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ついにパリで牡蠣を食べました。 Le Vaudeville [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行の目的の一つがパリで牡蠣を食べることでした。とりあえずはモンサンミッシェルのディナーで牡蠣をいただきましたが、やはり本場のパリで牡蠣を食べたかったのです。すでに冬の牡蠣の季節を過ぎていたので、パリで食べれるかどうか気になっていました。4日目にワインバーで夕食を食べたパリに住んでいる知り合いの方に聞くと高級店ならば食べられると教えてもらったので、以前に牡蠣を食べたお店にホテルの人から予約を入れてもらいました。
パリで牡蠣を食べたのはフランス旅行6日目ですが、その日はMyBas社のパリからの日帰りツアーでロワールの城めぐりに行っていて19時頃には帰ってこれる予定なので余裕を見て予約は20時30分にしてもらいました。
 1日目 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 モンサンミッシェル
 3日目 モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 ロワールの城めぐり ディナー:パリで牡蠣を食べる
 7日目 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他 帰国

こちらが20時20分のお店の写真です。幸いにも泊まっているホテルから歩いて475m(6分)の場所にありました。
翌日の7日目は日本への夜行便(JL416 21:55発 )で帰国するのでフランス最後のディナーでもありました。お店を紹介します。
 名前 Le Vaudeville
 住所 29 Rue Vivienne, 75002 Paris
 電話 01-4020-0462
 営業 12:00~15:00 19:00~24:00
 HP http://www.vaudevilleparis.com/
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冬の牡蠣の季節のフランス料理店では、すべてのお店で、このような牡蠣を並べる棚が屋外に置かれます。この時はほとんどのお店で、このような棚は置かれていませんでしたが、予約したお店では牡蠣のかごの量は少なかったけれども、ちゃんと牡蠣のための屋外の棚が設置されていました。右の写真は以前に牡蠣の季節に同じお店に来た時の同じ棚の写真です。
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少ないと言えでも牡蠣がならべられていました。
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こちらがお店の写真です。さすがに店内の写真を撮ることが出来なかったので、こちらの写真だけネットから転用させていただきました。4枚の写真で構成いたしました。
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メニューの中のOyster Listです。この中からおすすめの下記の2種類を9個づつ、計18個ほど頼みました。
 Fines de Claire NO.2 Green Oysters
 Special Normandy Grand Cru NO.2 Oysters
 又は Special Gillardeau NO.3
NO.2とかNO.3は牡蠣の大きさを示すナンバーです。大きさを明確に数値で示しているところが牡蠣先進国と言えるのかもしれません。
 NO.0 150g~
 NO.1 110g~150g
 NO.2  85g~110g
 NO.3  65g~ 85g
 NO.4     65g
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フランスでは干潟で牡蠣を大きく養殖した後に、陸に作られたクレール(Claire)と呼ばれる養生田でクリックすると拡大右の写真のような珪藻などを数か月間ほど与えて養生する養殖方法が行われているそうです。それがフランスの牡蠣の味になっているようです。クレールは汽水域で、水深が浅く、日光がよく届くことで餌となる珪藻などのプランクトンが繁殖し、海で育ったものより甘くまろやかな味わいになるそうです。そのような牡蠣をクレールオイスターやグリーンオイスターと呼ばれているようです。
上のメニューの中でFines de Claire Green Oystersと書かれていたのはこの牡蠣のことだったようです。メニューに書かれていた説明は次の通りです。
Fines de Claire oysters are matured "claire",former salt marshes containing plankton-rich water.this natural alga gives them their green colour.
下記は地図は牡蠣の養殖で有名なMarennesのクレール(養生田)が並んでいる辺りです。クレールのある景色のストリートビューです。→ ポチッ


やっぱり白ワインなのでお薦めボトルを頼みました。こちらがお店のソムリエのお薦めの白ワインです。銘柄はPascal Jolivet Sancerre(パスカル・ジョリヴェ サンセール)でした。
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牡蠣が出てくる前でしたが、パンを食べながらワインをいただきました。
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牡蠣が出てきました。レモンの右側の牡蠣と左側の牡蠣で明らかに違うことが分かってもらえると思います。
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今回は娘とのフランス旅行でした。ワンコの世話があるので私と家内が同時に旅行は難しいので交代で旅行に行っているのです。この後、家内と娘は一緒に石垣島と、ベトナムに旅行に行きました。お店の人に記念写真を頼むと沢山撮ってもらえました。
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うれしいことに別の角度からも写真を撮ってもらえました。どうやら娘がいるおかげで沢山の写真を撮ってもらえたような気がします。数えてみると6枚の写真を撮ってもらえましたので、連続表示にさせていただきました。雰囲気が判ってもらえると思います。
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台の下の器に入っているのは牡蠣用カクテルソースです。私は全てレモンでいただきました。
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これは皿に乗っていた左側の牡蠣です。海水がたっぷりあることから新鮮な牡蠣だと感じました。
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上の写真はクリックすると拡大しますがクリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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別の場所の拡大写真です。
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右側の牡蠣は単独では撮らなかったのでお皿に盛りつけられた写真から切り取りました。johncomebackさんのコメントに書かれているように、現在のフランスの牡蠣のほとんどがフランス気候に適した宮城の真牡蠣です。一部に広島産の真牡蠣も使われているそうです。
1970年以前はフランスのカキ市場のほぼ100%を占めていたヨーロッパヒラガキが病気により絶滅の危機に瀕した時に救ったのが宮城産の真牡蠣なのです。そのことから東日本大震災(東北大震災)で宮城県が大きな被害を受けた時のフランスからの支援につながったそうです。→ポチッ
 1966年~1970年 ヨーロッパヒラガキが病気により絶滅危機
 1970年~1980年 宮城県から交配用および食用カキを輸入
 1980年~2008年 日本由来のマガキ種がカキ養殖の定番となる。
 2011年3月11日  東日本大震災
 2011年~2012年 フランスのお返しプロジェクト
 2012年~2017年 相互の友好関係が継続
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こちらの牡蠣も拡大いたしました。透き通るような不思議な牡蠣で、少しグリーン色が見られることからメニューのところで記載していたFines de Claire NO.2 Green Oysters(クレールで仕上げたグリーンオイスター NO.2)なのかもしれません。
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前菜もいただきました。2種類のソースでいろんなものを食べる前菜でした。
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料理の拡大写真も掲載します。お洒落な料理です。
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メインデッシュは大きな重量感のある蟹にしました。1匹を頼んでそれぞれ半分づつが目の前に出されました。写真はその半分の蟹です。
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お店の場所を紹介します。紫色マーク( )が今回紹介のレストランです。赤色マーク( )は泊まったホテルです。今回のフランス旅行で食事をした全てのレストランも紹介します。店名の着色文字をクリックするとレストランの記事を表示します。リストの をクリックするとそれぞれのレストランの場所を示した地図を表示します。
 1日目D パリ           Café Panis
 2日目‎L モンサンミッシェル   La Rôtisserie
 2日目D モンサンミッシェル   Le Relais Saint-Michel
 3日目L モンサンミッシェル   La Sirène
 3日目D パリ          どさん子
 4日目L パリ ルーブル美術館   Le Café Richelieu / Angelina
 4日目D パリ           L'Ecluse Madeleine
 5日目L ヴエルサイユ宮殿敷地  La Flottille
 5日目D パリ           Drouant par Antoine Westermann
 6日目L ロワール        La Cave aux Fouées
 6日目D パリ           Le Vaudeville 
 7日目L パリ オルセー美術館   Café Campana
D:ディナー(夕食)   L:ランチ(昼食)

フランス5日目のディナーはシーフードの名店 Drouant [パリ]

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今回のフランス旅行にあたり、パリに長く住んでいる日本人の方(奥さんはパリジェンヌ)にホテルの近くのお薦めのレストランをメールで聞いたところ、今回のレストランを紹介されました。このレストランはパリでトップクラスの魚料理店あり、フランスでの作家賞(日本で云う直木賞)の授賞式を毎年やるレストランだそうです。そのパリ在住の方とは、すでに記事に記載させていただいた通り、前日にワインバーで食事を一緒にしました。
そのパリ在住の懐かしい方は、私がヨーロッパ各国やモロッコに来た時にお世話してもらった人で、私と同じ会社の方でした。
その時に本レストランを再確認して、その人からホテルに予約のことを伝えていただき、ホテルから予約をレストランに入れていただきました。19時だと明るすぎるので食事の時間は20時からにいたしました。そして翌日の20時に娘と二人で行きました。それが右の写真のレストラン・Drouan(ドウルーアン)でした。Drouanは今回のフランス旅行の中で、最も格式の高いレストランのため、二人ともそれなりの服装で食事をいたしました。了解をもらって写真は撮らせていただきましたが、フラッシュは使える雰囲気ではなかったので、すべてフラッシュ無しで撮りました。他のレストランではフラッシュを使わさせてもらいました。ただし、光量は抑えているので周りの人に気づかれることは、ほとんどないのです。それでも今回は遠慮いたしました。
そのパリ在住の方からはメールで「ワインをグラスで1~2杯飲んで、まあ一人頭100ユーロ」と言われていました。

単品で頼むのは難しいので、こちらの65ユーロ(約7500円)のコースにいたしました。単品で頼むとかなり高くなるのでお得でした。日本円への換算は1ユーロ=115.44円で計算しています。
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白ワインを頼みたいと伝えるとソムリエの方が対応してくれもらえました。選んだワインがこちらでした。ラベルにはLa Moussiereと書かれており、Sancerre の文字もありました。やはりワインの国のソムリエの人はむやみに高いワインを薦めません。
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選んでもらったワインはやっぱり美味しい白ワインでした。ネットで調べてみると白ワインのフルネームはA. Mellot Domaine De La Moussiere Sancerre 2013でした。作られてい場所であるSancerreはフランス・ロワール地域圏・シュール県・サンセール小郡でロワール川に面した丘の上の1789人(2006年)ほどの小さな町です。→ポチッ
 サイズ  750ml
 地域   Sancerre (サンセール)
 製造者  Alphonse Mellot (アルフォンス・メロ)
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最初の利用理は2種類から選べますが、2人ともに同じホワイトアスパラガスにいたしました。料理の名の名前はWhite asparagus from Landes< Mouesseline sauceでした。もう1つの料理はシーフードで名前はSea bream tartare with fresh corianderでした。
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料理を拡大いたしました。
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ワインは全てお店の人が入れてくれます。
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2番目の料理も2種類から選ぶとの2人で別の利用理を頼みました。
こちらはPan fried red mullet & baby squid, vinegar jus & seasoning spicesです。
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こちらも拡大いたしました。こちらがパリでトップクラスのシーフード料理です。シーフードの名店でありながら、シーフードはこの一皿でした。でも大満足でした。これは冒頭の写真で、明るく見えますが、オリジナルの写真を露出調整いたしました。
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こちらは肉料理で、名前はLamb shoulder confit, potato & wid mushroomsです。
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肉料理も拡大いたしました。
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デザートも2種類から選べたので、それぞれ別の物を頼みました。こちらはParis-Brestです。パリの名前がついたケーキです。
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上の写真では見にくいので拡大いたしました。
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こちらはGariguette strawberry & pistachio pieです。
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こちらのデザートも拡大いたしました。
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アイスクリームもついてきました。
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デザートとくれば紅茶です。
デザートを食べている時に店員さんにカメラを渡して記念写真を撮ってもらいました。もちろんフラッシュなしにいたしました。この日はヴェルサイユ宮殿に行った日なので、宮殿の話が弾みました。私が昔にパリに来た時の時の話などで2時間20分のディナーとなりました。格式の高いレストランでも、右上の写真のようにテーブルが接近して並べられるのがパリのレストランの特徴なのです。
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紅茶を頼むと、こんなお菓子もついてきました。
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レストランの場所などを紹介します。左上ののマークがオペラ駅(Opera駅)です。オペラ駅は複数の地下鉄が通っていることから一番利用した駅です。Minuitはフランス語で翻訳にかけると真夜中と出てきました。Minuitは24時でしようか、それとも単に真夜中までということでしょうか。。
 店名 Drouant par Antoine Westermann
 住所 16-18, place Gaillon. F-75002 Paris
 電話 01-4265-1516
 営業 12:00~14:30 19:00~Minuit(24:00?)
 定休 無休
 最寄 Opera駅 Quatre Septembre駅
 HP http://www.drouant.com/
   泊まったホテル
   Drouant par Antoine Westermann

自転車の手軽さで借りれるレンタル電気自動車 Autolib' [パリ]

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フランスは2007から始まった無人でいつでも自由に借りれて返せるレンタルサイクル(Vélib)が普及しています。この日の天気は雨模様だっで自転車が駐輪場に沢山並んでいましたが、普段は残っている自転車が少なく町の中をこの自転車が沢山走っています。この写真はパリのシャンゼリゼ通りに交差する道路で撮ったものです。登録をするといつでも好きな時間に好きな場所で借りれて、好きな場所に返すことが出来るのです。実はこれと似たシステムのレンタカーがあることを知りました。つまり無人で、好きな時間だけ借りれて好きな場所に返すことが出来るシステムです。好きな時間だけと言うところは最近流行りのシェアカーと同じですが、それがさらに進歩したシステムでした。しかも使われている自動車は電気自動車(EV車)でした。

そのことを知るきっかけになったのがフランス旅行5日目にヴェルサイユ宮殿に行った時でした。RER(パリ高速鉄道)に乗ってヴェルサイユ宮殿の最寄駅であるVersailles Chateau Rive Gauche駅に着いて、外に出た時に最初に目に入ってきたのがこちらの写真です。見た瞬間に無人のレンタカーであることかはわかりましたが、それ以上のシステムに関しては判りませんでした。記事を書くにあたり手掛かりになったのが、車の後ろの左側のロゴマークでした。
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クリックすると拡大そのロゴマークが右の画像です。
ロゴマークの中にautolib'の文字が組み込まれていて、そのAutolib'でネット検索することで実態が判りました。
 ネット検索 → Wikimedia 詳しい説明
下は前から撮った写真です。このシステムが最初に行われているのパリで、今は3つの町で行われています。5年前から行われていたのにも驚かされましたが、高額なはずの電気自動車が使われていることにも驚かされました。
 2011年12月 Paris
 2013年10月 Lyon
 2014年01月 Bordeaux
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車の車種は同じようでしたが先頭は真っ赤な車でした。車でデザインからも後ろの6台と明らかに違うことからモデルチェンジした新型要でした。料金を調べてみると以下の通りで、かなりお得のような気がしました。
 基本料金 年間144€
 利用料金 ~30分 5€  30分~60分 4€  以後30分毎 6€
また、車の場合は事故がつきものですが、万が一の場合の各自の事故負担額も次のように決められていました。
 1回目事故 200€
 2回目事故 475€
 3回目事故 750€
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クリックすると拡大その真赤な最新モデルの車を拡大いたしました。電気自動車の車名はBluecarで、ボロレグループ(Le groupe Bolloré)が開発したそうです。autolib'と言ういい方とutilib'の2種類の言い方があるようです。
車を前から見てフロントガラスの左側にレンタカーの識別番号らしきものがあります。こちらの車の番号はUN05693でした。
普通のAutolib'は4人乗りですが、この赤いAutolib'は2人のutilibは2人乗りで後ろ半分は荷物が沢山載せられるようになっているそうです。
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ここでは7台が設置されていました。識別番号らしきものを読み取るとバラバラでした。この番号のバラバラの状況から、いろんな場所の車がいろんな場所に返されていることが想像されました。
 1台目 UN05693
 2台目 300
 3台目 V1009
 4台目 C1059
 5台目 C0537
 6台目 BV01683
 7台目 BV05825
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こちらが充電と管理を行うケーブルだと思います。これが1番の赤い車のケーブルです。パリ周辺で250ケ所(2012年時点)にステーションが設置されているそうです。採用されている電気自動車の航続可能距離は150km~250kmだそうです。利用者登録は有人のステーションEspace Autolib’(エスパ
ス・オートリブ)に設置されているTV電話を用いて、オペレーターからの指示に従って行います
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こちらが2番の車のケーブルです。実は、これらの写真を撮っていたために駅舎の中の石像に気がつかなかったのです。
鉄道や普通のレンタカー(シェアカー)と比較したデーターがありました。家族4で30km離れた場所を往復し、滞在時間を含めて3時間を要した想定の料金です。年会費144€を払ってさえいれば、いずれの場合においても普通のレンタカーより得です。車を返す場所の無い目的地で、滞在時間が長い場合は鉄道が得です。
 Autolib'      33.0€
 鉄道       50.4€
 普通のレンタカー 75.0€ + ガソリン代
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パリ市内の観光は地下鉄の一日券が便利 [パリ]

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2016年5月8日~5月15日でのフランス旅行の4日目までの47記事を3ケ月半かけて掲載してきました。5日目以降に関してはこれから掲載していきたいと思います。ちなみに上の写真は7日目に訪れたサント・シャペルのステンドグラスで、今回の旅行の中で最も感激した光景の一つです。詳細は後半の記事で紹介したいと思います。他の記事も書きながらなので5日目から7日目の記事を全て掲載するのは年内を目標にしております。
  飛行機の機内     2記事 → 行き 帰り
  モンサンミッシェル 21記事 → ポチッ
  オンフルール     3記事 → ポチッ
  ルーブル美術館   10記事 → ポチッ
  パリ市内      11記事 → ポチッ
  合計        47記事
下記のスケジュールはこの回の旅行での主な訪問場所です。1日目はホテルの周辺を徒歩で歩きました。モンサンミッシェルとロワールに関しては旅行社(マイバス社)の手配する車とバスを利用しました。残りの3日間に関しては地下鉄と郊外電車を使って移動いたしました。リストのなかの「5回や8回」が地下鉄や郊外電車に乗った回数で、4日目が5回で、5日目が8回で、7日目が5回の合計18回ほど地下鉄や郊外電車を利用いたしました。
 1日目 0回 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 0回 モンサンミッシェル
 3日目 0回 モンサンミッシェル
 4日目 5回 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 8回 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 0回 ロワールの城めぐり
 7日目 5回 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他

地図で地下鉄で移動した主な観光場所です。その移動に便利だったのが地下鉄でした。パリには東京のように地下鉄であらゆるところに行けるのです。
クリックすると拡大  泊まったホテル
  ルーブル美術館
  オルセー美術館
  サント・シャペル
  コンシェルジュリー
  ノートルダム寺院
  凱旋門
 ━━ シャンゼリゼ通り
 ━━ セーヌ川クルーズ
  クルーズ乗降場


こちらが地下鉄の乗車券で値段は1.8€です。日本の地下鉄と違い距離には関係なく均一料金なので遠くまで行くときは特に便利です。


さらに便利なのが地下鉄の一日券です。価格は7€のため4回乗ると元が取れます。1.8€x4=7.2€>7€
なんといっても地下鉄に乗ることに毎回乗車券を買わなくて済むのが便利でした。正式にはゾーン1~2の一日券です。


こちらはヴェルサイユ宮殿に行くときに使った地下鉄+郊外電車の一日券です。価格は11.5€で、ヴェルサイユ宮殿を往復するだけでほぼ元が取れてしまうほどお得です。この時は市内の地下鉄も含めて8回乗ったので最もお得な1日となりました。正式にはゾーン1~4の一日券です。 


パリの地下鉄の路線図です。クリックすると駅名が読めるサイズに拡大します。我々は泊まったホテルの最寄駅のOpéra駅を拠点に移動いたしました。Opéra駅は3号線と7号線と8号線の乗換駅でもあります。通路で9号線と12号線と13号線にもつながっている便利な駅です。
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上の路線図のOpéra駅あたりを拡大いたしました。中心がOpéra駅です。クリックするとオリジナルのPDFを表示します。ヴェルサイユ宮殿に行くときはOpéra駅で地下鉄8番線に乗ってInvalides駅で郊外電車に乗換て行きました。
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こちらがOpéra駅8番線のホームです。
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タグ:パリ 地下鉄

懐かしい人と再会、そしてお薦めの「ワインバー」へ [パリ]

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フランス旅行の4日目の夕食はワインバーに行きました。ワインバーは会社の大先輩でパリに住んでいる方に連れて来てもらったのです。お店の名前はL'Ecluse Madeleineで、その大先輩がパリに駐在/赴任していたころに毎日のように来たお店だそうです。我々が旅行に出発する前に懐かしくてメールで連絡して会うことにしていたのです。
その方とはヨーロッパに初めて出張した時に会って以来、ヨーロッパやモロッコに仕事で行くごとら、お世話になり続けてきたのです。初めてお会いしたのは11年前の2005年11月27日でした。場所はスイスのレンツブルグでした。その時も下記で赤色で示した11月27日~12月7日までお世話になりました。その時の移動は下記の通りでした。
 初めて大先輩にあった時の移動ルート
  2005/11/27 成田 → フランクフルト
  2005/11/27 フランクフルト → チューリッヒ → レンツブルグ
  2005/11/29 レンツブルグ → チューリッヒ → フランクフルト →
         ハイデルベルク
  2005/11/30 ハイデルベルク → フランクフルト → パリ
  2005/12/01 TGV パリ → リヨン
  2005/12/02 TGV リヨン → パリ
  2005/12/05 パリ → ミラノ
  2005/12/06 列車 ミラノ → Bergamo → ミラノ
  2005/12/07 車  ミラノ → Casale Monferrato → ミラノ
  2005/12/08 ミラノ → デュッセルドルフ
  2005/12/09 デュッセルドルフ→ シカゴ
  2005/12/09 シカゴ → ルイビル
  2005/12/13 ルイビル → シカゴ
  2005/12/14 シカゴ → 成田

お店の中に入っただけでワインバーの雰囲気を感じさせてもらいました。沢山のワインが並んでいました。
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ワインバーのあるのビルの中央は中庭になっていて、その中にコンサバトリーが作られていました。我々はそのコンサバトリーの中でも一番いい席に座らせてもらいました。クリックすると拡大屋外にいるような気分になります。右の写真の左側がパリに住んでいる大先輩で、右側が私と娘です。クリックすると雰囲気が判ってもらえるかもしれません。実は大先輩の奥様はパリジェンヌで、初めてお会いできるかもしれないと期待していましたがお一人で来られました。
コンサバトリーとは18世紀頃に植物を冬の寒さから守るために英国で発達した温室で、やがて生活空間の中に取り入れられるようになったものだそうです。

下の写真は座った席からコンサバトリーの入口側を撮ったものもので、壁のボードに、この日のお勧めのワインが2種類ほど書かれていました。
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こちらがボートを拡大したものです。パリのワインバーの特徴の一つが、このボードから判ります。それはボトルで飲んでもグラスで飲んでも単価は同じなのです。計算すると6€x1.5=9€ 9€x5=45€となります。同じ単価だから小さい方の10clを頼んで沢山の種類を味わうの飲み方が出来るのです。
  10cl (100ml)  5.90€  6€
  15cl (150ml)  8.80€  9€
  ボトル(750ml) 44.00€ 45€
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もう一つのワインバーの特徴は沢山のワインがグラスで飲めることなのです。パリでも多くのレストランではグラスで飲めるワインは限られていて、赤、白、ロゼで1種類づつが多いのです。そのためにボトルで頼んでしまうことが多くなってしまいました。
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上のメニューの10clと15clの部分を拡大いたしました。ワインバーの飲み方である少しづつ沢山の種類が飲める10clの方に着色がされています。
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今回は大先輩のお勧めのワインをいただきました。ワインに関してはお任せでした。特にMargauxの2010年がお薦めでした。飲んだのは赤枠のMargauxとPauillacの2種類で、10cl(100ml)を3杯飲みました。3人で900mlほど飲んだことになりました。
 Château BELLEVUE DE TAYAC 2010 / Margaux
 Château PEDESCLAUX 2011 / Pauillac 
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最初にMargauxの2010年を頼みました。10cl(100ml)を入れる目印に、お店の名前であるL'Ecluse Madeleineが書かれているとのことでした。15cl用のグラスがあるのかどうかは確認いたしませんでした。
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最初に頼んだのが薄く切ったサラミでした。これはワインのあてに最高でした。薄くスライスされたサラミの美味しさを初めて知りました。ここで出されるサラミ自体も特別なものでした。
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テーブルにサラミとワインが出てきたので写真を撮ってもらいました。陶器に入っているのは水です。水は無料と有料があり無料を頼むのこの陶器で水が出されるのです。水は全て有料だと思っている方も多いと思いますが、実は無料の水もあるのです。フランス語で無料の水の言い方は覚えておくと便利です。我々も、この時に教えてもらったので、この後は全て無料の水を飲むことが出来ました。
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定番の無料で出てくるパンもワインのあてになります。本場のフランスパンです。
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ノルマンディー産のスモークサーモンも頼みました。これも本場のスモークサーモンも絶品でした。
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マーシュ菜サラダとポテトも頼みました。
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牛肉のカルパッチョがメニューにあったので、すぐに頼みました。イタリアでは食べたことがありましたがフランスでは初めてでした。イタリアで食べた時の記事はこちらです。→ポチッ
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フランスでも生の肉を食べるのに驚かされました。乗っているのはチャイブ(セイヨウアサツキ)だと思います。ワインを飲みながらシンプルにレモンだけでチャイブを巻いて食べると最高でした。
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もう一つのワインであるPauillac 2011年を飲むときは味を比べるためにMargaux 2010年も頼みました。飲み比べてみてお土産で持って帰るのはMargaux 2010年にいたしました。
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右は英語のメニューです。一部ですが日本語のメニューもありました。クリックすると拡大すべての料理に対して、お薦めのワインが書かれていました。赤い文字のところがお薦めのワインが書かれているところです。我々が注文した牛肉のカルパッチョに対するお薦めのワインは「オート・メドックかボムロル」と書かれていました。
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ワインバーには泊まったホテルから歩いて行きました。他のマークもホテルの近くで食事をしたレストランです。
 泊まったホテル
 L'Ecluse Madeleine
 店名 L'Ecluse Madeleine
 住所 15 Place de la Madeleine, 75008 Paris
 電話 01-4265-3469
 距離 泊まったホテルから936m 徒歩11分


クリックすると拡大ワインバーは写真のマドレーヌ寺院の横にありました。
この日(4日目)はルーブル美術館を見て館内でランチを食べました。その後にノートルダム寺院と凱旋門に行き、シャンゼリゼ通り散策をしながら買い物を楽しみました。
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シャンゼリゼ通り(L'Avenue des Champs-Élysées) [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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凱旋門(正式名:エトワール凱旋門)の上に登った後はシャンゼリゼ通りを歩いてみました。こちらの写真は凱旋門の屋上から見たシャンゼリゼ通りです。シャンゼリゼ通りは凱旋門からコンコルド広場まで真直ぐに伸びる通りで幅70mの大通りです。長さはWikipediawでは全長約3kmと書かれていますがGoogle地図で計測すると約2kmになります。

左側の歩道を約1km歩き、右側の歩道を凱旋門まで戻ってきました。つまりシャンゼリゼ通り全体の半分を往復したことになります。シャンゼリゼ通りは歩道の幅広いのが特徴で、そのの歩道にはテント屋根の屋外レストランが沢山ありました。
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屋外レストランのテント屋根の色は規制されていて、決められた色しか使えないと聞きました。一つがこちらのように赤色です。そして最も多かったのも赤色でした。
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2番目に多かったのが青色でした。
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もう一つ屋外テントに使える色が白色でした。こちらが白のテントが使われた屋外のレストランです。つまり赤と青と白の3色のいずれかを使うことが出来るのです。赤色と青色と白色と言えばフランス国旗です。そのためにこの3色に限定されたのだと感じました。ただし白のテントは少なかったです。白は汚れが目立つので少ないのかもしれません。
尚、許されている理由は判りませんが2ケ所でレストランの色と統一するためだと思いますが、3色以外の別の色がありました。
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散策したルートを紹介します。散策の途中で買い物をしたお店にもマークを入れました。地図上のアイコンマイナスをクリックするとシャンゼリゼ通り全体を表示します。
 ━━ シャンゼリゼ通り 2.0km
 ━━ 散策ルート    2.1km
 凱旋門
 PAUL   パンを買ったお店
 LADUREE マカロンを買ったお店


ここから歩いた順番にシャンゼリゼ通りのの歩道の景色を紹介します。凱旋門からすぐのところで進行方向に撮っています。この後の写真も全て進行方向の写真です。歩道の広さが判ってもらえると思います。右側に車道があります。
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雨のシャシゼリゼを堪能させてもらいました。元々、シャンゼリゼ通り辺りは1616年ごろまで、農園と市場だったそうです。
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右側に赤色テントの屋外レストランがあります。屋外レストランがある場合は、必ず前のビル内にその屋内レストランがあります。屋外レストランがあっても十分な広さの歩道が確保されていました。
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全幅70mの内訳は次の通りです。写真の歩道は北北東側です。歩道にはそれぞれ2列の街路樹があり、車道はその2列目のさらに右側にあります。
 歩道 21m 北北東側
 車道 28m 片側5車線 計10車線
 歩道 21m 南南西側
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300m程度進んだ場所です。街路樹はマロニエ(マロンの木)です。マロニエはトチノキ科の別名セイヨウトチノキと呼ばれています。
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シャシゼリゼ通りと交差している石畳の道路です。上り坂です。
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少し坂道になっているところでは遠くまで見ることが出来ました。さすがフランス人が、世界で最も美しい通り (la plus belle avenue du monde)と自負しているだけのことはあります。
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まだまだ続きました。日本で友好関係にある、通り(Avenue)となっているのが銀座(東京)と久屋大通(名古屋)です。
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屋外レストランとビル内レストランが対になっていることが判ってもらえると思います。ここでは点度ではなく大型パラソルが使われていました。
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約1km歩いたところでコンコルド広場方向を撮った写真です。ここから先はビルがなくなり、お店も無いので、反対車線に渡り、凱旋門まで戻ることにいたしました。コンコルド広場の先1.2kmにルーブル美術館があります。
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道路を渡りながら凱旋門方向を撮りました。広い道路ですが石畳です。
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こちらが反対側の歩道です。
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ビルの間にこのような空間がありました。ここはAbercrombie & Fitchと書かれていました。bercrombie & Fitch(アバクロンビー&フィッチ)はアメリカのカジュアルファッションブランドの会社です。
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車の販売店もありました。レーシングカーが展示されていました。
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こちらの歩道も広い空間でした。シャンゼリゼは1975年以降、自転車レース「ツール・ド・フランス」の最終ステージのコースおよびゴールとして使われています。
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かっこいい車も駐車していました。
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凱旋門に近づいてきました。シャンゼリゼ通りを散策した最大の目的は、まだ日本に進出していない名店で、お土産用のチョコレートを買うことでしたが、この日に歩いた範囲では見つけることは出来ませんでした。ホテルに戻ってネットでチョコレートのお店の場所を調べて、後日に買うことが出来ました。
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凱旋門が見えてきました。写真の右の方に屋外レストランのテントの色が赤でも青でも白でもない2軒の中の1軒が写っています。テントの色はビルのレストランの色と合っています。
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凱旋門まで戻ってきました。この後地下鉄に乗ってオペラ駅まで活きホテルに戻りました。19時にホテルのロビーで待ち合わせていたのです。
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パンを買ったお店です。前半の地図で のマークのお店です。
 店名 PAUL ポール
 住所 84 Av. des Champs-Élysées, 75008 Paris
 電話 01-4953-0141
 創業 1889年 リール( Lille )
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沢山のお客さんが入っていました。日本に進出している有名なお店です。
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クリックすると拡大翌日の朝食用にパンを買いました。焼菓子としてカヌレ(Canelé)も買いました。右のカヌレの写真は食べかけです。カフレはフランスのボルドー女子修道院(Couvent des Annonciades)で古くから作られていた菓子だそうです。
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こちらではマカロンを買いました。前半の地図で のマークのお店です。こちらも日本に進出している有名なお店です。
 店名 LADUREE ラデュレ
 住所 13 Rue Lincoln, 75008 Paris, フランス
 電話 01-4075-3825
 創業 1862年 パリ( Paris )
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お店の中は高級な雰囲気であふれていました。沢山の人が入っていました。
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お土産用のマカロンを買いました。日本でも有名なお店です。
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最後にシャンゼリゼ通りが、日本でも広く知られる元となった流行歌「オー・シャンゼリゼ」を紹介いたします。日本語版→ポチッ
オー・シャンゼリゼ(Les Champs-Élysées)は1968年にイギリスで発表された原曲(Jason Crest)のロンドンの「ウォータールー通り」の歌詞の部分をパリの「シャンゼリゼ通り」に差し替えて1969年発表されました。紹介の歌は1971年にレコードで発売されたダニエル・ビダルが歌った「オー・シャンゼリゼ」です。ダニエル・ビダル(Danièle Vidal)さんは1952年6月27日生まれのフランスの女性歌手です。日本語の歌のレコードを出すだけでなく、テレビのバラエティ番組にも出演しました。

パリの凱旋門 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス4日目は最初にルーブル美術館を見た後、地下鉄で移動してノートルダム寺院を見に行きました。この日は19時にからフランスに住んでいて長年お世話になった方とホテルで待ち合わせた後に、その人のお薦めのワインバーで食事をすることになっていました。ノートルダム寺院を見終わったて、少し時間があったので手軽に行ける凱旋門に行ってみることにいたしました。
ただし、この日は傘を持ってこなかったのに、ドシャ降りとなったことから一旦、地下鉄でホテルに帰って、着替えた上で傘を持って、上の写真の凱旋門に行くことにいたしました。

ホテルで着替えた後にオペラ駅から写真の地下鉄に乗って凱旋門の最寄り駅まで行きました。
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地下鉄の改札を降りましたが凱旋門の方向が判らないので、とりあえず地上に出ると目の前に凱旋門がありました。ただし、凱旋門の屋上に登る入口が判らないので、周囲を廻って探しました。
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少し廻って撮った凱旋門です。
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まだ入口が見つからないので廻りました。
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凱旋門の正面まで廻りました。正式名はエトワール凱旋門です。この写真はシャンゼリゼ大通りの反対側から撮った写真です。エトワール凱旋門はパリの象徴的な建造物の一つで、単に凱旋門と言えばこのエトワール凱旋門を指すことも多く、クリックすると拡大世界有数の観光名所となっています。パリには同じ年1806年に作り始めた右の写真のカルーゼル凱旋門と呼ばれる凱旋門がルーブル美術館の敷地内にあります。ただし高さは19mとエトワール凱旋門よりかなり小さいです。エトワール凱旋門は完成までに30年を費やしましたが、カルーゼル凱旋門は2年で完成しました。それほど物量が違うのだと思います。
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凱旋門の入口に向かう地下通路の入口を見つけました。
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これが地下通路入口です。
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地下には沢山の人が並んでいました。
沢山の人は団体の人のようで、すでに事前購入のチケットを持っていて凱旋門に上がるために並んでいるようでした。左奥にあるチケット売り場には人が並んでいなかったのですぐにチケットが変えました。ラッキーなことにチケット売り場から直接に登るルートがあったことから待たないで凱旋門の登り階段の入口に行けました。


こちらがチケットです。チケットの値段は12€でした。11年前は8€だったので1.5倍になったことになります。


凱旋門の屋上には細い螺旋階段を登ります。
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螺旋階段をましたから見上げました。
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上まで登ると部屋があり、石像の頭部が置かれていました。凱旋門の柱に飾られていた石像の頭の部分だと思われます。シャンゼリゼ大通りから見て右側の石像です。
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上の写真の部屋から、さらに階段を登ると凱旋門の屋上に出ました。こちらの写真が凱旋門の屋上です。雨は小降りになりましたが、まだ降り続いていました。娘は日本からレーンコートを持ってきたのは正解でした。私は傘だけだったので、結構不便でした。
エトワール凱旋門は、1805年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念にナポレオン・ボナパルトの命によって建設が始まったそうです。
右の写真はモンマルトルの丘の方向をバックの記念写真です。
 着工 1806年8月15日
 落成 1836年7月29日
 高さ 50m
 幅  45m
 奥行 22m
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11年前の2005年は5方向の通り(Avenue)しん紹介していなかったので今回は全ての方向の通り、つまり12方向の通りを紹介したいと思います。最も有名なシャンゼリゼ大通りから反時計廻り(左廻り)に紹介いたします。
 ① ━━ シャンゼリゼ大通り (Avenue des Champs-Elysees)
 ② ━━ フリドラン通り (Avenue De Friedland)
 ③ ━━ オッシュ通り (Avenue Hoche)
 ④ ━━ ワグラム通り (Avenue de Wagram)
 ⑤ ━━ マクマオン通り (Avenue Mac Mahon)
 ⑥ ━━ カルノ通り (Avenue Carnot)
 ⑦ ━━ グランド・アルメ通り (Avenue de la Grande Armee)
 ⑧ ━━ フォッシュ通り (Avenue Foch)
 ⑨ ━━ ヴィクトル・ユーゴー 通り (Avenue Victor Hugo)
 ⑩ ━━ クレベール通り(Avenue Kléber)
 ⑪ ━━ イエナ通り (Avenue d' Iéna)
 ⑫ ━━ マルソー通り (Avenue Marceau)


①シャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)
パリ市内で最も美しい通りとされていて、特にフランスでは「世界で最も美しい通り (la plus belle avenue du monde)」と言う表現が使われているそうです。日本でもオー・シャンゼリゼという流行歌のおかげで広く知られるようになったそうです。
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②フリドラン通り(Avenue De Friedland)
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③オッシュ通り(Avenue Hoche)
中央少し右の遠くにモンマルトルの丘が見えます。
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④ワグラム通り(Avenue de Wagram)
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⑤マクマオン通り(Avenue Mac Mahon)
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⑥カルノ通り(Avenue Carnot)
昔からの高さ制限によりオスマン期の街並みが保全されてきましたが、1967年の規制緩和により1972年に建設された高さ210m、クリックすると拡大59階建てのモンパルナスタワーが建設されたことで、高層ビルはパリの伝統的な都市景観が損なうとして、1977年の改正により一転規制強化へと転じていったそうです。パリ中心部は最大でも37m(再開発区域)に制限され、歴史的な地区ではより厳しい規制がかけられることになったそうです。写真のなかでポツンと建っている高層ビルはモンパルナスタワー同様に1967年から1977年の間の高さ制限の緩和された時期に建てられたHyatt Regency Paris Étoileと思われます。
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⑦グランド・アルメ通り(Avenue de la Grande Armee)
シャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)の反対側に延びる通りです。パリ中心は高さ制限がありますが、こちらの方向の高さ制限外の地域に高層ビル群がありました。
凱旋門から高層ビル群までの距離は4.4kmで、パリの中心であるノートルダム寺院から高層ビル群までの距離は約2倍の9kmです。
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⑧フォッシュ通り(Avenue Foch)
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⑨ヴィクトル・ユーゴー通り(Avenue Victor Hugo)
通りの名前になっているヴィクトル・ユーゴーは人の名前で、1959年から1965年に発行され5フラン紙幣の肖像画にもなった有名な人です。フランス・ロマン主義の詩人であり小説家でもあり七月王政時代からフランス第二共和政時代の政治家でもあります。
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⑩クレベール通り(Avenue Kléber)
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⑪イエナ通り(Avenue d' Iéna)
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⑫マルソー通り(Avenue Marceau)
写真のなかでポツンと建っている高層ビルが、高さ制限の強化のきっかけとなったモンパルナスタワーです。モンパルナスタワーはパリの中心(ノートルダム寺院)から2.4kmで、⑥で紹介した、もう一つの高層ビルであるHyatt Regency Paris Étoileはパリの中心から5.7㎞の距離に建っています。
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一周して①のシャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)の方向に戻ってきました。
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シャンゼリゼ大通りを少し拡大いたしました。
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さらに拡大いたしました。
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そして、さらに拡大いたしました。パリで最も美しい通りはいかがでしようか。凱旋門を降りた後に シャンゼリゼ大通りを歩いてみました。
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凱旋門の屋上から見たエッフェル塔です。
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こちらは凱旋門の屋上から見えたモンマルトルの丘です。
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屋上から階段を降りると広いホールがありました。
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さらに1階降りると各国の軍服のシルエットを展示したエリアがありました。ここにはCafeもありました。
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螺旋階段を下りました。登りとは別の階段です。つまり一方通行なのです。
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地上に降りて凱旋門の真下から上を見上げてみました。
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凱旋門の下には聖火が焚かれていました。その周りに沢山の花束が飾られていました。2015年11月13日の同時多発テロで犠牲となった130人の人達を悼む花束ではないかと感じました。
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2005年12年1日訪問時の記事 タイトル:凱旋門の上からの景色
 オリジナルの記事 → ポチッ
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イタリアではサンピエトロ寺院の屋根の上に登りそこねましたが今回は凱旋門の上に登ってみました。凱旋門に登れることは知りませんでしたがパリに住んでいた人に教えてもらいさっそく行きました。

この螺旋階段を登ると一番上まで登れます。


上はこんな感じです。


柵は遠くからは目立たない形式でした。

料金は8ユーロ


凱旋門の上は360度のパノラマの世界です。航空写真で見ると凱旋門から放射状に道が伸びていることが良く判ります。特に地名の表示のチェックを外すと見やすくなります。


パノラマ写真を紹介します。 これから下の写真はクリックすると大きく表示します。
これが有名な「シャンゼリゼ大通り」です。
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シャルル・ドゴール大通り 上の地図ではグランド・アルメ通りと書かれています。シャンゼリゼ大通りの反対側です。
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オッシュ大通りとオスマン大通り(Av. de Friediand)
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オスマン大通り(Av. de Friediand)とシャンゼリゼ大通り
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イエナ通りとエッフェル塔
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下から見上げた彫刻もきれいです。
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この縮尺の航空写真だと、凱旋門の上がよく判ると思います。


少し縮尺を小さくすると同心円状の道がわかってきます。


タグ:パリ 凱旋門

ノートルダム寺院の内部を紹介します。 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリに到着した日はホテルに18時30分に到着したことからに散策を兼ねてノートルダム寺院を見学しに行きましたが、タッチの差で建物内には入ることが出ませんでした。したがって外からの写真を撮って、夕食もすぐ近くで食べてホテルに戻りました。上の写真は初日に撮りました。
その時の記事はこちらです。 → 散策&外観 夕食

ルートルダム寺院の外側は初日(1日目)に見たのでパリ滞在中に内部を見学するつもりでした。丁度、4日目にルーブル美術館を見学した後にノートルダム寺院に行くことにいたしました。ルーブル美術館からノートルダム寺院には地下鉄を利用いたしました。
 1日目 ノートルダム寺院(外側)
 2日目  モンサンミッシェル
 3日目  モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館
 4日目 ノートルダム寺院(内側) 今回報告
 4日目 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目  ベルサイユ宮殿
 6日目  ロワールの城めぐり
 7日目 オルセー美術館
 7日目 サント・シャペル
 7日目 コンシェルジュリー
     泊まったホテル


入口を入って最初に見る景観です。さすが全長が127.50m教会のです。左右の柱の間の中央の空間が身廊です。ノートルダム大聖堂とも呼ばれているローマ・カトリック教会に属する大聖堂です。フランス語ではCathédrale Notre-Dame de Parisです。
 教会全長 127.5m
 教会全幅 48.0m
 尖塔高さ 96.0m
 双塔高さ 69.0m
 身廊高さ 32.5m
 身廊幅  12.5m
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正面に主祭壇があります。
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石で出来た水盤のようなものがありました。その石には「YO SOY EL CAMINO QUE BUSCA VIAJEROS」と書かれていました。
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見上げると建物の大きさが伝わってきました。託さなの窓は見事なステンドグラスで飾られていました。
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教会内は厳かな雰囲気が伝わってきました。
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天井も見事な芸術品でした。
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吊り下げられたシャンデリアも見事でした。
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静かな雰囲気の中に沢山のシャンデリアが吊り下がっていました。
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見事な彫刻もありました。
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赤とオレンジのローソクも雰囲気がありました。
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主祭殿以外にマリア像や小さな祭壇が沢山ありました。
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主祭壇の前です。
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こちらが主祭壇です。
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主祭壇上のステンドグラスです。
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地上に近い部分には大きなスタンドグラスが並んでおり、全て違うデザインでした。
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上のステンドグラスと形は似ていますが、デザインが違うことが判ってもらえると思います。
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出来る限り沢山のステンドグラスを紹介したいと思います。
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こちらのステンドグラスも見事です。
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ステンドグラスの前には小さな祭壇画が置かれており、石像も設置されたところが多かったです。
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こちらもステンドグラスの横の石像です。
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別のせてんどグラスを紹介します。
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柱の内側から見たステンドグラスもきれいです。
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こちらのステンドグラスの前にも祭壇が設けられていました。
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こちらにも祭壇が設けられていました。
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デザインが違うことが判ってもらえると思います。
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こちらのステンドグラスも見事です。
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上と似ていますが、約見ると違います。
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柱の陰に見えるステンドグラスです。
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南側と北側には直径13mの巨大なステンドグラスがあります。こちらの写真は北側の窓(北窓)です。
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北窓を正面から撮りました。北窓には聖母子が描かれているそうです。
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北側の直径13mの巨大ステンドグラスを拡大いたしました。
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直径13mの南窓を下から見上げました。
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こちらは南側の直径13mの巨大ステンドグスです。
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南側の南窓を拡大いたしました。クリックして拡大して南窓と北窓を比べると形が似ているようですが、微妙に違うとともに、ステンドグラスに使われている絵も違うことが判ってもらえると思います。
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北窓と南窓のデザインが違うことを一目で判ってもらうために巨大ステンドグラスの中心部分を並べてみました。
北窓の中心部            南窓の中心部
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尖塔が立っている天井部分です。見えているステンドグラスは南窓です。主祭殿は左側で、入口となっている双塔(南塔と北塔)は右側です。
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北窓を見上げた写真です。
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方向を変えて見上げた北窓です。
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引き続き地上近くのステンドグラスを紹介していきます。
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こちらにも石像が置かれていました。大きな絵も飾られていました。
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こちらにも祭壇があり、絵も飾られていました。
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パイプオルガンの裏にもステンドグラスがありました。このステンドグラスが双塔(南塔 & 北塔)の間のステンドグラスだとしたら1210年に作られて、この教会で最も古いステンドグラスで、預言者達が描かれているはずです。直径も9.6mの大きさとなります。
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こちらの祭壇には沢山のローソクや飾り付けが行われていました。
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こちらは石像と絵画でした。
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こちらも石像と絵画です。
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正面に石像が置かれて左右に絵画が飾られていました。
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一枚を拡大してみました。
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少しデザインが違うステンドグラスもありました。高い位置のステンドグラスまでは比較できませんでしたが、少なくとも地上近くのステンドグラスは全て違っていました。このことから全ての窓のステンドグラスが違っている可能性を感じました。
余談ですが本記事が2000掲載目となりました。
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館内にはノートルダム寺院の建設の歴史も展示されていました。
こちらが1163年のルートルダム寺院です。この年である1163年に内陣の建設が始まりました。建てられた位置が判るように書かれていました。
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こちらが1245年の姿です。1240年に北塔が完成して1250年に南塔が完成しました。1265年には中央の尖塔も完成していて今に近い姿になっていました。
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こちらが1265年の姿です。尖塔だけは現在よりも低い感じがします。
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こちらが冒頭の写真の2016年の姿です。
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パリで味噌ラーメン どさん子 [パリ]

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1泊2日のモンサンミッシェルツアーのパリへの帰りは上の車でした。泊まったホテルで日帰りツアーの人3名(2名+1名)と合流して5名で乗りました。5名だとゆったりと乗れる大きさでした。本来のバスであればパリ到着は21時の予定でしたが、幸いにも人数が少ないことから、速く走れる車であったことから予定よりも1時間近く早く着きました。来るときは古い港町のオンフルール経由であったことから4時間15分でしたが、帰りは直行なのでSAの休憩も含めて3時間50分でした。
 16時20分 モンサンミッシェル出発
 20時10分 パリ到着 (本来の到着予定21:00)

先ずはパリに着くまでの景色を紹介します。モンサンミッシェル近くの住宅地で、モンサンミッシェルで働いている人も住んでいるとのことでした。


住宅地から幹線道路に入るところです。
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北フランスは牧草地帯が多かったです。上の写真の幹線道路に入る場所にも羊が沢山いました。
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羊だけでなく牛もよく見かけました。
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こちらは高速道路の料金所です。ドイツでは高速道路は無料なので見かけない風景ですが、フランスの高速道路は有料のようでした。ただし350km走って料金所は1ケ所だけだったので日本とはチガウシステムかもしれません。ただしETCはありました。30km/h制限になっているゲートがETCです。
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高速道路からの景色で一番多かったのが農村地帯地帯でした。このように家が見える景色の方が少なかったです。この時は菜の花の景色でした。
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帰りの時間帯のパリの郊外は渋滞するので住宅地を通る抜け道を通りました。
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T字路で軽い接触事故も見かけました。お巡りさんが来ていて、日本でも時々見かける光景でしたが、車が少なく見晴らしのよいT字路で、どうして事故を起こすのか不思議なほど静かな場所でした。
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こちらがモンサンミッシェルツアーのコースです。行きはオンフルールに寄るので396kmで、帰りは直行のため355kmとなりました。往復で751㎞のツアーでした。
  モンサンミッシェル
  マイバス事務所
  サービスエリア
  料金所   オンフルール


パリのマイバス事務所に到着してホテルに再チェックインして夕食に出かけました。着く時間は確定していなかったことからレストランの予約もしていなかったので気楽に入れる日本食店で夕食を食べることにいたしました。泊まっているホテルがあるオペラの地区には特に沢山の日本料理店があるのです。パリの日本料理店で最も多いのがラーメン店です。いくつか見た後に下の写真のお店に入りました。時間は21時25分でした。
昔にパリのラーメン店に入った記事はこちらです。→ポチッ
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ラーメンと餃子を頼みました。
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もちろんビールもいただきました。
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ラーメンは2人ともに味噌ラーメンにいたしました。メニューの味噌ラーメンの部分です。娘が上の段のAKANERI(赤ねり)を頼み私は下の段のSHIRONERI(白ねり)を頼みました。両方ともに標準の10€を頼みました。日本のラーメン店よりかなり高めですが、パリのラーメン店の標準的な値段です。
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こちらが私が食べたSHIRONERI(白練)ラーメンです。白味噌が主体のスープでした。ラーメン店ではありますが、丼物やいろんな料理があり夜は居酒屋のような雰囲気になります。
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そして、こちらがAKANERI(赤練)ラーメンです。こちらは赤味噌が主体のスープでした。こちらも少し味見をさせてもらいましたが、両方ともに結構おいしかったです。パリのラーメンのレベルの高さを実感いたしました。日本食店がヨーロッパに普及していなかった頃にもパリには沢山のラーメン店がありました。ヨーロッパに住んでいる日本人はパリのラーメンを食べるのが楽しみだったと聞きました。
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こちらのお店は55年前の1961年に創業した日本のラーメン店が2014年10月13日に海外一号店としてオープンしたお店でした。日本店も味噌ラーメン(金練、赤練、白練)を売りにしたお店でした。
 名前 どさん子
 住所 40 Rue Sainte-Anne, 75002 Paris, France
 電話 01-4246-1159
 営業 11:30~14:30 18:30~10:30(平日・日曜)
    12:00~15:30 18:30~11:00(土曜)
 記事 https://www.atpress.ne.jp/news/52255
 日本 http://tabelog.com/tokyo/A1302/A130201/13126000/
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どれほど沢山の日本料理店が集中しているのか知ってもらいたかったので日本料理店をプロットいたしました。私が今までに入ったことがあるラーメン店は「サッポロ」と「ひぐま」と「かどや」なので4店目となります。
日本食店が沢山並んでいるのがサンタンヌ通り(Rue Sainte-Anne)です。
  泊まったホテル
  どさん子
  日本料理店 30店プロット
 ━━ ホテル→日本料理店街

夕食後の散策の続きは「夕刻のセーヌ川」 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ旅行で2016年5月8日11時40分に成田空港を飛び立ち、12時間を超えるフライトでありながら同じ日である5月8日の18時30分にはホテルにチェックインできました。日没の2時間46分前にホテルにチェックイン出来たことからノートルダム寺院の前のカフェでの夕食を兼ねて散策に出来ました。すでに記事で紹介している通り、ノートルダム寺院が目の前に見える一番の席で夕食を食べることが出来ました。1時間の夕食を食べた後も散策をしながらホテルに帰りました。

この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で赤色の部分(━━)を歩いた順番で紹介いたします。
2016年5月8日の日没は21時16分53秒なので、ほとんどの写真が日没後の写真です。
 11時40分 JAL415 成田空港出発 → ポチッ
 16時50分 JAL415 シャルルドゴール空港到着
 18時52分 ホテル出発           
 19時01分 マイバス到着          
 19時11分 ルーブル美術館         

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着      
 20時04分 Cafeで軽い夕食         

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館       
 22時01分 ホテルへ戻る          



夕食を食べていた席から見えていた立派な建物の近くを通りました。間近で見ると見事な建物ですが、これが1863年~1867年に建てられたパリ警視庁本部(Prefecture de police)です。
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セーヌ川で気になっていた場所に出ました。左側は地面の下に窓が通路で、右は水面すれすれの細い道がある場所です。
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右側の水面近くの細い道を歩いてみることにいたしました。この時、ちょうど日没時刻の21時16分でした。
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階段を下りている時にナイトクルーズ船が通りました。ディナーを食べながら夜のセーヌ川の景色を楽しむのだと思います。明るい時に見た開放的な遊覧船とは明らかに雰囲気が違っていました。
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船を撮った写真から切り取って船内の雰囲気を紹介いたします。やはり格調高いディナークルーズ船でした。パリのレストランで2人で食事をするときは必ず向かい合う形の対面で座りますが、景色を見るためにすべての2人組の人は、4人席であっても進行方向に向かって2人が並んで座っていました。デートのディナーで使うのに最適な場所なのかもしれません。
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船体にはBATEAUX-MOUCHES[レジスタードトレードマーク] Pont de l'Almaと書かれていることからバトー・ムーシュ(Bateaux Mouches)社の観光船の中てもディナークルーズに特化した格調高いディナー船だと思われます。Pont de l'Almaは「踊り子橋」の意味のようです。
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ネットから船内の写真を転用させていただきました。調べた範囲ですが、18時以降のディナーの値段は99€ 、155€ 、325€ の3種類のようです。( )内数値はこの時の為替レート125.44円/€での日本円です。この価格にワイン代を入れると結構な値段になりそうです。昼のランチは60€(7526円)です。
 Prestige         99€(12418円)
 Excellence       155€(19443円)
 Demande en mariage  325€(40768円)
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豪華なディナークルーズ船に見とれている間に、水面スレスレの細い道に出ました。こちらもデート場所だったようです。
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護岸にこのようなものが沢山取り付けられていました。船をつなぐものだとは思いますが、上からも下からも遠い位置の金具は、どのような使い道だったのでしょう。
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対岸の気になる景色も見上げる形で見ることが出来ました。これは是非ともクリックしてみてください。すでに日没はすぎていて写真の解像度は良くありませんが、雰囲気は感じてもらえると思います。
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こちらは来るときにも見かけた最高裁判所です。Cour de cassation(破毀院)と呼ばれています。
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セーヌ川沿いの景色も暗くなってきました。
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水面に近い場所は若者たちに人気のようです。楽しい会話であふれているのだと思います。この日5月8日は日曜日でした。
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いかつい装甲車もお休みタイムのようでした。昼間はカメラは向けにくいけれども、この時間帯なので遠慮なしに撮らせてもらいました。
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観光船のクルーズはナイトクルーズとしてまだまだ続いていました。こちらは景色を見るだけのクルーズ船です。最終日(帰国日)の昼間に、こちらのタイプのクルーズ船で景色を楽しませてもらいました。
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鋼鉄製の橋のポンデザールと呼ばれているアール橋(1982-1984年)が見えるポン・ヌフ橋(1578-1607年)の上まで戻ってきました。ポン・ヌフ橋はパリで現存する最古の橋です。
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こちらもポン・ヌフから鋼鉄製の橋であるポンデザールの方向を見た景色です。上と景観が違うと思いませんか。ポン・ヌフはシテ島を挟んで2つに分かれているのです。こちらは川幅が広い方のポン・フヌからの景色で、上は川幅が狭い方のポン・ヌフからの景色なのです。
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鋼鉄製の橋であるポンデザールまで来てみて驚きました。南京錠を取り付けてキーを投げてしまう習慣は世界に広がったようです。この橋以外は石造りかコンクリート製なので唯一南京錠が取り付けることが出来る橋なのです。
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こちらは逆に鋼鉄製の橋のポンデザールの位置から見た、現存パリ最古の橋のポン・ヌフです。
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ルーブル美術館まで戻ってきました。見慣れない建物に思われるかもしれませんが、これはルーブル美術館の裏側からの姿です。
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こちらは、セーヌ川を挟んでルーブル美術館の対岸にある建物です。鋼鉄製の橋ポンデザールの正面です。立派な建物だったのでポンデザールの上から写真を撮りました。両側がポンデザールの橋欄干です。橋の床が木で出来ていることが分かりました。
この建物はフランス学士院(Institut de France)です。フランス学士院は国立アカデミーで、現在は、次の4つのアカデミーで構成されているます。
 アカデミー・フランセーズ 1635年設立
 碑文・文芸アカデミー   1663年設立
 科学アカデミー      1663年設立
 芸術アカデミー      1666~1671年設立の3つアカデミーが起源
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上の数枚の写真の位置関係がよくわかる3Dの画像を紹介します。
クリックするとルーブル美術館のガラスのピラミッドまでの範囲に広げた画像を表示します。
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ルーブル美術館の夜のガラスのピラミッドです。この時21時41分でした。ここからはオペラ通りを歩いてホテルに向かいました。
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オペラ通りを歩いている頃は暗すぎてきれいな写真が撮れなかったので翌朝のオペラ通りの写真を紹介します。時間は6時26分です。モンサンミッシェルツアーの集合場所であるマイバス事務所に向かう時に撮りました。朝食が食べれるところを探すためにホテルを早く出たのです。正面に見えているのがオペラ座です。2016年5月9日のパリの日出は6時15分42秒でした。
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パリ最初の食事はノートルダム寺院の前のカフェでした。 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行のために2016年5月8日にパリに着き、18時30分にホテルにチェックインいたしましたが、まだ明るかったのでルーブル美術館やセーフ川やノートルダム寺院あたりを散策いたしました。散策の途中でノートルダム寺院が目の前に見えるカフェで軽い夕食をとることにいたしました。
すぐに私はビールを頼み、娘はジュースを頼みました。バックに見えているのはノートルダム寺院です。いかにノートルダム寺院が近かったが分かってもらえると思います。

娘のジュースは生のオレンジを搾ったフレッシュジュースでした。
実は以前に同じお店に来たことがありました。→ポチッ
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お店の全景の写真を撮らなかったのでGoogle地図のストリートビューの画像を転用させてもらいました。クリックするとオリジナルを表示します。撮影されたのは2015年7月です。
ストリートビューに、ごみ収集車が写っていることから客が座っていないのは早朝ためだと推察します。我々が来た時は屋外の席は満席でした。そのために、中に入ろうかどうか悩んでいると、偶然にも矢印( ↓ )の席が空いたため店員さんのOKをもらって座らさせていただきました。このテーブルがノートルダム寺院に一番近い場所だったのです。ほんとラッキーでした。
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椅子に座って見れる景色です。食事をしながら一時間ほど景色や周辺の雰囲気や食事やビールを楽しみました。
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注文した料理が出てきました。
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こちらが私が頼んだ料理です。サンドイッチを頼んだつもりでしたが、予想外のものが出てきました。薄く切ったパンの上に語を乗せて焼いてものでした。ホットサンドの片面版と言うところでしょうか。偶然にもビールに最適な料理になってしまいました。値段は13.5ユーロです。
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そうなるとアップでビールと一緒に料理を撮りたくなります。
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こちらは娘が頼んだ料理です。ずばりオムレツで、こちらは予想の範囲だったようですが、ポテトフライも入れたボリュームは軽い夕食の域を超えていました。こちらは12.8ユーロでした。
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オレンジのフレッシュジュースの写真も単独で撮っておきました。
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せっかく、いい席に座れたので店員さんにお願いして記念写真を撮ってもらいました。お店を紹介いたします。場所の欄の「Google航空写真」をクリックするとGoogle地図の航空写真が表示されます。
 名前 Café Panis‎
 住所 21 Quai Montebello, 75005 Paris, France
 電話 01-4354-1971
 場所 Google航空写真



こちらがノートルダム寺院とCafé Panis‎の位置関係を示した航空写真です。近すぎるとルートルダム寺院の全景を見ることが出来ませんがセーヌ川を挟んでいることで全景をみながら食事が出来ました。
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位置関係が判りやすいので3D画像でも食事をしたテーブルの場所を紹介します。画像をクリックするとGoogle地図の3D画像のオリジナルを表示します。
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目の前が横断歩道であっことからノートルダム寺院への観光客の人やが、散策している人が行き来していました。ワンコを散歩させている人も多かったです。目の前の道はモンテベロ通りでセーヌ川に架かる橋はドゥプル橋です。
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その中で一枚ですがワンちゃんの写真を掲載します。
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ルートルダム寺院の広場に接したドゥプル橋の上の道路に人だかりが出来ていました。
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見に行ってみるとインラインスケートのパフォーマンスが行われていました。沢山のスケーターの人が入れ代わり立ち代わり滑っていました。
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食事をしていて気になる光景に娘が気が付きました。この写真の中央に注目してください。建物と我々の間に公園のようなSquare René Vivianiがあるため、かなりの距離があり、焦点距離104mmで撮ってもこのサイズでした。間の公園Square René Vivianiには植物学者ジーン・ロビンによって1601年に植えられたパリで最も古い木があることで有名です。
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上の写真から切り取ったのがこちらです。暗いので写真の解像度は落ちますが、なんとか状況は分かりました。窓枠に座ってスマホ操作しているようでした。窓枠から滑り落ちないか心配でしたが、窓枠の厚みは人間一人分はあるようでした。高さは建物の5階です。
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テーブルの場所から最後に撮った写真です。この時21時8分でした。
高い塔の先端が見える建物がステンドグラスで有名なサント・シャペル(Sainte Chapelle)です。その手前の大きな建物はパリ警視庁本部(Préfecture de police)です。この建物は1863年~1867年に建築されたネオフィレンツェスタイルで、1871年以来、警視庁の枢要部が使用しているそうです。その前はサン・マルシャル修道院が建っていたそうです。Cafeは21時12分に離れて暗くなりつつあるセーヌ川などを散策しながらホテルに帰りました。
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パリ到着日の散策の続きはセーヌ川とノートルダム寺院 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ旅行に到着した2016年5月8日のホテルからセーヌ川に到着するまでの散策は、すでに報告させていただきました。上の写真はホテルを出発してセーヌ川に到着した記事の最後のキャルーセル橋の写真です。この時19時15分でした。本記事では、その先の景色を紹介したいと思います。

この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で青色の部分(━━)を本記事で紹介したいと思います。
 11時40分 JAL415 成田空港出発 → ポチッ
 16時50分 JAL415 シャルルドゴール空港到着
 18時52分 ホテル出発      
 19時01分 マイバス到着     
 19時11分 ルーブル美術館    

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着 
 20時04分 Cafeで軽い夕食    

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館  
 22時01分 ホテルへ戻る     

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キャルーセル橋から西方向(下流側)の景色ですが見えている橋の名前はロワイヤル橋です。大型のクルーズ船は我々が最終日の5月14日に乗ったバトー・ムーシュではないかと思います。ただし船自体は別の船です。船は川の上では右側通行であることが分かります。
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クルーズ船が近づいてきました。船が橋をくぐるまで見届けてから先に進みました。
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キャルーセル橋の上も石畳でした。正面の建物はルーブル美術館です。ルーヴル美術館はフランス王フィリップ2世が12世紀に建設したルーヴル城(ルーヴル宮殿)です。
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キャルーセル橋からの東方向(上流側)の景色です。一番手前の細い鉄骨で作られている橋がポンデザールと呼ばれているアール橋(1982-1984年)です。その奥に見える石造り橋が現存するパリ最古の橋のポン・ヌフ橋(1578-1607年)です。写真の右端の2つの四角い塔と96mの尖塔がノートルダム寺院で、それより少し左手前の75mの尖塔がステンドグラスで有名なサント・シャペルです。
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そのボン・ヌフ橋の次のサン・ミッシェル橋(1857年)まで来るとノートルダム寺院が大きく見えてきました。
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サン・ミッシェル橋(Pont Saint-Michel)からのノートルダム寺院を拡大いたしました。
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サン・ミッシェル橋からノートルダム寺院とは反対側(下流側)を見た景色です。川の右側に見えているのはCour de cassationです。Cour de cassation(破毀院)は司法訴訟に関する最高裁判所です。
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サン・ミッシェル橋から南側の景観です。
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見えている橋はプティ・ポン(1853年)です。川の左側の水面近くには細い通路があります。
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その細い通路と降りていく階段です。
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細い通路のあった対岸の護岸の中間には窓があります。地面より低いところにまだが沢山あるのが不思議です。
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その不思議な部分を拡大してみました。
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さらに先に進むといきなりノートルダム寺院の正面に出てきました。この写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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あまりにも見事なのでノートルダム寺院の塔の上の部分を拡大してみました。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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こちらの集団は自転車を使ったパリ市内のツアーの人達だと思います。
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残念ながら時間が過ぎていたので中には入りませんでした。この時、18時47分でした。案内板を見ると開館時間は7時45分~18時45分と書かれていました。数分の差で入れなかったのようです。観光案内の中には土曜日と日曜日は19時15分までとの記載があったので期待していきましたが今は18時45分だけのようでした。そこで教会の内部は別の日に見に来ることにいたしました。
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内部が見れなかったので、ここでは見事な外壁の彫刻など外からのノートルダム寺院を紹介したいと思います。これは真ん中の入口の下から見上げた写真です。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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角度を変えるとより鮮明に見えました。
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沢山の見事な彫刻を見ていると完成に87年も費やしたことに納得します。
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建物の横に突き出した不思議な彫刻が沢山並んでいました。クリックすると拡大するので分かると思いますが、それぞれデザインが帰られていました。
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その彫刻の一つを拡大いたしました。 
もしかしたら雨樋かもしれません。 → 万里の長城
調べてみるとガーゴイル(gargoyle)と呼ばれるもので、想像していた通り雨樋の機能があるそうです。雨樋の中でも怪物をかたどった雨樋だけがガーゴイルと呼ばれるそうです。
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前に来た時には気が付きませんでしたが、ノートルダム寺院とセーヌ川の間に散策路がありました。
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その散策路からの写真をいくつか紹介します。近いので全景は写すことが出来ませんが、近くから見れるので迫力がありました。
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巨大な丸いステンドグラスの窓です。5月11日に内部から見ました。後日、内部からの写真を紹介したいと思います。
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ほぼ同じ位置から精一杯広範囲を撮った写真です。
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別の角度からの写真です。近くからだと木が邪魔になって下の方は見れませんでした。
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セーヌ川の対岸の船の前に行列がありました。長時間待っているようなので遊覧船ではなく船のレストランのように感じました。
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敷地内ではのんびりとベンチに座っているカップルが沢山おられました。
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セーヌ河の対岸に渡るアルシュヴェシェ橋(1828年)の上流側にあるトゥールネル橋(1928-1930年)です。セーヌ川の源流から河口までのルートをGoogle地図に書いてみました。→ポチッ
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アルシュヴェシェ橋を渡った後、昔に昼食を食べたことのあるカフェを目指してセーフ川沿いを歩きましたが、セーフ側とは反対側の脇道も趣があるので写真を撮りました。
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教会の全景が見える角度の写真です。最もノートルダム寺院の特徴を見せてくれる角度だと思います。大聖堂の全長(奥行き)は127.50m、幅は48 m、尖塔の高さ96 mです。入口の四角い2つの双塔(北塔と南塔)の高さは69mで、身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路の高さは32.50mだそうです。大聖堂内には9000人の人が収容できるそうです。地面から伸びるアーチのフライング・バットレスと呼ばれる沢山の梁が印象的でした。この梁によって巨大な大聖堂を実現させているとの記述もありました。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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行列が出来ていた船です。18時ピッタリに人が入り始めたのでやはりレストランのようでした。
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上の写真の橋の奥河にもレストランと思われる船がありました。
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こちらの脇道も趣がありました。
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目的のカフェの席からの写真です。ノートルダム寺院に最も近いカフェの、最も近いテーブルで軽い夕食を食べました。さっそくビール(私)と、オレンジのフレッシュジュース(娘)を頼みました。
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パリ到着 早速にホテル周辺を散策 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ旅行で2016年5月8日11時40分に成田空港を飛び立ち、12時間を超えるフライトでありながら同じ日である5月8日の18時30分には上の写真のホテルにチェックインできました。これは全て7時間の時差のおかげです。日没の2時間46分前にホテルにチェックイン出来たことから下記のルートで散策にに出かけました。重要な目的の一つが翌日から行くモンサンミッシェルツアーの集合であるマイバス( )の場所を確認することでした。

右下の写真のホテルの螺旋階段の知友清にあるエレベーターは典型粋なヨーロッパ式でした。内側の扉は自動で開閉し、外側の扉を手で開閉するのがヨーロッパ式エレベーターです。それでは散策ルートを紹介します。
この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で緑色の部分(━━)を本記事で紹介したいと思います。
クリックすると拡大 16時50分 JAL415 空港到着
 17時30分 空港をバス出発
 18時20分 Opera降車場到着
 18時30分 ホテルチェックイン
 18時52分 ホテル出発      
 19時01分 マイバス到着     
 19時06分 チェイルリー庭園前広場
 19時11分 ルーブル美術館    
 19時15分 セーヌ川到着

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着 
 20時04分 Cafeで軽い夕食    

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館  
 22時01分 ホテルへ戻る     



ホテルの前の道路です。ホテルの前から進んでいく方向を撮りました。
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ホテル前の道を50m進むとこちらに出てきます。ホテルに戻るときの目印になる場所です。左側の道を奥に進むとホテルがあります。建物の正面には気になったレストランLa Fontaine Gaillonがありましたが、結局は入ることはありませんでした。5月12日にLa Fontaine Gaillonの斜め向かいあるレストランDrouant par Antoine Westermannで食事をいたしました。こちらはパリに長く住んでいる人から紹介してもらった有名なお店です。
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上の建物の気になる石像を拡大いたしました。
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オペラ通りに出ました。遠くにオペラ座が見えます。パリらしい風景です。
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オペラ座と反対方向のオペラ通りの風景です。
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オペラ通りを進みました。5月11日にワインバーで会ったパリに長く住んでいる親しい方によると、このあたりの建物の2階より上はマンションとして使われていて、広くなくても1家族分の価格は約2億円だそうです。建物全体でいくらの価値になのでしょうね。古い建物だからこそ値打ちがあるとのことでした。日本ではマンションは買ってから年月が過ぎると下がるのが常識ですが、パリでは資産価値が下がらないのが常識なのです。したがって物価に伴って価格は上がるのがるため約20年で2倍以上にもなると、パリ住んでいる人が話してくれました。
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こちらがマイバスのあるピラミッド通りです。歩道に置かれている緑の大きな塊は、ワインなどのボトルを回収するボックスでした。再利用可能なボトルの利用を促す政策なのだと思います。
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ピラミッド通りに面したマイバスに到着いたしました。
事務所の中に入ってモンサンミッシェルツアーが登録されていることと集合時間を確認いたしました。
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マイバス事務所からさらにセーヌ川の方向に向かって散策を続けました。
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地図で見るとJeanne D'Arc Statue Parisと書かれた、この金色の銅像の場所に出てきました。3本のフランス国旗と、沢山の生花の花束が飾られていることからジャンヌ・ダルク(Janne Da Arc)はフランス人にとって今でも英雄なのだと感じました。
バスが入って行こうとしている道から我々が出てきたのです。
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クリックすると拡大ジャンヌ・ダルク(Janne Da Arc)は若干19歳で亡くなった女性戦士で、フランスの領土をイングランドから取り戻したフランスの国民的ヒロインです。
クリックするとより鮮明に女性戦士の姿を見ることが出来ると思います。右はジャンヌ・ダルクの紋章です。
 生誕 1412年頃1月06日
 死没 1431年 5月30日 (満19歳没)
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さらに進むと広い芝生のスペースに出ました。沢山の人がのんびりと芝生の上に座っていました。19時09分でこの明るさです。まだ日が高かったです。これらの人々を見て、5月8日は日曜日だったのだとあらためて認識いたしました。
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見事な建物に囲まれた場所でした。
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北西方向にはエッフェル塔が見えました。
目の前に広がっているのはチェイルリー庭園です。
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ルーブル美術館の方向です。門のような建物をくぐるとルーブル美術館がありました。
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門のような建造物をGoogle地図で調べるとArc de Triomphe du Carrouselと書かれていました。クリックすると拡大日本語ではカルーゼル凱旋門となります。1806年に着工して1808年に完成したそうです。
パリの象徴である有名な凱旋門(エトワール凱旋門)の2分の1の大きさですが設計は同じ年に行われました。エトワール凱旋門は完成までに30年を要したことから、こちらのカルーゼル凱旋門の方が28年も古いことになります。
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ルーブル美術館です。ガラスのピラミッドが確認できると思います。5月11日には予定通りにルーブル美術館の中に入りました。
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ルーブル美術館をくぐってセーヌ川に出ます。くぐるときに見上げた景観です。
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車や人がくぐる空間の天井です。
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セーヌ川に面した側のルーブル美術館です。
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セーヌ川にかかるキャルーセル橋から見たルーブル美術館です。
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セーヌ川に着きました。キャルーセル橋から西方向(下流方向)を見た景色です。2016年5月8日の日没は21時16分53秒です。逆光で暗く見えますが19時15分は、まだまだ明るいです。ちなみに翌日の日出は6時15分42秒です。この後もいろんなところを散策して夕食を食べてホテルに戻ったのが22時01分ごろでした。翌朝はモンサンミッシェルツアーのためにマイバスの事務所に7時15分までに集合するので安全を見て5時30分に目覚ましをかけました。一番心配なのが時計です。1時間づれる可能性があるので、何度も確認してしまいました。
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空港→パリ市内への移動はRoissyBus  [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリのシャルルドゴール空港に2016年5月8日の夕刻についてパリ市内への移動には上のバスを利用いたしました。名前はRoissyBus(ロワシーバス)と呼ばれています。移動方法としてはバス以外では電車とタクシーがあります。タクシーだとホテルまで確実に行けますが料金が高いです。鉄道となると途中での乗り換えがあるので初めてだと不安なので、乗り換えなしで、かつ安く行けるバスにいたしました。地下鉄のOpera駅にはエスカレーターがないので重いスーツケースを運ぶのは大変なので、その点でもバスが便利でした。さらに幸いにも到着場所のOpereから宿泊するホテルが近いのです。

こちらが自動販売機で買ったチケットです。料金は11ユーロ(1380円)でした。パリではチケット類や買い物は全てクレジットカードで帰るので、クレジットカードを使って買いました。
後で判ったことですが、バスの運転手から買うことが出来ます。
写真はチケットの表面と裏面を交互に出しています。
裏面に印字されている08/05/16が2016年5月8日を表しています。クリックすると裏面を表示します。17時27分にチケットを買ったことも分かります。


空港内の始発場所( )を出発して空港内で2回停車( )した後はOpere( )まで直行(Direct)で、停車しないので行くので、乗っていても安心です。
 ターミナル 2 始発場所
 ターミナル 2
 ターミナル 1
 Opera降車場
 宿泊したホテル
 ノートルダム寺院(パリのほぼ中心)
 ━━ バスのルート 34.4km


空港内のバスのルートと停車場を紹介します。始発場所はターミナル2の2Fと2Eの間にあります。空港発のバスは始発場所を含めて3ケ所だけしか停まりませんが、Operaから空港に向かうバスは空港内で細かく停まりました。
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出発してすぐの景色です。向こうに見えるのが2Eです。バスが出発したのが17時30分でした。
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ぐるっと回って2Eの横を通りました。この先に次の停車場( )があります。
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ターミナル2を出たところに、有名な超音速旅客機コンコルドが展示されていました。このあとターミナル1に向かいました。コンコルドは通常の旅客機の飛行高度の2倍の5万5,000~6万フィートの高度を、マッハ2.0で飛行した、定期国際運航路線に就航した唯一の超音速民間旅客機でもありましたが、2000年7月25日に発生した墜落事故や景気低迷などをきっかけに2003年11月26日をもって退役したことでも有名です。驚いたことに事故で喪失した1機以外の内、解体されたものは1機のみで、残りは全てヨーロッパ(14機)とアメリカ(3機)と西インド諸島のバルバドス(1機)で展示・保管されています。シャルルドドール空港に展示されている機体は次の通りです。
 製造番号   215
 製造形式   Series101
 機体登録記号 F-BVFF(ex.F-WJAN)
 使用用途   量産型15号機
 初飛行    1978年12月26日
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ターミナル1でも停車( )いたしました。
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パリ市内に向かう高速道路です。
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バス車内です。バスは2両連結で、写真は連結部分です。
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驚いたことにバスの中では無料WiFが使えました。フランスでは無料WiFiが発達していました。建物の中だけでなくバスやツアー用の車でも無料WiFiが使えました。


パリ市内に入るとパリらしい建物であふれていました。
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街並みもパリらしくなってきてパリに来た実感を感じられるようになってきました。
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冒頭の写真とおなじですが、ここがOpera降車場です。少し前に進んだ場所から空港行きのバスが出ていることが確認できたので帰国の2016年5月14日にも利用させてもらいました。到着したのは18時20分でした。空港を出発が17時30分なので所要時間は50分だったことになります。
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Opera降車場は写真のオペラ座(別名:ガルシア宮)がある場所にあります。この写真で言えば建物の左奥にあります。
  用途  歌劇場、バレエ・ホール
  設計者 シャルル・ガルニエ
  建築主 ナポレオン3世
  構造  ネオ・バロック様式
  敷地  11,237m2 m²
  階数  6
  高さ  82m(アポロン像の先端)
  着工  1862年7月21日
  竣工  1875年1月15日
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Opera降車場から泊まったホテルまでは歩いて5分の距離でした。ただし降りた瞬間は方向が分からないので進む方向に迷いましたが、オペラ・ガルシアが目印になったので通りの名前が確定出来たら迷わずにホテルに行けました。
 Opera降車場
 宿泊したホテル
 ━━ バスのルート 34.4km
 ━━ 歩いたルート 575m
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こちらが泊まったホテルです。
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帰国日(2016年5月14日)のチケットも紹介しておきます。裏面に14/05/16 17H22の文字が確認できると思います。クリックすると裏面を表示します。

フランスの郵便ポストの色は何色 [パリ]



海外に行くと郵便ポストの色が気になるので写真を撮るようにしています。パリの街角で撮った郵便ポストは黄色でした。日本、イギリス、インド、バハマは赤ですが、赤以外のポストも多かったです。中国は緑でイタリアはエンジ色でした。ドイツ、バチカン、ウクライナは黄色だったと思います。

上の写真の郵便ポストは小さいけれど、大きな郵便ポストもありました。
左のポストの口には「Paris - Banlieue」と書かれているので翻訳機能で確認するとパリ近郊用のポストのようです。右のポストの口には「Autres départements」と「Etranger」と書かれています。こちらはその他の地域と海外用のようです。
上の小さなポストは一つですが、口が2つ付いていて同じように書かれていました。


こんな感じでポストが置かれていました。 ポストに書かれているLA POSTE(ラ・ポスト)はフランス郵政公社の呼名です。

追伸
上で記載のようにヨーロッパではドイツとバチカン市国が黄色でした。みんこさんからのコメントでスイスも黄色だと知りました。でも不思議とスイスでは郵便ポストの写真を撮っていませんでした。そこで町の中の沢山の写真の中の右の写真に偶然に黄色い箱が写っているのをみつけました。みんこさんから「たぶんポストでしょう。」のコメントをいただきましたので紹介させていただきました。ドイツとバチカン市国に関しては、そのうちに記事に書かしていただくつもりです。 

日曜日の朝のパリの風景 [パリ]



この日は昼のフライトでパリを離れるために朝の散歩に出ることにしました。暗いので朝早く見えますが9時ごろです。冬の時期は9時でも暗くのです。日曜日なので人通りや車も少ないのです。
真中に見える塔はヴァンドーム広場に立つナポレオンが自らの栄光のために建てた記念柱(再建)だと思います。

静かなパリを感じることが出来ました。古い石造りの建物の街並みが残っているところがパリの素晴らしさだと思います。


こちの道はオペラ通りです。正面に見えるのはルーブル美術館です。オペラハウスの近くから撮った写真です。


この道もオペラ大通りです。遠くに見えているのがオペラハウスであるオペラ・ガルニエ(Opera Garnier)です。ルーブル美術館の近くから撮りました。


オペラ・ガルニエの近くまで行きましたが、こちらでも車が少ない景色を撮ることが出来ました。


写真の右端にルーブル美術館の一部が写っています。遠くに見えているのはチュイルリー広場沿いの建物群です。


チュイルリー広場沿いの建物群を拡大しました。


エッフェル塔があるとパリらしい風景になります。


何気ない町の風景も絵になります。


パリの朝の風景を撮っているのは私だけではありませんでした。


9時50分くらいになるとルーブル美術館の前は観光客の人たちが増えてきました。やはり冬のパリはいつも雲に覆われて暗いです。今回は1月の写真です。

タグ:パリ

パリはバイク専用の駐車場が完備 [パリ]


日本ではバイクの駐車場が少ないので困っていると聞いたことがあります。ところがパリではいろんなところに二輪(バイク)の駐車場がありました。パーキングの標識Pの下の2 ROUESがバイクを表しているのでしょう。
「2 ROUES」をネットで翻訳すると「2輪」と出てきました。

タグ:パリ

パリのThe American Dream [パリ]



パリの街の中を歩いている時に写真のように不思議な光景のレストランを見かけました。レストランの名前はずばりThe American Dream

レストランの他にPUBやSHOW BARもありました。暗いときに見てみたいですね。雰囲気は別にして、こちらの料理の味が気になるところです。


上の2枚の写真から一部の拡大写真を掲載いたします。
このような雰囲気のお店がパリにあるとは想像もしていませんでした。

Sweet Pommeさんのパリのユニクロにトラックバックしています。
064広場さんのThe American Dreamにトラックバックしています。
タグ:パリ

凱旋門の上からの景色 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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イタリアではサンピエトロ寺院の屋根の上に登りそこねましたが今回は凱旋門の上に登ってみました。凱旋門に登れることは知りませんでしたがパリに住んでいた人に教えてもらいさっそく行きました。

この螺旋階段を登ると一番上まで登れます。


上はこんな感じです。


柵は遠くからは目立たない形式でした。

料金は8ユーロ


凱旋門の上は360度のパノラマの世界です。航空写真で見ると凱旋門から放射状に道が伸びていることが良く判ります。特に地名の表示のチェックを外すと見やすくなります。


パノラマ写真を紹介します。 これから下の写真はクリックすると大きく表示します。
これが有名な「シャンゼリゼ大通り」です。
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シャルル・ドゴール大通り 上の地図ではグラシド・アルメ通りと書かれています。シャンゼリゼ大通りの反対側です。
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オッシュ大通りとオスマン大通り(Av. de Friediand)
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オスマン大通り(Av. de Friediand)とシャンゼリゼ大通り
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イエナ通りとエッフェル塔
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下から見上げた彫刻もきれいです。
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この縮尺の航空写真だと、凱旋門の上がよく判ると思います。


少し縮尺を小さくすると同心円状の道がわかってきます。


タグ:凱旋門

エッフェル塔の下でのアクロバット走行 [パリ]

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地下鉄に乗ってエッフェル塔に行ってみました。

そのエッフェル塔の下でアクロバット走行をやっていたのでつい撮ってしまいました。


こちらの写真はクリックすると拡大します。ロータリーを一周していました。
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chiichanさんのエッフェル塔にトラックバックしています。

アクロバット走行が行われていたのが中央のロータリーです。左上の方向に、上から見たエッフェル塔があるのがわかってもらえると思います。
クリックすると大きな地図を表示
追伸
今日2016年2月3日から2月10日まで関西に行きます。その間はネットの事情で皆様のところへの訪問が出来ないことお許しください。
タグ: パリ

パリの地下鉄 [パリ]


パリ市内で牡蠣を食べに行った帰りに出し物の練習をしているところを見かけました。ヨーロッパでは騎士道は特別のようです。
これは大道芸ではありませんがパリの中は大道芸が多かったですね。さすが芸術の町!

パリ市内の移動は地下鉄が便利で、よく地下鉄に乗りました。 で驚いたのが地下鉄内では芸人が多いことです。下の左の写真は地下鉄のホームでコントラバスを弾いているところです。地下鉄のホームで大胆に演奏 すごい!
地下鉄車内にまで乗ってきます。小さな女の子(小学3年生くらい)がお兄ちゃんと思われる子と大きなスピーカーを持ち込んで大音量の中で踊り始めるのです。
見てると結構な収入になるみたい。子供というのは強みみたいです。ほんと「たっくまし~~い」かったです。芸術の街モンマルトルの丘とは違った一面でした。
ヨーロッパの地下鉄は改札機(改札)がないのが普通ですが、パリの地下鉄だけは日本のように改札機があり、そこにチケットを通さないとホームに入れません。他の国の都市の地下鉄はホームや入口近くに検札機があり刻印をするだけなのです。
写真をクリックすると路線図を表示します。左がPDFで右がhtmlです。

タグ:パリ 地下鉄

パリっ子 [パリ]



パリらしい雰囲気の写真を紹介します。バリに行ったときの写真です。
お母さん3人と子供たち3人でしょうか。手をつないで歩いている姿がかわいいですね。右の写真がオリジナルで、ルーブル美術館の近くです。

女の子は黒髪なので一番後ろの人がママかな? 
男の子は双子のようにそっくりに見えるけれどバギーは2台でタイプが違って一人乗りのため双子かどうかはわかりません。二人とも小さいのにメガネをかけているのも気になります。双子かどうか、皆さん推理してみてください。
もし双子じゃない場合は2人の男の子のママはそれぞれどちらでしょうか?


もし双子だとアニメのタッチ(1981年~1986年連載)の朝倉南と上杉達也と上杉和也の子供時代のころみたいです。
テレビは1985年3月24日~1987年3月22日まで全101話が放送されました。特に26話が衝撃的で感動的な場面です。主題歌も沢山の名曲が出ました。着色文字をクリックすると歌の動画を表示します。
 オープニング(Touch Opening #1~#5)
  タッチ   愛がひとりぼっち
  チェッチェッチェッ   ひとりぼっちのデュエット
  情熱物語         岩崎姉妹13曲
 エンディング(Touch Ending #1~#4)
  君がいなければ  青春  約束  君をとばした午後




全画面ではありませんが名場面26話「試合終了! 君がいなければ・・・」を掲載いたします。全画面で2分割された26話がありました。 partie 1 partie 2
26話の主題歌では、オープニングは「タッチ」で、エンディングは「君がいなければ」です。

Touch 26 partie 1 投稿者 jamesgirl

セーヌ川の橋 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリのノートルダム寺院はセーフ川の中州であるシテ島に建っています。そのノートルダム寺院に行ったときにセーヌ川沿いを歩いてみました。上の写真はアルシュヴェシェ橋から見たセーヌ川の中州、サン・ルイ島です。ちなみに写っている橋はトゥルネル橋です。左端の護岸がノートルダム寺院のある中州・シテ島です。

島の北側のセーヌ川に掛かる橋を上流側(右側)から順番に紹介します。紹介していく島の北側の橋はルイ・フィリップ橋、アルコル橋、ノートルダム橋、シャンジュ橋、ポン・ヌフ橋、ポン・デザールです。
橋の位置は地図に赤い文字で追記いたしました。ポン・デザール以外の橋は載っています。クリックして拡大すると橋の名前も確認しやすいと思います。立派な建物も地図で確認出来ます。
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島の南側の橋も含めてGoogle地図で橋( )を紹介いたします。
マーク をクリックすると橋の名前を表示します。
 セーヌ川にかかる橋
 Café Panis‎ 昼食を食べたカフェ
 ノートルダム寺院(中央) ルーブル美術館(左上)


最初はサン・ルイ島に掛かるルイ・フィリップ橋ですが立派です。
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サン・ルイ橋の上からのパリ市庁舎の見える景色です。左端に小さく見えるのがアルコル橋でノートルダム寺院の前の道路です。今回の記事に使っている橋の写真は、橋を撮ったのではなくセーヌ川沿いの景色を写した写真に偶然に橋あるいは、景色の一部として写っていたのです。
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アルコル橋です。フランス国旗が掲げられている立派な建物は市立病院で、その先にあるのがコンシェルジュリーで、その先に裁判所があります。
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ノートルダム橋の上からコンシェルジュリーと裁判所を撮りました。橋の欄干がノートル橋です。
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ノートルダム橋の上からシャンジュ橋を撮りました。
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さらに下流にあるのが現存するパリ最古の橋のポン・ヌフ橋です。エッフェル塔と最高裁判所とポン・ヌフ橋の景色も見事!
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ポン・ヌフ橋の拡大写真です。 遠くにエッフェル塔が見えます。ポン・ヌフは1604年に国王アンリ4世の命で架けられたパリで最も古い橋です。当時は橋の上に店が建っていましたが一般的だつたため、建物がなく川の流れが見渡せるポン・ヌフ橋は画期的でした。橋の途中にアンリ4世の騎馬像や展望テラスがあります。
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下流のポン・ヌフ橋付近から見たシャンジュ橋です。
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さらにその一つ下流にあるのがパリッ子の憩いの橋ポン・デザール! でした。
ちなみにルイ・フィリップ橋からポン・デザールまで1.3km程度の距離だと思います。ポン・デザールは1803年に建設された橋でシンプルでモダンなデザインが特徴です。橋は車両が通行できない歩道になっているので夏は日光浴を楽しむパリっ子でいっぱいになるそうです。大道芸の姿も見れるそうです。
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島の南側のセーヌ川の橋も一部ですが紹介します。ノートルダム寺院の南側のセーヌ川で水上バスを撮った写真に橋が写っていました。写っている橋はノートルダム寺院に最も近くにかかっている ドゥブル橋です。右の護岸の上にノートルダム寺院が建っています。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大し野心を掲載いたしました。一番手前のドゥブル橋の一つ奥の橋がプティ・ポンでさらに奥に見えるのがサン・ミッシェル橋です。写真には写っていませんが、さらに奥にあるのが、すでに紹介したポン・ヌフです。
これでノートルダム寺院のある中州・シテ島に架かる橋をすべて紹介いたしました。
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ただしアルシュヴェシェ橋の上からの写真は紹介いたしましたがアルシュヴェシェ橋の写真は撮っていませんでした。そこでネットの写真を右下に紹介いたします。実はアルシュヴェシェ橋はノートルダム寺院を撮る最高の場所なのです。下記のノートルダム寺院の写真はアルシュヴェシェ橋から撮ったものです。ノートルダム寺院に関しては前記事に記載いたします。今回、登場してもらった橋は下記のとおりです。クリックすると拡大
 ルイ・フィリップ橋  1860-1862年 石
 アルコル橋      1854-1856年 錬鉄
 ノートルダム橋    1910-1914年 鋼鉄・石
 シャンジュ橋     1858-1860年 石
 ポン・ヌフ      1578-1607年 石
 ポン・デザール    1982-1984年 鋼鉄
 アルシュヴェシェ橋     -1828年 石
 プティ・ポン        -1853年 石
 サン・ミッシェル橋     -1857年 たぶん石
 ドゥブル橋      1881-1883年 鋳鉄
 トゥールネル橋    1928-1930年 鉄筋コンクリート
 サン・ルイ橋     1969-1970年 鋼鉄


セーヌ川(La Seine)は全長780kmのフランス第2の長さの川です。
ディジョン(Dijon)の北西30kmの海抜471mの地点に源を発し、パリ(PARIS)を通ってセーヌ湾に注いでいます。下記の地図はWikimediaから転用させてもらいました。支流も含めたセーヌ川の流域範囲が分かると思います。
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Google地図でも位置関係を説明いたします。左下のマイナスのアイコンをクリックするとフランス内の位置関係が分かると思います。
クリックすると拡大右の写真はセーヌ川の源(Sources de la seine)に設置された石像です。
 ━━ セーヌ川本流(源流~河口)
  セーヌ川の源(Sources de la seine/翻訳)
  パリ・シテ島(ノートルダム寺院)
  セーヌ川河口
  バルビゾン ミレーが暮らして絵を描いた場所


2015年1月23日の美の巨人たちで放送された今日の一枚・ミレーの作品「羊飼いの少女」です。この作品でミレーの評価が一変したそうです。
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ノートルダム寺院 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大 セーヌ川とくればノートルダム寺院ですね。セーヌ川の中州のシテ島に建つ姿は素晴らしいです。パリのノートルダム寺院(Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム大聖堂とも) はゴシック建築を代表する建物であり、ローマ・カトリック教会の大聖堂です。「パリのセーヌ河岸」という名称で、周辺の文化遺産とともに1991年にユネスコの世界遺産に登録されています。現在もノートルダム寺院は、パリ大司教座聖堂として使用されているそうです。ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアを指そうです。上の写真ですぐに寺院の名前が判る人は多いと思います。

クリックすると拡大でも正面だけでノートルダム寺院とわかる人は少ないでしょう。でもないか! 私が知らなかっただけでした。パリから各地への距離を表すときの起点はノートルダム大聖堂の前のこの場所が起点となっているそうです。
やっぱり、ここで記念写真を撮ってしまいます。冬のパリはいつものこのような天気で、晴れている景色は滅多にないようです。
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セーヌ川のほとりのノートルダム寺院は絵になります。 この角度のノートルダム寺院の姿は素晴らしいと思います。いろんな町の大聖堂は建物に囲まれており正面の広場からの写真は見ることが出来ますが、この角度から大聖堂の全景を見ることが出来るところは少ないと思います。そんな素晴らしい景色のノートルダム寺院を見ることができてよかったです。
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同じ構図で教会部分を拡大いたしました。大聖堂の全長(奥行き)は127.50m、幅は48 m、尖塔の高さ96 mです。入口の四角い2つの双塔(北塔と南塔)の高さは69mで、身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路の高さは32.50mだそうです。大聖堂内には9000人の人が収容できるそうです。地面から伸びるアーチのフライング・バットレスと呼ばれる沢山の梁が印象的でした。この梁によって巨大な大聖堂を実現させているとの記述もありました。
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川と反対側の角度のノートルダム寺院もいいですよ。
ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神域でしたが、ローマ崩壊後、キリスト教徒はこの地にバシリカを建設したそうです。1163年、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1225年に完成したそうです。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・バットレスは12世紀に現様式に取り替えられそうです。そして最終的な竣工は1345年なので183年の歳月をかけて作られた傑作だと思います。
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航空写真で上から見ると大聖堂は十字架の形をしています。
クロスの中心に96mの尖塔が建っています。
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斜めからの航空写真でも紹介します。
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ネットに立体的な絵があったので紹介します。
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寺院の中はやっぱりすばらしい!
中に入るとミサが行われていました。おごそかな中でも観光客や一般の人は自由に入れます。フランスでは一般的に「ノートルダム・ド・パリ(Notre-Dame de Paris)」と呼ばれているそうです。内部の最大の見どころは聖書の世界を描いたステンドグラスです。手前から奥にかけて時代が変わっていきます。それぞれのステンドグラスにはキリストの一生が描かれています。左側の写真が身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路です。
聖歌隊席の周りにあるレリーフも立体的で見応えがあります。写真をクリックすると露出調整した拡大写真を表示します。
クリックすると拡大クリックすると拡大

入口(西)、北、南と3カ所に配置された美しい円型のばら窓のステンドグラスは圧巻です。外側から見ると左の写真の部分です。冒頭の写真から切り取った使いました。クリックすると拡大預言者達が描かれた入口(西)の直径9.6mのステンドグラスが最も古く1210年に作られました。写真はキリストと天使を描いた南窓です。北窓には聖母子が描かれており、南窓と北窓は直径13mの大きさです。右の南窓の写真をクリックすると拡大した大聖堂の全景が表示されるので、その南窓の大きさが分かってもらえると思います。


ノートルダム寺院の前のセーヌ川には水上バスも通っていました。写っている橋はノートルダム寺院に最も近くにかかっている ドゥブル橋です。右の護岸の上にノートルダム寺院が建っています。
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昼食のためにノートルダム寺院のすぐそばのドゥブル橋を渡ったところにあるカフェテリアCafé Panis‎に入りました。窓際の席は絵になる人が優先との噂も! 明確ではないけれどそんな傾向はありましたね。
日本の女性の方も沢山入ってこられるレストランでした。記事の一番下に掲載した地図の黄色いマーク( )がCafé Panis‎で、絶好の場所にあることがわかってもらえると思います。
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パリっぽいサンドイッチとコーヒーを頼みました。おかげてゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。サンドイッチは分厚いチーズとハムをフランスパンに挟んだだけのものです。
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お店の外観を紹介したいのでネットの写真を転用させてもらいました。左奥の建物がノートルダム寺院です。お店がノートルダム寺院の真横にあることが分かってもらえると思います。
 名前 Café Panis‎
 住所 21 Quai Montebello, 75005 Paris, France
 電話 01-4354-1971
クリックするとネットの写真

Google地図の中の中央付近の が紹介したノートルダム寺院です。
 ノートルダム寺院(中央) ルーブル美術館(左上)
 Café Panis‎ 昼食を食べたカフェ
 セーヌ川にかかる橋 次の記事で紹介します。

モンマルトルの丘 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

パリに来るとやっぱりマンマルトルの丘に行ってみたくなり来てみました。想像していた以上の雰囲気でした。狭い範囲で沢山の人たちが沢山の絵を売っていました。

うわさ通りに絵を描いている人たちもいました。


こちらで絵を売っている人たちは、どのような人たちなのでしょうね。自分で描いた絵を売っているのでしょうね。このように芸術家たちが集まるようになったのは19世紀半ば、ヨハン・ヨンキントやカミーユ・ピサロといった芸術家たちがパリ大改造で整備されてしまった市内を離れ、まだ絵になる農村風景の残っていたモンマルトルに居を移すようになったからだそうです。安いアパートやアトリエ、スケッチのできる屋外風景を求める画家達が後に続き、19世紀末の世紀末芸術の時代にはモンマルトルはパリ左岸のモンパルナスに対抗する芸術家の集まる街へと変貌していったそうです。パブロ・ピカソ、アメデオ・モディリアーニ、ほか貧乏な画家達やがモンマルトルの「洗濯船(Le Bateau-Lavoir)」と呼ばれる安アパートに住み、アトリエを構え制作活動を行ったそうです。ギヨーム・アポリネール、ジャン・コクトー、アンリ・マティスらも出入りし議論する活発な芸術活動の拠点となったが、1914年以後は多くはモンパルナスなどへ移転したそうです。現在は多くの観光客がテルトル広場、サクレ・クール寺院、キャバレー・ラパン・アジル、ムーラン・ルージュ、ピカソらのアトリエ、ユトリロの描いた風景を訪ねて歩いて雰囲気を楽しんでおられます。


比較的狭い範囲に集まっていました。モンマルトル (Montmartre)の丘ははパリで一番高い丘です。


上の4枚の写真はすべて下の航空写真の建物で囲まれたテルトル広場(Place du Tertre)と呼ばれている場所で撮ったものです。画家達が集まり観光客の似顔絵を描いていることで有名です。テルトル広場を和訳すると「画家広場」であり、かつてはパブロ・ピカソやモーリス・ユトリロらもここで絵を描いていたと言われています。写真をクリックすると航空写真また地図が表示されます。赤いマークのところがテルトル広場です。
クリックすると航空写真また地図が表示

お店やカフェも沢山ありました。モンマルトルの名は、『Mont des Martyrs(殉教者の丘)』が由来するそうです。紀元272年ごろ、この丘の付近で、後にフランスの守護聖人となったパリ最初の司教聖デニス(サン・ドニ)と二人の司祭ラスティークとエルテールの3人が首をはねられて殉教したと伝えられています。


モンマルトルの丘のもっとも目立つところに建っているのがサンレ・クール寺院(Basilique du Sacré-Cœur de Montmartre)です。サクレ・クール寺院 はロマネスク様式・ビザンティン様式のバジリカ大聖堂で、ギベール・パリ大司教が計画を提唱し、アバディが設計を担当したそうです。パリ市内を見晴らせる観光名所で、比較的新しいものであるにも関わらず、今やパリになくてはならない存在になっているようです。丘の上からの景色はなんともいえません。


こちらはパリで最も古い教会の一つであるサン・ピエール寺院ですがサンレ・クール寺院のすぐ奥に建っています。


細い道ですがモンマルトルの丘の中のメイン通り的存在です。沢山の人が行き来していました。個性的な方が歩かれていました写真をクリックするとわかると思います。
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どこに行っても人が多いようですが少し離れると静かな路地もあります。この辺りは観光客人は少なくなってきますが、モンマルトルの丘の上の一面です。細い道がまた魅力的です。住宅街なのでしょうね。


急な坂道にある家も絵になります。驚くほどの急坂でした。


ここからはマンマルトルの丘の小片の景観を紹介いたします。典型的な路地とマンマルトルへの上り坂も見とれてしまいますが車の駐車の仕方には感心します。
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丘の麓ではドラマの撮影もしていました。


モンマルトルの丘の最寄の地下鉄のアベス駅には巨大なエレビーターがあります。
写真はエレベーターの中ですが奥に見えるのが入口です。そして私の背中のはるか後ろに出口のドアがあります。部屋ごと動く感じてす。広さを実感してもらえたでしょうか。ものすごく深いところに駅があるので体力に自信がない方は、このエレベーターに乗ることをお薦めします。深さを実感したい人は歩きですね。


エレベーターを降りてからも丘の上まで急な坂が続きますが、体力に自信のない方はケーブルカーにも乗ることをお薦めします。地下鉄の切符で乗れるので地下鉄の一日券を使えばお徳です。


mizuhoさんのコメントにヒントをえて凱旋門の上からの写真を追加しました。中央より少し左側がモンマルトルの丘です。写真をクリックすると拡大するのでサンレ・クール寺院が確認できると思います。
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タグ:パリ

パリの巨大な緑のボックス [パリ]



朝早くパリの街を散歩していると歩道に大きな緑の塊が置かれていました。近づくと瓶の回収ボックスでした。さすがです。ワインの国だからかな? やはり瓶が中心の世界なのですね。
先日、テレビで、このビンの回収ボックが出てきました。持ち上げた状態で底が開くような仕組みになっており回収車の荷台に瓶を豪快に落としている映像が流れました。確かにほとんどがワインの瓶でした。
それでは、その他のゴミはとネット で調べてみました。2002年から各家庭に3種類のゴミ箱渡して、それを収集日に路上に出しているようです。生ゴミは蓋が緑色のゴミ箱、ガラス・ビン類は蓋が白いゴミ箱、新聞雑誌・金属・容器包装類は蓋が黄色のゴミ箱とのことでした。

マルセーユでも見つけました。やはりゴミだけではなくてなにかの回収のようです。写真は3種類ですが4種類置かれていたような気がします。形も違うし種類も多いのでシステムはパリとは違うかもしれません。そこまでは調べ切れませんでした。箱の上には吊金具が付いているのでトラックに積んでそのまま持ち帰るのだと思います。


これは? ? ?  電話ボックス?
トイレでした。パリは何でも歩道に置くのかなぁ~~?
確かに歩道しかスペースがないかもしれません。

タグ:パリ ワイン

パリの日本食店は大行列 [パリ]



イスタンブールからパリへ夜遅く着来ました。久しぶりに日本の食べ物が食べたくなったのでラーメンを食べに行きました。時間が遅かったので日本食関係のレストランしか開いていないこともありました。驚いたことにすごい行列でした。この写真のお店は断念して向かいのラーメン店にしました。店内から撮っているのでガラスの関係でクリヤーではありません。

こちらが我々が入ったお店で大行列のラーメン店の向かいにあります。こちらも行列が出来ているし店内は満員でした。


これが食べた味噌らーめんです。麺は写っていませんが平打ち麺でした。日本の有名店とまでは、いきませんが海外で食べるラーメンとしては大満足でした。


定番の餃子も食べました。


メニューです。味噌ラーメンが8ユーロです。ちなみに餃子が5ユーロでした。ラーメン以外の値段も紹介しておきます。500mlのキリンビールが6ユーロで50mlの焼酎が銘柄によりますが7~9ユーロでラーメンと同じか高いことになります。食べ物で一番高かったのがカツカレーで10ユーロでした。カツ丼が9ユーロ 一番安いのが枝豆やタクワンでで3.5ユーロでした。


お店の中です。なにも言われないと日本の普通のラーメン屋さんですね。


パリでは日本食の代表格がラーメンです。特に我々が入ったラーメン店があるあたりはラーメン激戦区で沢山のラーメン店があります。ところがラーメン店以外にも蕎麦やウドンや寿司のお店もあり、それらのお店も行列が出来ていました。


冒頭の大行列のラーメンの味が気になっていたので翌日の昼食に、そのラーメン屋さんに行ってみました。麺は丸い麺でした。この麺ならそこそこでした。
食事をしていると前日に入った向の店員さんが、お店の中に居るのです。聞くとお店の名前は違うし出しているラーメンの味も違うけれど同じ経営者だそうです。それでリーダー格の店員さんは掛け持ちをしていると説明してもらえました。ラーメン店はすごく儲かるようですね。食事の後、モロッコのカサブランカに向かうために、すぐに空港に行きました。つまり、わざわざ、ここのラーメンを食べに来たわけです。


相棒はカツ丼にしました。さすがに前日の夕食に引き続きの連続ラーメンには抵抗があったようです。味噌汁にレンゲ(スプーン)が入っています。日本料理がフランスに溶け込んでいることを示しているのかもしれません。


このお店のメニューです。ラーメン屋はラーメンだけではないのです。実は日本食店なのです。こちらは向かいのお店よりと同じか若干安めでした。メニューは充実していました。



昼間は昼間で人気のあるお店がありました。前日の大行列のお店の隣のお店です。夜はラーメン店の方が行列は長かったけれど昼食時はこのお店の方が多かったです。さて食べ物は何でしょう?


答えは左上の看板にあるように「うどん」でした。
日本の観光客の人もパリの日本食は魅力があるようです。
記念撮影したくなる気持ちが判ります。「こんなお店が沢山あるんだよ」と!
ここは高知の有名店 が出したお店だそうです。
ヨーロッパ風の窓の横に「うどん」の看板も、おつなものです。

22時のパリ [パリ]

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すでにハイデルベルグの報告をさせてもらっています。このときの移動は成田→ロンドン→ラグビーロンドン→パリ→リヨン→アヌシー→リヨン→チューリッヒ→レンツブルグ→チューリッヒ→フランクフルト→ハイデルベルグです。
パリは一泊だけでしたが、ちょっと逆戻りをして報告いたします。
この日はイギリスの田舎町ラクビー(Rugby))から列車と飛行機を乗り継いで一気にパリまで来ました。
夕方の便だったのとヒースロー空港が混雑時間のためフライトが遅れてホテルに着いたのは午後9時ごろでした。それから食事のため外出! 上の写真は午後10時ごろです。パリはロンドンとそんなに経度が違わないけど1時間遅いのでロンドンよりさらに夜は明るいのです。上の写真はルーブル美術館前の広場でちょうど日が沈んだ記念の写真なのです。

さらに遅い時間の凱旋門です。明るいけれど人通りは少ないです。


この日はフランス料理を食べようと思っていたけれどお店は全て店じまい! 仕方なくパリで沢山あるラーメン屋さんへ、ここでもお店に入っても断られ、3軒目にやっとOKでした。感謝!なので、お店の名前紹介しておきます。
お店の名前は「東京ラーメン」と言っても札幌ラーメン系! 美味しかったですね。店員さんは全員日本人です。驚き!
ちなみにラストオーダー23時でギリギリでした。他の「ひぐま」や「札幌ラーメン」は30分は早いと思います。覚えておいてください。
パリは沢山の日本料理(ラーメンが主)があります。お店の名前が判らない時の美味しいお店の見分け方お教えしておきます。パリ在住何十年の人と駐在3年の人が同じ話していたので間違いないかな!
コツ →「焼き鳥や寿司の写真を表に掲げているお店を避ける」でした。 100%ではないけれど!

クリックすると拡大下はロンドン→パリの飛行機からの写真です。
フランスの海岸線です。断崖ですね。昔の映画でこんな海岸があったような!
cheese999さんのコメントでドーバー海峡を挟んだイギリス側の海岸が有名なセブン・シスターズ(Seven Sisters)であることを知りました。ネットから拝借したSeven Sistersの写真を右に紹介いたします。

                        
着陸寸前の景色です。


前回のホテルで趣きがありましたが不便だったので別のホテルにしました。こちらのホテルは小さく全て顔でチェック出来るほど!
ホテルの受付嬢 すごく親切だったので了解をもらい写真を撮らせてもらいました。


家庭的なホテル


私の部屋だけベットが3っ! でも値段は同じでした。


ホテルの窓からの景色です。 屋根が印象的です。

パリの牡蠣 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリで食べてみたかったのが牡蠣(Oyster)!!
さっそく「Gillardeau 3」、「Poget 2」、「Claires No 2」の3種類を注文!
と書きましたがフランス語にも牡蠣(Huître)の銘柄も知らないのでこれ以上の説明は無理!
お皿には6個づつ3種類が乗っておりレモンで仕切っているので形の違いが判ると思います。味も微妙に違います。やっぱり、おいしですね!!!
試しに「ムール貝」も一個のみ注文してみました。やはり牡蠣がいいですね。
値段(19.6%の税金含む)は下記
  「Gillardeau 3」____16.8ユーロ / 6コ
  「Poget 2」_______17.8ユーロ / 6コ
  「Claires No 2」____15.0ユーロ / 6コ
  「ムール貝」________ 1.0ユーロ / 1コ

地元の人が行く人気のお店Le Vaudevilleです。この時も満員で30分待たされてしまいました。その間、カウンターでワインを一杯!
女性の服装もドイツやスイスとチョット違い、華やかな雰囲気!! やはりパリ!!
テーブルで食べている人はほとんどが牡蠣がスターターでスープ、サラダ、メイン、デザートとフルコースを頼んでいましたが我々は牡蠣(+ムール貝1個)とワインのみ!
お店の人は「え!日本人なのにメインデッシュは注文しないのか」て感じでした。

レストランの帰りにこんな光景に会えました。クリスマスの出し物の準備かな!
我々の泊まったのはオペラ座の近くの路地に面したワンフロアーに部屋が5つの小さなホテルです。
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追伸
念願の丸牡蠣を食べました。
土曜日の18時20分ごろ前回と同じお店に行ったところ「食事は19時からです。」と言われてしまいました。
一旦ホテルに戻って19時5分に出直してきたところ「予約されてますか? 本日は予約で席がすべて満席です。」と言われてしまいました。

予約もしないで来るなんて!!!そんな感じでしたが、結局20時30分までならばOKとなり、さっそく牡蠣を3種類注文。 たぶん、メニューの中で最も安いのが丸牡蠣ではないかと思い注文! ずばり当たり!!!!

写真の中で外側の丸っこい牡蠣がそれ!名前は「Belondines」
内側に並んでいる小ぶりの牡蠣がお店一番のお勧め「Gillardeau 3」
外側で丸牡蠣の間の長細い牡蠣が「Belon No.1」
結局、「Gillardeau 3」を追加で注文して一人15個食べてしまいました。
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牡蠣を開いてお皿に並べるのは店の外!専門の人がやっています。
良く見ると上の段に大きな蟹や海老が! これも良かったなと帰る時に気が付いても後の祭り。
  名前 Le Vaudeville
  住所 29 Rue Vivienne, Paris, France
  電話 +33 (0)1-4020-0462
  営業 12:00~15:00 19:00~24:00
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パリは寒くても屋外が人気 [パリ]



パリは1月の後半なのに、こんな2階建のオープンなバスが走っていました。驚いたことに風が当たるオープンの2階に乗られている方が5人もおられました。
日本より寒いパリで信じられない光景でした。カフェでも外が人気なのがわかる気がします。ただし今の時期のカフェでは屋外の人はほとんど見ませんでした。バスの2階は景色がいいので寒くても乗られているのかもしれません。