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桂林 漓江下り [広西チワン族自治区]

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2つ前の記事で桃源郷(とうげんきょう)というテーマパークを紹介いたしました。その桃源郷は桂林で有名な「漓江下り」から桂林のホテルに帰る途中に寄りました。そこで、ここでは桂林観光の本命である「漓江下り」を紹介したいと思います。桂林に観光で来られた方のほとんどが「漓江下り(りこう・くだり)」が目的と言っても過言ではありません。その桂林下り(漓江下り)を時間を追って紹介したいと思います。
桂林のホテルを朝早く出発して9時ごろに「漓江下り」の船の出発地点である桂林市雁山区柘木鎮竹江村にある竹江客運港区に9時ごろに着きました。そこには上の写真のような漓江下りのための船が何十隻も係留されていました。我々は9時20分にその中の一隻に乗りました。我々の乗った船は、写真の船よりは、少し豪華で、客は外人ばかりでした。

地形図で漓江下りのルートを紹介します。緑のラインの上端( )が漓江下りの出発地点で、下端( )が到着地点です。Google地図で漓江下りの長さを見ると56kmでした。私は7回桂林に来て、5回ほど「漓江下り / 漓江上り」を楽しみました。残り2回は蘆笛岩・鍾乳洞町中漓江遊覧を楽しみました。
   漓江下り(56km 9時20分~14時10分)
   桂林市内の漓江遊覧
   09時20分 竹江村 漓江下り出発点 竹江客運港
   11時05分 楊堤郷 漓江下り中間地点
   14時10分 陽朔鎮 漓江下り終着点
   14時30分 桃源郷 (テーマパーク 世外桃源)


9時27分 「離江下り」は食事付きです。写真のようにボックス席になっており食事をしながらのんびり!と言うよりは、ビールを飲んで、ほろ酔い気分で景色を楽しみます。


10時19分 出発してしばらくすると桂林らしい景色が見えてきました。
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10時20分 漓江では鵜を使った漁である鵜飼が盛んなようで、沢山の飼われた鵜を見ることが出来ました。
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10時21分 少し船が進むだけで違った景色が見えてきます。
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10時22分 大きな山が迫ってくると迫力があります。
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10時23分 竹の筏(いかだ)も景色に溶け込んでいました。


10時24分 我々が乗った船の写真を紹介したくて友人を撮った記念写真の一部を利用させてもらいました。


10時26分 近くで見る岩肌は迫力がありました。
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10時26分 岩肌を撮った場所からの前方の景色です。川幅は広くなったり狭くなったりします。この場所の川幅は比較的広かったです。実は、漓江下りは365日は出来ないのです。乾季には水が少なくなって船が走れなくなるので、個人で観光に来られる場合は船が出ていることを確認して桂林に来られることをお薦めします。ラッキーなことに乾季で漓江下りが中止となる前日に船に乗ったことがありますが、頻繁に船底が川の砂利と擦る音を聞きながら漓江下りをしたことがありました。
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10時33分 ここは川幅が狭い場所です。船と桂林の景色がきれいでした。
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10時45分 船の横の景色です。沢山の尖った山が桂林の景色の特徴です。 
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10時46分 ここはひらけた場所ですが前方に山々が見えています。
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10時56分 この尖った山は見事でした。この桂林の独特の景色は海で作られた石灰岩が地上に隆起して、雨水などで侵食して造られましたものです。その石灰岩は3.2億~4億年前に海でサンゴなどが3000m以上堆積して、長い年月で岩になったものです。
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10時57分 見事な山の部分の拡大写真を掲載いたしました。 


11時05分 今回は8名+ガイドさんのツアーでした。その内、3名は当日の桂林→上海のフライトを予約しており時間的に漓江の全コースを下ることが出来ないため、途中の港で下りて、チャーターしてあった車で桂林空港に向かいました。我々は翌日のフライトだったので、ゆっくりと最後まで楽しむことが出来ました。
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11時06分 仲間を送り出した後に、ガイドさんが走って戻ってきます。ここは上の地図でオレンジのマーク( )で示した楊堤郷です。
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11時25分 まだまだ桂林独特の景色が続きました。
漓江の桂林付近の山・水・洞は「三絶」と呼ばれているそうです。中国の地形学では「岩溶峰林」と呼ばれる、石灰岩層が溶かされて形成された塔状の峰が多数みられ、特に漓江下りのコースの桂林から陽朔にかけては峰林が地表を覆っています。
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11時28分 川の中を水牛が歩いて知る景色に出会いました。
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11時29分 この景色の中にも水牛がいます。川の横に広がった草地の草を食べているのでしょう。
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11時44分 すばらしい景色が広がっていたので記念撮影もいたしました。真中が私です。大きな写真なので目隠しさせてもらいました。
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11時48分 こちらの景色も紹介したくて、記念撮影を掲載いたしました。
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12時07分 漓江下りの中では、一番気に入っている写真の一つです。
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試しに白黒にしてみました。こちらの写真もクリックすると拡大します。
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12時08分 上の写真と同じ場所から上流側を撮りました。
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12時09分 また、進んで行く方向の写真を撮りました。我々の船は他の船よりも速いので、2枚前の写真に写っていた船は追越しました。
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12時35分 浸食は進み具合もいろいろあるようです。不思議な形の山が沢山ありました。
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13時34分04秒 並走する船を追い抜いているところです。
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13時34分32秒 上の写真の28秒後です。沢山の船を、このように追い抜きました。
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13時40分 川の際まで山が迫ってくる景色は壮観でした。
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13時46分 こちらにも沢山の水牛がいました。漓江の景色に水牛は似合っていました。
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14時10分 漓江下りの終着地点に到着いたしました。4時間50分の楽しい船旅でした。この先にも船は出ているようですが、地形図や航空写真で見る限り、これより下流側は桂林的な景色は少なくなります。
 この場所の住所
  中国語 广西壮族自治区桂林市阳朔县阳朔镇
  日本語 広西チワン族自治区桂林市陽朔県陽朔鎮
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14時16分 漓江下りの終着地である陽朔県陽朔鎮の町の景色です。チャーター車が停めてある駐車場まで、移動カートで向かっているところです。沢山のホテルや宿泊せつびがあり、観光客のおかげで繁栄しているようでした。
この時は成田→香港→桂林→上海→青島→北京→成田と、6回飛行機で移動する旅でした。
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桃源郷(とうげんきょう) [広西チワン族自治区]

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広西チワン族自治区は広州の北西です。
中国の広西チワン族自治区は有名な桂林の離江下りがあるところです。ここには桂林以外に観光スポットが沢山作られています。その中に意外に面白い場所があったので紹介いたします。

女性たちが迫力があったので拡大写真を紹介します。
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さらにもう一枚、写真を紹介します。
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ジャングルクルーズ(デズニーランド)の"桃源郷"版のテーマパークです。
ここは高田郷(こうでんきょう)と言う場所にある「世外桃源(せがいとうげん)」というテーマパークで「少数民族(ミャオ族・トン族など)の桃源郷」をテーマにして、桂林周辺に古くから住む少数民族の独特の建物や暮らしぶりが再現されて、その生活や文化に親しむことができる場所なのです。イメージは判ってもらえると思います。けっこう笑えるし、驚かされる、し楽しめます。ワニやカバは出てきません。
右の写真の洞窟も通ります。
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乗った小船の中からは、漓江下りのような景色にも出会えます。大きな湖でした。
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こちらは男性陣の踊りです。やってる人たちも楽しそう!
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原住民にふんした人たちが踊っていた建物の全景です。
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最後に原住民にふんした人たちが見送ってくれました。踊りの出演者たちだと思います。 
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ここ以外にもいろんな建物が建てられており原住民的な人たちだけではなくていろんな民族の人を紹介しているのです。


こちらも別の民族の人たちです。船が通りかかると踊ってくれます。通り過ぎると休憩です。桃源郷の初出は六朝時代の東晋末から南朝宋にかけて活躍した詩人・陶淵明(365年 - 427年)が著した詩『桃花源記 ならびに序』だそうです。
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出発地点に戻って陸に上がると、いろんなイベントがありました。左の写真のように一緒に踊ってくれました。
右の写真の一番右の人が船の中から陸に上がって最後まで案内してくれました。
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この人たちがお酒で歓迎してくれます。ここで右の写真のように、お酒を振舞ってくれるのです。
広西チワン族自治区(広西壮族自治区)は中国最大の少数民族チワン族の原住地で、約5万年前の旧石器時代は柳江人、白蓮洞人の活動地域だったそうです。中華人民共和国初期は広西省の名称が使用されましたが1958年3月5日に広西チワン族自治区に改編されました。


機織の作業もやっていました。こちらの有名な織物を作っているのだと思います。
広西チワン族自治区の少数民族は合計で1721万人で自治区の38%の人口にあたります。内訳はチワン族(1,520万人),ヤオ族(147万),ミャオ族(46万),トン族(30万),コーラオ族(17万),マオナン族(7.4万),回族(3.3万),プイ族(2.1万),キン族(2万),スイ族(1.5万),イ族(9712人),満族(9576人)だそうです。
最大のチワン族は中国南部やベトナム北部に住居するタイ系の民族だそうです。言語はタイ・カダイ語族に属するチワン語を話すそうです。


桂林の漓江下りの近くなので景色は桂林のようにきれいです。ここから小船が出発してクルージングをするのです。
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角度を変えて、景色が楽しめる写真をもう一枚、紹介します。
この場所の名前「世外桃源」は中国語ですが、日本語に訳すと「桃源郷」になります。桃源郷とは俗界を離れた他界・仙境で武陵桃源(ぶりょうとうげん)ともいうそうです。イメージ的にはユートピアに近いけれども正反対でもあるようです。
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Googleの航空写真は不鮮明な場所ですが、この自然の湖を利用して世外桃源が作られて1999年5月1日にオープンしたそうです。オープンして今年で16年目です。


地形図で桃源郷と桂林と漓江下りの場所を紹介します。
  桃源郷 (世外桃源)
  桂林市内の漓江遊覧
  漓江下り(56km)
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写真は漓江下り
世外桃源(桃源郷)の住所
广西壮族自治区桂林市阳朔县高田乡(または高田镇)
広西チワン族自治区桂林市陽朔県高田郷(または高田鎮)

飛行機のマークは桂林両江国際空港の場所です。
この時は成田→香港→桂林→上海→青島→北京→成田と6回飛行機で移動する旅でした。桂林では漓江下りをした後に桃源郷に行きました。

広西チワン族自治区の場所を地図で示します。赤色の部分が広西チワン族自治区です。緑色の部分が昆明のある雲南省です。広西チワン族自治区の少数民族で一番多いのはチワン族ですが雲南省ではイ族(11%)です。イ族以外ではペー族(3.6%),ハニ族(3.4%),チワン族(2.7%),タイ族(2.7%),ミャオ族(2.5%),回族(1.5%)で、雲南省だけにしか住んでいない少数民族だけで15あるそうです。

町の中の遊覧船 桂林 [広西チワン族自治区]

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この時、桂林を訪れるのは7回目になります。桂林の離江下りは有名です。最終の船の出発時刻は午前10時なのです。さらに離河下りの船着場は町から遠いので少なくとも桂林には8時半にはいないと離江下りには行けません。
我々が桂林に着いたは午後だったので離江下りに行くには、まったくの論外の時間だったために離江下りの遊覧船は断念しました。もちろんモーターボートをチャーターすれば時間は関係はないし3~4人であれば値段も安いくらいです。暖かい時期に時間のない人にはお薦めします。しかしこの寒さでは風邪を引くのが、せきのやまなので雰囲気だけ味わうために市内の遊覧船に乗ってみました。値段は離江下りの十分の一です。時間は五分の一の1時間です。上の写真は遊覧船の乗船場所です。この川も離江なのです。水はきれいでした。

 本格的な離江下りの記事はこちらをクリック ⇒ ポチッ

漁をしているところです。円錐形の網を使った漁です。この2枚の写真の景色が最も興味を引かれました。竹のイカダで昔ながらの漁の方法が受け継がれているんですね。近代的な橋やビルと漁の風景の落差が印象的です。
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上から網を川底までかぶせて小さな魚を網に引っ掛けるのでしょう。
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ほんとうに沢山の人が漁をしていました。
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船の後ろには炊事場が付いていて、簡単な料理ですが注文すると、ここで作って熱々の料理を出してくれます。日本で言えば屋形船のような感じです。
町の川でも竹のいかだが利用されています。この写真はクリックすると拡大します。
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船内で食べれる料理のメニューです。大ビンの冷えたビール(啤酒)が10元(130円)と飲み物の値段も離江下りの数分の一です。やっぱり外国人専用船の離江下りは外国人値段なのでしょうね。
左上に離江四宝と書かれているのが、つまみの4種類でいづれも10元なのはうれしいです。熱々の海老と蟹と小魚の、から揚げを食べました。いずれもビールのつまみに最高でした。巻貝は食べなかったけれどおいしそうでした。離江で採れる4つの宝(魚、海老、蟹、貝)なのでしょうね。蟹は小さな沢蟹でした。


テーブルが満席になるまでは船は出ませんでした。30分くらい待たされましたが、増えるときはあっという間に2隻分が埋まりました。観光バスが着いたのでしょう。出発までにビール2本を飲んでしまいました。さすがに大概の外国人は離江下りの方に行くので乗っていませんでした。すべて中国の人たちでした。


景色はこの程度なので、景色そのものは期待しないでください。でも町は町なりに楽しめます。
7回桂林を訪れて山水画の世界の離江は5回(離江下り4回 離江上り1回)ほど経験しました。行けなかったのが2回です。今回はその2回の経験の方にはいります。ある意味で貴重な経験でした。
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竹の遊覧イカダが沢山ありました。以前に乗ったことがあります。
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像のような岩が遠くに見えます。


目の前にも似たような岩があります。これが遊覧の目玉のようです。桂林の町の中の観光スポットである象山公園の中にある象鼻山です。桂林を訪れた中国の人が必ず訪れる観光地で、その姿が象が璃江に鼻を入れて水を飲んでいるように見えるところからそう呼ばれているようです。ほんとうは向こう側から見るともっと像らしく見えるのです。
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クリックすると拡大反対側から撮った象鼻山を紹介いたします。
このときは写真に写っている観光用の小船も実は右の写真のように竹のイカダで出来ています。沢山の座席がついています。竹のイカダもたいしたものです。この竹の小船(いかだ)に乗って象鼻山の回りを楽しみました。ただし、この写真は今回ではなくて13年前の2002年6月25日に撮ったものです。
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クリックすると拡大象鼻山の前に中州がありました。
遊覧船から中州に踏み板を渡して中州に降ろしてくれました。中州からは象鼻山がよく見えました。
一緒に乗っていた子供たちは大喜びで走り回っていました。
中州は結構広かったけれど、水が多い時期は中州はなくなってしまう感じでした。


竹のいがたが沢山あります。漁に使うのだと思います。


鵜飼も行われているようです。生活の雰囲気が漂っていました。観光用ではなく正式な漁の方法として行われているようでした。鵜飼は中国と日本ではどちらが先きなのか調べてみると、どうやら日本の方が起源である可能性が高そうです。その根拠は中国の史書「隋書」に開皇二十年(600年)の条に、日本を訪れた隋使が見た変わった漁法として「以小環挂項令入水捕魚日得百餘頭』(小さな輪を鳥にかけ日に100匹は魚を捕る」と記されていることです。その後、中国でも一般的な漁法として広まったようです。
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こちらは泊まったホテルの窓からの景色です。前を離江が流れており遠くの景観は桂林の雰囲気そのものでした。こちらの写真はクリックすると拡大します。桂林市(けいりん-し)は中華人民共和国広西チワン族自治区に位置する町で、カルスト地形でタワーカルストが林立し、絵のように美しい風景に恵まれ、世界的な観光地であることが有名ですが、最近は海外企業の誘致にも熱心な町でもあります。市全体の人口は約500万人ですが市の中心地は75万人程度のようです。
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今回ではなく13年前(2002年6月25日)に初めて桂林に来た時に、右の写真の蘆笛岩(ろてきがん)と呼ばれている鍾乳洞にも行きました。
その時のフライトです。
 6月23日(日) 成田→北京
 6月25日(火) 北京→桂林
 6月29日(土) 桂林→北京
 6月29日(土) 北京→成田
蘆笛岩は1959年に発見された全長2kmという桂林で公開されているものでは最大のもの一つで、その内の700mが観光洞として整備されているそうです。13年前でもライトアップがきれいにされていたので、今はもっとすごいと思います。残念ながら、今回は時間がなくて鍾乳洞には行けませんでした。

冒頭で桂林には7回ほど来たことがあると紹介しましたが、2回目から6回目は下の写真の漓江下りをいたしました。つまり漓江下りが出来なかったのは初めて桂林に来た時と、今回でした。今回は出来ませんでしたが5回も漓江下りをすることが出来たのでした。漓江下りと書きましたが、一度だけ漓江のぼりもありました。
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地形図で桂林市内の漓江遊覧と本格的な漓江下りの場所を紹介します。
   桂林市内の漓江遊覧(今回紹介)
   漓江下りのルート
   桃源郷(とうげんきょう)

これが桂林の景色 [広西チワン族自治区]

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本記事は以前に掲載したものですが、世界遺産の古村である宏村西逓村を紹介したことを機会にリニューアルして再投稿いたしました。以前に空からの桂林も紹介したことがあります。
世界遺産の宏村黄山など中国の景色をいくつか紹介いたしました。でも日本人の間で最も有名なのが桂林ではないでしょうか。桂林を流れる離江と呼ばれる川の両岸の景色は有名です。ここでは桂林の景色を紹介いたします。
上の写真は船から離江の上流を撮った写真です。
桂林に行かれる方の目的は船で川を下る「離江下り」です。
しかし上の写真は離江下りでは撮影出来ないのです。なぜ??

理由は「自分の航跡で水面が乱れるために鏡に写ったような写真が撮れない」です。
下流側なら取れるはずですが離江下りは下の写真のように沢山の船が出るため前の船の航跡が邪魔してしまい鏡のような景色は撮れません。朝早く出て先頭の船に乗れば撮れるかも! でも、それには、かなりの運が必要です。それだけ沢山の船が川を下るのです。下の2枚の写真は、以前に離江下りをしたときの写真です。ほとんどの写真はクリック(ポチッ)すると拡大写真が出るので見てみてください。
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離江を遡れば出来るはずです。そして離江上りを実行しました。
これも離江下りの写真で沢山の船が出ます。
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だけどツアーには離江上りはないので意外と離江上りを段取りするのは大変でした。地元のツアー会社の人と交渉して下の車と船とガイドさんを段取りしてもらいました。費用は丸一日の車のチャーター代も含めて全員で数万円程度です。一人一万円チョット!乗合いの離江下りでも一人一万円ぐらいは掛かるのですごく徳をした気分です。前日、夜中までの値段交渉したおかげ!です。
そして最も景色のきれいなところだけつまみ食いしてしまいました。
すべてがチャーターだから時間も自由!車を降りてのんびり歩くのも自由です。右の写真の左端の人が日本語がメチャ旨いガイドのおじさんです。


この白い船 009 が今回のチャーター船です。 
これに5人だけで乗るのです。
離江下りの船がこの場所に到達するには3~4時間かかるのでイカダ以外の船はまったく通りません。まさに離江全体を貸しきった気分!です。
5人だけで大きな船(離江下りでは中くらいの船)に乗る訳ですからリッチな気分になります。
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さらに鏡の景色をもう2枚紹介します。どこまでも鏡のような景色が続きました。
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竹の"いかだ"が景色に溶け込んでいます。実は今回が5回目の離江です。桂林の町自体は7回くらいは来たと思います。
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もう一枚、竹のイカダが景色に溶け込んだ写真を紹介いたします。生活の足が竹のイカダなのです。
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20元札のデザインが離江の景色です。その絵の中にも竹のイカダが描かれています。わかりにくい場合は画像をクリックしてみてください。
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この写真が20元札に近い場所の写真です。この写真は上流に向かって撮っていますが、もう少し下流側から撮るとかなり近い写真になったとは思います。
この20元札のモデルになった場所で右上の写真のように20元札を前に差し出したポーズで記念撮影するのが流行っているとのことなので、私もやってみました。

                            
離江上りだけでなく車での移動の間もすばらしい景色に出会えます。
車は朝早く出るので日の出も見れます。この日は雲が出たために見えませんでしたが朝もやの景色がきれいでした。


そして池に映る景色です。 ここが朝日を見る絶好の場所だそうです。ちょっと残念!


川を渡る道のある景色
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田園風景
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普通の道
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クリックすると拡大どれも普通の景色なのに、幻想的なすばらしい景色です。実はこのルートはプロのカメラマンの行く場所で道も良くないため桂林を訪れる観光客はほとんど行かないルートだそうです。ツアーの保険がきかないといっていました。右の写真はクリックすると拡大するので保険のきかない道の雰囲気が伝えられると思います。もちろん我々は自分で保険に入っているので心配要りません。

離江では景色ばかりに目が行きますがここにも生活があります。家が点々とありました。もしかしたらクリントン元大統領が訪問した小さな村「漁村」はこのあたりにあるのかもしれません。
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洗濯は当然きれいな川でやります。


鵜飼もあります。鵜が竹のいかだの上に休んでいます。


水牛もいます。


このように異文化に触れられます。みんな助けあって生活しています。竹のイカダを我々の船で上流に運んであげている写真です。イカダで運んでいるのはザボンです。そしてザボンを沢山もらいました。


以前に離河下りもしたこともあります。川下りの代表的な景色を4枚ほど紹介いたします。これらの写真は2回目に離河を訪れた時の写真です。桂林を訪れていながら離河にこなかったことも2回ありました。写真をクリックすると拡大します。
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その時は食事をしながら両岸のきれいな景色を見る優雅な観光です。 
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なにを見ても絵になりました。自然が好きな人には超おすすめ!
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水墨画の世界です。
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離江下りでは食事付きです。写真のようにボックス席になっており食事をしながらのんびり!と言うよりはビールを飲んでほろ酔い気分で景色を楽しみます。


下記は2015年4月時点の中国のユネスコ登録世界遺産ですが、不思議なことに桂林は世界遺産に登録されていません。登録の有無が桂林の価値を変えるものではありませんが、遠い昔に登録されていてもおかしくないと思います。年数は登録年です。登録年の前の「・」が、私が見たことが13ケ所の世界遺産です。
 ・ 1987年 万里の長城
  1987年 北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(2004年拡大)
  1987年 莫高窟
  1987年 秦始皇帝陵及び兵馬俑坑
  1987年 周口店の北京原人遺跡
  1987年 泰山
 ・ 1990年 黄山
 ・ 1992年 九寨溝の渓谷の景観と歴史地域
 ・ 1992年 黄龍の景観と歴史地域
  1992年 武陵源の景観と歴史地域
  1994年 承徳の避暑山荘と外八廟
  1994年 曲阜の孔廟、孔林、孔府
  1994年 武当山古建築
  1994年 ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群(2000年・2001年拡大)
  1996年 廬山国立公園
  1996年 峨眉山と楽山大仏
  1997年 麗江旧市街
 ・ 1997年 平遥古城
  1997年 蘇州古典園林(2000年拡大)
  1998年 頤和園
 ・ 1998年 天壇
  1999年 大足石刻
  1999年 武夷山
 ・ 2000年 青城山と都江堰
 ・ 2000年 安徽南部の古村落—西逓と宏村
 ・ 2000年 龍門石窟
  2000年 明・清王朝の皇帝墓群(2003年・2004年拡大)
  2001年 雲崗石窟
  2003年 雲南の三江併流保護区
  2004年 高句麗前期の都城と古墳
 ・ 2005年 マカオ歴史地区
 ・ 2006年 殷墟
  2006年 四川ジャイアントパンダ保護区群
  2007年 開平楼閣と村落
  2007年 中国南方カルスト(2014年拡大)
  2008年 福建土楼
  2008年 三清山国立公園
  2009年 五台山
  2010年 「天地の中央」にある登封の史跡群
  2010年 中国丹霞
 ・ 2011年 杭州西湖の文化的景観
  2012年 上都遺跡
  2012年 澄江の化石出土地域
  2013年 紅河哈尼棚田群の文化的景観
  2013年 新疆天山
  2014年 シルクロード : 長安-天山回廊の交易路網
 ・ 2014年 大運河
タグ:桂林 石灰岩

空からの桂林 [広西チワン族自治区]


この日は中国ではめずらしく地面の景気がきれいに見えました。上から見た桂林的な景気も紹介しておきます。
この上の写真は桂林の近くの写真です。とんがった山が連なっているのが判ってもらえるでしょうか? これを横から見ると山水画の世界になるのです。

地上からの桂林を紹介いたします。この写真のあたりの川である離江からの景色を以前紹介いたしました。→ポチッ
その時のもっとも桂林的な4枚の写真です。クリックすると拡大写真を表示します。
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桂林だけでなくこのあたり一帯がこのような景色なんです。


こちらは広州近くの景色です。桂林近くの独特の景観はありませんがきれいです。中国はいつもガスっているけれどこのあたりは遠くまで良く見えました。幻想的な景色です。


桂林から広州への中国国内線フライトは、チケット(日本で発券)では9:00発のはずでした。すでに前の記事で紹介したブロッケン現象を見ることが出来たフライトなのです。すばらしい景色に出会えたのに実はちょっと心は焦っていました。朝のはずなのに前の記事でのブロッケン現象の影が真下にあることが不思議なのです。
ホテルを7:00に出発して飛行場に8:00着いてチェックインして搭乗口に行ったところだれも来ていません。不思議に思い搭乗券をふと見ると搭乗時刻が12:00と書かれているではありませんか。さっそく出発時刻を表示板で確認すると12:30でありました。実は日本を離れている間に飛行機の出発時間が変わっていたのです。やばい! 広州からの日本へのフライトは14:40です。今回も国際線のチケットは現地買い格安キップなので飛行機に乗れないと往復分(往が中国→日本 復が日本→中国)がすべてパーになります。多少なら待ってくれるかもしれないので日本の航空会社に乗り継ぎ便が遅れていることを電話しました。最悪でも不可抗力ということで翌日便で使えるように救済してくれることを期待して!
予定通りの12:30発でも乗り継ぎはぎりぎりなのです。少しでも遅れるとアウトです。
なんとか12:25に出発しました。それでも荷物が出てくる時間や空港での移動時間を考えると厳しいのです。
結果はセーフでした。荷物が出でくるまでの時間がすごく長く感じられました。
航空会社の人も搭乗券をすでに用意して持ってくれていた上に、り出国審査の場所まで案内してもらい、なんとか日本行きの飛行機に乗れました。
飛行機が遅れたおかげでブロッケン現象に出会えたのかもしれません。
ある意味で「ラッキーの中のラッキーの中のラッキー」でした。
よ…よし!!  "空島"を諦めよう!!  ははは!!  あ~~…!!  残念だなルフィ  こりゃ無理だぜ  なにせおめエ  ラッキーの中のラッキーの中のラッキーの中のラッキーくらいのラッキー野郎じゃなきゃ行けねェって話だ

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