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パリ市内の観光は地下鉄の一日券が便利 [パリ]

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2016年5月8日~5月15日でのフランス旅行の4日目までの47記事を3ケ月半かけて掲載してきました。5日目以降に関してはこれから掲載していきたいと思います。ちなみに上の写真は7日目に訪れたサント・シャペルのステンドグラスで、今回の旅行の中で最も感激した光景の一つです。詳細は後半の記事で紹介したいと思います。他の記事も書きながらなので5日目から7日目の記事を全て掲載するのは年内を目標にしております。
  飛行機の機内     2記事 → 行き 帰り
  モンサンミッシェル 21記事 → ポチッ
  オンフルール     3記事 → ポチッ
  ルーブル美術館   10記事 → ポチッ
  パリ市内      11記事 → ポチッ
  合計        47記事
下記のスケジュールはこの回の旅行での主な訪問場所です。1日目はホテルの周辺を徒歩で歩きました。モンサンミッシェルとロワールに関しては旅行社(マイバス社)の手配する車とバスを利用しました。残りの3日間に関しては地下鉄と郊外電車を使って移動いたしました。リストのなかの「5回や8回」が地下鉄や郊外電車に乗った回数で、4日目が5回で、5日目が8回で、7日目が5回の合計18回ほど地下鉄や郊外電車を利用いたしました。
 1日目 0回 セーヌ川散策 ノートルダム寺院 ルーブル美術館周辺
 2日目 0回 モンサンミッシェル
 3日目 0回 モンサンミッシェル
 4日目 5回 ルーブル美術館 ノートルダム寺院 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目 8回 ヴェルサイユ宮殿 チョコレート店2ケ所
 6日目 0回 ロワールの城めぐり
 7日目 5回 オルセー美術館 サント・シャペル セーヌ川クルーズ 他

地図で地下鉄で移動した主な観光場所です。その移動に便利だったのが地下鉄でした。パリには東京のように地下鉄であらゆるところに行けるのです。
クリックすると拡大  泊まったホテル
  ルーブル美術館
  オルセー美術館
  サント・シャペル
  コンシェルジュリー
  ノートルダム寺院
  凱旋門
 ━━ シャンゼリゼ通り
 ━━ セーヌ川クルーズ
  クルーズ乗降場


こちらが地下鉄の乗車券で値段は1.8€です。日本の地下鉄と違い距離には関係なく均一料金なので遠くまで行くときは特に便利です。


さらに便利なのが地下鉄の一日券です。価格は7€のため4回乗ると元が取れます。1.8€x4=7.2€>7€
なんといっても地下鉄に乗ることに毎回乗車券を買わなくて済むのが便利でした。正式にはゾーン1~2の一日券です。


こちらはヴェルサイユ宮殿に行くときに使った地下鉄+郊外電車の一日券です。価格は11.5€で、ヴェルサイユ宮殿を往復するだけでほぼ元が取れてしまうほどお得です。この時は市内の地下鉄も含めて8回乗ったので最もお得な1日となりました。正式にはゾーン1~4の一日券です。 


パリの地下鉄の路線図です。クリックすると駅名が読めるサイズに拡大します。我々は泊まったホテルの最寄駅のOpéra駅を拠点に移動いたしました。Opéra駅は3号線と7号線と8号線の乗換駅でもあります。通路で9号線と12号線と13号線にもつながっている便利な駅です。
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上の路線図のOpéra駅あたりを拡大いたしました。中心がOpéra駅です。クリックするとオリジナルのPDFを表示します。ヴェルサイユ宮殿に行くときはOpéra駅で地下鉄8番線に乗ってInvalides駅で郊外電車に乗換て行きました。
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こちらがOpéra駅8番線のホームです。
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タグ:パリ 地下鉄

懐かしい人と再会、そしてお薦めの「ワインバー」へ [パリ]

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フランス旅行の4日目の夕食はワインバーに行きました。ワインバーは会社の大先輩でパリに住んでいる方に連れて来てもらったのです。お店の名前はL'Ecluse Madeleineで、その大先輩がパリに駐在/赴任していたころに毎日のように来たお店だそうです。我々が旅行に出発する前に懐かしくてメールで連絡して会うことにしていたのです。
その方とはヨーロッパに初めて出張した時に会って以来、ヨーロッパやモロッコに仕事で行くごとら、お世話になり続けてきたのです。初めてお会いしたのは11年前の2005年11月27日でした。場所はスイスのレンツブルグでした。その時も下記で赤色で示した11月27日~12月7日までお世話になりました。その時の移動は下記の通りでした。
 初めて大先輩にあった時の移動ルート
  2005/11/27 成田 → フランクフルト
  2005/11/27 フランクフルト → チューリッヒ → レンツブルグ
  2005/11/29 レンツブルグ → チューリッヒ → フランクフルト →
         ハイデルベルク
  2005/11/30 ハイデルベルク → フランクフルト → パリ
  2005/12/01 TGV パリ → リヨン
  2005/12/02 TGV リヨン → パリ
  2005/12/05 パリ → ミラノ
  2005/12/06 列車 ミラノ → Bergamo → ミラノ
  2005/12/07 車  ミラノ → Casale Monferrato → ミラノ
  2005/12/08 ミラノ → デュッセルドルフ
  2005/12/09 デュッセルドルフ→ シカゴ
  2005/12/09 シカゴ → ルイビル
  2005/12/13 ルイビル → シカゴ
  2005/12/14 シカゴ → 成田

お店の中に入っただけでワインバーの雰囲気を感じさせてもらいました。沢山のワインが並んでいました。
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ワインバーのあるのビルの中央は中庭になっていて、その中にコンサバトリーが作られていました。我々はそのコンサバトリーの中でも一番いい席に座らせてもらいました。クリックすると拡大屋外にいるような気分になります。右の写真の左側がパリに住んでいる大先輩で、右側が私と娘です。クリックすると雰囲気が判ってもらえるかもしれません。実は大先輩の奥様はパリジェンヌで、初めてお会いできるかもしれないと期待していましたがお一人で来られました。
コンサバトリーとは18世紀頃に植物を冬の寒さから守るために英国で発達した温室で、やがて生活空間の中に取り入れられるようになったものだそうです。

下の写真は座った席からコンサバトリーの入口側を撮ったものもので、壁のボードに、この日のお勧めのワインが2種類ほど書かれていました。
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こちらがボートを拡大したものです。パリのワインバーの特徴の一つが、このボードから判ります。それはボトルで飲んでもグラスで飲んでも単価は同じなのです。計算すると6€x1.5=9€ 9€x5=45€となります。同じ単価だから小さい方の10clを頼んで沢山の種類を味わうの飲み方が出来るのです。
  10cl (100ml)  5.90€  6€
  15cl (150ml)  8.80€  9€
  ボトル(750ml) 44.00€ 45€
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もう一つのワインバーの特徴は沢山のワインがグラスで飲めることなのです。パリでも多くのレストランではグラスで飲めるワインは限られていて、赤、白、ロゼで1種類づつが多いのです。そのためにボトルで頼んでしまうことが多くなってしまいました。
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上のメニューの10clと15clの部分を拡大いたしました。ワインバーの飲み方である少しづつ沢山の種類が飲める10clの方に着色がされています。
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今回は大先輩のお勧めのワインをいただきました。ワインに関してはお任せでした。特にMargauxの2010年がお薦めでした。飲んだのは赤枠のMargauxとPauillacの2種類で、10cl(100ml)を3杯飲みました。3人で900mlほど飲んだことになりました。
 Château BELLEVUE DE TAYAC 2010 / Margaux
 Château PEDESCLAUX 2011 / Pauillac 
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最初にMargauxの2010年を頼みました。10cl(100ml)を入れる目印に、お店の名前であるL'Ecluse Madeleineが書かれているとのことでした。15cl用のグラスがあるのかどうかは確認いたしませんでした。
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最初に頼んだのが薄く切ったサラミでした。これはワインのあてに最高でした。薄くスライスされたサラミの美味しさを初めて知りました。ここで出されるサラミ自体も特別なものでした。
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テーブルにサラミとワインが出てきたので写真を撮ってもらいました。陶器に入っているのは水です。水は無料と有料があり無料を頼むのこの陶器で水が出されるのです。水は全て有料だと思っている方も多いと思いますが、実は無料の水もあるのです。フランス語で無料の水の言い方は覚えておくと便利です。我々も、この時に教えてもらったので、この後は全て無料の水を飲むことが出来ました。
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定番の無料で出てくるパンもワインのあてになります。本場のフランスパンです。
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ノルマンディー産のスモークサーモンも頼みました。これも本場のスモークサーモンも絶品でした。
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マーシュ菜サラダとポテトも頼みました。
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牛肉のカルパッチョがメニューにあったので、すぐに頼みました。イタリアでは食べたことがありましたがフランスでは初めてでした。イタリアで食べた時の記事はこちらです。→ポチッ
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フランスでも生の肉を食べるのに驚かされました。乗っているのはチャイブ(セイヨウアサツキ)だと思います。ワインを飲みながらシンプルにレモンだけでチャイブを巻いて食べると最高でした。
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もう一つのワインであるPauillac 2011年を飲むときは味を比べるためにMargaux 2010年も頼みました。飲み比べてみてお土産で持って帰るのはMargaux 2010年にいたしました。
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右は英語のメニューです。一部ですが日本語のメニューもありました。クリックすると拡大すべての料理に対して、お薦めのワインが書かれていました。赤い文字のところがお薦めのワインが書かれているところです。我々が注文した牛肉のカルパッチョに対するお薦めのワインは「オート・メドックかボムロル」と書かれていました。
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ワインバーには泊まったホテルから歩いて行きました。他のマークもホテルの近くで食事をしたレストランです。
 泊まったホテル
 L'Ecluse Madeleine
 店名 L'Ecluse Madeleine
 住所 15 Place de la Madeleine, 75008 Paris
 電話 01-4265-3469
 距離 泊まったホテルから936m 徒歩11分


クリックすると拡大ワインバーは写真のマドレーヌ寺院の横にありました。
この日(4日目)はルーブル美術館を見て館内でランチを食べました。その後にノートルダム寺院と凱旋門に行き、シャンゼリゼ通り散策をしながら買い物を楽しみました。
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シャンゼリゼ通り(L'Avenue des Champs-Élysées) [パリ]

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凱旋門(正式名:エトワール凱旋門)の上に登った後はシャンゼリゼ通りを歩いてみました。こちらの写真は凱旋門の屋上から見たシャンゼリゼ通りです。シャンゼリゼ通りは凱旋門からコンコルド広場まで真直ぐに伸びる通りで幅70mの大通りです。長さはWikipediawでは全長約3kmと書かれていますがGoogle地図で計測すると約2kmになります。

左側の歩道を約1km歩き、右側の歩道を凱旋門まで戻ってきました。つまりシャンゼリゼ通り全体の半分を往復したことになります。シャンゼリゼ通りは歩道の幅広いのが特徴で、そのの歩道にはテント屋根の屋外レストランが沢山ありました。
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屋外レストランのテント屋根の色は規制されていて、決められた色しか使えないと聞きました。一つがこちらのように赤色です。そして最も多かったのも赤色でした。
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2番目に多かったのが青色でした。
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もう一つ屋外テントに使える色が白色でした。こちらが白のテントが使われた屋外のレストランです。つまり赤と青と白の3色のいずれかを使うことが出来るのです。赤色と青色と白色と言えばフランス国旗です。そのためにこの3色に限定されたのだと感じました。ただし白のテントは少なかったです。白は汚れが目立つので少ないのかもしれません。
尚、許されている理由は判りませんが2ケ所でレストランの色と統一するためだと思いますが、3色以外の別の色がありました。
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散策したルートを紹介します。散策の途中で買い物をしたお店にもマークを入れました。地図上のアイコンマイナスをクリックするとシャンゼリゼ通り全体を表示します。
 ━━ シャンゼリゼ通り 2.0km
 ━━ 散策ルート    2.1km
 凱旋門
 PAUL   パンを買ったお店
 LADUREE マカロンを買ったお店


ここから歩いた順番にシャンゼリゼ通りのの歩道の景色を紹介します。凱旋門からすぐのところで進行方向に撮っています。この後の写真も全て進行方向の写真です。歩道の広さが判ってもらえると思います。右側に車道があります。
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雨のシャシゼリゼを堪能させてもらいました。元々、シャンゼリゼ通り辺りは1616年ごろまで、農園と市場だったそうです。
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右側に赤色テントの屋外レストランがあります。屋外レストランがある場合は、必ず前のビル内にその屋内レストランがあります。屋外レストランがあっても十分な広さの歩道が確保されていました。
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全幅70mの内訳は次の通りです。写真の歩道は北北東側です。歩道にはそれぞれ2列の街路樹があり、車道はその2列目のさらに右側にあります。
 歩道 21m 北北東側
 車道 28m 片側5車線 計10車線
 歩道 21m 南南西側
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300m程度進んだ場所です。街路樹はマロニエ(マロンの木)です。マロニエはトチノキ科の別名セイヨウトチノキと呼ばれています。
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シャシゼリゼ通りと交差している石畳の道路です。上り坂です。
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少し坂道になっているところでは遠くまで見ることが出来ました。さすがフランス人が、世界で最も美しい通り (la plus belle avenue du monde)と自負しているだけのことはあります。
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まだまだ続きました。日本で友好関係にある、通り(Avenue)となっているのが銀座(東京)と久屋大通(名古屋)です。
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屋外レストランとビル内レストランが対になっていることが判ってもらえると思います。ここでは点度ではなく大型パラソルが使われていました。
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約1km歩いたところでコンコルド広場方向を撮った写真です。ここから先はビルがなくなり、お店も無いので、反対車線に渡り、凱旋門まで戻ることにいたしました。コンコルド広場の先1.2kmにルーブル美術館があります。
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道路を渡りながら凱旋門方向を撮りました。広い道路ですが石畳です。
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こちらが反対側の歩道です。
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ビルの間にこのような空間がありました。ここはAbercrombie & Fitchと書かれていました。bercrombie & Fitch(アバクロンビー&フィッチ)はアメリカのカジュアルファッションブランドの会社です。
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車の販売店もありました。レーシングカーが展示されていました。
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こちらの歩道も広い空間でした。シャンゼリゼは1975年以降、自転車レース「ツール・ド・フランス」の最終ステージのコースおよびゴールとして使われています。
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かっこいい車も駐車していました。
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凱旋門に近づいてきました。シャンゼリゼ通りを散策した最大の目的は、まだ日本に進出していない名店で、お土産用のチョコレートを買うことでしたが、この日に歩いた範囲では見つけることは出来ませんでした。ホテルに戻ってネットでチョコレートのお店の場所を調べて、後日に買うことが出来ました。
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凱旋門が見えてきました。写真の右の方に屋外レストランのテントの色が赤でも青でも白でもない2軒の中の1軒が写っています。テントの色はビルのレストランの色と合っています。
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凱旋門まで戻ってきました。この後地下鉄に乗ってオペラ駅まで活きホテルに戻りました。19時にホテルのロビーで待ち合わせていたのです。
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パンを買ったお店です。前半の地図で のマークのお店です。
 店名 PAUL ポール
 住所 84 Av. des Champs-Élysées, 75008 Paris
 電話 01-4953-0141
 創業 1889年 リール( Lille )
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沢山のお客さんが入っていました。日本に進出している有名なお店です。
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クリックすると拡大翌日の朝食用にパンを買いました。焼菓子としてカヌレ(Canelé)も買いました。右のカヌレの写真は食べかけです。カフレはフランスのボルドー女子修道院(Couvent des Annonciades)で古くから作られていた菓子だそうです。
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こちらではマカロンを買いました。前半の地図で のマークのお店です。こちらも日本に進出している有名なお店です。
 店名 LADUREE ラデュレ
 住所 13 Rue Lincoln, 75008 Paris, フランス
 電話 01-4075-3825
 創業 1862年 パリ( Paris )
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お店の中は高級な雰囲気であふれていました。沢山の人が入っていました。
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お土産用のマカロンを買いました。日本でも有名なお店です。
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最後にシャンゼリゼ通りが、日本でも広く知られる元となった流行歌「オー・シャンゼリゼ」を紹介いたします。日本語版→ポチッ
オー・シャンゼリゼ(Les Champs-Élysées)は1968年にイギリスで発表された原曲(Jason Crest)のロンドンの「ウォータールー通り」の歌詞の部分をパリの「シャンゼリゼ通り」に差し替えて1969年発表されました。紹介の歌は1971年にレコードで発売されたダニエル・ビダルが歌った「オー・シャンゼリゼ」です。ダニエル・ビダル(Danièle Vidal)さんは1952年6月27日生まれのフランスの女性歌手です。日本語の歌のレコードを出すだけでなく、テレビのバラエティ番組にも出演しました。

マンモス天丼を無事に完食 深川 [外食]

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以前に「有名人がおとづれる辺鄙な場所の天丼屋さん」と言うタイトルで大きな天丼を出すお店を紹介いたしましたが、その中のメニューの写真の中にあったマンモス天丼が見てみたいとのコメントが沢山ありました。今までは大きすぎると思い頼むのは躊躇していましたが、私も興味があったので、食べにいってきました。やっぱり食べきれる自信がなかったので2人で一つのマンモス天丼を食べたいと聞くとすぐに「いいですよ。」と言われました。そして上の写真のように「しゃもじ」と「どんぶりの器」が付いてきました。そのおかげで2人で分けて食べることが出来ました。それでもお腹がいっぱいになってしまいました。二人で一つは大正解でした。この写真は是非ともクリックしてみてください。

マンモス天丼に乗せられている天婦羅は穴子、海老、キス、茄子、烏賊、シシトウ、鶏、蟹など全て天丼の具が一つづつ入っていました。器が大きいので量はさほどでもないように写っていますが、かなりの量でした。娘はすでに紹介した穴子天丼を注文しました。
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上の写真はクリックすると拡大いたしますが、クリックの面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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マンマス天丼を無事に完食することが出来ました。ただし2人がかりでした。食べ終わってマンモス天丼の大きさを実感いたしました。割り箸の長さと比べてみてください。


中央のマーク( )が天丼屋さん(深川)の位置です。JR佐倉駅の南にあります。関東自動車道の佐倉インターからはすぐそばです。


天丼屋さん(深川)から150mの距離に、美味しい椎茸を作っている佐倉きのこ園があるので、ランチ(昼食)に行ったときは椎茸をお土産に買うのもいいかもしれません。
 名前 佐倉きのこ園
 営業 8:00~16:00
 定休 月曜日



2009年1月12日掲載 タイトル:有名人がおとづれる辺鄙な場所の天丼屋さん
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このお店の名物の穴子天丼です。穴子とアスパラと茄子の天婦羅が乗っていました。ものすごく大きな穴子を一匹使っていました。愛知産の肉厚の穴子を使っているそうです。写真をクリックして出た写真で、ごはんの粒と比較すると大きさが判ってもらえると思います。

今日の夕食行った天丼屋さんです。知り合いから教えてもらったお店です。お店に入るとゴルファーの青木功さん、マラソンの高橋尚子さんなどの有名な人の写真や色紙が張られていました。すごく辺鄙な場所なのに有名な人が沢山おとづれているので、ちょつと驚きました。この写真は前々回の時のため意外な人も写っています。
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上天丼です。穴子、海老、蟹、烏賊、アスパラ、茄子などかき揚げ以外の味わいたいものがのすべて入っていました。味噌汁はシジミの味噌汁でした。味だけでなくボリュームを一つの売りにしている気がしました。
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とり海老天丼です。これはボリュウムがありました。海老と鶏と茄子とししとうの天婦羅にタップリとタレが付いた食欲が出てくる一品です。このお店で一番安い天丼でもあります。このお店の器はすべて一回り大きいので写真ではさほどボリュウム感は伝わりませんが実際に見ると迫力あります。
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また天丼が食べたくなって訪れました。前回食べていない海老天丼を頼みました。これも驚くほど大きい海老が使われていました。
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かき揚げ天丼は量が少ないと思って注文しましたが、見ての通りです。かき揚げと言えば玉葱などの野菜が沢山使かわれていますが、ここのかき揚げは、ほとんどが海老でした。それも海老フライに使う程の大きな海老を沢山使ったかき揚げでした。上の海老天丼よりはボリュームがあるかもしれません。
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すごい量で食べきれないこともありますが安心してください。右の写真の持ち帰り用のパックが用意されています。前回は必要ありませんでしたが、今回はかき揚げを持ちかえらさせていただきました。

下記は天丼のメニューです。天丼以外に天ぷらや刺身も人気があるようでした。
 穴子天丼   1800円
 上天丼    1600円
 とり海老天丼 1300円
 海老天丼   1650円
 穴子海老天丼 2300円
 びっくり天丼 2200円
 かき揚げ天丼 1650円
以前に比べて50~200円ほど値上がりしていました。
下のメニューの中にビックリ天丼(2300円)とマンモス天丼(3300円)というのがあります。食べきれる自信のある方は、是非注文してみてください。 


お店を紹介いたします。
 店名 深川
 住所 千葉県佐倉市城784-36
 電話 043-486-9938
 営業 11:30~14:00 17:00~20:30
 定休 月曜日の全日 日曜日&火曜日の夜


お店の中です。


昼間にお店の前通ったので写真を撮っておきました。


場所を迷わないように地図を添付しておきます。


タグ:天丼

湯布院の朝食 開花亭 [九州]

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湯布院の宿の夕食を紹介したので翌日の朝食も紹介いたします。夕食同様に朝食も母屋の我々専用の個室で食べれるのがうれしいです。8時から9時の間に行けば夕食を食べた部屋に案内されます。我々は8時を少し過ぎたところで伺いました。部屋に入るときはこんな感じで準備がされていました。

我々が席に着いてから味噌汁やご飯にお茶や煮物や刺身が並べられました。
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この小さなカレイの干物が絶品でした。形がカレイらしくなく開いてあるのでいろいろな意見が出ましたが、食べた瞬間に、あのからからに干したデビラの香りがしたので、もしかしたらカレイではないかと、宿の人に聞くと、小ガレイのことたえが帰ってきました。これだけ香りのある干物はなかなかないと思います。お土産に買って帰ろうと大分空港を探しましたが見つかりませんでした。
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イカのは、そのまま醤油をかけていただきました。
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煮物も良かったです。小さなひろうす(がんもどき)と小芋の煮物でした。
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切り干し大根の味付けも良かったので写真を撮りました。
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母屋の雰囲気もいいですね。真ん中のレトロなストープも雰囲気を盛り上げてくれていました。これからストーブの活躍する季節です。
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そのストーブが置かれた部屋の窓には素敵なステンドグラスがはめられていました。
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湯布院の夕食 開花亭 [九州]

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湯布院で泊まった、離れ家のお宿の夕食を紹介いたします。湯布院は家内とおふくろの三人で泊まりましたが、こちらは、すでに紹介している通り、8つの離れ家だけのお宿ですが、食事は厨房のある本館(母屋)で食べます。母屋には、離れと同じ数の8つの個室が用意されていて、そちらで夕食をいただくことになります。このようなテーブルの部屋でゆったりといただきました。和風の宿だけれども個室のテーブルで、ゆっくりと食べるのは、初めての経験で、すごく斬新で贅沢な気持ちにさせていただきました。

あらかじめ希望していた時間になると「食事の準備がご用意出来ました。」と電話が掛かってくるので母屋の部屋に行くとテーブルの上には最低限のものだけが並べられていました。暖かい料理は食事の進み具合を見計らって順番に出されきました。最初から並べられているのではなくて、常に暖かいものが食べれるのがうれしいです。この写真の料理に加えて4つの温かい料理が出されました。いずれも美味しい料理ばかりでした。
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食前酒として梅酒が出されました。器にもこだわりを感じました。料理だけではなく器も見てほしいです。


最初にテーブルに並べられていた「干し柿の入った酢の物」と「胡麻豆腐」と「イクラと野菜の和え物」です。豪華さよりも味と香りと美しさにこだわった食事でした。
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鮪と鯛と海老のお刺身です。すべてが少なめなのがうれしいです。ここでは刺身はメイン料理ではなく、料理の中の一つでした。
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汁物は最後に、ご飯と一緒に出てきた味噌汁と、この松茸の入ったお吸い物です。お餅が入っているのが珍しかったです。ちりばめられているのは菊の花びらです。
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途中で出てきた手毬寿司も可愛らしかったです。多すぎない量も、心づかいの一つのように感じられました。
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こちらは牛肉のたたきです。ソースがよく合っていました。写真をクリックすると器全体を表示します。
クリックすると器全体を表示します。

生春巻きと揚げ物です。揚げ物の中は海老とアボガドでした。
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鯛の焼き物が焼きなすの上に乗った料理です。フィレステーキと、この焼き物が今回のコースのメイン料理です。メイン料理だけに美味しい料理でした。すばらしい季節を感じさせてくれる飾り付けも美味しさを盛り上げてくれました。鯛の焼き物は香ばしくて美味しかったです。この焼き物は柿をテーマにした自慢の一品だと感じました。
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ビールも美味しくいただけました。冷え具合も心づかいが感じるのは気のせいなのかな。


肉にもこだわっていました。銘柄は聞きませんでしたが、食べたら良い肉であることはすぐに判りました。ソースと塩が用意されていましたが、ほとんど塩でいただきました。
濃い色の箸は食べるための箸ではなくて、生の肉を扱うときに使う専用の箸です。きめ細かな心づかいが、うれしいかったです。
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火は20分間しか持たないのでタイミングを見て火をつけるようにアドバイスされたので陶板焼きのフィレステーキは最後にいただきました。火を付けて焼き始めたところです。
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焼き上がりました。さっそくいただきました。一品一品は少ないようですが、食べてみると十分な量がありました。
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部屋の飾りも洒落ていました。


写真では美味しさを伝えるのは難しいけれども、ごはんも美味しかったです。
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やっぱり最後はデザートですね。果物の下のデザートの名前はわかりませんが、パンナコッタかフロマージュのような感じでした。間違えていたらごめんなさい。
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お茶も、ちょっと美味しいお茶でした。料理の器はおそらく有田焼きだと思います。どれもセンスの、いいものばかりでした。
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廊下の置物もこっていました。これは池田英貴作の「仲良し」という作品です。お宿のコンセプトにマッチした置物なのかもしれません。
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入口の飾りも、なかなかのセンスのものが取り付けられていました。
  お宿 おやど 開花亭
  住所 大分県由布市湯布院町大字川上馬場2150
  電話 0977-28-8878
  ネット  http://onpara.jp/share/yadodetail/qo005_0542.html
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湯布院散策 [九州]

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湯布院(由布院)のお宿は、すでに紹介いたしましたが、見所もあると聞いて街の中を散策いたしました。湯煙が温泉の町であることを感じさせてくれました。

宿泊した開花亭から歩いて10分程度のところに趣のあるお寺の門がありました。康保年間(964年~968年)に創建された龍峩山・佛山寺です。
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その、門を正面から撮りました。門の上に鐘があるのが特徴です。
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お寺の名前は仏山寺でした。こちらも人気のスポットのようでした。
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人気スポットの金鱗湖です。この金鱗湖の近くの駐車場に車を停めて散策することにしました。
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別の角度からの金鱗湖です。この金鱗湖(きんりんこ)は、湯布院にある池で、朝霧がかかる風景は湯布院温泉を代表する景観となっていまため沢山の方が来られていました。大分川の源流である金鱗湖は、湖底から温泉と清水が湧き出ており、その温度差のために冬季には湖面から霧が立ち上る幻想的な光景が見られそうです。
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金鱗湖畔には藁葺き屋根の無人の共同浴場である下ん湯(したんゆ)がありました。
こちらは、なんと混浴です。右はPR用に撮られた写真をネットから拝借いたしました。
こちらには内湯と半露天があるそうで入浴料は200円です。ネットで調べると内湯は53.7℃で露天は44.6℃だそうで、私にはとても入れません。
浴場と脱衣所が一体になっている昔ながらのスタイルで、しかも観光客が頻繁に中を覗くので、女性が入浴するのは無理とおもわれるため現実には混浴になることは、ほとんど無いようです。
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下ん湯の前には洗い場がありました。こちらも雰囲気があります。ここは温泉水が流れているため、野菜などを洗っていたそうです。
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酒屋さんも雰囲気がありました。
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前から歩いてくる人たちはすべて韓国の方でした。後でわかったことですが、民芸村の駐車場にバスを停めて金鱗湖に歩いてこられているところでした。
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民芸村の前には沢山の観光バスが停まっていました。フロントガラスにはハングルの文字が書かれていました。ほとんどが韓国の人たち観光バスだったのです。


民芸村の入口です。大型観光バスがまとまって駐車出来るのは、どうやら民芸村の駐車場のようでした。金鱗湖の駐車場に停めていた車をこちらに移動した後、由布院駅に行ってみることにしました。
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こちらは由布院駅です。ただし駅名は「ゆふいん駅」とひらがなで書かれていました。由布院と湯布院の両方が使われているので、ひらがなにしたのでしょうか。
狭い道に大型バスが入ってきていました。


ゆふいん駅を背にすると正面に由布岳が見えました。新しい町並みが雰囲気があり人気のようです。


大型バスがどんどん入ってくるので車でこのあたりを散策するのは大変であることがわかりました。やっぱり金鱗湖か民芸村のあたりに車を駐車したままにして歩いてくるべきでした。人力車や馬車があるので、そちらを利用するのもいいかもしれません。馬車にも「ひらがな」で「ゆふいん」と書かれていました。


湯布院にも人力車がありました。「えびす屋」と言う全国チェンのお店です。


泊まった宿でもらった散策のための地図を掲載いたします。このままだと字が小さいので読めないと思いますが、クリックすると拡大します。お宿の場所もわかります。
このあと国東半島に行きました。
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パリの凱旋門 [パリ]

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フランス4日目は最初にルーブル美術館を見た後、地下鉄で移動してノートルダム寺院を見に行きました。この日は19時にからフランスに住んでいて長年お世話になった方とホテルで待ち合わせた後に、その人のお薦めのワインバーで食事をすることになっていました。ノートルダム寺院を見終わったて、少し時間があったので手軽に行ける凱旋門に行ってみることにいたしました。
ただし、この日は傘を持ってこなかったのに、ドシャ降りとなったことから一旦、地下鉄でホテルに帰って、着替えた上で傘を持って、上の写真の凱旋門に行くことにいたしました。

ホテルで着替えた後にオペラ駅から写真の地下鉄に乗って凱旋門の最寄り駅まで行きました。
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地下鉄の改札を降りましたが凱旋門の方向が判らないので、とりあえず地上に出ると目の前に凱旋門がありました。ただし、凱旋門の屋上に登る入口が判らないので、周囲を廻って探しました。
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少し廻って撮った凱旋門です。
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まだ入口が見つからないので廻りました。
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凱旋門の正面まで廻りました。正式名はエトワール凱旋門です。この写真はシャンゼリゼ大通りの反対側から撮った写真です。エトワール凱旋門はパリの象徴的な建造物の一つで、単に凱旋門と言えばこのエトワール凱旋門を指すことも多く、クリックすると拡大世界有数の観光名所となっています。パリには同じ年1806年に作り始めた右の写真のカルーゼル凱旋門と呼ばれる凱旋門がルーブル美術館の敷地内にあります。ただし高さは19mとエトワール凱旋門よりかなり小さいです。エトワール凱旋門は完成までに30年を費やしましたが、カルーゼル凱旋門は2年で完成しました。それほど物量が違うのだと思います。
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凱旋門の入口に向かう地下通路の入口を見つけました。
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これが地下通路入口です。
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地下には沢山の人が並んでいました。
沢山の人は団体の人のようで、すでに事前購入のチケットを持っていて凱旋門に上がるために並んでいるようでした。左奥にあるチケット売り場には人が並んでいなかったのですぐにチケットが変えました。ラッキーなことにチケット売り場から直接に登るルートがあったことから待たないで凱旋門の登り階段の入口に行けました。


こちらがチケットです。チケットの値段は12€でした。11年前は8€だったので1.5倍になったことになります。


凱旋門の屋上には細い螺旋階段を登ります。
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螺旋階段をましたから見上げました。
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上まで登ると部屋があり、石像の頭部が置かれていました。凱旋門の柱に飾られていた石像の頭の部分だと思われます。シャンゼリゼ大通りから見て右側の石像です。
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上の写真の部屋から、さらに階段を登ると凱旋門の屋上に出ました。こちらの写真が凱旋門の屋上です。雨は小降りになりましたが、まだ降り続いていました。娘は日本からレーンコートを持ってきたのは正解でした。私は傘だけだったので、結構不便でした。
エトワール凱旋門は、1805年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念にナポレオン・ボナパルトの命によって建設が始まったそうです。
右の写真はモンマルトルの丘の方向をバックの記念写真です。
 着工 1806年8月15日
 落成 1836年7月29日
 高さ 50m
 幅  45m
 奥行 22m
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11年前の2005年は5方向の通り(Avenue)しん紹介していなかったので今回は全ての方向の通り、つまり12方向の通りを紹介したいと思います。最も有名なシャンゼリゼ大通りから反時計廻り(左廻り)に紹介いたします。
 ① ━━ シャンゼリゼ大通り (Avenue des Champs-Elysees)
 ② ━━ フリドラン通り (Avenue De Friedland)
 ③ ━━ オッシュ通り (Avenue Hoche)
 ④ ━━ ワグラム通り (Avenue de Wagram)
 ⑤ ━━ マクマオン通り (Avenue Mac Mahon)
 ⑥ ━━ カルノ通り (Avenue Carnot)
 ⑦ ━━ グランド・アルメ通り (Avenue de la Grande Armee)
 ⑧ ━━ フォッシュ通り (Avenue Foch)
 ⑨ ━━ ヴィクトル・ユーゴー 通り (Avenue Victor Hugo)
 ⑩ ━━ クレベール通り(Avenue Kléber)
 ⑪ ━━ イエナ通り (Avenue d' Iéna)
 ⑫ ━━ マルソー通り (Avenue Marceau)


①シャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)
パリ市内で最も美しい通りとされていて、特にフランスでは「世界で最も美しい通り (la plus belle avenue du monde)」と言う表現が使われているそうです。日本でもオー・シャンゼリゼという流行歌のおかげで広く知られるようになったそうです。
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②フリドラン通り(Avenue De Friedland)
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③オッシュ通り(Avenue Hoche)
中央少し右の遠くにモンマルトルの丘が見えます。
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④ワグラム通り(Avenue de Wagram)
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⑤マクマオン通り(Avenue Mac Mahon)
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⑥カルノ通り(Avenue Carnot)
昔からの高さ制限によりオスマン期の街並みが保全されてきましたが、1967年の規制緩和により1972年に建設された高さ210m、クリックすると拡大59階建てのモンパルナスタワーが建設されたことで、高層ビルはパリの伝統的な都市景観が損なうとして、1977年の改正により一転規制強化へと転じていったそうです。パリ中心部は最大でも37m(再開発区域)に制限され、歴史的な地区ではより厳しい規制がかけられることになったそうです。写真のなかでポツンと建っている高層ビルはモンパルナスタワー同様に1967年から1977年の間の高さ制限の緩和された時期に建てられたHyatt Regency Paris Étoileと思われます。
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⑦グランド・アルメ通り(Avenue de la Grande Armee)
シャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)の反対側に延びる通りです。パリ中心は高さ制限がありますが、こちらの方向の高さ制限外の地域に高層ビル群がありました。
凱旋門から高層ビル群までの距離は4.4kmで、パリの中心であるノートルダム寺院から高層ビル群までの距離は約2倍の9kmです。
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⑧フォッシュ通り(Avenue Foch)
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⑨ヴィクトル・ユーゴー通り(Avenue Victor Hugo)
通りの名前になっているヴィクトル・ユーゴーは人の名前で、1959年から1965年に発行され5フラン紙幣の肖像画にもなった有名な人です。フランス・ロマン主義の詩人であり小説家でもあり七月王政時代からフランス第二共和政時代の政治家でもあります。
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⑩クレベール通り(Avenue Kléber)
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⑪イエナ通り(Avenue d' Iéna)
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⑫マルソー通り(Avenue Marceau)
写真のなかでポツンと建っている高層ビルが、高さ制限の強化のきっかけとなったモンパルナスタワーです。モンパルナスタワーはパリの中心(ノートルダム寺院)から2.4kmで、⑥で紹介した、もう一つの高層ビルであるHyatt Regency Paris Étoileはパリの中心から5.7㎞の距離に建っています。
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一周して①のシャンゼリゼ大通り(Avenue des Champs-Elysees)の方向に戻ってきました。
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シャンゼリゼ大通りを少し拡大いたしました。
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さらに拡大いたしました。
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そして、さらに拡大いたしました。パリで最も美しい通りはいかがでしようか。凱旋門を降りた後に シャンゼリゼ大通りを歩いてみました。
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凱旋門の屋上から見たエッフェル塔です。
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こちらは凱旋門の屋上から見えたモンマルトルの丘です。
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屋上から階段を降りると広いホールがありました。
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さらに1階降りると各国の軍服のシルエットを展示したエリアがありました。ここにはCafeもありました。
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螺旋階段を下りました。登りとは別の階段です。つまり一方通行なのです。
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地上に降りて凱旋門の真下から上を見上げてみました。
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凱旋門の下には聖火が焚かれていました。その周りに沢山の花束が飾られていました。2015年11月13日の同時多発テロで犠牲となった130人の人達を悼む花束ではないかと感じました。
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2005年12年1日訪問時の記事 タイトル:凱旋門の上からの景色
 オリジナルの記事 → ポチッ
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イタリアではサンピエトロ寺院の屋根の上に登りそこねましたが今回は凱旋門の上に登ってみました。凱旋門に登れることは知りませんでしたがパリに住んでいた人に教えてもらいさっそく行きました。

この螺旋階段を登ると一番上まで登れます。


上はこんな感じです。


柵は遠くからは目立たない形式でした。

料金は8ユーロ


凱旋門の上は360度のパノラマの世界です。航空写真で見ると凱旋門から放射状に道が伸びていることが良く判ります。特に地名の表示のチェックを外すと見やすくなります。


パノラマ写真を紹介します。 これから下の写真はクリックすると大きく表示します。
これが有名な「シャンゼリゼ大通り」です。
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シャルル・ドゴール大通り 上の地図ではグランド・アルメ通りと書かれています。シャンゼリゼ大通りの反対側です。
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オッシュ大通りとオスマン大通り(Av. de Friediand)
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オスマン大通り(Av. de Friediand)とシャンゼリゼ大通り
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イエナ通りとエッフェル塔
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下から見上げた彫刻もきれいです。
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この縮尺の航空写真だと、凱旋門の上がよく判ると思います。


少し縮尺を小さくすると同心円状の道がわかってきます。


タグ:パリ 凱旋門

7個が14円の餃子 [安徽省]


山西省の大きな餃子を紹介いたしましたが、今度は普通サイズの餃子です。最近は中国も物価が上がってきましたが、田舎の方ではまだまだ安く食事が出来ます。中国でも焼餃子はよく見かけます。7個が1元(約14円)でした。他の料理も1元なので2元で結構お腹一杯になります。場所は安徽省でした。

朝は小学生がお客さんです。共働きの人が多いのでしょう。小学校から歩いて1分の距離のお店です。

掲載記事数が2000に到達いたしました。 [SNS]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2016年8月21日に掲載記事数が2000に到達いたしました。皆様に励まされて続けてこられたおかげです。ありがとうございました。
8月22日4時20分の時点のアクセス関係の数値は下記の通りです。
 累計日数    2,665日(2009年5日5日~2016年8月21日)
クリックすると拡大 公開記事数   2,000
 累計nice数   261,998
 累計閲覧数   8,642,859
 累計コメント数 55,327
 niceをくれた人 8,330人
 8月21日閲覧数 6,203件/日
 8月21日訪問者 1,325人/日
 最アクセス記事 今日、ジブリ美術館に行ってきました。(104,816)
 使用写真容量  5,452MB = 2614MB(So-net) + 2838MB(FC2)
    So-net 2614MBの内訳
0 : 274MB 1 : 999MB 2 : 10000MB 3 : 331MB 4 : 10MB

記念の2000個目の記事は「ノートルダム寺院の内部を紹介します。」です。
初めて記事「自転車が完成しました。」を掲載したのが2009年5月5日のため7年3ケ月16日目(2665日目)のことでした。
2009年5月5日掲載記事      2016年8月21日掲載記事
  最初の記事           2000番目の記事  
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらが記事数と累計アクセス数の推移のグラフです。記事数(━━)が2000記事に到達していますが単純に増加してきたわけではないことが判ってもらえると思います。2012年11月に一度記事がすべて消えましたが、消えた記事を再掲載しながら新しい記事を書いています。記事が消えたと言っても幸いにも手違いで下書き状態となっていたことから再掲載が容易にできているのです。せっかくの再掲載なので、ブラシュアップを心がけております。そのような経緯があることから、単に掲載記事と言う表現では公開記事という表現にいたしました。


累計アクセス数(累計閲覧数)と累計nice数も紹介します。


こちらは毎日のアクセス数(閲覧数)とnice数です。日によって大きくばらついています。


こちらは月ごとのアクセス数と訪問者数です。訪問者数がアクセス数の20%しかないのは1ケ月の間に同じ人が複数回アクセスしても1回として計算されるためです。


そしてこちらが毎日のアクセス数と訪問者数です。やはり一日ごとの集計ではアクセス数はバラツキますが、訪問者数は安定しています。


参考にアクセス数と検索数と検索ワードの数の推移も紹介します。月ごとの数値です。検索は多くなったら少なくなっていますが、全体的には増えてきているようです。


下の折れ線グラフはアクセス解析で表示された検索件数をグラフにしたもので、右の円グラフは現時点の検索エンジン別の累計数です。クリックすると拡大5年前はYahooとGoogleが同程度でしたが、最近はYahooかの検索が圧倒的に増えました。
最近9ケ月間の検索ワードのベスト5は次の通りです。検索ワードの「ミッシェルバッハ」と「夙川」は組み合わせて使われているようです。
頭の数値は9ケ月間の合計数です。他のワードも含めた9ケ月間の総合計は198,881回です。1ケ月間の検索ワードの種類は6,000~7,000種類/月です。
 7203回 ミッシェルバッハ
 5921回 ブログ
 4107回 日光東照宮
 3246回 上海
 3047回 夙川


緑色ライン(━━)がniceをクリックしてくださった人数の推移です。niceをくれた人が新しい人の場合にのみ数値が増えていくので、クリックすると拡大ここ数年は、ゆっくりと増加していることが判ります。この数値はSo-netの沢山の方が訪問してくださったことの証だと思います。ありがとうございます。細い青色ライン()は読者登録してくださった方の推移です。


累計コメント数(━━)もグラフにしてみました。


2000記事目を掲載した2016年8月21日の各記事へのアクセス状況です。この日のアクセス記事のランキングは次の通りでした。括弧内( )の数値は8月21日のアクセス数です。タイトルをクリックすると記事を表示します。
 ①2016年 ノートルダム寺院の内部を紹介します。(241)
 ②2014年 世界第2の超高層ビル・上海センターが完成しました。(74)
 ③2016年 ロシアの猫ちゃん(74)
 ④2015年 開店30分前から並んで夙川クッキーローゼを買いました。(70)
 ⑤2013年 大涌谷で黒玉子を食べました。(38)
 ⑥2013年 奥宮(奥社) 徳川家康の墓(35)
 ⑦2014年 バルコニーで七輪焼肉(33)
 ⑧2013年 なんと、陽明門は補修工事中でした。 日光東照宮(32)
 ⑨2015年 脾臓摘出手術 手術跡はすっかりなくなりました。(28)
 ⑩2013年 想像の象 日光東照宮(28)
 ⑪2016年 クルージング(26)
 ⑫2012年 今日、ジブリ美術館に行ってきました。(20)
 ⑬2013年 シベリア最大の町 ノヴォシビルスク(19)
 ⑭2016年 円卓での食事は豪華でした。(16)
 ⑮2014年 手塚治虫記念館に行ってきました。(16)
 ⑯2016年 豆腐(16)
 ⑰2013年 箱根ロマンスカーに乗りました。(16)
 ⑱2016年 パリ最初の食事はノートルダム寺院の前のカフェでした。(15)
 ⑲2013年 産み立て卵の洋菓子店 洋菓子HASEGAWA(15)
 ⑳2014年 御射鹿池の紅葉(15)
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タグ:アクセス数

ノートルダム寺院の内部を紹介します。 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリに到着した日はホテルに18時30分に到着したことからに散策を兼ねてノートルダム寺院を見学しに行きましたが、タッチの差で建物内には入ることが出ませんでした。したがって外からの写真を撮って、夕食もすぐ近くで食べてホテルに戻りました。上の写真は初日に撮りました。
その時の記事はこちらです。 → 散策&外観 夕食

ルートルダム寺院の外側は初日(1日目)に見たのでパリ滞在中に内部を見学するつもりでした。丁度、4日目にルーブル美術館を見学した後にノートルダム寺院に行くことにいたしました。ルーブル美術館からノートルダム寺院には地下鉄を利用いたしました。
 1日目 ノートルダム寺院(外側)
 2日目  モンサンミッシェル
 3日目  モンサンミッシェル
 4日目 ルーブル美術館
 4日目 ノートルダム寺院(内側) 今回報告
 4日目 凱旋門 シャンゼリゼ通り
 5日目  ベルサイユ宮殿
 6日目  ロワールの城めぐり
 7日目 オルセー美術館
 7日目 サント・シャペル
 7日目 コンシェルジュリー
     泊まったホテル


入口を入って最初に見る景観です。さすが全長が127.50m教会のです。左右の柱の間の中央の空間が身廊です。ノートルダム大聖堂とも呼ばれているローマ・カトリック教会に属する大聖堂です。フランス語ではCathédrale Notre-Dame de Parisです。
 教会全長 127.5m
 教会全幅 48.0m
 尖塔高さ 96.0m
 双塔高さ 69.0m
 身廊高さ 32.5m
 身廊幅  12.5m
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正面に主祭壇があります。
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石で出来た水盤のようなものがありました。その石には「YO SOY EL CAMINO QUE BUSCA VIAJEROS」と書かれていました。
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見上げると建物の大きさが伝わってきました。託さなの窓は見事なステンドグラスで飾られていました。
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教会内は厳かな雰囲気が伝わってきました。
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天井も見事な芸術品でした。
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吊り下げられたシャンデリアも見事でした。
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静かな雰囲気の中に沢山のシャンデリアが吊り下がっていました。
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見事な彫刻もありました。
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赤とオレンジのローソクも雰囲気がありました。
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主祭殿以外にマリア像や小さな祭壇が沢山ありました。
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主祭壇の前です。
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こちらが主祭壇です。
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主祭壇上のステンドグラスです。
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地上に近い部分には大きなスタンドグラスが並んでおり、全て違うデザインでした。
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上のステンドグラスと形は似ていますが、デザインが違うことが判ってもらえると思います。
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出来る限り沢山のステンドグラスを紹介したいと思います。
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こちらのステンドグラスも見事です。
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ステンドグラスの前には小さな祭壇画が置かれており、石像も設置されたところが多かったです。
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こちらもステンドグラスの横の石像です。
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別のせてんどグラスを紹介します。
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柱の内側から見たステンドグラスもきれいです。
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こちらのステンドグラスの前にも祭壇が設けられていました。
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こちらにも祭壇が設けられていました。
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デザインが違うことが判ってもらえると思います。
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こちらのステンドグラスも見事です。
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上と似ていますが、約見ると違います。
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柱の陰に見えるステンドグラスです。
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南側と北側には直径13mの巨大なステンドグラスがあります。こちらの写真は北側の窓(北窓)です。
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北窓を正面から撮りました。北窓には聖母子が描かれているそうです。
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北側の直径13mの巨大ステンドグラスを拡大いたしました。
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直径13mの南窓を下から見上げました。
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こちらは南側の直径13mの巨大ステンドグスです。
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南側の南窓を拡大いたしました。クリックして拡大して南窓と北窓を比べると形が似ているようですが、微妙に違うとともに、ステンドグラスに使われている絵も違うことが判ってもらえると思います。
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北窓と南窓のデザインが違うことを一目で判ってもらうために巨大ステンドグラスの中心部分を並べてみました。
北窓の中心部            南窓の中心部
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尖塔が立っている天井部分です。見えているステンドグラスは南窓です。主祭殿は左側で、入口となっている双塔(南塔と北塔)は右側です。
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北窓を見上げた写真です。
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方向を変えて見上げた北窓です。
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引き続き地上近くのステンドグラスを紹介していきます。
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こちらにも石像が置かれていました。大きな絵も飾られていました。
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こちらにも祭壇があり、絵も飾られていました。
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パイプオルガンの裏にもステンドグラスがありました。このステンドグラスが双塔(南塔 & 北塔)の間のステンドグラスだとしたら1210年に作られて、この教会で最も古いステンドグラスで、預言者達が描かれているはずです。直径も9.6mの大きさとなります。
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こちらの祭壇には沢山のローソクや飾り付けが行われていました。
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こちらは石像と絵画でした。
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こちらも石像と絵画です。
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正面に石像が置かれて左右に絵画が飾られていました。
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一枚を拡大してみました。
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少しデザインが違うステンドグラスもありました。高い位置のステンドグラスまでは比較できませんでしたが、少なくとも地上近くのステンドグラスは全て違っていました。このことから全ての窓のステンドグラスが違っている可能性を感じました。
余談ですが本記事が2000掲載目となりました。
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館内にはノートルダム寺院の建設の歴史も展示されていました。
こちらが1163年のルートルダム寺院です。この年である1163年に内陣の建設が始まりました。建てられた位置が判るように書かれていました。
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こちらが1245年の姿です。1240年に北塔が完成して1250年に南塔が完成しました。1265年には中央の尖塔も完成していて今に近い姿になっていました。
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こちらが1265年の姿です。尖塔だけは現在よりも低い感じがします。
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こちらが冒頭の写真の2016年の姿です。
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ロシアの猫ちゃん [猫]

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今、エストニアとの国境近くのロシアに来ています。森林に囲まれた小さな村です。そこの小さなホテルの昼食を食べました。我々が昼食を食べる間、お行儀よく待っている猫ちゃんがいました。我々のお余りを持っているのだと思います。しっぽがふさふさしているところがロシアぽい気がします。写真はクリックすると拡大とます。
ここの平均気温は4.2℃です。最低気温は-43℃ですが最高気温は34℃と寒暖の差が大きいところです。猫ちゃんも寒さに耐えられるように毛がふさふさしているのかも! 今は寒くもなく暑くもなくすごしやすい気温でした。猫ちゃんにとっても最高の季節のような気がしました。

まっくろの猫ちゃんもいました。


村の景観です。紹介の猫ちゃん以外にも沢山の猫ちゃんが住んでいました。
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この村のあたりで一番きれいな建物が泊まったホテルでした。奥に長いので見た目より大きな建物ですが、高い鉄柵の塀で囲まれていました。
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この日は、この小さな村からサンクトペテルブルグ空港まで車で3時間走り、フランクフルト経由で日本に帰ります。ここは、ものすごい小さな村のホテルですがインターネットは使えましたのでロシアからの最初の記事を掲載いたします。これ以外の記事は帰国後、今回訪問したベルリンの出来事も含めて報告いたします。この時に食べた昼食も帰国後に報告いたします。

ここを9時(日本時間 14時)に出発して成田空港に着くのは翌日の15時25分の予定なので、25時間25分の旅になります。家までとなると26時間を越える旅となるので記事の更新やコメントの入力が出来ないこと、お許しください。もしかしたらフランクフルトの空港でアクセス出来るかもしれません。

タグ: ロシア

クルージング [ピッツバーグ]

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アメリカのピッツバーグの記事のなかで、この記事を載せるのを忘れていました。遅ればせながら掲載いたします。
ピッツバーグは川に囲まれています。川には沢山クルージングの船が停泊していました。船旅をしながら食事をしてみたかったですね。夜景の見えるレストランか船に乗っての食事がいいか迷うところです。

丘の上からも頻繁に外輪船が行き来します。バックにある黄色い建物はフットボールのハインツフィールドです。
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今回の記事はこの中に入れておくべきでした。
 ヒッツバーグは高層ビルだけじゃない
 ダウンタウンの普通の景色
 アメリカで分別収集? と思ったら!
 高層ビルの谷間の静かな空間
 125年前の橋 今は通勤路
 ピッツバーグの路面電車
 通勤ケーブルカーは139歳
 丘の上の住宅地
 丘の上のサンドイッチ店
 水陸両用車
 街角のすてきな光景
 アメリカのシーフード料理
 ピッツバーグの夜景
 510gのステーキ
 大リーグで鳩山首相が始球式
 アメリカのマック

豆腐 [江蘇省]

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北京から車で2時間のところに唐山という町があります。この町は陶磁器が有名なようで沢山の陶磁器屋さんが軒を並べていました。その唐山でも、一番の海鮮料理店で昼食をいたしました。沢山の海鮮料理が出てきましたが意外なものが有名な土地柄でした。それを紹介いたします。
食事が始まる前に、右の写真の蓋付きの平たい器が並べられ、上の写真のように、やかん(薬罐)から、暖かい白い液体が注がれました。注いだ後に蓋をして待つように言われました。ほのかな豆乳の香りがしていたので豆乳茶のようなものかなと思っていました。
しばらくして蓋を開けると白い液体が固まっていました。固まったのには驚きましたが豆腐だったのです。暖かい、香りの高い豆腐でした。豆腐の上に調味料を乗せて食べました。
実は唐山は美味しい出来立ての豆腐が食べれるところだったのです。
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これが豆腐に乗せる調味料で、主に右側のものをかけます。若干甘みと辛味のある醤油系の調味料で、いろんなものが入っていました。左は辛味が足らない人のための、辛い調味料なので少しだけ乗せました。


豆腐以外の料理もいくつか、紹介いたします。紹介した料理の倍以上は出てきたので、すべては紹介出来ませんが、見てください。最初は大きな巻貝の料理です。こちらのお店の海鮮はすべて生簀の新鮮なものが使われていました。すこしピリ辛の味付けが食欲をそそりました。
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活きた海老は唐揚げと茹でで出て来ました。新鮮な海老は何回食べても美味しいですね。唐揚げはそのまま食べて、茹でたものは剥いて醤油系のタレに付けて食べました。


新鮮なホタテは貝柱だけでなくヒモも料理して出てきたのはうれしいですね。


海鮮料理店ですが鶏料理も出て来ました。皮が美味しい料理でした。


野菜料理も何品か出て来ました。これはソラマメの料理です。沢山の空豆が使われた料理でした。日本だと高くかかりそうでした。


こちらは、すっぱい味のタレが美味しい冷菜料理でした。食欲をそそる味わいがよかったです。


メインの魚料理が出てきたころには、お皿は重なり状態になっていました。


スープはアサリのような味の丸い二枚貝が使われたものが取り分けられて出て来ました。塩味のあっさりスープでした。こちらにも豆腐が使われていました。


営業面積13,000㎡で収容人員2000人以上の大きなお店でした。下の写真のように大きなフロアーに沢山の生簀が並べられていました。ここから好きなものを選んで料理をしてもらいます。


もう一つのお店の特徴が、接客の店員の方がローラースケート(インラインスケート)を履いていることでした。広いレストランのためローラースケートが活躍していました。みなさん上手でした。残念ながら暗い室内で、皆さん、かなりのスピードが出ているため写真を撮っても写真が流れてしまい鮮明に撮れませんでした。でも体の傾き具合でスピードは想像してもらえると思います。

下の航空写真の中央の建物群の中の一つです。 お店を紹介しておきます。
  店名 大陸海鮮餐飲有限公司(DALOO SEAFOOD CO.,LTD.)
  住所 唐山市高新技術開発区北立交橋
  電話 3208000


タグ:中華料理

円卓での食事は豪華でした。 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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今までに巨大な円形テーブルを2度か紹介いたしました。巨大テーブルの秘密を知る機会がありました。その時の写真が上の写真です。クリックすると拡大上の写真も右下の写真も天井の照明から同じ部屋であることが判ってもらえると思います。つまり巨大テーブルは分解式でドーナツ状にも出来ることが、この時に判ったのです。場所は政府の要人も何度か利用したことのある安徽省蕪湖市の老舗のホテルである鉄山賓館です。
 34名座れる巨大円形テーブル→ポチッ
 40名座れる巨大円形テーブル→ポチッ

今はこの町にも立派なホテルが沢山ありますが、昔の地方都市では立派なホテルが少ないことから、政府の要人などを迎えるために作られたホテルが鉄山賓館であったと想像できます。その要人たちが、こちらの部屋で食事をされたのだと思います。料理を紹介いたします。先ずは花の形をあしらった前菜です。
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次は卵白と細い海藻と思われるものが入った暖かいスープです。
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その次がニガウリの入った冷たいスープです。


パイ生地で覆った汁ものの料理です。


こちらがパイ生地の中です。クリックすると中の料理ょ拡大いたします。
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春菊のサラダも出されました。


手前は海老の料理で、奥は甘辛い肉料理です。


こちらは魚料理です。すでにおわかりのように、一皿一皿、各自の前に置かれた金属製の皿の上に料理の乗った皿が置かれるのです。つまりフルコースなのです。


あっさりとした野菜料理です。


貴重な山の食材である岩茸を沢山使った料理です。
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中華料理の三大高級食材と言えば、干しアワビ、フカヒレ、燕の巣ですが。干しナマコも中国では高級食材の一つで三大高級食材に入れる説もあるくらいです。その干しナマコの姿煮です。干しナマコを食べた後の汁でご飯を食べる趣向です。干しナマコは中華食材の三大乾宝(ふかひれ、干しアワビ、干しなまこ)でもあります。中華料理の四大海味(フカヒレ、干しナマコ、魚の浮き袋、干しアワビ)でもあります。


肉団子料理です。最初のころは料理の写真を撮っていましたが、盛り上がって来ると白酒(パイチュウ)の乾杯の嵐になることから、この後の料理の写真は撮れませんでした。


締めは麺でした。


そして最後のデザートは果物でした。

タグ:中華料理

直売所が10mごと [天津]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックする拡大あの逆走の高速道路から降りて一般道路を走りました。渋滞の横に沢山の屋外販売店が並んでいました。写真のように10m間隔で売っていました。売っているのはブドウ(葡萄)です。右の畑がブドウ畑です。このあたりはブドウの産地のようでした。
渋滞で待っている運転手さんで葡萄を食べているいる人をよく見かけました。結構、売れているようです。待っていると、お腹がすいてくるのかな。
タグ:渋滞

冷やしそうめん [料理]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大これはつゆの美味しさを楽しむ冷やしそうめんです。
つけ汁につけて食べる、いつものソーメンもいいけれど、写真の冷たいそうめんが実家の味です。冷たいおすましにそうめんを入れてつゆを飲みながらそうめんを食べます。薄めの美味しいつゆを作る必要ががあるため市販のめんつゆではなくて、鰹節と昆布でだしをとってつゆを作ります。面倒なので普段は、なかなか出てきませんが、頼んで作ってもらいました。この冷たいつゆは全て飲めてしまいます。

上の写真はクリックすると拡大いたしますが、クリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。この写真もクリックするとさらに拡大いたします。
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いつもは左がわの素麺(上級品 0.70~0.90mm)を使いますが、今回はすこし奮発して高級な右がわの素麺(特級品 0.65~0.70mm)を使いました。他にもいろいろとランク があるようです。
素麺と冷麦の違いを調べると日本農林規格(JAS規格)の中で干しめんの表示基準として規定 されており、違いは太さでした。
            直径
    そうめん 1.3mm未満
    ひやむぎ 1.3mm以上~1.7mm未満
    うどん  1.7mm以上
                      
熱々の蟹おこわとも相性が良かったです。

                            

8月12日 帰省先でも、そうめん

現在、関西に帰省しています。一段と関東より暑い気がします。早速に揖保乃糸が昼食に出てきました。
IMG_6864-1242.jpg
                            
さすが糸と命名するだけのことはあります。


この日の具と薬味でした。



8月9日 暑い日は、そうめん

暑いです。この日のお昼も素麺にしました。
なぜか素麺よりもひらがなの"そうめん"の方が涼しい感じがします。カタカナではソウメンよりもソーメンの方が似合うと思うのは私だけでしょうか。思いっきり冷やした糸のようなそうめんは涼しさを満喫させてくれます。
今日は夕方のフライトで帰省です。これから数日間はあまりブログのアップは出来ないと思います。


関西出身なので"そうめん"は大好きな揖保乃糸 を食べることが多いけれど、お店で見慣れない素麺を見つけたので買ってみました。さくへい と言う銘柄です。すこし長めのそうめんでした。
そのうち、揖保の糸の写真も追加してみます。


具は定番の錦糸玉子とキュウリにハムです。少し切り方が雑だったかな。


近所の人から素麺のお裾分けがありました。
紙の帯には「手延」と「頑固」と「達磨」の文字!
さっそくネットで調べる と島原の手延べ素麺で「頑固達磨素麺」と言う銘柄でした。これも、かなりの細さです。食べるのが楽しみです。

                            
さっそく、食べてみました。
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今回は趣向をこらして竹にタレを入れて食べてみました。やっぱり自然のものは雰囲気を盛り上げてくれます。
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ムサシの朝の散歩 16歳4ケ月 追伸 8月8日~8月15日 [犬]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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我家のワンコ(名前:むさし)は、2階の我々の部屋で寝ています。朝起きるとすぐに散歩に行くようにしています。2016年8月7日は5時30分に起きました。ムサシにしては遅い時間で4時前に起きることもしばしばですが、起きたらすぐに散歩に連れていけるように早めに寝ています。さすがムサシも16歳4ケ月なのでトイレが近くなってきているからです。12時間以上大丈夫なこともあるのですが6時間で行った方が安全なのです。
階段を下りる時は万一のことを考えて胴輪を持って一緒に下りるようにしています。誕生日:2000年4月4日

1階に下りると玄関なのですぐに散歩に出発します。今日は勢いよく走って散歩に出発いたしました。→ポチッ
掲載させていただいた下の動画は散歩の後半です。角を曲がったとたんに家まで50秒間ほど猛然と走って帰ってきました。久しぶりに撮れた動画なので、是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。
昔は必ず毎日走って帰っていましたが、最近では走って帰るのは珍しく1週間に1~2度ほど有るか無いか程度ですが、走るときは中々の勢いで、近所ではムサシが16歳4ケ月であることは知られているので走っているところを見ると驚かれるそうです。私の受け持ちの朝の散歩は早いので近所の人に会うことは無いのですが、家内の夕方の時は会うことがあるそうです。


家に戻ると薬タイムです。今まではクスリが見えないように好物に包んであげていたのですが、その好物も食べなくなってきました。ここ1ケ月は、あえてクスリが見えるようにしてあげています。どうやら、この方がクスリであることは認識したうえで抵抗なく食べてくれます。
クスリの下はササミの細いソフトジャーキーを短く切って3個並べています。
薬は肝臓のクスリで脾臓の摘出手術以来、2種類を朝晩にそれぞれ1錠づつ計4錠/日を飲ませています。2015年5月20日から飲み始めたので計算すると、今までに1776錠も飲んだことになります。
  スパカール 40mg
  ウルソデオキシコール酸 100mg
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パクッと食べてくれます。
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この日は散歩から帰ってクスリを飲んだ後は、家内が寝ている2階の部屋に戻って1時間ほど寝てから1階に下りてきました。その時は降りる時の胴輪を持つサポートできませんでした。いつも見張っているわけではないので100%のサポートは出来ませんが少しでも事故の確率を減らすように心がけているのです。下の写真は2階に戻った時に時に撮ったもので、この後、寝ていました。冒頭の写真はこちらを拡大したものです。
左手前に写っている扇風機は、ムサシのために夜中回しています。
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追伸 2016年8月14日
2016年8月9日の朝の散歩も走って帰ってきました。4時5分からの散歩なので暗かったためにカメラは持っていきませんでした。
1週間程度、朝の散歩で走った時を、記録してみます。8月7日から8月15日の9日間で、出発時が 3回で、帰りに 3回の計6回走りました。
8月12日の出発時の走りは軽めでしたが動画で紹介します。
 2016年08月07日 05時35分 出発 帰り 動画あり
 2016年08月09日 04時05分 帰り
 2016年08月12日 04時50分 出発
 2016年08月15日 04時25分 出発 帰り


こちらは今朝2016年8月14日の朝の散歩です。道路脇の木に白い花が沢山咲いていたので撮りました。
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タグ: 散歩 むさし

手延素麺を同時に食べて比較してみました。 [話題]

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何十年と食べ続けて来た手延素麺と、値段は安いけれども十分に美味しいと思った手延素麺を同時に食べて比較してみました。上の写真が何十年も食べ続けて来た手延素麺で値段も同じクラスの中でも一番高いのです。毎年、同じクラスで安い別のメーカーの手延素麺があると買ってみて比較してみました。ただし同時に食べることはありませんでした。食べて見ると同時に食べなくでも明らかに何十年も食べ続けて来た手延素麺の方が美味しいので、結局は同じメーカーの手延素麺を食べ続けてきたのです。

下の写真が同時に食べて比較した手延素麺です。
実は数日前にディスカウント・スーパーで、細くて美味しそうだけれども安い手延素麺が、お薦めとして売れらていたので買って食べてみて美味しかったのです。いつも食べている手延素麺に比べても、美味しさが負けていないように感じられたので、決着をつけるために同時に食べてみることにいたしました。
幸いにもパッケージに書かれている茹で時間も同じ1分半なので別の鍋で同時に茹でました。
大きめの鍋で沸騰したお湯の中に素麺をバラバラと入れ、1分半にセットしたタイマーを押し、かるく混ぜます。ふきこぼれそうになったら火を弱め、軽く沸騰させてタイマーが鳴るまでゆでました。ゆであがったら素早くざるに入れて冷水でもみ洗いしました。
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こちらが定番のハムとキューリと錦糸卵の具です。
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薬味は茗荷(みょうが)を用意いたしました。
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薬味としてシソ(大葉)も用意いたしました。
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同時に食べてみて美味しかったのは、安い方の手延素麺だったのです。
素麺の書き方を検索すると一番多かったのが「そうめん」でした。カタカナではソウメンよりソーメンがしっくりきますが、記事内では「そうめん」や「ソーメン」ではなく「手延素麺」をつかわさせてもらいました。
  "そうめん" 約17,800,000件 約320件
  "素麺"   約7,950,000件 約281件
  "ソーメン" 約1,130,000件 約375件
  "そーめん" 約497,000件 約177件
  "ソウメン" 約54,600件  約327件
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横に並べてみました。中央から左側が何十年も食べて来た手延素麺で、右が安い手延素麺です。写真で並べて比較してみると右の方が、若干ですが細く感じられました。今回、なぜ右の方が美味しく感じられたのかは、判りませんが細さも関係しているのかもしれません。同じメーカーであれば細い方が高いです。美味しさの要素として茹で時間も大きく関係しますが、食べた感触では両方ともに茹で時間は問題ないと感じました。
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こちらが軍配が上がった島原名産・手延素麺です。安くて美味しかったので紹介させてもらいました。もちろんいつも食べていた手延素麺も美味しいです。味に関しては僅差なので茹で加減で逆転もあり得るし、同時に食べないと判らないほどの違いでした。
紹介の手延素麺は、同じディスカウント・スーパー店内では、いつもの手延素麺より約90円も安かったです。一般のスーパーで買った、いつもの手延素麺に比べると約120円も安かったのです。細くて美味しい手延素麺なのに安かったのは、その時だけ特別に安くしていたのだと思います。おかげで美味しい手延素麺を見つけました。
 名前 手延べそうめん(手延素麺)
 会社 株式会社川崎 手延べ素麺工場
 住所 長崎県南島原市西有家町須川141-2
 電話 0957-82-3339
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色サンプル [裏ワザ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。



ルーブル美術館を題材にした前記事で建物の建設年を色分けで表現いたしました。その時の21種類の色サンプルの中の17番()の色サンプルの表示方法を枠内に記載いたしました。中の「?」の数値を変えることでいろんな色やサイズを表現することが出来ます。枠内は画面のハードコピーですが、コピーして使ってもらえるように、下のコメント欄に記載いたしました。
 色  background-color: rgb(???,???,???)
 寸法 font-size:???%
 高さ height: ?.?em
 幅  width: ?.?em


色を表現するrgb(???,???,???)の3つの数値は3原色の割合のようです。下記に要素を変えたサンプルを表示いたしました。
  background-color(色) font-size height  width
 01 rgb(239,176,20)  80%  1.0em  1.0em
 02 rgb(89,145,134)  80%  1.0em  1.0em
 03 rgb(140,165,61)  80%  1.0em  1.0em
 04 rgb(181,98,98)   80%  1.0em  1.0em
 05 rgb(178,116,116)  80%  1.0em  1.0em
 06 rgb(155,75,123)  80%  1.0em  1.0em
 07 rgb(146,163,75)  80%  1.0em  1.0em
 08 rgb(249,203,13)  80%  1.0em  1.0em
 09 rgb(191,179,92)  80%  1.0em  1.0em
 10 rgb(195,176,145)  80%  1.0em  1.0em
 11 rgb(234,167,87)  80%  1.0em  1.0em
 12 rgb(86,142,191)  80%  1.0em  1.0em
 13 rgb(133,104,175)  80%  1.0em  1.0em
 14 rgb(195,176,145)  80%  1.0em  1.0em
 15 rgb(186,96,173)  80%  1.0em  1.0em
 16 rgb(59,103,147)  80%  1.0em  1.0em
 17 rgb(211,89,89)   80%  1.0em  1.0em
 18 rgb(242,203,42)  80%  1.0em  1.0em
 19 rgb(106,137,102)  80%  1.0em  1.0em
 20 rgb(204,119,34)  80%  1.0em  1.0em
 21 rgb(60,100,165)  80%  1.0em  1.0em
 22 rgb(100,100,100)  80%  1.0em  1.0em
 23 rgb(255,0,0)    80%  1.0em  1.0em
 24 rgb(0,255,0)    80%  1.0em  1.0em
 25 rgb(0,0,255)    80%  1.0em  1.0em
 26 rgb(255,255,0)   80%  1.0em  1.0em
 27 rgb(255,0,255)   80%  1.0em  1.0em
 28 rgb(0,255,255)   80%  1.0em  1.0em

色サンプルの大きさも数値を変えて試してみました。ちなみに冒頭の真赤な横棒も同じ方法で書きました。
 17 rgb(211,89,89)  80%  1.0em  1.0em
 17 rgb(211,89,89)  100%  1.0em  1.0em
 17 rgb(211,89,89)  80%  1.5em  1.5em
 17 rgb(211,89,89)  100%  1.5em  1.5em
 17 rgb(211,89,89)  200%  1.5em  1.5em
 17 rgb(211,89,89)  300%  1.5em  1.5em
 17 rgb(211,89,89)  300%  1.0em  1.5em
 17 rgb(211,89,89)  300%  0.5em  1.5em


上の裏ワザを使って書いた前記事・ルーブル美術館の「古代エジプトとオリエントのエリア」の内容の一部を下に転記いたしました。
 NO   建築年     フランス統治者
  1 1546~1549年 フランソワ1世、アンリ2世
  2 1559~1574年 フランソワ2世、シャルル4世、アンリ3世
  3 1564~1570年 カトリーヌ・ド・メディシス
  4 1566~1566年 カトリーヌ・ド・メディシス
  5 1570~1572年 カトリーヌ・ド・メディシス
  6 1595~1610年 アンリ4世
  7 1595~1610年 アンリ4世
  8 1595~1610年 アンリ4世
  9 1624~1654年 ルイ13世、ルイ14世
クリックすると拡大 10 1653~1655年 ルイ14世
 11 1659~1662年 ルイ14世
 12 1659~1664年 ルイ14世
 13 1661~1664年 ルイ14世
 14 1664~1666年 ルイ14世
 15 1664~1666年 ルイ14世
 16 1667~1670年 ルイ14世
 17 1806~1811年 ナポレオン1世
 18 1816~1824年 ルイ18世
 19 1852~1857年 ナポレオン3世
 20 1861~1870年 ナポレオン3世
 21 1874~1880年 フランス第三共和政府
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ルーブル美術館の航空写真も紹介します。上の図と比べて見てください。
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タグ: 裏ワザ

古代エジプトとオリエントのエリア [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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こちらがルーブル美術館(ルーヴル美術館)全体の見取図です。
大きく分けて、南側のドゥノン翼(DENON)と、北側のリシュリュー翼(RICHELIRU)と、東側のシュリー翼(SULIY)にと呼んでいます。建物は地下2階から3階まであります。

現在の建物は1546年から1880年の334年間に各世代の統治者によって建てられました。最も古い部分は467年前の1549年に建てられたことになります。昔は右下の図のように一番西側にリシュリュー翼とドゥノン翼をつなぐ建物(点滅している建物 3 5 8 11 14)がありました。1681年にルイ14世がフランス王宮をルーブル宮殿からヴェルサイユ宮殿に遷すまで、ルーブル美術館は王宮として使われていました。図をクリックすると建物の番号(NO)が判ると思います。
 NO   建築年     フランス統治者
  1 1546~1549年 フランソワ1世、アンリ2世
  2 1559~1574年 フランソワ2世、シャルル4世、アンリ3世
  3 1564~1570年 カトリーヌ・ド・メディシス
  4 1566~1566年 カトリーヌ・ド・メディシス
  5 1570~1572年 カトリーヌ・ド・メディシス
  6 1595~1610年 アンリ4世
  7 1595~1610年 アンリ4世
  8 1595~1610年 アンリ4世
  9 1624~1654年 ルイ13世、ルイ14世
クリックすると拡大 10 1653~1655年 ルイ14世
 11 1659~1662年 ルイ14世
 12 1659~1664年 ルイ14世
 13 1661~1664年 ルイ14世
 14 1664~1666年 ルイ14世
 15 1664~1666年 ルイ14世
 16 1667~1670年 ルイ14世
 17 1806~1811年 ナポレオン1世
 18 1816~1824年 ルイ18世
 19 1852~1857年 ナポレオン3世
 20 1861~1870年 ナポレオン3世
 21 1874~1880年 フランス第三共和政府
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ルーブル美術館の航空写真も紹介します。上の図と比べて見てください。
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先ずは各階の見取図から紹介したいと思います。
地下2階は美術館の入口であるエントランスとなっている大ホールがあるだけで展示は地下1階から3階です。大ホールからは次の3方向への入口がありますが、初めての方はモナリザなどの有名な絵画が展示されているドゥノン翼(DENON)への入口を入ることをお薦めします。
 南側入口 ドゥノン翼   DENON
 北側入口 リシュリュー翼 RICHELIRU
 東側入口 シュリー翼   SULIY
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地下1階です。ドゥノン翼にヨーロッパの彫刻とオリエント・エジプト美術とイスラム美術が展示されています。中世の遺構がシュリー翼にあります。
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1階では主に古代美術が展示されています。今回の記事での紹介のは主にこちらになります。有名なミロのヴィーナスもこちらにあります。
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2階の展示スペースは最も広いです。モナリザを初めとする有名な絵画が多数展示されています。
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3階には絵画が展示されていていますが、見学者は2階に比べると少ないことから静かなエリアになっています。すでに紹介した絵画を模写している人も、こちらのエリアで多く見ることが出来ます。
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古代エジプトエリアには地下の遺構を見学した後に入りました。そこから古代エジプトと古代オリエントの展示物を見学しましたが圧倒的な数に驚いたので、その多さを紹介したくて沢山の写真を掲載いたしました。
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古代エジプトと古代オリエントは主に1階でしたが古代エジプトに関しては2階と地下1階の一部でも展示されていました。見取図をクリックすると2階を表示します。


エジプトエリアに入るとエジプトらしい沢山の石像に迎えられました。
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貴重なものがガラスケースの中に並べられて展示されていました。どれも興味深いものばかりでした。
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古代の生活がしのばれるようなものも沢山ありました。こちらは古代のエジプトの船です。
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木で作られた器具も沢山展示されていました。
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彩色された石板も沢山ありました。
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こちらも石板です。
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沢山の壺もありました。生活の中で使われたものだと思います。下が尖っているので地面に突き刺して使われたのかもしれません。
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石で出来たもの木で出来たものです。
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金属製の像も沢山展示されていました。
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見事な品々でした。
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打屋の写真の奥のガラスケースです。紀元前の物が見事に残されているのに驚かされます。
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いろんなものが展示されていました。
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木製の椅子なども今でも座れそうな状態で残っているのに驚かされました。タイトルには「Harpe cintrée」や「Harpe cintrée d'Imenmès, musicien du dieu Amon」と書かれていました。
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楽器類も沢山ありました。これらの楽器は紀元前1550~1295年の間のものだそうです。
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スフィンクスの石像は沢山展示されていました。その中の一つです。
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小さなスフィンクスもずらりと並べられていました。誰かに似ている顔もありそうです。
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大きな柱や石像が展示されているエリアです。
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広い部屋に大きなものから小さなものまで展示されていました。
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貴重な石板なのでしょうね。ガラスケースに入れられていました。
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古代エジプトは1階と2階で展示されていました。それをつなぐ階段です。2階から1階に下りました。
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一階に下りると中庭が見れました。中世にルーブル城の中心があったシュリー翼と呼ばれている場所です。地下に遺構があります。
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こちらは棺(ひつぎ)だと思います。見事な絵が描かれていました。
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鳥のような顔をしています。もしかしたら子供の棺かもしれません。
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こちらにも沢山の棺が展示されていました。
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石で出来た石棺も展示されていました。彩色された色が残っています。
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このあたりから古代オリエントの展示です。
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不思議な石の石像です。名前はFragment de cippe décoré d'un atlanteです。現在のシリアのHauranという場所で発見されたもののようです。
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部屋の中央に置かれていた石像の説明板にはStèle funéraire d'une femmeと書かれていました。置かれていた場所から有名なものだと感じました。
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こちらも皆さんから注目されていました。紀元前2世紀のCippus from Malta と呼ばれているもののようです。クリックすると台座の碑文が読めると思います。ただし読むことが出来るのは古代文字が判る人に限ります。
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Sarcophage(石棺)と書かれていました。紀元前300年ごろの石棺です。
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石で作られたものだ展示されているエリアでした。
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螺旋階段で1階に戻りました。
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石の壁に描かれたライオンの絵です。こちらも見事でした。
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反対向きのライオンの絵も展示されていました。上とは左右対称に配置されていたのかもしれません。
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こちらの部屋の周囲にも絵が描かれた石板が飾られていました。
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園部屋の真ん中に神殿の柱の頂部の飾りが展示されていました。
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上の写真の飾りがつけられた巨大な柱が60本以上使われていたことから巨大な建物だったことが想像できました。
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飾りの部分を特別に拡大いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。
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日本の土偶に似たものもありました。案内板にはStatue-récipient anthropomorpheと書かれていました。イランから出土したもののようです。
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古代オリエントのものだ広い空間に沢山展示されていました。
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不思議なデザインのものが多かったです。現代でも通用する見事なデザインです。
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船の帆の柱でしょうか。木製の柱です。
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不思議な石もありました。これはTable ornée de serpents et de divinités aux eaux jaillissantesです。少なくとも飾りの中にヘビがいました。紀元前14世紀と書かれていました。
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曰くありげな黒い石です。こちらはStatue de la reine Napirasu, épouse d'Untash-Napirishaです。紀元前1340~1300年のものです。
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上のStatue de la reine Napirasu, épouse d'Untash-Napirishaが部屋の中央に展示されていることが判ってもらえると思います。
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ガラスのケースにも沢山展示されていました。
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見事な壺です。
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こちらのエリアでは石板が沢山飾られていました。
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その中でも一番目立っていた石板です。
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有名なものです。
これはサルゴン2世宮殿の飛牛とよばれています。教科書でみたことがあります。メソポタミアのアッシリア帝国のサルゴン2世が紀元前70年頃に作った宮殿に飾られていた彫刻です。
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通路の両側に飛牛が置かれていると迫力があります。
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別の角度から見た飛牛です。
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飛牛は沢山展示されていました。
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蛙のブロンズ像かと思いましたが、タイトルはStatue de lionと書かれていることからライオンの像の上半身のようです。紀元前2世紀初めのブロンズ像は珍しいのだと思います。
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紀元前1792~1750年のCode de Hammurabi, roi de Babyloneです。有名なバビロンの王のハンムラビ法典の記念碑です。ハンムラビ法典はメソポタミア文明の象徴だそうです。紀元前18世紀にバビロンの王によって建てられた玄武岩製の背の高い碑は、聖書の律法以前に作られた最も完全な古代の歴史的著作と法令集だそうです。紀元前12世紀にイランにあった近隣の国エラムの王によって運び去られた記念碑だそうです。
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ハンムラビ法典の記念碑の頂部の彫刻の部分を拡大いたしました。
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ライオンの飾りです。これはTête de lion gardien de templです。
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ギリシャ彫刻エリアに行く通路です。
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古代オリエントのエリアからはギリシャの石像エリアに出ました。
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そこからの外の景色です。今回の記事でルーブル美術館の記事を終了したいと思います。今までに掲載したルーブル美術館の記事を紹介します。タイトルをクリックすると記事を表示します。
 ・ホテルからのルーブル美術館までの景色 オペラ通り
 ・お掃除ロボット
 ・ルーブル美術館 モナリザ
 ・ルーブル美術館は若い人たちの歴史の勉強の場
 ・模写している光景も絵になっていました。
 ・ミロのヴィーナス
 ・ループル美術館の地下に埋もれていたものは
 ・ループル美術館で、あこがれのランチ
 ・絵画と石像だけではありませんでした。
 ・古代エジプトとオリエントのエリア
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ねぎみそせん 久世福商店 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先日、千葉県印旛郡酒々井町にある酒々井アウトレットの行って趣のある食料品店に入って美味しそうな煎餅を見つけたので買ってきました。ねぎ味噌が塗られた煎餅のようです。パッケージには、煎餅を買ったお店の名前である久世福商店が書かれていました。しかし、売られているものは、いろんな食品が売られており、煎餅屋と言うわけではなさそうでした。調べてみると昭和九年に東池袋で創業し、後に総合食材問屋として発展を遂げたお店だそうです。
 店名 久世福商店 プレミアム・アウトレット酒々井店
 住所 千葉県印旛郡酒々井町飯積2丁目4番1
    酒々井店プレミアム・アウトレット区画1645 
 電話 043-497-3991

さっそく食べてみました。不思議な煎餅で、表面はしっとりしているのです。
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しかしながら、中はパリッとしていて湿気ているわけではないのです。新しい食感であり味の煎餅でした。
このような煎餅を探し出して商品化した感じがしました。
どうやら、良い食材を選ぶセンスで大きくなり、オリジナル商品まで手掛けるようになったお店のようです。調べて見ると、すごい勢いでお店を増やしていることが判りました。6月と7月だけで7店舗も新しく開店していました。その中には我が家から車で5分で行ける新しく出来たイオンタウンにもオープンしていました。
 新規開店の店舗数
  2016年7月 4店舗 ( 富士宮 熊本 広島 千歳 )
  2016年6月 3店舗 ( 横浜 浦和美園 ユーカリが丘 )
 近くのイオンタウンにオープンしたお店
  店名 サンクゼール・久世福商店 イオンタウンユーカリが丘店
  住所 千葉県佐倉市西ユーカリが丘6丁目12番地3
     イオンタウンユーカリが丘店 1F区画NOW101
  電話 043-309-8585
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全国にはどれだけのお店があるのか調べてみました。全体で48店舗に対して、2ケ月で7店舗をオープンさせていることから、全国で厳選した食材(こだわり商品)を提供していることが受け入れられて急速に伸びているお店だと感じました。我々も煎餅だけでなく3品ほど買いました。右下は善光寺大門本店の写真で、ネットから転用させてもらいました。地図は系列のサンクゼールなども含めてます。数値の店舗数は久世福商店のみを示しています。
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   3店 北海道・東北
   18店 関東
   6店 甲信越
   3店 東海
   8店 近畿
   5店 中国・四国
   5店 九州・沖縄
   48店 合計
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初めて作ったレモングラスの自家製ハーブティー [植物]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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レモングラスを1株ほどKazeさんから頂きました。レモングラスは南インド、スリランカ、東南アジアに多く生息する、笹のような細長い葉をつけて高さが1.5mにかる植物でハーブとして利用されている植物です。名前のようにレモンを強烈にしたような香りがあります。香りはレモンの香味成分であるシトラールを含有しているためだそうです。レモングラスはハーブ・ティーとして利用されています。

ハーブティーを作るためには先ずは乾燥させます。風で飛ばされてしまわないように写真の食品乾燥用の籠をジョイフル本田で買ってきました。間が悪いことに干している期間中は短時間ですが、毎日雷を伴う雷雨がありました。写真は2階のバルコニーで干している状態ですが、雨が降っている時は1階のバルコニーの下で干しました。天気が良ければ3日間で十分と聞いていましたが、結局は4日間干しました。
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これが4日間ほど干して乾燥させた状態です。ススキのように細い葉であることが判ってもらえると思います。
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乾燥させた葉を1cmの長さに料理用ハサミで切りました。乾燥させたハーブティーは初めて作りました。驚くほどの香りが漂っていました。
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保管用の瓶にいれた状態です。ティーの入れ方は、適量ポットに入れて、熱湯を注ぎ、香りを逃がさないように素早くふたをして3~5分おきます。
ネットに書かれていたレモングラス・ティーの効用は次の通りです。
 ・殺菌作用があり、発熱や頭痛などの、風邪の初期症状
 ・胃腸の調子を整える作用、食後におススメ
 ・食欲不振、食べ過ぎによる胃もたれ、お腹のガス抜きなど
 ・レモンに似たさわやかな香り成分によるリフレッシュ
 ・仕事や勉強など集中
 ・貧血に対しても有効
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さっそくレモングラス・ティーをいただいてみました。ハーブティー用のガラスのティーカップは無いので広めのガラスのコップでいただきました。右の菓子は7月31日に横浜で開かれた全日本きもの着付選手権全国大会に参加した家内が記念のお土産として買ってきた神戸名物の瓦煎餅です。残念ながら予選で敗退したそうです。ちなみに予選は9分、前々決勝は8分、準決勝は7分、決勝は6分で着付けを完成させなければならないそうです。
 レモングラスの主な芳香成分
  アルデヒド類       シトラール  (70~80%)
  モノテルペンアルコール類 シトロネロール(~10%)
               ゲラニオール (~5%)
  モノテルペン炭化水素類  リモネン   (~5%)
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昨日もレモングラスのハーブティーをいただきました。
クリックすると拡大レモングラス(Cymbopogon citratus)の分類を紹介します。右の写真はWikipediaから転用させていただきました。
 界 : 植物界    Plantae
 門 : 被子植物門  Magnoliophyta
 綱 : 単子葉植物綱 Liliopsida
 目 : イネ目    Poales
 科 : イネ科    Poaceae
 属 : オガルカヤ属 Cymbopogon
 種 : レモングラス Cymbopogon citratus
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レモングラスの株をいただいた時は切られていなかったので、上から3枚目の乾燥した写真を見ていただいたら判るように、ススキのような感じでした。
2016年8月1日に切って葉を干し始めて8月5日に籠から出してカットしてハーブ・ティーとしていただきました。写真は翌日の8月6日にレモングラスの株を撮ったものですが、驚いたことに5日間で半分以上の葉が180mmも延びていました。また、すぐに収穫できそうです。
多年草ですが、冬は葉が枯れるそうです。暖かいところの植物なので、寒さに弱いために、冬の間は株の部分を保温してやる必要があると聞いています。
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絵画と石像だけではありませんでした。 [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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先日フランス旅行に行ったときに4日目にパリでルーブル美術館に行き、今までにいくつか紹介いたしました。ルーブル美術館では絵画ではモナリザをはじめとして沢山る名画があり、石像でもミロのブィーナスを筆頭に沢山の石像が展示されています。今回、館内を見学して絵画や石像以外に、装飾品や各種の器や小物なども沢山展示されていることを知りました。その雰囲気を感じていただきたくて本記事を掲載いたしました。こちらの入口を入っていくと、それらの装飾品や各種の器や小物などが展示されていました。

上の写真の部屋の天井にも見事な絵が描かれていたので紹介します。
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入口を入ると王宮であったことを偲ばせる見事な部屋の中に展示されていました。
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壁にはネックレスなどが飾られ、その下には小さな壺が並べられていました。かなり古いもののようでした。
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古い時代のガラスの器も展示されていました。このようなガラスの器は貴重だったのだと思います。
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さすが王宮だったので天井も部屋ごとに雰囲気が変わります。
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コーナー部の飾りが見事だったのでし野心を撮りました。
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見事な部屋に沢山の展示品がありました。
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雰囲気を感じてもらいたくて見上げた写真も掲載いたしました。
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沢山の部屋が連なっていました。
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こちらの物はCasque votif en forme de pilosと書かれており紀元前350~325年のものようです。Casqueの言葉から、頭のかぶりものであることは分かりました。
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上の頭の飾り物があった部屋の展示物です。
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石の置物も展示されていました。こちらも降るそうです。
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見事な金の置物です。こちらは紀元前874~850年の品物のようです。
Pendentif au nom du roi Osorkon Ⅱ: la famille du dieu Osirisと書かれていました。こちらは有名なもののようです。ネットで沢山出てきます。→ポチッ
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同じ部屋に飾られていたものです。
同じ地域の同じ年代のものと推察しました。
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これらの器も古いもので珍しいものだともいます。
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こちらの部屋の天井は雰囲気が違っていました。
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こちらには金の装飾品が並べられていました。
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不思議な置物もありました。
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金属の食器も沢山展示されていました。これ以外にも沢山の展示物がありました。限られた写真の紹介ですが雰囲気を感じてもらえたでしようか。
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背景色 アイコン等 [裏ワザ]

背景色と色文字の組み合わせ例です。
クリックすると拡大背景色 黄色
背景色 濃緑
背景色 濃い紫色
背景色 紫色
背景色 紫色
背景色 紫色
背景色 黄緑
背景色 灰色
背景色 灰色
背景色活用記事 http://makkurokurosk.blog.so-net.ne.jp/2010-06-21

古いマークを使ったGoogleマップです。
http://goo.gl/maps/eUp25
M-1  輪王寺大護摩堂
M-2  輪王寺 本堂 三佛堂
M-3  奥宮拝殿
M-4  陽明門
M-5  表門
M-6  石鳥居
M-7  参道入口
M-8  参道入口→石鳥居→表門
M-9  表門→陽明門→奥宮拝殿
M-10 標高634m
M-11 三猿
M-12 想像の象
M-13 坂下門
M-14 眠り猫
M-15 M-15.gif菊花展
M-16 M-16.gif福餅の販売所

現在のGoogleマップのマークはこちらです。
P-1  赤色
P-2  青色
P-3  緑色
P-5  紫色
P-6  黄色
P-7  空色
P-8  茶色
P-9  うぐいす
P-10 薄緑
P-11 薄青
P-12 臙脂
P-13 オレンジ
P-14 薄赤紫
P-15 薄灰色
P-16 黒色
P-17 濃灰色
P-18 白色
P-19 ピンク
P-20 薄青緑
P-21 橙色
P-4 

R-01
R-02
R-03
R-04
R-05
R-06
R-07
R-08
R-09
R-10
R-11
R-12
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R-14
R-15
R-16
R-17
R-18
R-19
R-20
R-21
R-22
R-23
R-24
R-25
R-26
R-27
R-28
R-29
R-30

記事内でよく使うフレーズを残しておきます。
プレーボタン( )
画面の中のYouTubeの文字の部分、或いは右下の [  ] をクリックすると大きな画面で動画を見ることが出来ます。


地図上のアイコン地形図をクリックしてみてください。
地図上のアイコン写真をクリックしてみてください。
地図上のアイコンマイナスをクリックしてみてください。
地図上のアイコン地図をクリックしてみてください。
地図上のアイコンプラスをクリックしてみてください。
航空写真上のアイコンマイナスを数回クリックするとマリンドライブの場所がわかってくると思います。表示が空空写真ではなく地図の方はアイコン写真をクリックすると航空写真に切り替わります。

写真サイズ 詳細→ポチッ
width="88"


width="112"


width="153"


width="233"

タグ:裏ワザ

久しぶりに家でヤモリに出会いました。 [動物]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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夜に窓のシェードを上げると、なんとヤモリが窓ガラスの外側に張り付いていました。子供のころは、よく見かけましたが、今の家に引っ越してきて見た記憶はほとんどありませんでした。少なくとも10年は間違いなく家では見ていないのです。珍しく、すぐに外に出て写真を撮ろうと窓のところに行きましたが逃げた後でした。

ほんと珍しかったので拡大写真も掲載させてもらいました。ヤモリと言えば、北川景子さん主演で今人気のドラマ「家売るオンナ」の第2話でヤモリが登場していたことを思い出しました。その中で「ヤモリがでる→ヤモリは家守とも書くぐらい家を守る生き物。害虫駆除をしてくれる。」と説明していました。確かにネットでも、生息地では人間に身近な存在で、人家内外の害虫を捕食することから家を守るとされ、漢字では「家守」あるいは「守宮」と書かれて古くから親しまれていたと書かれていました。
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足の裏の縞々で垂直なガラスでもくっ付いて歩けるのですね。吸盤のような構造ではなく先端がナノサイズの毛のような構造で、分子間の引き合う力で体重をも支えて、くっ付いているようです。その毛で出来ている縞状の部分の正式名は趾下薄板(しかはくばん)と呼ばれる器官です。


ヤモリの足の裏がガラスにくっ付く毛の先端の電子顕微鏡写真をネットから転用させていただきました。ガラスに張り付くファンデルワールス力の説明はこちらです。→ポチッ


ヤモリの生息場所の特徴は、都市部では個体数が多く、郊外では少なくなり、日本では原生林には生息しないそうです。このことはヤモリが昔から人と深くつながりがあったことを示しています。
確かにヤモリを見なくなったのは23年前に新しく出来た町に引越してきてからです。そしてこの街もヤモリが住む街になってきたということのようです。
冒頭の説明でシェードと呼んだのは、下の写真のものです。一般的にはシェル・シェードあるいはハニカム・シェードと呼ばれています。
我が家で使っているHunter Douglas(ハンター ダグラス)社の製品名はデュエット・シェードです。
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ヤモリ(家守)は爬虫類で、イモリ(井守)は両生類です。ヤモリの正式分類を紹介します。右のヤモリの写真はWikimediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大  門 : 脊索動物門  Chordata
 亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
  綱 : 爬虫綱    Reptilia
  目 : 有鱗目    Squamata
 亜目 : トカゲ亜目  Sauria
 下目 : ヤモリ下目  Gekkota
  科 : ヤモリ科   Gekkonidae
 亜科 : ヤモリ亜科  Gekkoninae
  属 : ヤモリ属   Gekko
  種 : ニホンヤモリ G. japonicus

クリックすると拡大参考 家売るオンナ 「私に売れない家はない」
 三軒家 万智(さんげんや まち)の言葉
   私に売れない家はありません。
   私の仕事は家を売ることです。
   私が家を売りました。
   GO!! ( ゴー! )
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家売るオンナの主題歌であるGReeeeNの「 beautiful days 」を紹介します。

タグ:やもり

ループル美術館で、あこがれのランチ [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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せっかくルーブル美術館に来たのだから館内のレストランで食事をしたくなりました。上の写真は入ったレストランの席からの景色です。目の前にガラスのピラミッドが見える場所で、正面の建物の高くなっているところがモナリザが展示されている場所です。建物は対象なので我々食事をした場所も同じように高くなっている最高の場所なのです。ピラミッドの先端が向かいの建物の高い部分の窓の位置と一致していることから我々も中央も窓の位置で食事をしたことになると思います。

矢印(↓)のところがランチを食べた場所(ナポレオン3世の居室の隣)です。
写真をクリックして拡大してもらうと、宮殿で食事をさせてもらった実感をお伝え出来るかもしれません。
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メニューを見てもよくわからないのでコースランチを選びました。また選んだ料理もどのようなものが出てくるのかわからないのでワクワクしながら待っていると、ホットサンドが主体のプレートが出てきました。お皿に乗っているのはホットサンドイッチとサラダとジャガイモです。
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夏炉冬扇さんがジャガイモも興味をお持ちなので、ジャガイモの部分を追加でアップさせていただきました。クリックするとさらに拡大します。
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こちらは席についてランチを食べると伝えた時に最初に出された無料のパンです。フランスらしい美味しいパンでした。
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飲み物は紅茶を頼みました。隣の席ではワインを飲まれていましたが、夕食でワインバーに行くことになっていたのでワインをあきらめました。
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紅茶にはチョコレートがついてきました。
ANGELINAがレストランの名前です。
Maison fondée en 1903と書かれていたことから、ここに出店している街の中のお店は1903年に創業したようです。


こちらが私が頼んだランチです。玉子とハムと野菜のホットサンドです。4コ乗っているので結構なボリュームでした。
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こちらが娘が頼んだホットサンドで、チーズとトマトと玉子と野菜が入っていました。当然ですが交換して両方を味わいました。
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こちらがテーブルに乗った状態です。パリではそこそこの高級レストランでも幅の狭いテーブルが普通なのです。周辺ではデザートを皆さん食べておられてレストランの人にも聞かれたのですが、これで十分だったのでデザートは頼まなかったのですが、レストランの食事を紹介する観点から考えると頼むべきでした。でも十分にゆっくり食事が出来たので、ルーブル美術館に来ていることを実感させてもらえました。
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レストラン入口の写真です。レストランはリシュリュー翼2階のナポレオン3世の居室の横にありました。お店を紹介いたします。調べてみるとAngelinaは日本にもお店を出していました。
 店名 Café Richelieu / Angelina
    カフェ・リシュリュー/アンジェリーナ
 住所 ループル美術館内
 電話 01-4927-9331
 定休 ループル美術館休館日
 営業 10:00~17:00 夜間開館日は延長(~21:00)
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食事をしたレストラン( )の場所を紹介します。今回のお店は入口の写真でも判るように本格的なレストランでしたが、軽い食事が出来るカフェ( )も見つけました。美術館内で逸れた時は、そこで待ち合わせることにしていました。
ループ美術館は年間に926万人(2014年)が訪れます。火曜日が休館日なので平均すると1日に29,598人が訪れていることになります。これは平日も入れた数値なので土日祝日は、さらに沢山の人が訪れていることでしょう。
 2階 Café Richelieu / Angelina 食事をしたレストラン
 2階 Café Mollien
 2階 モナリザ
 1階 ミロのヴィーナス
 地下 14世紀のルーブル城の中心を示す遺構


Café Mollien( )も紹介します。軽い食べ物やケーキはショーケースから選ぶ形式です。飲み物を頼んで奥のテーブルで食べます。
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そのお店も紹介いたします。
 店名 Café Mollien
 住所 ループル美術館内
 電話 01-4927-9983
 定休 ループル美術館休館日
 営業 10:30~17:00 夜間開館日は延長(~19:00)
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ループル美術館の地下に埋もれていたものは [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

上の航空写真で黄色のライン(━━)で囲まれた中にある建物が全てルーブル美術館です。Google地図で計測した敷地の大きさは長さ700mで幅は336m(西)~206m(東)で広さは198,000㎡(19.8ha)です。世界で最も入場者数の多い美術館でもあります。赤色ライン(━━)が今回歩いた地下の遺構の場所です。
 敷地面積      198,000㎡(Google地図計測)
 展示スペース    60,600㎡
 収蔵品数      380,000点以上
 展示公開美術品   35,000点
 来館者数      926万人(2014年) 世界1位
 美術館として開館  1793年
 建物の歴史の始まり 12世紀 ただし、これ以前は不明 

ルーブル美術館は世界最大級の美術館(博物館)であるとともに世界最大級の史跡の一つでもあります。もともとルーブル美術館はフィリップ2世が12世紀に要塞として建設したルーブル城でした。その後、幾度となく増改築が繰り返されて、現在の建物となりルーブル宮殿として使われるようになりました。しかしながらルイ14世が1682年にヴェルサイユ宮殿を王宮に選んだことで、ルーブル宮殿は、宮殿としての役割を終わりました。その後のルーブル宮殿の主たる役割は、1692年以来収集されてきた古代彫刻などの王室美術品コレクションの収蔵、展示場所となりました。そして美術館として正式に開館したのは1793年でした。見取図→ポチッ
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下記の絵はWikipediaに掲載されていたシャルル5世(在位1364年~1380年)時代のルーヴル城です。冒頭の地図で赤色マーク( )の場所に下記の建物がありました。しかしながら現在のルーブル美術館や周辺の地上で、要塞であった時代のルーブル城の痕跡を見ることが出来ません。
クリックすると拡大ルーブル城の発掘は1866年(ナポレオン3世時代)に行われましたが、本格的な発掘調査が行われたのは1984年~1986年です。ルーブル美術館の地下でもガラスのピラミッドを建設(1985年~1989年)する際に天守塔の土台や城壁や堀などが発見されて1989年からルーブル美術館の地下スペースで見学できるようになったそうでする。ここでは、その遺構を紹介したいと思います。
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城壁などの遺構を見ることが出来る地下にはミロのヴィーナスの近くの、こちらの場所から入りました。
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ミロのヴィーナスからエジプト関係の展示エリアへの地下通路が遺構なのです。通路はL型に曲がっています。最初の直線の景色です。
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少し進んだ景観です。説明を聞いておらず私の感想ですが、左側が城の建物の基礎部分で、左が城壁のように見えます。
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通路の左側の城壁です。城から見るとセーヌ川側の時様壁になります。
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遺構はさらに地下深くにあり、その部分は床がガラス張りになっていました。
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L字型の通路を曲がってすぐの景色です。やはり左側が城の建物の基礎部分で、左が城壁のように見えます。
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通路の奥にエジプトエリアへの入口が見えます。
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エジプトエリアの入口から振り返った景色です。
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城の塔の土台と思われる部分を拡大いたしました。
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入口を進んでから振り返った景色です。右の壁にLOUVRE SULLY MEDIEVALと書かれています。これからLouvre médiéval であることが判りました。
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クリックすると拡大今回、見学したL字型の地下通路は下の案内板でLES FOSSÉSと書かれて部分です。今回見逃しましたが、今回見た以外にも沢山の遺構があることが判りました。最初に紹介した右のシャルル5世時代の絵のルーヴル城がここにあったことが判りました。右の絵はセーヌ川の対岸から描いた思われ、下記の案内板では左上の方向にセーヌ川があります。パリも14世紀ごろは田園風景が広がっていたことが右の絵から読み取れます。14世紀初頭のパリの人口は約8万人で、ヨーロッパ最大の都市でした。
案内板の①~④は次の通りです。
 ① Tour de Taillerie Bâtie par Philippe Auguste XII siècle
 ② Soubassement du corps de logis ajoutés par Charles V vers 1360
 ③ Pile du pont-levis de la porte orientale menant vera la ville
 ④ Tours de la porte orientale XII siècle
クリックすると説明を表示

エジプトエリアに到着いたしました。数値はそれぞれで検索した時の件数で、数値が近いことから両方が使われている証拠です。"ルーヴル美術館"は正式で専門家に使われていて、"ルーブル美術館"は一般の人が使っている感じです。
 "ルーブル美術館" 約460,000件
 "ルーヴル美術館" 約573,000件
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ミロのヴィーナス [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ルーブル美術館で一番人気があるのがモナリザだと思います。そして2番人気なのが今回紹介するミロのヴィーナス(ビーナス)ではないでしょうか。少なくとも石像においては一番人気は間違いないと思います。それだけに沢山の人が集まっていました。おそらく連休中や土曜日や日曜日となると、さらに沢山の人が集まるのだと思います。大きな部屋に一体だけは贅沢な置き方でした。
10年5ケ月前の2005年12月1日にもルーブル美術館をを訪れました。
クリックすると拡大その時の写真が右の小さな写真です。クリックすると大きな写真を表示します。同じ部屋ですがミロのヴィーナスが置かれていた位置は少し違っていました。2005年は部屋の中央でしたが、2016年の今回は中央の奥になっていました。より沢山の人が正面方向から見ることが出来るようにしたのだと思います。

広い部屋の中央奥に設置されているので、混んでいても全身が見えるタイミングはやってきます。検索数を比較してみました。
 "ミロのヴィーナス" 約117,000件
 "ミロのビーナス"   約50,600件
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この写真のように周囲に柵が作られているので、前に進めば写真を撮ることが出来ます。ただし、周囲に沢山の人がいるので、正面から自分だけを入れた記念写真を撮るタイミングは難しいです。
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柵のところからミロのヴィーナスを正面から撮りました。
 高さ 203cm
 材質 大理石
 発見 1820年4月8日
 作者 アレクサンドロス(Alexandros)
 製作 紀元前130年頃(アレクサンドロスの活動時期)
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上の写真はクリックすると拡大いたしますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。
ミロのヴィーナスは古代ギリシアで制作された彫刻の女性像で、ギリシア神話におけるアプロディーテーの像と考えられています。
 ギリシア語 Αφροδίτη της Μήλου
 フランス語 Vénus de Milo
 英語    Venus de Milo
ミロのヴィーナスの作者は紀元前130年頃に活動していた彫刻家のアンティオキアのアレクサンドロスと考えられていますが、彼の生涯については殆ど分かってないそうです。ただしデロス島から出土したアレクサンダー大王像もアレクサンドロスが造ったと考えられています。
そのミロのヴィーナスは1820年4月8日にオスマン帝国統治下のミロス島で発見され、その後にフランス人によって価値を見出されてトルコ政府から買い上げて、ルイ18世に献上され、ルイ18世はルーヴル美術館に寄付したそうです。
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ミロのヴィーナスの顔をじっくりと見たことがなかったので、顔の部分を、さらに拡大いたしました。
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正面以外の方向だと右のように記念写真を容易に撮ることが出来ます。下の写真は正面から見て左方向から撮ったミロのヴィーナスです。
ミロのヴィーナスが海外へ渡ったのは一度だけで、それも日本でした。1964年4月~6月に東京の国立西洋美術館と京都市美術館で特別展示が行われました。この時に日本への輸送時に一部破損が生じて展示までに急遽修復された経緯があります。
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こちらは正面から見て右側から撮ったミロのヴィーナスです。
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ミロのヴィーナスが発見されたミロス島の場所を地図で紹介します。

模写している光景も絵になっていました。 [ルーブル美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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ルーブル美術館の絵画のエリアで下記の①と②の2つの光景をを紹介しました。ルーブル美術館の特徴が絵画を模写している光景に沢山出会えることなのです。他の美術館では、あまり見かけない風景です。上の写真は美術学校の学生たちが絵をスケッチしているところです。学生と判断したのは先生と思われる年齢の使途が指導していたからです。キャンバスはまだ真っ白で、書き始めたばかりのようでした。
 ① モナリザのあるエリア
 ② 歴史を感じるエリア
 ③ 模写の光景(今回の記事)

こちらは本格的に絵画を模写していました。朝の段階なので、この日に書き始めたとは考えられないことから、模写は何日もかけて行われていると思われました。左側の風景画を模写していました。
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こちらでは女性画を模写していました。本格的な模写を行っているのはルーブル美術館でも特に静かなエリアで沢山見かけました。調べてみた結果、日本人が模写をするためには次の手順を踏むことで出来るそうです。
 ① 模写したい絵の希望をルーヴル美術館に伝える。
 ② ダメな場合は美術館の提案の中から選択する。
 ③ 日本大使館の推薦書と無犯罪証明書を入手する。
 ④ 許可されたら模写の出来る時間帯に行って模写する。
   模写時間 月曜~金曜 9:00~13:30 (土日祝日は不可)
   模写期間 一つの絵で3ケ月以内
   模写料金 無料
   その他  イーゼル(画架)と椅子とロッカーは借用可


このように静かなエリアではグループでスケッチをしに来ている人も沢山見かけました。
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スケッチをしに来ている人たちは、一日だけなのだと感じました。家に戻って絵を描くのかもしれません。あるいは単なる勉強会なのかもしれません。
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模写やスケッチが行われているすでに紹介したように静かなエリアです。本記事では、その静かなエリアに展示されていた雰囲気や絵画を紹介したいと思います。ここは偶然見つけた階段を登ってきた3階ノエリアです。もしかしたら見逃していたかもしれないエリアですが、見事な絵が並んでしました。
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静かな雰囲気を感じてもらうためにエリアの写真を紹介します。
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すでに紹介した2つの記事では大きな絵画ばかりを紹介しましたが、普通のサイズの絵が沢山展示されていました。
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気になった絵があったので写真を特別に撮りました。アントワーヌ=ジャン・グロ(Antoine-Jean Gros)が描いたアルコレの戦いの絵です。描かれている人物はナポレオンです。1796年11月15~17日に行われたアルコレの戦いは、フランス革命戦争の戦闘の1つで、北イタリアのヴェローナに程近いアルコレ沼沢地周辺で、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍が、ヨーゼフ・アルヴィンツィ率いるオーストリア軍を破った戦いです。ドラマティックな効果を狙って、フランス軍がアルコレ橋を渡る際の戦闘が特に取り上げられています。
 作者 Antoine-Jean GROS 1771年~1835年
 作品 Bonaparte au pont d'Arcole 1796年12月15日
    アルコレ橋上のナポレオン
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他にも見事な絵が沢山ありました。
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同じエリアですが、大きな部屋もありました。ゆっくりと鑑賞できるように部屋の真ん中にはベンチが置かれていました。
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ルーブル美術館では小さいサイズになる絵も沢山ありました。
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いろんな絵があることから沢山の作者の絵が展示されていたのだと思います。
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不思議な雰囲気の絵もありました。
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初期フランドル派の画家ヘールトヘンである・トット・シント・ヤンスが「ラザロの復活」を描いた作品です。
 作者 Geertgen tot Sint Jans 1465年頃~1495年頃
 作品 La Résurrection de Lazare (The Raising of Lazarus)
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不思議な肖像画が沢山並んだエリアもありました。
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見たことがある絵だったので撮りました。作者は不明ですがフォンテーヌブロー派の画家です。フォンテーヌブロー派ははフランス・ルネサンス期に宮廷で活躍した画家のグループですが、名の伝わらない画家が多いそうです。写真の絵は16世紀末の絵画「ガブリエル・デストレとその妹ビヤール公爵夫人」で、左の女性が右の女性の乳首をつまんでいる官能的なテーマでフォンテーヌブロー派を象徴していることから様々に引用されて有名な作品ですが、やはり筆者は不明なのです。
 作者 École de Fontainebleau フォンテーヌブロー派
 作品 Portrait Présumé de Gabrielle d'Estrées
    ガブリエル・デストレとその妹ビヤール公爵夫人
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こちらも静かに鑑賞できる空間でした。
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こちらは大きな絵が多くありました。
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こちらはウスターシュ・ル・シュウール(Eustache Le Sueur)の作品です。ル・シュウールの作品としては、これ以外に、ガニュメデスの誘拐、キリスト降架、受胎告知がルーブル美術館にあるそうです。
 作者 Eustache Le Sueur 1616年~1655年
 作品 La Prédication de saint Paul à Éphèse 1649年
    エフェソスでの聖ペテロの説教
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不思議な雰囲気の絵画でした。
 地域 PROVENCE
 作品 Le Retable de Thouzon
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このプロヴァンス派の傑作は、長い間作者不詳でしたが、同じ場所にあるカルトジオ会修道院のために、1453~1454年頃に描かれた聖母戴冠の作者アンゲラン・カルトンの作と特定されたそうです。
 作者 Enguerrand QUARTON
 作品 La Pietà de Villeneuve-lès-Avignon 1455年
    ヴィルヌーヴ=レ=ザヴィニョンのピエタ
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今回のルーブル美術館の訪問の10年5ケ月前の2005年12月1日にルーブル美術館に来たときも模写をしている人を沢山見かけました。その時の模写をしている光景を3枚紹介します。
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これは、かなりの大作です。正面の絵ではなく右の壁の絵を模写しています。
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絵の勉強をしているのでしょうね。 
コーナーに近いところの小さな絵を模写されています。
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