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正月2日は家内の実家に8人が集まりました。 [新年]

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2018年1月1日には私の実家(宝塚/兵庫県)に家族が集まりました。1月2日は家内の実家(千里/大阪府)に移動いたしました。家内の妹家族も集まったことから計8人となりました。
前々回の記事で報告させていただいたように、正月に集まるのは6年ぶりでした。子供たちは両方の実家で正月を過ごしますが、家でワンコが留守番しているので12時間以上家が空かないように、1日と2日の間で家内と私が交代するのです。そのために昼間にほんの僅かだけ実家で会えるだけで、夕食を一緒に食べることはありませんでした。今回のように家内と私も一緒に両実家で正月を過ごすのは18年ぶりでした。
今回は北海道の長男家族が来れなかったのと、一人がスペイン旅行に行っていたので、全員が集まっていれば12人となっていました。
クリックすると拡大家内の実家では上の写真のように夕食用に松葉ガニ(ずわいがに)が用意されていて、かにすき(かに鍋)にいたしました。美味しい夕食に話が弾んで、皆での記念写真を撮り忘れたので、少し前にみんなが集まって同じように食事をした時の写真を左に紹介します。

これが蟹です。パッケージのまま撮った写真です。ズワイガニ(楚蟹)の雄と雌は甲羅の大きさで2倍以上の違いがあることから漁獲される地域で、雄と雌に下記のような別の名前が付けられているそうです。ズワイガニの分類を紹介します。右の活きズワイガニの写真は以前に撮った写真です。→記事
なお、マツバガニは一般的にズワイガニの俗称ですが、オウギガニ科にマツバガニが正式名の別種のカニがいます。
  雄:マツバガニ、エチゼンガニ、ヨシガニ、タイザ(タイザガニ)など
  雌:セコガニ、セイコ(セイコガニ)、メガニ、オヤガニ、コッペガニ、
    コウバコガニ、クロコなど
 界  動物界       Animalia
 門  節足動物門     Arthropoda
 亜門 甲殻亜門      Crustacea
 綱  軟甲綱(エビ綱)   Malacostraca
 目  十脚目(エビ目)   Decapoda
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 下目 短尾下目(カニ下目) Brachyura
 科  ケセンガニ科    Oregoniidae
 属  ズワイガニ属    Chionoecetes
 種  ズワイガニ     C. opilio
 学名 Chionoecetes opilio (O. Fabricius, 1788)
 英名 Snow crab
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有名店の中華料理も用意されていました。これは酸辣湯(サンラータン)です。
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こちらはエビチリです。他にも麻婆豆腐など沢山出てきましたが話が盛り上がってしまって写真を撮り忘れてしまいました。いつも撮っている鍋や食べる寸前の蟹の身も撮り忘れました。
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お酒もいろいろいただきました。真ん中のお酒は姪っ子が持ってきてくれたユズ酒です。名前は「ぷちしゅわユズ酒 ちょぴっと乾杯」です。
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自慢のお酒も出てきました。銘柄は玉乃光・純米吟醸・生原酒でした。新米新酒だそうです。大きな鍋もちょこっと写っています。
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もちろん締めにはカニ雑炊(おじや)を作りました。雑炊の上に乗っているのは牛蒡の漬物です。
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タグ: 正月
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元旦の夕食はヒレステーキでした。 [新年]

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前記事で6年ぶりの実家での正月だったことを紹介いたしました。その実家での2018年元旦の夕食はステーキにいたしました。なんといっても子供たちが一番好きなのが山垣畜産(神戸市北区)のヒレステーキなのです。
クリックすると拡大そのために12月29日にヒレ肉(ヘレ肉)を買いに西宮北口駅の近くにある山垣畜産・アクア西宮店に行列覚悟で行きました。開店30分前でしたが、すでに50人くらい並んでいました。12月28日に行けば苦労なく帰るのですが、食べるのが1月1日なので少しでも新しいものを買いたくて12月29日に行きました。
クリックすると拡大12月30日も開店しているのですが、さらに込み合うことが予想されることから、そこまでの勇気はありませんでした。12月31日の午前中も開いているそうですが、ヒレ肉が無くなるかもしれないので、やはり12月29日となりました。
右の2枚の写真は以前(2015年12月29日)に行列して買った時の写真です。その時の記事も掲載いたしました。→ポチッ

これが買ってきた特上ヘレ肉です。100gが1800円ですが、この肉質のものを他の店で買うと2500円以上になってしまうのです。ただし少し前までは1050円で、毎年値段が上がってしまいました。1050円の時は、ほんとうにお得な感じでした。特上ヘレ肉以外も試しに1500円以上の肉を何種類か食べてみましたが、特上ヘレ肉にはおよばないことが分かったので、最近は迷わずに特上ヘレ肉を買うことにしています。
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これが特上ヒレ肉の塊1kgです。
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25mm厚さに切るとステーキが10枚とれました。調味料としてはコショウをかけました。5人なので1人あたり2枚ですがお袋は1枚なので子供たちは2枚半となりました。
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先ずはニンニクのスライスを牛脂で焼きました。今回はスライスしないニンニクも焼きました。ニンニクをとりだした油で肉を焼くのです。
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大きめのフライパンで焼けるのは7枚が限度なので、残り3枚は食卓の上に置いたホットプレートで食べながら焼くことにいたしました。その方が熱々が食べれるからです。
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クリックすると拡大肉が焼きあがった後の肉汁に赤ワインとウスターソースを入れて煮込んだソースをステーキにかけました。事前に焼いたニンニクはステーキに乗せました。肉を焼くのは私の役目なので、右の写真では私はエプロンしたままです。
6年ぶりの実家での元旦の夕食は、ヒレステーキでした。
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今回はウエルダンくらいになりました。柔らかな肉なのでしっかり焼いても驚くほどの柔らかさでした。
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ステーキ以外にセロリとニンジンとキュウリとチーズを細く切ったものと貝割れを用意いたしました。
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上の材料を各自が海苔を巻いて海苔巻きサラダを作るのです。チーズに味があるので、少し塩をふりかけるだけです。
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思い出深い初詣になりました。 [新年]

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2018年の正月は6年ぶりに実家(兵庫県宝塚)で過ごしたことは前記事で紹介いたしました。上は正月のおせち料理の写真です。ただし、急に実家に集まって正月を過ごすことになったので、お雑煮以外で家内が作れたおせち料理は2品だけでしたがスーパーなどで買って、上のおせち料理をそろえて元旦の朝を迎えました。お屠蘇は用意できませんでしたが、もちろん日本酒を用意いたしました。母と家内と私と次男と末娘の5人の正月でした。北海道に住んでいる長男家族(3人)は会社に入って初めて正月に仕事が入ってしまったので来れませんでした。もし来れていれば8人での正月でした。

こちらは元々お袋が自分用だけに予約してあったおせち料理で、1月31日に「フジッコ」から届いたものです。量は少ないけれどもいいアクセントになりました。
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シマアジとヒラメの刺身は12月31日の夕方に買ってきました。元旦の朝でも新鮮でした。
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こちらが12月31日に家内が作った筑前煮(煮しめ)です。筑前煮は普段から作りなれているので味はなかなかのものなのです。金時人参と椎茸は正月用に居れたようです。
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この中の焼き豚は千葉で作って持ってきました。
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数の子と田作り(ごまめ)は普段だったら家内が作っているのですが、今回は私がスーパーで質が一番よさそうなものを買ってきました。南天とハランの葉は千葉の家から家内が持ってきました。
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こちらの広島菜の漬物は12月26日に山口県に母一緒に墓参りの時に買いました。全部で3袋買ったので千葉に持ち帰るほど十分にありました。
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やはりお雑煮がメインです。
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朝ご飯を食べた後は通称「宝塚の聖天さん」と呼ばれている七宝山了徳密院に初詣に行きました。ホームページ等では「東寺真言宗 宝塚聖天 七宝山了徳密院」と書かれています。
お袋は車椅子使うほどではないけれども足が少し悪くて長時間は歩けません。今、北海道に住んでいる私の長男が転勤になる前は関西に住んでいたので、その長男の車で初詣をすることが出来ました。今回は車が無いので1月1日だけ車椅子をレンタルいたしました。レンタルは1ケ月単位(1日~31日)となるので、少なくとも12月31日には用意しなければならないため2ケ月分のレンタル料になるとのことでした。利用は1月1日だけでしたが、休みもあり12月28日に持ってきてもらい1月4日に引き取ってもらいました。特に交渉しなくても結果的には1ケ月分のレンタル料になりました。市の補助もあり700円でした。
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家から聖天さんまでの距離は900m ですが60mの高低差があります。階段などがあるとルートを考える必要があるため元旦の朝食前に下見に行ってきました。誰もまだ初詣には来ていませんでした。鳥居の扁額には宝塚聖天と書かれています。
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幸いにも階段はなく賽銭箱の前まで車椅子で行けることが確認出来ました。真っ赤な幟には大聖歓喜天と書かれています。大聖歓喜天は「だいしょうかぎてん」と読むようです。正しくは大聖歓喜自在天(だいしょうかんぎじ ざいてん)で大聖歓喜天や聖天と呼ばれているようです。
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さっそく皆で出発いたしました。平均で6.6%の坂道で、急なところもありました。実際に歩いた印象では1000mの距離で高低差は100m以上でしたが、記事を書くためにGoogle地図で確認したところ高低差は60mであることがわかりました。
聖天さんに着いて驚きました。長蛇の列だったのです。下見の時は誰もいなかったので予想を超える行列でした。最初は3枚目の写真のように車椅子も並んでいましたが、前後の人に迷惑がかかるので私とお袋だけ先に進ませてもらってみんなが来るのを待ちました。みんなが集まったところで4枚目の写真のようにお参りをいたしました。ちなみに寺が「お参り」で神社が「お詣り」です。「お参り」の後は5枚目の写真のように無料で振舞われている甘酒をいただきました。6枚目の写真は家の近くに戻ってきたところです。



これが行列です。
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写真の建物が本殿です。正月気分にさせてもらいました。車椅子を借りることで出来た初詣でした。
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参考にGoogle地図の高低差表示の例を紹介します。ずばり実家からではなく類似の場所からの表示にさせていただきました。また実際の表示はもっと縦長ですが一部を省略して高さを詰めました。下の画面のハードコピーをクリックすると富士山に登る例を表示します。
   
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6年ぶりに実家に家族が集まった大晦日の夕食は、恒例のフグでした。 [新年]

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今年2018年の正月は6年ぶりに実家(兵庫県宝塚)で過ごしました。家内も一緒の家族が集まったのは18年ぶりとでした。2000年5月28日に家にワンコ(名前:むさし)が家に来てからは私と家内が同時に実家に来ることは出来なかったのです。そのムサシがすでに報告させていただいたように2018年5月に17歳8ケ月で亡くなりました。そんなこともあり今年の正月は私の実家(兵庫県宝塚)と家内の実家(大阪府千里)で過ごすことにしたのです。その方がムサシも喜んでくれたのではないかと思いました。
次男と末娘は関西に来れましたが、長男家族は関西には集まれませんでした。勤めてから初めて正月に出勤が入ったためで、その代わりに1月5日から9日に千葉の私の家に来てくれました。その時、次男と末娘も来てくれました。

実家では2001年から大晦日の夕食はフグとなりました。それまでは大晦日の夕食と言えばシャブシャブでしたが狂牛病問題が出たことでフグにしたのですが、フグが好評だったことからシャブシャブに戻ることはありませんでした。もちろん2017年12月31日の夕食もフグにいたしました。
関西では年末になるとスーパーでもフグがさばく前の姿で並びます。フグは猛毒で調理済でしか持ち帰れないので、関西のスーパーでは必ずフグの調理師免許を持った人がいるということなのです。
今回は大と中の2匹を買いました。こちらの写真が大(9000円)で、全てテッチリ(ふぐ鍋)用にさばいてもらいました。
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こちらが中(6480円)で身は全てテッサ(ふぐ刺し)にしてもらい、残りの骨付き部分はテッチリ用に切ってもらいました。今回のとらふぐは長崎県産の養殖物です。ちなみにトラフグの養殖の生産量が一位なのが長崎県で、天然漁獲量一位は石川県です。世界の水揚げ量で見れは日本が約40%(4,900トン/年)を占めて1位で、第2位(4,012トン/年)は韓国です。この2ヶ国で天然フグに関しては世界の漁獲量の約73%になるそうです。本数値にはトラフグ以外のフグも含まれているのでトラフグだけに限れば、さらに日本と韓国に集中しているのではないかと思われます。
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これが一匹分のテッサ(ふぐ刺し)です。右の写真の2枚のプラスチックの大皿に並べられていたものを家の皿に並べ替えました。今回は厚目のテッサなので並べ替えることが出来たのです。
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前記事で紹介したように薬味にはアサツキを使いたかったのですが、売られていなかったのでネギを使いました。ポン酢にモミジオロシとネギを入れました。やっぱりテッサは美味しかったです。皆にも好評でした。
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テッチリに入れる緑の野菜は水菜にいたしました。京菜とも呼ばれている野菜です。
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キノコも2種類用意いたしました。
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テッチリ用のパッケージが2つ並ぶと迫力があります。皮は湯引きして細く切って「ふぐの皮の湯引き」を作りました。「ふぐの皮の湯引き」も好評でした。
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鍋に具を入れたところです。
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ふぐ独特の味わいのテッチリは最高でした。味が濃いのです。
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テッチリの締めと言えば「おじや」です。ふぐ雑炊と呼ぶ地域も多いです。「おじや」と雑炊は地域による定義によると米粒の硬さが違うようです。
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12月26日に広島駅で買ったきた広島菜の漬物も出されました。
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濃厚なふぐの味の雑炊はやっぱり好評でした。
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除夜の鐘が近づいたところで夜食として年越し蕎麦が出されました。こちらも恒例のニシン蕎麦でした。
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今回の記事とは関係ありませんが、1月22日は私の誕生日でJALとANAとBIGLOBEと任天堂からおめでとうメールが届きました。下記は任天堂からプレゼントされた壁紙です。実際のサイズは1920X1080です。
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今回の目玉は北海道・雄武産の巨大毛蟹 門前仲町の古都 [東京]

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いつもの5人メンバーが2017年の年末に門前仲町のお店に集まりました。そこで出されたのが上の写真の毛蟹でした。出された瞬間にみんなが声を上げるほどの大きさでした。美食家が多いメーバーですが、5人ともに初めて見るほどの大きさでした。写真では大きさが分かりにくいのですが、甲羅と脚の太さはタラバガニ並みだったのです。
下に進む前に上の写真をクリックしてみてください。
この毛カニはお店の大将の隠し玉で、最後に出してくるまで秘密にされていました。今回の料理は出てきた順番に紹介いたしますので、この超超特大を遥かに超える巨大毛蟹は最後に紹介したいと思います。

地下鉄の門前仲町駅を上がると深川不動堂の参道の目の前でした。成田山と書かれているのは深川不動堂が成田山・東京別院だからです。参道と反対方向に歩いて行くと今回のお店「古都」があります。
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18時の集合でしたが少し早かったので一番に席に座りました。
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2名になったところで枝豆も置かれていたことだし、ビールを飲みながら待たせていただくことにいたしました。ところがビールに口をつけたとたんに残りのメンバーもそろいました。みなさんも早く来られるのであれば、待ってからビールを注文すればよかったと反省いたしました。
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そろったところでビールなどで乾杯です。
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前菜は竹の子でした。料理の食材は全て大将が築地に行って調達してくることから、掘りたての竹の子だと思います。年末の竹の子とは贅沢でした。
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セットされている内容から見て最初はテッサ(フグの刺身)であることは想像できました。
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どーんとテッサが出てきました。今回のテッサに使われたフグの数は聞き忘れましたが、量的に同じだった1年前は2匹が使われていました。
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テッサを拡大いたしました。食べごたえを大切にするために、あえて厚めに切っているそうです。
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テッサが出てくるとヒレ酒(ふぐ酒)が飲みたくなります。5人全員がヒレ酒を頼みました。
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プロの人のヒレ酒の火のつけ方です。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。我々の会話の声を消すために音楽を入れさせてもらっています。耳障りの場合はミュートしてください。


使われたマッチです。
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これがヒレ酒です。フグのヒレが沢山入っているのが分かってもらえると思います。
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注ぎ酒(2杯目)のためにヒレを酒から出します。長く入っていると味が出すぎてしまい2杯目の味が薄くなってしまうのです。ひれ酒の色をみてほしいです。ヒレの旨味成分が十分に酒に出ていることが分かっていただけると思います。
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ふぐヒレが4枚も入っていました。ちょっと贅沢なヒレ酒ですが2杯飲めることを考えるとお得なのかもしれません。
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テッサの薬味は各自の前に並べられていました。真ん中が、もみじおろしで、両側がネギ(アサツキ)で細かい方はつけタレに入れて長い方はテッサを巻いて食べます。
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これがアサツキに巻いたテッサです。
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フグの皮も出されました。これも美味しかったです。ヒレ酒がすすみました。
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注ぎ酒(2杯目)も5人まとめて食べました。
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これが2杯目のヒレ酒です。十分美味しかったです。これなら3杯目も行けそうですが、味は十分にでるけれども、少し味が変わってくるので2杯目までにした方がよいとのことでした。ただし、私にはそこまで味の違いは分からないとでしよう。
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ふぐの皮のゼリー固め(ふぐの皮の煮こごり)も出されました。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックの面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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恒例の自慢の肉が出てきました。
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石垣牛だそうです。
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これが石垣牛です。
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ニンニクだたっぷりと乗っていました。贅沢の極みかもしれません。
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ほんと柔らかかったです。
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お店の名前が古都なので焼酎も古都を頼みました。この時点では、まだ毛蟹のことは一言も触れていませんでした。実は料理はお任せなのです。
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ついに、超超特大毛蟹を遥かに超える巨大毛蟹が出されました。こちらのお店ではいつもお任せですが、毛蟹は初めてだったので予想もしていませんでした。それだけにみんな驚かされました。お皿も巨大なので写真では大きさは実感できないと思います。この写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。こちらが冒頭の写真です。
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別の角度から撮った写真も掲載いたします。毛蟹の分類を紹介します。
タラバガニやハナサキガニはヤドカリ( 異尾下目 / ヤドカリ下目 )の仲間ですが、毛蟹は、れっきとした蟹( 短尾下目 / カニ下目 )です。
 界  動物界       Animalia
 門  節足動物門     Arthropoda
 亜門 甲殻亜門      Crustacea
 綱  軟甲綱       Malacostraca
 亜綱 真軟甲亜綱     Eumalacostraca
 上目 ホンエビ上目    Eucarida
 目  十脚目(エビ目)  Decapoda
 亜目 抱卵亜目(エビ亜目)Pleocyemata
 下目 短尾下目(カニ下目)Brachyura
 上科 イチョウガニ上科  Cancroidea
 科  クリガニ科     Atelecyclidae
 属  ケガニ属      Erimacrus
 種  ケガニ       Erimacrus i isenbeckii
 学名 Erimacrus isenbeckii (Brandt, 1848)
 英名 Horsehair crab または Horse crab
 群  イチョウガニ群   Cancridea
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大きさを分かってもらいたくてマッチ箱を横に置いて撮りました。右上のレモンのところです。それでも写真からは大きさの実感は伝わりにくいようです。今になって写真を見て、テーブル全体を撮ればよかったと反省しております。
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ブランドタグが皿の上に置かれていました。タグには雄武/北海道産/オホーツク海の文字が書かれていました。雄武は「おうむ」と読み、北海道の地名であることから、北海道の雄武町産の毛蟹であることも分かりました。もちろん大将がこの日に築地で見つけてきたそうです。雄武町産は冷凍ものが出回っていますが、もちろん生(未冷凍)です。このタグの写真は2枚上の写真から切り取って回転させるなどして加工したものです。
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雄武町(おうむちょう)の場所をGoogle地図で紹介します。雄武町は北海道紋別郡にあります。
 所在   北海道紋別郡(ほっかいどう もんべつぐん)
 面積   636.86k㎡
 人口   4,581人
 人口密度 7.19人/k㎡  (参考:千葉県 1212.93人/k㎡)
 雄武漁港 https://goo.gl/maps/dgRMLDhK6M62
      https://goo.gl/maps/9S8rV5AUMsH2


タラバガニ並みの太さの脚を紹介します。もちろんタラバガニのように脚は長くはありませんが、太さはすごかったです。
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毛蟹の身の独特の美味しさが伝わるでしようか。私は毛蟹の身の味が最も美味しいと思っているのですが、ボリューム感は他のカニに劣っていましたが、今回は味もボリユーム感も最高でした。毛ガニの身には、旨味成分のグリシン、アルギニン、タウリン、プロリン、アラニンの遊離アミノ酸が非常に多い一方、その他のアミノ酸が少ないという極端な片寄りがある上に、アデニール酸の含有量もカニ類中では最高で、これらがケガニ特有の味を持つ決め手となっているそうです。
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脚の付け根の身をほぐしました。これも美味しいです。
毛ガニの資源保護を調べてみると私が思っていたよりも進んでいました。メス蟹の漁獲は禁止されています。オス蟹でも甲長80mm未満と脱皮したばかりの甲羅の柔らかい(軟甲ガニ)も漁獲は禁止です。さらに積極的な資源増加のために、抱卵しているメス蟹を捕獲して孵出した幼生を稚ガニまで育成し放流しているそうです。
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〆を除いてお任せ料理は終わりでしたが、会話が弾んだので大将と相談してカラスミを追加いたしました。大将が持っている皿の上に乗っているのが最上級のカラスミです。アルコールがふりかけられたカラスミに目の前で火がつけられました。
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これが最上級のカラスミです。テーブルにおいても、まだ火がついていました。
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手のひらと比べるとカラスミの大きさが分かってもらえると思います。
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漬物も追加で頼みました。この時点で3時間15分経過していましたが、まだまだ飲みながらの話が続きました。
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〆は稲庭うどんでした。全員分を一つの大皿で出されるのです。沢山食べたい人もいれば、締めの炭水化物を控えたい人もいるのでいい方法だと思いました。
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拡大すると食感が伝わると思います。
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このタレが絶品でした。私は締めは控える方なのですが、食べ始めたら止まりませんでした。
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見事に完食でした。みんな沢山食べました。
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お店を紹介いたします。下のGoogle地図の中央少し下の の場所です。今までに古都はよく利用させてもらいました。その中の一部ですが3回ほど記事にいたしました。今回が4回目の掲載となりました。着色文字をクリックすると過去記事を表示します。
 店名 古都
 住所 東京都江東区富岡1丁目1-9
 電話 03-3643-7938
 最寄 門前仲町(100m)
 記事 1回目 2回目 3回目 今回(4回目) 

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キンランの花が沢山咲きました。 [植物]


元々本記事は2010年5月に掲載させていただいたものですが、2018年1月12日に行われた新年恒例の「歌会始の儀」において、天皇陛下がラン科の可憐なキンランの咲くさまを詠まれましたので、本記事の末尾に追記する形で紹介いたします。歌会始の写真は新聞社に共同配信された写真を借用させていただきました。

2010年5月13日掲載 タイトル:きんらん(金蘭)の花が咲きました。
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数日前にキンランの蕾を見つけました。「きんらんの花」を探していました。沢山の花が付いた株を見つけたので紹介いたします。こちらの写真はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大花が開いたキンランは珍しいようなので拡大写真も掲載いたします。こちらの写真もクリックすると少し拡大するように設定いたしました。この写真は右の写真から切り取ったものです。
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フラッシュを使った花の画像も紹介いたします。鮮やかな黄色が浮かび上がってきます。元々キンランは、ありふれた和ランの一種でしたが、1990年代ころから急激に数を減らし、1997年に環境省レッドリストの絶滅危惧II類(VU)に指定されました。こちらもクリックすると広範囲を拡大して表示するように設定いたしました。
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クリックすると拡大下の写真で分かるように花で頭が重たく風で揺れるので三脚を使っても鮮明な写真を撮るのは難しいかったです。なんとか上のような写真を撮ることが出来ました。キンランの花の近くでは、右の写真のぎんらん(銀蘭)の可憐な花も見つけました。


クリックすると拡大ワンコの散歩の時に見つけた金蘭(キンラン)の蕾です。右の写真は車で行ける場所で見つけたキンランやエビネや熊谷草などの和ランの宝庫で撮ったキンランです。
 和ランの宝庫のキンランの記事→キンランの森
 学名:Cephalanthera falcata



2013年5月24日追記 
タイトル:近くの雑木林に沢山のきんらん(金蘭)が咲いていました。

久しぶりにキンランの花の写真を撮りに出かけました。
きんらん(金襴)は山や丘陵の林の中に生える地上性のランで、高さ30-70cmの茎の先端に4月から6月にかけて直径1cm程度の明るく鮮やかな黄色の花を総状につけます。近くの雑木林にも普通に見つけることが出来て2010年5月14日に掲載させてもらいました。その時は気にしていませんでしたが、最近は、全国的には数がが減ってきて1997年に絶滅危惧II類(VU)に指定されてた貴重な花であることをコメントにいただき、気になったので以前に見つけた場所にキンランを探しに行ってきました。幸いにも以前と同じようにキンランが咲いていました。

時間にして10分(カメラの時計で8時22分59秒~8時32分25秒)で下記の12株を見つけました。3枚目の写真には2株が写っているので正確には13株になります。写真を撮りながらなので短時間で13株を見つけたことになります。上の写真は下の7番目の写真のキンランで10個の花をつけている株です。8番目のキンランも沢山の花をつけていました。こちらの花数は9個でした。このように立派な株もあり、一安心でしたが、この雑木林も住宅地の造成で十分の一に縮小してしまったのです。面積が圧倒的に減ってしまった上に、住宅地がすぐ横に出来たことからキンランの花が人目についてしまうので今後が心配です。近隣の人がキンランを大切にしていただけることを願っております。12の写真は見つけていった順番に掲載しております。





上の写真は家から歩いて10分くらいの場所の雑木林で撮ったものです。
昼過ぎにも家から歩いて5分ほどの雑木林にも行ってみました。そこで下の写真のきんらんを3株ほど見つけました。
一番左のキンランは花が17個もついています。これは貴重だとおもいます。土曜日と日曜日だけですが、どのように咲いていくかを見守っていきたいと思います。一番右のキンランは茎が途中で折れていましたが花はきれいに咲いていました。こちらの雑木林は前の雑木林よりも暗いためか少し咲き方が遅いようでした。現在は絶滅危惧II類(VU)に指定されています。
  界 植物界   Plantae
  門 : 被子植物門  Magnoliophyta
  綱 : 単子葉植物綱 Liliopsida
  目 : ラン目    Orchidales
  科 : ラン科    Orchidaceae
  属 : キンラン属  Cephalanthera
  種 : キンラン   Cephalanthera falcata (Thunb.) Blume


自然の中で、そっと見守ってほしい理由は、枠内で紹介しているネットで書かれていた人工栽培の難しさです。元々は、ありふれた和ランでしたが、雑木林の減少や野生ランブームによる乱獲で1990年代ころから急激に数を減らしてしまったそうです。
キンランの人工栽培はきわめて難しいことが知られているが、その理由の一つにキンランの菌根への依存性の高さが挙げられる。ラン科植物はラン菌根と呼ばれる独特の菌根を形成し、ほとんどのものは多かれ少なかれ菌根から炭素(エネルギー)を含む栄養分を獲得しているため、その正常な生活には菌根が欠かせない。多くのラン科植物の場合、菌根菌(ラン科に限ってはラン菌という言葉も習慣的に用いられる)はリゾクトニアなど強い腐生能力を持つ腐生菌であるが、腐生菌は落ち葉や倒木などを栄養源にして生活している。
ところがキンランと共生する菌は腐生菌ではなく、樹木の根に外菌根を形成し、共生している菌であることがごく最近明らかにされた。外菌根菌の多くは腐生能力を欠き、炭素源を共生相手の樹木に依存しているため、共生相手である特定種の生きた樹木がなければ生存することができない。そのような菌に炭素源を依存するキンランは、間接的に樹木から栄養を摂取しているとも言える。従って理論上は菌根性樹木・菌根菌・キンランの三者共生系を構築しなければ栽培できない。自生地からキンランのみを掘って移植した場合には、ほとんどが数年以内に枯死するようである。 同様の例はアルブトイド菌根に依存するイチヤクソウ科植物にもみられる。

上の2ケ所とは違う別の雑木林にキンランを探しに行ってみました。実は2010年に紹介した花びらの開いたキンランがあった雑木林です。そして私の家から雑木林の入口までならば1分で行ける一番近い雑木林でもあります。ただし中が広いので探すのは大変なのですが、今回は30本のキンランを見つけました。最初のキンランを撮影したのが7時55分10秒で最後のキンランを撮影したのは8時55分31秒だったので1時間で30株を見つけたことになります。30本すべて見つけた順番に紹介します。気が付かれたと思いますが、こちらの雑木林では花びらの開いたキンランが多かったです。それも後半から多く見つかっている傾向があります。場所が近いことを示していることから、何らかの遺伝子(DNA)が関係しているのかもしれません。











30枚の写真の一番最後の拡大写真を掲載します。本記事のキンランの写真は全て千葉県佐倉市の家の近くで撮りました。



2018年1月13日追記 
タイトル:歌会始の儀で天皇陛下がキンランを歌われました。

新年恒例の「歌会始の儀」が2018年1月12日に行われて、天皇陛下がキンランの咲くさまを詠まれました。その新聞社のネット記事を枠内に転記する形で掲載させていただきました。
2018年のお題は「」でした。2019年のお題は「光」だそうです。
日本経済新聞 2018年1月13日(土)
皇后さま、陛下への思い詠む 皇居で歌会始
社会 2018/1/12 11:41

新年恒例の「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿「松の間」で開かれた。今年のお題は「語」。天皇、皇后両陛下、皇族方、天皇陛下に招かれた召人(めしうど)、選者のほか、一般応募2万453首から選ばれた入選者10人の歌が、古式にのっとった独特の節回しで朗詠された。
 天皇陛下
  りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く
 皇后さま
  るなく重きを負(お)ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ

宮内庁によると、陛下は皇后さまと朝の散策を日課にしており、皇居・東御苑の二の丸庭園でキンランを見付けた時の情景を詠まれた。キンランは春に咲くラン科の珍しい植物で、陛下が戦後間もない時期に中学時代を過ごされた東京都小金井市で初めて見た、思い出の花という。
皇后さまは、早春の穏やかな日差しの中に、多くを語ることなく静かに重責を果たしてこられた陛下を見上げた時の様子を表現された。
天皇陛下は2016年、高齢で象徴としての役目が十分に果たせなくなることなどを案じたビデオメッセージを発表。17年に皇室典範に関する特例法が成立し、19年4月に退位されることが決まった。 皇后さまは、皇太子時代から象徴天皇としてのあるべき姿を模索しながら歩まれた陛下への思いを歌に込められたとみられる。
皇太子ご夫妻は、17年11月に東日本大震災の被災地、宮城県名取市閖上地区を訪問し、災害公営住宅の入居者らと交流したことを振り返られた。被災者の苦労を思い、復興や幸せを願う気持ちを表現されたという。
歌会始 陛下、皇后さまとの時間詠む
毎日新聞 2018年1月12日 22時53分

新年恒例の「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿であり、天皇、皇后両陛下や皇族方の歌が読み上げられた。今年の題は「語」で、一般応募の2万453首から入選した10人の歌も披露された。 陛下は、皇后さまと皇居・東御苑にある二の丸庭園の雑木林を散策された際、絶滅危惧種のラン科の「キンラン」の花を見つけたことを詠んだ。
皇后さまは、陛下が象徴としてのあるべき姿を求めて歩み、多くを語ることなく重責を果たしてきたことを思いつつ、早春の日差しの中で陛下を見上げた際のことを歌にした。また、皇太子ご夫妻は、昨年11月に宮城県名取市の災害公営住宅(復興住宅)を視察されたことを詠んだ。【高島博之】
 天皇陛下
  りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く
 皇后さま
  るなく重きを負(お)ひし君が肩に早春の日差し静かにそそぐ
 皇太子さま
  復興の住宅に移りし人々のるを聞きつつ幸を祈れり
 皇太子妃雅子さま
  あたらしき住まひに入りて閖上の人られる希望のうれし

歌会始の儀での天皇陛下の御歌(御製 His Majesty the Emperor)の宮内庁公式説明を枠内に転記いたします。
クリックすると拡大 りつつあしたの苑を歩み行けば林の中にきんらんの咲く」
天皇皇后両陛下は、毎日早朝に吹上御苑をご散策になることを 日課とされていますが、特に毎日曜日は、東御苑を訪ねられ、二の丸、本丸の庭園をご覧になります。この御製は、春、ご散策の 途中二の丸庭園の雑木林の中で珍しいキンランをお見つけになっ たときのことをお詠みになったものです。
(注)キンランは、天皇陛下が戦後間もない時期に小金井にお住みになったときに初めてご覧になった、お懐かしい思い出 のある花です。

「In the garden  Conversing with each other
 On our morning walk  We come across in the woods
 Blossoms of kinran* blooming. 」

(Background of the poem)
Their Majesties the Emperor and the Empress take a stroll together in the garden of the Imperial Residence early every morning as part of Their daily routine. On Sundays, They go as far as the East Gardens and walk around the gardens of Ninomaru and Honmaru. In this poem, His Majesty recalls seeing kinran in the course of Their walk in the springtime in the grove of the Ninomaru garden.
*Kinran, or helleborine, Cephalanthera falcata, is a woodland orchid, with small yellow flowers, which blooms from mid-April to mid-May.
*Honmaru is the site of the main compound of the Edo Castle.
*Ninomaru is the site of another compound on the east side of Honmaru, where a garden was laid out, using surface soil brought from a grove in the suburbs of Tokyo. The soil contained the seeds and roots of plants, insect eggs and soil organisms, which explains the existence of kinran in the Ninomaru Grove.

ブログのアクセス解析の2018年1月12日の1時間ごとのアクセスをグラフいたしました。2秒ごとに訪問者と閲覧数(ページビュー)が切り替わるように設定しています。このグラフで分かるように11時と12時に突然にブログへの訪問者と閲覧数(ページビュー)が増加したのはテレビでの放送のが関係していると感じています。平均値より増加している部分がテレビ放送を見た人がキンランを検索して訪問・閲覧してアクセスした数値に近いと思われます。
下の訪問者と閲覧数の時間ごとの数値はブログ全体のため本記事への数値は分かりませんが前後の数値に対し増加した数値が本記事へのアクセスだと思われます。歌会始の儀はNHKの総合テレビで10時30分から11時45分に生放送されました。歌会始の儀のNHKの生放送も毎年恒例だそうです。天皇陛下は最後に歌を披露されたとのことなので11時台に読まれたのだと思います。


2018年1月12日のアクセス解析の画面です。検索キーワードを取得するためのロボット検索(無人検索)で閲覧数が多くなることは偶にありますが、今回の場合はロボット検索の影響を受けない訪問者も多くなっているので、沢山の人が実際に検索をしてアクセスが増えたものと思われます。
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歌会始の前後を比較のために1月1日~1月14日のブログ全体と本記事への訪問者と閲覧数のグラフを紹介します。突然に1月12日に沢山のアクセスがあったことが理解していただけると思います。そしてブログ全体への訪問者2105人/日の中で約半分の1063人/日の方が、本記事を見ていただいたことも分かりました。1月13日に歌会始を追記してトップ掲載したことから1月13日以降は過去記事ではなくなりました。つまり1月12日までが過去記事になります。尚、1月8日にブログ全体(全記事)への訪問人数が増えたのは、今回と同様に白鳥飛来の記事への検索が関係していると思われます。通常の訪問者数は1日に約1000人/日なので、それより大きく増える場合は、特定の記事に対する検索が増えたことによる訪問者数の増加と推測されます。参考ですが、1月12日全記事への閲覧数(アクセス数)は3511件/日です。
 2010年5月13日 記事掲載:7年8ケ月前 
 2013年5月24日 記事追記:4年8ケ月前 
 2018年1月08日  訪問者:   3   閲覧数:   3
 2018年1月09日  訪問者:   3   閲覧数:   3
 2018年1月10日  訪問者:   3   閲覧数:   3
 2018年1月11日  訪問者:   1   閲覧数:   1 →ポチッ
 2018年1月12日  訪問者:1,063   閲覧数: 1,204 歌会始の日
 2018年1月13日  訪問者: 223   閲覧数:  332 記事追記
 2018年1月14日  訪問者: 213   閲覧数:  319
 2018年6月24日 累積nice: 328 累積閲覧数:10,529


参考に閲覧数(アクセス数)のグラフも添付いたします。
通常は閲覧数で比較するのですが、上の訪問者数のグラフで説明させていただいたのは数値が安定していることと、ロボット検索(無人検索)の影響が小さいので検索の影響が顕著に出ると考えたからです。


2月19日までの訪問者のグラフも紹介します。クリックすると閲覧数(アクセス数)のグラフを表示します。


1月1日から1時間ごとの訪問者(人/時)と閲覧数(件/時)の推移のグラフです。1月8日と1月12日に訪問者(人/時)が鋭い針のように上がっているのは何らかの検索によってアクセスが増えた場合です。訪問者(人/時)には大きな変化がなく閲覧数(件/時)のみが鋭く上がっているのはロボット検索によるアクセス上昇です。アクセスされ記事から次の記事に関連した検索だと思われます。
 1月08日12時~13時 千葉の白鳥の飛来地
 1月12日11時~13時 キンランの花が沢山咲きました。


2017年一年間の今回の金蘭の記事への訪問者および閲覧数の推移も紹介します。花が咲く時期の2017年5月を中心に訪問者数および閲覧数(アクセス数)が増えているのが分かってもえると思います。2017年の本キンランの記事への閲覧数の総合計は1829件ですが、2018年1月だけで、すでに2,619件(2018年1月19日12時時点)に到達しています。つまり花が咲く時期の5月のアクセス数(831件)を遥かに越えているのです。金蘭の記事への累積閲覧数は2018年1月19日12時において8,409件です。

めもてるさんのキンラン、今年も咲きました。にトラックバックています。
dentoukokesiさんのキンラン&ササバギンラン(5月4日)にトラックバックしています。

新年あけましておめでとうございます。2018年 元旦 [新年]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
今年は皆さんにとって良い年となることを祈念いたします。

2009年5月5日に最初の記事を掲載して、今回が9回目の正月となります。 昨年中も沢山のアクセスをしていただき、沢山のnice!を頂き、沢山のコメントを頂き、ありがとうございました。
私にとって昨年の最も大きな出来事は長年一緒に暮らしてきたワンコ(名前:むさし 17歳8ケ月1日)が2017年12月5日に亡くなったことでした。喪中ではありますが、いつも通りに新年のあいさつをすることが、むさしも喜んでくれるものと思っております。
上の写真は年末に山口県に墓参に行ったときに、毎回寄っている錦帯橋です。天気も良かったので新年のあいさつの写真に使えると思い撮りました。クリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
2018年元旦

それでは錦帯橋の写真を紹介したいと思います。すべて錦川の右岸から撮った写真です。つまりすべての写真で川は左から右に水が流れているのです。
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時間はあまりなかったので錦帯橋から一番離れて撮ったのがこちらの写真になります。錦帯橋は日本三名橋や日本三大奇橋に数えられる山口県岩国にある木造の5連のアーチ橋です。
初代の5連のアーチ橋は1673年に岩国藩主であった吉川広嘉によって建造されました。それ以前にも岩国城が出来て以来、城と城下町をつなぐ重要な橋であったことから橋が架けられましたが洪水で何度も流されたことから吉川広嘉が洪水に耐えうる橋を目指した結果、明の杭州の6連の橋を参考に橋台を強固な石垣にして洪水に耐えうる現在の形の橋を作ったそうです。翌年の1674年の洪水で流失しましたが橋台を強化して再建した結果、定期的な架け替えを行いながら1950年のキジア台風で被害を受けるまでの276年間は流失することはなかったのは驚異的なことです。1950年のキジア台風ですべて流失したため、現在の橋は1953年に、277年前の当時のままに復元された橋だそうです。2005年にも台風14号により第一橋の橋脚2基が流される被害がありましたがすぐに復旧されたそうです。
 橋名 錦帯橋
 川名 錦川
 完成 1673年(初代落成) 345年前
 形式 5径間木造アーチ橋
 全長 193.3m
 幅  5m
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橋の一番中央の山の部分の写真です。
江戸期には中央の3つのアーチ橋(第二、第三、第四橋)は定期的に約20年ごと、両端の桁橋(第一、第五橋)は約40年ごとに架け替えらたそうです。その結果、9回~16回の架け替えが行われ、具体的な現在までの架け替え工事回数は次の通りですが、数値を見ると大切にされてきた橋であることと、長い歴史を感じます。錦帯橋は創建時から現在までの修復記録が、歴代の大工棟梁の人物名も含めて完全に残ってことにも驚かされます。南東(左岸/岩国市岩国)側から北西(右岸/岩国市横山)側に第一橋、第二橋、第三橋、第四橋、第五橋です。北西(右岸/岩国市横山)側が岩国城がある方向です。
         架け替え
 第一橋  約40年ごと 10回
 第二橋  約20年ごと 14回
 第三橋  約20年ごと 14回
 第四橋  約20年ごと 16回
 第五橋  約40年ごと  9回
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上の写真を拡大いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。
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川沿いには桜の古木が沢山植わっており、花が咲くころは見事な景色を見せてくれるそうです。ここの桜は日本さくら名所100選でもあります。
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ここまでは川下(かわしも)から撮った錦帯橋ですが、川上(かわかみ)から撮った写真も紹介します。
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ここは桜の木が多く植わっていましたが、柳の木も植わっていました。柳の木の由来に関しての説明板が立てられていました。
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説明板の内容を紹介します。
巌流ゆかりの柳 佐々木巌流小次郎は宮本武蔵との勝負には敗れましたが、小次郎の『つばめ返し』の剣法は天下無双であったということです。
吉川英治氏は小説『宮本武蔵』のなかで、岩国で生まれた小次郎は、母から家伝の長光の刀(一名物干し竿)を授かり、この辺りの柳とつばめを相手に独りで工夫し、努力を重ね、遂に『つばめ返し』の術を編み出したと記しています。
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錦帯橋の脇には槍倒し松(やりこかしまつ)と呼ばれる由緒ありそうな松もありました。左の方向の山の上に岩国城があります。
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説明によると他藩の大名行列で、槍を立てたまま歩けないように植えられた松だそうです。昭和29年(1954年)の時点で樹齢300年なので、2018年の現在であれば、樹齢364年になることになります。
槍倒し松(やりこかしまつ)
この松は、岩国武士の負けず嫌いを表徴する有名な槍倒し松です。昔諸国の大名が他藩の城下を通るときは行列の槍を倒すのが、大藩が小藩の城下を通るときは、儀礼を守らず槍を立てたまま威風堂々と通ったものです。岩国藩が六万石の小藩であるため岩国の武士達はこれを見て憤慨し、そこでかなり成長した横枝のはった松の木をわざと橋の頭に植え、大藩といえどもどうしても槍を倒さなければ通るこのが出来ないようにしたものです。今では昭和十年(1935年)の河川改修工事により道路や人家が堤防の上に移りましたが元は川辺りにあって、ここの石段が坂道になっていましたから大名が槍を倒して坂道を登るのを見て岩国武士達は溜飲を下げていたということです。昭和十九年(1944年)頃、この地方に発生した松喰虫によって、この松も昭和二十七年(1952年)八月残念ながら枯れてしまいました。この松は初代の松の実から自生した直系の松を昭和四十三年(1967年)二月十五日三代目槍倒し松として吉香公園から移したものです。
 樹齢   300年     樹の高さ  14.5メートル
 幹の周囲 3.7メートル   樹冠の面積 323平方メートル
昭和二十九年一月 岩国保勝会
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木材で作られた錦帯橋の橋げたの下側を紹介したいと思います。クリックすると拡大橋に使われている木材は特性によりアカマツ、ヒノキ、ケヤキ、クリ、カシ、ヒバを使い分けているそうです。平成の架け替えの際は全国から約7年かけて木材が 集められ、全て国産材で造られたそうです。その時は、桁橋の橋杭には本来のマツに代え、腐り にくい青森産のヒバが初めて使われたそうです。
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木の柱の一番下の色が違うことに気が付かれると思います。実は一番下は石の柱になっていて木の柱と一体となるように接合されています。
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石の柱の部分を拡大いたします。この石は橋杭受石と呼ばれています。
そして橋杭と受石(根継石)を相欠きで継いでいる部分を巻いている金物を橋杭巻金(きょうぐいまきがね)と呼びます。詳しい説明→ポチッ
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葛飾北斎が描いた錦帯橋の浮世絵をWikipediaから転用させていただきました。全国の珍しい橋を画題とした全11図の諸国名橋奇覧の中の1枚で、名前は「すいほうの国 きんたいばし」です。諸国名橋奇覧は187年前の天保2年(1831年)に刊行されました。
 生誕  宝暦10年09月23日(1760年10月31日)
 死没  嘉永02年04月18日(1849年05月10日) 88歳
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歌川広重(本名:安藤重右衛門)も錦帯橋を描いていました。ただし右側は二代目歌川広重の作品です。
 初代  寛政9年(1797年)~安政5年9月06日(1858年10月12日)
 二代目 文政9年(1826年)~明治2年9月17日(1869年10月21日) 
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ソフトクリームと錦帯橋の写真です。実は錦帯橋と言えばソフトクリームなのです。
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こちらがソフトクリームが売られている佐々木小次郎商店です。
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沢山の種類のソフトクリームが食べれることで有名になりました。一度、記事にしたことがあります。→ポチッ
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いろんな場所から撮った錦帯橋とソフトクリームの写真を紹介します。
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帰省ラッシュ前でしたが、新大阪を出発したころには満席に近かったですが、終点駅の広島に着くころには席は空きました。広島からはこだまに乗り換えて新岩国まで行きました。
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墓参りも無事に終えることが出来ました。
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墓参りの後は恒例の山賊で昼食です。これは山女(やまめ)の塩焼きです。
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いつもは叔父さんがすべて運転してもらっていましたが、今回、初めて昼食を食べる山賊までは、私が運転いたしました。山賊から新岩国までは叔父さんが運転してもらえたので、私はビールを飲むことが出来ました。
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今回の墓参りは母と一緒に行きました。下の写真は私が丁度1歳になったころの写真です。左に写っている建造物は旧・西宮球場です。
私は結婚するまでは宝塚の実家で両親と一緒に暮らしていましたが、今回の墓参りで初めて知ったことがありました。それは母も含めてその兄弟たちは岩国市内から、この錦帯橋の近くの男子校と女学校に歩いて通っていたことでした。それも叔父さんたちは通学のために毎日錦帯橋を渡ったとのことでした。驚いたことにGoogle地図で調べると毎日通学のために男子校10km(往復)、女学校8km(往復)を歩いていたことになります。
    0歳 兵庫県伊丹市に生まれる
    1歳 兵庫県西宮市夙川に引越
    2歳 広島県広島市平野町に引越
    3歳 広島県広島市井口に引越 → 記事
   10歳 兵庫県神戸市東灘区岡本に引越
   14歳 兵庫県神戸市東灘区本山に引越
   16歳 兵庫県宝塚市に引越 (今の実家)
   28歳 結婚して大阪府茨木市に引越
   29歳 家を買って神戸市須磨区に引越
 1988年 転勤で千葉県船橋市に引越
 1993年 家を買って千葉県佐倉市に引越
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広島の井口に住んでいたころに幼稚園の遠足で錦帯橋に来た時の記念写真です。黄色の〇が私です。クリックすると拡大いたします。
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岩国駅から錦帯橋のでの徒歩ルート(A→B)を紹介します。ほぼこの距離(A→B)を毎日歩いたそうです。
 錦帯橋
 新岩国駅
 岩国駅

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