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ハワイモンクアザラシ かも [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイの2日の午前中はダイヤモンドヘッドに行ったことはすでに紹介いたしました。午後からはオアフ島のホノルルのワイキキから東の方向のいろんなビーチを見て回りました。最初はダイヤモンドヘッドの真下にあるクイレイ・クリフス・ビーチ(Kuilei Cliffs Beach)で道路沿いにある見晴らしの良い展望駐車場から写真を撮りました。クイレイ・クリフス・ビーチの西隣がダイヤモンドヘッド・ビーチ(diamond Head Beach)です。

駐車場から真下を見た写真でです。Google地図で確認すると海面からの高さは33mでした。その場所から東方向が上の写真です。中央の波打ち際にサーファーが写っています。
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この場所はサーファーに人気の場所でサーフィンの季節の休日には道路沿いには沢山の車が並びサーフアーたちがボードを持って高低差33mを歩いてビーチに下りるそうです。写真をクリックするとサーファー達が沢山写っているのが分かってもらえると思います。歩いて33mを歩いて下りるだけの価値のある波に出会えるのだと思います。
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波の白とサンゴ礁の色と遠くの青い色が美しい海でした。
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ふと下を見ると黒いものが水中を移動していました。この写真で右(西)から左(東)に動いていました。人間の大きさに比べてかなり大きくて2mは越えているようでした。
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すこし拡大してアザラシの類だと感じました。アザラシに似た動物としてはアシカとオットセイがあります。アシカとオットセイは頭を上げて陸上でも歩行できますが、アザラシは陸上では這うようにしか移動できません。3種類の中ではアザラシが最も泳ぎに適した体形のようです。オットセイもアシカ科ですが硬い剛毛の下に柔らかい綿毛のがあることから寒冷地に適しているようです。
3枚の小さな写真はネットから転用させていただいたもので、左からアザラシ、アシカ、オットセイです。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 アザラシ  鰭脚類アザラシ科
 アシカ   鰭脚類アシカ科
 オットセイ 鰭脚類アシカ科
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海面までの距離があるためにカメラのレンズのズームを目いっぱいの104mmではこれが精いっぱいでした。黒い動物は水中を泳いでいて水面の波のためにクリアーな輪郭は判りませんが体形的な感じからアザラシに間違いないようでした。400mmのレンズも持っていたのですが、移動していることから交換する時間がありませんでした。
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アザラシが写った最初の写真から左の方に移動した写真です。
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さらに左方向(東方向)に移動した写真です。少し離れて小さく写っています。アザラシを最初に撮ってから、この写真まで僅か2分間のことでした。
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今回のアザラシを目撃した場所( )を紹介します。泊まっていたホテルから2.16kmの距離でした。実は昨年2017年6月に我々の泊まっていたホテルの目の前のカイマナビーチで絶滅危惧種のEndangered(EN)に分類されているハワイモンクアザラシが出産していたのです。そのことから今回のアザラシもハワイモンクアザラシの可能性が高いと思われます。
  アザラシ目撃場所(2018年5月20日)
  泊まったホテル(ニューオータニ)
  ハワイモンクアザラシ出産(2017年6月28日深夜~29日早朝)


ネットで検索すると2017年6月にハワイモンクアザラシがカイマナビーチで赤ちゃんを出産した記事写真が沢山掲載されていました。その中から4枚の写真を転用させていただきましたビーチ名にちなんで、赤ちゃんの名前はKaimana(カイマナ)と名付けられたそうです。母親の名前はRocky(ロッキー)で2000年にカウアイ島で生まれて2002年からワイキキ(Waikīkī)を時々訪れるようになったことから、もしかしたら私が見たアザラシはRockyかもしれません。ただし、オアフ島全体では40~50頭のハワイモンクアザラシが生息しているので別のアザラシの可能性もあります。
4枚の写真の1枚目が親子(MOM & PUP)の写真です。
クリックすると拡大2枚目は我々が朝食を食べたホテルのレストランからハワイモンクアザラシの親子を皆が見ている写真です。右の写真はそのホテルのレストランで我々が朝食を食べている写真です。
クリックすると拡大上が6日目で下が7日目の朝食です。まさにこの場所からハワイアンモンクアザラシの親子を見ることが出来たのです。
3枚目と4枚目はカイマナビーチのアザラシの親子を見るためにみんなが集まっている写真です。お母さんのRockyは10頭目の出産だったそうです。9頭目まではカウアイ島で出産して、ワイキキで初めての出産だったそうです。そして現在、妊娠しているそうです。同じ場所で出産する習性があるので、専門家の間では今年もワイキキのビーチで可愛い赤ちゃん(11頭目)を出産する可能性があると考えられているそうです。
カイマナビーチでハワイモンクアザラシの赤ちゃんを見ることがクリックすると拡大出来たのは完全な離乳が確認出来るまでの44日間のみでした。離乳が確認出来てすぐの2017年8月12日にNOAA(アメリカ海洋大気庁)によって非公開の安全なで場所に移されたそうです。その時の体長114cmで体重は180~200ポンド(82~91kg)だったそうです。



クリックすると拡大こちらは朝食を食べたホテルのレストラン(Hau Tree Lanai)の写真です。この場所からハワイモンクアザラシを見ることが出来たのです。英語名からハワイアンモンクアザラシとも言われることがあるようです。
朝食の記事→ポチッ
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ホテルの泊まった部屋からの写真ですが、上で転用させていただいた4枚目の写真のビーチの監視塔が(2H)が写っています。
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まさにこの場所で赤ちゃんを産んで育てていたのです。可愛かったことでしょう。写真にはワンちゃんが写っていますが、その時は犬を連れてくることが出来なかったことでしょう。
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我々が泊まったいたホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)が写っているカイマナビーチ(Kaimana Beach)の写真です。手前の四角の建物が泊まったニューオータニ・カイマナビーチ・ホテル(New Otani Kaimana Beach Hotel)です。
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カイマナビーチ(Kaimana Beach)は、北西から南東に連なっている8つ(又は9つ)のビーチの総称であるワイキキビーチ(━━)の最も南東側に位置するビーチです。ハワイ全体で最も人間が多いワイキキビーチ(Waikiki Beach)で母親のRockyが出産したのには、自分なりの考えがあったように感じます。少なくとも人間が好きなのではないかと思いました。
 ━━ ワイキキビーチ         Waikiki Beach  約3.35km
 デューク・カハナモク・ビーチ  Duke Kahanamoku Beach
 フォートデルッシービーチ    Fort DeRussy Beach
 グレイズビーチ         Gray's Beach
 ロイヤルモアナビーチ      Royal Moana Beach
 クヒオビーチ          Kuhio Beach
 クイーンズビーチ        Queen's Beach
 カピオラニビーチ        Kapiolani Beach
 カイマナビーチ         Kaimana Beach Rocky出産場所
アウトリガーカヌークラブビーチ Outrigger Canoe Club Beach)


海の方に目線を向けた景色です。この場所でアザラシがいたとは信じられませんでした。ハワイアンモンクアザラシの分類を紹介します。鰭脚下目の下にはアシカ科(7属14種 )とアザラシ科(3属18種)とセイウチ科(1属1種)の3つがあります。イヌ亜目は犬も同じです。犬の場合は、イヌ亜目・鰭脚下目・アザラシ科に相当するところがイヌ亜目・イヌ下目・イヌ科になります。
クリックすると拡大  界 動物界        Animalia
  門 脊索動物門      Chordata
 亜門 脊椎動物亜門     Vertebrata
  綱 哺乳綱        Mammalia
  目 ネコ目        Carnivora
 亜目 イヌ亜目       Caniformia
 下目 鰭脚下目       Pinnipedia
  科 アザラシ科      Phocidae
 亜科 モンクアザラシ亜科  Monachinae
  属 モンクアザラシ属   Monachus
  種 ハワイモンクアザラシ Monachus schauinslandi
 英名 Hawaiian monk seal ( ハワイアンモンクシール ) 
クリックすると拡大 別名 タイヘイヨウモンクアザラシ
 オス 体長:210cm 体重:150-200kg
 メス 体長:230cm 体重:250-270kg
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下記の地図の着色部分がハワイモンクアザラシの生息地です。北西ハワイ諸島+ハワイ諸島と周辺のサンゴ礁にだけ生息する希少な熱帯のアザラシです。1950年代には北西ハワイ諸島だけで約3000頭が生息していましたが、近年は全体で1000頭近くまで減少してしまいました。保護活動により2013年から増加傾向に転じたようです。生息数に関してはNOAAのホームページ資料(和訳)を参考にさせていただきました。
クリックすると拡大 2013年 1296頭(1211~1410頭)
 2014年 1309頭(1235~1420頭)
 2015年 1329頭(1268~1437頭)
 2016年 1426頭(1347~1541頭)
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分布の内訳は右の図の通りです。
 北西ハワイ諸島(NWHI) 1100頭
 ハワイ諸島(MHI)     300頭
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ハワイアンモンクアザラシの赤ちゃんがカイマナビーチで生まれた時のニュースの動画を紹介します。現在、約1,400頭にまで回復しているそうです。これから3,400頭にまで回復させるが目標だそうです。


こちらは生まれて44日目の2017年8月12日(土曜日)にハワイアンモンクアザラシの赤ちゃんをカイマナビーチから安全な場所に移動している動画です。移動は離乳(通常5~6週間)するまで待っていたとのことでした。運んでいるのはNOAAの人達だと思われます。

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実写版 鉄腕アトム 秘蔵のお宝映像を提供していただきました。 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
下記は1959年3月7日~1960年5月28日に毎日放送制作・フジテレビ系列で放送された実写版鉄腕アトムの記事です。

2014年10月15日掲載  タイトル : 実写版 鉄腕アトム
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クリックすると拡大クリックすると拡大実家の宝塚に帰省していた2014年8月13日に娘と二人で右の写真の手塚治虫記念館に行きました。その時の記事の中に昔、鉄腕アトムの実写版が放送されていたことを紹介したところ、コメントをいただいたkojiroさんから実写版の鉄腕アトムに関して詳しい説明をしていただいた上に、貴重な写真や資料を送っていただいて、手塚治虫記念館の記事に追記させてもらいました。その追記させてもらった内容を単独の記事で紹介することといたしました。「実写版アトム」を現代風に言えば「リアルアトム」です。記事の中で使っている実写版・鉄腕アトムの写真は、ネットから転用させていただいた写真と、kojiroさんから送ってもらった写真で構成させていただいております。

クリックすると拡大鉄腕アトムは1951年4月から掲載の右の写真の長篇科学漫画「アトム大使(CAPTAIN ATOM)」の中で宇宙人と地球人との間の戦争回避の交渉役などして登場したのが最初で、あくまでも脇役でしたが、翌年の1952年4月7日から雑誌「少年」の連載で主人公となり、作品名も「鉄腕アトム」となり17年間連載がつづきました。鉄腕アトムのアニメかテレビに登場したのは1963年01月01日でしたが、実はそれよりも4年前の1959年3月7日に鉄腕アトムの実写版が毎日放送制作・フジテレビ系列に1960年5月28日まで放送されました。
鉄腕アトムは、交通事故死した天馬飛雄(天馬博士の息子)の代わりに天馬博士によって作られた人間と同じ感情を持つロボットでした。その後、お茶の水博士に引き取られて、いろんな活躍の物語が始まって行くのでした。


こちらは実写版のアトムが空を飛ぶ姿です。第一部のZZZ団の巻のネットで書かれていたあらすじを枠内に紹介します。
絶海の孤島に発生する特殊な毒ガスで、世界の要人を狂わせる「ZZZ団」が、世界的科学者リヨン博士とその娘ミッシェルを狙う。アトムは単身「ZZZ団」の本拠地島へ乗り込むが……。「ZZZ団」の秘密兵器として飛行自動車が登場する。この特殊車両が翼を伸ばすカットは、コマ撮りで撮影された。


鉄腕アトムが最初にテレビに登場したのは実写版だと思っていましたが、その2年前の1957年4月13日~9月28日に人形劇が放送されていたそうです。人形劇→実写版→アニメだったことになります。人形劇のことはkojiroさんにコメントで教えていただきました。
 1957年4月13日 TV人形劇
 1959年3月07日 TV実写版
 1963年1月01日 TVアニメ
以前に「まんだらけ」でのブリキ製人形の万引きで話題になった鉄人28号もテレビに最初に登場したのは実写版だったと思います。実写版の包装に関しては鉄腕アトムが65話に対して鉄人28号は13話でした。鉄人28号は横山光輝の作品です。左端と中央が実写版放送で、右橋がアニメ放送です。
実写版放送              TVアニメ初放送
鉄腕アトム 1959年03月07日~1960年5月28日(65話) 1963年01月01日
鉄人28号 1960年02月01日~1960年4月25日(13話) 1963年10月20日
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クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらは鉄腕アトムがロボット・カニ男と戦う姿です。アトムの頭の形が上のアトムと違うのがわかってもらえますか。カニ男が出てきた第二部のメキシコの巻のネットで書かれていたあらすじを枠内に記載します。
アトムの級友四部垣が、謎のロボット、ジェットマンによってメキシコにさらわれた。ピラミッド調査団に随行してメキシコに飛んだアトムは、調査団とサパタ夫人たちとの対立に巻き込まれる。調査団はインディアンとスフィンクス、夫人はジェットマンとカニ男を味方につけ、激しい抗争が繰り広げられる。エネルギーの切れたアトムのために、御茶の水博士もメキシコへ飛ぶ。調査団の狙いはピラミッドの中にあるある秘密にあった……。この巻よりアトムのコスチュームが変更された。「ジェットマン」、「カニ男」、「スフィンクス」といった多彩なロボットが登場する。メキシコの砂漠を演出するため、砂丘地帯で撮影され、ステレオタイプなインディアンが悪役で登場する。またこの第二部ではヘルメット・ベルトが変更されたが、オープニング映像は途中まで第一部のままで、ちぐはぐな印象となっていた。ゲストキャラのサパタ夫人は入江たか子が演じた。


メキシコの巻の新たな写真を2014年11月22日に2枚を送っていただきました。こちらはカニ男とジェットマンと戦うアトムです。


こちらもメキシコの巻の一場面ですがメキシコとは思えない風景が広がっています。
 制作局:毎日放送
 製作  :松崎プロダクション(第一部のみ三笠映画と共同制作)
 出演者:瀬川雅人、田中明夫、清水金一、若原春江、根岸弘子、他
 監督  :吉川博、志波西果、大橋秀夫、難波敏夫
 原作  :手塚治虫
 脚本  :渋谷五十八,岩田重利,コオロギハルヲ,宮川一郎,坂巻昇,志波裕之
 特撮  :加藤守男、山根茂幹、山崎明、円谷特技研究所、円谷英二(監修)
 撮影  :瀬川浩、吉田豊
 音楽  :小川寛興、益田克幸
 演奏  :楽団ブルーコーツ
 美術  :山崎正夫、高山良策
 照明  :伊藤一夫
 録音  :KRC


鉄腕アトム65話(13話×5部)の放送は土曜日の18:15~18:45に、一日も欠かさずに放送されました。kojiroさんのコメントによれば実写版の鉄腕アトムの頭の形は2回変わったそうです。その説明を参考にしてネットから3種類の画像を探してみました。上のカニ男と戦う姿は第二部のメキシコの巻の中のシーンでした。
 第一部 '59年03月17日~'59年05月30日(01~13話) ZZZ団の巻
 第二部 '59年06月06日~'59年08月29日(14~26話) メキシコの巻
 第三部 '59年09月05日~'59年11月28日(27~39話) フランケンとアトムの巻
 第四部 '59年12月05日~'60年02月27日(40~52話) アトム火星に飛ぶの巻
 第五部 '60年03月05日~'60年05月30日(53~65話) 気体人間の巻
初期            中期            後期


kojiroさんから新しいコメントで前期のアトムのコスチュームを瀬川少年以外に、身につけて遊んだ子供たちが沢山いたことを知りました。偶然にも、最近、その中の一人で毎日放送(大阪)の番組に出演して毎週、TVスタジオにかよっていた方からメールでクリックすると拡大直接に聞いたそうです。
アトムの撮影は東京ですが、大阪の毎日放送で製作されたそうですが、放送が後期になったころ、大阪の毎日放送のスタジオにアトムの前期のヘルメットやブーツが置かれていて、通っていた子供たちが装着して楽しむことができたそうです。置かれていたヘルメットやブーツは、かなりくたびれている感じのものだったそうです。後期のつなぎのような上着や、軍服はなかったそうです。前期のコスチュームは、瀬川少年にも引き取らないで毎日放送が保管していたようです。
kojiroさんからコメントを枠内に紹介いたします。
御無沙汰しています。しばらく、自宅を離れていました。
おもしろい情報がありました。なんと、実写版鉄腕アトムの前期のコスチュームの行くえです。
クリックすると拡大アトムは、撮影は東京ですが、大阪の毎日放送で、製作されたのはご存知の通りです。 放送当時、大阪の毎日放送に通っていた子供が、スタジオに放置されているアトムの前期のコスチュームのヘルメットやブーツをかってに、装着して楽しむことができたそうです。 放送は後期になっていたので、かなりくたびれている感じのものだったそうです。 後期のつなぎのような上着や、軍服はなかったそうです。 前期のコスチュームは、瀬川少年も引き取らなかったという事なのでしょう。 しかし、前期のコスチュームとはいえ、瀬川少年以外に、アトムのコスチュームを着てみて、しかも遊べた子が居たとは驚きです。 更に、直に、遊んだ方から、話を聞く機会があったのにも、驚きです。 昭和の歴史を垣間見れた気がします。これも、追加されてはいかがでしょうか
by kojiro (2015-11-05 00:37)

アトムのコスチュームを着たことのある方とは、面談した訳ではなく、メールで伺ったものです。立派な方のようです。
当時、毎日放送の番組に出演して毎週、TVスタジオにかよっていたそうですが、小物を入れる箱があり、その中に、前期のアトムのブーツなどのコスチュームが入っていたので、取り出して着てみて楽しんでいたそうです。当時は、そんな事が許されるのどかな時代だったそうです。昭和のカルチャーですね。 アトムのコスチュームは、その後、どうなったのだろうかと言われている方がおられるようですが、少なくとも、前期の物については、判明しました。恐らく、最終的に廃棄か、スタッフの誰かが子供用にもって帰ったのか、そんなところでしょう。
by kojiro (2015-11-06 00:28)

貴重で珍しい実写版鉄腕アトムのメンコの写真をkojiroさんが送ってもらえました。このメンコを××鑑定団にでも出すと、すごい宝になるのではないでしょうか。
フランケンの巻きで、スバルの前にアトムが友達と並んで立っているメンコです。この写真は、友達と並んでいるので、瀬川少年の他の子供と違う体型がよく判り、アトム役に選ばれた理由が判ります。
瀬川少年は、顔がふっくらしています。また、脚も長いだけでなく、ふっくらして、他の子と比べると、太ももがかなり太いのも判ります。アトム役で、こういうコスチュームでは、彼の体型がよいであろうとのことでした。


kojiroさんから、さらにメンコの写真を沢山送ってもらえたので掲載いたします。ネットに出ていたカラーの画像はメンコが多かったことを知りました。ヘルメットをかぶってバイクに乗っている女性が気になります。kojiroさん曰く、かっこいい女性は根岸弘子さん演じる隼探偵だそうです。第三部の「フランケンとアトムの巻」に登場していたそうです。この時は25才で根岸弘子さんは日劇ダンシングチーム出身で身長も高く運動神経も抜群だったそうです。
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2015年11月16日にさらにメンコの写真を41枚ほど送っていただけました。これらを見ていると当時の場面を思い出される方がおられると思います。スペースの関係で40枚を掲載しましたが最後の40枚目をクリックしていただくと41枚目を表示いたします。
一番最初の写真はメキシコの巻きの「新コスチュームに変えた」と紹介された時のものだそうです。この時はスカーフをしていませんでした。撮影開始までに、スカーフをするように変えたそうです。雑誌少年に「コスチュームが変わる」と紹介された写真が載った時も、スカーフはなかったので。服を着たイメージにしたので、スカーフをつけた方がかっこよいと衣装係が、考えたようです。事実、スカーフは、実写アトムのトレードマークになったそうです。
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サパタ部落の少年を演じたニッキー窪田がでてきます。その後ピロンの秘密の王子役を演じ、近未来風の服を着たりしています。当時は、少年ヒーローにも、SF的な服を着せたりしていた訳だそうです。
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2016年4月12日にkojiroさんから送っていただいたメンコも紹介いたします。
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こちらは2017年12月11日にkojiroさんから送っていただいたメンコです。
沢山の種類のメンコがあるのに驚きました。
それだけ人気があったのでしょうね。
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クリックすると火星探検のアニメを表示第四部 アトム火星に飛ぶの巻(40~52話)で登場する軍服姿の鉄腕アトムです。飾緒のついた短いダブルのボレロジャケットです。スカーフはアスコットタイ風にして軍服の襟の中に入れています。右の原作と異なり、軍服はジャケットのみで、ズボンははかず、軍服の下はつなぎのパンツ、タイツ、ブーツのスタイルでした。kojiroさんご推薦の軍服姿のアトムの写真をネットから転用させていただきました。
この時、鉄腕アトムを演じていた瀬川雅人(せがわ まさひと)は小学6年生でした。(1話:小学5年~65話:中学1年)


クリックするとオリジナルを表示kojiroさんに送っていただいたアトムの軍服姿の敬礼姿の飾諸がかっこいい幻の写真を掲載させていただきました。右の写真のように変色しているので完全な白黒に色調整いたしました。クリックするとオリジナルの写真を表示します。この写真はkojiroさんの知人の方から、20年以上前に光文社の御厚意により、図書室でコピーして頂いきkojiroさんに送っていただいた貴重なものです。kojiroさん、ありがとうございました。
なお、火星探検の巻の屋外撮影は、米軍の立川基地で行われ、アトムの撮影を見た米軍人の子供達にも、大人気だったそうです。1959年の時点で米軍基地で撮影が許されたことはすばらしいことだと思います。
クリックするとオリジナルを表示

上の写真は、こちらの写真から切り取ったものです。
隊員と向き合って敬礼している火星探検隊長のアトム少佐です。大人の隊員と向かい合って敬礼しているので、アトムがより凛々しく感じられます。隊員との体格差からアトムを演じた瀬川少年が小学生であったことが実感できる写真です。光文社の図書室でコピーさせていただいた、この写真は1960年2月号の「少年」に掲載されていたものです。


kojiroさんから2017年7月20日にアトム少佐の新たな写真を送っていただきました。DVDのリマスター版の紹介記事に載っていたそうです。本写真はヘルメットの質感が判りやすいです。

kojiroさんからコメントいただいた実写版アトムの第四部「火星探検の巻(40~52話)」の、ネットで書かれていたあらすじを枠内に紹介いたします。別のネットには「第3話 火星探検 1963年1月15日放送」と「アニメの第8話「火星探検(原題:火星隊長)」との記述もありました。
アトムはモス博士から火星探検隊長に任命される。 博士の言うには第一回目の探検隊が失敗したのは隊員の間の争いが原因だった。 そこでロボットであるアトムに依頼したのだ。 アトムは大学の教授(花丸博士, ケリガン)から1ヶ月の教育を受け,ロケットに乗り込んだ。
しかし,その中には密航者が一人乗っていた。 彼女はキャーベット(リイコ)といい,1回目の探検で反乱を起こしたレンコーン大尉の妹だった。 兄に会いに行くための密航だった。 もはや降ろすことも出来ずやむなく連れて行くアトム。
途中ロケットに未確認飛行物体が取り付き,アトムは自ら宇宙に出てそれをどかす。 しかし,アトムの命綱は誰かによって切られ置き去りにされてしまう。 アトムは不明のロケットの中に入り込み,原子力銃を持つ生物と出会う。
その銃の噴射力でロケットに戻ったアトムは一回目の反乱の原因がこの生物ではないかと考える。 火星に着いたアトム達の前に多くのロボットを引き連れたレンコーンが現れる。 そしてアトムのことをよく思わないケチャップ大尉はアトムに銃を向け反乱を起こす。
さらに彼はレンコーンのロボットを奪うべく出掛けていく。 彼らの前にはあの謎の生物達が襲ってくる。 宇宙人の存在を笑っていたケチャップは自ら恥じ,ロボットを指揮してその命を散らす。

クリックするとオリジナルを表示火星探検の巻の実写版とTVアニメのアトムの軍服姿を紹介したので漫画の軍服姿を紹介します。光文社のカッパコミックス鉄腕アトムの1964年2月号です。右がカッパコミックスの表紙です。この本の表紙の軍服姿のアトムは原作の姿と違いTVアニメとそっくりです。そんなことからも、表紙の絵はカッパコミックスのために書かれたものと思われるそうです。中の漫画は原作と同じだそうです。漫画、アニメともに、軍帽を被っていますが、実写では、被っていません。ヘルメットの上には被れなかったようです。

左が火星探検隊長に任命されたところです。マンモス博士の持っている鞄の中に、軍服が入っています。このマンモス博士を訪問した時の服装が、半ズボンを脱げば実写のアトム少佐に近いかもしれないそうです。
右がキャーペットをロケットから降ろそうとするアトムですが、この軍服が原作の軍服で、学生服のようです。ズボンも履き、ブーツインではありません。隊員と同じごく普通の軍服です。肩のエポレットのところに、フリンジがついていたような気がしていましたが、ついていませんでした。


キャーペットにレンコーン大尉に会わせられないと言っています。普通の結び方でネクタイをしています。実写では、アスコットタイのように結んでいます。漫画の原作では、これが一番アトム少佐の全身を示しているようです。

漫画の原作の宇宙人と戦った後のアトム少佐の敬礼姿です。詰襟ではありませんが、学生服風です。実写のアトム少佐の方は、飾諸がかっこいい短いダブルのジャケットでマフラーをアスコットタイ風に結んでいます。

記事のタイトルにふさわしい幻の写真をkojiroさんから送っていただきました。アニメ雑誌「少年」(光文社)の1960年正月号に掲載された手塚治虫先生と、実写版鉄腕アトムと、漫画のアトムのスリーショットの写真です。正月らしい「初ゆめ」の言葉が印象的です。実写版の鉄腕アトムがテレビで人気だったことが写真からも伝わってきます。1960年正月号が出版された1959年12月は丁度、フランケンの巻が終わり、火星探検が始まる直前であり、ロシアの人工衛星で、月の裏側の写真が撮られた頃です。
その時代を反映して、手塚先生が、「月の裏側が見える」と言っているように書き込まれているそうです。次の号は、火星探検隊長のアトム少佐の写真だったそうです。スリーショットは貴重で、テレビ 漫画史上に残る貴重な写真と思います。この時代にどのようにして才能のある子役を探したのか不思議でしたが、瀬川少年は劇団・コジカ座に所属していたことから鉄腕アトム役として抜擢されたそうです。


第三部のフランケンとアトムの巻のあらすじも、ネットを転記する形で枠内に紹介します。
日本征服をたくらむ某国の「バラン団」が日本に上陸。首領のスパルタ博士は、御茶の水博士の作った怪力ロボット・フランケンを奪って「オメガ因子」を組み込み、意のままに操る。さらにスパルタは御茶の水の「空飛ぶ円盤」を狙って博士を拉致し、発狂薬「黄色い馬」をつかって都民を狂わせようとする……。空飛ぶ円盤が登場するが、自動車に張りぼてをつけたものだった。同級生とアトムが綱引きをし、綱の後端を木に結びつけていたため、知らないアトムが引っ張ると木が倒れてしまったり、アトムに野球のピッチャーをさせたりと、アトムの日常生活が描かれた。「オメガ因子」や「黄色い馬」といった原作通りのキャラクターが登場する。本作オリジナルの「隼探偵」がスクーターで活躍する。アトムがロードローラーで襲われるシーンがあるが、このロードローラーには誤字なのか、「世田谷区没所」と表記してあった。

こちらは1960年4月頃、雑誌「コウロン」に掲載された手塚先生を紹介した記事です。記事のタイトルは「日本のディズニーをめざす男」です。
手塚先生を応援するために、1960年4月29日に向ヶ丘遊園で、鉄腕アトム大会が開かれ、数千人の子供があつまったと、本雑誌の記事に書かれていたそうです。ステージ上には瀬川少年演じるアトムが実写版の鉄人28号らしきロボットと対峙していて、ステージの周りには沢山の子供達が集まってい光景が写っています。この子供達がぎっしり集まっている事からも、実写のアトムの人気ぶりが判ると思います。記事の中には漫画のアトムも書かれています。
鉄人28号の実写版も同じプロダクションだったそうです。アトムの向こうに見えるのは、テレビ番組の監督かもしれないそうです。本写真および説明はkojiroさんから送っていただきました。
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kojiroさんに送っていただいたアトム友の会の募集記事です。募集記事は11月号か12月号で、写真は、フランケンの巻で、隼探偵を救うための血清を取り返そうとしていた時に、燃料が切れた時の写真と思われるそうです。テレビのカットではなく、雑誌「少年」用に撮影した写真と推測されておられました。マフラーと脚の長さを強調するように撮ったものと思割れるそうです。記事の記載内容を枠内に転記いたしました。
テレビの「鉄腕アトム」・瀬川雅人くんの後援会(アトム友の会)の会則が出来ました。「少年」とテレビの「鉄腕アトム」のファンなら、だれでも入会できます。会費は一カ月 三十円です。会員には、すてきな会員バッチをおおくりするほか、瀬川くんをかこむ会を三カ月に一回ひらいたり、撮影所を見学するなど、いろいろの行事をおこないます。入会したい人は会費をそえて、東京都中央区銀座西七ノ五・弥生ビル内 松崎プロ「アトム友の会」まで。
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鉄腕アトムの実写版の記事を掲載にあたり、kojiroさんから、お宝写真やお宝資料を5つ送ってもらえたたので紹介します。
これは雑誌「少年」に載ったアトム友の会の募集の最後の案内です。1960年の4月号であろうとのことです。記事のなかの写真は第三部のフランケンの巻のようなので、1959年の写真と思われるそうです。これは、テレビフィルムから撮ったものだそうです。アトム大会が、4月24日に豊島園で行われると書かれていますが、実際には、コウロンにあるように、4月29日に向ヶ丘遊園と変更になったそうです。変更になったのは応募者が多かったのが理由ではないかと推測されていました。


これは雑誌「少年」に載った最後の実写版の鉄腕アトムの写真であろうとのことです。1960年の5月号前後であろうとのことでした。


宇宙船という雑誌の1981年夏号に載っていたアトムの写真です。左が、気体人間の巻で、田崎潤が天満博士でてでています。この時のフィルムは喪失しているそうです。第五部の気体人間の巻のネットで書かれている物語のあらすじを枠内に記載いたします。
アトムの両親が登場。アトムが宿題を忘れて居残りをさせられたりと日常風景も描いている。アトムがギャングに潜入した際にサングラスをかける場面がある。ヘルメット衣装を着けているため、耳たぶをかなり変形させてサングラスをかけていた。アトムに気体人間が乗り移り、悪人になったふりをする巻である。いまは無い「渋谷文化会館」のプラネタリウムや、渋谷駅前で撮影が行われている。
右は、最初のZZZ総統の時のプロテクターを装着したアトムがヘルメットを取った有名な写真です。


上と同じ宇宙船という雑誌の1981年夏号に載った写真で、火星探検の巻で、アトムを修理すべく、胸をあけているという珍しい写真が左下に載っています。


右の写真は雑誌「宇宙船」の1984年の8月号に載った火星探検のアトム少佐です。上半身しか映っていませんが、アトム少佐の雰囲気が感じられます。これは、レンコーンのロボットを呼ぼうとして、機械と接続したアトムが、ケチャップ大尉の操作で壊れてしまった後に、苦しみながら、ロケットから外に出ようとしているところだそうです。雑誌「宇宙船」の写真は、すべてフィルムから撮ったものだそうです。

右の写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、載った天満博士、お茶の水博士、アトムのスリーショットです。下の写真の左側も同じ雑誌に載った天満博士とアトムの写真です。
下の右側は1995年のリクルートの「ぼくらのヒットパレード1958-59 vol.1」に載ったアトムの写真で、確認できていないそうですが、ヘリコプターらしき乗物を操縦している写真です。アトムは自動車を運転していたのは有名ですが、ヘリコプターも運転したかもしれないそうです。有名なタイツのしわが見えます。ヘリコプタらしき乗物を操縦している写真以外は「気体人間の巻」の写真だそうです。乗物を操縦している写真は確定ではないそうですが、頭の形や服装からやはり「気体人間の巻」の可能性が高いそうです。
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1978年に発行された「朝日ソノラマ:テレビ版 宇宙をかけるSFヒーローたち」に載っていた実写版鉄腕アトムの気体人間の巻の写真です。
左は瀬川少年のアトムが腕を伸ばして空を飛ぶ時の上半身を前から撮ったものです。気体人間の巻だけ人形ではなく本人で撮ったそうです。伸縮性のないレオタード風つなぎだったため、袖の先から腕の素肌が出ています。もっと長い手袋で、素肌が出ないようにすれば良いのにと思ったそうです。つなぎの下は、メカが見えず、メカの上に人工皮膚をつけて、その上に服を着ているという設定の面白い写真です。
右は気体人間に操らるフリをしたので、悪党の一味に加わり、貯水池の管理人親子を、襲うシーンだそうです。アトムがサングラスをかけています。ヘルメットがサングラスの柄と干渉するのでサングラスの柄がまっすぐでなく曲げられていたそうです。結構 サングラスが似合っていると思います。


実写版の鉄腕アトムをペン画で描いた画像を送っていただいたので紹介します。クリックすると少し拡大します。かぶっているヘルメットを取られることは実際にはあり得ませんが、実写版らしいイメージをとらえた一枚です。アニメとは違うことがわかります。
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実写版時代の主題歌の歌詞を紹介します。
この主題歌は知らない方も多いのではないかと思います。歌詞が書かれた、初音ミクの歌声での動画があったので紹介します。
作詞:青木義夫  作曲:益田克幸  歌手:中島そのみ
僕は無敵だ 鉄腕アトム よい子のために 戦うぞ 勝ったつもりか 負けはしないぞ さあ来い 悪者 やってこい ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕はよいこ子だ 鉄腕アトム 困った時には 飛んで来て パンチだ 空手だ 正義の力だぞ いつでもどこでも 大勝利 ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕らのアトムは みんなのために どんなところでも 飛んで行く 僕らも一緒に 力を合わせ 平和な世界を 作るんだ  ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている

kojiroさんに調べていただいた結果、歌手は第一部・ZZZ団の巻(中島そのみ)→第二部・メキシコ(岡村喬生 上高田合唱団)→第三部・フランケンとアトムの巻(岡村喬生)→第四部・アトム火星に飛ぶの巻(岡村喬生)→第五部・気体人間の巻(上高田合唱団 中島そのみ)とかわりました。
中島そのみ の歌はこちら →http://youtu.be/8yxAcnFv00g
岡村喬生の歌はこちら   →http://youtu.be/DHs_ajbiIA0
             →http://youtu.be/IGZW4mK3T9w
初音ミクの歌はこちら   →http://youtu.be/FAqhiGNm2fw
さとうささらの声の歌   →https://youtu.be/-_UYpBIg__Q
瀬川雅人の素顔登場    →http://youtu.be/ozD0lX_tSvc
瀬川雅人 : 鉄腕アトム役

コメント欄でよしたかくんさんからのコメントにより、フルコーラスバージョンがあったことを知りましたので、コメントの一部を枠内に転記する形で紹介いたします。貴重な情報をありがとうございました。これ以外にも沢山の情報を教えていただいたので興味のある方は実際のコメントを読んでください。
実は「実写アトムにはもう一つの別バージョンフルコーラス」が存在します。始めに「実写アトムのメロディーは全部同一ですが、編曲アレンジオーケストレーションが微妙に異なり」ます。「中島そのみ、上高田はほとんど同一」ですが「岡村喬生版はイントロもアレンジも全く異なり」ます。実はこの回から?小川寛興先生が音楽担当として、益田克幸さんと同時にクレジットされました。推測ですがアレンジは小川先生と思われます。何故なら今までのバージョンとは全く違い「コード進行からイントロ、間奏、エンディングまで全く違い芸術的にまで昇華されています。また「知られざるもう一つの主題化フルコーラス」は、アレンジの骨格はそのみ、上高田とほとんど一緒ですが、イントロが全く違い」ます。実は30数年前に旧ユピテルから発売された再レコード化に際して参考にされたのはこの知られざるバージョンでした。しかも歌手は「中年の演歌歌手っぽい人の歌唱」で、岡村のパスに対して演歌版テノール?の様でした。つまり「実写アトムの主題歌は、実にわかっているだけでも4つの異なったバージョンが在る」と。更に「レコード化」ですが、解っているのは「中島そのみ版はテレビバージョンのみ、岡村版はテレビバージョン2コーラスまで。上高田版はキングよりフルコーラスレコード化確認。ではこの謎のバージョンフルコーラスは? おそらく推測ですが他社から別の形でレコード化されていたものと推測されます。過去こういう形でのレコード化は在った様で「怪獣王子、遊星仮面、鉄人28号」などがありました。
つまり「実写アトムはそれだけ人気が在った」と言う証拠ですね。
by よしたかくん (2016-03-08 11:49)
さらに2016年3月10日によしたかくんさんからの昭和30年代初期のころのいろんな番組のフィルムや資料が処分されて、その時代の写真や資料が少なくなった経緯などを、宇宙船エンゼル号の冒険、赤胴鈴之介、あんみつ姫、大海獣ゲボラ、魔神ガロンを例にとってコメントで教えていただきました。前回追加した実写版鉄腕アトムのフルコーラスの主題歌の情報もいただきました。そのフルコーラス主題歌の情報を枠内に転記いたします。なお、フィルムや資料が処分された経緯に関してはコメント欄を見ていただければ幸いです。
前回の「実写アトムの幻のフルコーラス主題歌」ですが、改めて徹底して聴き直しわかった事を報告いたします。
まず「曲の頭にザワザワゴリゴリと言うアナログレコード特有のスクラッチノイズが乗っている」「最初にアトムのジェット噴射と思われるSEが入りブザーの音、そしてファンファーレの様なイントロが4/4拍子として10小節あった後に主題化が始まり」ます。「サビの部分からは女の子たちのチルドレンコーラス=上高田とは全然異なりもしかしてビクター児童合唱団なのか?これは同時に保有している実写の鉄人28号の主題歌フルコーラス版がビクター児童合唱団と言われていた事」 更に2と3コーラスの間に挟まる間奏も全然異なり「5小節」と言う半端な間奏」になっています。なお3コーラスは「演歌っぽいテノールと児童合唱が逆さまになっています」全体的なテンポはかなりゆっくりで迫力は無いかもしれませんね。なお「実写の鉄人28号フルコーラス主題歌 3番まで」はレコード化に際しては全て児童合唱になっていましたね。
by よしたかくん (2016-03-10 10:33)

せっかくなのでTVアニメの鉄腕アトムの主題歌の歌詞も紹介いたします。
作詞:谷川俊太郎  作曲:高井達雄  歌手:上高田少年合唱団
空をこえて ラララ 星のかなた ゆくぞ アトム ジェットのかぎり 心やさしい ラララ 科学の子 十万馬力だ 鉄腕アトム
耳をすませ ラララ 目をみはれ そうだ アトム ゆだんをするな 心ただしい ラララ 科学の子 七つの威力さ 鉄腕アトム
町角に ラララ 海のそこに 今日も アトム 人間まもって 心はずむ ラララ 科学の子 みんなの友だち 鉄腕アトム

1980年代の歌はこちら→http://youtu.be/GX8b1TmXfvw
Vocaloidの歌はこちら →http://youtu.be/09KfdXh0a9U
初音ミクの歌はこちら  →http://youtu.be/FcG4OdWCvDo
ZONEの歌はこちら   →http://youtu.be/xb2YX-IuvSI
第1話 アトム誕生の巻 →× http://youtu.be/TUPNRRtGGDk
第2話 フランケンの巻 →× 
第3話 火星探検の巻  →http://youtu.be/83kiyJ8TE7s
第4話 ゲルニカの巻  →× 
第5話 スフィンクスの巻→http://youtu.be/cvepBVlQ4PE
第6話 電光人間    →http://youtu.be/Uf2gvImBCPU
第8話 幽霊製造機   →http://youtu.be/_T7Up9-UewQ
第9話 ブラックルックス →http://youtu.be/W22Z43tjpsA
第10話 イワンの馬鹿 →http://youtu.be/DPLFc6WVq8E
第11話 タイムマシン  →http://youtu.be/MZb1h9_Adls
第12話 十字架島    →http://youtu.be/zdprMAeIg2Q
第14話 人工太陽    →http://youtu.be/0P3V0NbpA8o
第15話 植物人間    →http://youtu.be/YC8xkO4eRQs
第16話 白い惑星号  →http://youtu.be/ml-R-CJV550
第17話 ロボットランド →http://youtu.be/5gVT2Rcjtjk
第18話 ガデム     →× 
第19話 アトム対魔人 →http://youtu.be/Nxg1ubs-Tbw
第20話 気体人間    →http://youtu.be/6jmsR29XRi0
第22話 海蛇島     →× 
第23話 ミュータント   →× 
第24話 海底王国    →× 
第26話 アトラス     →× 
11種白黒TVアニメ   →http://youtu.be/Jslc10q6cdg
     鉄腕アトム(1963/1/1)     鉄人28号(1963/10/20)
     エイトマン(1963/11/8)     ビックX(1964/8/3)
     スーパージェッター(1965/1/7) 宇宙少年ソラン(1965/5/4)
     ワンダースリー(1965/6/6)   魔法使いサリー(1966/12/5)
     パーマン(1967/4/2)      ゲゲゲの鬼太郎(1968/1/3)
     怪物くん(1968/4/21)  
上の欄の×印の動画には Tezuka_Productions のコンテンツが含まれているため、著作権上の問題で権利所有者によりブロックされました。

宝塚歌劇100周年を記念して宝塚駅の発車メロディーが新しくなりました。宝塚駅からは神戸線につながる今津線には宝塚市に5~24歳まで住んでいた手塚治虫にちなんで「鉄腕アトム」の曲がながされています。この動画は5月に来た時に撮ったものです。是非ともプレーボタン( [>] )をクリックしてみてください。大阪(梅田)に直接向かう宝塚本線では宝塚歌劇の愛唱歌として知られる「すみれの花咲く頃」が流されています。


歴代3作目となる「ASTRO BOY 鉄腕アトム」の主題歌も紹介します。第1作と第2作の主題歌は多少テンポは違いますが歌詞は同じですが、第3作では別の歌に変わりました。つまり実写版も含めると3種類の歌があるのです。
クリックするとオリジナルを表示クリックするとオリジナルを表示  テーマ曲  true blue
  歌手     ZONE
  作詞作曲  町田 紀彦
  歌詞  → ポチッ ポチッ
アストロボーイ・鉄腕アトムはフジテレビ系列にて、2003年4月6日から2004年3月28日まで毎週日曜日の9時30分~10時に放送されました。ちなみに1952年4月7日発売の原作連載漫画の中で、鉄腕アトムが誕生したのが2003年4月7日であったことから放送開始日(2003年4月6日)が決定されたそうです。鉄腕アトムは51年後を想像して作られた未来SF漫画だったのです。
 第1作 1963年01月01日~1966年12月31日 鉄腕アトム
 第2作 1980年10月01日~1981年12月23日 鉄腕アトム
 第3作 2003年04月06日~2004年03月28日 ASTRO BOY 鉄腕アトム


2009年にはハリウッドのイマジ・アニメーション・スタジオによって制作されたCGアニメが発表されました。下記は後半の6分2秒の名場面の抜粋です。
 全映画はこちら→http://youtu.be/GSufsdpWmqM 1時間33分48秒


知らなかったのですが実写版用の女の子の鉄腕アトムの写真が残されていました。
クリックすると拡大鉄腕アトムは1972年の最終回で異常発熱をする太陽にロケットとともに突入して鉄腕アトムの連載は終わりました。宇宙船から発射されたロケットが、隕石に当たって止まった為に鉄腕アトムは自らを犠牲にして地球を救ったのでした。太陽熱で溶けけ宇宙空間に漂っている鉄腕アトムは、宇宙人に救われて、右のアニメにあるように修理・改造されて鉄腕アトムとしての物語が1972年~1973年に続いたそうです。このときにコスチュームが変わっていたのですが、その理由は明かされていませんでした。
それはタイミングを見て、アトムが女の子だったことにする秘かな計画が手塚先生の頭の中にあったようです。
クリックすると拡大クリックすると拡大このときに実写版の女の子のアトムが計画されて右の3枚の写真が残っているのです。
真中と右は同じポーズですがコスチュームは違います。真中が最初のバージョンだと思われるそうです。皮膚をサーモンピンクにしていたのですが、肉欲的な感じがしたのか、ベージュに変えたようです。胸のプロテクターのボッチの数や、ヘルメットというか被り物の形も違っています。これらのコスチュームは手塚先生自身が極秘裏に製作を依頼したそうです。ただし実写版そのものの実現はなかったようです。頭の星型の部分に触るとタイムトラベルも出来たそうです。これらの写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、手塚先生が女の子のアトムを構想したことを紹介する形で載りました。
もともとの鉄腕アトム(左)も、そのモデルとなった天馬飛雄(中と右)も女の子のような感じでもありました。先入観なしで鉄腕アトムの知識もなく、アニメの子が女の子だと言われれば、信じてしまい天馬博士は女の子に飛雄という名前を付けた気になってしまいます。
 1980年 鉄腕アトム      1963年 天馬飛雄      1980年 天馬飛雄  


上で紹介した女の子の実写版を密かに計画していたことが暗示される鉄腕アトムのアニメです。宇宙人に救われて、修理・改造されて鉄腕アトムのアニメですが、上段が小学1年生の1972年6月号で下段が1972年4月号です。明らかに違いがあります。1972年6月号には胸にプロテクタが付けられていましたが、その前の1972年4月号にはプロテクターがない胸は、明から以前の鉄腕アトムとは違って女の子を意識していたのかもしれません。ただし次号からはプロテクターを付けたわけです。こんなところからもいろんな苦労が感じられます。タイムトリップ用の頭のダイヤルも6月号からつけられました。マントも6号からつけられたようです。
1972年6月号
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1972年4月号
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女の子の鉄腕アトムと言えば、こちらの動画も見逃せません。鉄腕アトムのように靴からロケット噴射を出して堀北真希さんが空を飛ぶ動画です。
下記も含めて3つ見つけました。→ポチッ ポチッ



2014年10月23日追記 新しい資料がkojiroさんから届きました。

クリックすると拡大右の沢山のアトムは2003年のメディアファクトリー発行の鉄腕アトムコンプリートブックに掲載された鉄腕アトムの変遷です。
クリックすると拡大1967年以降はすべてカラーなのに対して1972年が青色一色で書かれています。スタイルも1972年は他とは違う雰囲気があります。コスチュームが変わっている上に、顔の表情も女の子っぽく、マントまでしています。頭には、すでに紹介したタイムトリップが出来る星形が付いており1972年に手塚先生が極秘に女の子の実写版を作ろうとした時期に一致しています。このことからも手塚先生が女の子の実写晩を本当に作りたかったのが、伝わってくるような感じがします。それぞれのアトムには次のような説明があります。クリックすると読めると思います。
 1967-1969年 「サンケイ新聞」/「アトム今昔物語」より
 1970年    「別冊少年マガジン」/「アトムの最後」より
 1972年    「小学四年生」/「アトム還る」より
 1975年    「文芸春秋デラックス」/「アトム二世」より
 1976年    「週間朝日」/「偏差値王国との対決」より
 1980-1981年 「小学二年生」/「鉄腕アトム」より
  - 左上端 「月刊少年ジャンプ」/「シルバータワー」の巻より
 1963-1966年 虫プロダクション製作/フジテレビ系放映
 1980-1981年 手塚プロダクション製作/日本テレビ系放映
 2003年     手塚プロダクション ソニー・ピクチャーズエンタテ 
        イメント製作 /フジテレビ系列放映

上で紹介の次のページに載っていた鉄腕アトムの変遷も送っていただきました。こちらは1951年から1967年までの一年ごとのアトムが掲載されています。1951年のアトム大使に載っていた最初のアトムの絵は貴重です。
 1951年      「少年」本誌/「アトム大使」の巻より
 1952年      「少年」本誌/「フランケンシュタイン」の巻より
 1953年      「漫画少年」本誌/「アトム大使」の巻より
 1954年      「少年」本誌/「ZZZ総統」の巻より
 1955年      「少年」付録/「電光人間」の巻より
 1956年      「少年」本誌/「アトラス」の巻より
 1957年      「少年」本誌/「□□□□からきた男」の巻より
 1958年      「少年」本誌/「十字架大陸」の巻より
 1959年      「少年」本誌/「鬼火仮面」の巻より
 1960年      「少年」本誌/「デッドクロス殿下」の巻より
 1961年      「少年」本誌/「ホットドッグ兵団」の巻より
 1962年      「少年」付録/「宇宙の寄生虫」の巻より
 1963年      「少年」付録/「ロボット宇宙組」の巻より
 1964年      「少年」本誌/「地球最後の日」の巻より
 1965年      「少年」付録/「ロビオとロビエット」の巻より
 1966年      「少年」本誌/「四次元の少年」の巻より
 1967年      「少年」本誌/「ゾロモンの宝石」の巻より
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらの写真は2003年に河出書房新社から発行された「図説 鉄腕アトム」のなかの写真です。これが第二部のメキシコの巻で、アトムがコスチュームを一新した時の写真です。メキシコ人と思われる人と一緒に映っています。ヘルメットは、上で紹介の中期のものです。ネットに出ているメキシコの巻の写真より鮮明なのでコスチュームがよく判ると思います。撮影用のライトを当てているためか、屋外より、よりテカっています。


クリックすると拡大右の写真は、漫画のタイトルが「鉄腕アトム」ではなく、驚くことに『鉄人アトム』になる可能性があった資料で、鉄腕アトムの創生に関わる貴重なものです。すでに紹介した通り1951年4月から掲載の「アトム大使」の中で脇役として登場したアトムを主人公としてアトムの漫画が雑誌「少年」の1952年4月号からタイトル「鉄腕アトム」で連載されました。連載開始の一つ前の号である1952年3月号では、「鉄腕アトム」ではなく『鉄人アトム』というタイトルで予告されていました。予告後、一ケ月の間にタイトルが鉄腕アトムに変更されたことになります。こちらも2003年に河出書房新社から発行された「図説 鉄腕アトム」のなかにあったものだそうです。
小さくて読みにくいと思いますので記載内容を下記の枠内に転記します。
 科学漫画 鉄人アトム 手塚治虫 
「少年」愛読者諸君、はりきりアトムは、このとおり、ふたたび四月号から「鉄人アトム」として登場。きっと諸君をアッと言わせますよ。アトムの、かつやくをご期待ください。
大ひょうばん 「少年」のアトム またまた大かつやく!
アトムの力は あいかわらず このとおり

実写版・鉄腕アトムでの登場人物の写真が載った貴重な資料が2014年10月25日にkojiroさんから届きました。
こちらは鉄腕アトムのハイライシーントです。第四部の火星に飛ぶのロケットや宇宙ステーションなどが写っています。第五部の気体人間の巻のヘリコプターで取ったフィルムとの合成の飛行シーンもあります。


こちらには第二部のメキシコの巻のロボットが載っています。カニ男、スフィンクス、ジェットマンが載っており思い出す方もおられると思います。入江たか子さんのサパタ夫人の写真も貴重です。ランプやアルペンなどの人物名と写真が一緒に載っている知りようが残されているのに感激です。3体のロボットの説明も詳しく待載っています。
 スフィンクス  ピラミッドを守るロボット。アルペン逸見に改造される。
 カニ男     サパタ夫人が操るロボット、二本のハサミが武器
 ジェットマン  カニ男の相棒、アトムと同様空を飛べる。


フランケンが写っています。飛ばなかった原子力円盤も載っています。スバルに円盤を取り付けたものだそうです。バラン団メンバーのバラン団首領スパルタン博士、コング、ルソー、スカンクに、バラン団撲滅に協力する女探偵の隼探偵も載っていまい。


火星探検に登場するキャーペットも写っています。軍服の似合う可愛いキャーペットはアトムより年上ですが、アトムに恋心を抱いている感じの設定となっていたようです。


ここから下の4枚は宇宙船1981年の夏号に掲載されていたものです。
上段は実写版・鉄腕アトム(全編)での登場人物です。沢山の子供たちが共演していて、皆さん個性豊かだったようです。彼等にもアトムのコスチュームは羨ましかったそうです。下段は第一部のZZZ団の説明です。ZZZ団のミッシェルも、アトムに恋心を抱いているような設定になっていたそうです。アトムは、番組の中でも、女の子にもてたそうです。


こちらにはZZZ団の要塞と空飛ぶ自動車が出ています。アトムが飛んでこれを追いかけました。


左が第四部の火星探検の巻と第五部の機体人間のオープニングの写真です。不鮮明で判りにくいと思いますが火星探検の方はロケットが地球から飛び出して来ているところです。気体人間では壺から煙が出ている写真です。
右が第五部の気体人間の巻です。
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実写版の鉄腕アトムが人気があった証拠資料です。1959年3月7日から実写版の鉄腕アトムはのテレビで放送が始まったわけですが、アニメが掲載されていた雑誌「少年」の1959年の10月号の付録の表紙が下記の写真です。その表紙に「テレビでも大評判!」と、書かれています。テレビとはこの時期は実写版ですから、雑誌「少年」も認めるほどの「実写版鉄腕アトムが評判」だったわけです。この時期は第三部のフランケンの巻が放送されていた時期です。



2016年7月29日追記 タイトル : kojiroさんから新しい写真が届きました。

実写版時代の写真は不鮮明なものが多いのですが、鮮明な写真が見つかったとのことで、下記の写真を送っていただきましたので、紹介させていただきます。写真は「メキシコの巻き」の一場面です。


こちらも鮮明な写真です。右上の写真の女の子のミッシェル役はS・アルデンパイさんです。残念なことにS・アルデンパイさんは亡くなられたそうです。
キャストはこちらです。→ポチッ
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また鉄腕アトムを演じた瀬川少年のその後は謎が多いのですが、瀬川雅人さんが高校生か大学生のころに出演された思われる写真も送っていただきました。確定と言うわけではありませんが、右の写真と面影(目の形、瞳の位置、鼻の形、あごのへん 等々)が似ていることから瀬川少年の青年姿ではないかと確信されておられました。



2016年8月31日追記 タイトル : テレビ探偵団
昔にテレビ探偵団という番組があり、その時に、手塚先生を招待して、実写版鉄腕アトムについても、紹介した下記の動画があることをkojiroさんから紹介されました。13分56秒~15分24秒に鉄腕アトムの実写版のメキシコの巻で、アトムがカニ男と戦ったり、ピラミッドの中で、扉を溶かすようなシーンが見れます。実写版の前の1957年4月13日に登場したTV人形劇(TBS)に関する説明も7分38秒からあります。現在(2016年11月)はTokyo Broadcasting System,inc.(TBS)からの著作権侵害の申し立てにより映りません。




2015年2月12日追記  
タイトル : オーストラリアで 鉄腕アトムの実写映画企画の発表
2015年2月5日に鉄腕アトムがオーストラリアのプロダクションによって実写映画化されることが発表されました。クリックすると拡大プロダクションの名前はアニマル・ロジック(Animal Logic Entertainment)で、映画マドリックスの視覚効果やLEGOムービーなどを担当したことで知られています。アニマル・ロジックのCEOの右の写真のザレ・ナルバンディアン(Zareh Nalbandian)から、鉄腕アトムをベースにした実写長編映画の企画開発にあたり、日本の手塚プロダクションとパートナーシップを契約したことが発表されたそうです。同じ日に、手塚プロダクションもアニマル・ロジック社と契約を結んだことを明らかにしました。今回の企画は「大人も楽しめる本格的な スーパーヒーロー映画を目指す」としています。映画の発表時期は明らかにされていませんが1959年の実写版放送から56年以上の時間を越えて再び実写版が実現することはすばらしいことです。是非とも成功させてほしいものです。
アニマル・ロジックを一躍有名にしたのが2006年にアカデミー賞を受賞したハッピー フィートHappy Feet)です。ハッピー フィートはアニマル・ロジックがクリックすると拡大制作担当で2002年から制作にかかったフルCGアニメーションです。アカデミー賞以外にゴールデングローブ賞主題歌賞、英国アカデミー賞長編アニメ映画賞、受賞第32回ロサンゼルス映画批評家協会賞、ニューヨーク映画批評家協会賞、ワシントンD.C.映画批評家協会賞、アメリカ映画協会賞、ニューヨークオンライン映画批評家協会賞などを受賞しました。ハッピー フィートで4年の制作を要したわけで鉄腕アトムはどれほどの期間で完成するでしょう。実写版であることからCGが使われるのはアトムや他のロボットなどと思われることから期間はハッピー フィートよりは短いと想像しています。
記事内では、例としてlive-action movie という言葉が使われてはいますが、どんな形の映画になるのかはまだ決まっていないようです。2009年のASTRO BOY(CGアニメーション)は興行収入($39,886,986)を製作費($65,000,000)が上回ったことから、今回は成功させることを前提に進められるものと思われます。
アニマル・ロジックのホームページ掲載記事→ポチッ
News  05 February 2015
ANIMAL LOGIC BLASTS OFF WITH ASTRO BOY!
クリックすると記事を表示 Animal Logic Entertainment is partnering with with Japan's Tezuka Productions to develop a live action, science fiction superhero feature film based on one of the most iconic comic book franchises - Astro Boy!
Zareh Nalbandian from Animal Logic Entertainment will produce with Jason Lust acting as executive producer. Mike Callaghan and Reuben Liber from Ranger 7 Films will also exec produce. While the cartoons targeted a young demo, we are aiming to make a four-quadrant adventure movie tailor-made for the comic book movie age.
Our CEO, Zareh said, “We’ve seen him as a manga, an anime and an animated movie but we’ve never seen him as a live-action movie or him as a superhero. We actually see him in the same league as an Iron Man.”
The producers also want to take advantage of the large ensemble of supporting characters and villains that were created over the decades. "We want to make it aspirational but not soft," added Nalbandian.
Read more about it in our full Press Release below
 Press Coverage:
  Sydney Morning Herald
  The Hollywood Reporter
  Daily Mail Online
枠内の画像はアニマル・ロジックのホームページのNewsに掲載されていたものです。
こちらの枠内もホームページに掲載されていた記事です。
Australian company behind The Lego Movie to take on iconic cartoon character Astro Boy and turn him into a live-action superhero
 ・Australian company are set to make a superhero film based on Astro Boy
 ・Astro Boy is a classic Japanese manga cartoon series
 ・It has sold over 100 million manga copues worldwide
 ・Australian producer Zarek Nalbandian says the film will not disappoint
 ・Nalbandian is the man behind The Lego Movie
 ・He says he is 'perplexed' they did not receive an Oscar nomination

He's the robot boy who fights evil with his superhuman strength and now the Australian company behind The Lego Movie is set to make a live-action superhero film based on the popular cartoon character Astro Boy.
With production of the second and third Lego spin-off's set to start later this year in Sydney, animation company Animal Logic has signed on to reinterpret the classic Japanese manga series Astro Boy and producer Zareh Nalbandian has promised they will not disappoint.
Having sold over 100 million manga copies worldwide, Astro Boy is the kind of film an animation producer dreams of and for Nalbandian it's a chance for him to bring a beloved and iconic character to life.
クリックすると拡大He's the robot boy who fights evil with his superhuman strength and now the Australian company behind The Lego Movie is set to make a live-action superhero film based on the popular cartoon character Astro Boy

'It is a big challenge but it’s also really exciting. It’s the kind of thing you dream of as a film-maker to be able to bring such a beloved and iconic character to life but in a way that’s never been done before,' Nalbandian told Daily Mail Australia.
Astro Boy, known in Japan as 'Mighty Atom' was created by Osamu Tezuka, who is considered the Japanese equivalent of Walt Disney.
The boy with the supernatural powers first appeared as a cartoon series from 1951 to 1968, set in a time where Japan was recovering from the atomic blasts during World War II.
Astro Boy went on to become one of the most-loved cartoon characters ever created. Since his emergence, Astro Boy has been made into a TV animation series twice. He was also turned into feature length animation in Hollywood in 2009.
Using his superpowers, including strength, jet flight, adjustable hearing and instant language translation, the cartoon character fights evil while possessing the kindness of a child.
クリックすると拡大With production of the second and third Lego spin-off's set to start later this year in Sydney, animation company Animal Logic has signed on to reinterpret the classic Japanese manga series Astro Boy and producer Zareh Nalbandian (pictured) has promised they will not disappoint

Producer Nalbandian admits that there will be high expectations for the film from avid cartoon audiences, but believes he has the opportunity to make Astro Boy as big a success as Iron Man or Guardians of the Galaxy.
'We have high expectations. We won’t make a mediocre movie, this is a once in a generation opportunity to reinterpret Astro Boy for a 21st century audience,' Nalbandian said.
'Ultimately we've got the passion and we have the commitment but we need to partner with great writers and great film-makers and I think that right combination will empower us to do what we want to do.'
Nalbandian's impressive career spans over decades with films such as Walking with Dinosaurs 3D and Happy Feet under his belt. He knows what it takes to reinterpret a classic icon and bring him to the big screen and believes Astro Boy needs to be taken into the 21st Century to be a success.
The producer believes we are living in 'an exciting time' in film for the convergence of life-action, animation and visual effects and says anything is possible.
クリックすると拡大クリックすると拡大 クリックすると拡大クリックすると拡大 クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 写真は「LEGOムービー」、「ハッピー フィート」、「ウォーキングwithダイナソー」、「華麗なるギャツビー」です。
アニマル・ロジック(Animal Logic Entertainment)が参加した作品を紹介します。
 1995年 ベイブ  Babe
 1997年 フェイス/オフ  Face/Off
 1997年 マウス・ハント  Mousehunt
 1998年 シン・レッド・ライン  The Thin Red Line
 1998年 ベイブ/都会へ行く  Babe: Pig in the City
 1999年 マトリックス  The Matrix
 1999年 ホーリー・スモーク  Holy Smoke
 2000年 タップ・ドッグス  Bootmen
 2001年 ロード・オブ・ザ・リング  The Lord of the Rings
 2001年 シャーロット・グレイ  Charlotte Gray
 2001年 ムーラン・ルージュ  Moulin Rouge!
 2001年 PLANET OF THE APES / 猿の惑星
 2002年 裸足の1500マイル  Rabbit-Proof Fence
 2002年 愛の落日  The Quiet American
 2002年 HERO / 英雄
 2003年 マトリックス リローデッド  The Matrix Reloaded
 2003年 イン・ザ・カット  In the Cut
 2004年 LOVERS / 十面埋伏
 2004年 アナコンダ2  Anacondas: The Hunt for the Blood Orchid
 2005年 ハリー・ポッターと炎のゴブレット  Harry Potter
 2005年 ステルス  Stealth
 2006年 ワールド・トレード・センター  World Trade Center
 2006年 ハッピー フィート  Happy Feet
 2006年 愛しのアクアマリン  Aquamarine
 2007年 300 〈スリーハンドレッド〉 
 2007年 28週後...  28 Weeks Later
 2008年 バンテージ・ポイント  Vantage Point
 2008年 フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石  Fool's Gold
 2009年 ノウイング  Knowing
 2010年 ガフールの伝説  Legend of the Guardians
 2011年 エンジェル ウォーズ  Sucker Punch
 2013年 華麗なるギャツビー  The Great Gatsby
 2013年 ウォーキングwithダイナソー  Walking with Dinosaurs
 2014年 LEGOムービー  The Lego Movie
 2014年 X-MEN: フューチャー&パスト  X-Men: Days of Future Past


2016年2月19日追記 タイトル : 脚本家決定で実写化再始動か

鉄腕アトムがオーストラリアのプロダクションにより実写映画化されると伝えられてから1年が経ちました。その後を検索してみました。下記の枠内が最近の代表的な記事です。検索するきっかけになったのは、昨日(2月18日)は、私の実写版鉄腕アトムの記事に62件の閲覧があり、同時に私の記事への検索ワードのランキングで「鉄腕アトム」が11番目に登場したことでした。
クリックするとオリジナル表示
『鉄腕アトム』ハリウッド実写映画化、脚本家決定で再始動
クランクイン! 2016年02月18日 11:28
日本漫画界の巨匠・手塚治虫の傑作『鉄腕アトム』が、『LEGO ムービー』を手がけたオーストラリアのアニマル・ロジック・エンターテインメントによって実写映画化されると伝えられてから1年。パニック映画『カリフォルニア・ダウン』のアンドレ・ファブリツィオとジェレミー・バスモアの脚本で始動する動きが出ているようだ。
Varietyによると、米ニュー・ライン・シネマが実写版への参加を交渉中とのこと。ファブリツィオとバスモアが脚本を執筆するために起用されたという。話がどこまで進んでいるかは不明だ。
アニマル・ロジック・エンターテインメントと手塚プロダクションのタイアップで実現するという『鉄腕アトム』実写版。『LEGO ムービー』の製作総指揮を務めたクリックするとオリジナル表示ザレー・ナルバンディアンが製作、ジェイソン・ラストと映画『ハード・ソルジャー 炎の奪還』のマイク・キャラハン、ルーベン・ライバーが製作総指揮を務めると伝えられた。
1951年に手塚治虫が発表した『鉄腕アトム』は21世紀を舞台に、交通事故で息子を失った天馬博士が作った高性能ロボット=アトムの活躍を描く。欧米では「アストロボーイ」として人気を博す。
鉄腕アトム、米で実写映画化も 手塚プロ「交渉中」
米映画誌「ハリウッド・リポーター」は17日、大手映画会社ワーナー・ブラザースの一部門が、漫画家の手塚治虫さんの代表作「鉄腕アトム」の実写映画製作に向けて「手塚プロダクション」と交渉を進めていると報じた。手塚プロダクションは共同通信の取材に対し、交渉中であると認めた。クリックするとオリジナル表示「ワーナー」側は映画「カリフォルニア・ダウン」の脚本に携わったアンドレ・ファブリツィオ氏とジェレミー・パスモア氏のコンビに脚本を依頼している。
同誌によると、映画は幅広い年代が楽しめるものを目指しているといい、契約が成立すれば手塚プロダクションも製作にかかわる見通し。
ハリウッドでは2009年に「鉄腕アトム」をコンピューターグラフィックス(CG)でアニメ化した映画「ATOM」が製作された。
【ロサンゼルス=共同】

脚本家候補の2人を紹介します。枠内がネットで紹介されていた内容です。2人は南カリフォルニア大学の同窓生で、いつもコンビを組んでいるようです。
 脚本家:アンドレ・ファブリツィオ Andre Fabrizio
イタリアのミラノで生まれたファブリツィオはオーストラリアで育った。彼はそこでロースクールを卒業し、短期間弁護士をした後、映画を学ぶため南カリフォルニア大学に入学する。映画のキャリアを製作サイドでスタートさせた後、南カリフォルニア大学の同窓生ジェレミー・パスモアと組むようになる。2014年には『コードネーム:プリンス』の脚本を執筆。共同で脚本を執筆したドウェイン・ジョンソン主演のアクションドラマ『San Andreas』は2015年5月に全米で公開となる。
 脚本家:ジェレミー・パスモア Jeremy Passmore
ワシントン州で生まれたパスモアは、映画製作を学ぶためL.A.に移住し、南カリフォルニア大学に入学した。彼の映画デビュー作はマイケル・ラパポート主演『Special』で、共同脚本と共同監督を務めた。同作は2006年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、マグノリア・ピクチャーズによって全米劇場配給された。その後も、脚本家パートナーのアンドレ・ファブリツィオと主にコンビを組んでいる。二人が組んだ近作は『コードネーム:プリンス』とニューライン製作『San Andreas』。パスモアはまた、MGMが製作した『レッド・ドーン』リメイク版の脚本も執筆した。

候補に挙がった2人の脚本家が共同で作った映画3本の動画(予告編)を紹介いたします。
 デッド・シティ

 カリフォルニア・ダウン

 コードネーム:プリンス



2016年10月11日追記 タイトル : 実写版 鉄腕アトム DVD HD版発売 予告
実写版の鉄腕アトムのDVDは2009年10月23日から1年間限定で発売されましたが、今年2016年にDVD-BOX HDリマスター版が10月28日と11月25日の2回に分けて発売されることを記載した記事のことをkojiroさんのコメントで知りました。その記事の内容の一部を下記の枠内に転記いたしました。
2016年の今回の記事→ポチッ   2009年の記事→ポチッ
実写版テレビドラマ『鉄腕アトム』
DVD-BOX HDリマスター版が発売決定
@amass 2016/07/24 01:03掲載
クリックすると拡大

1959年~1960年に放送された、手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』の実写版テレビドラマ。DVD-BOX HDリマスター版が発売決定。今回のボックスでは、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現。従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからのDVD化です。2つのボックスにわけてのリリースで、BOX1が10月28日に、BOX2が11月25日にそれぞれ発売されます


【あらすじ】
お茶ノ水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
■第1部「ZZZ団の巻」
特殊な毒ガスを用いて世界征服を企てる「ZZZ団」が、日本の箱根首相らを暗殺しようとした時、首相たちを守ろうとアトムの活躍が始まった。
「ZZZ団の巻」の他に、第2部「メキシコへ行くの巻」、第3部「フランケンとアトム」の巻を収録。
【DVD-BOX仕様】
1959年~1960年/日本/モノクロ/本編約875分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第1話~39話収録(全65話)/6枚組 (第14話、18話、19話、34話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【封入特典】
解説書
※仕様・特典内容は変更となる場合がございます
[コピーライト]手塚プロダクション/毎日放送・松崎プロダクション
発売元:株式会社ベストフィールド
販売元:TCエンタテインメント
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2016年11月28日追記 タイトル : 実写版 鉄腕アトム DVD HD版発売
kojiroさんから実際に鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2がネットで発売されているとの連絡がありました。その発売されている画面を下記に転記させてもらいました。 オリジナルはこちら→ポチッ
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画が原作
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2 甦るヒーローライブラリー 第20集 ベストフィールド
JANコード/ISBNコード:4571317711829
価格 17,060円(税込)

【鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2】
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現!
★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【仕様】
1959年〜1960年/日本/モノクロ/本編約575分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第40話〜65話収録(全65話)/4枚組 (第46話、48話、53話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
※特典内容は変更となる場合がございます

商品説明
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2
甦るヒーローライブラリー 第20集
日本中の子供を夢中にした、テレビ黎明期を代表する名作が遂にDVDで復刻!
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現!
お茶の水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
第4部 火星探検の巻(火星にとぶ)
第5部 気体人間の巻 を収録。
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現! ★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。

鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX2
【仕様】
1959年〜1960年/日本/モノクロ/本編約575分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第40話〜65話収録(全65話)/4枚組 (第46話、48話、53話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
  【キャスト&スタッフ】
<出演>
瀬川雅人、森野五郎、若原春江、シミキン(賛助出演)ほか
<スタッフ>
原作:手塚治虫
監督:志波西果、大橋秀夫、難波敏夫
脚本(脚色):岩田重利、宮川一郎、坂巻昇
音楽:長島史幸、中林淳眞、益田克幸(主題歌作曲)
制作:松崎プロダクション
  

kojiroさんのアドバイスによりBOX1のネット販売情報も枠内に転記する形で掲載いたします。
オリジナル記事→ポチッ
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX1
甦るヒーローライブラリー 第20集
日本中の子供を夢中にした、テレビ黎明期を代表する名作が遂にDVDで復刻!
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現!
お茶の水博士に引き取られた少年型ロボット・鉄腕アトムが、十万馬力と七つの力を駆使して悪に立ち向かう物語。
■第1部「ZZZ団の巻」
特殊な毒ガスを用いて世界征服を企てる「ZZZ団」が、日本の箱根首相らを暗殺しようとした時、首相たちを守ろうとアトムの活躍が始まった。
「ZZZ団の巻」の他に、第2部「アトム メキシコへ行くの巻」(ノンクレジット)、第3部「アトムとフランケンの巻」(ノンクレジット)の巻を収録。
★国産初の連続テレビ映画「月光仮面」(1958年)の翌年に制作された、特撮番組の黎明期を代表する貴重な作品が復活!
★これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの全尺を、一部音声を除き忠実に再現!!
★従来の4:3の画角では収録しきれなかった左右の映像を上下をカットすることなく取り込んでHDポジテレシネを行ったHDリマスターからの高画質なDVD化を実現!
★円谷プロダクション設立前の円谷英二と円谷特技研究所も関わった特撮の原点と称される貴重な作品!
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX HDリマスター版 BOX1
【仕様】
1959年~1960年/日本/モノクロ/本編約875分/16:9/音声:モノラル/片面2層/第1話~39話収録(全65話)/6枚組 (第14話、18話、19話、34話は原版不明のため未収録)
※仕様は変更となる場合がございます。
※オリジナル音声を一部差し替えておりますことを予めご了承願います。
【特典】
封入特典:解説書
※特典内容は変更となる場合がございます 
【キャスト&スタッフ】
<出演>
瀬川雅人、田中明夫、森野五郎、田上嘉子、寄山弘、北川国彦、富永一矢、高橋正夫、小林清志、市川治、入江たか子(特別出演) ほか
<スタッフ>
原作:手塚治虫
監督:吉川博、志波西果
脚本:渋谷五十八、岩田重利、志波裕之、コオロギハルヲ
音楽: 益田克幸、小川寛興
制作:松崎プロダクション
※開封後の返品はお受けできません。 【鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX】
巨匠・手塚治虫の日本を代表する漫画を原作に、これまでのDVD化では成しえなかったオリジナルフィルムの映像を忠実に再現
鉄腕アトム 実写版 DVD-BOX BOX1 HDリマスター版
甦るヒーローライブラリー第20集 ベストフィールド
<出演>瀬川雅人、田中明夫、森野五郎、田上嘉子、寄山弘、北川国彦、富永一矢、高橋正夫、小林清志、市川治、入江たか子(特別出演)ほか
  価格 17,963円 (税込 19,400 円) 送料無料


2016年12月14日追記 タイトル:紙人形/実写版 超貴重写真発掘
クリックすると拡大kojiroさんからのコメントによると鉄腕アトムの最初のテレビ放送である紙人形劇や、皆さんがよく知っている実写版で、初めて公開される貴重な写真や情報が秘宝特撮Vol.5(洋泉社)に掲載されたそうです。
紙人形劇に関してはスタッフインタビューと現場写真まで載っているそうです。枠内にkojiroさんのコメントを転記する形で紹介したいと思います。
クリックすると拡大 紙人形! 実写版!
 鉄腕アトムの
 超貴重写真発掘!

秘宝特撮Vol.5はアマゾン(amazon)で売られていました。→ポチッ
何と驚いた事に、今度は、実写版鉄腕アトムの第一部のお宝写真が発掘されたそうです。秘宝特撮Vol.5(洋泉社)に載りました。
何でも、原作に忠実なコスチュームの第一部の助監督をされた方が保管されていたそうで、その方の思い出話も載っていました。 それによると、驚いた事に白黒では判りませんが、第一部のアトムのラバーのブーツの色は原作と同じ赤だったそうです。 この助監督が、アトムのメークもされたそうです。 彼によると、瀬川少年は、「女の子みたいに可愛い少年」だったそうです。我々は、瀬川少年の素顔は、ヘルメットを脱いだシーンでしか判りませんが、実際に接された方の感想です。 二部以降のコスチュームに関しては、第一部のイメージを踏まえたうえで到達したデザインで、「新しい衣裳から生まれた新しいアトムの意匠」と説明していました。 可愛い少年を選んで、火星探検隊長の衣裳にまで辿り着いたという事のようです。 なお、人形劇のアトムの当時の撮影風景についても、特集で紹介されていました。初めての詳しい説明です。
今頃になって、こんな資料が発掘されるとは驚きです。
by kojiro (2016-12-14 00:36) 
ネットで掲載されていた写真を転用させていただきました。



私の記事がミドルエッジに引用してもらえていました。
 URL:https://middle-edge.jp/articles/N1M6x


2017年2月18日追記 タイトル:海外で年齢層別にリメークするワケ
手塚プロダクションが「鉄腕アトム」を海外で年齢層別に3作品をリメークする新たな戦略を打ち出したとする記事が書かれていました。最初の画像のアトムは4~6歳向けテレビアニメとして考えられている「リトルアストロボーイ」だそうです。
その記事の中にリメイクする理由が書かれていました。→ポチッ
 (1) 4~6歳向けテレビアニメ  「リトルアストロボーイ」、
 (2) 7~12歳向けCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」
 (3) 11歳以上向けの実写映画   「タイトル未定」


こちらが7~12歳向けCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」です。驚いたことに11歳以上向けは実写映画のようです。実写版のアトムに関してはこれから計画するようです。


各世代の鉄腕アトムの画像が掲載されていました。順番に1951年「アトム大使」、1963年「鉄腕アトム」、1980年「鉄腕アトム」、2003年「ASTRO BOY 鉄腕アトム」、2009年「ATOM」、2014年「ロボットアトム」
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2017年6月17日追記 タイトル:最終回はこうだった!
いつも新しい情報を教えていただいているkojiroさんから2016年8月に「懐かしの特撮ヒーロー番組 最終回はこうだった!」という本が出されたことを、2017年6月17日のコメントで紹介していただきました。送っていただいた写真とともに内容を転記する形で紹介したいと思います。送っていただいた表紙が下記です。


下記が実写版の鉄腕アトムの最終回に関して書かれていたページです。アトムが壊れたので、アトムの友達が、偽物アトムを演じたと本に書かれていたのでkojiroさんがDVDの最終回を確認されたところ健治少年と玉夫少年が瀬川少年と全く同じコスチュームを着てアトムのふりをしているという設定だったそうです。
健治少年は、悪人の前に、アトムのふりをして立っていて全身が映っていたそうです。玉夫少年は、ジュラルミンの箱の中にアトムの代わりに閉じ込められているという設定なので、体の一部しか映っていなかったそうです。健治少年は、悪党の弾丸をよけるのに、大人と一緒に動き回る姿が映っていて、1分足らずですが、まるでアトムだったそうです。
ヘルメット、レオタード風のつなぎも、体にぴったりとフィットしていたので、瀬川少年のコスチュームを借りたのではなく彼用に誂えたと思われるとのことでした。
最終回なのに、わざわざ、1分くらいのシーン用に、アトムのコスチュームを共演の子用に製作した理由は、共演の子もアトムのコスチュームを着てみたい、できれば、それで演じてみたいと言ったので、監督が、彼らの演技に感謝を込めて、プレゼントにコスチュームを製作し、偽物とは言え、アトムを演じる機会を最終回に与えたとしか思えないとのことでした。監督の競演した子供たちへの粋なプレゼントのようです。このことはアトムのコスチュームが当時の子に、人気があった証拠のようです。



追加で送っていただいた伊東少年のアトムの写真です。伊東少年のアトムの写真が「最終回はこうだった!」に掲載されていたそうです。ヘルメットやコスチュームがぴったりしているので、伊東少年用に誂えたものと思われるとのことでした。可愛い感じの伊東アトムに対して、瀬川アトムは垢ぬけて凛々しい感じです。


こちらも「最終回はこうだった!」に乗っていた写真だそうです。
初期のコスチュームは、目新しくは無いですが、こちらも体にぴったりしている事が判ります。写真はなかったそうですが、火星探検の軍服は、肩章のついたダブルのジャケットのようなデザインと紹介されていたそうです。
クリックすると拡大左の上段の写真は気体人間の巻の空飛ぶ瀬川アトムです。左の下段と右の写真は最初のコスチュームです。
クリックすると拡大
クリックすると拡大


2017年12月9日追記 タイトル:瀬川少年が出演した映画「幌馬車は行く」
いつも貴重な情報を教えていただいているkojiroさんからのコメントでクリックすると拡大瀬川少年が出演した映画「幌馬車は行く」がyou tubeで紹介されていることを教えていただいたので、追加掲載させていただきたいと思います。下記の説明や写真もkojiroさんから提供いただきました。映画「幌馬車は行く」は1960年上映されたそうで、日本中の蜜蜂と季節の花を追い、蜜を求めて幌馬車で移動する養蜂隊で、正義のためにギャング団と対抗するスペクタル巨編です。
その映画の中の子役として瀬川雅人さんが主役の故・赤木圭一郎さんと共演したそうです。映画の詳しい説明はこちらです。→ポチッ


実写のアトムで、ヘルメットを取って挨拶したころから、1.5年後の素顔となり、やはり少しお兄さんになっていると思います。帽子をかぶっているのが残念ですが、二枚目の写真など、アトムの時の写真に良く似ています。この写真を見ても、瀬川少年は、普通の少年のようです。
一緒に写っている女性は笹森礼子さんです。笹森礼子さんは結婚で1965年に引退しましたが、1960年にデビューして5年間で59以上の映画に出演して多くのヒロインをこなした青春スターでした。
昔、テレビで一度だけ、大人になった瀬川さんがインタビューを受け、アトムのコスチュームについて訊かれ、やはり、「当時、アトムのコスチュームは、恥ずかしかったですねえ。」と答えたと言うのが、ネットで紹介されていました。とはいえ、気に入っていたようです。こういう普段着とは、演じている時の気分も大分違ったのではないでしょうか。最後の写真は、アトムの後ろ姿を髣髴とさせます。
下の特撮全史の1950年~60年代のヒーロー大全/講談社に載った実写版鉄腕アトムの写真と比べると彼はヘルメットも含めてアトムのコスチュームがよく似合ったと思います。やはりアトムを演じているとかっこよかったです。
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クリックすると拡大クリックすると拡大

瀬川雅人さんの他の出演映画も紹介します。大きな写真は大出世物語の完成記念写真です。この中には瀬川雅人さんが写っているのではないかと思います。大出世物語には吉永小百合さんも出演されていました。セーラー服姿が吉永小百合さんクリックすると拡大クリックすると拡大です。
 1960年 まぼろし探偵 幽霊塔の大魔術団
 1960年 幌馬車は行く
 1961年 東京おにぎり娘
 1961年 大出世物語
クリックすると拡大

記念写真を拡大いたしました。Kojiroさんに見てもらった結果、クリックすると拡大瀬川少年は中央に座っているお父さん役の左の方で学生帽をかぶった人のようです。ネットに乗っていた大主世物語のストーリを枠内に転記させてもらいました。吉永小百合さん役の高子には武夫、信夫、行夫(or 雪子)の3人の兄弟がいましたが、その武夫役が瀬川雅人さんで、吉永小百合さんが姉役でした。
ちなみに東京おにぎり娘では若尾文子さんが演じるヒロインの弟役も瀬川雅人さんでした。
クリックすると拡大今日も六さんはリヤカーを引っ張って安井印刷株式会社へ出勤した。六さんはこの工場から出る屑を拾って生活している屑屋だ。妻が亡くなって十年間六さんは無遅刻無欠勤の働き者である。同じようにこの会社へ出入りしている闇屋の女社長広子とは犬猿の間柄だ。六さんには、高校生の高子という娘がある。なんとその恋人が安井印刷社長の御曹子健一君であった。ある日難問題が持ちあがった。六さんが会社に出入りするのはモグリであって、いままでは使丁長が見逃していてくれたのだ。ところがこんどその人が停年退職になり、折原という新しい使丁長は、六さんも広子も出入りしてはならんという命令を出したのだ。困ったのは、六さんと広子。共同の敵のために二人は手を握り合った。その時、人事係長の吉川が、三万円を出せばお出入りを許してやると言って来た。六さんがポンと三万円を投げ出したのはいうまでもない。これで、一人暮らしの広子は六さんに大きく傾きだした。しかし六さんの家に行って、広子はがっかりした。クリックすると拡大六さんの子供は高子だけでなく武夫、信夫、行夫(or 雪子)と小さいのがいたのである。しかし広子とて女、六さんの家を訪れる度にだんだんと子供が可愛くなってくるのだった。こんな時、安井印刷では一千万円の不渡手形をつかませられて、つぶれそうになった。六さんは、それを聞いて屑物から得た金を株式投資に廻してためた一千万円を、安井社長にどうぞ使って下さいと持っていった。--六さんは安井印刷の社長になった。「河野六左衛門」新調の背広を着て、自家用車に乗って表口から出勤するのである。広子は闇屋をやめて六さんと一緒になった。子供達も広子によくなついた。高子と安井君は相変らず仲が良かったが「身分が違うから」と小さくなっているのは安井君の方だった。
クリックすると拡大 父 六さん  小沢昭一
 長女 高子  吉永小百合
 長男 武夫  瀬川雅人
 次男 信夫  小沢茂美
 神田広子   渡辺美佐子
 安井健一   浜田光夫
 安井社長   浜村純
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こちらが一緒に送っていただいた特撮全史の1950年~60年代のヒーロー大全/講談社に載った実写版アトムの写真です。
後期のコスチューム。メキシコの巻の初めの頃なので、ヘルメットの角が円錐形となっている。
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上の写真を拡大いたしました。
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2018年1月6日追記 タイトル:実写版撮影時のエピソード
kojiroさんから貴重な情報が書かれた記事を紹介していただいたので掲載いたします。実写版アトムの製作が始まった初期のころに、鉄腕アトム役の瀬川少年を送り迎えしていた女性がおられました。その女性の息子さんであるアルファ156TAKさんの記事です。その記事の内容を転記する形で枠内に紹介させていただきます。オリジナル記事はこちらです。→ポチッ
TAKのブログ
主として60・70年代のサブカルチャー備忘録、時に現代社会・経済問題など…

2013-08-10 01:55:48 テーマ:60年代キッズ
「夏休みニコニコ大行進」のツベを貼った誕生日の夜に思うこと…
 母は東北のある村の生まれで、歴代村長を務める家系に育った。五女で8番目の子。長男・次男は戦死。三男が跡をとっている。実は六女と一緒に親が決めた結婚式を挙げる予定だったようだが、それがどうしても嫌で東京に出た。
 東京では住み込みで歌を習っていたようだ。師事した先生は、亡くなるまで年賀状を母のもとに届けてくれていたことを、私は覚えている。
 そこで師事する先生から言われた仕事のひとつに、実写版鉄腕アトムの主役である瀬川君の送り迎えがあったようだ。学校まで迎えに行って、テレビ局に連れて行き、収録を待って、自宅まで送り届けることだった。さほど年が違わない母に、彼はわがままを言ったり、あるいは誰にも言えない事をぶつけていたようだ。製作が始まって最初の何話までかはこのような役割を担っていたみたいだ。
 私の子供の頃は、アニメ創世記の鉄腕アトムと区別するために、実写版鉄腕アトムを「芝居アトム」と言っていた。しかし生まれた時代が違い、当然ながら実写版は記憶にない。アニメ創成期に放映された鉄腕アトムに没頭する私に、テレビ創世記を裏方の隅っこで見てきた母は、何ごことかを伝えたかったはずだ。
 当時それを言わなかったのは、父(夫)の存在があったのではないか。この裏話話を聞いたのは、父が亡くなってからだった。壮年の男となったワタシが今思うに、男女という関係で見れば、父はかなりのやきもち焼きだったみたいだ。


2018年1月20日追記 タイトル:鉄腕アトム動画サイト
鉄腕アトムの動画のまとめているサイトがあることをkojiroさんから紹介いただきました。アトムの実写版の動画を探す手間が省けるので紹介したいと思います。ポチッをクリックするとそのサイトを表示します。
  鉄腕アトム動画リスト → ポチッ
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個別に動画を表示させる画面です。クリックするとその動画を表示します。ただし2回目以降は表示されない場合は画面更新をしてください。
登録されている48の動画の中の12をランダムに表示しています。新しく表示(画面更新)するごとに12の画面が変わります。


2018年1月21日追記 タイトル:月刊雑誌「少年」のテレビニュース
kojiroさんから雑誌少年の中のコラムで鉄腕アトムが載っていたテレビニュースの写真を3枚送っていただいたので追加掲載させていただきます。
1959年7月号には当時の放送局と放送時間が書かれていたので枠内に転記いたしました。鉄腕アトム以外に矢車剣之助や遊星王子や怪人二十面相や怪傑黒頭巾もテレビ放送されていたようです。
T.V. NEWS 少年 テレビニュース
鉄腕アトム
 毎月曜日、午後6時15分より6時45分まで、ラジオ中国・ラジオ高知テレビ。
 毎土曜日、午後6時15分より6時45分まで、フジテレビ・九州朝日放送テレビ。
 毎日曜日、午前10時より30分、毎日テレビで放送中。
ぼくは無敵だ 鉄腕アトム よいこのために たたかうぞ かったつもりか まけやしないぞ さあ こい悪者 やってこい ジェット推進 十万馬力 ぼくは 鉄腕アトム 七つの威力を もっている
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こちらは1959年8月号に鉄腕アトムの衣装が替わった時の記事です。書かれている内容を枠内に転記いたしました。アトムの絵が描かれたアトムシャツも売られていたようです。今、このアトムシャツを持っていると「開運!なんでも鑑定団」に出れるかもしれません。
  アトムの衣装かわる
テレビのアトムの衣装が、こんど、上の写真のようにかわりました。(右の少年がきているのは新型アトムシャツ)右の古い石用より、評判がよいようです。
  アトムシャツ59年型
昨年の夏も大評判だった、アトムシャツの新型ができました。去年のものより、色数がふえ、立派になっています。ねだんは、おくりちんとも、七才用390円、九才用420円、十一才用450円です。ほしい人は東京都台東区浅草三筋町一ノ十九番地「吉装」へ現金書留で申し込んでください。
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クリックすると拡大以前に紹介した右のアトム少佐の写真(クリックすると拡大)と比べてもらうと分かりますが、今回(1960年2月号)のアトム少佐の写真は画数の高い写真となっていて非常に鮮明です。コスチュームの質感がよく判ります。
この時1960年は鉄人28号や海底人8823(かいていじんはやぶさ)もテレビに登場していたようです。
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2018年1月21日追記 タイトル:月刊誌「少年」のテレビでのアトムの紹介
kojiroさんからさらに雑誌少年のアトムに関する写真とテレビの鉄腕アトムに関する記載内容を送っていただいたので追加いたします。あの頃はテレビアニメがまだ放送されていなかった時代なので、実際に人が演じても「アニメに対する実写版」という認識はなかったようです。各号の左側は同じように見えますが、書かれている文章が違うので見比べてみてください。
昭和34年1月号付録(1959年)
テレビの実写版の鉄腕アトムの放送前ですが製作は始まっていたそうです。左側の画面に「アトムのテレビはじまる 毎日テレビ大阪 12月はじめから」と書かれています。
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昭和34年4月号付録(1959年)
1959年3月発行の本4月号で「テレビのアトムが始まる。」と紹介されていたそうです。こちらでは「アトムのテレビもうじきはじまる 毎日テレビ大阪 どうぞおたのしみに」と書かれています。
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昭和34年8月号付録(1959年)
本書で「テレビでも大評判」と説明されていたそうです。こちらでは「アトムのテレビ大評判! 東京 フジテレビ毎週土曜日 大阪 毎日テレビ毎週金曜日 午後6時15分から6時45分まで もうじきはじまる 毎日テレビ大阪 どうぞおたのしみに」と書かれています。
クリックすると拡大クリックすると拡大

昭和34年10月号付録(1959年)
本書でも「テレビでも大評判」と説明されていたそうです。
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昭和35年1月号付録(1960年)
本書でも「テレビでも大評判」と説明されていたそうです。こちらでは「アトムのテレビ大評判! 東京 フジテレビ毎週土曜日 大阪 毎日テレビ毎週金曜日 午後6時15分から6時45分まで 九州朝日放送(土曜日) ラジオ中国 ラジオ高知(月曜日)でも放送中」と書かれています。
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昭和35年2月号付録(1960年)
こちらでも「テレビで大評判」と書かれていた上に、少年の漫画より、人気があるかのような説明になっていたそうです。この号は、火星探検隊長になったアトム少佐がグラビアで、「かっこ良いと大評判」と紹介されていたそうです。従って漫画よりも人気が出たという事かもしれません。こちらでは「アトムのテレビ大評判! 東京 フジテレビ毎週土曜日 大阪 毎日テレビ毎週金曜日 午後6時15分から6時45分まで 毎週日曜日、岩手放送と九州朝日放送 沖縄テレビ、毎週月曜日、ラジオ中国からも放送されます。」と書かれています。
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浜宿の山車の「のの字廻し」 佐原の大祭 2018年7月14日  [佐原 潮来]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大千葉県香取市佐原で2018年7月13日~15日に行われた「佐原の大祭」の7月14日(土曜日)の18時30分から20時まで、10台の山車(だし)の連続「の字廻し」が行われ、今までに4つの山車の「のの字廻し」を紹介いたしました。今までに紹介した山車は上仲町荒久本川岸八日市場です。八日市場の次は浜宿の山車でした。本記事では5番目の浜宿の山車の「のの字廻し」を紹介いたします。浜宿のあとは寺宿、田宿、仁井宿、船戸、下仲町の順番に行われました。浜宿の山車の上に乗っている飾り物は武甕槌命(たけみかづちのみこと)です。武甕槌命は日本神話に登場する神で、雷神かつ剣の神とされています。クリックすると拡大右上の図をクリックすると佐原の大祭のパンフレットの中の詳細スケジュールを表示します。上の写真は寺宿通りに並ぶために細い路地から寺宿通りに入ってくるところです。浜宿の山車だけ沢山の紙が貼られていました。紙には寄付した人の名前と金額が書かれていました。

寺宿通りの定位置について「のの字廻し」の準備のために寄付金の紙を外しているところです。18時が近づくと提灯を取り付けて明かりを入れます。
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浜宿の山車の前に鯉の飾りの八日市場の山車が並んでいます。その前に女性の神である天鈿女命の飾りの本川岸の山車が並び、その前に経津主命が飾られた荒久の山車が並び、その前に太田道灌の飾りの上仲町の山車が並んでいます。写真をクリックすると確認出来ると思います。
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八日市場の山車の「のの字廻し」が終わると浜宿の山車が入ってきました。浜宿は周りを取り囲む女性陣が多かったように感じました。
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のの字廻しの位置決めをしているところです。前輪右側に差し込んだ棒を中心に右回転させます。
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のの字廻しは5回転(約3分30秒)行われます。その中の28秒間の動画を紹介します。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。他の地区と、また違った雰囲気を感じてもらえると思います。またお囃子や掛け声も聞くことが出来ると思います。


アニメーションGIFでも紹介します。連写した写真を連続で表示させています。
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上でも紹介した通り応援がすごかったので、その雰囲気を紹介するために何枚か写真を掲載いたします。
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女性陣は扇子で。男性陣は提灯で掛け声をかけながら応援していました。3枚連続で同じ角度の主審を紹介します。
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これは2枚目です。
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こちらは3枚目でする
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左側の方も紹介します。女性陣が多いのが分かってもらえると思います。
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元の角度の写真に戻しました。
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山車を回転させる若連の人達です。一番体力を使う仕事だと思います。
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若連の頑張りをアニメーションGIFでも紹介します。
クリックすると拡大した静止画を表示します。
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63枚を連写で撮りましたが掲載出来るのはファイル容量が2MBまでのために477x318ピクセルの画面では約20枚しか連続表示できないのです。上のGIFは63枚の前半の21枚で、下のGIFは後半の19枚です。したがって63枚の全GIFを小さな画面で右に紹介します。こちらもクリックするとそれぞれ別の拡大した静止画をクリックすると拡大表示します。
それぞのGIFの容量は次の通りです。
 上:1.99MB 21枚 幅:477pixel
 右:0.82MB 63枚 幅:150pixel
 下:1.97MB 19枚 幅:477pixel
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こちらが上のGIFをクリックして出てくる3つの静止画(写真)です。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

廻り終わって交差点から出ていくところです。
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のの字廻しの車輪の後がくっきりと残っています。浜宿の山車が終わって丁度半分(10台中5台)が終わりました。この時、19時10分でした。
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佐原駅で配られていた佐原の大祭の山車と人形などの飾りの説明部分です。青枠の部分が今回の山車に関する部分です。クリックすると文字の読める大きさに拡大いたします。
 ① 山車の制作年    :平成09年(1997年)
 ② 飾り物の制作年/作者:昭和12年(1937年)/鼠屋
 ③ 額の文字      :柔和(にゅうわ)
 ④ 一口メモ      :山車彫刻は嘉永元年から四年間かけて制作され
              たもの。
 ⑤ 担当の下座連    :与倉芸座連
 ⑥ 地区        :浜宿(はまじゅく)
 ⑦ 飾り物       :武甕槌命(たけみかづちのみこと) 
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ダイモンドヘッドに登りました。 [ハワイ]

IMG_6967-50.jpg写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ダイヤモンドヘッド(Diamond Head)はワイキキの町の南東にあります。そのダイヤモンドヘッドにハワイ旅行の2日目の朝に登ってみました。上の写真は6日目にパンチボウル(Punchbowl)から撮ったダイヤモンドヘッドです。手前のビル群はワイキキの町です。ダイヤモントヘッドの右端の最も高いところに登りました。

ダイヤモンドヘッドは、この航空写真のように火山の火口の周囲のリング状の山なのです。約40~50万年前に出来たダイヤモンドヘッドは火山活動で噴出した火山砕屑物が火口の周囲に積もって丘を形成して出来た火山砕屑丘だそうです。クリックすると拡大山の外側は傾斜がきつく道もないことから、外側からは登れません。トンネルで内側の火口に入り内側から登るのです。下の写真はダイヤモンドヘッドへの登山道の説明板にあった写真で、右の写真ははWikipediaから転用させて頂いただきました。矢印(↓)が頂上です。
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路線バスはトンネルの内側まではいかないことから、ホテルからダイヤモンドヘッドの内側まではタクシーで行きました。観光用のトロリーバスはトンネルを通って内側まで行きますが、午後からは別の場所に行く計画を立てていたことから時間優先のために行きも帰りもタクシーにいたしました。
  ニューオータニ・カイマイビーチ・ホテル
  ダイヤモンドヘッド Fire Control Station
 ━━ ダイヤモントヘッド登山道ルート
 ━━ タクシールート ホテル~ダイヤモンドヘッド火口
 ━━ トンネル


こちらが外側からダイヤモンドヘッドの内側に入るトンネルです。トンネルを歩いている人も沢山おられました。乗用車の前を走っているのが観光用のトロリーバスです。
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ここで入山料1ドルを払います。
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写真に見えているいるのがダイヤモンドヘッドの最高峰の部分で、皆さんが目指すところでもあります。駐車場には沢山の車が停まっていました。
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こちらは観光用のミニレンタカーではないかと思われました。前輪が2つで後輪が1つの三輪車でした。
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ここが登山道の入口です。火山の火口が登山ルートの出発地点なのは世界的には珍しいと思います。ダイヤモンドヘッドのように約40~50万年前に出来た火山は、日本ならば今でも活動する可能性があるので危険ですが、ハワイ諸島全体が北西に移動していることからオアフ島の下にはマグマは無くて、今はハワイ島の南東半部の下にマグマがあるのです。したがってオアフ島の火山の火口は安全なのです。
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その入口に「DIAMOND HEAD STATE MONUMENT」が建てられていました。この時、9時でした。
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最初はこのようななだらかな道が続いていました。
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出発地点にはゴミ箱が設置されていました。一般ゴミ用とボトル&缶用の2種類でした。
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ダイヤモンドヘッドに関する質問形式の看板が建てられていました。
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これから目指すところどす。ダイヤモンドヘッドの名前は空から見た形がダイヤモンドの指輪に似ているからだと思っていましたが、実は19世紀にイギリスの水夫たちがこの山を登った時に火口付近の方解石の結晶をダイヤモンドと間違え「ダイヤモンドヘッド」と名付けたと言われているそうです。 ハワイの先住民は「マグロの額」という意味でハワイ語でレアヒ(Lēʻahi)と呼んでいるそうです。
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登山道沿いにはマメ科の木が沢山生えていました。
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なだらかな道が続いていますが、山の部分に近づいていることが感じられる景観となってきました。
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休憩している人たちも見かけるようになってきました。
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山道になってきました。
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頂上付近が見える景観になってきました。
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火口周辺の低い部分から外側の景色も見えてきて、かなり高くまで登ってきたことが感じられる景観にもなってきました。
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溶岩と思われる岩を登る道になってきました。
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振り返ると登ってきた道が見えました。
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上を見るとまだまだ道が続いていました。
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道の途中に見晴らし台がありました。
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その見晴らし台の場所にはウインチが設置されていました。昔にこれで荷物を上げたのでしょうか。
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さらに上りが続きました。
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急な階段になってきました。
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その階段を登りつめると岩をくりぬいたトンネルがありました。
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トンネルの内部です。
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トンネルを抜けるとコンクリートでできた急な階段が続きました。頂上に近づいてきている実感が湧いてきました。階段段は99段だそうです。
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急なコンクリートの階段を登りつめるとコンクリーのトンネルがありました。
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トンネルの先には螺旋階段がありました。どれだけ登ると頂上に着くのだろうと少し不安にしてくれました。螺旋階段は52段だそうです。
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螺旋階段の辺りは1910年に作られた軍事施設のFire Control Station(射撃統制所)だったのです。1900年代(20世紀)に入り、海が一望できるダイヤモンドヘッドはオアフ島の沿岸防衛に理想的な場所とされ、1904年に連邦政府に買い上げられたのち、1908年から1943年まで大砲の砲台などが据え置かれ、軍事要塞化され、山の尾根には沢山のトーチカ(コンクリート建造物)が作られました。ただし現在まで1度も使われることはありませんでした。上で紹介のコンクリートの階段やトンネルは軍事施設の一部だったのです。Fire Control Stationを横から撮っていなかったのでネットから転用させていただいたのが右の写真です。Fire Control Stationは4階建で山の一部に偽装されていて、後で作られた思われる山頂展望台がなければ射撃統制所であることは、海からは判らなかった思われます。上から
   Observation Deck(山頂展望台)
 4階 Groupment Command Post “Battle Commander’s” Position
 3階 Primary Station, Observation Post Battery HARLOW
 2階 Secondary Station, Observation Post Battery Randolph
 1階 Secondary Station, O.P. Ft. DeRussy, “Fire Commander’s Position”
です。

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螺旋階段を登りつめると、やっと外の光が見えてきました。
上の図のPrimary Stationの階です。
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施設内からの景色です。西北西方向の景色です。
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南南西方向の景色です。この時、9時32分でした。上り始めた火口のモニュメントの場所がちょうど9時だったので、ここまで32分でした。
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建物の外に出ました。そこには青い海が広がっていました。
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南東方向です。
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沢山の人が写真を撮っていました。右の部分がコンクリート構造物です。
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ワイキキの町が見えます。我々の泊まっているホテルも見えました。
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ワイキキの町の方向の景色を拡大いたしました。左の白い建物が我々の泊まったホテルがあるところです。
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そのホテルの建物群を拡大いたしました。この建物群で最も右端の建物が我々の泊まったホテルです。
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ワイキキの町を拡大いたしました。
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我々が泊まったホテルの辺りからダイヤモンドヘッドの頂上付近を撮った写真です。右側の高いところが山頂の展望台です。その山頂の展望台の地下が、上で紹介した太平洋戦争前からの軍事施設Fire Control Stationです。Fire Control Stationから山頂の展望台に登りました。左側の高い部分はトーチカの屋根の上です。
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Fire Control Stationから頂上展望台の方向に向かう道です。
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頂上展望台へ向かう道の途中から別の軍事施設(トーチカ)が見えてきました。施設の上に人が沢山立っていました。この近くに1943~1944年に建設されBattery 407と呼ばれる軍事施設には海に沈んだ戦艦アリゾナの主砲(35.6cm砲)を設置する計画がありトンネルや砲台は完成しましたが、主砲の周辺機器が使用不可能であったことからダイヤモンドヘッドに主砲が設置されることはありませんでした。ただし後部3番、4番砲塔は無傷のままだったためにオアフ島の東海岸に設置されてペンシルベニア砲台と命名されたそうです。
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これがダイヤモンドヘッド頂上の展望台からの景色です。素晴らしい景観でした。標高は232mです。出発地点の火口の標高はGoogle地図で確認すると64mのため標高差は168mとなります。
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ここからはワイキキの町全体を見ることが出来ました。
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登山道以外は歩くのは禁止です。ホテル近くから撮った写真では軍事施設(トーチカ)の方にも人が行っていました。
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軍事施設(トーチカ)とワイキキの町です。
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やはり海がある景色はきれいです。
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トーチカを拡大いたしました。頑丈そうな構造から、かつては軍事施設であったことが感じられます。
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ダイヤモントヘッドに関する説明板も設置されていました。上で紹介したFire Control Stationの断面図は、この説明板の写真から切り取りました。
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ダイヤモンドヘッドの内側の火口部分です。建物がある部分が出発地点です。
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頂上の展望台から降り始めました。
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人が立っている場所の下にもコンクリートの建物がありました。実はこの場所は立ち入り禁止になっているのですが、景色がいいためか人が入っていました。コンクリートの設備はFire Control Stationから頂上展望台の方向に向かう道から見えたトーチカです。
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下山方向に進むと別の展望台に行く道があったので、そちらの展望台にも行ってみました。この写真は戻るときに撮ったもので向こう側からこちらに来たのです。
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これが今回のルートで最も東側の展望台です。
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東方向です。遠くに岬が見えています。岬はココヘッドで、ココヘッドの付け根にある山はココクレーターです。この日の午後にこちらの方向に行ってみました。
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上の写真の一部を拡大すると軍事要塞の名残のトーチカが写っていました。
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Google地図の3Dで確認すると尾根のトーチカだけでなく、その下の中腹にも大型のトーチカが作られていました。大型の大砲が設置されていたものと推測されます。ちなみにトーチカはロシア語(точка)だそうです。


クリックすると拡大この施設の写真はネットでは見つからなかったので拡大したハードコピーを掲載いたします。クリックすると広範囲を表示します。この施設が日本軍の奇襲で沈没した戦艦アリゾナ(USS Arizona)の主砲を設置する予定だったBattery 407なのかどうかは現時点では分かりません。
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出発地点の写真です。左端に外側から火口に入ってくるトンネルが写っています。
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ここは中腹部分です。
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火口部分に下りてきてあらためて頂上付近の写真を撮りました。
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冷たいものを飲んだ後にタクシーに乗ってホテルに戻りました。ホテルに着いたのは11時10分でした。ホテルを出発したのは8時45分だったので2時間25分でダイヤモンドヘッドを満喫できました。
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山頂付近の登山ルートや展望台を紹介します。太い鶯色と薄紫色でトンネルと階段を表しています。Fire Control Stationからはオレンジ色ルート(━━)で下山いたしました。
  ダイヤモンドヘッド山頂展望台 Fire Control Station
  ダイヤモンドヘッド東側展望台
  登山道途中の見晴らし台
  トーチカ
 ━━ 登山道
 ━━ 山頂付近散策ルート
 ━━ トンネル      ━━ 階段

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泊まったホテルの朝食 エッグベネディクト(Egg Benedict) [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ハワイに着いて最初の朝食は泊まったホテルのレストランで食べることにいたしました。その日の行動の作戦会議でもあるのです。レストランのはホテルの前のカイマナビーチに面して作られていました。泊まったホテルで朝食を食べたのは計3回で、その1回目の朝食でもありました。

今回座った場所からの景色です。レストランの中に大きな木があるのが特徴で、そのためかレストランの名前にはHau Tree Lanai(ハウツリーラナイ)が付けられていました。
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飲み物はハワイらしくパイナップルジュースを頼みました。 もちろん生ジュースです。
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私が頼んだのはレストランの名物料理であるClassic Egg Benedict (エッグベネディクト)です。エッグベネディクトが2個にポテトとパイナップルが添えられていました。
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エッグベネディクトはグリルしたイングリッシュマフィンの上に、ターキーとカナディアンベーコンと半熟のポーチドエッグをのせて、オランデーズソースをかけたものです。
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エッグベネディクトを切ってみた写真です。半熟玉子が流れ出ておいしさを伝えてくれました。
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家内が選んだのがカイマイ ブレックファースト(kaimana Breakfast)でした。玉子は2個使われています。ベーコンが乗っていますが、ベーコン、ハム、スパム、ソーセージの中から選ぶのです。パンはホールウィートかホワイトトーストを選択します。ポテトの代わりにライスを選ぶことが出来ます。
私と家内は別のものを頼んでいますがシェアーしていただきました。ハワイは1皿の量が多いので、1皿を2人でシェアして食べるのが。量的には丁度良いのですが、いろんなものを食べたいので、それぞれ1皿を選んだのです。
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これは冒頭の写真で、食べ終わった8時の写真だったのです。我々が食べ始めた時には空いたテーブルがありましたが、食べ終わった8時には満席で朝食を食べに来た人たちの行列が出来ているほどだったのです。後でわかったことですが、別のホテルから食べに来る人たちが多いことが判ったのです。
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場所を紹介します。
 店名 Hau Tree Lanai ハウツリーラナイ
 場所 ニューオータニ カイマナビーチホテル
    The New Otani Kaimana Beach Hotel
 住所 2863 Kalakaua Avenue, Honolulu, Oahu, HI 96815
 電話 +1 808-921-7018
 営業 7:00~21:00
 定休 無休
  Hau Tree Lanai(The New Otani Kaimana Beach Hotel)

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ハワイ旅行の初日の夕食はロブスターテールとガーリックシュリンプ  [ハワイ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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これがハワイの料理です。ハワイ旅行の1日目の夕食は娘が友人から教えてもらったシーフードの人気店「Blue Water Shrimp and Seafood」に行ってみることにいたしました。ホノルル美術館からホテルに戻ってきてビーチに出る前にホテルの人から電話してもらい19時に予約してもらうように頼みました。ところがレストラン人の回答は予約は出来ないけれども早めにくれば大丈夫とのことでした。

1日目のため場所が判らないのでタクシーで行くことにして、18時にタクシーを予約してもらいました。タクシーの運転手にはホテルの人から行き先を説明してもらいました。一方通行が多いために一見は遠回りのタクシールートになっています。
  Blue Water Shrimp and Seafood(1日目夕食)
  泊まったホテル(The New Otani Kaimana Beach Hotel)
  LuLu's Waikiki(3日目朝食)
 ━━ タクシールート


レストラン(Blue Water Shrimp and Seafood)について予約が出来ない理由が判りました。ファーストフード店のように並んで料理を注文するタイプのお店でした。確かに人気店で、写真を撮った時は並んでいる人は少なかったけれども、ほとんどは店から溢れるほど並ぶ状態だったのです。そんなことから問題がありました。テーブルを確保しないと食べれないのです。お店の外に沢山のテーブルが置かれているのですが、テーブルが空くのを待っている人が多いために簡単には確保できないために、並んで注文しても料理が出来上がった時に座れている保証がないために、テーブルを確保してから並ぶことになるのです。そのために沢山並んだ人も、ほとんどの人が諦めて離れていきました。諦めようか悩んでいる時に目の前のテーブルが空いて、テーブルを確保することが出来たのでした。
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こちらがメニューです。シーフード以外にもいろんな料理がありましたが、食べる料理は行く前からシーフードと決めていました。近くのホテルに泊まっていればテイクアウトして部屋で食べれば確実に食べれます。
メニュー区分は次の4つでした。
 TEASERS      Appetizers
 SURF       Seafood
 FRESH CATCH   Fish
 TURF        Meat 
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こちらがメニューの中のシーフード(Seafood)の部分です。お店の一番人気のGarlic Shrimp(ガーリックシュリンプ)とLobster Tail(ロブスターテール)を頼みました。片道のタクシー代はチップも入れてロブスターテールより少し高い程度でした。
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並んで注文すると、このカードを渡されるのでテーブルの上に置いておくと店員さんが出来上がった料理を持ってきてくれます。
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これがLobster Tail(ロブスターテール)で名前の通り伊勢海老のテールと呼ばれるものをグリルしたものです。テールと呼ばれていますが、日本では身が沢山詰まった胴の部分です。Brazilian Rookという名前が付けられた料理でした。ステンレスの容器に入ったタレをつけて食べました。
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ロブスターテールの部分を別角度から拡大いたしました。これは食べごたえがありました。
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上の写真をクリックすると拡大しますが、クリック乃面倒な方のために拡大写真を掲載します。クリックするとさらに拡大いたします。
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こちらがお店で一番人気のGarlic Shrimp(ガーリックシュリンプ)です。サラダとトーモロコシに加えて、白米のご飯もついていました。
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ガーリックシュリンプの部分を拡大いたしました。実は高級店でも入れる服装で行ったのですが、その必要は全くありませんでした。でも味は、人気店というだけのことはありました。帰りはバス一日券があったのでバスで帰りました。お店を紹介します。
 店名 BLUE Water Shrimp 又は Blue Water Shrimp and Seafood
 住所 Rainbow Bazaar 1st Floor, 2005 Kalia Rd, Honolulu, HI 96815
    Hilton Hawaiian Village内
 電話 +1 808-955-5400
 営業 9:00~23:00
 定休 無休
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追伸
2018年8月3日から関西に行ってきます。家に帰ってくるのは8月14日です。関西に行っている間はネット事情の関係で皆様のところに訪問出来ないことをお許しください。
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