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久しぶりに神戸電鉄に乗りました。 [神戸]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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前記事で2019年4月20日に新入社員として配属になった神戸事業所の仲間と神戸市北区山田町の国指定の重要文化財巡りのハイキングにクリックすると拡大右の写真の神戸時代の仲間と行ったことを紹介させていただきましたが、待ち合わせ場所の箕谷(みのたに)駅までは神戸電鉄(神鉄)を利用しました。神戸電鉄は会社の事業所の近くでしたが意外と乗る機会がありませんでしたが、年に1~2度程度ですが忘年会などの宴会を1泊で有馬温泉にある会社の保養所で行った時に神戸電鉄を利用しました。宴会の翌日は保養所から神戸電鉄に乗って会社に通勤していたのが思い出されます。転勤したことから27歳が神戸電鉄に乗ったのが最後だったと思います。今回の神戸電鉄の利用はそれ以来のことなので楽しみにしていたわけです。
上の写真は出発駅の新開地駅に停まっている8時10分発の準急三田行です。先頭に5011と書かれているので5000系電車です。この電車に乗って乗り換えなしで箕谷駅まで行きました。それでは箕谷駅までの神鉄の旅を紹介したいと思います。

実家のある逆瀬川駅からは阪急電車で来ました。乗換には改札機がないのでIC乗車券で逆瀬川駅を入って箕谷駅を、そのIC乗車券で出たわけです。ちなみにIC乗車券は関東のパスモです。逆瀬川から箕谷まで840円でした。帰りは箕谷からバスを利用すると720円で行けることを帰りに知りました。箕谷→三宮のバスの料金が440円で、三宮から逆瀬川の阪急の料金が280円だったからです。逆瀬川から箕谷までの間にあった神戸高速鉄道は車両を持たない鉄道会社です。阪急電鉄・神戸電鉄・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道の4社が神戸高速鉄道から施設(線路、設備)を借りて自社路線として営業する方式です。本方式の会社などの第三種鉄道事業者は少なくとも全国に19社/者(自治体を含む)ありますが、4社の鉄道会社が利用している第三種鉄道事業者は神戸高速鉄道だけです。
  4社利用:1社 3社利用:なし 2社利用:7社/者 1社利用:16社/者
 車両   路線        区間
 阪急電鉄 阪急電鉄      逆瀬川~神戸三宮
 阪急電鉄 神戸高速鉄道東西線 神戸三宮~新開地
 神戸電鉄 神戸高速鉄道南北線 新開地~湊川
 神戸電鉄 神戸電鉄      湊川~箕谷
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下の写真が神戸電鉄の車内です。車両は川崎重工製でした。1948年以降は全て地元の川崎重工製だそうです。それ以前は日本車輌でした。
神戸電鉄の沿革を簡単に紹介します。駅名の後ろの括弧内はクリックすると拡大現在の駅名です。会社設立(1926年)から93年になるわけです。右の写真が1928年に製造され、開業時点に使用されたデ1形車両で、このタイプの車両は新しい型に置き換わっていきながらも1967年まで使用されたそうです。
 1921年11月   神有電気鉄道の趣意書が発表
 1926年03月27日 神戸有馬電気鉄道として会社設立
 1928年07月30日 バス営業開始
 1928年11月28日 有馬線が開業 湊川~電鉄有馬(有馬温泉)
 1928年12月18日 三田線が開業 唐櫃(有馬口)~三田
 1936年12月28日 三木電気鉄道(三木鉄)が開業 鈴蘭台~広野ゴルフ場前
 1937年12月28日 広野ゴルフ場前~三木東口(三木上の丸)が開業  三木鉄
 1938年01月28日 三木東口(三木上の丸)~三木福有橋(三木)が開業 三木鉄
 1945年11月08日 鷹取道(丸山)~長田で脱線事故 48名死亡180名負傷
 1947年01月09日 三木電気鉄道を合併 神有三木電気鉄道に社名変更
 1949年04月30日 神戸電気鉄道に社名変更
 1951年12月28日 三木福有橋~電鉄小野(小野)が開業
 1952年04月10日 電鉄小野(小野)~粟生が開業 粟生線全通
 1961年05月25日 京阪神急行電鉄(阪急阪神ホールディングス)と事業提携
 1968年04月07日 神戸高速鉄道に乗り入れ開始
 1988年04月01日 神戸電鉄に社名変更
 1991年10月28日 公園都市線(横山~フラワータウン)が開業
 1995年01月17日 阪神・淡路大震災で被害
 1996年03月28日 公園都市線全通により現在の路線が完成
 2007年04月01日 IC乗車カード(PiTaPa)導入
 2015年03月03日 IC乗車カード全国相互利用が可能となる
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社内の路線図です。概ね三田方面と三木方面の路線になっています。三田方面は有馬口から有馬温泉・行きに別れていて、横山からウッディタウン中央・行きに分かれています。
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今回乗った範囲(新開地駅~箕谷駅)の神戸電鉄の駅をGoogle地図にプロットしました。カメラマークは駅以外の車窓の写真を撮った位置を表しています。丸山駅()から鈴蘭台駅()までは動画を撮っていたので写真ありません。上で紹介の動画の中に、4つのトンネルと廃駅の菊水山駅跡が写っています。
駅の到着時間も紹介します。ただし菊水山駅は2005年3月26日休止となり、2018年3月23日廃駅となったために通過時刻です。準急のため停車しない丸山駅と鵯越駅も通過時刻です。トンネル(━━)は4ケ所あります。ただし2ケ所はの下に隠れているのでプラスのアイコンを2回クリックして拡大したあとスクロールして画面を移動すると判ると思います。→ポチッ
  8時10分 新開地駅
  8時11分 湊川駅
  8時14分 長田駅
  8時15分 丸山駅(通過)
  8時16分 鵯越駅(通過)
  8時18分 菊水山(廃駅)
  8時22分 鈴蘭台駅
  8時27分 北鈴蘭台駅
  8時29分 山の街駅
  8時32分 箕谷駅
 ━━ トンネル 丸山駅~鈴蘭台駅 4ケ所
 ━━ 地下部分 新開地駅から長田駅の手前
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長田駅です。この辺りから急こう配になっていきます。
神戸電鉄と言えば忘れてはならないのが、終戦の年の1945年11月18日に死者48名を出した事故です。神戸電鉄は山越えの路線であることから急こう配の線路が長く続きます。鵯越~丸山間で抑速ブレーキが利かなくなり33‰の連続下り勾配区間で加速し丸山~長田間の曲線部で制限を遙かに超えた高速で脱線転覆し死者48名負傷者180名の犠牲を出す大事故でした。クリックすると拡大私が生まれる前のことではありますが神戸に勤務していたこともあり電車事故があるごとに、事故のことを聞かされました。
右の写真は運転席に置かれているマスコット「しんちゃん」人形です。冒頭の写真から切り取りました。
今は「しんちゃん」が見守ってくれているのだと思います。
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長田駅を過ぎると急こう配になってきます。カーブでは車輪の擦る音が聞こえます。カメラマーク1番目の位置です。神戸電鉄の最大勾配は50‰(50/1000)です。ちなみにラック(歯車)などを使わず車輪とレールの摩擦だけで登る普通鉄道では日本一の急勾配の箱根登山鉄道は80‰(80/1000)です。箱根登山鉄道の車両も川崎重工製が多かったです。
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急こう配なのが分かってもらえるでしょうか。こちらがカメラマーク2番目の位置です。
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丸山駅の少し手前から鈴蘭台駅までは動画を撮ったので紹介します。途中で3回ほど電車とすれ違いました。ただしトンネルの中の1回はカットしているので本動画には入っていません。もう一回はカーブのために電車の影だけです。本来は6分19秒の動画ですが、カットすることで5分3秒の動画になっています。
トンネルの長さはGoogleの航空写真で測った長さです。鵯越(ひよどりごえ)は平安時代末期の一ノ谷の戦いにおける奇襲「鵯越の逆落とし」で知られる鵯越です。場所に関しては諸説あるようですが、少なくとも名前が使われるほど険しいところなのです。
トンネルの名前は動画から読み取ってネットで検索して確定しました。菊水山隧道は菊水山を刳り貫く形で通っています。動画の初期画面に表示されているトンネルは3番目の烏原隧道(長さ57m)です。同じ初期画面の右下端に写っているのが廃駅となった菊水山駅ホーム入口の手摺でクリックすると拡大す。
 0:07 丸山駅
クリックすると拡大 1:17 鵯越駅(ひよどりごえ駅)
   1:46 中山トンネル 240m
   2:18 角山トンネル  49m
 2:25 菊水山駅(廃駅) 2005年3月26日休止 2018年3月23日廃止
クリックすると拡大   2:37 烏原隧道    57m
   2:52 菊水山隧道 1180m
 4:44 鈴蘭台駅


廃駅となった菊水山駅が気になっている方がおられると思います。残念ながら動画を撮っている間は写真が撮れなかったので、動画から静止画像を切り取って連続写真を作りました。角山トンネルの出口から連続写真が始まります。クリックすると代表的な1画面を拡大いたします。後半の画面で正面に見えているトンネルが烏原隧道です。
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4つのトンネルも動画の静止画像から切り取りました。菊水山隧道の入口はカーブの途中にあるので正面からは撮れませんでした。角山トンネルの出口側に廃駅となった菊水山駅跡が見えます。菊水山隧道は3枚組にしています。
     中山トンネル 240m         角山トンネル 49m
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     烏原隧道 57m           菊水山隧道 1180m
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3回の電車のすれ違い時の写真を紹介します。最初の写真は急カーブのため電車の影だけです。影の中で車両と車両の隙間が2ヶ所明るく写っています。2枚目のトンネル(菊水山隧道)の中では暗いためピントは運転席のガラスに合っているために電車自体はピンボケになっています。まともに撮れているのは3枚目の鈴蘭台に着く寸前です。遠くに鈴蘭台駅が写っています。私が関東に引越したころは3枚目の写真の3000系の時代でした。3000系は神戸電鉄で初のアルミ合金製車体でした。
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写真で撮っていない丸山駅と鵯越駅と鈴蘭台駅も動画から切り取った静止画で紹介します。上段の左が丸山駅で右側が鵯越駅(ひよどりごえ駅)です。
下段の2枚が鈴蘭台駅です。
      丸山駅               鵯越駅
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      鈴蘭台駅              鈴蘭台駅
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ここから先はカメラで撮った写真です。
こちらの写真は鈴蘭台駅に停まっている時に撮りました。ここから路線分かれます。右側が三田および有馬温泉方面です。左側が三木および粟生方面です。
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三田方面に出発してすぐに電車とすれ違いました。上の地図のカメラマーク3番目の位置です。5014と書かれているので5000系電車です。
神戸電鉄では、6500系(3両)、6000系(8両)、5000系(40両)、2000系(17両)、3000系(36両)、1500系(6両)、デ1300形(10両)、デ1350形(12両)、1370形(4両)、1100系(26両)、1150系(5両)、クリックすると拡大デ1070形(6両)が保有されています。括弧内は製造数で現在の保有数ではありませんが新しい車両は保有数と考えて良いと思います。新開地駅で我々より前に出発した右の写真の鈴蘭台行き普通電車が1100系でした。1100系は約50年前の1969年~1972年に川崎重工業の兵庫工場で製造された車両です。
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新開地駅で我々より前に出発した鈴蘭台行き普通電車が1100系を拡大いたしました。神戸電鉄の旅客用の車両に関して詳しくまとめてみました。製造者は現在の会社名で正式には日本車輌製造(株)と川崎重工業(株)です。
本車両リストは、Wikipediaに形式別に記載されている内容をまとめたものです。現有数は製造数から廃車数を単純に引き算したものなので、Wikipediaに廃車数の全てが書かれていない場合は現有数が変わるので参考程度としてください。太平洋戦争の1941年12月8日~1945年8月15日は車両の製造は行われていません。車両の譲渡神中鉄道からおこなわれました。神中鉄道は1917年から1943年(相模鉄道に吸収合併)まで存在した会社です。相模鉄道の西横浜~厚木が旧神中鉄道です。神鉄の旧車両の写真→ポチッ
形式 製造者 製造期間
(年)
改造
譲渡
完全
廃車
一部
廃車
製造
(両)
廃車
(両)
現有
(両)
デ1形 日本車輌 1928 1929   1967   10 10 0
デニ11形 日本車輌 1928 1928   1967   4 4 0
デ101形 日本車輌 1929 1929   1971   10 10 0
クハ141形 日本車輌 1929 1929 1944 1974   1 1 0
クハ131形  日本車輌 1935 1936 1942 1971   2 2 0
クハ151形 日本車輌 1937 1940 1942 1971   1 1 0
デ201形 川崎重工 1948 1948   1974   8 8 0
デ211形 川崎重工 1951 1951   1974   4 4 0
300系 川崎重工 1960 1964   1994   10 10 0
800系 川崎重工 1962 1968   1993   17 17 0
デ1000形 川崎重工 1965 1968   1995   10 10 0
デ1050形 川崎重工 1968 1968   2010   11 11 0
デ1070形 川崎重工 1974 1976     2010 6 4 2
1100系 川崎重工 1969 1972       39   39
1150系 川崎重工 1977 1987       6   6
デ1300形 川崎重工 1971 1973       10   10
1370形 川崎重工 1975 1979 1997     6   6
デ1350形 川崎重工 1979 1987       12   12
3000系 川崎重工 1973 1991       36   36
2000系 川崎重工 1991 1993       17   17
1500系 川崎重工 1991 1991       6   6
5000系 川崎重工 1994 1998       40   40
6000系 川崎重工 2008 2010       8   8
6500系 川崎重工 2016         3   3
            合計 277 92 185
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こちらが北鈴蘭第駅です。
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カーブが多いです。カメラマーク4番目の位置です。
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箕谷駅の一つ手前の山の街駅です。
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ここでも電車にすれ違いました。山の街駅から箕谷駅までは特にカーブが多かったです。カメラマーク5番目の位置です。5010と書かれているので、こちらも5000系電車です。5000系の主要諸元を紹介します。一番新しい新型は2016年製造からの6500系です。6000系は2008年~2010年製造です。
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 製造年    1994年~1998年
 製造数    40両
 編成     4両編成
 軌間     1,067 mm
 電気方式   直流1500V
 最高運転速度 80 km/h
 設計最高速度 100 km/h
 起動加速度  3.0 km/h/s
 編成定員   122名(先頭車)133名 (中間車)
 全長     18,290 mm(先頭車)18,140 mm(中間車)
 全幅     2,700 mm
 全高     4,120 mm(パンタ付車)4,030 mm(パンタ無し車)
 車体     アルミニウム合金
 台車     軸梁式ダイレクトマウント空気ばね台車 KW-68
クリックすると拡大 主電動機   MB-5057A 三相かご形誘導電動機
 主電動機出力 120 kW
 駆動方式   平行カルダン駆動方式
 歯車比    7.07
 編成出力   1,920 kW
 制御方式   GTO素子VVVFインバータ制御
 制御装置   三菱電機製MAP-128-15V43 電力回生・発電ブレーキ付
 制動装置   MBSA形電気指令式電磁直通ブレーキ・保安ブレーキ
 保安装置   神鉄形ATS 防護無線
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この先を左に曲がったら箕谷駅です。カメラマーク6番目の位置です。
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箕谷駅です。これで地下にある湊川駅以外は、写真か動画で紹介したことになります。
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ホームに下りたところです。出口は最後尾で、私は電車の先頭に乗っていたのでホームの端から端まで歩きました。
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箕谷(みのたに)駅は無人駅でした。
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箕谷駅からの料金表を紹介します。神戸電鉄以外にも乗り継ぎ先までの料金がが書かれています。書かれている鉄道会社は山陽電車、地下鉄・西神・山手線、北神急行電鉄、神戸高速線、地下鉄・海岸線、阪急電鉄、阪神電鉄です。西方向で最も高いのは山陽の姫路の1370円で、東方向で一番高いのが阪急の河原町(京都)の1180円です。逆瀬川まで840円のわりに京都まで1180円で行けてしまうのにも驚きました。
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こちらが待合場所です。9時30分の待ち合わせに対して8時32分着の電車で着いたので誰も着ていませんでした。1時間前に来たのは前記事でも書いた通りクリックすると拡大皆とハイキングに行く前に、箕谷駅の近くにある国指定重要有形民俗文化財の下谷上農村歌舞伎舞台(しもたにがみ のうそん かぶきぶたい)を見に行くためでした。ハイキングの名前は「第72回 神戸市北区の重要文化財巡りハイク」でした。
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