So-net無料ブログ作成
武田尾 ブログトップ

武田尾温泉での朝食 [武田尾]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
武田尾温泉で泊まったマルキ旅館の夕食を記事で紹介したので朝食も紹介させていただきます。朝にお風呂に入ったりと、ゆっくりとしたかったので朝食は8時半からにしていただきました。食事までに朝の散歩と朝風呂を楽しんだ後に食事となりました。朝食は夕食と同じ部屋に用意されて時間になると案内されました。

こちらが朝食です。新米のごはんと味噌汁の朝食は久しぶりです。
クリックすると拡大

刺身コンニャクです。酢味噌でいただきました。
クリックすると拡大

煮物もありました。
クリックすると拡大

野菜のおひたし
クリックすると拡大

鮭と玉子焼きです。
クリックすると拡大

黄色の器は高野豆腐と椎茸の煮物で、ピンクの器はコンニャクとレンコンの料理で、白の器は蒲鉾が入っていました。
クリックすると拡大

最後は紅茶かコーヒーが選択出来ました。母と叔父さんたちが集まったのは約25年ぶりのため食事の後も渓流を見ながら、ゆっくりと話を楽しんでいました。マルキ旅館を発ったのは10時となりました。私が子供のころに母方の実家の山口県の岩国に行った時には叔父さんたちに、よく遊んでもらいました。武田尾温泉の記事はとりあえず今回の記事で終了です。他の武田尾温泉の記事を見たい方はトラックバックの欄のタイトルをクリックしてください。
クリックすると拡大

夕食は三田牛のすき焼きでした。 武田尾温泉 [武田尾]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
兵庫県の武田尾温泉で泊まったマルキ旅館の部屋お風呂を紹介させていただいたので、ここでは夕食を紹介したいと思います。夕食は三田牛のすき焼きをいただきました。泊まった部屋の近くの別の部屋にすき焼きが用意されていました。

これが三田牛(三田肉)です。1人当たり250gが用意されていました。
こちらの皿が3人前(750g)でテープルの奥の皿に2人前(500g)の計1250gが用意されていました。
三田牛は但馬牛の子牛を、三田肉流通振興協議会が指定した三田市とその周辺の生産農家で25ヶ月以上育成した牛のことです。実は世界に知られる神戸ビーフ(神戸牛)の元祖は三田牛の肉だったと言われています。開国により神戸港が開港し、外国人居留地の外国人の食用として肉の需要が生まれ、三田の荷役牛を太らせるて飼育したところ、霜降り肉で美味しいと絶賛され外国人の間でKobe Beef(神戸牛)と呼ばれるようになったそうです。
クリックすると拡大

肉質を感じていただくために拡大足しました。クリックするとさらに拡大します。
クリックすると拡大


こちらが野菜類です。比較的よく見る食材ですが、あまり見かけないのが左下のものです。食べてみて麩(ふ)のような味わいでしたがどっしりとした重量感があったので生麩と賦の中間的な食材のように感じました。
クリックすると拡大

旅館の方が作ってくれました。最初に肉を焼きました。
クリックすると拡大

野菜関係も一通り入れました。やっぱり、割り下など、家のすき焼きとは一味違っていました。
クリックすると拡大

やっぱりビールが飲みたくなります。すき焼きだけでも十分な量があるのですが、目立ちすぎない範囲で、前菜、天ぷら、ごまどうふ、に香物が付いていました。
クリックすると拡大

こちらは前菜5品です。
クリックすると拡大

こちらは天ぷらです。
クリックすると拡大

地元の新米のご飯です。私は最後までビールでしたが、食事が終わって余ったごはんは旅館の人がおにぎりにしたくれたので、翌朝食べましたが、冷えていても美味しかったです。
クリックすると拡大

デザートは旬の果物でした。

武田尾温泉の無料の足湯 [武田尾]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
兵庫県武田尾温泉に泊まったマルキ旅館の部屋の露天風呂から、武庫川の対岸の駐車場の右側に足湯が見えました。
すでに前々記事で紹介した通り、泊まったのは2015年10月2日でした。

露天風呂から上がって部屋の方からよく見ました。駐車している車の右側に足湯があるのが判っていると思います。判りにくいのに足湯を発見したのを不思議に思われたのではないでしょうか。この場所に無料の足湯があることは昨年(2014年)から知っていたのです。


足湯の辺りを拡大いたしました。
小さな子供さんを連れた家族の方が利用されていました。


実はこの足湯には昨年の2014年10月17日に来たことがあるのです。その時の写真を紹介いたします。この時は先客の方が一人、利用されていました。


いい雰囲気でした。
クリックすると拡大

横の岩を見ると水が浸みだしてきており、さわってみると温かでした。まさに天然温泉でした。
クリックすると拡大

私もさっそく足湯に入ってみました。もちろん誰でも利用できる無料の足湯なのです。記念のために、先に足湯に入っていた人に写真を撮っていただきました。


この足湯から武庫川渓流を挟んだ対岸の正面に趣のある旅館がありました。この時、一度は泊まってみたいと思ったのです。その思いが一年後に実現したわけです。
写真は、今回泊まったマルキ旅館です。旅館の右端の2階部分の2間が我々の泊まった「立花の間」です。
クリックすると拡大

我々が泊まった「立花の間」の辺りを拡大いたしました。よしず(すだれ)がかかっているところが「立花の間」専用の露天風呂です。
クリックすると拡大
クリックすると拡大
泊まった部屋「立花の間」の配置図がホームページにあったので掲載させてもらいました。8畳+7畳の広さがありました。冒頭の写真は「ひのき露天」と書かれたところから撮りました。
武田尾温泉の周辺の地図で足湯の場所を紹介します。
ここには4軒の旅館があります。
   無料の足湯
   マルキ旅館(宿泊した旅館)
   JR武田尾駅


武田尾で静かなブームになっているのが単線時代の旧福知山線・廃線ウォーキングなのです。生瀬駅あるいは西宮名塩駅から6km(廃線跡は4.7km)歩いた後、少し足を延ばして足湯で足を休めるのもいいかもしれません。私は両方ともに知らなかったので足湯に入ってから廃線ウォーキングをいたしました。また、偶には旅館に泊まって温泉に入って美味しい料理を食べるのはいかがでしょうか。
   無料の足湯         武田尾散策ルート
   旧福知山線・廃線跡    現在の福知山線
クリックすると拡大

廃線跡には7つのトンネルと鉄橋が残されており渓流のすばらしい景色に出会います。昨年掲載した記事を見てみてください。→ポチッ
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

いろんなお風呂を堪能いたしました。 武田尾温泉 [武田尾]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大上の写真は、我々が2015年10月2日に泊まった兵庫県武田尾温泉のマルキ旅館の右の写真の「立花の間」の専用露天風呂です。
総ひのき造りの露天風呂でした。専用の露天風呂の付いた部屋は6つあるそうです。

旅館には14時に到着したので、すぐに露天風呂に入ってみました。紅葉の時期には落ち葉が湯船に落ちてきそうでした。我々が泊まった「立花の間」は専用露天風呂は敷地内から温泉の源泉を引いているそうです。「立花の間」以外では「南天の間」と「せんだんの間」も源泉を引いているそうです。
クリックすると拡大

「立花の間」以外の部屋の露天風呂の写真をパンフレットから紹介します。上段の左から「南天の間」、「せんだんの間」の露天風呂で、下段の左から「あおいの間」、「ぼたんの間」、「ふきの間」の露天風呂です。全て形が違うのが、こちらの旅館の特徴なのかもしれません。



部屋も露天風呂も武庫川渓流に面していました。露天風呂から上流側を見た景色です。川の対岸に見えるのは「紅葉館・別庭あざれ」です。
クリックすると拡大

露天風呂から下流側を見た景色です。赤い吊橋が見えますが、武田尾橋です。
クリックすると拡大

こちらが下流側の朝の景色です。朝もやが趣のある雰囲気を感じさせたくれました。武田尾橋は霧で霞んでいます。
クリックすると拡大

対岸から「立花の間」を撮った写真です。2階の2間が「立花の間」で「よしず」が下がったところが部屋専用の露天風呂です。1階の2間が「南天の間」です。
屋根の左上奥の「よしず」の部分が貸切の展望露天風呂です。
クリックすると拡大

我々の泊まった部屋の戸から撮った写真です。奥の階段を上っていくと貸切の露天風呂があります。
クリックすると拡大

貸切の露天風呂は「さくら湯」と「もみじ湯」があります。入りたいときにフロントに電話して、空いていると、露天風呂に入ることが出来ます。事前の予約は出来ないとのことでした。さっそく連絡して入浴いたしました。


入ったのは「さくら湯」でした。
クリックすると拡大

湯船もスペースも大きいくて気持ちがよかったです。
クリックすると拡大

脱衣場も趣がありました。
クリックすると拡大

貸切展望露天風呂「さくら湯」からの景色です。
クリックすると拡大

もみじの湯の入口です。
クリックすると拡大

こちらが「もみじ湯」の湯です。入りませんでしたが写真だけ撮らせてもらいました。
クリックすると拡大

旅館の屋内にも2つお風呂があります。それぞれ男湯と女湯に使われていましたが日によって変えています。この表示は10月3日の朝で、前日は反対の表示になっていました。


こちらが「せっこくの湯(巌窟温泉)」です。のお風呂は到着した10月2日は男湯でした。翌日の朝には女湯になっていました。自然の岩をくり抜いた洞窟風呂で、明治末に手作業で掘って造ったそうです。浴場にはマルキ旅館のシンボルであるダルマの手焼きタイルが飾られたレトロナお風呂でした。
温泉は無色透明の単純泉でラジウムを含んでいるのが特徴です。
クリックすると拡大

洞窟風呂(巌窟風呂)の部分を拡大いたしました。巌窟は岩の洞穴を意味します。
クリックすると拡大

雰囲気を感じてもらうために、さらに拡大いたします。
クリックすると拡大

こちらは「みずひきの湯」です。到着した日は女湯でしたが、翌朝は男湯となっていたので入浴いたしました。つまり一泊すると入ることが出来るお風呂は5ケ所になるわけです。部屋付の露天風呂を含めると旅館には10ケのお風呂があることにもなります。
クリックすると拡大

竹で作られたような囲いの部分の建物の奥にお風呂があります。
手前の囲いの方が「せっこくの湯」で、渡り廊下の向こう側にある囲いの方が「みずひきの湯」です。囲いの部分は趣のある庭になっていました。
クリックすると拡大

武田尾温泉に泊まりました。 [武田尾]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
2015年10月2日~3日に実家がある兵庫県の宝塚の近くにある武田尾温泉に泊まりました。長く宝塚に住んでおり武田尾温泉の存在は知っていましたが泊まるのは初めてでした。埼玉県川越市に住んでいる叔父さん(母の弟)が姫路で大学の同窓会をしたのを機会に母とその兄弟たちが集まりたいとのことで、武田尾温泉の旅館を予約したのです。そして私も参加させてもらったわけです。私は実家の宝塚からレンタカーで母と行きました。叔父さんたちは姫路に14時ごろに待ち合わせて最寄駅の武田尾駅までJRで来て、そのあと旅館の車でここまで来たわけです。

今回泊まった旅館は武田尾にある4つの旅館の一つであるマルキ旅館です。その旅館は武庫川の渓流沿いにありました。写真に写っている建物はすべてマルキ旅館です。創業は118年前の明治30年(1897年)で、長い歴史の中で増改築をしたきたのだと思います。ここに写っている建物が全てではなく左の小さな小川沿いにも建物が続いていました。
 名前 マルキ旅館
 住所 兵庫県西宮市西瀬町名塩5313-35
 電話 0797-61-0221
 HP http://www.marukiryokan.jp/
クリックすると拡大

玄関に飾られていた昔のマルキ旅館の写真です。当初の建物は今の場所ではなく、現在よりも駅側にあったそうです。
武田尾温泉自体は歴史が古く、この近くに隠れ住んでいた豊臣方の落ち武者であった武田尾直蔵(たけだお なおぞう)が374年前の1641年(寛永18年)に、薪拾いの際に発見した湯だそうです。武田尾の名前も発見者である武田尾直蔵から来ているそうです。寛永18年は江戸幕府になって38年目で、第4代将軍である徳川家綱が生まれた年です。
クリックすると拡大

こちらはネットから転用させていただいた同時期の武田尾温泉の全景写真です。建物の形からマルキ旅館が中央より少し右にあることが判ります。


上の昔の全景写真に近い構図の現在の写真です。川の中の大岩は今もあります。大岩の位置から全体の位置を比べることが出来ると思います。
クリックすると拡大

関西の温泉で有名なのは、日本最古泉と言われている有馬温泉ですが、周りに自然以外は何もない武田尾温泉は隠れ家的な温泉なのです。
  A  武田尾温泉  西宮市 / 宝塚市
  B  有馬温泉   神戸市
  C  宝塚温泉   宝塚市


玄関をくぐったところです。
クリックすると拡大

中に入って玄関を見た景色です。
クリックすると拡大

玄関脇にはくつろげるロビーがありました。
クリックすると拡大

別の角度から見たロビーです。
クリックすると拡大

階段で2階にあがり長い廊下を進むと我々の泊まる「立花の間」の前に出ました。写真に写っている2つのドアが「立花の間」の入口です。
クリックすると拡大

立花の間は2部屋で構成されていました。こちらの部屋にはトイレと洗面所がありました。窓の外は武庫川が流れていました。縁側にある椅子で母がくつろいでいます。
クリックすると拡大

こちらが、もう一部屋の写真です。床の間の左側の扉は専用露天風呂の入口です。
クリックすると拡大

部屋の配置図がホームページにあったので掲載させてもらいました。8畳+7畳の広さがあります。

こちらが立花の間の露天風呂です。
クリックすると拡大

総ひのき造りの露天風呂でした。正面には「よしず」が下げられていました。
クリックすると拡大

二階の「よしず」の部分が、今回の「立花の間」の露天風呂です。一階は「南天の間」の露天風呂です。2つの部屋以外に専用の露天風呂がついているのは「ふきの間」と「ぼたんの間」と「せんだんの間」と「あおいの間」です。
クリックすると拡大

実は去年の2014年10月17日にも散策のために武田尾に来たことがあります。その時、川の向かい側からマルキ旅館の写真を撮っていたのです。この写真で立花の間の2部屋と露天風呂の場所が判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

実は昨年に武庫川渓流を挟んだ対岸から今回泊まった旅館を見て一度、泊まってみたいと思ったのです。その思いが一年後に実現したわけです。旅館の右端の2階部分の2間が我々の泊まった「立花の間」です。
クリックすると拡大

夕食と朝食はこちらの部屋でいただきました。こちらの部屋もくつろげる空間でした。5人で食事するには贅沢な広さがありました。
夕食は三田牛のすき焼きでした。
こちらの写真は朝食風景です。後日、夕食と朝食を紹介したいと思っています。
クリックすると拡大

こちらの旅館のすばらしいところは、窓の外の景色です。
クリックすると拡大

正面の川の景色です。川の向こう側は4軒ある旅館の一つである紅葉館です。
クリックすると拡大

露天風呂から上流側を見た朝もやの景色です。
クリックすると拡大

露天風呂からの下流側の朝もやの景色です。遠くに趣のある吊橋が見えました。
クリックすると拡大

明るいうちに撮った吊橋です。名前は武田尾橋です。武田尾駅から旅館までの間にある吊橋で駅からは、個の吊橋を通ってきます。
クリックすると拡大

お風呂に行く渡り廊下を外から撮りました。左側の建物にマルキ旅館のお風呂があります。
クリックすると拡大

旅館のお風呂に行く渡り廊下の窓から小川の上流を見た景色です。別の旅館である「河鹿荘」が見えます。小川の左側の建物で「よしず」がかかったところがマルキ旅館の室内のお風呂です。露天風呂は武庫川沿いの建物の最上階にあります。
クリックすると拡大

河鹿荘の茅葺の建物です。
クリックすると拡大

河鹿荘よりさらに奥に別の旅館である「武田尾温泉・元湯」があります。
クリックすると拡大

武田尾温泉の周辺には4軒の旅館しかありません。その4軒の旅館の場所を紹介いたします。この辺りの川の北側は宝塚市で、南側が西宮市のため、紅葉館は宝塚市で、他の3つの旅館は西宮市になります。最も古い創業なのが1887年「武田尾温泉・元湯」で、次が1893年の「紅葉館」です。紅葉館は2004年の台風23号で壊滅的な被害を受けましたが4年後に新館を建てて廃業の危機を乗り越えたそうです。
   紅葉館・別庭あざれ     無料の足湯
   マルキ旅館         駅からのルート(590m)
   河鹿荘
   武田尾温泉・元湯 (元湯旅館)
   JR武田尾駅

廃線となった旧・福知山線を歩きました。 [武田尾]


クリックすると拡大
実家のある宝塚の北に武田尾温泉があります。昔ながらの都会から離れた静かな場所で、学生時代に何度か自転車で行ったことがあります。2014年10月17日に電車で行ってみることにいたしました。JR宝塚塚駅を9時57分に乗ると10時5分に上の写真の武田尾駅に着きました。

武田尾駅( )から緑のラインを歩いて武田尾温泉あたりを散策いたしました。

より大きな地図で 武田尾温泉散策 を表示
散策が終わったら電車に乗って帰るつもりでした。
1時間程度歩いて温泉橋の辺りで、この案内を見つけました。この中のJR廃線敷に興味を感じたので行ってみることにいたしました。
クリックすると拡大

ここが入口です。本来の入口は工事中のため仮設のルートからJR廃線敷きに入りました。ハイキングコースになっていたのです。


廃線敷は枕木の残った小道でした。おそらく数百m歩いて戻ってくるものだと思い歩き始めましたが、いくら歩いても行き止まりにならなかったのです。この路線は武庫川沿いに走ったいた単線の福知山線でしたが、スピートアップと複線化のために長いトンネルで直線的な新線が出来たために1986年に廃線になったものでした。線路からの景色がすばらしかったことから廃線敷きとし整備保存されたようでした。
クリックすると拡大

下記の航空写真の赤いラインが廃線敷きです。数百mで行き止まりになるどころか4.8kmもあり次の駅近くまで歩けるハイキングコースでした。コースには7つのトンネルがあり一番長いトンネルは414mもりました。途中には武庫川(渓谷)を渡る鉄橋もある変化豊かなすばらしいハイキングコース(ウォーキングコース)だったので全コースを紹介することにいたします。紫色のラインが現在の福知山線です。
トンネルの長さはGoogle地図で読み取った長さなので公式の数値とは若干違うかもしれません。トンネルは7つすべて紹介します。
クリックするとGooglear@拡大を表示

旧・福知山線は片側が川で反対側が急な崖となったところを走ります。ここは川幅が広いけれども途中では渓谷のような景観となります。
クリックすると拡大

崖には鉄製の梯子が取り付けられていました。福知山線として使われていたころの名残の遺物です。


全行程の4.8㎞の間は人家は無く道路もない自然豊かな場所でした。
1899年1月25日に本線部分が出来て武田尾駅・道場駅・三田駅が開業しました。
1986年8月1日に宝塚駅~三田駅間が新線になり旧・福知山線は廃線になりました。
クリックすると拡大

長尾淵と名付けられた場所でした。


昔のままの形鋼で出来た手すりが印象的でした。
クリックすると拡大

しばらく歩くとトンネル①(87m)が見えてきました。石とレンガで出来たトンネルです。
クリックすると拡大

トンネルの内部です。壁は石垣で出来ており天井は煉瓦(レンガ)でした。枕木が鉄道のトンネルであることを感じさせてくれました。
クリックすると拡大

入口の方を振り返った景色です。
クリックすると拡大

こちらが出口です。結構、整備されていることが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

ここまで武田尾駅から1000mの距離です。案内板も整備されていました。


次のトンネルが見えてきました。
クリックすると拡大

シンネル②(143m)は直線のトンネルでした。
クリックすると拡大

トンネル内部を低いアングルで撮ってみました。
クリックすると拡大

入口の方を振り返った景色です。すれ違った人が私が入ってきた入口の方に向かっています。


トンネルの出口です。両サイドの石垣が印象的でした。
クリックすると拡大

両サイドの石垣は長く続きました。
クリックすると拡大

対岸には小さな火地がありました。この橋を見てもらったら判るように橋は道路より高くなっており階段を登って渡る形式であることから徒歩専用の道であることが推察できました。
クリックすると拡大

ここは桜の名所でもありました。


おそらく桜の木だと思います。
クリックすると拡大

山からの土砂くずれで道が途切れています。
クリックすると拡大

気にせずに土砂崩れの上を歩いて前に進みます。
クリックすると拡大

静かな雰囲気になってきました。こんなところでお弁当を食べるのもいいですね。
クリックすると拡大

上流(武田尾)側の景色です。
クリックすると拡大

下流(宝塚)側の景色です、
クリックすると拡大

三つ目のトンネルが見えてきました。川を渡っている橋は水道橋です。この辺りまでの廃線敷きは土砂崩れのところ以外は整備されていました。大きな案内板がトンネルの手前に建てられていました。
クリックすると拡大

此の先は自己責任で歩いてくれとの説明でした。1986年8月に廃線となったことも書かれていました。


これがトンネル③(310m)です。このトンネルに入って、すぐに「告」の案内板の意味が解りました。
クリックすると拡大

トンネルは曲がっており310mの長さのために真っ暗闇になるのです。ここに来る人は懐中電灯を持ってくることが常識だったのです。光が無いと一歩も歩けなくなります。さらにここは足場も悪いのです。私は廃線敷きがあることを知らなかったので、当然ですが懐中電灯は持っていませんでした。携帯電話の照明機能でなんとか歩くことが出来ました。
クリックすると拡大

こちらがトンネルの出口です。
クリックすると拡大

トンネルの出口の正面に鉄橋がありました。ここで行き止まりかと思いました。
クリックすると拡大

鉄橋の右側に人間が歩ける通路があったことから前に進めました。
クリックすると拡大

手をいっぱいに伸ばして進行方向を撮りました。進行方向に4つ目のトンネルが見えます。すばらしい景色に出会いました。
クリックすると拡大

私が歩いてきた方向です。
クリックすると拡大

鉄橋を渡り切って鉄橋を正面から撮りました。
クリックすると拡大

川幅も短くなって川の景色も渓谷のようになってきました。
クリックすると拡大

トンネル④(145m)の入口です。
クリックすると拡大

ここのトンネルも壁は石で天井はレンガでした。
クリックすると拡大

トンネルから振り返ると、先ほどの鉄橋を見ました。
クリックすると拡大

トンネルの出口でハイキングの人が休まれていました。
クリックすると拡大

川の景色も渓谷となってきました。
クリックすると拡大

その脇を列車が走っていたのです。
クリックすると拡大

水が多い時は岩肌の上面まで推移画揚がるのだと思います。
クリックすると拡大

さらに進みます。
クリックすると拡大

さらに急流になってきました。
クリックすると拡大

滝のような無く差で水が流れていました。
クリックすると拡大

かなりの川幅で勢いよく水が落ちるように流れていました。
クリックすると拡大

拡大いたしました。
クリックすると拡大

動画で見てもらうと迫力が判ってもらえると思います。


気が生い茂亭るところもありました。
クリックすると拡大

これがトンネル⑤(8m)です。自然のトンネルではなく落石防止に人工的に作ったようなトンネルでした。
クリックすると拡大

6つ目のトンネルです。今回の中で最も長いトンネルでした。
クリックすると拡大

これが最も長いトンネル⑥(414m)です。このトンネルも懐中電灯が無いと通り抜けることが出来ません。
クリックすると拡大

携帯電話の照明機能でゆっくりと進みました。この中を昔は列車が走っていたのです。
クリックすると拡大

枕木が壁に立掛けられていました。
クリックすると拡大

トンネル⑥ので口です。皆さんお弁当タイムでした。
クリックすると拡大

私はそのまま進みました。
クリックすると拡大

川の景観も変わってきました。
クリックすると拡大

川の景色をもう一枚紹介します。
クリックすると拡大

右側の石垣が印象的でした。ここに線路を作るのは大変な工事だったと思います。
クリックすると拡大

退避場所は川に突き出ていました。保安員の人が列車をやり過ごした場所なのだと思います。
クリックすると拡大

川の水の流れも静かになってきました。
クリックすると拡大

ここでもお弁当タイムでした。
クリックすると拡大

最後のトンネルとなるトンネル⑦(317m)の入口です。
クリックすると拡大

ここの内面はコンクリートでした。
クリックすると拡大

出口の景色は開けていました。
クリックすると拡大

トンネルの出口です。
クリックすると拡大

遠くからトンネルので口を撮りました。
クリックすると拡大

上流から流されてきた石が沢山ありました。
クリックすると拡大

開けてきましたが人家はありません。
クリックすると拡大

私が歩いてきた上流側の写真です。
クリックすると拡大

こんなに大きな石も流れる急流になることもあるのです。
クリックすると拡大

小さな鉄橋の上にぶ厚い鉄板が魅かれて人が歩けるようになっていました。「橋りょう上歩行禁止!」の表示は列車が運行していた時代の表示だと思われます。右側には人が渡れるように作られていましたが今は板がないので渡れません。
クリックすると拡大

鉄板の下には枕木があるので、昔は鉄橋だったことが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

ここの皮の景色も紹介します。
クリックすると拡大

面白いものも残されていたので登ってみました。
クリックすると拡大

最後の鉄橋です。
クリックすると拡大

ここにも廃線敷きを歩くのは自己責任であることの「告」の表示があり少し進むと廃線敷きは終わりました。
クリックすると拡大

赤色ラインが今回紹介した旧・福知山線のハイキングコース(ウォーキングコース)でした。この後は電車に乗らないで青色ラインを歩いて逆瀬川の実家まで行きました。実家の場所が特定されないように青色ラインは実家の近くで止めています。紫色のラインが現在の福知山線です。 のマークがJR武田尾駅です。 この日は武田尾温泉の散策も含めて15kmほど歩くことになりました。のマークは無料の足湯です。

より大きな地図で 廃線 を表示
追伸
2014年10月20日から蓼科と上高地に2泊3日の旅行に行って来ます。その間は皆さまところへの訪問が出来なくなることお許しください。今回もワンコ(ムサシ)を連れて車で行きます。上高地には連れていけないので蓼科の友達の家で留守番してもらうつもりです。
武田尾 ブログトップ