初年まで続いたそうです。今は主祭神として伊弉册命(イザナミノミコト)を祀っているそうです。本殿と同時期に作られたとされている木造の狛犬が、無動寺本堂に保存されているのて、本殿の仏像などを拝観されたときは、是非とも見過ごさないことをお薦めします。
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ネット内では、若王子神社の主祭神としては伊弉册命と伊弉諾命が出来きます。伊弉册はイザナミと読まれていますが、伊弉諾はイザナミではなくイザナギと読まれているのです。イザナミは女神でイザナギは男神で違うのです。そのサイトで伊弉諾命と書かれていても、読みはイザナミノミコトと書かれていたので単に漢字の書き間違いの可能性のように感じました。Wikipediaに書かれているイザナミとイザナギを簡単に紹介します。クリックすると拡大
左が若王子神社の主祭神の伊邪那美命(いざなみのみこと イザナミ)で、右が伊邪那岐命(いざなぎのみこと イザナギ)です。下の図の通りイザナミは女神でイザナギが男神です。二人(二神)は夫婦でもあり兄妹でもあります。次のように二人ともいろんな文字が充てられています。下および右のの絵図は二人が天の橋に立って、矛で混沌をかき混ぜて日本列島を作っているところを表しています。
 いざなみのみこと イザナミ 女神
  伊邪那美命、伊耶那美、伊弉冉、伊弉弥、伊弉冉命、
  伊耶那美命、伊弉弥命、伊弉那彌命、道敷大神、
  伊邪那美神、黄泉津大神
 いざなぎのみこと イザナギ 男神
  伊邪那岐命、伊邪那岐、伊弉諾、伊耶那岐、伊邪那岐神、伊弉諾神
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イザナミおよびイザナギが祀られている神社は全国に沢山あります。一例をリストにいたしました、両方が祀られている神社も沢山ありました。
クリックすると拡大写真はWikipediaから転用させていただいた伊勢の内宮(皇大神宮)別宮の伊佐奈弥宮(左端)と伊佐奈岐宮(左から2番目)と月讀荒御魂宮の3社の月讀宮と、筑波山神社の拝殿と男体山本殿と女体山本殿です。伊勢の内宮別院の写真の中には弥の旧字の彌で伊佐奈彌宮と書かれていました。
神社名 場所 イザナミ イザナギ
筑波山神社 茨城県つくば市
多賀大社 滋賀県犬上郡多賀町
三峯神社 埼玉県秩父市
左右神社 千葉県香取郡東庄町
佐太神社 島根県松江市
熊野神社 千葉県四街道市
伊弉諾神宮 兵庫県淡路市
内宮 伊佐奈弥宮 三重県伊勢市
内宮 伊佐奈岐宮 三重県伊勢市
常陸國總社宮 茨城県石岡市
江田神社 宮崎県宮崎市阿波岐原町
熊野速玉大社 和歌山県新宮市
おのころ島神社 兵庫県南あわじ市
伊邪那岐神社 全国各地
揖屋神社 島根県八束郡
比婆山久米神社 島根県安来市
飯盛神社 福岡県福岡市
波上宮 沖縄県那覇市
神魂神社 島根県松江市
熊野大社 島根県松江市
熊野神社 広島県庄原市
花窟神社 三重県熊野市
伊射奈美神社 徳島県美馬市
伊射奈岐神社 大阪府吹田市山田東
若王子神社 兵庫県神戸市北区山田町
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無動寺の重文の仏像を拝観した時にいただいた資料を掲載いたします。7秒間隔で表と裏を表示させます。さらに一部の詳細を5秒間隔で表示します。クリックすると両面同時に字が読める大きさに拡大いたします。
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