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開封の歴史 包公祠 [河南省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

名裁判官「包公」を祭ったお寺です。この中に包公の銅像があります。皇帝の息子を死刑にしたことがもっとも有名な伝説です。よほどの信頼と権限がないと出来ない言うことだと思います。
皇帝の息子の罪は現代風に言えば不倫だそうです。 不倫で死刑? 昔は厳しかったんですね。

日本のお寺の雰囲気もあります。包公は1000年前の人です。


建物の中には大きな銅像がありました。
高さは3メートル、重さ2.5トンの包公の銅像です。包公は開封に首都があった北宋時代の人で、中華圏では子供から老人まで、あらゆる世代に知られた人物です。若い頃は故郷の合肥で学問に励んで、1027年、29歳で科挙試験の進士に合格し、多くの官職/文官を務めた人物です。生前から庶民に人気がありましたが、没後に名声はさらに高まり、特に南宋、元以来、包公故事(伝説)は広く語り伝えられたそうです。その結果、庶民に崇拝される典型的な人物像が作り上げられ、後世の人々に伝えられていったそうです。クリックすると拡大
包公は清官(清廉潔白な官吏)の代表とされたそうです。
  名前 包拯  包公あるいは包青天と呼ばれた。
  生涯 999年(咸平2年 生)~1062年(嘉祐7年 没)
  出身 廬州合肥  現在の安徽省合肥


銅像の設置された部屋です。


こんな石碑もありました。


こちらの建物も趣がありました。
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真中に石碑があります。
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でも朱色は中国の雰囲気ですね。
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こちらが入口の門です。
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お寺の前の通りです。普通の道です。ほとんどがこんな雰囲気なんです。復元された町並みは沢山ありましたが、昔の古い街並みは少ししか残っていないそうです。京都はもっと昔の街並みが多いですね。


こちらが入場券です。開封の報告は終了しました。開封関係の記事をまとめてみました。タイトルをクリックすると記事を表示します。
クリックすると拡大 開封の生活道路
 開封は鳥を飼う人が多い町でした。
 開封の道教のお寺 延慶観
 開封の歴史 包公祠
 開封で最も有名な寺院 大相国寺
 古都「開封」の行列の出来る肉まん屋さん
 古都「開封」の行列の出来る甘栗屋さん
 古都「開封」の街並み
 平原の太陽
 「東京」と呼ばれた北宋の古都「開封」
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河南省には、中国八大古都のうち、4つの古都があります。殷の都の安陽と、東周から長く都が置かれた洛陽と、宋の都であった開封と、殷の都邑であった鄭州です。
ちなみに中国八大古都とは西安、洛陽(洛阳)、南京、北京、開封(开封)、杭州、安陽(安阳)、鄭州(郑州)です。開封は宋の時代には東京と呼ばれていました。西京に相当する西安は漢代(BC200年)に長安と命名され唐代の7世紀には世界最大の都市に成長しました。西都、西京、大興、中京、京兆、奉元と呼ばれた時期もありました。明の時代から西安と呼ばれるようになりました。
  四大古都 : 西安、洛阳、南京、北京
  六大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州
  七大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州、安阳
  八大古都 : 西安、洛阳、南京、北京、开封、杭州、安阳郑州
左の地図の赤色に塗られた部分が河南省で、右の河南省の地図で橙色に塗られたところが開封市です。河南省の人口は9869万人で中国で一番人口の多い省で、人口密度は591人/km²の省です。開封市の人口は527 万人で、日本の戸田市と伊賀市と伊勢市と下諏訪市の4つの市が姉妹都市となっています。
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タグ: 開封

古都「開封」の行列の出来る肉まん屋さん [河南省]


上海には行列の出来る1個9円の肉まん屋さんがあります。開封の書店街にも行列の出来る肉まん屋さんがありました。値段は一個6円でした。さっそく買って食べました。 

お店を正面の写真も掲載します。看板には「大梁包子館」と書かれていました。読み方は判りません。


お店の中では派手な帽子をかぶったおばさんが仕切っていました。 
町の中を散策した後なので、格別においしく感じました。
ネットで検索してみると住所は「開封市南書店街76號(开封市南书店街76号)」と書かれていました。

タグ:肉まん 開封

古都「開封」の行列の出来る甘栗屋さん [河南省]

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開封の書店街の中に行列がありました。よく見ると甘栗屋さんでした。さっそく買ってみることにしました。袋も趣きがありました。この甘栗はすごくおいしかったです。値段は500gが8元(152円)でした。以前にも別の町で甘栗を買って食べたことがあります。今回の甘栗はほんとうにおいしかったです。日本まで持って帰りましたがすごく好評でした。行列の出来ることは納得いたしました。

隣も甘栗屋さんでした。混んだ方のお店で買いました。場所は開封市書店街です。お店の看板には「岳記老店」と「蜜制油栗」と書かれていました。制は製の省略文字だと思うので日本語では「蜜製油栗」となるのだと思います。
上の袋には下記のように住所と電話が書かれていました。
 総店:開封市書店街1号(鉸子館)または(餃子館)
 電話:5973325(総店)


甘栗は冷えないように布団をかぶしてあります。熱々です。


製造直売です。ものすごい勢いで造っていました。

タグ:開封

日帰り高級ツアー [インド]

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今までにインドには13回ほど行きました。すでに一部を紹介していますが、初めてインドを訪問した1992年7月16日から、一年目の1993年7月31日(土曜日)に行ったツアーを紹介いたします。
朝の5時にホテルをバスで出発して帰ってきたのは夜の11時でしたが、行くだけの価値はありました。高級ホテルでの食事付きで全員外人の高級ツアーですが、この時代は3食付きで約2000円でした。
冒頭のヘビ使いの写真はバスの駐車場で撮った写真ですが、みんな遠くから見るだけで誰も近づきません。それはそうでしょう。ここで命は落としたくないでしょう。
写真をクリックすると、皆が遠くから見ていることが判ってもらえると思います。
蛇使いの発祥地はインドで、昔は数十万人もの蛇使いが存在していたそうです。しかしながら、2000年代後半からインド当局が野生生物保護法の適用が厳格化しコブラの捕獲が事実上不可能となっり、警察による摘発も進んだため、2010年代に入るとインド国内からは急速に姿を消したそうです。蛇使いのは、蛇(インドコブラ)が入っているカゴやザルの前で笛を吹き、コブラを音で操るように見せる芸ですが、実際にはコブラは、笛の音ではなく、振動や笛の動きに反応しているのだそうです。

下の写真が22年前の1993年にデリーで泊まったタージマハールホテルです。このホテルからツアーに出発しました。ホテルの写真を撮ったのはツアーの翌日の8月1日でした。右の写真がネットから転用させていただいた現在のホテルです。
デリーで泊まっていたタージマハールホテルで、前日に日帰りツアーを申し込んで、出かけてみました。目的はインドに来たら一度は行って見たいタージマハールです。
タージマハールはシャー・ジャハーン皇帝が、亡くなった王妃のために1632年から22年の歳月をかけて造営されたお墓(廟)だそうです。
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このバスで日帰りツアーに行きました。途中の休憩所での写真ですが、象さんがいました。建物の中でティータイムでした。 
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ツアーメンバーです。インド人がガイドさんです。アジアの女性が台湾人で、その他は欧米人で、フランスの女性が多かったです。男性の少ないツアーでした。
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記念写真を撮ってもらいました。日本人は私だけでした。
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タージマハール 説明は不要ですね。すでに掲載した記事です。→ポチッ
でもみんないろんな言い方をします。 
タージ・マハル タージ・マハール タージマハール タジ・マハル タジマハール
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今回のツアーはタージマハールと下の写真のアーグラ城塞ともう一か所の3ケ所だけの訪問 アーグラ城塞はムガール帝国第3代皇帝アクバルによって1564年から築かれた城だそうです。
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トイレ休憩も兼ねたツアーで定番の製造販売のお土産屋さん 大理石の細工をしているところです。でも細かい細工で一年がかりなのは確かです。もう一軒の土産屋さんは、じゅうたん屋さんでした。
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こちらがインドで買った大理石の飾り皿です。記事はこちらです。→ポチッ
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ニューデリー(New Delhi)のタージマハールホテル/The Taj Mahal Hotel( A )から世界遺産タージマハール/Taj Mahal( B )までの、高速道路が無い時代に我々が車で通ったルートです。片道が204kmで昼食のホテルや他の観光地2ケ所やお土産屋2ケ所に寄っているので450km以上は走っていると思われます。
   タージマハール・ホテル ニューデリー
   タージマハール 世界遺産
   アーグラ城塞   世界遺産

ムンバイのホテルにもツインの洗面台 [インド]

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スイスのホテルのツインの洗面台の記事で、今までに2回経験があると紹介しました。もう1回がこちらインドのムンバイのフォーシーズンズホテル(Four Seasons Hotel)でした。テレビも大型のものが壁に取り付けてあり普通のシティーホテルよりワンランク上の感じがしました。

ベッド周りも落ち着いた雰囲気でした。
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一番、気に入ったのがこの浴槽です。独立した焼き物の浴槽で広い浴室に独立して置かれていました。容積も大きく、こんな、お風呂に入ったのは、初めての経験でした。 もちろんシャワー室も備えていました。この写真はシャワー室の中から撮りました。
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こちらが、このホテルのツインの洗面台でした。こんなホテルですがインドでいつも泊まるホテルと価格的には同じだったのに感激いたしました。


日本人を意識しているようで衣装室の中には右の写真のように「ゆかた」が置かれていました。もちろん洋式の浴衣も浴室には用意されていました。ちょっとインドとは思えないホテルでした。

さらに到着した日には、下の写真のようにテーブルの上に御寿司と、お醤油が置かれ、2通の手紙が添えられていました。料理長からの手書きの手紙でした。一つが日本語でもう一つが英語で書かれていました。このあたりの気配りがさすがです。
日本語が出来ない日本人もいることを想定しているようです。インド便は遅く着くので食事には出ないことからすごくいいサービスです。

次の日の夕食には、ついこのホテルの日本食を食べに行きました。日本人の料理長の直筆の手紙が入っていると、やっぱり食べに行きたくなります。
料理長に会って見ようと、呼んでもらうと残念ながら、この日は出張のため会えませんでした。


上の御寿司が気になると思い拡大しました。長く部屋に置かれることもあるので、生ものは使われていませんでしたが、海苔とゴマの御寿司でした。寿司飯の具合もよくて美味しくいただきました。

「二八蕎麦」の由来は語呂合わせ? [蕎麦]

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先日、武田尾温泉に行くために成田⇔伊丹で乗った飛行機の機内誌の中に興味深いことが書かれていたので紹介します。機内誌から転用させていただいた写真は戸隠在来種を使った、ぼち盛りのざる蕎麦だそうです。

現在、よく食べられている麺状の薄く延ばして細く切る「蕎麦切り」は江戸時代に誕生したそうです。現在でも人気なように美味しい上に、手軽に食べれることが粋な江戸っ子気質に合ったようで、江戸の市中には蕎麦屋や屋台が続々と開店しました。蕎麦屋や屋台が描かれた浮世絵が沢山あるのは蕎麦が江戸の文化の一つになっていたことを示している気がします。蕎麦切りの発祥の地は甲州または信州と言われていますが、江戸で花開いたと言えると思います。粋な江戸っ子たちの人気の食べ方は、鰹節と濃口醤油で仕上げたつゆに細切りにした蕎麦をさっとつけてすすり、咽喉しのよさを楽しむことであったようです。浮世絵の2段目の左端の絵は「大江戸芝居年中行事」です。浮世絵「大江戸芝居年中行事」は安達吟光の作品で江戸三座のひとつ「市村座」の前に出ている蕎麦の屋台を描いたものです。屋台の横で男性が食べているのは江戸時代中期に始まった「かけ蕎麦」だと思われるそうです。
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江戸時代に描かれた浮世絵には、蕎麦屋や屋台の看板に「二八」の文字が散見されます。ここでは「二八」と書かれた浮世絵をネットから12枚集めてみました。
クリックすると拡大その中に右の絵「山海名産尽信濃蕎麦」の中にあるように「二六」と書かれた浮世絵もありました。「三五」と書かれたものもあるそうです。「二六」や「三五」は足算しても10になりません。
二八蕎麦というと、現代では蕎麦粉8割に対して、つなぎの小麦粉2割で打った蕎麦を指していますが、当時は蕎麦の一人前の値段がおおむね16文だったことから「2×8=16」の語呂合わせで代価を表していたとも言われています。あまりにも二八と書かれた蕎麦屋が多いのも、その説の信ぴょう性を裏付けている気がします。さらには「二八」の看板は小麦粉だけでつくるうどんにも使われており、右の絵のように「二六」の看板を揚げる蕎麦屋があることも語呂合わせ説の有力な理由になっています。
ちなみに「二六」は12文(=2x6)で「三五」は15文(=3x5)を表していることになります。江戸時代の平均貨幣価値が1文=16.5円とすると16文は264円で、12文は198円で、15文は248円ということになります。
「二六」と書かれた「山海名産尽信濃蕎麦」は一勇斎国芳が文政末期(1830年ごろ)に描いたもので、左手の看板に「信州名物二六」とあるように「二六蕎麦」であることを表しているようです。この作品の描かれた江戸時代から信州(長野)が蕎麦の名産地であったことがうかがえる作品となっています。下の2段目の右側の浮世絵は三代・歌川豊国が安政6年(1859年)に製作した「二八そば」です。
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徳川家康が江戸幕府を開いた1603年には江戸は数万人程度(1600年:6万人)の町で、20年後においても京都の人口に遠く及びませんでしたが、その後も増え続けて1640年頃に京都に追いつき、1695年 には人口は85万人に達し、18世紀に100万人に達しました。その後も増え続けて二八蕎麦が町中に溢れていた1837年には128万人となり、 欧州最大の都市ロンドンの85万人を大きく上回り、世界最大級都市になりました。   江戸時代 : 1603年~1868年


蕎麦のつなぎに小麦粉を加えるようになったのは元禄年間以降ではないかと言われています。初期の蕎麦切りは蕎麦粉100%のため、お湯で茹でると、麺が切れやすいことから蒸籠(せいろ)で蒸すのが一般的だったようです。現在、もり蕎麦やざる蕎麦をセイロに盛り付けるのは、このセイロで蒸していたころの名残だとも言われています。下記の写真は蕎麦ではありませんが、内モンゴルで有名な莜麦を麺にして食べる莜面(ゆうめん)です。この「ゆう面」はセイロで蒸して出されるので、蒸籠で蒸して出される麺の例として掲載させていただきました。写真をクリックすると「ゆう面」の記事を掲載いたします。
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今回の記載内容はJALの機内誌 skyward 2015年10月号 82~83ページを引用させてもいただきました。「二八そば」はごく自然に使われていたことから、語源の根拠が後世に残らずに忘れさられてしまったようです。ただし、最初の語源は判りませんが、浮世絵に「二八そば」が頻繁に書かれるようになった江戸時代後期は「二八そば」は気楽に食べれる安い蕎麦(駄そば)の代名詞になったのは間違いなさそうです。現代で二八蕎麦は高級蕎麦の代名詞なのとは違いがあります。
画面をクリックすると鮮明な画像でオリジナルの文章を読むことが出来ます。

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散歩は、走って帰るようになりました。 脾臓摘出手術後4ケ月半 [犬]

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我家のワンコ(名前:むさし 15歳6ケ月)は2015年6月8日に脾臓の摘出手術を受けて4ケ月半が経過しました。我家のワンコは手術後16日目でも散歩に出る時は走って出発していましたが、最近は上の動画のように追いつけないほどの猛烈な勢いで走って出発して行くようになりました。手術後16日目の動画と比べるとよくわかってもらえると思います。クリックすると拡大右の写真は手術後1時間後の写真です。
  手術経過の記事   →ポチッ
  手術後16日目の動画→ポチッ
  手術後35日目の動画→ポチッ

散歩に走って出発して行く勢いよりも驚いているのが散歩の途中でも走り出すようになったことでした。1ケ月前から家に着く50m前から走り出すようになっていましたが、最近は散歩の途中でも走るようになったことでした。特に散歩の後半によく走るので動画を紹介いたします。4分4秒からの家の前までの最後の走りは勢いが上ります。動画は4分23秒と少し長いのですが、是非ともプレーボタン( )をクリックして見てほしいと思っています。3分33秒の時に他のワンちゃんに吠えられてしまいました。


朝の散歩コースの雰囲気を紹介します。幸いにも住宅地から離れるとこのような道があるのです。左は梨園で右は子供たちが通った小学校です。
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こちらの写真の背景に広がっているのははたけです。走っている写真も掲載したいところですが、朝の散歩は5時40分くらいで走っている姿がぶれてしまってきれいに撮れないのです。歩いている写真を紹介します。
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散歩の後半に走るようになったのは手術してから朝晩に肝臓の薬を飲ますために茹でたササミに薬を忍ばせて、1本づつ食べさせているのですが、そのササミを早く食べたいために家に近づくと走り始めるようになったのではないかと推察しています。肝臓の薬は人間用の、スパカール40mgとウルソデオキシコール酸100mgです。
推察した理由は、長い15年間では途中で走ることはありましたが、家に近づいて走りはじめることがなかったからです。
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着いたら家の中に早く入りたいようです。


2015年10月25日(日曜日)の朝の散歩の動画です。出発時は同じような感じですが、立ち止まっても、また走りを続けてくれました。後半は動画には入っていませんが、家に近づくと猛然と走ってくれたので、私が息切れするほどの走りとなりました。


散歩を督促した後、リードをつなぐと玄関で待ちます。扉を開けると門の所まで行きます。でも強い雨が降っていると階段を下りて行かないのです。


門の扉が開くと猛ダッシュで出ていくのです。


2015年10月25日(日曜日)の夕方の散歩の出発時の動画も紹介します。


夕方の散歩は明るいので写真も撮れました。連写で紹介します。これは軽く走っている状態です。家に近づくと猛然と走りはじめるので横で並走しながら撮ることが出来なくなります。
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連写の一枚を取り出しました。誕生日は2000年4月4日なので15歳6ケ月21日目となります。脾臓摘出手術と肝臓数値(GPT GOT APL等)の危機的な悪化、さらにはCRP(犬反応性蛋白)の危機的悪化を乗り越えてここまで回復いたしました。
今回紹介した4つの動画を一つにまとめました。→ポッチ
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さとうきび生ジュース [沖縄]

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クリックすると拡大以前に紹介した世界遺産の一つを構成している右の写真の今帰仁城(なきじんぐすく)には、駐車場と城の間に、趣のある売店「城の茶屋」がありました。こちらの「さとうきびジュース」の看板が気になって城からの帰りに飲んでみました。

このローラーのような機械で絞ってくれました。サトウキビはイネ科の植物で、茎に糖分を含んだ髄があり、砂糖の原料となる農作物です。
栽培種の起源はニューギニア島とその近くの島々と言われ、紀元前6000年前後に現在のインド、さらに東南アジアに広まりったとされており、現在は世界各地の熱帯、亜熱帯地域で広く栽培されています。
  目 : イネ目 Poales
  科 : イネ科 Poaceae
  属 : サトウキビ属 Saccharum
  種 : サトウキビ S. officinarum


右側がしぼった生の「さとうきびジュース」です。搾りたての生のジュースはサラットして、さわやかなでした。左側は試食として濃縮した「さーたーゆー」を薄めた飲み物です。世界の生産量の内訳は、サトウキビが約70%でテンサイが約30%ですが、日本国内においては気候の関係上、テンサイが約80%で、サトウキビが約20%です。日本国内の消費量230万トン/年の内、36%(83万トン/年)が日本国内で生産されている自給率の比較的高いものなのです。


試食させてもらったのは商品名さーたーゆー です。サトウキビの搾り汁を煮詰めたものだそうです。黒砂糖になる少し前の状態と思えば想像出来ると思います。
ネットでは下のように説明されていました。
飲み方は、「さーたーゆー」を10倍のお湯で割り(甘さの調整は、お好みで)、生姜やとうがらしを入れて飲むと、体がポカポカと温まって、風邪に効きます。(購入先の「城の茶屋」の店主が教えてくださいました)
記事のなかの店主は冒頭の写真のおじさんと思われます。

沖縄の怖~い看板 [沖縄]


沖縄に来ていることを実感させられる看板でした。
これは首里城の近くの比較的人が通る場所で見つけました。

ハブ(波布、飯匙倩)を調べて みました。
ハブの写真はWikimediaから転用させてもらいました。
沖縄と南西諸島に棲む毒蛇で全長100-200cm、最大全長242cm、体重1.35キログラム、雄は雌より大きくなる。2011年10月12日に沖縄本島北部の恩納村で体長242cm・体重2.8kg程度の個体が、また奄美大島では2009年7月16日に体長226cm・体重3.15kg、胴回りの最大周が約20cmの個体が捕獲されている。年間100件程度の被害があるが、死亡事例はわずかである。事故の多くは畑や屋敷内で発生している。毒は出血毒で、咬まれると、すぐに激痛が襲い、傷口から出血し、内出血が広がる。その後、腫れが広がりだし、一日以上腫れが広がり続ける。
被害の予防のためには、ハブが居そうな場所を歩くときは、靴(長靴)・帽子・長袖・長ズボンなどを着用し、肌の露出を避ける。野外での排便時に噛まれることがあるので、注意が必要である。また、周囲に充分注意し、ハブを見つけたら絶対にハブの射程距離に近づかないようにする。曲げた体を伸ばすことで、ハブの全長の2/3程度の距離まで飛びつくことができるとされている。
万が一かまれてしまったら、吸引器などにより毒を少しでも吸い出す方がよいが、口での吸引はあまり効果がない。患部の冷却も痛みを軽減するが、毒に対する効果はなく、冷却しすぎないよう注意が必要である。安静を保ちつつ、急いで病院にいく。
クリックすると拡大 目  : 有鱗目 Squamata
 亜目: ヘビ亜目 Serpentes
 科  : クサリヘビ科 Viperidae
 亜科: マムシ亜科 Crotalinae
 属  : ハブ属 Protobothrops
     ハブ属 Trimeresurus

タグ:沖縄 看板

イチジクのタルト 御影高杉 [兵庫県]

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先日、2015年10月11日に「イチジクのタルト」というタイトルで記事を書きました。千葉県八千代市のソレイユのイチジクのタルトを記事にしたものでした。→ポチッ
関西に帰省している時に、武田尾温泉で叔父さんに会う時にお土産として渡す焼き菓子を買うために神戸市のスイーツ店である仏蘭西菓子・御影高杉に行きました。そこで自分たち用にはケーキを買うことにいたしました。そこで買ったのも上の写真のイチジクのタルトでした。

ケースには沢山のケーキが並んでいました。左から、B&F、カリフォルニア、はちみつ風味、大人のミルクチョコレートとオレンジのケーキ、オレンジのピール入りチョコレートケーキ、ポワール、コーヒーケーキの王様、チーズケーキです。上の段は、はちみつムース、ショコラです。
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本当に沢山並んでいたので写真も沢山撮らせてもらいました。左から、ガトー・オランジュ、ウイークエンド、ガトー・フリュイ、パヴェ、ミルフィーユ・オ・ピラミッド、フルーツ入りシュークリーム、りんごとクリームチーズのハーモニー、ほろ苦チョコレートケーキです。上の段はフォンダンショコラ・ジャンジャンブル、焼きリンゴ洋風です。
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見ていると迷います。左から、りんごとクリームチーズのハーモニー、ほろ苦チョコレートケーキ、モデレ、クープ・ド・ティラミス、マンジュマング、マロンタルト、苺のショートケーキです。ショートケーキで一番高いマロンタルトは1080円でした。上の段は、焼きリンゴ洋風、南瓜のクリームケーキ、ガトー・フレーズ・ヌーボーです。
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季節限定と書かれていた真中あたりの2種類のケーキを選びました。こちらのお店で一番の人気で話題になっているのが左端の苺のショートケーキです。写真は左から、苺のショートケーキ、マロンクリーム、鳴門金時といちじくのタルト、B&F、カリフォルニア、はちみつ風味、大人のミルクチョコレートとオレンジのケーキ、オレンジのピール入りチョコレートケーキです。上の段は、ガトー・フレーズ・ヌーボー、はちみつムースです。
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これが選んだ2種類のケーキです。一つが「鳴門金時といちじくのタルト」で、もう一つが「B&F」です。両方ともに季節限定と書かれており、両方ともにイチジクが使われていました。
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こちらのお店は、しっかりとした梱包でした。多少、乱暴に扱ってもケーキは大丈夫そうでした。実家に帰省した時は電車に乗って歩いて持ち帰ることがほとんどで、気を付けていても傾いてしまうので、助かりました。今までに別のお店でケーキを買って持ち帰る時に3度傷つけてしまった経験があるのです。
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ケーキだけを残して写真を撮りました。全くケーキはきずついていませんでした。さすがプロの仕事でした。
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これが「鳴門金時といちじくのタルト」です。こちらの写真はすでに冒頭で紹介しています。鳴門金時は、鳴門海峡、旧吉野川、吉野川などの砂地で作られるさつまいもです。ケーキにサツマイモが使われているのは初めての経験でした。名前を写真で確認するまでサツマイモとは気がつきませんでした。
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イチジクの実がよく見える角度の写真も紹介します。サツマイモを使ったケーキは珍しいので、サツマイモのタルトと呼んでもいいかもしれません。
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こちらがもう一つのケーキである「B&F」です。イチジクが使われているのが判ると思います。上に乗っているもう一つの果物はバナナです。
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私の娘がドイツ旅行のお土産で買ってきた紅茶があったので頂いて見ることにいたしました。


紅茶は、このような網に入ったティーパックでした。
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紅茶との2ショットの写真も紹介します。
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もう一つのケーキの2ショットです。
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ケーキは半分づついただきました。


叔父さんたちのお土産として買った焼き菓子は、こちらの中から選びました。
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小さ目の箱にぎっしりと詰めてもらいました。


味見のためら焼き菓子を3種類買いました。
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こちらはガトーマロン(Gâteau marron)です。値段は350円でした。中央の色が濃い部分がマロンでした。
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前回の時に撮った写真です。栗が丸々使われていました。
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こちらはダクワーズでアーモンド入りのメレンゲ生地に、ヘーゼルナッツクリームをサンドしていました。値段は206円でした。
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ピスタチオナッツ入りクッキーです。8個入り540円でした。こちらのお店は一度紹介したことがあります。
 店名 仏蘭西菓子 「御影高杉」 西宮阪急店
 住所 西宮市高松町14-1
 最寄 阪急西宮北口駅より徒歩3分
 電話 0798-62-1381
 営業 10:00~20:00
 定休 不定休 西宮阪急と同じ
 本店 神戸市東灘区御影2丁目4番10-101号
 URL http://www.mikage-takasugi.com/
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下の写真は前回に食べた苺のショートケーキです。ショーケースの写真からケーキ名前と値段を整理してみました。
・ショートケーキ
  540円 ミルフィーユ・オ・ピラミッド
  486円 フルーツ入りシュークリーム
  562円 りんごとクリームチーズのハーモニー
  508円 ほろ苦チョコレートケーキ
  508円 モデレ
  562円 クープ・ド・ティラミス
  508円 マンジュマング
 1080円 マロンタルト、
  627円 苺のショートケーキ
  594円 マロンクリーム
  562円 鳴門金時といちじくのタルト
  540円 B&F
  508円 カリフォルニア
  508円 はちみつ風味
  508円 大人のミルクチョコレートとオレンジのケーキ
  540円 オレンジのピール入りチョコレートケーキ
  508円 ポワール、
  562円 コーヒーケーキの王様
  508円 チーズケーキ
  562円 焼きリンゴ洋風
  562円 南瓜のクリームケーキ
・その他のケーキ
 1620円 ガトー・オランジュ
 1620円 ウイークエンド
 1944円 ガトー・フリュイ
 1620円 パヴェ
 1620円 フォンダンショコラ・ジャンジャンブル
 3003円 ガトー・フレーズ・ヌーボー
 2592円 はちみつムース
 2592円 ショコラ
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ショーケースに入った苺のショートケーキを紹介します。
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22年間、お疲れ様でした。 [日々]

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22年前の1993年8月7日から使っていたガスふろ給湯器が2015年10月6日の夕方に故障いたしました。エラーコードはE07で給湯は出来るのですが風呂が沸かせないのです。修理のために10月7日に製造メーカーのリンナイに電話したところ10月8日に来ていただきました。見てもらった結果、電磁弁とのことで分解して修理を試みていただきましたが、部品の一部が現在は手に入らないとのことで修理は断念いたしました。リンナイ自体は工事業者への機器の販売と修理だけしかやらないということで、すぐに工事業者に見積をお願いいたしました。幸いにも給湯は出来るために、シャワーの方から浴槽にお湯を張ることが出来るので、少し不便ですが、見積内容を検討・比較できる時間があったことから、信頼で来てコストも安い業者を探す余裕がありました。今の時期、給湯から45℃で浴槽にお湯を張ると少し熱めですが丁度良い湯温になりました。

22年の年月で文字もかすれています。
元のガスふろ給湯器は型番RUF-2000APWのフルオートでした。2000番は20号の給湯能力を表しています。20号とは入口水温+25℃のお湯を1分間に20リッター出せる能力があることを示しています。+25℃とは、例えば入口が17℃の場合に42℃のお湯を20L/分供給出来ることなのです。
つまり能力は30000kcal/h(=20x25x60)なのです。これは37500kcal/h(43.605kW)のガス消費量で30000kcal/h(3.4884kW)のお湯を作るので熱効率は80%(=30000÷37500)と言うことになります。
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下の写真は2015年10月18日の取り換え工事中の写真です。この状態から本体の下に配管カバーを付けて完成です。
給湯器としては16号と20号と24号がありますが、一般家庭では20号を薦められました。それに20号以外は一旦停めたあとに再度使う時の湯温の変化が少ないQ21機能が付いた機種が無いのです。候補としては次の4種でしたが、Q21機能付でフルオートのRUF-E2008AWで見積してもらいました。価格の安いオートを薦められましたが元々フルオートであったことから、せっかく交換して前よりレベルが下がるのに抵抗があってフルオートといたしました。
フルオート = オート+自動たし湯+自動沸きあげ+追い炊き配管自動洗浄
機器定価は結構高いけれども、工事や配管などを含んだ実価格は、機器定価よりかなり安くなるのが常識のようです。
  RUF-E2005SAW オート      
  RUF-E2008SAW オート + Q21機能(湯温変化小)    
  RUF-E2005AW  フルオート 
  RUF-E2008AW  フルオート + Q21機能(湯温変化小) 
2015年10月12月の17時に見積に来てもらい、値段交渉をしてその場で契約をいたしました。パッキンなども劣化している可能性があるので表旬工事に加えて循環金具と循環配管と追い炊き配管も交換することで契約いたしました。翌日にその会社に行き支払いをカードで行なって機器を手配してもらった結果、取り換え工事 は2015年10月18日にしてもらうことが出来ました。


これが取り付けが完成した新しいガスふろ給湯器です。正面からの寸法は同じですが奥行(厚み)が増しました。実はこれには理由があるのです。
22年前のRUF-2000APWから今回の機種は5代目程度だそうです。
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新しいものと22年前の製品を比較するために工事の前に室外機やリモコンの写真も撮っておきました。新旧を並べて比較してみました。左が22年前のガスふろ給湯器で右が新しいガスふろ給湯器です。
RUF-2000APW              RUF-E2008AW
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左が22年前の浴室のリモコンで、右が新しい浴室のリモコンです。この点滅している状態は風呂を沸かしている時の表示なのです。昔に比べて押しボタンが大きくなっているのが特徴のような気がします。
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台所のリモコンも新旧を比較します。新しいリモコンはコンパクトになりました。
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これがRUF-E2008AWの仕様です。熱量の表示はkcal/hからkWに変わりました。kWの数値に860をかけるとkcal/hになります。
ここで注目してもらいたいのが30000kcal/h(34..884kW)の給湯時の燃料消費量36.7kW(31562kal/h)なのです。つまり熱効率が元のAUF-2000APWが80%(=30000÷37500)だったのに対して95%(=30000÷31562)と格段に上がっているからです。元のガスふろ給湯器から15.8%も燃料消費量が少なくなったのです。このために熱交換器が大きくなり本体の奥行きが大きくなったのだと思います。本体から下に黒い配管が下りていますが熱効率を高めたために排ガス中の水蒸気が凝縮してドレンになるので排水するためなのです。地下で雨樋などの排水管につながっています。この熱効率の良いタイプをecoジョーズと名付けています。
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熱効率が80%→95%になるということは排ガス温度は約200℃→約50℃になるということなのです。吹き出し口に手を当ててみると確かに排気温度は低かったです。私が住んでいる地域のガス会社は千葉ガスですが、このecoジョーズのガスふろ給湯器を取り付けたことを千葉ガスに申請すると1年間だけですが、ガス料金を3%値引してもらえます。一応割引絶対額の上限はありますが我々の使用量では上限に到達することはありません。ガス使用量が減るだけでなく、さらにガス料金が下がってくれるのは嬉しいことです。さっそく申請いたしました。本図はリンナイのホームページから転用させていただきました。
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こちらが申請書です。千葉ガスに電話すると装置番号とお客さま番号が書かれた申請書が送られてきました。名前などを書き込む前に写真を撮ればよかったのですが掲載を思いついたのは申請書をポストに入れた後だったので控えの写真を撮りました。ecoジョーズ以外に家庭用コージェネレーションシステムやガス温水暖房システムなども申請できます。親会社の東京ガスでも3%の割引を実施しています。
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こちらが交換した循環金具です。前よりスマートになりフィルターの穴も小さくなりました。この循環金具を交換したのは大正解でした。これを交換しただけで浴槽が新しくなったように見えるのです。
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フルオートだと水を抜くときに追い炊き配管の自動洗浄をしてくれます。配管内に溜まった古い水や入浴剤を洗い流してくれるます。オートの機種にはついていない貴重な機能です。水が抜けていく最後の段階に水を噴き出して洗浄します。最初に吹き出す方向から水が出て、次に吸い込む方からも水が出ます。説明では判りにくいと思うので 動画を撮りました。風呂の水位計がついているフルオートだから出来る機能なのです。つまりオートとフルオートの違いは風呂の水位計の有無であるとも言えるのです。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。


浴室内はリモコンや循環金具が22年ぶりに新しくなっただけですが、なんとなく全体も新しくなった気分にしてくれました。
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ガスふろ給湯器の機能的には22年前と違うのは音声で説明してくれることと、Q21機能と、炊き配管自動洗浄が追加された程度で大きな変化は無いように思われますが、熱効率が画期的に高くなったのが一番の改良点だと思います。
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タグ: 風呂

ジャカルタ⇒ハノイへ移動     [機内]

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初めてのジャカルタの報告を終わります。ジャカルタからはシンガポール経由でハノイに移動しました。ジャカルタからシンガポールのフライトで丁度、赤道の真上を飛んでいるところです。画面上の水平の線が赤道です。
沢山のジャカルタの記事が書けたので改めて報告いたします。タイトルをクリックすると記事を表示いたします。
 パイプ椅子のシーフード店
 結婚式の花輪
 巨大テーマパーク
 画期的な扇風機?
 警備員の人数はすごい
 バス専用レーン
 ジャカルタの紀ノ川
 ジャカルタの大型クルーザー
 ジャカルタの海岸
 ジャカルタの漁船
 ジャカルタの景色
 ジャカルタの朝食
 ジャカルタのショッピングモール
 200年の歴史を持つレストラン Cafe Batavia
 ジャカルタ3日目の夕食 インドネシア料理
 ジャカルタ2日目の夕食 日本料理
 ジャカルタ1日目の夕食 中華料理


下の写真はシンガポールからハノイへのフライトからの景色です。大地はベトナムだと思います。 大地に雲の影があるのが判ってもらえますか ?
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一口餃子 [土産]

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神戸から帰るとき、神戸空港で評判がいいと聞いていたこちらの一口餃子を買いました。帰ってすぐに焼いたのが上の写真です。皮がパリッとした美味しい餃子でした。

このように生で入っています。冷凍ではないのですぐに焼いて食べることになります。数は50個ですが2人で食べるのにちょうどいいくらいの量でした。タレもなかなかの味でした。


名前は芦屋の一口餃子「壱心」です。


タグ:土産 餃子

アスタナからアルマトイ [機内 CY]



8日間で飛行機に9回乗ったことはすでに報告させてもらいました。機内に関してもすでに報告させていただきました。アスタナからアルマトイの帰国便はまだなので今回報告させていただきます。カザフスタンの首都アスタナからの帰国ですがアスタナから国外にはヨーロッパかモスクワしか飛んでいないのでカザフスタン最大の都市であるアルマトイ(アルマティー)を経由してさらにソウルを経由して帰国いたしました。
最初のフライトであるアスタナからアルマトイのフライトを紹介いたします。

青いラインがこの時に移動したルートです。
アルマトイからはソウルを経由して帰国いたしましたがアルマトイでは5時間55分の待ち時間を利用して町にでて日本食店「かぶと」で美味しい日本食をいただきました。偶然にもアームレスリング世界大会に参加されていた選手団の方々にお会いできました。
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アスタナエアラインの機内を紹介いたします。


機内食も紹介いたします。国内線でもきちっとした食事が出ます。


メインデッシュはカザフらしい料理でした。


やっぱりビールですね。


デザートも見かけによらず美味しかったです。
アルマトイからはソウル経由で成田に帰国いたしました。→ポチッ


武田尾温泉での朝食 [武田尾]

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武田尾温泉で泊まったマルキ旅館の夕食を記事で紹介したので朝食も紹介させていただきます。朝にお風呂に入ったりと、ゆっくりとしたかったので朝食は8時半からにしていただきました。食事までに朝の散歩と朝風呂を楽しんだ後に食事となりました。朝食は夕食と同じ部屋に用意されて時間になると案内されました。

こちらが朝食です。新米のごはんと味噌汁の朝食は久しぶりです。
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刺身コンニャクです。酢味噌でいただきました。
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煮物もありました。
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野菜のおひたし
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鮭と玉子焼きです。
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黄色の器は高野豆腐と椎茸の煮物で、ピンクの器はコンニャクとレンコンの料理で、白の器は蒲鉾が入っていました。
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最後は紅茶かコーヒーが選択出来ました。母と叔父さんたちが集まったのは約25年ぶりのため食事の後も渓流を見ながら、ゆっくりと話を楽しんでいました。マルキ旅館を発ったのは10時となりました。私が子供のころに母方の実家の山口県の岩国に行った時には叔父さんたちに、よく遊んでもらいました。武田尾温泉の記事はとりあえず今回の記事で終了です。他の武田尾温泉の記事を見たい方はトラックバックの欄のタイトルをクリックしてください。
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ビールが美味しい [インド]

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インドの2日目はイタリア料理の夕食でした。1日目の夕食を紹介いたします。日本からムンバイのホテルに到着したのは20時30分でした。日本時間にすると24時でした。まだ日本時間の体ですから真夜中からの食事になってしまいます。その上に機内食も沢山食べたので、ホテルのレストランでビールを軽く飲むことにしました。
もちろんビールはインドのキングフィッシャー(KINGFISHER)です。

つまみには軽い夕食を兼ねてインド料理を頼みました。これは魚のタンドリー(焼き物)です。タンドリーフィッシュは初めて食べましたが、なかなか美味しかったです。
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タンドリーチキンです。香辛料はタンドリーフィッシュと同様に日本人の食べやすいものでした。日本のインド料理店では真赤な香辛料のタンドリーチキンをよく見かけますがインドではいろんな香辛料のタンドリーチキンが食べれます。ホテルでは、写真のタイプが好まれるようです。
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インドに来れば、カレーも食べたくなりますね。2種類のカレーを頼みました。羊と鶏です。もう一品は初めての食べ物でした。松の身に辛くて酸っぱいカレーを、あえたもので、ピールのつまみにピッタリでした。
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カレーは、この大きなナンにつけて食べました。


これも初めてのものです。硬い豆腐を発酵させたようなチーズのような食べ物でした。タンドリーやカレーなど、いずれの食べ物もビールにピッタリで美味しくいただけました。結局、ビールを4~5杯飲んでしまいました。
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揚げなすおろし [蕎麦]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大このお店の前のオーナーのときにやはり口コミで教えてもらったお蕎麦屋さんです。前の名前は植村だったかな? オーナーは変わったけれど、ここの蕎麦は好きなタイプなのでそれ以来よく利用しています。
写真は「揚げなすおろし」です。

冷たい蕎麦は下記の種類があります。3人で行ったので「十割天もり」と「揚げなすおろし」と「天付け鴨せいろ」を注文しました。いつもだったら「もり」か「十割もり」となるところですがせっかくカメラ持ってきているのでちょっと奮発してしまいました。
 もり        735円
 天もり       1523円
 十割もり       840円
 十割天もり     1628円
 つけとう      1155円
 天付つけとう    1943円
 天おろし       998円
 揚げなすおろし    998円
 鴨せいろ      1365円    
 天付け鴨せいろ   2153円

これは「十割天もり」 
蕎麦つゆと天つゆが別になっているのがうれしいです。
一緒だとどうしても蕎麦は油の入ったつゆで食べることになるし天婦羅はワサビが入ったつゆで食べることになってしまいます。 
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ここは北海道産の蕎麦を石臼で自家製粉した蕎麦粉で手打ちしていることを売りにしています。
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十割そばは少し細く打っています。上のと比べてみてください。


店内はテーブル席とカウンター席があります。


お店はマンションの1階
  店名 手打そば 中川
  住所 宝塚市南口2丁目3-35
  電話 0797-77-0084

タグ:宝塚 蕎麦

下高野の例大祭の幟倒し [風習]

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2015年10月18日追記 タイトル: 下高野の例大祭の幟倒し
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千葉県八千代市の下高野地区の天満宮の大例祭のために立てられていた2本の大きな幟(のぼり)を2015年10月15日の13時に降ろす(倒す)との連絡を前日にkazuさんからコメントでいただいたので見に行かせていただきました。13時に着くと皆さん集まっておられました。3方向に引っ張っていたロープの1方向を除き、すでに緩められていました。本来は例大祭の翌日である10月11日の13時に倒されるのですが、その日は前日の夕方からの雨のため幟が濡れていたことから、幟が乾くのを待ってこの日に決められたそうです。翌日の10月16日から雨になったことから10月15日は絶好の日となりました。

クリックすると拡大3つの木のキーと一番下の鉄パイプで、幟の支柱が固定されているのです。ロープを皆が待つと、3つのキーの内2つを外して倒す準備が完了です。ロープを緩めていくと下の鉄パイプを中心に倒れていくのです。右の写真が鉄パイプの部分を拡大したものです。鉄パイプは小さいものですが重要な役目を果たしているのです。
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結んでいたロープをほどきます。


木のキーを2本外しました。これから倒していきます。
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倒れていく方向の反対側のロープを皆が持って支柱をゆっくりと倒していきます。
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左手で持った動画用のカメラで撮影を続けながら、右手で持ったフルサイズの一眼レフのファインダーを覗いて写真を撮るので苦労がわかってもらえると思います。そんな状況での動画はある程度はぶれてしまうので冒頭の動画の揺れはご了承ください。
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小さな鉄パイプを軸にして倒れたことが判ってもらえると思います。
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その倒して行く動画を見てください。倒しはじめだけ倒していく方向のロープを引きます。途中で一眼レフの方のシャッター音が聞こえると思います。
是非ともプレーボタン( )をクリックして見てください。


支柱が倒れるとすぐに幟を外し始めます。


ロープもすぐに束ねます。


外した幟は丁寧にたたみます。若い方も参加されていました。
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支柱の一番下の鉄パイプを抜きます。支柱を保管棚に持って行くと1本目の幟倒しは終了です。


1本目が終わると2本目の幟を倒す準備に入ります。先ずはキーを抜きます。


2本目の幟を倒す作業は動画を見てください。最初に木のキーを抜いている音が聞こえると思います。キーが抜けるとすぐに倒しはじめます。
こちらも是非ともプレーボタン( )をクリックして見てください。


支柱が倒れました。
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幟を外す作業に入ります。
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横棒や支柱の天辺の飾りを外します。


天辺の飾りは榊(さかき)と笹(ささ)です。この飾りは支柱が建てられていたところの地面に突き刺すのです。
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昔は木曽の部分はコンクリートではなく、木で出来ていて取り外しが出来ていたそうです。今はコンクリートは移動できないのでコンクリートの基礎の間に笹と榊の飾りを挟み込みます。つまり昔は地面に飾りが単独で突き立てられていたのです。
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2枚目の幟もたたみます。
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皆で支柱を運び始めます。
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支柱は保管用の棚に並べます。
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支柱を保管場所に置いて概ね作業は終了です。支柱の天辺の飾り(笹と榊)がコンクリートの土台の部分に挟むように立てられているのが判ってもらえると思います。
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木のリングと幟(のぼり)は来年の10月8日まで大切に保管されます。
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無事に作業が終わって、リーダーの方からの、終了の挨拶で、解散です。
作業を始めてから18分後でした。建てる時は約50分なので半分以下の時間で出来たことになります。
下高野の天満宮には現在は常駐の神主さんはおられないので、10月10日の大例祭は、神主さんに来てもらって行われました。沢山の人が参加するのではなく5年に一度回ってくる役員の方だけが参加するそうです。したがって一世帯一人の参加なので参加者は最大で9人までだそうです。ただし5年のサイクルで考えればすべての世帯の人が参加していることになるのです。



2015年10月12日掲載 タイトル: 下高野の例大祭の幟建て

2015年10月8日に千葉県八千代市の下高野地区で大きな幟(のぼり)を建てるイベントに参加させてもらいました。先ずは幟が取り付けられた支柱を起こすところの作業の動画を紹介いたします。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。
左手のカメラで動画を撮りながら、右手のカメラで写真を撮っているのでカメラのシャッター音が聞こえると思います。
実は一昨年の2013年10月11日に同じ幟を見せてもらったのですが、その大きくて立派な幟に驚いて、機会があれば、幟を起こすところを見たいと思っていました。前日の10月7日に子の地区の方で、いつもお世話になっている kazuさんからメールで10月8日に起こす作業があるとの連絡を頂いたわけです。
順番に幟を建てる作業を紹介したいと思います。

10月8日の8時に皆さんが集合されました。この場所に2本の幟(のぼり)が建てられるわけです。


左端に丸い穴が開いている柱が幟を取り付ける2本の支柱です。下の部分は四角く、上の方は丸くなっています。
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このコンクリ―トの基礎の部分に支柱を固定します。女性の方が運んでいるコンクリートの土管は作業がしやすいように支柱を斜めに固定するものです。
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柱の根元の基礎の部分はコンクリートですが、昔は木で作られていたそうです。これが当時の柱を取り付ける根元の部分です。
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倉庫を開けているところです。
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倉庫には支柱の上野部分とロープが保管されています。
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こちらが幟と、支柱に停めるための輪です。
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みんな総出で支柱の下の部分を保管場所から移動します。
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これから支柱を作業場所にセットするのです。
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柱の一番下にパイプを入れます。このパイプを中心に起こしていきます。
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支柱は2分割になっており、つないで長くしまう。
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支柱の上の部分を差し込んでいるところです。
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支柱に幟を取り付ける目の輪を入れます。


支柱の先端には飾りの笹を取り付けます。


横棒を支柱に取り付けているところです。


幟を横棒と支柱に入れた輪に取り付けているところです。


3本のロープを柱にしっかりと結びつけます。


このロープを使って支柱を起こすとともに起こした後に支柱が垂直になるように固定します。
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支柱に取り付けた幟をロープを引っ張って起こしていきます。左手のカメラで動画を撮りながら、右手の重たいカメラで写真を撮ったので、結構、苦労させられました。
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七雄は徐々に起きて行きました。
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垂直になったところでコンクリート基礎に固定用の木を差し込みます。
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これがコンクリートの基礎に木を差し込んだ写真です。
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この後、3本のロープを三方に引っ張って支柱を垂直にします。
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3本のロープは電柱や木にくくりつけて固定します。
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こちらのロープは大きな木の根の部分にくくりつけています。


2本目の幟も同じように建てます。別の角度からの動画なので是非ともこちらも見てほしいです。2本目の幟建ての撮影に関しては動画に専念いたしました。


2つの幟が建ちました。
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建てられた幟の前で皆さんの記念写真もいたしました。この時8時48分だったので約50分で2本の幟が建てられたことになります。


10月11日13時30日の写真です。本来は10月11日の13時から幟を降ろす作業に入るとのとのことですが、前日の夜から、この日の午前中は雨が降っていたことから幟を降ろすのは断念したようです。幟が完全に乾いてから降ろすものと思われます。
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現在は黄色の楕円の場所に2本の幟が建てられていますが、昔は2本の幟は別々に空色の楕円の部分に建てられていたそうです。保管場所から運んで建てるのが大変なことから保管場所の黄色の楕円の部分に2本まとめて建てられるようになったとのことでした。
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クリックすると拡大航空写真で場所を紹介します。
  天満宮(菅原神社)
  現在の幟(のぼり)の設置場所
  昔の幟(のぼり)の設置場所
  下高野館跡 (戦国時代の城 右の写真)



2013年10月16日掲載 タイトル : 下高野の例大祭の幟(のぼり)
2013年10月の記事→ポチッ
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クリックすると拡大いろんな伝統行事が行われている千葉県八千代市下高野地区で神社の例大祭が10月10日に行われて、2本の幟(のぼり)が立てられていると、10月10日の夕方にコメントで教えていただいたので、翌日の2013年10月11日の10時ごろに見に行きました。午後の1時に幟を倒すと教えていただいていたので午前に行くことにいたしました。教えられた通り、下高野地区の公会堂に立派な幟が2本立てられていました。2つの幟は同じように見えますが、実は違うのです。わかりますか?  答えは下に書かせていただいております。
幟を見た後に神社によって帰る途中で偶然にも、今回のことを教えていただいたkazuさんに会えて例大祭の行事のことを、いろいろと教えていただきました。
例大祭(れいたいさい / 例祭)を調べてみると、神社で毎年行われる祭祀のうち、最も重要とされているものだそうです。一般的に例大祭は年一回、多くは祭神や神社に特別の由緒のある日に行われるそうで。例えば人物神を祀る神社ではその人物の誕生日や命日です。特に由緒のある日のない場合は、春祭りや秋祭りをもって例大祭としているそう。例大祭が行われる日は毎年一定で、変えることはできないものとされています。下高野でも10月10日で決まっており、変わることはないそうです。
神社は菅原道眞が祀られてしますが、菅原道眞の誕生日は承和12年6月25日(845年8月1日)で命日は延喜3年2月25日(903年3月26日)で10月10日でないので誕生日や命日とは別の由緒のある日のようです。
現在の新しい幟は1982年に奉納されたもので以前のものよりも分厚い生地が使われたそうです。
上で質問させていただいた2つの違いの答えはそれぞれが表と裏の関係になっているのです。写真だと右の幟が文字かちゃんと読めると思いますが、左の幟は文字か左右反対なのです。つまり向こう側から見ると字が読めるのです。どの方向から見てもわかるようにした先人の知恵なのかもしれません。
幟には奉納天満宮昭和五十七年十月吉日下高野氏子中紀佑民謹書の文字が書かれていました。右の写真をクリックすると拡大するので左右の違いが、わかりやすいと思います。太い竿ですが、高さがあるので上から3分の1付近を、3方向からロープで引っ張っています。3本×2で計6本の太いロープも迫力がありました。

行事は先ず10月8日に、この幟を建てもことから始まるそうです。例大祭の告知が目的なのだと思います。そして10月10日に神社で神主さんに来ていただき例大祭が行われるそうです。10月8日が雨の場合は幟は立てないで10月10日の例大祭のみが行われるそうです。そして10月11日の午後に幟が倒されて例大祭の行事が終了だそうですが、10月11日が雨の場合は倒す日を延ばしていくそうです。いずれにしても幟が完全に乾くまで待つそうです。
10月8日以降、台風24号の影響で少し雨が降りましたが、この日は強風の上に快晴で幟も完全に乾いたようなので、予定通り13時に倒すと言われていました。
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幟の布地は非常に分厚くて丈夫のようでした。以前に強風でちぎれたことがあったので分厚くされたそうです。この写真でも分厚さが感じてもらえるのではないかと思います。かなりの重さだと思います。
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これが、幟を垂直の竿に止めている輪で、木をくり抜いて作られている貴重なものだそうです。この輪は篠を火であぶって曲げ輪にしているものだそうです。木をくり抜いて作られているのは竿の継ぎ目の部分だそうです。以前に破損したことがあり、今回も強風で破損を心配されていましたが、すべて無事だったようです。これだけ立派な幟はなかなか見ることのできない珍しいのだと感じました。


幟を見た後に例大祭が行われた神社にも行ってみました。神社は以前に紹介した下高野館の記事の中で書いていた菅原神社です。その菅原神社に行く途中には八千代市で指定されている立派な保存樹の間を抜けていきます。
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こちらが10月10日に例大祭が行われた菅原神社です。天満宮とも呼ばれています。一般的に天満宮は菅原道真を祭神とする神社で、天満神社や菅原神社や天神社と呼ばれることがあるそうです。また通称として「天神さま」や「天神さん」とも呼ばれていることがあります。下高野では菅原神社となっているようです。
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鳥居には真新しい注連縄が取り付けられていました。例大祭のために新しい注連縄に取り換えられたのだと思います。あるいは例大祭の時に取り換えられたのかもしれません。その点はkazuさんに聞き忘れました。
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これが新しい注連縄です。以前に藁の大蛇を作る行事に参加した時に注連縄を作る名人の方がおられたので、その方が作られたのだとおもいます。


横に置かれていた古い方の注連縄の具合からも最近に取り換えられたことが伺えました。下高野地区には昔からの伝統行事が沢山残っています。これは地元の方々が伝統行事を大切にされてきたためだと思います。今までに体験させていただいたり、記事に書いたり、お話を聞かせていただいた下高野地区の伝統行事です。着色タイトルをクリックすると記事を表示します。
  庚申塔   7年ごとに奉造(次は2021年)
  庚申講
  十九夜塔 7年ごとに奉造(次は2021年)
  女人講
  藁の大蛇の辻切り
  伝統的な節分行事
  出羽三山参拝とボンデン塚の奉造
  奥州講とボンデン飾
  大師参り
  菅原神社の例大祭

飛行機から飛行機を見る [機内]

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この写真は上海からの帰りに飛行機から撮ったものです。
飛行機の窓から外を見ていると意外とよく飛行機を見かけます。そんな中で、最もクリヤーに撮れた写真だと思ったので掲載いたします。
薄っすらと別の飛行機の航跡(飛行機雲)も写っています。窓からは飛行機は点のようなので目いっぱい拡大してみました。これは名古屋を少しすぎたあたりだと思います。

上の写真と同じ飛行機です。少し角度は違いますが同じ方向に飛んでいるので長い間見ることが出来ました。ほとんど真上に近づいた時に撮りました。この4分後に遠くに富士山が見えてきました。


上の写真より少し前に我々よりかなり低いところを飛んでいる飛行機を見かけました。我々とは反対方向に飛んでいました。すれ違う時はあっと言う間に見えなくなってしまいます。真中の白い点のように見えるのが飛行機です。大阪をすぎたあたりの写真です。

タグ:飛行機

夕食は三田牛のすき焼きでした。 武田尾温泉 [武田尾]

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兵庫県の武田尾温泉で泊まったマルキ旅館の部屋お風呂を紹介させていただいたので、ここでは夕食を紹介したいと思います。夕食は三田牛のすき焼きをいただきました。泊まった部屋の近くの別の部屋にすき焼きが用意されていました。

これが三田牛(三田肉)です。1人当たり250gが用意されていました。
こちらの皿が3人前(750g)でテープルの奥の皿に2人前(500g)の計1250gが用意されていました。
三田牛は但馬牛の子牛を、三田肉流通振興協議会が指定した三田市とその周辺の生産農家で25ヶ月以上育成した牛のことです。実は世界に知られる神戸ビーフ(神戸牛)の元祖は三田牛の肉だったと言われています。開国により神戸港が開港し、外国人居留地の外国人の食用として肉の需要が生まれ、三田の荷役牛を太らせるて飼育したところ、霜降り肉で美味しいと絶賛され外国人の間でKobe Beef(神戸牛)と呼ばれるようになったそうです。
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肉質を感じていただくために拡大足しました。クリックするとさらに拡大します。
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こちらが野菜類です。比較的よく見る食材ですが、あまり見かけないのが左下のものです。食べてみて麩(ふ)のような味わいでしたがどっしりとした重量感があったので生麩と賦の中間的な食材のように感じました。
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旅館の方が作ってくれました。最初に肉を焼きました。
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野菜関係も一通り入れました。やっぱり、割り下など、家のすき焼きとは一味違っていました。
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やっぱりビールが飲みたくなります。すき焼きだけでも十分な量があるのですが、目立ちすぎない範囲で、前菜、天ぷら、ごまどうふ、に香物が付いていました。
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こちらは前菜5品です。
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こちらは天ぷらです。
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地元の新米のご飯です。私は最後までビールでしたが、食事が終わって余ったごはんは旅館の人がおにぎりにしたくれたので、翌朝食べましたが、冷えていても美味しかったです。
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デザートは旬の果物でした。

武田尾温泉の無料の足湯 [武田尾]


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兵庫県武田尾温泉に泊まったマルキ旅館の部屋の露天風呂から、武庫川の対岸の駐車場の右側に足湯が見えました。
すでに前々記事で紹介した通り、泊まったのは2015年10月2日でした。

露天風呂から上がって部屋の方からよく見ました。駐車している車の右側に足湯があるのが判っていると思います。判りにくいのに足湯を発見したのを不思議に思われたのではないでしょうか。この場所に無料の足湯があることは昨年(2014年)から知っていたのです。


足湯の辺りを拡大いたしました。
小さな子供さんを連れた家族の方が利用されていました。


実はこの足湯には昨年の2014年10月17日に来たことがあるのです。その時の写真を紹介いたします。この時は先客の方が一人、利用されていました。


いい雰囲気でした。
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横の岩を見ると水が浸みだしてきており、さわってみると温かでした。まさに天然温泉でした。
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私もさっそく足湯に入ってみました。もちろん誰でも利用できる無料の足湯なのです。記念のために、先に足湯に入っていた人に写真を撮っていただきました。


この足湯から武庫川渓流を挟んだ対岸の正面に趣のある旅館がありました。この時、一度は泊まってみたいと思ったのです。その思いが一年後に実現したわけです。
写真は、今回泊まったマルキ旅館です。旅館の右端の2階部分の2間が我々の泊まった「立花の間」です。
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我々が泊まった「立花の間」の辺りを拡大いたしました。よしず(すだれ)がかかっているところが「立花の間」専用の露天風呂です。
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泊まった部屋「立花の間」の配置図がホームページにあったので掲載させてもらいました。8畳+7畳の広さがありました。冒頭の写真は「ひのき露天」と書かれたところから撮りました。
武田尾温泉の周辺の地図で足湯の場所を紹介します。
ここには4軒の旅館があります。
   無料の足湯
   マルキ旅館(宿泊した旅館)
   JR武田尾駅


武田尾で静かなブームになっているのが単線時代の旧福知山線・廃線ウォーキングなのです。生瀬駅あるいは西宮名塩駅から6km(廃線跡は4.7km)歩いた後、少し足を延ばして足湯で足を休めるのもいいかもしれません。私は両方ともに知らなかったので足湯に入ってから廃線ウォーキングをいたしました。また、偶には旅館に泊まって温泉に入って美味しい料理を食べるのはいかがでしょうか。
   無料の足湯         武田尾散策ルート
   旧福知山線・廃線跡    現在の福知山線
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廃線跡には7つのトンネルと鉄橋が残されており渓流のすばらしい景色に出会います。昨年掲載した記事を見てみてください。→ポチッ
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いろんなお風呂を堪能いたしました。 武田尾温泉 [武田尾]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大上の写真は、我々が2015年10月2日に泊まった兵庫県武田尾温泉のマルキ旅館の右の写真の「立花の間」の専用露天風呂です。
総ひのき造りの露天風呂でした。専用の露天風呂の付いた部屋は6つあるそうです。

旅館には14時に到着したので、すぐに露天風呂に入ってみました。紅葉の時期には落ち葉が湯船に落ちてきそうでした。我々が泊まった「立花の間」は専用露天風呂は敷地内から温泉の源泉を引いているそうです。「立花の間」以外では「南天の間」と「せんだんの間」も源泉を引いているそうです。
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「立花の間」以外の部屋の露天風呂の写真をパンフレットから紹介します。上段の左から「南天の間」、「せんだんの間」の露天風呂で、下段の左から「あおいの間」、「ぼたんの間」、「ふきの間」の露天風呂です。全て形が違うのが、こちらの旅館の特徴なのかもしれません。



部屋も露天風呂も武庫川渓流に面していました。露天風呂から上流側を見た景色です。川の対岸に見えるのは「紅葉館・別庭あざれ」です。
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露天風呂から下流側を見た景色です。赤い吊橋が見えますが、武田尾橋です。
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こちらが下流側の朝の景色です。朝もやが趣のある雰囲気を感じさせたくれました。武田尾橋は霧で霞んでいます。
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対岸から「立花の間」を撮った写真です。2階の2間が「立花の間」で「よしず」が下がったところが部屋専用の露天風呂です。1階の2間が「南天の間」です。
屋根の左上奥の「よしず」の部分が貸切の展望露天風呂です。
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我々の泊まった部屋の戸から撮った写真です。奥の階段を上っていくと貸切の露天風呂があります。
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貸切の露天風呂は「さくら湯」と「もみじ湯」があります。入りたいときにフロントに電話して、空いていると、露天風呂に入ることが出来ます。事前の予約は出来ないとのことでした。さっそく連絡して入浴いたしました。


入ったのは「さくら湯」でした。
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湯船もスペースも大きいくて気持ちがよかったです。
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脱衣場も趣がありました。
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貸切展望露天風呂「さくら湯」からの景色です。
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もみじの湯の入口です。
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こちらが「もみじ湯」の湯です。入りませんでしたが写真だけ撮らせてもらいました。
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旅館の屋内にも2つお風呂があります。それぞれ男湯と女湯に使われていましたが日によって変えています。この表示は10月3日の朝で、前日は反対の表示になっていました。


こちらが「せっこくの湯(巌窟温泉)」です。のお風呂は到着した10月2日は男湯でした。翌日の朝には女湯になっていました。自然の岩をくり抜いた洞窟風呂で、明治末に手作業で掘って造ったそうです。浴場にはマルキ旅館のシンボルであるダルマの手焼きタイルが飾られたレトロナお風呂でした。
温泉は無色透明の単純泉でラジウムを含んでいるのが特徴です。
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洞窟風呂(巌窟風呂)の部分を拡大いたしました。巌窟は岩の洞穴を意味します。
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雰囲気を感じてもらうために、さらに拡大いたします。
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こちらは「みずひきの湯」です。到着した日は女湯でしたが、翌朝は男湯となっていたので入浴いたしました。つまり一泊すると入ることが出来るお風呂は5ケ所になるわけです。部屋付の露天風呂を含めると旅館には10ケのお風呂があることにもなります。
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竹で作られたような囲いの部分の建物の奥にお風呂があります。
手前の囲いの方が「せっこくの湯」で、渡り廊下の向こう側にある囲いの方が「みずひきの湯」です。囲いの部分は趣のある庭になっていました。
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武田尾温泉に泊まりました。 [武田尾]


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2015年10月2日~3日に実家がある兵庫県の宝塚の近くにある武田尾温泉に泊まりました。長く宝塚に住んでおり武田尾温泉の存在は知っていましたが泊まるのは初めてでした。埼玉県川越市に住んでいる叔父さん(母の弟)が姫路で大学の同窓会をしたのを機会に母とその兄弟たちが集まりたいとのことで、武田尾温泉の旅館を予約したのです。そして私も参加させてもらったわけです。私は実家の宝塚からレンタカーで母と行きました。叔父さんたちは姫路に14時ごろに待ち合わせて最寄駅の武田尾駅までJRで来て、そのあと旅館の車でここまで来たわけです。

今回泊まった旅館は武田尾にある4つの旅館の一つであるマルキ旅館です。その旅館は武庫川の渓流沿いにありました。写真に写っている建物はすべてマルキ旅館です。創業は118年前の明治30年(1897年)で、長い歴史の中で増改築をしたきたのだと思います。ここに写っている建物が全てではなく左の小さな小川沿いにも建物が続いていました。
 名前 マルキ旅館
 住所 兵庫県西宮市西瀬町名塩5313-35
 電話 0797-61-0221
 HP http://www.marukiryokan.jp/
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玄関に飾られていた昔のマルキ旅館の写真です。当初の建物は今の場所ではなく、現在よりも駅側にあったそうです。
武田尾温泉自体は歴史が古く、この近くに隠れ住んでいた豊臣方の落ち武者であった武田尾直蔵(たけだお なおぞう)が374年前の1641年(寛永18年)に、薪拾いの際に発見した湯だそうです。武田尾の名前も発見者である武田尾直蔵から来ているそうです。寛永18年は江戸幕府になって38年目で、第4代将軍である徳川家綱が生まれた年です。
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こちらはネットから転用させていただいた同時期の武田尾温泉の全景写真です。建物の形からマルキ旅館が中央より少し右にあることが判ります。


上の昔の全景写真に近い構図の現在の写真です。川の中の大岩は今もあります。大岩の位置から全体の位置を比べることが出来ると思います。
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関西の温泉で有名なのは、日本最古泉と言われている有馬温泉ですが、周りに自然以外は何もない武田尾温泉は隠れ家的な温泉なのです。
  A  武田尾温泉  西宮市 / 宝塚市
  B  有馬温泉   神戸市
  C  宝塚温泉   宝塚市


玄関をくぐったところです。
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中に入って玄関を見た景色です。
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玄関脇にはくつろげるロビーがありました。
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別の角度から見たロビーです。
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階段で2階にあがり長い廊下を進むと我々の泊まる「立花の間」の前に出ました。写真に写っている2つのドアが「立花の間」の入口です。
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立花の間は2部屋で構成されていました。こちらの部屋にはトイレと洗面所がありました。窓の外は武庫川が流れていました。縁側にある椅子で母がくつろいでいます。
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こちらが、もう一部屋の写真です。床の間の左側の扉は専用露天風呂の入口です。
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部屋の配置図がホームページにあったので掲載させてもらいました。8畳+7畳の広さがあります。

こちらが立花の間の露天風呂です。
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総ひのき造りの露天風呂でした。正面には「よしず」が下げられていました。
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二階の「よしず」の部分が、今回の「立花の間」の露天風呂です。一階は「南天の間」の露天風呂です。2つの部屋以外に専用の露天風呂がついているのは「ふきの間」と「ぼたんの間」と「せんだんの間」と「あおいの間」です。
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実は去年の2014年10月17日にも散策のために武田尾に来たことがあります。その時、川の向かい側からマルキ旅館の写真を撮っていたのです。この写真で立花の間の2部屋と露天風呂の場所が判ってもらえると思います。
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実は昨年に武庫川渓流を挟んだ対岸から今回泊まった旅館を見て一度、泊まってみたいと思ったのです。その思いが一年後に実現したわけです。旅館の右端の2階部分の2間が我々の泊まった「立花の間」です。
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夕食と朝食はこちらの部屋でいただきました。こちらの部屋もくつろげる空間でした。5人で食事するには贅沢な広さがありました。
夕食は三田牛のすき焼きでした。
こちらの写真は朝食風景です。後日、夕食と朝食を紹介したいと思っています。
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こちらの旅館のすばらしいところは、窓の外の景色です。
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正面の川の景色です。川の向こう側は4軒ある旅館の一つである紅葉館です。
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露天風呂から上流側を見た朝もやの景色です。
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露天風呂からの下流側の朝もやの景色です。遠くに趣のある吊橋が見えました。
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明るいうちに撮った吊橋です。名前は武田尾橋です。武田尾駅から旅館までの間にある吊橋で駅からは、個の吊橋を通ってきます。
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お風呂に行く渡り廊下を外から撮りました。左側の建物にマルキ旅館のお風呂があります。
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旅館のお風呂に行く渡り廊下の窓から小川の上流を見た景色です。別の旅館である「河鹿荘」が見えます。小川の左側の建物で「よしず」がかかったところがマルキ旅館の室内のお風呂です。露天風呂は武庫川沿いの建物の最上階にあります。
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河鹿荘の茅葺の建物です。
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河鹿荘よりさらに奥に別の旅館である「武田尾温泉・元湯」があります。
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武田尾温泉の周辺には4軒の旅館しかありません。その4軒の旅館の場所を紹介いたします。この辺りの川の北側は宝塚市で、南側が西宮市のため、紅葉館は宝塚市で、他の3つの旅館は西宮市になります。最も古い創業なのが1887年「武田尾温泉・元湯」で、次が1893年の「紅葉館」です。紅葉館は2004年の台風23号で壊滅的な被害を受けましたが4年後に新館を建てて廃業の危機を乗り越えたそうです。
   紅葉館・別庭あざれ     無料の足湯
   マルキ旅館         駅からのルート(590m)
   河鹿荘
   武田尾温泉・元湯 (元湯旅館)
   JR武田尾駅

インドでもド派手なトラック [インド]



インドのお隣の国パキスタンのトラックはすべてド派手でした。
それほど多くないけれどインドでも見かけました。

後姿だけは派手なペインティングをしているトラックが多かったです。


イチジクのタルト 貝殻亭 [千葉]

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初孫のお宮参りを2015年9月26日に長男の住んでいる北海道に娘と家内が行くのでお土産として焼き菓子を持って行くことにいたしました。
買ったお店は以前に紹介したことのある貝殻亭のソレイユです。→ポッチ
我家用にはケーキを買いました。家内はイチジクが好きでこの時の旬でもあるので選んだのが写真の「イチジクのタルト」でした。お宮参り神社は創祀が1803年の千歳神社でした。右の記念写真は娘が撮ったものです。

別の角度からの写真も紹介いたします。美しいケーキでした。
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イチジクのケーキであることをわかってもらうために拡大写真も掲載いたしました。
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紅茶とのツーショットの写真も紹介します。
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私が選んだのがピティヴィエ(Pithiviers)です。ピティヴィエは、フランスのオルレアネ地方の小さな町ピティヴィエ発祥の、アーモンドクリームの入った花びらの形のパイです。名前は、その発祥の地の町の名前が付けられているのです。
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こちらも拡大いたしました。
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やはり紅茶をいただきました。
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たっぷりアーモンドクリームが入っていました。イチジクのケーキの味見もしたかったので少しづつ交換いたしました。
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気になる小さな焼き菓子があったので買ってみました。家内は名前を知っていて食べたこともあると言っていましたが私は初めてでした。名前は「ミニカヌレ」です。バニラ味ですした。
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こちらは砥部焼でいただきました。紅茶の器も砥部焼です。
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クリックすると昔の写真を表示中はしっとりとした美味しい食感でした。
家内と娘は千歳と登別温泉に泊まって北海道旅行に行った来ました。洞爺湖辺りは長男家族に案内してもらい登別温泉まで送ってもらったそうです。おかげでいい記念写真が撮れたそうです。娘と長男家族です。この写真では判らないと思いますが赤ちゃんは長男が抱っこしています。写真撮影は家内です。
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下記の航空写真の青色マーク( )が焼き菓子店ソレイユです。
赤いマーク( )が貝殻亭のレストランの入口です。
 店名 ル・ジャルダン・デュ・ソレイユ / Le Jardin du Soleil
 住所 千葉県八千代市勝田台北2-4-2
 電話 047-484-1717
 営業 10:00~18:00
 定休 火曜日 火曜日が祝日の場合は別の日を設定
 URL http://www.gpi-group.co.jp/soleil/
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プルコギ [韓国]

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これが本格的なプルコギ(불고기)です。プルコギの名前は良く聞きましたが韓国で食べるのは初めてです。この日、お店に入ってから「カルビにしますか。プルコギにしますか。」と質問されました。日本流に言えば「焼肉にしますか。すき焼きにしますか。」となります。プルコギとはズバリ、すき焼きに近い鍋なのです。焼肉は何度も食べたことがあるのでプルコギにさせてもらいました。カセットコンロの上にドーンと薄切りの肉が乗った鍋が置かれました。「プル(불)」は「火」で「コギ(고기)」は「肉」の意味だそうです。

肉の拡大写真も掲載いたしました。肉以外はネギとエノキだけのシンプルな具でした。
鍋の縁にスープを張ってありました。
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以前に見たプルコギという映画は焼肉を題材にしたものでした。さらに「プル」(불)は「火」で「コギ」(고기)は「肉」なので焼肉のように思われがちですが、見た目も「すき焼き」のイメージでした。醤油ベースで甘口の味なので味から見ても「すき焼き」でした。鍋はプルコギパン(불고기판)と言うプルコギ専用の鍋が使われるそうです。この写真で鍋の雰囲気が判ってもらえると思います。プルコギには少しずつ地域により違うようですが、ここはソウルから車で数時間はなれた韓国中部の山間部の小さな町でした。
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いろんなおかずの中で内臓の3種類の刺身が出されました。あとで食べた人に聞くとすごく美味しかったとのことでした。特にレバーの食感が素晴らしかったのことでした。
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最後は麺で締めるところは日本と似ていますね。
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にんにく料理専門店 [韓国]

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韓国の丹陽はニンニク料理が名物なのです。2月19日の昼は丹陽近くを通ったことから、名物のはニンニク料理にすることにしました。上の写真は我々のテーブルではなく事前に予約されている人のため料理です。まだ並べている途中のようです。25人のお客さんですね。6つのテーブルが全て同じ順番に料理が並んでいました。
どうやら、このお店は有名なお店のようです。有名な人と思われる人の写真やサインの入ったものが壁に飾ってありました。ネットで調べると国際料理コンテストで大賞受けた張足食堂(장다리 식당)でした。

我々もニンニク料理の定食を頼みました。我々は食べながら少しずつ並べられているので一部の料理はすでに減ってきているものがとりあえず並んだ状態で写真を撮りました。半分くらいはニンニクが入った料理でした。
真中辺りの右側の大きめ皿に乗っているのが名物の張足ユッケ(장다리육회)です。一品一品が美味しい料理でした。ただし全ての料理はまだ並んでいません。この後に温かい料理などが、さらに追加されました。
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張足ユッケをアップしました。美味しい料理が沢山入っていました。


こちらが上の料理に、さらに追加されてきた料理です。焼き魚に生春巻きのような料理もありました。肉料理は鴨肉です。アミの塩辛のタレにつけて食べます。なかなか美味でした。温かいテンジャンチゲも出てきました。
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ごはんはニンニク釜飯(마늘솥밥)でした。ニンニクなどいろんなものが入って炊かれていました。


釜からステンレスの容器にごはんをよそった後に釜の底の、おこげにお湯を少し入れてふやかして最後におこげの香りを楽しみます。


これがお湯を入れる前と後の写真です。左がお湯を入れる前で右がお湯を入れて7分経過して柔らかくなり食べる寸前の状態です。おこげの香りのあるシンプルな料理に変身です。ダシでふやかすと、もっと美味しい料理に変わる気がしました。
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お店のネームカードです。ネットで探すと韓国語のブログを見つけました。→ポチッ
  店名 장다리 식당       張足(ジャンダリ)食堂
  住所 단양읍 별곡리 28-1  丹陽面別曲里 28-1
  電話 043-423-3960
  HP  http://www.jangdari.co.kr/

韓国のカーナビ [韓国]


以前の記事で韓国のカーナビが速度自動取締を表示することを報告させていただきましたが、その後、韓国に来た時に、釜山から浦項に行く道路を走行中、そのカーナビの写真をとることが出来ました。これは高速道路を走行中の表示です。速度取締機までの距離は250mで、その制限速度は80km/hと表示されています。現在のスピードが71km/hであることも表示し、この時は制限速度以下なので警告は出てしませんがオーバーしていると警告が出ます。

こちらは一般道路を走行中の表示です。制限速度70km/hの取締機まで120mと表示しています。


韓国風の料金所があったので写真をとりました。この写真はクリックすると拡大します。
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サービスエリアの写真も2枚紹介しておきます。なんとなく日本の風景に似ているような気がします。


売店の風景です。



2010年2月15日掲載記事 韓国の自動速度取締機

韓国の自動速度取締機は写真のように小さいのです。普通の監視カメラに見えてしまいます。日本の自動速度取締機(オービス)も最近小型化されてきていますが普通サイズとの大きさの差はすごい!
高速道路ではチョット走るとすぐに現れます。


もちろん事前警告の標識(黄色地に黒のカメラマークとカメラまでの距離表示)はあります。事前警告の標識がなかったらすぐに引っかかりそうです。2kmから表示されはじめて直前の450mでも表示されます。非常に親切です。

でも、私を送ってくれた人が引っかってしまいました。私の飛行機のフライト時間の関係で少しスピードが出ていたのです。フラッシュが出たので「スピード違反になったかもしれない。」とその人はその時に話していました。次に会ったとき罰金取られたこと確認しました。申し訳ないことしてしまいました。
実は韓国のカーナビにはこの自動速度取締機の場所とその制限速度が登録されており画面に警告が出ます。カーナビをつけていると、自動速度取締機で速度違反になることはないと思います。
中国の高速道路でも自動速度取締機が設置され始めました。韓国と同じ小型タイプです。数も沢山設置されています。事前通告の看板はありません。

生カルビ 韓牛 [韓国]

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なかなか生カルビは食べれないんです。ここ何回も生カルビは売れ切れでロースで我慢してきました。
今回はまだ韓国で焼肉を食べたことがない人がいたので確実に生カルビが食べれるお店にしました。
ホテル直営なので高めですが本物の生カルビが確実に食べれるので奮発!
そして憧れの生カルビを注文 写真をクリックすると拡大します。 
一枚が一人前で42,000ウォン(4,200円)

食べるタレはコチジャン(左)か塩(右)で食べます。


もちろん炭火焼きです。頻繁に金網を交換してくれます。その交換の一瞬にパチリ


ハサミで切ってくれます。全国共通ですね。


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タグ: 韓国 カルビ

リスと友達になれる町 [インド]

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インドのデリーには沢山のシマリスが住んでいます。特に公園の大きな木には沢山居ます。驚いたことに、そのリスたちは人間を見ると寄ってくるのです。もちろん逃げるリス(栗鼠)もいます。ただし、逃げると言っても近づくと少し離れる程度で、みんな人間になれています。

おそらく、餌をあげる人が増えてきたためではないでしょうか。クリックすると可愛い顔が見れます。
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特に女性の方には、よく寄ってきていたような気がします。遠くで人が座っているのはリスが寄ってきたからだと思います。