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石垣島のピーチパイン [石垣島]

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クリッとすると拡大先日、私と娘がフランス旅行に行っていましたが、その少し前に家内と娘が石垣島旅行に行きました。私と家内が別々に旅行に行っているのはワンコ名前:ムサシ)がいるので私と家内のどちらかが家に残る必要があるからです。ムサシをペットホテルに預けると寂しがってなき続けるので預けられないのです。仕方なく4日間預けたことがあった時には元気がなくなって病院で点滴を打たれていたほどでした。
石垣島旅行のお土産はいろんなものを買ってきましたが一番存在感のあったのがピーチパインと呼ばれているパイナップルでした。石垣島は果物が沢山作られています。パイナップル畑も沢山あり、その畑のお店で買ってきたのが上の写真のピーチパインです。

クリッとすると拡大タイミングよく家内と娘が石垣旅行から帰って4日目に姪っ子2人と娘が集まる従妹会があったのでその時にピーチパインをいただきました。
ピーチパインは1999年に品種登録されたパイナップルの品種で、正式名はソフトタッチです。桃のような香りがすることから一般的にはピーチパインと呼ばれるようになり、流通上でもその名前で扱われています。また、果肉は白く、食べた味もクリーミーな印象を受けることからミルクパインとも呼ばれています。
やはり石垣島のピーチパインは普段食べているパイナップルとは違い、甘さも独特で格段に美味しく感じました。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックの面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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タグ:果物 石垣島

山わさびソースで食べるローストビーフ [話題]

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北海道に住んでいる長男家族から、家内への母の日とプレゼントとして送られてきた北海道の食材の中に山わさびが入っていました。山わさびとして検索すると最もよく出てきたのが山わさびの醤油漬けでした。山わさびはフィンランドや東ヨーロッパが原産で、正式名はホースラディッシュです。そのヨーロッパでのホースラディッシュの欠かせない使い方がローストビーフ用ソースだそうです。そこで山わさびでソースを作ってローストビーフを食べることにいたしました。ローストビーフ用ホースラディッシュソースの作る上で参考にしたのが次のレシピでした。
クリックすると拡大  山わさび    20g
  サワークリーム 30g
  柚子汁     15cc (レモンで代用)
  マヨネーズ   5g
  オールスパイス 少々  (白コショウで代用)
  塩       少々
  ネギ      5g
  URL  http://ws-plan.com/sannsai/horseradish-sauce.html

ローストビーフ用のソースを作るのにあたりホースラディッシュ以外に欠かせないのがサワークリームなので、サワークリームだけは今回のソースのために買ってきました。こちらが用意したサワークリームです。今の時期に柚子は手に入りにくかったのでレモンで代用いたしました。オールスパイスは右上の写真の右側の胡椒挽(ペパーミル)の白コショウで代用いたしました。左側の胡椒挽は黒コショウに使っています。
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ホースラディッシュ(山わさび)を20gほどおろしました。
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そこに残りの材料を入れてかき混ぜました。
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これが出来上がったソースです。
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ソースが手作りなので、ローストビーフも手作りするために肉屋さんでローストビーフ用の肉を342gほど買ってきました。
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これがローストビーフにした肉です。
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こちらがガスオーブンを250℃に予熱して約20分焼き上げて出来上がったローストビーフです。私としても、見栄えとしても、もう少し赤い方がいいのですが、家内の好みの焼き具合にいたしました。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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大盛りのサラダも用意いたしました。
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実はタイミングよくkazuさんからサラダに適した野菜を沢山いただいたのです。全てkazuさんの畑の採りたての野菜です。
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エシャロットを用意いたしました。こちらもkazuさんの畑で採れたものをいただきました。
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クリックすると拡大やっぱり赤ワインが飲みたくなります。タイミングよく、フランス旅行で買ってきたワインが1本あったのです。
このワインは2010年産のMargaux(マルゴー)です。2016年5月8日から行っていたフランス旅行中に飲んだ赤ワインの中で、一番おいしかったのが5月11日にパリに住んでいる方に連れて行ってもらったワインバーL'ECLUSEで最初に選んでもらって飲んだ2010年産のMargauxだったのです。
その方も「Margauxなら2010年産」と、こだわっておられました。2010年が当たり年だったそうです。名前をメモしておいて帰国の日に空港で買いました。
パリのワインバーでの2010年産のMargauxは10cl(100cc)で8ユーロ(約1000円)でした。買ってきた2010年産のMargauxはワインバーとは下記のように銘柄違いましたが期待通り美味しかったです。パリに住んでいる方も銘柄はいろいろあるけれども、どれでもいいからMargauxの2010年産を買うように教えてもらいました。右の写真はボトルの裏側です。右の写真も下の写真もクリックすると拡大いたします。
 2010年産のMargaux
  ワインバー Château Bellevue de Tayac Margaux 2010
  空港で購入 Château Marsac Séguineau Margaux 2010
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ボトルの口の部分も記念に撮りました。赤ワインは常温で飲むものだと日本では言われていますが、実はフランスで涼しい地域の室温で飲まれていたものを常温と訳してしまったのとのことで本当は15℃程度(高くても20℃まで)で飲むのを進められたので少し低すぎるけれども冷蔵庫の野菜室で入れていました。保管としては10〜16℃の間で「一定している事」が理想と言われています。
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準備が出来ました。
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フランスで買ってきた赤ワインをあけでいただきました。
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ローストビーフを各自に取り分けました。
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ホースラディッシュを使ったサワークリームソースをローストビーフにかけました。
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こちらの写真も拡大いたしました。
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残ったサワークリーム60g(90g-30g)はパンにつけていただきました。山わさびは、次のような食べ方で、全ていただきました。
クリックすると拡大クリックすると拡大 天ぷら
 板わさ
 山わさび丼
 山わさびの醤油漬け
 ローストビーフ用ソース
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一度紹介した植物学的な「山わさび」と「わさび」の分類を比較です。わさびが清流などの水の中に生えているのに対して、山わさびは寒冷地の土の上に生えています。そのためか卸した時の水分量が違いますが、味は似ています。比較のための写真はネットから転用させていただきました。
 呼名山わさびわさび
ホースラディッシュ本わさび
セイヨウワサビ 水わさび
 英名HorseradishJapanese horseradish
 Wasabia
 学名
 Armoracia rusticana
 Wasabia japonica
 界
 植物界 Plantae 植物界 Plantae
 門 被子植物門 Magnoliophyta 被子植物門 Magnoliophyta
 綱 双子葉植物綱 Magnoliopsida 双子葉植物綱 Magnoliopsida
 亜綱 ビワモドキ亜綱 Dilleniidae ビワモドキ亜綱 Dilleniidae
 目 フウチョウソウ目 Brassicales フウチョウソウ目 Brassicales
 科 アブラナ科 Brassicaceae アブラナ科 Brassicaceae
 属 セイヨウワサビ属 Armoracia ワサビ属 Wasabia
 種 セイヨウワサビ A. rusticana ワサビ W. japonica
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モンサンミッシェル・ツアーに出発 [Mont Saint-Michel]

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こちらが、フランス旅行で2日目と3日目に行ったモンサンミッシェルの1泊ツアーで使われた車です。こちらの車は、ネットでツアーを申し込んだ旅行社であるマイバス(myBus)が用意してくれました。GW中はバスだったようですが、GW明けで人数が少なかったおかげで大型高級ワゴン車でのツアーとなりました。この車だとバスに比べると片道で約1時間早く着くそうです。つまりモンサンミッシェルは1時間多く見学できる上にパリには1時間早く着くことが出来きたのでした。今回の8日間のフランス旅行全体は、次の内容をネットで別々に手配いたしました。パリは同じホテルでしたが1泊と4泊を別に予約しました。ある意味で手作り旅行でした。
 往復の航空券手配       JAL
 パリのホテル予約       エクスペディア
クリックすると拡大 モンサンミッシェル1泊ツアー マイバス   
 ロワール城めぐりツアー    マイバス
モンサンミッシェル1泊ツアーは行くときは6名(4組 2+2+1+1)で、帰りは5名(3組 2+2+1)でした。行きと帰りで、人数もメンバーも違うのですが、不思議に思われる方も多いと思います。
我々は1泊ツアーで申し込みましたが、6名の内で1泊ツアーは我々だけで、他の方は日帰りツアーで申し込まれていたからです。したがって日帰りツアーでもモンサンミッシェルが十分に楽しめるように7時30分に出発して、パリに戻って来るのは21時でツアーが組まれているのでした。行きも帰りもナンバープレートが同じだったので車は同じでしたが、添乗員さんも運転手さんも違う方でした。
帰りとなる2日目のモンサンミッシェルでの集合は我々が泊まったホテル(ルレ・サンミッシェル)のロビーに16時15分でした。日帰りの人もモンサンミッシェル島内は自由行動なので、集合時間と場所は同じように設定されていました。ツアーの価格は次のように設定されていました。1泊ツアーには名物のオムレツランチが付いています。
 1泊ツアー 280€(35123円) ルレ・サンミッシェル泊
 1泊ツアー 250€(31360円)
 日帰ツアー 125€(15680円) 名物オムレツランチ付は+15€(140€)
ランチ : 食前酒+名物オムレツ(前菜)+魚料理(メイン)+デザート

こちらがモンサンミッシェルツアーのコースです。行きはオンフルールに寄るので396kmで、帰りは直行のため355kmとなります。往復で751㎞のツアーです。今回の記事では早朝にパリのホテルを出発してからオンフルールに到着するまでを報告したいと思います。オンフルールとモンサンミッシェルの報告は引き続きさせていただきます。
  マイバス事務所
  オンフルール
  モンサンミッシェル
  サービスエリア
  料金所
 A-B 車のルート 396km


マイバス事務所の集合時間は7時15分でしたが、途中で朝食を食べるつもりでオペラ座の近くのホテルを6時20分にチェックアウトいたしました。同じホテルですがネットで1泊と4泊と別々に予約していたのでとりあえずチェックアウトして翌日の夜まで荷物を預けて出発いたしました。
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ホテルからマイバスまでは517mの距離です。こちらがオペラ通りで、正面にオペラ座が見えます。
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左の道を進むと30秒でマイバスに着く距離です。正面のレストランが開いたので中に入りましたが、まだ準備中でした。期待していた有名なパン屋さんもしまっていたし、どうやら7時近くまでは食事が出来るところは開かないようなので、朝食は諦めて早朝のパリの散策に切り替えました。朝食抜きでホテルを予約したのは約2000円も高かったのが理由です。


マイバスの前のピラミッド通りをまっすぐに行くとルーブル美術館やセーヌ川が見れるので、そちらに進んでみました。
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ピラミット通りにはマイバス以外にも旅行社があり、すでに観光バスが着ていました。あのジャンヌ・ダルク(Janne Da Arc)の像がある場所です。
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すでに沢山の欧米人の人が来て並んでいました。まだ時間は早かったけれども、おそらく7時集合なのだと思いました。


沢山の観光バスが来ていました。これはパリ市内観光バスのようでした。
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さすが静かでした。
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クリックすると拡大前日の夜には沢山の人がくつろいでいた芝生の広場も誰一人いませんでした。右の写真が前日の夕刻に撮った写真です。同じ場所とは思えないほどの沢山の人達が来られていました。
この違いを見れただけでも来た甲斐がありました。
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無人のルーブル美術館前の広場です。
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エッフェル塔と早朝のチェイルリー庭園です。
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観覧車が遠くに見えます。
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観覧車の観覧車を拡大してみました。
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やっと人を見つけました。記念写真を撮られていました。
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遠くにカルーゼル凱旋門が見えます。
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1808年に完成したカルーゼル凱旋門の周りも無人でした。
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カルーゼル凱旋門の上の飾りと文字を拡大してみました。
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無人のルーブル美術館のピラミッドです。
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人気のルーブル美術館も開館は9時なので並んでいる人はいませんでした。開館前には沢山の人が並ぶ場所です。
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ループ美術館は全体も見事ですが細部を見ても見事です。
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こちらもルーブル美術館です。
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建物の下のアーチ状の通路を抜けるとセーヌ川です。
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不思議とセーヌ川も静かに感じました。おそらくクルーズ船などの船が通っていないためだと思います。
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どんな角度で撮っても静かなセーヌ川でした。橋の名前はカルーゼル橋(キャルーゼル橋)です。フランス語だとPont du Carrousel(ポン・デ・キャルーゼル)となります。
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セーフ川で記念写真を撮ってマイバスの事務所に戻ることにいたしました。


車もほとんど走っていませんでした。右のアーチを抜け出事務所に向かいます。
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反対方向も見事に人も車もありませんでした。
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公園では自動で散水が行われていました。人が少ない時間帯だから見れる光景だったと思います。
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マイバスの前に戻ってきました。まだ7時前だったので事務所は開いていませんでした。
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道路を挟んだ迎えには趣のある協会がありました。
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事務所が開くまで少し散策です。


道を歩いている時は気が付きませんでした。
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7時が近づいて目の前のレストランも開きました。
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やっとマイバスも開きました。事務所に入ろうとされている方は我々と一緒にモンサンミッシェルツアーに行く方でした。有名なオムレツが入ったランチも一緒のテーブルでいただきました。
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こちらがマイバス店内です。全員が集まり説明を受けて冒頭の写真の車で出発いたしました。
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パリ市内を抜けて高速道路を目指しているところです。
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高速道路に入りパリ市内を抜けると菜の花の畑が広がっていました。この日約400kmを走る旅が始まりました。
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菜の花畑の手前が麦畑です。
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このような景色が続きました。
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高速で走るので手前が流れています。
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家が写っている景色は絵になります。
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高速道路の脇には木が沢山植えられているために、このような景色の写真は意外と撮れないのです。上で紹介した景色の写真は全て木の切れ目から撮った写真なのです。
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途中の料金所です。
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トイレ休憩も兼ねてサービスエリアで休憩いたしました。写っている人が今回のツアーの車の運転者さんです。
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パリ市内ではコンビニや自動販売機がないので、高速道道路のサービスエリアのお店は飲み物や簡単な食べ物を調達するのに便利でした。
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サービスエリアでは無料WiFiが使えました。


マイバス事務所内でもWiFiが使えました。フランスはどこでも無料WFiが使えるのです。我々のようにパリ市内を観光しながら館内のことを調べたり、次の訪問先を決めたり、行き方を検索する人にとっては、これは便利でした。


なんとツアーで使われた大型ワゴン車の中でもWiFiが使えました。


セーヌ川の河口にある最初の目的地であるオンフルールに近づきました。
そのセーヌ川の河口に架かっているPont de Normandie(ノルマンディー橋 / ポン・デ・ノルマンディー)です。右岸(北側)のル・アーヴルと左岸(南側)のオンフルールを結んでいます。
橋の建設は1988年に始まり7年の歳月を要し1995年1月20日開通したそうです。最大支間長856mは斜張橋として、当時、世界最長でした。現在はロシアのルースキー島連絡橋(1104m 2012年)が世界最長で、ノルマンディー橋は5番目の長さです。ちなみに日本の多々羅大橋(890m 1999年)は4番目の長さです。
クリックすると拡大 長さ    2143.21m
 最大支間長 856m
 幅     23.6m
 橋桁高さ  59.12m  
 主塔高さ  214.77m
 形式    斜張橋
 建設    1988~1995年
 素材    鋼鉄・コンクリート
 建築家   ミシェル・ヴィルロジュー
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オンフルールに到着いたしました。いつもは混んでいて遠くに駐車するそうですがこの日は早く着けた上に車が小さいので港の近くまで車で来ることが出来ました。
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これが船大工の町の港の風景です。次回はオンフルールの町を紹介したいと思います。パリのホテルをチェックアウトしたからオンフルール到着までの時間は下記です。
 6時20分 ホテルチェックアウト
 6時30分 ルーブルあたり散策
 7時02分 マイバス到着
 7時15分 マイバス全員集合
 7時30分 マイバス出発
 7時39分 凱旋門前
 7時50分 高速道路
 9時20分 料金所
 9時24分 サービスエリア
 9時46分 ノルマンディー橋
 9時53分 オンフルール到着
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山わさびの醤油漬け [ごはん]

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北海道から送ってもらえた沢山の山わさびも最後になりました。ネットで山わさびのレシピを見ていて一番多かったのが「山わさびの醤油漬け」でした。やっぱり一番人気に挑戦してみました。レシピでは山わさびの量が50gでしたが残っていた山わさびの重さを測ってみると36gだったので比例の量で作ってみることにいたしました。材料は次の通りです。
  山わさび  50g       36g
  醤油    大さじ1     大さじ72%
  酒     小さじ1/2    小さじ36%
  URL http://ws-plan.com/sannsai/yamawasabi-syouyuduke.html

さっそく36gの山わさびを薬味用のおろし金ですりおろしました。この卸し金は有次(ありつぐ)製の「すえひろ」で、買った時に家内の名前を入れてもらいました。
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おろした山わさびに醤油とお酒を入れてかき混ぜました。
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我家で一番小さな密閉容器(タッパウエア)に入れて冷蔵庫に入れて馴染ませました。3時間程度は寝かした方がよいと書かれていました。
寝かす時間を3日と書かれているサイトもありました。確かに3日経っても風味の衰えはなかったです。
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作ってから1時間でご飯が炊きあがったので、寝かす時間が3時間ではなく1時間で食べることになりましたが問題ありませんでした。確かにネットで書かれているように少量で何杯でも食べれる感じでした。
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拡大いたしました。癖になる味でした。
北海道の方なら味が判ってもらえると思います。
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かつお節をかけていただきました。先日、紹介した山わさび丼になりました。
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地のりでもいただいてみました。山わさびの味噌漬けがネットで出てきたので紹介いたします。こちらは試していませんが材料を紹介します。
  山わさび  50g
  砂糖    50g
  味噌    30g
  URL http://ws-plan.com/sannsai/yamawasabi-misoduke.html
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一緒に納豆汁も作りました。と言っても味噌汁に、練って粘り気が出た納豆を入れただけのものですが、これが意外とマイルドで美味しいのです。
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夕食後の散策の続きは「夕刻のセーヌ川」 [セーヌ川]

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パリ旅行で2016年5月8日11時40分に成田空港を飛び立ち、12時間を超えるフライトでありながら同じ日である5月8日の18時30分にはホテルにチェックインできました。日没の2時間46分前にホテルにチェックイン出来たことからノートルダム寺院の前のカフェでの夕食を兼ねて散策に出来ました。すでに記事で紹介している通り、ノートルダム寺院が目の前に見える一番の席で夕食を食べることが出来ました。1時間の夕食を食べた後も散策をしながらホテルに帰りました。

この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で赤色の部分(━━)を歩いた順番で紹介いたします。
2016年5月8日の日没は21時16分53秒なので、ほとんどの写真が日没後の写真です。
 11時40分 JAL415 成田空港出発 → ポチッ
 16時50分 JAL415 シャルルドゴール空港到着
 18時52分 ホテル出発           
 19時01分 マイバス到着          
 19時11分 ルーブル美術館         

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着      
 20時04分 Cafeで軽い夕食         

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館       
 22時01分 ホテルへ戻る          



夕食を食べていた席から見えていた立派な建物の近くを通りました。間近で見ると見事な建物ですが、これが1863年~1867年に建てられたパリ警視庁本部(Prefecture de police)です。
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セーヌ川で気になっていた場所に出ました。左側は地面の下に窓が通路で、右は水面すれすれの細い道がある場所です。
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右側の水面近くの細い道を歩いてみることにいたしました。この時、ちょうど日没時刻の21時16分でした。
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階段を下りている時にナイトクルーズ船が通りました。ディナーを食べながら夜のセーヌ川の景色を楽しむのだと思います。明るい時に見た開放的な遊覧船とは明らかに雰囲気が違っていました。
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船を撮った写真から切り取って船内の雰囲気を紹介いたします。やはり格調高いディナークルーズ船でした。パリのレストランで2人で食事をするときは必ず向かい合う形の対面で座りますが、景色を見るためにすべての2人組の人は、4人席であっても進行方向に向かって2人が並んで座っていました。デートのディナーで使うのに最適な場所なのかもしれません。
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船体にはBATEAUX-MOUCHES[レジスタードトレードマーク] Pont de l'Almaと書かれていることからバトー・ムーシュ(Bateaux Mouches)社の観光船の中てもディナークルーズに特化した格調高いディナー船だと思われます。Pont de l'Almaは「踊り子橋」の意味のようです。
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ネットから船内の写真を転用させていただきました。調べた範囲ですが、18時以降のディナーの値段は99€ 、155€ 、325€ の3種類のようです。( )内数値はこの時の為替レート125.44円/€での日本円です。この価格にワイン代を入れると結構な値段になりそうです。昼のランチは60€(7526円)です。
 Prestige         99€(12418円)
 Excellence       155€(19443円)
 Demande en mariage  325€(40768円)
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豪華なディナークルーズ船に見とれている間に、水面スレスレの細い道に出ました。こちらもデート場所だったようです。
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護岸にこのようなものが沢山取り付けられていました。船をつなぐものだとは思いますが、上からも下からも遠い位置の金具は、どのような使い道だったのでしょう。
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対岸の気になる景色も見上げる形で見ることが出来ました。これは是非ともクリックしてみてください。すでに日没はすぎていて写真の解像度は良くありませんが、雰囲気は感じてもらえると思います。
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こちらは来るときにも見かけた最高裁判所です。Cour de cassation(破毀院)と呼ばれています。
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セーヌ川沿いの景色も暗くなってきました。
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水面に近い場所は若者たちに人気のようです。楽しい会話であふれているのだと思います。この日5月8日は日曜日でした。
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いかつい装甲車もお休みタイムのようでした。昼間はカメラは向けにくいけれども、この時間帯なので遠慮なしに撮らせてもらいました。
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観光船のクルーズはナイトクルーズとしてまだまだ続いていました。こちらは景色を見るだけのクルーズ船です。最終日(帰国日)の昼間に、こちらのタイプのクルーズ船で景色を楽しませてもらいました。
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鋼鉄製の橋のポンデザールと呼ばれているアール橋(1982-1984年)が見えるポン・ヌフ橋(1578-1607年)の上まで戻ってきました。ポン・ヌフ橋はパリで現存する最古の橋です。
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こちらもポン・ヌフから鋼鉄製の橋であるポンデザールの方向を見た景色です。上と景観が違うと思いませんか。ポン・ヌフはシテ島を挟んで2つに分かれているのです。こちらは川幅が広い方のポン・フヌからの景色で、上は川幅が狭い方のポン・ヌフからの景色なのです。
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鋼鉄製の橋であるポンデザールまで来てみて驚きました。南京錠を取り付けてキーを投げてしまう習慣は世界に広がったようです。この橋以外は石造りかコンクリート製なので唯一南京錠が取り付けることが出来る橋なのです。
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こちらは逆に鋼鉄製の橋のポンデザールの位置から見た、現存パリ最古の橋のポン・ヌフです。
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ルーブル美術館まで戻ってきました。見慣れない建物に思われるかもしれませんが、これはルーブル美術館の裏側からの姿です。
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こちらは、セーヌ川を挟んでルーブル美術館の対岸にある建物です。鋼鉄製の橋ポンデザールの正面です。立派な建物だったのでポンデザールの上から写真を撮りました。両側がポンデザールの橋欄干です。橋の床が木で出来ていることが分かりました。
この建物はフランス学士院(Institut de France)です。フランス学士院は国立アカデミーで、現在は、次の4つのアカデミーで構成されているます。
 アカデミー・フランセーズ 1635年設立
 碑文・文芸アカデミー   1663年設立
 科学アカデミー      1663年設立
 芸術アカデミー      1666~1671年設立の3つアカデミーが起源
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上の数枚の写真の位置関係がよくわかる3Dの画像を紹介します。
クリックするとルーブル美術館のガラスのピラミッドまでの範囲に広げた画像を表示します。
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ルーブル美術館の夜のガラスのピラミッドです。この時21時41分でした。ここからはオペラ通りを歩いてホテルに向かいました。
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オペラ通りを歩いている頃は暗すぎてきれいな写真が撮れなかったので翌朝のオペラ通りの写真を紹介します。時間は6時26分です。モンサンミッシェルツアーの集合場所であるマイバス事務所に向かう時に撮りました。朝食が食べれるところを探すためにホテルを早く出たのです。正面に見えているのがオペラ座です。2016年5月9日のパリの日出は6時15分42秒でした。
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山わさび丼 [ごはん]

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北海道に転勤なった長男家族から家内へ、母の日プレゼントとして送られてきた北海道の食材の中にあった山ワサビの食べた方をしらべていると山ワサビ丼が評判だったので作ってみることにいたしました。

丼物なので、上に乗せる山ワサビをたっぷりとおろしました。
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炊き立てのご飯の上に鰹節をかけてその上にたっぷりと山わさびを乗せました。これで山わさび丼の完成です。
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かつお節の部分に醤油をかけました。山わさびは、渓流に生えている本わさびに比べて辛みが強いのが特徴であることが分かってきました。つまり、これだけ乗せるとかなりの辛さになるということでしたが、そのことは食べた後で知りました。使ったお米は熊本地震で震度7を2回も経験したことで有名になった益城町の右の写真の「ましきの米」です。お米を送ってくれている叔父さんが益城町に住んでいます。つまり北海道と九州のコラボ丼です。山わさびは本わさびより1.5倍辛いワサビで、この量が乗っていると想像してもらえれば、辛さが判ってもらえると思います。
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混ぜて食べます。食べたみて驚くほどの辛さに驚かされました。でも意外と風味があり完食いたしました。ほんの僅か乗せるだけで山わさび丼になることが分かりました。かつお節を多めにして、山わさびは味見をしながら風味程度に調整するのが、美味しい山わさび丼を食べるコツのような気がしました。
参考にネットに載っていたレシピのURLを紹介します。
 URL : http://cookpad.com/recipe/3780814
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美味しさと辛さを感じていただくために拡大写真を掲載いたしました。いかがでしょうか。これが冒頭の写真です。クリックするとさらに拡大いたします。
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植物学的な「山わさび」と「わさび」の分類を比較してみました。わさびが清流などの水の中に生えているのに対して、山わさびは寒冷地の土の上に生えています。そのためか卸した時の水分量が違いますが、味は似ています。比較のための写真はネットから転用させていただきました。
 呼名山わさびわさび
ホースラディッシュ本わさび
セイヨウワサビ 水わさび
 英名HorseradishJapanese horseradish
 Wasabia
 学名
 Armoracia rusticana
 Wasabia japonica
 界
 植物界 Plantae 植物界 Plantae
 門 被子植物門 Magnoliophyta 被子植物門 Magnoliophyta
 綱 双子葉植物綱 Magnoliopsida 双子葉植物綱 Magnoliopsida
 亜綱 ビワモドキ亜綱 Dilleniidae ビワモドキ亜綱 Dilleniidae
 目 フウチョウソウ目 Brassicales フウチョウソウ目 Brassicales
 科 アブラナ科 Brassicaceae アブラナ科 Brassicaceae
 属 セイヨウワサビ属 Armoracia ワサビ属 Wasabia
 種 セイヨウワサビ A. rusticana ワサビ W. japonica
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パリ最初の食事はノートルダム寺院の前のカフェでした。 [パリのレストラン]

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フランス旅行のために2016年5月8日にパリに着き、18時30分にホテルにチェックインいたしましたが、まだ明るかったのでルーブル美術館やセーフ川やノートルダム寺院あたりを散策いたしました。散策の途中でノートルダム寺院が目の前に見えるカフェで軽い夕食をとることにいたしました。
すぐに私はビールを頼み、娘はジュースを頼みました。バックに見えているのはノートルダム寺院です。いかにノートルダム寺院が近かったが分かってもらえると思います。

娘のジュースは生のオレンジを搾ったフレッシュジュースでした。
実は以前に同じお店に来たことがありました。→ポチッ
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お店の全景の写真を撮らなかったのでGoogle地図のストリートビューの画像を転用させてもらいました。クリックするとオリジナルを表示します。撮影されたのは2015年7月です。
ストリートビューに、ごみ収集車が写っていることから客が座っていないのは早朝ためだと推察します。我々が来た時は屋外の席は満席でした。そのために、中に入ろうかどうか悩んでいると、偶然にも矢印( ↓ )の席が空いたため店員さんのOKをもらって座らさせていただきました。このテーブルがノートルダム寺院に一番近い場所だったのです。ほんとラッキーでした。
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椅子に座って見れる景色です。食事をしながら一時間ほど景色や周辺の雰囲気や食事やビールを楽しみました。
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注文した料理が出てきました。
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こちらが私が頼んだ料理です。サンドイッチを頼んだつもりでしたが、予想外のものが出てきました。薄く切ったパンの上に語を乗せて焼いてものでした。ホットサンドの片面版と言うところでしょうか。偶然にもビールに最適な料理になってしまいました。値段は13.5ユーロです。
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そうなるとアップでビールと一緒に料理を撮りたくなります。
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こちらは娘が頼んだ料理です。ずばりオムレツで、こちらは予想の範囲だったようですが、ポテトフライも入れたボリュームは軽い夕食の域を超えていました。こちらは12.8ユーロでした。
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オレンジのフレッシュジュースの写真も単独で撮っておきました。
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せっかく、いい席に座れたので店員さんにお願いして記念写真を撮ってもらいました。お店を紹介いたします。場所の欄の「Google航空写真」をクリックするとGoogle地図の航空写真が表示されます。
 名前 Café Panis‎
 住所 21 Quai Montebello, 75005 Paris, France
 電話 01-4354-1971
 場所 Google航空写真



こちらがノートルダム寺院とCafé Panis‎の位置関係を示した航空写真です。近すぎるとルートルダム寺院の全景を見ることが出来ませんがセーヌ川を挟んでいることで全景をみながら食事が出来ました。
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位置関係が判りやすいので3D画像でも食事をしたテーブルの場所を紹介します。画像をクリックするとGoogle地図の3D画像のオリジナルを表示します。
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目の前が横断歩道であっことからノートルダム寺院への観光客の人やが、散策している人が行き来していました。ワンコを散歩させている人も多かったです。目の前の道はモンテベロ通りでセーヌ川に架かる橋はドゥプル橋です。
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その中で一枚ですがワンちゃんの写真を掲載します。
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ルートルダム寺院の広場に接したドゥプル橋の上の道路に人だかりが出来ていました。
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見に行ってみるとインラインスケートのパフォーマンスが行われていました。沢山のスケーターの人が入れ代わり立ち代わり滑っていました。
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食事をしていて気になる光景に娘が気が付きました。この写真の中央に注目してください。建物と我々の間に公園のようなSquare René Vivianiがあるため、かなりの距離があり、焦点距離104mmで撮ってもこのサイズでした。間の公園Square René Vivianiには植物学者ジーン・ロビンによって1601年に植えられたパリで最も古い木があることで有名です。
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上の写真から切り取ったのがこちらです。暗いので写真の解像度は落ちますが、なんとか状況は分かりました。窓枠に座ってスマホ操作しているようでした。窓枠から滑り落ちないか心配でしたが、窓枠の厚みは人間一人分はあるようでした。高さは建物の5階です。
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テーブルの場所から最後に撮った写真です。この時21時8分でした。
高い塔の先端が見える建物がステンドグラスで有名なサント・シャペル(Sainte Chapelle)です。その手前の大きな建物はパリ警視庁本部(Préfecture de police)です。この建物は1863年~1867年に建築されたネオフィレンツェスタイルで、1871年以来、警視庁の枢要部が使用しているそうです。その前はサン・マルシャル修道院が建っていたそうです。Cafeは21時12分に離れて暗くなりつつあるセーヌ川などを散策しながらホテルに帰りました。
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散歩の時の太陽 [生活風景]

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5月5日 早朝5時7分52秒に撮った太陽です。 場所は千葉県  
ワンコの散歩の時に撮りました。7分前に同じ場所を通りましたが太陽は見えませんでした。ほんの一瞬です。もう少し経つと太陽が明るすぎて、違う景色になってしまいました。スケールは違いますが、中国で撮った「平原の太陽」と比べてみてください。→ポチッ
タグ:散歩 日出

パリ到着日の散策の続きはセーヌ川とノートルダム寺院 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ旅行に到着した2016年5月8日のホテルからセーヌ川に到着するまでの散策は、すでに報告させていただきました。上の写真はホテルを出発してセーヌ川に到着した記事の最後のキャルーセル橋の写真です。この時19時15分でした。本記事では、その先の景色を紹介したいと思います。

この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で青色の部分(━━)を本記事で紹介したいと思います。
 11時40分 JAL415 成田空港出発 → ポチッ
 16時50分 JAL415 シャルルドゴール空港到着
 18時52分 ホテル出発      
 19時01分 マイバス到着     
 19時11分 ルーブル美術館    

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着 
 20時04分 Cafeで軽い夕食    

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館  
 22時01分 ホテルへ戻る     

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キャルーセル橋から西方向(下流側)の景色ですが見えている橋の名前はロワイヤル橋です。大型のクルーズ船は我々が最終日の5月14日に乗ったバトー・ムーシュではないかと思います。ただし船自体は別の船です。船は川の上では右側通行であることが分かります。
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クルーズ船が近づいてきました。船が橋をくぐるまで見届けてから先に進みました。
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キャルーセル橋の上も石畳でした。正面の建物はルーブル美術館です。ルーヴル美術館はフランス王フィリップ2世が12世紀に建設したルーヴル城(ルーヴル宮殿)です。
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キャルーセル橋からの東方向(上流側)の景色です。一番手前の細い鉄骨で作られている橋がポンデザールと呼ばれているアール橋(1982-1984年)です。その奥に見える石造り橋が現存するパリ最古の橋のポン・ヌフ橋(1578-1607年)です。写真の右端の2つの四角い塔と96mの尖塔がノートルダム寺院で、それより少し左手前の75mの尖塔がステンドグラスで有名なサント・シャペルです。
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そのボン・ヌフ橋の次のサン・ミッシェル橋(1857年)まで来るとノートルダム寺院が大きく見えてきました。
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サン・ミッシェル橋(Pont Saint-Michel)からのノートルダム寺院を拡大いたしました。
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サン・ミッシェル橋からノートルダム寺院とは反対側(下流側)を見た景色です。川の右側に見えているのはCour de cassationです。Cour de cassation(破毀院)は司法訴訟に関する最高裁判所です。
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サン・ミッシェル橋から南側の景観です。
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見えている橋はプティ・ポン(1853年)です。川の左側の水面近くには細い通路があります。
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その細い通路と降りていく階段です。
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細い通路のあった対岸の護岸の中間には窓があります。地面より低いところにまだが沢山あるのが不思議です。
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その不思議な部分を拡大してみました。
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さらに先に進むといきなりノートルダム寺院の正面に出てきました。この写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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あまりにも見事なのでノートルダム寺院の塔の上の部分を拡大してみました。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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こちらの集団は自転車を使ったパリ市内のツアーの人達だと思います。
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残念ながら時間が過ぎていたので中には入りませんでした。この時、18時47分でした。案内板を見ると開館時間は7時45分~18時45分と書かれていました。数分の差で入れなかったのようです。観光案内の中には土曜日と日曜日は19時15分までとの記載があったので期待していきましたが今は18時45分だけのようでした。そこで教会の内部は別の日に見に来ることにいたしました。
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内部が見れなかったので、ここでは見事な外壁の彫刻など外からのノートルダム寺院を紹介したいと思います。これは真ん中の入口の下から見上げた写真です。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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角度を変えるとより鮮明に見えました。
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沢山の見事な彫刻を見ていると完成に87年も費やしたことに納得します。
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建物の横に突き出した不思議な彫刻が沢山並んでいました。クリックすると拡大するので分かると思いますが、それぞれデザインが帰られていました。
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その彫刻の一つを拡大いたしました。 
もしかしたら雨樋かもしれません。 → 万里の長城
調べてみるとガーゴイル(gargoyle)と呼ばれるもので、想像していた通り雨樋の機能があるそうです。雨樋の中でも怪物をかたどった雨樋だけがガーゴイルと呼ばれるそうです。
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前に来た時には気が付きませんでしたが、ノートルダム寺院とセーヌ川の間に散策路がありました。
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その散策路からの写真をいくつか紹介します。近いので全景は写すことが出来ませんが、近くから見れるので迫力がありました。
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巨大な丸いステンドグラスの窓です。5月11日に内部から見ました。後日、内部からの写真を紹介したいと思います。
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ほぼ同じ位置から精一杯広範囲を撮った写真です。
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別の角度からの写真です。近くからだと木が邪魔になって下の方は見れませんでした。
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セーヌ川の対岸の船の前に行列がありました。長時間待っているようなので遊覧船ではなく船のレストランのように感じました。
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敷地内ではのんびりとベンチに座っているカップルが沢山おられました。
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セーヌ河の対岸に渡るアルシュヴェシェ橋(1828年)の上流側にあるトゥールネル橋(1928-1930年)です。セーヌ川の源流から河口までのルートをGoogle地図に書いてみました。→ポチッ
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アルシュヴェシェ橋を渡った後、昔に昼食を食べたことのあるカフェを目指してセーフ川沿いを歩きましたが、セーフ側とは反対側の脇道も趣があるので写真を撮りました。
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教会の全景が見える角度の写真です。最もノートルダム寺院の特徴を見せてくれる角度だと思います。大聖堂の全長(奥行き)は127.50m、幅は48 m、尖塔の高さ96 mです。入口の四角い2つの双塔(北塔と南塔)の高さは69mで、身廊と呼ばれる入口から主祭壇に向かう中央通路の高さは32.50mだそうです。大聖堂内には9000人の人が収容できるそうです。地面から伸びるアーチのフライング・バットレスと呼ばれる沢山の梁が印象的でした。この梁によって巨大な大聖堂を実現させているとの記述もありました。こちらの写真もクリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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行列が出来ていた船です。18時ピッタリに人が入り始めたのでやはりレストランのようでした。
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上の写真の橋の奥河にもレストランと思われる船がありました。
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こちらの脇道も趣がありました。
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目的のカフェの席からの写真です。ノートルダム寺院に最も近いカフェの、最も近いテーブルで軽い夕食を食べました。さっそくビール(私)と、オレンジのフレッシュジュース(娘)を頼みました。
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北海道からの母の日のプレゼント 2016年 [日々]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランス旅行に出発した2016年5月8日は母の日でした。家内への母の日のプレゼントとして北海道の長男家族(夫婦&初孫)から母の日のプレゼントが宅急便で届きました。今年は既製品のプレゼントではなく、上の写真の北海道の地元の野菜と、下の写真の花の苗を天地無用と書かれた一つの箱に入れられた手作りプレゼントでした。手作りプレゼントは不思議と心が感じられます。正月に初孫と三人で帰省した時に話題になった山菜の話を覚えてもらえていたのかもしれません。その初孫もあと3週間(6月12日)で1歳となります。北海道の野菜や山菜は右から次の通りです。
クリックすると拡大  うど      城生さとみ
  山わさび    余湖農園
  アスパラ    JA道中
  インカのめざめ 田中潤一
  とうや     田中潤一

花の苗は無事に届きました。天地無用のシールの偉大さに驚くとともに宅急便屋さんにも感謝いたしました。母の日のプレゼントのメッセージも添えられていました。
母の日のプレゼントが届いた5月6日は絶妙なタイミングでした。娘が私と一緒に5月8日からのフランス旅行のために5月7日に家に来ていたことに加えて、次男がGWのタイ・ラオス旅行で5月7日に成田に到着して家に寄ってくれたのでした。さっそく5月7日の夜は、北海道食材パーティーとなりました。クリックすると拡大クリックすると拡大入っていたお花は次の通りです。
  金魚草
  エメラルドガウティー
  フロックス
  ペチュニア
  アリッサム
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それでは北海道食材パーティーの料理を紹介したいと思います。北海道の野菜の中で圧巻だったのがこちらの「うど」です。24.5cmの皿が小さく見えるほどの見事な大きさです。根元から皮から先まで全て食べることが出来ました。
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根元の茎の太さにも注目してほしいです。これほど見事なウドは手に入らないと思います。地元から送ってもらえて初めて食べれました。
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茎の部分はスライスして酢水にさらして、あく抜きをいたしました。茹でる方法もあるようですが、生で食べたかったので、酢水にさらすだけにいたしました。
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さらしたウドの酢味噌和えです。これは美味しかったです。
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先端の芽の部分です。見ているだけで食べてくなるほどの新鮮さでした。こちらは皮と一緒に天ぷらにいたしました。もう一本のウドは茎の部分も天ぷらにいたしました。
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こちらがウドの天婦羅です。貴重な天婦羅だと思います。
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ウドの天ぷらを拡大いたしました。おいしそうでしょう。石垣島の荒塩でいただきました。
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アスパラも天ぷらにしました。珍しい山わさびは別の食べ方をしたのですが、少しだけ天婦羅にもしてみました。もう一本のウドは茎と皮と芽を全て天ぷらにいたしました。
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こちらが山わさびの天ぷらです。山葵の風味があり見た目より柔らかく美味しくいただきました。不思議と山わさびのレシピで天麩羅は出てこなかったのですが、天婦羅は美味しい食べ方でした。
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太くて大きなアスパラの天ぷらは美味しくいただきました。 右側がウドの茎の部分の天ぷらです。
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これらの天婦羅は石垣島の荒塩(ホワイトマース)と、パウダー状の塩の沖縄のぬちまーすでいただきました。
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パーティーだとビールがさらに美味しいです。


クリックすると拡大ウドも珍しかったのですが、山わさびは名前も初めて聞くほど珍しいものでした。これが3本も入っていました。調べてみるとワサビと同じアブラナ科の植物で耐寒性の多年草で、正式名はホースラディッシュ(和名 : 西洋わさび)だそうです。英語だとhorseradishで、学名はArmoracia rusticanaでした。フィンランドや東ヨーロッパが原産で右の写真のように先の尖った60cmほどの明るい緑色の大きな葉が特徴だそうです。右の写真はWikipediaから転用させていただきました。
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食べ方が判らなかったのでネットで調べてみました。山葵のようにおろして食べるようなので薬味用おろし金を用意いたしました。
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山わさびをおろしてみました。水の中に生えている普通のわさびに比べると、水分が少ないのが特徴でした。白色をした根には強い辛味があり、西洋では、すりおろしたものはローストビーフの薬味として欠かせないものだそうです。おそらく日本では、粉末にされたものを輸入さているのがほとんどで、北海道以外では生を目にすることは無いのだと思います。北海道では、すりおろしたものに醤油をかけて薬味として使用したり、醤油漬けにしてご飯のおかずにするそうです。
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山わさびの板わさです。普通の山葵に似ている風味ですが、辛みが少し強い感じでした。鼻にツーンとくる風味もありました。珍しい山わさびのおかげで貴重な板わさとなったと思います。別の日に山わさび丼も作ってみました。こちらは別途報告させていただきます。
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アスパラは天婦羅だけでなく茹でても食べました。マヨネーズで食べましたが太さがあり美味しかったです。
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上の写真はクリックすると拡大いたしますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
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「とうや」と名付けられたジャガイモはみんなで食べました。柔らかくなるまで茹ででシンプルにいただきました。
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ジャガイモ「とうや」は塩とバターで食べましたが、さつま芋のように甘い味のジヤガイモでした。「インカのめざめ」は黄色が強い薩摩芋色の甘い味ですが、こちらはジヤガイモ色にも関わらず甘いジヤガイモでした。
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こちらが「インカのめざめ」です。薩摩芋のようだというのが判ってもらえると思います。こちらは別の日の焼肉の時に食べました。
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動物性たんぱく質の料理として2品用意いたしました。一つがカツオのたたきです。
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野菜としてミョウガとシソとカイワレを入れました。しょうが醤油でいただきました。
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もう一品が竹の子が沢山入ったチンジャオロースです。
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舞茸の炊き込みご飯も用意いたしました。
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デザートに紅茶とケーキも用意いたしました。
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プレゼントの花の苗は大きくなると思い大きめの植木鉢に植えました。
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寄せ植えにもしてみました。大きくなるようだと別に植え替えるつもりです。
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パリ到着 早速にホテル周辺を散策 [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリ旅行で2016年5月8日11時40分に成田空港を飛び立ち、12時間を超えるフライトでありながら同じ日である5月8日の18時30分には上の写真のホテルにチェックインできました。これは全て7時間の時差のおかげです。日没の2時間46分前にホテルにチェックイン出来たことから下記のルートで散策にに出かけました。重要な目的の一つが翌日から行くモンサンミッシェルツアーの集合であるマイバス( )の場所を確認することでした。

右下の写真のホテルの螺旋階段の知友清にあるエレベーターは典型粋なヨーロッパ式でした。内側の扉は自動で開閉し、外側の扉を手で開閉するのがヨーロッパ式エレベーターです。それでは散策ルートを紹介します。
この日の散策は合計6.78km(=1.65km+2.28km+2.85km)でした。その散策の中で緑色の部分(━━)を本記事で紹介したいと思います。
クリックすると拡大 16時50分 JAL415 空港到着
 17時30分 空港をバス出発
 18時20分 Opera降車場到着
 18時30分 ホテルチェックイン
 18時52分 ホテル出発      
 19時01分 マイバス到着     
 19時06分 チェイルリー庭園前広場
 19時11分 ルーブル美術館    
 19時15分 セーヌ川到着

 19時15分 セーヌ川散策
 19時43分 ノートルダム寺院到着 
 20時04分 Cafeで軽い夕食    

 21時12分 セーヌ川散策
 21時16分 日没(5月8日21時16分53秒)
 21時41分 夜のルーブル美術館  
 22時01分 ホテルへ戻る     



ホテルの前の道路です。ホテルの前から進んでいく方向を撮りました。
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ホテル前の道を50m進むとこちらに出てきます。ホテルに戻るときの目印になる場所です。左側の道を奥に進むとホテルがあります。建物の正面には気になったレストランLa Fontaine Gaillonがありましたが、結局は入ることはありませんでした。5月12日にLa Fontaine Gaillonの斜め向かいあるレストランDrouant par Antoine Westermannで食事をいたしました。こちらはパリに長く住んでいる人から紹介してもらった有名なお店です。
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上の建物の気になる石像を拡大いたしました。
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オペラ通りに出ました。遠くにオペラ座が見えます。パリらしい風景です。
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オペラ座と反対方向のオペラ通りの風景です。
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オペラ通りを進みました。5月11日にワインバーで会ったパリに長く住んでいる親しい方によると、このあたりの建物の2階より上はマンションとして使われていて、広くなくても1家族分の価格は約2億円だそうです。建物全体でいくらの価値になのでしょうね。古い建物だからこそ値打ちがあるとのことでした。日本ではマンションは買ってから年月が過ぎると下がるのが常識ですが、パリでは資産価値が下がらないのが常識なのです。したがって物価に伴って価格は上がるのがるため約20年で2倍以上にもなると、パリ住んでいる人が話してくれました。
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こちらがマイバスのあるピラミッド通りです。歩道に置かれている緑の大きな塊は、ワインなどのボトルを回収するボックスでした。再利用可能なボトルの利用を促す政策なのだと思います。
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ピラミッド通りに面したマイバスに到着いたしました。
事務所の中に入ってモンサンミッシェルツアーが登録されていることと集合時間を確認いたしました。
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マイバス事務所からさらにセーヌ川の方向に向かって散策を続けました。
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地図で見るとJeanne D'Arc Statue Parisと書かれた、この金色の銅像の場所に出てきました。3本のフランス国旗と、沢山の生花の花束が飾られていることからジャンヌ・ダルク(Janne Da Arc)はフランス人にとって今でも英雄なのだと感じました。
バスが入って行こうとしている道から我々が出てきたのです。
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クリックすると拡大ジャンヌ・ダルク(Janne Da Arc)は若干19歳で亡くなった女性戦士で、フランスの領土をイングランドから取り戻したフランスの国民的ヒロインです。
クリックするとより鮮明に女性戦士の姿を見ることが出来ると思います。右はジャンヌ・ダルクの紋章です。
 生誕 1412年頃1月06日
 死没 1431年 5月30日 (満19歳没)
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さらに進むと広い芝生のスペースに出ました。沢山の人がのんびりと芝生の上に座っていました。19時09分でこの明るさです。まだ日が高かったです。これらの人々を見て、5月8日は日曜日だったのだとあらためて認識いたしました。
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見事な建物に囲まれた場所でした。
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北西方向にはエッフェル塔が見えました。
目の前に広がっているのはチェイルリー庭園です。
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ルーブル美術館の方向です。門のような建物をくぐるとルーブル美術館がありました。
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門のような建造物をGoogle地図で調べるとArc de Triomphe du Carrouselと書かれていました。クリックすると拡大日本語ではカルーゼル凱旋門となります。1806年に着工して1808年に完成したそうです。
パリの象徴である有名な凱旋門(エトワール凱旋門)の2分の1の大きさですが設計は同じ年に行われました。エトワール凱旋門は完成までに30年を要したことから、こちらのカルーゼル凱旋門の方が28年も古いことになります。
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ルーブル美術館です。ガラスのピラミッドが確認できると思います。5月11日には予定通りにルーブル美術館の中に入りました。
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ルーブル美術館をくぐってセーヌ川に出ます。くぐるときに見上げた景観です。
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車や人がくぐる空間の天井です。
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セーヌ川に面した側のルーブル美術館です。
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セーヌ川にかかるキャルーセル橋から見たルーブル美術館です。
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セーヌ川に着きました。キャルーセル橋から西方向(下流方向)を見た景色です。2016年5月8日の日没は21時16分53秒です。逆光で暗く見えますが19時15分は、まだまだ明るいです。ちなみに翌日の日出は6時15分42秒です。この後もいろんなところを散策して夕食を食べてホテルに戻ったのが22時01分ごろでした。翌朝はモンサンミッシェルツアーのためにマイバスの事務所に7時15分までに集合するので安全を見て5時30分に目覚ましをかけました。一番心配なのが時計です。1時間づれる可能性があるので、何度も確認してしまいました。
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空港→パリ市内への移動はRoissyBus  [パリ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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パリのシャルルドゴール空港に2016年5月8日の夕刻についてパリ市内への移動には上のバスを利用いたしました。名前はRoissyBus(ロワシーバス)と呼ばれています。移動方法としてはバス以外では電車とタクシーがあります。タクシーだとホテルまで確実に行けますが料金が高いです。鉄道となると途中での乗り換えがあるので初めてだと不安なので、乗り換えなしで、かつ安く行けるバスにいたしました。地下鉄のOpera駅にはエスカレーターがないので重いスーツケースを運ぶのは大変なので、その点でもバスが便利でした。さらに幸いにも到着場所のOpereから宿泊するホテルが近いのです。

こちらが自動販売機で買ったチケットです。料金は11ユーロ(1380円)でした。パリではチケット類や買い物は全てクレジットカードで帰るので、クレジットカードを使って買いました。
後で判ったことですが、バスの運転手から買うことが出来ます。
写真はチケットの表面と裏面を交互に出しています。
裏面に印字されている08/05/16が2016年5月8日を表しています。クリックすると裏面を表示します。17時27分にチケットを買ったことも分かります。


空港内の始発場所( )を出発して空港内で2回停車( )した後はOpere( )まで直行(Direct)で、停車しないので行くので、乗っていても安心です。
 ターミナル 2 始発場所
 ターミナル 2
 ターミナル 1
 Opera降車場
 宿泊したホテル
 ノートルダム寺院(パリのほぼ中心)
 ━━ バスのルート 34.4km


空港内のバスのルートと停車場を紹介します。始発場所はターミナル2の2Fと2Eの間にあります。空港発のバスは始発場所を含めて3ケ所だけしか停まりませんが、Operaから空港に向かうバスは空港内で細かく停まりました。
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出発してすぐの景色です。向こうに見えるのが2Eです。バスが出発したのが17時30分でした。
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ぐるっと回って2Eの横を通りました。この先に次の停車場( )があります。
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ターミナル2を出たところに、有名な超音速旅客機コンコルドが展示されていました。このあとターミナル1に向かいました。コンコルドは通常の旅客機の飛行高度の2倍の5万5,000~6万フィートの高度を、マッハ2.0で飛行した、定期国際運航路線に就航した唯一の超音速民間旅客機でもありましたが、2000年7月25日に発生した墜落事故や景気低迷などをきっかけに2003年11月26日をもって退役したことでも有名です。驚いたことに事故で喪失した1機以外の内、解体されたものは1機のみで、残りは全てヨーロッパ(14機)とアメリカ(3機)と西インド諸島のバルバドス(1機)で展示・保管されています。シャルルドドール空港に展示されている機体は次の通りです。
 製造番号   215
 製造形式   Series101
 機体登録記号 F-BVFF(ex.F-WJAN)
 使用用途   量産型15号機
 初飛行    1978年12月26日
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ターミナル1でも停車( )いたしました。
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パリ市内に向かう高速道路です。
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バス車内です。バスは2両連結で、写真は連結部分です。
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驚いたことにバスの中では無料WiFが使えました。フランスでは無料WiFiが発達していました。建物の中だけでなくバスやツアー用の車でも無料WiFiが使えました。


パリ市内に入るとパリらしい建物であふれていました。
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街並みもパリらしくなってきてパリに来た実感を感じられるようになってきました。
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冒頭の写真とおなじですが、ここがOpera降車場です。少し前に進んだ場所から空港行きのバスが出ていることが確認できたので帰国の2016年5月14日にも利用させてもらいました。到着したのは18時20分でした。空港を出発が17時30分なので所要時間は50分だったことになります。
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Opera降車場は写真のオペラ座(別名:ガルシア宮)がある場所にあります。この写真で言えば建物の左奥にあります。
  用途  歌劇場、バレエ・ホール
  設計者 シャルル・ガルニエ
  建築主 ナポレオン3世
  構造  ネオ・バロック様式
  敷地  11,237m2 m²
  階数  6
  高さ  82m(アポロン像の先端)
  着工  1862年7月21日
  竣工  1875年1月15日
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Opera降車場から泊まったホテルまでは歩いて5分の距離でした。ただし降りた瞬間は方向が分からないので進む方向に迷いましたが、オペラ・ガルシアが目印になったので通りの名前が確定出来たら迷わずにホテルに行けました。
 Opera降車場
 宿泊したホテル
 ━━ バスのルート 34.4km
 ━━ 歩いたルート 575m
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こちらが泊まったホテルです。
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帰国日(2016年5月14日)のチケットも紹介しておきます。裏面に14/05/16 17H22の文字が確認できると思います。クリックすると裏面を表示します。

文章内と画像を並列に配置する場合のheightの設定数値 [裏ワザ]

本記事は主に自分用に便利な使い方を記録しておくものです。
下の例のように文章と写真(画像)を左右に並列に配置する場合の文章の行数に見合った写真の適正な高さ(height)を示しています。
下記の枠内の写真(画像)表示データーの中のheight="???"の部分に下記の数値を入れることで適切な写真の大きさになります。
写真を右に配置する場合は「align="right"」とし、
   左に配置する場合は「align="left"」 とします。
使われているOSや、文字の種類や、文字の大きさによって適正な数値は変わるので、数値自体は調整が必要です。
行数height行数height行数height
115714313271
236816414292
357918515313
4791020716335
51001122817356
61211224918377

 21 : 441  22 : 463  23 : 484  24 : 505  25 : 527

下記に例を記載します。
本写真が使われた記事「竹の子チャーハン」はこちらです。→ポチッ

height="15" 高さ 1行
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。

height="36" 高さ 2行
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。

height="57" 高さ 3行
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

height="79" 高さ 4行
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

height="100" 高さ 5行
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

height="121" 高さ 6行
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。

height="143" 高さ 7行
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。

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 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。

height="185" 高さ 9行
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。

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 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。

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 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。


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パリ便からの景色 JAL415 [機内]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大前記事では2016年5月8日に成田からパリに飛んだフライトの機内食や設備に関して記載させていただきました。
本記事では、私が座った03Aの席の窓からの景色を時系列的に紹介したいと思います。撮った時の時間も記載いたします。
フライトスケジュールは次の通りです。
 5月08日(日) JL415 11:40 成田空港出発
 5月08日(日) JL415 17:10 CDG空港到着 (日本時間 翌00:10)

こちらが今回我々が乗った飛行機787です。
 全長     56.7m
 全幅     60.1m
 全高     16.9m
 エンジン推力 32.8t×2
 巡航速度   916km/h
 最大離陸重量 227.9t
 航続距離   14,800km
 客席     161名
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成田空港63番搭乗口(ボーディングブリッジ)から滑走路に移動(━━)して南南西方向に飛びたちました。
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飛行機は定刻に近い11時50分に63番ボーディングブリッジを離れました。写真は滑走路へ移動中の写真です。我々の後ろにも沢山の離陸のための飛行機が連なっていました。時刻表示は「11:59(04:59)」は写真を撮影した日本時間を示しており、カッコ( )内はフランス時間を示しています。
11:59(04:59) = 日本時間(フランス時間)
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成田空港から離陸する動画も紹介します。1分28秒の動画です。
12:00(05:00)から1分28秒


離陸3分後の窓からの景色です。田植えが終った水田が広がっていました。
12:03(05:03)
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遠くに富士山が見えました。焦点距離300mmで撮ってもこの大きさです。今回の飛行コースは離陸した後は富士山から離れていくので成田空港が一番近い(156km)ことになります。離陸して21分後と考えると約163km(宇都宮あたり)の距離から撮影したことになります。
12:21(05:21)
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それぞれの山の名前の特定は難しいけれども、女峰山、男体山、横根山、赤城山、長七郎山、白根山、至仏山、武尊山、庚申山などがある地域です。
12:25(05:25)
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この湖は中禅寺湖です。右下の山は男体山だと思われます。
12:26(05:26)
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高い山々が続きます。
12:27(05:27)
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日本海に出るところです。この後、佐渡島の上を通過してロシアに入りました。
12:34(05:34)
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日本海に出るとすぐに雲に覆われたためにロシアの海岸を見ることが出来ませんでした。
12:44(05:44)
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私には鯛生姜煮をメインとした膳が出されたころの窓の景色です。
そして娘にはメインの和牛のサーロインステーキが出されて、右の写真のように赤ワインを注いでもらっている頃でもありました。地上はロシアです。
14:00(07:00)


日本海を出てから2時間後には雪の世界になった気ました。
15:26(08:26)
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短期間の間に雪と氷の世界に変っていきました。
15:28(08:28)
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川が凍っている景色です。シベリアらしい景色です。5月ですが、まだ氷の世界でした。
17:12(10:12)
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今回は雲が多い景色ですが、時々雲の間にシベリアの景色を見せてくれました。
17:33(10:33)
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大きな大河も凍っていました。
19:01(12:01)
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離陸した7時間です。
19:03(12:03)
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雲の切れ間にこのような景色を見せたくれました。
19:19(12:19)
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地形が険しくなってきているようでした。
19:21(12:21)
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山々が見えてきました。
19:22(12:22)
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クリックすると拡大海の上に出ると、海の上には風力発電のための風車が並んでいました。
クリックすると広範囲を表示するので、沢山の風車を確認できると思います。下の写真は右の写真の一部を拡大したものです。
22:32(15:32)
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海峡の手前がボスニア海で、奥がバルト海だと思います。つまり左側の陸地がフィンランドで右側の陸地がスウェーデンです。
22:34(15:34)
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ヨーロッパに入り畑は三色のモザイク模様のようでした。黄色は菜の花で、緑は麦畑で、土色はまだ作物が伸びてきていない畑です。着陸の13分前なのでフランスに入っていると思われます。
23:37(16:37)
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パリの街に最も近いところを通った時の景色です。ここから7分後には着陸いたしました。写っている駅はVilliers-le-Bel-Gonesse-Arnouvilleです。パリの街の中心から北北東へ16kmの位置です。
23:43(16:43)
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その時の飛行機の位置を示したフライトマップです。
23:43(16:43)
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パリのシャルルドゴール空港への着陸の動画です。フランスに来たことを最も実感する瞬間です。トータル10分50秒の動画ですが、着地の瞬間は2分25秒です。その後は搭乗口まで移動する映像なので飛行機に乗っている気分を味わってください。
23:43(16:43)から10分50秒


飛行機がボーディングブリッジに到着した時のフライトマップ画面の写真です。フライトは12時間30分の予定でしたが12時間10分と20分早く空港に着陸いたしました。空港には西から着陸いたしました。
23:54(16:54)
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パリのシャモモドゴール空港へは西から滑走路に着陸して搭乗口(ボーディングブリッジ)まで移動(━━)いたしました。動画と見比べてみるとその時の場所が分かると思います。左上の丸いところが第一ターミナルで、我々の飛行機が停まったところが第二ターミナルです。地上からでは分かりませんでしたが、真上からの航空写真を見るとお洒落な空港であることが分かりました。短い滑走路で、さらに短い距離で着陸出来ているのにも驚かされました。
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Googleの衛星写真での赤いライン(━━)が成田空港とパリ・シャルルドゴール空港を直線で結んだラインです。ただし空港の周辺だけは飛行ルートに近いようにしています。それ以外のラインはあくまでも直線で飛行ルートではありませんが近いところを飛んだと思われます。
  成田空港
  シャルルドゴール空港(CDG空港)
 ━━ 空港間直線ライン 9721km

パリへの出発便 JAL415(最新機787) [機内 CY]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2016年5月8日からパリ周辺に旅行に行っていた記事を時系列的に順番に掲載していきたいと思います。先ずは成田からパリへのフライトから紹介したいと思います。ここでは機内の料理だけでなく最新機である787の長距離機の設備に関しても紹介したいと思います。上の衛星写真での赤いライン(━━)が成田空港とパリ・シャルルドゴール空港を直線で結んだラインです。大きく曲がっているように見えますが平面で表した地図では直線はこのように大きく曲がって見えます。ラインはあくまでも直線で飛行ルートではありませんが近いところを飛んだと思われます。
  成田空港
  シャルルドゴール空港(CDG空港)
 ━━ 空港間直線ライン 9721km

最寄駅を8時53分に乗り、空港には9時31分に着いて、9時40分ごろにはチェックインいたしました。私の赤い方の大きなスーツケースの中身はガラガラですが、帰国の時に役に立ちました。


クリックすると拡大こちらが私の搭乗券ですが、クリックすると2名の搭乗券を表示いたします。
 5月08日(日) JL415 11:40 成田空港出発
 5月08日(日) JL415 17:10 CDG空港到着
すでに前記事で紹介した通り我が家には預けられないワンコがいるので私と家内が同時に旅行に行けないので、今回は私と娘でフランス旅行をいたしました。前回2016年4月23日~25日の石垣島の旅行では家内と娘が行き、私は留守番でした。5月23日~25日は家内が四国に旅行に行く予定です。11月11日~14日は家内と娘がベトナム旅行に行く予定で航空券は予約してあります。
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安全検査を通過して出国審査を受けてラウンジの席に座ったのが9時50分でした。一度、席に着いてから私は買い物やユーロ交換に出かけました。


こちらがラウンジの中の食事専用エリア「ザ・ダイニング」です。最初にこちらに来たのですが満席の上に行列が出来ていたので諦めて上の通常の席に座りました。10時20分ごろには空席が出来ていたので「ザ・ダイニング」に移動いたしました。


フランスは乗物のチケットや各所の入館料やレストランは全てクレジット支払うことが出来ることが分かりましたが、出国の時点では事情がよく分からないのでとりあえず230ユーロ(約3万円)だけユーロに交換いたしました。この時の交換レートは1ユーロ=125.44円でした。
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ラウンジでは、適当なツマミとスープでスパーリングワインをいただきました。これ以外に赤ワインを味見程度飲みました。
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こちらが我々が乗った新鋭機の787です。
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こちらが長距離便で使われているSKY SUITEと名付けられた最新の座席です。ファーストクラスほどの広さはありませんが、広さ以外はファーストクラスに近いコンセプトの座席でした。右のように記念写真を撮ってもらいました。娘が着ている薄緑色のカーデカンはJALから出されたものです。テレビ画面は23インチ(584mm)なのでかなり大きかったです。右の壁に付いているのが映画などを見るためのコントローラーです。これは後で説明いたします。
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水平飛行に飛行に入ると飲み物と、おしぼりが配られました。飲み物はシャンパンを選びました。ボリュームのあるタオル地のおしぼりは日本の航空会社の特徴です。
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食事タイムに入ると好きな飲み物をお願いすることが出来ます。私はシャンパーニュ(シャンバン)をお願いいたしました。シャンパンはCharles Heidsieck Brut Reserve N.V.(シャルル エドシック ブリュット レゼルヴ N.V.)でした。普段はなかなか飲めないクラスのシャンパンでした。
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食事は和食と洋食が用意されていて、娘は洋食を選択したので、私は和食を選びました。先付は2種類出されました。
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先付の2品を紹介します。左側が「自家製ピクルスと自家製オリーブ」て゜、右側が「カニ入りコールスロー」でした。
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次に出されたのが九つ小鉢でした。名前はズバリ「九つの小鉢膳」でした。「膳」と呼ばれていたようにテーブルに一杯になるほど立派なものでした。
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九つの小鉢膳が立派だったので一品一品を全て紹介します。興味のある料理があればクリックしてみてください。
 分葱とあさりの山葵酢味噌味噌和え  玉子豆腐イクラ添え
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 鴨ロース菜の花巻き湯葉添え     鶏の柚子胡椒焼き
クリックすると拡大クリックすると拡大
 サーモンのたたき生姜にんにくあん  鮑すっぽんあんかけ
クリックすると拡大クリックすると拡大
 メバル南蛮漬け           鶏松風、青梅、海老鱧煮、紫蘇蓮根
クリックすると拡大クリックすると拡大
 かます寿司 焼き明太子和え     九つの小鉢膳
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シャンパンは少なくなるとすぐに注いでもらえました。
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次に出されたのが鯛生姜煮をメインとした膳でした。炊き立てのご飯は嬉しいサービスです。
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私は最後までシャンパンにいたしました。
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こちらが鯛生姜煮です。わらびや竹の子などの煮物も添えられていました。
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暖かい味噌汁は嬉しいものです。
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娘も最初はシャンパンにいたしました。美味しいシャンパンなので私が薦めました。上で紹介した通り、娘が着ている薄緑色のカーデカンはJALから出されたものです。
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洋食の前菜(アミューズメント)は和食の先付と内容が同じでした。


洋食で次に出されたオードブルは、牛タンの塩漬けハムの入ったマスタードソースのサラダでした。カメラを娘に渡して撮ってもらいました。パンはメゾンカイザーの特製パンが使われていました。プチナチュールとハーブのプチパンでした。
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オードブルの「牛タンの塩漬けハム マスタードソースのサラダ」にはブロッコリーやマッシュルームも入っていました。
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メインデッシュは2種類が用意されています。「和牛のサーロインステーキ」と「鰆のソースクリー 筍添え」でしたがステーキの方を選択しました。ここで右の写真のように赤ワインを頼みました。
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赤ワインを入れてもらっている写真も掲載します。銘柄はシャトー・ボー・シット2013(CHATEAU BEAU-SITE 2013)です。娘のカメラも私と同じG7Xです。と言っても私の方が後から買いました。家族の海外旅行は右の写真のイタリア旅行以来でした。


前菜(先付)と同様にデザートのムースも和食と洋食は同じでした。私は紅茶でいただきました。
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デザートの名前は「ミカフェクのアイスコーヒーゼリーとココナッツ風味のミルクムース」です。この時、離陸して2時間40分後でした。いつもだったら上海への着陸態勢に入る頃なのでいかにゆっくりと食事と飲み物が楽しめているかが分かってもらえると思います。
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食事が終わるころになるとシベリアの景色になってきました。5月ですが、まだ氷の世界でした。
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機内販売では長距離便のファーストクラスとビジネスクラスだけで特別価格(3200円)で売られている焼酎「森伊蔵」を購入いたしました。持ち帰りが面倒なのが分かっていましたが、かなりお得な値段なので帰りの便で無くなる可能性があると思い買ったのでした。機内の価格は3200円ですがAmazonの価格は15980円なのですごく得なのです。
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今回の機体である787は最新機なので長距離便の最新鋭機体の設備に関して、すこし紹介したいと思います。
窓には日よけ用のブラインドがありませんでした。窓の下のボタンを押すと窓が5段階の明るさに変るのです。ボタンの上半分の白いところを押すと明るくなりランプが一番上に行くと完全にクリヤーになります。ボタンの下半分の黒い方を押すと暗くなります。魔法のガラスと言った感じでした。右側の窓が完全にクリヤー状態で、左側の窓の色が中間位置です。色が変わるのにボタンを押してから少し待つ必要があります。
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今回の座席であるSKY SUITEの特徴は完全に水平になることでした。一番上の3つのボタンの右側のボタンを押し続けると水平になります。
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水平にした座席の上にマットを敷いてベッドメイキングしてもらいました。これで完璧なベッドに変身です。このサービスはファーストクラスと同じです。枕の素材も特殊で軟粘性で固くもあり柔らかかくもありました。
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羽毛の掛布団も付いているのでホテルのベットで寝るのと同じでした。行きのフライトでは、ぐっすりと眠らさせてもらいました。
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クリックすると拡大今回で一番驚かされたのがトイレでした。
トイレがウォシュレット(温水洗浄便座)だったのです。
前々からウォシュレットだといいなと思っていたのですが、やっと実現したとの印象でした。形から見て航空機用に特別に開発されたものだと思われました。
ちなみにウォシュレットはTOTOの商品名ですが、この製品がTOTO製かどうかは確認しておりません。
yosさんのコメントでウォシュレットはTOTO製であることが分かりましたので報告させていただきます。→ポチッ
飛行機という特殊な環境に取り付けるために、今度は技術的なハードルをいくつも越えなければなりませんでした。狭いスペースで便座の奥行きを確保するため、ノズルの角度を変更したり、機内の限られた電力と水を有効に使うために、一人当たりの使用回数と時間の工夫をしたり。また、耐火性や強度といった飛行機の安全性の確保など、クリアしたハードルは数知れず…。「ウォシュレット」の製造を担当するTOTO社を始め各社の皆さま、本当にありがとうございました!
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エンタテイメントのコントローラーはタッチパネル式のスマホタイプでした。見たい映画はコントローラーの画面でスクロールしながら出してタッチして選択します。映画は「レヴェナント:蘇えりし者」「オデッセ」「コンカッション」の3つを見ました。フライトマップはテレビ画面でもコントローラー画面でも出せるので映画を見ながらコントローラー画面で飛行機の場所を確認することが出来ました。下の写真は2秒ごとに3枚の写真を表示します。一枚目は両方の画面にフライトマップを出している状態でコントローラーにピントを合わせています。二枚目は両方フライトマップでテレビ画面にピントを合わせています。三枚目は映画を見ながらコントローラーでフライトマップを表示させている状態です。
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クリックすると拡大離陸直後の食事の後は、コントローラで次の飲み物やデザートや食事を予約することが出来ました。いつでも好きなものを食べることが出来ます。オーダーの大区分は次の通りです。下の画面はアラカルトです。
  アラカルト
  セットメニュー
  チーズ&リフリッシュ...
  ワイン
  日本酒・焼酎
  その他アルコール
  ソフトドリンク
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長距離便では離陸直後の食事と、着陸直前の軽食が用意されていますが、その中間でも好きなものを注文することが出来ます。今回は利用しませんでしたが、飲み物を頼むのに便利そうでした。用意されているものは、グリルチキンのサラダ、JAL特製ビーフカレー、醤油ラーメン、山菜うどん、サーモンとカッテージチーズのサンド、三元豚のカツサンド、各種チーズの盛り合わせ、フレッシュフルーツ、DEAN&DELUCAのアイスクリームがありました。
私はアイスクリームと紅茶を頼みました。
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程よい固さで、美味しくいただきました。離陸から6時間後だったので、ちょうど中間地点でした。
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着陸直前にも2種類の軽食が用意されています。その軽食とは「フミコの和食」と「フミコの洋食」です。私はフミコの和食を頼みました。和食と言っても黒毛和牛のフィレステーキが入った台物がメインです。椀物は生姜がきいたワカメのお吸い物でした。
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こちらが黒毛和牛のフィレステーキが入った台物です。白いものはモッツアレラチーズです。名前にフミコが使われているのは、パリを拠点に料理プロジューサーとして活躍されている狐野扶実子さんが監修された献立だからだそうです。
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こちらの味噌系のソースで食べるステーキは美味しかったです。
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漬物も美味しくいただきました。娘は醤油ラーメンを食べていました。醤油ラーメンの写真は撮り忘れました。
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着陸した時のフライトマップ画面の写真です。フライトは12時間30分の予定でしたが12時間10分と20分早く空港に着きました。空港には西から着陸いたしました。今回は2人ともぐっすりと寝れたおかげで、ホテルに到着後にセーヌ川やルーブルやノートルダム寺院など、歩いて行ける場所を22時近くまで散策することが出しました。翌日からのモンサンミッシェルのツアーをお願いしているマイバス(ツアー会社)の事務所(集合場所 7時15分)の前まで行き、ホテルから歩いて5分で行けることも確認できました。事務所の中に入って予約済であることも確認できました。
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パリからの帰国便 2016年5月14日 [機内 CY]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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昨日2016年5月15日にパリから上の搭乗券のフライトで帰国いたしました。
  5月14日(土) JL416 21:55 シャルルドゴール空港出発
  5月15日(日) JL416 16:30 成田空港到着クリックすると拡大
今回は5月8日からの娘とのフランス旅行でした。本来ならば家内も入って3人での旅行にしたいところですが、我が家のワンコ(名前:むさし)はペットホテルが苦手の上に、高齢域となる16歳と言うこともあり家内か私のどちらかが留守番する必要があるため娘と2人の旅行となりました。その代り11月は家内と娘でのベトナム旅行を、すでに予約しています。
座席は一番前のH席とK席にいたしました。帰国便では私が通路側のH席としたために窓からの景色の写真は撮れませんでした。

パリではJALの専用ラウンジがないのでエールフランスのラウンジに入りました。エールフランスのラウンジだとワインが飲みたくなります。シャンパン(シャンパーニュ)と2種類の赤ワインです。
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白ワインは左の凹み部分に4本入れられていました。この凹みには常に冷気が満たされるような仕組みになっていました。シャンパン用にも同じく4本入る凹みが設備されていました。
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チーズと白ワインです。ラウンジでは白ワインとシャンパンと2種類の赤ワインを少しづつ飲んでみましたがいずれも美味しかったです。
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ここから機内の食事などを紹介したいと思います。飛行機に乗って食事前にジュースとシャンパンが用意されていたのでシャンパンをいただきました。
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シャンパンはCharles Heidsieck Brut Reserve N.V.(シャルル エドシック ブリュット レゼルヴ N.V.)でした。
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出発直後の食事では最後までシャンパン(シャンパーニュ)にいたしました。
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帰国便では洋食を選択いたしました。前菜(アミューズ・ブーシュ)は2種類で左が「ジャガイモとバジルとアンチョビ風味のマスカルポーネソース」で、右が「チョリソーとオニオンのキッシュ」でした。
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隣の席の娘は白ワインにしていました。銘柄はモントグラス・レゼルヴ・シャルドネ2015(MontGras Reserva Chardonnay 2015)でした。
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食事は洋食と和食が用意されているので一人が洋食の時は、もう一人は和食を選ぶように決めていて成田スラの出発便では私が和食にして、娘は洋食にしました。
ただし帰国便では洋食のオードブルとしホワイトアスパラの料理が入っていたことから2人ともに養殖にいたしました。
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こちらが「ホワイトアスパラのパルマハム巻きカルボナーラソース」です。オードブルと書かれていましたが、十分にメインデッシュとして通用する一品でした。
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ホワイトアスパラの部分を拡大いたしました。
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パンも美味しかったです。メニューには「ルノートルのパン」と書かれていました。パンにもこだわっていました。
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メインデッシュは肉とシーフードの2種類が用意されていて、私は肉料理をいただきました。尾崎牛のサーロインステーキですが薄く切ったパン(ブリオッシュ)の下に隠れています。
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肉が見える写真も掲載します。メインデッシュとしては小さいけれども、ホワイトアスパラの利用理がメインデッシュなみだったのでバランスがとれている気がします。
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お肉のソースはフロマージュブランとエシャロットの2種類のソースが容易されていましたが、主に荒塩でも食べました。
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洋食のメインデッシュは2種類から選択できるので娘は海老料理にいたしました。
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こちらが「ブルーシュリンプとほうれん草 シェリー酒とカカオソース」です。大きな海老と沢山の野菜が入った料理でした。
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デザートはジャン=ポール・エヴァン特製「プリマヴェーラ」でした。日本茶でいただきました。
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プリマヴェーラ中はいろんな層で構成されていました。クリーミーで甘ずっばい味と言えば想像がついてもらえるでしようか。
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離陸直後の料理が終わった後でも軽い食事などを頼むことが出来ます。私は着陸前4時間15分(離陸後7時間20分)に写真のカレーを頼んでみました。名前は「東京香味カレー"シーフードカレー"」と書かれていました。TOKYO CURRY LAB.とJAPAN AIRLINESのコラボのようでした。今回の旅行での機内で初めて赤ワインをいただきました。赤ワインとして用意されているのはシャトー・ボー・シット2013とベッカー シュベート ブルグンダー ドッペルシュ トゥック2013です。
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カレーを拡大いたしました。
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カレーを食べた後は白ワインも頼みました。少なくなってくると注いでくれたので、たっぷり2杯飲ましていただきました。今回の旅行の機内での初めての白ワインとなりました。
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娘はフレッシュフルーツとショコラを頼んでしました。
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着陸前3時間(離陸後8時間45分)ごろから、起きている人に対して軽い食事が出されます。事前に希望すれば食事のために起こしてくれます。私は和食を頼みました。ここで初めてビールをいただきました。これも旅行中機内での初めてのビールとなりました。
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分厚い鮭の西京焼きが美味しかったです。玉子焼きと明太子と梅干しがついていました。
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久しぶりの味噌汁でした。
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小鉢は、イクラが添えられた蟹ともずく酢です。
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娘はサンドイッチを頼んでいました。鴨のコンフィのサンドイッチでした。これから順番にフランス旅行の記事を掲載したいと思いますが、撮った10731枚の写真の整理もある上に、1週間も家にいなかったので数日は中々、手に着かないまで、ゆっくりと掲載させていただきたいと思います。
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今日がフランス最後の一日です。 [フランス]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大すでに報告の通り2016年5月8日から5月15日までフランス旅行に来ていて今日が最後の一日となりました。今日2016年5月14日の21時55分発のフライトなので帰国日ではありますが18時まで市内観光したいと思っています。モンサンミッシェル(5月9~10日)とロワールの城めぐり(5月13日)のツアーはそれぞれ現地の旅行会社のマイバス(myBus)で行ってきました。ヴェルサイユ宮殿とパリの観光は地下鉄と郊外電車の1日乗車券を利用させてもらいました。
  5月08日(日) JL415 11:40 成田空港出発
  5月08日(日) JL415 17:10シャルルドゴール空港到着
  5月09日(月) モンサンミッシェル・ツアー
  5月10日(火) モンサンミッシェル・ツアー → パリ
  5月11日(水) ルーブル美術館 + パリ市内観光 ワインバー (19時~)
  5月12日(木) ヴェルサイユ宮殿
  5月13日(金) ロワールの城めぐり・日帰りツアー
  5月14日(土) パリ市内観光
  5月14日(土) JL416 21:55 シャルルドゴール空港出発
  5月15日(日) JL416 16:30 成田空港到着

フランスと日本では7時間の時差があります。つまり日本時間14時30分は、パリでは7時30分です。今日は最初に印象派の作品が数多く収蔵されていることで有なオルセー美術館(9時開館)に行きたいと思っています。こちらの写真は5月12日に行ったヴェルサイユ宮殿です。フランスの記事は帰国後に掲載させていただきたいと思っております。
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追伸
先ほど空港に着いてJALにチェックインしてラウンジに着きました。
帰国の日(2016年5月14日)はオルセー美術館い行き、美術館内で軽い朝食を食べた後にサント・シャペルとコンシェルジュリーに行きました。
そのあとエッフェル塔の近くに移動してバトー・ムーシュでセーヌ川の約1時間のクルージングを楽しみました。
写真の建物はオルセー美術館で、目の前のセーヌ川を走っているクルーズ船が、我々が乗ったバトー・ムーシュです。
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タグ:パリ

ドイツは菜の花の季節でした。 [ドイツ]


クリックすると実感できるかも
ミュンヘンから40kmの場所です。5月20日の景色です。日本では菜の花はもう終わりでしたが、こちらでは菜の花が満開でした。3枚の写真のうち一枚は是非ともクリックしてみてください。実感できると思います。

高速道路なので160km/h以上のスピードで走っているため、いずれも鮮明には撮れていませんが、一面が菜の花畑の雰囲気を伝えたくて掲載いたしました。
クリックすると実感できるかも

長いパノラマ写真です。この日はタクシーで100km走りました。メーターだと料金は高くなってしまいますが、事前に交渉すると120ユーロで行ってくれます。
クリックすると実感できるかも

きいろの花 [植物]

が表示された写真はクリックすると拡大します。
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花数は少ないけれど庭に黄海老根(キエビネ)が咲きました。今の時期は次々に花が咲く時期ですね。黄色い花と言えば、道端にはきんらんもありました。

花をじっくり見るとやっぱり蘭だと分かります。
今日(2016年5月13日)はmyBus社手配のミニバスか大型ワゴン車でロワールの城めぐりツアーに行ってきます。
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タグ: えびね

原種のバラ園 [植物]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。


すでに報告させていただいたように2016年5月8日からパリに来ています。帰国は5月15日になる予定です。それまで新しい記事を書くのが難しいので、長く下書きになっていた記事を再掲載いたします。以前に京成バラ園に行った時のことを紹介しましたが、近くにもう一つバラ園があります。京成バラ園に行った翌日にそちらのバラ園にも行ってきました。行った場所は草笛の丘バラ園です。ここの特徴はバラの原種が沢山あることです。

日本の原種は、すべて植えられているとのことでした。全てというところが凄いです。
特に目を引いたのがサンショウバラ(山椒薔薇)です。木自体がサンショウそっくりなのです。写真をクリックすると木全体を表示します。
クリックすると全体表示
                                      
日本の原種以外にも中国の原種、アジアの原種、世界の原種コーナーが大きく取られています。原種に近いものをいくつか掲載いたします。これはバラらしくない葉です。

                           
この原種もバラらしくない葉です。


綺麗な色をしています。


綺麗なピンク色です。


透通るような色です。


ほとんどが原種でしたが、もちろん原種ばかりではありませんでした。
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やはりいろんな色がありました。販売もしていました。上から2番目の写真で紹介した興味深々のサンショウバラも売っていました。
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バラ園の航空写真を掲載いたします。
写真内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。

rappiさんの横浜のバラ散策にトラックバックしています。
タグ:バラ

下書き-1

下書き


タイトル:子供の結婚式 家族が増えました。

タイトル:戦国時代の城 先崎城

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先日、千葉県佐倉市小竹地区の小竹城と、その城を築城した小竹五郎高胤の墓を紹介いたしました。→ポチッ
小竹城があった戦国時代に隣の先崎地区も先崎城がありました。城があった周りで先崎城という表示を探した結果、上の写真のように「先崎城主 墓石」の標柱(墓守記念碑)を見つけました。

臼井城のあった東の方向から先崎城の方向を撮った写真です。赤い矢印のところに先崎城がありました。高台から平地に睨みを利かす形でお城があったことが判ると思います。今から400年前の戦国時代はどのような景色だったのでしょうね。
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先崎城があったあたりを拡大いたしました。写真の中央の高台に主郭があったものと思われます。


震災のあと、このあたりも、新しい家が増えましたが、昔からの家もたくさん残っています。タイムスリップした気分にさせてくれる場所です。



航空写真で先崎城を紹介します。青いマークのところが先崎城です。現在の先崎城のある場所の住所は千葉県佐倉市先崎1567番~1580番です。先崎の明確な経緯はネットでは記載されていないので千葉県や印旛郡や佐倉市の沿革から想定される経緯は次の通りです。
 江戸時代~             下総国印旛郡先崎村     佐倉藩管轄
 1871年07月14日(明治04年) 佐倉県印旛郡先崎村     廃藩置県
 1871年11月14日(明治04年) 印旛県印旛郡先崎村 
 1873年06月15日(明治06年) 千葉県印旛郡先崎村      
 1889年04月01日(明治22年) 千葉県印旛郡志津村先崎  1町7村が合併 
 1954年03月31日(昭和29年) 千葉県佐倉市先崎       佐倉市が設立       

より大きな地図で 先崎城 を表示
城があった高台の崖下に小さなお堂があります。これが先崎地蔵尊で、お堂の中に高さは90cmの丸彫りで一心に合掌する坐像の石仏が奉られています。
クリックすると拡大右の説明書きには次のように書かれていました。
先崎地蔵尊
 願主 友野河内
 一.慶安三年二月二十四日創建
 二.地蔵信仰と庚申信仰が習合の文化
 三.座像の地蔵尊は珍しい
    佐倉市文化財審議委員会談
慶安三年は1650年です。
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お堂の格子の間から地蔵尊を見ることが出来きました。右側のお地蔵さんは明治四十二年一月に友野富三郎さんによって収められたものです。お地蔵さんは「子供の守り神」のためか、左側に子供の人形も収められていました。


地蔵尊の左側に冒頭の写真で紹介の先崎城主の墓石がありました。墓石の右側には先崎城主墓石と書かれた標柱があり、標柱の裏には「慶安三年ニ月建立 (1650年)」と書かれていました。時代背景はよくわかりませんが1650年は江戸時代に入って47年目の年です。そして今から363年前です。
墓石に掘られている年代をは右から次の通りです。真ん中の墓石には桂岳道照と書かれています。この墓石は宝篋印塔(ほうきょういんとう)と呼ばれる形式だそうです。
 慶安三年四月四日   1650年
 慶安三年六月      1650年
 寛文二年八月十八日  1662年
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上で紹介の年代はそれぞれの台座に掘られており写真をクリックすると読み取れます。下の方は読み取れませんが戒名と思われる「楓早紅禅定門 」「禅定尼・ 」「禅定門霓・ 」の文字も見れます。
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上で紹介の墓石以外にも沢山の墓石がありました。明治三年四月廿二日に友野幸太郎さんが再建した石碑(墓石)などもありました。小竹城の場合は小竹五郎高胤が築城したものですが、先崎は人の名字ではなく印旛沼の中の岬(先崎)に由来する地名です。ネットで調べても築城者の当時の氏名は判りませんが、先崎地区で沢山ある名字の友野氏の祖先にあたるものと思われます。
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同じ場所に沢山の庚申塔もたてられていました。


さらに別の石碑も建てられていました。
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ネットで先崎城を検索した結果、歴史的背景の記載されたものはほとんどありませんでしたが謙信、下総臼井城攻めの章 関東騒乱(七)内で永禄8年(1565年)に臼井城を上杉謙信が攻めて敗退した時の記述に先崎城の名前があったので転記しました。戦国時代の厳しさが伝わってきます。少なくとも1565年以前に先崎城が存在したことになります。
剛勇の武士。その働きは北條家の赤鬼とまで異名されたと関八州古戦録にある。 此方から援軍に駆けつけるはずの大和田砦から、反対に松田孫太郎が援軍に来たのであれば、小田原からの援軍も期待できるとの思いを持った上野介胤貞、松田の援軍を臼井城に案内すると直ぐに自兵をその主要な支城である小竹城、先崎城、志津城、師戸城、岩戸城を固め、臼井城周辺に置かれた洲崎、仲台、宿内、手繰、稲荷台の各砦に人数を詰める事にした。...
謙信は先陣である長尾顕長、富岡重朝の手勢を印旛沼の北側に送り込み、岩戸城、師戸城を取り囲ませると、中備えの本庄繁長、北条丹後守、新発田治長の手勢を印旛沼南岸の西北方面から、先崎城に向かわせ、他国衆の本庄秀綱、三上兵庫介正秋、石毛平馬持之、森下三河守の手勢には臼井城南西にある志津城を囲ませている。...
印旛沼対岸でも先崎城から崩された原上野介の兵が仲台砦にばらばらと逃げ帰っており、志津城からも同様に越後兵に追われた城兵が手繰砦に逃げ込んでいた。 謙信本陣もこれを見て陣を動かし、目の前の小竹城に寄せると、これも三月十日までには総崩れとなって手繰砦へと入って行った。...

高台の淵は絶壁になっています。こちらが東側です。写真をクリックすると東方向の景色を表示します。
クリックすると東方向の景色

こちらが南側の絶壁です。写真をクリックすると崖下の景色を表示します。
クリックすると崖下の景色

絶壁の淵は土塁のように盛り上げられていました。写真の右側が絶壁です。当時の地形が残っているものと思われます。写真をクリックすると内側を表示します。
クリックすると内側を表示

高台から奥に入ったところにも古い墓石のような石碑がありました。左の墓石には寛文九年五月(1669年)先崎村と書かれておりました。形式は五輪塔(ごりんとう)で高野山の墓石でよく見かけました。右の石碑には享保十年十月四日(1725年)先崎村と書かれていました。
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古い墓石あるいは石碑がさらにありました。年代は宝永四年(1707年)、寛政六年(1794年)、天明六年(1786年)が読み取れました。


先崎城のそばには鷲神社があります。鷲神社の開創は承平七年七月七日(937年)とのことなので先崎城が出来る以前からあったものと思われます。ただし建物は応永年間(1394~1428年)に火災により被害を受けたことから1844年に再建されたものだそうです。石の鳥居は寛文十三年(1673年)に建立された当時のままだそうです。


先崎城、先崎城主墓石、地蔵尊、丘の上の墓石、鷲神社の位置関係です。
クリックすると広範囲の地図を表示


タイトル:「小竹城」と「小竹五郎高胤の墓」

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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千葉県佐倉市小竹地区は、辻切り不思議な風習を紹介したとおり、伝統が残る歴史のある地区なのです。その中で貴重な文化資産なのが小竹五郎高胤(おだけ ごろう たかたね)によって1390年頃に築城されたと伝えられている小竹城(おだけじょう)の城跡です。この城跡は地元の住民の方によって代々守り継がれてきた文化資産なのです。ここが小竹城であったことを示す標柱が立てられています。

この小竹城跡は2011年3月1日に佐倉市市民文化財に選定されました。車道からの入口部分に小さな看板が立てられていました。資産名は「小竹城跡と小竹五郎の墓およびその周辺の里山風景」です。
佐倉市市民文化資産
小竹城跡と小竹五郎の墓およびその周辺の里山風景
  選定年月日  平成二十三年三月一日
  種     別  自然資産
  員     数  一件及び一基
小竹城は、明徳年間(1390年頃)小竹五郎高胤によって築城されたと伝えられています。現在では一辺約50メートルの土塁や空堀が残るみですが、城址を大切に思う住民により、一帯は墓とともに代々守り継がれてきました。周辺に残る樹林や湧水を含む豊かな里山風景と合わせて、貴重な自然資産です。
平成二十四年三月                佐倉市教育委員会
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車道からの入口です。
選定地は民有地であることから小竹城跡の周囲の限られた景観のみの紹介とさせていただきます。もし見に行かれるときは住民の方に配慮していただけるようにお願いいたします。ミラーの右側の桜の木の下の黄色の〇の部分に小竹城を築城した小竹五郎高胤の墓あります。クリックするともう少しよくわかると思います。
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こちらが小竹五郎の墓です。墓石の中央には「小竹五郎之墓」と書かれており、これが小竹城を築城した小竹五郎高胤の墓であることが判りました。しかし墓石の台座には高橋と刻まれています。ネットによると小竹氏はのちに帰農して名前を高橋に変えたようです。その時の当主が高橋惣兵衛さんだったようです。そのために台座には高橋が刻まれていると推察いたします。そんなこともあり、この地域は高橋の姓が多いのです。地域の案内板の高橋さんの数を数えると15軒でした。高橋さん以外でも山崎さんと秋元さん秋山さんの名前が多かったです。
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下の縦長の2枚の写真の左側が墓石の正面の写真で、右側が墓石の右面の写真です。裏面と左面には特に文字は刻まれていませんでした。下で紹介する文字は正面からだけでは読みにくいので右の写真のように2~3文字づつ角度をつけて撮った写真で読み取りました。
墓石の正面中央に「小竹五郎之墓」と書かれていることが判ると思います。その右上には「千葉六家之正跡」と書かれています。これは「千葉六家」の「正しい場所(正跡)」という意味で、重い意味がある墓標のようです。
墓石の右面には、次のように建てられた時期と経緯が書かれていました。
 時期 維明治廿六発巳年十一月穀旦
 経緯 先祖為菩提高橋弥右エ門建之
穀旦は吉日のことです。つまり築城から約500年後の明治26年11月吉日(今から120年前)に高橋弥右エ門によって先祖の菩提(冥福を祈って供養)のために建てたことを表しているようです。クリックすると拡大クリックすると拡大するので文字を見てみてください。
実は「高橋弥右エ門」の名前は、すでに紹介したことがあるのです。小竹の辻切りの記事で③番の辻切りが取り付けられていた右の写真の秩父三十四ヶ所参りを記念した石柱を立てたのが高橋弥右エ門さんでした。明治33年1月吉日に建てられたので年代的にも同じ人だと思われます。
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120年前に建てられた小竹五郎高胤の墓もすばらしいのですが、その右側に小さな2つの墓石があり、そちらも気になって近づいてみました。
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左の墓石には小さな子供を抱いた菩薩像が彫られていることから、小さな子供の墓石だと思われました。その像の右側には「子」の文字が読み取れることからも子供の墓石であることが伺えました。像の左側には寛延三年十月の文字が読み取れます。つまり、この墓石は寛延三年(1750年)のものであることから今から約263年前のもので現在の120年前の小竹五郎高胤の墓石より、はるかに古いものだったのです。
小さな子供の墓石が建てられていたということは、それより古い本体の墓石があったことを示してくれているのです。
一方、右側の墓石をよく見ると古い墓石の屋根の部分でした。クリックしてもらうとわかるように非常に古いものと思われました。もしかしたら小竹五郎高胤のオリジナルの墓石だったのかもしれません。墓石が壊れてしまったことから120年前に建て直した可能性はあります。今となっては史実を確認する手立てはありませんが、いずれにしても現在の墓石を建てる以前で、且つ寛延三年(263年前)以前にも、この場所に立派な墓石があったことは間違いなさそうで、ロマンを感じさせてくれる場所でした。
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車道から入っていく道を正面から見ました。2011年に佐倉市市民文化財に選定され説明文の看板が道り右側に立てられていることが判ると思います。この看板は昨年(2012年)に建てられました。


道を進んで左に曲がると冒頭の写真の標柱が見えてきます。この城は二重土塁で守られており、手前の盛り上がった部分が一文字土塁と呼ばれるものだと思われます。標柱は城郭への入口の虎口に立てられていたのです。 <写真①>


ここが小竹城の主郭への入口であった虎口です。虎口(こぐち)とは中世以降の城郭における出入り口のことです。「こぐち」には狭い道・狭い口という意味があります。虎口を「ここう」とよむ場合は、中世の戦場や陣地における危険な場所を意味することもあるそうです。虎口の両側に土塁が続いています。 <写真①'>
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クリックすると拡大土塁の内側の曲輪と呼ばれる部分には主郭が建っていました。現在は代々受け継がれてきた方の民家が建っています。ネットによると曲輪の土塁脇には妙見社などの祠があるようで、かつて城郭であった雰囲気がありました。右の写真はネットから拝借した祠の写真です。
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立派な土塁が曲輪のまわりに続いていました。<写真②>
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虎口に建てられた標柱です。いずれもクリックすると拡大します。
この標柱は23年前の平成二年(1990年)に建てられたもので、標柱には枠内の内容が書かれていました。
小竹城は小竹氏の居城としての伝承を残す。しかし臼井氏の一族が小竹氏を称するのは十三世紀のことと考えられるのに対し、遺構の構造から判断される築城時期は十六世紀初頭とされている。遺構としては土塁・空堀・虎口等があり、居館的性格を濃厚に有する中世城郭である。
ここでは築城は十六世紀初頭と書かれていますが、同じ佐倉市教育委員会の2011年の見解では1390年ごろ築城と、より具体的な説明になりました。ただし現在残されている遺構は、原氏が臼井城主にあった16世紀(1500年代)中頃から後半の時期のものと考えられいるそうです。
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土塁の外側の空堀もしっかりと残っていました。は二重土塁で土塁と土塁の間が空堀になっているのです。<写真③>


北側斜面の土塁です。ここは20m近い高さの傾斜になっていました。<写真④>


こちらは一文字土塁の手前から小竹城跡の東側の臼井側に降りていく小道の入口です。<写真⑤>


この小道は整備されていましたので降りてみることにいたしました。<写真⑥>


クリックすると拡大小道を降りてみるとこのような広場がありました。
この広場はボランティアの「佐倉里山ガーディアン」の方々が整備されているそうです。
上で紹介した小道の整備も佐倉里山ガーディアンの方により行われたとホームページに書かれていました。
すぐそばには右の写真の樹齢100年のグミの大古木があり佐倉市の保存樹に選定されていました。その木には昔フクロウも住みついていたそうです。正面の竹林の向こうに小竹城跡があるのです。
クリックすると拡大 佐倉里山ガーディアンの紹介
  設立 2003年
  活動 里山のためのボランティア
  会員 10名
  代表 飯田富雄 
  住所 千葉県佐倉市小竹785-3
  連絡 (有)飯田製作所
  HP  http://www.catv296.ne.jp/~satoyama/index.html


上の写真の小道を降りて少し離れた東の臼井側から小竹城跡の方向を見た景色です。この写真では確認する目標は写っていませんが中央より少し右側あたりの奥の丘の上が小竹城跡です。
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上で紹介した写真を撮った場所と方向を配置図に記載いたしました。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 ①虎口と標注と一文字土塁
 ② 土塁
 ③ 空堀と二重土塁
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大 ④ 北側斜面と土塁
 ⑤ 東に降りる小道入口
 ⑥ 東に降りる小道

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モンサンミッシェル [Mont Saint-Michel]

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2016年5月9日は朝の7時半にパリをマイバスの車で出発して12時15分にモンサンミッシェルの対岸に着きました。午後からモンサンミッシェルを散策いたしました。散策の間は残念ながら小雨が降り続きましたがホテルでの20時からの夕食時の途中から晴れ間が見えてきたので夕食を抜け出して上の写真を撮りました。右の写真はホテルで夕食時の写真でモンサンミッシェルが一番よく見える席にしていただきました。こちらの日の入りは21時20分頃です。

夕食後に撮った写真です。
今回のライブ報告と言うことで、帰国後に詳しく記事に掲載したいと思います。
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このように水面に写ったモンサンミッシェルも見ることが出来ました。
現在5月10日6時30分で天候はは小雨です。今日は一日モンサンミッシェルを散策します。

萌黄の館(旧シャープ邸) 神戸・北野異人館 [神戸・異人館]

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神戸・北野異人館で「風見鶏の館」の次に訪れたのが萌黄の館(旧シャープ邸)です。ここは有名な風見鶏の館と隣接しており「風見鶏の館」との共通券(2館券)で入りました。高校生以下と身体障碍者は無料です。また神戸市民であれば65歳以上の人も無料です。
今回廻った12館の中では最も古い異人館で国の重要文化財でもあります。
この建物はアメリカ合衆国総領事ハンター・シャープ(Hunter Sharp)の邸宅として明治36年(1903年)に建照てられました。この建物は命名された時の色から「白い異人館」と呼ばれていたが1987年からの半解体修理で創建時の外壁の色は"萌黄色"であったことが発見されたことから、1989年に建物の愛称が「萌黄の館」に変更されて建物の色も萌黄色に塗られました。「風見鶏の館」の重厚なネオ・バロック様式に対し、「萌黄の館」は軽快な典型的コロニアル様式の2階建て建築です。装飾の基本はバロック様式で、2つの異るデザインのベイ・ウインドーやモザイク装飾の階段など随所に贅沢な意匠が見られ、日本の様式も散見されます。
  旧名称  シャープ邸
  用途   公開文化財、資料館
  設計者  A.N.ハンセル
  構造形式 木造2階建、寄棟造、桟瓦葺、上下窓鎧戸付
  敷地面積 803.66m²
  延床面積 383.34m² (1階192.91m²、2階190.43m²)
  竣工   1903年(明治36年)
  所在地  兵庫県神戸市中央区北野町3-10-11
  座標   北緯34度42分03.52秒  東経135度11分21.32秒
  文化財  国の重要文化財(1980年12月18日指定)

上の写真は正面から撮ったものですが、こちらは建物の裏通りに廻って撮った写真です。「萌黄の館」のシンボルである鮮やかな萌黄色がきれいなので是非とも裏通りにも廻ってみることをお薦めします。
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こちらの異人館「萌黄の館」のもう一つのシンボルが暖炉用の3本のレンガの煙突です。こちらの煙突は建物の正面から見える煙突です。
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こちらが裏から見ることが出来る残りの2本のレンガの煙突です。煙突のレンガの色が途中から変わっているのに気が付かれたでしょうか。
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1995年の阪神・淡路大震災ではシンボルの3本の煙突がすべて崩落し外壁に亀裂が生じるなどの大きな被害を受けたが、1年をかけて復旧されました。
クリックすると拡大大きくて重い煙突の中には屋根を貫き部屋の中に落ちたものもあったそうです。あるものは庭の一角には落下したそうです。庭に落ちた煙突は、そのままの姿で庭に展示されていました。大きさを知ってもらいために人が横に立っている写真も掲載いたしました。確かに屋根を貫くほどの重さだと思います。
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下の写真は庭から撮った「萌黄の館」です。他の異人館に比べて広い庭園があるのも特徴の一つです。
神戸市には異人館(幕末+明治)と洋館(大正+昭和初期)を合わせて90ほどの西洋館があり、日本の中でも最も多い数だと思います。Wikipediaで紹介されている1863年~1915年の異人館の一例として紹介されている館は21棟ありますが、その中で神戸市の異人館が12棟も占めていることでも神戸は異人館多いことを示しているのだと思います。同じ港町の横浜市が入っていないのを不思議に思われた方も多いと思います。その原因は1923年に発生した関東大震災にあります。震災以前の異人館で残っているのは1922年に建てられたイギリス7番館だけだそうです。今回、12ケ所の異人館を訪問しましたが、その中で「萌黄の館」を含めて3ケ所がWikipediaの主な異人館のリストに入っていました。
 文久03年(1863年)  長崎市  旧グラバー邸
 慶応01年(1865年)  長崎市  旧オルト住宅
 慶応02年(1866年)  鹿児島市 旧鹿児島紡績所技師館
 明治02年(1869年)  長崎市  旧リンガー住宅
 明治05年(1872年)  朝来市  ムーセ旧居
 明治13年(1880年)頃 神戸市  旧居留地十五番館 / 旧アメリカ領事館-
 明治15年(1882年)  北秋田市 旧阿仁鉱山外国人官舎
 明治22年(1889年)  神戸市  旧ハンター住宅
 明治29年(1896年)  神戸市  シュウエケ邸
 明治32年(1899年)  神戸市  旧キャセリン・アンダーセン邸
 明治35年(1902年)  神戸市  旧ハッサム住宅
 明治36年(1903年)  神戸市  旧シャープ住宅 「萌黄の館
 明治37年(1904年)  神戸市  旧トーマス住宅「 風見鶏の館
 明治38年(1905年)  高松市  旧ワサ・ダウン住宅 (神戸市から移築)
 明治38年(1905年)  神戸市  旧ハリヤー邸 「うろこの家
 明治39年(1906年)  神戸市  旧ヘイガー邸 「みなと異人館」
 明治40年(1907年)  神戸市  旧ブルクマイヤー邸 「北野物語館」
 明治42年(1909年)  姫路市  ダイセル異人館
 明治45年(1912年)  神戸市  旧グッゲンハイム邸
 明治後期(    )  長崎市  旧ウォーカー住宅
 大正04年(1915年)  神戸市  旧ドレウェル邸 「ラインの館」
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こちらの異人館では部屋の説明がしっかりと表示されていました。これは嬉しいです。ここは食堂兼居間です。ヒアノの両側から光が入ってくるように窓が付けられています。
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こちらには応接室と書かれていました。
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こちらは化粧室です。
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こちらには寝室と書かれていました。
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ベッドか全て写った寝室の写真です。
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南側に建物全体を貫く室内の広いバルコニーはすばらしいです。今回見た異人館の中で、ここだけにありました。
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当時は寝室として使用されていましたが、その後、リビングとして使われたそうです。
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こちらは子供部屋です。
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階段の中2階から上がっていく階段がありました。右側の扉が開いている部屋が浴室でした。
奥は使用人の部屋でしょうか。そちら公開されていませんでした。
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こちらが浴室です。大きな浴槽が身を引きました。
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トランペット像の向こうに「萌黄の館」が見えます。
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下記の地図のが萌黄の館(旧シャープ邸)です。今回、12の異人化に行きましたが最後に訪れたのが、今回紹介の異人館である萌黄の館(旧シャープ邸)です。今回は3館券(1300円)、7館券(3000円)、2館券(650円)を使いましため4950円ですが単独で支払うと7100円となります。この中で4館だけを選らべと言われるとオランダ館、うろこの家、英国館、風見鶏の館となります。でも異人館の全てのパワースポットにも訪れたいし、どの異人館も特徴があり見る価値がある上、すべてを見て初めて違いが分かるので、今回のように共通券で全て廻ることをお薦めします。この会の紹介以外に公開されている異人館は沢山あるようなので散策してみてください。シュウエケ邸(明治29年) 、キャセリン・アンダーセン邸(明治32年)、ハッサム住宅(明治35年)、ブルクマイヤー邸(明治40年)、ラインの館(大正4年)、居留地十五番館(明治13年)は歩いていける距離にあります。数分で行けるブルクマイヤー邸はスターバックスの店として利用されています。ハンター住宅(明治22年)、ヘイガー邸(明治39年)、グッゲンハイム邸(明治45年)は乗り物に乗る必要があります。
  700円 大正期  オランダ館    オランダ総領事邸 ヴォルヒン邸
  500円 テーマ館 デンマーク館   ヨハン・フラウベルト邸跡
  500円 テーマ館 オーストリアの家 W.クンツェ邸跡
  1050円 明治38年  うろこの家    ハリアー邸
  550円 明治後期 山手八番館    サンセン邸
  550円 明治後期 北野外国人倶楽部 フリューガ邸
  550円 明治後期 坂の上の異人館  中国領事館 チン邸
  550円 明治35年  ベンの家     アリソン邸
  550円 明治37年  洋館長屋     ボシー邸
  750円 明治40年  英国館      フデセック邸
  500円 明治37年  風見鶏の館    トーマス邸
  350円 明治36年  萌黄の館     シャープ邸
 今回内部に入らなかった異人館
 コンビニエンスストア、神社、他
 ━━ 2016年3月16日の散策ルート 阪急三宮駅ⒶⒷⒸⒹⒺⒻⒼⒽⒾⒿⓀⓁ

タグ:神戸 異人館

今日からフランス旅行に行ってきます。 [フランス]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大今日2016年5月8日から5月15日までフランス旅行に行ってきます。
下記のようにタイトなスケジュールのために、帰国の翌日の5月16日までは、新規の記事の更新や、皆様のところへの訪問がほとんどできないと思いますが、帰国後にフランスの記事を掲載させていただきます。
モンサンミッシェル(5月9~10日)とロワールの城めぐり(5月13日)のツアーはそれぞれ現地の旅行会社のマイバス(myBus)にネットで申し込みました。5月11日は仕事でお世話になった方とボルドー専門のワインバーで夕食を楽しむ予定です。その方は当社のパリ事務所に駐在していた方で、パリジェンヌと結婚されてパリに永住されている大先輩です。
  5月08日(日) JL415 11:40 成田空港出発
  5月08日(日) JL415 17:10シャルルドゴール空港到着
  5月09日(月) モンサンミッシェル・ツアー
  5月10日(火) モンサンミッシェル・ツアー → パリ
  5月11日(水) ルーブル美術館 + パリ市内観光 ワインバー (19時~)
  5月12日(木) ヴェルサイユ宮殿
  5月13日(金) ロワールの城めぐり・日帰りツアー
  5月14日(土) パリ市内観光
  5月14日(土) JL416 21:55 シャルルドゴール空港出発
  5月15日(日) JL416 16:30 成田空港到着

今回の機体はボーイング社の最新の787(Boeing 787 Dreamliner)です。写真はWikimediaから転用させていただきました。787と言えば納期遅れやバッテリートラブルなど沢山の話題を提供した機体でもあります。
今回の787の座席数は座席配置のように161(38+35+88)席です。
クリックすると拡大今回の座席は、Cクラスでありながらフルフラットベットになる右の写真のSKY SUITEす。これが使われているのは長距離便です。仕事で長距離の場合はアップグレードしてもらいFクラスが多かったうえに、最近の場合はCクラスは近距離便ばかりだったことからSKY SUITEは初めての利用となります。この座席に座るのも楽しみの一つになっています。
配置に工夫がされていて個室感覚の全席通路アクセスの座席です。
クリックすると拡大 全長     56.7m
 全幅     60.1m
 全高     16.9m
 エンジン推力 32.8t×2
 巡航速度   916km/h
 最大離陸重量 227.9t
 航続距離   14,800km
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クリックすると拡大今年、2回目の海外で、延べだと269回目となります。ただし家族で海外旅行に行くのは2002年のイタリア旅行以来の2回目です。つまり14年ぶりなのです。グラフをクリックすると滞在日数のグラフを表示します。右の写真は初めて家族3人で海外旅行に行ったときのバチカンのサン・ピエトロ寺院での写真です。写真をクリックするとローマでの別の写真を表示します。
クリックすると滞在日数のグラフを表示

フランスへの訪問も今回が8回目となります。グラフをクリックすると飛行機の搭乗回数のグラフを表示します。
クリックすると搭乗回数のグラフを表示

風見鶏の館(旧トーマス邸) 神戸・北野異人館 [神戸・異人館]

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神戸・北野異人館で「英国館」の次に訪れたのが風見鶏の館(旧トーマス邸)です。上の写真は、こちらの異人館のシンボルとなっている風見鶏です。風見鶏の館は1904年(明治37年)にドイツ人貿易商であるゴットフリート・トーマス(Gottfried Thomas 1871~1950年)の個人住宅として、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデの設計により建てられたネオ・バロック様式を基調として建てられた異人館で、重厚な煉瓦造りの外観と、屋根上の風見鶏を特徴としています。建物は見事ですが、このポールの長さだけでも3mを超えています。
クリックすると拡大その風見鶏により風見鶏の館と呼ばれ、また当初の居住者の名から旧トーマス邸あるいは旧トーマス住宅とも呼ばれています。施主のトーマス自身は、この家をハウス・レナニア(ラインの館)と呼び、ドイツ風の重厚なデザインの中に内装には随所に世紀末のユーゲント・シュティール(アール・ヌーヴォー)様式を取り入れられています。国の重要文化財にも指定されています。上の写真をクリックすると建物全体の写真を表示します。

シンボルの風見鶏は建物の一番高いところに立っています。上の風見鶏の写真は、こちらの写真から切り取ったものです。
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建物全体の写真ですが、一部が工事中でした。この高さで2階建なので、いかに天井が高い建物であるかを想像していただけると思います。
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下記の航空写真の中のが「 風見鶏の館」です。12の異人館を廻って11番目に訪問したのが今回の異人館でした。
  坂の上の異人館      旧中国領事館 旧チン邸
  ベンの家         旧アリソン邸
  洋館長屋         旧ボシー邸
  英国館          旧フデセック邸
  風見鶏の館        旧トーマス邸
  萌黄の館         旧シャープ邸
 今回内部に入らなかった異人館
 コンビニエンスストア、神社、他
 ━━ 2016年3月16日の散策ルート 阪急三宮駅


別の角度からの異人館全体の写真です。風見鶏の館前は広場になっていて沢山の人が座って雰囲気を楽しんでいるように感じました。
 旧名称  トーマス住宅
 用途   公開文化財、資料館
 旧用途  ゴットフリート・トーマスの個人住宅
 設計者  ゲオルグ・デ・ラランデ
 構造形式 煉瓦造、石造および木造、2階建(一部3階建)、
      半地階および塔屋付、寄棟造、スレート葺]
 敷地面積 607.30 m²
 建築面積 217.80 m² (建蔽率36%)
 延床面積 891.03 m² (容積率147%)
 階数   地上2階、地下1階、塔屋付
 竣工   1904年(明治37年)
 所在地  兵庫県神戸市中央区北野町3-13-3
 座標   北緯34度42分5.09秒  東経135度11分22.15秒
 文化財  重要文化財(国指定 1978年1月21日)
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その広場の中に等身大の不思議な銅像が置かれていました。トランペットを吹いている男性がベンチに座っている像です。
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門を入ったところでチケットを買いました。2館券となっているのは12番目の萌黄の館(旧シャープ邸)と一緒になったチケットだからです。2つの異人館は同じ広場に接するように建っているのです。
入館料は高校生以下と身体障碍者等、その介護者1名は無料です。また神戸市民であれば65歳以上の人も無料です。
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こちらの階段の上が玄関になります。ここから建物の中に入りました。
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中に入って、こちらの建物の見事さに驚かされました。建物の中央部分は1階も2階も大きなホールのような部屋があり、その周囲に部屋が配置それていました。ドアの部分の高さだけでも3mはある感じです。
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上の写真の奥の部屋がこちらです。部屋の見事さに驚かされました。今回、12の異人館を廻りましたが一番見学者が多かったのが、この風見鶏の館です。
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こちらは最初に入った部屋です。
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天井の高さでも異人館の屈指だと感じました。見事な照明も多かったです。
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ピアノも置かれていました。部屋が広いででピアノも小さく見えてしまいます。
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建物の中は不思議な配置になっていてこのような空間が広い部屋に付属していました。
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絵画や当時のし野心も展示されていました。絵は小松益喜が描いた作品名「山本通風景」です。山本通りは異人館通りとして知られています。
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こちらの写真でも建物の広さや見事さが分かってもらえると思います。いろんなところに暖炉が配置されていました。上の写真と同じ形式の暖炉です。
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階段の空間の見事さも群を抜いていました。
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こちらは朝食の間です。こちらの部屋には当時の沢山の写真が説明付で展示されていました。
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その写真を拡大してします。
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交換された風見鶏も展示されていました。大きさが分かってもらえると思います。こちらの風見鶏の大きさから、冒頭の写真の風見鶏のポールの長さが3mを超えていると判断いたしました。是非とも冒頭の写真と見くらべてみてください。
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見事なドレッサーが置かれていました。
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こちらの部屋も広かったです。
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部屋の奥の小部屋にもドレッサーが置かれていました。
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ドレッサーを拡大いたしました。横にはミシンも置かれていました。
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広い部屋に付属して小さな空間が作られているのが特徴でした。それだけ複雑な構造の建物でした。
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その空間にはテーブルとイスが置かれていました。
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追伸
明日、2016年5月8日から5月15日までフランスに旅行に行ってきます。その間、皆様のところへの訪問が出来ないことお許しください。帰国後にフランスの記事を掲載させていただきます。

石垣島の食材で天ぷら [石垣島]

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先日、家内と娘が石垣島に旅行に行って買ったお土産は、ピーチパイン、島らっきょ、太もずく、海ぶどう、石垣島の塩、石垣島のラー油であることはすでに紹介いたしました。その中で島らっきょ、太もずく、石垣島は塩で天麩羅をいたしました。上の写真で右側がお土産で買ってきた石垣島産の島らっきょの天麩羅です。左側が、知り合いからいただいた竹の子を天ぷらにしたものです。これで竹の子もいろんな食べ方が出来ました。

その天ぷらを楽しんだのが、やはりお土産で買ってきた「石垣島の塩」と「沖縄の塩」です。この2種類の塩で天麩羅を食べました。
今回食べた石垣島の塩のホワイトマースイシガキは、海水から独自の低温乾燥でゆっくり水分だけを取り除き海水の栄養分だけを残した自然海塩です。
一方、沖縄の塩は買ってきたお土産の中で唯一、石垣島産以外のものです。この沖縄の塩である「ぬちまーす」は常温瞬間空中結晶製法により作られた塩で、どちらも低温で水分を取り除いた塩です。ただし石垣島の塩は大粒の荒塩で、沖縄の塩は非常に微細な粉末状の塩なのです。石垣島の塩に関しては天日干しの塩も買ってきました。つまり3種類の塩を買ってきたわけです。
 石垣の塩  ホワイトマース 低温乾燥
 沖縄の海塩 ぬちまーす   常温瞬間空中結晶製法
 石垣の塩  ホワイトマース 天日干し(後日報告予定) 
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こちらが石垣島の塩です。荒い塩であることが分かってもらえると思います。島らっきょは今回の天ぷらの中で一番と断言できるほどの美味しさでした。塩の味もしっかりしていてよかったです。大粒で、くっつきにくいので軽くふりかける食べ方がよかったです。写真の上が竹の子で、下が島らっきょです。
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こちらが沖縄の「ぬちまーす」です。すでに説明の通り、微細な粉末状の塩であることが分かってもらえると思います。比べてみた見た結果、ぬちまーすには、微細な粉末状のため食材に付着しやすい利点があることが分かりました。
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クリッとすると拡大こちらが天ぷらにする前の島らっきょです。
下処理は次の通りです。
 ①水洗いし、根の部分を切り落とす。
 ②緑色の葉の部分を切り落とす。
 ③根側の薄皮を剝く。
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やはりビールは外せません。


もう一つ、石垣島の食材で天麩羅にしたのが太もずくです。家内たちが石垣島の郷土料理店で出て来たモズクの天麩羅にヒントを得て作ったものです。これが、絶妙のふわふわの柔らかさに仕上がった美味し天ぷらになりました。
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こちらが天ぷらにする前の太もずくです。
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新鮮な若い春菊も天ぷらにいたしました。
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動物性の天ぷらとしてイカも揚げてもらいました。
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英国館(旧フデセック邸) 神戸・北野異人館 [神戸・異人館]

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神戸・北野異人館で「洋館長屋」の次に訪れたのが英国館(旧フデセック邸)です。右のパスポートチケットで最後に訪れた異人館でもあります。クリックすると拡大建物は109年前の明治40年(1907年)に建てられました。

下記の航空写真の中のが「英国館」です。
  坂の上の異人館      旧中国領事館
  ベンの家         旧アリソン邸
  洋館長屋         旧ボシー邸
  英国館          旧フデセック邸
  風見鶏の館        旧トーマス邸
  萌黄の館         旧シャープ邸
 今回内部に入らなかった異人館
 コンビニエンスストア、神社、他
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右から英国館、洋館長屋、ベンの家が並んでいる景観は壮観です。
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建物の入口に置かれている車の前でシャーロックホームズ(Sherlock Holmes)が着ていたようなインバネスコートを着ている方がおられたので、お願いして写真を撮らせていただきました。車はエリザベス女王も使っていたのと同型のダイムラーリムジン(Damler DS420 Queen Mother's car)です。
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実は、このコートが無料で貸し出してくれていたのです。
説明を見ていると英国館は、やはりシャーロックホームズを意識したコンセプトになっていました。
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庭から見た建物です。建物は医師フデセック氏の住居として使われていた建設当時のままに保存されているコロニアル様式の異人館です。
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別の角度から見た英国館です。広くはありませんがイングリッシュガーデンを楽しむことが出来ます。
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玄関を入ったPassage(廊下)も雰囲気がありました。
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最初に目に入ってきたのがバーでした。ここでスコッチウイスキーを飲んでいたのだと思います。
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少し人数が多い場合は、こちらでウイスキーを飲んだのだと思います。
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さすがイギリスです。別の部屋にもバーがありました。さすがスコッチウイスキーの本場です。驚いたことにこの場所で、英国館の公開時間が終了後にパブ(PUB)がオープンします。20名から70名のパーティーも対応可能だそうです。うれしいことにパスポートチケットを持っている人はテーブルチャージは無料だそうです。ENGLISH PUBの雰囲気を日本で味わえる場所でした。
クリックすると拡大 名前 KING of KINGS
 住所 神戸市中央区北野町2-3-16
 電話 078-241-2338
 営業 17:00~01:00(L.O.:24:00)
 座席 31席 個室あり
 定休 日・祝 (要相談)
 食べ http://tabelog.com/hyogo/A2801/A280103/28000207/
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食べログのホームページに掲載されていた料理の写真を紹介します。
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英国館はゆったりとくつろげる空間が多かったです。昼間、こちらの部屋のソファーは見学者が座ることが出来ませんが、夜のPUBでのパーティーの時は、こちらの部屋のソファーはお客に解放されるようです。
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暖炉の前は一番くつろげるのかもしれません。館内はバロックからビクトリア朝時代の格調高いアンティーク家具・調度品や様々な絵画・美術品に飾られ、往時の英国人の生活様式がうかがえました。
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ベットルームも紹介します。家具のレベルも高かったです。
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ほんとくつろげる空間が多かったです。
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名探偵シャーロックホームズ(Sherlock Holmes)のロンドン・ベーカー街の部屋が再現された空間もありました。シャーロックホームズは、クリックすると拡大アーサー・コナン・ドイルの推理小説の主人公であり、架空の探偵です。 天才的な観察眼と推理力を持つ、世界でたった一人の顧問探偵(consulting detective)でもあります。ロンドンのベーカー街221Bにあるハドスン夫人所有のアパートで、相棒のジョン・H・ワトスン医師と共同生活をしている設定でした。
トレードマークのパイプを手に持っているので、右に座っている人のがシャーロックホームズだと思われます。右の肖像画にも似ています。そうすると左の人がジョン・H・ワトスン医師の可能性が高いです。
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バスルームも公開されていました。
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こちらのコートも自由に着ることが出来ました。若いカップルが着て記念写真を撮られていました。こちらの壁にはシャーロックホームズをイメージした額がかけられていました。
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広い食堂も当時の雰囲気を再現しているようでした。
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こちらがテーブルの上です。
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昔は、このバルコニーでお茶を飲んでいたのではないでしょうか。
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是非とも雰囲気を味わってください。
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庭には井戸もありました。
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屋外の雰囲気も紹介します。
本記事で、うろこの家グループのパスポートチケット(異人館巡り8館プレミアムパス)で訪れた異人館の紹介をすべて終わります。下のリストでは7館ですが、うろこ美術館を入れて8館です。英国館の入館料はうろこの家の次に高いのですが、それだけ見ごたえのある異人館だったと思います。うろこの家1050円は、うろこ美術館の入館も含まれているので妥当なところだと思います。
クリックすると拡大入館料を単独で支払うと合計は4550円ですがパスポートチケットは3000円でした。小学生は800円です。
 1050円 明治38年 うろこの家    ハリアー邸
 550円 明治後期 山手八番館    サンセン邸
 550円 明治後期 北野外国人倶楽部 フリューガ邸
 550円 明治後期 坂の上の異人館  中国領事館
 550円 明治35年 ベンの家     アリソン邸
 550円 明治37年 洋館長屋     ボシー邸
 750円 明治40年 英国館      フデセック邸
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パスポートチケット(異人館巡り8館プレミアムパス)は30ページで構成されています。その中で英国館に係わる全8ページを紹介します。2ページづつなので4画面です。最後の画面は異人館共通なので専用は3画面(6ページ)と他が1画面(2ページ)or2画面(4ページ)に対しい1.5倍から3倍も書かれていました。
最初が15~16ページです。タイトルは英國館に蘇るシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmesin 英國館)です。
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こちらは17~18ページで、「異国情緒あふれるコロニアル様式の異人館」とのタイトルが付けられていました。実は英国館だけ記念スタンプを押し忘れました。18ページの中央の⑥の部分が記念スタンプを押す場所です。
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夕刻から始まるイングリッシュ・バブ(ENGLISH PUB)であるKING of KINGSにも25~26ページの2ページが割かれていました。酒飲みにとっては魅力的な企画ではないでしょうか。
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最後のページの29~30ページに8つの館の位置が書かれて地図が掲載されていました。 チケットプラザ の正面に英国館があります。
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タグ:神戸 異人館

竹の子チャーハン [筍]

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記事に取り上げた、竹の子カレーに、竹の子オムレツとくれば、やはり竹の子チャーハンを作ってみたくなります。さっそく家内が残っていた最後の竹の子を刻んで、竹の子チャーハンを作ってくれました。
東アジアと東南アジアなど米の文化のある国ではチャーハンに類似の料理が広く存在します。
 中国     炒飯 (炒饭 / チャーハン)
 日本     焼飯 (やきめし)
 インドネシア ナシゴレン (nasi goreng)
 マレーシア  ナシゴレン (nasi goreng)
 韓国     ポックムパプ (볶음밥)
 北朝鮮    ギルムバプ (기름밥)
 タイ     カーオパット (ข้าวผัด)
 ベトナム   コムチェン (Cơm chiên)
 カンボジア  バイチャー
 ミヤンマー  タミンチョー
 ラオス    カオクア (khao khua)

材料は、ご飯、玉子、タケノコ、ハム、ネギ、ピリ辛メンマです。タケノコとハムとメンマは形が似ているので分かりにくいと思いますが、ご飯と玉子とネギ以外を色で区別をすると何とか、分かるかもしれません。ピリ辛のメンマがチャーハン(炒飯)を、丁度良い辛さにしてくれていました。右上の写真が今回使ったピリ辛メンマで、ノザキの穂先メンマです。メンマ(麺麻 / シナチク)もタケノコ(若いマチク/麻竹)を乳酸発酵させた食品です。
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大きな掘りたて竹の子をいただいて作った料理です。左上から、竹の子づくし、竹の子カレー、竹の子オムレツ、竹の子の天麩羅です。竹の子チャーハンが一番最後で、すべて使い切りました。竹の子の天麩羅以外はすでに記事にしているので写真をクリックすると記事を表示します。竹の子の天麩羅に関しては後日、掲載したいと思います。
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洋館長屋(旧ボシー邸) 神戸・北野異人館 [神戸・異人館]

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神戸・北野異人館で「ベンの家」の次に訪れたのが洋館長屋(旧ボシー邸)です。上の写真が洋館長屋です。二つの家が左右対称に配置されているようにたてられていますが、この建物は外国人向のアパート(Apartment)として明治37年に建てられました。アパート = 長屋から、洋館長屋とネーミングされたようです。この長屋を仮の住まいとした異邦人の中にはロシアの亡命貴族もいたと伝えられています。壁の外装は下見板張りオイルペイント仕上げで、当時の代表的な洋館仕様だったそうです。
神戸と言えば異人館と言われるほど沢山の異人館があります。
横浜にも昔は沢山の異人館がありましたが、1923年の関東大震災によってほとんどが失われてしまい震災以前の建物で残っている西洋館は、関東大震災の一年前の1922年に建てられたイギリス7番館だけで、そのほかの西洋館は関東大震災以降に建てられたものだそうです。
一方、神戸は1995年に発生した阪神・淡路大震災により北野町を含む中央区の約60棟の異人館の約3割が失われました。被害を受けた異人館は修理や復元が行われて中央区には約40棟が残り、現在も多くの外国人が居住しているジェームス山地区(垂水区)の約50棟と合わせると神戸市には計90棟余りの異人館および洋館が現存していることになります。神戸では、幕末期から明治期に建築された西洋館を異人館と呼び、大正期から第二次世界大戦までに建築された西洋館を洋館と呼んで区別しています。
フリー百科事典のWikipediaの中で、日本全国の100年以上前(1863年~1915年)の主な異人館として21棟が紹介されていますが、その中で神戸市は12棟と突出しています。
 神戸市  12棟 居留地十五番館(1880年)、風見鶏の館、うろこの家など
 長崎市   4棟 グラバー邸(1863年)など
 朝来市   1棟 ムーセ旧居(1872年)
 北秋田市  1棟 阿仁鉱山外国人官舎(1882年)
 高松市   1棟 ワサ・ダウン住宅(1905年) 神戸市から移築
 鹿児島市  1棟 鹿児島紡績所技師館(1866年)
 姫路市   1棟 ダイセル異人館(1909年)

洋館長屋をgoogle地図で見ると仏蘭西館(フランス館)と書かれていることから以前は仏蘭西館と呼ばれていたのだと思います。確かにフランス国旗やフランス国旗をモチーフとした下の写真のような飾りが付けられていました。フレンチスタイルのユニークな異人館でした。
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下記の航空写真の中のベンの家()と英国館()の間のが洋館長屋です。
  坂の上の異人館      旧中国領事館 旧チン邸
  ベンの家         旧アリソン邸
  洋館長屋         旧ボシー邸
  英国館          旧フデセック邸
  風見鶏の館        旧トーマス邸
  萌黄の館         旧シャープ邸
 今回内部に入らなかった異人館
 コンビニエンスストア、神社、他
 ━━ 2016年3月16日の散策ルート 阪急三宮駅


建物の内部は「長屋」とは思えないほど豪華でした。
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最も広いリビングです。邸内にはフランス美術品、豪華な調度品を中心に、アール・ヌーボーのガラス工芸家エミール・ガレらの作品で埋め尽くされていました。奥が食堂のようです。
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奥の食堂です。
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食堂からリビングを見ました。
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沢山の部屋が横に並ぶように配置されていました。
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上の写真の一つ奥の部屋です。さらに奥がベッドルームになっていました。
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こちらがベッドルームです。
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ベッドルームの入口から反対方向も撮りました。絵画としてはシャガール、パリ期の藤田嗣治氏らの作品が展示しています。
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階段横にドレッサーが置かれていました。
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こちらの部屋も豪華でした。奥に子供部屋があります。
右の壁にアールヌーボー(Art Nouveau)やアールデコ(Art Déco)のガラス工芸コレクションが飾られていました。作家は次の通りです。
クリックすると拡大  Daum Frères-Augguste Daum(1853-1909)
  Antonin Daum(1864-1930)
  Charles Martin Emile Gallé(1846-1904)
  René Lalique(1860-1945)
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こちらが子供部屋です
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タグ:神戸 異人館

竹の子のオムレツ [筍]

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家内が2016年3月18日から22日まで関西に帰省している間と、娘と一緒に3月23日から25日まで石垣島に旅行している間に、一人で作った料理の中で一番多かったのが、こちらのタケノコのオムレツです。すでに紹介の通り、タイミングよくkazuさんから4月17日に掘りたての竹の子をいただき、その日の夕食で家内がタケノコ料理を作りましたが、まだ残りがあったのです。それを使って作ったのが今回紹介する竹の子のオムレツです。

用意するものは玉子2個とタケノコと竹輪とチリメンジャコと小ネギです。タケノコと竹輪は事前に小さく切っておきます。
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玉子を溶きます。この時に塩を一つまみほど入れます。
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残りの具を入れて泡立つほどによくかき混ぜます。
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油を入れた熱したフライパンに具を入れた玉子を入れます。ここでも少し混ぜます。
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二つ折りにして中が柔らかいうちに皿に移して完成です。事前にタケノコとソーセージを炒めてからネギと一緒に玉子と混ぜて作ったこともありました。そちらも美味しかったです。
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断面の写真です。厚みが分かってもらえると思います。中は、ふわふわで竹の子の食感が良くて、美味しく出来たと思います。偶然の組み合わせではありますが、タケノコと竹輪とチリメンジャコとネギの組み合わせも、よかったような気がします。
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同じ材料ですが玉子は一つにしてネギを多めにして薄くネギ焼きのような玉子焼きも作ってみました。具の量も玉子2個の時と同じですが意外とうまく出来ました。
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上のネギ焼き風卵焼き拡大写真を掲載させていただきました。
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