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箱根火山情報 テレビのニュースはブログのアクセス数に敏感に反映されます。 大涌谷噴火 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

初めてSo-netに記事を掲載したのは2009年5月5日でした。今回のGWで6年目に入りました。そんな中で2015年5月4日から突然3つの記事のアクセス数が跳ね上がりました。これは2015年4月26日から大涌谷付近からの火山性地震が増加に伴い、気象庁が5月3日午後に臨時の火山情報を発表したことを受けて、箱根町は2015年5月4日早朝から大涌谷周辺のハイキングコースの立ち入りを禁止することを決定したのが切っ掛けのようです。着色の記事名をクリックすると記事を表示します。
記事4/305/15/25/35/45/55/6
大涌谷で黒玉子を食べました。2734387411351084719
箱根火山 早雲地獄498236860194
箱根火山 大涌谷00235550
その他合計3555384040693940402540943836
総アクセス数3586388341174040523352434799

2015年5月7日時点の累計アクセス数や累計nice!数です。
掲載記事数1,488記事別累計アクセス数 2015年5月7日
累計nice!数224,675大涌谷で黒玉子を食べました。13,326
累計アクセス数6,615,363箱根火山 早雲地獄4,588
niceをくれた人7,956箱根火山 大涌谷 1,337


過去記事の平均アクセス数は2.5件/日です。そんな中で、一つの記事が一日に1000を超えるアクセス数になることは珍しいことです。今回、沢山のアクセスのあった「大涌谷で黒玉子を食べました。」の記事は2013年9月25日に掲載した過去記事なのです。つまり平均の454倍だったわけです。


このグラフから5月4日以降のアクセス数の増加は特にスマホからのアクセスの影響が大きいことが読み取れます。突然の大涌谷への立ち入り規制により、旅行先から検索したのかもしれません。So-netによるアクセス解析で分かるのは、ブログのアクセスに使用されているOSなので、使われているOSを次のように分類してグラフを作成いたしました。
 スマホ   iPhone Android iPod BlackBerry Windows_Phone
 PC     Win7 Win8.1 Mac_OS_X WinVista WinXP Linux 
        Unix Win8 Win2k Win2k3 Win98 WinNT
 iPad    iPad
 携帯    DoCoMo Ezweb SoftBank
 不明 他  不明  Playstation_Portable 


大涌谷がらみの検索ワードが5月4日から急上昇していることからYahooやGoogleからの検索が増えたことでアクセス数も増えたものと思われます。その他の検索ワードの中にも大涌谷がらみのキーワードが入っています。
検索ワード4/264/274/284/294/305/15/25/35/45/55/6
黒たまご4942651011243342169
箱根231546312665749
大涌谷233549463524
黒卵119484912
早雲地獄11223132236
噴火10121412215
黒玉子16810
その他847768707828763804782976122612291293
合計8677857188357808207971024167017441608


箱根関連の5月の合計の検索ワードランキングです。
ちなみに検索ワード総数は7032種類/26425件です。その中で「黒たまご1217」は2位の「日光東照宮754」を押さえて、堂々の1位でした。箱根が5位、早雲地獄が11位、大涌谷が12位、黒卵が16位、噴火が20位、黒玉子が36位と7032個の検索ワードの中で50位以内に箱根関連検索ワードが7個も入ったわけです。


検索数自体も通常の2倍近くまで跳ね上がりました。Yahooでの検索数は4月23日~5月12日間の平均で92%(9484/10358)です。検索することを「ググる」といいますが、これでは「ググる」ではなくて「ヤフる」です。


5月4日に掲載された箱根火山の記事です。
すでに2015年3月27日には大涌谷に限定した避難マニュアルが作成されて発表されていました。大涌谷の黒玉子の製造場所の温泉池が立ち入り禁止区域内にあり、黒玉子が作れなくなったことから規制区域外の観光センターの売店でも黒玉子は販売中止それたそうです。
箱根山の火山性地震増加 大涌谷の遊歩道を初規制
カナロコ by 神奈川新聞 5月4日(月)7時3分配信
気象庁は3日、箱根山(箱根町)の大涌谷付近の浅い場所を震源とする火山性地震が増えていると発表した。突発的な蒸気噴出現象が発生する可能性があり、箱根町は、大涌谷の半径約3キロの範囲で遊歩道とハイキングコースを4日から立ち入り禁止にする。同町によると、火山性地震による規制は初めて。
気象庁は「直ちに噴火する兆しはみられない」として、噴火予報は「平常」を維持。立ち入り禁止区域以外の温泉地などには影響ないという。
気象庁によると、4月1日以降の火山性地震は約150回で、特に4月26日から急増。そのうち、体に感じる揺れ(震度1相当)は4回だった。5月3日朝には、大涌谷近くの温泉施設で蒸気が勢いよく噴出しているのが確認された。
箱根山では2013年にも5カ月間に約500回の火山性地震を観測するなど、活動が活発になることがあった。気象庁は4日に現地に職員を派遣して詳しい状況を調査する方針。
◇GWに痛手
箱根町は3日、緊急会見を開き、大涌谷周辺の自然研究路(遊歩道)とハイキングコースを4日から閉鎖すると発表した。観光客が特に多い大型連休中の規制について、町は「観光面では痛手だが、万が一に備えた」と安全を優先する姿勢を強調した。
閉鎖するのは、自然研究路の入り口から「玉子茶屋」付近までの約300メートルのほか、駒ケ岳や早雲山などにつながる半径約3キロにわたる四つのハイキングコース(全長計約12キロ)。
周辺では火山性地震だけでなく、通常は高さ10メートル程度の噴気が20メートルを超えているほか、火山性ガスや地殻変動も同時に観測している。規制は活発な活動が終息するまで続くが、県温泉地学研究所は「今回のような群発地震は数年に一度起きており、通常1~2カ月、長いときは半年で終息する」と分析している。

5月6日には噴火警戒レベルもレベル1(平常)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。噴火警戒レベルは火口周辺規制ですが、大涌谷以外の箱根全体の観光客が減ってしまう被害は、一部の派手な報道の影響も無縁ではないようです。箱根町は真面目に安全を最優先に対応しているので過剰な反応は気の毒です。
対象範囲は次の通りです。レベル1と2の違いは火口内と火口周辺です。
  レベル1 火口内等
  レベル2 火口周辺
  レベル3 居住地域の近くまで
  レベル4 居住地域を含む
  レベル5 居住地域を含む


クリックすると拡大2003年の気象庁報告書によると活火山とは過去一万年以内に噴火したことのある火山のことで、世界の活火山の数は1548で、日本の活火山の数は108でしたが2011年6月に2火山が追加され現在は110となっています。つまり世界の7%の火山が日本にあることになります。日本の陸地は世界の0.25%なので火山が格段に多いと言えます。右の地図は2009年に内閣府で作られた地図です。110の活火山の中で火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山は37(=13+24)あるようです。110活火山の内訳は次の通りです。
  ランクA 13火山 100年 or 1万年活動度が特に高い活火山
  ランクB 36火山 100年 or 1万年活動度が高い活火山
  ランクC 38火山 100年 and 1万年活動度が低い活火山
  その他  23火山 データー不足等
日本全国の110の活火山の中で、噴火警戒レベルが設定されているのは30火山/31ケ所です。①~⑤が警戒レベルを表しています。クリックすると現在発表されている警戒レベルを表示します。その後の変化は次の通りです。
  2015年5月29日 口永良部島 レベル3→レベル5
  2015年6月11日 浅間山    レベル1→レベル2
  2015年6月30日 箱根山    レベル2→レベル3


こちらが箱根ロープウェーから見た大涌谷です。写真は2013年8月24日~25日に家族6人で行った時に撮ったものです。大涌谷は二回の過程を経て形成されたそうです。約3100年前、箱根火山で水蒸気爆発による山崩れが発生し、堆積物が貯まりクリックすると記事を表示さらに約2900年前に小規模な火砕流が発生、冠ヶ岳ができ、また火山砕屑物が積もったそうです。この火山砕屑物と山崩れによる堆積物の間が現在の大涌谷となっています。 かつては「地獄谷」と呼ばれていましたが、明治天皇・皇后の行幸啓に際し、1876年(明治9年)9月5日に「大涌谷」と改称されたそうです。
クリックすると拡大

左がネットから拝借させてもらった2015年5月5日の蒸気噴出口の写真です。確かに2013年8月24日にロープウェーから同じ蒸気噴出口を撮った右の写真の数倍の量の水蒸気です。5月6日からロープウェーは運行停止いたしました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

最近のの大涌谷の蒸気噴出状態の写真を転用させてもらいました。
左から2015年5月8日、10日、11日です。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

大涌谷の動画も紹介いたします。本動画は時事通信社/JIJIPRESS が2015年5月11日に掲載した動画です。枠内に時事通信社の記事の内容を紹介します。
神奈川県の箱根山では11日も活発な火山活動が続き、箱根町湯本では午後2時15分ご­ろ、体に感じる震度1の揺れを観測した。大涌谷では引き続き蒸気が勢いよく噴出してお­り、気象庁は火口周辺警報(噴火警戒レベル2)を維持して大涌谷周辺の小規模噴火に警­戒を呼び掛けている。
同庁によると、火山性地震は10日に266回発生し、活動が高まった4月26日以降で­最も多かった。湯本では体に感じる揺れが5日ぶりにあり、震度1を5回、同2を1回観­測。この震度2の地震の規模(マグニチュード)は3.0(修正値)と推定され、一連の­地震で最大規模だった。
11日の火山性地震は午後3時までに36回起きた。傾斜計などで山が若干膨らむ地殻変­動が観測されているが、大きな噴火の兆候は見られない。


動画が撮影された場所と同じ位置から撮られた写真をネットから転用させていただきました。こちらは2015年5月11日に撮影されたそうです。
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大涌谷の航空写真です。細い橙色の線が、上で紹介の動画を撮影したラインです。 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1292-22あたりから撮られたと思われます。
   大涌谷 地獄沢 蒸気噴出口
   大涌谷駅
   延命地蔵尊
   黒たまご売店の一つ(大涌谷観光センター)
   黒たまご茶屋
   黒たまご温泉池
   閻魔台(えんまだい)
   大涌谷散策路
   玉子専用のロープウェイ 
   箱根ロープウェイ
   動画撮影ライン(細い橙色ライン)


大涌谷の閻魔台のあたりの2013年8月24日の写真です。写真の右下の建物が黒玉子を製造販売している黒玉子茶屋です。地熱と火山ガスの化学反応を利用した「黒たまご」は、生卵を温泉池でゆでると、気孔の多い殻に鉄分(温泉池の成分)が付着し、これに硫化水素が反応して硫化鉄(黒色)となり、黒い殻のゆで玉子ができあがるのです。
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こちらの早雲地獄の写真は強羅公園から2013年8月24日に撮りました。
早雲地獄は1953年7月26日にて地滑りが発生し、土石流となって2 km下流の強羅橋(彫刻の森駅付近)まで流下し、約80万立方メートルの土砂を堆積させたそうです。土砂の流下速度は秒速約7 mだったとされており、埋没面積7 ha、死傷者28名を出す惨事となりました。
この災害以降、砂防工事が行われていますが、源頭部の早雲地獄では新たな火山性の地滑りや崩壊地の拡大が確認されており、再度の土砂災害が危惧されているそうです。このことから、早雲地獄では新たな土砂供給を減少させるために、すべり面より下の層にアンカーを打ち込むアンカー工事が1996年から2000年にかけて行われたそうです。今でも火山として活動していることが感じられました。


箱根カルデラの範囲の地形図です。
   強羅公園
   早雲地獄
   大涌谷
   箱根山最高峰の神山


国土地理院の「箱根山の火山活動に伴う地殻変動の検出について」→ポチッ
④5月07日~5月21日の観測データの解析結果を追加 最大20cm
                  2015年05月07日からだと 最大15cm
③4月17日~5月15日の観測データの解析結果を追加 最大12cm
②3月01日~5月10日の観測データの解析結果を追加 最大8cm
①2015年5月8日に火山活動の地殻変動を大涌谷で検出 最大6cm
陸域観測技術衛星2号「だいち2号」の観測データを利用して、箱根山の火山活動に伴う地殻変動を大涌谷で検出
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定期的に大涌谷の火山情報関連の記事を追加いたします。
2015年5月17日
有感地震100回超える 箱根・大涌谷
カナロコ by 神奈川新聞 5月17日(日)7時3分配信
大涌谷周辺の火山活動は16日も活発で、火山性地震が増加した4月26日以降に県温泉地学研究所が観測した震度1~3相当の有感地震の総数は100回を超えた。
温地研によると、15日は最終的に54回の有感地震があり、震度3相当の揺れを4回観測するなど、地震活動はこれまでで最も激しくなった。16日も引き続き地震が多く、揺れを体に感じない微小な地震も含め午後9時までで241回を数えた。有感地震も繰り返し観測されている。
気象庁が観測した火山性地震の回数も15日が最多で471回に達した。
5段階の噴火警戒レベルは2(火口周辺規制)が続いており、同庁は引き続き小規模な噴火の恐れがあるとみて警戒を呼び掛けている。

20015年5月23 2週間で15cm隆起 2014年10月9日から20cm隆起
大涌谷、地面15センチ隆起 火山ガスの影響か
2015年5月23日(土)5時0分配信 カナロコ by 神奈川新聞
活発な火山活動が続く箱根山(箱根町)の大涌谷で、地面の一部がこの2週間に最大15センチ隆起していたことが22日、国土地理院の解析で分かった。噴出する火山ガスなどの影響で地下の浅い部分が膨張しているとみて、気象庁や県温泉地学研究所も警戒している。
国土地理院は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星が捉えたデータから大涌谷の地殻変動を調べており、今回が4回目の解析。初回の7日に5センチほどの隆起が確認された地点が局所的に20センチに隆起したことが、21日の観測データから分かったという。
地形の膨らみがみられるのは、激しい噴気が続く温泉供給施設付近の半径100メートルの範囲内。火山活動が活発化した当初に隆起が目立った地点より南西側の変動が顕著になってきているという。
また、気象庁は22日から、大涌谷のカメラ画像をホームページで公開。立ち入り規制区域内の箱根ロープウェイ大涌谷駅に急きょ設置した高感度カメラで、夜でも噴気の状況を確認できる。
温地研によると、同日の火山性地震の回数は午後7時までで59回だった。
◇地震減少傾向も「沈静化はまだ」/温地研
大涌谷周辺の火山活動について、県温泉地学研究所の竹中潤研究課長は22日、箱根町が実施している定例会見で「火山性地震の回数は15日をピークに減少傾向にあるが、地殻変動などは続いており、火山活動が沈静化したとはいえない」と説明した。
また同会見で町は、大涌谷で配管メンテナンス作業を行う温泉供給業者が立ち入り禁止エリアの縮小を求めて提出していた上申書について、「活動がまだ沈静化していない中では狭めるのは難しい」との見解を示した。業者には、電話などで伝えたという。
町は噴火警戒レベルが3(入山規制)に引き上げられた場合に、避難指示が出される大涌谷周辺の半径1キロ以内の旅館や住宅など約30軒に対して回覧板を通じて近く説明する方針。ただ、対象の住宅の世帯数などは把握していないという。

2015年5月24日 箱根山の火山活動活発化のメカニズム
箱根山の活動、ガス目詰まりが原因か 東海大分析
2015/5/24 2:00 日本経済新聞
箱根山(神奈川県箱根町)の活発な火山活動は、地下のマグマから発生するガスが一時的に周辺の岩にブロックされ、その後一気に解放されたことで起きたとする分析結果を東海大の大場武教授(火山化学)らが23日までにまとめた。
マグマ周辺の岩には通常、ガスが通り抜けできる穴があいているが、地下水などで運ばれた鉱物が大きく成長して穴をふさぐ「目詰まり」が起きたとみられる。
大場教授は「蓄積されたガスが出尽くせば、火山性地震は終息するだろう。マグマに変化は起きておらず、マグマ噴火の可能性は低い」と話している。引き続き水蒸気噴火の恐れはあるという。
大涌谷周辺から出る水蒸気にはマグマで発生するガスと、マグマの近くを通る地下水が熱せられてできる水蒸気が混ざっている。長期にわたりこの水蒸気の成分を調べている大場教授によると、今年2月~4月24日にかけ、マグマから来るガスの比率が下がっていた。この比率は5月8日になって急上昇した。
マグマを取り囲むように、ガスを通さない岩の層が形成されたと考えられる。ガスが閉じ込められ内部の圧力が上昇、その後この層に穴があき、4月26日以降の火山性地震や激しい蒸気の噴出につながったらしい。
箱根山では2013年8~10月にも同様の変動があり、その後に地震が増加した。成果は千葉市で開かれる日本地球惑星科学連合大会で25日に発表する。
箱根山は、5月3日に火山活動が活発になってきたことを示す「解説情報」が出され、6日には噴火警戒レベルが1から2に引き上げられた。〔共同〕
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2015年6月30日 警戒レベル2 → 警戒レベル3
【速報】初の警戒レベル3 小規模噴火発生を確認
2015年6月30日(火)13時17分配信カナロコ by 神奈川新聞
気象庁は30日、箱根山(箱根町)の噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)から3(入山規制)に引き上げたと発表した。これに伴い、避難指示エリアが火口から半径約1キロに拡大される。同庁によると、ロープウエー大涌谷駅付近で降灰を確認、大涌谷でごく小規模な噴火が発生したとみられる。箱根山のレベル3への引き上げは初めて。

2015年7月21日 大涌谷で火山灰の噴出確認
【速報】大涌谷で火山灰の噴出確認
2015年7月21日(火)18時1分配信カナロコ by 神奈川新聞
活発な火山活動が続く箱根山(箱根町)の大涌谷で21日正午ごろ、噴煙とともにごく微量の火山灰が噴出したことを気象庁の機動観測班が確認した。時間は10秒程度。噴煙の高さは50メートルで、噴火に関する記録基準に満たなかったとして同庁は噴火とは判断していない。
また、地下のマグマや熱水の移動を示す火山性微動も発生していない。噴火警戒レベルは3(入山規制)が継続しており、引き続き小規模な噴火に警戒するよう呼び掛けている。

122年前にタイムスリップ 富士屋ホテル [箱根]

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箱根・椿山荘で蕎麦を食べた後は宮ノ下の街を散策しようと宮ノ下駅を降りました。雨も強くなってきたこともあり、宮ノ下と言えば富士屋ホテルということで、雨宿りを兼ねて富士屋ホテルの中に入って見ることにいたしました。宮ノ下の富士屋ホテルは135年前の1878年(明治11年)に創業した老舗ホテルで1932年にチャップリンなどの外国の有名人が訪れたことで有名なホテルです。チャップリン以外ではタイ王国国王・王妃(1931年)、ヘレン・ケラー(1937年)、昭和天皇(1965年)が宿泊されました。

上の写真も含めて3枚が本館の写真です。本館は1891年(明治24年)に竣工したそうなので、122年前の明治の姿を見せてくれているのです。富士屋ホテルチェーンは宮ノ下の富士屋ホテル以外に3つの直営ホテルと8つの運営受託ホテルがあります。直営ホテルは「富士屋ホテル」「湯本富士弥ホテル」「箱根ホテル」「富士ビューホテル」です。運営受託ホテルは「甲府富士屋ホテル」「フルーツパーク富士屋ホテル」「大阪富士屋ホテル」「八重洲富士屋ホテル」「二の平渋谷荘」「箱根千代田荘」「ヴィラ本栖」「キヤノン箱根館」です。
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古くは宿泊客に外国人が占める割合が高く、外国人専用であった時期も長かったこともあり、日本文化を伝える展示や工夫がされています。長い間には増築なども行われたものと感じました。
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こちらは富士屋ホテルの御花殿でヘレン・ケラーが泊まられたようです。御花殿は1936年に竣工したそうなので新築1年目に泊まられたことになります。御花殿も77年目の建物ということになります。


古い面影が残るホテルで根強い人気があるようで、この日も結婚式が行われていました。確かに記念の日のイベントにぴったりのホテルなのかもしれません。建物の外観は和風ですが内部が洋風なのが特徴です。


本館内部です。122年前の構造であることから趣がある反面、通路が狭いなどの不便な面もうかがえました。


噂の宮ノ下の富士屋ホテルを見るだけのつもりで入ったのですが雨が強くなってきたので宮ノ下の街を散策するのは諦めて富士屋ホテルでゆっくりとしようとラウンジ/オーキッドでお茶でも飲むことにしました。頼んだのケーキセットで飲み物は紅茶を頼みました。


混んでいて申し込んで順番が回って来るのに45分も待たされてしまいました。下のケーキは富士屋ホテルの名物スイーツの「マーブルケーキ寄木細工風」です。
約60年前のレシピを、箱根の伝統工芸である寄木細工のデザインを銜えて復刻したケーキだそうです。メイプル、ナツメグ、シナモンが香る昔懐かしい味わいのケーキでした。
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こちらも代表的なスイーツです。名前は宮ノ下シークリームでこちらも懐かしい味わいのものです。表面には砕いたアーモンドと粉砂糖が振り掛けられていました。
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こちらも昔ながらのアップルパイです。今風というよりは全般的にオーソドックスなケーキでした。
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こちらは私が頼んだスイーツで、昔ながらの富士屋ホテルの物ではなく、巷で流行っている「アサイーボウル」です。ヨーグルトにアサイーのペーストやバナナやラスベリーが入ったスイーツです。真中あたりの紫のペーストがアサイーです。これで1000円だったので、ここはやっぱり富士屋ホテルの伝統スイーツである宮ノ下ロールか宮ノ下浅間のモンブランにした方が良かったかもしれません。
クリックすると拡大「アサイー」の和名はワカバキャベツヤシでブラジル・アマゾンが原産のヤシ科の植物だそうです。果実の外見はブルーベリーに似ているそうです。アサイーの実は非常に栄養価が高くポリフェノールは約4.5%も含まれています。これはココアの約4.5倍、ブルーベリーの約18倍ともいわれています。他にも、鉄分はレバーの3倍で、食物繊維、カルシウムなども豊富だそうです。ジュース状にし、そのまま飲むか、牛乳やヨーグルト等の乳製品、バナナやイチゴあるいはそれらの果汁などと混ぜて飲むことが多いそうです。右の写真はWikimediaから拝借したアサイーの木です。
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箱根の家族旅行の2日間のルートです。沢山の交通機関を利用させてもらいましたが、循環バス(100円)以外の、すべて乗り物に箱根フリーパスで乗れました。フリー切符を使わないで個別に支払いをしたとすると7940円なので2940円(=7940円 - 5000円)ほど、お得だったことになります。
 初日 (2013年8月24日)
  1150円 小田急      新宿→箱根湯本        ロマンスカー
   390円 登山電車    箱根湯本→強羅        昼食 強羅公園
   410円 ケーブルカー  強羅→早雲山
   820円 ロープウェイ  早雲山→大涌谷        大涌谷
  1020円 ロープウェイ  大涌谷→桃源台        芦ノ湖
   970円 海賊船      桃源台→箱根町       箱根関所
   930円 登山バス    箱根町→箱根湯本
        徒歩       箱根湯本→塔ノ沢温泉   福住樓
 2日目 (2013年8月25日)
        循環バス    塔ノ沢温泉→箱根湯本   出山鉄橋
   390円 登山電車    箱根湯本→彫刻の森    彫刻の森
   160円 登山バス    彫刻の森→小涌園      椿山荘(蕎麦)
   160円 登山バス    小涌園→小涌谷
   130円 登山電車    小涌谷→宮ノ下        富士屋ホテル
   260円 登山電車    宮ノ下→箱根湯本
  1150円 小田急      箱根湯本→新宿        ロマンスカー
  7940円 合計


富士屋ホテルの場所を地図で示します。他のマークは箱根家族旅行で記事にした場所です。赤色ラインは交通機関を使った移動ルートです。マークやラインをクリックすると場所や交通機関の名前を表示します。同時に表示するアドレス又は記事のタイトルをクリックすると記事を表示します。試しに青色マークをクリックして、さらに出てきた窓の中の着色文字をクリックしてみてください。

より大きな地図で 箱根家族旅行 を表示
こちらが新宿からのルートが入った地図です。下記に箱根の家族旅行で書いた記事を紹介いたします。タイトルをクリックすると記事を表示するように設定いたしましたので興味のある記事があれば是非ともクリックしてみてください。
クリックすると拡大  122年前にタイムスリップ 富士屋ホテル
  箱根・椿山荘で手打ち蕎麦をいただきました。
  Happy Animal Party展 洪易 彫刻の森美術館
  彫刻の森美術館 家族6人で行きました。
  地元の食材にこだわった朝食でした。 福住楼
クリックすると拡大  温泉宿の夕食
  大正時代の名物風呂
  塔ノ沢温泉の朝の散策
  泊まったのは文豪が愛した宿でした。 福住樓
  箱根の関所
クリックすると拡大  芦ノ湖と言えば海賊船
  箱根ロープウェイ 大涌谷→桃源台(芦ノ湖)
  大涌谷で黒玉子を食べました。
  箱根火山 大涌谷
  箱根ロープウェイ 早雲山→大涌谷
クリックすると拡大  箱根火山 早雲地獄
  箱根の一日目のランチは「徳島の地鶏・阿波尾鶏」
  途中駅のある箱根登山ケーブルカー
  箱根登山鉄道を堪能いたしました。
  箱根ロマンスカーに乗りました。

より大きな地図で 箱根 家族旅行 を表示

箱根・椿山荘で手打ち蕎麦をいただきました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでに報告の彫刻の森美術館を見学の後の昼食は椿山荘(ちんざんそう)に手打ち蕎麦を食べにいきました。久しぶりに家族全員での旅行なので、思い出に残る場所として箱根旅行を計画した時点で「文豪の宿に泊まる」と「椿山荘で手打ち蕎麦」はが決めてくれていました。幸いにも彫刻の森美術館から椿山荘までは1.5km程度の距離なのです。ただしバスに乗ってしまったために渋滞で時間がかかりました。

椿山荘は箱根ホテル小涌園が管理している建物で、今から95年前の大正7年(1918年)に藤田平太郎男爵の別荘として建てられた「国登録有形文化財建造物」です。その歴史ある建物で手打ち蕎麦が食べれることから計画したわけです。下の写真はホームページから拝借した昔の別荘時代の写真です。上の写真と同じ場所であることが判ってもらえると思います。
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入口を入ると右の写真のように長い廊下を案内されますが、廊下の両側が日本庭園の造りは、すばらしいものがありました。さすが貴賓館と呼ばれているだけのことはありました。
この椿山荘は藤田観光グループの発祥の地でもあり、創始者藤田伝三郎の子息藤田平太郎男爵の別荘として建築されたものですが、その後旅館として開放、現在の小涌園の基となったそうです。設計監督は、京都「明治宮殿」の建設でも知られる名工・今井平七です。日本庭園は京都から庭師を呼んで造られたと云われています。
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我々が蕎麦を食べた席です。3方向に縁側があり庭園に囲まれた部屋でした。椿山荘ではこのように蕎麦が食べれる部屋がいくつもあり、ゆったりとした空間で食事が出来ました。


このように大きなテーブルが置かれた部屋もありました。椿山荘は、すべて畳の和室ですが、椅子で食べれるのが特徴でした。


こちらが我々が、お蕎麦を食べた席の近くの縁側からの景色です。この日は2013年8月25日と夏でしたが標高は640mで緑に囲まれているためか涼しかったです。扇風機が置かれていましたが必要はありませんでした。
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こちらが縁側から見る日本庭園です。この庭園を見ながら、美味しいお蕎麦を食べました。家族6人で注文したのは下記の5種類のお蕎麦です。温かい蕎麦は一人だけであとは冷たい蕎麦を頼みました。天城産軍鶏蕎麦は2名が頼みました。
クリックすると拡大   冷 天城産軍鶏蕎麦   2800円 × 2名
   冷 車海老の天ざる    2200円
   冷 季節野菜の天ざる  2200円
   冷 箱根山天ざる     2200円
   温 淡雪豆腐蕎麦     2000円
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それでは蕎麦を紹介いたします。先ずは冬瓜の先付です。
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天城産軍鶏蕎麦には、生わさびが付いてきました。本格的に鮫皮のおろし金が使われていました。


こちらが天城産軍鶏と蕎麦です。軍鶏(シャモ)肉の照り焼きが蕎麦についていました。
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こちらが軍鶏(シャモ)肉の照り焼きです。
ネギがたっぷりと乗った美味しい一品でした。


こちらが箱根山天ざるでヨモギが練りこまれた「よもぎ蕎麦」が使われた天ざるでした。すこし味見をさせてもらいましたが、よもぎの香りが、ほのかにするお蕎麦でした。
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こちらが、私が頼んだ季節野菜の天ざるです。
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お蕎麦を拡大いたしました。
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こちらが野菜天婦羅です。これが車海老の天婦羅に代わったのが車海老の天ざるです。
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こちらが温かい淡雪豆腐蕎麦です。
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最後にデザートが出されました。温かいお茶と一緒にいただきました。左の器には蕎麦湯が入っています。
ゆっくりと出来る雰囲気が良かったです。家族の話も弾みました。
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こちらを検討されている方のためにメニューを紹介いたします。クリックすると拡大するので、読みやすくなると思います。これ以外に単品料理もありました。→ポチッ
単品料理としては、出し巻き玉子(500円)~近江牛と旬野菜のせいろ蒸し(4000円)まで、10品が書かれていました。お蕎麦を食べる場合は管理しているホテルに行く必要はなく、直接冒頭の写真の椿山荘に行けば案内してもらえます。我々も予約はしないで直接に行きました。
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ここまで「文化財の建物」、「広い日本庭園」、「美味しい手打ち蕎麦」、「ゆっくり出来る雰囲気」を紹介しましたが、もう一つ紹介したいものがあります。
玄関との間の廊下脇には蔵があり、その中には絵画が納められていました。その蔵の中の絵画は自由に見ることが出来ました。その蔵の中には常時16点ほどが展示されているそうです。
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蔵は2階建になっており、こちらが1階の部屋です。
右の大きな絵が山本丘人(1900~1986年)の「晩雪」です。
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こちらが2階の部屋です。蔵とは思えない広さで、天井の大きな木が印象的でした。
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見覚えのある絵があると思ったら、東郷青児(1897~1978年)の「婦人像」でした。


右の蔵の入口は分厚い扉でした。
正面に見える入口の奥にも蕎麦が食べれる部屋がありました。
有名な東京の椿山荘との関係が気になりますが、同じ藤田観光の経営です。東京の椿山荘も藤田平太郎男爵の別宅だったそうです。
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下記の地図で左下のマークが椿山荘で右上のマークが彫刻の森美術館です。椿山荘の詳細を紹介いたします。
  名前 箱根茶寮 椿山荘
  住所 神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1297
  電話 0460-82-8050
  営業 11:00~18:00(L.O.17:30)
  定休 無休
  席数 48席
  建物 大正7年(1918年)築 95年前
  地図 http://goo.gl/maps/4DooL

より大きな地図で 箱根 椿山荘 を表示

Happy Animal Party展 洪易 彫刻の森美術館 [箱根]


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2013年8月25日に行った箱根の彫刻の森美術館(以降は"彫刻の森"と表示)の記事を掲載いたしましたが、沢山の方が台湾の洪易(Hung Yi)氏の作品に対して興味を持たれたようなので、ここで洪易(ホンイ)氏の作品を紹介させてもらいます。
クリックすると拡大右の写真はネットから拝借した洪易氏の写真です。
実は彫刻の森では2013年7月27日~12月1日に洪易さんの特別展が開かれていたのです。テーマは「Happy Animal Party」です。それではハッピー・アニマル・パーティー展を、ご案内いたします。この特別展は日本での初個展で今回の展覧会では、洪易の彫刻が本館ギャラリーの3つの展示室を埋め尽くすだけでなく、屋外にも展示されていました。先ずは屋外から紹介いたします。入口に近い円形広場に大きな2体の作品が置かれていました。

その一つがこちらです。どうやら象の彫刻のようです。
カラフルな彫刻たちはスチール塗装だそうです。台湾のニュース(中時 電子報)でも箱根の特別展のことが取り上げられていました。→原文 翻訳
この象に対する説明を枠内に転記いたしました。どうやら彫刻の森の展示会のために特別に製作したようです。それぞれが日本の文様の象と台湾の文様の象のようです。クリックすると普通よりは大きく拡大するように設定いたしましたので、是非ともクリックして確認してみてください。
為了這次個展,洪易特別製作《分享象》,兩頭大象「身穿」台灣客家花布和日本花布「外衣」,兩頭象鼻高高舉起夾住一顆可愛的小蘋果,象徵文化交流。「我想把台灣人的熱情傳達出來。」洪易說,「日本藝術家也善於使用色彩,但營造出來的氣氛不同,我的色彩熱情,這也符合我的人格特質,希望日本人看到會發出『哇』的聲音,露出開心的表情。」
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クリックすると拡大こちらは龍のようです。細長い龍を丸く表現しています。ちゃんと足が4本ついています。右がネットから拝借した写真です。人間の背丈より大きいです。中国語の説明ですが「相看兩不厭  洪易作品《圓龍》有別於傳統威武龍的形象,洪易與圓龍對看,相當逗趣。(吳垠慧攝)」と書かれていました。
翻訳ソフトでは圓龍が龍のことのようです。
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迫力のある大きな鳥です。中国語作品名は「鴛鴦」のようです。おそらく日本語の作品名は「おしどり」ということになるのでしょう。
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親子のアヒルが微笑ましいです。
前を走っているのは作品名「奔跑兔 / スキップうさぎ / Hopping Bunny」です。
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「スキップうさぎ」の別の角度の構図を紹介いたします。可愛らしいです。2013年の作品です。
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タワーの近くのカラフルなアニマルたちです。このエリアには8体の作品があります。左端作品は台湾のニュースでは「馬上有猴」と書かれており馬の上に猿が乗った作品のようでが、ここでの作品名は②「龍馬」と書かれていました。右の動物が三段に乗った作品は④「羊三兄弟」です。「羊三兄弟」の後ろの3つの作品名は、いずれも⑤~⑦「羊」です。「龍馬」のすぐ右横に見える小さな作品は③「骨頭狗 / ほねほねイヌ」です。
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こちらも別の角度から紹介いたします。左端の小さな作品も①「骨頭狗 / ほねほねイヌ」です。
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クリックすると拡大タワーの上からの景色です。霧で霞んでいますが、眼下に上で紹介した洪易氏の8つのカラフルな作品と足湯が見えます。足湯は、美術館の敷地内から湧きでる温泉を利用した100%源泉掛け流しの天然温泉だそうです。足湯に入りながら洪易氏の作品を、ゆっくりと鑑賞できそうです。
疲れた足を癒して、また元気に散策が続けられるため配慮なのかもしれません。


足湯のある入口から最も遠いタワーのあたりから入口に近い本館に戻ってきました。ここから本館の作品を紹介いたします。本館ギャラリーのガラス窓を隔てた屋外のアニマルたちです。中国語の「骨頭狗」という作品に似ています。日本語作品名は「ほねほねイヌ」なので、犬なのでしょう。
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見る方向によっていろんな動物に見えてきます。ネットの「小虎」という作品に似ています。小さい虎なので猫でしょうか。
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室内と屋外が一体となった展示となっていました。
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本館ギャラリーの一階半地下の展示室です。ここに写っているのは猫に蛇に犬だと思います。


これは猫でしょうか。沢山の小さい猫たちに囲まれています。「招財猫」という名が付けられているようです。
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小さい猫たちを紹介いたします。
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手前がヘビで奥が猫のようです。
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もう一つヘビを紹介いたします。
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解放的な雰囲気の展示室でした。
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もう一つの一階の展示室です。こちらは白と青だけで表現されたパンダです。大きな部屋に2体のパンダです。広い空間が不思議な世界を伝えてくれていました。
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左のパンダはメガネをかけているようです。
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子供たちと比べると大きさが判ってもらえると思います。
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2階の展示室が圧巻でした。沢山のカラフルなアニマルたちで埋め尽くされていました。ちなみに屋内展示も写真撮影はOKですが、フラッシュは禁止されているのでフラッシュOFFをお忘れなく。
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ヘビやネズミや鳥たちがいます。
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カラフルなパンダもいます。
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いろんな動物たちがいます。
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これはどんな動物なのでしょう。たぶん胴長ワンちゃんのダックスフントではないでしょうか。いろいろ想像するのも楽しいです。
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こちらのカエルも見事です。
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これはなんという動物なのでしょう。
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見事な模様を紹介したくて縦長で掲載いたしました。鷺や鶴のような足の長い鳥のようです。左右の足が反対です。左の足が後ろ向きです。それ以前に靴を履いているのも不思議な作品です。さらに鳥なのに手があります。撮った写真を調べた結果、題名が判りました。実際のカササギ(鵲)は右下の写真ですが、足の長い鳥ではありませんでした。クリックすると拡大右の鵲はシンプルな色のようですが羽を広げるとブルーのきれいな色が入っています。
喜鵲(中国語)=鵲(日本語)です。
  題名 喜鵲 / 切り絵のカササギ / Magpie
  種類 スチール塗装 Painting on steel sheet
  製作 2013年

彫刻の森美術館 家族6人で行きました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大箱根の塔ノ沢温泉に泊まった翌日(2013年8月25日)は家族6人で「彫刻の森美術館(以降の説明では"彫刻の森"と記載)」に来ました。この日は朝からの雨であったことから宿でゆっくりしてから出かけることにいたしました。100円/人の巡回バスで箱根湯本に出て箱根湯本駅から箱根登山鉄道に乗って彫刻の森駅まで行きました。
宿を出た時は雨は本降りでしたが、幸いにも彫刻の森に着くと小降りになっていたため写真を撮ることが出来ました。小雨とは言えどもカメラ(EOS)に雨がかかるのはよくないので、傘をさして箱根湯本のお土産屋さんで、もらったレジ袋をカメラにかぶせて持ち歩きました。上の写真は入口近くから見た彫刻の森です。この辺りは「円形広場」とよばれています。高い塔の作品はカール・ミレスの「人とペガサス」です。赤い作品は2013年12月1日まで展示されている臨時的な作品です。概ね見てきた順番に紹介しますが、歩くコースによって見る順番は変わってきます。

彫刻の森のホームページから拝借した彫刻の森の詳細の地図を紹介します。沢山の試作品が展示されているのが判っていただけると思います。下の地図は左が北方向で上が東方向で、登山鉄道は右から左に登っています。Google地図と鉄道の方向を比較してみてください。クリックすると拡大するので作品の名前が判ると思います。
 名称 箱根 彫刻の森美術館
 英名 THE HAKONE OPEN-AIR MUSEUM
 開園 1969年 (44年前)
 歴史 日本初の野外美術館
 電話 0460-82-1161
 地図 http://goo.gl/maps/uEr1R
 住所 神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1121
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彫刻の森の入口は駅に近い北にあります。この彫刻は最も北側にある作品の一つで、題名は「嘆きの天使」です。作品や作者の名前は一部だけしか記録していないのでわかる範囲で紹介します。記録していない作品名はネットで調べました。こちらの作者はフランソワ=ザビエ.クロード・ラランヌです。
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彫刻の森は70,000㎡の広い屋外に並べられた沢山の近・現代を代表する彫刻家達の作品を散策しながら見れることが魅力の一つです。こちらはエミール=アントワーヌ・ブールデルで作品名は左から「力」、「勝利」、「自由」、「雄弁」です。
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左の作品はピーター・ピアス(アメリカ)が設計した「しゃぼん玉のお城」です。1979年から2011年まで3回に分けて作られたようです。もともとはジャングルジムのようにクリックすると拡大子供たちが中で遊べるように考えたもののようですが、今は入ることが出来ません。小さい子供たちには、大きすぎたのかもしれません。
カラフルな作品は台湾の洪易(Hung Yi)さんの作品で、その中で遠くに見えるのが2013年作の「スキップうさぎ」です。台湾の洪易さんの作品はいろんなところに展示されていました。冒頭の写真の中の赤いカラフルな作品も彼のものだと思います。
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案内表示の代わりの足跡が洒落ていました。


しゃぼん玉のお城からネットの森に抜けて行く途中にあった作品です。2体の像の内奥の小さい方がフランチェスコ・メッシーナ作の「ベアトリーチェ」です。大きい方も女性の像ですが、まだ調べ切れていません。 
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クリックすると拡大吊橋から作品が見える場所もありました。水の上にある赤い造形物は1969年に作った作品名「浮かぶ彫刻 3」です。この作品の小さい方は風が吹くと水の上を滑って、大きい方から離れたり、近づいたり、向きを変えたりと、まるで池の鯉や自然との対話を楽しんでるかの様に見えるそうです。作者のマルタ・パンは1960年代から「浮かぶ彫刻」のシリーズを制作し、世界中の美術館や公園に設置しているそうです。
池の横の通路の向こう側にはカール・ミレス作のイルカの上に人魚が乗った「太陽の輝き」があります。クリックするとわかると思います。
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こちらはライナー・クリスターの「白い仮面を付けた頭像」です。 小道の真中に不気味に立てられていました。この画面は自動で切り替わります。表が3秒で裏が2秒です。この画像を含めて切り替わる画像は4枚あります。探してみてください。間隔はまちまちですが最長で5秒です。


薄暗い小道を抜けると開けた場所に出ました。ここには大型の作品がたくさん並べられた魅力的な場所でした。球体をつりさげた作品は井上武吉の「マイ・スカイ・ホール(天への道)」です。丘の上の球体はアルナルド・ポモドーロの「球体をもった球体」です。
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起伏のある開放的な広場に沢山の彫刻が集まっていました。一番手前の白くて大きな作品はジュリアーノ・バンジの「偉大なる物語」という作品です。その左側が伊藤隆道さんの「風の刻印」でその左がナウム・ガポの「球形のテーマ」で、その左がマッチンスキー=デニングホフ マルティン・マッチンスキーとブリジット・マイヤー=デニングホフの作品「シュトルム」です。
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この場所を動画でも紹介いたします。


こちらの作品名は「ボクシングをする二匹のうさぎ」で、バリー・フラナガン(イギリス)の1985年の作品です。十字架の上に乗っているところが意味があるようです。遠くに見える二人の女性の像は「みちのく」です。
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「ボクシングをする二匹のうさぎ」の裏には動的な作品もありました。作品名は判りませんが大きな目玉焼を表したものだと思います。近くの木から霧が噴霧さていましたが、これは湯気を表しているのだと感じました。
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このカラフルな像は彫刻の森の説明に沢山出てくるのでシンボル的な作品になっているようです。これはニキ・ド・サン・ファール(Niki de Saint Phalle フランス)の「ミス・ブラック・パワー 」です。説明では「妊娠した友人の日ごとに大きくなっていくお腹に発送をきました。その堂々たる様が全ての女性を讃えています。」とありました。
背景にある平らな作品は猪熊源一郎さんのモザイク壁画の一つである「音の世界」です。1979年の作品です。
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正面から見た「ミス・ブラック・パワー 」です。
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男の人がうつ伏せにになっている作品です。こちらはアントニー・ゴームリーの「密着」です。


ガラス出てきた作品です。岡本覚さんとルクムエナ・センダの作品で、題名は「妖精たちのチャペル」です。2005年の作品でした。
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こちらのスケートをしているような作品の名前は「踊り子」でした。スケートではありませんでした。作者はペリクレ・ファッツィーニ(イタリア)です。


彫刻の森のもう一つの魅力がピカソ・コレクションです。この建物PICASSOと書かれたピカソ館の中に、ピカソの長女、マヤ・ピカソから購入した陶芸作品を中心に、絵画や版画、彫刻や金のオブジェなど300余点が所蔵されています。ピカソの300の作品はすばらしいと思います。残念ながらピカソ館の名かは写真撮影禁止なので作品の紹介は出来ません。メダルド・ロッソとヘンリー・ムーアの作品も緑影ギャラーリーに展示されていました。こちらも撮影禁止でした。その2ケ所以外は室内も含めてフラッシュさせない条件などはありますが撮影は自由でした。
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ピカソ館の前に立つカラフルな大きな作品です。フェルナン・レジェ(フランス)の「歩く花」です。2つの花びらが歩く足のようです。


「歩く花」の裏側です。沢山の方が記念写真を撮られていました。こちらもいろんなところに使われているシンボル的な作品です。


この辺りから傘が必要はなくなってきましたが濃い霧に作品が覆われている状況は続きました。背中を向けている作品はオシップ・ザッキンの「山野を歩くヴァン・ゴッホ」です。目線の先にある大きな組木が「ネットの森」です。
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「ネットの森」の中は子供たちが遊べる空間でした。場内紀子さんの「おくりもの : 未知のポケット2」です。
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クリックすると拡大ネットの森の前に一際目立つ作品がありました。作品名は「人物」で、作家は有名なはジュアン・ミロ・イ・ファラー(Joan Miró i Ferrà)です。フルネームだとなじみがない方もおられると思いますがミロと呼んだ方が判りやすいと思います。
右の写真は後ろ側から撮ったものです。
写真は両方ともにクリックすると拡大いたします。
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こちらは山本信さんの1992年作の「ハイッ」です。子供に人気がありそうです。クリックすると拡大します。
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円筒の建造物がありますが、これも作品の一つです。手前に並んでいるのはすでにいくつかの作品を紹介している台湾の洪易(Hung Yi)さんの作品です。
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上の写真の円筒の建造物状(タワー)の作品の内部です。周囲はステンドグラスで出来ており中央に螺旋階段があります。
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螺旋階段を上ると頂上に上がれます。


頂上からの景色です。霧が無ければ見渡せたはずですが、すぐ近くしか見えませんでした。それでも森の中にヘンリー・ムーアの作品がいくつか見ることができました。


上から下を見た景色です。これが作品なのです。作品名は「幸せをよぶ<<シンフォニー彫刻>>」で三人の共同製作です。
  考案      鹿内信孝
  レリーフ彫刻 井本淳
  グラス製作  ガブリエル・ロアール


タワーの東側には足湯がありました。足湯にi浸かりながら作品を鑑賞するという企画でしょう。箱根は温泉地であることを思い出させてくれる光景でした。温泉足湯は、美術館の敷地内から湧きでる温泉を利用した、100%源泉掛け流しの天然温泉だそうです。
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寒い時には建物の中からお茶を飲みながら鑑賞することもできます。この建物の二階がメダルド・ロッソとヘンリー・ムーアの作品が見られる緑影ギャラーリーとなっていました。


静かな空間に作品が自然と置かれていました。霧が出ているためにさらに静かな雰囲気が出ていました。ここにはヘンリー・ムーアの作品が並べられていました。右の作品が1959年の「ふたつに分けられた横たわる像:ポインツ」です。飛騨の橋の作品が「ふたつに分けられた「横たわる像:カット」だと思います。遠くに小さく写っているのが「横たわる像」です。
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同じ場所を別の角度から見ました。左の作品が同じくヘンリー・ムーアの「大きな糸つむぎの形」です。「大きな糸つむぎの形」は上の写真にも写っています。右の作品が上の写真でも紹介した「ふたつに分けられた横たわる像:カット」です。
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さらに別の角度から見ました。遠くに先ほど紹介したタワーが見えます。写ってはいませんが、このエリアにはヘンリー・ムーアの「母と子:台座」や「横たわる像:アングル」や「原子の形」や「ふたつに分けられた横たわる像:NO.1」も見ることが出来ます。
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上の写真に写っていなかったヘンリー・ムーアの作品を2点紹介します。こちらが「母と子:台座」です。
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こちらが「横たわる像:アングル」です。
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最初のころに紹介した広い場所に戻ってきました。霧に浮かぶ作品たちが印象的でした。一番右の作品はハンス・エッシュバッハーの「ふぃぎゅーるⅠ」でその左側がナウム・ガポの「球形のテーマ」です。左下の黒いオブジェがフランシスコ・ズニガの「浜辺の人々」でその右上の黒い作品がオシップ・ザキンの「住まい」です。今まで紹介していない作品としては伊藤隆道さんの「16本の回転する曲がった棒」が写っています。
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入口近くに戻ってきました。雨は完全に止みましたが、まだ霧に覆われていました。左端の黒い作品はアレクサンダー・カルダーの「魚の骨」です。ヘンリー・ムーアの「横たわる像:アーチ状の足」も写っています。
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入口に近い建物・本館ギャラリーの内外は、沢山の洪易(Hung Yi)さんの作品で埋め尽くされていました。
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二階に上がるとさらにいろんな作品が並べられていました。2013年7月27日~12月1日に洪易(Hung Yi)さんの作品展が開かれていたのです。
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建物を出ると見事に霧が晴れてきれいな景色を見せてくれました。
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冒頭の写真の円形広場です。洪易(Hung Yi)さんの作品展が開かれていたために、円形広場にも作品が展示されていたのです。したがってホームページの地図には洪易(Hung Yi)さんの作品が書かれていなかったのだと思います。
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短時間の間に遠くの山の方にあった霧も、はれてきました。すでに紹介したヘンリー・ムーアの「横たわる像:アーチ状の足」です。遠くに見える白い塔の上の像は冒頭の写真で紹介したカール・ミレスの「人とペガサス」です。
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動画でも、雨が止んで霧もはれた彫刻の森の雰囲気を紹介いたします。


子供たちが遊べるような部屋もありました。アートホール・マンズールームです。


この出口を通って彫刻の森を離れました。


いろんな作品を動画で紹介します。

地元の食材にこだわった朝食でした。 福住楼 [箱根]

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クリックすると宿全体の配置図を表示家族6人で2013年8月24日に箱根・塔ノ沢温泉の福住樓に泊まりました。
福住樓の明治時代の建物大正時代の風呂食材にこだわった夕食はすでに紹介させていただいたので、ここでは翌朝の朝食を紹介したいと思います。朝食は前日の夕食と同様に大広間の一部を仕切った左の図の「食事の部屋」と書い一番奥の床の間のある18畳の部屋でいただきました。
上の写真がコの字型に並べられた朝食の膳です。
おかげさまで、夕食と同様に、ゆったりとした贅沢なスペースでの朝食を楽しむことが出来ました。

下の写真が縁側から見た大広間の写真です。タイムスリップしたような空間でした。左上の図のように大広間全体が独立した建物で周囲が庭で囲まれていました。
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こちらが福住樓の朝食です。この膳の上に、ご飯とみそ汁が乗せられます。見た目は普通の朝食ですが地元の食材へのこだわりを感じた朝食でした。
つまり地元である箱根、小田原、伊豆、駿河湾などの食材が使われていました。
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クリックすると拡大朝食では珍しい豆腐の冷奴です。
福住楼から500mの場所には豆腐の名店である豆腐処・萩野があるくらい箱根には美味しい豆腐があるようです。
萩野の豆腐かどうかはわかりませんが、一品として出されるだけのことはある豆腐らしい豆腐でした。豆腐と言えば水ですね。だから箱根と言えば豆腐なのかもしれません。右の写真のネギと鰹節とおろし生姜の入った醤油でシンプルにいただきました。


しらす、かまぼこ、わさび漬けも地元の食材と判る一品でした。佃煮も地元の山の幸なのかもしれません。


クリックすると拡大箱根の名前が入った小田原の海苔もうれしい一品でした。
菊大の「ふじ娘」です。
パッケージの色合いが、夕べ出てきた右の写真の特注のビールに似ているので、この海苔も箱根旅館向けの特注品なのかもしれません。ビールのラベルはクリックすると拡大します。


朝食と言えば魚の干物です。干物と言えば、やっぱり小田原のアジの干物です。特に説明はありませんでしたが鯵の干物といえばやっぱり小田原ですね。


熱々の白いご飯に合っていました。味噌汁の部には、細い麩(ふ)が入っていました。麩も地元にこだわった食材のような気がしました。紹介の料理以外に全体の写真を見ていただいたらわかるようにキンピラと漬物がありました。



タグ:朝食 旅館 箱根

温泉宿の夕食 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると宿全体の配置図を表示家族6人で2013年8月24日に箱根・塔ノ沢温泉の福住樓に泊まりました。福住樓の明治時代の建物大正時代の風呂に関してはすでに紹介させていただいたので、ここでは夕食を紹介したいと思います。福住樓には箱根を代表する66畳の名物大広間がありますがその大広間は襖(ふすま)で仕切って3つ部屋を作ることが出来るのです。右の図の「食事の部屋」と書い一番奥の床の間のある部屋が用意されていました。クリックすると拡大おかげさまで、ゆったりとしたスペースで食事を楽しむことが出来ました。その場所に6つの膳がコの字形に並べられていました。両側が子供たちです。
最初に席に座った時の目の前の膳の上が冒頭の写真です。
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すばらしい障子と部屋の大きさを実感してもらうために3方向の写真を掲載いたしました。18畳の広さでした。18畳(6×3)は畳の大きさにもよりますが約30㎡(江戸間27.864㎡~京間32.832㎡)です。66分の18なので、うれしいことに大広間の27%のスペースを提供していただいたことになります。


私の背中側にある床の間です。評判の大広間と言われるだけのつくりでした。


部屋の両側には縁側があり障子を開けると雰囲気のある庭の景色を楽しむことが出来ました。写真の左側の障子の中で夕食をいただきました。大広間の縁側が、また雰囲気を盛り上げてくれました。
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中庭側から見た大広間です。正面に見えるのが大広間で障子が閉まっているところで夕食をいただきました。
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料理の紹介に入りたいと思います。先ずはアナゴが入った先付です。


そして海老などが入った、6品の前菜が並べられていました。小田原に近いことから蒲鉾が入っていました。緑の豆が練りこまれた上品な蒲鉾でした。
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こちらがお造りです。新鮮な素材の刺身でした。駿河湾の生シラスが地元感を伝えてくれていました。車海老など、どの刺身も新鮮でおいしかったです。
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これだけ料理が並ぶと、やっぱりビールです。箱根のラベルが張られたビールが、場を盛り上げてくれました。このビールは市販されておらず、箱根の宿だけで飲むことが出来るそうです。クリックするとラベルを拡大します。
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台物は、お肉の陶板焼きです。美味しい肉と一緒に少量づつ、いろんな野菜が食べれるのは嬉しいです。野菜はエノキ茸、舞茸、椎茸、玉葱、アスパラ、人参、じゃが芋で、バターの味で食べるのです。
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焼き物は佐原の西京漬けでした。こちらにも一緒にいろんな料理が付けられていました。
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中皿としてはアワビが入った一品でした。沢山の食材が使われているのがこちらの特徴なのかもしれません。どの料理にもいろんな食材が使われていました。アワビ、湯葉、葉生姜、さやえんどう、玉子、素麺ともう一品が入ったものに写真のように目の前でツユをかけていただきました。
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揚げ物としては白身の魚をメインとした天婦羅が出てきました。毎月、変わったメニューになっているようです。ふんわりとした白身の魚に皮つきの小芋が印象的な一品でした。
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料理の最後は小芋とお菜とつぶ貝の煮ものでした。素朴な味わいなところが良かったです。出された順番に先付→前菜→お造り→台物→焼き物→中皿→揚げ物→煮物→ご飯物→香り物→菓子と、いずれも素材にこだわった上品な味わいでした。
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最後に炊き込みご飯と香り物が出た後にデザートの水菓子が出ましたが、話が盛り上がって写真を撮り忘れてしまいました。並んだビールの1.5倍くらいは飲んだと思います。部屋に戻ってさらにビールを追加いたしました。

大正時代の名物風呂 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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家族6人で2013年8月24日に箱根の塔ノ沢温泉で泊まった宿の福住樓は今から123年前の1890年に創業され、沢山の文豪が定宿にしていたことで有名ですが、もう一つ有名なものがあります。それが上の写真の丸風呂です。
クリックすると雑誌を表示福住樓には4つのお風呂があります。それは、丸風呂が2つと岩風呂と家族風呂です。その丸風呂が有名なのです。大正時代に大きな赤松をくり抜いて組み合わせて造られた丸い湯船が、檜と杉で作られた湯殿の真中に一つ配置されていました。丸い湯船の淵は銅版で縁取られており、何とも言えない雰囲気を感じさせてくれます。
大きさを知ってもらうために日本経済新聞が出版した雑誌「日本百名湯」に載っていた右の写真を掲載させていただきました。

透明な湯が静かに淵から溢れている単純泉で大正時代から沢山のひとたちを癒してきたお風呂です。この雰囲気も気に入りましたが、入った瞬間に湯船の深さにも驚かされました。背筋を垂直にして入らなければ溺れて今うほどの深さなのです。この深さが今の温泉にないもので、入ってみると体が実に温まる心地いいものでした。
参考に福住樓(ふくづみろう)のホームページの内容を枠内に転記いたします。
汲み上げられた源泉を天然の湧き水で調整し、そのまま24時間湯船へ。
身体をしんから温め、疲れを癒してくれる柔らかなお湯です。
大きな松の幹をくり抜き、組み合わせた名物の大丸風呂や岩風呂、家族風呂もぜひお楽しみください。
  湯本37号泉
  アルカリ性単純温泉・掛け流し
  源泉温度62.9℃ PH8.9
   疲労回復、健康増進、神経痛、筋肉痛、五十肩、運動麻痺、うちみ、
   くじき、関節のこわばり、慢性消化器病、冷え症、病後回復期など
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2つの丸風呂の脱衣場です。ここには上で紹介した丸風呂より一回り小さい丸風呂もあります。手前が上で紹介した大きい方の丸風呂の脱衣場で、奥が次に紹介する丸風呂用の脱衣場です。2つの脱衣場との間には引き戸があり閉められる時間帯があります。それは岩風呂との組み合わせで時間帯により4つ組合せ(①~④)の運用がなされているからです。
私が泊まった時も19時までは①で19時以降が②で翌朝のある時間帯は③又は④でした。子供からの報告クリックすると全体配置図なので③か④のどちらかまでは確認できませんでした。私が入った夕方は①で早朝は②でした。
          ①   ②   ③   ④
  大丸風呂 男湯 女湯 男湯 女湯
  丸風呂   男湯 女湯 女湯 男湯
  岩風呂   女湯 男湯
岩風呂に入れなかった方も時間帯をずらすか翌朝に入れば丸風呂に入れると思います。


こちらが一回り小さい方の丸風呂の湯殿です。小さいと言ってもかなりの大きさです。
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湯船は、やはり赤松造りで黄銅での縁取りが印象的でした。


クリックすると記事を表示丸風呂の淵から静かに流れ出るお湯が源泉かけ流し温泉である証しです。源泉の温度が高いために、天然水で温度調節をされているそうです。右の写真は福住樓の玄関の写真です。
下の湯船の淵の写真は日本経済新聞が出版した雑誌「日本百名湯」から転用させていただきました。私が入った時は、このような写真を撮ろうと思っても湯気で、すぐにレンズが曇ってしまいました。
参考に日本源泉かけ流し温泉協会の「源泉かけ流し」の定義を紹介いたします。もちろん循環は論外で加水と加温の同時もあり得ません。
源泉とは
 ・温泉法で定められた温泉であること
 ・所有する自家源泉、または共同源泉からの引き湯を使用していること
かけ流しとは
 ・新しい湯を常に浴槽に注いでいること
 ・注がれた分だけの湯が浴槽の外にあふれていること
 ・あふれた湯は決して浴槽に戻さないこと
 ・湯量の不足を補うために、浴槽内で循環ろ過させないこと
源泉かけ流しとは
 湧き出したままの成分を損なわない源泉が、新鮮な状態のままで浴槽を
 満たしていること
   協会の加温と加水に対する見解は以下の通り
    ・基本はあくまでも“源泉100%”だが、入浴に適した温度にするため、
     泉質を損なわない範囲での最低限の加水・加温は認める
    ・湯量不足を補うための水増し加水は認めない
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岩風呂もシャワーなど古いレトロな雰囲気がありました。調べた結果、やはり昭和初期に作られたものでした。こちらの湯船も深く、心身から温まるお風呂でした。もちろん岩風呂も24時間流れ続ける「源泉かけ流し」です。
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岩風呂の設備は昭和初期において最新のものだったことを感じさせてくれるレトロ感が良かったです。


家族風呂には入らなかったのでホームページの写真を使わさせていただきました。こちらも「源泉かけ流し」で豊富な湯量だから出来ることだと思います。
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クリックすると拡大今は利用できないようですが、少なくとも9年前には林芙美子や大佛次郎などの文人が好んで利用した、離れの風呂があったようです。離れの風呂の写真(左)を9年前の雑誌から拝借いたしました。下の写真は現在の茶室です。もしかしたらここにあったのかもしれません。
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写真はクリックすると拡大します。


塔ノ沢温泉の朝の散策 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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箱根では塔ノ沢温泉の福住樓に泊まった翌朝は、あいにくの小雨模様でしたが塔ノ沢温泉街を散策してみることにいたしました。上の写真は早朝の福住樓の玄関です。

塔ノ沢温泉は早川沿いの街道沿いにありました。宿泊した福住樓は塔ノ沢温泉の中では最も箱根湯本に近いところにありました。早川では最も下流側になるのです。それでは下流側から紹介していきます。
  緑色マーク 福住樓 右から玄関、泊まった部屋、大広間
  青色マーク 塔ノ沢温泉の他の宿 マークをクリックすると名前表示
  空色マーク 函嶺洞門の出入口 土木遺跡 近代化産業遺産
  黄色マーク 千歳橋         土木遺跡
  緑色ライン 2013年8月25日早朝の散策ルート 
  赤色ライン 箱根湯本駅~福住樓 1km

より大きな地図で 塔ノ沢温泉 を表示
こちらの写真は福住樓の近くにある土木遺跡である函嶺洞門と千歳橋です。
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千歳橋を過ぎるとすぐに福住樓の玄関前のカーブです。
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福住樓の玄関前の崖の上には弥八大黒天と弥八恵比寿が祀られていました。
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こちらが弥八大黒天と弥八恵比寿です。
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福住樓から少し登って箱根湯本側に振り返った景色です。先の道を右に曲がった曲がり角に福住樓の玄関があります。左側の階段を登っていくと箱根登山鉄道の塔ノ沢駅に行けます。ストリートビューでは階段の登り口に「開運・昇り鯛焼」の幟(のぼり)が立てられていましたが、この時(時間帯?)はありませんでした。
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少し登ったところで山登りのトレーニングをしている人に出会いました。ここは箱根駅伝の最後の山登りのルートなのです。こちらの写真も箱根湯本方向に撮ったものです。正面の緑の屋根の建物は上の写真でも確認出来ると思います。黄色の看板には「趣味の店・つゆき」と書かれています。その向こうの白い看板には権現窯・はこめ焼」とあり手作り陶芸のお店のようです。


早川を渡る「玉の緒橋」が見えてきました。橋の手前に万石の湯・よきや」があります。
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「玉の緒橋」から早川の下流側を見た景色です。川の左側が先ほど紹介した「万石の湯・よきや」で右側が「環翠楼」です。
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こちらは「玉の緒橋」からの上流側の景色です。左側が383年前(1630年)創業の「一の湯本館」で福住樓と同様に国登録有形文化財の建物です。
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これが安藤広重の箱根七湯に描かれた「一の湯」の本館です。
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ここから温泉宿が立ち並んでおり温泉街という雰囲気になってきます。左側が「環翠楼」で、右側には「一の湯本館」「柴雲荘」と大型の温泉宿が続きます。399年前(1614年)創業の「環翠楼」は水戸黄門が宿泊した旅館です。
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左の写真はネットから拝借した明治時代の「環翠楼」(左)と早川に架かる「玉の緒橋」(中央)と「一の湯」(右)の写真です。この写真は長崎大学付属図書館に所蔵されているものです。この辺りは茅葺の建物が並ぶ旅館だったようです。
右は安藤広重(1797年~1858年)が描いた箱根七湯の「塔の澤」の絵ですが、左の明治時代の写真と同様の構図で「環翠楼」と「玉の緒橋」と「一の湯」などが描かれています。両方の構図は現在であれば「万石の湯・よきや」のあたりからの景観ということになりそうです。
長崎大学付属図書館安藤広重の箱根七湯 塔の澤

少し進むと少し静かな雰囲気となってきました。右側には「柴雲荘」の建物ものが続いていました。「柴雲荘」は大型の複数の建物で構成されていました。
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早川を渡る「柴雲荘」の専用の吊り橋があり、渡った先には専用の露天風呂がありました。小雨の中ですが宿泊客の方が露天風呂に入るために渡られていました。
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宿泊客の方の傘が風情のある景色を見せてくれていたので、上の吊橋の写真から露天風呂のあたりを切り取らせていただきました。


こちらが吊り橋からの早川の上流側の景色です。白い建物が温泉宿の「キャトルセゾン」です。「キャトルセゾン」は上で紹介した「一の湯本館」と同じ経営のホテルです。平日(日~木)は4~12歳のお子様が1泊2食付で2100円で泊まれるサービスが行われていました。大人も平日であれば6300円(4名/室)~8400円(4名/室)で泊まれます。 
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吊り橋からの早川の下流側の景色です。右側の建物が「柴雲荘」です。
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「柴雲荘」を過ぎたあたりから静かな雰囲気になってきます。その先に趣のある吊り橋がありました。吊橋を渡ったところに温泉宿の「山の茶屋」がありました。
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吊橋を正面から見ました。古いけれども鋼鉄製の立派な橋でした。
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早速に渡ってみることにいたしました。木製の床ですが2トン以下の車が1台通れるそうです。この時も渡っていると前から車が来て吊橋の上ですれ違いました。「山の茶屋」から降りてきた車だと思います。それにしても一旅館のための吊橋に下は立派だなと思いました。
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吊橋からの早川の上流側の景色です。これから先は自然の渓流という雰囲気でした。右側に木の陰の中に建物と送電線が写っています。さらに山の上から太いパイプが降りてきていました。ここは東京電力の塔ノ沢水力発電所だったのです。
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吊り橋を渡ったところに発電所の入口がありました。クリックすると拡大この吊橋は東京電力の管理している橋だったのです。塔ノ沢水力発電所は調べてみると104年前に出来た歴史のある発電所でした。
早朝の塔ノ沢温泉の散策はここまでとして福住樓に引き返しました。それにしても装置用の散歩では、よく予期しない新しい発見をいたします。
右の図と写真はネットから拝借した水車の概念図と塔ノ沢発電所の発電機の写真です。
仮に2800KWで104年間の90%の稼働率とすると、なんと2800x24x365x104x0.9=23億KWhの電力を生み出したことになります。
  名前 塔ノ沢発電所
  歴史 横浜水力電気東京電燈→(関東配電)→東京電力
クリックすると建設当初の塔ノ沢発電所の写真を表示  住所 神奈川県足柄下郡箱根町塔之澤
  方式 一般水力発電
  運開 1909年7月 横浜水力電気
  出力 最大 3800KW (運開時 3300KW)
      常用 2800KW
  水量 毎秒2.23m3
  落差 214.29m(355.23m→132.12m)
  水車 横軸ベルトン水車×2台
  鉄管 内径1300mm
  取水 早川   放水 早川
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我家へ最接近した台風26号の2013年10月16日7時の位置です。
本画像はウェザーニューズから引用させていただきました。画面をクリックするとオリジナルを表示します。緑の点が我が家の位置です。
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泊まったのは文豪が愛した宿でした。 福住樓 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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芦ノ湖では箱根の関所を見た後は、その晩のお宿がある塔ノ沢温泉を目指して箱根登山バスに乗って箱根湯本に降りてきました。塔ノ沢温泉は箱根湯本から登山電車で一駅ほど登った場所の距離です。上の写真が我々が泊まった旅館「福住樓」を上から見た全景です。白っぽい屋根の建物がすべて福住樓です。下の方で配置図を掲載しておりますので比較してもらえるとわかりやすいと思います。ネットで検索すると福住樓は難しい文字ではなく福住楼(ふくずみろう)と書かれているところが多かったです。箱根湯本ではコインロッカーに預けていた荷物をピックアップした上で塔ノ沢温泉の福住樓を目指しました。

箱根湯本からは100円で旅館の前に停車しくれる循環バスが出ており、それを利用すると便利なのですが、歩いても遠くない距離だと思い、徒歩で塔ノ沢温泉に向かいました。次のバスまで15分程度の時間があったので、歩いた方が早く着くと思ったことも理由の一つでした。17時2分に歩き始めて10分経っても温泉街らしいものが見当たらないことから歩いたことを後悔し始めました。清流沿いと言えども8月24日だったので汗も出てきました。


でも歩いてよかった思えることがありました。箱根湯本と塔ノ沢温泉の間には土木遺産が3つも、あったのでした。この写真が箱根駅伝でテレビ画面によく映し出される土木遺産の函嶺洞門(かんれいどうもん)です。
函嶺洞門は1930年4月に工事を着手して1931年10月に完成した当時では珍しい片側が開口した鉄筋コンクリート構造6連の落石防止(ロックシェッド)です。中国の王宮をイメージした造りとなっているとのことです。なお、「函嶺」とは「箱根」の異名があるそうです。2007年には経済産業省から近代化産業遺産にも指定されていました。
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函嶺洞門を過ぎたところにあるのが、もう一つの土木遺産である千歳橋(ちとせはし)です。この橋を渡ったところに福住樓がありました。3つ目の土木遺産は旭橋で、土木遺産とは気が付かずに通り過ぎてしまったことから写真は撮りませんでした。旭橋は函嶺洞門の下流側にありました。
2つの橋ともに1933年に完成しました。鉄筋コンクリート構造の下路式タイドアーチ橋で早川を跨いでおり、旭橋は西洋をイメージしており、千歳橋は和をイメージしているとのことです。旭橋は鉄筋コンクリート構造のタイドアーチ橋としては国内最大の長さであり、斜めになった構造としても珍しいものであるようです。箱根街道にあるすべての土木遺産に出会えて大満足でした。
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福住樓の玄関前から見た千歳橋です。こんなにも近い場所に千歳橋がありました。福住樓は塔ノ沢温泉では最も箱根湯本に近い場所にありました。
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クリックすると記事を表示こちらが福住樓の玄関です。
結局、湯本を出発して16分後の17時18分に福住樓に着きました。
ここまで車で来た長男夫婦も同時に着いたので、箱根湯本から歩いたことが、6人全員が福住樓の玄関前でそろうという偶然にもつながりました。
さらに循環バスにも追い抜かれることもありませんでした。ほんとうに歩いてよかったです。
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玄関の上の木彫りの鳳凰の飾りが見事でした。
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玄関をくぐった最初の旅館の内部の景色です。明治から変わっていない雰囲気が伝わってきました。
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旅館の中から玄関ごしに見た外の景色です。この道路を箱根駅伝の選書が右から左に走り抜けていきます。福住樓は内部も外観も昔のままの貴重な旅館でした。
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玄関からは長い廊下を案内されて部屋に向かいました。
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電話室も昔のままに残されていました。ただし電話は設置されていなかったです。
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長い廊下です。廊下の途中にも受付がありました。最後から2枚目に福住樓の配置図を掲載しているので、それを見ると廊下の長さが判ってもらえると思います。中庭も2か所にありました。
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案内をしていただかないととダリ着けないほど長い廊下が続きました。


クリックすると拡大廊下は、まだまだ続きました。これは、玄関側に振り返って撮った写真です。右に降りていく階段の先には右の写真の有名な大丸風呂を含んだ4種類のお風呂がありました。もちろん正真正銘の昔からの源泉掛け流し温泉です。福住樓は単独の温泉源を持っているそうです。
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案内されている廊下から中庭も見ることが出来ました。福住樓は今から123年前の1890年に創業され、明治初期から昭和中期のそれぞれの時代に建設された多棟式木造三階建で、いくつもの建物が複雑に入り組んだ旅館でした。それだけに中庭も趣がありました。
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こちらも廊下から見ることが出来た中庭の景色で正面に評判の大広間が見えました。福住樓は国登録有形文化財にもなっている建物なのです。文化財の宿というキャッチフレーズも使われていました。左の建物の二階に泊まりました。
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同じ一階の廊下でも階段でつながっているところもありました。廊下の複雑さが判っていただけると思います。


上の写真の小さな階段を登って右に曲がるとこちらの景色に出会えます。真っ直ぐに廊下を進むと大広間に行けます。
左の階段を登った二階に我々の泊まった部屋がありました。
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やっと泊まる客室に到着いたしました。
旅館の客室は全部で17あり、間取りや室内の造作はすべて異なり、同じ客室はないそうです。17の客室の名前を紹介すると「せせらぎ」 「せきれい」 「桜一」 「桜二」 「桜三」 「桜四」 「桜五」 「桜六」 「松三」 「竹三」 「竹五」 「梅一」 「梅二」 「桐一」 「桐二」 「桐三」 「桐六」です。
6人のため並びの「桜三」と「桜四」の2つの客室か用意されていました。こちらは「桜四」で、間取りは3つの部屋+縁側で構成されていました。
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こちらが「桜三」で2面から川を見ることが出来る素敵な部屋でした。こちらの間取りは2部屋+縁側でした。なんと、こちらは1912年生まれの歌手・林伊佐緒さんがよく泊まられた部屋だそうです。福住樓は福沢諭吉、夏目漱石、島崎藤村(松二)、川端康成(桐三)、巌谷小波、武島羽衣、大佛次郎、川合玉堂、平福百穂、日下部鳴鶴、中村蘭台、坂東妻三郎、田山方南(せせらぎ)、田村泰次郎(せせらぎ)、三遊亭歌笑(せきれい)、北條秀司(桜一)、吉川英治(桜二)、里見弴(桜二)、林伊佐緒(桜三)、田村高比廣(竹五)、幸田露伴(梅一)、大辻司朗(梅一)などの有名な文化人に愛された旅館でした。名前が多いので敬称は略させていただきました。( )内は泊まられた客室の名前です。「文化財の宿」よりは「文豪が愛した宿」の方が、ピッタリ来る気がしました。
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部屋から縁側の方向を見た景色です。昔ながらの木の温もりと外の緑がホッさせてくれました。
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こちらが縁側です。こちらでお茶を飲みました。
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縁側の窓からは前を流れる川を見ることが出来ました。
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川の方から旅館を見た景色を紹介します。この沢山の木々の中に旅館が建っていました。常にせせらぎの音が聞こえる旅館でした。
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洗面台も昔のままのようで部屋の前の廊下の窓の外にありました。


こちらが3部屋で構成された大広間で全部で66畳あり箱根を代表する名物広間として数々の広告媒体に使われたそうです。
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左側の障子の中で夕食並びに朝食をいただきました。大広間の縁側が、また雰囲気を盛り上げてくれます。
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大広間と縁側の両方が写った写真です。
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普通は各客室で食事を刷るそうですが6名だったことから大広間を襖で仕切って皆で一緒に夕食と朝食をさせていただきました。この部屋だけで18畳あったのでゆったりと優雅に食事を楽しむことが出来ました。下の写真は朝食の膳が並んでいるところです。右の写真は夕食の写真です。夕食と朝食は後日に紹介したいと思います。
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福住樓の全体の配置図です。大広間、食事の場所、泊まった部屋を井際いたしました。クリックすると拡大するので読みやすいと思います。太い赤いラインが玄関から泊まった部屋までのルートです。
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クリックすると拡大福住樓は日本経済新聞が出版した雑誌「日本百名湯」の中で、岡部まりさんと松田忠徳さんの対談に使われたことがあります。使われた部屋はホームページ掲載されていた右の「桜五」の部屋の写真の縁側の欄干や外の景色から、我々が泊まった棟の三階にある「桜五」のクリックすると拡大部屋だと思われます。さらに右下の写真の「桜二」の部屋での対談の写真も掲載されていました。
日本百名湯の中に塔ノ沢温泉が入っており福住樓の料理や風呂や部屋のことが紹介されていました。その百名湯の塔ノ沢温泉の中では、創業380年前(1630年)の「一の湯本館」や「環翠楼」「観山苑」「福住樓」の4軒の宿が紹介されていました。塔ノ沢温泉から1kmの距離ですが箱根湯本も百名湯の一つとして入っていました。
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上で説明した位置関係を航空写真で説明します。
  赤色マーク 箱根湯本駅
  緑色マーク 福住樓 右から玄関、泊まった部屋、大広間
  青色マーク 塔ノ沢温泉の他の宿 マークをクリックすると名前表示
  紫色マーク 旭橋    土木遺跡
  空色マーク 函嶺洞門 土木遺跡 近代化産業遺産
  黄色マーク 千歳橋   土木遺跡
  赤色ライン 箱根湯本駅~福住樓 1km
  緑色ライン 2013年8月25日早朝の散策ルート 

より大きな地図で 塔ノ沢温泉 を表示
翌日は、あいにくの雨でしたが、6名で箱根を楽しむことにしました。先ずは登山電車で彫刻の森まで行くので、この循環バス(100円)で登山電車の出発駅の箱根湯本に向かいました。

箱根の関所 [箱根]



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2013年8月24日に芦ノ湖の海賊船に乗って、着いた箱根町には箱根の関所があります。この写真は海賊船の上から撮ったもので、黒い建物が文献に基づいて2007年3月に正確に復元された箱根の関所です。箱根関所の呼び方が一般的なようですが、昔から言っていた「箱根の関所」なってしまいます。箱根関との言い方もあるようです。港に着いたらすぐに見学に行ってみることにいたしました。港から歩いて15分くらいの距離でした。ここからは「箱根関所」を使って説明いたします。
江戸時代末期に行われた箱根関所の解体修理の詳細な報告書である「相州御関所御修復出来形帳」が、静岡県韮山町の江川文庫から1983年に発見されました、その資料の解読を行った結果、当時の箱根関所の建物や構造物などの全貌が明らかになったそうです。さらに発掘調査を行ない、その成果や資料の分析結果に基づき、建物の復元や関所周辺の環境整備を行ったそうです。

箱根の関所は江戸幕府によって今回の芦ノ湖畔の場所に元和5年(1619年)に設置されました。そした明治政府によって明治2年(1869年)に諸国の関所を全廃したときに箱根関所も廃止され跡地は国の史跡として保存されていました。
箱根関所をより理解してもらうために箱根関所のホームページから拝借させていただいた概念図を掲載します。概念図をクリックするとオリジナルのページを表示します。箱根の関所は基本的に2つの門とその2つの門の間の建物群で構成されています。奥側のが江戸の方向で江戸側の門が江戸口御門です。一方で手前側が京都の方向で、その方向に建っている門が京口御門です。今回の記事の説明には箱根関所のホームページの説明を各所に使わさせていただいております。
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上の概念図の右上の方向の江戸側にあたる小高い場所から箱根の関所の全景を撮ったものです。右側が江戸側で左側が京都側です。図面と角度は違いますが雰囲気が判ってもらえると思います。永い黒い柵が印象的でした。街道を挟んで手前の建物が足軽番所出、奥側が大番所・上番休息所です。右側が江戸方面で左奥方面が京都への道が続いていました。
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こちらが京口御門です。京口御門は高麗門という形式の門です。その高さは6.1mで、大番所・上番休息所をしのいで、江戸口御門と共に箱根関所で一番高い建物です。屋根は「栩葺(とちぶき)」で、外観は「渋墨塗り(しぶすみぬり)」です。京都方面から来た旅人は、この門から中が箱根関所の構内になり、門の前で身支度を整え、関所の中へと入ったそうです。
京口御門の手前は京口千人溜と呼ばれる広場で、旅人たちが関所改めを待つ待機場として利用されたそうです。
クリックすると関所内から見た京口御門を表示

こちらば箱根関所で最も大きな建物の大番所・上番休息所です。
クリックすると拡大関所の一番主要な建物でもあります。二棟が継がれている建物で、街道側が大番所、湖側が上番休息所と呼ばれています。共に栩葺(とちぶき)と言われる薄く割いた杉板を重ねた屋根です。外観は、渋墨(しぶすみ)が塗られた黒い建物です。渋墨は柿の渋と松のススを混ぜて作った塗料の一種です。
右の図面が大番所・上番休息所の建物内の配置図です。この建物の右側が街道側で旅人が通ります。左側が芦ノ湖側です。
大番所の前には鑓建・長柄建があり、この時は建てかけられていませんでしたが、鑓や長柄という武器が建てかけられ、関所を通る旅人を威嚇していました。下の写真は京口御門あたりの街道側から見た大番所・上番休息所です。写真の中の最も右側に御制札場が写っています。御制札場は箱根関所の役割が記載された高札が掲げられた威厳を感じさせる掲示板のようなものでした。
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下の写真は、その大番所・上番休息所の建物の中の面番所(めんばんしょ)と呼ばれていた部屋です。関所役人や定番人(じょうばんにん)が詰めており、部屋の前の縁側では、「出女」の取調べが行われていました。
面番所の内部には、関所役人用に、机を始め硯箱、煙草盆、火鉢などが一人ずつの側に置かれており、奥の壁際には様々な記録を収めた木箱がありました。また、鴨居には槍や刀が掛けられていました。
面番所内には関所役人や定番人のリアルナ人形が置かれていました。
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大番所・上番休息所の建物の中で、上の間(かみのま)と呼ばれていた部屋です。この部屋は客間であり、常時には人はいませんでした。ただし、旅人を脅す道具として、鉄砲や弓が飾られていました。
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大番所・上番休息所の建物の中の勝手板の間(かっていたのま)と呼ばれていた部屋です。この部屋には囲炉裏が置かれ、関所役人の食事や休息に使われていました。また、部屋の奥には戸棚があり、茶碗や汁椀、皿などのさまざまな食器や持ち運び用の各種の道具がしまわれていました。
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こちらも大番所・上番休息所の建物の中の台所土間(だいどころどま)の横にある土間です。この部屋には「かまど」がありました。この写真は台所土間から土間を撮ったもので、台所土間は写っていませんが台所土間には水屋があり、水屋の上の吊り棚には、調理の道具が置かれており、関所役人の食事などが作られていました。
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大番所・上番休息所の建物の中の湯殿(ゆどの)と呼ばれる部屋です。湯殿ですが、風呂桶が置かれていたわけではなく、たらいに湯を汲んで、湯浴みをしていました。


こちらが足軽番所です。大番所・上番休息所の次に大きな建物です。大番所・上番休息所の向かい側、江戸口御門の脇にあります。昼間は足軽の控え室で、夜は足軽が寝ていた場所です。建物内には足軽のための部屋や休息所、不審な武士などを留め置く「揚屋(あがりや)」、関所破りをした罪人などを一時的に拘置する獄屋(牢屋)などがあります。屋根は大番所と同様に杉板を薄く割って重ねた「栩葺(とちぶき)」で、外壁は壁板を渋墨(しぶすみ)で黒く塗られています。一番右側に刺股(さすまた)と突棒(つくぼう)と袖搦(そでがらみ)という捕り物道具を建てる三つ道具建の一部が写っています。写真には刺股(さすまた)だけが写っています。
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こちらが足軽番所の中にある獄屋(牢屋)です。当然ですが「獄屋」は格子で囲まれており、とても頑丈に造られています。


足軽番所の内部にもリアルな人形が置かれていました。灰色一色なところがよりリアルな感じを受けます。原色よりは、いいと思います。関所の足軽は関所役人の下で、関所内の下働きや、いろんな仕事をしていました。
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足軽番所にある台所土間です。これらでは足軽たちの食事などが作られていました。 大番所・上番休息所の台所土間と同様に水屋があり、水屋の上の吊り棚には、調理の道具が置かれていました。
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足軽番所の裏には足軽番所雪隠がありました。雪隠とは、便所のことです。足軽が利用するためのもので、旅人は利用できませんでした。


足軽番所の裏には井戸もありました。井戸は江戸口・京口の千人溜にそれぞれ1ヶ所ずつ、関所構内に2ヶ所、井戸があり、関所の役人たちが利用していたものです。


足軽番所の裏から街道側を見た景色です。
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これが江戸口御門です。京口御門の対面側にあります。こちらも京口御門と同様に高麗門という形式の門です。江戸方面から来た場合には、この門から中が箱根関所の構内で、西へ向う旅人はこの門の前で身支度を整え、関所の中へと入ったそうです。江戸口御門の前にも京口御門の前と同じように広場があります。その広場のことを江戸口千人溜と呼び関所改めを待つ旅人の待機場となっていました。
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江戸口御門から京口御門を見た景色です。右側が大番所・上番休息所の建物で、左側が足軽番所です。正面が京口御門です。
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江戸口御門の外の湖側に矢場がありました。ここは弓や鉄砲の練習場です。


矢場のあたりから箱根の関所を見た景観です。柵の先にあるのが江戸口御門です。建物の控え丸太が印象的でした。これも昔の資料で再現したものだと思います。左上の丘の上に建っている小さな建物が遠見番所です。
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箱根関所の中で景色のいい場所があります。それが遠見番所です。約80段の急な石段を登ると遠見番所にたどりつきます。ここからの眺めは格別です。遠見番所の外壁は板壁で、屋根も厚い板を2枚重ねた「流し板葺き」というもので、壁や屋根ともに「渋墨」で黒く塗られています。風対策か、建物の四方には控え丸太があり、頑丈につくられていました。
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遠見番所は箱根関所で唯一の二階建ての建物です。
高い場所に建てられており、建物の二階の四方に開かれた大きな窓から2名の足軽が昼夜を問わず交代で、芦ノ湖や街道沿いを見張っていたそうです。
遠見番所は箱根関所のある場所から20mほど高いところにあります。発掘調査では遠見番所の礎石と山を登る石段が発見されたそうです。
この建物の平面積は約6㎡と小さいものですが、高さは約4.5mです。内部は、1階は土間で、2階は畳敷きの部屋となっています。当時、ここには足軽が詰めており、四方の大きな窓から街道や芦ノ湖を見張っていました。
関所を通らないで山の中を抜ける関所破りには親殺しと共にもっとも重い罪であることから死罪でももっとも厳しい磔(はりつけ)の刑となったようです。その中で「お玉の話」は有名です。お玉の場合、同じ死罪ながらひとつ刑が軽くなり、獄門(さらし首)とされたそうです。お玉が捕まったとされる付近には「於玉坂」という坂の名前がつき、付近にある「なずなが池」は「お玉が池」と呼ばれるようになったそうです。
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異変を知らせると思われる拍子木が置かれていました。ここで拍子木を打って、下の大番所や足軽番所に急を知らせたようです。自由に打つことが出来ました。


遠見番所からは箱根関所の全景が見えるので是非とも登ってもらいたい場所です。
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芦ノ湖もよく見えました。富士山が右上に見えます。
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富士山を拡大いたしました。つまり、これが箱根関所からの富士山の景色なのです。
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芦ノ湖と言えば海賊船 [箱根]

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芦ノ湖と言えば箱根海賊船ではないでしょうか。箱根ロープウェイで大涌谷から芦ノ湖の桃源台駅に降り立つと目の前に見えているのが写真の海賊船です。2013年8月24日の移動は下記のリストですが、このリストのすべての乗り物に箱根フリーパス(特急料金のみ有料)で乗れるのです。つまり箱根海賊船もフリーパス(フリー切符)で乗れるのです。そのこともあってかロープウェイに乗ってきた人はほとんどの人が箱根海賊船に乗るのだと思います。着色文字をクリックするとその記事を表示します。
  乗り物     出発     到着(標高)      主な観光
  ロマンスカー 新宿   → 箱根湯本(108m)
  登山電車   箱根湯本→ 強羅(553m)      強羅公園
  ケーブルカー 強羅   → 早雲山(761m)    展望台
  ロープウェイ  早雲山 → 大涌谷(1044m)    大涌谷
  ロープウェイ  大涌谷 → 桃源台(741m)     芦ノ湖
  箱根海賊船  桃源台 → 箱根町(725m)    箱根関所
  登山バス    箱根町 → 箱根湯本(102m)   
  徒歩      箱根湯本→ 塔ノ沢温泉(120m)  温泉宿泊 

すでに我々が乗る船が停泊していました。次は15:00出航予定です。この時14:37で14:20が出港したばかりでしたが、皆さん並ばれていました。
この時間帯は40分間隔で一日に14便ほど出航していました。12月1日~3月19日のオフシーズンは9便に減ります。
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現在は下記のバーサ号、ビクトリー号、ロワイヤルⅡ号の3隻の海賊船が現役で就航しています。我々の乗る緑の海賊船が一番定員の多いバーサ号です。私の生まれる前の1950年に箱根観光船が就航した当初は小型の「乙姫丸」「大観丸」「竜宮丸」「桃源丸」でしたが、その後に大型の船が就航し小型船は退役していきました。左の白黒写真は「桃源丸」で右の赤い船体は初代海賊船のパイオニア号です。パイオニア号のデーターは見つけられていませんが、写真から判断して650名乗りで造船会社も同じビクトリア号~バーサ号と同じ程度の規模のように思われます。こちらの5枚の写真はネットから拝借させていただきました。
 船名       就航日      定員    退役    形式    備考
 乙姫丸など  1950年      150名  1964年  小型船
 パイオニア   1964年      ?      1991年  海賊船 入替→バーサ
 ビクトリア    1980年      650名  2007年  海賊船 入替→ビクトリー
 ロワイヤル   1987年      650名  2013年  海賊船 入替→ロワイヤルⅡ
 フロンティア  1996年      350名  2008年  外輪船 回遊航路 
 バーサ     1991年3月19日 650名         海賊船 ←今回乗船
 ビクトリー   2007年3月20日 500名         海賊船
 ロワイヤルⅡ 2013年3月20日 565名         海賊船
      桃源丸(乙姫丸など)            初代海賊船のパイオニア号
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    ビクトリア号         ロワイヤル号        外輪船 フロンティア号
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赤枠の会社で芦ノ湖の海賊船が作られました。日立造船でパイオニア、ビクトリア、ロワイヤル、バーサが造られ、ユニバーサル造船でビクトリーが作られ、ジャパンマリンユナイテッド株式会社でロワイヤルⅡが作られました。会社名が変わりましたが、全ての海賊船は海の近くの造船所で作ったブロックを芦ノ湖に運搬し、桃源台港にある船舶工場で組み立て進水したそうです。


出航時間が近づいてきたのでバーサ号に向かって桟橋を進みはじめました。遠くから別の海賊船が、こちらに向かってきていました。
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いざ海賊船バーサ号に乗り込みます。
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出航時刻には遠くに見えていたロワイヤルⅡ号が入ってきました。この船は今年(2013年3月20日)に就航した最新の船です。
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時刻通りに出航いたしました。箱根町港まで30分の船旅です。元箱根港経由となる船の場合は40分の船旅になります。
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高いところは子供たちに占領されていました。手すりに座っているのは本物の子供ではなくて人形ですのでご心配なく。


上部甲板は大人気でにぎわっていました。


気持ちの良い風が流れてきました。8月24日と真夏ですが標高723mの湖面を流れてくる風は涼しかったです。神山が約3000年前に水蒸気爆発と火砕流を起こした際、山の一部が大崩壊を起こす山体崩壊が発生し、その結果誕生した堰止湖だそうです。Wikipediaではカルデラ湖であることを否定していますが、大きなカルデラの中の一部に存在することからカルデラ湖と解釈されても不思議ではないようです。下記は芦ノ湖のデーターです。
 面積     7.10 km2
 周囲長    21.1 km
 最大水深   43.5 m
 平均水深   15.0 m
 水面の標高 723 m
 成因     堰止湖 and (カルデラ湖)
 水区分    淡水
 湖沼型    中栄養湖
 透明度    7 m
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水面すれすれに「う」と思われる鳥が飛んでいました。
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神社のような建物があったので撮りましたが、蛸川温泉の龍宮殿と呼ばれている宿泊施設でした。この辺りには箱根水族館や箱根駒ヶ岳ロープウェイや富士芦ノ湖パノラマパークなどレジャー施設が集まっている場所でもありました。
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こちらがビクトリー号です。これで3隻の海賊船をすべて紹介することが出来ました。最初から船の右舷(右側)で景色を見ていたのですが上の建物を撮るために左舷に移動したおかげで、ビクトリー号を撮ることが出来ました。右舷にいたのは富士山を見ることが出来るかもしれないと思ってのことでしたが、結局は富士山を船の上から見ることは出来ませんでした。
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元箱根港あたりの景色です。
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ここからは箱根港で船を降りてからの写真です。箱根の関所から富士山と海賊船のしゃしんが撮れたので紹介いたします。この海賊船は我々が乗ったバーサ号のようです。
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もう一枚関所からの富士山と海賊船のツーショットです。こちらの海賊船はロワイヤルⅡ号のようです。
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陸から見たロワイヤルⅡ号です。我々が乗ったバーサと比較してみます。バーサは動力が小さくても同じ速力が出せる船のようです。もう一隻のビクトリーは434kW(591hp)×2基です。
  船 名      ロワイヤルⅡ               バーサ
  就 航      2013年3月20日             1991年3月19日
  総トン数     315トン                  308トン
  船の長さ    35m                     35.76m
  船の幅     10m                    10m
  定 員      565名(特別船室111名)        650名(特別船室152名)
  主機性能    423kW(575馬力)x 2基       515kW(700馬力)x 1基
  航海速力    10.5ノット(最速カ12ノット)       10.5ノット(最速カ12ノット)
  エレベーター  1基(10人乗り)
  船内トイレ    3ヶ所(lヶ所バリアフリー対応)
  造船会社    ジャパンマリンユナイテッド株式会社  日立造船
  その他     船首横移動推進装置 2基
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クリックすると拡大紫色のラインが桃源台から箱根町までの海賊船の概ねの航路です。30分間の楽しい船旅でした。
空色マークが海賊船が組み立てられた芦ノ湖の湖畔の造船工場です。その造船工場での進水式の動画の右の風景から場所が判りました。→ポチッ

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箱根ロープウェイ 大涌谷→桃源台(芦ノ湖) [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

大涌谷の噴煙地を見て黒玉子を食べた後は箱根ロープーウェイでクリックすると拡大芦ノ湖を目指しました。ここでは大涌谷駅(おおわくだに・えき)から桃源台駅(とうげんだに・えき)までの景色を紹介いたします。上の写真は大涌谷駅です。
少しだけ行列が出来ていましたがすぐに乗れました。18名乗りのゴンドラが約1分間隔で次々と出発するので輸送能力は高いようです。このロープウェイは2007年6月1日に新型になりました。右の写真は開業当初に使われていた古いロープウェイです。
  箱根ロープウェイの歴史です。
             当初開業     新型開業     距離
   早雲山~大涌谷 1959年12月06日  2002年06月01日   1472m
   大涌谷~桃源台 1960年09月07日  2007年06月01日   2533m
                                           計 4005m
大涌谷駅を出発しました。桃源台駅までの距離は2533mです。
標高差は303m=1044m(大涌谷) - 741m(桃源台)です。
途中に姥子駅(うばこ・えき)があります。丘の向こう側に芦ノ湖が少し見えます。
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手前に鉄柱がないと迫力があります。
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曇り空でしたが、微かに富士山が見えました。写真の中央です。全体的に霞んでいたので、富士山が見えることは諦めていたため、感激でした。クリックすると拡大

富士山を拡大いたしました。晴れたらきれいに見えたのだと思います。


丘を越えたら富士山が見えてきました。観光海賊船が2隻見えます。あの場所をロープーウェイが目指します。ここでは進んでいる方向が違いますが姥子駅あたりで大きく左に曲がって船の泊まっているあたりにある桃源台駅に着きます。
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登りのゴンドラと芦ノ湖の写真です。


ここが途中駅の姥子駅(うばこ・えき)です。ロープウェイで、途中駅があるのは珍しいです。新型のゴンドラだから出来る芸当だと思います。これほど急角度で曲がるロープウェーも珍しい気がします。
駅の建物内ではロープは動いていますが、ロープから外れてゴンドラはレールでゆっくりと進み停車して乗客の乗り降りが終わると発車します。


ここからは芦ノ湖の桃源台駅に進みます。
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桃源台駅が大きく見えてきました。約16分間のロープウェイの旅でした。


赤色が箱根登山鉄道(小田原~強羅)で橙色がケーブルカー(強羅~早雲山)で水色がロープウェイ(早雲山~大涌谷~姥子~桃源台)です。
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大涌谷で黒玉子を食べました。 [箱根]

2016年5月1日 大涌谷の黒玉子が一年ぶりに復活した記事を追記しました。
2015年5月6日 火山情報および黒玉子販売中止の記事を追記しました。

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

いつの頃からか箱根の大涌谷と言えば黒玉子が有名となり、最近ではテレビでもよく取り上げられて、すごい人気です。そのために、大涌谷で黒たまご(黒玉子)を食べることが観光の一つのイベントなっているようです。我々も黒玉子を買っていただきました。

黒玉子が作られているのは、散策路の終点にある閻魔台の中の温泉池です。この写真はロープウエーの大涌谷駅から閻魔台の方向を撮った写真で建物の奥の蒸気(噴煙)が上がっているところが閻魔台です。
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閻魔台のあたりを拡大しました。写真の右下の建物が黒玉子を製造販売している黒玉子茶屋です。地熱と火山ガスの化学反応を利用した「黒たまご」は、生卵を温泉池でゆでると、気孔の多い殻に鉄分(温泉池の成分)が付着し、これに硫化水素が反応して硫化鉄(黒色)となり、黒い殻のゆで玉子ができあがるのです。
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クリックすると拡大こちらの約80度の温泉池で籠に入れた生卵を60分ほどじっくりと茹でます。生卵を温泉池でゆでると、気孔の多い殻に鉄分(温泉池の成分)が付着するそうです。これに硫化水素が反応して硫化鉄(黒色)となり、黒い殻のゆで玉子ができあがります。この黒くなった卵を蒸し釜に移動して約100度の蒸気で15分ほど蒸せば出来上がります。


温泉池と黒玉子茶屋の前の広場には黒玉子を食べるテーブル「玉子スタンド」があり、みんな、そこで黒玉子を食べていました。
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こちらが閻魔台の黒玉子茶屋です。我々も、ここで黒玉子を買いました。


クリックすると拡大クリックすると拡大黒玉子と呼ばれるようになった時期を検索しましたが、残念ながらわかりませんでした。現在の袋は3代目だそうです。右の2枚の写真はネットから拝借した2代目の袋(2008年 左)と初代と思われる袋(2004年5月 右)の写真です。そのことからの推測ですが、黒玉子に延命祈願が使われるようになったのは、そんなに古いことではなさそうです。袋の中には5個の黒玉子が入っていました。値段は500円なので1個あたりの値段は100円ということになります。初代袋から二代目袋の2008年8月6日のブログまでは6個500円でした。6個500円から5個500円に値上げなったのは2008年8月~9月の間と思われます。2008年9月27日の時点では5個500円でした。袋に関してブログを確認した結果2008年12月28日は2代目袋で2009年1月11日は3代目袋でした。つまり3代目袋に替わったのは2009年1月初めのようでした。
3代目袋(2013年8月24日撮影)


すぐにテーブル「玉子スタンド」で食べました。みなさん、黒玉子を食べているところです。


こちらの玉子スタンドで殻を割って食べます。この玉子は1個食べると7年寿命が延びるといわれる延命祈願の玉子です。本気で栄養価値的に寿命が7年延びると信じている人は少ないと思いますが、話題として食べるだけでなくいろんなところを歩いて栄養がつくものを食べたくなっているのも確かな気がしました。


ほんとうに真黒の玉子でした。これが茹でたてのようで、触れないほどの熱さでした。


殻を剥くと普通の真白の玉子でした。玉子が熱いために、きれいに薄皮を剥くことが出来ませんでした。新しい卵の場合も薄皮が剥きにくいのですが、剥くときに熱くて触れなかったことが、きれいに剥けなかったことへの影響が多い気がしました。


さっそく頂きました。玉子の匂いなのか殻から手に付いた匂いなのかわかりませんが微かな硫黄の匂いが美味しさを増してくれている気がしました。黄身の表面が薄黄緑なのは硫化水素の影響です。ただし温泉の硫化水素ではなくて白身からでた硫化水素だと思われます。卵の白身には硫黄を含んだアミノ酸であるシスチンやメチオニンが含まれており、加熱するとこれらのアミノ酸が分解して硫化水素が発生します。その硫化水素と黄身の中の鉄分と反応して黒色になることから薄黄緑色となります。特に黒玉子は長時間茹でる上に冷やさないで熱いままなので変色の色が濃いのだと思います。これも黒玉子の特徴と言えるかもしれません。


黒玉子に延命祈願が込められたのは、この延命地蔵尊に由来して考えられたようです。鎌倉時代に作られたと言われる、延命地蔵尊は延命・子育ての、お地蔵様です。このお地蔵様にあやかり「黒たまご」を食べることを、寿命を延ばす延命祈願としたようです。かつては、このお地蔵様の近くに黒たまごの温泉池があったと、書かれていました。「7年寿命が延びる」は7という数字が七福神など縁起の良い数字として使われるため、いつの間にか言われ始めたものです。
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閻魔台で作られた「黒たまご」は大涌谷駅の近くの売店でも販売しているため、黒玉子茶屋から大涌谷観光センターに黒玉子専用のロープウェイで運んでいました。


黒玉子を運ぶためのゴンドラです。


大涌谷駅の方から見た玉子専用ロープウェイです。登りで生卵を運び、降りで黒玉子を運んでいるのだと思います。手前の建物が大涌谷観光センターです。


黒玉子が作られている黒玉子茶屋の方向から延命地蔵尊の方向を見た景色です。


大涌谷観光センター近くの、いろんな場所で黒玉子が売られていました。でも熱々を食べたい時はやはり閻魔台まで登ることをお勧めします。


赤色マーク( )が黒玉子が作られている80℃の温泉池で、緑色マーク( )が黒玉子茶屋で、臙脂色マーク( )が湯気が上がっている閻魔台です。
赤色ライン( )が玉子専用のロープウェイです。紫色マーク( )が大涌谷観光センターの中の閻魔台に近い売店の建物で、この建物に玉子専用のロープウェイがつながっています。黄色マーク( )が黒玉子の延命効用の由来となった延命地蔵尊です。青色ライン( )が散策路で青色マーク( )は大涌谷駅です。
   大涌谷 蒸気噴出口
   大涌谷駅
   延命地蔵尊
   黒たまご売店の一つ(大涌谷観光センター)
   黒たまご茶屋
   黒たまご温泉池
   閻魔台
   大涌谷散策路
   玉子専用のロープウェイ 
   箱根ロープウェイ

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追伸 2015年5月6日 黒玉子販売中止
2015年4月26日から大涌谷付近からの火山性地震が増加に伴い、気象庁が5月3日午後に臨時の火山情報を発表したことを受けて、箱根町は2015年5月4日早朝から大涌谷周辺のハイキングコースの立ち入りを禁止することを決定したそうです。すでに2015年3月27日には大涌谷に限定した避難マニュアルが作成されて発表されていました。黒玉子の製造場所の温泉池が立ち入り禁止区域内にあり、黒玉子が作れなくなったことから規制区域外の観光センターの売店でも黒玉子は販売中止されたそうです。
箱根山の火山性地震増加 大涌谷の遊歩道を初規制
カナロコ by 神奈川新聞 5月4日(月)7時3分配信
気象庁は3日、箱根山(箱根町)の大涌谷付近の浅い場所を震源とする火山性地震が増えていると発表した。突発的な蒸気噴出現象が発生する可能性があり、箱根町は、大涌谷の半径約3キロの範囲で遊歩道とハイキングコースを4日から立ち入り禁止にする。同町によると、火山性地震による規制は初めて。
気象庁は「直ちに噴火する兆しはみられない」として、噴火予報は「平常」を維持。立ち入り禁止区域以外の温泉地などには影響ないという。
気象庁によると、4月1日以降の火山性地震は約150回で、特に4月26日から急増。そのうち、体に感じる揺れ(震度1相当)は4回だった。5月3日朝には、大涌谷近くの温泉施設で蒸気が勢いよく噴出しているのが確認された。
箱根山では2013年にも5カ月間に約500回の火山性地震を観測するなど、活動が活発になることがあった。気象庁は4日に現地に職員を派遣して詳しい状況を調査する方針。
◇GWに痛手
箱根町は3日、緊急会見を開き、大涌谷周辺の自然研究路(遊歩道)とハイキングコースを4日から閉鎖すると発表した。観光客が特に多い大型連休中の規制について、町は「観光面では痛手だが、万が一に備えた」と安全を優先する姿勢を強調した。
閉鎖するのは、自然研究路の入り口から「玉子茶屋」付近までの約300メートルのほか、駒ケ岳や早雲山などにつながる半径約3キロにわたる四つのハイキングコース(全長計約12キロ)。
周辺では火山性地震だけでなく、通常は高さ10メートル程度の噴気が20メートルを超えているほか、火山性ガスや地殻変動も同時に観測している。規制は活発な活動が終息するまで続くが、県温泉地学研究所は「今回のような群発地震は数年に一度起きており、通常1~2カ月、長いときは半年で終息する」と分析している。

5月6日には噴火警戒レベルもレベル1(正常)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。噴火警戒レベルは火口周辺規制ですが、大涌谷以外の箱根全体の観光客が減ってしまう被害は、一部の派手な報道の影響も無縁ではないようです。箱根町は真面目に安全を最優先に対応しているので過剰な反応は気の毒です。
対象範囲は次の通りです。レベル1と2の違いは火口内と火口周辺です。
  レベル1 火口内等
  レベル2 火口周辺
  レベル3 居住地域の近くまで
  レベル4 居住地域を含む
  レベル5 居住地域を含む


2015年5月6日時点の日本全国で噴火警戒レベルが設定された火山です。
①~⑤が警戒レベルを表しています。クリックすると現在発表されている警戒レベルを表示します。その後の変化は次の通りです。
  2015年5月29日 口永良部島 レベル3→レベル5
  2015年6月11日 浅間山    レベル1→レベル2
  2015年6月30日 箱根山    レベル2→レベル3


追伸 2016年5月1日 黒玉子販売再開
大涌谷の黒玉子が一年ぶりに復活しました。
2016年4月28日から突然に本記事へのアクセスが増えたことで気がつきました。数値は、訪問者数(人) / アクセス数(件)です。
      SORI全体アクセス  本記事アクセス
 4月25日 1242人 / 5618件   12人 /  12件
 4月26日 1265人 / 5511件   10人 /  10件 
 4月27日 1321人 / 6251件   11人 /  12件
 4月28日 1920人 / 8648件  442人 / 492件 販売再開日
 4月29日 1527人 / 6195件  163人 / 181件
 4月30日 1581人 / 5496件   82人 /  95件
 5月01日 1623人 / 6328件   52人 /  67件
 5月02日 1446人 / 4585件   42人 /  46件
 5月03日 1719人 / 5346件   45人 /  49件
 5月04日 1630人 / 5970件   91人 / 108件
 5月05日 1586人 / 5236件   26人 /  30件
ネットの記事を枠内に転記いたします。
箱根名物復活 黒たまごの販売 1年ぶりに再開
カナロコ by 神奈川新聞 4月28日(木)14時8分配信
クリックすると拡大箱根名物「黒たまご」を製造・販売する奥箱根観光は箱根山・大涌谷周辺の火山活動活発化の影響で中止していた製造・販売を28日、再開した。昨年5月3日の大涌谷の売店での販売を最後に中止しており、約1年ぶりの再開となった。
新たな売り場となった箱根町仙石原の「くろたまご館4」では、復活かなった名物を求める観光客らで午前中からにぎわった。

箱根火山 大涌谷 [箱根]

2015年5月6日 火山情報を最後に追記いたしました。

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大早雲山から大涌谷までの箱根ロープウェイを紹介いたしましたが、ロープウェイの眼下に見える大涌谷は圧巻で、驚きの光景でした。

大涌谷に近づいてきました。大涌谷は二回の過程を経て形成されたそうです。約3100年前、箱根火山で水蒸気爆発による山崩れが発生し、堆積物が貯まりクリックすると記事を表示さらに約2900年前に小規模な火砕流が発生、冠ヶ岳ができ、また火山砕屑物が積もったそうです。この火山砕屑物と山崩れによる堆積物の間が現在の大涌谷となっています。 かつては「地獄谷」と呼ばれていましたが、明治天皇・皇后の行幸啓に際し、1876年(明治9年)9月5日に「大涌谷」と改称されたそうです。
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上の写真を拡大いたしました。大涌谷は箱根火山最後の爆発によってできた神山火口の爆裂跡です。硫黄の黄色の色が印象的でした。硫化水素が噴出しているため健康上の注意が必要なためか硫黄の採取は禁止されています。
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さらに拡大いたしました。いろんな場所から蒸気が噴出していました。沢山のパイプが下に導かれていました。地獄沢の熱気の噴出点には石室(いしむろ)が設けられて、そこに水を注いで自然加熱されて含緑礬硫化水素泉とされ、仙石原温泉や強羅温泉へ送られているそうです。
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谷を通り過ぎで撮った写真です。かなりの距離を渡っていることが判ってもらえると思います。
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大涌谷駅から撮った写真です。
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崩れた谷の上側の写真です。蒸気が出ている部分に散策路が続いていました。
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散策路で行ける大涌谷です。大涌谷駅から撮った写真です。この辺りは閻魔台と呼ばれています。
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散策路です。沢山の人が登られていました。
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散策路で着いた大涌谷です。
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ここで記念写真を撮りました。ここで有名な黒玉子が作られており、我々も食べました。ここの標高は1050mです。間近で蒸気の噴出を見ることが出来る場所で、箱根に来たら、みんなが見てみたい場所だと思います。ここを見た後は、さらにロープウェイに乗って芦ノ湖に出ました。


大涌谷の航空写真です。右の方がすでに紹介した早雲地獄です。

箱根カルデラの範囲の地形図です。大涌谷の位置を黄色マークで示します。緑色マークが早雲地獄で空色マークが強羅公園です。
大涌谷は箱根山最高峰の神山(1,438 m 赤色マーク)の北に広がる馬蹄型の爆裂火口で、活発な噴気活動が見られる場所です。

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追伸 2015年5月6日
2015年4月26日から大涌谷付近からの火山性地震が増加に伴い、気象庁が5月3日午後に臨時の火山情報を発表したことを受けて、箱根町は2015年5月4日早朝から大涌谷周辺のハイキングコースの立ち入りを禁止することを決定したそうです。すでに2015年3月27日には大涌谷に限定した避難マニュアルが作成されて発表されていました。大涌谷の黒玉子の製造場所の温泉池が立ち入り禁止区域内にあり、黒玉子が作れなくなったことから規制区域外の観光センターの売店でも黒玉子は販売中止それたそうです。
箱根山の火山性地震増加 大涌谷の遊歩道を初規制
カナロコ by 神奈川新聞 5月4日(月)7時3分配信
気象庁は3日、箱根山(箱根町)の大涌谷付近の浅い場所を震源とする火山性地震が増えていると発表した。突発的な蒸気噴出現象が発生する可能性があり、箱根町は、大涌谷の半径約3キロの範囲で遊歩道とハイキングコースを4日から立ち入り禁止にする。同町によると、火山性地震による規制は初めて。
気象庁は「直ちに噴火する兆しはみられない」として、噴火予報は「平常」を維持。立ち入り禁止区域以外の温泉地などには影響ないという。
気象庁によると、4月1日以降の火山性地震は約150回で、特に4月26日から急増。そのうち、体に感じる揺れ(震度1相当)は4回だった。5月3日朝には、大涌谷近くの温泉施設で蒸気が勢いよく噴出しているのが確認された。
箱根山では2013年にも5カ月間に約500回の火山性地震を観測するなど、活動が活発になることがあった。気象庁は4日に現地に職員を派遣して詳しい状況を調査する方針。
◇GWに痛手
箱根町は3日、緊急会見を開き、大涌谷周辺の自然研究路(遊歩道)とハイキングコースを4日から閉鎖すると発表した。観光客が特に多い大型連休中の規制について、町は「観光面では痛手だが、万が一に備えた」と安全を優先する姿勢を強調した。
閉鎖するのは、自然研究路の入り口から「玉子茶屋」付近までの約300メートルのほか、駒ケ岳や早雲山などにつながる半径約3キロにわたる四つのハイキングコース(全長計約12キロ)。
周辺では火山性地震だけでなく、通常は高さ10メートル程度の噴気が20メートルを超えているほか、火山性ガスや地殻変動も同時に観測している。規制は活発な活動が終息するまで続くが、県温泉地学研究所は「今回のような群発地震は数年に一度起きており、通常1~2カ月、長いときは半年で終息する」と分析している。

5月6日には噴火警戒レベルもレベル1(正常)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。噴火警戒レベルは火口周辺規制ですが、大涌谷以外の箱根全体の観光客が減ってしまう被害は、一部の派手な報道の影響も無縁ではないようです。箱根町は真面目に安全を最優先に対応しているので過剰な反応は気の毒です。
対象範囲は次の通りです。レベル1と2の違いは火口内と火口周辺です。
  レベル1 火口内等
  レベル2 火口周辺
  レベル3 居住地域の近くまで
  レベル4 居住地域を含む
  レベル5 居住地域を含む


2015年5月6日時点の日本全国で噴火警戒レベルが設定された火山です。
①~⑤が警戒レベルを表しています。クリックすると現在発表されている警戒レベルを表示します。その後の変化は次の通りです。
  2015年5月29日 口永良部島 レベル3→レベル5
  2015年6月11日 浅間山    レベル1→レベル2
  2015年6月30日 箱根山    レベル2→レベル3

箱根ロープウェイ 早雲山→大涌谷 [箱根]



箱根ケーブルカーから箱根ロープウェイに乗り継いで大涌谷を目指しました。ケーブルカーでは先頭に乗っていたことからケーブルカーが満員でしたがロープウェイでは並ぶことがなく乗ることが出来ました。それも家族だけで占有出来たのです。箱根ロープウェイは1959年12月6日に早雲山~大涌谷が開業しました。
箱根ロープーウェイは早雲山~大涌谷と 大涌谷~ 桃源台(芦ノ湖)の2本のロープウェイで運営されていて、全長4kmのロープウェイです。2004年12月18日に六甲有馬ロープウェー(全長5km)が部分休止したため、以降は営業区間が日本一長いロープウェイとなっています。乗車人員は2008年度に201万を超え、2009年7月9日付でギネスのゴンドラ・リフト部門で世界一に認定されたそうです。早雲山~大涌谷間が現在の新型のロープウェイになったのは2002年6月1日でした。
上の写真が2013年8月24日の早雲山駅です。

ゴンドラから早雲山駅方向の遠景写真です。新型ロープウェイは2本のロープでぶら下がったゴンドラが循環する複式単線自動循環式で、スイスCWA製のゴンドラ(定員18人)を全線に50台設置されています。各駅で1分間隔の運行で、輸送力は1時間当たり1440人(旧式に対して48%増)です。所要時間は早雲山~ 大涌谷が約8分です。新型ロープウェイの運休基準となる風速は毎秒30m旧式は(20m)と風にも強いとされロープウェイなのです。
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早雲山駅方向を望遠で見ると沢山のゴンドラが連なっていることが判ってもらえると思います。


西の方向の景色です。


西の方向の景色もすばらしいけれども早雲山~大涌谷は大涌谷を越えていく景色が圧巻です。大涌谷からの硫黄の臭いで火山に来ていることを実感させられました。早雲山駅でゴンドラに乗った瞬間に硫黄の臭いがしたのは大涌谷の上で入った空気のせいだったことがことが、ここでわかりました。


これはゴンドラを降りてから撮った写真ですが、ゴンドラの下に大涌谷の景色が広がっているのです。大涌谷に関しては後日、掲載させていただくつもりです。
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大涌谷駅に着きました。8分間のすばらしいパノラマの世界でした。


追伸
今日9月12日5時50分から関西と山口県に行くので9月20日まで皆さんのところに訪問できなくなること、お許しください。家に帰ってくるのは9月19日の夜です。
ネット喫茶でチェック程度はブログを見ることになるとは思いますが、So-netのアクセス速度の遅さから考えて本格的に記事を掲載出来るのは9月20日以降になると思います。




箱根火山 早雲地獄 [箱根]

2015年5月6日 火山情報を最後に追記しました。

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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家族で箱根旅行に行き2013年8月24日に強羅公園から箱根山の最高峰である神山(1438m)の方向を撮った写真です。
今まで箱根と言えば温泉地、箱根駅伝、芦ノ湖という漠然とした知識しかありませんでしたが、箱根登山鉄道の終点駅の強羅駅の近くにある強羅公園から南西にそびえる神山の山肌から立ち昇る水蒸気を見た時、すぐに火山の噴火口をイメージしました。北海道の洞爺湖暗線の近くで2000年に噴火した有珠山の景観に似ていたからです。

ネットで調べてみると、やはり爆裂火口で、その火口に早雲地獄の名前がつけられていました。早雲地獄に関する記述は少なく噴火した時期は判りませんでしたが、近くの大涌谷(おおわくだに)が約3100年前と約2900年前に噴火により生成したと推測されていることから、やはり早雲地獄も3000年前に噴火で生成されたのではないかと感じました。その後も早雲地獄も大涌谷もi噴火は続いたようです。
早雲地獄の左右に1,244 mと1,151 mの2つのピークがあり、これらの2つのピークと早雲地獄を合わせて早雲山と呼ばれています。
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空色マーク( )の強羅公園から写真を撮りました。緑色マーク( )が早雲地獄で黄色マーク( )が大涌谷で、黄色の直線が写真撮影の方向です。尾根があることから強羅公園から大涌谷は見えないことから写真は早雲地獄であることの確信が持てました。
早雲地獄は箱根山最高峰の神山(1,438 m 赤色マーク )北東に広がる馬蹄型の爆裂火口で、大涌谷と同様に活発な噴気活動が見られる場所であり、早雲地獄では現在もなお、硫化水素を含んだ噴煙をたなびかせる姿が確認できます。大涌谷は観光地になっていますが、早雲地獄は立ち入るのが難しいのではないかと感じました。

より大きな地図で 早雲地獄 を表示
冒頭の写真を拡大いたしました。早雲地獄は1953年7月26日にて地滑りが発生し、土石流となって2 km下流の強羅橋(彫刻の森駅付近)まで流下し、約80万立方メートルの土砂を堆積させたそうです。土砂の流下速度は秒速約7 mだったとされており、埋没面積7 ha、死傷者28名を出す惨事となりました。
この災害以降、砂防工事が行われていますが、源頭部の早雲地獄では新たな火山性の地滑りや崩壊地の拡大が確認されており、再度の土砂災害が危惧されているそうです。このことから、早雲地獄では新たな土砂供給を減少させるために、すべり面より下の層にアンカーを打ち込むアンカー工事が1996年から2000年にかけて行われたそうです。今でも火山として活動していることが感じられました。


そのようなことから箱根が火山であると実感するとともに箱根火山という呼び方があることを知りました。そんなことから、さらに箱根火山に関して調べてみることにしてみました。箱根は一つの大きな火山ではなく複雑な地形をしており我々がイメージしている火山とは少し違っていました。
箱根を地形図で見ると阿蘇山のようにきれいな円形ではないけれども外輪山に囲まれたカルデラが浮かび上がってきました。そして芦ノ湖はカルデラ湖だったのです。カルデラは地形的に大きく凹んだ部分のことで日本では直径が2km程度以上の凹みを主にカルデラと呼ぶようです。生成の違いで陥没カルデラ、爆発カルデラ、侵食カルデラですが、日本のカルデラはほとんどが大規模な噴火で「火山噴出物」が大量に噴出し地下が空洞化したあとに落ち込む形で地表が陥没した陥没カルデラだそうです。箱根のカルデラも陥没カルデラだと思われます。箱根カルデラの生成時期は約5万年前だそうです。箱根カルデラは南北約11km、東西約8kmに亘るカルデラで、度重なる大規模な噴火によって古期カルデラと新期カルデラが重なっていると考えられていますが複数の小型カルデラの集合であるという説もあります。
以前は、箱根火山は富士山のような単一の大きな成層火山(標高約2700m)と考えられた時期がありましたが、最近の研究で単一の成層火山ではなく、小ぶりの成層火山が複数あったことが明らかになりました。成層火山とは、ほぼ同一の火口からの複数回の噴火により、溶岩や火山砕屑物などが積み重なり形成された円錐状の火山のことです。

より大きな地図で 箱根火山 を表示
比較のために阿蘇山の航空写真を掲載いたしました。箱根カルデラは南北約11km~東西約8kmですが、阿蘇カルデラは南北約25 km~東西約17kmと非常に大規模なものです。地形図の縮尺は箱根の50%にしております。航空写真上のアイコンプラスを一回クリックすると箱根の地形図と同じ縮尺になります。あるいは箱根の地形図上のアイコンマイナスを一回クリックしても同じ縮尺となります。


箱根火山の形成の経緯を溶岩等の年代から確認されているのは次の通りです。
約65万年前に噴出した箱根外輪山の南東の天昭山溶岩と、箱根湯本近くの畑宿溶岩が確認されています。現在の富士山の位置に、のちに2300mの高さになる小御岳(こみたけ)火山が活動をはじめた約70年前に近い時期です。
約50万年前からは北東部の狩川溶岩グループと北西部の大唐沢溶岩グループと南部の湯河原火山の活動が始まったそうです。
約35万年前からは、現在の外輪山にある金時山や明星ヶ岳などの噴火活動が開始したと考えられています。地形や噴出物の内容から、金時山や明星ヶ岳は現在のカルデラ内部に噴火口があったと考えられています。
約30万年前からは、中央付近に噴出口があったと考えられる深良火山体などの活動があったと考えられています。
約27万年前からは成層火山の活動とともに単成火山の活動が活発化したそうです。単成火山は箱根火山の北西部と南東部に集中し、単成火山群が構成されるようになったそうです。
約23万年前から、箱根火山の噴火の様式大規模な噴火に一変したようです。このような大規模な噴火は約23万年前から約4万年前までに繰り返されました。
約13万年前から火山活動はカルデラ内部のみに限られるようになったそうです。特に約12万前から10万年前にかけては活動が活発で、1000年未満の間隔で爆発的なプリニー式噴火を繰り返したそうです。
約8万年前から4万年前にかけて、箱根火山では再び大規模な噴火が繰り返されるようになったそうです。
約6万5000年前に発生したと考えられる東京軽石層の噴火は、箱根火山の噴火の中でも最大級のものであったようです。現在の中央火口丘付近に成層火山が生まれたと考えられています。
約5万年前に、箱根カルデラの生成は古代から続いてきましたが現在の形に近いものになったと考えられています。
約4万5000年前から4万1000年前にかけて、爆発的な噴火によって成層火山の山体は崩されていき、最後には大規模な山体崩壊によって、早川泥流と呼ばれる大規模な土石流が発生したそうです。
約4万年前以降、箱根火山は中央火口丘でこれまでよりも比較的静かな火山活動を続けています。このころ古期神山の活動で発生した火砕流が早川を堰き止め、仙石原湖と呼ばれる湖が誕生し、同時期に、台ヶ岳、小塚山、丸山といった中央火口丘の東側列の溶岩ドームが噴出したそうです。
約2万7000年前からは駒ヶ岳の噴出が始まり、駒ケ岳成層火山が形成されたそうです。
約2万2000年前からは現在の神山の活動が開始され、火砕流が北東方向に流下したことにより仙石原湖は仙石原湖と先芦ノ湖に分断された。神山南西にある陣笠山が噴出したそうです。
約2万年前頃が中央火口丘内の活動が最も活発で、この頃に現在の箱根火山の中央火口丘の原型が出来上がったと考えられています。
約2万年前から1万8000年前にかけて駒ケ岳では山頂部に溶岩ドームが形成された。
約1万9000年前、約7000年前に神山では激しい噴火活動があったことが確認されています。7000年前の噴火によって神山山頂の溶岩ドームが形成されたと考えられています。
約5000年前になると、二子山溶岩ドームが噴出し、噴火に伴い発生した火砕流が須雲川流域を現在の箱根湯本付近まで流れ下ったそうです。
約3100年前、神山北西部で水蒸気爆発の後に大規模な山体崩壊が発生し、岩屑なだれが神山北西部の山麓を厚く覆った。現在でも湖尻から大涌谷にかけての神山北西部には流れ山が見られる。また、岩屑なだれは早川を堰き止め、現在の芦ノ湖が形作られることになったそうです。山体崩壊の後の神山には馬蹄型の火口が出来たそうです。
約3000年前、その火口内に溶岩ドームである冠ヶ岳の噴出が最も新しい箱根火山の溶岩噴出を伴う活動と考えられています。
約2800年前と約2000年前と12世紀後半~13世紀間に3回と計5回の噴火があったことが放射性炭素年代測定やいろいろの調査で推定されました。約2800年前、約2000年前の噴火は神山から北東方面に伸びる尾根付近に噴火口があり、12世紀後半~13世紀の3回の噴火は、大涌谷周辺が噴火口であったと考えられています。

Wikipediaに陥没カルデラのでき方の概念図があったので紹介します。概念図はアメリカにあるMount MazamaMount Mazamaのものです。
内部構造は大きく2種類あると考えられています。一つはあまり内部が破砕せずにピストン状に落ち込むピストンシリンダー型で、もう一つは破砕が進みじょうご型の凹地を形成するじょうご型です。さらにそれぞれがいくつかに分類されています。 このうちバイアス型カルデラと濁川型カルデラはボーリングなどによって内部構造が比較的よくわかっていますが、その他の個々のカルデラについてはまだよくわかっていないことが多いそうです。玄武岩質火山によく見られるキラウエア型カルデラは形成過程が何回か観察されています。
多くのカルデラでは、内部を密度の小さな破砕された岩石や火砕物が埋めているため、周りより重力が小さいことが多いのが低重力異常型で、一方、キラウエア型カルデラでは凹所を厚い玄武岩質溶岩流が埋め、火砕物が少ないため周りより重力が大きいのが高重力異常型だそうです。
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追伸 2015年5月6日
2015年4月26日から大涌谷付近からの火山性地震が増加に伴い、気象庁が5月3日午後に臨時の火山情報を発表したことを受けて、箱根町は2015年5月4日早朝から大涌谷周辺のハイキングコースの立ち入りを禁止することを決定したそうです。すでに2015年3月27日には大涌谷に限定した避難マニュアルが作成されて発表されていました。大涌谷の黒玉子の製造場所の温泉池が立ち入り禁止区域内にあり、黒玉子が作れなくなったことから規制区域外の観光センターの売店でも黒玉子は販売中止それたそうです。
箱根山の火山性地震増加 大涌谷の遊歩道を初規制
カナロコ by 神奈川新聞 5月4日(月)7時3分配信
気象庁は3日、箱根山(箱根町)の大涌谷付近の浅い場所を震源とする火山性地震が増えていると発表した。突発的な蒸気噴出現象が発生する可能性があり、箱根町は、大涌谷の半径約3キロの範囲で遊歩道とハイキングコースを4日から立ち入り禁止にする。同町によると、火山性地震による規制は初めて。
気象庁は「直ちに噴火する兆しはみられない」として、噴火予報は「平常」を維持。立ち入り禁止区域以外の温泉地などには影響ないという。
気象庁によると、4月1日以降の火山性地震は約150回で、特に4月26日から急増。そのうち、体に感じる揺れ(震度1相当)は4回だった。5月3日朝には、大涌谷近くの温泉施設で蒸気が勢いよく噴出しているのが確認された。
箱根山では2013年にも5カ月間に約500回の火山性地震を観測するなど、活動が活発になることがあった。気象庁は4日に現地に職員を派遣して詳しい状況を調査する方針。
◇GWに痛手
箱根町は3日、緊急会見を開き、大涌谷周辺の自然研究路(遊歩道)とハイキングコースを4日から閉鎖すると発表した。観光客が特に多い大型連休中の規制について、町は「観光面では痛手だが、万が一に備えた」と安全を優先する姿勢を強調した。
閉鎖するのは、自然研究路の入り口から「玉子茶屋」付近までの約300メートルのほか、駒ケ岳や早雲山などにつながる半径約3キロにわたる四つのハイキングコース(全長計約12キロ)。
周辺では火山性地震だけでなく、通常は高さ10メートル程度の噴気が20メートルを超えているほか、火山性ガスや地殻変動も同時に観測している。規制は活発な活動が終息するまで続くが、県温泉地学研究所は「今回のような群発地震は数年に一度起きており、通常1~2カ月、長いときは半年で終息する」と分析している。

5月6日には噴火警戒レベルもレベル1(正常)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げられました。噴火警戒レベルは火口周辺規制ですが、大涌谷以外の箱根全体の観光客が減ってしまう被害は、一部の派手な報道の影響も無縁ではないようです。箱根町は真面目に安全を最優先に対応しているので過剰な反応は気の毒です。
対象範囲は次の通りです。レベル1と2の違いは火口内と火口周辺です。
  レベル1 火口内等
  レベル2 火口周辺
  レベル3 居住地域の近くまで
  レベル4 居住地域を含む
  レベル5 居住地域を含む


2015年5月6日時点の日本全国で噴火警戒レベルが設定された火山です。
①~⑤が警戒レベルを表しています。クリックすると現在発表されている警戒レベルを表示します。その後の変化は次の通りです。
  2015年5月29日 口永良部島 レベル3→レベル5
  2015年6月11日 浅間山    レベル1→レベル2
  2015年6月30日 箱根山    レベル2→レベル3

箱根の一日目のランチは「徳島の地鶏・阿波尾鶏」 [箱根]

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箱根の一日目のランチを食べるお店は最初から決めていました。箱根登山鉄道の終点駅・強羅で行列が出来るお店「田むら銀かつ亭」で「豆腐かつ煮」を食べることでした。テレビで何度も紹介されていたので行列は覚悟していましたが、待っている人が異常に多く、お店に確認すると40分は待つとのことなので、今回は「田むら銀かつ亭」に入ることは断念いたしました。いろいろと回って旅館には5時ごろには着きたかったの待ち時間で40分も使ってしまうのは痛かったのです。とりあえず強羅公園を見に行くことにいたしました。すると強羅公園の入口の前に、美味しそうなお店があり、子供も「このお店は雑誌で見たことがある。」とのことなので迷わずお店に入りました。
子供たちが頼んだのが「いももち豚のカツ丼」でした。上の写真はその「いももち豚のカツ丼」の大盛りです。

大盛りカツ丼の部分をアップしました。いももち豚は千葉県産で特殊な肥育方法で飼育した豚で、旨味成分のグルタミン酸とビタミンEを多く含み、甘くて旨みの強いジューシーな味わいの肉だそうです。クリックすると拡大します。
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こちらが普通盛りのカツ丼です。
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上の写真はクリックすると拡大しますがクリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。少し味見させてもらいましたが、確かに肉質が普通の豚肉と違い美味しかったです。


かつ丼以外に、かつとじ定食がありました。


こちらが特に紹介したい、私と家内が食べた徳島の地鶏の親子丼でした。地鶏の名前は阿波尾鶏で出荷数・シェアともに日本三大地鶏(名古屋コーチン、比内地鶏、薩摩地鶏)を抑えてトップの地鶏だそうです。
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親子丼の部分を掲載いたします。阿波尾鶏(あわおどり)は徳島県立農林水産総合技術支援センター畜産研究所が開発した肉用鶏で、10年かけて徳島県内で古くから飼育していた赤笹系軍鶏(シャモ)の雄と他の優良肉鶏を合わせて改良し作られ、1990年2月から販売されるようになり、2001年3月29日に特定JAS地鶏に認定されたそうです。また徳島で有名な阿波踊りから因んでこの名がつけられたそうです。
この親子丼は地鶏だけのことはありました。クリックすると拡大いたします。
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こちらも卵とじ定食がありました。


お店は強羅公園の目の前で、ランチの後はすぐに公園を散策いたしました。
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公園から出てくると行列が出来ており、早めの昼食にして正解でした。
お店を紹介いたします。
  店名 山路 (やまじ)
  住所 神奈川県足柄下郡箱根町強羅1-300-562
  電話 0460-82-2616
  営業 11:00~15:00(月から金) 11:00~20:00(土、日)
  定休 水曜日


地鶏の定義(日本農林規格)
日本在来種(明治までに日本に定着)の血液百分率が50%以上
生後28日以降は1㎡あたり10羽以下で平飼し、飼育期間が80日以上
農林水産省の日本農林規格(特定JAS規格)で地鶏認定

日本農林規格に適合した地鶏を紹介します。  
着色地鶏名は日本三大地鶏です。今年の春に茨城県の水戸の偕楽園に行ったときには「奥久慈しゃも」の親子丼を食べました。→ポチッ
(北海道)  北海地鶏
(青森県)  青森シャモロック
(岩手県)  南部かしわ
(秋田県)  比内地鶏
(山形県)  やまがた地鶏
(福島県)  川俣しゃも 会津地鶏
(新潟県)  にいがた地鶏
(栃木県)  栃木しゃも
(茨城県)  奥久慈しゃも やさとしゃも 筑波地鶏
(群馬県)  上州地鶏
(埼玉県)  タマシャモ
(千葉県)  房総地どり
(山梨県)  甲州地どり
(岐阜県)  美濃地鶏 奥美濃古地鶏
(静岡県)  一黒シャモ 駿河シャモ
(愛知県)  名古屋種 純系名古屋コーチン
(三重県)  熊野地どり 松坂地どり 伊勢二見ヶ浦夫婦地鶏
(滋賀県)  近江しゃも
(京都府)  京地どり 地鶏丹波黒どり 京赤地どり
(大阪府)  葵之地鶏
(兵庫県)  丹波地どり 松風地どり 播州地どり 但馬地どり
(奈良県)  大和肉鶏
クリックすると拡大(和歌山県) 紀州鶏
(鳥取県)  大山シャモ
(岡山県)  おかやま地どり 岡山桃太郎地どり
(徳島県)  阿波尾鶏  写真をクリックすると阿波尾鶏を拡大→
(香川県)  讃岐コーチン 地鶏瀬戸赤どり
(愛媛県)  伊予赤どり 伊予路しゃも 媛っこ地鶏 奥伊予地鶏 道後地鶏
(高知県)  土佐はちきん地鶏 土佐ジロー
(福岡県)  はかた地どり
(長崎県)  つしま地どり
(熊本県)  天草大王 熊本コーチン
(大分県)  豊のしゃも
(宮崎県)  宮崎地頭鶏
(鹿児島県) さつま地鶏 さつま若しゃも

途中駅のある箱根登山ケーブルカー [箱根]


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箱根登山鉄道の終点駅である強羅駅に着いた後は箱根登山ケーブルカーで、さらに上を目指します。箱根登山ケーブルカーと言っても、実は箱根登山鉄道株式会社なのです。つまり箱根登山鉄道(株)は2つの路線を所有しており、一つがすでに紹介した箱根登山鉄道でもう一つが箱根登山ケーブルカーなのです。登山鉄道に関しては会社と路線の区別がつきにくいので路線の場合は箱根登山鉄道と表現させてもらい、会社を示すときは箱根登山鉄道(株)と表現させていただきます。
箱根登山ケーブルカーは一般的な呼び名で正式には箱根登山鉄道鋼索線です。
  路線距離 1.24km
  高低差   214m
  軌間    983mm
  車両    ケ100・ケ200形 スイス・ガングロフ社 1995年製
  定員    252名 登山電車3両分以上の輸送力
  勾配    最大200/1000 平均173/1000 最小126/1000

箱根登山ケーブルカーの最大の特徴は途中駅が4駅(起終点を入れると6駅)もあることだと思います。これは初めての経験でした。駅名は下から強羅→公園下→公園上→中強羅→上強羅→早雲山です。ケーブルカーは2台の車両が頂上の駅を介してケーブルでつながっている「つるべ式」であることから同時に動き、同時に停止します。駅の位置は上からの距離と下からの距離を同じに配置する必要があるなど制約条件があることから非常に珍しいと思います。

写真のように一直線のの線路が伸びていました。公園下駅と公園上駅と中間地点の行き違い部分が確認できます。クリックして拡大するとわかりやすいと思います。
1921年12月01日に開業したケーブルカーで関東で最も古いそうです。ちなみに日本で最も古いのは1918年開業の生駒ケーブルカーで世界で最も古いは1873年に作られたサンフランシスコのケーブルカーだそうです。
箱根登山ケーブルカーは箱根登山鉄道の終点の強羅とロープウェイの乗り換え駅である早雲山を結んでいます。
第二次世界大戦のために1944年02月10日から1950年07月01日の間、設備も撤去・供出して運行を停止したくらい歴史がありましたが、今は沢山の人でにぎわっていました。
  1921年12月01日 開業     スイス・フォードベルン社車両
  1944年02月10日 運行停止  施設はすべて撤去・供出
  1950年07月01日 運行再開
  1995年03月16日 2両編成化 軌間 1000mm→983mm 
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上からのケーブルカーとすれ違うまでの連続写真を掲載いたします。どの写真もクリックすると4倍に拡大いたします
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上強羅駅です。こちらの駅では降りる人だけでしたが、他の駅では乗る人も降りる人もありました。ケーブルカーの両側には別荘地や会社のロッジや旅館などがあるため途中駅を利用する人があるのだと思います。終点の早雲山駅も正面に見えています。
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ネットで日本のケーブルカーを調べました。鉄道事業法によるケーブルカーの範囲ですが、やはり駅の数で箱根登山ケーブルは日本一でした。駅数は起終点を含めた数です。この表の中には鉄道事業法によらないケーブルカー(6線)や廃止になったケーブルカー(16線)は含まれていません。
クリックすると拡大  6駅 箱根登山ケーブル 
  4駅 比叡山ケーブル
      生駒ケーブル山上線
  3駅 大山ケーブル
  2駅 他の20のケーブル
右の写真(Wikimediaから拝借)は中間地点に駅がある大山ケーブルです。
それにしても戦前のケーブルカーが多いのに驚かされました。
路線名 愛称駅 数軌間 mm全長 m最大 勾配最小 勾配高低差 m開業年戦前
青函トンネル・ケーブル2914778250‰250‰1951988 
筑波山ケーブル21,0671,634358‰207‰4951925
高尾登山ケーブル21,0671,020608‰105‰2711927
御岳登山ケーブル21,0491,107470‰250‰4241934
箱根登山ケーブル69831,240200‰126‰2141921
大山ケーブル31,067786477‰258‰2781931
十国峠ケーブル21,435317408‰233‰1011956 
黒部ケーブル21,067828587‰407‰3731969 
立山ケーブル21,0671,366560‰334‰4871954 
比叡山 坂本ケーブル41,0672,025333‰170‰4841927
叡山ケーブル21,0671,458530‰215‰5611925
鞍馬寺ケーブル2800207499‰499‰891957 
天橋立ケーブル21,067391461‰78‰1151927
生駒ケーブル 宝山寺線21,067948227‰83‰1461918
生駒ケーブル 山上線41,0671,124333‰256‰3221929
西信貴ケーブル21,0671,263480‰170‰3541930
高野山ケーブル21,067864563‰274‰3291930
男山ケーブル21,067411206‰203‰821926
妙見ケーブル21,435666424‰151‰2291925
六甲ケーブル21,0671,764498‰238‰4931932
摩耶ケーブル21,067964547‰208‰3121925
八栗ケーブル21,067684288‰181‰1671931
帆柱ケーブル21,0671,191528‰206‰4411957 
別府ラクテンチケーブル21,067253558‰480‰1221929

上の表で、今までに乗ったことがあるケーブルカーは筑波山ケーブル、高尾登山ケーブル、箱根登山ケーブル、立山ケーブル、高野山ケーブル、妙見ケーブル、六甲ケーブル、摩耶ケーブルです。
いくつか写真を紹介したいと思います。高野山ケーブル以外はWikimediaから拝借させてもらいました。これから乗る機会があれば自分で撮った写真と置き換えていきたいと思います。
高野山ケーブル       別府ラクテンチケーブル   大山ケーブル
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

生駒ケーブル 踏切のあるケーブルカー←クリックすると踏切の写真
   生駒ケーブル 山上線
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   生駒ケーブル 宝山寺線
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比叡山 坂本ケーブル 現在  ←  ←  ← 日本最古の車両 コ1形
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コメントいただいたbarbieさんが学生時代によく乗られた叡山ケーブルと男山ケーブルの写真を追加いたしました。
叡山ケーブル       男山ケーブル        西信貴ケーブル
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

兵庫県宝塚市に住んでいたころに、近くでよく乗ったケーブルカーを三つ紹介します。
六甲ケーブル       摩耶ケーブル         妙見ケーブル
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

箱根登山鉄道を堪能いたしました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2013年8月24日~25日に家族で箱根に行きました。箱根登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船、箱根登山バスを利用しましたが。最もよく利用したのが箱根登山鉄道でした。利用したのは次の4回でした。
紫色のラインが今回紹介の箱根登山鉄道です。
  ① 8月24日10:50発 箱根湯本 → 強羅
  ② 8月25日10:11発 箱根湯本 → 彫刻の森
  ③ 8月25日14:43発 小涌谷 → 宮ノ下
  ④ 8月25日16:38発 宮ノ下 → 箱根湯本


8月24日10:50発 箱根湯本 → 強羅
8月24日は箱根湯本→強羅→早雲山→大涌谷→桃源台(芦ノ湖)→箱根町→箱根湯本→塔ノ沢温泉と移動しましたが紫色のところで登山鉄道を利用いたしました。こちらが我々が乗った電車で満員となりました。古い車両です。古い車両として残っているのはモハ1形(旧名:チキ1形)、モハ2形(旧名:チキ2形)、モハ3形(旧名:チキ3形)ですが、先頭に110と書かれていることからモハ2形(チキ2形)と思われます。チは地方を意味しキは客車を意味しています。屋根の上に乗っているものは発電ブレーキ用の大容量抵抗器です。冷房機をつけるスペースはなさそうです。
  チキ1形 1919年 車体:日本車両 台車:アメリカ製 101~107
  チキ2形 1927年 車体:日本車両 台車:スイス製  108~112
  チキ3形 1935年 川崎車両(現 川崎重工)       113~115
  1000形 1981年 川崎重工               1001~1004
  2000形 1989年 川崎重工               2001~2006
  3000形 2014年 川崎重工 11月運行 車両紹介記事→ポチッ
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箱根湯本駅を出発いたしました。我々が乗った電車は冷房車ではありませんでした。走っているときは風が入ってきていいのですが停車しているときは、さすがに暑かったです。椅子に座れると、もっといい写真が撮れたと思いますが、窓枠のある写真も趣がありました。
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鉄橋を渡っているときの景色です。吊り橋が印象的でした。この鉄橋の正式名は早川橋梁で早川に架かる鉄道橋です。一般には「出山の鉄橋」あるいは「出山鉄橋」として知られており、有形登録文化財でクリックすると拡大箱根観光名所の1つとして多くの観光客に親しまれているそうです。橋の形式は単純下路ダブルワーレントラス式鉄道橋で、橋長61m、河床からの高さは43mです。
鉄橋の工事は1915年に始まり、開業2年前の1917年5月31日に完成しました。深さ43m・幅61mという深い谷に架橋するため、Wikipediaから拝借した右の写真のような丸太は約1万本が使われた大規模な総木製の足場を組んで作業を行な割れたそうです。完成した翌日からは足場の解体にかかるというその夜、暴風雨により早川が氾濫し足場は全て流失してしまったことも有名な話です。ただし鉄橋本体には全く影響がなかったそうです。
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最初のスイッチバックのところから先ほど渡った鉄橋が見えます。鉄橋からの写真で写っていた吊り橋が右下に見えます。クリックすると拡大上の写真と下の写真は同じ方向の窓から撮ったものです。見えている鉄橋を右から左に渡った後に登りながら大きくカーブしてこの場所に着いたのでした。鉄橋を渡っているときの写真は10時57分34秒に撮ったもので、下の写真は10時59分28秒に撮ったものなので1分54秒の短時間の間に、これだけの高低差を登り大きくカーブしていることが判ってもらえると思います。
登山電車が出山鉄橋を渡っている右の写真はWikimediaから拝借したものです。
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出山鉄橋から見えた吊り橋を塔ノ沢温泉と箱根湯本を循環するバスが通った時に出山鉄橋を撮った写真です。登山電車が通っていたら最高の写真になったと思います。目の前に写っているのは吊り橋のロープです。
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こちらは最初のスイッチバックの場所と鉄橋の位置が判る地図です。大きくカーブをしていることと、急激に登っていることが等高線から判ってもらえると思います。さすが登山鉄道です。緑色マークが出山鉄橋で赤色マークが吊り橋で黄色マークがスイッチバックの場所です。

より大きな地図で 出山鉄橋 を表示
登山電車の終点駅の強羅に着きました。


こちらが外から見た強羅駅です。ここ℃昼食を撮った後に強羅公園に行きました。



8月25日10:11発 箱根湯本 → 彫刻の森
8月25日は箱根湯本→彫刻の森→(バス)→小涌園→(バス)→小涌谷 → 宮ノ下→富士屋ホテル→宮ノ下 → 箱根湯本→新宿→自宅 へ移動しましたが紫色の部分で箱根登山鉄道を3回利用いたしました。
箱根湯本→彫刻の森は3両連結の冷房車でした。前日の経験からスイッチバックがよく見える先頭車両になりました。先頭車両に乗るとスイッチバックごとに先頭→最後尾→先頭→最後尾と変わります。この日は朝から、あいにくの雨だったので窓からの鮮明な写真は撮れませんでした。先頭に1004と書かれています。こちらは1000形です。
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先頭に乗って箱根湯本を出発しました。


出発してすぐにトンネルの連続でした。トンネルは13ケ所ありトンネルの延べ長さは2kmになるそうです。鉄橋も26ケ所になるそうです。カーブは66ケ所だそうです。


1回目のスイッチバックの場所です。前日の8月24日でも見えた早川橋梁(出山の鉄橋)が見えましたが、雨のため霞んでいました。スイッチバックで先頭車が最後尾に代わります。スイッチバックの場所では運転手さんと車掌さんが移動するためホームがあり、そこを歩いて交代します。交代する車掌さんが窓の外に少しだけ写りました。
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ここで運転室が車掌室に変わります。社内放送で名口調の案内をされていた車掌さんに、この時初めて出会えました。


客席室の方に出てこられたので車掌さんの写真を撮らせていただきました。車内放送も登山鉄道の魅力の一つでした。客席側に出られるときは、きちっと手袋を外されることが判りました。


客席側に出てこられた車掌さんに乗車記念カードをいただきました。子供さん中心に配られていましたが記事に掲載するつもりで思い切って一枚いただきました。


こちらが乗車記念カードの裏側です。限定版というのがうれしいですね。最近、はやりの、ゆるキャラの登山鉄道くん(のぼりやま てつみち くん)が描かれていました。落合さん、ありがとうございました。名口調の感じから、落合さんは、きっと有名な方だと思いネットで調べた結果、やはりYouTubにも沢山登場されている話題の方でした。頂いた乗車記念カードの値打ちが上がりました。知らないとは言え失礼しました。


落合さんのおしゃべりはテレビにも紹介されていましたので追加いたします。これは是非とも真中のプレーボタン( )をクリックしてもらいたいです。
  追伸 現在は非公開になっています。 見れないのが残念です。


上の動画が見れなくなったのでWebから神奈川新聞・カナロコ(kanaloco)さんの動画を引用させていただきました。こちらで堪能願います。(最初に少しだけCMが入っています。)


ここが2回目のスイッチバックの場所です。こちらは大平台駅という駅になっています。左側の線路から登ってきて、運転手さんと車掌さんがホームを歩いて交代した後に右側の線路を登っていきます。


こちらが3回目のスイッチバックの場所です。車掌さんと運転手さんが移動するホームが判ってもらえると思います。ホームはありますが、お客さんが降りる駅ではありません。ここではすれ違いなしで出発いたしました。前の2つのスイッチバックの場所では対向電車とすれ違いました。


スイッバックの場所から登り始めました。最後尾からの写真です。
登山電車で最も大切なのがブレーキシステムです。急勾配の登山鉄道にとって安全が、クリックすると拡大もっとも重要だからです。箱根登山鉄道は4つのブレーキが使われています。車輪の回転を止める電気ブレーキと空気ブレーキと手動ブレーキに加えて空気の圧力で特殊な石をレールに押しつけて電車を止める右の写真のレール圧着ブレーキが使われています。車輪とレールの摩擦力が失われても直接レールにブレーキをかけて止めることが出来るのでリスク回避された安全なシステムだと思います。


3ケ所のスイッチバックの場所が入った地図を紹介いたします。黄色マークがスイッチバックの場所です。下から順番に出山信号場、大平台駅、上大平台信号場です。

より大きな地図で スイッチバック を表示
登山電車には下の黄銅製の銘板が取り付けられていたので調べてみると1979年6月1日にレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道提携を結んだそうです。これは鉄道線の開業時にスイスのベルニナ鉄道(今のレーティッシュ鉄道ベルニナ線)を参考にした事が縁になったものだそうです。1981年に45年ぶりの新型車両として1000形電車が導入され、スイス側の協力を得て「ベルニナ号」と命名されました。つまりこの電車がベルニ号(Bernina号)だったのです。
クリックすると拡大また1989年に箱根登山鉄道で初の冷房付電車となる2000形には「サン・モリッツ号」と命名されました。これにもスイス側の協力がありました。
右の写真はWikimediaから拝借したもので1982年に姉妹鉄道提携3周年記念にレーティッシュ鉄道から贈られた2つのカウベル(牛につけるベル)です。


下の写真の銘板に書かれている昭和59年(1984年)製造であることからも、クリックすると拡大この車両がBernina号であることが伺えました。右の写真のように2014年11月から運用されている最新の3000形も同じ製造メーカーでした。上にも記載している通り、全国産車両であるチキ3形(1935年)からすべて同じメーカーということになります。不思議と世界遺産である黄山の最初のロープウェイの車体も、バイクと新幹線で有名な同じ製造メーカーでした。


箱根登山鉄道の醍醐味は日本一の急な登りとスイッチバックですが、もう一つが急カーブです。この道路に沿って線路が引かれていると想像していただければカーブが急なことが判ってもらえると思います。


急カーブでは内側と外側の距離が違うことから片方の車輪をレールとの間で滑らせる必要があります。平地の車両では油が塗られていますが勾配の急な登山電車では油を出来る限り排除する必要があることから、散水装置が登山電車には備わっています。クリックすると拡大車両の先頭の床下にに右の写真の350リットルのタンクが付いており片道一回に50~80リットルを使うそうです。この日は雨のため散水装置は使う必要が無かったそうです。
開業当時はレールと車輪の粘着力を増すために撒砂装置がありましたが、撒水したところに砂を撒くことによってレールの磨耗が激しくなったために撒砂装置は後年すべて撤去されたそうです。


車両の真中あたりに立っていたも3両編成の先頭が見えるほどのカーブです。そして急カーブを回るために車両も一般の車両よりは短いそうです。最も急なカ一ブはR30(曲線半径30メートル)だそうです。


箱根登山電車はラック(歯車)などを使わない鉄輪とレールの粘着式で走る普通鉄道では日本一の急勾配(80/1000)です。世界でも2番目の急勾配だそうです。ちなみに世界一は勾配105/1000のオーストリアのペストリングベルク鉄道だそうです。その急勾配を実感してもらうためにWikimediaから写真を拝借いたしました。この写真の勾配日本一の急勾配の80/1000です。つまり1000m進む間に80m登る傾斜のことなのです。
推測ですが下の写真の位置と思われる場所の地図を右に紹介します。さらにストリートビューでも確認できます。箱根湯本駅から数十mの距離なので是非とも見に行ってください。
クリックするとストリートビューを表示

箱根登山鉄道は電車は車輪とレールの摩擦だけで登り降りが出来る普通鉄道です。摩擦だけで走ることから粘着式と呼ばれていますが、さらに急勾配の登山電車クリックすると大きくなります。には右の動画のようなラック(歯車)が使われています。クリックすると大きくなります。このラック式で有名なのが、自走式では世界一の急勾配を登る左の写真のピラトゥス鉄道です。その勾配は480/1000です。日本では大井川鐡道井川線(90/1000)や能勢電鉄のシグナス森林鉄道(138/1000)がありますが珍しい方で、日本では地形の関係からかケーブルカーが使われるのがほとんどのようです。実際、箱根登山鉄道でも強羅と早雲山を結んでいるのはケーブルカーでした。箱根登山鉄道株式会社が所有してしるのは箱根登山鉄道と説明してきた普通鉄道と箱根登山ケーブルカーなのです。
箱根登山鉄道の醍醐味である「80/1000の急勾配」と「半径30mの急カーブ」と「スイッチバック」の場所を一緒に記載した地図です。80/1000の急勾配は箱根湯本を出てから小涌谷までの各所にあり半径30mの急カーブは仙人台信号場から彫刻の森までの間に酋長しています。つまり前半はスイッチバックと急勾配を楽しむことが出来て後半は急カーブと急勾配を楽しむことが出来るのです。
クリックするとオリジナル資料を表示

彫刻の森駅に到着いたしました。ここで落合さん(落合くん)とお別れです。この後、この日のメインイベントの彫刻の森を見に行きました。その後に登山バスで小涌園まで行き椿山荘で昼食の手打ち蕎麦をいただきました。


クリックすると拡大箱根登山鉄道でもう一つ紹介しておきたいことがあります。下の写真は小田原~箱根湯本の間でロマンスカーの最後尾の展望席から撮りました。線路が3本あることが判ってもらえると思います。小田急はJR在来線と同じ軌間(レール間隔)の1067mm(狭軌)に対して箱根登山鉄道の軌間は1435mm(標準軌)まため相互乗り入れしている小田原~箱根湯本の間は片側のレールを共用する三線軌条が使われているためです。
 小田急電鉄   1067mm(3 ft 6 in)  狭軌
 箱根登山鉄道 1435mm(4 ft 8.5 in) 標準軌
右図が小田急と箱根登山鉄道の断面のイメージ図です。箱根登山鉄道は車体はチて際にも関わらず軌間は新幹線と同じ標準軌なのです。これは箱根登山鉄道の前身の小田原馬車鉄道は馬車軌間である1372 mm(4 ft 6 in)が使われていましたが、1435mmの路面電車との直通運転を視野に入れていたといわれています。また海外製の台車を視野に入れていたことも標準軌になった理由の一つかもしれません。いずれにしても80/1000の急勾配を上る能力のある電動機は当時の技術では1067mmの規格では収まらなかったことも事実です。



8月25日14:43発 小涌谷 → 宮ノ下
昼食の後に小涌園から宮ノ下に行くために箱根登山バスに乗りましたが小涌谷より先は渋滞するのでお急ぎの方は登山鉄道に乗り換えた方がよいとのアドバイスから小涌谷で降りました。小涌谷バス停あたりから登山鉄道の小涌谷駅を見た景色です。
  

小涌谷駅内の踏切から宮ノ下方向(箱根湯本方向)を撮った写真です。
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箱根湯本から登ってきた電車です。単線なのでここで我々が乗る電車とすれ違います。なんと103と書かれています。最も古いモハ1形(チキ1形)です。
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こちらが強羅方向です。
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すぐに我々が乗る電車が到着いたしました。先頭に2004と書かれています。こちらは2000形なのですでに説明させていただいたサン・モリッツ号です。この電車で一駅ですが小涌谷 → 宮ノ下に乗りました。
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8月25日16:38発 宮ノ下 → 箱根湯本
こちらが最後に乗った箱根登山鉄道です。番号は110です。偶然ですが8月24日に乗った電車です。つまり最初と最後に同じ電車に乗ったわけです。。
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宮ノ下駅の写真を紹介いたします。箱根登山鉄道と箱根ロープウェイの沿革を記載します。 94年前の大正8年に、現姿の登山鉄道が出来たことになります。
 1888年10月01日 馬車鉄道として国府津~小田原~湯本 が開業
 1900年03月21日 電化 馬車鉄道→電車 
 1919年06月01日 箱根湯本~強羅 が開業 現姿の登山鉄道が開業 大正8年
 1921年12月01日 強羅~早雲山 のケーブルカーが開業
 1923年09月01日 関東大震災(11時58分32秒)で大きな被害を受ける
 1959年12月06日 早雲山~大涌谷のロープウェイが開業
 1960年09月07日 大涌谷~桃源台のロープウェイが開業
 2002年06月01日 早雲山~大涌谷の新型ロープウェイが開業
 2006年06月01日 大涌谷~桃源台の新型ロープウェイが開業
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Wikimediaから拝借した昔の写真を紹介します。
1900年から1927年ごろの写真です。クリックするといずれの写真もオリジナルのサイズで表示します。
馬車鉄道時代の湯本駅 1900年ごろ      建設中の箱根湯本駅 1916年ごろ     
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開業(1919年)当時の箱根登山鉄道     開業(1919年)当時の小涌谷駅
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関東大震災(1923年)で脱線した車両   関東震災(1923年)により崩壊した線路
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左の写真のチキ1形3号の車体は木製でした。チキ1形3号は今の呼び名は103と思われるため小涌谷駅ですれ違った103の車両でした。車体は木製から鋼製には変わっていますがロマンを感じます。右の写真のチキ2形10号は驚いたことに今回2回乗った車体番号110と同じ車両ということになります。この時は車体番号は10と書かれていました。
チキ1形3号と強羅駅 1919年ごろ     チキ2形10号と箱根湯本駅 1927年ごろ
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箱根ロマンスカーに乗りました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2013年8月24日(土曜日)から一泊で家族全員で箱根に行ってきました。新宿を8月24日の9時に出発する特急に乗るために千葉県の佐倉市の家を6時35分に出て新宿に着いた時の写真です。電光表示版の2段目の特急に乗りました。写真に写っている電車は我々の1本前の8時30分に出る「はこね7号」です。
実は運転席2階に設置され客席から前や後ろの景色がよく見える小田急ロマンスカーに一度乗ってみたかったのです。

箱根には箱根フリーパスを利用させてもらいました。新宿からの場合は5000円で切符に書かれている小田急電鉄、箱根登山鉄道、箱根ケーブルカー、箱根ロープウェイ、芦ノ湖の観光遊覧船、箱根登山バスなどの乗り物が2日間は乗り放題なのです。3日間のフリーパスもあります。+500円の5500円でさらにお得です。お土産屋さんでもフリーパスを見せると5%引きになります。さらに、いろんなところの入場券を買う時にフリーパスを見せると入場券が割引となります。


我々が乗るロマンスカーの1本前のロマンスカーは従来タイプでした。出発したところの写真です。この車両は、1980年に登場した7000形LSE車です。
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出発の25分前のホームの風景です。ここの左側のホームから出発します。
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8時30分発の「はこね7号」は空席が少しありましたが、我々が乗る9時発の「スーパーはこね9号」は表示のように満席でした。人気があるのに驚きました。
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これが我々が乗った「スーパーはこね9号」です。これは「小田急ロマンスカー」ブランドの復権を掲げて2005年に登場した50000形VSE車です。この列車の登場で「箱根フリーパス」の販売枚数は、2006年に49万枚だったものが、2009年には74万枚に増加したそうです。VSE車はVault Super Expressを示しています。
最高速度(営業/設計)は毎時110km/130kmです。
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こちらが新宿からの旅行の全ルートです。赤いラインが公共の交通機関てす。青色マークが箱根旅行で記事にしたところで、マークをクリックすると場所の名前を表示します。表示された記事のタイトルをクリックすると記事を表示します。

より大きな地図で 箱根 家族旅行 を表示
こちらが新宿から箱根湯本までの特急券です。特急料金はフリーパスに入っていないので別途購入する必要があります。いい席にしたかったので娘がパソコンから発売日一ケ月前の7月24日に申し込んで購入してくれました。人気があるのが先頭車と最後尾車両の展望席(4列)です。発売時刻ピッタリの10時に入力して最後尾車両の後ろから3列目(展望席)がやっと予約出来ました。新宿を9時に出発して箱根湯本に10時25分に到着します。


ロマンスカーに乗って展望席の方を撮った写真です。天井が低くなっている部分より奥側が展望席です。


こちらが展望席です。一般席よりも席の間隔が広かったです。ここの上には運転席があるためか網棚はありませんでしたが、席の前が広いので網棚が無いことは気になりませんでした。


この最後尾車両は記念撮影の場所になっており沢山の人が写真を撮っていました。


皆さんVサインで記念撮影をされていました。


朝が早かったので駅でサンドイッチと焼売を買いましたが車内販売も充実していました。


新宿駅を出発したところです。見えているのは新宿駅のホームです。


小田原を過ぎると単線になります。


単線のため途中の駅ですれ違います。


箱根湯本の町が見えてきました。


箱根湯本に到着いたしました。


改札口側から見て右側にロマンスカーが停まりました。我々が乗ってきたロマンスカーです。
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クリックすると拡大改札口側から見て左側には箱根登山鉄道の電車が停まっていました。この登山電車はラック(歯車)などを使わない普通鉄道で日本一の急勾配(80/1000)です。世界でも2番目の急勾配だそうです。ちなみに世界一は勾配105/1000のオーストリアのペストリングベルク鉄道だそうです。
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塔ノ沢と書かれた方向が登っていく方向です。箱根湯本の標高が102mであることを初めて知りました。もう少し高いところにあると思っていました。


この日2013年8月24日は箱根湯本から芦ノ湖に行った後に、コインロッカーに荷物を預けていた箱根湯本まで箱根登山バスで降りてきて塔ノ沢温泉の宿(120.4m)に泊まりました。この間の報告は後日させていただきます。( )内の数値は標高を表しています。
 登山電車   箱根湯本→ 強羅(553m)   強羅公園
 ケーブルカー 強羅  → 早雲山(761m)  展望台
 ロープウェイ 早雲山 → 大涌谷(1044m)  大涌谷
 ロープウェイ 大涌谷 → 桃源台(741m)  芦ノ湖
 観光船    桃源台 → 箱根町(725m)  箱根関所
 登山バス   箱根町 → 箱根湯本(102m) 温泉
 徒歩     箱根湯本→ 塔ノ沢温泉(120m)温泉


8月25日(日曜日)の帰りの特急券です。これは箱根湯本駅で購入いたしました。「はこね38号」で箱根湯本を17時29分に出発して新宿に19時10分に着きました。


幸いにも帰りは旧車両の7000形LSE車のロマンスカーだったために新(VSE)旧 (LSE)の両方に乗ることが出来ました。LSE車はLuxury Super Expressのことです。最高速度(営業/設計)は毎時110km/145kmです。
新宿に着いたのは19時10分でした。朝ほど連絡がよくなかったので家に帰り着いたのは21時15分となりました。