So-net無料ブログ作成
検索選択

湖南料理で、驚きの炒飯に出会いました。 又一家土菜村  [湖南省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
2015年4月13日から4月16日まで湖南省の邵陽(邵阳)に滞在していて、2日目の夕食の湖南料理の報告は先日させていただきました。今回は、3日目の湖南料理店「又一家土菜村」の料理を報告いたします。こちらのレストランで、上の写真の驚くべきチャーハン(炒飯)に出会ったのです。辛い湖南料理の最後に締めとして「玉子チャーハン」を頼みました。黄色の、いつもの玉子炒飯が出てくると思っていたら、出てきたのは唐辛子が沢山入った真っ赤な炒飯だったのです。料理も辛かったけれども、追い打ちをかけるような辛い炒飯でした。

辛さを実感してもらうために拡大写真を掲載いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。玉子が入っているので確かに玉子炒飯です。
辛いけれども、これが結構おいしくてビールを飲みながら真っ赤な炒飯をいただきました。締めというよりはビールのあての料理となるチャーハンでした。ついビールを追加して話も盛り上がって長い夕食となりました。
クリックすると拡大

炒飯を地憂悶する前に食べた料理も紹介します。最初に出てきた料理です。点心を頼んだので、出てきたときは、その点心と思ってしまいましたが、れっきとした肉料理です。肉の表面にもち米を付けた蒸したようです。
クリックすると拡大

肉とワカメのスープです。
クリックすると拡大

今回の中で価格的にメイン料理となる蛇料理です。形は判らない料理かと、何度も確認して頼みましたが、しっかりと蛇だと判る形で出てきました。でも意外と人気で完食でした。
クリックすると拡大

山芋とキクラゲの辛くない料理です。サクッとした感触が美味しかったです。
クリックすると拡大

これが点心です。揚げられた点心は珍しいです。今回も2日目と同じメンバー4名での食事でした。
クリックすると拡大

野菜料理も頼みました。中華料理は油を使うことが多いのですが、こちらでは煮るものが多かったです。昔は油は貴重で田舎では煮る料理が多かったと、以前に聞いたことを思い出す料理でした。
クリックすると拡大

3日間の食事をしたレストランです。今回紹介の3日目は又一家土菜村というお店で食事をいたしました。いずれも泊まったホテル・阳光大酒店(陽光大酒店)の近くのレストランです。クリックするとGoogle航空写真を表示します。
  2015年4月13日 夕食 甘露源私房菜
  2015年4月14日 夕食 宝庆传说(宝慶伝説)
  2015年4月15日 夕食 又一家土菜村
  他の湖南料理店
クリックすると拡大

モスクワの露店のお土産屋さん [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ホテルから赤の広場に向かうマネージ広場には沢山のお土産屋さんと思われる露店が並んでいました。時間は7時52分です。

この時間帯は、上の写真のように、ほとんどのお店が閉まっていましたが、すでに準備を始めている、お店もありました。やはりお土産屋さんでした。売られているのはロシアのお土産として有名なマトリョーシカ人形が大半を占めていました。
クリックすると拡大

赤の広場から帰ってきた一時間後にはほとんどのお店が準備を始めていました。店構えが同じデザインなのも興味深いことでした。
クリックすると拡大

驚いたことに全てのお店でマトリョーシカ人形が売られていました。ちなみに赤の広場では売店は一才ありませんでした。当然科もしれませんが赤の広場では露店は禁止されているのでしょうね。


下の写真が売られていたマトリョーシカ人形です。マトリョーシカ人形(Матрёшка)は、ロシアの木製の人形で、単にマトリョーシカとも呼ばれるそうです。
特徴はネットから拝借した右の写真のように胴体の部分で上下に分割できて、中には少し小さい人形が入っていることです。これが何回か繰り返される入れ子構造になっています。入れ子にするため手は無く、胴体とやや細い頭部からなる筒状の構造です。6重以上の入れ子である場合が多いそうです。
1900年のパリ万国博覧会で銅メダルをとったのを機会にロシア各地でいろいろなマトリョーシカが作られるようになり、ロシアの民芸品、みやげ物として知られるようになったそうです。


このようなマトリョーシカ人形も売られていました。
それぞれの人形には女性像が描かれているのが本来のものだそうですが、大統領など有名人が描かれたもの、動物や絵柄など人間以外のものが描かれたものなどもお土産として出ているとネットに書かれていました。


露店のお土産屋さんが沢山並んでいたのがこのあたりです。広場に並んでいる白いものが露店のテントです。地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。


ハイドラント方式 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
飛行場でよく見かける、この車は何のための車かわかりますか?
気になったので写真を撮りました。
雰囲気や色合いなどから飛行機に燃料を入れる給油のための車だと思えるのですが、燃料タンクがないので確信が持てませんでした。
車に書かれていた会社名「マイナミ空港サービス株式会社」からネットで検索しました。
やはり燃料の給油車でした。→ポチッ

タンクがついていないのはハイドラント方式 と呼ばれている地下の燃料ピットの配管から給油する車であるサービサーだったからです。給油車輌には濾過器、圧力調整弁、計器類等が装備されているそうです。この写真は羽田空港で撮りました。
ちなみにタンクローリで給油するのはレフューラー方式と呼ばれています。
ジャンボ(ボーイング747-400)に満タンにすると230,000㍑だそうです。燃料の比重は約0.8(0.775~0.840)kg/㍑のため重さは184トンになります。これは飛行機の重さに匹敵するので、ちょっと驚いてしまいました。
燃費に影響するため飛行状況に応じて搭載するので満タンにすることは少ないそうですが、それでもタンクローリーだとすごい台数が必要になることがわかりました。
クリックすると拡大

ネットに掲載されていた航空機への燃料供給のシステム図です。下側のパイプラインでつながれているのがハイドラント方式のシステムです。
クリックすると拡大

恋人たちの「赤の広場」 [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
マネージ広場から赤の広場への道で撮った一枚です。二人の前に広がっているのが朝の「赤の広場」です。雰囲気が伝わってくる、お気に入りの写真です。

広い広場を散策していると、少し時間が経っていましたが、同じカップルが記念写真を撮っているのに出会いました。
ロシアの国旗見ているだけで、ほほえましい気持ちになってしまいます。国立歴史博物館を背景に写真を撮っているのだと思います。
バックの観客席は5月1日から使われるのだと思います。観客席は左のロシアの国旗と同じデザインでした。


同じ場所で別のカップルも記念写真を撮っていました。こちらは聖ワシリイ大聖堂とスパスカヤ塔の背景の記念写真ではないかと思います。


朝の赤の広場はなぜかカップルの多い場所でした。こちらの写真はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

人が増えてきました。バックに見えるのは聖ワシリイ大聖堂です。どうやら赤の広場はデートスポットだったようです。


若いカップルも多かったです。


素敵なカップルです。旅行でしょうか。左の遠くの老夫婦の後姿も印象的です。右のロシアっぽい男3人も気になる雰囲気です。バックの建物は国立歴史博物館です。クリックすると広範囲を表示するので国立歴史博物館が判ると思います。4月28日の朝の赤の広場の報告でした。
クリックすると広範囲を表示

赤の広場の航空写真です。

本場で湖南料理を食べました。 宝庆传说 [湖南省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
今回、2015年4月13日から4月16日まで中国・湖南省の邵陽(邵阳)に滞在していました。湖南省と言えば湖南料理です。湖南料理は四川料理に劣らないほどの辛い料理であることでも有名です。そして四川料理とはちがった味わいの辛さでもあるのです。上の写真は乡里腊肉丸子(郷里臘肉丸子)という名の2種類の保存用の肉を使った湖南料理です。赤いのは、すべて唐辛子です。
湖南料理の中国での一般的呼称は「湘菜」または「湖南菜」です。湖南料理は中国八大料理の一つです。八大料理を紹介します。
  1. 山東料理 魯菜    2. 四川料理 川菜    3. 広東料理 粤菜
  4. 福建料理 闽菜    5. 江蘇料理 蘇菜    6. 浙江料理 浙菜
  7. 湖南料理 湘菜    8. 安徽料理 徽菜

今回、泊まったホテル・阳光大酒店(陽光大酒店)は町の中心から少し離れた場所にあります。夕食時はタクシーも少なくホテルの近くで食べることになります。
クリックすると地図を表示

幸いにも阳光大酒店を中心に10店舗以上の沢山のレストランがあります。それらのレストランは、ほとんどが湖南料理なのです。その中から3店で夕食をいただきました。この中で一番の高級店が2日目に食事をした宝庆传说でした。その宝庆传说の湖南料理を紹介いたします。3日目は紅河干鍋老鴨というお店か、又一家土菜村というお店にするか悩みましたが、結局は又一家土菜村にいたしました。湖南省に来ているので1回は湖南料理を食べたいと思っていましたが、全て湖南料理になってしまいました。
  2015年4月13日 夕食 甘露源私房菜
  2015年4月14日 夕食 宝庆传说(宝慶伝説)
  2015年4月15日 夕食 又一家土菜村
  他の湖南料理店


メニューに緑色の枠で囲ったのが注文した料理です。日本人2名と中国人2名の計4名での食事でした。中国人の1名が辛い料理が苦手なので、なるべく辛くない料理を注文したつもりでした。注文した5つの料理を紹介したいと思います。料理の値段は日本円で344円~2065円でした。メニューの中には高価な蛇料理(5700円~10860円)3品(五歩蛇568元 草魚蛇328元 眼晴蛇298元)も書かれていましたが、鉛筆で消されていたので、この日は食べれなかったようです。蛇の値段はいずれも500g(斤)あたりの値段です。3品の名前はヘビの種類です。五歩蛇は毒蛇の種類で噛まれると5歩歩くうちに毒が回って死んでしまうという 意味だそうです。台湾では同種のものを百歩蛇というそうです。
  48元 クリックすると拡大  乡里腊肉丸子 (郷里臘肉丸子)
 108元 クリックすると拡大      仔姜鴨
  22元 クリックすると拡大  佘田桥豆腐 (佘田橋豆腐)
  18元 クリックすると拡大     夢ト青菜
  38元 クリックすると拡大 花生湖藕煲排骨
クリックすると拡大

クリックすると拡大 乡里腊肉丸子(郷里臘肉丸子)
冒頭で紹介した料理です。臘肉は湖南の干し三枚豚肉のことです。、ミンチを固めた肉と干し三枚肉を使った料理です。肉は塩味が効いています。塩辛さと、唐辛子の辛さが効いた料理でした。
クリックすると拡大

クリックすると拡大 仔姜鴨
ダックの生姜(ショウガ)味の料理です。今回慮料理の中では一番の高級料理でした。
クリックすると拡大

クリックすると拡大 佘田桥豆腐(佘田橋豆腐)
厚揚げを使った料理です。辛さが丁度良かったです。今まででは台湾の湖南料理を紹介したことがありますが、今回の本場とは少し違っていました。
クリックすると拡大

クリックすると拡大 夢ト青菜
野菜料理も頼みました。最初の文字は「夢」に近い別の文字ですが日本語には無いようです。「ト」もカタカタの「ト」ではありません。
クリックすると拡大

クリックすると拡大 花生湖藕煲排骨
こちらは骨付き肉とレンコン(蓮根)の入ったスープ料理です。料理名の中の「煲」の部分は日本語には無く、上が「保」で下が「火」です。「煲」はスープが入っている器の「深い土鍋」のことのようです。「藕」はレンコンのことです。
クリックすると拡大

5品すべてそろった写真を紹介します。ビールを沢山飲んでしまいました。
クリックすると拡大

シドニーの帆船 [オーストラリア]



前記事でシドニーのオペラハウス横の公園を紹介いたしましたが、その続きです。オペラハウスの横では素敵な帆船が停泊していました。その帆船が気になったので調べてみることにいたしました。

クリックすると記事を表示船名はSOLWAY LASSと読めます。試しにこの帆船の船名「SOLWAY LASS」をネットで検索すると沢山でてきました。その中に掲載されていたのが右の写真です。
1902年に建造された古い船で現在はクルージング・ツアーに使われているようです。偶然に撮ったのですが人気ツアーの帆船だったのかな!
15年前に何気なく撮った帆船が今も活躍していることを知って大感激です。インターネットのおかげです。


ネットに掲載されていたSOLWAY LASSの動画を紹介します。

オペラハウスから見える公園 [オーストラリア]



シドニーのオペラハウスの南側には大きな公園が広がっていました。残念ながら中を散策できなかったけれどもオペラハウスの前から撮った景色を紹介いたします。海に突き出したところに建っているのがオペラハウスです。

オペラハウスの位置から公園を撮った写真です。


海沿いの公園の入口です。公園は高い塀で囲まれていました。



安徽省から湖南省までの旅 [湖南省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックするとオリジナル地図
2015年4月13日に安徽省の蕪湖から湖南省の邵陽まで旅をする機会があったので紹介します。合肥から長沙へは新幹線を利用いたしました。ルートは上の地図に示していますが、新幹線に関しては、まだGoogle地図および百度地図に記載がないので想像でルートを書いております。
IMG_7891-50.jpg   蕪湖 安徽省
   合肥 安徽省 省都
   長沙 湖南省 省都
   邵陽 湖南省
   車      蕪湖→合肥
   新幹線   合肥→長沙
   高速バス  長沙→邵陽


 車 蕪湖→合肥
蕪湖から合肥への高速道路は長江(揚子江)を渡ります。その橋に向かっての上り坂です。一番上が橋の高さです。蕪湖長江大橋は1997年3月竣工した鉄橋と道路の併用した斜張橋です。鉄橋の長さ10624.4mで道路の橋の長さは6078.4mだそうです。
クリックすると拡大

蕪湖から合肥までは約150kmですが、写真は合肥まで84kmの場所で撮ったものです。高速道路名は蕪合高速公路です。
  安徽省  6676万人 139,400 km²
   合肥市  746万人 省都
   蕪湖市  344万人


合肥の町に入ると、新幹線の高架を2度くくりました。下の写真はその一つです。


巨大な合肥南駅(合肥南站)が見えてきました。



 新幹線 合肥→長沙
これが合肥南駅(合肥南站)です。大きさが判ってもらえると思います。これで正面の半分の長さも写っていません。背中側に、これ以上の長さが広がっています。一番奥の1本目の柱と2本目の柱の間にチケット売場があります。
クリックすると拡大

こちらがチケット売場です。チケットが無いと駅のコンコースに入れないのでネットで予約していたキップを、ここで購入いたします。自動発券機が沢山並んでいますが利用率は、まだ低いようでした。
クリックすると拡大

こちらがチケットです。白抜きのところには氏名とパスポート番号が記載されていました。パスポート番号はすべて記載されているのではなく下二桁は判らないようにアスタリシス(**)になっています。


ここが建物内側から見た建物への入口です。チケットを見せて安全検査を受けて入ります。


車内販売の弁当は美味しくないとのことなので、早めのランチにいたしました。話題のチキン専門店の老乡鸡(老郷鶏)/安徽快餐领先品牌で食事をいたしました。


食事を終ってホームに降りるとすでに、我々が乗る列車の乗客が並んでいました。


3時間20分の旅となるのでビールを一人当たり3本買いました。つまみは日本から持ってきた函館のさきいかです。


二等座の車内です。2+3は日本の新幹線と同じです。


車内からの景色です。段々畑が印象的でした。
クリックすると拡大

川の橋が石造りなのが印象的でした。このような景色が続きました。合肥を出発して50分、このあと50分で中間地点の武漢です。


武漢に着く直前では長江(揚子江)も渡りました。
クリックすると拡大

中間地点となる湖北省の省都である武漢の武漢駅は立派でした。
クリックすると拡大

武漢を出発して24分後に同じ湖北省の咸寧に到着いたしました。駅名は咸寧北駅(咸寧北站)です。
  湖北省  6050万人 185,900 km²
   武漢市  979万人 省都
   咸寧市  246万人
クリックすると拡大

日本の新幹線には無いものを紹介します。万一の時の脱出装置です。赤いところを専用ハンマーでたたくと窓が割れます。日本の新幹線には無いので、欧米の技術の可能性が高い気がします。


こちらが窓を割るための専用ハンマーです。


新幹線の目的地の長沙に着く15分前の景色です。
クリックすると拡大

湖南省の省都である長沙に着きました。駅名は長沙南です。


長沙南駅(長沙南站)も立派でした。ここから高速バスで邵陽に向かいます。



 高速バス 長沙→邵陽
長沙南駅のバスターミナルの建物の中です。
クリックすると拡大

さっそく出発いたしました。
クリックすると拡大

高速バスの車内です。トイレ付で、なかなか快適なバスでした。横転した時の脱出に備えた非常口が天井にあります。これは、中国ではすべてのバスに取り付けられているようです。窓を割るためのハンマーも右側の中央部分に確認できます。
クリックすると拡大

少し道が空いてきました。長沙南駅から合肥市内のバスターミナルに寄ってから邵陽に向かいます。
クリックすると拡大

こちらが市内のバスターミナルですが、ほんとうに沢山のバスが停まっていました。
  湖南省  6768万人 211,875 km²
   長沙市  704万人 省都
   邵陽市  707万人


長沙から邵陽に向かう高速道路の景色です。緑豊かで、何となく日本の田舎の景色に似ていました。
クリックすると拡大

やっと邵陽市内のバスターミナルに着いてタクシーでホテル・阳光大飯店に着きました。着いたのは20時40分でした。ホテルの写真は翌日の朝に撮ったものです。蕪湖を8時30分に出発したので12時間10分の旅となりました。こちらのホテルに3泊したあと4月16日に長沙・黄花空港から上海・虹橋空港に飛行機で移動して上海に1泊して帰国いたしました。
クリックすると地図を表示

邵陽のバスターミナルと阳光大酒店の位置関係です。
クリックすると地図を表示

今回の旅の安徽省と湖北省と湖南省の場所を中国全体の地図で紹介いたします。
クリックすると地図を表示

お城の見える古民家 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ロワール地方の城巡りのツアーですばらしいお城に出会いました。そのお城の広大な敷地の中に昔ながらの民家が残されているのも魅力的な風景でした。こちらはシャンポール城に隣接した村です。屋根の形が素敵な家が多かったです。村から城が見れる景色もすばらしいです。

シャンポール城から見た村の景色です。どうしてこんなにきれいなのだろう思ってします。のんびりとした風景にも見とれてしまいました。
クリックすると拡大

ここから3枚の写真がシュノンソー城の村です。こちらの建物もすばらしいと思いました。
クリックすると拡大

同じ村ですが反対の角度から撮った写真です。いずれの写真もクリックすると拡大するように設定しているので是非見てほしいです。
IMGP5713-960.jpg

民家の庭の風景です。なぜか沢山の鴨たちが羽を休めていました。
クリックすると拡大

アンボワーズ城には大きな森はありませんでしたが、村の中にある、お城でした。シュノンソー城やシャンポール城の場合は城の大きな森の中に村があるのです。城に勤めている人が住んでいたのでしょうね。
クリックすると拡大
タグ: ロワール

ピザと美味しいビールが飲めるお店 風車房/Windmill [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
中国の安徽省の地方都市に滞在している時に、ピザと美味しいビールが飲めるお店に皆で行きました。こちらのお店の売りは巨大なパーティー・ピザ(Party Pizza)です。お店に行ったのは2015年4月10日(金)でした。翌日には、すでに紹介したゴルフに行き、月曜日の4月13日からは湖南省の邵陽に行きました。

大きく芜湖最大的披萨とかかれています。披萨(披薩)がピザのことのようです。
芜湖最大的披萨(蕪湖最大的披薩)は「蕪湖で最大のピザ」の意味となります。対角で60cmあります。「的」は「の」に当ります。
クリックすると拡大

これが巨大なパーティー・ピザを正面から撮った写真です。縦に6列に切られていますが、左の2列と真中の2列と右の2列が違うのが判ってもらえると思います。Margarita 、Chicken Bacon 、Veggie 、Hawaiian 、Seafood 、Four cheese 、Meat Loversの7種類のピザから3種類を選んでトッピングしてもらいます。もちろん丸いピザ(Pizza)もあります。
クリックすると拡大巨大な四角いパーティー・ピザの値段は180元(3440円)ですが、丸いピザの値段は次の通りです。一番高い98元は日本円で1870円となります。為替は19.12円/元で計算
  9インチ(22.9cm) 40元、45元、50元、55元、60元
 12インチ(30.5cm) 65元、75元、85元、90元、98元
クリックすると拡大

拡大写真を掲載いたしました。クリックするとさらに拡大いたします。写真を見るとピザが食べたくなりませんか。
クリックすると拡大

このビールが目的でした。何杯も飲んでしまいました。


巨大なピザは8人で食べても十分な量がありました。お店を紹介いたします。店名の风车房西餐厅酒吧は日本流に言えば風車房 洋食&パブと言うところでしょうか。
 店名 风车房西餐厅酒吧 The Windmill Pub
 住所 安徽省芜湖市中山南路57-59号
 電話 0553-422-1118
 営業 日曜~木曜 11:30~00:30  金曜・土曜 11:30~02:30
 創業 2011年
 URL Facebook


ピザ(ピッツア)が出来上がるまでには時間がかかるので、つまみのために2皿づつ4品ほど頼みました。その中でもソーセージは最高でした。中国では珍しい本格的なドイツ・ソーセージでした。
クリックすると拡大

他のつまみも紹介します。これはチーズがたっぷりと入ったマカロニサラダです。
IMG_7654-477.jpg

日本人にはカツがあるのは嬉しいです。
IMG_7655-477.jpg

揚げたポテトも良かったです。数年前までの地方都市では、このような食事が出来ることが想像すらできなかったです。やはり中国は変化が早いです。
IMG_7656-477.jpg

話が盛り上がってピザも少なくなったので、つまみの追加を頼みました。ポッツコーンと
IMG_7663-477.jpg

リング揚げです。こちらのウインドミルには食事の後にビールを飲むために一度入ったことがありましたが、こんなに洒落た料理が沢山あるとは気が付きませんでした。

ダ・ヴィンチが暮らした家 [ロワール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ロワール地方の城めぐりの最後の訪問場所のレオナルド・ダ・ヴィンチの家を紹介します。と言ってもフランスの家です。
?? 「フランス? イタリアじゃないの」と思われる人も!
フランス国王のフランソワ1世に招待されて1516年から没する1519年までロワール地方のアンボワーズ城近くに住んでいたのです。
建物の名前は「クルーの館(Clos Lucé)」です。クルーの館はフランソワ1世が幼年期を過ごした館であることも有名です。15世紀半ばに建てられ、1490年にシャルル8世のものとなり、王妃アンヌ・ド・ブルターニュも住んだことがありました。フランソワ1世の姉のマルグリット・ド・ナヴァルの住まいでもありました。
クリックすると拡大
下の写真は上の写真と反対側です。
レオナルド・ダ・ヴィンチを紹介します。
 正式 レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ
     Leonardo di ser Piero da Vinci
 誕生 1452年04月15日 フィレンツェ共和国 ヴィンチ
 死没 1519年05月02日 フランス王国 アンボワーズ
クリックすると拡大

二階の屋外の廊下
クリックすると拡大

庭に鉄製の標識がありました。
クリックすると拡大  

内部の部屋の写真2枚です。
クリックすると拡大

ロワール地方の城を見た後なので小さく見えますが、部屋には貴賓がありました。
クリックすると拡大

ベッドです。
クリックすると拡大

暖炉には火が!
クリックすると拡大

部屋の中にきれいな紋章がありました。 気になったので写真に収めました。が、よく見ると上が王冠ですね。ガイドさんはこの紋章のことは話していませんでした。
クリックすると拡大

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画の代表作を紹介します。作品は「最後の晩餐」と「モナ・リザ」です。
クリックすると拡大クリックすると拡大
タグ:ロワール

一人でしたが、活き造りの刺身を頼みました。 桜二号店 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2015年4月22日追記
タイトル : 一人でしたが、活き造りの刺身を頼みました。 桜二号店
クリックすると拡大
中国の地方都市で日曜日(2015年4月12日)を過ごす機会がありました。夕食は、前回紹介したホテルから歩いて行ける日本食店「桜二号店」で食べることにいたしました。新鮮な刺身が食べたかったので一人でしたが黒鯛(チヌ)の活き作りを頼みました。こちらのお店の活き造りは噛みつかれるほど活きがいいのです。これが138元(約2600円)で食べれるのです。

こちらの生簀から黒鯛(チヌ)を網ですくって活き作りを作ってもらいました。中国では、鯛ではなく黒鯛の養殖が盛んです。したがって鯛と言えは黒鯛となることが一般的です。きっと赤い色の鯛に馴染みがない人が多いので黒鯛が養殖されていて活きた鯛と言えば黒鯛になるのだと思います。


生簀(水槽)には黒鯛(138元/匹)以外に、ヒラメ(138元/匹)とミル貝(188元/匹)とオマールエビ(198元/500g)とアワビ(48元/個)が入っていました。この時は伊勢海老(178元/500g)は品切れでした。
左から象鼻蚌がミル貝で、鮑魚が鮑で、比目魚が平目で、紅龙(紅龍)が伊勢海老で、波斯龙(波斯龍)がオマールエビだと思われます。


生ビールがやっぱりいいですね。


海老の天麩羅も頼みました。やっぱり美味しいです。値段は56元(約1000円)です。大きな海老の天麩羅が5匹で、この値段はお得だと思います。
クリックすると拡大

注文したものが全てそろいました。1人なのでこれで十分の量でした。
この町では2月20日の記事で紹介しているように日本食が食べれるお店が沢山ありましますが、活き造りの刺身が食べれるのは、この桜二号店だけです。
つまり、この町(市:384万人)で活き造りか出来る唯一の板前さんが、こちらのお店にいるのです。この板前さんが活き造りを作り始めると弟子たちがスマホを持ち出して動画を撮っていました。これには驚かされました。中国のお客さんもヒラメの活き造りの刺身を注文されていました。地方都市でも、活き造りの刺身を食べる中国の人が増えて来たことを実感いたしました。
クリックすると拡大

活き作りの黒鯛の骨の唐揚げが出来るとのことなので頼みました。骨が太いので結構時間がかかるためかサービスの一皿が出てきました。、


かなり時間がかかりましたが、太い骨も食べる骨せんべい(骨の唐揚)が出てきました。ここでまた生ビールを追加してしまいました。結局、4杯も飲んでしまいました。みんなで飲むときは、いつも、もっともっと沢山飲みますが、一人で4杯もビールを飲むのは初めてだと思います。みんなの時は話が盛り上がって沢山飲んでしまいますが、今回は料理のおかげで沢山飲んでしまいました。
クリックすると拡大


2015年2月20日掲載
タイトル : 一人で日本食を食べました。 ある地方都市の日本食店の変遷

この日、2015年1月18日(日曜日)は安徽省の地方都市で、一人で日本食店に昼食を食べに行きました。
今回で中国は95回目96回目になりますが、不思議と1人で日本食を食べたことがありませんでした。今回のお店は、よく泊まるホテルから歩ける場所にあることから、日本から到着した日は現地に赴任している人たちと夕食をよく食べるお店です。
地方都市と言えども、現在は、この町には下のリストにあるように、日本食が食べれるお店が沢山ありますが、今から10年前は日本食店は名月(or 夕月)という名のお店が1軒あるだけでした。記載している年数は類推のため正確ではありません。これ以外に大型スーパーのフードコートにも日本食店があります。十分に把握していませんが、合わせれば20店は超えると思います。その地方都市の日本料理店に関して詳しく紹介されているブログ中国的薫風によると回転寿司まで出来たようです。現在、本格的な和食が食べれるのは、桜と西京だと思います。桜は平目や鯛の活き作りも食べれます。
この町の日本料理店は 名月 → 遥の川 → 桜 → 多様化 の流れで進んできた気がします。この町ではホテルに日本食専門店が出来るまでには至っていません。味千ラーメンは熊本市に本店を置くチェーン店です。
名月2000年~2006年廃業居酒屋
遥の川2006年~2011年廃業本格和食
千味ラーメン2005年~2008年廃業味千から訴訟を受ける
味千ラーメン2008年~数店舗に拡大 全土で600店以上
桜一号店2010年~本格和食
桜二号店2011年~本格和食 活き作りが食べれる。
桜三号店2012年~
桜四号店2013年~本格和食 ファンタワールド入口
桜五号店2014年~
桜六号店2014年~焼肉
西京2013年~合肥で展開の本格店が進出
(塩焼きの店)2013年~2014年廃業
にんにん2014年~イタリアンも食べれる人気店
金太郎2011年~
万歳(寿司)2012年~
将軍(回転寿司)2013年~
〇は訪問したことがあるお店

今回の食事をしたのは桜二号店で、いつも夕食をいただいています。
この時(2015年1月15日~23日)も夕食で桜二号店を2度ほど利用しました。にんにんも2度利用し、西京は1度利用しました。2回の「にんにん」の内1回は結婚式の二次会として参加させていただきました。
こちらがメニューの寿司の部分です。寿司だけで4ページになります。写真付きメニュー自体が日本式です。
クリックすると拡大

こちらが頼んだ「寿司盛り合わせ 竹」68元です。
クリックすると拡大

寿司を拡大いたしました。にぎり寿司が9個に鉄火巻きが6個でした。目の前で握ってもらえるお寿司は美味しかったです。
クリックすると拡大

一人で食べにくる機会がないので天ぷら蕎麦も頼みました。にぎり寿司の後なので、おなかはいっぱいでしたが美味しくいただけました。つゆの味は日本で食べるのとそん色のない味でした。なんといっても大きな海老の天ぷらが良かったです。海老以外にも野菜の天ぷらが沢山入っていました。十分な量があるところが中国式です。
クリックすると拡大

こちらが麺とごはん系のメニューです。天ぷら蕎麦の値段の部分は光って見えませんが50元だったと思います。私が食べている間に中国の人が家族で3組ほど入ってこられました。10年で日本食店は1店から約20店に増えたことになります。10年前はこの地方都市に住んでいる日本人は10名足らずでした。今は80名程度と聞いていますが、沢山の日本食店が成り立つのは80名の日本人は難しく、大部分のお店は中国人の客で成り立っているといえます。あらためて中国の人の食生活が変わってきているのだと感じました。
クリックすると拡大

中国のゴルフ場 龙悦谷东盟高尔夫俱乐部 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
この度、2015年4月6日から4月17日まで96回目97回目の中国に行っていました。その間の土曜日である4月11日にゴルフをいたしましたので、報告いたします。海外では今までに台湾、インド、ベトナム、タイでゴルフをしたことがあったのですが、今までに96回も訪問していた中国では初めてのゴルフでした。

場所は上海の中心から西に直線距離で250kmの場所にある龍悦谷グルフ俱楽部です。近くの市の宣城(273万人)や蕪湖(384万人)からだと1時間30分の距離です。地図をクリックすると百度地図で場所を表示します。
クリックするとGoogle地図

下の写真がクラブハウスの入口です。その入口の表示には龙悦谷(龍悦谷)と書かれていました。しかしネットで龙悦谷を検索しても詳しいことはあまり出てきません。


調べてみると、最近、経営が変わり白马山庄から龙悦谷に名前も変わったことが判りました。下の写真がネットで出てきた同じゴルフ場のクラブハウスの入口の写真です。この昔(2008年12月14日)の写真に白马山庄と書かれていることからも名前が変わったことが判ってもらえると思います。ゴルフ場を紹介します。
正式名の中の东盟(東盟)はアセアンの意味で、実際には省略して白馬山庄高爾夫倶楽部と言われることが多いようです。
名前の中の高尔夫俱乐部(高爾夫倶楽部) はゴルフクラブのことです。
 旧名 白马山庄东盟高尔夫俱乐部 ( 白馬山庄東盟高爾夫倶楽部 )
 新名 龙悦谷东盟高尔夫俱乐部 ( 龍悦谷東盟高爾夫俱楽部 )
 住所 安徽省宣城市宣州区狸桥镇白马山庄 ( 宣城市宣州区狸橋镇白馬山庄)
 電話 0563-3492818
クリックすると記事を表示

入口のロビーです。右の壁にはキャディー(球童)の顔写真が沢山貼られいました。
上からA級球童、B級球童、C級球童です。
  A級キャディー  5人
  B級キャディー  7人
  C級キャディー 14人


チェックインカウンターです。クラブハウスのいたるところに龙悦谷(龍悦谷)


さっそくチェックインをいたしました。名前を書き込みます。宿泊施設のチェックインもこちらで行なうようです。


ロッカールームです。かなりゆったりとしています。


クラブハウスの入口からの景色です。正面には別荘地が広がっており、ゴルフ場は左の方にあります。


クラブハウスから見て右方向(南西方向)です。


こちらが左方向(南東方向)です。沢山の別荘が立ち並んでいました。
クリックすると拡大

比較的最近に植えられたと思われる桜の花が咲いていました。別荘地の向こう側にコースが広がっていました。
クリックすると拡大

クラブハウスの全景の写真が撮れなかったのでネットから拝借いたしました。こちらのクラブハウスにはホテルのような宿泊設備があります。建物の左側が宿泊設備です。


こちらがコースの配置です。我々はINコース(10番ホール)からスタートしました。クリックすると拡大するので各ホールの形がし要塞に判ると思います。
クリックすると拡大

コースのスペックです。18ホール、パー72、7076ヤード
  BLACK 3583Y + 3493Y = 7076Y
  GOLD  3430Y + 3295Y = 6725Y
  BLUE  3285Y + 3147Y = 6432Y
  WHITE 3143Y + 2992Y = 6135Y
  RED   2975Y + 2713Y = 5688Y
クリックするとコース説明を表示

クラブハウスの入口前から出発いたします。左側は宿泊設備になっていました。


プレーヤー2人に対してキャディーは一人です。2人乗りのカートの後ろにキャディーが立って乗ります。前のカートはプレーヤーが1人なのでキャディーが運転席に乗って運転しています。


スタートの10番ホールです。右側に池があり右はブッシュのため球が左にいってしまうと、その位置から1ペナで打つことになります。つまり池と同じ扱いなのです。右も左も池と言うことになります。
クリックすると拡大

こちらは14番ホールです。150Y(BLUE)のショートコースです。
クリックすると拡大

こちらは18番ホールです。INの最終ホールです。こちらも両側共に池の難しいロングホールです。
日本では9ホール周ったところで昼食のための休憩がありますが、中国では休憩なしでスルーで周るためにホールアウトするとすぐに1番ホール(OUTコース)に向かいました。
クリックすると拡大

上の写真で山の上に風力発電の風車が並んでいるのに気が付かれた方も多いと思います。それは、平原の多い中国では珍しい地形によるものです。一直線の尾根のある山なのです。
クリックするとGoogle地図

尾根の風車の部分の拡大航空写真です。クリックするとオリジナル航空写真を表示します。
クリックするとGoogle

難しいショートホールがあったので航空写真で紹介します。8番ホールです。難しい理由はグリーンの際まで池があることです。さらに池に落ちて救済のはずの特設ティーも約100ヤードの池越えとなります。女性用のREDティーも150ヤードの池越えで高い球で止める必要があるため、女性でもかなりの腕の人でないと厳しいかもしれません。


プレーを終わって上がってきたところです。この後、シャワーを浴びて着替えて昼食です。キャディーは女性もいますが男性が多かったです。


料理は中華料理です。料理はいずれも美味しいです。やっぱり麻婆豆腐です。
クリックすると拡大

ゴルフの後はビールが格別です。


ワカメスープもなかなかのものでした。


セリのような野菜とハムの炒め物も美味しかったです。
クリックすると拡大

麺も頼みました。


麺を頼むと漬物がついてきました。


今回の費用を紹介いたします。2台の車の1日チャーター費用が1100元です。人数は5人のため交通費は一人当たり220元/人となりました。8人であれは138元/人です。食事代を除いた費用は一人、950元(18164円)でした。8人であれは868元(16596円)となります。
  プレー+キャディー費等 680元 
  キャディーへのチップ   50元
  交通費           220元
  合計             950元   日本円は19.12円/元で計算           


上で紹介の画像とダブりますがGoogle航空写真にコースを記入したオリジナルも掲載いたします。


Google地図でも場所を紹介します。
      ゴルフ場 龙悦谷东盟高尔夫俱乐部
      上海で泊まったホテル 花園飯店
  A~B   蕪湖市からの車のルート


こちらが龍悦谷ゴルフ倶楽部のスコアカード(Score Card)です。表面がツルツルで鉛筆では字が書けませんでした。ボールペンを持って行くことをお薦めします。
クリックすると拡大
タグ:ゴルフ 中国

歙県 [安徽省]


先日、古村「宏村(ホンツゥン)」を紹介しましたが、比較的近い場所にある古村「歙県(きゅうけん 中国語読み:シューシェン)の景観を紹介いたします。歙県(歙县/歙縣)は安徽省黄山市に位置する県で黄山の麓にあります。かつて徽州府の府城が置かれ、徽州文化が発達したところです。
この鳥居のようなものは「牌坊」で、昔の金持ちの人が建てたそうです。
調べ見ると鮑氏が立てた明代の牌坊が3つ、清代の牌坊が4つ、計7つの牌坊が田園風景の中を1本の道に等間隔で並んでおり中国を代表する牌坊と言っていいほど中国国内では知られているそうです。清の乾隆帝が江南地方を巡幸した際にこの地を訪れ鮑氏一族は「慈孝天下無双里、袞綉江南第一郷」という言葉を賜っています。歙県には徽州古城、唐模古鎮、許村古鎮、深渡古鎮、漁梁古鎮などがあり古鎮マニアにはお勧めの場所だそうです。連なった7つの牌坊の内の4つの牌坊の写真です。

その牌坊のすぐ横で野良仕事をしている人のアップです。にこやかに笑ってくれました。この人達は上の写真の左下に小さく写っています。観光客の人が沢山訪れるようになってきても昔ながらの生活が続いているのだと思います。


のどかな田園風景でした。


ワンちゃんも牌坊が立った道を散歩していました。


畑に囲まれた小さな村の中の、このお寺のために建てられた鳥居(牌坊)ですが、冒頭の写真の沢山の鳥居(牌坊)で有名になったようです。


お寺の前から牌坊が連なっていました。


小さな村と牌坊です。いろんな形式の牌坊がありました。

 
お寺の内側です。この建物の名前は敦本堂のようです。試しにネットで「敦本堂」で検索すると出てきました。→ポチッ

ネットの説明文は中国語なのでわかりませんが、とりあえず記載させてもらいます。
俗称“男祠”,原名万四公公支祠,始建于明嘉靖末年,至清嘉庆已“晦昧摧剥”,鲍志道和子漱芳鸠工重建,嘉庆辛酉(1801年)告峻。祠向南,三进五开间,进深47.11米,面阔15.98米。砖木石结构,门厅原为五凤楼式,现已改建,二进廊庑也已拆毁,天井尚 保存完整。享堂大厅构筑宽敞,宽五间,明、次间深用四柱、梢间五柱,山面六柱,前后檐用方形石柱,全堂彻上明造,抬梁与穿斗式构架结合,前檐步做成成船篷轩,明次间后金柱上装有灰漆屏门16扇,上刻邓石如隶书<<鲍氏五伦述>>全文。
敦本堂的结构简洁明了,具有浓厚的地方特色,雕饰不繁,朴素大方。祠堂里立有皇帝上谕碑,充分显示了当年棠樾鲍氏家族的显赫。

このような写真を撮っているので何らかの説明を受けたのだと思うのですが皆さんに紹介出切るほどの記憶は残っていないのでネットで調べてみました。
右側の説明は次の通りでした。
 鲍氏祠堂敦本堂(鲍氏支祠、男祠)内的“廉洁”题字,朱熹书,安徽歙县棠樾村
左側の説明もほとんど同じで次の通りでした。
 鲍氏祠堂敦本堂(鲍氏支祠、男祠)内的“忠孝”题字,朱熹书,安徽歙县棠樾村
いろいろ検索できたきっかけは写真の中に写っていた「敦本堂」の文字でした。


敦本堂のある歙县棠樾村と思われる場所です。丁度、航空写真が不鮮明な場所なので確証はありませんが北東方向の道( )に連なった牌坊と思われる影が見受けられるので間違いないと思います。将来、画像がクリアーになるとはっきりとわかると思います。

より大きな地図で 歙县棠樾村 を表示

歙県の町中の写真を紹介いたします。こちらは古い商店街の町並みです。


上の写真との差はわからないとおもいますが、こちらは新しい商店街です。景観を大切にして造ったようです。昔の町並みを再現しているといったところでしょう。


集合住宅というところか。結構新しいけれど造りは昔と同じようにしています。これを売りにして観光にしようとしているようです。赤いチョウチンのところで昼食を取りました。


こちらは何百年前の昔の一般的な民家の町並みです。
歙県は秦代に設置され会稽郡、丹陽郡、新安郡などに属していました。隋代に歙州が設置され、歙県に治所がおかれたそうです。歙州は北宋の徽宗の時代に徽州と改称され、元代には徽州路が、明清代には徽州府が設置されたそうです。隋から近代にいたるまで歙県は徽州地区の政治・経済・文化の中心でした。1988年には歙県の西部地区が黄山市に編入され、徽州区となったそうです。


建物の中では中国将棋やマージャンに熱中! 
観光客が横を通ろうが気にする様子はなし。


歙県(歙县)の場所は世界遺産「黄山(ファンシャン)」のふもとの町である黄山市から北東20kmに行ったところにある黄色のマーク( )の町です。黄山市の北西にはすでに紹介した世界遺産となった古村の宏村(ホンツゥン( )や西遞( )があります。地図上のマイナスのアイコンを数回クリックすると他の大きな町との位置関係がわかってくると思います。青色のマーク( )の部分が敦本堂のあった棠樾村のあたりです。「あたり」と表現したのは中国のGoogle地図は地図に対して航空写真が西に約500mずれているからです。今回のマークは航空写真での位置のため地図の状態で拡大すると500mずれた位置を示します。

より大きな地図で 歙县のあたり を表示

タグ: 安徽省 古村

これが桂林の景色 [広西チワン族自治区]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
本記事は以前に掲載したものですが、世界遺産の古村である宏村西逓村を紹介したことを機会にリニューアルして再投稿いたしました。以前に空からの桂林も紹介したことがあります。
世界遺産の宏村黄山など中国の景色をいくつか紹介いたしました。でも日本人の間で最も有名なのが桂林ではないでしょうか。桂林を流れる離江と呼ばれる川の両岸の景色は有名です。ここでは桂林の景色を紹介いたします。
上の写真は船から離江の上流を撮った写真です。
桂林に行かれる方の目的は船で川を下る「離江下り」です。
しかし上の写真は離江下りでは撮影出来ないのです。なぜ??

理由は「自分の航跡で水面が乱れるために鏡に写ったような写真が撮れない」です。
下流側なら取れるはずですが離江下りは下の写真のように沢山の船が出るため前の船の航跡が邪魔してしまい鏡のような景色は撮れません。朝早く出て先頭の船に乗れば撮れるかも! でも、それには、かなりの運が必要です。それだけ沢山の船が川を下るのです。下の2枚の写真は、以前に離江下りをしたときの写真です。ほとんどの写真はクリック(ポチッ)すると拡大写真が出るので見てみてください。
クリックすると拡大

離江を遡れば出来るはずです。そして離江上りを実行しました。
これも離江下りの写真で沢山の船が出ます。
クリックすると拡大

だけどツアーには離江上りはないので意外と離江上りを段取りするのは大変でした。地元のツアー会社の人と交渉して下の車と船とガイドさんを段取りしてもらいました。費用は丸一日の車のチャーター代も含めて全員で数万円程度です。一人一万円チョット!乗合いの離江下りでも一人一万円ぐらいは掛かるのですごく徳をした気分です。前日、夜中までの値段交渉したおかげ!です。
そして最も景色のきれいなところだけつまみ食いしてしまいました。
すべてがチャーターだから時間も自由!車を降りてのんびり歩くのも自由です。右の写真の左端の人が日本語がメチャ旨いガイドのおじさんです。


この白い船 009 が今回のチャーター船です。 
これに5人だけで乗るのです。
離江下りの船がこの場所に到達するには3~4時間かかるのでイカダ以外の船はまったく通りません。まさに離江全体を貸しきった気分!です。
5人だけで大きな船(離江下りでは中くらいの船)に乗る訳ですからリッチな気分になります。
クリックすると拡大

さらに鏡の景色をもう2枚紹介します。どこまでも鏡のような景色が続きました。
クリックすると拡大

竹の"いかだ"が景色に溶け込んでいます。実は今回が5回目の離江です。桂林の町自体は7回くらいは来たと思います。
クリックすると拡大

もう一枚、竹のイカダが景色に溶け込んだ写真を紹介いたします。生活の足が竹のイカダなのです。
クリックすると拡大

20元札のデザインが離江の景色です。その絵の中にも竹のイカダが描かれています。わかりにくい場合は画像をクリックしてみてください。
クリックすると拡大

この写真が20元札に近い場所の写真です。この写真は上流に向かって撮っていますが、もう少し下流側から撮るとかなり近い写真になったとは思います。
この20元札のモデルになった場所で右上の写真のように20元札を前に差し出したポーズで記念撮影するのが流行っているとのことなので、私もやってみました。

                            
離江上りだけでなく車での移動の間もすばらしい景色に出会えます。
車は朝早く出るので日の出も見れます。この日は雲が出たために見えませんでしたが朝もやの景色がきれいでした。


そして池に映る景色です。 ここが朝日を見る絶好の場所だそうです。ちょっと残念!


川を渡る道のある景色
クリックすると拡大

田園風景
クリックすると拡大

普通の道
クリックすると拡大

クリックすると拡大どれも普通の景色なのに、幻想的なすばらしい景色です。実はこのルートはプロのカメラマンの行く場所で道も良くないため桂林を訪れる観光客はほとんど行かないルートだそうです。ツアーの保険がきかないといっていました。右の写真はクリックすると拡大するので保険のきかない道の雰囲気が伝えられると思います。もちろん我々は自分で保険に入っているので心配要りません。

離江では景色ばかりに目が行きますがここにも生活があります。家が点々とありました。もしかしたらクリントン元大統領が訪問した小さな村「漁村」はこのあたりにあるのかもしれません。
クリックすると拡大

洗濯は当然きれいな川でやります。


鵜飼もあります。鵜が竹のいかだの上に休んでいます。


水牛もいます。


このように異文化に触れられます。みんな助けあって生活しています。竹のイカダを我々の船で上流に運んであげている写真です。イカダで運んでいるのはザボンです。そしてザボンを沢山もらいました。


以前に離河下りもしたこともあります。川下りの代表的な景色を4枚ほど紹介いたします。これらの写真は2回目に離河を訪れた時の写真です。桂林を訪れていながら離河にこなかったことも2回ありました。写真をクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

その時は食事をしながら両岸のきれいな景色を見る優雅な観光です。 
クリックすると拡大

なにを見ても絵になりました。自然が好きな人には超おすすめ!
クリックすると拡大

水墨画の世界です。
クリックすると拡大

離江下りでは食事付きです。写真のようにボックス席になっており食事をしながらのんびり!と言うよりはビールを飲んでほろ酔い気分で景色を楽しみます。


下記は2015年4月時点の中国のユネスコ登録世界遺産ですが、不思議なことに桂林は世界遺産に登録されていません。登録の有無が桂林の価値を変えるものではありませんが、遠い昔に登録されていてもおかしくないと思います。年数は登録年です。登録年の前の「・」が、私が見たことが13ケ所の世界遺産です。
 ・ 1987年 万里の長城
  1987年 北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(2004年拡大)
  1987年 莫高窟
  1987年 秦始皇帝陵及び兵馬俑坑
  1987年 周口店の北京原人遺跡
  1987年 泰山
 ・ 1990年 黄山
 ・ 1992年 九寨溝の渓谷の景観と歴史地域
 ・ 1992年 黄龍の景観と歴史地域
  1992年 武陵源の景観と歴史地域
  1994年 承徳の避暑山荘と外八廟
  1994年 曲阜の孔廟、孔林、孔府
  1994年 武当山古建築
  1994年 ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群(2000年・2001年拡大)
  1996年 廬山国立公園
  1996年 峨眉山と楽山大仏
  1997年 麗江旧市街
 ・ 1997年 平遥古城
  1997年 蘇州古典園林(2000年拡大)
  1998年 頤和園
 ・ 1998年 天壇
  1999年 大足石刻
  1999年 武夷山
 ・ 2000年 青城山と都江堰
 ・ 2000年 安徽南部の古村落—西逓と宏村
 ・ 2000年 龍門石窟
  2000年 明・清王朝の皇帝墓群(2003年・2004年拡大)
  2001年 雲崗石窟
  2003年 雲南の三江併流保護区
  2004年 高句麗前期の都城と古墳
 ・ 2005年 マカオ歴史地区
 ・ 2006年 殷墟
  2006年 四川ジャイアントパンダ保護区群
  2007年 開平楼閣と村落
  2007年 中国南方カルスト(2014年拡大)
  2008年 福建土楼
  2008年 三清山国立公園
  2009年 五台山
  2010年 「天地の中央」にある登封の史跡群
  2010年 中国丹霞
 ・ 2011年 杭州西湖の文化的景観
  2012年 上都遺跡
  2012年 澄江の化石出土地域
  2013年 紅河哈尼棚田群の文化的景観
  2013年 新疆天山
  2014年 シルクロード : 長安-天山回廊の交易路網
 ・ 2014年 大運河
タグ:桂林 石灰岩

世界遺産 古村「西遞」に行って来ました。 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
中国の古村で、世界遺産です。 古村群として2000年に世界遺産に一緒に登録された宏村(ホンツゥン)と同じく水に映る景色は幻想的です。西遞はシーディと発音します。宏村から車で30分程です。宏村は観光バスが沢山来ていますが宏村に比べると訪れる人が少ないけれど、そのチョットさびしい感じがよかったです。

これが村のシンボル(西遞鎮村前の牌坊)です。牌坊(はいぼう 中国読み:パイファン)は中国の伝統的建築様式の門の一つです。牌坊の起源は石器時代の氏族の部落の出入り口にあった門の形をした建築物といわれています。


牌坊を別の角度から大きく紹介します。クリックすると広い範囲を表示します。
クリックすると拡大

牌坊の飾りは見事でした。これは是非ともクリックして出てくる大きな写真を見てほしいです。
クリックすると拡大

ここが村の中で最も道幅があるところです。女性が一人立っていますがスケッチを描いていました。画面をクリックすると拡大画面が出るので確認してみてください。
クリックすると拡大

路地の写真を4枚 掲載します。 くすんだ白壁が特徴です。


この日は雨のため人が少なかったので幻想的な雰囲気を盛り上げてくれていました。


ここが生活の場所で観光場所として生活の場を公開しています。


実は細い路地が代表的な景観です。上の写真は大通りなのです。


航空写真で西遞村を紹介します。
クリックするとGoogle地図を表示

ネットでの西逓村の紹介です。
西逓村(簡体字:西递村, 拼音:Xidi )は安徽省南部黟県にある村。
11世紀、宋朝の元祐年間にある河川の西岸にできた。そのため、元の名を「西川」といった。物資輸送の駅として使用されたため西逓(「逓」は宿場)と呼ばれるようになり、また「桃花源裡人家」とも呼ばれた。
この村を支えていたのは胡氏である。10世紀、唐の昭宗の子が変乱から逃れてこの地に隠れ住み、胡姓を称した。胡氏は1465年に商売を始めて成功し、土木、建築、修祠、道路整備、架橋などを行った。17世紀中ごろ、胡氏から官僚が出たため、さらに発展した。18世紀から19世紀にかけて、西遞の繁栄は頂点を極め、600もの豪邸が作られた。
西遞村の中心には東西を貫く幹線道路があり、その両脇に並行する道路との間に沢山の路地がある。敬愛堂、履福堂、刺史牌樓の公共施設も設けられていた。現在でも明清建築の124棟が観光用に保全されており、そのほとんどが一般に公開されている。そのほかの主要建築物に、1578年に作られた青石牌坊、1691年に作られた大夫第(医師屋敷)などがある。
2000年11月30日、オーストラリアケアンズで行われた第24回ユネスコ世界遺産委員会により、「安徽省南部の古代集落群」の西逓村、宏村が世界文化遺産に登録された。

赤色のマーク( )が西遞(シーディ)で、緑色のマーク( )が宏村(ホンツゥン)です。空色マーク( )はすでに紹介した世界遺産の黄山です。

より大きな地図で 西遞 を表示
ayu15さんのコメントに答えて上海も入った地図を掲載しました。上海からは400kmありますが高速道路が発達したので4~5時間で最寄の町の黄山市まで行けるようです。上海からも飛行機も出ています。


沿岸部の上海からは遠く400kmも離れていますが中国全体で見るとまだまだ西の果てがあります。

押しボタン式信号 [安徽省]


私が来た安徽省の町に押しボタン式の信号機がありました。これが押しボタンです。
この写真を撮った中国旅行の出発直前に中国の押しボタン式信号機のことを日本のテレビのニュースで報道していました。テレビの報道では押しボタン式信号機を設置したけれど利用する人がいなくて、ボタンを押さずに車の合間をぬって渡っているとの説明で、押しボタン式信号機を無視して渡っている映像を繰り返し流していました。この時の報道は嘘ではないけれども、無視して渡るところばかりの映像を流すことは与える印象から見て、正確な報道でもないことが判りました。
中国の地方都市で道路を横断するのは命がけと思っている外国人は多いと思います。確かに道路を横断するのは、すごく気を使ってしまいます。車線の多い大きな道でも信号機が無いからです。横断歩道があっても日本と同様に車は止まってくれないからです。車が多いので車が通らなくなるのを待っても道路を横断することは出来ないため、比較的に車が少ない時に、ゆっくり同じスピードで歩いて渡ります。そうすると車が人間を避けながら通っていきます。立ち止まったり急に早く歩くと危険なのです。そうして道路の中央付近まで行き反対車線の車が少なくなるのを待って同じように渡るのです。我々にとっては道路の真ん中に立つのはかなり勇気がいります。
確かに危険なので最近、押しボタン式の信号機が設置され始めたようです。
上海や北京などの大都会では、押しボタンではなく普通の信号機が設置されています。

これは押しボタンが押されていない状態です。歩行者の方の信号は赤で押しボタンを押すように表示されています。
この写真のように確かに押しボタン式の信号機を無視して渡る人もいました。押しボタンの設置場所と歩道の間の車が駐車している道は自転車用の道路です。


押しボタンを押すと表示が変わります。この写真で01と表示されています。これは残り1秒で信号が変わることを表しています。押した瞬間は08と表示が出ました。押してから8秒後には青信号になるように設定されていました。この後、車道の青信号は黄色に変わってから赤に変わります。
歩道の信号が青から赤に変わったばかりの時に押しボタンが押されたときは8秒ではなくて30秒が表示されました。


横断歩道が青信号に変わった時の表示です。16と表示されていますが16秒後に赤信号に変わることを表しています。押された瞬間は30秒が表示されました。結構、長く青信号が維持されるのでゆっくりと渡れます。


利用している人も結構いました。長時間見ていて横断する歩行者の70%程度の人は押しボタン式信号の青信号で渡っていました。日本のマスコミ報道とは印象的に開きがあります。報道された場所の実態は判りませんが、無視して渡る場面ばかりを流しているので、私が見たような、ルールを守っている人がいる場所もあることを想像するのは難しいと思います。


歩行者は70%くらいでしたが、自転車や電動自転車の利用者は、ほぼ100%でした。自転車などはスピードがあるので、上で説明した歩行者の横断方法のように、避けてもらいながら渡ることが出来ないためだと思えました。
丁度、ボタンを押しているところです。小さな子供さんはお母さんに言われて押しに行きましたが、残念ながら先に別の人に押されてしまいました。


押しボタン式の横断歩道に対する車のマナーは良かったです。ほとんどの車が止っていました。つまり車の信号無視は無いのです。ただし信号のある交差点で曲がってくる車は歩行者がいても停まらないので注意が必要です。
残念ながら、ほとんどのバイクは信号無視でした。車同士の広い交差点はバイクも停まっていました。


自転車が渡りきって歩行者がいなくなっても、ちゃんと車は止まっていました。


信号が変わって一斉に走り始めたところです。沢山の車が止まっていました。
2015年4月6日から4月13日まで同じ町に滞在していて信号機のない横断歩道を渡る機会がありましたが、比率は少ないけれども何回か車が停まってくれました。以前は無かったことなので、すこしづつ変わってきていることを感じました。


追伸
2015年4月6日から中国に来ていましたが、本日4月17日に上海14時05分発のフライトで帰国します。今回は上海、安徽省、湖南省を回ってきました。帰国後、ゆっくりですが、それぞれの場所のことを報告させていただきたいと思っています。下記の写真は今朝7時1分のホテルの部屋(24階)の窓からの上海の景色です。クリックすると拡大この辺りは昔にフランス租界(1849年~1946年)があった場所です。
租界(そかい)とは、清国内の外国人居留地です。阿片戦争後の1840年代以降に設けら、今でも当時(右の写真)の外国風の趣のある建物が残されています。

ランチで豪華な食材 [安徽省]



ちょっと豪華なランチを紹介いたします。こちらがランチを食べたお部屋です。お部屋の名前は「黄山の間」です。右は食べているところの写真です。
黄山は中国を代表する名峰で最高ランクの部屋に使われることが多いそうです。ましてやここは黄山のある安徽省なのです。

豪華な雰囲気でテーブルがセットされていました。日本語のランチメニューが置かれていたので助かりました。ドームカバー(クロッシュ / Cloche)に「黄山の間」の360度の景色が映っています。


クロッシュのなかにはフルーツが入っていました。
料理は出された順番に紹介いたします。


最初の料理は冬虫夏草と柔らかな肉だんごの入ったスープでした。
冬虫夏草は、珍しいキノコの一種です。冬虫夏草(とうちゅうかそう)は、子嚢菌門核菌綱ボタンタケ目バッカクキン科冬虫夏草属の菌類の一種でコウモリガ科の蛾の一種の幼虫に寄生する珍しいキノコなのです。
中国では冬虫夏草を乾燥して漢方の生薬もしくは中華料理の薬膳食材として珍重しています。先ずは高価な珍しい食材に度肝を抜かれました。


次が憧れの干しアワビの料理でした。これは説明無用の中華食材の三大乾宝の、「ふかひれ」、「干しアワビ」、「干しなまこ」の中で最高級食材です。最高級と言うだけでなく、味もすばらしいです。


切ってみるとわかりますが、肉厚の干しアワビでした。この干しアワビの厚みにも驚かされました。


次は柔らかな牛肉のステーキでした。上に乗っているのは黒トリュフです。牛肉の種類はアンガス種と書かれていました。和牛に近い霜降り肉でした。


拡大写真も掲載いたします。まだ量は少なくて高価ですが中国でも柔らかくて美味しい牛肉が大連近くで生産されるようになったと聞きました。ただし今回の牛肉は、輸入ものなのか国産なのかは、わかりませんが柔らかさに驚かされました。


次はホタテ料理ですが、こちらの料理でもホタテの大きさに度肝を抜かれました。


大きさを実感してもらうために切った写真を掲載いたしました。ステーキのようなホタテの貝柱でした。


銀杏と山芋とカボチャの上品な料理でした。日本料理に近い繊細な味わいの一品でした。


こちらも中国では高級食材のタラ料理です。高級食材のタラを引き立てているのが上に乗っているのはキャビアです。この日は中華料理なのにナイフとフォークが4セット出されました。ナイフとフォークが出された料理は干しアワビとステーキとホタテ料理と、このタラの料理です。


干し椎茸とチンゲンサイの料理です。中国語のメニューでは干し椎茸のことを金銭菇と書かれていました。料理名は「金銭菇扒菜胆」です。


最後は水餃子と


粟(あわ)のお粥が出てきて締めとなりました。


ランチなのに、どうして、こんなに豪華なのかと不思議に思われる方もおられるかと思うので少しだけ説明させていただきます。この日の午前中に竣工式典があり、このランチは式典の昼食会だったのです。


おしながきを紹介しておきます。明太子と書かれていますがキャビアでした。

2度目の訪問で新たな発見 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
世界遺産のようなすばらしい場所は2回行くと1回目とは違ったことを発見いたします。しかし交通の不便な、今回のような場所に2度訪問することはなかなか難しいです。でも今回、世界遺産である、この宏村に再度訪問することが出来ました。一回目の記事はこちらです。→ポチッ
ここへは黄山の山頂の玉屏楼賓館で昼食を摂り、玉屏ゴンドラで下りました。そのあとに一年前の3月27日に行った宏村を再訪問出来ました。今回は日本語の上手なガイドのサイさんが説明してくれたので興味深く見れました。

この村は牛の形にたとえられています。その胃の部分に小さな池があります。そこの景色も魅力があります。この景色が入口から入ってきて目の前に突然現れた時は驚きました。この池の写真を4枚紹介いたします。
クリックすると拡大

この正面が入口側から池に出る部分です。上の写真側から撮りました。
クリックすると拡大

きれいなカーブを描いています。
クリックすると拡大

絵を画いている人が沢山
クリックすると拡大

でもやっぱり村の入り口の池の景色はすばらしい
クリックすると拡大

この橋を通って村に入ります。
クリックすると拡大

小さな橋の上からの景色です。 


今回驚いたのがスケッチをしている人が非常に沢山いたことです。本格的な人もいるし授業の一部のような感じの人とさまざまな人がいました。クリックすると拡大します。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

ちょうどこの季節は野菜を沢山乾していました。料理にすると高菜のような感じですが、この野菜を入れた饅頭は最高でした。


これが、その饅頭です。


この野菜を干しているのだと思います。


前回来たときに比べて観光客の人も増えてにぎやかになっていました。


ハムも大胆に並べられていました。


編み物をしている人もいました。


トランプを楽しんでいる人もいました。


昔の女の人は外出が許されていなくて、この場所でくつろいでいたことを、前日の黄山から案内してもらったガイドの方が説明してくれているところです。
クリックすると拡大

クリックすると拡大お見合い部屋? 正確には娘さんの部屋です。男性の訪問者を上の欄間から娘さんが覗いたそうです。だからお見合い! 一方的に見るのでお見合いではないけれど!
お見合いの部屋

ガイドの方は黄山の記事ですでに紹介させていただいたサイさんです。    

菜の花の季節です。今回は車が止まらないので撮れませんでしたが見渡すが限りの金色の世界!でした。
文化遺産ではないけれど竜をイメージした塀が近くにありました。


村の航空写真です。
クリックするとGoogle地図

道路沿いのお土産屋さん  [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
この日はモスクワから往復500kmほど車で走りました。途中の売店と言えばガソリンスタンドと併設されたドライブインぐらいですが、一箇所だけお土産屋さんらしいお店が集まったところがありました。それが今回、紹介する写真です。

上の写真からお土産らしい部分を切り取りました。この中で左端の大きなビニール袋に入った軽そうな食べ物に関しては反対車線の露店でも沢山売っていました。


こちらも冒頭の写真から切り取ったものですが、同じようなお土産を別のお店でも売っていました。ロシア語がわかる人が、おられたら是非とも、このお土産が何であるのかを教えて欲しいです。
追伸
ロシアにお住まいのHiyoko-Onigiriさんから、お土産のこと教えてもらいました。Hiyoko-Onigiri さんはモスクワに在住されている方で、ブログ「モスクワの街角から」でロシアのことを沢山紹介されています。
その記事の中でクレムリや赤の広場に隣接するマネージ広場の記事を書かれていたので、そちらのコメント欄に質問を書かせていただいて、お返事をいただいたわけです。
コメントをそのまま掲載させてもらいました。ありがとうございました。
はじめまして。ブログへの訪問&コメントありがとうございました^^
さて、質問の件なのですが、左側に写っているビニール袋のようなもの、これはちょっと遠すぎるし、特に何も書いていないので分かりかねます。
ロシアの菓子(Тульские Пряники)「Тульские Пряники」(トゥーリスキエ プリャーニキ)、これはロシアの伝統菓子である「プリャーニキ」の事です。
柔らかいパンとケーキの間みたいな食感のお菓子で、スーパーなんかにもよく売られています。Тульскиеという事なので、まっくろクロスケさんは、トゥーラの町をちょうど通られていたのではないですか?
Тульскиеは「トゥーラの」という意味です。
それから、「Сигареты по своим ценам」と書かれている所に置かれているものは、タバコの事です。日本語に翻訳すると「タバコ-ご自分で価格を決めてください-」くらいの意味になります。
by Hiyoko-Onigiri (2011-06-04 20:36)
お菓子の写真はネットから拝借いたしました。


冒頭の写真より少し手前の写真です。ほんとうに沢山のお店が並んでいました。
クリックすると拡大
タグ: ロシア

世界遺産になった村 [安徽省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
世界遺産となった宏村(ホンツゥン)を紹介いたします。場所は中国の安徽省で、有名な黄山のすぐそばにあり、黄山の後に、ここを訪れました。昔のままに村が残っていることから世界遺産にも指定されています。
先ずは、村の入口である上の景色に圧倒されます。え~!! て感じです。
兄弟村である西遞とも、また違う趣があり、迫力もありました。ほとんどの写真はクリックすると拡大写真を表示するように設定しておりますので、是非とも見てください。

池の真ん中に下の写真の橋があり、そこを渡って村に入っていきます。


別の角度から見た村です。この宏村には2度行く機会を得ました。全て一回目に行った時の写真です。2回目では新たな発見もありました。→ポチッ
クリックすると拡大

ここも路地が魅力的です。路地の脇にはきれいな水が流れています。これが水道です。村の西側を流れる川の上流から水を村に引き入れて村の中を通って冒頭の大きな池(南湖)に注ぎこまれています。
クリックすると拡大

沢山の路地を紹介いたします。
クリックすると拡大

迷路のようです。
クリックすると拡大

単なる観光地ではなくて生活が行われていました。
クリックすると拡大

水路に沿って道が出来ています。
クリックすると拡大

迷路のようですが水路のおかげて方向がわかります。水の流れていく方向に行けば冒頭の池に出ることが出来ます。
クリックすると拡大

村の真ん中にも小さな池がありその景色もきれいです。下の地図の丁度真ん中あたりの池です。池の名前は月池あるいは月沼です。
クリックすると拡大

池に写った建物の景色と壁の模様がなんとも言えない雰囲気を出しています。この月池と冒頭の南湖が村の温度と湿度を調整してくれているそうです。火事への備えでもあるそうです。
クリックすると拡大

村の航空写真です。
クリックするとGoogle地図

村の地図です。赤いラインが大体の見学ルートです。 拡大した地図を見てもらうと水路がよく判ります。村の中心の池と入口の南湖の配置も良く判ります。
クリックすると拡大

もらった説明書によると、この村の歴史は千年前からの歴史があるそうです。
宏村(ホンツゥン、簡体字:宏村、拼音: Hóngcūn )は中国安徽省南部黄山南西にある村。2000年11月30日、オーストラリアケアンズで行われた第24回ユネスコ世界遺産委員会により、「安徽省南部の古代集落群」として、西逓村と共に世界文化遺産に登録されている。明清代の歴史建築が数多く残る村落で、家々をめぐる水路が完全な姿で残っており、「牛」の形に例えられる村の配置は徽州の村落の典型的な代表例だそうです。
クリックすると拡大 
                 ↑クリックすると横長表示
村の中は水路が整備されており、そこでは昔ながらの生活が見られます。今で言う水道です。そのころとしては近代的な村!
クリックすると拡大

池には洗い物をする場所もあります。


家の中も沢山の装飾が施されており、裕福な村であったことが想像できます。


専門家による撮影も行われていました。


大きな村なので市場もあります。市場を見ていると生活があることを感じます。


宏村で我々を案内してくれた案内嬢を紹介します。
       

初めて行ったころは宏村を検索してもほとんど出てきませんでしたが今は沢山出てきます。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の内容を紹介いたします。
安徽省南部黄山市にある黄山の南西麓に位置する。黟県の県城からは東北へ11kmの位置にあり、現在は宏村鎮がこの集落に置かれている。集落は黃山の余脈である雷崗山を背後にし、西に邕溪河と羊棧河に面している。全村面積は約28万平方m。
11世紀、北宋時代の政和3年(1113年)に汪氏一族により、集落が結成された。汪氏一族は、村が作られる前から宏村に居住し、今では汪氏一族の住まいとなっている。明朝の万暦頃に、村内にある泉を掘り、そこに川の水を引き入れ、南湖を造った。
清朝中期になると、当時の村名「作弘」が6代皇帝乾隆帝の名に当たるとして、「宏村」に改名された。村内には、清の建物がおよそ140現存する。これらの建物は全て、恵州を基盤とする設計がされている。
村内には水を供給する整備がされている。村の全景がはっきりと牛に例えられ、村内向かって西の丘が首、出入り口が角、村の前後の橋が足となっている。

赤の広場の子供たち [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
モスクワの赤の広場の別の光景を紹介いたします。
早朝の赤の広場はいくつか紹介していますが、いろんな光景に出会えます。野外授業でしょうか。先生と子供たちと思われる人達が来ていました。赤の広場のモスクワ川からの入口に近いところで説明を受けているところでした。このときの時間は8時9分でした。

正面の建物の国立歴史博物館に向かってみんなで歩いています。左側にレーニン廟が見えます。
クリックすると拡大

集団行動のようですが、意外と自由に写真を撮っていました。ジャージの人は上の写真にも写っているので先生だと思います。
この写真の中にはすでに紹介したカップルも写っています。わかるでしょうか。朝、早いと人が少ないために何度も同じ人に出会いました。
クリックすると拡大


モスクワ川を散策 [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
川沿いのホテルからの景色を紹介いたしましたが、その川はモスクワ川です。成田からの直行便でモスクワについて夕刻にホテルにチェックインしましたが夕食まで時間があったのでモスクワ川の川沿いの道を散歩しました。上の建物はホテルの部屋から写真で紹介した川向のホテルRadisson Royalです。
モスクワ川(ロシア語: Москва-река、英語:Moskva River)は、ロシア西部を流れる川で、スモレンスク州とモスクワ州を流れ、蛇行しながらロシアの首都モスクワを貫流しています。ヴォルガ川水系に属するオカ川の支流で、水はカスピ海へと流れています。川の延長は503km、流域面積は17,600平方kmです。

モスクワはモスクワ川の河畔に位置し、街の名はモスクワ川に由来する。モスクワ川はほかにも修道院で有名なモスクワ郊外のズヴェニゴロド(Звенигород)、ヴォスクレセンスク(Воскресенск)、ジュコーフスキー(Жуковский)、ブロンニツィ(Бронницы)、モジャイスク(Можайск)などの街を流れ、コロムナ(Коломна)でオカ川に合流します。毎年11月から12月にかけて凍り、3月終わりごろから溶けはじめるそうです。主な支流にルザ川(Руза)、イストラ川(Истра)、ヤウザ川(Яуза)、パクラ川(Пахра)、セヴェルカ川(Северка)などがあるそうです。
向かいのホテルRadisson Royalは沢山の観光船を持っているようでした。


川沿いには趣のある工場らしき建物群もありました。煙突が沢山立っていました。
クリックすると拡大

こちらは昔の観光船ですが今は別の形で使われているようでした。エンジンがかかっていたので今でも使われているようでした。


川沿いにはロシアらしい建物が沢山ありました。


水鳥も沢山泳いでいました。
追伸
白矢さんに水鳥の名前を教えてもらいました。ツクシガモと言うそうです。→ポチッ
ツクシガモ(筑紫鴨)は、ユーラシア大陸の温帯部に広く分布する大型のカモで、日本へは少数が冬鳥として渡来するそうです。


こちらも大きな建物でした。官庁関係でしょうか。?


川沿いには沢山の車が走っていましたが、横断歩道が少ないのに驚きました。簡単には道路を渡ることが出来ないのがモスクワでした。ホテルからピロシキを食べたレストランに行くために道路を渡るのも大変でした。
クリックすると拡大

現金の束 1994年の出来事 [中国]


初めて中国に来たときのことを紹介いたします。現地通貨(中国元)に両替したところ札束になりました。あのころは中国の田舎のホテルではカードは使えないし現地通貨への交換も簡単ではなかったのでちょっと多い目にした結果です。
ちょっと、うれしくて写真を! 1994年9月の出来事です。
でも、北京での値打ちは数日間のホテル代程度です。
この時は1994年9月19日に北京に入り9月24日に広州から香港経由で帰国いたしました。

21年後の2015年11月11日に100回目の中国訪問を達成するとは夢にも思ってもいませんでした。
たった21年前ですが、今とは大違い。特に物価は違いました。あのころは北京でも信じられないくらい安く、美味しいものが食べれました。そして地方にいくとレストラン、トイレとすべてが悩みの種でもありました。


北京を離れて地方に行くときには「ホテルのパンを持って行ったらいいよ!」とか、中国の人も含めて北京に住んでいる人たち皆から沢山のアドバイス!
だけど地方の某空港に着いてビックリ!6000ccのSタイプのベンツ(S600)が迎えに来てくれ、そこからパトカー先導で5時間の車の旅でした。結局、立派なレストランに入って、持っていったパンはゴミ箱へ!
バスなどであれば10時間以上はかかるところを、沢山の車を抜きながら走りました。この時代、中国には長距離の高速道路は、北京と石家荘を結ぶ高速道路以外は無かったのです。
今の中国は高級車であふれていますが、この時代Sクラスのベンツは、この省全体(人口6000万人)で、この2台だけと後から聞かされ、またビックリ!

        
と言うことで地方と言えども場所にもよることを知ると同時に貴重な経験をさせていただきました。この後の4年間は、こちらの同じ車に何度も乗ることになり、さらに10年後にも乗りました。そのあとは新型Sタイプにも乗らせていただきました。
1994年9月21日の午後に、会社の宿舎に2台Sタイプのベンツで到着した時の写真です。この時でも安徽省で2台しかないSタイプのベンツを持っている立派な会社でしたが、当時に比べると現在は生産規模が約150倍になった上に、今でも、その会社と一番親しく付き合っているのです。


同じ場所を遠くから撮った写真です。1994年9月21日の日付が判ると思います。2台のベンツが確認できると思います。


翌1994年9月22日の会議の風景です。


追伸
 パトカーの先導の理由は聞かないでください。

パトカー先導でノンストップ [中国]

以前に初めて中国を訪問した時の記事を掲載させてもらいました。その時、パトカーに先導してもらいました。その後の記事でも、やはりパトカー先導してもらった記事を書きました。興味深いと思うので再掲載させていただきました。

パトカー先導と組織的な交通規制のなかを走る機会がありました。ちょっと驚くほどの対応だったのでご紹介させていただきます。先導してくれたのはこのパトカーです。

ホテルを出発ところです。今回、先導するパトカーはこの街で最も新しいもののようです。出発から到着までを時間を順番に紹介いたしますので、車に乗っている気分で見てください。


今回は、この写真のように我々のために沢山の警察官の方が組織的に交通規制(交通整理)を行ってくれました。交通規制は目的地までノンストップで走らせるのが目的でした。どのようにノンストップで走らせたかを紹介いたします。
下から2枚目の写真をクリックすると動画を表示します。


いきなり反対車線を走り始めましたが、車が込んでいるはずなのに反対車線には車がいません。


交差点まで進むとわかりました。警官の方が反対車線の車を止めていたのです。この交差点で左に曲がります。


こちらでも左折車線を空けてありここまでノンストップでした。いつもは大渋滞の場所ですが、ノンストップにするために沢山の警官の方が交通整理をしてくれたのに大感激でした。赤信号でも廻りの車を止めて我々の車はノンストップでした。


警官の方が横から入ってくる車を止めて、走行するエリアを確保してくれています。


こちらでも警官のおかげで赤信号も進ませてくれます。完全に交通規制をするのではなく我々の車が通過する寸前に交通規制を行う、神業のような交通規制でした。なるべく一般車に影響が出ないような方法のようでした。


道路の中央に警官の方が立っています。


ここでも反対車線を走っています。反対車線にはまったく車がありませんでした。


遠くに沢山の警官の人が交差点に立っています。そこで反対車線の車を止めているようです。


反対車線の止められていた車の方、ごめんなさい。このの交差点で元の車線に戻ります。


ロータリーにも警官の方がロータリーの車を止めてスムーズに走らせてくれました。


郊外まで来たので道が空いて来ました。それでも横断歩道と交差点には警官の方がついてくれていました。


こちらでも警官の方が見張ってくれていました。


我々が近づくと交差点の車を止めて赤信号でも渡してくれました。


横断歩道では歩行者の人を止めてくれていました。


走行中の動画です。プレーボタンをクリックして是非、見てください。
同じものですがYouTubeでも動画を掲載いたしました。


目的地に到着です。
実は21年前にもパトカー先導で5時間ほど走った経験がありました。→ポチッ

北海道に来たらカニを食べたい [北海道]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
この日は札幌に泊まりました。北海道に来たら、やっぱり蟹を食べたいですね。地下鉄に乗って「すすきの」に来ました。タラバカニのしゃぶしゃぶを売りにしているお店に入りコースを頼みました。これが2人前のしゃぶしゃぶ用のカニです。

鍋にカニを入れて殻が赤くなったころ(10秒くらい)が食べごろだと教えてもらいました。これくらいだと半生の状態が食べれました。
クリックすると拡大

これが、取り出した蟹の足です。
クリックすると拡大

こちらは、見ての通り蟹の爪です。
クリックすると拡大

こちらが、もう一つのメインデッシュの焼き蟹です。タップリと食べたかったのでコースでは毛蟹ですが、タラバの焼き蟹に代えてもらったのです。
クリックすると拡大

最後は、やっぱりオジヤですね。蟹の味がタップリと出た味でした。
クリックすると拡大

オジヤを取分けました。
クリックすると拡大

Dコースを頼みました。ただし毛蟹を焼き蟹に代えてもらいました。


お店を紹介しておきます。 北海道の人はふぐを食べるのかな。ふぐ亭と書かれていました。
 店名 むらかみ
 住所 札幌市中央区南5西4
 電話 011-513-6778
 営業 16:30~22:00

33階からの札幌の景色 [北海道]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

この日(3月28日)は千歳のホテルから旭川にある旭山動物園に行き札幌に戻ってきました。移動は前日に千歳空港で借りたレンタカーでしたが、一番長い距離の移動になりました。クリックすると拡大札幌では、ここで一番高いビルのJRタワー(38階)にあるホテルに泊まりました。泊まった部屋は札幌が見渡せる33階でした。右の写真はネットから拝借いたしました。JRタワー(ジェイアールタワー)は、2003年(平成15年)3月6日にオープンした、北海道札幌市のJR札幌駅南口にある駅ビル・高層ビルです。計画段階では「札幌駅南口総合開発ビル」という名称だったそうです。ビルは地上38階(最高173m)地下1階で、地下1階から地上6階までは「札幌ステラプレイス/イースト」で、7階から20階には多くの企業が事務所を構えいます。22階から36階までが我々が泊まった「JRタワーホテル日航札幌」です。そして38階には関東以北一番の高さ (160m) に位置する展望室「JRタワー展望室T38(タワー・スリーエイト)」がありました。展望台直通エレベーター乗り場からJRタワー展望台T38は、惑星音階という特殊なサウンドが流れているそうです。

泊まった33階の部屋の窓からの景色です。残念ながらどんよりとした曇り空でした。晴れたら素晴らしい景色だったでしょうね。
クリックすると拡大

部屋の中には景色と星座の説明の紙が置かれていました。この日は残念ながら曇り空で星座は見えませんでした。遠くの景色も霞んで見えませんでしたがもこの紙で想像させてもらいました。この星座の絵は時々、更新されているようです。
クリックすると拡大

少し暗くなってきた景色です。時間は18時7分です。この後に食事に出かけました。
クリックすると拡大

0時50分ごろの夜景です。もう少し早く撮ることを気がついていたら、もっと明るい夜景が撮れたと思います。
クリックすると拡大

こちらは北東方向の夜景です。
クリックすると拡大

北西方向の夜景です。
クリックすると拡大

翌朝の景色です。前日よりも雪が増えているようなので夜の間に雪が積もったのだと思います。
クリックすると拡大

ここではいろんなイベントが行われているようです。このときのイベントはJRタワー1F東コンコース 特設ステージでJR TOWER 7th ANNIVERSARY SPECIAL STAGEが3月27日と3月28日に行われていました。

タグ:ホテル 札幌

堺町通り [小樽]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大小樽で運河は一大観光ポイントですが、最も観光客の人が多かったのが堺町通りでした。この写真の場所がメルヘン交差点にある明治時代の灯台を模した常夜灯と小樽オルゴール堂本館です。小樽オルゴール堂本館前には右の高さ約5メートルのカナダ製蒸気時計が15分ごとに蒸気でメロディーを奏で、1時間ごとに時刻と同じ数の汽笛を鳴らし、ノスタルジックな音色を響かせます。ラッキーなことに、この瞬間だけ雪がちらついてはいますが、日がさしました。
有料駐車場(20分 100円 or 30分 100円)は沢山あるのですが、満車ばかりなので、このあたりを3周してしまいました。ラッキーなことに、廻っている間にメルヘン交差点に一番近い駐車場が空いて、停めることが出来ました。ナビの目標になるので小樽オルゴール堂本館を紹介いたします。
 住所 小樽市住吉町4番1号
 電話 0134-22-1108
 営業 無休 
 時間 9:00~18:00 ( 9:00 ~19:00 )

小樽オルゴール堂本館側から見た常夜灯です。後ろの建物は小樽洋菓子舗ルタオです。メルヘン交差点は五叉路の交差点で飲食店や土産の店が沢山並び、観光客でにぎわう堺町通りの南端に位置するところにあります。
クリックすると拡大

堺町通りです。沢山のお店が並んでいます。昔の建物を改装して作られた街並みでした。
クリックすると拡大

皆さん、お土産を目当てに散策をしながら町の雰囲気を楽しんでいるようでした。
クリックすると拡大

小樽は硝子細工が有名です。その地位をつくりあげたのが北一硝子です。明治時代の倉庫を使ってお店にしておられました。ここが最も趣のある北一硝子のお店でした。
クリックすると拡大

中に入ると昔ながらの石造りの通路が残っていました。この写真をクリックするとフラッシュを使った写真を表示いたします。


小樽では木骨石造りの倉庫を改装したお店が多くあり、内部は独特の雰囲気があるのが小樽のお店です。


航空写真で位置関係を説明します。
クリックすると拡大  堺町通り
  A  常夜灯
  B  小樽オルゴール堂 本館
  C  北一硝子
  D  後藤商会
  E  小樽イルポンテ
  F  浅草橋 (右の写真)
  G  幸寿司
  H  (旧)大家倉庫


上の地図で小樽イルポンテ( E )は小樽ガラスの工房です。ガラス製作体験が出来る工房の一つです。小樽にはガラス製作体験が出来る場所が24ケ所もあります。こちらの工房でお土産のブローチを買いました。
クリックすると拡大

左が航空写真にプロットした(旧)大家倉庫( H )で右が後藤商会( D )です。
クリックすると拡大

サッポロビール園 [北海道]

クリックすると拡大
朝の便で千歳空港に着き、チャーターしたバスに皆が乗って、最初に向かったのがサッポロービール園です。昼食はビールを飲みながらのジンギスカンでした。煙突や窓の赤い星マークが印象的です。園内にはレストランは沢山ありますが赤レンガのレストランで食べることが出来ました。

予約をしたいたので、こんな形で我々を待っていてくれました。
クリックすると拡大

もちろん食べ放題コースです。沢山追加しました。ネットのメニューには出てこないけれど肉は味付けしていない生のタイプでシーフードも食べ放題の贅沢コースです。シーフードは海老と烏賊とホタテと鮭です。野菜も追加自由です。
クリックすると拡大

肉は新鮮で臭みがなく美味しくていくらでも食べれます。朝食はトマトジュース一杯だけにしてきました。(笑)
クリックすると拡大

肉が食べごろになってきました。
クリックすると拡大

ビールは500円で飲み放題なんです。さすがビール園です。ただし90分の時間制限があります。


黒ビールも飲みました。
   

食べているときは夢中で気がつきませんでしたが、店内は意外と煙が充満していことが写真を見てわかりました。フラッシュの光が煙に反射してこんな写真になるんです。フラッシュを使わない写真と比べてみてください。そう言えばバスガイドさんが匂いが付くので上着はバスに置いていくように何度も話をされていました。もちろん大きなビニールの袋も渡されます。店内は美味しそうな匂いが充満していました。
クリックすると拡大クリックすると拡大               

煉瓦がきれいです。
クリックすると拡大

昔の北海道を感じさせてくれる風景も!
クリックすると拡大

追伸
今日2015年4月6日から4月17日まで中国(上海、安徽省、湖南省)に行っています。その12日間はネット事情により皆様のところに訪問できないことお許しください。今日は成田発9時40分のフライトで、家を7時8分に出ても大丈夫なのですが、空港での待ち合わせもあるため、余裕をみて家を6時47分に出発する予定です。

小樽でお土産をゲット [土産]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
これは小樽で買った、ブローチです。かわいらしいので買ってしまいました。クリックすると拡大します。

買ったのは小樽運河工藝館という、ガラス細工を実際に作っているお店でした。小樽のガラスと言えば北一硝子が有名ですが小樽運河工藝館は、それに比べると小さなお店ですが、いいものをそろえたお店でした。ガラスの花器も買いました。お店を紹介いたします。
  店名 小樽イルポンテ (旧名 : 小樽運河工藝館)
  住所 小樽市色内2-1-19
  電話 0134-32-7880 0134-29-1111
クリックすると拡大

こちらの写真が小樽イルポンテ (旧名 : 小樽運河工藝館)の建物です。
イルポンテはil PONTEと書きます。珍しいネーミングです。il ponte はイタリア語で「橋」を意味します。


近くには趣のあるお店が並んでいます。こちらは運河プラザの中です。木骨石造と呼ばれる建物で内部の木の柱が印象的でした。
クリックすると拡大

このような建物が並んでいます。こちらは明治24年(1891年)に建てられた(旧)大家倉庫です。小樽にはこのような建物が沢山残っておりレストランやお店として使われているものが多かったです。古い建物だからモダンな感じがありました。
建物に関して調べると「石川県出身の海産商大家七平によって建てられ、越屋根の妻面に屋号があります。外壁に札幌軟石を使用し越屋根と入口部分の二重アーチが特徴です。その雄大さと独特の姿は運河地区の石造倉庫を代表するものの一つです。」と書かれていました。現在は閉鎖されて未利用のため、近い内に利用されることを願っているそうです。


SAWAさんへの返信のコメントで書かしていただいたように千歳空港で、留守番をしている娘のために「フクロウのトンボ玉」と「ガラス玉」 の携帯ストラップを買いました。家に帰ってトンボ玉のパッケージを見ると冒頭の写真のブローチと同じく「小樽運河工藝館」と書かれていました。この偶然に驚きました。


ガラス製作の体験ができる24ケ所のガラス製作場所です。
浅原硝子製造所 、朝里川温泉 硝屋 、小樽硝子の灯・彩(いろどり)や 、小樽硝子屋本舗 和蔵、小樽大正硝子館 ギャラリー蔵、小樽大正硝子館とんぼ玉館、びーどろ工房小樽ADVANCE倶楽部 、ガラス工房 田沼 、北一硝子花園店 、glass art N+ 、グラス ムラノ 、ザ・グラススタジオ・イン・オタル 、硝屋 、ジョワ・ジョワグラスコレクション 、創造硝子工房studio J-45 、体験工房 小樽ガス燈 、ゆず工房 、小樽オルゴール堂制作体験「遊工房」 、小樽手作り硝子工房 、Craft Shop 蓮 、Kim Glass Design 、硝子工房NAKAMORI 、ギャラリー・Atelier Setsu 、 小樽イルポンテ(旧名:小樽運河工藝館)