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オルセー美術館でも模写が許されていました。 [オルセー美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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以前にパリのルーブル美術館の模写している光景を紹介したことがありますが、同じパリにあるオルセー美術館でも模写されている方がおられました。ルーブル美術館では沢山の模写している人を見かけましたが、オルセー美術館で気が付いたのは1人だけでした。模写できる静かな場所はルーブル美術館に比べて少ないので、見学者の多い場所の作品は模写の許可が下りないのだと思います。

皆さん興味があるようで沢山の人が模写を見学されていました。
クリックすると拡大右の写真はルーブル美術館での模写の光景です。
イーゼル(画架)と椅子がルーブル美術館と同じでした。そのことから同じようなシステムだと感じたのでルーブル美術館での模写を行う手順を紹介します。
 ① 模写したい絵の希望を美術館に伝える。
クリックすると拡大 ② ダメな場合は美術館の提案の中から選択する。
 ③ 日本大使館の推薦書と無犯罪証明書を入手する。
 ④ 許可されたら模写の出来る時間帯に行って模写する。
   模写期間 一つの絵で3ケ月以内
   模写料金 無料
   その他  イーゼル(画架)と椅子は借用可
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見学の人がいなくなるまで待つことにいたしました。
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やっと、こちらの写真を撮ることが出来ました。
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こちらが模写していた絵です。こちらの絵はコローと言う画家の作品でした。
 作家 カミーユ・コロー Camille Corot
 作品 L'Ateiier de I'artiste
 制作 1865年
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下記の写真に写っている風景画と人物画の計3枚の絵がコローの作品です。
コロー(Corot)のフルネームはJean-Baptiste Camille Corot(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー)です。コローは印象派の前の時代の画家で、日本では馴染は少ない気がしますが、コローの影響を受けた画家は、印象派・ポスト印象派のピサロ、モネ、セザンヌ、フォーヴィスムのマティス、ドラン、キュビスムのピカソ、ブラック、グリスなどが挙げられるなど次世代に影響を与えた画家として有名なようです。クリックすると拡大詩情あふれる森や湖の風景画で知られると同時に「真珠の女」のような人物画にも傑作があります。イタリアなどに旅して絵を描いてはいますが、パリの裕福な織物商人の子として生まれ、パリで育ち、パリで没した生粋のパリッ子の画家と言えると思います。
 名前 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
    Jean-Baptiste Camille Corot
 生誕 1796年7月17日 バリ
 死没 1875年2月22日 パリ(満78歳没)
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コローの絵の周辺で気になった作品を紹介します。本記事内の画家(作家)の写真は全てフリー百科事典のWikipediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大こちらは牛が沢山書かれた大きな絵です。こちらの絵は、娘も気になったようで接写しています。
 作家 ローザ・ボヌール Rosa Bonheur
    1822年~1899年(満77歳没)
 作品 Labourage nivernais dit aussi Le Sombrage
 制作 1849年
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接写していたいた理由は、写真をクリックしていただくと判ると思います。大きな作品にも関わらず細部まで本物と間違えるほど詳細に書かれているのでした。牛の表情も豊かに描かれていました。ボヌールは、当時は珍しい女性画家でした。本名はマリー・ロザリー・ボヌール(Marie Rosalie Bonheur)で、フランスの写実主義画家です。動物の姿をありのままに捉えた作品を多数残したそうです。ジョルジュ・サンドやサラ・ベルナールなどと並び、フェミニズム初期を代表する人物の一人だそうです。
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クリックすると拡大同じ牛の絵ですが別の作者です。こちらの作品は見た記憶がありました。
 作家 コンスタン・トロワイヨン Constant Troyon
    1810年~1865年(満54歳没)
 作品 Boeufa allant au labour, effet de matin 
 制作 1855年
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クリックすると拡大こちらはÉdouard Sainの作品です。本絵はÉdouard SainのWikipediaの中に入っているので代表作の中の一つだと思います。
 作家 Édouard Sain 1830年~1910年(満80歳没)
 作品 Fouilles à Pompéi
 制作 1865年
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クリックすると拡大そして、こちらはErnest Meissonierの作品です。タイトルから判断してベネチア(ベニス)のサン・マルコ大聖堂で礼拝している女性を描いた作品です。
 作家 エルネスト・メソニエ Ernest Meissonier
    1815年~1891年(満75歳没)
 作品 Femme en prière à Saint-Marc de Venise
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オルセー美術館 ファン・ゴッホ [オルセー美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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オルセー美術館で最上階の印象派展示室(Galerie des Impressionnistes)を見た後、地上階に下りて最初に行ったのがゴッホやゴーギャンなどのポスト印象派の作家の作品が展示されている場所でした。特にゴッホの作品は印象に残ったので、本記事ではゴッホの作品を紹介したいと思います。

その展示室がこちらです。5枚ともゴッホの作品です。左から順に日本名とフランス名を紹介します。下で詳しく大きな写真で紹介いたします。
 二人の少女          Deux fillettes
 医師ガシェの肖像       Le Docteur Paul Gachet
 ガシェ医師の庭で       Dans le jardin du docteur Gachet
 オヴェールの教会       L'église d'Auvers
 コードヴィルの藁葺き屋根の家 Chaumes de Cordeville
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それではゴッホの作品を紹介したいと思います。日本では姓(苗字)をゴッホと呼んでいますが、オランダ人名のVanはミドルネームではなく姓の一部であることから姓はVan Gogh(ファン・ゴッホ)なのです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent Van Gogh
  姓 ファン・ゴッホ        Van Gogh
  名 フィンセント         Vincent
 作品 Portrait de I'artiste
 制作 1889年
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独特のゴッホの絵のタッチを紹介したくて拡大いたしました。
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上の拡大写真でも表面の凸凹は紹介しきれないので、さらに拡大いたしました。クリックすると特別に大きく拡大いたしまします。是非ともクリックしてほしいです。少しは表面の凸凹を感じてもらえるかもしれません。
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それではファン・ゴッホを紹介します。右の写真がファン・ゴッホの写真です。すでにお気づきのように上の絵はファン・ゴッホ自身の肖像画だったのです。作品のタイトルPortrait de I'artisteは「画家の肖像(自画像)」でした。ウィレム(Willem)がミドルネームで省略されてフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)と書かれることが多いです。
 名前 フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ
    Vincent Willem Van Gogh
 出生 オランダ南部の北ブラバント州ブレダに近いズンデルト(Zundert )村
 生誕 1853年3月30日
 死没 1890年7月29日(満37歳没)
1886年2月末(32歳)にパリに夜行列車で来て始まったフランス居住時代に、主要な作品のほとんどが制作されました。フランス居住時代は次のように分けられます。
 1886年2月~1888年2月 パリ居住時代
 1888年2月~1889年5月 アルル時代
 1889年5月~1890年5月 サン=レミでの療養時代
 1890年5月~1890年7月 オーヴェル=シュル=オワーズ
1888年12月23日に発生したファン・ゴッホ自らの耳たぶを切り落とす事件は有名です。そのことによりアルル市立病院に収容されました。ファン・ゴッホは1890年7月29日にオーヴェル=シュル=オワーズ(Auvers sur Oise)で亡くなりましたが、拳銃による自殺と言われているにもかかわらず即死ではなく傷を受けてオーヴェルのラヴー旅館に、自ら帰り着いて2日後に亡くなっていることから、謎となっています。少年たちの拳銃暴発説などもありますが、拳銃による自殺が定説です。70年後の1960年に農地から発見された拳銃はアムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館にて展示されいるそうです。先ずは右の写真をクリックしてみてほしいです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

ファン・ゴッホは短い期間に偉大な作品を沢山残しています。オルセー美術館にも沢山展示されていたので一部を紹介します。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Tête de paysanne hollandaise オランダ人農婦の顔
 制作 1884年 オランダ時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Paysanne prés de l'âtre 暖炉の前の農民
 制作 1885年 オランダ時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 L'Arlésienne アルルの女(ジヌー夫人)
 制作 1888年 フランス・アルル時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 La Nuit étoilée 星降る夜
 制作 1888年 フランス・アルル時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 La Méridienne 昼寝
 制作 1889年~1890年 サン=レミでの療養時代
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ファン・ゴッホが亡くなった年である1890年描かれた絵画を4枚紹介します。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Mademoiselle gachet dans son jardin 庭のガシェ嬢
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Chaumes de Cordeville コードヴィルの藁葺き屋根の家
 制作 1890年(没年) 
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絵のモデルであるポール・ガシェ(Paul-Ferdinand Gachet)は、オーヴェル=シュル=オワーズ在住の精神科の医師で、美術愛好家であり、アマチュアの画家でもありました。ファン・ゴッホの晩年における主治医でありました。医師ガシェの肖像には第1バージョンと第2バージョンがあり、こちらの絵は第2バージョンです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Le Docteur Paul Gachet 医師ガシェの肖像
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Deux fillettes 二人の少女
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 左:ガシェ医師の庭で          右:オヴェールの教会
    左:Dans le jardin du docteur Gachet  右:L'église d'Auvers
 制作 左:1890年(没年)            左:1890年(没年) 
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娘も沢山の絵の写真を撮っていました。撮っているのは上の写真の右側の絵であるL'église d'Auvers(オヴェールの教会)です。作品の日本名は2008年9月に訪問された方の記事を参考にさせていただきました。
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オルセー美術館の建物を紹介します。オルセー美術館の建物は1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅であったことは有名です。
 名前 オルセー美術館 (Musée d'Orsay)
 住所 1 rue de la Légion d’Honneur, 75007 Paris
 時間 9:30~18:00(木曜は21:45まで)
 休館 月曜日 1月1日(祝) 5月1日(祝) 12月25日(祝)
 最寄 Musée d’Orsay駅 Solférino駅 Assemblée Nationale駅
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オルセー美術館 印象派展示室 [オルセー美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大フランス旅行の最終日(7日目)の最初に訪れたのがオルセー美術館でした。朝の8時50分に到着するとすでに紹介したように1番でした。その時の記念写真が右です。
9時30分に開館して中に入って最初に見た景色がが上の写真です。この空間はオルセー美術館がオルレアン鉄道のオルセー駅だったころは蒸気機関車が入ってきた空間でした。
クリックすると拡大右の写真はオルセー駅時代のものですが、正面の時計の下が、今のオルセー美術館の入口です。その場所から撮った写真が冒頭の写真なのです。
元、ホームがあった場所の中央はゆっくりとした上り坂のスペースが作られてその両側に展示室が設けられていました。冒頭の写真で左側がセーヌ川がある方で、そちらに2つの時計のある建物があり、その最上階も展示室になっていました。
クリックすると拡大1階は軽く見た後、すぐに、その最上階の展示室に向かいました。右の写真がオルセー美術館の外観です。建物に関してはすでに建物編で紹介いたしました。

最上階に向かう前に最初に入った1階の展示室はジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)とオノレ・ドーミエ(Honoré Daumier)でした。こちらの部屋はMilletの作品の部屋です。教科書で見たことのある作品が沢山展示されていました。
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ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)の作品を3枚紹介します。
 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
    1814年~1875年(60歳)
 作品 Des glaneuses 落穂拾い
 制作 1857年
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 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
 作品 La Fileuse 糸紡ぎの女 (オーヴェルニュの山羊飼い)
 制作 1868年~1869年
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 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
 作品 La Printemps 春
 制作 1868年~1873年
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オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier) の作品も紹介します。
教科書で見たことがあるような気がします。
 作家 オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier) 1808年~1879年(70歳)
 作品 Crispin et Scapin クリスパンとスカパン
 制作 1864年
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紹介した絵画以外にも下記の作者の絵画の写真を撮りましたが、最上階に上がることを優先したので、後でゆっくりと鑑賞いたしました。左側がJules BretonのLe Soirで、中央がErnst HébertのLa Mal'ariaで、右側がAchille BenouvilleのLe Colisee vu du Palatinです。中央と右側の写真はクリックすると拡大いたします。
クリックすると拡大クリックすると拡大 Jules Breton
 Ernst Hébert
 Achille Benouville
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最上階に上がって撮った写真です。
正面の時計のあるところから入ってきてここまで上ってきました。この高さのところに、今回紹介する展示室があります。この高さに展示されている作品だと想像しながら見てほしいです。
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我々が最初に目的をもって訪れた展示室です。
展示室の名前は印象派展示室(Galerie des Impressionnistes)で、主な作家として5人の巨匠、ルノアール(Renoir)、モネ(Monet)、マネ( Manet)、セザンヌ(Cézanne)、ドカ(Degas)が書かれていました。最初にここに来たかった理由が分かってもらえると思います。時計塔の展示室パヴィヨン・アモン(Pavillon amont)もこの5フロアーにあります。2009年より2年をかけて改装工事が行われて2011年10月末にリニューアルオープンした中でも最大の目玉が今回の展示室だそうです。


もちろん作品は5人だけではなく沢山の印象派の作品が集められた空間でした。
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チケットの当日買の人たちの中で一番で入館できた上に、最上階にすぐに上がったおかげで、人の少ない空間で絵を楽しむことが出来ました。
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最上階の印象派展示室は濃いグレーの壁で統一されていました。
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ロダンの作品も展示されていました。
 作家 オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin) 1840年~1917年(77歳)
 作品 L'Homme qui marche 歩く男
 制作 1907年~1910年
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先ずはマネの絵を2枚紹介したいと思います。
どこかで見た絵でした。
 作家 エドゥアール・マネ(Édouard Manet) 1832年~1883年(53歳)
 作品 Le Déjeuner sur l'herbe 草上の昼食
 制作 1863年
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こちらも見覚えがあります。
 作家 エドゥアール・マネ(Édouard Manet)
 作品 La Dame aux éventails 扇を持つ女性 
    Nina de Callias     ニーナ・ド・カリアスの肖像
 制作 1873年
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クリックすると拡大前記事のバラの花の名前となっているエドガー・ドガの作品を紹介したいと思います。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
    1834年~1917年(83歳)
 作品 La Classe de danse ダンス教室
 制作 1873年~1876年 (1874年頃)
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 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Danseuses montant 階段を上がる踊り子
 制作 1886年~1890年
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この絵を描いていた1893年頃のドガは、ほとんど目が見えず、親指で絵の具を塗っていたそうです。それだけに印象的な色彩の絵になって、人気があるようです。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Danseuses bleues 青い踊り子
 制作 1893年
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当然と言えば当然なのですが、踊り子以外のドガの絵も沢山ありました。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Le Champ de courses
 制作 1876年~1887年
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ドガはこのような彫像も作っていました。これは話題のものです。ドガの生前に唯一発表された彫刻作品です。発表時はロウで作られていて死後に、ブロンズ像が鋳造されたそうです。ドガは、この彫像以外にも沢山の彫像を制作しましたが、すべて亡くなってから発表されたそうです。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Petite Danseuse de Quatorze Ans 14歳の小さな踊り子
 制作 1881年
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こちらのブロンズ像の説明板は単独で撮っていないけれども作品と一緒に写ってい説明版の文字の雰囲気はEdgar Degasのようです。上の作品の近くに置かれていたことと、バレリーナのブロンズ像であることからエドガー・ドガと思われます。調べた結果、フランス語名は分かりませんでしたが英名は下記のとおりです。さらに後ろに並んでいるブロンズ像もドガの作品であることが分かりました。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas) 
 作品 Dressed Dancer at Rest(英名) 予想仏語名:Danseuse de Reste
 制作 1895年頃
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アルフレッド・シスレーの作品も沢山ありました。その中から3枚を紹介します。
 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley) 1839年~1899年(59歳)
 作品 La Neige à Marly-le Roi 
 制作 1875年
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 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley)  
 作品 Le Repos au bord du ruisseau 
 制作 1878年
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 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley)  
 作品 Canal du Loirg
 制作 1884年
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クロード・モネの作品を6枚紹介します。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Em norvégienne
 制作 1887年
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 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 La Seine à Vétheuil
 制作 1879年
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クリックすると拡大こちらは2枚が並べて展示されていました。
有名な「日傘をさす女」と同じ構図でした。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Essai de figure en plein-air
 制作 1886年
クリックすると拡大クリックすると拡大

 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Meules
 制作 1890年
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 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Vétheuil
 制作 1900年
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ポール・セザンヌの絵を3枚紹介します。
 作家 ポール・セザンヌ(Paul Cézanne)
 作品 Paysan assis 坐る農夫
 制作 1900年~1904年
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 作家 ポール・セザンヌ (Paul Cézanne)
 作品 Pont de Maincy
 制作 1879年
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 作家 ポール・セザンヌ (Paul Cézanne)
 作品 Montagne Sainte-Victoire
 制作 1890年
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ベルト・モリゾ(Berthe Morisot) の作品で、見た記憶があったので写真を撮りました。
 作家 ベルト・モリゾ(Berthe Morisot) 1841年~1895年(54歳)
 作品 Chasse aux papillons 
 制作 1874年
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1人の作家でも沢山の絵が所蔵されているようでした。娘が写真を撮っている壁面はカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) の作品で、奥の壁面には後で紹介するアルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin) の作品(イブリーの落陽)などが飾られていました。
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こちらがカミーユ・ピサロの作品です。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳) 
 作品 Gelée blanche
 制作 1889年
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アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin)の作品を2枚紹介します。
 作家 アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin) 1841年~1927年(86歳)
 作品 Soleil couchant à lvry イブリーの落陽
 制作 1873年
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 作家 アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin)
 作品 Femme nue couchée
 制作 1877年
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こちらはギュスターヴ・クールベの作品です。
 作家 ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)
    1819年~1877年(58歳) 
 作品 La Mer orageuse 
 制作 1870年
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こちらは若くして亡くなった画家の作品です。モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、ドガ、セザンヌらの作品を買うなどして、画家たちを経済的に助けていたそうです。印象派美術展開催の費用も提供し、自らも画家として作品を出展したそうです。
 作家 ギュスターヴ・カイユボット(Gustave Caillebotte)
    1848年~1894年(45歳)
 作品 Raboteurs de parquet 
 制作 1875年
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周辺の航空写真を紹介します。航空写真内のマイナスのアイコン( マイナス)を2回クリックするとポンピドゥー・センター( )と、泊まったホテル( )の位置のアイコンが表示されます。
 オルセー美術館 (Musée d'Orsay)
 ルーヴル美術館 (ルーブル美術館 / Musée du Louvre)

オルセー美術館 建物編 [オルセー美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリからの帰国は21時55分発の夜行便なので、フランス旅行の最終日(7日目)は盛りだくさんとなりました。最終日で最初に訪れたのが上の写真のオルセー美術館でした。前を流れている川はセーヌ川です。
 1日目 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 モンサンミッシェル
 3日目 モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 ロワールの城めぐり 
 7日目 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他 帰国

オルセー美術館の後も、いろんな場所に行きたかったことから開館と同時に入りたくて早く来てみたところ、本当に1番になりました。ホテルをチェックアウトして荷物を預けて8時10分に出発して美術館に着いたのは8時50分でした。開館時間の9時30分には長い行列が出来ましたが、9時を過ぎだ時点でも、まだ人は少なかったです。入口は下記の3種類ありましたが、我々はチケットを当日買うのでAの入口に並びました。フランス語と英語とスペイン語の説明が書かれていました。
クリックすると拡大右の写真は後ろに並んでいた日本人の方が9時4分に撮ってくれました。列は10名
 A   当日チケット購入
 C-1 車椅子利用者などの優待者
 C-2 チケット事前購入済み
  B   グループ専用入場(要予約)
  D   学校団体専用入場(要予約)
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オルセー美術館もパリの他の美術館と同様に絵画の写真撮影は自由なので、沢山の作品の写真を撮りました。それらの作品の写真の紹介は次回(作品編)に紹介するとして、本記事では建物を紹介したいと思います。
オルセー美術館の建物は1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅でした。この角度から見てもとても駅とは思えない立派な建物でした。見えている橋はロワイヤル橋です。写真を撮っている場所はレオポール・セダール・サンゴール橋(ソルフェリーノ橋)でコンコルド橋とロワイヤル橋の間にあります。
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レオポール・セダール・サンゴール橋(ソルフェリーノ橋)をセーヌ川の対岸まで渡って撮った写真です。1900年に出来たオルセー駅はパリからオルレアンやフランス南西部へ向かう長距離列車のターミナルで、かまぼこ状の大屋根(トレイン・シェッド)の下の地下に10線以上のホームを備えていたそうです。1939年に近距離列車専用駅となり、近代化に伴い駅としては狭いことから、一時は取り壊される可能性もありましたが、1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめ、イタリアの女性建築家ガエ・アウレンティの改修により19世紀美術を展示する美術館として生まれ変わり1986年にオルセー美術館として開館したそうです。
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冒頭の写真とおなじですが、セーヌ川の対岸から見たオルセー美術館です。駅舎だった時の特徴を外観で最もよく残しているのが2つの大きな時計です。この写真はクリックすると特別に大きく拡大するので是非とも2つの時計を拡大して見てもらえればうれしいです。
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写真を撮っている時にセーヌ川のクルーズ船が通りました。オルセー美術館では、2月革命のあった1848年から、第一次世界大戦が勃発した1914年までの作品を展示することになっており、それ以前の作品はルーヴル美術館、以降の作品はポンピドゥー・センターという役割分担がなされているそうです。所蔵作品は約2万点で常設だけで約4000点が展示されているそうです。1848年~1914年は我々にとってなじみ深い作者や魅力的な作品が多いことから、年間344万人(2015年)の来館者がある人気の19世紀専門美術館です。
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建物の特徴である時計の部分を拡大いたしました。
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文字盤の部分を拡大いたしました。
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駅舎だったことを示しているのが「PARIS - ORLEANS」です。これも是非ともクリックしてもらいたい写真です。
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外から時計を見ていると、中からも見たくなります。こちらが中からの写真です。文字盤は透明ガラスでできていたのです。こちらの時計は2つの時計の東側の時計です。東側はセーヌ川の上流側になります。
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時計の文字盤を通してモンマルトルの丘が正面に見えました。
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さらに拡大いたします。クリックするとさらに拡大いたします。この時計が117年前の1900年に作られたとはすばらしいと思います。
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もう1つの西側の時計の内側は素敵なレストラン(カフェ)になっていました。名前はCafé Campanaでした。人が写っているので文字盤時計の大きさが分かってもらえると思います。人の身長の4~5倍の大きさがありそうです。上の時計とは大きさが同じですが、床の高さが違いました。
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最初に紹介した東側の時計の内側からの写真を露出調整しました。最初の時計の部屋は展示室で、ヒトデのような芸術的なソファーが置かれていました。
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大時計の機械部分を上の写真から切り取り拡大いたしました。時計が大きいので機械部分が小さく見えますが、全体の大きさと比較すると結構大きいのだと思います。
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大時計のある展示室に置かれていたヒトデのソファーです。右のドアから外に出ることが出来ました。
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そのヒトデのソファーが置かれていた展示室の横のドアから屋外に出て、もう一方(西側)の時計の方向を撮った写真です。
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駅舎だった雰囲気を残している室内の写真を紹介します。ここに線路が並んでいた沢山の列車が泊まっている光景を目に浮かびます。ホームは高さ32m、幅40mのドーム状の屋根(トレイン・シェッド)で覆われていました。蒸気機関車の使用する駅では切符売り場や待合室などはホームとは独立した駅舎に設けられるのが普通でしたが、オルセー駅では大きなドームによって一つの屋根の下に初めて納められたそうです。ドーム内部の壁画や装飾も以前の駅には見られなかったそうです。ドームの西端には大時計が掲げられています。
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その大時計です。直径は6mだそうです。
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地上からの景色です。
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地上からだと広さが実感できました。
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建物は、壁の装飾と鉄骨とガラスの芸術と言えると思います。
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エッフェル塔が作られた時代の最新の技術で作られた建物であることが感じられました。オルセー駅に使われた鉄骨の総量は12000トンにのぼり、エッフェル塔の7500トンを上回っています。ただし、鉄骨構造でありながら、オルセー駅はルーブル美術館やチュイルリー庭園の対岸に位置するため、鉄骨やガラスの目立つデザインは受け入れられず、セーヌ川に面した正面は化粧石で覆われて、今の景観になったそうです。
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絵画の紹介は次回の絵画編で行いたいと思いますが、今回は1枚だけ紹介したいと思います。2016年9月22日に神戸市立博物館で行われていた松方コレクション展で見た絵があったからです。フランスから返還されなかった18 or 19作品の内、オルセー美術館には11作品の松方コレクションが所蔵されています。その11作品の中の1枚です。もちろん日本では写真撮影は禁止されていましたので写真が撮れたのは貴重でした。
 松方コレクション
  洋画など    約2650点
   日本持ち込み 約1300点 世界恐慌により散逸(さんいつ)
   フランス保管 約 400点 19点を除き370点が日本に返還される
   イギリス保管 約 953点 1939年にロンドンでの火災で焼失
  日本の浮世絵  約8200点 現在は国立西洋美術館に保管
 オルセー美術館所蔵の松方コレクション → 記事
  ボンヴァン  チーズのある静物
  ボンヴァン  鴨のある静物
  ボンヴァン  野兎のある静物
  クールベ   フラジェの農夫たち
  マネ     ビール・ジョッキを持つ女
  ゴーギャン  シュフネッケルの家族
  ゴーギャン  扇のある静物
  ゴーギャン  ブルターニュの風景
  ゴーギャン  ヴァイルマティ
  ゴッホ    アルルの寝室
  ロートレック 庭に座る女 ジュスティーヌ・デュールの肖像 
 写真の作品
  題名 庭に座る女 ジュスティーヌ・デュールの肖像
  製作 1891年
  作家 トゥールーズ ロートレック
  分類 松方コレクション
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パリの三大美術館の場所を紹介します。
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 ポンピドゥー・センター (Pompidou Centre )の中の国立近代美術館
 泊まったホテル


航空写真に切り替えてオルセー美術館辺りを拡大してみました。


こちらは1920年のオルセー駅の絵ハガキです。Wikipediaから転用させていただきました。
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当時の内部の写真です。こちらはWikipediaからリンクされたサイトから転用させていただきました。
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