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九州で活きアジにフグ刺し [九州]

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九州に行った帰りのフライトは北九州空港を20時25分の遅いフライトにしました。目的は新鮮な地場の魚を食べてみたかったからです。空港に近い苅田の町で食べるつもりでしたが、福岡に長くいる人でも、あのあたりはお店はないと言われてしまいました。確かに駅前を探しましたが見当たりませんでした。地元の人に聞いた結果、一軒あることがわかったため、さっそく電話をいたしました。電話の目的は道を聞くことと、まだ16時だったのでお店に行ってもいいかどうか確認するためでした。電話して料理長に確認してもらった結果、快く受け入れてもらいました。
料理は寿司コースにしてお造りやテッサや穴子の白焼きの3品を追加する形式にさせてもらいました。お造りのネタは平目、鯛、カンパチ、アジ、マグロ、サザエで平凡に思えますが、鮮度のよさに驚かされてしまいます。特にここは佐賀関に近いので関サバや関アジが有名な場所のため、大きな活きアジは、ほんと美味しかったです。料理の写真に関してはクリックすると全て拡大したものを表示するので興味があるものは見てください。

電話してすぐにお店について店員の方がまだ来られていなかったので2階の座敷が準備が出来るまで1階のテーブル席でビールを飲ませてもらうことにしました。少しビールを飲んだ段階で2階に案内してもらえました。ビールのジョッキは入れた瞬間にビールが凍るほど冷えていました。すでに料理長はこられており注文する料理や飲み物に関してアドバイスをいただきました。


これは追加で頼んだフグ刺し「テッサ」です。九州に来たら是非とも食べたかったものです。
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これは薦められて頼んだ穴子の白焼きです。
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この焼酎を1本頼みました。この銘柄も料理長おすすめのものを頼みました。
純米の米・耶馬美人(こめ・やばびじん)です。第6回国税庁鑑評会に於いて「日本一」の栄誉に輝き、故・穂積忠彦氏(元大蔵技官・醸造試験場鑑定官室長)より「ライス・ブランデー」の称号を頂いた経歴を持つ逸品だそうです。麦・耶馬美人もありましたが米がお勧めなのでこちらにいたしました。ネットで調べると市販でも6510円でした。


これはコースの料理です。牛肉です。
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御寿司はお皿に2個づづ乗ってゆっくりと出してもらえます。
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この御寿司も美味しかったです。
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器も全て違うもので出されてきました。大変美味しかったのでお店を紹介させていただきます。
  店名 寿司割烹天龍
  住所 福岡県京都郡苅田町港町19-2
  電話 093-434-5757
  HP  http://www.geocities.jp/tenryu9/
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タグ:九州 刺身

湯布院は「離れ家」の宿に泊まりました。 [九州]

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阿蘇に泊まった翌日は湯布院(由布院)に泊まりました。湯布院では「離れ家」の宿に泊まりました。上の写真が本館(母屋)の入口です。入口の近くの駐車場に車を停めると宿の方が出てこられて出迎えていただき荷物を運んでいただきました。心づかいが、最初から感じられるお宿でした。

ここが母屋(本館)のチェックインカウンターです。趣のある雰囲気が、くつろげるお泊まりを予感させてくれました。
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離れ家というのは広い敷地の中に個別に建物が建てられており、一軒ごとに個室になっている形式です。
その離れ家それぞれに内風呂と露天風呂がついた、ちょっと贅沢な、お宿でした。
こちらでは8軒の離れ家がありました。つまり一日に8組しか、お客をとらないのです。8軒の離れ家は、この道の両側にあり、我々は一番奥の建物でした。
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こちらが離れ家「すみれ」の入口です。このような離れ家に2~3名(2名の人がほとんど)で泊まるのです。


中に入って玄関の広さに驚きました。人数分の洒落た下駄が用意されていました。


こちらが居間です。8畳(たたみ)+板間の部屋でした。
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居間の天井は高く、梁にも太い木が使われて雰囲気もよかったです。


ステンドグラスの和風のスタンドにもこだわりを感じました。
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居間の奥が寝室で6畳(たたみ)+板間の広さがありました。この離れ家に台所を付ければ十分生活することが出来る広さでした。


離れ家にはプライベートの庭がついています。この奥に見えるのが、後で紹介する露天風呂です。
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庭の前のガラス戸には断熱および防音のための真空ガラスが使われていました。ここにも、こだわりを感じました。右の写真が離れ家の鍵です。


お茶うけも2種類が用意されていました。湯布院の銘菓「湯布院の詩」と「わらび餅」です。こちらの「わらび餅」はしっかりとした上等なワラビ餅で美味しかったです。両方ともクリックすると拡大いたします。
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前日には晴れていたので傘は母屋(本館)に置かれていましたが、離れ家には傘立てだけでしたが朝を起きると傘が置かれていました。夜に雨が少し降った時に宿の方が置きに来られていました。


庭の前は3畳程度の板の間になっていました。そこには椅子も置かれていました。右側の入口が脱衣場兼洗面所です。


脱衣場から内風呂を見たところです。檜(ひのき)がきれいです。内風呂の左側に露天風呂への引き戸があります。


こちらが内風呂です。たっぷりのお湯がうれしいです。湯船の右端から24時間お湯が流れ出ています。これが温泉である証(あかし)です。こちらのお宿の温泉は地下400mから54℃の弱ナトリウム質の湯(通称:美人の湯)が毎時8.4トン湧き出しており湯布院においても有数の泉質と自認されていました。さらに温度の違う自家源泉が2本あるので、加水加温なしで適温に保たれて温泉が源泉掛流しとなっているそうです。
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内風呂の天井も高く開放感がありました。ちなみに湯布院温泉の温泉湧出量は毎時2280トンで全国3位の量で、源泉の数は852本存在し、これは別府温泉に次いで全国第2位だそうです。


こちらが離れ家内の露天風呂です。こちらも源泉掛流しで広さも十分ありました。つい何度も入浴してしまいました。
そして母屋(本館)には貸切の広い露天風呂があります。そちらはまた後で料理も含めて紹介したいと思います。母屋のお風呂も離れ家のお風呂も、すべてプライベトのお風呂なのです。これだけの設備が整っているのには驚かされました。でも一番よかったのが、きめ細かい心温まるこ、心遣いでした。お宿を紹介いたします。
  お宿 おやど開花亭
  住所 大分県由布市湯布院町大字川上馬場2150
  電話 0977-28-8878
  HP  http://www.kaikatei.info/
  予約 3ケ月前より
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ネットで見ると評判すこぶる良いです。→ポチッ ポチッ
この温泉に対して湯布院温泉と由布院温泉が使われています。試しに"湯布院温泉"と"由布院温泉"で検索してみました。数的には由布院温泉が多かったです。
            Yahoo       Google
 "湯布院温泉" 約1,080,000件 約  81,100件
 "由布院温泉" 約2,120,000件 約 177,000件


追記 タイトル:貸切の露天風呂


湯布院で泊まった宿は離れ家形式で各離れ家には立派な露天風呂と内湯が用意されていました。そして本館(母屋)にも貸切の露天風呂と内湯が用意されているので夕食のあと、さっそく利用させていただきました。一組が40分以内ですが男女別々に利用することを申し出れば合計1時間ほど利用させてもらえます。夕食前は別の人が利用されていたので夕食の後になりました。夕食は18時半から食べ始めましたが時間をかけていただいたので、貸切の露天風呂の利用は21時ごろになりました。

離れ家のお風呂はゆったりしていましたが、母屋の貸切のお風呂はさらに大きくてゆったり出来ました。風が流れ込んでくるので湯気で、もやっていました。貸切の大きな露天風呂でゆったりするのは、ほんと贅沢でした。


脱衣場も檜造りできれいでした。


露天風呂に通じる通路です。露天風呂の名前は「福万の湯」です。


翌日の朝の散歩のあと6時半からも貸切の露天風呂を利用させていただきました。前日は外が暗かったので景色は見れませんでしたが、朝は目の前に景色が広がっていました。ここから下の写真はクリックすると拡大します。露天風呂の水面に、うつった空の色がきれいでした。
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露天風呂からの景色です。湯布院温泉(由布院温泉)の湯煙が印象的でした。右側の山は由布岳(ゆふだけ)です。
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露天風呂「福万の湯」から撮った由布岳です。由布岳は大分県由布市にある標高1,583mの活火山です。山頂付近は雲がかかって見えませんでした。


露天風呂からの由布岳は朝早かったのでもやがかかっていましたが、晴れると、このような由布岳を見ることが出来ます。この写真は宿を出発するとき(9時50分)に宿の前で撮ったものです。
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活き関さばを食べました。 [九州]


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阿蘇のミルクロードを走った後に熊本空港の近くに下りてきて昼食を食べるところを探しました。携帯で人気の御寿司屋さんを検索してこちらのお店に入りました。
壁のメニューを見て即座に注文したのが、関さばです。
「新鮮ですか」とお店の人に聞いてしまいました。「生簀で活きています。」との答えでした。メニューを見ると、確かに「佐賀関より 関さばの活造り」と書かれていました。失礼しました。
阿蘇を旅した6名の内3名は熊本空港から帰るので、思いきって注文いたしました。食事のあと熊本空港に送って、残った3名は小さなレンタカーに乗り代えて湯布院を目指しました。
関さば(せきさば)は、四国と九州の間の豊予海峡で漁獲され、大分県大分市の佐賀関で水揚げされるサバです。水産品の高級ブランドとして知られています。


刺身をアップしました。食感が判ってもらえるでしょうか。さすが生簀で泳いでいた関さばでした。この写真は是非ともクリックしてほしいです。
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生簀には沢山の関さばが泳いでいました。お店の名前は「はな銀」でした。
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豊予海峡は潮流が速いくプランクトンも豊富なので、この海域で生育するサバは肥育で、よく身が締まっているそうです。関さばの食感を堪能させていただきました。関サバは豊予海峡(速吸の瀬戸)で漁獲され、大分県大分市の佐賀関で水揚げされるサバをさします。関サバは1996年に水産物では日本で初めて商標登録されて佐賀関以外で水揚げされたものには使えません。同じ豊予海峡で漁獲されても四国側で水揚げされたものは岬サバ(ハナサバ)の名前になってしまうそうです。岬サバの場合は漁獲場所と水揚場所以外の条件としては一本釣りで500g以上の条件が付いています。
地図上のアイコンマイナスを1回クリックするとお店( )の場所を表示します。
 佐賀関 関サバ水揚げ魚港
 四国側 岬サバ水揚げ魚港


食事しては握り寿司と散らし寿司を頼みもした。
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熊本は甘い醤油が常識のようです。
刺身にも、お寿司にも、甘い醤油が出てきたので、普通の醤油をお願いしたら、右の醤油が出てきました。醤油さしのキッコーマンの文字が印象的でした。このあたりでは普通の醤油のことをキッコーマンと呼ぶそうです。
 店名 はな銀
 電話 096-293-1171
 住所 熊本県菊池郡大津町大字引水678-14

湯布院の朝食 開花亭 [九州]

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湯布院の宿の夕食を紹介したので翌日の朝食も紹介いたします。夕食同様に朝食も母屋の我々専用の個室で食べれるのがうれしいです。8時から9時の間に行けば夕食を食べた部屋に案内されます。我々は8時を少し過ぎたところで伺いました。部屋に入るときはこんな感じで準備がされていました。

我々が席に着いてから味噌汁やご飯にお茶や煮物や刺身が並べられました。
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この小さなカレイの干物が絶品でした。形がカレイらしくなく開いてあるのでいろいろな意見が出ましたが、食べた瞬間に、あのからからに干したデビラの香りがしたので、もしかしたらカレイではないかと、宿の人に聞くと、小ガレイのことたえが帰ってきました。これだけ香りのある干物はなかなかないと思います。お土産に買って帰ろうと大分空港を探しましたが見つかりませんでした。
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イカのは、そのまま醤油をかけていただきました。
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煮物も良かったです。小さなひろうす(がんもどき)と小芋の煮物でした。
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切り干し大根の味付けも良かったので写真を撮りました。
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母屋の雰囲気もいいですね。真ん中のレトロなストープも雰囲気を盛り上げてくれていました。これからストーブの活躍する季節です。
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そのストーブが置かれた部屋の窓には素敵なステンドグラスがはめられていました。
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湯布院の夕食 開花亭 [九州]

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湯布院で泊まった、離れ家のお宿の夕食を紹介いたします。湯布院は家内とおふくろの三人で泊まりましたが、こちらは、すでに紹介している通り、8つの離れ家だけのお宿ですが、食事は厨房のある本館(母屋)で食べます。母屋には、離れと同じ数の8つの個室が用意されていて、そちらで夕食をいただくことになります。このようなテーブルの部屋でゆったりといただきました。和風の宿だけれども個室のテーブルで、ゆっくりと食べるのは、初めての経験で、すごく斬新で贅沢な気持ちにさせていただきました。

あらかじめ希望していた時間になると「食事の準備がご用意出来ました。」と電話が掛かってくるので母屋の部屋に行くとテーブルの上には最低限のものだけが並べられていました。暖かい料理は食事の進み具合を見計らって順番に出されきました。最初から並べられているのではなくて、常に暖かいものが食べれるのがうれしいです。この写真の料理に加えて4つの温かい料理が出されました。いずれも美味しい料理ばかりでした。
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食前酒として梅酒が出されました。器にもこだわりを感じました。料理だけではなく器も見てほしいです。


最初にテーブルに並べられていた「干し柿の入った酢の物」と「胡麻豆腐」と「イクラと野菜の和え物」です。豪華さよりも味と香りと美しさにこだわった食事でした。
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鮪と鯛と海老のお刺身です。すべてが少なめなのがうれしいです。ここでは刺身はメイン料理ではなく、料理の中の一つでした。
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汁物は最後に、ご飯と一緒に出てきた味噌汁と、この松茸の入ったお吸い物です。お餅が入っているのが珍しかったです。ちりばめられているのは菊の花びらです。
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途中で出てきた手毬寿司も可愛らしかったです。多すぎない量も、心づかいの一つのように感じられました。
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こちらは牛肉のたたきです。ソースがよく合っていました。写真をクリックすると器全体を表示します。
クリックすると器全体を表示します。

生春巻きと揚げ物です。揚げ物の中は海老とアボガドでした。
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鯛の焼き物が焼きなすの上に乗った料理です。フィレステーキと、この焼き物が今回のコースのメイン料理です。メイン料理だけに美味しい料理でした。すばらしい季節を感じさせてくれる飾り付けも美味しさを盛り上げてくれました。鯛の焼き物は香ばしくて美味しかったです。この焼き物は柿をテーマにした自慢の一品だと感じました。
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ビールも美味しくいただけました。冷え具合も心づかいが感じるのは気のせいなのかな。


肉にもこだわっていました。銘柄は聞きませんでしたが、食べたら良い肉であることはすぐに判りました。ソースと塩が用意されていましたが、ほとんど塩でいただきました。
濃い色の箸は食べるための箸ではなくて、生の肉を扱うときに使う専用の箸です。きめ細かな心づかいが、うれしいかったです。
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火は20分間しか持たないのでタイミングを見て火をつけるようにアドバイスされたので陶板焼きのフィレステーキは最後にいただきました。火を付けて焼き始めたところです。
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焼き上がりました。さっそくいただきました。一品一品は少ないようですが、食べてみると十分な量がありました。
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部屋の飾りも洒落ていました。


写真では美味しさを伝えるのは難しいけれども、ごはんも美味しかったです。
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やっぱり最後はデザートですね。果物の下のデザートの名前はわかりませんが、パンナコッタかフロマージュのような感じでした。間違えていたらごめんなさい。
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お茶も、ちょっと美味しいお茶でした。料理の器はおそらく有田焼きだと思います。どれもセンスの、いいものばかりでした。
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廊下の置物もこっていました。これは池田英貴作の「仲良し」という作品です。お宿のコンセプトにマッチした置物なのかもしれません。
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入口の飾りも、なかなかのセンスのものが取り付けられていました。
  お宿 おやど 開花亭
  住所 大分県由布市湯布院町大字川上馬場2150
  電話 0977-28-8878
  ネット  http://onpara.jp/share/yadodetail/qo005_0542.html
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湯布院散策 [九州]

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湯布院(由布院)のお宿は、すでに紹介いたしましたが、見所もあると聞いて街の中を散策いたしました。湯煙が温泉の町であることを感じさせてくれました。

宿泊した開花亭から歩いて10分程度のところに趣のあるお寺の門がありました。康保年間(964年~968年)に創建された龍峩山・佛山寺です。
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その、門を正面から撮りました。門の上に鐘があるのが特徴です。
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お寺の名前は仏山寺でした。こちらも人気のスポットのようでした。
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人気スポットの金鱗湖です。この金鱗湖の近くの駐車場に車を停めて散策することにしました。
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別の角度からの金鱗湖です。この金鱗湖(きんりんこ)は、湯布院にある池で、朝霧がかかる風景は湯布院温泉を代表する景観となっていまため沢山の方が来られていました。大分川の源流である金鱗湖は、湖底から温泉と清水が湧き出ており、その温度差のために冬季には湖面から霧が立ち上る幻想的な光景が見られそうです。
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金鱗湖畔には藁葺き屋根の無人の共同浴場である下ん湯(したんゆ)がありました。
こちらは、なんと混浴です。右はPR用に撮られた写真をネットから拝借いたしました。
こちらには内湯と半露天があるそうで入浴料は200円です。ネットで調べると内湯は53.7℃で露天は44.6℃だそうで、私にはとても入れません。
浴場と脱衣所が一体になっている昔ながらのスタイルで、しかも観光客が頻繁に中を覗くので、女性が入浴するのは無理とおもわれるため現実には混浴になることは、ほとんど無いようです。
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下ん湯の前には洗い場がありました。こちらも雰囲気があります。ここは温泉水が流れているため、野菜などを洗っていたそうです。
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酒屋さんも雰囲気がありました。
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前から歩いてくる人たちはすべて韓国の方でした。後でわかったことですが、民芸村の駐車場にバスを停めて金鱗湖に歩いてこられているところでした。
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民芸村の前には沢山の観光バスが停まっていました。フロントガラスにはハングルの文字が書かれていました。ほとんどが韓国の人たち観光バスだったのです。


民芸村の入口です。大型観光バスがまとまって駐車出来るのは、どうやら民芸村の駐車場のようでした。金鱗湖の駐車場に停めていた車をこちらに移動した後、由布院駅に行ってみることにしました。
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こちらは由布院駅です。ただし駅名は「ゆふいん駅」とひらがなで書かれていました。由布院と湯布院の両方が使われているので、ひらがなにしたのでしょうか。
狭い道に大型バスが入ってきていました。


ゆふいん駅を背にすると正面に由布岳が見えました。新しい町並みが雰囲気があり人気のようです。


大型バスがどんどん入ってくるので車でこのあたりを散策するのは大変であることがわかりました。やっぱり金鱗湖か民芸村のあたりに車を駐車したままにして歩いてくるべきでした。人力車や馬車があるので、そちらを利用するのもいいかもしれません。馬車にも「ひらがな」で「ゆふいん」と書かれていました。


湯布院にも人力車がありました。「えびす屋」と言う全国チェンのお店です。


泊まった宿でもらった散策のための地図を掲載いたします。このままだと字が小さいので読めないと思いますが、クリックすると拡大します。お宿の場所もわかります。
このあと国東半島に行きました。
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宮崎から完熟マンゴーが届きました。 [九州]

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クリックすると記事を表示が友達と九州旅行に行っていました。
その九州の宮崎から お土産 & 父の日プレゼント として宮崎名物が宅急便で送られてきました。目玉はなっといっても100%木で完熟させた「完熟マンゴー」です。

完熟マンゴー以外にデコポンとドライフルーツも送られてきました。このデコポンは驚くほどの甘さで美味しかったです。
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さらに味噌汁の具として入れる乾物や日向夏茶が入っていました。日向夏茶は、柚子(ゆず)が突然変異した日向夏(ひゅうがなつ)の茶です。
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海鮮汁と名の付いた海の乾物はさっそく味噌汁に入れてみました。
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こちらが完熟マンゴーです。届いた時点で食べごろなので、さっそく冷やして食べてみることにいたしました。マンゴー(Mango)の植物としての科・属などを紹介します。
クリックすると拡大  門 : 被子植物門   Magnoliophyta
  綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida
  目 : ムクロジ目   Sapindales
  科 : ウルシ科    Anacardiaceae
  属 : マンゴー属   Mangifera
  種 : マンゴー     Mangifera indica
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マンゴーを切るための説明書がついていたので紹介します。魚を3枚におろす感じだそうです。クリックすると読みやすくなると思います。
マンゴーは500種ありますが日本(沖縄48%、宮崎33%、鹿児島14%、熊本3%)で栽培されているのは、ほとんどが表皮が赤い色のアップルマンゴーと呼ばれる「アーウィン種」です。沖縄では「キーツ種(ケイト種)」も栽培されています。輸入品で出回っているものとしては「ヘイデン種」、「ケント種」、「トミーアトキンス種」、「カラバオ種」、「ナンドクマイ種」、「ケンジントンプライド種」などがあります。インドからの輸入ほとんどありませんがインドにはマンゴーの王と呼ばれる「アルフォンソ種」をはじめとして「ケサー種」、「チョウサ種」、「バンガンパリ種」、「マリカ種」、「ラングラ種」があります。
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まさに完熟で食べごろでした。家内は少し前に台湾旅行に行ったのですが、台湾で食べたマンゴーより甘くておいしいと行っていました。私もインドや東南アジアでよく食べましたが、最高に美味しい時のマンゴーと変わらぬ甘さと美味しさでした。
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甘さを感じてもらうために切り口を拡大いたしました。説明書きのように格子状には切りませんでしたが、その代りに大きな塊で食べることが出来ました。
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上で紹介した説明書の表紙側です。完熟マンゴーの生産者を紹介いたします。道の駅で他の土産と一緒に宅急便で送ったそうです。
  生産 鈴木農園
  住所 宮崎県宮崎市青島6-7-8
  購入 道の駅フェニックス

熊本の叔父さんからクインシーメロンが届きました。 [九州]

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熊本の叔父さんからスイカに引き続き2014年5月3日にメロンが届きました。今回いただいたメロンはクインシーという品種でした。立派なくクインシーが6個も入っていました。叔父さんありがとうございます。

箱に「ましき」と書かれていることから、先日に頂いたスイカと同じく熊本県上益城郡益城町で生産されたメロンのようです。
箱に書かれている「よかよか うまか かみましき」が印象的でした。
これはJAかみましきのキャッチフレーズで、よかよか=とてもいい、うまか=おいしい、という熊本の方言を使い、上益城の農産物は良い品物でおいしいというイメージを表現しているそうです。箱に書かれている階級のLAはメロンの果径を表しています。またメロンの等級は、一番上から秀・優・良と分類されており、今回のメロンは一番上の秀であることが書かれていました。
スイカの生産量は熊本県が全国一位です。実は熊本県はメロンの生産量も多くて全国で3位(集計によっては2位)なのです。


クインシーは見事なネット系メロンでした。ネット系メロンは、成長過程で果肉が果皮よりも大きくなろうとして、その時に果皮がひび割れてしまい、このひび割れをふさごうとしてできたコルク層がネット模様になるそうです。クインシーメロンは1988年(昭和63年)にヨーロッパ系赤肉メロン「ボレロ」とアールス夏系7号」を交配して生まれたものに「スーパタチブ゙」を交雑して優秀な赤肉を育成し、さらに「新宝玉の固定系×ふかみどりの固定系」との交配後を経て育成された品種とされています。


さっそく食べるために切ってみました。オレンジ色の見事な果肉でした。
クインシーメロンはカロテンを非常に多く含む赤肉系ネットメロンで、果肉は厚く緻密で、肉色は見ての通りオレンジ色で、甘みが強くジューシーなメロンと書かれていました。食べた時の甘さの質が、アンデスメロンやアールスメロンなどと微妙に違い特徴のある風味が感じられるそうです。
クインシーメロンの名前の由来は、赤肉なので女性的ということで『クイーン』、カロテンたっぷりで健康的なので『ヘルシー』、この二語からの造語だそうです。
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食べるために切り分けました。切るとさらに果肉の赤肉が際立って見えました。
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メロンのスイカの分類比較とメロンの種類は次の通りです。メロンは沢山の種類があります。農林水産省の品種登録情報ページによれば2011年時点で78種類の品種が登録されています。ここでは、その一部を紹介いたします。クインシーメロン以外の写真はネットから転用させていただきました。
        メロン        スイカ(科まではメロンと同じ)
  門 : 被子植物門  Magnoliophyta  被子植物門  Magnoliophyta
  綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida  双子葉植物綱 Magnoliopsida
  目 : スミレ目   Violales     スミレ目   Violales
  科 : ウリ科    Cucurbitaceae  ウリ科    Cucurbitaceae
  属 : キュウリ属  Cucumis     スイカ属   Citrullus
  種 : メロン    Cucumis melo  スイカ     Citrullus lanatus  
名前皮表面皮色果肉
マスクメロン(アールス)ネット
夕張メロンネットオレンジ
アンデスメロンネット
クインシーメロンネットオレンジ
アムスメロンネット濃緑
タカミメロン(貴味メロン)ネット
オトメメロンネット
ルピアレッドネットオレンジ
プリンスメロン滑らか淡緑緑+オレンジ
ホームランメロン滑らか
ハニーデューメロン滑らか淡緑淡緑
キンショウメロン滑らか
レノンネットオレンジ
キスミーネット
 マスクメロン   夕張メロン  アンデスメロン  クインシーメロン
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
アムスメロン タカミメロン オトメメロン  ルピアレッド プリンスメロン
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ホームランメロン ハニーデューメロン キンショウメロン レノン キスミー
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大


全国の2012年の収穫量は次の通りです。片方にだけ入っている千葉県以外の数値は類似していることからメロンとして集計する品種の違いかもしれません。
ちなみに人口当たりのメロン生産量では熊本県が一位です。
 3位と表示されているサイト
   1 茨城県 41900 22.8%    6 静岡県  9460  5.4%
   2 北海道 29700 16.9%    7 愛知県  8730  5.0%
   3 熊本県  26500 15.0%   8 長崎県  3020  1.7%
   4 山形県 12400  7.0%    9 宮崎県  2540  1.4%
   5 青森県 11100  6.3%   10 鳥取道  1260  0.7%
                       合計 176300 トン/年
 2位と表示されているサイト
   1 茨城県 43200 23.9%    6 静岡県 10300  5.7%
   2 熊本県  28200 15.6%   7 愛知県  8940 5.0%
   3 北海道 27900 15.5%    8 千葉県  8580  4.8%
   4 山形県 13000  7.4%    9 長崎県  2890  1.6%
   5 青森県 11000  6.1%   10 宮崎県  2800  1.6%
                        合計 180400 トン/年
最後に拡大写真を掲載させていただきます。クリックすると特別に大きく拡大するので、クインシーメロンの瑞々しさと独特の甘さを感じてもらえるかもしれません。
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クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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参考に茨城県のメロンの出荷時期をネットから転用させていただきました。
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熊本県の特産品を紹介いたします。全国一位の農産物が「いぐさ」、「デコポン」、「カスミソウ」、「なつみかん」、「トマト」、「すいか」と沢山あります。この表にはありませんが柿の王様である太秋柿(たいしゅうがき)も熊本県が日本一でした。「くり」、「なす」、「メロン」、「いちご」、「しょうが」など2位、3位の物も沢山ありました。
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くまモンのスイカ [九州]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大いつも「まきしの米」を送っていただいている熊本の叔父さんからスイカが届きました。
段ボールに書かれているKUMAMOTOのマークが印象的でした。麦わら帽子や牛の顔が入ったこのマークは熊本農畜産物統一ブランドマークで「正直・信頼の目印」だそうです。コンセプトは「水の恵みと大地の香り」だそうです。

箱の横には、あの「くまモン」が描かれていました。
麦わら帽子をかぶって、「くまモン」と書かれたマフラーをした、くまモンです。その横にはブランド米である「ましき」の文字も書かれていました。「ましき」は熊本県上益城郡益城町を示したものです。
「ましきの米」は阿蘇の伏流水が作った美味しいお米で、このお米を熊本の叔父さんが、いつも右の写真の30kg袋で送っていただいているのです。クリックするとマフラーの「くまモン」の文字が読めると思います。くまモンと四葉クローバーの組み合わせのマークは生産者が、一番下で説明させていただいているグリーン農業に取り組むという「生産宣言」をすると農産物に、このシンボルマークを表示することができるそうです。
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箱の中には大きな西瓜が2つは行っていました。阿蘇山の麓との美味しい水の益城町で作られた西瓜だと思います。
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さっそく食べてみました。
熊本では、古くからスイカの栽培が行われており、今も下記のように日本一の生産量です。スイカを選ぶ時は、果面にツヤがあり、形は味に関係ありませんが、左右対称の果実がおすすめだそうです。平成23年産野菜生産出荷統計での西瓜のランキングおよび収穫量は次の通りです。
西瓜以外で、よくいただくメロン2位あるいは3位でした。
   1 熊本県 59200 16.3%    6 長野県 18100  5.0%
   2 千葉県 45900 12.7%    7 茨城県 17200  4.7%
   3 山形県 36200 10.0%    8 石川県 14700  4.1%
   4 鳥取県 20200  5.6%    9 愛知県 14500  4.0%
   5 新潟県 19200  5.3%   10 北海道 14100  3.9%
                      合計 362500 トン/年


包丁で切った断面です。瑞々しいスイカでした。スイカはビタミンAが豊富で、利尿作用がよく、すいか糖は腎臓病の特効薬と言われているそうです。
スイカの収穫量の11位以降は次の通りです。
  11 秋田県  12 神奈川県  13 青森県  14 長崎県  15 鹿児島県
  16 福井県  17 愛媛県  18 福岡県  19 沖縄県  20 奈良県
  22 和歌山県  23 岡山県  24 滋賀県(1000トン/年)
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是非とも写真をクリックしてほしいです。2014年4月18日に届いて、その日にいただきました。4月とは思えないほど甘くておいしいスイカでした。種が少ないので種を気にせずに食べることが出来ました。叔父さん、ありがとうございました。
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クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載させていただきました。
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・・・  くまもとグリーン農業  ・・・
クリックすると拡大堆肥(たいひ)などを使った土づくりをして、化学肥料や化学農薬をできるだけ減らす、環境にやさしい農業です。 安全・安心な農産物を生産・供給するとともに、豊かな地下水と自然環境を守り育むことを目的としているそうです。その取り組みの特徴の1つが、「生産宣言」「応援宣言」という仕組みで、生産者にはグリーン農業に取り組むという「生産宣言」をし、消費者や販売業者にはそれらの農産物を購入し料理に使うという「応援宣言」をこうなう仕組みだそうです。「生産宣言」をした生産者は、くまモンと四つ葉のクローバを組み合わせた右のマークを農産物に表示することができるそうです。つまり今回のスイカが堆肥で育てられた証明のマークだったわけです。
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デコポン(シラヌイ)も熊本県が生産量日本一です。
クリックすると記事を表示デコポン(シラヌヒ/不知火)は、ミカン科ミカン属の柑橘類のひとつで長崎県の果樹試験場で1972年に「清見」と「ポンカン」の交配により作られた品種です。果形は果梗部にデコが現われやすく外見上の弱点が目立ち育成試験場では選抜対象とはならず品種登録はされませんでした。その後、熊本県宇土郡不知火町に伝わり、品種名を「不知火」として栽培の取り組みが始まり1975年頃から甘夏に代わる柑橘を模索していたという事情も重なって、不知火海沿岸の宇土半島、天草諸島、葦北地方などを中心に広がり、全国へと普及していったそうです。下の写真は熊本の叔父さんが送ってくれた、今までに見たことのないほど大きくて見事なシラヌイ(デコポン)です。
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さらに柿の王様である太秋柿(たいしゅうがき)も熊本県が日本一でした。
クリックすると記事を表示太秋柿は一個の重さが500gもある柿です。
なんと平成22年の栽培面積を見ると、太秋柿は全国の半分近くが熊本で生産していることになります。太秋柿は「富有柿」をベースに、「次郎」と「興津15号」を掛け合わせて出来た品種を掛け合わせて生まれた完全甘柿品種で、1994年8月に品種登録された柿だそうです。
熊本の叔父さんから送ってもらった時の記事がこちらです。→ポチッ
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熊本県の特産品を紹介いたします。全国一位の農産物が「いぐさ」、「デコポン」、「カスミソウ」、「なつみかん」、「トマト」、「すいか」と沢山あります。「くり」、「なす」、「メロン」、「いちご」、「しょうが」など2位、3位の物も沢山ありました。
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鬼の築いた九十九段の石段 熊野磨崖仏 [九州]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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九州旅行の最後に行った場所がこちらの記事の場所でした。先ほど(2013年8月23日17時40分)、NHKでこの場所が出て来たので再掲載いたしました。
これは九州の国東半島(くにさきはんとう)にある熊野磨崖仏です。この日は泊まっていた湯布院から夕方のフライトで大分空港から帰るスケジュールでした。特に行く場所は決めていなかったので、湯布院の町を散策したあと大分空港に近いこの熊野磨崖仏に行くことにしました。このあたりは、いろんな場所に石仏があることは有名です。もっとも有名なのが大分からさらに南の4群60余体ある臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)ですが、一度行ったことがあり、空港から遠いので、初めての熊野磨崖仏(くまのまがいぶつ)にしました。熊野磨崖仏は国の重要文化財(1964年5月26日指定)及び史跡(1955年2月15日指定)に指定されています。

熊野磨崖仏は、大分県豊後高田市にある平安時代()794年~1192年)の後期の磨崖仏だそうです。伝説では719年に造られた言われていますが、「六郷山諸勤行等注進目録」や「華項要略」の記録の中で1228年に存在が出てくるので平安後期あるいは藤原末期と推定されています。掲載している航空写真のような辺鄙な場所にある磨崖仏で駐車場のある胎蔵寺まで急坂を上ります。胎蔵寺に上がってくる車道もすれ違いが出来ない細い道でした。
地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。

胎蔵寺からの山道への入口です。拝観料200円を払い、杖を借りて登ります。このような参道が210m続いたところに鳥居があり、そこから急な石段が87m続きます。
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拝観料を支払うところで九十九段の石段があると言われました。実は九十九段の石段には、言い伝え(伝説)がありました。鳥居の横には福岡県俳句協会会長の岸原清行さんの俳句「磨崖仏 千年が過ぎ 蝶が過ぐ」の碑が立てられていました。別府出身の内藤凡柳の川柳「信心を 石段で見る 磨崖佛」の碑もありました。
ちなみに同じ5・7・5の川柳と俳句の違いは→こちら
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下の写真は鳥居をくぐって乱積の石段を半分くらいの登ったところで撮りました。頂上に神殿が見えると思います。その神殿のある場所まで登る乱積の石段「熊野権現の道」は鬼が一晩で築いたと言われているのです。いただいたパンフレットに書かれていた、伝説は下記の通りです。
紀州熊野から田染に、お移りになった権現さまは霊験あらたかで、近郷の人々はお参りするようになってからは家は栄え、健康になりよく肥えていた。その時、何処からか一匹の鬼がやってきて住みつきました。鬼はこのよく肥えた人間の肉が食べたくてしかたないが権現さまが怖くてできなかった。
然しどうしても食べたくなってある日、権現さまにお願いしたら、「日が暮れてから翌朝鶏が鳴くまでの間に下の鳥居から神殿の前まで百段の石段を造れ、そうしたらお前の願いを許してやる。然しできなかったらお前を食い殺すぞ」 と云われた。権現さまは一夜で築くことはできまいと思って無理難題を申しつけたのですが鬼は人間が食べたい一心で西叡山に夕日が落ちるて暗くなると山から石探して運び石段を築きはじめました。
真夜中頃になると神殿の近くで鬼が石を運んで築く音が聞こえるので権現さまは不審に思い神殿の扉を開いて石段を数えてみるともう九十九段を築いて、下の方から鬼が最後の百段目の石をかついで登って来る。権現さまはこれは大変と、かわいい里の人間が食われてしまう、何とかしなければと、お考えになり声高らかに、コケコウーロと鶏の声をまねられたら、これを聞いた鬼はおわてて「夜明けの鶏が鳴いた、もう夜明けか、わしはこのままでは権現さまに食われてしまう、逃げよう」と最後の石をかついだまま夢中で山の中を走り、一里半(6キロ)ほど走ってやっと平地に出ましたが、息がきれて苦しいので、かついだ石を放ったら石が立ったまま倒れないので、そこを立石(速見郡山香町)と呼ぶようになった。
鬼はそのまま倒れて息絶えた。これを聞いた里人たちは、これで安心して日暮らが出来る。これも権現さまのおかげと、岩に彫んだ大日さまのお加護であると朝夕感謝するようになった。
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上から見下ろした乱積の石段です。これを下りるには慎重にバランスをとりながら下りることになるので思った以上に筋肉が鍛えられるようで、翌日ふくらはぎが張っていました。
強制的に渡される杖も、さまになっていたし、役にたちました。
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左が冒頭の写真の不動明王像で右が大日如来像です。熊野磨崖仏は石仏は、この2体だけでした。
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向かって左に位置する不動明王像は高さ約8メートルの半身像で、比較的軟らかく加工しやすい岩壁に刻まれており風化が進行しているため、明王像ですが憤怒の相は現さず、口元に柔和な笑みを浮かべているよう見られています。左右両脇には高さ約3メートルの矜羯羅童子と制多迦童子像の脇童子の痕跡が認められます。
円形頭光の上方三面の種子曼茶羅(しゅじきんだら)が隠刻されており中央を理趣教曼茶羅、右方を胎蔵界曼茶羅、左方を金剛界曼茶羅と言われて修験道霊場であったそうです。
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右の小さいほうの大日如来像です。高さは約6.7メートルの半身像で、高さ約8メートルのくぼみ(龕(がん))の中に彫り出されている。羅髪等の造形的特徴から、不動明王像よりも制作年代が下ると推定されています。
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不動明王像と大日如来像の間に高さ1.5mの方形の龕が刻まれています。これは家津御子と速玉の二神像とみられています。


印が押された拝観券を記念に掲載いたします。

階段の一番上にある神殿です。熊野磨崖仏は99段(87m)の乱積の石段の途中(神殿から20m手前)にあります。


神殿の広場には磨崖仏はありませんでしたが、岩を削って祭られているところはありました。


途中の参道の横にはしっかりとした石積みの水路がありました。大雨の時に山が雨で削られないようにした工夫のように思えました。
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こちらが参道入口にあった今熊野山胎蔵寺(いまくまのさんたいぞうじ)です。石の不動明王が置かれていましたが、光っているように感じられませんか。護摩堂の前の小さな七福神と思われる石像もピカピカです。
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七福神や不動明王が光っている理由はこれでした。梵字のシールでした。お参りした人が張るのでしょうか。クリックすると拡大するので張られているシールがわかると思います。
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