So-net無料ブログ作成
検索選択

イオンタウンで谷津ロール パティシエ ヨコヤマ [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
我家から車で5分の場所にイオンタウン・ユーカリが丘が2016年6月10日にオープンして、もうすぐ9ケ月です。
実はイオンタウンが出来る前から、有名なル・パティシエ ヨコヤマが入るとの話が話題になっていました。イオンタウンがオープンして、ル・パティシエ ヨコヤマを探しに行ってみると、お店が入るのではなくスイーツ関係の銘店コーナーにル・パティシエ ヨコヤマの焼き菓子が並べられる形式でした。
クリックすると拡大ケーキなどの生菓子はお店で作るのが前提のようなので置かれていませんでした。ケーキ類がないのが、ちょっと残念に思っていました。ところが2017年2月28日に70個限定で人気のロールケーキである谷津ロールが売られていたのです。すぐに買ってしまいました。ちなみにパティシエ ヨコヤマの焼き菓子が置かれているのは西街区のイオンスタイルに隣接した銘店コーナーです。

谷津ロールは2001年にオープンした谷津店にちなんだロールケーキなのだと思います。袋に書かれているDEPUIS 2001は谷津店がオープンした年です。写真のオーナーパティシエの横山知之さんは大阪ホテルプラザ、ホテルオークラ、ホテルニューオータニなどで修業してホテルニューオータニ幕張のシェフパティシエをしたあと、独立して谷津にお店を構えたのが2001年のようです。
クリックすると拡大 1994年 東日本洋菓子コンクール マジパン部門金賞
 1995年 マンダリンナポレオンコンクール日本大会 優勝
 1996年 マンダリンナポレオンコンクール世界大会 準優勝
 1996年 ルクサルドグランプレミーオコンクール 優勝
 1998年 ジャパンケーキグランプリ’98 優勝
 1998年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝
 1999年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝
 2000年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝 三連覇達成
 2001年 千葉県習志野市谷津に「ル・パティシエ ヨコヤマ」オープン
 2005年 大久保店オープン  ル・パティシエ ヨコヤマ 2号店
クリックすると拡大

2月28日に買った谷津ロールの賞味期限は3月2日と2日間だから、イオンタウンで売られていたのだと思います。普段は焼き菓子以外は売られていませんが2月28日は特別に売られていたのです。2月28日のイオンタウンはWAONポイントカードの提示で5%引きとなるために平日にもかかわらずお客の数が多いのも関係していたのかもしれません。谷津ロールもWAONポイントカードの提示で5%引きとうれしいサービスでした。私は当日偶然知りましたが、谷津ロールは入荷が決まった時点で数日前から表示されるそうです。
クリックすると拡大

まだ午前中でしたが、家に帰ってすぐにいただくことにいたしました。ロールケーキは丁寧に包まれていました。
クリックすると拡大

斜めからも撮りました。イオンタウンのパティシエヨコヤマで売られている焼き菓子を記事に書かれている方がおられました。→ポチッ
クリックすると拡大

内側の紙を丁寧に外すとロールケーキが出てきました。材料は生クリームと卵と砂糖と小麦粉とバターと膨張剤だけのシンプルなケーキです。それだけに素材と分量のバランスが大切なのだと感じました。
クリックすると拡大

美味しい静岡の日本茶でいただきました。
クリックすると拡大

たっぷりの生クリームと、ふわふわのスポンジケーキは絶妙で、いくらでも食べてしまいたくなる美味しさでした。
クリックすると拡大

2月28日の夕食後のデザートでいただきました。この時は紅茶にいたしました。いろんなところのスポンジと生クリームだけのロールケーキと食べ比べてみたくなりました。
卵が売りの九十九里ファームもロールケーキ(たまごロールケーキ)が売られていたので、次の機会にはそちらも買ってみたいと思いました。
クリックすると拡大

イオンタウン・ユーカリが丘とル・パティシエ ヨコヤマの大久保店と谷津店の場所を紹介します。私は大久保店から2.4kmの場所(━━)に住んでいたことがありますが、その時はOpenの10年以上前でお店はありませんでした。
右の写真は京成大久保店です。着色文字をクリックすると拡大クリックすると過去記事を表示します。
  イオンタウン ユーカリが丘
  ル・パティシエ ヨコヤマ 京成大久保店
  ル・パティシエ ヨコヤマ 谷津店

成田で飲み会 こだわりもん一家 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
中国から一時帰国している方がおられたので、今回もゴルフの後に飲み会をいたしました。いつも通り、お気に入りの「こだわれもん一家」で行いました。最後に地図で説明している通り、ゴルフ場からクラブバスで空港第2ビル駅(成田空港)まで行き、そこから京成電鉄で1駅目の京成成田駅の近くにあるのです。ゴールデンウイークの2016年5月2日にも同じパターンの飲み会をいたしました。→ポチッ

先ずはビールで乾杯です。
クリックすると拡大

こちらがお通しです。
クリックすると拡大

ゆでたての枝豆を最初に頼みました。熱々でした。
クリックすると拡大

お刺身は5点盛りです。刺身の種類は自分で選びます。
クリックすると拡大

焼酎も頼みました。
クリックすると拡大

芋焼酎の赤兎馬(せきとば)にいたしました。ボトルを頼むと、一升瓶からこのボトルに入れて出てきます。
クリックすると拡大

不思議なタケノコ料理でした。
クリックすると拡大

蛤も頼みました。
クリックすると拡大

ハマグリを拡大いたしました。
クリックすると拡大

ベーコンサラダです。
クリックすると拡大

トンカツも頼みました。
クリックすると拡大

焼きタラコです。表面カリカリで中は柔らかです。
クリックすると拡大

イカ焼きも頼みました。
クリックすると拡大

こちらは砂ぎもです。
クリックすると拡大

豚しやぶも頼みました。
クリックすると拡大

練物も頼みました。中にイカが入っています。
クリックすると拡大

目の前で料理してくれます。昔、はやった炉端焼きのお店を思い出します。
クリックすると拡大

イカの天婦羅も頼みました。
クリックすると拡大

それでは、お店を紹介いたします。Google地図の中央の の場所です。
盛り上がったところでブログ掲載の許可をもらって右の写真を撮らせていただきました。
クリックすると拡大クリックすると拡大 名前 こだわりもん一家 成田店
 住所 千葉県成田市花崎町828-8
 電話 0476-22-4445
 営業 17:00~翌0:30(L.O.翌0:00)
 定休 無休
 最寄 京成成田駅(180m) JR成田駅(240m)


こちらが昼にゴルフをした冨里ゴルフ倶楽部です。写真はINの10番ホールで、昼食後の最初のホールでした。
クリックすると拡大

昼は中ジョッキでした。
クリックすると拡大

食事はコロッケでした。
クリックすると拡大

ゴルフ場と飲み会の場所とクラブバスを降りた空港第2ビルの位置関係を地図で紹介します。空港第2ビル駅から成田駅へは電車を利用いたします。
  冨里ゴルフ倶楽部
  空港第2ビル駅
  こだわりもん一家 成田店
 ━━ クラブバスのルート


旬のイチジクのタルト [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
京成本線・勝田台駅の近くにある貝殻亭のソレイユに、クリックすると拡大贈り物として焼菓子を買いに行きました。自分たち用にはいつも通りケーキを買いました。今はイチジクの季節なので1つはイチジクのタルトを選びました。前回買った時は右の写真の形でしたが、今回は丸い形でした。
前回食べたイチジクのタルト→ポチッ

ケーキにはやっぱり紅茶です。
紅茶を飲みながらケーキを頂きました。
クリックすると拡大

イチジクのタルトを拡大いたしました。
クリックすると拡大

イチジクのタルトの記事ですが、私が食べたのは下の写真のフロマージュクリュです。イチジクに無縁のようですが、イチジクのブランデー煮が中に入っていました。オレンジピールのコンフィも入っているようでした。もちろんイチジクのタルトの方も少しだけ食べさせてもらいました。
クリックすると拡大

中を見てもらいたいので少しカットいたしました。イチジクのブランデー煮が見てもらえるでしょうか。
クリックすると拡大

下記の航空写真の青色マーク( )が焼き菓子店ソレイユです。
赤いマーク( )が貝殻亭のレストランの入口です。
 店名 ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ / Le Jardin du Soleil
 住所 千葉県八千代市勝田台北2-4-2
 電話 047-484-1717
 営業 10:00~18:00
 定休 火曜日 火曜日が祝日の場合は別の日を設定
 URL http://www.gpi-group.co.jp/soleil/
クリックするとGoogle地図を表示

佐倉で評判の和食店に下見に行きました。 馳走 かく田 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
家内が知り合いと計8名で2016年10月18日に食事会をいたしました。幹事が家内だったこともあり場所とメニューを決める目的で家内と2人で事前に下見を行きました。こちらのお店は美味しいと口コミで聞かされていたのですが、家内の知り合いは食通が多いとのことなのでお店選びに迷っていたのです。下見に行ったのは10月5日で、前日に予約をしてから行きました。実は以前(2015年11月1日)にもランチを食べようと、予約なして行ったことがありましたが、満席で諦めて帰ったことがあったのです。その時は帰り道にあった蕎麦屋に行き新蕎麦に出会えました。

今回のお店は、箸にもこだわっていて、国産のヒノキで特注されているそうです。箸の先は細く仕上げられていました。この箸は持ち帰ることが出来ました。材料には普通は廃材となる間伐材や背板を使っているそうです。
クリックすると拡大

ランチのメニューです。家内たちの会食は、平日で8名となるので候補は旬菜前か彩り弁当に限られます。ただし下見で食べたのは平日5食限定の四季膳(1700円)と、彩り弁当(2800円)でした。料理のコース選びならば、四季膳ではなく旬菜前でしたが、5食限定に四季膳を魅かれて選びました。
 四季膳  1700円 平日のみ 5食限定
 旬菜前  2200円 旬の食材
 彩り弁当 2800円 品数が多い
 茶壺弁当 3600円 土日祝日のみ 10食限定 新メニューの3段弁当 
クリックすると拡大

最初に彩り弁当の茶碗蒸が出されました。冒頭の写真が茶碗蒸が出されたところの写真でした。
クリックすると拡大

想像以上にいろんな具が入った茶碗蒸でした。
クリックすると拡大

最初に家内が頼んだ5食限定の四季膳が出されました。
これにご飯と味噌汁が付きます。
クリックすると拡大

中央の皿には焼魚に玉子焼に漬物が乗っていました。デザートのワラビ餅に柿と栗も乗せられていました。
クリックすると拡大

こちらは野菜のお浸しでしょうか。
クリックすると拡大

これは胡麻豆腐でしょうか。
クリックすると拡大

野菜の煮びたしもありました。
クリックすると拡大

サラダの上に乗っているのは、イカとマグロの刺身で、ドレッシングでカルパッチョ風になっていると感じました。
クリックすると拡大

ゴボウのきんぴらでしょうか。これに茶碗蒸しが乗っていました。ここまでが四季膳の紹介です。5食限定に四季膳(1700円)はお得なコースでした。きっと初めての方への紹介を目的としたサービスコースなのだと感じました。それだけ味に自信があるのだとも感じました。
クリックすると拡大

こちらが彩り弁当です。
蓋つきの2段重ねで持ってこられて、目の前で並べられました。可愛らしい料理が並べられていました。これに冒頭の茶碗蒸しと、ご飯と、赤だし、漬物が加わって、彩り弁当の料理すべてとなります。
クリックすると拡大

ご飯は地元の新米です。それも自家栽培のお米だそうです。ご飯はおかわり自由でした。
クリックすると拡大

赤だしも出されました。
クリックすると拡大

西京焼きと栗です。
クリックすると拡大

こちらは雲丹豆腐です。上にイクラとワサビが乗せられていました。
クリックすると拡大

がんもどきのように固められた料理です。
クリックすると拡大

揚げ物もありました。
クリックすると拡大

お造りは鯛とカンパチでした。
クリックすると拡大

左上の料理も美味しかったです。玉子焼に鴨でしょうか。右の丸いものはデザートの和菓子です。
クリックすると拡大

こちらの小鉢の料理も良かったです。食べ終わってその場で10月18日の会食の予約をして、料理も今回食べた彩り弁当を予約いたしました。料理は同じでも食材は変えられていて、皆さんが美味しかったと言われていたと聞きました。下見に行った絵画ありました。
クリックすると拡大

お店を紹介いたします。Google地図の中央のマーク( )の場所です。
 名前 馳走 かく田
 種類 日本料理
 住所 千葉県佐倉市大崎台1-20-5
 電話 043-308-3383
 営業 11:30-14:00 17:00-22:00
 定休 月曜日
 最寄 JR佐倉駅(470m)
 創業 2011年5月2日


お店の外観の写真を撮っていなかったのでGoogleのストリートビューの写真を紹介します。

タグ:和食

木下(きおろし)の手焼き煎餅屋さん [千葉]



久しぶりにお蕎麦屋・斉藤におそばを食べに木下(きおろし)に来ました。
なぜ「きのした」ではなくて「きおろし」なのかは気になるところですが、それはさておき、少し時間が早かった(11:45)ようで、お蕎麦屋さんは開いていませんでした。そこで木下の駅前を散策することにしました。地下道を通って改札側に出た途端に立派な煎餅屋さんを見つけました。のれんには「元祖 木下名物手焼せんべい 川村商店」と書かれていました。

さっそく、中に入ってみると、おいしそうなお醤油の香りが漂ってきました。お店の中で「せんべい」も焼いていました。目の前で手焼煎餅を焼いているところを見たのは初めてでした。
扇風機が何台も置かれていました。おそらく夏は大変な仕事だと思います。


センベイの種類は一種類のみでした。12枚900円を一袋、買いました。木下駅の周りを散策しながら、さっそく煎餅を食べてみました。醤油味の素朴な煎餅が気に入って帰りにもう一袋買ってしまいました。最初から大きいの買えばよかった。


次に行ったときにはお得な煎餅もありました。もちろん買って帰りました。


場所は成田線の木下駅前です。
木下(きおろし)駅は少し前までは写真のように小さな駅でした。


今の木下駅は立派になりました。でも煎餅屋さんは昔ながらでした。
せっかくなのでお店を紹介しておきます。
   店名 川村商店(川村煎餅)
   住所 千葉県印西市木下1-626
   電話 0476-42-2220
   FAX 0476-42-6027


ネットに載っていた川村商店の記事の内容を枠内に紹介します。
平成16年(2004年)の記事に創業75年と書かれていたので今から83年前の1929年創業のお店ということになります。2004年の記事も、古い記事を引用していたら創業は、もっと古くなります。いずれにしても伝統の味だと思います。
川村煎餅店は創業75年余り。木下煎餅の元祖として、厳選された地元のコシヒカリを使い、餅からすべて手作りで炭火で1枚1枚丁寧に手で焼き、お米の甘みと醤油だけの味で、昔ながらの煎餅の味に仕上げてありますので、1度食べたら“あとひき煎餅”と言われています。駅を降りたら一番に目をひくような風情のある外観も魅力の一つです。

少し薄手の煎餅で醤油の味が自然な素朴な味の煎餅です。それが木下せんべいの特徴です。


「元祖 木下名物・本炭火・手焼・せんべい」と書かれています。「べ」の文字が面白いです。


こっちゃんさんからの情報で印西市のイベント作られた木下煎餅がギネスに認定されたそうです。その記事を紹介いたします。
YouTubeに登録されていた動画はこちらです。→ポチッ
【ギネス世界記録に認定】世界初!世界一大きいせんべい
~印西市民まつり実行委員会~
認定記録 直径1.6m(5ft2in)
平成24年1月20日(金)、印西市民まつり実行委員会が昨年11月16日(水)に行った「木下せんべいギネスに挑戦」(炭火で世界一大きなせんべいを焼く)で、世界一大きいせんべいとして、イギリスのギネスワールドレコード社よりギネス世界記録に認定されました。
この記録達成は、同メンバーが、生地作りから大きいせんべいを焼く金網、ドラム缶を半分に切ったものを炭火焼に使いと、試行錯誤を重ね手作りしました。 記録挑戦日、直径1.8m、15㎏のうるち米の生地を金網にはさみ数分ごとに裏表と慎重にひっくり返しながら50分かけて焼き上げました。測量結果は、直径1.6m。焼きあがったせんべいは、秘伝のたれを塗り観客と共に味わいました。
古くから親しまれている木下せんべいを更に多くの方々に知って頂き、地域の活性化、印西市の知名度アップにつながっていけばと思います。
認定書(写し)は、印西市役所ロビー・印西市観光情報館に、せんべいのパネルは印西市役所ロビー、記録挑戦時の写真は印西市観光情報館にそれぞれ展示しています。
印西市商工会

下の地図の緑色のマークが紹介の川村商店です。こちらのお店以外に2軒ほど木下せんべいを製造販売しているお店が検索できました。その2軒も紹介いたします。マークをクリックすると店名を表示します。これ以外に製造販売のお店があれば教えてください追記したいと思います。
   坂戸米菓店 青色マーク 
    千葉県印西市平岡271
    0476-42-7396
   関口米菓店 赤色マーク 
    千葉県印西市発作1230
    0476-42-2951

より大きな地図で 木下せんべい を表示

車で5分の場所にイオンタウンがオープンいたしました。 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
我々が住んでいる場所から車で5分の場所に延床面積が125,793㎡(38,052坪)のショッピングモールが2016年6月10日にグランドオープンいたしました。周辺地域では11年ぶりの大型ショッピングモールのオープンです。オープンした当日に行ってみたので報告いたします。ショッピングモールの詳細は下記の通りです。正確な数値は判りませんが商業施設延床面積では酒々井プレミアムアウトレットを大きく上回る規模です。ただし一階建の酒々井プレミアムアウトレットの敷地面積は圧倒的です。
 名前  :イオンタウン( AEON TOWN ) ユーカリが丘
 住所  :千葉県佐倉市ユーカリが丘6-12-3
 電話  :043-464-070
 営業  :10:00~22:00 食品 7:00~23:00
 店舗面積: 39,000㎡
 敷地面積: 60,370㎡ 6.037ha
 延床面積:125,793㎡ 38,052坪
 駐車場 :2,260台
 駐輪場 :1,115台

午前中に行った人から、駐車場が混んでいて時間がかかったとの話を家内が聞いたので夕刻17時20分に行くことにいたしました。やはり夕刻はすんなりと駐車場に入ることが出来ました。6月12日(日曜)の早朝にも行って買い物をしてきました。


我々が入ったのは東街区立体駐車場で、駐車場内には沢山の車がありましたが、すぐに空いている場所が見つかり2階に駐車することが出来ました。


駐車場は次のように別れています。赤色のが入口です。全て対向車線を横断するような右折では入れないようになっているので駐車したい駐車場に近づく方向を考える必要があります。
  東街区平面駐車場
  東街区立体駐車場 1~5階+屋上(駐車場棟+東街区ビル)
  西街区平面駐車場
  西街区ビル駐車場 4~5階+屋上 入口からも上がれます。
クリックすると拡大

こちらがフロアガイドの配置図の抜粋です。クリックすると判りやすくなると思います。ショッピングモールは東街区と西街区の2つの3階建のビルで構成されていました。ガイドを見ていると無料WiFiが使えるようなので検索しながら買い物を楽しむことも出来ると思います。
 店舗数 :160店舗 (2016年6月10日 時点フロアガイド記載)
      東街区 1F:27店 2F:28店 3F:20店 計:75店
      西街区 1F:43店 2F:22店 3F:20店 計:85店
クリックすると拡大

こちらは東街区の2階です。大きな専門店が沢山並んでいました。
クリックすると拡大

イオンタウンの特徴の一つに"KIDS PEPUBLIC"と呼ばれる子供を中心とした大きなエリアが設けられていることでした。"KIDS PEPUBLIC"は西街区の3階の半分のスペースが充てられていました。写真では通路の右側が"KIDS PEPUBLIC"で、左側には子供を遊ばせるキッズパークが設けられていました。大型の対話型モニターの前で遊ぶ子供がモニター内のイラストと一緒に遊ぶことが出来るようになっているそうです。
クリックすると拡大

一通り専門店の通路を歩いた後にスーパーマーケットであるイオンスタイルの食料品売り場に行き夕食の材料を書くことにいたしました。オープンの日であることから安売りもされており目移りしたので3日分の夕食を買ってしまいました。こちらが6月12日の夕食のために買ったステーキです。フランス旅行で買ってきた赤ワインを飲むのが目的です。この肉質が420gで2509円にひかれてしまいました。イオンスタイルは、新規出店やリニューアルオープンを中心に2015年から採用されているイオンの新しい名称です。
クリックすると拡大

こちらは6月11日の夕食用です。最近、蟹を食べていなかったので見たとたんに食べたくなりました。こちらは成田空港の免税店で買った来た純米大吟醸を飲みながら食べる計画です。
クリックすると拡大

そしてこちらがオープンの日に食べたお刺身です。シマアジとヒラメとサザエの刺身です。純米大吟醸を飲みながらいただきました。
クリックすると拡大

お店やレストランも沢山ありました。スーパーであるイオンスタイル( IEON STYLE )がメインになっています。それ以外にも大型店が何店か入っています。飲食店も数えた範囲だけで43店舗もありました。これは使えそうです。
イオンスタイル(AEON STYLE) 、KIDS REPUBLIC、未来屋書店、カラダファクトリー、ビブレジーン、A・J・D ACCESSORIES、AZUL by moussy、H&M(今秋)、ゴールデンベア、cosmetics マーガレット、マノ ラプレ、グリーンターラ、ブージュルード、コムサイズム、エリマキ、グランサックス、Maisonnette LUXE、Coche et coche、ジェイソウル、スポーツオーソリティ、チェルシーニューヨーク、Ehyphen world gallery PD、SM2、ミラノ、SmaPla、ミカヅキモモコ、和真、ファイブスター、シューラルー、タイムステーションネオ、ジェムストリー、イオン新体操、イオンフィットネススタジオ、イオンカルチャー、パソコン市民講座、レッシュブ、ソフトバンク、Yモバイル、JTB、LAVA、ベルエポック、Blanc、Brilliant Nail、サンマルクカフェ、イオンペット、パンドラ、タカキュー、ノジマ、ダイソー、メモリア、東京古着、Right-on、まくらぼ、ホビーゾーン、講談社パル、セイハ、明光義塾、保険クリニック、保険見直し本舗、ダンロップゴルフスクール、イオンバイク、ルネオブパリス by フォンテーヌ、Green Parks topic、ワンズテラス、ピエタピエ、さくら平安堂、フローリストセイミヤ、CONNECTEA、大東青果、サンクゼール、久世福商店、ヴィドフランスおかしのまちおか、ポニークリーニング、QBハウス、チャンスセンター、タイケン学園(10月)、イオンボディ、ダブルフォーカス、セルフサービス、スマートメドレーAsbee、クールカレアン、ハルホシ、アドバンス、ROY G BIV +1、和ごごろりんず、non-hedge、アップクリエイト、14+、ハニーズ、愛眼、ニコロポーロ、東京イギン、ブティックアラン、マジックミシン、イオン銀行、イオンボディユーカリが丘ヒルズ歯科、パティズ、ゲンキキッズ、ハイド&シーク、安野堂本舗、GAME「あそびパーク、スタジオアリス、メガブルーバード、ファイヤーボール、海鮮三崎港、かつ楽、四季飯店、くいどん、鎌倉パスタ、クリスピー・クリーム・ドーナッツ(9月)、さぼてん、オランダ家、ドリームコーヒー、なごみの米屋、Italian Vega BeeHouse、.アルテリアベーカリー、ピッツアナポレターノ、サイゼリヤ、ニュー・クイック、FoodWareHouseリアット、ミスタードーナッツ、日本一、日本橋長兵衛満果惣、ココマンナ、南部家敷(8月)、いしがまやハンバーグ、鳳凰楼、山助
フードコートも結構広かったです。
フレッシュネスバーガー、TUTU、はなまるうどん、餃子の一二三&万福餡、ユニバーサルキッチン、たこ助鯛へい、ちゃんぽん亭、魁力屋、豚屋とん一、オジョリ、サーティワンアイスクリーム
クリックすると拡大

イオンタウンの場所は京成電鉄のユーカリが丘駅の近くです。
ルートにもよりますが駅から歩いて720m~780mです。緑色ライン(━━)が最短の720mのルートです。ユーカリ線の地区センター駅からだと370mです。


Googleの3Dで見ると周辺の雰囲気が分かると思います。クリックするとオリジナルを表示します。周辺に広いスペースがありながら超高層マンション(スカイプラザ)か5棟もあるのもユニークです。ミライアタワーの建設中の高さから判断して下記の写真は2012年10月前後に撮られたものと思われます。5棟のスカイプラザが完成してきた沿革は次の通りです。私が近くに引越してきたのは1993年8月7日ですが、すでに3つの超高層マンションが建っていました。
 1990年03月  93m サウスタワー
 1991年03月 101m ウエストタワー
 1992年02月 101m イーストタワー
 2003年12月 118m ステーションタワー
 2013年10月 114m ミライアタワー
クリックすると拡大

周辺の大型ショッピングモールと同じ縮尺で規模を比較してみました。久々の大型ショッピングモールのオープンです。周辺での大型ショッピングモールの11年ぶりのオープンと言うことで、商品の展示や店内雰囲気などから、お洒落な感じや新しさが伝わってきました。
 オープン年月日  延床面積  名称
 2000年09月30日 168,730m² イオンモール 千葉ニュータウン
 2002年10月29日 116,659m² フルル&イトーヨーカドー 八千代店
 2005年04月02日 129,874m² イオンモール 八千代緑が丘
 2016年06月10日 125,793m² イオンタウン ユーカリが丘
千葉ニュータウン/イオン      八千代店(村上)/フルル 7 & I
 
八千代緑が丘/イオン       ユーカリが丘/イオン


広い範囲の地図でイオンタウン・ユーカリが丘( )の場所を紹介します。
  イオンタウン ユーカリが丘
  イトーヨーカドー & フルルガーデン 八千代店(村上)
  イオンモール 八千代緑が丘
  イオンモール 千葉ニュータウン
  酒々井アウトレット



追伸 2016年6月12日 23時59分
北海道に住んでいる長男夫婦の娘が、2016年6月12日に1歳の誕生日を迎えました。元気に育ってくれました。
長男夫婦の娘、つまり我々の初孫です。
プレゼントに送った「森のあそび箱」も送ってもらった写真の中に収められていました。プレゼントには名前と誕生日を彫り込んだ木製プレートを付けてもらいました。


写真を見ると、しっかり食べれるようになったようです。次に会えるのが楽しみです。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大


2016年10月15日追伸 タイトル:歩いて行ってみました。
家から歩いたらどの程度で行けるのかを確認するために、2016年10月15日と10月18日に徒歩での家からの最短コースを歩いてみました。10月15日の行きと帰りで距離が違うのはイオンタウンの出入口が違うためです。車で行く場合、家から平面駐車場の一番奥までの距離は3.52㎞です。
10月15日 計14442歩
 行き   10時17分→10時44分 27分 3322歩 2.57km 5.7km/h
 タウン内 11時44分→11時06分 22分 1023歩  ?
 帰り   11時06分→11時35分 29分 3533歩 2.63km 5.4km/h
10月18日 計13028歩
 行き   13時15分→13時43分 28分 3455歩 2.57km 5.5km/h
 タウン内 13時43分→14時29分 46分 2114歩  ?
 帰り   14時29分→15時00分 29分 3781歩 2.57km 5.3km/h
10月20日 計12897歩 
 行き   13時10分→13時38分 28分 3455歩 2.57km 5.5km/h
 タウン内 13時38分→14時30分 52分 1899歩  ?
 帰り   14時30分→15時00分 30分 3608歩 2.57km 5.1km/h
10月21日 計13243歩  
 行き   14時16分→14時43分 27分 3421歩 2.57km 5.7km/h
 タウン内 14時43分→15時24分 41分 1280歩  ?
 帰り   15時24分→15時53分 29分 3571歩 2.57km 5.3km/h

ゴルフの後の飲み会 成田 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ゴルフの後の木更津での飲み会を紹介いたしましたので、すこし前ですがGWの2016年5月2日の成田での飲み会を紹介いたします。木更津では宿泊しての飲み会ですが、成田では日帰りでした。その代り車は使わないで電車で来てクラブバスを利用いたしました。上の写真はスタートホールのOUT 1番です。

今回のゴルフのメンバー12名は3年前ごろから、このゴルフ場で頻繁にゴルフを行っていましたが半数近くの人が職場ごと神戸に転勤になってしまいました。関東に出張や家に帰って来た時はゴルフをしますが、皆が一緒になるのは限られています。したがって、年末年始、GW、電力休暇(7月)、盆休み(8月)の長期の休みの時は、みんな一緒にゴルフが出来るのでゴルフ+飲み会が行われるわけです。飲む場所はいつも成田駅の近くです。その中でも今回のお店「こだわりもん一家」は一番よく飲み会を行う場所なのです。
ゴルフ場と飲み会の場所とクラブバスを降りた空港第2ビルの位置関係を地図で紹介します。空港第2ビル駅から成田駅へは電車を利用いたします。
  冨里ゴルフ倶楽部
  空港第2ビル駅
  こだわりもん一家 成田店
 ━━ クラブバスのルート


ゴルフをした冨里ゴルフ倶楽部の航空写真です。画面上のマイナスを数回クリックするとゴルフ場の全体のレイアウトが分かると思います。


こちらが飲み会をした「こだわりもん一家 成田店」の店内です。
こだわりもん一家は西葛西店を、以前に紹介したことがあります。→ポチッ


こちらのお通しを入れると17品が出てきました。話が弾んで料理も沢山追加注文してしまいました。その見事なこだわりの料理を全て紹介したいと思います。このお通しは、菜の花に鶏肉が和えられていて飾りつけにトビッコが使われていました。
クリックすると拡大

その前に先ずはビールで乾杯です。
クリックすると拡大

なんと「島らっきょ」があったので、最初に頼みました。
クリックすると拡大

水茄子の刺身です。ちょっと珍しいたべかたですが、これが意外とおいしかったです。
クリックすると拡大

地元の下総醤油でいただきました。
クリックすると拡大

定番の「おでん」も頼みました。真っ黒なお出汁が特徴の静岡おでんでした。
クリックすると拡大

こちらは「本日の鮮魚 お造里五種盛り合わせ 」です。こちらのお店は魚が美味しいことで評判です。鰹のタタキ、生タコ、鯛、マグロ、〆鯖です。
クリックすると拡大

こちらも刺身5点盛りですが、一品だけ変えています。上には〆鯖が入っていますが、こちらは代わりにホタテの刺身が入っています。2種類の5点盛りは2品ではなく1品と計算して17品と報告させていただきました。 
クリックすると拡大

ほたるイカの酢味噌和えです。
クリックすると拡大

名前は判りませんが、命名するならば、トロトロ玉子の焼肉サラダです。
クリックすると拡大

焼アスパラも頼みました。すべての料理を3皿頼みました。
クリックすると拡大

こちらのオープンキッチンで、その場で新鮮な食材から料理を作ります。普通の居酒屋チエーン店と違い、こだわりを感じました。
クリックすると拡大

竹の子も旬だったので頼みました。写真を撮る前にいくつか食べられてしまいました。
クリックすると拡大

ひものもこんがりと焼けて美味しかったです。福島/小名浜の「伴助」ほっけです。
クリックすると拡大

千葉のするめいかの浜焼きも頼みました。こちらのお店では新鮮な食材が氷の上に並べられていてそれを焼いてもらうのです。昔の炉端焼きのお店を思いだたせてくれました。
クリックすると拡大

熊本 の大長茄子を使った焼きなすです。長~~い皿の上に乗せられて出てきました。この写真は是非ともクリックしてもらいたいです。
クリックすると拡大

豚の冷やしやぶです。
クリックすると拡大

カツも美味しかったです。
クリックすると拡大

名前は忘れましたが美味しい焼酎も置かれていました。
クリックすると拡大

セロリの漬物も頼みました。
クリックすると拡大

こちらに名前を付けるとすれば焼き豚入りポテトサラダでしようか。
クリックすると拡大

最後の締めはお茶漬けでした。
クリックすると拡大

おだしを上からかけます。
クリックすると拡大

こちらが、おだしをかけて食べている時のお茶漬けです。これで17品の全て紹介を終了します。
クリックすると拡大

焼酎が残ったので持ち帰りたいと頼むとペットボトルに入れて、洒落た手作りラベルを張ってくれました。
クリックすると拡大

手作りラベルには「素敵な ジェントルマン方様へ。」と書かれていました。お店の方の心遣いが伝わってきました。


焼酎のにおいが変わらないように、家に帰ってすぐに瓶に入れ替えて手作りラベルも張り替えました。これは焼肉をしながら撮った写真です。真竹(マダケ)料理の時も、この焼酎を飲みました。→ポチッ
クリックすると拡大

ゴルフの後の飲み会 木更津 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
2016年6月3日(金)は一泊でゴルフに行ってきました。一泊と言っても車で1時間程度で行ける市原京急カントリークラブです。右の写真のように11名が集まった23回目のゴルフコンペです。私は養老渓谷の近くで行われた22回目から参加させてもらっています。つまり私は2回目の参加と言うわけです。前の列の一番右が私です。上の写真はスタートホールのOUTの1番です。

ゴルフ場での食事は天婦羅そばにいたしました。
クリックすると拡大

ゴルフ場の航空写真です。


家から1時間で行ける場所でのゴルフで一泊する理由は夜の飲み会でした。そのために木更津に宿をとりました。飲み会も木更津の居酒屋「さかなや くろ」が予約されていました。さらに二次会まで予約されていました。
 市原京急カントリークラブ
 ホテルロイヤルガーデン木更津
 さかなや くろ
 ━━ ゴルフ場→ホテル 最短ルート 26.4km


居酒屋「さかなや くろ」が入っているビルの外装は工事中でした。お店を紹介したいと思います。
 店名 さかなや くろ
 住所 千葉県木更津市大和2-1-21 高木ビル 1F
 電話 0438-38-4184
 営業 17:00~23:00
 定休 無休


木更津と言えばやっぱり魚介類ですね。最初に舟盛りが出されました。
クリックすると拡大

さすが海の町と言える刺身の鮮度でした。
クリックすると拡大

ビールで乾杯です。


この後は皆さん焼酎を飲まれましたが、私は最後までビールだったのでピッチャーを2杯飲んでしまいました。焼酎は創業明治42年の小牧醸造の紅一刻でした。小牧醸造は鹿児島県薩摩郡に蔵を構えているそうです。
クリックすると拡大

鶏の唐揚げも用意されていました。魚だけでなく、これも自慢の料理ではないかと感じました。
クリックすると拡大

金目の干物はテーブルの上で焼きます。店名が「さかなや」と言うだけのことはあります。
クリックすると拡大

ハマグリとサザエも目の前で焼きました。
クリックすると拡大

ホタテが出てきたところで成績の発表です。次回の幹事となるブービーを何とか避けることが出来る程度の成績でした。いつも賞には無縁ですが、この日は幸いにもドラコン賞をいただきました。
やっぱの主体はゴルフではなく飲み会であることを美味しい料理を食べながら実感いたしました。
クリックすると拡大

焼きあがったホタテです。
クリックすると拡大

トロトロ玉子のサラダです。一番上に玉子が乗っています。
クリックすると拡大

玉子をサラダに絡めました。
クリックすると拡大

最後の締めは焼きそばでした。具にはイカゲソが使われていました。
クリックすると拡大
タグ:ゴルフ

吉高の大桜が満開になりました。 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2016年4月19日追記 タイトル:吉高の大桜が満開になりました。
追記の記事の写真はすべて2016年4月10日に撮ったものです。
クリックすると拡大
2016年4月9日から「吉高の大桜」が満開になったとの情報から4月10に見に行き、上の写真の通り満開の吉高の大桜を見ることが出来ましたので2013年の記事に追加する形で紹介したいと思います。

今回の「吉高の大桜」から2.5km離れた場所に駐車場として開放されている印旛中央公園に到着したのが9時12分と比較的早いと思ってきたのですがすでに半分以上は車で埋まっている感じでした。
クリックすると拡大

印旛中央公園の敷地内にはお店も開かれていました。
クリックすると拡大

歩いて吉高の大桜まで行きますが、結構、人が多かったです。
クリックすると拡大

太い道から細い道に入ってすぐに沢山の石碑が並べられているところがありました。真ん中の一番大きな石碑には「光明真言塔」と書かれており、その右側の石碑には「普門品塔」と書かれています。左側には「春請供養塔」と書かれています。後は観音様のような像が掘られた石碑でした。
クリックすると拡大

細い道は続いていました。
クリックすると拡大

畑の中の細い道は人が途切れることがありませんでした。
クリックすると拡大

やっと「吉高の大桜」が見える場所に着きました。広い畑の中にぽつんと立っていました。この写真は西方向の一番遠い場所から撮ってものです。
クリックすると拡大

同じ場所から「吉高の大桜」をズームアップしてみました。
クリックすると拡大

今回の撮影ポイントと撮影方向をGoogle航空写真で事前に紹介します。東方向と南方向の間からは、通路と桜のあいだに別の木があるために吉高の大桜の全体の姿を撮ることはできません。表示範囲には写っていませんが右上の方に食事が出来る峠の茶屋( )があります。
   ケーキとコーヒーで休憩したカフェ
   野菜直売所
  カメラ撮影ポイント


近づくと記念撮影をしている人たちが沢山居られました。サイクリスト達も沢山来られていました。


この場所が撮影のベストポジションです。桜の木の南西方向です。


その南西方向から撮った吉高の大桜です。太陽の位置関係からすると午後の方がきれいな姿を見せてくれると思います。午後に訪れた2013年の時の写真と見比べてみてください。
クリックすると拡大

こちらは西南西の方向から撮った姿です。撮る方向が変わると違う姿を見せてくれます。
クリックすると拡大

こちらは西方向からの景観です。
クリックすると拡大

吉高の大桜はヤマザクラです。ソメイヨシノと違い葉と花が同時に開くのでなの葉の新芽が目立ちます。すべての花が咲いており満開の状態です。花が散るのが早いのもヤマザクラの特徴です。
クリックすると拡大

北西方向の広場は狭いので、遠くから西北西方向からの写真を撮りました。
クリックすると拡大

こちらが北北西方向から撮った写真です。
クリックすると拡大

こちらが北方向からの景観です。例年、ソメイヨシノより1週間程度遅く満開となります。開花期間が短く、満開の状態は2,3日しか続かないため、見逃してしまうこともよくありました。この時は土曜日(4月9日)と日曜日(4月10日)が最高の状態でした。
クリックすると拡大

こちらは北北東の方角からの姿です。
クリックすると拡大

こちらは北東方向からの景色です。少し角度が違うだけですが姿が変わっていきます。
クリックすると拡大

太い幹は迫力がありました。
クリックすると拡大

こちらの姿は東方向から撮った写真です。
クリックすると拡大

これは南方向からの写真です。
クリックすると拡大

最初の南西方向に戻りました。
クリックすると拡大

桜の木の前の広場です。ぬかるまないように木のチップが敷き詰められています。



桜の木の前の広場では絵はがきも売られていました。
クリックすると拡大吉高の大桜を守のための募金箱も置かれていました。
今まで長い間、地域の人の努力によって吉高の大桜は守られてきたと聞いております。沢山の人が温かい心で「吉高の大桜」の保護活動の資金づくりに協力してあげてほしいです。


地元の野菜が売られていたので、こちらのお店で大根と蕪としその実の佃煮を買いました。蕪は5個で100円でした。
クリックすると拡大

こちらのお店も沢山の人が来ていました。ただし花の期間が短いので商売は長くて1週間だと思います。
クリックすると拡大

2013年の時もありました。遊び心の大根です。
クリックすると拡大

こちらのカフェでコーヒーとケーキをいただくことにいたしました。ケーキは2種類でいずれも300円です。
クリックすると拡大

屋外の席は空いていなかったので、屋内で頂くことにいたしました。
クリックすると拡大

一つがイチゴのケーキです。
クリックすると拡大

もう一つがシフォンケーキです。
クリックすると拡大

ケーキは両方食べてみたかったので半分に切りました。コーヒーは250円でした。
クリックすると拡大

カフェでゆっくりした後に帰りました。途中に印西市観光協会主催の売店が開かれていました。
クリックすると拡大

餅つきも行われていました。吉高の大桜の満開の時期はお祭りの雰囲気でした。
クリックすると拡大

やはり印旛中央公園に近づくと車だ渋滞していました。ほとんどの車が印旛中央公園の駐車場に入る車です。すこし早く来たのは正解でした。
クリックすると拡大

駐車場に戻ってきたのが10時46分なので、出発した9時12分から1時間34分の花見散策でした。車の数も出発した時に比べると増えていました。駐車場周辺は渋滞しますが、駐車場自体が満車になることはありません。もともと広いスペースにゆったりと駐車している上に1本の桜を見るだけなので大抵は2時間以内に車が入れ替わるため、空いているスペースは沢山あるのです。
クリックすると拡大

元々2013年4月4日に掲載した本記事へのアクセス数は吉高の大桜が満開に近づくとアクセス数が増えてきて満開が過ぎると減りました。4月9日(土)には本記事へのアクセス数(閲覧数)が411件/日にも達しました。訪問者は342人/日でした。使われているOSの増加具合から、その時のアクセスの多くはスマホと思われました。2016年4月19日16時6分時点の累計アクセス数は11033件です。



2013年4月4日掲載 タイトル:吉高の大桜が満開になりました。
クリックすると拡大
2013年4月4日に千葉県印西市にある「吉高の大桜」を見に行きました。狙いどおり満開でした。例年の花の時期4月上旬~中旬(2011年、2012年の満開は4月15日)よりも10日くらい早いようです。実は「吉高の大桜」は何度も見に来たのですが、いつも花が終わっていて、花の咲いているところを見たことがなかったのです。今年だけはと思い、3度足を運び、やっと満開の状態を見ることが出来ました。

無料送迎バス(追記 2016年4月4日)
2016年4月9日と10日の2日間のみ北総鉄道/京成電鉄の印旛日本医大駅から無料送迎バスが運行しているそうです。
クリックすると拡大 運行区間 印旛日本医大駅~印旛中央公園
 運行期間 2016年4月9日(土)~10日(日)の2日間
 最新の吉高の大桜の開花状況 → ポチッ
右の写真はネットで掲載されていた4月10日の写真で、満開です。2~3日で散り始めます。
クリックすると拡大

満開の時期は沢山の人が来られるために印旛中央公園の赤枠の部分が臨時駐車場になり青いラインを徒歩で約1.6km歩くことになります。緑のラインは自転車専用道路からの道です。自転車専用道路から近いのです。
 場所 千葉県印西市吉高930 
 旧名 千葉県印旛郡印旛村吉高930 (2010年3月23日以前) 
 駐車 印旛中央公園 (印西市瀬戸1518) ナビ入力 0476-98-0427
 地図 http://goo.gl/maps/BWyIo

より大きな地図で 吉高の大桜 を表示
駐車場を出て国道464号を歩きます。写真のように沢山の人が歩いているのですぐにわかると思います。過去5年間の満開の時期のデーターを印西市のHPから転用させていただきました。
 吉高の大桜  小林牧場の桜
 ヤマザクラ  ソメイヨシノ
2016年  4月09日~4月11日  4月01日~4月08日
2015年  4月07日~4月10日  3月31日~4月06日
2014年  4月08日~4月11日  4月01日~4月08日
2013年  4月03日~4月04日  3月25日~4月03日
2012年  4月14日~4月17日  4月09日~4月13日
2011年  4月14日~4月16日  4月08日~4月14日


国道から写真の手前側の村道に入るところからは、お巡りさんが交通規制をしており車やバイクは入ることが出来ません。自転車は入ることが出来ます。足の悪い方もここからは車椅子でした。ここから大桜までは1km近くあります。停まっているマイクロバスは、お年寄りの方を迎えに来た車です。


こちらが大桜への村道です。今は村ではないけれども雰囲気から村道と呼ばせていただきました。


歩いてきて最初に見える吉高の大桜の姿です。
クリックすると拡大

沢山の人たちが見学に来られていました。
クリックすると拡大

さらに近づいて撮ったのが冒頭の写真です。この桜は山桜(ヤマサクラ)なので花と同時に葉も出ているのでソメイヨシノのように木全体が真白に見えるわけではありませんでしたが、見事な桜でした。印西市のホームページに書かれていた桜の大きさなどの数値です。カッコ内数値は14年前の看板に書かれていた数値です。
  名前     吉高の大桜 / よしたかのおおざくら
  樹種     ヤマザクラ
  樹高     10.6m   (11.7m)
  樹齢     300年以上
  幹周囲    6.85m   (6.65m)
  枝張最大   25.8m   (24.5m)
クリックすると拡大

この写真を見ると葉の新芽と花の割合がわかると思います。
クリックすると拡大

花は満開でした。花の見ごろは満開から2~3日と短いそうです。
クリックすると拡大

周りは畑で、大根が沢山植わっており売られていました。自分で好きな大根を抜くことが出来るのです。


皆さん大根を選んでおられました。


大根以外にもいろんなものが売られていました。


こんな楽しい大根も飾られていました。是非とも写真をクリックしてみてください。
クリックすると拡大

この時だけ仮設の峠茶屋も出来ます。


こちらはカフェです。こちらは恒久的な建物ですが開店は今だけのようです。


車椅子の方も多かったです。自転車の人も沢山見かけました。自転車にはいい季節になってきたようです。




満開から3日前の4月1日の朝の写真も紹介します。花は結構咲いていましたが、満開に比べると花数が少ないので枝振りがよくわかります。幹の太さには驚かされます。
朝だと逆光気味の写真になるために花が少なく見えますが結構咲いていました。
クリックすると拡大

朝日が当たる方向から撮ると花の色が現れてきます。上の写真とは真反対から撮った写真です。
クリックすると拡大

花は平均的に5分咲程度でした。ただし枝によって多少差があり、枝によって2~7分咲というところです。こちらの枝は7分咲き程度です。


こちらの枝は3分咲きくらいでしょうか。


この木の迫力は幹の太さです。御神木でしょうか。幹に巻かれた、しめ縄が神聖な雰囲気を伝えてくれています。
クリックすると拡大

今まで、みんなに大切にされてきたことが枝の支え棒から伝わってきます。


枝の表面からも樹齢300年以上の雰囲気が伝わってきました。
クリックすると拡大

この木の枝には力強さがあります。地衣類や苔類やシダ類が印象的でした。
クリックすると拡大


満開の9日前の3月26日です。先ずは様子を見に来ました。この時は全く開花はしていませんでした。開花率は0%でしたが木の迫力が伝わってきました。
クリックすると拡大

蕾の状態です。花芽と葉芽がありますが両方が同時に開くのが山桜です。
クリックすると拡大

反対側から見た樹の姿です。
クリックすると拡大

クリックすると拡大吉高の大桜の由来の看板がありました。こちらには「奈良時代和名抄に記されている下総国印波郡吉高郷とあり、古くから、この地は知られている郷の中心である須藤家の氏神祠に植えられたヤマザクラである」と書かれていました。この看板にはには記載ミスが2ケ所あるようです。根周囲の6.65㎡は6.65mと思われます。さらに根張り最大の24.5㎡は24.5mと思われ根張り最大も枝張り最大の可能性が高いです。
クリックすると拡大

吉高の大ザクラは1981年10月15日に印旛郡印旛村の天然記念物に指定されて、2010年3月23日に印旛郡印旛村が印西市に編入されたことから、今は印西市指定天然記念物になっています。所有者は須藤家(屋号 文左衛門)です。天然記念物の指定を受けてから30年以上が経過していることから樹齢は330年以上と言えるかもしれません。
上の看板では花の見ごろは4月中旬~下旬と書かれていますが、こちらの看板では4月中旬~下旬を4月上旬~中旬に書き換えていました。徐々に早くなっている上に、今年は特別に早かったみたいです。佐倉城址公園のソメイヨシノの満開から1週間後が見ごろの目安のようです。


全国の一本桜の名所の一例を掲載いたします。   通常の見ごろ
【北海道】松前町 光善寺               4月下旬~5月上旬
【岩手県】盛岡市 石割桜               4月中旬~下旬
【山形県】長井市 伊佐沢の久保桜         4月中旬~下旬
【福島県】会津若松市 石部桜            4月中旬~下旬
【福島県】白河市 妙関寺の乙姫桜         4月中旬~下旬
【福島県】須賀川市 永禄寺             4月中旬~下旬
【福島県】須賀川市 照光寺             4月中旬~下旬
【福島県】田村市 永泉寺のサクラ         4月下旬~5月上旬
【福島県】猪苗代町 磐椅神社            5月GW明け
【福島県】三春町 三春滝桜             4月中旬~下旬
【茨城県】龍ケ崎市 般若院の枝垂桜       3月下旬~4月上旬
【茨城県】茨城町 大戸のサクラ           4月中旬~下旬
【栃木県】日光市 輪王寺の金剛桜         4月下旬~5月上旬
【千葉県】印西市 吉高の大桜            4月上旬~中旬
【埼玉県】北本市 石戸蒲ザクラ           4月上旬~中旬
【神奈川県】小田原市 長興山のシダレザクラ  3月下旬~4月上旬
【富山県】黒部市 明日の大桜            4月上旬~中旬
【石川県】羽咋市 気多大社             4月中旬
【福井県】越前市 味真野の一本桜         4月上旬~下旬
【山梨県】韮崎市 わに塚のサクラ         4月上旬
【山梨県】北杜市 山高神代桜           4月中旬
【長野県】長野市 素桜神社の神代桜       4月下旬~5月上旬
【長野県】大町市 静の桜公園            5月中旬~6月上旬
【長野県】山ノ内町 宇木のエドヒガン(千歳桜)  4月20日前後
【岐阜県】本巣市 根尾谷淡墨桜           4月
【岐阜県】岐阜市 中将姫誓願桜           4月上旬
【岐阜県】高山市 臥龍公園(臥龍桜)        4月中旬~下旬
【岐阜県】美濃加茂市 山ノ上のサクラ       4月中旬
【岐阜県】美濃加茂市 正眼寺のしだれ桜     4月中旬
【静岡県】富士宮市 狩宿の下馬桜         4月中旬
【静岡県】島田市 慶寿寺               3月下旬頃
【静岡県】伊豆市 本柿木・法泉寺 シダレザクラ 3月下旬~4月上旬
【三重県】鈴鹿市 白子の不断桜          3月下旬~4月下旬
【三重県】鈴鹿市 石薬師の蒲桜          3月下旬~4月上旬
【三重県】名張市 赤目四十八滝          4月上旬
【兵庫県】養父市 樽見の大桜            4月上旬~中旬
【兵庫県】養父市 糸原のみづめ桜         4月中旬
【兵庫県】新温泉町 泰雲寺             4月上旬~中旬
【奈良県】宇陀市 佛隆寺の桜(千年桜)      4月中旬
【奈良県】宇陀市 又兵衛桜(本郷の瀧桜)     4月上旬~中旬
【鳥取県】鳥取市 弓河内の大枝垂桜       4月上旬
【鳥取県】鳥取市 長瀬の大枝垂桜         4月上旬
【島根県】浜田市 三隅大平桜            3月下旬~4月上旬
【島根県】益田市 金谷城山桜            3月下旬~4月上旬
【島根県】江津市 山本家の白枝垂桜       3月下旬~4月上旬
【岡山県】真庭市 醍醐桜               4月上旬~中旬
【高知県仁淀川町 ひょうたん桜          3月下旬~4月上旬
【佐賀県】伊万里市 明星桜             3月下旬~4月上旬
【熊本県】南阿蘇村 一心行の大桜        3月下旬~4月上旬
日本の五大桜の場所をマークしました。黄色のマークは三大桜です。

より大きな地図で 一本桜 三大桜と五大桜 を表示
千葉県の有名な一本桜
  吉高の大桜      印西市吉高930        ヤマザクラ/山桜
  与市郎桜      市原市 小湊鉄道「里見駅」近く ヤマザクラ/山桜
  黄門桜        匝瑳市飯高2088-4       ヤマザクラ/山桜
  墨染桜        東金市山田325       ウバヒガン/姥彼岸
  願成就寺の枝垂れ桜  東金市松之郷480-1
  本松寺の枝垂れ桜   東金市松之郷1258-1
  清龍院の枝垂れ桜   流山市名都惜1024 
  弘法寺の伏姫桜     市川市真間4丁目9-1
  本土寺の枝垂れ桜   松戸市平賀63
  長光寺の枝垂れ桜   山武市埴谷
  妙宣寺の枝垂れ桜   山武市埴谷
  福星寺の枝垂れ桜   四街道市吉岡898
  東漸寺の枝垂れ桜   松戸市小金359

Google地図で「 印旛吉高のオオサクラ」と書かれた場所は実際の位置とは黄色の線で示す通り143mずれていました。緑のマークが実際の印旛吉高の大桜の位置です。この航空写真からも木の大きさがわかってもらえると思います。
吉高のオオザクラの位置の修正をGoogleに申請していたのですが、2016年4月9日に修正されました。緑色マーク( )の位置に印旛吉高のオオザクラのマークが重なっているので判ってもらえると思います。

より大きな地図で 吉高の大桜 を表示


2013年4月6日追記 タイトル:満開から2日後の吉高の大桜

満開から2~3日で見ごろが過ぎてしまうとのことだったので、どの程度なのかが気になって満開から2日後になる今日(2013年4月6日)の日の出の時間に吉高の大桜に来てみました。これは5時28分に撮ったもので日の出の時刻に近い写真です。南西方向から撮った写真で朝日に対しては逆光方向になります。地面を見ていただいたらわかるように花が散っていますが、まだ花は残っていました。

これが花の状況です。満開時に比べて花弁はさほど散っていませんが花が少し萎んだ感じなのと葉がのびてきていました。やはり満開から2~3日までが見ごろというのは正しいようです。花が少なくても見ごたえのある桜ですが、ピンク色で覆われている吉高の大桜が見れたのは、今年の場合で4月1日~4月6日の6日間とかなり短いことがわかりました。少し長めに見ても10日間なので満開状態を見るのが難しい桜であることがわかりました。
クリックすると拡大

これは6時0分ごろに北方向から撮ったものです。大桜の東側には高い林が広がっているのでまだ日が当たっていません。


こちらは6時11分です。林の中から太陽が見え始めました。これは西南西の方向から撮ったものです。


ワンコの散歩がまだだったので朝日が吉高の大桜にあたるときまでは待って帰るつもりでした。木の先端に朝日が当たったのが6時16分でした。これは北北西方向から撮った写真です。


近づいて先端の部分を撮りました。この時が6時19分でした。


日が当たった部分を400mmのレンズで撮ってみました。今晩から雨が降るようなので、明日は少し景観が変わりそうですが、花は簡単には散らない感じがしたので、雨が止んだ明日の午後には葉は多くなってきますが、それなりの花を見ることは出来ると思います。
クリックすると拡大

朝早く来たおかげで日の出の写真を撮ることが出来ました。満開の時の昼間に比べると人は少ないけれど、正直5時半にこれだけの方が来られているのには驚きました。その中でも大型カメラで写真を撮られる方の比率が多かったのにも驚かされました。6時を過ぎるとワンちゃん連れの方も見学に来られていました。4枚の写真の内、3枚はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大


2013年4月7日追記 タイトル:満開から3日後の吉高の大桜
クリックすると拡大
満開(2013年4月4日)から3日後の今日2013年4月7日(日曜日)の「吉高の大桜」を紹介いたします。すでに紹介した2日後の景観とは大違いで、吉高の大桜は葉桜に変身していました。夜の間の雨と朝からの強風の影響があるとは思いますが、それよりも葉が大きく成長しているのが景観の変化につながっている気がします。
午後からの天気は最高でした。

今日は家から自転車で行ってみました。暖かくなるのを待っていましたが、今年、初めて乗りました気候のせいもあるのですが、自転車専用道路(印旛沼サイクリングロード)が近くを通っていることに気がついたのも、その気になった一つの理由です。


せっかくなので自転車の記念撮影をいたしました。自転車の仕様はこちら→ポチッ


葉ザクラになっても新芽の色がきれいなうえに、木の迫力は変わりがありません。


まだ花は残っていますが新芽が葉が大きくなったために花が目立たなくなったのです。満開から2日間までが見ごろと考えた方がよさそうです。
今後は開花情報を確認して行くことをお薦めします。→開花状況


見学に来られている方も満開の時とは大違いでした。でも、のんびりと出来るので、これもいいかもしれません。


今回は自転車で来たので、そのルートを紹介いたします。往復で35kmの距離ですが、今日は北北東の強風が吹いていたために強風の追い風の時は40km/hでしたが強風の向かい風の時は11km/hになってしまうこともありました。


航空写真の緑のルートが今回の自転車のコースです。青のマークが途中にあった佐倉ふれあい広場のオランダ風車の場所で、緑のマークが吉高の大桜の場所です。

より大きな地図で 吉高の大桜 を表示
佐倉ふるさと広場から吉高の大桜へのルートを紹介いたします。写真の場所が、4月6日からチューリップフェスタが始まった佐倉ふるさと広場です。右の道が印旛沼サイクリングロードです。


北印旛沼と西印旛沼を結ぶ水路(印旛捷水路)に添った印旛沼サンクリングロードです。ここは一度紹介したことがあります。→ポチッ


クリックすると拡大実は上の写真の場所でナウマン象の骨格の化石が発掘されたのです。上の写真にも、この石板が写っていると思います。
ここで発掘(1966年発見)されたナウマン象の骨格の化石は国立科学博物館に収蔵されているほど有名なのです。ナウマン象は65万年(あるいは42万年)前頃にはすでに出現していて約2万年前頃から衰退し約1万5000年前の新生代更新世後期まで生息していたと言われています。


サイクリングロードから離れて水田の中の道を走っていきます。遠くに見えるのは成田スカイアクセス線です。あの高架の下を抜けていきます。


田んぼの中の道を進むと成田スカイアクセス線に近づいてきました。この辺りは舗装されていない道でした。


成田スカイアクセス線の高架の下の道はまだ整備されていませんでした。通れる道を探しながら進みました。


ちょうど成田スカイアクセス線にはスカイライナーが通りました。右の写真は「吉高の大桜」への上り坂の入口です。


最後はこのような道です。この坂を登ると「吉高の大桜」があります。


この切り餅を買うのも目的の一つでした。満開の時に生かき餅を一袋買って家で食べておいしかったのです。その時目に入った古代米の生きり餅が気になっていたのです。古代米の生きり餅は1kgが300円で生かき餅は400gが100円と値段も魅力的でした。製造元は近くの御餅屋さんでした。
  製造 株式会社 丸善
  住所 千葉県印西市将監307
  電話 0476-97-3831
  HP  http://mochi-maruzen.com/index.html


前回買った草餅(5個 300円)も美味しかったので柏餅(5個 350円)も買いました。カメラを入れはリュックが、お土産でいっぱいになってしまいました。



2013年4月8日追記 タイトル:満開から4日後の吉高の大桜
クリックすると拡大
2013年4月8日の吉高の大桜です。今年、吉高の大桜が満開だったのが家のワンコの誕生日でもある2013年4月4日でした。それから4日後の4月8日には、完璧に葉サクラになってしまいました。見ごろ期間が短いのに驚かされました。

今までの写真を並べてみました。4月04日が満開でした。6枚の内3枚は写している角度が違います。写真はクリックすると拡大します。
 3月26日         4月01日         4月04日(満開)
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
 4月06日         4月07日         4月08日
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

前日と同様に自転車で来てみました。車の駐車場からここまで歩いてくる距離が長いので家から自転車で来るのも意外とメリットがあることがわかったからです。人が少ないので桜の木の前に自転車を置いて写真を撮らせてもらいました。
クリックすると拡大

ここに来る前に自転車がパンクしていることが判って、チューブを交換したり予備チューブを買いに行ったりと、来る前はバタバタしましたが、何とか来ることが出来ました。
クリックすると拡大

ほとんど花弁も散っているうえに葉も大きく成長していました。
クリックすると拡大

今回は気になっていカフェでお茶をいただきました。私より先にカフェに来られていた夫婦の方に写真を撮ってもらいました。自転車も一緒のいい記念写真になりました。


お店の名前は「ハーブリース・花」でしょうか。私は紅茶を頼みましたが、焼きたてパンや焼き菓子もあるようです。この次は是非とも食べてみたいと思います。でもお店が開いているのは今の季節だけのようです。お店の人に「お店はいつ開いているのですか」と聞くと「きまっていないのですよ。お客さんが来るときです。」との答えでした。納得の答えでした。

こちらが頼んだ紅茶です。私はレモンにいたしましたがミルクも選択できます。

気楽に休めるCafeでした。
  コーヒー  250円
  紅茶    250円
  ジュース 200円

前日は台風並みの強烈な風でしたが、この日も若干余韻が残っていたので動画を撮りました。これは印旛沼から花見川につながっている場所です。
右方向が印旛沼で左方向に行くと花見川を通って海に行きます。本来は右から左にゆっくりと水が流れるところなのですが、風で水の表面が左から右に逆流している光景です。猛烈な強風の前日の動画はもっと迫力があったと思しますが、何しろ時々、印旛沼の水が風に飛ばされてに私のところまで風に乗って飛んでくるほどの強風だったので撮る余裕がありませんでした。



2013年5月1日追記 タイトル:4月29日の吉高の大桜
クリックすると拡大
吉高の大桜が満開となった4月4日から25日が経ちました。木の様子が気になったので4月25日に吉高の大桜まで来てみました。見ての通り緑の大木となっていました。見学者は私だけで静かな普段の風景に戻っていました。

4月7日と8日に自転車で来てみて、気楽に来れる場所であることが判ったので、天気も良かったので、この日も自転車でサイクリングロードを通って来ました。


葉は立派に成長して緑になっていました。沢山の実もついていました。


吉高の大桜の場所の近くを日暮里と空港第2ビルを36分で結ぶ成田スカイアクセス線が通っているのです。吉高の大桜から1分も歩けば成田スカイアクセス線を見下ろせる場所に出れるのです。ここは成田スカイアクセス線を見下ろせる数少ない場所の一つだと思います。少し待っていると上野からのスカイライナーが通っていきました。(左と中の写真) 成田空港からの羽田空港行きのアクセス特急も通っていきました。(右の写真)
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

本佐倉城のマスコットキャラクター「勝っタネ!くん」 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大2015年11月24日に、地元産の新ソバが11月下旬から食べれる蕎麦屋「みなもと」で新蕎麦をいただきました。蕎麦屋の場所は千葉県印旛郡酒々井町尾上123-25で、その帰り道の近くに本佐倉城があります。そこで本佐倉城に行ってみることにいたしました。千葉県には沢山の城跡が残されていますが、佐倉周辺の城跡の中で大きなものが次の3つです。その中の本佐倉城は上の図のように規模が大きいにも関わらず、一般には知られていないようなので、今回、紹介したいと思い記事にいたしました。本佐倉城に来て写真を撮ったのは下記の3度目です。家内と来たのは今回が初めてでした。家内も、これだけの規模で国の史跡にも関わらず、あまり知られていないのはもったいないとの感想でした。
クリックすると記事を表示クリックすると記事を表示 2013年11月06日 14時ごろ EOS 5D
 2015年09月28日 09時ごろ EOS 5D
 2015年11月24日 13時ごろ G7X

3つの城の場所と年代を紹介いたします。ちなみに江戸時代は1603年~1868年で、戦国時代は1467年~1590年です。つまり本佐倉城は戦国時代の城なのです。しいて言えば、臼井城は鎌倉時代、佐倉城は江戸時代の城なのです。戦国時代(1493~1590年)は、日本の総人口が800~1200万人の世界でした。
 臼井城  1114年ごろ~1604年 490年間 平安時代~安土桃山時代 
 本佐倉城 1479年ごろ~1615年 136年間 戦国時代~安土桃山時代 
 佐倉城  1544年ごろ~1873年 329年間 戦国時代~江戸時代
 蕎麦屋「地蕎麦 みなもと」+ そば畑(約8000㎡)
 酒々井プレミアムアウトレット


印旛沼の水田干拓前の地図に3つ城をプロットしました。昔は本佐倉城の脇に印旛沼があったことがわかります。本佐倉城と臼井城は印旛沼に突き出した半島状の地形に造られました。
   臼井城    佐倉城    本佐倉城


本佐倉城には10台程度の駐車場が用意されていていますが、周辺の道は細く道が判りにくいので、下記の住所をナビに入力することをお勧めします。駐車場の近くまで行けると思います。
徒歩で行く場合は最寄駅の京成本線の大佐倉駅が便利です。大佐倉駅から本佐倉城の入口まで約1㎞です。主格があった城山までは約1.3㎞です。地図をクリックすると広範囲を表示します。
 住所 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉823
   徒歩 大佐倉駅から本佐倉城
   車  京成佐倉駅から本佐倉城
クリックすると拡大

地形がわかりやすい図に名称を追加させてもらいました。
  城名   本佐倉城 もとさくらじょう
  別名   将門山城 根古谷城
  城郭構造 連郭式平山城
  天守   なし
クリックすると拡大  築城主  千葉介 輔胤 ( 千葉 輔胤 )
  築城年  文明年間
  主改修者 千葉氏
  主な城主 千葉氏、小笠原吉次、土井利勝
  廃城年  1615年(元和元年)
  遺構   堀、土塁
  文化財  国の史跡


現在の周辺は水田や畑で囲まれていますが、城があったころは沼および湿地帯で囲まれており堅牢な要塞であったことがうかがえます。この図は右下の方向が北になります。
城域は内郭と外郭に分かれており、内郭は南方に谷が刻まれた半島状の丘陵上に占地し、往時は三方を沼および湿地帯で囲まれた要害でした。一方の外郭は内郭から繋がる丘陵上を自然地形と空堀で分断した広大な地積を持ち、千葉氏の勢力が伸張したのち、家臣団の屋敷地として整備されたと考えられています。現在でも城の土塁や空堀などの遺構が、ほぼ完全な姿で残っており、1998年9月11日に「本佐倉城跡」として国の史跡に指定されました。


城はⅠ郭からⅦ郭で構成されています。Ⅳ郭以外は名前で呼ばれていますが、Ⅳ郭は城ノ内ではなくⅣ郭と呼ばれることが多いようです。内郭であるⅠ郭~Ⅶ郭の外側にも荒山、向根古谷、佐倉根小屋などの3つの外郭群が存在していました。Ⅰ郭の城山以外の郭の性格は確認調査による成果からの推測のため、調査が進むにしたがって性格が変わってくることもありうるそうです。
クリックすると拡大  Ⅰ郭 城山 
  Ⅱ郭 奥ノ山
  Ⅲ郭 倉跡
  Ⅳ郭 城ノ内
  Ⅴ郭 東山馬場
  Ⅵ郭 東光寺ビョウ
  Ⅶ郭 セッテイ山
クリックすると拡大

本佐倉城の航空写真です。水田部分が昔は印旛沼および湿地帯でした。上の地図と比較するとそれぞれの郭の現在の状況が分かってもらえると思います。


本佐倉城の北側の入口である東山虎口あたりを遠くから撮った写真です。本佐倉城(もとさくらじょう)は、千葉県印旛郡酒々井町本佐倉と佐倉市大佐倉にまたがる将門山に築かれた千葉氏後期の本拠地となった城です。文明年間(1469年-1486年)の築城と考えられており、国の史跡に指定されています。城があったころは写真を撮っている位置は印旛沼の上でした。虎口(こぐち)とは中世以降の城郭における出入口のことで、守るために狭い通路になっています。
クリックすると拡大

上と同じ写真で東山虎口あたりを拡大いたしました。本佐倉城の文字が読み取れると思います。
クリックすると拡大

クリックすると拡大城のビューポイントからの景色です。東山虎口の近くです。目の前を京成本線が走っています。城があったころには水田部分が一面、印旛沼だったことを想像願います。天気が良ければ右の写真のように筑波山を見ることが出来ます。
クリックすると拡大

東山虎口に近づきました。右下の方に説明が立てられています。
クリックすると拡大

東山虎口の説明です。東山虎口にはに二重に門が建てられて敵の侵入を守っていました。
クリックすると拡大

東山虎口に向かって登っていきます。
クリックすると拡大

説明の通り道が曲がりくねっていました。蛇行した狭い通路と二つの門と内枡形の長方形の空間によって非常に厳重守られていたことが伝わってきました。
クリックすると拡大

登り詰めると城内の雰囲気になっていました。城の雰囲気を感じてもらうためか、Ⅳ郭と呼ばれているあたりに木製の盾が並べられていました。左側には東山馬場が広がっています。
クリックすると拡大

この上がⅣ郭部分です。Ⅳ郭は城ノ内と呼ばれることもあり、段々状に家臣団屋敷などがある兵站地であったのではないかと思われています。
この写真をGoogle地図に登録してみました。→ポチッ
クリックすると拡大

城の内側から東山虎口を見た景色です。右の高くなっている部分が東山と呼ばれているところです。ここにも説明が立てられていました。
クリックすると拡大

こちらの説明板には、東山虎口の門と、東光寺ビョウと、南奥虎口の説明がが書かれていました。
クリックすると拡大

Ⅳ郭から東山馬場方向を見た景色です。
クリックすると拡大

こちらが東山馬場です。名前の通り馬場考えられています。建物跡は見つかっていないそうです。
クリックすると拡大

東山馬場からさらに下りていくと車で来るルートに出ます。その入口から見た本佐倉城です。
クリックすると拡大

その入口には国史跡「本佐倉城跡」の石碑が立っていました。


石碑は2002年(平成14年)に建てられたものでした。


東山馬場から登っていく方向の写真です。
クリックすると拡大

こちらがⅣ郭虎口です。この奥に昔は門がありました。道には堀底道と名前が付けられていました。
クリックすると拡大

Ⅳ郭虎口の説明板です。
クリックすると拡大

堀底道を登っていき左に曲がると大堀切があります。ここで城山に向かうために左に曲がりました。
クリックすると拡大

左がⅠ郭である城山で右がⅡ郭である奥ノ山です。城山と奥ノ山は木橋がかけられていたと推測されています。
ここお登って向側に下りていくと分かれ道になっていて、それぞれ城山への道と奥ノ山への道になっています。
クリックすると拡大

大堀切の説明板には大堀切を登りきったところに木戸があったことが書かれています。
クリックすると拡大

ここが分かれ道です。右に行くと奥ノ山で、左に行くと城山です。ここも厳重な守りであったことが想像できました。
クリックすると拡大

左に曲がると城山への道が続いていました。右側は空堀です。ここは城山虎口です。
クリックすると拡大

城山への道を登の切ったところらも門があったことが書かれていました。
クリックすると拡大

このあたりに城山の門があったわけです。
クリックすると拡大

城山門跡の説明板です。2006年の発掘調査で門跡が見つかったそうです。門をくぐると主殿がありました。
クリックすると拡大

ここが城山です。右側から登ってきました。
クリックすると拡大

城山には沢山の建物があったことが発掘でわかりました。
クリックすると拡大

初めて本佐倉城に来た家内は興味深く見て回っていました。
クリックすると拡大

発掘により城山(Ⅰ郭)で、下記の遺構が見つかりました。
クリックすると拡大 主殿 11.45m x 15.14m
 遠侍 10.1m x 5.7m
 会所 11.2m x 13.5m
 園池 11m x 8m
 築山 8m x 5m
 建物4棟(台所・倉庫・便所など)
 櫓2棟(平櫓・井楼櫓)
 門2棟
 塀(門連結・土塁上)
 通路
 木橋(城山と奥ノ山を連結)
クリックすると拡大

城山にあった主殿(上)と会所(下)に類似した建物の写真です。
主殿の写真は青森県の根城で復元されたものです。会所の写真は岐阜県の江馬氏館の復元された会所です。このような建物が城山郭に建てられていた想像するだけでロマンを感じます。
500年前の城は城砦としての性格が強く、外から城内の地形が知られないように低い建物で構成されていたと想像されます。当然ですが、主殿の位置を特定されるような天守閣は設けなかったと感じました。



城山から分かれ道まで下りてきて、今度は奥ノ山の方に向かいました。
クリックすると拡大

こちらがⅡ郭の奥ノ山です。
クリックすると拡大

妙見郭とも呼ばれることがあるように発掘で15mx15mの基壇が見つかっており妙見宮の跡と考えられています。
クリックすると拡大

奥ノ山はかなり広いスペースでした。奥ノ山には本佐倉城(根古谷城)に関する,ステンレスの説明版が設置されたてました。本佐倉城は文明年間に千葉氏21代当主の千葉輔胤により築城されて、1590年(天正18年)に姻戚関係にあった小田原の北条氏と共に滅亡するまで、戦国大名千葉氏宗家の本拠地として9代続きました。その後は徳川氏に接収されて軍事上の必要から佐倉藩の藩庁が置かれました。1615年(元和元年)に藩庁の佐倉城への移転と一国一城制により廃城となりました。本佐倉の城下町は酒々井宿に移設されて成田街道の宿場町になったと考えられています。本佐倉城の前の千葉氏の居城は現在の千葉市の中心にあった亥鼻城(千葉城 1126年築城)でした。千葉輔胤が古河公方足利成氏と結んで下総国を平定したことから1455年に亥鼻城から佐倉に本拠地を移し、その後に本佐倉城を築城したようです。史実から少なくとも1479年には完全には完成していなかったようです。
クリックすると拡大本佐倉城で一番驚いたのは1615年に廃城になり、400年間という長い年月があったにも関わらず、ほとんどの広い土地が畑などにされることもなく昔のままに遺構(空堀、土塁)が残されていたことです。これは周辺の印旛沼や湿地帯が江戸時代から始まった干拓事業により右の写真のような広くて便利な水田や畑が身近なところに、あったことが影響している気がします。
クリックすると拡大

本佐倉城の城主は妙見宮で元服しており、千葉氏の守護神とされていたと説明されていました。
クリックすると拡大

Ⅲ郭となる倉跡です。確認調査によって掘立柱建物が広範囲に分布していること分かったことから
その名の通り倉庫群が存在したと考えられています。炭化した米も沢山見つかりました。供膳具や調理具や貯蔵具なども沢山見つかったことから、倉庫だけでなく人の生活するための空間も存在したと考えられています。
クリックすると拡大

倉跡の上にはⅦ郭のセッテイ山がありました。セッテイ山へ登っていく道です。
クリックすると拡大

こちらの竹林には節と節の間に緑と薄い黄色の縞模様が表れる金明竹が沢山あることでも有名であることが散策マップに書かれていました。上のセッテイ山へ登っていく道の写真にも金明竹が写っています。金明竹は真竹の突然変異だそうです。


セッテイ山は、その名から接侍郭、あるいは場所的なイメージから人質郭と考えられています。人質郭と考えられているのは主殿から遠く離れており厳重な虎口の形態や大規模な空堀や郭の形状などからです。確認調査において、建物跡の存在がが分かっており、供膳具や調理具や貯蔵具なども沢山見つかっています。また他の郭ではあまり見られない墓石、茶壺、火箸なども見つかっているそうです。本佐倉城で倉跡だけは畑として利用されていました。
クリックすると拡大

倉跡とセッテイ山の間には高さ10mの空堀があります。堀底道はⅥ郭の東光寺ビョウにつながっています。
クリックすると拡大

倉跡と奥ノ山の間から南に下りていく細い道です。
クリックすると拡大

下りて行ったところに妙見神社(妙見社)がありました。
クリックすると拡大

社には妙見神社と書かれていました。


Ⅵ郭の東光寺ビョウです。本佐倉城で最も広い郭でしたが、その性格に関してはまだ不明だそうです。2つの物見台に守られた空間です。
クリックすると拡大

南奥虎口は東光寺ビョウから城に登っていく玄関口です。発掘調査によって木戸跡や柵列跡や通路跡が見つかっています。現在は見通しが良い場所ですが、当時は木戸や柵などで虎口内部は見えない状態でした。本城には東山虎口、Ⅳ郭虎口、城山虎口、南奥虎口などの虎口がありました。
クリックすると拡大

南奥虎口にも詳しい説明板が設置されていました。
クリックすると拡大

東山虎口の東側が名前の通り東山で険しい自然の尾根がつづいていました。
クリックすると拡大

東山虎口の西側の土手には諏訪神社(諏訪社)がありました。Ⅳ郭と倉跡の間から行くことが出来ます。
クリックすると拡大

諏訪神社の社です。
クリックすると拡大

諏訪神社と書かれていました。


諏訪神社の社の中です。小さな社が祭られていました。
クリックすると拡大

諏訪神社の周りには小さな社や安産祈願の石像が祭られていました。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

ここは立派な史跡にも関わらず訪問者が少ない場所ではありますが、3回来て初めて多人数で来ている人を見かけました。車数台で来られていました。
クリックすると拡大

本佐倉城内に沢山の説明板が建てられていましたが、そこには甲冑姿のキャラクターが描かれていました。本佐倉城のマスコットキャラクター「勝っタネ!くん」です。「勝っタネ!くん」は、本佐倉城跡の第3代城主である千葉勝胤(ちば かつたね) をモデルとして作られそうです。
千葉勝胤は1514年に編さんされた連歌集「雲玉和歌集」の中で、「武に優れ、大和歌にも通じ、地に幸草の種をまいた。」 とうたわれた文武に優れたお殿様でした。その幸草のと千葉氏の継名のの字をかけて誕生したのが、文武両道と勝利の神様「勝っタネ!くん」だそうです。体は 幸草の種で作られていて、 手足は、台地にしっかりと根を張る根っこでできています。
 身長155cm、体重130kg、胴回り300cm
 1471年11月16日(文明3年10月5日)生まれの544歳
クリックすると拡大

クリックすると拡大今回のキャラクターのモデルとなった千葉勝胤は、室町幕府の下総権守で、本佐倉城の城主としては三代目ですが、千葉氏の当主としては二十三代目になります。
 城主     【 当主 】
 初代 千葉輔胤【二十一代】
 二代 千葉孝胤【二十二代】
 三代 千葉勝胤【二十三代】
 四代 千葉昌胤【二十四代】
 五代 千葉利胤【二十五代】
 六代 千葉親胤【二十六代】
 七代 千葉胤富【二十七代】
 八代 千葉良胤【二十八代】
 九代 千葉邦胤【二十九代】

クリヤーな「勝っタネ!くん」を紹介したくて酒々井町のホームページから画像を転用させていただきました。
画像をクリックするとオリジナルを表示します。
クリックするとオリジナルを表示

クリックすると拡大最近、家内が佐倉城のイメージキャラクターである右の写真の「カムロちゃん」のぬいぐるみ(700円)を買ったので、「勝っタネ!くん」のぬいぐるみもほしくなりました。以前に酒々井のアウトレットで「勝っタネ!くん」と思われる着ぐるみを見かけた気がしたので、本佐倉城を見た後に、酒々井のプレミアムアウトレットに行き、以前に見かけたフ-ドコ-ト(Food Court)の中にある酒々井コミュニケーションセンターに行ってみました。やはり記憶は正しく、着ぐるみが来たことがあったとのことでした。でも、残念ながら、ぬいぐるみは作っていないとのことでしたが、写真のしおりを無料でいただきました。
クリックすると拡大

クリックすると拡大家に帰って「勝っタネ!くん」の着ぐるみの写真を探してみました。見つけたので紹介します。写真を撮ったのは2014年7月6日に家内と娘と姪っ子たちとアウトレットに行った時でした。残念ながら今は、着ぐるみがアウトレットに来ることは無いそうです。また、再開してほしいものです。
クリックすると拡大

クリックすると拡大酒々井町には2つのマスコットキャラクターがあります。右がもう一つのマスコットキャラクターである井戸っこ(しすいちゃん)です。町名の由来となった「酒の井伝説」の井戸の妖精です。特技は井戸座りで、見てのとおりのポッチャリ体系で運動は苦手だそうです。でも、徳利の魔法の水(お酒)を飲みすぎると、たまにダンスを踊っちゃうそうです。

イチジクのタルト 貝殻亭 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
初孫のお宮参りを2015年9月26日に長男の住んでいる北海道に娘と家内が行くのでお土産として焼き菓子を持って行くことにいたしました。
買ったお店は以前に紹介したことのある貝殻亭のソレイユです。→ポッチ
我家用にはケーキを買いました。家内はイチジクが好きでこの時の旬でもあるので選んだのが写真の「イチジクのタルト」でした。お宮参り神社は創祀が1803年の千歳神社でした。右の記念写真は娘が撮ったものです。

別の角度からの写真も紹介いたします。美しいケーキでした。
クリックすると拡大

イチジクのケーキであることをわかってもらうために拡大写真も掲載いたしました。
クリックすると拡大

紅茶とのツーショットの写真も紹介します。
クリックすると拡大

私が選んだのがピティヴィエ(Pithiviers)です。ピティヴィエは、フランスのオルレアネ地方の小さな町ピティヴィエ発祥の、アーモンドクリームの入った花びらの形のパイです。名前は、その発祥の地の町の名前が付けられているのです。
クリックすると拡大

こちらも拡大いたしました。
クリックすると拡大

やはり紅茶をいただきました。
クリックすると拡大

たっぷりアーモンドクリームが入っていました。イチジクのケーキの味見もしたかったので少しづつ交換いたしました。
クリックすると拡大

気になる小さな焼き菓子があったので買ってみました。家内は名前を知っていて食べたこともあると言っていましたが私は初めてでした。名前は「ミニカヌレ」です。バニラ味ですした。
クリックすると拡大

こちらは砥部焼でいただきました。紅茶の器も砥部焼です。
クリックすると拡大

クリックすると昔の写真を表示中はしっとりとした美味しい食感でした。
家内と娘は千歳と登別温泉に泊まって北海道旅行に行った来ました。洞爺湖辺りは長男家族に案内してもらい登別温泉まで送ってもらったそうです。おかげでいい記念写真が撮れたそうです。娘と長男家族です。この写真では判らないと思いますが赤ちゃんは長男が抱っこしています。写真撮影は家内です。
クリックすると拡大

下記の航空写真の青色マーク( )が焼き菓子店ソレイユです。
赤いマーク( )が貝殻亭のレストランの入口です。
 店名 ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ / Le Jardin du Soleil
 住所 千葉県八千代市勝田台北2-4-2
 電話 047-484-1717
 営業 10:00~18:00
 定休 火曜日 火曜日が祝日の場合は別の日を設定
 URL http://www.gpi-group.co.jp/soleil/
クリックするとGoogle地図を表示

ル・パティシエ ヨコヤマのケーキ [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大兵庫県西宮市夙川で開店前に行列が出来て30分で売り切れるクッキーのお店を紹介したので、今度は私が住んでいる千葉県で、開店前に行列が出来て右の岩シューと呼ばれるシュークリームがすぐに売り切れるお店を紹介いたします。我々がお店に行ったのは12時を過ぎていたので、もちろん岩シューは売れ切れていました。
  店名 ル・パティシエ ヨコヤマ 京成大久保店
      Le Pathissier Yokoyama
      Le Pâtissier Yokoyama ( LE PÂTISSIER Yokoyama )
  住所 千葉県習志野市大久保1-1-34
  最寄 京成大久保駅から徒歩5分
  電話 047-403-8886
  定休 火曜日
  営業 10:00~19:30 ※水曜日のみ 10:00~18:00
  担当 横山知之(オーナーパティシエ)
  URL http://www.p-yokoyama.jp/cake/index.html

建物にはLE PATHISSIER YokoyamaではなくLE PÂTISSIER Yokoyamaと書かれています。Le Pâtissier Yokoyama はフランス語で、翻訳すると菓子店ヨコヤマとなります。こちらのお店のオーナーパティシエ横山知之さんは、ホテルニューオータニ幕張のシェフパティシエ時代に、沢山の洋菓子のコンクールで優勝しました。特にテレビチャンピオンケーキ選手権で、三連覇を達成したことが有名です。ちなみに、三連覇達成した2000年は我が家のワンコのムサシが生まれた年です。
クリックすると拡大 1994年 東日本洋菓子コンクール マジパン部門金賞
 1995年 マンダリンナポレオンコンクール日本大会 優勝
 1996年 マンダリンナポレオンコンクール世界大会 準優勝
 1996年 ルクサルドグランプレミーオコンクール 優勝
 1998年 ジャパンケーキグランプリ’98 優勝
 1998年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝
 1999年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝
 2000年 テレビチャンピオンケーキ職人選手権 優勝 三連覇達成
 2001年 千葉県習志野市谷津に「ル・パティシエ ヨコヤマ」オープン
 2005年 大久保店オープン  ル・パティシエ ヨコヤマ 2号店
クリックすると拡大

こちらの苺のタルトを3つ買いました。この苺のタルトは苺の美味しい季節のみ限定されたケーキです。果物の美味しさに、こだわっていることが伝わってきました。今は、まさにイチゴが旬の美味しい季節(12月~4月)です。子供が学校帰りに、こちらのお店のケーキを買ってきてくれたことは何度かありましたが、自分たちで買ったのは初めてでした。
クリックすると拡大

こちらがイチゴのタルトの断面です。カスタードクリームの美味しさが、際立ったケーキでした。人気のシュークリーム「岩シュー」も、このカスタードクリームだと思います。カスタードクリームの美味しさを見直してみる必要がありそうです。昔、母が、よく作ってくれたシュークリームが美味しかったことを思い出しました。
ロゴのマークにニワトリの絵が使われていたり、スポンジには地鶏卵が使われるなど、玉子へのこだわりも感じました。
クリックすると拡大

いつも通り紅茶をいただきました。
クリックすると拡大

ただし、今回の紅茶を入れたティーカップは、以前紹介した佐倉マナーハウスで前日に買ったイギリスのヴィンテージ物です。アンティーク物が100年を越えるの対して、ヴィンテージ物は数十年程度前のものをさします。
クリックすると拡大

こちらのティーカップも一緒に佐倉マナーハウスで買ったものです。一品づつヴィンテージ物を増やしていくつもりです。もう少し、そろったら紹介したいと思います。
クリックすると拡大

ル・パティシエ ヨコヤマの動画がネットに掲載されていたので転用させていただきました。大久保店が出来て3年目の動画なので、今から7年前に掲載されたものと思われます。

貝殻亭の焼き菓子 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大前記事で紹介したように2014年12月7日に10人で食事をしたフランス料理の貝殻亭のガーデン内には貝殻亭経営の洋菓子店ソレイユがあります。上の写真の建物が洋菓子店ソレイユです。2階がカフェになっています。食事会の後に焼き菓子店ソレイユでクッキーやフィナンシェを買いました。食事をする貝殻亭を知ってておきたかったので料理の予約のために11月20日に貝殻亭に行った時には、ケーキも買ったので焼き菓子店ソレイユを紹介いたします。

下記の航空写真の青色マークが焼き菓子店ソレイユです。店名のLe Jardin du Soleil は「太陽の庭園」という意味のようです。
つまりSoleil = 太陽で、Le Jardin = 庭園です。
 店名 ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ / Le Jardin du Soleil
 住所 千葉県八千代市勝田台北2-4-2
 電話 047-484-1717
 営業 10:00~18:00
 定休 火曜日 火曜日が祝日の場合は別の日を設定
 URL http://www.gpi-group.co.jp/soleil/
クリックするとGoogle地図を表示

焼き菓子店ソレイユの店内の写真を撮らせていただきました。季節がら、クリスマスバージョンのものも、いくつか並んでいました。
クリックすると拡大

ケーキの写真も撮らせていただきました。クリックすると拡大写真を表示するのでケーキの価格が判ると思いますが、ショートケーキで300円~550円の範囲で平均的には450円というところです。写真を見ていて食べたくなったのが生クリームたっぷりのソレイユロール(850円)でした。私がケーキを買った時もバースデーケーキの予約に来られている人がおられました。チラリと写真を見ると洒落たバースデーケーキでした。
拡大写真からケーキの名前を下段の右から読むと「ソレイユロール」、「ショコラ・フランボワーズ」、「エクアトゥール」、「モンブラン」、「苺のショートケーキ」、「マルショレーヌ」、「苺のタルト」、「タルトタタン」、「かぼちゃのタルト」、「フレジエ」、「ヴェルジェ」、「フロマージュ」です。上段を右から読むと「なめらか牛乳プリン」、「ソレイユロール」、「生チョコロール」、「ロールデコレーション」、「フレジエ(プチデコ)」、「エクアトゥール(プチデコ)」、「タルト フレーズ 4号」、「純正デコレーション 5号」、「純正デコレーション 4号」でした。
クリックすると拡大

ケーキの箱を入れてもらえた袋です。表に貝殻亭が1930年創業であることが書かれていました。クリックすると文字が読みやすいと思います。
クリックすると拡大

この時に買ったのはカボチャのタルト(左 480円)とモンブラン(右 450円)でした。
クリックすると拡大

私はモンブランを紅茶でいただきました。
クリックすると拡大

これがモンブランの断面です。さくさくのメレンゲとフランス産のマロンクリーム、コクのある生クリームで作られていました。甘酸っぱいカシスのジュレが印象的でした。甘さひかえめの人気商品だそうです。フォークで切ったので少しきたなくなってしまいました。次からはナイフで切ることにいたします。
クリックすると拡大カシス(右の写真)はユキノシタ目スグリ科スグリ属に分類される日本語名クロスグリ(黒酸塊) の実です。カシス(Cassis)はフランス語ですがカシスの呼び名の方が知られている気がします。カシスの世界最大の産地はポーランドで世界全体の収穫量の約50%を占めており、日本国内では青森県が90%を占めています。
クリックすると拡大

かぼちゃのタルトの中にもたっぷりと生クリームが入っていました。かぼちゃは北海道産だそうです。ぶ厚いタルトのサクサク感と滑らかなクリームが印象的でした。
クリックすると拡大

左側が料理の予約のために11月20日に訪れた時に買ったケーキのレシートです。右側が12月7日の食事会の時にフィナンシャなどをお土産として買ったレシートです。


こちらが2014年12月7日に買った焼き菓子です。フィナンシャが3種にクッキーが3種と焼きドーナツが1種の計7種類を買いました。
クリックすると拡大

こちらがクッキーです。ディアマンバニラとディアマンフレーズとサブレショコラです。
クリックすると拡大

こちらはフィナンシャバニラとフィナンシャコヒーとフィナンシャ抹茶と焼きドーナツです。
クリックすると拡大

これはディアマンバニラです。皿は貝殻亭で沢山使われていた砥部焼を使いました。
クリックすると拡大

これはサブレショコラです。皿は砥部焼を使いました。
クリックすると拡大

これが焼きドーナッツです。焼きドーナッツはフィナンシャのドーナツと思っていただいたらよいと思います。こちらの皿も砥部焼です。
クリックすると拡大

こちらがフィナンシャ抹茶です。こちらも砥部焼の皿に乗せさせていただきました。
クリックすると拡大

親しい仲間とフランス料理をいただきました。 貝殻亭 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
私が会社に入社したのは神戸の事業所でした。その神戸時代の仲間と奥さんで2014年12月7日(日曜日)にフランス料理(仏蘭西料理)をいただきました。神戸からの流れ者軍団での食事会が、やっと実現しので報告いたします。写真は肉料理のスプリングラムのローストです。

仲間の内訳は1年先輩が1名、同期が1名、1年後の入社が2名で私を含めて5名です。 クリックすると拡大その奥さんを入れて右の記念写真の10名で食事をいただきました。この仲間は数百人単位で組織ごと、神戸から大阪へ、さらに大阪から東京に転勤になった親しい仲間で、今までは結婚や家を購入した時に、それぞれの家に集まって食事をいたしました。関西から関東に引っ越してきたときは全員が同じ社宅に入った関係でもありました。今回は皆で初めての外食となることから、それぞれの家に近い場所として千葉県八千代市の勝田台駅に近いレストランでランチを食べることにいたしました。東葉高速沿いが2組、京成電鉄沿いが3組のため、勝田台がベストポジションなのです。
クリックすると拡大そして勝田台と言えは貝殻亭です。貝殻亭は、ちょっと有名なフランス料理のレストランです。屋根一面を覆う「ナニワイバラ」は毎年春に純白の可憐な花をつけ、地域の観光名所になっているそうです。右の屋根一面にバラの咲いている写真はネットから転用させていただきました。右の写真でも屋根の天辺の風見鶏が確認できると思います。
クリックすると拡大

レストランの屋根の上には立派な風見鶏がありました。
クリックすると拡大

こちらは海をイメージしたレストランで、有名人がお忍びで食事をされることもあると聞いたことがありました。
クリックすると拡大

ジャン・コクトー( Jean Cocteau, Cannes V )の有名な詩 Mon oreille est un coquillage Qui aime le bruit de la mer (私の耳は 貝の殻 海の響を懐かしむ)が刻まれたスクリューのモニュメントが印象的でした。お店に入る前から、雰囲気を大切にするレストランであることが伝わってきました。
クリックすると拡大

レストランの中にはそれぞれに雰囲気の違う大きな部屋がいくつかありますが、こちらが我々が食事をした部屋の写真です。こちらの部屋は帆船のキャビンを再現したそうです。建物自体は築300年以上の古民家を移築して作ったそうです。
クリックすると拡大

下の2枚の小さな写真はネットから拝借した別の部屋です。左の写真には名物の磨き抜かれた全長9メートルの一枚板のテーブルが写っています。築300年以上の古民家の雰囲気も伝わってくると思います。
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらが我々が食事をしたテーブルです。お店の人に写真を撮っていただきました。
クリックすると拡大 名前 貝殻亭
 住所 千葉県八千代市勝田台北2-4-1
 電話 047-484-0711
 営業 11:30~15:00 17:30~22:00
 定休 火曜日
 創業 1980年
 最寄 勝田台駅 徒歩5分
 URL http://www.gpi-group.co.jp/kaigaratei/top/
 備考 ワイン持ち込みOK(1本 1500円)
クリックすると拡大

料理は事前に皆さんの希望を聞いて< メゾンコース > と < 貝殻亭フルコース >を頼みました。
貝殻亭フルコースはメインは魚料理と肉料理があり肉料理は3種類から選択することになり価格は税込みで4900円、5400円、5700円となります。メゾンコースはメインは1つで魚料理が2種類、肉料理が2種類の計4種類の中から一つ選びます。価格は3900円と4400円となります。ネットから拝借した右下の写真のように結婚披露宴でも利用できるため、出席者に美味しい料理が喜ばれるかもしれません。
クリックすると拡大 < メゾンコース > メイン料理の選択
    3900円 本日の鮮魚料理
    4400円 貝殻亭名物ブイヤベース
    3900円 本日のお肉料理
    4400円 和牛ホホ肉の赤ワイン煮込み
 < 貝殻亭フルコース > メイン肉料理の選択
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大    4900円 和牛ホホ肉の赤ワイン煮込み
    5400円 スプリングラムのロースト
    5700円 和牛イチボのステーキ
ディナーだと4900円か7900円か10900円のコースになるのでランチはディナーに比べるとお手軽です。
クリックすると拡大

最初はシャンパーニュを頼みました。久しぶりの食事会 乾杯~~ィ
クリックすると拡大

クリックすると拡大10人で4種類のコースとなりました。私の選んだ料理は貝殻亭フルコースで、肉料理はスプリングラムのローストを選択いたしました。出てきた順番は次の通りでした。
 ① アミューズ-1
 ② アミューズ-2
 ③ オードブル イベリコ豚のスペアリブ
 ④ 季節野菜のクリームスープ
 ⑤ 魚料理メイン 貝殻亭名物ブイヤベース
 ⑥ 肉料理メイン スプリングラムのロースト
 ⑦ デザート
 ⑧ コーヒー
 ⑨ チョコレート
 ⑩ コーヒー 追加
最初の①アミューズ-1は玉子型の陶器の器に入った玉子料理でした。
クリックすると拡大

中身はこちらです。具の入ったスクランブルエッグ料理でした。
クリックすると拡大

2番目に出てきた②アミューズ-2です。炙った刺身をソースで食べました。
クリックすると拡大

やっぱりワインを頼みたくなります。フルボディーに近いミディアムボディーの赤ワインを最初に頼みました。一般的には料理が進んでいくにつれてライトボディー→ミディアムボディー→フルボディーと重りのあるものを選んでいくとワイン通の人に教えていただいたことがあります。
クリックすると拡大

これは貝殻亭オリジナルのワインだそうです。ワインは5500円から数万円までそろっていました。1本1500円かかりますが、ワインの持ち込みもOKなので、いいワインがあれば持参するのもいいかもしれません。
クリックすると拡大

次に③オードブルとして出てきたのはイベリコ豚のスペアリブです。これだけでもメインになりそうです。粒のマスタードが2種類使われていました。
クリックすると拡大

拡大いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。
クリックすると拡大

この時点で2本目のワインを頼みました。
クリックすると拡大

今度はフルボディーの赤ワインです。結局、さらに同じワインを頼んで計3本の赤ワインを飲みました。
クリックすると拡大

こちらが④季節野菜のクリームスープです。見ての通りクリーミーなスープでした。
クリックすると拡大

こちらが⑤魚料理の貝殻亭名物ブイヤベースです。香ばしくローストした白身魚とホタテ貝柱にアサリとハマグリとムール貝が入っていました。
クリックすると拡大

こちらも拡大いたしました。
クリックすると拡大

こちらが⑥肉料理のスプリング・ラム肉のローストです。野菜がきれいに並べられているのが印象的でした。
クリックすると拡大

肉の部分を拡大いたしました。
クリックすると拡大

別の人が選択した⑥和牛ホホ肉の赤ワイン煮込みです。これ以外に和牛イチボのポワレもありました。
クリックすると拡大

肉の部分を拡大いたしました。
クリックすると拡大

最後は⑦デザートです。クリスマス季節のためかイチゴはサンタクロースをイメージしたものでした。
クリックすると拡大

デザートは⑧コーヒーでいただきました。
クリックすると拡大

⑨チョコレートもついていました。
クリックすると拡大

12時に食事を初めて終わったのが15時25分でした。話が弾んで⑩コーヒーを追加いたしました。3時間25分の食事と会話を楽しませていただきました。
コーヒーの器は砥部焼です。実は敷地内にある山椒房で砥部焼を販売しているのです。今までに食べたフランス料理の記事はことらです。→ポチッ
クリックすると拡大

貝殻亭は広い敷地内に下の4つの施設とガーデンとカフェで構成されています。ソレーユで右下の写真のようにクッキー3種とフィナンシェ3種と焼きドーナツ1種をお土産に買って帰りました。最終的にお店を離れたのは15時42分でした。
クリックすると拡大クリックすると拡大   貝殻亭  フランス料理店
   ソレイユ  焼き菓子店
   山椒房  砥部焼販売店
   清祥庵  グリルレストラン
クリックするとGoogle地図を表示

場所を地図で紹介します。京成勝田台駅と東葉勝田台駅北口からの道順を青色ラインで示しています。クリックするとGoogle地図(航空写真)を表示します。
クリックするとGoogle地図を表示

佐倉にも英国にトリップ出来る場所がありました。 佐倉マナーハウス [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
先日の日曜日(2014年6月1日)に、パピパパさんのマナーハウスにCafeがオープンというタイトルの記事で、今回紹介するアンティーク店を知りました。記事を見たのが8時56分でした。素敵な雰囲気のお店で、且つ我が家の近くにあることを知って10時30分ごろに家を出て、アンティーク店に到着したのは10時45分ごろでした。そのお店は、この坂を登った丘の上に建っていました。一旦は車でお店のところまで登ったのですが、駐車スペースが少なかったことから降りてきて、この場所(本来の駐車場)に車を置いて歩いて登りました。

登って行く坂道の途中から煉瓦造りの建物が見えてきました。アンティーク店の名前は佐倉Mamor House(佐倉マナーハウス)です。聞きなれない言葉のマナーハウスとは、下で説明している通り、荘園領主の邸宅を意味しています。
クリックすると拡大

お店の人に伺うと、こちらの雑木林をオーナー(タスマンインターナショナル)が購入し、イギリスの邸宅をイメージしてお店の建物を建て、2011年5月にオープンしたそうです。つまりタスマンインターナショナルのショールーム兼ショップが今回紹介の「佐倉Mamor House」です。使われている煉瓦も約150年前のアンティークのものをイギリスから運んできたそうです。
クリックすると拡大

少し奥側から撮ってみ乃した。驚いたことに雑木林に生えていた木は一本も切らなかったそうです。建物の左側の温室のようなところが新しく出来たCafeです。
クリックすると拡大

周辺の住宅地とは別の世界のような空間を作り出したいました。残された木々とレンガ造りの建物がイギリスにトリップさせてくれます。今のイギリスの南側3分の2にあたる中世のイングランド王国におけるManor House (マナーハウス)の意味をネットで調べてみると、中世におけるイングランドは王族(広さ20%)と貴族(広さ計80%)に分割されて管理されており、農村の最小単位が荘園(Manor)で沢山の農民が暮らしていました。その荘園の領主(貴族)の邸宅がMamor House(マナーハウス)と呼ばれたそうです。つまり貴族の領地の小さな城のような存在と言えるのかもしれません。
クリックすると拡大

煉瓦造り建物の脇に全体がガラス張りのコンサバトリーのカフェがありました。このコンサバトリーのCafetは今年(2014年)5月にオープンしたそうです。(HP 2014年5月12日新着記載)
つまり、マナーハウスがオープンて、丁度3年目にカフェがオープンしたことになり、そして私が訪れたのは、カフェがオープンして1ケ月目ということになります。
コンサバトリーとは18世紀頃に植物を冬の寒さから守るために英国で発達した温室で、やがて生活空間の中に取り入れられるようになったものだそうです。
室内およびコンサバトリー内にはペットは入れませんが外のテラスにもテーブルがあり、ここならペットはOKだそうです。
クリックすると拡大

コンサバトリーの内部です。この種のコンサバトリーCafeとしては日本で一番広いだろうとのことでした。中に入って広さを実感いたしました。生えていた木も、切らないで空間の雰囲気を盛り上げていました。側面が二重ガラスで天井の部分は、なんと三重ガラスで作られているそうです。
クリックすると拡大

座った席からのCafe内の景色です。使われている椅子や机も売り物で、値札が付けられていました。
クリックすると拡大

コンサバトリーCafeの床材も約150年前の教会の物だそうです。


メニューは4種類でだけです。さっそく紅茶をお願いしました。やはり紅茶がお薦めだそうです。


クリックすると拡大さっそく紅茶が出されました。使われているティーカップとポットはイギリスのBurleigh (バーレイ社)でオーナーの会社がイギリスから輸入しているものだそうです。
Burleighはストーク・オン・トレント(Stoke on Trent)にある150年の歴史をもつ老舗陶器メーカーで「世界で最も古くから稼働する、ヴィクトリア朝期創業の陶器会社」とも書かれていました。右の写真をクリックすると裏面全体を表示します。
クリックすると拡大赤い模様のポットは裏の印字からCALICOシリーズであることが判りました。アンティークではありませんが、お店の中でも同じものが売られていました。
紅茶はイギリスの物ではなくフランス紅茶で、パリで開催された「TEA EXPO」において、2年連続で金賞に輝やいたJanatブランドの紅茶だそうです。ジャンナッツ紅茶の茶葉はスリランカで栽培されたもので、出された紅茶はフルーティーな味わいのものでした。紅茶にはクッキーがついていました。
クリックすると拡大

どのような場所に建っているのかを紹介するためにGoogleの航空写真を掲載いたします。住宅地の中の丘の上に建っていることが判ってもらえると思います。クリックするとオリジナルのGoogle航空写真を表示します。
クリックすると拡大

お店の方の許可を得て店内も撮らせていただきましたので紹介いたします。入口近くから奥を見た景色です。1階は4つの部屋で構成されていました。
クリックすると拡大

一番奥の部屋にはティーカップを中心とした器が並べられていました。
クリックすると拡大

アンティーク物はいろんな定義がありますが、少なくとも100年は経過したものです。ティーカップはアンティークの1歩手前となるヴィンテージ(数十年)物が沢山並べられていました。そのため比較的お手頃な価格でした。
クリックすると拡大

2階にも展示室があります。2階に上がる階段です。
クリックすると拡大

こちらが2階です。2階はテーブルや椅子などの大物が並べられていました。こちらのお店には遠くから来られる方が多いと紅茶を出されるときに話をされていました。この時も山梨ナンバーの方が椅子を4脚、買われて持ち帰っておられました。
クリックすると拡大

昔のキッチンのレンジもありました。
クリックすると拡大

最後になりますが建物の入口も紹介いたします。この玄関ドアや周りの物もイギリスから持ち込まれたものと推察いたしました。じっくりと見ると味のあるものばかりでした。
クリックすると拡大

こちらの小屋もイギリスから持ってきたものでしょうか。
クリックすると拡大

佐倉Mamor Houseの説明書があったので頂いてきました。佐倉Mamor Houseを紹介いたします。
  名前 佐倉Mamor House (佐倉マナーハウス)
  住所 千葉県佐倉市上志津1329 (カーナビ設定は1334)
  電話 043-312-2272
  営業 10:00~18:00  Cafeは10:00~16:00
  定休 臨時休業があるので電話確認をお薦めします。
  HP  http://tasman-inter.net/?mode=f3
  取扱 アンティーク雑貨 ヴィンテージ食器 バーレイ社食器 など 
クリックすると拡大

佐倉マナーハウスで買ったティーカップを紹介します。イギリスのヴィンテージ物です。アンティーク物が100年を越えるの対して、ヴィンテージ物は数十年程度前のものをさします。
クリックすると拡大

もう一つ買ったヴィンテージ物です。一品づつヴィンテージ物を増やしていくつもりです。もう少し、そろったら紹介したいと思います。
クリックすると拡大

お店の場所をGoogle地図で紹介します。緑色マークがお店の場所です。赤色ラインが京成・ユーカリが丘駅からのルートです。青色ラインが最寄駅の京成・志津駅からのルートです。距離は1.49kmです。西志津中学校の辺りからメイン道路から離れて道が細くなり判りにくくなると思います。地図内ののマークはお薦めのランチのお店です。マークをクリックすると詳細を表示します。のお店は17時からなのでランチはやっていません。

より大きな地図で 佐倉Manor House を表示
佐倉マナーハウスから北西方向に直線距離で230mの場所の西福寺に梵天塚(ボンデン塚)があり、今でも伝統行事が続けられていることを示す珍しい「梵天飾り」が飾られていました。イギリスの邸宅と日本の古来の風習を見ることが出来る不思議な場所でした。梵天飾りは青竹の先に飾りを付けたものですが、今までに紹介した近隣の下高野の梵天飾り上高野の梵天飾りとは少し違う形式でした。梵天塚は出羽三山参り(奥州参り)を行った記念碑を建てられている塚です。こちらも近いうちに記事にしたいと思います。
クリックすると拡大
パピパパさんの佐倉マナーハウスの記事を紹介します。→ 記事1 記事2 記事3

産み立て卵の洋菓子店 洋菓子HASEGAWA [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2014年3月29日追伸 サブタイトル:もうすぐ開店一年目
クリックすると拡大
昨日(2014年3月28日)、久しぶりに産み立て卵の洋菓子店に行ってきました。
自分の記事を読み返してみると、洋菓子HASEGAWAさんがオープンしたのは、2013年4月18日(木)10時でした。つまり、もうすぐ一年になります。家内は友達と一緒に何度か来ていますが、私がこちらに食べに来たのは、今回で3回目となります。そこで3回目(2014年3月28日)と2回目(2013年9月23日)に食べたスイーツを紹介したいと思います。

先ずは今回のスイーツですが、頼んだのは1回目と同じく、シフォンケーキでした。ただし、前回がオレンジ味に対して今回はコーヒー味のシフォンケーキをたのみました。今回は生クリームとイチゴが添えられていました。自然な味わいなのがHASEGAWAさんを気に入っているところです。
シフォンケーキは下の写真のように、ストレート紅茶と一緒にいただきました。お店のお外ではコロちゃん(17歳の雄犬)が気持ちよさそうに日向ぼっこをしていました。
クリックすると拡大

家内が頼んだのは、ブルーベリーチーズケーキでした。イチゴとラズベリーがトッピングされていました。そして一緒に頼んだ飲み物はホット・メープルミルクティーでした。偶然ですが私が初めて来たときに家内が頼んだのもニューヨークチーズケーキでした。その時はニューヨークチーズケーキの名前の由来が判りませんでしたが、Sweet of Oregonのチーズケーキを食べる機会があって、焼いたベイクド・チーズケーキであることを初めて知りました。
クリックすると拡大

お土産は、こちらの2種類のマフィンです。若い店長さんからは「今日からヨーグルト」入りにしたと言われていました。それまでは豆乳入りだったそうです。バナナマフィンとベリーマフィンです。べりーマフィンにはブルーベリーとラズベリーが入れられているようでした。
クリックすると拡大

こちらのメニューにあるように、産み立て卵の、ごはん物も充実してきていることを知って、近いうちにランチを食べに来ることにいたしました。使われている天日干しのお米は「下高野の辻切り」で紹介した地元の方が作られたものでした。実はお米を作られた方は2012年に藁の大蛇(辻切り)を作る行事に参加させていただいた時に知り合いになった方なのです。さらに今週に庚申塔を探しに下高野を散策しているときに、偶然にも畑作業をされているところでお会いして長谷川養鶏園さんと洋菓子店さんの話題が出たばかりだったのです。



2回目(2013年9月23日)にいただいたスイーツを紹介いたします。実は初めて来たときも評判の卵が使われたプリンを食べたかったのですが、その時は売り切れで食べられなかったのでした。これが2回目で食べることが出来たプリンです。クリーミーなタイプのプリンでした。名前は「はせたまプリン」です。水だしアイスコーヒーと一緒にいただきました。
クリックすると拡大

家内が注文したのはキェラメルパウンドケーキでした。注文した飲み物はカフェラテでした。
クリックすると拡大

2013年9月23日のメニューです。


もちろんお土産も買って帰りました。3種類のマフィンを1個づつ買いました。これらは豆乳入りだそうです。
クリックすると拡大

こちらはお土産用のクッキーです。左がスノーボールクッキーで、右が、うずまきクッキーです。うずまきクッキーをお土産にいたしました。
クリックすると拡大

こちらもお土産用ケーキです。右が店内で食べたキャラメルシナモンパウンドで、左がクルミとチョコが入ったブラウニーです。このブラウニーをお土産に買いました。
クリックすると拡大

家に帰って食後のデザートでいただきました。順番に紹介すると、
  左上 青森県産フレッシュプラム・バニラシュガーのマフィン
  右上 レモンとホワイトチョコのマフィン
  左下 バナナとM&M'sチョコのマフィン
  右下 クルミとチョコが入ったブラウニー             です。
写真はクリックすると拡大いたします。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大


2013年5月4日掲載 タイトル:産み立て卵の洋菓子店
クリックすると拡大
家内の知り合いの人が務めていた学校の生徒さんが実家で、小さな洋菓子店を始められたということで、その知り合いの方と家内が先週の土曜日(2013年4月27日)に行ってきました。その実家は養鶏場だとのとこで、もしかしたらと思い、今年の2月の記事「地たまごプリンとチェア 佐倉市立美術館」の中で紹介した長谷川養鶏園さんではないかと聞くと、予想が的中で小さな洋菓子店をやっている若い店長さんの実家は長谷川養鶏園さんでした。
クリックするとオリジナルの写真その時はカフェラテを飲んで卵とお土産のケーキーを買って帰ったそうです。私も養鶏園の洋菓子店を見てみたくなって2013年5月4日に私と家内の二人で、お店にお邪魔しました。残念ながら養鶏園の産み立て卵の黄身を使った右の写真のプリンは売れきれでした。そこで私が頼んだのが上の写真のオレンジのシフォンケーキでした。
右のプリンの写真をクリックすると、お店のFacebookのオリジナルの写真を表示します。

スポンジを見てもらいたくてシフォンケーキを拡大いたしました。シフォンケーキの種類が充実していました。写真をクリックするとさらに拡大します。
クリックすると拡大

アールグレイティーと一緒にいただきました。養鶏園でスイーツが食べれたり買えたりするのはいいですね。


こちらが家内が頼んでN.Yチーズケーキです。イチゴとブルーベリーとラズベリーがトッピングされていました。
クリックすると拡大

こちらが店内のテラスです。壁が黒板になっていて、そこにメニューが書かれていました。写真をクリックすると読めると思いますが、5月4日のメニューを紹介いたします。
 シフォンケーキ5種(バニラ、メープル、オレンジ、甘納豆入り抹茶、完熟バナナ)
 オレンジとバナナのショートケーキ、、N.Yチーズケーキ、はせたまプリン
 フレンチトースト2種、たまごかけご飯、パンケーキ、たまごだけサンド
 ドリンク16種
クリックすると拡大

手元のメニューに「たまごかけご飯のお米は立石さんち」と書かれていました。「下高野の立石さんですか?」と聞くと「そうです。」との答えでした。実は以前に辻切りの風習を紹介させていただいた千葉県八千代市下高野の方だったのです。私の家から歩いて10分くらいところの田んぼのお米でした。ちょっと感激でした。


お店は実家の敷地の建物を改装し2013年4月18日(木)10:00にOPENしたそうです。OPENして17日目でした。
 店名 洋菓子 HASEGAWA
 住所 千葉県佐倉市上志津原173 長谷川養鶏園内
 営業 基本的に金曜、土曜、日曜、(祝日)の9:00~17:00
     正確な営業日は、お店のFacebookで確認願います。
     ちなみに2013年7月の営業日は     
5 6 7 12 13 14 15 19 20 21  26 27 28日 だそうです。
 備考 毎週月曜はOnce Upon A Timeに卵販売に行かれているそうです。


こちらが販売ケースです。5種類のシフォンケーキが並んでいました。シフォンケーキがお得意のようです。お店の説明でも「産みたてたまごで作るシフォンケーキ。 そのときの美味しいものをお菓子にします。。」とネットで書かれていました。


地元の佐倉産の小麦粉を使ったクッキーがあったので買ってきました。
クリックすると拡大

先週、家内が買ってきたお土産のオレンジとバニラのシフォンケーキ2種です。こちらは紅茶でいただきました。
クリックすると拡大

クリックするとオリジナルの写真こちらも先週、長谷川養鶏園さんで買ってきた卵です。
この卵は佐倉市立美術館のCafe Buona Giornataの人気プリンに使われています。鶏はボリスブラウン種で、長谷川養鶏園さんの卵は千葉県・県知事賞を受賞したことがあるそうです。右の写真が洋菓子HASEGAWAさんのFacebookに掲載されていたニワトリさんです。写真をクリックするとFacebookのオリジナルの写真を表示します。
クリックすると拡大

クリックすると拡大意外と、たまごの表面をじっくりと見たことはないと思うので卵を拡大いたしました。
たまごは10個で300円でした。
写真をクリックするとさらに拡大します。
クリックすると拡大

黄身の張りが特徴なので殻を割った生を紹介いたします。黄身が盛り上がって美味しそうです。
クリックすると拡大

上の写真はクリックすると拡大するのですが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。上の写真よりも、低い角度から撮りましたさらに黄身の盛り上がりがわかってもらえると思います。
クリックすると拡大

やっぱり新鮮な卵は、たまごかけご飯で食べるのが一番ですね。
クリックすると拡大

かきまぜました。海苔やネギを乗せる前の卵かけご飯を紹介いたします。
クリックすると拡大

目玉焼きでもいただきました。つい卵の話になってしまいましたが、洋菓子HASEGAWAは産み立て卵の洋菓子店だったのです。長谷川養鶏園の敷地内で産み立て卵も買うことが出来のです。
クリックすると拡大

前回の記事でも紹介した「ぶらり途中下車の旅」の動画です。娘さん(店長)のお母さんが登場いたします。


動画ではブリンの画像がきれいでないので写真を掲載します。これが長谷川養鶏園さんの卵を使った佐倉市立美術館のCafe Buona Giornataの人気プリンです。
クリックすると拡大

航空写真にユーカリが丘駅からと志津駅からと勝田台駅からのルートを記載いたしました。ユーカリが丘駅からと志津駅からのルートで最後に右折する入口に「たまご売ります。」の幟(のぼり)が立てられています。

より大きな地図で 洋菓子HASEGAWA を表示
参考にキーワードをYahooおよびGoogleに入力して検索した場合の本記事の順位を紹介します。順位が空欄の部分は100位以内に入っていないケースです。なお本結果は掲載して6日目の2013年5月10日時点です。興味のる方は検索を試してみてください。ちなみに着色された数値をクリックすると検索画面を表示します。
*マークは2013年5月11日の時点では100以内に入っているキーワードです。
キーワードYahooGoogle
12順位総数順位総数
生みたて卵  10,700,000 9,080,000
産みたて卵 411,900,00031,840,000
うみたて卵 1,480,000 1,180,000
生み立て卵 18864,0002854,000
産み立て卵 16864,0001854,000
産み立て卵ケーキ2201,0001200,000
産み立て卵プリン2102,0001102,000
産み立て卵洋菓子134,900134,900
産み立て卵洋菓子店115,700115,700
産み立て卵佐倉123,100123,100
産み立て卵千葉3191,0003191,000
産み立て卵シフォンケーキ120,800120,800
洋菓子店7764,0001855,000
佐倉 1,040,000*1,040,000
洋菓子165,100,00025,100,000
シフォンケーキ 1,700,000 1,700,000
洋菓子店佐倉*96,600296,600
洋菓子店9863,0001863,000
洋菓子店千葉 1,010,000 1,230,000
洋菓子店プリン 950,000 949,000
洋菓子佐倉 404,000 310,000
洋菓子224,960,00025,070,000
産みたて卵ケーキ3286,0001286,000
産みたて卵プリン2134,0002134,000
産みたて卵洋菓子145,100145,100
産みたて卵洋菓子店116,800116,800
産みたて卵佐倉128,700128,700
産みたて卵千葉3269,0002269,000
産みたて卵シフォンケーキ119,100119,100
うみたて卵ケーキ*384,000*315,000
うみたて卵プリン*230,000*191,000
うみたて卵洋菓子*83,900*78,200
うみたて卵洋菓子店*25,100*25,100
うみたて卵佐倉*64,500*64,500
うみたて卵千葉*213,000*213,000
うみたて卵シフォンケーキ1454,200254,200
生みたて卵ケーキ*2,900,000*2,910,000
生みたて卵プリン*1,370,000*1,370,000
生みたて卵洋菓子24395,0003395,000
生みたて卵洋菓子店10127,0003127,000
生みたて卵佐倉8321,0002321,000
生みたて卵千葉*2,160,000*2,110,000
生みたて卵シフォンケーキ29228,0002204,000

龍角寺古墳群 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
前記事で大阪の古墳を紹介した機会に、房総の古墳も紹介いたします。
上の地図の中の茶色のクリックすると地図を表示部分が古墳で、なんと114基あります。
千葉県八千代市の古墳を紹介させてもらった機会に過去記事ですが、龍角寺古墳群の記事を一番下の表を追加して再掲載させていただきます。
前方後円墳、円墳および方墳が判っているだけで114基もある全国最大規模の龍角寺古墳群が千葉にあることは、全国的には、あまり知られていないと思います。
画像をクリックすると大きな地図が出るので見やすくなります。大型の古墳は少ないけれど、確かに、これだけ沢山の古墳を一度に見れる場所は初めての出会いでした。皆さんにも知ってもらいたいので紹介いたします。

古墳には番号が付けられており、看板が立てられています。看板がないと古墳とは気がつかないような、小さな古墳もあります。これは全長42mの21号の前方後円墳です。上の地図では左の上の方にあります。この日は自転車で来てみました。


こちらは57号の前方後円墳です。地図に57と書かれている古墳で風土記の丘資料館のすぐそばにあります。114基の内訳は円墳が71基で前方後円墳が37基で方墳が7基です。高さが1~8mのものが103基とこの範囲が大半を占めていました。
ただし下の表にあるように全長(円墳は直径 方墳は一辺)に関しては1基が8mですが、残り113基は全て10m以上でした。


古墳広場です。小さな丘のように見れるのが全て古墳です。こちらの広場も圧巻です。沢山の古墳の中で遊ぶことが出来ます。古墳の新一覧表はこちらです。→ポチッ


こちらは発掘調査に基づき古墳がつくられた当時の様子を復元させた101号の円墳です。楯(たて)を持つ武人や猪、犬、馬、水鳥などを含め約100体の埴輪が並んでいました。


埴輪が沢山置かれていました。昔の人はお墓を大事にしたのですね。
クリックすると拡大

上空からの101号古墳です。写真の中のマイナスのアイコンをクリックすると縮小するので周りの様子や場所がわかると思います。


こちらは大きな龍角寺岩屋古墳(りゅうかくじいわやこふん)です。上の地図で場所を確認してみてください。こちらでは今でも石室を見ることが出来ます。鉄格子のところが石室です。この岩屋古墳は、千葉県印旛郡栄町にある方墳で、114基ある竜角寺古墳群の105号古墳です。
クリックすると拡大

鉄格子の間から石室を撮らせていただきました。南面には2基の横穴式石室が10メートル間隔で並でいます。西側石室は奥行4.23メートル、奥壁幅1.68メートル、高さ2.14メートルで、東側の石室は西側よりやや大きいが、この時は崩落してブルーシートがかけられていました。石材は凝灰質砂岩で、この地方で産出される貝の化石を多量に含んだものだそうです。被葬者は不明で、1970年(昭和45年)に墳丘と横穴式石室の測量調査が行われました。
クリックすると拡大

岩屋古墳はちょっとした小山です。印旛沼北岸の標高約30メートルの台地上に位置する。築造年代は古墳時代終末期の7世紀前半頃と考えられています。一辺78メートル、墳丘は3段築成。高さは13.2メートル、幅3メートルの周溝と周堤が巡っている。同時期の大方墳である春日向山古墳(用明天皇陵)、山田高塚古墳(推古天皇陵)をもしのぐ規模であり、この時期の方墳としては全国最大級の規模だそうです。


岩屋古墳を上空から見ました。こちらも写真の中のマイナスのアイコンをクリックすると縮小するので周りの様子や場所がわかると思います。


古墳の上には登れません。でも一ヶ所だけ登れる古墳がありました。


それが浅間山古墳(せんげんやまこふん)です。頂上まで階段がありました。浅間山古墳は龍角寺古墳群に属する111号古墳で、7世紀前半に築造されたと考えられる前方後円墳です。
クリックすると拡大

ここが浅間山古墳の頂上です。浅間山古墳は古墳群内最大の前方後円墳で、墳丘長は78メートルとされています。浅間山古墳には複室構造の横穴式石室があり、石室は筑波山付近から運ばれた片岩の板石を用いて築造されており、石室内からは金銅製冠飾、銀製冠、金銅製の馬具や挂甲などが出土しました。
墳丘からは埴輪は検出されておらず、前方後円墳最末期の古墳であることは間違いないとされますが、石室の構造や出土品から浅間山古墳の造営を7世紀第二四半期という新しい時期を想定する研究者もあります。一般的には6世紀末から7世紀初頭と考えられている前方後円墳の終焉時期との関係で論議を呼んでいる古墳です。
浅間山古墳を含む龍角寺古墳群は、古墳時代後期から龍角寺の創建に代表される飛鳥時代にかけての地方首長のあり方を知ることができる重要な遺跡と評価され、2009年2月12日、すでに史跡とされていた古墳群内の岩屋古墳に追加する形で、龍角寺古墳群・岩屋古墳として史跡に指定され、また出土品は2009年3月4日、千葉県の文化財に指定されました。


栄町教育委員会ホームページのデーターを元に、龍角寺古墳群の114基の古墳の大きさを、表にいたしました。全長の数値は円墳の場合は直径で方形の方墳は1辺の長さです。前記事で紹介した百舌鳥古墳群の古墳に比べると、一つ一つの古墳は小さいけれでも数に圧倒されます。旧資料(2009年)では115基でしたが新資料では114基になっていました。
龍角寺古墳 クリックするとオリジナルの新資料を表示します。

龍角寺古墳群の場所を地図で紹介します。 A マークのところが古墳群の中心あたりです。房総風土記の丘史料館で検索すると判ると思います。「千葉県立房総のむら(千葉県印旛郡栄町龍角寺1028 Tel:0476-95-3333)」の近くでもあります。直接に古墳群に行きたい場合は「房総風土記の丘資料館(0476-95-3126)」を入力するとよいと思います。
古墳群のある風土記の丘は無料なのがうれしいです。房総のむらと史料館は有料ですが、両方合わせて中学生以下は無料で高大学生は150円で一般は300円と内容からみて安いです。行列の鰻屋さんも、この近く(8.1km)なので寄ってみてはいかがでしょうか。→ポチッ

やっと関西から雪の関東に帰ってきました。 [千葉]



2014年2月5日から関西に行っており、2月9日に千葉にある我が家に帰ってきました。伊丹空港が13時30分のフライトでしたが、飛行機が3時間半ほど遅れたことから、帰宅は20時30分となりました。最寄駅に下りて雪の多さに驚きました。
写真は2014年2月9日深夜の自宅前の光景です。家の前は近所の人が総かかりで除雪した様子でした。
車が沢山通る幹線道路は、いつもであれば、どんなに沢山の雪がつもっても、夕方までには雪は解けてなくなっていますが、今回は沢山残っていました。

人家の少ないあたりは人が歩ける幅だけしか除雪されていませんでした。


いつもならば、かなりの幅が除雪されているのですが、このような光景も初めての経験でした。明日の早朝に写真を撮って、もう一度紹介したいと思います。



2014年2月10日早朝のワンコの散歩です。
翌朝に見ると状況がよく判りました。ワンコにモデルになってもらい近くの雪景色を紹介いたします。
我が家の前の状況です。この回の雪では、これほど除雪されたところは珍しいです。断念されて路面に雪が残ったところが多かったです。


夜の写真で紹介した場所です。


こちらの写真だけはクリックすると拡大いたします。写真では明るく写っていますが、まだ暗いので鮮明な写真は少ないため、拡大写真はこれだけにいたしました。
クリックすると拡大

小学校への通学路なので除雪されたようです。


8日の夜に柔らかい雪で身動きがとれなくなったなった経験のためか除雪された場所を歩いていました。


でも、慣れてくると雪の上を歩いていました。


車が通る幹線道路も雪が沢山残っていました。


住宅地から離れていく、いつもの散歩コースでは車のわだちがここで止まっていました。車もここまで来て前に進めなくてバックで戻ったようでした。


その道を進んだところで私も前に進むのをあきらめました。ワンコは前に進みたかったようです。運動靴で散歩に出たのですが、長靴にすればよかったと後悔してしまいました。


別の方向も雪が深いので住宅地の方向にUターンいたしました。


最近、広げた2階のバルコニーの雪です。私がまだ関西にいた2月9日の朝は、ふわふわで、もっともっとすごかったそうです。



2014年2月11日早朝の状態です。
早朝から雪が降ってきて道路が薄らと雪で覆われました。ただし除雪されていた路面に降った雪に関しては10時40分には溶けてくれました。左の写真は6時37分で右の写真は8時48分に撮ったものです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月12日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月13日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月14日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月15日5時半の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月15日13時半の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月16日の状態です。やっと晴れました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月17日の状態です。今日も晴れました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月18日の状態です。今日も晴れそうです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月19日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月20日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月21日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月22日の状態です。 もう少しで雪が完全に溶けそうです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月23日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月24日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月25日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月26日の状態です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

2014年2月28日の状態です。 右の写真では雪がなくなりました。
クリックすると拡大クリックすると拡大
タグ: 千葉

ホキ美術館 写実絵画専門美術館  [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
関西の親しい知り合いが娘さんたちの関東の住まい探しのために2014年1月17日~21日まで、我が家(千葉県佐倉市)に泊まりました。1月19日に住まいの目途がたったことから、関東で行きたいところはないかと聞くと「ホキ美術館」という聞きなれない美術館の名前を言われました。そこで家内と3人で、そのホキ美術館に2014年1月20日に行ってきました。私は、初めてホキ美術館を知ったわけですが、関西の方はテレビで紹介されたことで、知ったとのことでした。上のホキ美術館の写真は加工をほどこしています。10秒後に1秒だけオリジナルが表示されます。
クリックすると拡大ホキ美術館は2010年11月3日に開館した世界的に珍しい写実絵画専門美術館です。もちろん日本初の写実絵画専門美術館です。ホキ美術館の「ホキ」は創設者である保木将夫氏の名前からとられたもので保木将夫氏が収集した約350点の作品の中から常時、約160点が展示されているそうです。右の写真は島村信之が描いた保木将夫氏の写実絵画でタイトルは「館長」です。

展示されている作品もすばらしいのですが、写真を見てもらってわかるように美術館の斬新な建物もすばらしいのです。この写真は建物の東側から見た景観です。
地上1階、地下2階の湾曲した回廊型の躯体が3層に重なり、回廊の総延長は500メートルにわたる回廊型ギャラリーで、写真のように1階のギャラリー部分の一部鉄骨造によって30m程度ほど跳ね出し構造になって、空中に浮いているのです。本建築は2009年にスペイン・バルセロナで開催されたWAF(World Architecture Festival)のfuture project 部門で最終審査まで残った建物だそうです。日本においては以下の様々な賞を受賞しています。
    2011年 日本建築家協会 「日本建築大賞」
    2011年 千葉市 「千葉市都市文化賞 優秀賞」
    2011年 千葉県 「千葉県都市文化賞「優秀賞」
    2012年 社団法人日本建設業連合会 「第53回BCS賞」
クリックすると拡大

上の写真とは反対側から撮った建物の写真です。つまり西側から建物を見ているわけです。冒頭の写真は南東方向から見た美術館です。我々が見学を終る頃に学生風の外国人の沢山の人が来られていました。
ホキ美術館には下記の約50名の作品が展示されていました。
 森本草介 野田弘志 中山忠彦 磯江毅 青木敏郎 原雅幸 大矢英雄
 島村信之 生島浩 諏訪敦 石黒賢一郎 五味文彦 小尾修 大畑稔浩
 羽田裕 藤原秀一 李暁剛 塩谷亮 松澤茂雄 横尾正夫 永田英右
 木原和敏 藤井勉 福井欧夏 山本大貴 高橋和正 津地威汎 安彦文平
 松村卓志 渡抜亮 曽根茂 卯野和宏 岩本行雄 石田洋一 永山優子
 廣戸絵美 中根寛 井澤幸三 向井潤吉 林武 芳川誠 吉田伊佐
 伊勢崎勝人 黒澤信男 松田一聡 山木章 曽剣雄 冨所龍人
 Adolf Sehring  Dario Campanile  Jean-Pierre Bédarrides 他

クリックすると拡大

外部も内部も斬新です。少しカーブした回廊の組み合わせで作られています。特に展示室に入って最初に目に入ってくる細長い回廊のGallery 1 は圧巻です。クリックすると他のフロアーも含めたフロアマップを表示します。
クリックするとフロアマップ

航空写真でもホキ美術館を紹介します。形がよくわかってもらえると思います。

こちらが美術館の入口です。入って右側にレストランがあり左に進むとガラスの壁全体がスライドし美術館の内部に進めるのです。
クリックすると拡大

入場券のデザインには建物の形が使われていることが判ってもらえると思います。
   名前 ホキ美術館
   住所 千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
   電話 043-205-1500
   料金  一般 :1800円  高校生・大学生・65歳以上:1300円
       中学生:900円  小学生以下無料
   休館 火曜日(祝日の場合は翌日)
   時間 10:00~17:30


残念ながら内部の写真撮影は禁止されているためネットに掲載されている写真で展示室(Gallery)を紹介いたします。この写真は一階のGallery 1 を入口側から進んでいく方向を撮ったものです。Gallery 1 には第1回ホキ美術館大賞展での入選56点が展示されていました。
クリックすると拡大

Gallery 2からGallery 9 はすべて地下になります。こちらがGallery 2 とGallery 3 です。Gallery 2 と 3 もGallery 1と同じように長い回廊になっています。Gallery 2からGallery 9の写真をクリックすると展示内容を表示いたします。
Gallery 2 には森本草介をはじめ、島村信介などの中堅作家の代表的な作品が展示されていました。 Gallery 3 は野田弘志を中心に、中堅作家の大型作品が展示されていました。
 Gallery 2                    Gallery 3


Gallery 4 は五味文彦の静物画を中心に紹介されていました。Gallery 5 は陶芸のギャラリーでした。Gallery 5 だけが写実絵画以外のコレクションのギャラリーでした。
 Gallery 4                    Gallery 5


Gallery 6 は吹き抜けのホールが利用された展示で中山忠彦などの作品が飾られていました。Gallery 7 はエジンバラに住んでいる風景画家の原 幸が展示されていました。
 Gallery 6                    Gallery 7


Gallery 8 には14人の巨匠と中堅作家の100号以上の14点が音声ガイド付きで展示されていました。Gallery 9 には若手女性作家の大作2点が展示れていました。
 Gallery 8                    Gallery 9


写実絵画が展示された部屋に入ると一見すると写真展の会場に入った錯覚に陥ります。しかし人物が描かれた大きな大作に近づいて瞳を見て、写実絵画の一端を感じることが出来ました。どこまでも近づいても写実なのです。到底写真では感じることが出来ないもののような迫力が伝わってきました。この精密さはなんだろう、おそらく1年に数作品、あるいは1作品しか描けないほど精密に細かく描かれているのです。残念ながら作品を写真に撮っても写真としか見えないのが写実絵画なのですが、雰囲気を感じていただくために作品を紹介いたします。ただし館内は撮影禁止なのでパンフレットとネットの写真で紹介いたします。作品の写真はクリックすると拡大します。
この3つの作品は展示されている約50名の作品の中で代表する3名の作品です。
         森本草介             野田弘志         中山忠彦
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
こちらはHP掲載で、作品名は
 左 横になるポーズ
 中 アナスタシア
 右 燭台のある部室  です。

こちらは島村信之の「幻想ロブスター」です。
クリックすると拡大

こちらは森本草介の「休日」です。ホキ美術館は、森本草介(1937年生まれ)の作品が32点コレクションされていることでも有名だそうです。これは日本最大の数だそうです。これも含めてパンフレットから4点を紹介いたします。
クリックすると拡大

こちらの2点は森本草介の「未来」(左)と「光の方へ」(右)です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

森本草介の「田園」です。このような風景画も描かれていました。


こちらは野田弘志の「聖なるもの THE-IV」です。
クリックすると拡大

HPに掲載されていた作品をいくつか紹介します。
 生島浩の「Box」             大矢英雄の「春の風の理由」
クリックすると拡大クリックすると拡大
 塩谷亮の「耀」             島村信之の「日差し」
クリックすると拡大クリックすると拡大
 大畑稔浩の「川尻港」  五味文彦の「レモンのある静物」
クリックすると拡大クリックすると拡大
 原雅幸の「ナローカナルのボート乗り場」    青木敏郎の「椿・レーマ杯・染付図」
クリックすると拡大クリックすると拡大
 小尾修の「南瓜」          羽田 裕の「サン・ジョルジョ・マッジョーレ島」
クリックすると拡大クリックすると拡大
第1回ホキ美術館大賞の受賞作品です。左から大賞、準賞、館長賞です。
山本誠「4月3日の記憶」   川原田亜紀子「九十年」 小木曽誠「巡界する刻の中で」
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

ホキ美術館の動画がInternet Museumのサイトにあったので紹介いたします。これを見ると写真と写実絵画の違いかを感じてもらえるかもしれません。
3つの動画のプレーボタン( )をクリックして、同時に見てもらうと効率的だと思います。映像時間の関係で下から順番にクリックすることをお薦めします。
動画は上から1F「Gallery 1」 B2F「Gallery 8」 B1F「Gallery 2」です。




こちらは写実絵画ではありません。ホキ美術館に隣接する「昭和の森」の写真です。
クリックすると拡大

すばらしい美術館ですが、残念なのが昭和の森の敷地の中にホキ美術館を建てることが出来なかったことです。公的な敷地の中に私的な美術館を建てることは難しいとは思いますが、この広い敷地の中に冒頭の斬新な建物が建っていたら、すばらしい景観になっていたと感じるのは私だけではないと思います。
相乗効果で、もっともっと沢山の人が訪れることになるのだと思います。
クリックすると拡大

こちらは写実絵画でしょうか? 写真でしょうか?
答えは昭和の森に咲いていた水仙の写真です。中央の水仙のみにピントが合っているのが写真の証拠です。写実絵画であれば、遠くの水仙も近くの水仙も鮮明に描かれるのが一般的なのです。写実絵画と写真には外見的にも内面的にも多くの違いがある中の一つの差に過ぎません。クリックすると拡大するので写真であることが実感されるのではないかと思います。
クリックすると拡大

ホキ美術館の場所を地図で紹介いたします。赤色マークのところです。


佐倉の秋祭り [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
千葉県の佐倉市の城下町で「佐倉の秋祭り」が2013年は10月11日~13日に行われます。私は10月12日(土曜日)に「佐倉の秋祭り」を見に行きました。本当は、すぐにでも掲載したかったのですが沢山の写真を撮ったために整理に手が付きませんでした。撮った写真を数えてみると、動画が12本で写真が1136枚でした。やっと写真の整理が出来たので1週間遅れではありますが「佐倉の秋祭り」を紹介いたします。

佐倉の秋祭りのは麻賀多神社祭禮の一部として古くからおこなわれていたお祭りです。その麻賀多神社に祭りの始る30前の14時30分に来ました。
この写真は麻賀多神社の本殿です。
佐倉の秋祭りでは計23台の神輿(みこし)や山車(だし)や屋台(やたい)が町を練り歩きます。屋台と言えば露店のお店をイメージしますが、佐倉の秋祭りで言う屋台は俗にいう「だんじり」で「楽車」・「壇尻」・「台尻」・「段尻」・「地車」とも言われることがありますが、佐倉では「御神酒所(おみきしょ)」あるいは「屋台」と呼ばれています。本当は祭屋台と言ってもらえると露店のお店と混同されることは減ると思います。
23台の神輿・山車・屋台の内訳です。 神輿         山車         屋台
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大    神輿    9台
    山車    2台
    屋台    12台
       合計 23台
クリックすると拡大→
御神酒所(屋台)は12台全てが「唐破風屋根曳き廻し屋台」と言われる形式です。屋台囃子(やたいばやし)が乗っています。
クリックすると拡大

道路から麻賀多神社へ上がる階段です。お祭りのための飾りがおこなわれていました。佐倉の秋祭りは約300年前に宮神輿の渡御の他の「附け祭り」に由来するそうです。明治時代前期になって新町六町と弥勒町が江戸(東京府)日本橋方面から7体の人形山車を買い付け、宮神輿の渡御とあわせ、その祭禮の華やかさは「佐倉新町江戸勝り」という言葉で表されたそうです。その後、昭和初期にかけて、各氏子町内も「御神酒所(おみきしょ)」と呼ばれる踊り屋台を拵え、今の祭禮の形となったそうです。 現在は麻賀多神社以外に愛宕神社、神明神社、八幡神社の氏子町が加わり、4社合同祭の形で、10月第二の金・土・日曜日の15時~22時に盛大に行っているそうです。2013年は10月11日~13日に行われたわけです。来年2014年は10月10日~12日に行われることになります。
クリックすると拡大

お祭りの始る時間が近づいてくると徐々に祭りの雰囲気が出てきました。
クリックすると拡大

神社の前には町に繰り出す前の神輿や山車や御神酒所(おみきしょ)が集まっていました。出発前に神社でお祓いをしてもらうためだと思います。この田町の神輿は後でも登場します。覚えておいてください。
クリックすると拡大

宮小路町の屋台(御神酒所)も麻賀多神社の近くで出発を待っていました。
クリックすると拡大

神社の脇の保管建屋前には横町の山車の下の部分が出されていました。三層の高さになった後に石橋という人形が乗せられます。三層江戸形山車で後で町を練り歩いているときに全景を紹介できると思います。
クリックすると拡大

こちらが最初にお祓いを受ける松ケ丘の神輿のようです。
クリックすると拡大

15時なると松ケ丘の神輿が本殿前に移動し始めました。町に繰り出していくまでを紹介いたします。


お祓いを受けるために本殿前に置かれました。
クリックすると拡大

神輿の上の鳳凰飾りがきれいです。実った稲を銜えています。豊作を願った飾りなのでしょうね。
クリックすると拡大

担ぎ手の方々が全員並んでお祓いを受けているところです。
クリックすると拡大

お祓いとお参りが終わった後は記念撮影です。


いよいよ出発です。階段をおろすのが大変です。


慎重に道路に降ろしています。


やっと道路に降りることが出来ました。


神社の前で最初に神輿(みこし)を担ぎ上げます。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。


動画を撮影し終わってすぐに撮った写真です。城下町の中を練り歩きます。


神輿は細い路地にも入っていけます。


次の神輿が本殿前に入ってきました。
クリックすると拡大

神主さんのお祓いが終わった後に地区の代表の方がお参りをされていました。


同時に全員で「二拝二拍手一拝」の作法でお参りをされていました。
クリックすると拡大

神社の脇の横町の山車が出てきました。人形を立てて練り歩くことが出来るのは電線のない佐倉市立美術館前の通りなどなので、そこまでは人形を下げて進みます。人形は上げ下ろしが出来るようです。
クリックすると拡大

間之町の屋台は練り歩く途中でお祓いのために麻賀多神社に立ち寄りました。
クリックすると拡大

お祓いをしてもらっているところです。
クリックすると拡大

屋台同士がすれ違う時は神経を使います。右が並木町の屋台で左が宮小路の屋台です。
クリックすると拡大

並木町の屋台について行き、屋台の練り歩き方を説明いたします。これは普通に引いている場面です。
クリックすると拡大

並木町の屋台の前には可愛らしい先導役がおられました。
クリックすると拡大

お囃子と屋根の上の人の掛け声で屋台を引いていきます。
クリックすると拡大

佐倉の屋台の特徴が上の部分が回転することなのです。このように横向きになります。
クリックすると拡大

屋台が横向きになると女性が中心になって「えっさの こらさの えっさっさ」の掛け声に合わせて踊ります。この掛け声と踊りは佐倉独特のものだそうです。
クリックすると拡大

踊り終わると、また引き始めます。 遠くに横町の山車が見えます。


その横町の山車と並木町の屋台がすれ違う場面です。山車に乗っている人形は、すべて佐倉市指定有形文化財だそうです。
クリックすると拡大

横町の山車の昔の写真をネットから引用させていただきました。山車に乗せられている山車人形は石橋(しゃっきょう)で明治12年に購入されました。作者は古川長延と推定されています。右は今回の写真でクリックすると拡大します。
クリックすると拡大クリックすると拡大

中町と横町の2台の山車と間之町の屋台の計3台が収まる写真です。逆光方向で遠くの景色だったのが残念です。


もう一枚、3台の入った写真を紹介します。残念ながら横町の山車の山車人形は下げられています。
クリックすると拡大

屋台と山車がすれ違う場面の動画を紹介いたします。山車は仲町の山車です。屋台の方は肴町の屋台です。両方共が踊る場面があるので是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。「えっさの こらさの えっさっさ」の掛け声が聞けると思います。


仲町の山車です。祭りが始まって30分の15時30分でこの人でです。右の建物が佐倉市立美術館です。仲町の山車に乗っている山車人形は関羽雲長(かんう うんちょう)で明治12年購入で作者は三代目 原 舟月です。
クリックすると拡大

仲町の山車とすれ違った肴町の屋台も見事に古い城下町の建物に映えていました。
クリックすると拡大

肴町の屋台の前にも可愛らしい先導役がおられました。「ちな」と「かのん」と「まいか」と「はるか」と小さな屋台の「さくら」です。


肴町の屋台の動画も紹介します。並木町の屋台で説明した引き回し方が判ると思います。


こちらは袋町の屋台です。丁度、掛け声に合わせて踊っているところです。
クリックすると拡大

屋台が道路の交差点を曲がる様子です。宮小路町の屋台は力強いです。
クリックすると拡大

半分くらい曲がりました。
クリックすると拡大

古い建物の前に人だかりがありました。
クリックすると拡大

中を覗くと山車人形が飾られていました。明治時代に購入された山車人形は佐倉指定文化財になっており、貴重な江戸の文化、伝統を現在も各町内によって大切に保存され、100年以上の時を越えて文化継承されているそうです。その中の一体が、こちらの山車人形だと思われます。
クリックすると拡大

こちらが麻賀多神社の大神輿でお祭り会場に作られた仮建屋の中に展示されていました。大神輿は、江戸時代中期、享保6年に江戸から職人を10人程呼び、8ヶ月の月日と約360両という大金を掛けて製作された豪華な大神輿です。台輪巾5尺(約1メートル51センチ)の千葉県内最大級のものであり、白丁を着用した氏子の鏑木青年会により担がれます。城下町の狭い道を二天棒のみで「明神祭りさらば久しい」の掛け声のもと、各町内の万灯とともに城下町をまわります。
上で神輿と山車と屋台の数の内訳を紹介しましたが、それらの地区を紹介いたします。
 大神輿  麻賀多神社 
 神輿   二番町 宮小路町 最上町 新臼井田 松ケ丘 中尾余町 上志津 田町
 山車   横町 中町
 屋台   肴町 弥勒町 上町 間之町 袋町 宮小路町 鏑木町 本町 栄町
       並木町 表町 野狐台町
クリックすると拡大
http://youtu.be/EosL9jkc4-o

いろんな場所に神輿が飾られていました。こちらは二番町の神輿です。
クリックすると拡大

こちらの提燈には肴町地下かれていました。
クリックすると拡大

間之町の神輿ですが、こちらはホームページの一覧表にはありませんでした。
クリックすると拡大

大神輿が置かれている近くでは式典も行なわれていました。来賓のあいさつなどが行われました。写真の中で祝辞を述べられているのは佐倉市の蕨(わらび)市長です。
クリックすると拡大

暗くなってきましたが、よく見える神輿が現れました。お気づきの方ががおられるかもしれませんが10月12日に麻賀多神社で2番目にお祓いを受けた神輿です。
クリックすると拡大

先導している小さな屋台に発電機と灯光器が積まれているのでした。


その一団を前から撮りました。先頭の小さな屋台に灯光器が後ろ向きに取り付けられているのです。なかなかのアイデアです。田町の神輿です。昨年までは屋台で参加していましたがね今年は神輿での参加です。
クリックすると拡大

田町の神輿の連続写真を紹介します。こちらは連写した写真を動画GIFにしたものです。こちらの神輿は移動式の灯光器のおかげで夜遅くまで盛り上がっていました。お店の前で神輿を高く上げていました。この後京成佐倉駅の前の広場まで神輿と一団が行きました。もう少し長く紹介した買ったのですが動画GIFの2MBまでとの制限があるのでこの長さになりました。クリックすると拡大静止写真を表示します。
クリックすると拡大静止写真を表示

夕刻の屋台(御神酒所)を紹介します。佐倉市立美術館前の街道を移動する間之町の屋台と一緒に歩いていると佐倉市立美術館前から京成佐倉駅の方に降りていく坂道に曲がり始めました。左に行くと京成佐倉駅で右側に佐倉市立美術館です。遠くに見えるのは肴町の屋台だと思います。
クリックすると拡大

曲がるときはかなり迫力があります。特に坂道なので慎重に曲がっていました。


京成佐倉駅に向かう坂道に入りました。
クリックすると拡大

女性の引手の方たちは赤や青などのカラフルな服を着られていました。


両側には沢山のお店が並んでおり、普段は一方通行の狭くて急な坂道なので慎重に進みます。
クリックすると拡大

暗くなってくると偶然にこんな写真も撮れました。連写しながらズームをしたのだと思います。中心だけがクリヤーで周りは放射状に流れています。
クリックすると拡大

角度変えた写真も掲載します。
クリックすると拡大

動画も掲載いたします。2分40秒あたりから踊っているところが見れます。


提燈(ちょうちん)のきれいな時間帯になってきました。
クリックすると拡大

すでに紹介したとおり、頻繁に屋台を回転させて横向きにしています。
クリックすると拡大

回転させるところの連続写真を掲載させていただきました。一番下の車輪がついている部分はそのままで、上だけが回転できるようになっているのです。


屋台に近いところは安全を考えてか男性が引いていました。屋台が横向きになると女性陣や子供たちがこの位置に集まってきて踊ります。
クリックすると拡大

坂道では常にブレーキをかけながら慎重に進んでいました。


駅に近いところは道路が広くなっておりその橋のあたりに泊まりました。どうやらこの日はこの場所に停めたままにする雰囲気でした。丁度その時に上で紹介した灯光器を付けた小さな屋台を先頭にした田町の神輿の一団がやってきました。
クリックすると拡大

その田町の灯光器のおかげ暗くても間之町の屋台もクリヤーに撮れました。茶色のはっぴの人たちが田町の地区の方々です。
クリックすると拡大

上で動画を見損ねた方のために屋台の動画をまとめて掲載いたしました。前半が肴町の屋台で後半が間之町の屋台です。

伝統の朝顔 佐倉城址 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

夏は朝顔の季節です。今、千葉県佐倉市の佐倉城址で朝顔の展示が行われていると聞いて、2013年8月18日(日曜日)に見に行きました。展示されている朝顔は全て「くらしの植物苑」で育てられた朝顔で、植物苑内のハウス、東屋、よしず展示場などで公開されていました。お盆の期間(8月12日~18日)は朝8時30分から開苑していました。
説明文の頭に★が付いた写真はクリックすると拡大します。
特別企画 伝統の朝顔
 場所 佐倉城址公園
 主催 国立歴史民俗博物館
 会場 くらしの植物苑→ポチッ
 期間 2013年7月30日~9月1日
 料金 100円 小中学生は無料
          土曜は高校生は無料
 開苑 9時30分~16時30分
 定休 月曜日
 展示種類
   正木系     44系統
   出物系     26系統
   大輪朝顔   25系統程度
   欧米系朝顔  10系統程度
朝顔は幕末頃に変化朝顔などの多くの品種が創り出されてましたが、最近では単純な大輪朝顔に圧倒されていることから、一部の愛好家の努力によって大切に保存されて現在に伝えられています。その変化朝顔である正木系や出物系を沢山紹介している貴重な朝顔展であることを知りました。したがって朝顔展の雰囲気と変化朝顔を中心に紹介したいと思います。

★入口を入って最初に迎えてくれるのが朝顔の大きな仕立物です。アサガオは花だけでなく、仕立てられた葉の緑も魅力があることが判りました。
クリックすると拡大

★その中で沢山の花を付けていたのが、さわやかなブルーの朝顔でした。
クリックすると拡大

★その朝顔は園芸品種として代表的な空色朝顔「ヘブンリー・ブルー」でした。「天上の青」という意味だそうです。
クリックすると拡大

★大きな仕立ての朝顔の中にもう一つ沢山の花を付けているものがありました。それには「曜白アサガオ」と書かれていました。曜白は「ようじろ」と読みます。2種類が一つの鉢に植えられているようでした。
クリックすると拡大

それでは変化朝顔を紹介する前に大輪系の朝顔を紹介いたします。こちらが大輪の朝顔が展示されている「よしず張の展示場」です。このような大輪系の「よしず張の展示場」が2つありました。


★よしず張の展示場を横から見ました3段に展示されていました。
クリックすると拡大

★中央の朝顔は展示番号「歴青-38」の正木系統の大輪の朝顔で名前は藤霞娘(ふじかすみむすめ)変と書かれていました。名前の上に「青/斑入/蝉葉/紫/丸咲/大輪」との表示がありました。朝顔の世界では、この表示方法が使われるのようです。名前が無くても、この表示だけがされているものが沢山ありました。クリックすると花だけを拡大いたします。
クリックすると拡大

大輪の朝顔の写真の掲載を続けます。こちらは歴青-36黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪で名前は月夜野(つきよの)です。


花の写真を撮ると同時に名札の写真も撮りました。その名札を紹介します。下記の左側の名札に黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪と書かれています。花の名前はかっこ付きで(月夜野)と表現されています。左側は別の名札で青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/切咲/牡丹です。こちらには名前が書かれていません。


★表示されている黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪は花や葉の形を表しているので言葉の意味を説明いたします。クリックすると拡大されたものが別表示となるので、この後の写真の説明がわかりやすくなると思います。
クリックすると別表示

こちらは159黄/斑入/蝉葉/藤紫/吹雪/丸咲/大輪で名前は鳴海潟(なるみがた)です。


★こちらは歴青-20青/斑入/蝉葉/藤色/丸咲/大輪で名前は浪花の藤(なにわのふじ)です。
クリックすると拡大

★こちらは歴青-15青/斑入/蝉葉/桃色/丸咲/大輪で名前は新天津(しんてんしん)です。
クリックすると拡大

こちらは歴青-3青/斑入/蝉葉/紺/吹雪/丸咲/大輪で名前は雅秋(がしゅう)変です。


★こちらは歴青-8青/斑入/蝉葉/白/丸咲/大輪で名前は鷺娘(さぎむすめ)です。
クリックすると拡大

★この2つは同じ朝顔です。花ごとに模様が違う朝顔をでした。こちらは歴青-1黄/斑入/蝉葉/紅/吹掛絞/丸咲/大輪で名前は吾妻絞(あずましぼり)です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

★やっぱり朝顔は、このカーテン仕立ての姿が似合います。過去の展示期間を調べてみました。月曜日が休みなので火曜日~日曜日が基本のようです。2006年にはNHKの朝のニュースで紹介されたこともあるそうです。
    2013年 7月30日(火)~9月01日(日)
    2012年 7月31日(火)~9月02日(日)
    2011年 8月02日(火)~9月04日(日)
    2010年 8月03日(火)~8月29日(日)
    2009年 8月04日(火)~8月30日(日)
クリックすると拡大

こちらがカーテン仕立てに使われていた朝顔です。
上の段は色は違いますが同じ種類で黄/鍬形葉/吹詰/葡萄鼠/多曜/丸咲です。葡萄鼠のところが紫に置き換わるのかもしれません。
下の段の左側が黄/斑入/洲浜葉/紅/吹掛絞/丸咲で右側が青/縮緬/立田葉/紅/筒白/車咲/牡丹です。



★それでは本命の変化朝顔を紹介いたします。変化朝顔の写真を撮りに来られている方は多かったです。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号666青/斑入/笹葉/茶/覆輪/車絞/切咲です。大輪の朝顔のような( )内の名前はありませんでした。( )内の名前が無いものは、/ を省いて「青斑入笹葉茶覆輪車絞切咲」が名前となります。判りやすくするために / を入れたのだと思います。
クリックすると拡大

こちらは正木系統の朝顔で出品番号508青/蜻蛉立田葉/淡青/切咲です。名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号503青/丸立田/芙蓉葉/紫/切咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号509青/縮緬/立田/雨龍葉/紅/車咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号522青/縮緬/蜻蛉葉/桃/台咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号580青/斑入/蝉葉/淡藤/模様入/縮咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号751青/斑入/桔梗渦葉/白地/赤吹掛絞/桔梗咲です。これも名前はありませんでした。


こちらは正木系統の朝顔で出品番号840青/林風/打込/渦葉/淡紫地/紅紫/車絞/丸咲/八重です。これも名前はありませんでした。


★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号670黄/斑入/常葉/紺/覆輪/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号961黄/鍬形葉/吹詰/茶/多曜/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の親木で出品番号415青/斑入/抱/常葉/淡藤鼠色/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。


クリックすると拡大★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号607青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/切咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。上で紹介した名札の一つがこの朝顔の名札でした。つまり呼び名は青蜻蛉丸笹葉紅覆輪切咲牡丹となります。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親牡丹で出品番号415青/斑入/抱/常葉/淡藤鼠色/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


★きれいな色の朝顔でした。こちらは出物系統の親木で出品番号419黄/抱/常葉/紫/丸小咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★光が透ける朝顔も素敵でした。こちらは出物系統の燕出物で出品番号419?の黄/抱/燕/常葉/紫/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。出品番号に?を付けたのは上の濃紫の朝顔の出品番号も419だったからです。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号440青/抱/並葉/白/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号605青/打込/弱渦葉/青/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号607青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/丸咲/です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

この可憐な花も朝顔で、こちらは出物系統の一重出物で出品番号606青/水晶斑入/弱渦/柳葉/淡藤/爪覆輪/采咲/です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらの濃い紫色の朝顔は出物系統の親木で出品番号636青/渦葉/江戸紫/丸咲/です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★上の朝顔と色合いが違いますが表示は636 青/渦葉/江戸紫/丸咲/で、上のものと同じでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親木で出品番号646青/打込/弱渦/常葉/白/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号646?の青/打込/弱渦/柳葉/白/采咲/牡丹です。これも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の一重出物で出品番号646青/打込/弱渦/柳葉/白/采咲です。こちらも名前はありませんでした。上の2つ朝顔とは出品番号が646で同じです。丸咲と采咲牡丹と采咲一重の違いです。


この朝顔は花も特徴的ですが、葉がもっと特徴的で糸柳葉と言うそうです。こちらは出物系統の一重出物で出品番号655黄/糸柳葉/紅/細切/采咲です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号655黄/糸柳葉/紅/細切/采咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。こちらも上の朝顔と出品番号は同じ655でしす。上の朝顔とは牡丹と一重の違いです。
クリックすると拡大

★上の朝顔の全体の姿です。特徴的な朝顔であることが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親牡丹で出品番号661黄/弱渦/丸葉/淡水色地/青紫吹雪/星咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の親木で出品番号661黄/弱渦/丸葉/淡水色地/青紫吹雪/星咲です。こちらも名前はありませんでした。上の朝顔とは牡丹ではないところが違います。上と同じ番号ですが花の色合いは似ているので同じ番号でも間違いではないのかもしれません。


こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号661?の黄/弱渦/柳葉/淡水色地/青紫吹雪/細切/采咲/牡丹です。上の写真の番号と同じですが、あまりにも違う姿なので、こちらも名前はありませんでした。この出品番号は間違いかもしれません。


★こちらは出物系統の親木で出品番号1091青/斑入/縮緬/立田葉/紅/筒白/車咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親木で出品番号X578青/斑入/渦葉/葡萄鼠/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。渋い紫は葡萄鼠色というようです。


こちらは正木系統の朝顔で出品番号508青/蜻蛉立田/淡青/切咲です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらも正木系統の朝顔で出品番号583青/斑入/弱渦/丸葉/淡空色/暈覆輪/縮咲です。こちらも名前はありませんでした。この花の特徴は縮咲です。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号605青/打込/弱渦/柳葉/青/采咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

クリックすると拡大★全体の姿が最も変わった朝顔がこちらでした。
こちらは出物系統の出物で出品番号837青/渦/顰葉/渦小人/紅/筒白/丸咲です。つまり呼び名は青渦顰葉渦小人紅筒白丸咲(あお・うず・しかみば・うずこびと・べに・つつしろ・まるざき)となります。変化朝顔では珍しく渦小人(うずこびと)の名前がつけられていました。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号632青/蜻蛉/笹葉/極淡藤色/切咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは正木系統の朝顔で出品番号597青/弱渦/蝙蝠南天葉/淡青地/藤紫/吹雪/筒咲/八重です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは正木系統の朝顔で出品番号714黄/打込/桔梗渦/蜻蛉葉/赤紺/星咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★最もシンプルな呼び名の朝顔が、こちらは正木系統の朝顔で出品番号817青/渦葉/紅/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。呼び名も青渦葉紅丸咲と短いです。
クリックすると拡大

★正木系統が展示されたハウスです。
クリックすると拡大

★花が変わっているものは葉も変わっていました。
クリックすると拡大

★枝垂れ仕立てのアジサイも展示されていました。巻きつかない種類なのでしょう。
クリックすると拡大

休憩所となっている東屋の中にも展示されていました。


赤のマークのところが伝統の朝顔の展示が行われていた「くらしの植物苑」です。緑のマークは国立歴史民族博物館の本館と佐倉城の天守閣があった場所です。「くらしの植物苑」も国立歴史民族博物館の施設の一つです。
  国立歴史民俗博物館
   住所 千葉県佐倉市城内町 117
   電話 043-486-0123(代)
   HP  http://www.rekihaku.ac.jp/index.html

より大きな地図で 国立歴史民族博物館 を表示

タグ:植物 朝顔 佐倉

風車とヒマワリ 佐倉ふるさと広場 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
千葉県の佐倉市にも約3万本のヒマワリを見ることが出来るところがあります。オランダ風車のある佐倉ふるさと広場です。このひまわり畑は「佐倉ふるさと広場・風車のひまわりガーデン」と呼ばれています。

佐倉ふるさと広場と言えば左側の写真の4月に行われるチューリップ祭り(チューリップフェスタ)が有名ですが、チューリップ祭りが終わった後にヒマワリが植えられて7月にヒマワリ(向日葵)が見ごろを迎えるのです。ヒマワリが終わって、秋には右の写真のコスモスの花を見ることが出来る場所なのです。
  チューリップフェスタ(4月)         コスモスフェスタ(10月)
クリックすると記事を表示クリックすると記事を表示

つまり4月と7月と10月に花を楽しむことが出来るのです。
   4月 チューリップ 50万本
   7月 ひまわり    3万本
  10月 コスモス    50万本
ヒマワリは見晴らしを考えて、鮮やかな色の少し背の低い種類が植えられているようでした。
クリックすると拡大

さすが、3万本、見事でした。
クリックすると拡大

人間だけでなくミツバチも沢山訪れていました。
クリックすると拡大

ミツバチとヒマワリの花が写った写真を紹介いたします。
クリックすると拡大

7月16日は見事に満開でした。2013年7月10日(水)~23日(火)がイベント期間で7月20日からは、お気に入りのひまわりを摘み取ることができるそうです。
クリックすると拡大

ひまわりの花は正面ばかりが注目されるようなので花の裏側の景色も紹介いたします。
クリックすると拡大

昨年(2012年)の「佐倉ふるさと広場・風車のひまわりガーデン」の動画がホームページに掲載されておりましたので紹介いたします。「



2013年7月24日追記 タイトル:翌日には刈り取り作業が始まりました。
クリックすると拡大
佐倉市のフラワーフェスタのイベントの一つとして佐倉ふるさと広場で行われていた「風車のひまわりガーデン」は2013年7月23日(火)で終了いたしました。おそらく翌日の7月24日には次のイベント「コスモス・フェスタ」のために刈り取られるのではないかと思い7月24日の朝に来てみました。予想通りヒマワリの刈り取りが始まっていました。時間は9時55分でした。

トラクターなどを使って一気に刈り取るのかと思っていましたが、4人の方で1本1本抜かれていました。全部で3万本あるので大変な作業です。一人当たり7500本です。
クリックすると拡大

写真のような機械もありましたが、見ている間では使うところはお目にかかれませんでした。
クリックすると拡大

花はかなり成熟していました。最初に掲載した写真を撮ったのは7月16日なので、花の見ごろは終了日(今年は23日)から一週間前までと考えた方がよさそうです。来年の参考としてください。


黒い種もしっかりと出来ていました。丁寧に一本一本抜いていたのは、おそらく種を取るためだと思います。ヒマワリは見せるだけが目的ではなくてヒマワリ油の原料となる種を取るのも目的の一つだと思いました。

戦国時代の城 井野城 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
戦国時代に千葉県の印旛沼の西側にあった城を紹介してきました。
紹介したのは小竹城先崎城下高野館(下高野城)でいずれも私の家から歩いて20分以内のところにあります。その中で度々、名前が出ていた井野城を紹介いたします。上の写真の森の中の遺構は防御性が高いと思われることから井野城の主郭があったと想像されています。想定の域ではありますが、以下の説明では主郭であったとの前提で記載いたします。主郭であってほしいとの願望も込められています。

すでに紹介した3つの小竹城と先崎城と下高野館(下高野城)は昔に近い形で残されているのに対して井野城は1971年から開発され始めた住宅地の中に、主郭の部分だけが残された城跡なのです。井野城の跡である標識などはないことから、この近くに住んでいる方も、この森が城跡であることを知っている方は少ないのではないかと思います。
クリックすると拡大

もう少し遠くから井野城の城跡の景色を紹介いたします。森の中には八杜大神神社や浅間神社があることから井野城の城跡も「鎮守の杜(宮の杜)」とし残されました。その鎮守の杜の東側には「宮の杜公園」が作られました。
クリックすると拡大

航空写真を紹介いたします。1971年以前は、このあたり一帯が林で覆われていました。そこに昔からの民家がところどころにある環境でした。1971年に不動産会社の山万が開発を始め、1979年に分譲が開始されたニュータウンとなりました。井野城跡近くには1982年に開業したユーカリが丘線が走っており「中学校」という名の駅が近くにあります。名の通り佐倉市井野中学校が近くにあります。写真をクリックすると広範囲が表示されるので井野中学校など周辺のことが判ると思います。
クリックすると広範囲を表示
クリックすると大きな地図で井野城周辺を表示
井野城の特徴は土塁の内側の主郭の建っていた部分が深く掘りこまれていることでした。主郭が平屋であったならば、周辺から建物が見えなかったと思えるほど土塁の内側は深くなっていました。
下の写真は東南東の方向から主郭を囲んでいた土塁を撮ったものです。この写真からも土塁の深さが判ってもらえると思います。実は先崎城も下高野館も、これほどの深さではありませんが同じように主郭の部分は深く掘りこまれていました。同じ考え方で作られた城であった可能性があります。
クリックすると拡大

北東方向から主郭のあった土塁の内側を撮った写真です。八杜大神神社の屋根が見えます。
クリックすると拡大

主郭があったと思われる位置から見ると周りの土手はかなりの高かさです。ここが主郭ならば建物を敵から隠すための土塁かも知れません。この辺りには似たような小山が沢山あるので知らない土地から来た人にとっては、ここも単なる小山に見えると思います。


土地区画整理にともない井野城の北東部分、現在は宮の杜公園やマンションが建っている部分では今から12年前の2001年に確認調査が行われ、2003年に本格的な遺蹟発掘が行われました。下の地図の住居跡発掘場所と書かれているところです。その結果も中世以降に壊されたものと想定され、この辺りには奈良・平安時代の建物が建っていたことが判りました。この地区で奈良・平安時代を含む古代の建物の痕跡が見つかる例は少ないことから貴重な発見となったそうです。ちなみに主郭があったと思われるあたりは、私が佐倉市に引っ越してきた1993年に調査が行われたそうです。


左が発掘調査の写真で右が遺跡の航空写真です。


発掘現場の詳細図です。平安時代(710~794年)の住居跡6軒、掘立柱建物跡6棟が確認されました。ここに平安時代の集落があったことになります。平安時代の日本の総人口は400~600万人で現在の4%だったことを考えると、これだけの集落が見つかったことfは驚くべきことだと感じました。
    時代         年代          日本の総人口
   旧石器時代    ~BC14000年         約2万人
   縄文時代    BC14000~BC300年   2→ 15万人
   弥生時代    BC300~250年      15→ 60万人
   古墳時代     200~ 600年末     60→400万人
   飛鳥時代     592~ 710年     300~500万人
   奈良時代     710~ 794年     400~600万人
   平安時代     794~1185年     400~600万人
   鎌倉時代    1185~1333年     700~900万人   
   室町時代    1336~1573年     700~900万人
    建武の新政  1333~1336年     700~900万人
    南北朝時代  1336~1392年     700~900万人
    戦国時代   1493~1590年     800~1200万人   
   安土桃山時代 1573~1603年    1200~1300万人
   江戸時代    1603~1868年    1200→3100万人
   明治時代    1868~1912年    3100→5175万人
   大正時代    1912~1926年    5175→6074万人
   昭和時代    1926~1989年    6074→12278万人
   平成時代    1989年~現在    12278→12653万万人
その集落の近くに中世になって城が作られたわけです。
井野城が建っていた中世の時代の遺構としては貯蔵庫もしくは葬送施設と考えられている地下式坑11基、井戸4基、土坑300基、溝15条が検出されたそうです。さらに、地面を削って平場を整形した区画が4ヶ所確認されたそうです。井野城と共通性の高い土塁や台地中央を大きく竪穴状に掘り込ものがあったことから、この辺りにも井野城が広がっていたことにもなるようです。


発掘調査で発見された土塁です。右の写真は土塁の断面を見るために削った貴重な写真です。上の発掘現場の図の中の1号土塁と書かれた部分です。明らかに防衛的な土塁のようにみえます。


左の写真が発掘された井戸です。右の写真は井戸の中から出土した五輪塔の一部(頭の部分?)です。八社神社境内からも中世の五輪塔の一部が見られることとのことです。この点は先崎城と類似しています。


佐倉市の遺跡発掘の報告書を転記させていただきました。
 http://www.inba.or.jp/happyo/pdf/08-1.pdf
遺跡発表1.佐倉市
佐倉市井野城跡-もののふが駆け抜けた乱世-
嘱託職員 阿部有花
はじめに
千葉県内には中近世の城跡・砦跡・館跡等に関する遺跡が1000箇所近くあり、そのうち佐倉市内には約50箇所、その存在が確認されている。 井野城跡は印旛沼に注ぐ手繰川の支流、小竹川と井野川に挟まれた台地上にあり、佐倉市井野字宮ノ台の八社神社周辺に所在する。南東約400mには佐倉地域の真言宗の中心的な寺院、千手院があり、明徳3年(1392)に臼井から移されたと伝えられている。平成5年には、千葉県教育委員会により中近世城館の分布調査が実施され、井野城跡に関しては土塁で囲まれた主要な区画(主区画)を竪穴状に大きく掘り込んだ特異な構造をしていることが明らかにされた。
調査の概要
当センターでは、井野地区の土地区画整理事業に伴い、八社神社の東側を調査することとなった。調査区域には概念図の北東隅にあたる土塁が含まれ(1号土塁、写真㈪㈫)、その北側にはわずかな高まりであったがM字型をした土塁状遺構(2号土塁)が確認された。さらにその南側は擂鉢状に窪んでおり、台地整形区画の存在が確認された。 確認調査は平成13年5月14日~同年5月25日に実施され、当地区には奈良・平安時代や中世の遺構が多数あることが予測された。この結果を受けて、平成15年10月27日~同年12月24日まで6300を対象として、今回報告する本調査が実施された。 調査の結果、古代の遺構は平安時代の住居跡6軒、掘立柱建物跡6棟が確認された。当初はより西・南側まで古代の集落が広がっていたが、中世以降に壊されたものと想定される。当地区で奈良・平安時代の建物が検出された例は少なく、貴重な発見である。 中世の遺構としては貯蔵庫もしくは葬送施設と考えられている地下式坑11基、井戸4基、土坑300基、溝15条が検出された。さらに、地面を削って平場を整形した区画が4ヶ所確認された。ここではそれらの台地整形区画を便宜的にA~D区と呼ぶこととしたい。 A・B区は10・11号溝の左右に形成された平場である。規模はA区が東西約35m、B区が東西20m程で、それぞれの区画内に地下式坑や土坑、溝がみられる。
溝には地割の役割をもつと思われるもの、踏み固められて硬化していることから道路と推測されるものとがある。のちにこの区画では地下式坑や溝を埋め、その上に2号土塁が設けられている。 C・D区は台地中央を大きく竪穴状に掘り込み、内側に平場を設けたものである。長方形を呈し、規模は一辺約20m~30m、地表面から1.5m程低く、神社側の主区画との共通性が高い。C区縁辺部には井戸と多数の土坑、D区縁辺部には井戸と地下式坑が設けられており、地表から区画の内部へ行くのには12号溝を歩いて降りたものと思われる。なお、この溝は西側へさらに伸びており、主区画周囲に現在も残されている道路と通じていると推測される。
出土遺物
今回の調査区域からは整理箱25箱分の遺物が出土した。そのうち中世の出土遺物には、在地で作られたと考えられる内耳鍋や擂鉢、儀礼に使われたと考えられるカワラケ等の焼き物があり、この他に瀬戸・美濃窯製の平碗や花瓶、天目茶碗、中国から輸入した青磁の端反碗等がみられた。 これらはC・D区からの出土が目立ち、15~16世紀にかけて生産されたものが主体的であった。とくに、擂鉢と内耳鍋が多く、このことは食物を擂ることや煮炊きをすることが日常的に行われていたことを示している。今回の調査区内で中世の掘立柱建物跡等の生活跡は発見されていないが、付近で日常生活を行っていたと想定することは十分できるだろう。
注目されたのは、C区の土坑やD区の大型井戸から鉄滓や鞴の羽は口が出土したことである。このことから、付近で小鍛冶等の作業を行っていたことも考えられる。 さらに、井戸から五輪塔の一部が発見されている(写真㈬㈭)。八社神社境内にも中世の五輪塔の一部がみられることから、この周辺が墓地として利用されていたことが明らかとなった。
時代背景
16世紀前半の房総は、古河公方足利高基と小弓公方足利義明兄弟の対立が周辺に飛び火し、争乱の舞台となった。これを受けて、酒々井町本佐倉城を居城とする千葉氏、千葉市小弓城を拠点としていた原氏は古河公方側、臼井氏は小弓公方側につき、天文7年(1538)に相模台(松戸)で両軍が激突した。 この戦いで破れた小弓公方側を支持していた臼井氏の没落は決定的となり、居城である臼井城の城主には原氏を迎えることとなった。その原氏は臼井氏の基盤を吸収し、これ以降臼井周辺を治めていった。
まとめ
井野城跡周辺を含む印旛沼南岸地域は臼井庄と呼ばれ、平安時代末の臼井常康を祖とする臼井氏が開発領主として繁栄した。その一族には神保、真野、星名、鹿渡、山無、小竹氏等、鹿渡氏の子孫には志津、栗山、小名木氏等がおり、地名を苗字としたものもいた。これらの地名は佐倉市から四街道市に広がっている。そして、その周辺に中世城館が多数残されており、臼井氏一族との関連が考えられている。 とくに、佐倉市臼井屋敷跡遺跡や四街道市池ノ尻館跡では地表面より低い位置に方形をした平場が設けられている点で井野城跡と共通している。池ノ尻館跡およびその南西に位置し、同様の構造がみられる千葉市南屋敷遺跡では15、16世紀頃に存続していた城館であることが調査により明らかにされ、いずれも小領主層の屋敷跡と考えられている。地域・年代ともに類似性が高い井野城跡も、同様の性格をもつ可能性がある。
今回の調査区から検出された台地整形区画や溝等は、八社神社周辺に現在も残されている遺構と極めて関連性が高いと考えられる。井野城跡は調査区域から出土した遺物により、15世紀~16世紀代に存続 した城館跡であると推測される。そして、後半には地下式坑や溝を埋めて土塁を設ける等の大規模な改 修がみられた。神社側の主区画の調査はされていないが、土塁で囲まれていることや今回の調査区よりも要害性の高い台地先端にあることから、周辺の不安定な社会情勢に対応しつつ、しだいに防御性を高めていったと考えられる。
井野城跡の概念図は千葉県教育委員会による「千葉県所在中近世城館跡詳細調査調査票」を加筆修正したもので、作成にあたって、外山信司氏・日暮冬樹氏の御指導、御協力を得ました。末筆ながら御礼申し上げます。

これが八杜大紳神社の入口の鳥居です。
クリックすると拡大

拝殿脇に新しく建てられた八杜大紳の説明書きが建っていました。この中に赤線で示している通り井野城に関する記述を発見いたしました。
この説明によると室町時代後期の井野周辺は関東に勢力を築いていた垣武平氏の流れをくむ千葉氏の勢力下にあり、印旛沼に面した臼井城を千葉氏の一族である原氏が納めているこの地に臼井城の支城として井野城を築いたと想定されているそうです。この八杜大紳は井野城の守護神として創建された可能性があるそうです。
クリックすると拡大

こちらが拝殿です。拝殿の前に建っている細いポストが賽銭箱です。
クリックすると拡大

八杜大紳には下の八柱の神々が祀られていました。もともとは十二柱の神々が祀られており十二杜大神と称されていましたが四杜は他村に分祀されて八杜大紳になったと伝えられているそうです。
  別雷命    わけいかづちのみこと
  天兒屋根命 あめまこやねのみこと
  伊弉冉命   いざなみのみこと
  大己貴命   おおなむちのみこと
  比咩神    ひめのかみ
  大山祗神   おおやまづみのかみ
  保食神    うけもちのかみ
  表筒男命   うわつつのおのみこと
クリックすると拡大

こちらが八杜大紳の本殿です。
クリックすると拡大

土塁の上から本殿と拝殿をみた景観です。ここに主郭があったと確定はされてはいませんが、このような立派な神社がここに建てられていることからも、この地が主郭であった可能性を感じます。また、2005年隣接した場所の発掘調査でもこの城郭の東側に防衛的な土塁が発見されたことからも主郭であった可能性を感じました。いずれにしても謎の多い城郭です。
クリックすると拡大

階段を上ったところに建てられている狛犬は古い方が明治30年7月27日で、新しい方が平成21年9月吉日に建立されたもので今でも大切にされていることが伺えました。


神社の脇には3つの石碑が祀られていました。右から八坂大神、神明宮、疱瘡神です。
クリックすると拡大

その横には安産の神様である子安大明神も祀られていました。


八杜大神神社の奥には浅間神社の石碑が建てられていました。


浅間神社の入口の鳥居ですが、この新しい鳥居の奥に、鳥居の上部が写っているのが判ってもらえると思います。おそらく震災で倒れて物であろうと思います。


道祖神も祀られていました。1982年に入居が開始された此の地域の新しくニュータウンにつけられた「宮ノ台」という地名は、この宮の杜に因んでつけられたように感じました。


今までに紹介した小竹城と先崎城と下高野館と井野城です。中学校の文字のあたりのマークが井野城です。右下が小竹城で上の2つが右から先崎城と下高野館です。


こちらは印旛沼の西側の城跡・館跡で中央が井野城です。
戦国時代には、この辺りには沢山の城がありました。
千葉県内で城跡・砦跡・館跡等に関する遺跡が1000箇所近くあり、佐倉市内には約50箇所、その存在が確認されています。

より大きな地図で 印旛沼の城 を表示

続きを読む


戦国時代の城 下高野館(しもこうや やかた) [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
今から600年~400年前の千葉県の印旛沼の西側地域には、すでに紹介した小竹城先崎城のように防御のための城が沢山あったことが知られています。その小竹城や先崎城の近くには、同じような役目を持っていたと思われる館の痕跡が、写真の小山の中に見つかっています。また麓の人たちの家にも館があったことが言い伝えられています。その館は八千代市下高野地区にあることから「下高野館」と呼ばれています。こちらの写真は館から南東方向から撮りました。

その下高野館が建っていたと思われる場所を航空写真にマークいたしました。この小山は東、西、南の方向に対しては高台になっていますが北に広がる台地とは同じ高さで、その台地から舌状に突き出た部分なのです。
地形的には先崎城と類似しています。

より大きな地図で 下高野館 を表示
真上からではなく、斜めから見た航空写真も紹介いたします。
クリックすると周りの建物の雰囲気が判ると思います。
クリックすると拡大

このあたりの景観を動画で紹介いたします。 プレーボタンをクリックしてください。
最初の画面の中心が先崎城で、画面が左方向に移動して一度ズームする場所が下高野館(下高野城)が建っていた高台です。右の写真をクリックすると別画面で動画を見ることが出来ます。
下高野館と先崎城は直線距離で530mでした。


南西方向から下高野館があったあたりを見たものです。この森の中に土塁の遺構が残っています。下高野館の奥の台地は梨畑や畑が広がっていました。下高野館ではなく、上で書いた(下高野)は一般的な呼び方ではありませんが、下高野城と書いた理由は後で説明いたします。
クリックすると拡大

小山を拡大すると斜面に、小さな祠(ほこら)があります。この小祠は、下高野館が建っていたあたりの土地の所有者(Mさん)の家の氏神様とのことでした。お願いして、高台のあたりを下高野の地元のKさんに2013年5月31日に案内していただいたときに偶然にも高台の畑のあたりで、その所有者のMさんに会うことが出来ことから小山の中に入らせていただいた上に案内までしていただきました。さらに写真撮影の許可もいただきました。
クリックすると拡大

これがMさんの家の氏神様の祠(ほこら)です。祠の奥が、館の周囲にあったと思われる土塁の一部です。写真の中で右端に写っている方がMさんです。


祠の中の飾りも撮らせていただきました。初めて見るもので真新しい飾りで、この祠が大切に受け継がれていることを感じました。


クリックすると大きな画像PDFを表示Mさんの家では氏神だけてなく、この稲荷大明神も祀られておりました。2つの守り神があるのは珍しいとKさんから教えていただきました。
Mさんの家では辻切りを始め、成らせ餅、節分、サナブリ、カッキリなど、昔からの多くの伝統行事を守っておられます。これだけたくさんの伝統行事を続けられている家は貴重な存在だと思います。右の写真のように「広報よちよ」にも何度か掲載されました。今年の2013年2月14日のNHKのおはよう日本で「下高野の辻切り」が放映されました。同じ2月14日ですがNHKの「こんにちは いっと6けん」でMさんの家のクリックすると拡大節分行事(右の写真)が放映されたくらいです。放送内容は辻切りの記事の後半で紹介させていただきました。→ポチッ
2012年の2月29日にもNHKで千葉県の色々な民俗行事の紹介の中でMさんの奥さんも出演されたそうです。


館があったと思われる場所を囲むように土塁がありました。土塁の上を歩いている方がMさんです。写真を撮られている方が、民俗博物館やこの場所を案内していただいた地元のKさんです。これは館の西方向の土塁です。


北側の土塁から上の写真を撮った方向の写真です。


この石碑の中央には「身魂霊神」と書かれており左右にはカタカナ交じりの漢字で、石碑に由来が書かれていました。写真をクリックすると、完全ではありませんが、その文章を読むことが出来ると思います。
文章は 「大石某ナル者 此地 居城ヲ構ヘタリト伝フモ記録存セス・・・」 と始まり
     「記載ナク年代不詳其ノ後我祖先此處ニ住居ヲ定メ・・・」       と続き
     「大石氏を身魂?神ト祭リテ以テ・・・」                   と続き
     「其ノ由緒ヲ傅フルモノナリ」                と締めくくっています。
この石碑は1925年に立石幸造さんが後世に伝えるために建てたものです。立石幸造さんは現在の当主の先祖の方と思われます。将来のことを考えて倉に残された資料や代々伝えられてきたことを石碑に残したものと思われます。内容から見ると大石氏が城を構えたと書かれていることから城主の姓は大石であったことになります。また「館」ではなく「城」の言葉が使われており、しっかりとした土塁に周囲を囲まれていたことから下高野館は「大石城」あるいは「下高野城」と表現できるのかもしれません。
クリックすると拡大

館跡に近い場所から、今までに13枚の板碑(いたび)が見つかりました。写真はその板碑です。板碑は中世仏教で使われた供養塔で、板状に加工した石材に梵字=種子(しゅじ)や被供養者名、供養年月日、供養内容を刻んだもので鎌倉幕府(1185~1333年)の武士の信仰に強く関連すると考えられているそうです。一番右の板碑には梵字が読み取れます。
下高野地区は立石さん、小澤さん、深山さんの3つ姓で構成されており、いずれも千葉氏とゆかりのある姓であることから、下高野館も千葉氏系の館主であったと考えられています。
クリックすると拡大

書かれている文字を読むため所有者のMさんに坂碑を抜いていただきました。写真をクリックすると文字が書かれていることが判ると思います。文字は正確には読めませんでしたが全体の形が判ることから546年前の古さが伝わってきました。発見された板碑のなかで古いものは文正2年(1467年)であることから、少なくとも戦国時代の少し前から館があったものと考えられています。一方、距離的にも関係が深かったと考えられている先崎城は臼井城の支城であったことから下高野館も臼井城(12世紀中頃~1604年廃城)の支城であったと考える方が多いようです。参考にこの時代の年代を書いておきます。最大の戦いは1566年に上杉謙信が臼井城を攻めて謙信が敗退した時ですが、それ以外に臼井城に関わる戦いが記録されているのが1479年、1561年、1564年などがあります。
 鎌倉時代    1185~1333年   板碑の起源
 室町時代    1336~1573年
  建武の新政  1333~1336年
  南北朝時代  1336~1392年
  戦国時代   1493~1590年   印旛沼周辺での戦いの時期
 安土桃山時代 1573~1603年
 江戸時代    1603~1868年
クリックすると拡大

板碑は発掘された場所の近いところに祀られていました。
この坂碑は「大先祖 八良右エ門 之墓」に祀られていました。
クリックすると拡大

小山の上から館跡の方向(南方向)を撮ったものです。この畑からも沢山、板碑が発見されたそうです。


館があったあたりは東側、南側、西側は急な崖になっていることから北側から上がっていきます。この道は梨園に軽トラックが上がっていくために整備されたものと思われます。道の脇にも太い木が生えていることから軽トラックが通れる道が整備される以前にも、元となった道があったと想像されます。昔、この元となった道が、空掘りだったのか、単なる小道だったのかは判りませんが、昔も北側のみが館に上がってこれる方向だったことは、まちがいないことである上に、この天満宮あたりは畑以外は、昔のままの地形と想像されることから、何らかの防衛のための地形だったのだと想像されます。直感的に、この道は空堀であったのではないかと感じました。左側の土手の奥に館がありました。左側の土手は単なる自然の地形なのか土塁なのかは今となって判断が難しいところですが、少なくとも入口に近いところは土塁になっていたのだと思います。畑で削られた部分を頭の中で復元してみると全体の形が判ってくるものと思います。


この写真は空堀かもしれない道を上り詰めたあたりです。今となっては確認はできませんが、道が空堀であったとするならば、つきあたり付近が昔の主郭への入口である虎口ということになります。そんな想像をしてみるとロマンを感じます。


これが空堀と思われる道の近くにある菅原神社です。 地元の方は天満宮と呼ばれていました。


天満宮の拝殿と本殿です。この近くの地域は江戸時代は幕府領とクリックすると拡大旗本領と佐倉藩領で構成されていました。隣接する小竹村、井野村、青菅村、先崎村、上高野村は佐倉藩に属していました。下高野村は寺社除地という区分で272村で構成された印旛郡地域で1村だけの区分でした。寺社除地の定義はよくわかりませんが特別な地域であったようです。
そんな下高野村に版木が伝えられていました。その版木から刷ったのが右の版画です。版画は大宰府天満宮・宮司・西高辻信長・氏により鑑定されたそうで右上に、宮司の「天満大自在天神」の添え書きが書かれていました。
クリックすると拡大菅原道真の別称に「天満大自在天神」があることから、こちらの天満宮は学問の神様ということで近隣の受験生の方が絵馬を奉納されていました。そんなこともあり菅原神社の名前が使われている気がします。絵馬には版画の「天満大自在天神」が使われている、ここだけの絵馬です。
クリックすると拡大

天満宮の横にはいくつかの社がありました。奥から2つ目の鳥居の社(祠)が下高野館と縁のある「甲人大明神」です。沢山の社(祠)は麓の人たちが、それぞれに担当があり大切に管理されているそうです。
クリックすると拡大

これが正面から見た「甲人大明神」です。下高野館のあった小山の下の方の庭で昔の武士の兜が発見されたそうです。その兜を祀ったのが「甲人大明神」です。
クリックすると拡大

その兜は残念ながら盗まれてしまったので、今は社(祠)の中には石碑が祀られています。大切な文化財は、みんなで大切にしてほしいものです。
クリックすると拡大

天満宮(菅原神社)と下高野館の関係を示す地図を紹介します。庚申塔と書かれているのは下高野地区の庚申塔を建てられている場所です。今で庚申講が続いており、庚申塔の建立も1993年、2000年、2007年とつづいており、7年ごとにあたる来年(2014年)には新しい庚申塔が建てられるそうです。
また辻切りも下高野地区には6体あり、この地図上にも2体を見ることが出来ます。クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大福蔵院は下高野地区のお寺で、明治初期には井野小学校の分校「下高野小学校」でもあったようです。写真は左から「下高野の庚申塔」「下高野の辻切り」「沢山の十九夜塔が建つ福蔵院」です。十九夜塔も7年ごとに建立されており来年2014年に庚申塔とともに建てられるそうです。


下高野館に関してはネツトにも詳しい説明がないことから、下高野館跡を案内してもらったKさんにお願いして2013年5月31日に八千代市立郷土博物館の方の話を伺いに行きました。その後に下高野館跡に行ったわけです。八千代市立郷土博物館(黄色)には貴重な資料が展示されており国道16号を挟んでジョイフル本田の園芸売場(青色)の向かいにあるので、是非とも買い物の時にでも一度、見てみてください。入館料は無料です。スーパー・イズミヤ八千代店(空色)の隣でもあります。
クリックすると拡大

郷土博物館の内部です。一部のもの「撮影禁止と記載」を除いて写真撮影も許可されています。


下高野館の周辺の戦国時代の城跡を緑色のマークで紹介いたします。マークをクリックすると名前と説明を表示します。中心近くの左側のマークが下高野館(下高野城)です。この画面上に出てきている城跡は下高野館、井野城、先崎城、小竹城、臼井城、師戸城、岩戸城、保品竜害城、神野館、正覚院館、米本城ですが、広範囲を表示させると志津大口館、志津城、上峠城の位置もマークしております。まだマークは付けていませんが新川の西には吉橋城、尾崎館、高津館、妙泉寺城、神久保寺台館、飯網権現砦がありました。同じく、まだマークを付けていませんが臼井城周辺には洲崎砦、稲荷台砦、田久里砦、忍台城 、臼井田宿内砦などもありました。今回は地図ではなく高低が判る地形図を使用しました。地形図の中のアイコン写真地図をクリックするとまた違ったことを発見できるかもしれません。黄色のマークは八千代市立郷土博物館です。

より大きな地図で 印旛沼の城 を表示

続きを読む


成田スカイアクセス線の動画を追加しました。 [千葉]



2013年6月2日追伸 タイトル:成田スカイアクセス線の動画を追加しました。

2013年6月1日に吉高の大桜の近くにあるとされる安産を祈願するザンマタを探しに、再度この場所を訪れました。せっかく来たのだからとスカイアクセス線を走るスカイライナーの動画を撮りました。プレーボタンをクリックしてみてください。


2013年5月2日掲載 タイトル:成田スカイアクセス線が見下ろせる場所
クリックすると拡大
千葉県印西市の吉高の大桜の場所の近くを日暮里と空港第2ビルを36分で結ぶ成田スカイアクセス線(Narita SKY ACCESS Line)が通っているのです。吉高の大桜から1分も歩けば成田スカイアクセス線を見下ろせる場所に出れるのです。ここは成田スカイアクセス線を見下ろせる数少ない場所の一つだと思います。少し待っていると上野からのスカイライナーが来ました。今回掲載した写真はすべてクリックすると拡大いたします。

目の前をスカイライナーが通っていく光景を見下ろせる場所でした。
クリックすると拡大

スカイライナーの3枚の写真ともに左方向(成田空港方向)に進んでいます。ここから成田空港まではもう少しです。
クリックすると拡大

今回、見かけた車両をフリー百科事典Wikipediaの写真で紹介します。
左の写真が上で紹介した京成電鉄(京成)のスカイライナーAE型です。山本寛斎がデザインした車両で新幹線以外では北越急行ほくほく線の特急「はくたか」と並ぶ日本最高速の160km/hで走って日暮里と空港第2ビルを36分で結んでいます。
右の写真が羽田空港と成田空港を結ぶアクセス特急に使用されている京浜急行電鉄(京急)の京急600形更新車です。こちらは120km/hの営業運転が行われています。これ以外に京急600形未更新車、京急1000形、京成3050形、京成3700形、京成3000形を見ることが出来ます。羽田空港~成田空港の所要時間は1時間32分~1時間35分です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

成田空港からの羽田空港行きのアクセス特急も来ました。こちらは右方向(東京方面)に走っています。
クリックすると拡大

こちらの方向が東京です。短時間の間に何台も通っていきました。
クリックすると拡大

緑のマークの場所が撮影場所です。赤いマークが吉高の大桜の場所です。印旛日本医大駅と成田湯川駅の間になります。

より大きな地図で 撮影場所 を表示
赤いラインが成田スカイアクセス線から地下鉄浅草線を通り京急線で羽田空港に行くラインです。青いラインは京成本線経由のラインです。紫のラインは上野までの線路です。緑のマークが撮影場所です。


戦国時代の城 先崎城 [千葉]


クリックすると拡大
先日、千葉県佐倉市小竹地区の小竹城と、その城を築城した小竹五郎高胤の墓を紹介いたしました。→ポチッ
小竹城があった戦国時代に隣の先崎地区も先崎城がありました。城があった周りで先崎城という表示を探した結果、上の写真のように「先崎城主 墓石」の標柱(墓守記念碑)を見つけました。

臼井城のあった東の方向から先崎城の方向を撮った写真です。赤い矢印のところに先崎城がありました。高台から平地に睨みを利かす形でお城があったことが判ると思います。今から400年前の戦国時代はどのような景色だったのでしょうね。
クリックすると拡大

先崎城があったあたりを拡大いたしました。写真の中央の高台に主郭があったものと思われます。


震災のあと、このあたりも、新しい家が増えましたが、昔からの家もたくさん残っています。タイムスリップした気分にさせてくれる場所です。



航空写真で先崎城を紹介します。青いマークのところが先崎城です。現在の先崎城のある場所の住所は千葉県佐倉市先崎1567番~1580番です。先崎の明確な経緯はネットでは記載されていないので千葉県や印旛郡や佐倉市の沿革から想定される経緯は次の通りです。
 江戸時代~             下総国印旛郡先崎村     佐倉藩管轄
 1871年07月14日(明治04年) 佐倉県印旛郡先崎村     廃藩置県
 1871年11月14日(明治04年) 印旛県印旛郡先崎村 
 1873年06月15日(明治06年) 千葉県印旛郡先崎村      
 1889年04月01日(明治22年) 千葉県印旛郡志津村先崎  1町7村が合併 
 1954年03月31日(昭和29年) 千葉県佐倉市先崎       佐倉市が設立       

より大きな地図で 先崎城 を表示
城があった高台の崖下に小さなお堂があります。これが先崎地蔵尊で、お堂の中に高さは90cmの丸彫りで一心に合掌する坐像の石仏が奉られています。
クリックすると拡大右の説明書きには次のように書かれていました。
先崎地蔵尊
 願主 友野河内
 一.慶安三年二月二十四日創建
 二.地蔵信仰と庚申信仰が習合の文化
 三.座像の地蔵尊は珍しい
    佐倉市文化財審議委員会談
慶安三年は1650年です。
クリックすると拡大

お堂の格子の間から地蔵尊を見ることが出来きました。右側のお地蔵さんは明治四十二年一月に友野富三郎さんによって収められたものです。お地蔵さんは「子供の守り神」のためか、左側に子供の人形も収められていました。


地蔵尊の左側に冒頭の写真で紹介の先崎城主の墓石がありました。墓石の右側には先崎城主墓石と書かれた標柱があり、標柱の裏には「慶安三年ニ月建立 (1650年)」と書かれていました。時代背景はよくわかりませんが1650年は江戸時代に入って47年目の年です。そして今から363年前です。
墓石に掘られている年代をは右から次の通りです。真ん中の墓石には桂岳道照と書かれています。この墓石は宝篋印塔(ほうきょういんとう)と呼ばれる形式だそうです。
 慶安三年四月四日   1650年
 慶安三年六月      1650年
 寛文二年八月十八日  1662年
クリックすると拡大

上で紹介の年代はそれぞれの台座に掘られており写真をクリックすると読み取れます。下の方は読み取れませんが戒名と思われる「楓早紅禅定門 」「禅定尼・ 」「禅定門霓・ 」の文字も見れます。
クリックすると拡大

上で紹介の墓石以外にも沢山の墓石がありました。明治三年四月廿二日に友野幸太郎さんが再建した石碑(墓石)などもありました。小竹城の場合は小竹五郎高胤が築城したものですが、先崎は人の名字ではなく印旛沼の中の岬(先崎)に由来する地名です。ネットで調べても築城者の当時の氏名は判りませんが、先崎地区で沢山ある名字の友野氏の祖先にあたるものと思われます。
クリックすると拡大

同じ場所に沢山の庚申塔もたてられていました。


さらに別の石碑も建てられていました。
クリックすると拡大

ネットで先崎城を検索した結果、歴史的背景の記載されたものはほとんどありませんでしたが謙信、下総臼井城攻めの章 関東騒乱(七)内で永禄8年(1565年)に臼井城を上杉謙信が攻めて敗退した時の記述に先崎城の名前があったので転記しました。戦国時代の厳しさが伝わってきます。少なくとも1565年以前に先崎城が存在したことになります。
剛勇の武士。その働きは北條家の赤鬼とまで異名されたと関八州古戦録にある。 此方から援軍に駆けつけるはずの大和田砦から、反対に松田孫太郎が援軍に来たのであれば、小田原からの援軍も期待できるとの思いを持った上野介胤貞、松田の援軍を臼井城に案内すると直ぐに自兵をその主要な支城である小竹城、先崎城、志津城、師戸城、岩戸城を固め、臼井城周辺に置かれた洲崎、仲台、宿内、手繰、稲荷台の各砦に人数を詰める事にした。...
謙信は先陣である長尾顕長、富岡重朝の手勢を印旛沼の北側に送り込み、岩戸城、師戸城を取り囲ませると、中備えの本庄繁長、北条丹後守、新発田治長の手勢を印旛沼南岸の西北方面から、先崎城に向かわせ、他国衆の本庄秀綱、三上兵庫介正秋、石毛平馬持之、森下三河守の手勢には臼井城南西にある志津城を囲ませている。...
印旛沼対岸でも先崎城から崩された原上野介の兵が仲台砦にばらばらと逃げ帰っており、志津城からも同様に越後兵に追われた城兵が手繰砦に逃げ込んでいた。 謙信本陣もこれを見て陣を動かし、目の前の小竹城に寄せると、これも三月十日までには総崩れとなって手繰砦へと入って行った。...

高台の淵は絶壁になっています。こちらが東側です。写真をクリックすると東方向の景色を表示します。
クリックすると東方向の景色

こちらが南側の絶壁です。写真をクリックすると崖下の景色を表示します。
クリックすると崖下の景色

絶壁の淵は土塁のように盛り上げられていました。写真の右側が絶壁です。当時の地形が残っているものと思われます。写真をクリックすると内側を表示します。
クリックすると内側を表示

高台から奥に入ったところにも古い墓石のような石碑がありました。左の墓石には寛文九年五月(1669年)先崎村と書かれておりました。形式は五輪塔(ごりんとう)で高野山の墓石でよく見かけました。右の石碑には享保十年十月四日(1725年)先崎村と書かれていました。
クリックすると拡大クリックすると拡大

古い墓石あるいは石碑がさらにありました。年代は宝永四年(1707年)、寛政六年(1794年)、天明六年(1786年)が読み取れました。


先崎城のそばには鷲神社があります。鷲神社の開創は承平七年七月七日(937年)とのことなので先崎城が出来る以前からあったものと思われます。ただし建物は応永年間(1394~1428年)に火災により被害を受けたことから1844年に再建されたものだそうです。石の鳥居は寛文十三年(1673年)に建立された当時のままだそうです。


先崎城、先崎城主墓石、地蔵尊、丘の上の墓石、鷲神社の位置関係です。
クリックすると広範囲の地図を表示

続きを読む


「小竹城」と「小竹五郎高胤の墓」 [千葉]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
千葉県佐倉市小竹地区は、辻切り不思議な風習を紹介したとおり、伝統が残る歴史のある地区なのです。その中で貴重な文化資産なのが小竹五郎高胤(おだけ ごろう たかたね)によって1390年頃に築城されたと伝えられている小竹城(おだけじょう)の城跡です。この城跡は地元の住民の方によって代々守り継がれてきた文化資産なのです。ここが小竹城であったことを示す標柱が立てられています。

この小竹城跡は2011年3月1日に佐倉市市民文化財に選定されました。車道からの入口部分に小さな看板が立てられていました。資産名は「小竹城跡と小竹五郎の墓およびその周辺の里山風景」です。
佐倉市市民文化資産
小竹城跡と小竹五郎の墓およびその周辺の里山風景
  選定年月日  平成二十三年三月一日
  種     別  自然資産
  員     数  一件及び一基
小竹城は、明徳年間(1390年頃)小竹五郎高胤によって築城されたと伝えられています。現在では一辺約50メートルの土塁や空堀が残るみですが、城址を大切に思う住民により、一帯は墓とともに代々守り継がれてきました。周辺に残る樹林や湧水を含む豊かな里山風景と合わせて、貴重な自然資産です。
平成二十四年三月                佐倉市教育委員会
クリックすると拡大

車道からの入口です。
選定地は民有地であることから小竹城跡の周囲の限られた景観のみの紹介とさせていただきます。もし見に行かれるときは住民の方に配慮していただけるようにお願いいたします。ミラーの右側の桜の木の下の黄色の〇の部分に小竹城を築城した小竹五郎高胤の墓あります。クリックするともう少しよくわかると思います。
クリックすると拡大

こちらが小竹五郎の墓です。墓石の中央には「小竹五郎之墓」と書かれており、これが小竹城を築城した小竹五郎高胤の墓であることが判りました。しかし墓石の台座には高橋と刻まれています。ネットによると小竹氏はのちに帰農して名前を高橋に変えたようです。そのために台座には高橋が刻まれていると推察いたします。そんなこともあり、この地域は高橋の姓が多いのです。地元の竜神橋さんからコメントいただいたように、分家に高橋惣兵衛さん(ネットで出てくる名前)が、おられたようです。地域の案内板の高橋さんの数を数えると15軒でした。高橋さん以外でも山崎さんと秋元さん秋山さんの名前が多かったです。
クリックすると拡大

下の縦長の2枚の写真の左側が墓石の正面の写真で、右側が墓石の右面の写真です。裏面と左面には特に文字は刻まれていませんでした。下で紹介する文字は正面からだけでは読みにくいので右の写真のように2~3文字づつ角度をつけて撮った写真で読み取りました。
墓石の正面中央に「小竹五郎之墓」と書かれていることが判ると思います。その右上には「千葉六家之正跡」と書かれています。これは「千葉六家」の「正しい場所(正跡)」という意味で、重い意味がある墓標のようです。
墓石の右面には、次のように建てられた時期と経緯が書かれていました。
 時期 維明治廿六発巳年十一月穀旦
 経緯 先祖為菩提高橋弥右エ門建之
穀旦は吉日のことです。つまり築城から約500年後の明治26年11月吉日(今から120年前)に高橋弥右エ門によって先祖の菩提(冥福を祈って供養)のために建てたことを表しているようです。クリックすると拡大クリックすると拡大するので文字を見てみてください。
実は「高橋弥右エ門」の名前は、すでに紹介したことがあるのです。小竹の辻切りの記事で③番の辻切りが取り付けられていた右の写真の秩父三十四ヶ所参りを記念した石柱を立てたのが高橋弥右エ門さんでした。明治33年1月吉日に建てられたので年代的にも同じ人だと思われます。
クリックすると拡大クリックすると拡大

120年前に建てられた小竹五郎高胤の墓もすばらしいのですが、その右側に小さな2つの墓石があり、そちらも気になって近づいてみました。
クリックすると拡大

左の墓石には小さな子供を抱いた菩薩像が彫られていることから、小さな子供の墓石だと思われました。その像の右側には「子」の文字が読み取れることからも子供の墓石であることが伺えました。像の左側には寛延三年十月の文字が読み取れます。つまり、この墓石は寛延三年(1750年)のものであることから今から約263年前のもので現在の120年前の小竹五郎高胤の墓石より、はるかに古いものだったのです。
小さな子供の墓石が建てられていたということは、それより古い本体の墓石があったことを示してくれているのです。
一方、右側の墓石をよく見ると古い墓石の屋根の部分でした。クリックしてもらうとわかるように非常に古いものと思われました。もしかしたら小竹五郎高胤のオリジナルの墓石だったのかもしれません。墓石が壊れてしまったことから120年前に建て直した可能性はあります。今となっては史実を確認する手立てはありませんが、いずれにしても現在の墓石を建てる以前で、且つ寛延三年(263年前)以前にも、この場所に立派な墓石があったことは間違いなさそうで、ロマンを感じさせてくれる場所でした。
クリックすると拡大クリックすると拡大

車道から入っていく道を正面から見ました。2011年に佐倉市市民文化財に選定され説明文の看板が道り右側に立てられていることが判ると思います。この看板は昨年(2012年)に建てられました。


道を進んで左に曲がると冒頭の写真の標柱が見えてきます。この城は二重土塁で守られており、手前の盛り上がった部分が一文字土塁と呼ばれるものだと思われます。標柱は城郭への入口の虎口に立てられていたのです。 <写真①>


ここが小竹城の主郭への入口であった虎口です。虎口(こぐち)とは中世以降の城郭における出入り口のことです。「こぐち」には狭い道・狭い口という意味があります。虎口を「ここう」とよむ場合は、中世の戦場や陣地における危険な場所を意味することもあるそうです。虎口の両側に土塁が続いています。 <写真①'>
クリックすると拡大

クリックすると拡大土塁の内側の曲輪と呼ばれる部分には主郭が建っていました。現在は代々受け継がれてきた方の民家が建っています。ネットによると曲輪の土塁脇には妙見社などの祠があるようで、かつて城郭であった雰囲気がありました。右の写真はネットから拝借した祠の写真です。
クリックすると拡大

立派な土塁が曲輪のまわりに続いていました。<写真②>
クリックすると拡大

虎口に建てられた標柱です。いずれもクリックすると拡大します。
この標柱は23年前の平成二年(1990年)に建てられたもので、標柱には枠内の内容が書かれていました。
小竹城は小竹氏の居城としての伝承を残す。しかし臼井氏の一族が小竹氏を称するのは十三世紀のことと考えられるのに対し、遺構の構造から判断される築城時期は十六世紀初頭とされている。遺構としては土塁・空堀・虎口等があり、居館的性格を濃厚に有する中世城郭である。
ここでは築城は十六世紀初頭と書かれていますが、同じ佐倉市教育委員会の2011年の見解では1390年ごろ築城と、より具体的な説明になりました。ただし現在残されている遺構は、原氏が臼井城主にあった16世紀(1500年代)中頃から後半の時期のものと考えられいるそうです。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

土塁の外側の空堀もしっかりと残っていました。は二重土塁で土塁と土塁の間が空堀になっているのです。<写真③>


北側斜面の土塁です。ここは20m近い高さの傾斜になっていました。<写真④>


こちらは一文字土塁の手前から小竹城跡の東側の臼井側に降りていく小道の入口です。<写真⑤>


この小道は整備されていましたので降りてみることにいたしました。<写真⑥>


クリックすると拡大小道を降りてみるとこのような広場がありました。
この広場はボランティアの「佐倉里山ガーディアン」の方々が整備されているそうです。
上で紹介した小道の整備も佐倉里山ガーディアンの方により行われたとホームページに書かれていました。
すぐそばには右の写真の樹齢100年のグミの大古木があり佐倉市の保存樹に選定されていました。その木には昔フクロウも住みついていたそうです。正面の竹林の向こうに小竹城跡があるのです。
クリックすると拡大 佐倉里山ガーディアンの紹介
  設立 2003年
  活動 里山のためのボランティア
  会員 10名
  代表 飯田富雄 
  住所 千葉県佐倉市小竹785-3
  連絡 (有)飯田製作所
  HP  http://www.catv296.ne.jp/~satoyama/index.html


上の写真の小道を降りて少し離れた東の臼井側から小竹城跡の方向を見た景色です。この写真では確認する目標は写っていませんが中央より少し右側あたりの奥の丘の上が小竹城跡です。
クリックすると拡大

上で紹介した写真を撮った場所と方向を配置図に記載いたしました。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 ①虎口と標注と一文字土塁
 ② 土塁
 ③ 空堀と二重土塁
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 ④ 北側斜面と土塁
 ⑤ 東に降りる小道入口
 ⑥ 東に降りる小道


続きを読む


酒々井のアウトレット [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
千葉県にもプレミアムアウトレットが2013年4月19日にオープンしました。酒々井プレミアムアウトレットです。さっそく行ってみました。
この通りはSouthern Avenueです。写真①

驚いたことにGoogle地図では酒々井プレミアムアウトレットも新しくできた酒々井インターチェンジ(IC)も、まだ表示されていませんでした。Yahoo地図には下記のように酒々井プレミアムアウトレットが反映されていました。画面を上に移動させると酒々井ICも表示されます。ただし航空写真はGoogleでもYahooでも更新されていません。


左の店舗の配置図はクリックするとすべての店舗の名前が読める大きさの配置図を表示するようにいたしました。
右の地図のように2013年4月10日に酒々井ICが開通しました。おかげで高速道路を降りて数百mでアウトレットのエリアに入ってしまいます。周辺一般道路が渋滞するので近くでも高速道路を利用して酒々井ICから行くと、かなり便利そうです。ナビにまだ反映出来ていない場合は、とりあえず酒々井ICまで行けば自然とアウトレットに着けると思います。
 名称 酒々井プレミアム・アウトレット  SHISUI PREMIUM OUTLETS
 住所 千葉県印旛郡酒々井町飯積689 2-4-1
 電話 043-481-6160
 営業 10:00~20:00    (5月6までは9:30~21:00)
 定休 まだ未定のようです。 (2月第3木曜日の年1回と予想)
クリックすると拡大

121店舗の配置図です。左側が南方向です。上の地図で方向を確認願います。プレミアムアウトレットは有名なブランド店が沢山集まった一階建の広い施設なのです。この配置図の中の現在地と書かれている場所の近くが冒頭の写真①です。配置内に掲載したした写真を撮った位置と方向を①~⑫で記載しました。
クリックすると別画面表示

プレミアムアウトレットの外側の外観です。長方形の施設の短辺(南側)の方の外観です。短辺が約120mです。写真②
クリックすると拡大

こちらが長方形の施設の長辺(東側)の外観です。こちらの長辺は約300mです。大きな道路が施設を取囲むように配置されており、その外側に完全に囲むかたちで駐車場が配置されていました。写真③
クリックすると拡大

施設を囲むかたちで広大な駐車場がありました。
近くに来るまでの一般道での渋滞はありますが駐車で困ることはなさそうです。入口に近い方が満車になっても奥の方は空いていました。
プレミアムアウトレットの各店舗の規模を比較してみました。久々の開店で話題になったのがわかる気がします。御殿場が出来て13年、なんといっても日本で一番新しいプリミアム・アウトレットなのです。
  場所   開業日      店舗名  店舗数 施設面積  駐車   敷地面積
 静岡県 2000年07月13日 御殿場  205店 44600㎡ 5000台 403100㎡
 大阪府 2000年11月23日 りんくう  208店 39400㎡ 2900台  86500㎡
 栃木県 2003年03月14日 佐野    175店 37300㎡ 4300台 174500㎡
 佐賀県 2004年03月12日 鳥栖    150店 18200㎡ 3600台 147800㎡
 岐阜県 2005年03月04日 土岐    144店 28700㎡ 3000台 243800㎡
 兵庫県 2007年07月06日 神戸三田 220店 42200㎡ 4000台 242000㎡
 宮城県 2008年10月16日 仙台泉   83店 15500㎡ 1800台  75000㎡
 茨城県 2009年07月09日 あみ    151店 31000㎡ 3900台 207500㎡
 千葉県 2013年04月19日 酒々井  121店 21700㎡ 3500台 197200㎡



こちらがプレミアムアウトレットの中です。この通りはWestern Streetです。写真④
通路の両側沢山のブラント店が並んでいました。店舗以外は屋内ですが雨の火でも傘なしで歩けるように店舗沿いは屋根があります。どのようなブランド店が出店しているのか知りたい方はこちらをクレックしてください。→ポチッ
クリックすると拡大

アウトレットの特徴の一つが犬などのペットも連れて行けることです。ただし店舗内にはペットは入れないので一人が買い物しているときに一人がペットと一緒に店舗外で待っていなければならないので、買い物をしたい人は二人以上で来る必要があります。
それでも沢山の人がワンちゃん連れで来ていました。写真⑤
この通りはEastern Streetです。


屋外でも大きな屋根があるエリアもありました。ここはCenter Avenueと呼ばれている場所です。写真⑥
クリックすると拡大

オープセールで特別に安く売っていることから込み合っているお店が多かったです。こちらの写真のCOACHIがレストランやカフェ以外の店舗で最もお客が多かったお店です。値引きが約40%であったために店舗内への入場制限をしていたことから店に入るための行列が出来ていました。写真⑦
クリックすると拡大

レストランやカフェや食べ物を売っていたのが赤い店舗です。全体の店舗に比べて飲食店が少ないようなのでどのお店も大変な行列となっていました。写真を撮った場所が黄色の番号(⑧~⑫)の位置で撮影方向が黄色の矢印()です。
クリックすると別画面表示

こちらがフ-ドコ-ト(Food Court)の内部ですが高い天井が開放的な雰囲気をつくっていました。入っているお店は下記の通りで、どのお店も大変な行列でした。写真⑧
 ぼてぢゅう屋台(鉄板焼きそば) Cold Stone Creamery(アイスクリーム)
 Freshness Burger(ハンバーガー)  銀座 双芭(肉汁つけうどん)
 和洋食堂 山下晴三郎商店(和洋食) どうとんぼり神座(ラーメン)
 韓国料理ビビム(韓国料理)     Pizzeria Dell'angelo(ピッツァ)
クリックすると拡大

レストランで最も行列の人数が多かったのがこちらのCalifornia Pizza Kitchenでした。朝一には行列は出来ていませんでしたが12時が近づいてくると一気に行列が出来てしまいました。写真⑨


こちらは回転寿司の銚子丸ですが、こちらも昼時は大変な行列でした。蒼龍唐玉堂(中華)やDélifrance(カフェベーカリー)やスターバックス(コーヒー)などレストランに関しては、どのお店も行列が出来ていました。写真⑩


レストラも含めて全ての店舗の中で、最も長い待ち時間のお店がCenter Avenueにある写真のGarrett Popcorn Shopsでした。写真⑪
クリックすると拡大こちらのお店をお目当てにアウトレットに来ている人も沢山いるようでした。こちらが日本での2号店で話題のお店であることも、長い行列が出来ている理由の一つのようでした。ちなみに日本1号店は原宿店です。
行列の最後尾で案内されていた、お店の店員さんに待ち時間を確認すると、なんと2~3時間待ちでした。どのようなポップコーン(右の写真)なのかはホームページを見てください。→ポチッ
クリックすると拡大

Garrett Popcorn Shopsの両隣のお店も、すごい行列でした。手前がチョコレートを売っているPierre Marcoliniで奥がアイスリームで有名な成田ゆめ牧場です。取材に来ていたテレビ局の人も、この行列は話題になるようです。写真⑫


アウトレットとは俗にいうアウトレットモールで、日本では三井不動産が運営する「三井アウトレットパーク」と、三菱地所が運営する「プレミアム・アウトレット」が2大勢力となっています。下記が日本の主なアウトレットです。現時点(2013年5月)においてアウトレット店舗数が日本最多なのは三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島の240店舗です。第二位は神戸三田プレミアム・アウトレットの220店舗だと思われます。レイクタウンはアウトレット店数は多くはありませんが専門店などを加えたショッピンクセンターとしての店舗面積245,223㎡は、千葉県船橋市にある「ららぽーと」の120,200㎡を抜いて日本一です。下の沢山の小さな写真はWikipediaから拝借いたしました。いずれもクリックすると大きな写真を表示します。
 北海道  小樽アウトレットタウンWALL
千歳アウトレットモール・レラ 北海道  千歳アウトレットモール・レラ
 北海道  三井アウトレットパーク 札幌北広島
 宮城県  ヒルサイドショップス&アウトレット
 宮城県  三井アウトレットパーク仙台港
 宮城県  仙台泉プレミアム・アウトレット
 茨城県  大洗リゾートアウトレット
 茨城県  あみプレミアム・アウトレット
 栃木県  那須ガーデンアウトレット
三井アウトレットパーク 幕張 栃木県  佐野プレミアム・アウトレット
 千葉県  三井アウトレットパーク 幕張
 千葉県  三井アウトレットパーク 木更津
 千葉県  酒々井プレミアム・アウトレット
 千葉県  ビッグホップガーデンモール印西
 埼玉県  三井アウトレットパーク 入間
 埼玉県  レイクタウンアウトレット
 東京都  ヴィーナスアウトレット
 東京都  三井アウトレットパーク 多摩南大沢
御殿場プレミアム・アウトレット 東京都  グランベリーモール
 神奈川県 三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド
 山梨県  八ヶ岳リゾートアウトレット
 静岡県  御殿場プレミアム・アウトレット
 長野県  軽井沢・プリンスショッピングプラザ
 岐阜県  土岐プレミアム・アウトレット
 愛知県  ラグーナアウトレット
 三重県  三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島
岸和田カンカンベイサイドモールWEST 滋賀県  三井アウトレットパーク 滋賀竜王
 大阪府  三井アウトレットパーク 大阪鶴見
 大阪府  タウンアウトレット・マーレ
 大阪府  岸和田カンカンベイサイドモール
 大阪府  りんくうプレミアム・アウトレット
 兵庫県  三井アウトレットパーク マリンピア神戸
三井アウトレットパーク マリンピア神戸 兵庫県  神戸三田プレミアム・アウトレット
 岡山県  三井アウトレットパーク 倉敷
 広島県  広島マリーナホップ
 福岡県  マリノアシティ福岡
 佐賀県  鳥栖プレミアム・アウトレット
 沖縄県  沖縄アウトレットモール・あしびなー
小さな写真はクリックすると拡大します。
小樽アウトレットタウンWALL三井アウトレットパーク 札幌北広島ヒルサイドショップス&アウトレット
三井アウトレットパーク 仙台港仙台泉プレミアム・アウトレット大洗リゾートアウトレット
那須ガーデンアウトレット佐野プレミアム・アウトレット三井アウトレットパーク 入間
レイクタウンアウトレット
ヴィーナスアウトレット三井アウトレットパーク 多摩南大沢グランベリーモール
三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド軽井沢・プリンスショッピングプラザ三井アウトレットパーク ジャズドリーム長島
三井アウトレットパーク 滋賀竜王三井アウトレットパーク 大阪鶴見りんくうプレミアム・アウトレット
神戸三田プレミアム・アウトレット三井アウトレットパーク 倉敷広島マリーナホップ
マリノアシティ福岡鳥栖プレミアム・アウトレット沖縄アウトレットモール・あしびなー
小さな写真の上にカーソルがを持って行くと名前を表示します。

佐倉チューリップ祭り [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2013年4月16日掲載 タイトル:佐倉のチューリップ祭り
クリックすると拡大
千葉県の佐倉市では2013年4月6日(土)~2013年4月29日(月)の期間にチューリップ祭りが行われています。チューリップ祭り、あるいはチユーリップまつりは昔からの呼び方で今は、佐倉チューリップフェスタが公式の呼び方です。でも我々はチューリップ祭りと呼んでいます。
そのチューリップ祭りには2013年4月13日の早朝に車で行きましたが、その前に様子を見るために自転車で行ってみました。ここでは86種類50万本のチューリップが植えられています。

クリックすると拡大今回の写真はすべてブログFC2に保管したものを添付したしました。そのためにFC2の閲覧を制限している国やLAN環境では写真が見れないかもしれません。その時はスマホで見てください。
せっかく自転車で来たので何枚か自転車の記念撮影をいたしました。いずれもオランダ風車とチューリップを一緒に撮りました。
クリックすると拡大

少し風車から離れて撮りました。このオランダ風車を調べてみました。
 名称 リーフデ《友愛》”De Liefde”
 用途 水くみ用風車(日本初)
 種類 グランドセーラー型(地上型)
 仕様 木および鉄製(オランダ製)
     羽根:4枚羽根、直径27.5m 水くみ風車:直径4.2m
 本体 鉄筋コンクリート造4階建、外壁レンガ積み 本体高15.6m
 延床 165.44㎡
 竣工 1994年3月
 運転 10:00~16:00  たたし強風、無風、月曜日は停止
クリックすると拡大

クリックすると拡大さらに離れて撮りました。チューリップはいろんな種類があるので、すでに散りかけたチューリップもあるし、蕾の状態のチューリプもありました。
このチューリップはバラードという名の種類です。この時もチューリップフェスタが始まる9時よりも早かったので見学者はまだ少なかったです。
クリックすると拡大

2013年4月13日の早朝の7時20分ごろにみんなで来てみました。チューリップ祭りの期間中は広大な臨時駐車場が作られるために駐車に苦労することはありませんが、結構遠い場所になってしまうことがあるのですが、7時20分頃であれば風車の近くに駐車できることから早朝に来たのです。
屋台や売店やイベントは9時からなのでチューリップの景観を楽しむだけとなります。
この日の風車には日本の国旗とオランダの国旗が飾り付けられてチューリップ祭りの雰囲気を盛り上げていました。朝日が正面から当たる東側のエリアから、いろんな距離からの写真を3枚掲載いたします。
クリックすると拡大

これが最も遠くから撮った写真です。東側のエリアのチューリップは佐倉市内の沢山の小学校の生徒たちが植えたものです。学校ごとにエリアが区切られており小滑降の名前が書かれていました。
クリックすると拡大

低い姿勢から撮った風車です。やはりこの姿勢から撮る人が多かったです。
クリックすると拡大

西側のエリアから撮った風車です。早朝のため逆光気味ですがこの角度からも趣があります。太陽が背中から当たる午後からは、きれいな景観を見せてくれると思います。
クリックすると拡大

日本国旗とオランダ国旗の飾り付けは雰囲気を盛り上げていました。
江戸時代の佐倉藩の蘭医学が「西の長崎、東の佐倉」と言われたほど盛んであったことから、1987年に佐倉日蘭協会を設立し、草の根の国際交流を続けているそうです。日蘭修好380周年佐倉記念事業として佐倉ふるさと広場に1994年に建てられた本格的なオランダ風車は日蘭親善のシンボルでもあります。風車はオランダ人技師により建設された日本初の水くみタイプ風車で、風車が回るときは、勢いよく水をくみ上げている様子を見ることが出来ます。天保14年の医学塾「佐倉順天堂」 → ポチッ
クリックすると拡大

風車の旗の飾り付けや羽を止める位置が意味があることが判りました。画像をクリックすると豆知識④だけでなく「①木靴は長靴の代わり!?」 「②オランダ衣装」 「③オランダと風車」も表示します。
 小休止 十字に羽を止める。
 大休止 ☓字型に羽を止める。
 忌事   最高点を少し過ぎた位置で止める。
 祝い事 最高点の少し手前で止めて国旗などを飾る。
クリックすると豆知識①~④

風車の近くから売店の方向の景色もきれいです。
クリックすると拡大

チューリップの花のアップの写真を紹介いたします。チューリップと言えばやっぱり真っ赤なチューリップです。チューリップはユリ科でした。ユリ科とは意識したいなかったです。
   目 ユリ目 Liliales
   科 ユリ科 Liliaceae
   属 チューリップ属 Tulip
 和名 鬱金香(うこんこう、うっこんこう)
 学名 Tulipa gesneriana
クリックすると拡大

クリックすると拡大こちらは白いチューリップです。下の写真は4月13日のチューリップで、これから開いてきます。そして右の写真が5日後の4月18日に撮った同じ白いバラです。こんなにも開きました。
たった5日間で花が散ってしまった品種も沢山ありました。右の写真もクリックすると拡大するので是非とも見てください。
クリックすると拡大

同じ色のチューリップを植えている小学校もあれば、いろんな色のチューリップを植えている小学校もありました。
クリックすると拡大

息子や娘たちが通った青菅小学校はいろんな色のチューリップを植えていました。この方が植えるのが楽しいでしょうね。この大きなエリア全体が青菅小学校の担当でした。こちらでチューリップを植えている小学校を紹介いたします。佐倉市には23の小学校がありますが、その中の22の小学校が参加していました。2013年4月12日時点における佐倉市全体の小学生の児童数は8,754人で学級数は305です。
参考ですが佐倉市の総人口は175,690人(2013年3月31日)です。
 青菅小学校 井野小学校 印南小学校 臼井小学校 内郷小学校 王子台小学校
 小竹小学校 白銀小学校 佐倉小学校 佐倉東小学校 山王小学校 志津小学校
 下志津小学校 上志津小学校 染井野小学校 千代田小学校 西志津小学校
 根郷小学校 間野台小学校 南志津小学校 弥富小学校 和田小学校



黄色のチューリップです。


ピンクと白のチューリップです。


白の紫の斑入りのチューりっふむです。


86種類のチューリップが植わっているので珍しいチューリップも沢山ありました。花弁の先がギザギザのチューリップは「フリンジ咲き」だそうです。一重咲きやフリンジ咲き以外の咲き方としては八重咲き、ユリ咲き、ビリデ咲き、パーロット咲き、ミニ咲きなどがあるようです。


八重咲きのピンクのチューリップです。こちらも4月18日に撮った写真を追加させてもらいました。2割くらいの品種のチューリップは花が散ってしまいましたが、この満開のチューリップのように見ごろの品種のチューリップも沢山ありました。
クリックすると拡大

風車の西側のエリアに植わっているチューリップは好きなものを買うことが出来ます。10本で500円です。


この広大な広さのチューリップ畑は壮観ででした。風車の西側のエリアは繁殖と販売が目的のため、人が自由に中を歩けるように少し間隔をあけて植えられています。是非とも写真をクリックしてみてください。広さが実感していただけると思います。同じようにオランダ風車のある「あけぼの山公園」が15万本なので50万本のチューリップは見ごたえがありました。
クリックすると拡大

佐倉のお土産品(落花生・お味噌・まんじゅう・酒)の販売や飲食店のエリアもありました。営業時間は9:00~16:00なので、まだ準備中でした。テントの中なので雨が降ったときの休憩場所としても使えそうです。


恒例の屋台も沢山出ていました。これだけの屋台が並ぶ景観は久しぶりでした。4月18日以降の見逃せない関連イベントを紹介いたします。
4月20日(土曜日)
・ 日没から19時まで500個のランタンで照らす一夜限りのライトアップ
・ 19時からミニ花火打ち上げのフィナーレ
・ 13時と14時半にカムロちゃんが出没します。
・ 15時と18時半に佐倉出身アーティストゆうなみライブ
4月28日(日曜日)
・ オランダの味販売、木靴体験、風車のパネル展示
土日祝日
・ 10時 11時 13時 14時に特別注文のストリートオルガン演奏



ちょうどチューリップ祭りの会場の船着場から屋形船が出るところでした。印旛沼を45分間の遊覧が出来るそうです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

佐倉チューリップフェスタが行われている佐倉ふるさと広場の場所を紹介いたします。Ⓑのマークは佐倉ふるさと広場内のオランダ風車の場所です。地図上のアイコンプラスをクリックすると近くの道路がわかると思います。
  場所 佐倉ふるさと広場
  住所 千葉県佐倉市臼井田2714
  電話 043-484-6165
  料金 無料
  駐車 イベント期間中は常設+臨時駐車場
  バス 市内循環バスが京成佐倉駅北口からでており「ふるさと広場」下車
      イベント期間中は京成佐倉駅北口から送迎バスあり

クリックすると拡大多くの人がハウステンボスのようだとのコメントされておられたのでホームページから写真を拝借して掲載させていただきました。2013年のハウステンボスは過去最大級の30万本のチューリップが咲いているそうです。

 住所 : 長崎県佐世保市ハウステンボス町

2013年5月2日追記 
タイトル:ストリートオルガンが大活躍 佐倉チューリップ祭り
クリックすると拡大
今年2013年の佐倉のチューリップ祭り(チューリップフェスタ)は4月6日に始まり、4月29日で終了いたしました。最終日の4月29日に様子を見るためにチューリップ祭りの行われている佐倉ふるさと広場に行ってきました。今年は例年より花が早かったので予想した通りですが見事にチューリップは散っていました。毎年、始まるのは4月の初めの土曜日のため開始日は変わりますが終了は祝日であることから基本的に4月29日なのです。今年の見ごろを土曜日と日曜日で言えば4月13日と14日でした。例年だと、4月13,14日より、もう少し後の感じです。

でもオランダ風車があるおかげで雰囲気の余韻はありました。この後4月30日以降に球根を大きくするために、すべての花や花がらは刈り取られてしまいます。次は約3万本のひまわりが咲く7月上旬~7月下旬が佐倉ふるさと広場の見ごろとなります。ここではチューリップ以外にヒマワリやコスモスや桜を見ることが出来るのです。
クリックすると拡大

遅く植えられたのか遅咲きなのかは理由はわかりませんが個人募集で植えられたチューリップあたりはまだ花が残っていました。
クリックすると拡大

こちらには自転車で来てみました。ここはサイクリングロードが通っているので本格的なロードバイクで来る人が多いのです。そのためロードバイクが駐輪しやすいようにサドルをかけるバーが設置されています。一番手前が私の自転車です。


満開の時は大盛況だった特設の飲食店のエリアも出店していたお店はすべて撤収して一店もありませんでした。ここだけ見るとちょっと寂しい雰囲気でした。


でも、こちらのお店だけでなくサイクリングロード沿いには10店以上の屋台があり十分に雰囲気を盛り上げてくれていました。


そんな最終日の佐倉リューリップフェスタでしたが、ストリートオルガンは大盛況でした。特別注文の本場オランダのストリートオルガンだそうです。
クリックすると拡大

記念撮影をする人で大人気でした。時刻は10時36分でした。この時間帯だと10時~10時30分が演奏時間と設定されていましたが10時42分の時点でも演奏が行われておりストリートオルガンは大活躍だったのです。
クリックすると拡大

鐘を持った二人の人形がかわいいストリートオルガンでした。


手回しオルガンで穴の開いた板状のカードをつないだ大きなテープのものを取り換えることでいろんな曲を演奏していました。穴の開いたカードは「ブック」と呼ばれています。


演奏曲は「踊るぽんぽこりん」のような子供向けの音楽も用意されており子供たちに演奏させてくれるのでした。思い出となる記念写真が撮れたと思います。裏をよく見るとドラムやシンバルも演奏の中に入っているすぐれものでした。
クリックすると拡大

佐倉市のホームページによると市民音楽ホールに次の3台のストリートオルガンを保有しています。
                    製造  分類  幅   高さ  重量  キー
 DE SATER(サーター)    1898年 大型 6.0m 2.8m 778kg 66key 
 SAKURA(サクラ)       1988年 中型 2.4m 1.7m 300kg 47key
 Veeningen(ヴェーニンゲン)1989年 小型 1.2m 1.0m  80kg 35key
その中でもDE SATER(サーター)は115年前に製造されたオランダ国内でも愛好家の間で有名な楽器で文化財的な価値もあるものだそうです。66キーのうち、広域メロディー部18、中域メロディー部17、伴奏域10、低域部8、打楽器部4、レジスター部9で、ヴァイオリン、バンジョー、カリヨン、チェレスター、チェロ、フルート、ベース等の音色を奏でるパイプは294本で打楽器は、ドラム、スネアードラム、シンバル、人形についた鐘が2個あります。今回のチューリップ祭りで使用されたストリートオルガンは1988年製のSAKURA(サクラ)です。このストリートオルガンは47キーのうち、メロディー部22、伴奏域11、低域部8、打楽器部3、レジスター部3で、ヴァイオリン、フルート、ベース等の音色を奏すパイプは127本で打楽器は、ドラム、スネアードラム、シンバル、人形についた鐘が2個あります。3台のストリートオルガンの演奏を紹介いたします。
DE SATER(サーター)


SAKURA(サクラ) チューリップ祭りで演奏されたストリートオルガン


Veeningen(ヴェーニンゲン)

元佐倉藩・藩主の明治の邸宅 堀田邸 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

佐倉藩の第5代藩主である堀田正睦の四男で第6代(最後の)藩主の堀田正倫は明治維新で17歳で藩知事となり、廃藩置県(明治4年7月14日 / 1871年8月29日)後は東京に移住し明治17年(1884年)に伯爵に叙されたあと、この堀田邸を建て明治23年(1890年)の38歳の時にに佐倉に戻りました。
堀田正倫が佐倉藩の藩主であったのが6歳~17歳であったのにも驚かされました。上の写真が堀田邸の門です。堀田邸が立派な建物であり元藩主の邸宅であったことから2006年に国の重要文化財に指定されました。

こちらは門の横に建っている門番所です。通常は非公開ですが特定の日に公開されるそうです。


こちらは門番所とは反対側に建っている土蔵です。


下は堀田邸の一階のは配置図です。
堀田邸は玄関棟、居間棟、台所棟、書斎棟、座敷棟、湯殿で成り立っています。クリックすると拡大居間棟のみ二階建てで右が居間棟の二階の配置図です。この配置図では上が南方向で下が北方向です。配置図の中に雪隠(せっちん)が6箇所書かれていました。雪隠はトイレ(厠/便所)のことです。トイレが6ケ所もあるだけの広さでした。このままでは文字が読みにくいけれども、下の図も右の図もクリックすると拡大します。クリックして雪隠を探してみてください。
クリックすると拡大します。

昔の堀田邸の模型があったので掲載いたします。この堀田邸は堀田正倫が東京深川佐賀町から旧領地である佐倉に居を移すために明治20年頃に約二万坪の用地を購入して明治21年に屋敷の建設に着手し、明治23年に完成いたしました。その後も明治27年ごろまで継続して工事がおこなわれました。


広大な敷地の中に堀田邸だけでなく農業試験場がありました。堀田正倫は私財を使って農業と教育の発展に尽くしたことは有名です。堀田家農業試験場は明治時代の千葉県を代表する農業研究機関でした。奨学金を作ったり学校建設への多額の寄付も行ないました。


この写真が堀田正倫で、左が幕末期の写真です。第15代将軍・徳川慶喜に対して朝廷から討伐令が下ると、上洛して徳川慶喜の助命と徳川氏の存続を嘆願しましたが、明治新政府から拒絶されただけでなく、京都に軟禁状態とされてしまったことにより、佐倉藩の家臣たちは新政府に逆らうことが出来なくなってしまいました。そのことにより佐倉藩は官軍側と判断されて政府軍に攻められることもなく改易も免れることになりました。その時が16歳でした。
右が明治11年(1872年)の写真で、この時21歳でした。明治に入ってから佐倉に住んだのは38歳の明治23年(1890年)でした。



玄関棟
堀田邸は123年前の明治23年(1890年)に完成しました。ここが玄関にあたる玄関棟です。玄関棟は「玄関」、「中の口」、「応接の間」、「六畳の間」、「家丁詰所」、「対面所」、「家従詰所」、「家令詰所」、「畳廊下」で成り立っています。


玄関の棟の「応接の間」です。甲冑が飾られていました。左側に写真と色紙が飾られていました。
クリックすると拡大

その色紙は大沢たかおさんと、綾瀬はるかさんの色紙でした。実はドラマ「JIN-仁}が、この堀田邸で撮影されたのでした。


写真も紹介いたします。これはドラマ「JIN-仁」で使われた場面です。下関の長州藩邸の玄関前との設定です。坂本龍馬(内野聖陽)と東修介(佐藤隆太)です。
龍馬「何ちゅう正直な男じゃ! ワシャ、そういうヤツが大好きじゃき」
これは堀田邸の玄関前で撮られたものと思います。


こちらが畳廊下です。障子の外側の廊下に赤いじゅうたんがひかれているために全体に赤く見えます。


玄関棟の部分の南側の廊下です。前に見えているのは座敷棟です。



居間棟
こちらの部屋が居間棟のメインとなる「居間」です。


この部屋は居間棟の「役女詰所」で奥に見える部屋が「寝の間」です。これ以外に「次の間」と「台笥」の部屋が居間棟の1階にありました。


こちらが「寝の間」です。ことらには入ることが出来ないので「役女詰所」からの入口側から撮りました。


居間棟には2階があります。2階に上がる階段ですが、驚くほどに急な階段でした。武士時代の名残があるのかもしれません。


居間棟の2階は非公開で上がれないので飾ってあった写真を紹介します。2階には「上の間」と3つの「次の間」の計4部屋で構成されています。


居間棟の南側の長い廊下です。



書院棟
書院棟と書院棟に行く渡り廊下です。


書院棟への渡り廊です。右の建物のように見えるのが渡り廊下です。書院棟あたりで、クリックすると拡大南方仁(大沢たかお)と橘咲(綾瀬はるか)が撮影された場面が右の写真です。クリックすると拡大します。設定場所は川越藩・別邸の池のほとりです。
仁「・・・・・あ、ありがとうございます。!」
咲「 (その仁の姿を優しい目で見つめ) ・・・・・・・」



座敷棟
こちらが座敷棟の「客座敷」と「次の間」です。
クリックすると拡大手前が「客座敷」で、その向こう側が「次の間」でその向こうが「入側」です。ここでは「入側」が3部屋ある上に、仏壇を置かれる祠堂にも「上の間」と「次の間」がありました。
ここでも「JIN-仁」の撮影が行われました。京都の薩摩藩邸で坂本龍馬と西郷隆盛が会った場面です。


下の写真は桐をあしらった釘隠しです。堀田邸では桐と橘と楓の3種類の釘隠しが使われていました。
右の釘隠しは橘です。


下の写真は座敷棟の廊下です。
クリックすると拡大ここで右の薩摩藩の京都の藩邸の縁側を想定して撮影された場所です。ガラス戸は外して撮影されたようです。ガラスはひずみがあることから古いもののようでした。現在はこのようにひずんだガラスを作るのは難しいと思うので貴重なガラスが使われているようです。
クリックすると拡大

座敷棟を庭側から撮りました。
クリックすると拡大

手が込んだ造りになっていました。


玄関棟と座敷棟を結ぶ渡廊下です。畳の廊下になっていました。重要な客人が客座敷に行くときに通る廊下です。
玄関を入って客座敷まですべて畳の上を歩いて行ける配慮でした。


テレビドラマ「坂の上の雲」も座敷棟で撮影されたようです。
「坂の上の雲」は、2009年11月29日から2011年12月25日まで足掛け3年に亘ってNHKで放送されたテレビドラマの特別番組です。



湯殿
これは「化粧の間」から見た「湯殿」です。


こちらが湯殿の横にある「化粧の間」です。左の入口を入ると「湯殿」です。



庭など
堀田邸の南側は広い庭園が広がっていました。建物は国指定重要文化財で庭園は千葉県指定文化財名勝です。庭園は無料で入れます。
クリックすると拡大

庭からの堀田邸も趣がありました。
クリックすると拡大

松の景観は見事でした。
クリックすると拡大

左は庭の正面からの堀田邸の写真です。近代的な大きな病院(佐倉厚生園)の建物が堀田邸の後ろにあります。写真を撮る人にとっては、もう少し離して建ててほしかった気がします。でも無料で庭園が散策できるのはすばらしいです。
クリックすると拡大クリックすると拡大

庭園側から見た書院棟(手前)と座敷棟(奥側)です。


クリックすると拡大他にも撮影が行われたようで沢山の色紙がありました。不思議な組み合わせですが侍戦隊シンケンキジャーも、ここで撮影されたことがあるそうです。侍戦隊シンケンキジャーは2009年2月15日~2010年2月7日までテレビ朝日系列で毎週日曜7時30分~ 8時00分に放送された東映制作の特撮テレビドラマです。これは居間棟の前の庭で撮られたようです。
色紙を残された人は「大沢たかおさ」「綾瀬はるか」「石原さとみ」「本木雅弘」「片岡鶴太郎」「高梨臨」「相葉弘樹」「松坂桃李」「鈴木勝吾」「森田涼花」「相馬圭祐」「伊吹吾郎」が写真に残っている範囲で確認できました。
クリックすると別の色紙

場所を紹介します。
 住所 千葉県佐倉市鏑木町274
 電話 043-483-2390
 開館 10:00~16:30
 休館 月曜日(祝日の場合は翌日) 12月28日~1月4日
 料金 一般 310円 児童・学生 150円 (小中学生は土曜日無料)

より大きな地図で -堀田邸 周辺 を表示