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入海石城 [長城]

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前記事の秦皇島のレポートの続きです。ここ老龍頭は、山海関から続いてきた万里の長城が、海に落ち込むところです。要塞である山海関から5kmの距離です。その先端部分が入海石城(にゅうかいせきじょう/ルーハイシーチョン)と呼ばれており上の写真です。手前の方が南海口で建物の部分が靖鹵台(せいろだい/ジンルータイ)です。入海石城は1579年(明の万歴7年)に、薊鎮の名将であった戚継光によって建造されたそうです。海中部分は22.4mで、幅8.3m、高さ9.2m。石城全体は九層構造で、巨大な石を積み上げて築かれているそうです。戦時には海上にも軍船が帆を並べて防衛線を張ったといわれています。
ここから21196.18kmの万里の長城が続いていると思うと考え深いものがあります。

入海石城から陸側を撮ったものです。建物は澄海楼(ちょうかいろう/チョンハイロウ)で1611年の創建ですが、のちに崩壊し、1987年に再建されたそうです。拡大してもらうと長城が遠くに続いているのがわかると思います。
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入海石城の最先端です。靖鹵台から撮りました。寒い時期なのでお客さんもまばらでした。


入海石城の靖鹵台からは明代に建てられた海神廟が見えます。クリックすると海神廟が拡大します。


老龍頭の周囲は城壁で囲まれています。入城後、澄海楼まで上がると、目の前に渤海湾が開け、入海石城が現れました。
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入海石城が海に突き出していることを知ってもらうためにネットから航空写真を拝借いたしました。全体の場所を知りたい場合は-(マイナス)のアイコンをクリックしてもらうと縮小するのでわかると思います。


秦皇島は万里の長城の東の基点 [長城]

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万里の長城の東の基点が以前に訪問した秦皇島の山海関(山海关)と呼ばれる場所です。
その山海関(さんかいかん)は中華人民共和国河北省と遼寧省の省境に位置する万里の長城の東端にある要塞で、明代は北方民族である女真の侵入に対する防衛の要とされたそうです。大きな門に掲げてある「天下第一関」と称されていますが、これは山海関が、東から数えて最初の関所であったことを示しているそうです。

要塞と呼ばれるだけのことはあって城壁は高く頑丈そうでした。山海関は明代の1381年将軍徐達が築いたとされ、北に燕山山脈を望み、東に渤海湾を望むところから山海関と名付けられたそうです。長城は、海に突き出している老龍頭から山海関を通り、燕山山脈の支脈角山へと続いています。大部分は1987年以降に修復されたものです。前記事で紹介した、同じ形の雨樋がありました。
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城壁の上に登って見ました。
万里の長城は、今まで国家文物局の発表(2009年4月18日)により東端の遼寧省虎山から西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8,851.8kmとされていたが、2012年6月5日に総延長は21,196.18kmと修正発表されたそうです。現存する人工壁の延長は6,259.6kmだそうです。
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こちらの写真も城壁の上を撮ったものですが、城壁の広さには驚かされました。いざと言う時は沢山の兵隊が守ったのでしょうね。
漢代は臨楡関と称され、明代に山海衛が設置された後に山海関と称されるようになったそうです。明末はヌルハチ、ホンタイジによる満洲族の侵入を阻止し、守将であった呉三桂が清朝に帰順するまで不落の要塞でした。


城壁に作られたトンネルを見てもすごい要塞であったことがわかります。満州事変の舞台となった場所でもありました。その時に、初めて近代兵器によって陥落したとのことなので、単なる遺跡ではなく近年まで要塞として活躍した場所でもあったいうことになります。


この山海関は長城と城砦都市を囲む形でつくられていることが地図で表されています。城壁は、周囲は4.3km、高さ14m、厚さは7mあり、4つの城門とその上に楼閣が設けられた。「天下第一関」の額が掛けられている東の城門だけが現存していました。
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城砦都市の中心に鐘鼓楼がありました。
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山海関の航空写真を拝借いたしました。中央が上の写真の鐘鼓楼です。この写真を見ても山海関は要塞都市であったことがわかります。ここは皆さんが生活している場所でもありますが、2008年頃から街並みが復元され始めてたそうで観光にも力が入っている感じでした。これからは観光都市になっていくのでしょうね。


万里の長城の雨樋 [長城]

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万里の長城の2つの景観を紹介いたしました。一つが大渋滞の長城の姿で、もう一つが人の少ない長城の姿でした。その万里の長城の写真の中に石造り雨樋(あまどい)が沢山あることに気がつかれた方もおられると思います。その壁から突き出しす形で雨樋がついて紹介いたします。

万里の長城の上にも雨が降ります。当然長い長城は雨の排水機能がなければ川のように水が流れることになると思いますが、それを防いでいるのが紹介の雨樋です。長城の上を横断するように溝が作られています。
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その溝で集められた水を排出するのが冒頭の写真の壁から突き出した石の雨樋なのです。階段の部分にも溝が作られていました。
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望楼(見張台)である北五楼と北六楼の間は混雑緩和のために登る人は長城の上を歩き、下山する人は長城の脇の下山道を歩きますが、その下山道の写真です。当然ですが雨樋は自陣側に取り付けられています。敵側だとそれを使って登ってこられる恐れがあると考えられたのでしょうね。


水の落ちる地面には石の大きな皿が置かれていました。雨で地面が侵食されないにする工夫だと思います。上の写真を拡大した写真であることわかりますか。昔から雨樋は建築構造物にとって大切なものなのだと実感させられました。


追伸
2014年4月6日から4月11日まで中国に行ってきます。今回の中国訪問が90回目になります。そして国際線ならびに海外の飛行機に乗るのが693回目となります。上海に3泊と地方都市に2泊です。この間は移動などに時間がかかるので皆様への訪問が難しくなることを、御容赦願います。
また、中国の特殊なネット環境のためにホテルについてもniceのアイコンが表示されないので、niceが出来ないことも御容赦願います。
不思議なことに、たま~に、niceのアイコンが出来ることもあります。



さらに追伸
下の写真は2014年4月6日12時45分(日本時間13時45分)の上海の景色です。
先ほど上海のホテル(花園飯店)にチェックインいたしました。下の写真は空港からホテルに向かう車の中から撮った上海の景色です。コンパクトカメラで4.16倍のズームで撮りましたが、今日は快晴で空気も澄んでおり、遠くまで見渡せました。これだけ澄んでいれば、今話題のPM2.5も、まったく問題ないと思います。
中央の工事中の高層ビルは今年に完成予定の、高さ632mの上海中心(Shanghai Tower)です。完成するとアジアで一番高いビルで、構造物としてはスカイツリーに次いで2番目となります。
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さらにさらに追加
街に出て豫園からビルの写真を撮りました。このビルは128階で延床面積は地上部分380,000㎡、地下部分170,000㎡とかなり巨大です。超高層ビルの高さのランキングでは下記のように2位になります。ちなみに「あべのハルカス 300m」は98位で「横浜ランドマークタワー 296.3m」は102位です。
 1 828m 162階 2010年 ブルジュ・ハリファ ドバイ UAE
 2 632m 128階 2014年 上海中心 上海  中国
 3 601m  95階 2011年 アブラージュ・アル・ベイト メッカ
サウジアラビア
 4 541m 104階 2013年 WTC ニューヨーク USA
 5 527m 108階 1974年 ウィリス・タワー シカゴ USA
 6 509m 101階 2004年 台北101 台北  台湾
 7 492m 101階 2008年 上海環球金融中心 上海 中国
 8 484m 118階 2010年 環球貿易広場(ICC)  香港 中国
 9 457m 100階 1969年 JHCー シカゴ USA
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南六楼では皆が友達 [長城]

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南六楼は万里の長城の望楼(のろし台 見晴台)です。八達嶺の登城口から南に6番目の望楼のため南六楼と呼ばれています。ここからさらに万里の長城は、はるか彼方に続いていますが観光客が立ち入れるのは南六楼までなのです。クリックすると拡大つまり終点なのです。そしてこの場所が八達嶺で最も美しい景観が見れる場所とも言われています。右の写真が、その南六楼からの「八達嶺で最も美しい景観」です。
終点ということもあり、余韻を楽しむために沢山の人が長く集うことになります。私が南六楼に着いたときも皆さんで記念撮影をされていました。私が降りるときも皆さんまだ残られていました。

外人の方も仲間に入っていました。すごく楽しそうです。皆のカメラで記念写真の撮りっこをしていました。コンパクトカメラあり一眼レフありビデオカメラありです。私も撮らせてもらいました。
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撮り終った後でも皆さん楽しんでいました。
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これぞ万里の長城 [長城]

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クリックすると記事表示以前に大渋滞の万里の長城を紹介させてもらいましたが、上の写真は、大混雑の長城の写真(右の写真)と同じ日の同じ八達嶺長城の景色です。
皆さん、この違いに驚かれると思います。
さらに驚いたのが空気のきれいなことでした。
本当にきれいな青空の下の万里の長城でした。
これぞ万里の長城と言う感じの写真が撮れたので紹介いたします。
午前中の早くに写真を撮るなら太陽の位置から見ても逆光気味の北東側の長城よりも南西方向に伸びる長城がきれいに撮れるのです。私が先に南西方向にのびる長城に登った3つの理由の最大のものが、太陽の位置だったのです。残り2つの理由は人が少ないことと、数十キロ先まで伸びる万里の長城の景色が撮れる場所だったからです。

下の地図で登城口から入って、北一楼方向に向かうと大変に混みあっていた万里の長城ですが、それとは反対側の南一楼の方向に向かって登ると今回紹介する景観に出会えるのです。上の写真は登ってきた南五楼方向を、南六楼から撮った写真です。写真をクリックすると北一楼~北十三楼も入った航空写真を表示します。
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こちらの写真は登城口から登り始めてすぐに、これから登っていく南四楼を撮ったものです。これから歩いていく順番に紹介いたします。写真をクリックすると遠くに見える長城が判ると思います。
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最初のころは緩やかな登りでした。北一楼方向が大変混んでいるのを見ていたので、歩いている人も少ないので驚かされました。左右の壁の違いに気が付かれたと思います。この写真では右側の1.5メートルほどの凹凸型の城壁が敵が攻めてくる北方方向です。そこには、銃眼も設けられていて、下から放たれる矢を防ぎ、逆に攻撃しやすい構造になっているのです。この壁の違いを覚えていると長城のどちら方向の写真であるか判るので覚えて置いてください。
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徐々に急な坂になってきました。この急な階段も万里の長城の一つの景色です。
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南四楼までは急な登り坂なので大変ですが南四楼まで来ると、南六楼までは高低差は少ないので楽に歩けます。南四楼から少し進んで南五楼および南六楼の方向を撮ったものです。
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観光客は南六楼までしか行けませんが、その先にも万里の長城が続きます。その続いていく万里の長城の方向を南四楼から南五楼までの下り坂から撮りました。クリックすると山のはるか彼方まで続く長城が確認出来ると思います。
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ほぼ同じ場所ですが南五楼と南六楼までの景色も入れた角度で撮りました。
万里の長城は東端の遼寧省虎山から今まで東端とされていた河北省山海関に西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8851.8kmの防衛を目的とした城壁です。一般に長城を作ったのは秦の始皇帝だと認識されていますが現存している「万里の長城」の大部分は明代に作られたものだそうです。
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南六楼に着きました。南六楼は八達嶺長城の中で最も美しい景観を見せる場所と言われています。そのためかもしれませんが、大型カメラを持っている人が多かったです。
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行き止まりの石碑です。


八達嶺長城の中で最も美しいと言われている景観の一つが行き止まりの先に続く長城だと思います。遠くの霞んだ尾根や山に万里の長城が続いている景色はすばらしかったです。それを見てもらうために、この写真は是非ともクリックしてもらいたいと思います。
ここに写っている万里の長城はすべて一般人は通行止めです。ところがクリックして見てみると3人2人(Huck_Finnさんの、ご指摘で2人であることがわかりました。)の人が写っているのが判ると思います。探してみてください。
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ここから先の写真は行き止まりの南六楼から登城口まで下山するときの写真です。一番手前の望楼は南五楼です。一番遠くに見える南四楼です。その間の望楼のような建物は名前は判りません。
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この写真は南五楼を過ぎたあたりから南四楼の方向を撮ったものです。
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南四楼に着きました。少し人が増えてきたようです。このときの時間は9時37分です。登城口を登り始めたのが8時50分だったので、人の少ない写真が撮りたい場合は9時までに南西方向の長城を登り始めることをお薦めします。
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降りるときに南四楼への上り坂を上から撮りました。急坂であることが判ってもらえると思います。
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下から見上げた同じ場所の急坂です。登るときに同じ場所を撮ったのが地図も入れて上から5枚目です。その時は9時1分でした。36分の差でもかなり人数が違ってきているのがわかってもらえると思います。
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DH000022-50.jpg冒頭で南西側の長城の魅力を3つ記載しましたが、実はもう1つ魅力があります。それは南西側の長城からは北西側の長城が北一楼から最高峰(北八楼)まで、すべて一望できることです。これは登ってみて知りました。この写真は南三楼のあたりから撮ったものです。
右の写真をクリックすると、南一楼~南六楼と北一楼~北十三楼が入った航空写真を表示します。
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左端の赤色マークの場所が、今回紹介の八達嶺長城です。右上端の黄色マークが以前に紹介した司馬台長城です。真中あたりの臙脂色マークが慕田峪長城です。
   赤色ライン 北京→八達嶺 への道
   黄色ライン 北京→司馬台 への道

より大きな地図で 万里の長城 を表示
こちらは初めて万里の長城を訪れた19年前の1995年4月17日の八達嶺長城の写真です。今回紹介の場所「南楼側」から「北一楼から北八楼」を望んだ写真です。この時は中国が2回目で1995年4月11日~4月17日の旅で、帰国の日の早朝の5時にホテルを車で出発して八達嶺長城に来て、その車で空港に直接向かいました。ちなみに初めて中国を訪れたのは1994年9月19日~9月24日で「成田→北京→南京→広州→香港→成田」と旅をいたしました。

断崖の上の長城 司馬台 [長城]

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みんこさんの記事「恐るべしっ!!ゲルメルバーン!!」を拝見してこの記事を掲載することにしました。小規模ですが「恐るべしっ!!ゲルメルバーン!!」のなかで話題になっていたケーブルカーと同じタイプのものが中国にもあったからです。
         みんこさんの記事はこちらをクリック→ポチッ
万里の長城と言えば八達嶺が有名です。高速道路が出来たおかげで北京から1時間ほどで行ける場所となり沢山の人が訪れています。北京に観光に行かれた方はほとんど八達嶺に行かれたと思います。八達嶺は整備されており、中国を感じさせられる迫力のあるすばらしい場所です。八達嶺には今までに2回(3回かも)行く機会がありました。今回は少し遠いけれど初めて司馬台と呼ばれる場所に行って見ました。北京から北東に120kmの場所にあります。霧で全貌が見えませんが断崖の上にありました。八達嶺ほど改築整備されていませんが、残されているままに近いのも魅力の一つだと思います。長城の両側が崩れたままなのが迫力を増しています。(ちょっと危険だけど)

朝、7時にホテルを出で長城の上に立てたのが10時31分でした。途中で事故渋滞のために30分くらいロスしたことを考えても3時間はかかります。ゴンドラに乗ってから長城の上に立てるまでは40分でした。八達嶺の場合は要領よく行けば北京を出てから1時間後には長城の上に立てるのとは大きく違います。

この写真で断崖の上に長城が建っていることが実感してもらえると思います。山の稜線の四角い建物が、のろし台です。いつもは写真をクリックすると拡大するように設定しているのですが、今回は雨と霧で、いずれの写真も解像度が低いためクリックしても拡大しませんが、雰囲気を味わってもらうため沢山の写真を掲載させてもらいました。この写真は、ゴンドラから撮りました。


長城の上から下を覗いた景色です。この程度、覗き込むのが精一杯でした。霞んで見える建物が、あとで紹介するゴンドラの降り場とケールカーの乗り場です。ここでゴンドラからケーブルカーに乗り継ぐのです。ケーブルカーを降りても長城まではかなり歩かされます。いい運動になります。


ここは最初にゴンドラに乗ります。ここのゴンドラは昔の遊園地の乗り物のようです。私が最初のお客でした。前に乗っているのはここで働いている人たちなのです。約30名くらいだったと思いますが我々が来るのを待っていました。客が来ると初めてゴンドラ動かして従業員の人が一緒に登るのです。霧で霞んでいますが山の上に長城が見えます。オープンで上のひさしは風て役にたたないため傘をさしてこのゴンドラに乗りました。
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さらにゴンドラの写真を紹介いたします。
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これがゴンドラです。かーかさんからの質問に答えるためにゴンドラの写真を掲載いたします。前後に椅子があるので二人が乗れますが、狭いので現実的には一人乗りと考えてもらった方がよさそうです。


長城の上から見たゴンドラです。写真の真中に連なった点々がゴンドラです。ジェットコースターとは少し違う迫力がありました。是非、乗ってみてください。クリックするとゴンドラがよく見えると思います。
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ゴンドラの次はケーブルカーです。椅子に座ると下向きになるので立って上を見ていることをお薦めします。このケーブルカーに乗った人は全員、そうしました。


ケーブルカーから下向きに撮った写真です。ここは欧米の人が多かったです。下の建物が乗り場兼レストランです。


登っているケーブルカーから撮りました。ケーブルカーと言っても一本のロープを巻き上げるタイプなんです。なんとなく怖いです。ロープは意外と細いです。


上に着いて巻き上げ機を見て、さらに恐ろしくなりました。細いロープの上に、もしブレーキが壊れたときのことを想像してしまいました。この機械に命を預けていたのです。下りは歩くことにしました。
運転員の人は上にいるのです。運転員の人は歩いて登るのです。だから運転開始までかなり待たされました。ここでもケーブルカーに一番で乗りました。日本のケーブルカーのロープの安全係数は8倍ですが、これはどの程度か気になりました。


橙色ラインが司馬台長城~金山嶺長城です。黄色マークが司馬台長城の、のろし台の一つです。尾根伝いに長城と、のろし台が点在しているのが判ると思います。紫色ラインがケーブルカーで緑色ラインがゴンドラです。

より大きな地図で 司馬台 を表示
末端付近は霧で霞んでいました。


その先まで登って一番先まで行って見ました。この先にももちろん長城は続いているのですが危険なため、これ以上は行けません。この場所にたどり着いたのが10時52分でした。


ここは八達嶺と違い、無人の景色が撮れるのが魅力です。


少しだけ霧が晴れてきました。 人が写っています。


霧がなかったらすごい迫力だったと思います。でもいつもいつも晴れるというわけには行かないですね。
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ここが一番急坂でした。覗きこんでも階段が見えません。
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下から見た一番の急坂です。これで坂の急なことが判ってもらえると思います。
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遠くまで長城がつながっているのが判ります。


ここを歩くとかなり迫力がありますよ。北京周辺では、今回の司馬台長城(しばだい)以外に訪問できる場所は金山嶺長城(きんざんれい) 、蟠龍山長城 、古北口長城(こほくこう) 、大榛峪長城(だいしんよく) 、黄花城長城(こうかじょう) 、慕田峪長城(ぼでんよく)、箭扣長城(せんこう) 、八達嶺長城(はったつれい)、水関長城(すいかん)、居庸関 ・居庸関長城(きょようかん) 、挿箭嶺長城(そうせんれい) と沢山の見学場所があることを知りました。


両側は崩れたままで低いので真中を歩くようにしないと危険です。高所恐怖性の人は歩けない場所が沢山あると思います。その前にあのゴンドラは無理ですね。(笑)ケーブルカーも!


城壁の向こうに長城が続いています。万里の長城の公式の長さは現在、8,851.8kmです。2009年4月18日、中華人民共和国国家文物局は総延長は6,352kmから8,851.8kmであると修正発表したそうです。毎日新聞によるとのろし台5723カ所も確認され、れんがなどでできた人工壁6259.6kmに加えくぼみや塹壕部分の359.7km、がけなどの険しい地形2232.5kmが含まれたことから延びたとみられるとしています。


ここでも場所を紹介するために衛星写真を拝借いたしました。写真の右上に司馬台があります。北京の水がめ密雲水庫(密雲貯水湖)の少し先です。有名な八達嶺が北西に対して司馬台は北東にあります。
クリックするとGoogle航空写真

万里の長城は大渋滞 [長城]

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これは2日前(2010年8月6日)の写真です。
今回、万里の長城として有名な八達嶺長城を訪れました。今回で八達嶺長城は3回目となりますが、驚いたのが人の多さでした。この写真の位置では登りも下りもまったく動けない状態になりました。すでに少し動いている状態ですが、その場所を上から撮りました。時間は10時20分ごろでした。この時間帯は北東方向の長城は避けて南西方向に登ることをおすすめします。

日本のガイドブックは登城口から見て北東方向の長城を「女坂」、南西方向を「男坂」と称しています。(中国ではそのような呼び方はないそうです。) 大渋滞が起こったのは北五楼のあたりです。
クリックすると記事を表示不思議なことに北東側に観光客が集中する傾向にあるそうです。右の写真は時間は違いますが同じ日の南西方向で渋滞どころか人がほとんどいませんでした。北東側に最高峰があることと最高峰から別ルートで下山出来るのも北東側が人気の理由なのかもしれません。この時も極端に北東側の長城の人が多かったです。ただし景色がいいのは南西方向の長城で、南六楼からの景色は「八達嶺で最も美しい」と言われており、最初に南西側に登り、その後に北東側に上りました。南西側は人が非常に人が少なかったです。南西側は右上の小さな写真をクリックすると記事を表示します。
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一番低いところから撮った長城です。右端の一番上の望楼のところが大渋滞の起こるところです。道が狭くなり急勾配となるために起こってしまうようです。長城は基本的に右側通行で、この部分には仕切りの柵が設けてありますが、詰まってくると無視されてしまうことが大渋滞に拍車をかけているように思えました。
根本的な原因は中国の経済成長に中国国内の観光客が増加しているためだと思います。今後も増え続けるので右側通行を徹底すると共に入場制限も必要になってくるかもしれません。我々に出来ることは混む時間帯を避けることだと思います。午前8時前ならば大丈夫です。観光客の少ない景色を撮りたい場合は7時前だと思います。
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大渋滞の起こる部分を下から撮った写真です。混んでいるようですが、まだ大渋滞にはなっていません。


大渋滞に巻き込まれてしまいました。この状態で長時間待たされてしまいました。この後に整理の人が来て右側通行を徹底させるようにしたことでゆっくりと動くことが出来ました。


大渋滞の中から下を撮った写真です。車の待ち合わせ時間があるので少しずつ心配になってきました。
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右端の一番上の部分が大渋滞の起こるところです。写真の中央近くの一番上の望楼(見晴台、のろし台)が北東側の長城の最高峰である北八楼(海抜1015メートル)です。大渋滞のところから、さらに奥に進むと行けます。せっかくここまで来たのだから、時間は気になりましたが最高峰の北八楼を目指しました。
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ここが北東側の長城の最高峰(海抜1015メートル)です。皆さん満足そうでした。この写真だけ露出過多で真っ白になってしまいました。なんとかPCで露出調整したのがこの写真です。カメラをポケットに入れている間にツマミが回ってマニアル設定になってしまっていたのです。
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