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本佐倉城のマスコットキャラクター「勝っタネ!くん」 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大2015年11月24日に、地元産の新ソバが11月下旬から食べれる蕎麦屋「みなもと」で新蕎麦をいただきました。蕎麦屋の場所は千葉県印旛郡酒々井町尾上123-25で、その帰り道の近くに本佐倉城があります。そこで本佐倉城に行ってみることにいたしました。千葉県には沢山の城跡が残されていますが、佐倉周辺の城跡の中で大きなものが次の3つです。その中の本佐倉城は上の図のように規模が大きいにも関わらず、一般には知られていないようなので、今回、紹介したいと思い記事にいたしました。本佐倉城に来て写真を撮ったのは下記の3度目です。家内と来たのは今回が初めてでした。家内も、これだけの規模で国の史跡にも関わらず、あまり知られていないのはもったいないとの感想でした。
クリックすると記事を表示クリックすると記事を表示 2013年11月06日 14時ごろ EOS 5D
 2015年09月28日 09時ごろ EOS 5D
 2015年11月24日 13時ごろ G7X

3つの城の場所と年代を紹介いたします。ちなみに江戸時代は1603年~1868年で、戦国時代は1467年~1590年です。つまり本佐倉城は戦国時代の城なのです。しいて言えば、臼井城は鎌倉時代、佐倉城は江戸時代の城なのです。戦国時代(1493~1590年)は、日本の総人口が800~1200万人の世界でした。
 臼井城  1114年ごろ~1604年 490年間 平安時代~安土桃山時代 
 本佐倉城 1479年ごろ~1615年 136年間 戦国時代~安土桃山時代 
 佐倉城  1544年ごろ~1873年 329年間 戦国時代~江戸時代
 蕎麦屋「地蕎麦 みなもと」+ そば畑(約8000㎡)
 酒々井プレミアムアウトレット


印旛沼の水田干拓前の地図に3つ城をプロットしました。昔は本佐倉城の脇に印旛沼があったことがわかります。本佐倉城と臼井城は印旛沼に突き出した半島状の地形に造られました。
   臼井城    佐倉城    本佐倉城


本佐倉城には10台程度の駐車場が用意されていていますが、周辺の道は細く道が判りにくいので、下記の住所をナビに入力することをお勧めします。駐車場の近くまで行けると思います。
徒歩で行く場合は最寄駅の京成本線の大佐倉駅が便利です。大佐倉駅から本佐倉城の入口まで約1㎞です。主格があった城山までは約1.3㎞です。地図をクリックすると広範囲を表示します。
 住所 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉823
   徒歩 大佐倉駅から本佐倉城
   車  京成佐倉駅から本佐倉城
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地形がわかりやすい図に名称を追加させてもらいました。
  城名   本佐倉城 もとさくらじょう
  別名   将門山城 根古谷城
  城郭構造 連郭式平山城
  天守   なし
クリックすると拡大  築城主  千葉介 輔胤 ( 千葉 輔胤 )
  築城年  文明年間
  主改修者 千葉氏
  主な城主 千葉氏、小笠原吉次、土井利勝
  廃城年  1615年(元和元年)
  遺構   堀、土塁
  文化財  国の史跡


現在の周辺は水田や畑で囲まれていますが、城があったころは沼および湿地帯で囲まれており堅牢な要塞であったことがうかがえます。この図は右下の方向が北になります。
城域は内郭と外郭に分かれており、内郭は南方に谷が刻まれた半島状の丘陵上に占地し、往時は三方を沼および湿地帯で囲まれた要害でした。一方の外郭は内郭から繋がる丘陵上を自然地形と空堀で分断した広大な地積を持ち、千葉氏の勢力が伸張したのち、家臣団の屋敷地として整備されたと考えられています。現在でも城の土塁や空堀などの遺構が、ほぼ完全な姿で残っており、1998年9月11日に「本佐倉城跡」として国の史跡に指定されました。


城はⅠ郭からⅦ郭で構成されています。Ⅳ郭以外は名前で呼ばれていますが、Ⅳ郭は城ノ内ではなくⅣ郭と呼ばれることが多いようです。内郭であるⅠ郭~Ⅶ郭の外側にも荒山、向根古谷、佐倉根小屋などの3つの外郭群が存在していました。Ⅰ郭の城山以外の郭の性格は確認調査による成果からの推測のため、調査が進むにしたがって性格が変わってくることもありうるそうです。
クリックすると拡大  Ⅰ郭 城山 
  Ⅱ郭 奥ノ山
  Ⅲ郭 倉跡
  Ⅳ郭 城ノ内
  Ⅴ郭 東山馬場
  Ⅵ郭 東光寺ビョウ
  Ⅶ郭 セッテイ山
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本佐倉城の航空写真です。水田部分が昔は印旛沼および湿地帯でした。上の地図と比較するとそれぞれの郭の現在の状況が分かってもらえると思います。


本佐倉城の北側の入口である東山虎口あたりを遠くから撮った写真です。本佐倉城(もとさくらじょう)は、千葉県印旛郡酒々井町本佐倉と佐倉市大佐倉にまたがる将門山に築かれた千葉氏後期の本拠地となった城です。文明年間(1469年-1486年)の築城と考えられており、国の史跡に指定されています。城があったころは写真を撮っている位置は印旛沼の上でした。虎口(こぐち)とは中世以降の城郭における出入口のことで、守るために狭い通路になっています。
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上と同じ写真で東山虎口あたりを拡大いたしました。本佐倉城の文字が読み取れると思います。
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クリックすると拡大城のビューポイントからの景色です。東山虎口の近くです。目の前を京成本線が走っています。城があったころには水田部分が一面、印旛沼だったことを想像願います。天気が良ければ右の写真のように筑波山を見ることが出来ます。
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東山虎口に近づきました。右下の方に説明が立てられています。
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東山虎口の説明です。東山虎口にはに二重に門が建てられて敵の侵入を守っていました。
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東山虎口に向かって登っていきます。
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説明の通り道が曲がりくねっていました。蛇行した狭い通路と二つの門と内枡形の長方形の空間によって非常に厳重守られていたことが伝わってきました。
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登り詰めると城内の雰囲気になっていました。城の雰囲気を感じてもらうためか、Ⅳ郭と呼ばれているあたりに木製の盾が並べられていました。左側には東山馬場が広がっています。
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この上がⅣ郭部分です。Ⅳ郭は城ノ内と呼ばれることもあり、段々状に家臣団屋敷などがある兵站地であったのではないかと思われています。
この写真をGoogle地図に登録してみました。→ポチッ
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城の内側から東山虎口を見た景色です。右の高くなっている部分が東山と呼ばれているところです。ここにも説明が立てられていました。
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こちらの説明板には、東山虎口の門と、東光寺ビョウと、南奥虎口の説明がが書かれていました。
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Ⅳ郭から東山馬場方向を見た景色です。
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こちらが東山馬場です。名前の通り馬場考えられています。建物跡は見つかっていないそうです。
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東山馬場からさらに下りていくと車で来るルートに出ます。その入口から見た本佐倉城です。
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その入口には国史跡「本佐倉城跡」の石碑が立っていました。


石碑は2002年(平成14年)に建てられたものでした。


東山馬場から登っていく方向の写真です。
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こちらがⅣ郭虎口です。この奥に昔は門がありました。道には堀底道と名前が付けられていました。
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Ⅳ郭虎口の説明板です。
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堀底道を登っていき左に曲がると大堀切があります。ここで城山に向かうために左に曲がりました。
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左がⅠ郭である城山で右がⅡ郭である奥ノ山です。城山と奥ノ山は木橋がかけられていたと推測されています。
ここお登って向側に下りていくと分かれ道になっていて、それぞれ城山への道と奥ノ山への道になっています。
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大堀切の説明板には大堀切を登りきったところに木戸があったことが書かれています。
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ここが分かれ道です。右に行くと奥ノ山で、左に行くと城山です。ここも厳重な守りであったことが想像できました。
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左に曲がると城山への道が続いていました。右側は空堀です。ここは城山虎口です。
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城山への道を登の切ったところらも門があったことが書かれていました。
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このあたりに城山の門があったわけです。
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城山門跡の説明板です。2006年の発掘調査で門跡が見つかったそうです。門をくぐると主殿がありました。
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ここが城山です。右側から登ってきました。
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城山には沢山の建物があったことが発掘でわかりました。
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初めて本佐倉城に来た家内は興味深く見て回っていました。
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発掘により城山(Ⅰ郭)で、下記の遺構が見つかりました。
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 遠侍 10.1m x 5.7m
 会所 11.2m x 13.5m
 園池 11m x 8m
 築山 8m x 5m
 建物4棟(台所・倉庫・便所など)
 櫓2棟(平櫓・井楼櫓)
 門2棟
 塀(門連結・土塁上)
 通路
 木橋(城山と奥ノ山を連結)
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城山にあった主殿(上)と会所(下)に類似した建物の写真です。
主殿の写真は青森県の根城で復元されたものです。会所の写真は岐阜県の江馬氏館の復元された会所です。このような建物が城山郭に建てられていた想像するだけでロマンを感じます。
500年前の城は城砦としての性格が強く、外から城内の地形が知られないように低い建物で構成されていたと想像されます。当然ですが、主殿の位置を特定されるような天守閣は設けなかったと感じました。



城山から分かれ道まで下りてきて、今度は奥ノ山の方に向かいました。
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こちらがⅡ郭の奥ノ山です。
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妙見郭とも呼ばれることがあるように発掘で15mx15mの基壇が見つかっており妙見宮の跡と考えられています。
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奥ノ山はかなり広いスペースでした。奥ノ山には本佐倉城(根古谷城)に関する,ステンレスの説明版が設置されたてました。本佐倉城は文明年間に千葉氏21代当主の千葉輔胤により築城されて、1590年(天正18年)に姻戚関係にあった小田原の北条氏と共に滅亡するまで、戦国大名千葉氏宗家の本拠地として9代続きました。その後は徳川氏に接収されて軍事上の必要から佐倉藩の藩庁が置かれました。1615年(元和元年)に藩庁の佐倉城への移転と一国一城制により廃城となりました。本佐倉の城下町は酒々井宿に移設されて成田街道の宿場町になったと考えられています。本佐倉城の前の千葉氏の居城は現在の千葉市の中心にあった亥鼻城(千葉城 1126年築城)でした。千葉輔胤が古河公方足利成氏と結んで下総国を平定したことから1455年に亥鼻城から佐倉に本拠地を移し、その後に本佐倉城を築城したようです。史実から少なくとも1479年には完全には完成していなかったようです。
クリックすると拡大本佐倉城で一番驚いたのは1615年に廃城になり、400年間という長い年月があったにも関わらず、ほとんどの広い土地が畑などにされることもなく昔のままに遺構(空堀、土塁)が残されていたことです。これは周辺の印旛沼や湿地帯が江戸時代から始まった干拓事業により右の写真のような広くて便利な水田や畑が身近なところに、あったことが影響している気がします。
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本佐倉城の城主は妙見宮で元服しており、千葉氏の守護神とされていたと説明されていました。
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Ⅲ郭となる倉跡です。確認調査によって掘立柱建物が広範囲に分布していること分かったことから
その名の通り倉庫群が存在したと考えられています。炭化した米も沢山見つかりました。供膳具や調理具や貯蔵具なども沢山見つかったことから、倉庫だけでなく人の生活するための空間も存在したと考えられています。
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倉跡の上にはⅦ郭のセッテイ山がありました。セッテイ山へ登っていく道です。
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こちらの竹林には節と節の間に緑と薄い黄色の縞模様が表れる金明竹が沢山あることでも有名であることが散策マップに書かれていました。上のセッテイ山へ登っていく道の写真にも金明竹が写っています。金明竹は真竹の突然変異だそうです。


セッテイ山は、その名から接侍郭、あるいは場所的なイメージから人質郭と考えられています。人質郭と考えられているのは主殿から遠く離れており厳重な虎口の形態や大規模な空堀や郭の形状などからです。確認調査において、建物跡の存在がが分かっており、供膳具や調理具や貯蔵具なども沢山見つかっています。また他の郭ではあまり見られない墓石、茶壺、火箸なども見つかっているそうです。本佐倉城で倉跡だけは畑として利用されていました。
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倉跡とセッテイ山の間には高さ10mの空堀があります。堀底道はⅥ郭の東光寺ビョウにつながっています。
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倉跡と奥ノ山の間から南に下りていく細い道です。
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下りて行ったところに妙見神社(妙見社)がありました。
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社には妙見神社と書かれていました。


Ⅵ郭の東光寺ビョウです。本佐倉城で最も広い郭でしたが、その性格に関してはまだ不明だそうです。2つの物見台に守られた空間です。
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南奥虎口は東光寺ビョウから城に登っていく玄関口です。発掘調査によって木戸跡や柵列跡や通路跡が見つかっています。現在は見通しが良い場所ですが、当時は木戸や柵などで虎口内部は見えない状態でした。本城には東山虎口、Ⅳ郭虎口、城山虎口、南奥虎口などの虎口がありました。
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南奥虎口にも詳しい説明板が設置されていました。
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東山虎口の東側が名前の通り東山で険しい自然の尾根がつづいていました。
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東山虎口の西側の土手には諏訪神社(諏訪社)がありました。Ⅳ郭と倉跡の間から行くことが出来ます。
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諏訪神社の社です。
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諏訪神社と書かれていました。


諏訪神社の社の中です。小さな社が祭られていました。
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諏訪神社の周りには小さな社や安産祈願の石像が祭られていました。
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ここは立派な史跡にも関わらず訪問者が少ない場所ではありますが、3回来て初めて多人数で来ている人を見かけました。車数台で来られていました。
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本佐倉城内に沢山の説明板が建てられていましたが、そこには甲冑姿のキャラクターが描かれていました。本佐倉城のマスコットキャラクター「勝っタネ!くん」です。「勝っタネ!くん」は、本佐倉城跡の第3代城主である千葉勝胤(ちば かつたね) をモデルとして作られそうです。
千葉勝胤は1514年に編さんされた連歌集「雲玉和歌集」の中で、「武に優れ、大和歌にも通じ、地に幸草の種をまいた。」 とうたわれた文武に優れたお殿様でした。その幸草のと千葉氏の継名のの字をかけて誕生したのが、文武両道と勝利の神様「勝っタネ!くん」だそうです。体は 幸草の種で作られていて、 手足は、台地にしっかりと根を張る根っこでできています。
 身長155cm、体重130kg、胴回り300cm
 1471年11月16日(文明3年10月5日)生まれの544歳
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クリックすると拡大今回のキャラクターのモデルとなった千葉勝胤は、室町幕府の下総権守で、本佐倉城の城主としては三代目ですが、千葉氏の当主としては二十三代目になります。
 城主     【 当主 】
 初代 千葉輔胤【二十一代】
 二代 千葉孝胤【二十二代】
 三代 千葉勝胤【二十三代】
 四代 千葉昌胤【二十四代】
 五代 千葉利胤【二十五代】
 六代 千葉親胤【二十六代】
 七代 千葉胤富【二十七代】
 八代 千葉良胤【二十八代】
 九代 千葉邦胤【二十九代】

クリヤーな「勝っタネ!くん」を紹介したくて酒々井町のホームページから画像を転用させていただきました。
画像をクリックするとオリジナルを表示します。
クリックするとオリジナルを表示

クリックすると拡大最近、家内が佐倉城のイメージキャラクターである右の写真の「カムロちゃん」のぬいぐるみ(700円)を買ったので、「勝っタネ!くん」のぬいぐるみもほしくなりました。以前に酒々井のアウトレットで「勝っタネ!くん」と思われる着ぐるみを見かけた気がしたので、本佐倉城を見た後に、酒々井のプレミアムアウトレットに行き、以前に見かけたフ-ドコ-ト(Food Court)の中にある酒々井コミュニケーションセンターに行ってみました。やはり記憶は正しく、着ぐるみが来たことがあったとのことでした。でも、残念ながら、ぬいぐるみは作っていないとのことでしたが、写真のしおりを無料でいただきました。
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クリックすると拡大家に帰って「勝っタネ!くん」の着ぐるみの写真を探してみました。見つけたので紹介します。写真を撮ったのは2014年7月6日に家内と娘と姪っ子たちとアウトレットに行った時でした。残念ながら今は、着ぐるみがアウトレットに来ることは無いそうです。また、再開してほしいものです。
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クリックすると拡大酒々井町には2つのマスコットキャラクターがあります。右がもう一つのマスコットキャラクターである井戸っこ(しすいちゃん)です。町名の由来となった「酒の井伝説」の井戸の妖精です。特技は井戸座りで、見てのとおりのポッチャリ体系で運動は苦手だそうです。でも、徳利の魔法の水(お酒)を飲みすぎると、たまにダンスを踊っちゃうそうです。

時代ものの重量級大砲 [エジプト]

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ここはエジプトのカイロです。丘の上の城砦の門の両側に巨大な大砲が飾られていました。実用的配置ではないのではないので飾りに間違いないと思います。それにしてもすごい太さです。パキスタンの軍の施設とインドの大統領官邸で同じように門の両側に大砲を飾ってあったのを見ました。このほかでは中国の平遥古城とドイツのハイデルベルグ城でもありました。
イスラーム地区の南東にあるモッカムの丘に建つシタデル(Citadel=砦)と言う名の城砦(城塞)の中の門です。シタデルは十字軍を阻止するために1176年(アイユーブ朝)に建設されました。立地条件の良さと堅固さからアイユーブ朝~マムルーク朝~ムハンマド・アリ朝~イギリス統治時代に城砦として使われました。

巨大な大砲ですがかなり旧式です。いつの時代の大砲でしょう?


小型の大砲もありました。シタデルの中には軍事博物館(National Military Museum)もあるんです。広い敷地です。


さすが大昔と言えども元、軍の施設です。門の向こう側には沢山の大砲が並んでいるのが見えます。手前の緑の釣鐘状のものは警備兵が中に入るのだと思います。


さすが城砦です。立派な門が沢山あります。


城砦を下から見上げたところです。


道路から撮りました。一番外側の城壁です。


かなり堅固な城砦だったと書かれていました。


シタデルの地図です。城内にはモスクが4っもあります。広さが判ってもらえると思います。
 ①ムハンマド・アリ・モスク
 ②軍事博物館
 ③警察博物館
 ④イギリス統治時代の刑務所
 ⑤アサブ門
 ⑥アフマド・エル・ケトホダー・イル・アサブ・モスク
 ⑦エン・ナーシル・ムハマド・モスク
 ⑧ヨセフの井戸
 ⑨宮殿
 ⑩ムカッタの塔
 ⑪トゥルファの塔
 ⑫ソリマン・パシャ・モスク
 ⑬新門


衛星写真を拝借いたしました。

辺境の地で、エジプト流のサンドイッチ [エジプト]


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カイロから2時間車ほど東に高速道路と一般道路を走って行き着いた場所での昼食です。町も、なにもないと思われる場所でした。出されたのが、上の写真の、玉ネギと牛肉を炒めたものが入った有名なサンドイッチでした。
ガイトブックにも出てくる焼肉のサンドイッチです。外国人に対する最高のもてなしだったのかもしれません。これはまさにエジプト料理でした。

上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。
肉のサンドイッチと言えばピッツバーグを思い出しました。→ポチッ


日本人宅でご馳走になりました。 [エジプト]

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エジプトのカイロに住まわれている日本人のカイロのお宅でご馳走になりました。イスラムの国ですがトンカツも出してもらいました。真中の一番下の茄子はエジプト独特の料理だそうですが日本料理になっていました。この写真はクリックすると拡大します。

味噌汁を付けると完璧に日本料理になりますが初めてエジプトに来た人のために味噌汁の代わりにモロヘイヤのスープを出してくれました。右の一番手前がモロヘーヤスープです。このモロヘーヤスープは別のところで食べたスープと比べても上品なおいしいスープでした。コックさんの腕がいいのかなと聞くと、ここのコックさんは大使館の関係者のコックもやったこともある方で料理の腕はかなりなものだそうです。日本料理が得意というわけではなかったとのことですが日本料理の味も完璧でした。


日本では食べれない野菜のおひたしも良かったです。でも、ちゃんと鰹節がかけてあるところがいいですね。



ラクダはエジプトが似合います。 [エジプト]

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ラクダに乗って写真を撮るんです。ガイドさんに頼むと1ドルです。たぶん自分で交渉するともっと高いです。
中国の観光地ではよくラクダさんがいました。同じように背中に乗って写真を撮るんです。でもやっぱりラクダさんはエジプトが似合いますね。


タグ:ラクダ

韓国の漁村 [韓国]

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韓国の漁港の風景です。ここは韓国の漁村です。
日本のどこにでもある風景のようでがどことなくなつかしい感じました。

ここはスルメイカが有名なようです。沢山の烏賊が干していました。
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写真は日本海の日の出です。
ホテルは日本海(韓国流に言うと東海)に面しており、ここからの日の出は有名です。正月には初日の出を見に多くの人が来るそうです。前日はかすんでいましたが今日はきれいな日の出を見ることが出来ました。日の出前の景色も幻想的です。夜はイカ釣り漁船のいさり火!
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出発した日はソウルから東海岸までバスで移動、空港のシャトルバス以外で高速バスに乗るのは始めてです。韓国は高速バスが発達しています。バスターミナルはすごい台数でした。
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すでに紹介した通りホテルに到着してびっくりでした。このホテルにペ・ヨンジュンさんが泊まったことがある上、この辺はロケ地だそうです。
ホテルにはメッセージボード! エレベーターホールや廊下にも写真、ホテルのショウケースにはペ・ヨンジュンさんグッズがあふれかえっています。
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上の写真の廊下の奥が凄いかったです。
ものすごい数のメッセージが書いてありました。英語とハングル語と日本語が書かれていました。
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観光シーズンでない今の時期ですが日本からのツアー客もホテルに泊まっていました。The Little Angelsと書いたおそろいのスーツケースの可愛しい団体さんも宿泊していました。
制服には韓国国旗が縫い付けてあったのでたぶんThe Little Angelsは韓国少女民族舞踊団だと思います。前日は日曜日だったのでホテルで公演があったのかもしれません。
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東海岸でお勧めが焼肉ではなくて魚料理!到着した夜はホテルの横のレストランで食事をいたしました。
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こちらも前記事で紹介した写真です。客は我々だけでした。
本人がサインしたペ・ヨンジュンさんのポスターがガラスの下に挟み込んであるテーブルが1っだけ目についたので、そこに座りました。この町で一番のホテルが経営している魚専門店なので、もしかしたらこのテーブルでペ・ヨンジュンさんが食事をしたようでした。といっても言葉が通じる訳でもなく確認の手立てはありませんでした。ここでも寄せ書きがたくさんありました。
後でホテルでの確認してみると我々が座ったテーブルで食事風景の写真がありました。
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ここは魚が有名で天然の魚のイケス料理店が数多くあります。ふぐ、石鯛、カワハギ、ひらめ、たい、あいなめ、さめ、えい、かに、えび、ホヤ、名前がわからない大きな魚、等々なんでもイケスに入れてあります。
すでに紹介した通り、メインデッシュのひらめを注文すると写真の物はすべておまけ、これ以外にホッキ貝、にぎり寿司、てんぷら、ズワイガニ、鍋物などもすべておまけ。おまけが22品でした。
おまけと言っても、アワビや生きたイカなどメインデッシュは必要ないくらい。
ワサビだけは日本から持参しました。
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14年前には東側の海岸線はすべて鉄条網が張られており軍隊がパトロールして物々しい雰囲気がありましたが今はきれいに撤去(写真は一部残っているもの)されていました。
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地方では高級ホテルでも入口で靴を脱ぐ形式になっています。
浴室に洗面器を置いているホテルも良く見かけます。旅館とホテルを合わせたような感じで、なにか日本と共通点があります。ソウルでは少ないけれど!
あと、暖房はオンドル(床暖房)です。エアコンの噴出音がしないので快適です。


韓国と言えば焼肉と冷麺!前日が刺身中心だったので夜は焼肉にしました。この日は生カルビがなかったのでロース! メキシコの焼肉を思い出します。食べ易いようにハサミで切り刻んでくれるのが韓国流!スープもおいしいですよ。昼間は人気の冷麺専門店で野菜とコチジャンの冷麺!
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泊まったホテルは映画のロケ地でした。 [韓国]

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韓国の東海岸で泊まったホテルに上のチラシを見つけて撮りました。こちらのホテルは2005年9月に公開された「四月の雪」の撮影現場だったのです。

チラシの写真のRoom No.1601は特別の部屋だったのだと思います。
今回、私の泊まった部屋は撮影のあった階と同じで、そのラブシーンお部屋のすぐそばでした。右はチラシの中の写真を拡大したものです。

下の写真は私の部屋です。ベッドやソファーやテーブルからラブシーンが撮影された部屋と同じタイプの部屋だったことが、わかってもらえると思います。


こちらもチラシの中の写真を拡大したものです。右がペ・ヨンジュンさんで、左がソン・イェジンさんです。
ホテルの前にあるお刺身屋で我々も食事をいたしました。そしてペ・ヨンジュンさんが座っている、まさにこのテーブルで我々も食事をいたしました。私も右側に一人で座りました。下の写真はその時の食事の写真です。目印はテーブルの上のガラスに挟んだ大きな写真です。他のテーブルには写真が入っていないので行かれたら探してみてください。ちなみにヒラメを注文するとテープの上の料理は全ておまけでした。
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こちらがヒラメの刺身です。このヒラメを注文すると、上の写真の料理がすべて無料なのです。
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ヒラメ刺身や無料の刺身は、こちらのいけすに入った食材です。ほんと新鮮でした。
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ホテルのロビーにはメッセージを張るボードがありました。


私の部屋の廊下には、このような飾り付けが行われていました。
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その廊下の壁に張られた紙に書かれたメッセージも、すごかったです。


メッセージで埋め尽くされていました。
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ホテルの部屋からは日本海(韓国名 : 東海)を昇る朝日を見ることが出来ました。天気が良かったら、もっと、すばらしい景色だったと思います。
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背の高い建物が泊まったホテルです。建物の陰で見えませんがホテルの左側に夕食を食べた刺身専門店がありました。
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映画「四月の雪」の3分47秒の動画です。頭から1分38秒からが、今回のホテルの部屋のシーンです。上で紹介の部屋の写真と似ていることがわかってもらえると思います。


二人の写真をネットから拝借いたしました。( )内は映画公開当時の年齢です。
 左側 : ソン・イェジン 孫 藝珍 1982年1月11日生 33歳(23歳) 
 右側 : ペ・ヨンジュン 裵 勇浚 1972年8月29日生 43歳(33歳) 
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ホテルと刺身専門店の場所を紹介します。地図上のアイコンマイナスを数回クリックしていただくと位置がわかってくると思います。
  三陟パレスホテル 펠리스호텔 Samcheok Palace Hotel
  刺身専門店 펠리스횟집

タグ:韓国 ホテル

韓国昔から電子サイン [韓国]


最近の日本ではクレジットカードの電子サインが増えてきました。
韓国では、かなり前からクレジットカードのサインは全て電子サインでした。この写真は2010年に、小さな町のホテルの支払い時に撮ったものです。カードの向こう側にある液晶パネルが電子サインのための機械です。ひもでつながった黒いペンでこの機械の画面上にサインします。今回はホテルでも飲食店でも全てこの電子サインの機械があり、サインしました。プリントアウトされた紙にはそのサインが書かれていました。でも、慣れていないせいか、セキュリティーが大丈夫かどうか心配で、すこし抵抗感がありました。このシステムは海外でも初めてでした。今のところ韓国でしか見たことがありません。機械にはEasy Padと書かれており型番はEP-681のようです。

 ネットで調べるとありました。→ポチッ

韓国のゴミ箱 [韓国]

IMG_6379-960.jpg
さらに高速道路のサービスエリアシリーズを続けます。身体障害者用の優先駐車場を紹介しましたが、そうなるとゴミ箱も紹介したくなります。これが沢山の分別が出来るゴミ箱群です。沢山になってきました。この写真はクリックすると拡大します。
タグ:韓国 ごみ箱

8月までのデータで2015年の訪問者数を予想してみました。 [話題]



今年の5月の記事で、2015年1月~3月の海外からの訪問者数のデーターから2015年の訪問者数は1900万人でした。2015年1月~8月の新しいデーターで予想すると2000万となりました。9月以降の予想値は2014年の変化に比例させて類推いたしました。

2014年は1位は台湾、2位が韓国、3位が中国が、2015年は中国が伸びできて8月までの集計ですが1位は中国、2位が韓国、3位が台湾になりました。
3国は2014年に対して2015年は中国1.98倍、韓国1.44倍、台湾1.3倍になると予想されます。
      2014年1~12月  2015年1~8月  2015年1~12月予想
 中国→日本 2,409,158人   3,047,041人   4,759,326人(1.98倍)
 韓国→日本 2,755,313人   2,554,175人   3,957,872人(1.44倍)
 台湾→日本 2,829,821人   2,468,207人   3,675,865人(1.30倍)


年単位で集計したグラフです。ただし2015年は1~8月の数値から下記の計算式で算出したため、多少ずれることもあり得ます。グラフ作成に使用した数値データーは日本政府観光局の「国籍/月別 訪日外客数(2003年~2015年)」です。昨年ごろから成田⇔上海の往復のJALのフライトでも中国人の観光客が多いのに驚かされていたのですが、実際の数字を見て納得いたしました。2015年の予想計算式は次の通りです。計算上では2015年の訪問者数は20,022,888人となります。
 A国 = (A国2014年訪日・人数合計) x Ka
 合計= A国+B国+C国+D国+E国+F国+・・・・・・・
ただし Ka = (A国2015年1~8月訪問数) ÷ (A国2014年1~8月訪問数)


こちらが3月までのデーターで予想した時のグラフです。この時は2015年の予想は1900万人でした。
同じ計算式で8月までのデーターで予想した数値が2000万人になったのは、3月以降も着実に訪問者数が増えてきた証拠だと思われます。


いつも控え目な数値を発表する国の予想では、オリンピックの年である2020年の訪問者数は2500万人ですが、このまま推移すれば3000万人には達するのは確実な気がします。これだけ急速に訪問者数が増えると宿泊施設不足が深刻な問題となってきつつあるようです。でも有名な観光地のホテル不足のおかげで、今まで外国人観光客が少なかった地域にも観光客が増えてきている気がします。地域の良さを分かってもらえるチャンスかもしれません。


5月の記事ですでに紹介した表ですが、各国の訪問者数を紹介します。ここでも記載いたします。2014年の日本人が中国、韓国、台湾を訪れている数は次の通りですが、2015年は3国共に日本への訪問者数の方が上回りそうです。「人/万人」は人口1万人当たりの年間訪日人数を示しています。
 日本→台湾 1,634,205人(129人/万人) 台湾→日本 2,829,821人(1207人/万人)
 日本→韓国 2,280,434人(180人/万人) 韓国→日本 2,755,313人( 572人/万人)
 日本→中国 2,717,600人(214人/万人) 中国→日本 2,409,158人( 18人/万人)

 国名人口 (万人)20132014
 累計伸率 %累計伸率 %/万人
 台湾234422,210,82150.812,829,82128.01207
 韓国481812,456,16520.222,755,31312.2572
 中国13493431,314,437-7.832,409,15883.318
 香港8055745,88154.94925,97524.11150
 米国310384799,280 11.55891,66811.629
 タイ69126453,64274.06657,57045.095
 豪州22277244,56918.57302,65623.8136
 マレーシア284010176,52135.68249,52141.488
 シンガポール5099189,28033.19227,96220.4448
 英国62048191,79810.210220,06014.735
 フィリピン923415108,35127.411184,20470.020
 カナダ340212152,766 12.912182,86519.754
 フランス627911154,89218.813178,57015.328
 インドネシア2398713136,79734.814158,73916.07
 ドイツ823014121,77611.815140,25415.217
 ベトナム87851684,46953.116124,26647.114
 インド1224511775,0959.01787,96717.11
 イタリア60551867,22829.81880,53119.813
 ロシア142961960,50220.61964,0775.94
 スペイン46082044,46126.32060,54236.213
 ニュージーランド4372136,95416.02141,62212.695
 スウェーデン9382236,20618.92240,12510.843
 オランダ16612333,86111.92339,86617.724
 スイス7662428,32216.42433,15017.043
 ブラジル194952527,105 -15.62532,31019.22
 メキシコ113422623,33826.12630,43630.43
 フィンランド5362816,5236.42719,66119.037
 ベルギー10712716,55813.32818,93414.318
 イスラエル7423114,47839.02918,80829.925
 デンマーク5553015,06510.83017,90118.832
 ポーランド38282915,52545.53117,88315.25
 オーストリア8393313,01511.93215,39818.318
 ノルウェー4883214,08523.03315,2308.131
 トルコ72753412,46418.63414,76618.52
 ポルトガル10683511,60438.03514,43924.414
 アイルランド4473611,2588.73612,59611.928
 その他・無国籍243110 248,812  298,623 1
 総数69455710,363,90424.013,413,46729.419

タグ:海外 観光

優先駐車場 [韓国]


韓国のサービスエリアシリーズを続けさせいもらいます。これは身体障害者用の優先駐車場! 判りやすいですね。
一番便利な場所に作られているのは万国共通ですね。
あのうどんを食べたサービスエリアです。すごく朝早いので駐車場はすいていました。
そして豪華な刺身料理を食べた翌朝のことでした。
余談ですが韓国でも高速道路の発音は「こうそくどうろ」でした。

念願の「セン・サムギョプサル」생삼겹살 [韓国]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

韓国には16回ほど行きましたが、焼肉は15回目までは韓国の人が一緒で牛肉の焼肉店ばかりで食べてきた。今回は日本人ばかりだったので16回目にして初めて、クリックすると拡大韓国でよく食べられている豚の焼肉を食べようと、豚の焼肉店を探しました。しかしながら日本人だけで探すのは難しかったのです。迷いながら何軒か回って、あきらめて入ったところが、偶然にも豚専門の焼肉店でした。すごくラッキーでした。
上のお椀状の鉄板を右下の写真のコンロに乗せます。
写真のようにドーナツ状に水が張られており、丸いお椀状の鉄板から油がそこに流れ落ちます。油はすごい勢いで三枚肉から流れてくるので、これはいいアイデアだと思いました。
厚肉の重たい鉄板を運びやすいように真中に持手が付いているのも特長の一つです。

お店の人は何も言わないで三枚肉を選んでくれました。これが一番人気だそうです。お店の人が並べてくれます。この三枚肉の焼肉のことをサムギョプサル(삼겹살)と呼ぶそうです。サムギョプサルの「サム 삼」は数字の3、「ギョプ 겹」は層、「サル 살」は肉を表し、三層肉、つまり日本でいう三枚肉(ばら肉)です。店員の人が並べてくれるのが韓国式です。下に掲載したメニューの一番上の9000ウォンと書かれているのが、この三枚肉です。
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カリカリに焼けてきました。野菜としてはエリンギと玉ネギも焼いてくれました。ニンニクは焼けると美味しいです。
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写真の味付け味噌と一緒にサンチュやエゴマの葉に巻いて食べました。このサンチュやエゴマの葉は無料で、いくらでも追加でもらえます。大きな青唐辛子は生のままかじります。豚の焼肉は味が濃く美味しかったです。
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別の部位の肉も頼みました。これがお店で二番人気だそうです。下に掲載しているメニューで上から3番目(항겹살)がこの肉です。きれいなピンク色の霜降り肉でした。韓国語が判る人がおられたら部位の名前を教えてもらえると嬉しいです。
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霜降り肉も焼けました。
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三枚肉とあわせて1.5人前食べましたが十分な量があるのにも驚きました。豚の焼肉の美味しさを堪能いたしました。1人前の定義が違います。1人前を頼めば、それだけで十分な量があるのが韓国の1人前の定義のようです。
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これがメニューです。左側の一番上(생삼겹 / センサムギョブ)と上から三番目(항겹살)を食べましたが、一人前が9000ウォン(990円)なのが嬉しいです。생(セン)は生で新鮮の意味を表しているのだと思います。


ここでも無料の料理が沢山つけてもらえました。主食が肉なので野菜系が嬉しいですね。巻いて食べる野菜も加えると結構、沢山野菜を食べました。すごく健康的な気がしました。
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店内の雰囲気です。皆さん焼肉を食べられています。お椀状の鉄板で油の煙が出ないのが特長でした。我々はビールでしたが、皆さんは焼酎を飲まれていました。

タグ: 焼肉

ちょっと行列の出来るお蕎麦屋さん [蕎麦]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

東京の中心街では昼時に行列が出来るお店はめずらしくありませんがこのあたりでは店外まで行列が出来るお店はめずらしいのです。なかなかの人気です。
店の中にも並んでいるので写真の行列だと席に着くまで15分ほど待って入ります。

席についてさっそく天セイロを頼みました。写真は天セイロの蕎麦だけを撮りました。天婦羅は次の写真で紹介いたします。やっぱり並んで食べた甲斐がありました。地下鉄東西線沿いの江東区の知っている範囲では一番好きな、お蕎麦です。少し更科系で、のど越しのいいタイプの、お蕎麦です。
もちろん人によって好みが違うので絶対評価ではありませんが、今週の月曜日に一緒に食べに来た蕎麦好きの関西の人も同じ感想を言っていました。
蕎麦好きの人は高い評価をする人が比較的多いです。
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天セイロの天婦羅の部分の写真を掲載しました。この写真はクリックすると天セイロ全体を表示します。
クリックすると天セイロ全体を表示します。


クリックすると拡大ここからは夜の部です。
お蕎麦も評価が高いけれども、料理が美味しいという人も多いです。
先ずはお通しです。蕎麦せんべい(下の写真) 
大きく写っているけど小さいです。お通しの料金はとられなかったと思います。
右の写真のように細い蕎麦をそのまま揚げたものの場合もあります。


写真を何点か紹介します。先ずは「蕎麦すし」です。そば寿司を食べさせてくれるお店は少ないです。でも残念なことが!


同じ週の月曜日と金曜日にも行きました。
残念ながら「蕎麦すし」はやっていませんでした。
おそらく手間がかかるのでなくなってしまったのだと思いますが、また復活してもらいたいものです。
そこで、月曜日に最初に頼んだのが「あとそば」です。ほんとうは最後の〆に食べるので少な目のセイロを「あとそば」と命名したようです。
でも美味しい蕎麦は最初に食べたくて頼みました。値段も量も手ごろでした。でも最後には、やっぱり正規サイズのセイロを頼んでしまいました。こちらの蕎麦はやっぱり美味しかったです。
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山芋の磯辺揚げ ボリュームがあるのがいいですね。


いわしのつみれ これはお薦めの料理です。だしもすべて飲んでしまいます。上の山芋の磯辺揚げも好きなので、この2つは頼むケースが多いです。


茸天ぷらミゾレがけ こちらも美味しい料理です。


ここから下の写真は月曜日に食べたものの一部です。これは「つら」です。「つら」とは面のことです。


こちらはメヒカリの唐揚です。塩で食べると美味しいです。


これは身新欠きニシンの甘露煮です。甘みがあるのにビールやお酒にあいます。


こちらは薄揚げを焼いたものに鰹節をかけて少し醤油をたらして食べます。最近は家でも真似をして作っています。ビールやお酒にあいますね。


ここから下の写真は金曜日に食べたものの一部です。出し巻き玉子の上に並んでいるのは山葵の醤油付けとそば味噌です。この出し巻き玉子はフワフワでした。写真をクリックすると、ふわふわ感が分かってもらえると思います。
この日は久しぶりに懐かしい店員(看板娘)さんにも会えて話も出来ました。聞いて土曜日だけになっていたことを知りました。この日は特別に応援に呼ばれたそうです。
クリックすると拡大

こちらは里芋の唐揚にクリームをかけたものです。洋風の味わいが新鮮でした。バーナーでつけた焦げ目が美味しさを引き立てている新しいメニューでした。いつも新しい料理を考えておられるようです。こちらの写真もクリックすると拡大するようにいたしました。
クリックすると拡大

実は、こちらのお店のもう一つの売りが冷酒です。


美味しい冷酒が用意されています。たぶん値段の安さに驚かれると思います。枡もこぼれる寸前まで入れてくれるので実質コップ2杯になります。
お店を紹介いたします。
  店名 信濃庵
  住所 東京都江東区東陽4-2-6
  電話 03-3615-3654
今まで食べた料理の一例です。種類も結構あります。左に書いている数値は料理の価格です。少し前なので変わっているものをあるかもしれませんが今週、食べた時の値段の印象と同じでした。今週食べた料理の内、この中にないものも沢山ありました。旬の料理も多いので、今の時期、ないものもいくつかあるようでした。蕎麦屋らしい料理が多いのも、うれしいです。
    料理名
 241 焼き牡蠣
 294 なす浅漬け
 315 いかの塩辛
 315 牡蠣ゆず味噌焼き
 315 そば味噌
 367 揚げだし
 367 お揚げ
 367 ふき味噌
 367 たこ山菜
 367 焼き味噌
 399 揚げ茄子おろし煮
 399 いわしのつみれ
 399 そばがき揚げだし
 399 そばがき信濃庵
 399 そば豆腐
 399 筍の焼きびたし
 399 だし巻き
 399 菜の花のからし和え
 399 葉わさび
 399 焼きそら豆
 420 きつね玉子
 420 つら
 420 鳥つくね旬菜焼き
 420 山芋磯部
 420 山うどの酢みそ
 451 甘えびのから揚げ
 472 茸ホイル焼き
 472 揚げ茄子冷奴
 472 えいひれ
 504 板わさ
 504 とろろオクラ冷奴
 504 新秋刀魚の塩焼き
 504 焼鳥 タレ
 504 蒸鳥おめしぽん酢
 504 まぐろぶつ
 577 いかわた炒め
 577 豚ねぎ肉味噌添え
 609 キスの天ぷら
 609 きのこサラダ
 609 じゃこサラダ
 630 そばすし
 682 鴨ねぎ
 682 鴨おろし
 682 季節天ぷらミゾレ
 682 山菜の天ぷら
 682 かき玉
 714 鰹の酒盗おろしポン酢
 714 茸天ぷらミゾレがけ
 714 つくねん棒
 787 穴子天ぷら
 787 はいから揚げ
 924 鰹の土佐作り
 1050 天ぷら盛り合わせ
 1638 さしみ
タグ:蕎麦 東陽町

韓国の朝食 [韓国]

クリックすると拡大
韓国の朝食はご飯と汁物が定番
もちろんいろんなキムチもつけて!
汁物は煮えているんですよ。
町のホテルに泊まっていると、このような朝食には出会えないです。これは地方のホテルに泊まったときに近くの食堂で朝食を食べたときの写真です。
日本で言えば、ご飯に味噌汁にお漬物ですが、韓国の汁物は具も多くておかずも兼ねている気がします。
ステンレスの箸にステンレスのご飯茶碗も韓国らしいです。

白いご飯と本場のキムチだけでもおいしいですね。もちろん韓国ではキムチは無料です。
何気ないお店で凄く美味しいキムチに出会えることがあります。そんな時は持ち帰りたいけれども、それはダメですね。
夕食は⇒ 刺身 か 焼肉 



タグ:韓国 朝食

話題提供「御手ふき」 [韓国]



韓国に行ったときに不思議なものが出されました。先ずは動画を見てください。韓国の焼肉店で出されたものです。
  こちらのお店です。→ポチッ

YouTubeが見れない環境もあるのでso-netにも動画を登録しました。


最初は小さかったけれど水をかけると写真のように延びてきます。なかなか楽しいですよ。


これは最近、韓国のいろんなレストランで使われるようになったそうです。この長方形のお皿もセットのようです。名前はCoin Tissue(コインティッシュ)です。調べてみるとレーヨン素材の圧縮型の紙オシボリと書かれていました。日本だと1個12円だそうです。

タグ:韓国 焼肉

中国語では石耳 日本では岩茸(石茸)と言います。 [土産]



中国の三大仏教霊山の九華山の石耳(岩茸)です。採取は大変なことから貴重なものですが、九華山の料理ではよく出てきました。そこで、お土産として、この石耳(岩茸)を持って帰えったので紹介いたします。中国語では「石耳」(シーアル shí'ér)と呼ばれており、日本では岩茸が一般的で石茸とも言われています。
乾燥した状態はキノコの一種である木耳(キクラゲ)と似ていますが違う種類のものです。スープなどに入れると海苔に近い感じになります。

すでに料理の記事に掲載していますが、あらためて九華山で出てきた岩茸料理を紹介します。こちらは九華山の昼食に出てきた料理です。黒っぽいのが岩茸(石茸)です。この岩茸料理はほんとうに薄味の味付けも食感もすばらしかったので沢山食べてしまいました。真ん中のお餅のような料理の中にも岩茸が入っていました。最初は周囲は全て黒い岩茸で埋め尽くされてすぐに食べられてしまって写真を撮る時はこの状態でした。


このスープにも岩茸が入っています。こちらも昼食で出てきました。食感は海苔のようですが、海苔よりも食べている感触があります。


これが九華山の夕食で出てきた岩茸(石茸)と肉団子のスープ
岩茸は木耳(きくらげ)とは違い野生でしか取れないし断崖絶壁で採取するため貴重なものだそうです。 感触は木耳のような歯ごたえのあるものではなく厚めの海苔のようでした。一度は食べてみたいものだと思います。岩茸はこのあたりの名物で別の食事でも沢山食べることが出来ました。日本では岩茸と呼ばれており非常に貴重なものです。日本でも同じような食べ物「岩茸の"おやき"と"天ぷら"」が放送されていました。


ネットの説明を記載いたします。

木耳はキノコ⇒ポチッ
木耳(キクラゲAuricularia auricula Underw)は、キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属のキノコで、春から秋にかけて、広葉樹のニワトコ、ケヤキなどの倒木や枯枝に発生します。主に日本と中国で食用とされています。
形は不規則で、円盤状、耳状など変化に富み、背面の一部で枯木に付着する。子実体はゼリー質でやや半透明、背面は粗毛で白く、表面は暗褐色で滑らかです。乾燥すると小さく縮み、湿ると元に戻ります。味はなく、名前の通りクラゲを思わせる歯ごたえが特徴です。

岩茸(石耳)は地衣類⇒ポチッ
岩茸・石茸(イワタケUmbilicaria esculenta)は、深山の岩壁に着生する地衣類の一種で、東アジアの温帯に分布し、中国、日本、韓国では山菜、生薬として利用されています。
中国語では、「石耳」(シーアル shí'ér)と言い、地方名に「石木耳」(陝西省)、「岩菇」(江西省)、「地木耳」(貴州省)、石壁花などがあります。
そして韓国語でも「석이」(ソギ、石耳)と言います。日本の地方ではイワガシャー(長野県上伊那郡)、タケキノコ(岳茸。長野県北安曇郡)、イワナバ(鹿児島県肝属郡)と言われています。
東アジアの温帯の日当たりがよい岩壁に分布する。中国では江西省、安徽省、浙江省が主産地で、廬山、黄山、九華山などの観光地として知られる山で、特産品として扱われている。特に廬山では「石魚」(ヨシノボリの同属種)、「石鶏」(スピノーザトゲガエル)と共に「三石」と称され、名産品となっている。雪などの影響がなければ、年中採取できるそうです。


追伸 2015年11月18日
今日、上海から帰国いたします。
上海浦東空港が14;00発のJL876で成田空港へは17:45着の予定ですが、出発時刻は発着便が混雑する時間帯なので出発が遅れるかもしれません。搭乗してから一時間近く待たされたことが何度もありました。すでに報告の通り、今回は中国100回目の訪問で有意義な渡航となりました。2015年11月16日にT氏に会って打ち合わせの後に記念写真を撮りました。目隠しをしていないのが私とT氏です。そのT氏に100回目の中国訪問を記念して43年物の茅台酒をプレゼントをいたしました。部屋はT氏の部屋です。


上海のホテルは30階の部屋でした。最近は、こちらの花園飯店(Okura Garden Hotel Shanghai)に泊まっています。
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部屋のタイプはDeluxe Single Roomです。一度、すごいスイートに泊まったことがあります。その時の記事はこちらです。→ポチッ
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南゛向きの部屋なので景色は素晴らしいです。残念ながら今日は曇り空でした。旧フランス租界の町並みが残っています。
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洗面スペースのトイレ側です。
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洗面スペースのバスルーム側です。ガラスドアの奥がバスルームになっています。
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こちらのホテルで持ってもうれしいのが熱いお湯が勢いよく出ることです。1分くらいで溜まってすぐには入れるのです。
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食事は和食にいたしました。
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佃煮類のセットがうれしいです。
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ジュースは何種類から選べるのでトマトジュースにいたしました。
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やっぱり、サバの塩焼きはいいですね。一足早く日本に戻った気分にさせてくれます。
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先ほど上海浦東空港に着いて、チェックインいたしました。搭乗時刻は出発時刻の30分前にあたる13時30分です。

お人形が大人気でした。 [湖北省]


中国湖北省の省都である武漢の四川料理レストランで売られていたお人形です。価格は20元(260円)でした。

子供たちと一緒に食事をする家族をターゲットにした商売のようです。小さな人形は5元です。お母さんは5元の方を指差しています。


手前の方では飴らしいものを売っていますが人形の方が人気があるみたいです。こちらの写真はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

武漢の四川料理 [湖北省]


ここは湖北省の武漢です。前日は湖北料理でした。
湖北省は辛い味なので四川料理も人気があるようです。この日は四川料理でした。
これは生野菜にゴマだれをかけたものです。見た目と違い意外とおいしいです。モロキューの葉っぱ版かな

細い竹の子です。今回は普段食べたことのないものが多かったです。


細い竹の子と肉です。


白菜とキノコかな


豆腐料理です。 麻婆豆腐のようには辛くありません。


ハムや焼き豚類です。


キノコとハム


地元産の上海蟹


肉です。


辛い具をパンのようなものに挟んで食べます。


これは辛かったです。


麻婆豆腐です。 前日のものよりもさらに辛かったです。


鶏とそば


スープ


これが一番の名物 魚です。


四川料理と言えば最後は坦々麺


きれいなお店も増えてきました。お店の名前は老房子かな?

タグ:中華料理

北海道最終日のドライブは山道でした。 [北海道]



北海道に来て、この日の14時のフライトで帰る予定なので、時間を考えて最後の日は千歳空港に近い支笏湖に行くことにしました。
札幌の駅前のホテルを出発すると、いきなり雪が、ちらついていました。

川沿いを進みます。雪は止んできましたが、路面には雪が残っていました。


札幌から支笏湖への道は山道です。雪も結構路面に残っていました。


少し下ってまた登りです。3日間のドライブで初めてエンジンブレーキを使いました。


カーブの雪道は気を使いました。正面に見える山は恵庭岳です。支笏湖に近づいてきました証拠です。


支笏湖岸に着きました。車を降りて走ってきた方の道を撮りました。恵庭岳がきれいです。
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同じ場所から、進んでいく方角を撮りました。道路を保護する屋根が道路上にあります。


続きを読む


中国訪問が100回となりました。 [思いで]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2015年11月11日から11月18日まで中国に行って来ました。
上のグラフのように、今回の中国訪問が100回目となります。香港(6回)とマカオ(3回)は100回の中に含まれていません。今日の日本時間13時(中国時間12時)には100回目の訪問が実現していると思います。
  中国訪問回数 100回 / 22年間 平均 4.55回/年
  延べ滞在日数 609日
  平均滞在日数 6.09日/回
  最大滞在日数 14日/回 2002年10月27日~11月09日
  入出国搭乗数 200回
  国内線搭乗数 126回(中国国内線)

今までに訪れた町をプロットいたしました。目的があって訪れた町のみで、単に通過する町はプロットしていません。Google地図→ポチッ
クリックすると拡大

中国訪問100回目となる2015年11月11日のフライトは成田9時35分発の上海浦東行きのJL873便です。帰りは2015年11月18日のJL876便で、7泊8日の旅となります。


先ほど空港に着き、チェックインしたので搭乗券の写真を追加いたします。


初めて中国に訪問したのは、今から21年前の1994年9月19月で、成田から北京に入り2泊した後に南京に飛んで、車で、今回と同じ訪問地である安徽省に行きました。その時のフライトは次の通りですが、その後、冒頭のグラフのように中国に訪問することになりました。しかし、この時には100回も中国に訪問することになるとは想像すら出来ませんでした。
右の写真は21年前に南京と安徽省を往復したSタイプ6000ccのベンツですが、この時代はSタイプのベンツは6676万人の安徽省でクリックすると拡大写真の2台しか存在しませんでした。
  1994年9月19日 成田→北京
  1994年9日21日 北京→南京
  1994年9日23日 南京→広州
  1994年9月24日 広州→香港
  1994年9日24日 香港→成田

1994年9月21日の午後に、会社の宿舎に2台Sタイプのベンツで到着した時の写真です。この時でも安徽省で2台しかないSタイプのベンツを持っている立派な会社でしたが、当時に比べると現在は生産規模が約150倍になった上に、今でも、その会社と一番親しく付き合っているのです。


同じ場所を遠くから撮った写真です。1994年9月21日の日付が判ると思います。2台のベンツが確認できると思います。


翌1994年9月22日の会議の風景です。


1995年4月12日の写真です。
2回目の会社訪問でした。その会社の方(K氏)と、食事の時に記念写真を撮りました。余談ですが真中の女性は1996年3月14日の写真にも登場いたします。
  1995年4月11日 成田→北京
  1995年4日12日 北京→南京
  1995年4日15日 南京→北京
  1994年4日17日 北京→成田


翌年のK氏との会食の時の写真です。


その後もK氏はつきあいが続きました。4枚は日本での写真です。
クリッすると拡大クリッすると拡大クリッすると拡大
クリッすると拡大クリッすると拡大pgクリックすると拡大 クリッすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大
クリッすると拡大クリッすると拡大クリッすると拡大

1995年9月7日の写真です。
中国訪問が3回目で、こちらの会社への訪問も3回目でした。仕事を始めるためのサインをした時の記念写真です。右側が私です。左側が相手の会社の人(今後T氏と記載)です。T氏には100回目となる今回も会う予定です。T氏以外にも沢山の方と知り合いになり関係が続いておりますが、21年間を判りやすく説明するためにT氏に関連した写真を順番に紹介したいと思っています。意外と写真を撮っていなかったので探すのに苦労いたしました。
  第1回 1994年9月21日(初めて会社訪問)
  第2回 1995年4月12日(調査打ち合わせ)
  第3回 1995年9月 7日(契約サイン 写真)


1995年9月7日の午前中にサインをして昼食の後にT氏が世界遺産に登録されて5年目の黄山に連れて行ってくれました。高速道路の無い時代に車で数時間の距離だったので、山頂のホテルに泊まって11月8日に黄山を見学いたしました。その時の写真を紹介します。写真はすべて1995年9月8日に撮ったものです。左上のロープウェー駅の前での記念写真はプロジェクトの日本人メンバーです。
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1995年9月5日~7日の打ち合わせ時の風景です。
古い写真なので色が変わってしまいましたが雰囲気が判ってもらえると思います。左の写真で目隠しをしていないのが私で、右の写真で立ち上がっているのがT氏です。打ち合わせ開始(1995年9月5日)の場面です。この時のフライトは次の通りでした。この時代の上海の空港は浦東空港は無く、虹橋空港のみでした。
  1995年9月04日 成田→上海
  1995年9日09日 上海→成田



1996年3月14日の写真です。プロジェクトが進行中の宴会の時の写真です。右が私で真中がT氏です。左の女性は1995年4月12日の写真にも登場している方です。
  1996年3月10日 成田→上海
  1996年3日15日 上海→成田


1996年9月27日の写真です。プロジェクトが進行中に皆で世界遺産の黄山に行きました。目隠し、していないのが私とT氏です。相手の会社のプロジェクトマネージャーであるT氏が黄山を案内してくれました。一番左の人は通訳をしてくれた張さんです。
  1996年9月23日 成田→上海
  1995年9日28日 上海→成田
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1998年1月に撮影
左の写真はプラントのスイッチをT氏が入れた瞬間です。左のオレンジのヘルメットをかぶっているのもT氏です。プラントが無事に稼働して、我々の会社の現場責任者と握手をしているところです。この瞬間には、私は立会できませんでしたが、この後すぐに、下記のフライトで性能テストのために現場に入りました。
  1998年2月12日 成田→上海
  1998年2日18日 上海→成田


2002年4月8日の写真です。
プロジェクトが終わって数年が経った時、次のプロジェクトのために2002年4月7日にT氏が空港に迎えに来てくれました。1994年の時と同じ車でした。移動中に撮ったものです。現在は最新のSタイプベンツを数十台所有する会社になりました。
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2002年4月7日は、会社に着いたらT氏を含む懐かしい仲間と会食でした。目隠し、していないのが私とT氏です。この時のフライトです。
  2002年4月07日 成田→上海
  2002年4日10日 上海→北京
  2002年4日12日 北京→成田
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2003年10月24日にも会いました。次期案件のために私が本社に行きました。この時はいろんな場所を廻りました。
  2003年10月19日 成田→上海
  2003年10日19日 上海→済南
  2003年10日22日 済南→北京
  2003年10日23日 天津→上海
  2003年10日25日 上海→成田


2005年1月16日の写真です。
次期案件のサインが出来て記念写真を撮りました。目隠し、していないのが私とT氏です。計画が出てから合意まで2年9ケ月かかりました。
  2005年1月12日 成田→北京
  2005年1日12日 北京→南京
  2005年1日18日 上海→成田


2005年3月26日の写真です。
記念式典の後に、皆で世界遺産の宏村黄山に行った時の夕食時の写真です。
クリックすると拡大  2005年3月24日 関空→北京
  2005年3日24日 北京→南京
  2005年3日27日 黄山→北京
  2005年3日29日 北京→上海
  2005年3日30日 上海→成田


こちらも2006年10月17日の写真です。
クリックすると拡大この写真は九華山に行った時、九華山で最も偉い百歳宮の釋慧慶・住職と記念写真を一緒に撮りました。
  2006年10月15日 成田→青島
  2006年10日15日 青島→南京
  2006年10日18日 上海→成田


同じ2006年10月17日のT氏との記念写真です。


2006年12月に日本にt氏が訪問されたときは12月25日には仕事の合間に京都と奈良に一緒に行きました。12月24日には姫路城にも行きました。


2007年4月9日の私とT氏の写真です。
合弁会社が出来てばかりのころに会議を行っているときの風景です。
  2007年4月08日 成田→北京
  2007年4日08日 青島→南京
  2007年4日10日 南京→太原
  2007年4日13日 太原→北京
  2007年4日14日 北京→関空


2008年3月22日に中国で日本人同士の結婚式がありました。日本では知らないどうしの2人でしたが、私が責任者を務めていた中国の合弁会社(2007年から活動開始)に、2人が日本の会社から出向して赴任していて出会いました。中国側の主賓として挨拶しているのが1995年9月7日に私と契約サインをしたT氏だったのです。私は日本側の主賓として挨拶させていただきました。
結婚式の記事はこちらです。→ 記事1 記事2 記事3 記事4
  2008年3月18日 成田→杭州
  2008年3日26日 杭州→成田


2009年5月25日の写真です。
手前で取り壊されているのは1996年頃に建てられた本社ビルで、奥の立派なビルは2000年頃に建てられた本社ビルです。ただし2009年3月にはさらに新しい本社ビルが出来たために本社機能は移りました。合弁会社は取り壊されている建物の中にあったので新しい本社ビルに移りました。
  2009年5月25日 成田→杭州
  2009年5日28日 杭州→成田
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こちらが2009年に完成した新しい本社ビルです。私が初めてこの会社に訪問した21年前(1994年9月21日)から、その会社は150倍の規模に大きくなりました。その会社の規模にふさわしいビルになったと思います。こんなドラマのような現実を体験できたのです。巨大なビルのために1枚の写真に入りきらなかったので3枚をつなぎ合わせました。
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大きさを実感してもらうために中央部分の写真を掲載いたしました。クリックすると特別に大きく拡大するように設定いたしました。
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建物の中から中央部を撮りました。撮った場所は合弁会社のフロアーです。
今回の記事の写真は、この会社の総責任者である董事長の了解をを得てブログに掲載しております。人名や会社名も出しても良いと言われましたが、日本側の会社が判ってしまう可能性があるので、会社名や人名は控えました。
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建物の中には食事や話をするのための豪華な部屋が沢山ありました。
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2014年4月18日の写真です。
T氏は1995年以来、日本に何度も来ています。2014年4月18日に来られた時に皆で鎌倉に行きました。右の写真は移動中の休憩場所で私とT氏で撮ってもらった記念写真です。この時は鶴岡八幡宮、神苑ぼたん庭園、鎌倉大仏、建長寺に行きました。


2012年5月27日に皆で九寨溝などに行った時の写真です。右の写真は記念写真から切り取ったもので、目隠しをしていないのが私とT氏です。
この時は成都、黄龍、九寨溝に行きました。
下の写真は九寨溝を代表する五花海 です。九寨溝には沢山の景勝地ががありますが、九寨溝を初めて訪れた人は必ず立ち寄るのが五花海です。黄龍は 四川九寨黄龍空港です。
  2012年5月22日 羽田→上海
  2012年5日24日 南京→成都
  2012年5月26日 成都→黄龍  
  2012年5日28日 黄龍→成都
  2012年5月28日 成都→上海
  2012年5日29日 上海→羽田
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クリックすると拡大2015年1月17日に行われた結婚式の写真です。
中国に赴任していた日本人の結婚式で、中国側の主賓として挨拶をしてくれたのが1995年9月7日に私と契約サインをしたT氏だったのです。当時はほっそりしていましたが、20年の年月を感じさせてくれる貫禄が出ていました。合弁会社が出来て2つ日本人の結婚式が実現したのです。2007年から活動を開始した合弁会社は約9年が経ち、日本から出向して赴任している日本人だけで27人となり、T氏は董事(取締役)であり、その中の一つの会社の董事長もやっています。
  2015年1月15日 成田→上海
  2015年1日23日 上海→成田


2015年11月16日にT氏に会えました。目隠ししていないのが私とT氏です。部屋はT氏の部屋です。


この打ち合わせをした後に上の記念写真を撮りました。


そのT氏に100回目の中国訪問を記念してプレゼントをいたしました。


そのプレゼントとは概ね43年前(1972年ごろ)の茅台酒です。私が学生の時に父が知り合いから貰いました。中国の白酒(パイチュウ 蒸留酒)の中で最も有名と言えるお酒なのです。これほど古いと入札で何百万の価格がつくものもあります。ただし今回のものは、比較的、数が残っていることから、それほど高いものではなく、43年前の茅台酒という意味の値打ちがあるのです。今まで飲む機会が無かったので、宝の持ち腐れにならないように、彼に飲んでもらうためにスーツケースに入れました。
貴州茅台酒(KWEICHOW MOU-TAI CHIEW)と書かれています。
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茅台酒は貴州省で作られている世界的に有名なお酒で、この茅台酒のアルコール濃度は55%です。クリックすると判ります。
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茅台酒はスーツケースの真中のJALと書かれたの箱の中に入れています。中の茅台酒は布で巻いて4重のビニール袋に入れて万が一割れても、スーツケースの中の他のものに被害が出ないようにしています。また、スーツケースの外にはワレモノのシールを張ってもらうつもりです。
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初めて海外に旅に出たのは27年前の1988年2月29日で訪問国は台湾でした。28年間の海外のへの訪問回数(入国回数)は267回で、年に平均9.53回ほど海外に渡航していたことになります。訪問国は30ケ国になります。
 海外訪問回数 267回 / 28年間 平均 9.53回/年
 訪問国    28ヶ国
        中国 台湾 アメリカ ベトナム 韓国 インド ドイツ
        フランス 香港 タイ メキシコ スイス オーストリア
        マレーシア イタリア ミャンマー マカオ オーストリア
        イギリス インドネシア パキスタン モロッコ エジプト
        バハマ トルコ ロシア カザフスタン ウクライナ


到着した都市が海外の場合の飛行機に乗った回数です。したがって日本への帰国便は含まれていません。


海外では、私自身が設計者としてプロジェクトの担当および責任者として世界の59ケ所に発電プラントを納めてきました。こちらの航空写真はインドの3のプロジェクトです。
8,000KW        700,000KW       1,500,000KW


世界全体地図で訪れた町をプロットいたしました。上で紹介したチユウゴクの地図と同様に、目的があって訪れた町のみで、単に通過する町はプロットしていません。Google地図→ポチッ
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こちらは利用した空港のプロットです。トランジットで利用した空港も含まれています。Google地図→ポチッ
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追伸
いつものお願いではありますが、中国滞在中はネット事情の関係で皆様のところへの訪問ができないことをお許しください。帰国後も数日は、やりたいことが溜まっているので、本格的な記事の掲載や、皆様のところへの訪問は11月23日ごろからになると思います。今回はお土産にチョコレートも持っていくことにしました。中国では安くておいしいチョコレートが意外と少ないのです。クリックすると拡大

今回はお酒を入れたので写真のようにスーツケースには取扱注意の札を貼ってもらいました。重さは32kgになりました。今回のお土産は次の通りです。チョコレートと茅台酒は中国の人たちへの土産で、他は26人+2人(奥さん)の日本人の方への土産です。
 29個 レトルトカレー
 27個 京漬物
 14個 チョコレート
  5個 生めん(ラーメン)
  1個 袋めん(日本そば)
  1個 43年物の茅台酒 T氏用


中国に到着した2015年11月11日には日本食レストラン「にんにん」で、楽しい誕生日会もありました。ケーキはお店からのプレゼントです。こちらのレストランは町一番の人気店なので、帰国後に詳しく紹介したいと思います。


ケーキ・サプライズのお蔭で、ものすごく盛り上がりました。



2016年3月23日~27日には101回目の中国訪問が実現いたしました。下の写真は3月24日のT氏主催の会食です。T氏と私が写った写真の3人も1995年9月7日の契約時に同席していました。その時、その工場におられた方が5名も参加されていました。


3月24日の会食での記念写真です。

タグ:海外 中国 渡航

雪の支笏湖 [北海道]

が表示された写真はクリックすると拡大します。
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北海道旅行の最終日は支笏湖に来てみました。札幌からの支笏湖への道です。向こうの方から下りてきました。丁度、展望出来る場所があったので車を停めました。

その展望出来る場所からの支笏湖です。これから支笏湖の景色を紹介いたします。


右が風不死岳で左の白い山が活火山の樽前山です。噴煙が上がっているのが判ってもらえると思います。風不死岳(ふっぷしだけ)は、北海道千歳市にあるの第四紀火山である。標高は1102.5mです。
地質は安山岩質の成層火山で溶岩ドームを持ち、支笏カルデラの後カルデラ火山です。同じく後カルデラ火山の樽前山、恵庭岳より古く侵食が進んでいます。山麓には幅が極めて狭く深い峡谷がいくつもあり、そのひとつが苔の洞門であります。
支笏湖畔(支笏湖温泉)から眺めると、風不死岳が仰臥する女の顔、樽前山がその胸、そして樽前山の溶岩円頂丘が胸のペンダントに見えます。「ふっぷし」という風変わりな山名は、アイヌ語の「フプ・ウシ」(トドマツが多く生えている)から。その名の通り、かつては見事なトドマツの純林に覆われていたが、1954年の洞爺丸台風で大量の風倒木を出し、往時の面影はないそうです。
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こちらの景色は風不死岳と恵庭岳の間の景色です。支笏湖(しこつこ)は、北海道千歳市にある淡水湖。支笏洞爺国立公園に属し、日本最北の不凍湖として知られています。湖の名前の由来はアイヌ語の「シ・コッ(大きな窪地)」からです。しかしこの場合の「窪地」とは現在の支笏湖や支笏カルデラを指すのではなく、この湖を水源とする千歳川の開削した深い谷のことであり、同時に千歳川の旧名でありました。なお、松前藩は現在の苫小牧市の周辺までを「志古津(当時の漢字表記)」と呼んでいました。アイヌ民族は支笏湖を「シコツ川(千歳川)の水源の湖」の意で「シコツ・トー」と呼び、改まった場合には「シコテムコ・エアン・パラト」(シコツ川の・水源・そこに・ある・広い湖)と称えていたそうです。
面積は琵琶湖の1/9に過ぎませんが、水深があるため、貯水量は3/4に達します。温かい水が深部に残存し水面を暖めるため、湖面の水温が下がりにくいので基本的に結氷しませんが、低温の日が続いた場合には結氷することがあります。最近の全面結氷は2001年、その前が1978年です。
透明度が高く、摩周湖、バイカル湖に匹敵する透明度です。近年の水質調査においては、全国No1に認定されています。支笏湖の北西には、北海道三大秘湖の一つであるオコタンペ湖があります。
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支笏湖を南から見ようと車を離れて雪深い道を歩きました。
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こちらの写真が支笏湖の南側から見た恵庭岳です。少し高いところから撮っています。恵庭岳(えにわだけ)は、第四紀火山で、標高は1320m。活火山に指定されています。アイヌ語の山名、「エ・エン・イワ」は「頭が尖った岩山」を意味し、その名どおりの山容は、石狩平野の大半の地域から眺めることができます。地質は安山岩質の成層火山で火砕丘、溶岩ドームを持つ。支笏カルデラの後カルデラ火山です。同じく後カルデラ火山の樽前山より古く、山頂から東北東方向に火口が開いており、噴気活動を認めることができます。
日本の多くの火山と同様、熱水鉱床による金鉱脈を形成しており、山麓の北側で戦時中まで恵庭鉱山として採掘が行われていました。鉱山町も形成されていたが、当時冬には陸の孤島となることから採算が悪く、1943年に放棄され、坑口と精錬所の遺構は現在も確認できますが、鉱山町の遺構は火葬場の炉があるのみです。
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支笏湖温泉の湖岸から撮った恵庭岳です。
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活火山の樽前山です。火口より左側からも噴煙が上がって2ケ所から噴煙が上がっているのが判ると思います。
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さらに拡大してみました。2ケ所だけでなく複数から噴煙が上がっていました。樽前山(たるまえさん、たるまえざん)の標高1,041mで、見ての通り活火山です。支笏洞爺国立公園に属する。風不死岳、恵庭岳とともに支笏三山の一つに数えらています。この火山は4万年前に大爆発を起こした支笏カルデラの南縁部に約9000年前に形成されたカルデラ火山です。溶岩ドームを持った、世界的に珍しい三重式火山です。有史以前にも数度大爆発を起こし、道央では鍵層となる軽石噴火を起こしています。江戸時代から明治時代には活発に活動しており1667年(寛文7年)、1739年(元文4年)、1804年(文化元年)、1874年(明治7年)、1909年(明治42年)に噴火を起こし軽石を周囲に降らせています。このため苫小牧市など周辺は至るところに軽石の散らばった火山灰の地層に覆われています。俗に70年周期説も唱えられたが、近年では1981年(昭和56年)に小噴火が見られた程度で、現在は日常的に白い噴煙を上げ続けているのみです。
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ネットから樽前山の雪景色の航空写真(衛星写真)を拝借いたしました。溶岩ドームを持った三重式火山が判ってもらえると思います。
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支笏湖から流れ出ている千歳川です。
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支笏湖温泉街です。


支笏湖、恵庭岳、風不死岳、樽前山の位置関係を知ってもらうために地図を掲載します。
 支笏湖
  面積      78.4 km²
  周囲長    40.4 km
  最大水深   363.0 m
  平均水深   265.4 m
  貯水量     20.9 km³
  水面の標高  247 m
  成因      カルデラ湖
  水質      淡水
  湖沼型    極貧栄養湖
  透明度    17.5 m

タグ:北海道

だいこん [日々]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大朝のワンコの散歩の時、道脇の畑に大根が植わっているのをみつけました。ちょうど食べごろのようです。葉っぱがおいしそうです。

そこで近所の産地直売店に行ってみました。やっぱり立派な大根が売られていたので買ってきました。形は少し悪いけれども葉っぱの立派なのを選びました。150円でした。大根の旬は冬(12月~2月頃)で根には分解酵素アミラーゼ(ジアスターゼ)を豊富に含み、消化を促進して、胸やけや胃酸過多、胃もたれ、二日酔いなどに効果があるそうです。またビタミンCも多いそうです。葉っぱにはもっと栄養があるのでしょうね。大根おろしにする時は、皮つきのまま用いると、より多くの栄養が摂取できるそうです。皮には毛細血管を強くするというビタミンPが含まれ、脳卒中の予防に効果が期待できるそうです。
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大根はアブラナ科の野菜で地中海地方や中東が原産で、古代エジプトから食用としていた記録があるそうです。ユーラシアの各地でも利用されており、日本では弥生時代には伝わり、在来種と中国ダイコンの交雑で栽培品種が成立したそうです。江戸時代には関東の江戸近郊である板橋・練馬・浦和・三浦半島辺りが特産地となり、その中で練馬大根は特に有名であったそうです。
ダイコンは日本においては品種・調理法とも豊富であり、現代の日本人の食卓(鍋料理・おでん等)には欠かすことのできない野菜となっています。
下表は大根の根と葉の栄養素比較(食材100g中当たり)です。
             根     葉
  ・ビタミンA          3900mg
  ・ビタミンC    12mg   53mg
  ・食物繊維    1.4mg  4.0mg
  ・カルシウム   24mg   260mg
さっそく塩もみをしてみました。皮に栄養があるとのことなので今回は皮は剥かずに使ってみましたが、気になっていた食感上も問題なかったです。
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もう一品が「菜めし」です。作り方はネットで調べました。上品な味わいに出来ましたので紹介いたします。
大根の葉を茹でてみじん切りにしたあとに、いりごま、ちりめんじゃこ、醤油および塩をいれてなじませて、そのあと炊き上がったご飯に混ぜて出来上がりです。ネットでは、だし醤油と書かれていましたが、間違えて醤油になってしまいました。でも美味しくできました。
  大根の葉    1/2本分
  いりごま     大さじ1
  ちりめんじゃこ  大さじ2
  醤油       小さじ1
  塩         小さじ1/2
  ご飯        2合
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記事追加
前日の夕食に作った菜飯を朝にもいただきました。残念ながら鮮やかな緑色は作って僅かの時間でなくなっていくようです。塩もみの方は色が変わっていなかったので熱を加えると影響があるようです。ちなみに時間は14時間後でした。ただし味の方は全体に馴染んで、それなりに美味しくいただけました。
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大根の皮には栄養が多いとのことなので、初めて皮付きで大根おろしをつくりました。特に違和感もなくおろすことが出来ました。首に近い部分だったので、うっすらと緑の色が付きました。


作った大根おろしで、ちりめんじゃこを食べましたが辛味も少なく美味しくいただけました。栄養もいつもより少し多いと思って食べるのはいいですね。
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タグ: 大根

自然の柿とミカン [日々]



近所の方から柿とミカンをもらいました。
表面がきれいな市販品と違い一見して自然のものだと感じられます。

柿もとミカンも味はおいしかったです。

タグ:果物 みかん

アオタテハモドキ ムーラン湖の蝶 [湖北省]

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ムーラン(木蘭)湖の蝶です。木蘭湖は下の地図に示す場所です。湖の中には島があり、そこには11月1日なのに写真の蝶が沢山いました。上の写真をクリックすると蝶を拡大します。

羽の裏側は意外と地味です。
ネットで調べてみると蝶の名前は「アオタテハモドキ」でした。
ネットで見つけた写真はこちらなので比べてみてください。→ポチッ
です。驚いたことに日本での分布は石垣島がある「八重山諸島」だそうです。日本では南国の蝶です。このムーラン湖は、かなりの内陸の上に、鹿児島と同じ緯度(いど)なのです。中国での分布はわかりませんが少なくとも亜熱帯ではないですね。新たな謎が増えました。
実は、このアオタテハモドキではなく、もっと大きな珍しい蝶がこのあたりに住んでいると聞いて来たのです。残念ながら、その蝶は見ることが出来ませんでしたが蝶が住みやすい環境なのかもしれません。とまっている花は一度紹介したことのある千日紅(センニチコウ)です。


場所は湖北省の省都「武漢」から北に80Kmの位置です。
千年以上昔の中国の伝説の主人公である花木蘭(ファ・ムーラン)が住んでいたと言われている場所だそうです。花木蘭は中国のジャンヌダルクといわれている有名な男装のクリックすると動画表示美少女だそうで、1998年公開のディズニーのアニメ映画で有名になりました。
元になったのは、京劇で老病の父に代わり、娘の木蘭(ムーラン)が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリーです。
ある日、中原侵略を目論む北方騎馬民族、フン族が侵攻してきたため、国中に各家男子一人の徴兵令が下った。これによりファ(花)家も男子一人を軍に入隊させなければならないが、ファ家の男性は高齢で病を患っている父のファ・ズーしかいなかった。父想いの一人娘ムーランは美しく長い髪を切り男装し、父に代わり軍隊に入隊した。物慣れない男装と想像を超える厳しい訓練によって、当初は失敗も多く、仲間達の意地悪もあったが、努力によって力をつけ、周囲の仲間達もムーランに一目置くようになる。行軍を続ける中、ムーランは司令官シャン隊長に淡い憧れを抱くようになる。
しかし、シャン隊長の父、リー将軍が率いていた別働隊がフン族によって全滅した事で、事態は風雲急を告げる。フン族に雪山で襲撃された軍は、ムーランの奇策によって勝利を収めるが、交戦中に負傷したムーランは気を失い、手当てを受ける間に女である事が発覚してしまう。軍規違反だとして処刑を迫る文官に対し、シャン隊長は彼女に「追放」を言い渡し、命を救う。
クリックすると拡大傷心のムーランは故郷へ帰ることを余儀なくされるが、その途中、シャン・ユー率いるフン族の残党が都に向かったことを知り、馬を走らせ皇都へ急ぐ。 その頃、都と王宮は勝利の祝宴に酔っていたが、そこへ潜伏していたフン族が急襲、皇帝を捕らえて王宮を制圧してしまう。この緊急事態に、ムーランはシャン隊長や戦友たちとともに、皇帝奪還作戦を行う。作戦は見事に成功し、フン族の首領との凄絶な一騎打ちも、ムーランが制した。真相を知った皇帝は、女性でありながら勇敢に戦ったムーランを公正に褒め称え、累代の秘宝を下賜する。
こうして、大功を挙げたムーランは帰郷、父に誇りと愛情をもって迎え入れられる。そしてシャン隊長も彼女に想いを寄せ、木蘭の花咲く庭に訪ねてくる。

これがムーラン地区(木蘭地区)のGoogle航空写真です。ナイフとフォークのマークのところで昼食をとりました。
  緑色マーク  木蘭湖
  赤色マーク  断崖絶壁の木蘭山
  黄色マーク  木蘭天池
  紫色押ピン  木蘭天池賓館

より大きな地図で木蘭地区を表示
ディズニーのムーランの動画を貼り付けました。

liangさんのコメントで花木蘭が出てくる映画を紹介してもらえたので、早速に検索してみました。華流ドラマ「北魏馮太后」でした。
中国版「善徳女王」!中国史上初の女性権力者“馮太后(ふうたいごう)” の波乱に満ちた生涯を描く、大スペクタクル歴史劇です。下の写真が花木蘭役の沈傲君さんです。
クリックすると記事表示シェン・アオジュン/沈傲君(ホア・ムーラン/花木蘭役)
魏のホア・フー将軍の娘。一家処刑からフォン・シー(シューイーの実兄)を救った父と共に、郊外で暮らす。父親の代わりに応召して男装し軍人となる。活躍が認められ将軍となる。

アオタテハモドキを見つけた場所の航空写真です。この航空写真の中央あたりに沢山のアオタテハモドキが舞っていました。


レッドドラゴンさんのアオタテハモドキのメスにトラックバックしています。
my蝶あるばむさんのアオタテハモドキ(2)にトラックバックしています。

懐かしい上海の海鮮料理 九龍塘漁村 [上海]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上海の海鮮料理をいくつか紹介いたしましたが、今回はは昔の上海で食べた海鮮料理店を紹介いたします。ブログをはじめていないころなので料理の写真は撮らなかったので料理自体は紹介できませんが、魅力的なお店でした。
上海ではありとあらゆるおいしい中華料理が食べれますが海鮮料理を一度食することをお奨めします。最も御奨めが写真の「九龍塘漁村」でした。海鮮類を売っているのは銅川水産市場です。実は今は「九龍塘漁村」はなくなってしまったと聞きました。残念ですが、魅力的なお店だったので掲載したわけです。以前に紹介したような大型の海鮮料理チェーン店が沢山出来たために九龍塘漁村は廃れたのかもしれません。

ここでは周りの魚市場で好きなものを買ってきて、右の黒い袋に入れて、レストランに持ち込みました。
この下の生簀から伊勢海老を買ってレストランで刺身にしてもらいました。
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レストランには僅かな料理代のみ支払う方式です。
値段も安く好きなものが食べれました。貝類も沢山あります。日本では高級なタイラギを頼みました。ただし、遠いので頻繁にはいけなかったけれど、下記の住所にありました。今から13年前の2002年9月10日のことでした。右の写真が私で、この写真から切り取ったのが下の写真です。
  店名 九龍塘漁村
  住所 上海市銅川路920号
  電話 021-6265-8977
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九龍塘漁村の住所で検索すると、同じ住所、同じ電話番号で「海鮮食材の持込みは自由」の下記のお店が今も健在でした。客が持ち込んだ海鮮類をプロが調理するというユニークなスタイルは私が行った「九龍塘漁村」と同じでした。現在の新九龍塘の入口と銅川水産市場の写真はネットから転用されていただきました。
  店名 新九龍塘(銅川店)  新九龙塘(铜川店)
  住所 上海市銅川路920号
  電話 021-6265-8977
  営業 11:00~26:00
  定休 無休
  HP  http://r.gnavi.co.jp/shanghai/jp/cs06133/
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路地裏で出会った金目とブリのしゃぶしゃぶ [東京]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

今回、紹介するお店は路地奥にある小さなお店です。わかりにくい場所にあるので一番下に地図を掲載させてもらいましたが、知って人だけが知っている口込みのお店です。前は八丁堀にあったお店ですが、勝どきに引っ越してきたお店です。

路地奥にあるので看板が立てられいます。左の看板がメイン道路に置かれています。そこから路地を入っていったところにさらに右の看板が置かれています。


魚料理を売りにしており最初に刺身おまかせ4点盛が出されます。さすが魚河岸処だけのことはあります。今回は、おまかせで頼んで出てきた料理なので、この刺身以外はいつもあるとは限りません。
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茶碗蒸しが出てくると、やっぱりうれしいですね。


焼き物はイサキの塩焼きでした。


この金目の煮付けは「おまかせ」ではなくてメニューにあったものです。美味しそうなので頼んでしまいました。
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特に決まりはないのですが、常連の人に連れてきてもらったので、お酒は飲み放題にしてもらえたのでビールを気兼ねなく飲むことが出来ました。


この日のメインは鍋物でした。鍋には金目鯛のスープが用意されていました。


金目鯛とブリのしゃぶしゃぶでした。刺身に出来る新鮮な魚のしゃぶしゃぶは美味しいです。
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タレも美味しかったです。しゃぶしゃぶを堪能しました。


しゃぶしゃぶと一緒に食べる野菜などですが、大きなハマグリが印象的でした。
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大きなハマグリは久しぶりでした。


鍋と言えば最後の締めは「おじや」です。スープの味が楽しめるように丁寧に作ってもらいました。


漬物があると「おじや」もさらに美味しく楽しめました。


今回は「おまかせ」の料理でしたが、黒板に書かれていた「今日のお薦め」です。


お店の一階です。奥で親父さんが料理を作ってくれます。2階は宴会などが出来る畳の部屋でした。


お店を紹介いたします。わかりにくい場所なので地図も掲載いたします。
 店名 魚河岸処 さより
 住所 東京都中央区勝どき3-16-7
 電話 03-3533-0056
 場所 大江戸線 勝どき駅 A4出口より徒歩10分
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建物を拡大してみました。昔ながらの下町が残った場所であることがわかりました。Googleで最新地図を確認するとお店の東側の建物が駐車場になったので少し明るくなったようです。ただし駐車場からは入れないので、今まで通り、路地から入っていく必要があります。クリックすると判ると思います。
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タグ:東京 和食

お祝いは月島もんじゃ [東京]

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この日は仲間で月島へ「もんじゃ焼」を食べに行きました。ちょっとしたお祝いの会で、どこにしようかと思案していましたが、今回の会は関西出身の人が多く「もんじゃ」を食べたことがない人が多数いたため、もんじゃ焼でお祝いをすることにしました。
もんじゃ焼と言えば、沢山のお店が月島にあり人気店も沢山ありますが、その中で「麦」というお店を選びました。その理由は、私が関西から関東に来て初めて食べて感激したお店だったからです。その時(2001年10月26日)に入ったお店は池袋店でしたが、意外と美味しいのに驚きました。そのあと月島の麦本店にも来て納得したわけです。関西の人が食べて納得する意味において経験済みのお店だったのが最大の理由でした。ただし予約で電話すると、この日は11名となると麦本店ではテーブルを並べて確保出来ないとのことで麦西仲店になりました。
上のもんじゃは、こちらのお店の一番人気であるスペシャルもんじゃ焼です。イカ、海老、コーン、しめじ、ネギ、竹輪、干し海老、切りいかなどがキャベツの上に乗っていました。

焼いていく行く順番に写真を撮ったので紹介いたします。上の器の中に入っている具だけをいためます。たっぷり入っているスープは器に残しておきます。
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具でドーナツ状の土手をつくります。これをやらないと、もんじゃ焼にはなりません。真ん中には器のスープを入れるのですが、すこしづつ3回に分けて入れていきます。
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一回目のスープを入れたところです。スープに火が通ると白っぽい色から濃い茶色に変わります。真ん中あたりはまだ白っぽいけれど周りの部分は茶色になってきました。
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残りのスープをさらに2回に分けて入れました。そろそろ周りの土手を崩すタイミングで崩しかけたところで写真を撮るので待ってもらい、崩す前の最後の姿をとりました。ちょっとだけ土手を崩しているのが判ってもらえると思います。
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具とスープを混ぜて青海苔をかけて食べる準備が出来ました。端の方から"おこげ"をつくりながら少しずつ食べていきます。
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ビールによく合います。麦のマークの入ったジョッキで乾杯です。


お店の入口の写真を撮らなかったのでネットから写真を拝借いたしました。
左のお店が今回入った麦西仲店です。右の写真が麦本店です。
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麦西仲店では2階席に案内されました。2階には7テーブルありました。その中で並びの3テーブルをつかわさせていただきました。この写真の場所には4つのテーブルが並んでいました。椅子の座る部分は上に開くようになっており中に上着やカバンを入れることが出来る工夫がされています。上着やかばんに匂いが移らないようにするためだそうです。これは助かります。


もんじゃ焼は、一品ずつ追加で注文しましたが、結果的に人気の中から4種類を食べました。頼んだ順番に紹介すると、スペシャル(1位)→夏木マリ・スペシャル(5位)→明太子もちチーズ(2位)→グラタン風(4位)でした。ちょっとしたつまみは頼みましたが、1テーブル4人で、もんじゃ4つが、丁度よかったです。


写真は仲間の隣の2テーブルです。並びの3テーブルのうち2テーブルでは、もんじゃ焼以外にお好み焼きや焼そば(もしかしたら「ミソラーメンもんじゃ」かも)も頼んでいました。我々のテーブルでは、せっかくの専門店なので、もんじゃ焼一本にいたしました。


壁に貼ってあった、もんじゃ焼の焼き方ですが、頼めばお店の人が目の前で焼いてくれます。少なくとも最初だけはプロに焼いてもらうことをお薦めします。
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これは三番目に注文した明太子もちチーズもんじゃ焼です。名前の通り明太子と餅とチーズが乗っています。特にチーズは沢山乗っていました。切りいかは、キャベツの次に大切な具のようです。それではもう一度、焼き方のおさらいをいたします。
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スープが出ないように具だけを鉄板の上に移して焼きます。キャベツは粗めの短冊切りが月島もんじゃの特徴だそうです。
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そして土手を作ります。餅とチーズが溶けてくるので、最初に紹介したスペシャルもんじゃの土手とはあきらかに違いました。
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少し焼けたところでスープを3回に分けて真ん中に入れていきます。
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最後にスープと具を混ぜます。いい「おこげ」が出来ました。
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青海苔を振りかけて、小さなへら(ハガシ)で食べ始めます。もんじゃ焼の周りでは牛タンと豚トロも焼きました。鉄板の左下はもんじゃのおこげを、つくっているところです。これも、おいしく出来ました。
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ここでまたみんなで乾杯です。


お祝いの花束も準備していて、もんじゃ焼でのお祝いは盛り上がりました。花を見たい方は写真をクリックしてみてください。
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昔作って今は使えないMEMBER's CARD(ポイントカード)が出てきました。このころは、まだ3店舗で、今の本店は東京店と呼ばれていたようです。この時、すでに大阪店があり、一番上が池袋店だったのです。


このカードから初めて池袋店に行ったのが2001年10月26日であったことがわかりました。今までに麦に4回行っており、今回が5回目であることも分かりました。さらに別のお店のカードを探していると若大将というお店のカード(紙にスタンプを押すタイプ)も出てきました。こちには家族でやっている小さな昔の雰囲気のあるお店でした。


月島にはもんじゃ焼きのお店が沢山あります。ネットで検索すると75店以上(一説には100店以上)あるそうです。もんじゃストリートと呼ばれている西仲通りは特に沢山のお店があります。 そんな雰囲気ののところで食べるだけでも楽しかったです。今回紹介した麦以外にも沢山の人気店があります。今までに有名なお店は5店ほどの経験がありますが、いずれも美味しかったです。ネットに乗っていない口こみのお店も美味しかったです。初めての人でも人気があるところであれば間違いないと思います。
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追加掲載 タイトル:夏木マリ・スペシャル
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今回のもんじゃ焼の記事に対するコメントで二番目に食べたもんじゃ焼「夏木マリスペシャル」がどのようなもんじゃ焼なのか気になっている方が多くおられるように感じましたので「夏木マリスペシャル」の写真を追加掲載させていただきます。トッピングは切りいか、干し海老に明太子、納豆、チーズが見受けられます。ネットで見るとさらにキムチが入っているはずですが、見当たりません。

そっそく具を焼き始めました。あっ、やっぱりキムチが入っていました。キャベツがしなっとするまで焼きます。
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キャベツがしなっとしてくると、すでに紹介している通りにリング状の土手を作ります。
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土手の真ん中にスープを3回に分けて入れていき煮詰まるのを待ちます。
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よく焼けたところでかき混ぜて出来上がりです。小さなへら(ハガシ)で鉄板に押し付けながらおこげを作って食べます。
クリックすると夏木マリOFFICIAL SITE夏木マリスペシャルの名前が気になってネットで調べて見ました。一つのブログに書かれていました。
それによると、夏木マリスペシャルという名の由来は、麦のお店に月1ペースで来店されていた夏木マリさんが、いつもオーダーするトッピングをメニュー化したものだそうです。
夏木マリさんをご存知ない方もおられるかもしれないので紹介いたします。東京都豊島区で1952年5月2日生まれて、埼玉県大宮市(現・さいたま市)で育った女優であり歌手です。
本名は中島淳子で、身長163cm、血液型はO型です。
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Google地図での場所の紹介も追加いたします。
2つの青色マーク( )が麦西仲店と麦本店です。
  店名 もんじゃ麦 西仲店
  住所 東京都中央区月島1-23-10
  電話 03-3534-7796  本店:03-3534-7795
  営業 11:30~22:30  本店:11:30~22:00
  定休 無休          本店:月曜日
  最寄 月島駅(大江戸線 / 有楽町線)から230m

pon さんの月島で初もんじゃ@東京月島 花菱にシラックバックしています。

品川のホテルの幸せな光景 [東京]

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品川で豪華中華料理を食べた宿泊したホテルの翌日の朝に、そのホテルで幸せな光景に出会えたので報告いたします。皆さんの注目の的でした。

東京のど真ん中のホテルですがきれいな中庭があり、そこで記念撮影をされていました。


こちらがホテル朝食です。久しぶりにしっかりした朝食を食べました。
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前日のディナーの豪華な中華料理の素材と前菜と料理の一部の写真です。前菜以外の料理はすべて各自の前に出されるので一人分です。
  料理の記事を見たい方はクリックしてください。→ホチッ
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こちらは前日(6日目)のディナーのテーブルです。一週間の旅の食事です。着色文字をクリックすると拡大クリックすると食事の記事を表示します。
 1日目 D 神戸の鉄板焼
 2日目 L  神戸のランチもフランス料理
 2日目 D 神戸のディナーもフランス料理
 3日目 L  四国のフランス料理
 3日目 D 神戸の中華料理
 4日目 L  三ノ宮 ラーメンたろう           <ネギ味噌ラーメン>
 4日目 D 初めての和食(東京)
 5日目 L  東北道 蓮田サービスエリア 下り線 <ヒレカツ定食>
 5日目 D 金谷ホテルのディナー (日光 中禅寺湖)
 6日目 L  東北道 蓮田サービスエリア 上り線 <海老天丼>
 6日目 D 最後の晩餐は中華料理でした。(東京)      
D:ディナー(夕食)  L:ランチ(昼食)
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絶品巨大エビチリ 四川食洞 [東京]

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九州の宮崎に帰る方の送別会を2015年10月29日に東京八丁堀の四川料理店で行ないました。集まったのは右の写真の9名でした。私は手前3人の真中です。
最寄駅は地下鉄の八丁堀ですが東京駅からも歩いて行けるビジネス街にあるお店で、料理が美味しいことから私の知り合いの方の常食店(常飲店)になっています。全ての料理が美味しいのですが、特に驚かされたのが紹介のエビチリです。

メニューに書かれている料理の名前は「大エビのチリソース」です。この海老が大エビどころか巨大エビなのです。写真では判らないと思いますが、海老の身の太さは小ぶりの伊勢海老以上なのです。上の写真と下の写真の2皿を頼みました。
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大きさを感じてもらうために丸々1個の写真を紹介します。画面全体が一個なのです。当然ですが一口では食べれない大きさです。女性ならば3口か4口というところでしょうか。驚くことに数個乗った一皿が、なんと1150円なのです。高級店だと一皿が数千円です。もちろん味は絶品です。これで、こちらのお店が、どのようなお店か、少しわかってもらえたと思います。
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定番の餃子も頼みました。
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焼売も頼みました。
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もちろんビールです。美味しい料理に楽しい会話も弾んで、ほんと沢山飲んでしまいました。この日はビール組とハイボール組と焼酎組に分かれました。


実はこのトマトも絶品なのです。中華風のタレがかかった生のトマトなのです。トマトは皮がむいてあるので中華風のタレが浸みて、絶妙な味になっているようです。
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ピータン豆腐の味も本格的でした。なかなか日本では食べれない味だし、本場のピータン豆腐より洗練されている気がしました。ピータン豆腐は中国でよく出てくる料理ですが、長ネギがたっぷり乗ったのはピータン豆腐は初めての経験でした。
余談ですが2015年11月11日から11月18日まで中国に行って来ますが、実は中国訪問が100回目になるのです。
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こちらの料理の名前は「葱チャーシュー和え物」です。名前の通り葱とチャーシューを和えてタレかかけられた料理です。
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野菜料理として頼んだのがチンゲンサイとシメジの炒め物です。ニンニクも入っていました。
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こちらの写真でお店の雰囲気が判ってもらえると思います。味で勝負のお店でした。我々が座った右の写真の席から撮りました。我々が座った席は9人が一つに並べられたテーブルで食べることが出来る場所でした。どうやらこの位置が、一緒に食事をさせていただいた人たちの、いつもの定位置のように感じました。


お店の入り口から撮った写真が無かったのでホームページからこの写真だけ転用させていただきました。写真から判断するに4人を超える人数ので食事をする場合は予約した方が一緒の席で食べれると思います。


こちらは海老の唐揚げです。海老の唐揚げと言えば川海老が多いとおもいますが、殻がチクチクするのが気になる方も多いと思います。こちらのお店では、大き目の甘エビが使われており、柔らかな海老の身を感じることが出来る唐揚げで、殻も刺々しくなくて食べやすい一品となっていました。
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四川料理で外せないのが麻婆豆腐です。
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山椒が効いた美味しい麻婆豆腐でした。
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小さな入口です。


お店は地下になります。入口から階段下を撮りました。


お店の入口に立てられていたメニューです。沢山のお酒も入れて一人当たり3000円以下で食べれました。
今回食事をさせていただいた人たちの一部の方とは昔からの知り合いではありましたが、このような東京での飲み会の仲間に入れていただいたのは2ケ月前の8月20日で、それ以来3回目でした。11月27日、28日には12人でのゴルフ温泉旅行にも入れてもらうことになっております。クレックすると拡大その人たちはいずれも日本で有数の企業の人たちで海外に出かけることも多く、舌の肥えた方々なのです。その人たちが常食店(常飲店)にしていることからもお薦めのお店であることが判ってもらえると思います。3回の内、2回はこちらのお店でした。初めてこちらのお店に来た時(8月20日)に、右の写真の絶品巨大エビチリに驚かされたのです。もう1回は祝日(9月23日)で休みだったことから別のお店で食事をしたわけです。→ポチッ
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上のメニューの中のエビ料理の部分を露出調整して拡大掲載いたしました。


お店を紹介します。ビジネス街のため日曜日と祝日はお休みです。店名は四川食道ではなく四川食洞です。食事の後は恒例の二次会に行きました。
  店名 四川食洞(しせんしょくどう)
  住所 東京都中央区八丁堀2-11-8 平澤ビルB1
  電話 03-3553-4100
  営業 11:00~14:30  17:00~22:00
  定休 日曜・祝日


地図でも場所を紹介します。中央の赤色マーク( )が四川食洞です。
最寄駅からの距離は次の通りです。
東京駅:1000m   茅場町駅:600m   八丁堀駅:150m

より大きな地図で 四川食洞 を表示

素朴な手焼き煎餅 [佐原 潮来]



香取市の佐原(さわら)で素朴な手焼きの煎餅に出会いました。なんの味もついていない炭火焼きの煎餅「かきもち」でした。お米の味と香りを楽しむことが出来ました。

煎餅の味わいを感じてもらうために拡大いたしました。


こちらのお店です。佐原の古い町並みを散策しているときに見つけました。味をつけた揚げ煎餅もありました。場所は小野川沿いで伊能忠敬の記念館に近い場所です。お店の名前は「まぎの屋菓子店 」です。
地元産のサツマイモである「ベニアズマ」をたっぷり使った「芋アイス」も有名だそうです。

タグ:佐原 煎餅