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シャンボール城 その6 コソン川越しから見たシャンボール城 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は北西方向からコソン川(Le Cosson)越に、正面から見たシャンボール城(Château de Chambord)です。
クリックすると拡大ほとんどの日本のツアーの場合、シャンボール城を正面から見れるのは左の写真の南東方向からの景観です。日本のツアーの場合時間の関係からガイドの方は北西方向の正面から案内されないからです。一方でツアーガイドなどでは水に映るシャンボール城の写真がよく使われています。そこでシャンポール城の売店で解散した後の自由時間を多めにとってもらって行ってみることにいたしました。時間が厳しいことは分かっていたので、遅れた時に心配するといけないのでガイドさんには写真を撮りに行く場所は伝えておきました。

そのルートが青色ライン(━━)です。駐車場に停まっているバスに集合時間までに行けるように時間を見ながらコソン川沿いを歩きました。これ以上進むと遅刻してしまうと思われるところまで写真を撮りながら進んでUターンして駐車場に向かいました。
  ━━ 城内見学前の散策ルート(行き)
  ━━ 城内見学後の散策ルート(帰り) 今回紹介
    シャンボール城の建物出入口
    南東正面からの撮影位置
    北西正面からの撮影位置    今回紹介
  バスの駐車場


コソン川がよく分かる航空写真も掲載いたしました。
コソン川は城の近くだけ堀として広くなっています。→ポチッ
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シャンポール城の出入口を出てコソン川に向かっている途中から見たシャンポール城です。シャンポール城に来たのはフランスに着いて6日目でした。
 1日目 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 モンサンミッシェル
 3日目 モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 ロワールの城めぐり
 7日目 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他
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同じ場所から塔の部分を拡大いたしました。
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コソン川にかかる石の橋です。趣があります。これを渡って川の向こう側に行きました。
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橋の全景です。
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横には小さな小川も流れていました。
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コソン川で出来た堀の西のコーナーから見たシャンボール城です。
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同じ場所から城が画面いっぱいになるように拡大いたしました。
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少し城の正面寄りに移動した構図です。
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城の正面に出ました。
これが北西正面( )から撮影したシャンボール城です。
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北西正面( )から撮影したシャンボール城を画面いっぱいになるように拡大いたしました。この写真が冒頭の写真です。
クリックすると拡大下の写真は遠くからズームで撮っていて右の南東正面からの写真は広角で撮っている関係もありますが、右の南東正面からの城と同じ幅にもかかわらず全体が高く見えます。
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城の本館部分が画面にいっぱいになるように拡大いたしました。
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塔の部分です。
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正面から少し北東方向に移動した撮った写真です。
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さらに北コーナーに近づきました。
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北コーナーからの写真です。下側の写真は2枚の写真をつなぎ合わせました。
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城の範囲が画面いっぱいになるように拡大いたしました。なんとかイメージしていた構図での写真を撮ることが出来ました。これで晴れていたならばよかったなと思いましたが、天気だけは仕方ないです。
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北コーナー方向からの3Dの航空写真も紹介します。クリックするとオリジナルの3D画像を表示します。
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北コーナーから東コーナーを目指して歩きましたが、本写真を撮ったところで時間切れと判断して、ここでUターンしてバスが停まっている駐車場に行きました。
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ここを進むと駐車場です。なんとか時間には間に合いましたが、私が一番最後になりました。丁寧に説明してくれるのはうれしいけれども、今回のようにコースから外れる写真を撮るのは厳しかったです。ツアーメンバー11名の内で写真を熱心に撮るのは2~3名でした。この回のツアーはプロが説明することを売りにしたタイトルのツアーであったことから、自由時間を多くとるのは難しいところだったと思います。それでもできる限り取っていただきました。シャンポール城を含めたロワールの城めぐりは本記事で終了です。今まで掲載したシャンボール城の記事のタイトルと掲載します。タイトルとクリックすると記事を見ることが出来ます。「その1」~「その6」は2回目の訪問の今回の記事です。
 初めて シャンポール城 ( 2005年12月4日に訪問した時の記事 )
 その1 シャンボール城に到着いたしました。
 その2 城内編
 その3 螺旋階段編
 その4 屋上編
 その5 城からの景色
 その6 コソン川越しから見たシャンボール城
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この後、シャンポール城(⑤)から出発場所のマイバス社パリ事務所(①)に向かいました。番号は廻った順番( ①→②→③→④→⑤→① )です。
  ① マイバス社パリ事務所  B
 シュノンソー城
 クロ・リュセ城(ダビンチの家)
 La Cave aux Fouées (ランチを食べたレストラン)
  ⑤ シャンポール城
 ━━ ロワール城めぐりのツアールート 495km


追伸
2017年3月16日から3月23日まで関西に行ってきます。ネット事情の関係から皆様のところに訪問できないことをお許しください。

シャンボール城 その5 城からの景色 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

フランス・ロワール地方にあるシャンボール城を紹介してきましたが、その4「屋上編」でシャンボール城の屋上の塔を中心に紹介しました。ここでは、その屋上からの城の周りを紹介したいと思います。航空写真の中央にChâteau de Chambordと書かれた小さく見える建物が、巨大なシャンボール城です。そのことから城の周りが広い森で囲まれていることが分かってもらえると思います。上の航空写真で城から右方向に延びているのは堀のように大きく広げたコソン川(Le Cosson)です。
クリックすると拡大シャンボール城は建物の巨大さに驚かされます。それ以上に驚かされるのが敷地の広さです。現在でも城の周りには、52.5k㎡の森林公園が広がり、右の写真の長さが31kmの石積みの壁で囲まれた禁猟区にはアカシカが生息しています。昔はそのアカシカが狩猟の最大の対象だったようです。上の航空写真の1辺は3.09kmです。3.09km四方の面積は9.55k㎡なので、52.5k㎡はこの9.5481k㎡の5.5倍の面積が現在の城の面積ということになります。航空写真の中のマイナスのアイコン( マイナス)を1回クリックしても面積は38.2k㎡(=9.55k㎡×4倍)のため、52.5k㎡はさらに広いです。あの広大な敷地のヴェルサイユ宮殿でさえ敷地面積は10.7k㎡です。
現在の城の状態に完成した1547年ごろは人家もほとんどなく想像を絶する広さだったと思います。1547年はシャンボール城を建設したフランソワ1世が亡くなった年です。シャンボール城の建設はフランソワ1世が建設を初めて亡くなるまで続けられていたのです。つまりシャンボール城はフランソワ1世が亡くなった年のままなのです。

シャンポール城の屋上からの景色を紹介する前に、写真の方向が理解しやすいように撮影場所を紹介します。下記のⒶⒷⒸが撮影ポイントです。南東方向と北西方向にまっすぐに地平線まで伸びている道は圧巻です。
右の城の全景の写真は南東方向からシャンポール城を撮ったものです。
クリックすると拡大  本館の南東面
  本館の北西面 
  本館の南西面
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本館の南東面からの景色
南東方向正面を撮ったものです。すでに上で説明しているように道がまっすぐに続いています。フランス国旗が立てられている下から城内に入りました。こちらの写真をクリックすると特別に大きく拡大します。
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南東方向正面の写真を少し拡大いたしました。クリックすると拡大この道の中央から右のシャンボール城の全景の写真を撮りました。広い庭を囲っている並木道までの3分の2の距離のところです。
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南東方向正面の道が地平線まで続いていることを実感してもらいたくて、さらに拡大いたしました。
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東方向(南東を中心にして左側)の写真です。建物の後ろ側にコソン川(Le Cosson)が少しだけ写っています。
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東方向(南東を中心にして左側)を拡大すると建物がありました。
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南方向(南東を中心にして右側)の写真です。民家が見えます。昔は城を管理する人たちが住んでいたのでしようか。
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南方向(南東を中心にして右側)の民家あたりを拡大いたしました。
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本館の北西面からの景色
北西方向正面にも道が伸びていました。左右に横切っている堀はコソン川を広げたものです。この写真はクリックすると特別に大きく拡大します。
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北西方向正面の写真を拡大いたしました。こちらも特別に大きく拡大します。
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北西方向正面をさらに拡大いたしました。広さを実感していただけたでしょうか。
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下が北方向(北西を中心にして右側)の景色です。
クリックすると拡大帰りに特別にこの辺りに行ってシャンポール城を撮ったのが右の写真です。後日、詳しく紹介したいと思います。
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こちらは西方向(北西を中心にして左側)の景色です。
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本館の南西面からの景色
の地点から南南西の方向を撮った写真です。見えている建物はサン・ルイ教会(Église Saint-Louis de Chambord)です。
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上の写真はこの写真から教会の部分を切り取りました。
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シャンボール城(Château de Chambord)の場所を紹介します。

シャンボール城 その4 屋上編 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス・ロワールにあるシャンボール城で、クリックすると拡大有名な二重の螺旋階段を上った目的の一つは、城の屋上に出るためです。眺望がすばらしいだけでなく沢山の塔を間近で見ることが出来るためです。上の写真で下から3分の1のところが、屋上です。その屋上からいろんな形の塔が建っているのが判ってもらえると思います。

螺旋階段から屋上に出るための出入り口です。螺旋階段はさらに上に続いていることもわかってもらえると思います。
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クリックすると拡大屋上の部分を真上から見たGoogle航空写真です。
右の写真は城の建物の全体の航空写真です。
四隅と中央に大きな塔が建っており、その周りに大小の沢山の塔が建っていることが判ります。
クリックするとオリジナルを表示します。
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森の中の木のように沢山の塔が建っていることが分かってもらえると思います。
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中央の塔を真下から見上げました。
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中央の屋根の上の塔も独特な形です。
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その塔の部分を拡大いたしました。
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四角い塔、丸い塔といろいろです。窓の形も四角、三角、菱形、丸といろいろありました。
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大きな四隅の塔の周囲は回廊になっていて見事な景色を見ることが出来ました。
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中庭の隅の塔です。その3の螺旋階段編で紹介した螺旋階段も上から見ることが出来ました。
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石の手すりも見事でした。
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四隅の塔の一つの塔の周囲です。
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中央に近いところからの景色です。塔に囲まれていました。
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中央の塔の先端を見上げました。
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四角い塔も見上げました。
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塔と緑の景色はタイ仕様的でした。
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補修工事が行われている塔も間近で見ることが出来ました。
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沢山の彫刻で飾られていました。
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手の届くところにあるので、石の壁にはいたずら書きありました。
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見事な彫刻に関してはガイドの方から沢山説明を受けました。
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こちらも見事な飾りです。屋上はこのような彫刻に出会える場所でもありました。
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屋根越しに見た塔です。目の前で見ることが出来ます。
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窓の透明なステンドグラスも見事でした。シャンボール城は1519年~1547年に建設されました。470年以上前にこれほどのガラス窓を作る技術があったのには驚かされます。
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いろんな角度からいろんな塔を紹介したくなります。
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これが中央塔の先端部分です。
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中央の塔です。上の写真の先端部分が判ると思います。
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出来り全体を撮った中央の塔です。
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中央の塔の下の部分です。螺旋階段への出入り口が確認できます。
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塔の上の飾りも見事です。
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真下から見上げる構図が多くなります。
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中央の塔の周囲です。
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螺旋階段の出入り口に戻ってきました。
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奥時様の見学が終わって、螺旋階段から下に降りました。


フランス旅行6日目となったロワール地方の城めぐりバスツアーでの、シャンポール城( )と他の訪問場所を紹介します。この地図で示す通りロワール地方はパリの南西方向にあります。ロワールの城めぐりツアーでの最後の場所がシャンポール城でした。つまり①→②→③→④→⑤→①と廻りました。
  ① マイバス社パリ事務所  B
  ② シュノンソー城
  ③ クロ・リュセ城(ダビンチの家)
  ④ La Cave aux Fouées (ランチを食べたレストラン)
  ⑤ シャンポール城
 ━━ ロワール城めぐりのツアールート 495km

シャンボール城 その3 螺旋階段編 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大フランスのロワール地方にある右の写真のシャンボール城に関してその1その2の2つの記事を掲載いたしました。
その3として紹介したいのが、有名な上の写真の二重の螺旋階段(らせん階段)です。
二つの階段を使えば、相手に出会うことなく3階まで昇り降りができます。二重の螺旋階段に関して現代のものですが、クリックすると拡大判りやすい写真がネットにあったので右に紹介します。シャンボール城の二重の螺旋階段は広々としており、シャンボール城見学のハイライトとなっており、城の最上部から照らし出されています。フランソワ王によってレオナルド・ダ・ヴィンチがイタリアからフランス招かれて晩年まで過ごした時期であることから階段を設計にレオナルド・ダ・ヴィンチの構想が反映されたと考えるのは自然なことですが、確認する手立ては見つかっていないそうです。この種の構造を有する近代以前の建造物は世界的にも珍しいものですが日本にも存在します。クリックすると拡大それは、江戸時代である寛政8年(1796年)に建立された会津のサザエ堂です。本来は三匝堂(さんそうどう)ですが螺旋構造や外観がサザエに似ていることから通称で栄螺堂(さざえどう)あるいはサザエ堂と呼ばれたそうです。
栄螺堂は二重の螺旋階段で江戸時代後期の東北~関東地方に多数作られたものですが、現存は6つで、外から螺旋階段がはっきり判るのは会津の栄螺堂です。
栄螺堂の二重の螺旋階段が独自に考えられたものか、シャンボール城の二重の螺旋階段の影響をクリックすると拡大受けたものかは判らないそうです。右上の写真はWikipediaから転用させてもらった会津の栄螺堂です。堂の周囲が二重の螺旋階段になっています。
 シャンボール城 1519年~1547年建設
 会津さざえ堂  1796年建立

少し離れて見た二重の螺旋階段です。
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2つの階段が見える角度からの拡大写真です。
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シャンボール城を案内するガイドの方は、この螺旋階段の説明を必ず行うほど、シャンボール城の大切な存在となっているようです。
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建物の中央に二重の螺旋階段があります。北の塔と西の塔のそばにも螺旋階段があります。赤丸()の部分が螺旋階段です。


螺旋階段は中央の高い塔の上まで続いています。
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その螺旋階段の部分を拡大いたしました。この部分の螺旋階段のピッチから塔の部分の螺旋階段は二重ではないようです。
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螺旋階段の中心は吹き抜けの塔になっていて、その周囲に螺旋階段が巻き付いています。
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我々も説明を受けながら二手に分かれて登りました。


我々のガイトの方も登りながら説明をしてくれました。
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私はもう一方の階段を上ってみました。
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ここが中央の空間です。
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登りながら写真を撮りました。
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登ってきた方向を撮った写真です。
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上に行くと螺旋階段の周囲は透明のステンドグラスで周囲が覆われる状態になり屋上に出ました。ここから、さらに上の塔に螺旋階段が続きますが、非公開の部分のようで、我々は登ることができませんでした。


こちらが屋上への出入口です。
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屋上を見学した後、登ってきた二重の螺旋階段で下に降りるところです。
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中庭の北コーナーと西コーナーにも見事な螺旋階段がありました。2階から見た北コーナーの螺旋階段です。
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同じ北コーナーの螺旋階段の2階より上の部分です。
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全景を紹介したいので縦長の写真で紹介します。
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これが北コーナーの螺旋階段を下りてみました。この螺旋階段は一重であることが分かってもらえると思います。
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螺旋階段から1階に降りてみることにいたしました。
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こちらが1階から見た螺旋階段です。中央の二重の螺旋階段ほどではありませんが。こちらも見事な螺旋階段でした。
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シャンボール城 その2 城内編 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでに掲載させていただいた「シャンボール城 その1」ではシャンボール城の外観の写真を掲載させてもらったので、本記事「その2」では城内編としてシャンボール城を紹介いたします。上の写真はフランソワ1世の寝室です。シャンボール城はフランソワ1世の在位時代の1519年に建設が始まり、彼が亡くなる年まで28年間も建設が続きロワール渓谷最大の威容を誇る城となりました。建設が始まった当初はフランソワ1世の狩猟小屋を始まりとした城だったそうです。いずれにしてもフランソワ1世によって建てられた城なのです。クリックすると拡大フランソワ1世の主な居城はブロワ城とアンボワーズ城で、シャンボール城は狩りのための城であったことから在位期間に合計でも7週間という贅沢な城であったようです。狩り以外の目的は、自分の富と権力の巨大な象徴として宿敵カール5世(神聖ローマ皇帝)に見せびらかすことだったようです。
 フランソワ1世(フランス王)
  生涯 1494年09年12日~1547年03月31日
  在位 1515年01月01日~1547年03月31日 20歳~52歳

改めてシャンボール城の上空からの航空写真を掲載させてもらいました。その1での記事では航空写真は全て北方向を上にさせていただきましたが、回転させて城への入口か真下になるようにいたしました。
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シャンボール城の設計図です。シャンボール城は中央の本丸と、周囲を囲む壁のような長い建物と4つの巨大な塔から成りたっています。東と南のコーナーの塔は細長い壁のような建物と同じ高さまでです。
本丸は4つの大きな塔と中央の高い塔で形作っています。 城全体には部屋が440、暖炉が365、階段が74あります。本丸の中心に有名な2重の螺旋階段があり、そこをを中心に1階と2階に十字にホールを形成しています。


入口を入ってすぐの部屋です。城は全て石で出来ていると思われがちですが、意外と多くの城が、実は天井兼上の階の床の強度部材は写真のように木材で出来ているのです。
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同じ部屋の床に近い部分です。上の写真を一緒に見てもらうと天井が高いことが判ってもらえると思います。この部屋を出ると広い中庭に出ました。
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こちらか入口の部屋の前から右(北東)方向を見た景色です。ロワール地方には何十の城がありますが、シャンボール城はフランス王国自身が建設した数少ない城の一つでもあります。
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こちらは同じ場所から左(南西)方向を見た景色です。
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中央の本丸に相当する建物に圧倒されます。全体を撮ることは出来ません。城の上の沢山の塔に圧倒されます。
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こちらが中央の塔です。
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巨大な4つ円筒の塔の頂部の塔です。
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中央の少し右の部分が城の外から入って来た入口の部分です。フランス国旗で判ると思います。
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中央の建物に入ると、有名な螺旋階段に出会います。この二重らせんの階段は相手に出会うことなく3階まで昇り降りができるので、広々とした階段はシャンボール城見学のハイライトでもあるので別途紹介したいと思います。
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階段脇の1階のへやです。最初に客を招き入れた部屋だと思われます。現在でも城の周りには、52.5k㎡の森林公園が広がり、31kmの壁で囲まれた禁猟区にはアカシカが生息しています。昔はそのアカシカが狩猟の最大の対象だったようです。
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沢山の狩猟の絵と、沢山鹿の首のはく製が飾られていることからもフランソワ1世の狩猟のための城であったことが覗えました。
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中央の階段を中心に4方向にロビーが配置されていました。そのロビーの一つです。ロビーは石がむき出しに日程ました。一階のロビーの天井は木製で平でした。
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小さな部屋もいくつかありました。
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一階を見学した後は有名な二重の螺旋階段を上って2階に向かいました。


螺旋階段から見た先ほどのロビーです。
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そのロビーを拡大いたしました。
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別の方向のロビーの写真も撮りました。螺旋階段を中心にこのようなロビーが配置されているのです。
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2階にも同じようにロビーが配置されていました。ただし2階のロビーは天井が違います。アーチ状の天井に沢山の彫刻が彫られていました。
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これは螺旋階段を中心にした上の写真とは反対方向のロビーです。
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天井の見事な彫刻を紹介します。
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壁にかかっている大きなタペストリーを正面から撮りました。像も描かれていました。
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そのタベストリーを拡大してみました。牛の後足の部分です。
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城の中は沢山の廊下がありました。こちらの窓ガラスは見事でした。
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迷路のような廊下もありました。これはこれで見事でした。
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こちらの部屋の天井の飾りも見事でした。フランソワ1世の紋章であるサラマンダー(火とかげ)がたくさな彫られていました。
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正面から見た彫刻群です。
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ドアにもサラマンダーが彫られていました。
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その彫刻は拡大いたしました。左はフランソワ1世(François Ⅰ)のFだと思われます。右がサラマンダーです。サラマンダー(Salamander)は四大元素を司る四大精霊のうち、火を司るものです。手に乗る位の小さなトカゲ(もしくはドラゴン)のような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいるとされています。もちろん想像の動物です。ただし実在する両生類の中に英名でSalamanderと名付けられた動物がいます。
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壁のサラマンダーの彫刻を拡大いたしました。
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この部屋の奥がフランソワ1世の寝室です。入口の奥にベッドが見えています。
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上の写真の入口から入ってすぐのフランソワ1世の寝室の景色です。
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フランソワ1世の寝室にはもう一つベッドが置かれていました。
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大きな暖炉がありました。暖炉は365基あったそうですが城が大きいく天井も高いことから城全体としては暖房が行き届かなかったそうです。
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ベッドがよくみえる角度からの写真です。
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もう一つのベッドもよく見える写真です。ほとんどの家具、壁掛け、食器などは狩猟旅行のたびに特別に持ち込まれたそうです。そのために多くの家具は、分解して容易に持ち運べるように考慮されていたそうです。。
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ネットの写真を確認すると、この絵の場所にフランソワ1世の肖像画がかけられていた時期もありました。
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椅子の飾りが心象的でした。
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こちらの天井ね木製でした。
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天井の写真をもう一枚紹介します。
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こちらのドアにもサラマンダーが彫られていました。
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別の部屋ですがフランソワ1世の肖像画が飾られていました。
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こちらはキッチンと思われます。広い城なのでキッチンも沢山あったと思います。城の周りには村や集落がなかっために、狩りの獲物の以外には食べ物も手に入らなかっことから、狩りのごとに2000人分を一度に運び込まねばならなかったそうです。
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キッチンのコンロが大きく写った写真です。窓の部分は水を使うところのようです。
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キッチンの暖炉です。
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こちらの部屋も見事でした。暖炉の上の絵はフランソワ1世です。フランソワ1世の後はされた荒れたそうですが、ルイ14世は巨大な本丸を改修し、城に調度品を備え付けさせたそうです。さらに300頭の馬の厩舎を作らせ、狩猟に出かけたり、モリエールなどの名士を毎年数週間滞在させたりできるようにしたそうです。
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赤い壁の廊下もありました。
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そこの石の飾りです。
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別の廊下も紹介いたします。こちらは石の壁でした。
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こちらも趣がありました。
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2階のバルコニーに出てみました。
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そのバルコニーからの景観です。
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上をを見上げると、こんな感じでした。螺旋階段の塔です。北のコーナーと西のコーナーにこの螺旋階段がありました。写真は北のコーナーの螺旋階段です。
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この後、屋上に上がり、その後に地上の中庭まで下りました。その中庭から同じ場所あたりを見上げてみました。上と同じ北のコーナーの螺旋階段を地上から見上げました。
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その知事要の中庭の同じ場所から別の方向を見上げた写真です。
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今まで窓ガラスは建物中からばかりの紹介でしたが、建物の外からの窓ガラスを紹介いたします。
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場所は違いますが内側から見た窓ガラスです。
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クリックすると拡大最も北側のコーナーです。ここでガイドさんから沢山の説明をしてもらいました。
この中庭では我々以外にも沢山の人達がガイドの人達から説明を受けていました。右側のコーナーの塔は螺旋階段です。
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離れて同じ場所を撮りました。
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中庭の端まで行って同じ場所を撮りました。
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中庭から建物中に入るための階段です。
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階段の中に入ってみると王室の馬車が沢山保管されていました。馬具もありました。
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手押しの井戸ポンプがあったので珍しくて写真を撮りました。
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中庭の端まで行って24mmの広角で撮っても中央の建物の全景が撮れません。
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上の部分を撮りました。
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4つある丸い巨大な建物の上の部分です。
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出口には売店があり、その売店で解散でした。その後は自由でバスでの待ち時間が決められていました。売店には沢山のワインやシャンパンが売られていました。写真には写っていませんが写真の左側の壁に沢山のワインが並べられていました。テーブルの上に並べられているのはシャンパンです。シャンパンはシャンパーニュ(Champagne)地方特産のスパークリングワインのことです。ボトルにはCHAMPAGNE NAPOLÉON TRADITIONと書かれています。Champagne地方で作られていることから正真正名のシャンパン / シャンパーニュということになります。Champagneはシャンボール城から西北西方向に直線で約100km(車で116km)の距離にある町で、フランス全体から見れば近い町と言えるため、こちらでシャンパンが売られているのが判ります。
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追伸
2016年12月22日早朝から12月29日夕刻まで関西に行きます。その間はネット事情の関係から皆様のところに訪問できなくなることをお許しください。

シャンボール城 その1 シャンボール城に到着いたしました。 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行6日目のロワールの城めぐりツアーで2つ目に訪問したクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)の次の訪問地はシャンボール城(Château de Chambord)でした。シャンボール城はロワールの城めぐりツアーの最後の訪問場所でもあります。バスから降りて最初に見えた景色が上の写真です。
家と家の間にあるのがシャンボール城です。城の建物の部分に工事用の足場が見えます。どうやら補修工事が行われているようです。
シャンボール城は現在は、世界遺産「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」に含まれていますが、1981年から2000年までは単独で世界遺産に登録されていたほどの城なのです。

地図内のバスの駐車場( )から赤色ライン(━━)を通って城の建物入口( )に向かいました。本記事では城内見学前の散策ルート(━━)からのシャンボール城の写真を紹介したいと思います。
  バスの駐車場
    シャンボール城の建物出入口
    南東正面からの撮影位置    今回紹介
    北西正面からの撮影位置
  ━━ 城内見学前の散策ルート(行き)
  ━━ 城内見学後の散策ルート(帰り)


クリックすると拡大家と家の間を進むと徐々にシャンボール城が大きく見えてきました。実はシャンボール城に来るのは2度目でした。初めて訪問したのは11年前の2005年12月4日でした。その時の近い位置からの写真が右です。その時も同じマイバス社のツアーを利用させていただきました。
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民家を抜けて最初に見ることが出来た城の全景です。補修工事は残念でしたが、城の一部だけなのは幸いでした。
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上のシャンボール城の建物部分の全景の写真は、この航空写真の左端の少し上から撮ったものです。この航空写真の工事用の足場は現状に近いことから最近撮られた航空写真だと思われます。
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クリックすると拡大高い建物の右側にも回廊のような建物が続いています。上の航空写真を見てもらうと判ると思います。この写真はクリックすると特別拡大するように設定いたしました。
11年前の近い構図は右の写真です。また訪問することが出来るとは思ってもいませんでした。今回は一眼レフなので写真を沢山撮りました。天気の方は前回と同様に雨模様でした。この写真はクリックすると、いつもより大きく特別に拡大するように設定されています。PCが画面に合わせる表示になっている場合は、出て来た拡大写真をさらにクリックすると拡大します。
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建物の真横に来ました。
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シャンボール城は沢山の特徴のある塔ががあることが有名です。
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この角度からの沢山の塔が見事です。
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さらに入口側の方に近づきました。シャンボール城の特徴の一つが多彩な塔が沢山あることですが、なんとその塔の数は365本だそうです。一年が365日と関係あるのかもしれません。
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丸い部分が城のコーナーの部分です。シャンボール城の建設は1519年に始まり1547年に完成しました。完成に28年を費やしたことは納得できる壮大な城でした。古典的なイタリアの構造に伝統的なフランス中世の様式を取り入れた、フレンチ・ルネサンス様式が特異な城で、ロワール渓谷最大の威容を誇りますが、元はフランソワ1世の狩猟小屋を始まりとした城でした。その頃のフランソワ1世の、主な居城はブロワ城とアンボワーズ城でした。
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完全にコーナー部分まで来ました。右端にフランス国旗が立っている部分が城の入口部分です。こちらはクリックすると幅4倍(面積16倍)に特別に拡大です。
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そのコーナー部分の上空からの3D航空写真です。クリックするとオリジナルを表示します。
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正面側に回り込みました。こちらもクリックすると特別に大きく拡大いたします。
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今回のガイドさんは説明が熱心なことから、これまでの2ケ所の訪問地のシュノンソー城クロ・リュセ城では写真を撮る時間が短すぎたことから、この時は事前にお願いしてシャンボール城の正面から城の全景が撮れる場所まで行く時間をいただきました。かなり遠くまで来ましたが24mmの広角でも、まだ全景が撮れません。それだけシャンボール城は巨大なのです。ロワール地方の城の中で最大の城が、このシャンボール城です。こちらもクリックすると特別に大きく拡大します。
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やっと正面から全景が撮れる位置まで来ることが出来ました。これが正面からのシャンボール城の全景です。こちらはクリックすると幅が10倍/11.7倍に拡大します。通常の拡大は幅で2倍(面積4倍)で、上の特別拡大が幅で3.5倍なので、10倍/11.5倍がいかに大きく拡大するかが判ってもらえると思います。クリックして出てくる写真はオリジナルのままで縮小しておりません。暗い中での遠くからの手持ち撮影なので手ぶれ機能は働いてはいますが解像度はもう一つです。それでも、このすばらしい城の雰囲気は伝わるのではないでしようか。
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中央の部分です。こちらも幅4倍(面積16倍)の特別拡大です。
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上の塔群の部分です。左右対称ではないことが判ってもらえると思います。こちらも特別拡大(面積16倍)です。
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近づいて撮った塔群です。こちらも特別拡大(面積16倍)です。
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こちらが右側です。
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そしてこちらが左側です。
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城への入口前からの左側の写真です。
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こちらが城への入口です。出る時もこちらから出てきました。青いブレザー姿の人がフランス文化・歴史、言語学を熟知したガイドの高橋保さんです。何人かの人が遠くまで撮影に行っている間、持っていただきました。
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クロ・リュセ城からシャンボール城への道 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行6日目のロワールの城めぐりツアーで2つ目に訪問したクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)の見学の後は、上の写真の駐車場から最後の訪問場所であるシャンボール城(Château de Chambord)に向かいました。写真の塀の右側がクロ・リュセ城の敷地です。

下記の地図でクロ・リュセ城(① )からシャンボール城(⑧ )へはに向かうルート(━━)を紹介します。そのルートから見ることが出来た景色を本記事に掲載いたしました。
   ━━━━━━ クロ・リュセ城 シャンボール城 58km
 ①  クロ・リュセ城
 ②    Centre d'Accueil et de Soins du CDSAE Val de Loire
 ③    ショーモン城(Château de Chaumont)
 ④    ブロア城(Château Royal de Blois)
 ⑤    サン・ニコラ教会(Eglise Saint-Nicolas)
 ⑥    サン・ルイ大聖堂(Cathédrale Saint-Louis de Blois)
 ⑦ ━━━ 水道橋のようなの構造物
 ⑧  シャンポール城


クロ・リュセ城(① )を出発してすぐにロワール川を南から北に渡りました。渡っている橋の名前はミシェル・ドゥブレ橋(Pont Michel Debré)です。この後、ブロアまでロワール川の北川岸沿いの道を走りました。
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ロワール川は車の右側にあります。景色の中で一番撮りたかったのがお城だったので、対岸の景色を注意深く見ていました。
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Centre d'Accueil et de Soins
かなりの時間、森ばかりでしたが、城らしい建物が、森の中にありました。
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ほぼ同じ場所で、もう一つ見つけました。撮影した時間から、場所をGoogle地図から探した結果リリ-・シュル・ロワール(Rilly sur Loire)という名の小さな町にあるCentre d'Accueil et de Soinsという施設の中央に建つ建物でした。上の写真の建物は、その施設に付属した教会(礼拝堂)でした。塔の上の飾り(風見鶏)をGoogleのストリートビューで探した結果、今回の施設名が判りました。
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Centre d'Accueil et de Soinsの航空写真を紹介します。中央の建物が上の写真で写っていた城のような建物です。左端に写っている建物が2枚上で紹介した教会(礼拝堂)です。この写真は回転させており左方向が北です。
中央に城のように立派な建物がある施設Centre d'Accueil et de Soinsは調べてみるとホームレス保護施設でした。根拠はこちらです。→ポチッ
さすがフランスです。広い緑の敷地の中に、すばらしい建物が点在していて、中央に城のような建物があるホームレス保護施設に驚かされました。クリックすると広範囲を拡大して表示します。
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ショーモン城(Château de Chaumont)
さらにロワール川沿いに進むと、念願の城を対岸に見つけました。城の名前はショーモン城(Château de Chaumont)です。11世紀の初めにブロワ伯爵のユーデス2世によって建てられたそうです。
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ショーモン城を拡大いたしました。
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上のショーモン城の2枚の写真はレンズをズームした撮りました。本来、目で見る景色はこちらの写真です。中央より少し右にショーモン城が写っています。
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ショーモン城があった町の名前はシューモン・シュル・ロワール(Chaumon sur Loire)のですが、その町の川沿いの景色を3枚紹介します。
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中央に教会があります。
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シューモン・シュル・ロワール側に渡る橋がありました。この先、ブロアまで橋はなく、深い森に覆われていて対岸に建物も見ることはありませんでした。
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ブロア城  ⑤ サン・ニコラ教会  ⑥ サン・ルイ大聖堂
ブロアの町まで来てミッテラン橋でロワール川を渡りました。そのミッテラン橋の上から見た景色です。私はバスの右側に座っていましたが、その席からレンズの焦点距離260mmで左側を撮った写真です。一眼レフだから撮れたと思います。中央の建物がサン・ニコラ教会(Eglise Saint-Nicolas)で左にブロア城(Château Royal de Blois)の一部が写っています。サン・ニコラ教会の右側に写っているのはサン・ルイ大聖堂(Cathédrale Saint-Louis de Blois)です。ブロア城は13世紀から17世紀にかけて造られた建物が中庭を囲むような形で構成されています。クリックすると文字なしの拡大写真を表示します。
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水道橋のようなの構造物
バスの前方に石造りの高架が見えてきました。直感的に水道橋ではないかと感じました。Googleの航空写真で水道橋のようなの構造物の痕跡がある部分に橙色ライン(━━)を引いてみました。
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原型を留めている部分で最も長い水道橋と思われる部分です。
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さらに水道橋と思われる部分に近づきました。バスは速いスピード走っているのでこれ以上鮮明な写真を撮ることは出来ませんでした。
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この橋が水道橋かどうかを確認するために断面となる部分をGoogleのストリートビューで探してみました。水を流すような構造に見えることから水道橋の可能性が高いと思われます。したがって、これ以降は水道橋と呼ばせてもらいます。この水道橋は、私にとって小さな発見でした。
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この水道橋はロワール川を渡っていました。現在は、川の部分では橋脚のみが残っています。航空写真上のアイコンマイナスを2回クリックすると拡大されるので判りやすいと思います。



水道橋からシャンボール城(⑧ )までの景色を紹介します。
立派な建物もありました。
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住宅地に入ってきました。
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長い石積み塀がありました。おそらくシャンボール城の境界の塀だと思われます。シャンボール城はロワール地方の城の中で最も広い敷地なのです。
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石積みの塀とつながって建物がありました。シャンボール城に関連した建物だと思われます。
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シャンボール城の駐車場に到着いたしました。ここでも小さな子供たちが沢山来ていました。
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クロ・リュセ城(Château Clos Lucé) [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先日の記事で紹介した通りフランス旅行6日目のロワールの城めぐりで洞窟レストランでの昼食の後に行ったのがクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)です。本記事でクロ・リュセ城を紹介したいと思います。この建物は15世紀半ばに建てられ、1490年にシャルル8世のものとなり王妃アンヌ・ド・ブルターニュが王族として最初に住みました。このクロ・リュセ城はフランス王フランソワ1世が幼年期を過ごした城でもあります。しかし、最も有名なのはフランソワ1世がイタリアから招いたレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が1516年から晩年の1519年まで住んだことだと思います。
 ヴァロワ朝フランス国王
  第7代 シャルル8世  1470年生まれ 在位:1483年~1498年
  第8代 ルイ12世    1462年生まれ 在位:1498年~1515年
  第9代 フランソワ1世 1494年生まれ 在位:1515年~1547年 
 クロ・リュセ城の説明(Wikipedia) → フランス語 日本語翻訳

離れて広い庭の方からクロ・リュセ城を撮りました。
こちらのクロ・リュセ城には11年前の2005年12月4日にも訪れたことがあり、その時は「ダ・ヴィンチが暮らした家」というタイトルで記事を掲載いたしました。2005年はクルーの館(Manoir du Cloux)と呼ばれていたと思います。
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広い庭が南南東方向に広がっていました。
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城の敷地を紫色ライン(━━)で囲いました。ただし敷地境界線は航空写真で控えめに判断いたしました。森さらに広がっていることから、もっと広い範囲が城の領地である可能性があります。
  クロ・リュセ城(Château Clos Lucé)  ━━で囲った範囲 
  駐車場
  ━━ 駐車場~クロ・リュセ城(クルーの館) クロ・リュセ通り 337m


民家のような建物も敷地内にありました。こちらの建物も歴史がありそうです。
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見学は右の塔から入り2階の渡廊下を通って建物の中に入りました。
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2階の渡廊下は、このように城につながっていました。
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建物の反対側からの写真です。
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城に付属した建物を撮りました。
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角度を変えて撮ってみました。
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上で紹介した写真の場所が判るように、航空写真を3Dにしたものを紹介します。


城の中に入るために見学ルートの入口である塔を登り、2階の渡廊下を進んでいるところです。
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2階の渡廊下には可愛らしい小学生たちが並んでいました。
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レオナルド・ダ・ヴィンチの寝室(La chambre de Léonard de Vinci)
いきなりレオナルド・ダ・ヴィンチの寝室(La chambre de Léonard de Vinci)に入りました。立派なベッドが印象的でした。
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暖炉の上の紋章が印象的でした。
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暖炉の上の紋章を拡大いたしました。王冠があることから、この紋章はヴァロワ朝の紋章だと思われます。ヴァロワ朝は中世フランス王国の王朝で1328年から1589年まで続きました。1328年にカペー朝が断絶したため、カペー家の支流でヴァロワを所領とするヴァロワ家からフィリップ6世が即位してヴァロワ朝が始まったそうです。
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マイバス社のツアーのガイドの方がいろいろと説明してくれました。ここにはルネサンス時代のベッドや戸棚がそのまま保存されているそうです。
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こちらの椅子もルネサンス時代だと思います。
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今回のバスツアーで最初に訪れたシュノンソー城と同じように生花が各部屋に飾られていました。
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沢山の見学者が来られていました。
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こちらの戸棚も見事でした。
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マルグリット・ド・ナヴァルの寝室(La chambre de Marguerite de Navarre)
レオナルド・ダ・ヴィンチが亡くなった後のことですが、フランソワ1世の姉のマルグリット・ド・ナヴァルが住んでいた時代もありました。こちらの部屋は壁のレンガが印象的でした。
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天井の梁やシャンデリアが特にすばらしい部屋でした。
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マルグリット・ド・ナヴァルはクロ・リュセ城でエプタメロンを執筆したそうです。エプタメロン(七日物語)は72篇の短編から成る物語で、彼女の代表作でもあります。マルグリットはエプタメロンを1542年から執筆し始めたそうです。
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見事な皿や壺も展示されていました。クリックすると拡大いたします。
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美しい窓も印象に残りました。
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立っているのはガイドの高橋保さんです。
フランス文化・歴史、言語学に詳しい方でした。
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折りたたみの椅子が珍しくて写真に撮りました。これもルネサンス時代のものだと思われます。
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錫製の皿や蓋つきジョッキも展示されていました。このジョッキでビールを飲んでみたいです。
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1階の最初の部屋
2階から1階に降りました。
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階段を降りたところに置かれていた棚の説明も受けました。
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これが、その棚です。
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壁には見事なガラスの皿が飾られていました。
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その見事な皿を2つ紹介します。
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もう一枚の皿です。
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真白の生花です。
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廊下の天井の梁やレンガの壁や窓も芸術的です。
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天井の梁には飾り模様が描かれていました。
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小さな礼拝堂がありました。これは幼い子どもを亡くし悲嘆にくれていたアンヌ・ド・ブルターニュのために建設されたチャペルだとされています。壁にレオナルドの弟子にあたる人物が4つのフレスコ画を描き、そのフレスコ画のひとつが、城の名称である「クロ・リュセ」の由来ではとの意見もあるそうです。
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1階広間(La grande salle)
居間として使われたのでしょう。
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こちらのテーブルの上の生花も見事でした。
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クリックすると拡大レンブラントの像が置かれていました。
下の写真は上の写真と反対側です。
レオナルド・ダ・ヴィンチを紹介します。
 正式 レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ
    Leonardo di ser Piero da Vinci
 誕生 1452年04月15日 フィレンツェ共和国 ヴィンチ
 死没 1519年05月02日 フランス王国 アンボワーズ
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フランソワ1世の像も置かれていました。
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こちらの飾り棚も見事です。
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こちらの椅子も写真を撮りたくなるほどの物でした。
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沢山の昔の家具が置かれていました。
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キッチン(La cuisine)
こちらはキッチンです。子供たちも沢山見学に来ていました。
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広いキッチンでした。
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歴史を感じさせてくれるものばかりでした。
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こちらの金属の食器も印象に残りました。
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子供たちも印象に残りました。
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さらに下の階に降りる階段がありました。
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歴史を感じさせてくれる窓ガラスでした。
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レオナル・ド・ダビンチに関わる展示
半地下の階にはレオナル・ド・ダビンチに関わる展示が行われていました。
沢山の発明品がありました。こちらは大砲でしょうか。
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斬新な発明品に溢れていました。左は自転車のようです。
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子供たちは特に熱心に見ていました。
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建造物の設計図も展示されていました。
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地下に降りる階段がありました。レンブラントが住んでいたクロ・リュセ城とフランソワ1世国王が住んでいたアンポワール城は地下通路でつながっています。
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クロ・リュセ城( )をはじめとするロワールの城めぐりの訪問場所を紹介します。今回のパリからのロワール城めぐりツアーのルートはパリ(マイバス社)→シュノンソー城→La Cave aux Fouées (ランチ)→クロ・リュセ城→シャンポール城→パリ(マイバス社)でした。
 ━━━━━━ パリ→シュノンソー城 239km
   マイバス社パリ事務所
   シュノンソー城
    La Cave aux Fouées (ランチを食べたレストラン)
    クロ・リュセ城
    シャンポール城

タグ: ロワール

クロ・リュセ城(Château Clos Lucé)から見たアンポワール城(Château d'Amboise) [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行6日目のロワールの城めぐりで洞窟レストランでの昼食の後に行ったのがクロ・リュセ城(Château Clos Lucé)です。
少し前にはクルーの館(manoir du Cloux)と呼ばれていた時期もありました。フランス国王であったフランソワ1世が幼少時代に住んでいた、このクロ・リュセ城から見えるのが上の写真のアンボワーズ城(Château d'Amboise)です。この日は生憎の雨模様でした。

パリの旅行会社であるマイバス社さんの手配のバスで着いた駐車場( )から赤色ライン(━━)を歩いてクロ・リュセ城( )に来ました。アンボワーズ城( )との位置関係を下記の航空写真に追記いたしました。
  クロ・リュセ城(Château Clos Lucé)  ━━で囲った範囲 
  アンボワーズ城(Château d'Amboise) ━━で囲った範囲
  駐車場
  ━━ 駐車場~クロ・リュセ城(クルーの館) クロ・リュセ通り 337m


駐車場からクロ・リュセ城(クルーの館)までの道を紹介します。ただし駐車場に戻るときに撮ったのですべて振り返った景色です。そして道路の右側がクロ・リュセ城(クルーの館)の敷地です。正面に見えているのが駐車場です。
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道の途中には古い民家もありました。この建物は売り出されていると言われていました。
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右の高い建物はクロ・リュセ城(クルーの館)の一部です。道の名前はクロ・リュセ通り(Rue Clos Lucé)です。
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クロ・リュセ城(クルーの館)への入口から、さらに奥を撮りました。この方向にアンポワール城があります。ここから少し先でレオナール・ペロー通り(Rue Leonard Perrault)とヴェクトル・ユゴー通り(Rue Victor Hugo)に分かれて、いずれもアンポワール城につながっています。
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こちらがクロ・リュセ城(クルーの館)です。フランス国王であったフランソワ1世が幼少時代に住んでいました。さらにイタリアからフランソワ1世が呼び寄せたレオナルド・ダ・ヴィンチが晩年まで過ごした城でもあります。クロ・リュセ城に関しては近いうちに紹介したいと思います。→ポチッ
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クロ・リュセ城(クルーの館)の敷地からは、この写真のようにアンポワール城が見えました。
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ズームでアンポワール城を大きく撮ったのが冒頭の写真でした。
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上の写真の右の方のアンポワール城の石垣あたりを拡大いたしました。
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城らしい塔のある部分を拡大したのがこちらの写真です。奥にロワール川が流れています。
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アンポワール城の敷地を航空写真で見てみました。左上に見えているのがロワール川です。


Googleマップのストリートビューで見たアンポワール城の敷地内の景色です。クロ・リュセ城から見えていた細い塔があるたてものが左端に写っています。


こちらはロワール川の対岸からストリートビューで見たアンポワール城です。

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洞窟レストランでランチ [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大フランスのロワール地方の城めぐりツアーで最初に行った右の写真のシュノンソー城の見学が終ると12時20分でした。そろそろお腹が空いてくる時間帯です。そこで、次に向かったのがランチを食べるロワール川沿いにあるレストランですが、その時のバスからの景色は、ぶどう畑が続いていました。この辺りはワインの名産地でもあるようです。上の写真を撮ったのは12時27分でした。シュノンソー城からレストランまでの距離は14kmなのですぐに着きました。

LA CAVE AUX FOUÉESと書かれているところがレストランの入口です。建物はありますが、レストランのような大きな建物は無く、地下に向かって岩山の中に入っていくのでした。赤い文字のフランス語のOUVERTはオープン(営業中)の意味のようです。
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レストランの入口の上は、このような岩肌の岩山でした。
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中に入って驚きでした。レストランは写真のように洞窟だったのです。それも驚くほどの広さでした。右の写真をクリックしてもらうと広さをクリックすると拡大実感してもらえると思います。素敵な雰囲気なので右のように記念写真を撮りました。下の写真のように予約されている人たちのためにセッティングが行われていました。今回のツアーはマイバス社のパリからの日帰りツアーでした。
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すでに食事をされている方が来られていました。我々は右側を歩いてテーブルに進みました。
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中央のテーブルが我々の席て、11人で座りました。この時に初めて皆さんと話をすることが出来ました。右のように記念写真も撮ってもらいました。我々のテーブルの左側で2人で食事をされているのがガイトの高橋保さんとバスの運転手の方です。


食事をしながら洞窟内の写真を撮りました。広さが判ってもらえるでしょうか。一番左上がレストランに入った瞬間の景色です。ここはワイン貯蔵庫として使われていた洞窟を改装して作ったレストランだそうです。それだけにワインを飲むのにピッタリのレストランでした。



こちらが洞窟内の厨房です。中央に暖炉があり、右側にパンを焼くための思われる石窯があり、中で火が燃えていました。天井からぶら下がっているものは魚を獲る道具のようでした。
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石窯のあたりを拡大いたしました。
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この石窯でパンを焼いている写真がホームページに掲載されていたので転用させていただきました。まさにこのパンが食事に出てきました。


石窯で焼かれたばかりの焼きたてのパンが出されました。この熱々のパンが、最大のご馳走と言えます。我々が日本で食べる炊き立ての熱々のごはんのようなものかもしれません。料理代金はツアーに含まれていますが、飲み物代金はレストランに払います。
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最初はサラダでした。大きな器から好みで自分の皿に取り分けました。
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次は、このあたりの郷土料理の名物と思われる豚肉のリエットが出されました。これを熱々のパンにつけていただきました。レタスに包んでも美味しかったです。
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野菜料理です。人参、ジャガイモ、豆にフキのような野菜が入っていました。素朴な地元料理だと思います。自分の皿に取り分けていただきました。
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メインの鶏肉料理です。下に大きなソーセージが入っていました。鶏肉とソーセージを一つづつ自分の皿に取りました。
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自分の皿に鶏肉とソーセージを取り分けました。もちろん赤ワインを頼みましたが、レストラン内部の写真を撮っていて、肝心のワインの写真を撮り忘れてしまいました。
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鶏肉を拡大いたしました。焼き加減は絶妙で柔らかくて美味しかったです。クリックすると拡大

デザートはアップルのタルトでした。昔ながらのアップルタルトで、素朴さが美味しかったです。ランチの時間は約1時間でしたが、あっという間に過ぎてしまいました。この後、ダビンチの家と言われているChâteau du Clos Lucé (クルーの館)に向かいました。クルーの館まで3kmの距離です。
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お店を紹介いたします。下のGoogle地図の中央の の場所です。ランチの後に向かったアンポアーズのクルーの館の近くです。地図内のアイコンマイナスを7回クリックするとパリからの位置が判ります。さらにもう一度クリックすると、フランスの他の町で食事をしたレストランのマークも確認できると思います。
 店名 La Cave aux Fouées
 住所 476 Quai des Violettes, 37400 Amboise
 電話 02-4730-5680
 HP http://www.lacaveauxfouees.com/

シュノンソー城 その2(城内編) [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先日、上の写真のフランスのロワール地方にあるシュノンソー城をその1として城を外から見た景観を中心に紹介いたしました。シュノンソー城はシェール川の上に建てられた美しい景観の箸です。本記事では城の内部を紹介したいと思います。今回はフランス文化・歴史、言語学を熟知した高橋保さんがガイドを務めるマイバス社のツアーだったことから城の中に関しては、特に詳しい話を聞かせてもらえました。城の内部に入ってから案内してもらった順番(①→⑫)に紹介したいと思います。①~⑤が1階で、⑥~⑫が2階にありました。
上の写真はクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
クリックすると拡大 ① 護衛兵の間
 ② ディアーヌ・ド・ポワティエの寝室
 ③ 一階の回廊(ギャラリー)
 ④ フランソワ1世の居間(寝室)
 ⑤ ルイ14世の居間
 ⑥ 階段 & 回廊
 ⑦ ルイーズ・ド・ロレーヌの寝室
 ⑧ 五人の王妃の寝室
クリックすると拡大 ⑨ カトリーヌ・ド・メディシスの寝室
 ⑩ 二階の回廊(ギャラリー)
 ⑪ セザール・ド・ヴァンドームの寝室
 ⑫ ガブリエル・デストレの寝室
チケット→


① 護衛兵の間
この部屋には武装した宮廷の護衛が控えていたそうです。壁には、16世紀に作製されたタペストリーがかかっていました。そのタペストリーには、城での生活や結婚の申し込みや狩の場面が織られていました。
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この部屋には立派な暖炉がありました。この暖炉は16世紀のものです。暖炉の上の天井近くにトマ・ボイエの紋章が飾られていることが有名です。
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上の写真でも暖炉が今でも使われていることが判りますが、実感してもらいたくて本写真を追加いたしました。
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これが暖炉の上のトマ・ボイエの紋章です。この紋章だけは特別にライトアップされていました。クリックすると特別に大きく拡大いたします。
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城は全て石で出来ていると思われがちですが、軽量化のために2階以上の階の床は木で出来ている場合が多いそうです。当然ですが天井は木造となります。見事な天井です。
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壁の彫刻やタペストリーを拡大いたしました。写真の中の像は守護聖人(聖カトリーヌと聖トマ)で、その下にはトマ・ボイエとカトリーヌ・ブリノネの金言「シュノンソーが完成したならば、私の名は歴史に残る」が刻まれています。その下の扉はオーク材で、ルネッサンス期に作られました。
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これがタペストリーの絵です。
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部屋の床は石がむき出しでしたが、昔は見事な装飾がされていたそうです。
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壁に近い部分には、床の装飾が残されていました。このような装飾が床全体に行われていたと想像してください。クリックすると真上から撮った拡大写真を表示します。
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窓は幾何学的な文様で飾られていました。
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② ディアーヌ・ド・ポワティエの寝室
シュノンソー城は女性が城主で6代続きました。フランソワ1世の息子のアンリ2世の正妻カトリーヌ・ド・メディシスが第1代目城主はでしが、その後、アンリ2世は幼少期より家庭教師として出入りしていて絶世の美女と謳われた20歳年上のディアーヌ・ド・ポワティエに思いを寄せるようになり、その愛妾(愛人)にシュノンソー城を贈ったことで、ディアーヌ・ド・ポワティエが第2代目城主となりました。その第2代目城主のディアーヌ・ド・ポワティエの部屋がこちらでした。その後、アンリ2世が不慮の事故の死をきっかけに正妻カトリーヌ・ド・メディシスによって、愛妾のディアーヌ・ド・ポワティエが追い出されてしまうのです。その恨みの痕跡が残された部屋でもあるのです。
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暖炉の上にはアンリ2世の正妻カトリーヌ・ド・メディシスの肖像画が飾られています。天蓋ベッド、コルドバ革で作られたアンリ2世の肘付き椅子、ベッドの脇の見事な寄木細工のテーブルはルネッサンス様式だそうです。
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正妻カトリーヌ・ド・メディシスの肖像画の下の飾りにCとHが使われていました。Cはカトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis)を表しており、Hはアンリ2世(Henri II de France)を表しています。
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1559年にアンリ2世が宮廷のスコットランド衛兵隊長ガブリエル・モンゴメリと行った騎乗槍試合で不可解な事故で命を落として、王妃カトリーヌ・ド・メディシスは未亡人となりましたが、後ろ盾をなくしたディアーヌ・ド・ポワチエからシュノンソー城を取り戻したそうです。その時にディアーヌ・ド・ポワチエは城が自分の物である証を、いろんな場所のCとHの飾りの中に込めたのです。CとHのように見えますが、実はDとHだったのです。つまりDはディアーヌ・ド・ポワチエ(Diane de Poitiers)を表しているのです。
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こんなところにも堂々と怨念のDとHの紋章がありました。この紋章はフォンテーヌブロー派のフランス人彫刻家、ジョン・グージョン作です。
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貴重な資料も部屋の中に展示されていました。
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こちらの紋章も見事でした。
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③ 一階の回廊(ギャラリー)
川の上にあたる長さ60mの回廊でギャラリーと呼ばれています。幅は6mで、城の中で最も広い部屋の一つでもあります。そのためダンスホールなどに使われたそうです。1577年にはカトリーヌ・ド・メディシス主催で、彼女の息子アンリ3世を記念する祝宴が開かれたそうです。もう一つの広い部屋が2階の(回廊)ギャラリーになるわけです。天井は横梁が剥き出しになっています。つまり、天井は2階の床でもあるのです。床にはスレートと石灰岩タイルが張られています。アーチの窓と四角い窓が交互に並べられていました。
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ギャラリー両端にはそれぞれ、美しいルネサンスの暖炉があります。
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クリックすると拡大採光のための窓は18あります。このアーチの窓が片側4つで両側8つ、四角い窓が片側5つで両側10つありました。右の写真をクリックすると窓の配置が判ると思います。
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その採光窓からの川の景色です。
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シュノンソー城は珍しく個人の所有物で、主によって城内各所に見事な生花が飾られていました。
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正面からギャラリーを見ました。白黒の床と白い壁が美しいです。柱の部分には人物像が彫られています。
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ギャラリーにつながった美しい廊下にも生花が沢山飾られていました。
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④ フランソワ1世の居間(寝室)
フランソワ1世はヴァロワ朝第9代のフランス王で在位は1515年~1547年です。シュノンソー城は所有者であったトマ・ボイエの息子から国庫への債務のためフランソワ1世に献じようされた経緯があります。その時にフランソワ1世の息子であるアンリ2世の正妻のカトリーヌ・ド・メディシスが女城主でした。フランソワ1世が、この城を訪問したのは1~2度のようですが、やはり所有者であり国王であることから、この部屋が作られたのだと思います。壁には沢山の絵画が飾られていました。
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家具には、15世紀フランスの祭器棚が3つと、16世紀イタリアのキャビネットがあるそうです。写真はイタリアのキャビネットと思われます。このキャビネットは真珠貝のはめ込み細工や象牙の羽ペン画が施された見事な調度品でした。
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右の大きな絵がディアーヌ・ド・ポワチエ像です。プリマティッチオによって1556年に描かれました。左の大きな絵もディアーヌを描いたもので「狩の女神ディアナ姿のディアーヌ・ド・ポワティエ」です。
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上の写真では小さかったので、「狩の女神ディアナ姿のディアーヌ・ド・ポワティエ」が大きく写った写真を掲載しました。この絵が完成された時、ディアーヌは57歳だったそうです。彼女は50歳を過ぎても美しさは衰えず、20歳年下の王と同年齢に見えたといわれています。こちらの部屋に飾ってあった生花は白とピンクでした。
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この部屋の暖炉はルネッサンス様式の作品の傑作のひとつに数えられているそうです。マントルピースにはトマ・ボイエの辞が刻まれています。辞は「S'il vient à point, me souviendra (城を建設すれば建てた人間は歴史に残る)」で、ドアの上の彼の紋章にも同じ言葉が刻まれているそうです。右の絵はファン・ローの「三美神」です。
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ファン・ローの「三美神」です。
ルイ15世が相次いで寵姫(愛妾)にしたというネール三姉妹がモデルだそうです。3人は、シャトールー夫人、ヴァンティミリア夫人、マイイー夫人で、皆、既婚者だそうです。その時代は王妃としては安心なので愛妾は既婚者のほうが都合が良かったようです。
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暖炉の見事な飾りをいくつか紹介します。
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これは暖炉のすぐ上の飾りです。
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暖炉の中の飾りも見事でした。
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この素朴な椅子も趣があったので撮りました。
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これはドアの入口の上の飾りです。
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⑤ ルイ14世の居間
こちらのルイ14世の居間も立派です。この城に来たのは僅かだと思いますが、さすが王朝の最盛期を築き、太陽王と呼ばれたフランス国王の部屋だけのことはあります。
左の絵がルイ14世です。サラマンダーと白鼬の紋章で飾られた暖炉も見事です。
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暖炉の薪を焚く部分です。
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暖炉のサラマンダーと白鼬(しろいたち)の紋章はを拡大いたしました。口から火を吐いている左側がサラマンダーと思われます。サラマンダーは四大精霊の一つで燃える炎の中や溶岩の中に住んでいると信じられています。四大精霊は、地・水・風・火の中にそれぞれ住んでいる目に見えない自然の生きものだそうです。左側がサラマンダーなので右側が白鼬(しろいたち)ということになります。
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こちらの生花も見事でした。
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暖炉を真横から見ました。
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ルイ14世が1650年7月14日にシュノンソー訪問訪問を記念し、リゴーによって書かれた肖像画です。肖像画の見事な額縁はルポートル作で、大きな4つの木片のみで組まれているそうです。クリックすると額のすごさが判ってもらえると思います。
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こちらはルイ15世の肖像画です。比べるとルイ14世の額のすごさが判ります。
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こちらの椅子も見事です。
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天井と壁のつなぎ部分の模様です。クリックすると広範囲を表示します。
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⑥ 階段 & 回廊
1階から2階に上がる階段です。
当時、城の階段は防御しやすい螺旋階段にすることが常識だったようですが、ここでは直線的な階段が採用されました。
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2階に上がった最初の回廊です。
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見事な壁と天井の作りです。
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そこに置かれていた家具の装飾も見事でした。
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⑦ ルイーズ・ド・ロレーヌの寝室
ルイーズ・ド・ロレーヌ(Louise de Lorraine-Vaudémont)はフランス王アンリ3世の王妃です。夫アンリ3世(37歳)が1589年8月2日に修道士ジャック・クレマンに暗殺されると、王妃はシュノンソー城に引きこもり、瞑想と祈りにふけったそうです。夫が暗殺された時、王妃は36歳でした。修道院代わりに城に住み込んだ修道女に囲まれ、王室の慣習で王への哀悼を示す白い喪服を常に着用して「白衣の王妃」と呼ばれたそうです。当時の状態のまま残っていた天井にあわせて復元されたのが黒い部屋でした。
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黒に圧倒されました。銀の涙、未亡人の綬章、荊冠、ギリシャ文字など、喪を表すもので天井は飾られていました。
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飾られていたこの絵が亡くなったアンリ3世国王ではないかと思われました。アンリ3世は選挙によってポーランド国王になったこともありました。
 出生     1551年9月19日
 ポーランド王 1573年5月09日~1575年5月12日  2年在位
 フランス王  1574年5月30日~1589年8月02日 15年在位
 死去     1589年8月02日(37歳) 暗殺
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こちらがベッドを正面から撮った写真です。
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黒い部屋の中では人の服が鮮やかに見えます。この部屋の、悲しみに沈み信仰にすがる雰囲気を最もよく表すのが、暖炉を装飾するキリストの荊冠と16世紀に描かれた絵画だそうです。家具は16世紀のものだそうです。
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天井の黒の模様を拡大いたしました。
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床は茶色でした。
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こちらの生花は黒い部屋に合わせて白い花が使われていました。
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生花の後ろの窓もきれいでした。
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悲しみに暮れた王妃のベットです。
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⑧ 五人の王妃の寝室
この寝室は、カトリーヌ・ド・メディシスの2人の娘と3人の義理の娘を記念して、名づけられたそうです。2人の娘とはアンリ4世の妻マルグリット・ド・ヴァロワ、フェリペ2世の妻エリザベート・ド・ヴァロワで、義理の3人の娘とはフランソワ2世の妻メアリー、シャルル9世の妻エリザベート・ドートリッシュ、アンリ3世の妻ルイーズ・ド・ロレーヌ=ヴォーデモンです。
ルイーズ・ド・ロレーヌの部屋から移動された16世紀の恪天井には、5人の王妃の紋章が描かれている。暖炉はルネッサンス様式です。壁には、トロイの包囲、ヘレナの略奪、コロセウムでの競技、ダビデ王の載冠を描いた一連のフランドルタペストリーがかかっている。
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こちらの部屋の暖炉も実際にひが入っていました。
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壁には16世紀フランダースのタペストリーのセットがかけられていました。題材はトロイヤの包囲とヘレネの誘拐、コロッセオの円形劇場の試合、ダビデ王の戴冠だそうです。家具は大きな四柱式寝台、木製多彩色の女性頭部の飾りがついたゴシックの祭器棚2つ、鋲のついた旅行用チェストが置かれていました。。
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⑨ カトリーヌ・ド・メディシスの寝室
カトリーヌ・ド・メディシスの寝室の中央にはルネッサンス期特有の天蓋付きベッドが置かれていました。ベッドの柱と横羽目板には彫刻が施され、古代のメダルから着想を得た人物の横顔の浮き彫りも見られます。
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カトリーヌ・ド・メディシスの居室は、彩色された金泥が塗られた、木製の恪天井で覆われていて、天井の格子内に様々なイニシャルが見られます。メディチ家の紋章と、中央にカトリーヌの”C”とアンリ2世の”H”が組み合わさったイニシャルが表されている部分もありました。どこの部屋も暗いので、このようにぶれる写真がありましたが、手ぶれ機能のおかげで半分以上は見ることの出来る写真が撮れたので、こん回の記事を掲載することが出来ました。
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暖炉と赤レンガの床はルネッサンス期のものだそうです。
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⑩ 二階の回廊(ギャラリー)
一階の回廊とは雰囲気が違っていました。採光のための窓はの数は一階と同じ18ですが形は全て四角でした。さらに窓にはすべて扉がついていました。
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1階の回廊(ギャラリー)と同じように暖炉が両端に設置されていました。そして、ここにも生花が飾られていました。
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⑪ セザール・ド・ヴァンドームの寝室
ここは王アンリ4世とガブリエル・デストレの息子、ルイ14世の叔父、そして1624年にシュノンソー城の城主となったヴァンドーム公セザールの思い出が残されている部屋だそうです。この部屋の天蓋ベッドと家具はルネッサンス期のものです。ルネッサンス期の暖炉は19世紀に金色に彩色されたそうです。
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この部屋は梁の見える美しい天井が特徴です。
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ブリュッセルのタペストリーの特徴である華麗な縁飾りは、豊穣の角から溢れ出る果物や花をモチーフとしているそうです。
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ここのタペストリーも見事でした。細い花瓶にかざられた生花もきれいでした。
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⑫ ガブリエル・デストレの寝室
ここは王アンリ4世の愛妾でり、後に王の摘出子となったセザール・ド・ヴァンドームの母であるガブリエル・デストレの部屋です。
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梁の見える天井、床、家具はルネッサンス期のものです。こちらにも生花が飾られていました。
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こちらも大きな暖炉がありました。
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天蓋ベッドのそばにかけられた16世紀のフランドル製タペストリーには「愛のアレゴリー」の題名が付けられています。それ以外の三方の壁には「ルカの月暦図」と呼ばれる珍しいタペストリーがかかっていました。
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シュノンソー城 その1(屋外編) [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行6日目のロワール地方の城めぐりで最初に訪れたのが、シュノンソー城 (Château de Chenonceau)です。上の写真がシュノンソー城の敷地内に入るためのチケットです。今回のツアーのチケットは全て、「ロワール地方の城めぐり」を依頼したツアー会社であるマイバス社が用意してくれたので、裏面に書かれている10ユーロの金額は団体価格だと思います。ロワール地方の城は2000年に登録名「シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」でユネスコの世界遺産に登録されました。
ロワール地方の主な古城を枠内に記載いたします。多くのロワール地方の城の中で、シュノンソー城は最も美しい城と言われています。また、最も入場者の多い城でもあるようです。ちなみにシャンボール城が最も大きな城と言われています。
アンボワーズ城 アンジェ城 アゼ=ル=リドー城 ブロワ城 ラ・ブルデジエール城 シャンボール城 ショーモン城 シュノンソー城 シャトーダン城 シュヴェルニー城 ランジェ城 ロシュ城 メナール城 モンソロー城 プレシ=ブレ城 ル・リヴォー城 ソーミュール城 シュリー=シュル=ロワール城 タルシー城 トルセー城 ユッセ城 ヴァランセー城 ヴィランドリー城 など

門の内側がシュノンソー城のチケットで入れる敷地です。左の建物の内部から敷地に入ります。城の周囲は美しい森に囲まれており、城の敷地自体は有料範囲より広大な範囲が敷地になっています。先ずは、こちらの門から城までを順番に紹介したいと思います。
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こちらのシュノンソー城は城を守るような城壁はありませんが、こちらの美しい堀に囲まれています。ただし敵から城を守るための堀ではなく、城としての景観の演出を目的とした堀に感じました。右側がシュノンソー城の敷地です。
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門から城にはまっすくに広い道が延びていました。写真では確認は難しいのですがも肉眼では、このプラタナスの並木道の先に小さくシュノンソー城が見えていました。
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少し進むと城の全景が遠くから見えてきます。
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さらに近づいた場所から撮りました。道の両側に動物のような石像が配置されていました。
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城側から入口の方向を振り返った景観です。石像はライオンの体と人間の顔を持った、いわゆるスフィンクス(Sphinx)でした。
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スフィンクス像を拡大いたしました。フランスの古城の入口にスフィンクスが置かれているのが不思議でした。ルーブル美術館内に古代エジプトのスフィンクスが所蔵されていることから、こちらのスフィンクスも古代エジプトの物であるように感じました。
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スフィンクス像を過ぎて右手に美しい建物がありました。昔は召使の建物のようで、今はMusée de cire(蝋人形博物館)として使われているそうです。 近くには馬屋や倉庫などもあるそうです。
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真っすぐ城に向かいました。前を歩いているのが我々のツアーのメンバーの方々です。城の手前に建っているのがマルクの塔(Tour des Marques)です。
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城の前の広場には井戸もありました。人が向かっているのが城の入口です。
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井戸の横ではシュノンソー城を背景に、子供たちが記念写真を撮っていました。
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子供たちの記念写真の撮影がほほえましかったので拡大いたしました。撮っているのは先生でしょうね。このまま建物の中を目指しました。
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城の入口から振り返って見たマルクの塔(Tour des Marques)です。左の奥が歩いて来たプラタナスの並木道です。井戸も写っています。
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マルクの塔の屋根の部分です。
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城に渡る橋の上からの景色です。下を流れているのはシェール川で、上流方向(東方向)を撮った写真です。ロアール川の支流であるシェール川は下流でロアール川に合流して、大西洋のビスケー湾に流れ込みます。
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城の入口の上に火を吐くドラコンのような動物が彫られていました。この動物はルイ14世の居間にある紋章からサラマンダーであることが判りました。これをくぐったら城の内部です。城の内部に関しては「シュノンソー城 その2」で紹介したいと思います。
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ここからは城の内部を見学して外に出た後に撮った写真を紹介したいと思います。城からでると前は広い広場になっていました。
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上の写真で中央に写っていた建物がこちらです。これは管財人の家(La Chancellerie)だそうです。
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シュノンソー城の全景を撮るために下流側の方向に歩いてみました。手前がマルクの塔で奥がシュノンソー城です。
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城の全景が撮れる位置まで歩きました。川の上に建つ城であることが実感してもらえると思います。シュノンソー城はシェール川の古い製粉所跡に建てられてたそうです。文献上で初めて登場したのは11世紀のことだそうです。最初の建物は、持ち主のジャン・マルクが扇動罪に問われて1411年に国王軍により火をかけられましたが、1430年代にジャン・マルク本人が、同じ場所にこの城と水車を再建したそうです。1513年にトマ・ボイエに売却され、その後、トマ・ボイエの息子によって国庫への債務のため、シュノンソー城はフランソワ1世に献上されで国王の物になったそうです。その後、シュノンソー城は「6人の奥方の城」と呼ばれる歴史が始まりました。
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陸地から城に渡る橋の部分です。
6人の奥方の城の歴史の始まりである、シュノンソー城の第1代目城主は、フランソワ1世の息子のアンリ2世の正妻カトリーヌ・ド・メディシスでしが、その後、アンリ2世は幼少期より家庭教師として出入りしていて絶世の美女と謳われた20歳年上のディアーヌ・ド・ポワティエに思いを寄せるようになり、その愛妾(愛人)にシュノンソー城を贈ったことで、ディアーヌ・ド・ポワティエが第2代目城主となるなど、どろどろとした歴史が、美しい白い城に隠されているのです。
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美しい城だからこそ、女性が大きく絡んできたのかもしれません。
クリックすると拡大さらに下流側に歩いてシュノンソー城を撮りました。写真を撮る時間は少なかったので、ここからすぐに城まで戻った上流側の方向に行きました。
昔ですが、シュノンソー城は、一度来たことがあります。右の写真がその時の写真です。
その時の記事がこちらです。→ポチッ
今回は雨の中の訪問となりました。
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これが上流方向から最初に撮ったシュノンソー城の写真です。
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さらに上流側を目指して撮ったシュノンソー城の写真です。少し駆け足状態でした。この写真はクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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川の上に建っていることを実感してもらうために城の南側の脚の部分をアップいたしました。
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こちらは城の北側の脚の部分です。
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城の屋根の部分も魅力的なので拡大いたしました。
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さらに上流側には趣のある跳ね橋がありました。
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跳ね橋を渡って撮りました。跳ね橋の向こうに城が遠くに見えます。
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さらに上流側に進んでシュノンソー城を撮りました。画面には入っていませんが右側に、上の写真の跳ね橋があります。
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城の部分を拡大いたしました。左側(南側)は木に隠れて写っていませんが、今回で最も川の正面からの写真になります。この後、急いで駐車場のバスのところまで戻りました。城の内部説明が丁寧で時間が長かったために、城の外観の写真を撮るのは、走ることにことになり、いい運動になりました。
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航空写真で見たシュノンソー城( )です。シュノンソー城の森の敷地面積をGoogle地図で計測してみると1.47k㎡(147ha)でした。3.04k㎡(304ha)の範囲もシュノンソー城に関係した敷地と思われます。航空写真上のアイコンマイナスを2回クリックすると計測した敷地境界が判ります。

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ロワール地方に向かうバスの中からの景色 [ロワール]

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フランス旅行も6日目となりました。6日目は、パリからのマイバス社の日帰りツアーでクリックすると拡大ロワールの城めぐりに行きました。上の写真が我々が乗ったバスです。マイバス社の前から撮りました。
訪問場所は3ケ所で、最初の訪問場所であるシュノンソー城に到着するまでのバスからの景色を紹介したいと思います。
 1日目 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 モンサンミッシェル
 3日目 モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 ロワールの城めぐり
 7日目 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他

こちらが車内の様子です。ツアーの人数は11名でしたが、大型バスだったので、ゆったりと座ることが出来ました。
マイバス社を7時30分に出発いたしました。パリに戻ってきたのは19時50分だったので12時間20分のツアーとなりました。
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私の席から前方向を撮りました。天井にも窓がある豪華なバスでした。本ツアーはマイバス社のホームページに日本からインターネットで申し込みました。モンサンミッシェルツアーも同様にマイバス社に申し込みました。
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ロワールの城めぐりの訪問場所と、マイバス社( )から最初の訪問場所のシュノンソー城( )までのルート(━━)を紹介します。この地図で示す通りロワール地方はパリの南西方向にあります。
   マイバス社パリ事務所
   シュノンソー城
    クロ・リュセ城(ダビンチの家)
    La Cave aux Fouées (ランチを食べたレストラン)
    シャンポール城
 ━━━━━━ パリ(マイバス社)→シュノンソー城 239km


マイバス社の事務所前を出発してパリ市内を抜けるまでの景色も魅力的でした。最初はセーヌ川沿いを走りました。
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こちらもセーヌ川に架かる橋です。
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バルコニーの手摺がお洒落です。
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パリの中心部から離れてくると建物の高さも低くなってきました。
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路面電車が走る道も不思議な魅力がありました。
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パリ郊外の景色です。ここで別の運転手が待っていて交代いたしました。フランスでは、バスの安全管理は非常に厳しいために運転手の1日の運転時間が規定されているために、この会の日帰りツアーでは一人だと時間オーバーになってしまう可能性があるために、ここで交代するのだと説明されました。運転手はそれぞれにICカードを持っており、それをバスの機械に差し込んで初めてバスが動くそうです。運転時間がオーバーするとエンジンが停止する仕組みになっているために、余裕を持つ必要があるとのことでした。バスに検査官が乗り込む抜き打ち検査もあるとのことでした。観光バスの安全管理に関しては、日本の実情とは雲泥の差を感じました。
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日本とは違ったデザインの送電線にもめが行きました。
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こちらの送電線も独特でした。
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料金所を通過するところです。
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パリの町から離れると緑が広がっていました。
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風力発電の風車も沢山ありました。
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一面が黄色の花で埋め尽くされている風景にも出会いました。
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ガラスを割るための脱出ハンマーが備えられていました。
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出発して2時間後の9時30分に休憩場所のサービスエリア(SA)に着きました。
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こんな形で自転車を積んでいました。フランスは自転車の国です。
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我々以外のバスも何台か停まっていました。
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このように家がある方が稀なので、つい写真を撮ってしまいます。
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道路の合流地点です。
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建物があると、やっぱり撮ってしまいます。
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これがフランスの景色なのです。
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大きな建物もありました。牧場でしようか。
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バスの窓からは羊(ひつじ)も沢山見ることが出来ました。
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牛も沢山見ることが出来ました。馬も見かけました。
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この時10時49分でした。出発して3時間19分です。
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ロアール川を渡っているところです。
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ロワール川周辺は緑豊かなところでした。
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緑がまだまだ続きました。
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シュノンソー城の近くの町を通過しているところです。町の名前はCivray de Touraine(シヴレ ド トゥレーヌ)です。ここから目的地まで1.6kmの距離です。
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シュノンソー城のあるChenonceaux(シュノンソー)に到着いたしました。線路を渡ったところに駐車場があります。この時、11時05分でした。出発してから3時間35分でした。
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シュノンソー城の駐車場周辺の航空写真です。線路を渡っているところが上の写真です。航空写真上の が駐車場です。航空写真ををクリックするとシュノンソー城( )の位置が入った写真を表示します。駐車場からは歩いて城に向かいました。
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お城の見える古民家 [ロワール]

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ロワール地方の城巡りのツアーですばらしいお城に出会いました。そのお城の広大な敷地の中に昔ながらの民家が残されているのも魅力的な風景でした。こちらはシャンポール城に隣接した村です。屋根の形が素敵な家が多かったです。村から城が見れる景色もすばらしいです。

シャンポール城から見た村の景色です。どうしてこんなにきれいなのだろう思ってします。のんびりとした風景にも見とれてしまいました。
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ここから3枚の写真がシュノンソー城の村です。こちらの建物もすばらしいと思いました。
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同じ村ですが反対の角度から撮った写真です。いずれの写真もクリックすると拡大するように設定しているので是非見てほしいです。
IMGP5713-960.jpg

民家の庭の風景です。なぜか沢山の鴨たちが羽を休めていました。
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アンボワーズ城には大きな森はありませんでしたが、村の中にある、お城でした。シュノンソー城やシャンポール城の場合は城の大きな森の中に村があるのです。城に勤めている人が住んでいたのでしょうね。
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ダ・ヴィンチが暮らした家 [ロワール]

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ロワール地方の城めぐりの最後の訪問場所のレオナルド・ダ・ヴィンチの家を紹介します。と言ってもフランスの家です。
?? 「フランス? イタリアじゃないの」と思われる人も!
フランス国王のフランソワ1世に招待されて1516年から没する1519年までロワール地方のアンボワーズ城近くに住んでいたのです。
建物の名前は「クルーの館(Clos Lucé)」です。クルーの館はフランソワ1世が幼年期を過ごした館であることも有名です。15世紀半ばに建てられ、1490年にシャルル8世のものとなり、王妃アンヌ・ド・ブルターニュも住んだことがありました。フランソワ1世の姉のマルグリット・ド・ナヴァルの住まいでもありました。
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下の写真は上の写真と反対側です。
レオナルド・ダ・ヴィンチを紹介します。
 正式 レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ
     Leonardo di ser Piero da Vinci
 誕生 1452年04月15日 フィレンツェ共和国 ヴィンチ
 死没 1519年05月02日 フランス王国 アンボワーズ
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二階の屋外の廊下
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庭に鉄製の標識がありました。
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内部の部屋の写真2枚です。
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ロワール地方の城を見た後なので小さく見えますが、部屋には貴賓がありました。
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ベッドです。
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暖炉には火が!
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部屋の中にきれいな紋章がありました。 気になったので写真に収めました。が、よく見ると上が王冠ですね。ガイドさんはこの紋章のことは話していませんでした。
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レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画の代表作を紹介します。作品は「最後の晩餐」と「モナ・リザ」です。
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ロワールの森 [ロワール]

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フランスのロワールの城をいくつか紹介しましたが、森が大変すばらしかったので紹介いたします。この森はシュノンソー城のあった森です。

ロワールの森の堀(シュノンソー城)
どこまでもつづく感じ
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道の奥に城が見えます。(シュノンソー城)
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森の敷地の中には川や橋が!
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小さな跳ね橋も!
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ここから下はロワールの村の景色

城が見える村 城はロワール地方で最大と言われているシャンポール城です。
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村の風景
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ロワールの村
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城のそばの教会
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小船のある風景 ブロワ城 [ロワール]

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ロワール地方の城めぐりのバスツアーに行ったときの風景です。ロワール地方の城としてシャンポール城シュノンソー城をすでに紹介していますが、ここはシャンポール城の後に来たブロワと呼ばれる町です。川の向こうの大きな建物や周りの建物群がブロワ城です。
趣のある船がいまだに使われているのに驚きました。

この写真にも小船が写っています。バックの景色はブロア城です。ネットのブロワ城の記載は下記のとおりです。
ブロワ城はフランスのロワール渓谷、ロワール=エ=シェール県にある城。歴代フランス王の幾人かが住居とし、またジャンヌ・ダルクが1429年、オルレアンからイギリス人に向けて軍を出発させる前に、ランスの大司教から祝福を受けた場所でもある。ブロワ城はブロワの街の中央にある。13世紀から17世紀にかけて造られた建物がいくつか、中庭を囲むように建っている。そのうち最も有名な建築が、フランソワ1世の翼にあるすばらしい螺旋階段である。
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ブロア城と橋の写真も絵になります。晴れていたらすばらしい景色だったでしょう。
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ブロア城から少し行った小さな村で昼食となりました。すごく雰囲気のあるレストランでいつも予約なしでは入れないそうです。当日、このツアーを申し込んで断られている人を見ましたが、これも理由の一つかなと思いました。
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バスツアーは12名でした。食事付きのツアーですがワインなどの飲み物は全て個人持ちです。ところがこの日は飲み物すべて旅行会社のサービス!! なぜ? 朝早く旅行会社の前に集まると、旅行会社の手違いで12名の客に対して手配していた車が、10人乗りだったために再手配で出発が1時間遅れてしまいましたことのお詫びとしてでした。!!
もちろんワインをどれだけ飲もうとタダ!! メンバーのほとんどが女性で遠慮しがちだったので、すこし恥ずかしいけれど代行して赤、白、ロゼとどんどん追加注文!! 得した気分! 後ろの白い車がツアーに使われた車です。
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隣の席では親戚一同集まって誕生パーティーをやっていました。羨ましい。これだけの人数がいるということは1ケ月に1回以上パーティーをする計算になりますね。
ちなみにこの日の主役は一番奥にこちらを向いて座っている男性だそうです。奥ほど年齢の上の人が座っているように、見受けられました。
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この日は日曜日!テーブルは満席で、本当に楽しそうに食事をされていました。日曜日は教会に行った後に昼食をみんなで食べる習慣があるそうです。この昼食の後にシュノンソー城に行きました。
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シャンポール城 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランスのロワール地方にあるシャンポール城です。
パリを朝早く出発の予定でしたが、ちょっとしたアクシデントのために少し出発が遅れてしまいました。実は手配していた車が小さすぎたのです。
あいにくの雨模様となったために鮮明な写真は撮りませんでした。でも、お城のすばらしさは堪能させてもらえました。

ロワール地方でもっとも美しい城はシュノンソー城で! 最も大きな城がシャンポール城と言われています。ロワール地方の城は砦のように戦争の時に守るための城ではなく貴族や王様が別荘として使うために建てられたそうです。
したがって、すでに掲載したドイツのハイデルベルグ城やスイスのレンツブルグ城などとは景観がまったく違います。上の写真は城の裏側です。どの写真もクリックすると拡大するように設定しております。 参考 ⇒ NHKの世界遺産シリーズ
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表を正面から見た景色です。塔の数は365本だそうです。一年が365日と関係あるのかもしれません。
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正面の中央の部分です。
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城に登って見ました。 近くで見るとすばらしいことが良くわかります。
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屋根の曲線がきれい!!
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一番真中の塔です。 近くで見るとすごい迫力です。城全体の大きさが想像してもらえると思います。
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お城の中です。各階に上がるのは螺旋階段ですが、ここの特徴は2重の螺旋階段で上り下りが別になっています。お城の中でも有名な構造です。ダ・ヴィンチが描いた理想の都市の階段を実現させたものだそうです。
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家具は置かれていませんでしたが部屋は昔の優雅さを残していました。
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別の部屋も紹介いたします。
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城は本当に大きな森に囲まれています。城のバルコニーから撮った写真です。ここからは見えませんが城を取り巻く塀の長さは31kmだそうです。
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城から見る近くの村も趣きがあります。 城の敷地の中なので昔は使用人が住んでいたのでしようね。2016年5月13日にもシャンポール城を訪れました。その時の記事を紹介します。
タイトルの着色部をクリックすると記事を表示します。
 シャンボール城 その1 シャンボール城に到着いたしました。
 シャンボール城 その2 城内編
 シャンボール城 その3 螺旋階段編
 シャンボール城 その4 屋上編
 シャンボール城 その5 城からの景色
 シャンボール城 その6 コソン川越しから見たシャンボール城  
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運が良ければ、美人の森の番人にも出会えます。馬で森の中を見回っているそうです。


このあと、奥の白いマイクロバス
ブロワ城へ向かいました。
シャンポール城に関するネットの説明を記載いたします。
フランス中部を流れるロワール川の流域には、16世紀に王侯貴族が築いたフランス・ルネサンス建築の城館や庭園が数多くあることから、「フランスの庭」と呼ばれています。建物と庭園とロワール川が一体となった景観は美しく、シュリー・ロワールからシャロンヌまでのおよそ200キロが世界遺産に登録されています。
「シリーズ世界遺産100」では、ロワール川流域を代表する城館シャンボール城を紹介します。シャンボール城は16世紀の初め、フランス国王フランソワ1世が情熱を傾けて築いたもので、優雅で繊細な城には365本もの塔が立ち並んでいます。
この塔は煙突で、そのまま暖炉につながっています。1515年に20歳で即位したフランソワ1世は、即位直後にイタリアに兵を進め、そこでルネサンスを代表する芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチと出会います。王はダ・ヴィンチを熱心にフランスに誘い、アンボワーズ城の近くにダ・ヴィンチの館を用意し、毎晩のように館を訪ねて二人で語り合います。
まもなくダ・ヴィンチが死ぬと、王は悲しみを癒やすためにシャンボールの森に出かけました。そして、愛着のある森にダ・ヴィンチの発想を取り入れた城を築きます。城の真ん中には、上がる人と下りる人が出会うことがないよう、二重の螺旋(らせん)階段が作られました。ダ・ヴィンチが描いた理想の都市の階段を実現させたものです。
中央の塔には王家の紋章が輝き、中央の塔に向かって右の棟には王の部屋が、左の棟には礼拝堂が築かれました。王と神が対をなしているのです。シャンポール城は、ダ・ヴィンチのイメージを現実のものとした王の建築芸術なのです。

城の航空写真を掲載します。「地名の表示」にチェックを入れた後に、マイナスのアイコンをクリックすると広い範囲が表示されるのでパリからの位置が判ると思います。回りの緑が、この城の森だそうです。


川の上に建つ城 シュノンソー城 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリで少し時間があったのでロワール地方の城めぐりに出てみました。その中の一つが写真のシュノンソー城です。ロワール地方の城の中で、最もきれいな城と言われているのが写真のシュノンソー城です。この城は川の上に橋のように建っています。朝から雨模様でしたが、この城に着いたとたんに日がさしてきました。ほんの一瞬でこの後はまたどんよりとした雲に覆われました。

逆光になりますが上の写真とは反対側(下流側)からの写真も紹介します。きれいな水が流れています。
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庭園から見たシュノンソー城です。ロワール地方の城をいくつか見ましたが一番気に入ったお城です。
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庭園側からの城の正面です。
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城への通り道は跳ね橋になっています。
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城の中です。細長い城で両側が川なのです。城からの川の景色も素敵です。
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こちらが城からの川の下流側の景色です。暮らしてみたくなります。
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ロワール地方には城が数十あるそうです。特に森や城からの景色が魅力的!この時期に森の中には花が沢山咲いていました。花の形からシクラメンの原種かも!
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敷地内の建物ではワインも販売していました。味見させてもらっているところです。日本の自宅まで送ってくれるサービス付きです。

ミニシクラメンの原種 [ロワール]

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フランスのロワール地方のシュノンソー城の森の中で見つけた花です。写真はクリックすると拡大します。

外部Web ⇒ 原種シクラメンに似ています。
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