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ロシアと言えばやっぱり黒パンです。 スタールイ・オスコル [ロシア]



モスクワから寝台特急でスタールイ・オスコル(Старый Оскол /Stary Oskol)に着いたのが4月27日の朝7時39分でした。さっそく朝食を食べようとレストランを探しましたが、どこも閉まっていました。そこでホテルを探して、そこのレストランで朝食を食べることが出来ました。上の写真は、そのホテルの入口です。

やっぱりロシアと言えば黒パンですね。黒パンを指定したのではなくメニューの中のBread(パン)を選ぶと黒パンが出てきました。
面白いことにバター、ジャムもメニューの中に書かれてあり必要な人は注文します。もちろん値段は無視できるくらい安いけれど合理的なのに驚きました。でも名物の黒パンが一番安いです。ジャムが44円に対してパンは1個(20グラム)が2ルーブルなので日本円で6円/個でカゴに乗っている3個で18円です。この国の主食だからでしょうね。
モスクワのウクライナ料理店でも黒パンが出てきました。
クリックすると拡大黒パンはライ麦パンでライムギから作ったパンです。ロシア、東欧、北欧、オーストリア, ドイツなどで、多く食べられています。
小麦から作るパンではイースト菌が多く使われますが、ライ麦パンでは主にイースト菌ではなくサワードウが使われるそうです。
小麦のパンより硬くて密度が高く食べごたえがあり腹持ちがいいです。
さらに小麦のパンよりビタミン、ミネラル、食物繊維が多く含まれており健康志向の食品と言えます。
パン以外はサラダと目玉焼きと紅茶を頼みました。黒パンもクリックすると拡大します。
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これがサラダで名前は「Greek salad」と書かれており トマト チーズ ブラックオリーブ パセリ キュウリが入ったサラダでした。こちらの値段は94ルーブル(278円)でした。
Greek salad(ギリシャ風サラダ)のレシピをネットから探してみました。→ポチッ


目玉焼きはちょっと変わったものを頼んでみました。メニューにはFried eggs a la Bulgariaとかかれており、なかなか美味しい料理でした。こちらの値段は100ルーブル(296円)でした。普通のオムレツだと63ルーブル(186円)でした。4星ホテルのわりに安かったです。やっぱりモスクワから遠く離れるとこの値段なのですね。モスクワのホテルだと朝食で約3000円はかかります。
この写真もクリックすると拡大するように設定いたしました。
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さすが四星ホテルのレストランで雰囲気も良かったです。


町の中の黄色配管 スタールイ・オスコル [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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4月25日から4月29日までロシアに行っていましたが、その時に寝台特急で来たロシアの地方都市であるスタールイ・オスコルの町の中の小高い丘に登ってみました。そこは住宅地に囲まれた場所でしたが高さ2m以上の位置に沢山の黄色い配管が通されていました。これは家庭に送られるガス配管です。この配管から分岐して細い配管が各住宅につながっていました。ロシアは天然ガスの生産量も埋蔵量も世界一の国です。

日本だと地中に配管されているので地上の配管には驚かされました。地上に、むき出しの黄色い配管には違和感がありましたが電線代りのようなものかもしれません。
今回、写真は取れませんでしたが幹線道路脇には2種類の太い配管が通っていました。一本は黄色い配管なのでガス配管でした。もう一本は保温がされた配管でした。聞くと温水配管だそうです。冬の寒さは半端ではないので集中的に温水を作って供給しているのだと思います。この後に、また寝台特急に乗ってモスクワに戻りました。

モスクワのリバーサイドホテル [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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すでに前ブログで紹介しているように4月25日に成田空港から直行便でモスクワに入りました。実はロシアでホテルに宿泊したのは到着した4月25日のみでした。ホテルはモスクワ市内を流れる川沿い(リバーサイド)にあり素敵な景色だったので紹介いたします。上の写真はホテルのベランダからの22時12分の夜景です。川は総延長503kmのモスクワ(Москва)川です。

上の写真と同じ場所を明るい時間にも撮ったので掲載します。この時間は17時40分でした。この日は快晴できれいな写真が撮れました。気温も暖かくて、着ていったコートは日本に帰るまで使うことはなかったです。実はお城のように見える川向こうの建物もホテルです。名前はRadisson Royal Hotel Moscow
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川の左側の方向の写真です。正面が東になります。道路を挟んだ正面の4階建ての建物の中のレストランで夕食を食べました。料理は後日、紹介いたします。
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さらに左側を撮った写真です。
ロシアからは4月29日に帰国いたしました。
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クリックすると拡大窓は東に向いているので4月26日は朝日を見ることが出来ました。地平線から太陽が昇りかけたところです。右の写真はクリックすると拡大します。
この正面の建物は上から3枚目の写真の中央よりやや右に写っている建物です。
下の写真は6時16分で右の写真は6時8分でした。
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クリックすると拡大さらに太陽が昇って建物から太陽が昇った瞬間の景色です。時間は6時30分でした。この建物は高さ160m22階で名前はKudrinskaya Ploshchad 1です。
建築家M.M.Posokhinの設計により1954年に建てられた典型的なロシア様式の建築物だそうです。右の写真もクリックすると拡大するので是非とも見てください。
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こちらの部屋からの景色でした。窓の外には大きなベランダがありました。窓の左側にベランダに出れるガラス戸があり、そこからベランダに出て写真を撮りました。


ホテルの場所です。地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。


ロシア料理(ウクライナ料理) [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

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モスクワには成田空港からの直行便で4月25日に到着しました。ホテルで泊まるのはこの日だけで後は夜行列車で2泊移動のため、レストランでディナーが食べれるのはこの日だけでした。そこでロシア料理が食べたくて有名なウクライナ料理のお店に来ました。可愛らしいネームカードをレストランでもらったので右に掲載いたしました。
ウクライナ料理はロシア料理のもとになったものでウクライナ料理ですがロシア料理のタイトルを使わさせていただきました。もちろん我々にとっては区別がつきません。
ロシア料理の基本はスープとメイン料理です。その中で我々にとって有名なのが上の写真のボルシチです。我々のイメージしている肉のスープではなく野菜が主体なのが本場ロシア(ウクライナ)のスープであることがわかりました。ウクライナ料理のボルシチはアブラナ科のテーブルビートの肥大した深い赤紫色をした根を使った料理でいろんな具を使ったスープです。使われる具に取り決めはなく自由な組み合わせで作られるためボルシチの種類も無限にあるようです。

さっそくボルシチともう一つロシアで有名なスープを頼みました。それが緑鮮やかなスープでした。これ以外にタマネギのスープも有名ですが、別の日の昼食に、そのタマネギのスープが出来たのでタマネギのスープは後日紹介いたします。
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私は前回、ロシアに来た時にボルシチのスープを食べた経験があるので、今回はボルシツ同様にロシア料理で有名なキャベツのスープをいただきました。一般的によく食べられているスープだけのことはあり、驚くほどの美味しさでした。ネットで調べた範囲ではスープの名前はシチーです。スープには下のサワークリーのようなものやパンなどがついてきます。これらを右の写真のように好みで入れて食べます。
下の写真はボルシチに付いてきたもので、キャベツのスープにはサワークリームだけが付いていました。


右の写真がレストランの入口の写真で重たいドアが2重にあります。
クリックすると拡大お店を紹介いたします。
 店名 шинок (発音 Shinok / シノック)
     шинок和訳 = 居酒屋 / パブ
 住所 г.Москва,ул. 1905 года, д.2
 場所 CROWNE PLAZA HOTL前
 電話 +7 495 651-8101
 営業 24時間
 HP http://www.shinok.ru/map.html
下記の建物に今回のレストランがありました。建物の真ん中に右の写真の重たいドアがあるのがわかると思います。このドアは鍵がかかっていると思われるぐらい重たいので力いっぱい引いてください。
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大きなレストランで我々はこのような階段を通って三階に案内されました。


こちらのクリックすると拡大お店はお花がいっぱいの冠をつけたウクライナ民族衣装を着た方が料理の注文をとったり料理を持ってきてくれます。
そして、こちらのお店は同じタイミングで食べる料理は全員分が同時に出されます。これはスープをテーブルの横に全員分を仮置きしているときの写真です。
下の写真は3つ目のスープを持ってきた時のもので、持っているのはボルシチで仮テーブルに置かれているのはキャベツのスープです。右の写真は4つ目のスープを持ってきた時の写真です。


こちらのレストランが面白いのはレストランには中庭があってウクライナの田舎農家の風景が再現されていることです。クリックすると拡大驚いたことに、その田舎の風景の中に本物の動物たちが飼われいていて動物園のような空間が窓越しに広がっています。さらに驚いたことに、本物のおばあさんも座っていることでした。この写真にもおばあさんと牛と山羊が写っています。別の時に撮るとおばあさんや牛が見えなくなり鶏やウサギが居ました。それでおばあさんも本物であることがわかりました。この中庭が話題のようで「Москва шинок」で検索すると記事が92400件と沢山出てきます。→ポチッ 日本語のみ ガイド記事
クリックすると拡大

テーブルの周りもなかなかの雰囲気です。この石釜の写真と同じ写真がネットで出てきました。日本人が食べ始める時間は、地元の人にとっては早いようで入った時は空いていましたが、帰るころに満席になりました。予約は入れておいた方がよさそうです。


テーブルの上には趣きのあるローソクが置かれていました。


こちらのお店で、すでに紹介したピロシキをいただきました。写真をクリックするとその記事を表示します。
クリックするとピロシキの記事

ロシアの食事で特徴があるのが黒パンです。この黒パンがよく出されました。黒パン(ライ麦パン)も含めて三種類のパンが乗っていました。


こちらはウクライナの無ろ過の生ビールです。最初に進められた飲んだビールでフルーティーな感じのさわやかなビールでした。


ビールを飲むとなるとメインデッシュの前にビールの肴になるものを頼みたくなります。今回頼んだのがこちらのニシンのカルパッチョ(刺身)です。


ニシンの刺身(カルパッチョ)は新鮮なので特別に写真を掲載させてもらいました。
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キノコのピクルスも有名なので頼みました。少し酸味がありビールにはよくあいました。


こちらはロシアの生ビールです。ビールは沢山いただきました。


いよいよメインデッシュです。それぞれ各自が別のものを頼みました。こちらではスープにしてもメインデッシュにしても全員のものを同時に出してくれます。テーブルの横に仮置きしてから各自の前に並べられます。スープの時と同じように全員分のメインデッシュがテーブルの横に並べられました。写真が少し不鮮明なのは別のシーンの写真の中に偶然に小さく写っていた料理を切り取ったためです。


私が注文した料理以外は名前を覚えていないのですが、これは肉をキャベツで巻いて煮込んだ料理のようです。これはモスクワに永く住んでいる方が注文した料理なので、特に美味しいのかもしれません。見た目も美味しそうです。
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こちらもウサギの肉を揚げた料理です。ウサギもよくロシア料理に使われる食材のようです。


こちらは魚料理です。
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こちらが私の注文したキエフ風カツレツです。細い麺のようなものはジャガイモを細く切って揚げたもので、ビールのつまみに最高でした。
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バターを真ん中にして鶏肉を巻いて揚げているので真ん中が空洞のようになっているのが特徴でバターと肉汁が美味しい料理でした。ネットでも「ナイフを入れると熱々バターが中からとろけ出てくるキエフ風カツレツ」とお薦めしていました。
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ロシアに来たならばウオッカを飲みたくなるので150ccほど頼みました。ウオッカはボトルではなく量でも注文できるのがロシアの特徴でした。うれしいことにウクライナの民族衣装のウエイトレスさんがウオッカを注いでくれました。親指に指輪をつけているのが印象的でした。上の写真で紹介したウエイトレスさんの指輪は中指で親指にはつけていなかったので気になりまました。


ネットで親指に指輪をはめる意味を調べてみました。男性の場合は権力や指導者などの困難を乗り越える力の意味があるようですが女性がつける意味は出てきませんでした。ウクライナ独特の意味があるのかもしれません。
ちなみに日本の結婚指輪はプラチナ(白金)が多いけれどもロシアでは金をベースにしたピンクゴールドをつけている人が多かったです。我々にとって金と言えばイエローゴールトなので、すごく新鮮に感じました。18金のピンクゴールドの場合、 金75%、銀10%、銅15%だそうです。

Anak Sungaiの日々さんの露・丁出張③にトラックバックしています。
ウクライナ料理レストラン、おすすめ!にトラックバックしています。

追伸
本日2014年11月28日、上海から帰国します。14時発のフライトで成田空港に着くのは17時45分の予定です。帰国後、今回の写真の整理が出来て落ち着いたら皆様のところに訪問させていただきます。
下の写真はホテル(花園飯店)の28階の部屋からの6時37分の上海の景色です。

タグ:ロシア

本場ロシアのピロシキ [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

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ロシアに来て一度は食べてみたかったのがピロシキですが4月25日にモスクワに到着して早々に食べる機会を得ました。この日の夕食は宿泊したホテルの前の有名なウクライナ料理のレストランで夕食を食べましたがモスクワに長く住んでいる人が、このピロシキを注文してくれました。
見た目は日本で食べる揚げたピロシキと違いオーブンで焼いたものでした。焼くピロシキが本場のロシアやウクライナでは一般的だと説明されました。

日本のピロシキの具は挽肉、ゆで卵、タマネギを炒めたものが一般的ですが、本場では日本などに比べて種類も多く、内容的には惣菜が中心で沢山の野菜が、なんでも入れられると説明してもらいました。
注文したのは3種類で、それぞれ形が違っていました。さっそく半分に割ってみました。タマネギが主体のピロシキとキャベツが主体のピロシキとキノコが主体のピロシキで野菜が中心で、すごくおいしい料理でした。皮であるパンの部分も日本の一般的なピロシキより、かなり薄かったです。この写真をクリックすると特別に大きく拡大するように設定しておりますので、中の具を見てください。美味しいパンの皮の食感もわかってもらえると思います。
クリックすると拡大

レストランは泊まったホテルの前にある素敵なレストランで食べることが出来ました。空いているように思われるかもしれませんが、実は日本人の夕食タイムにはロシアの人にとっては早すぎるのです。我々が帰るころにお店が一杯になりました。それでは、お店を紹介いたします。
  店名 шинок (発音 Shinok / シノック )
  種類 ウクライナ料理
  住所 г.Москва,ул. 1905 года, д.2
  場所 モスクワ CROWNE PLAZA HOTEL 前
  電話 +7 495 651-8101
  営業 24時間
  HP  http://www.shinok.ru/map.html


民族衣装のウェイトレスさんも親切でした。


同じレストランの記事を掲載されているAnak Sungaiの日々さんの露・丁出張③にトラックバックしています。

若いお母さんと小さな子供たちの目立つ街 スタールイ・オスコルの一角 [ロシア]



ここで掲載している写真はすべて4月27日17時前後のロシアのスタールイ・オスコル(Старый Оскол / Stary Oskol )と言う名の町の景色です。寝台列車で着いたこの町の午後(17時前後)に、この町の出身の人(ご両親が今もこの町に住んでいます。)に薦められて町の中心の広場を散策いたしました。噴水の場所から真東にある道路沿いの建物(正面のビル)の地下にビールを飲んだレストランがありました。

上の噴水がこの航空写真の中心にあります。+のアイコンを数回クリックするとわかると思います。きれいな街なみであることが判ってもらえると思います。広い地域で近代的なマンション群が立ち並んでいるのは特別な感じがしました。マンションは9階あるいは10階建てですが日本と違い広い敷地にゆったりと建てられていました。すこし郊外に行くと高級そうな一戸建が広い敷地に整然と並んでいました。さらに郊外に行くと広大な畑が永遠と続き小さな村が、ほんとうに時々点在している地域でした。

高層ビルはないけれども立派なビルもいくつかありました。噴水から道路を挟んで南側にこのビルがありました。


そこで気が付いたのがベビカーと一緒にいる若いお母さんたちが沢山おられたことでした。特に意識して撮らなくても写真に沢山写るほどでした。おそらく新しいマンション群のために、このあたりは若い夫婦や若い人たち多く集まった街だったのかもしれません。


だから小さな子供たちも沢山見かけました。


広場で子供たちを遊ばしている間は、お母さんたちどうしで、つかの間の時間を楽しんでいるようでした。


将来、お母さんになる人達も沢山おられました。


ほんとうに小さな子供たちと、若いお母さんたちと若い娘さんが目立つ街でした。
上から2枚目の写真内ののアイコンを数回クリックすると、その理由が判ってくる気がすると思います。


スタールイ・オスコルの場所を地図で紹介しておきます。モスクワから青いラインを寝台特急で往復しました。
列車のルート検索をしてみると行き帰りでは別のルートを走ったようです。それぞれ縮小しているので画面をクリックすると見やすいと思います。
クリックすると拡大クリックすると拡大

無錫から上海まで新幹線に乗りました。 [江蘇省]



2014年11月16日に無錫から上海まで新幹線を利用いたしました。すでに報告した上海蟹ツアーに参加して、ツアーに参加した皆さんとは無錫駅で別れました。上の写真がチケットです。名前とパスポート番号が印字されていました。パスポート番号の下2桁は*となっており完全には判らないような配慮がされていました。無錫を13時56分に出発して上海に14時39分に着きました。43分間の列車旅行となりました。
 G7013 無錫13:56 → 上海14:39
目的地で自動改札機を通ると必ずチケットが戻ってくるので記念になります。領収書として使う人が多いので、戻ってくるシステムになっているのだと思います。

中国の鉄道は、いつでもホームに入れるのではなく対象の列車に乗る人しかホームに入れません。つまり列車が来る寸前までホームに入れないのです。したがった3階のレストランでコーヒーを飲むことにしました。レストランからは下の写真のようにホームの見晴らしがいい席でゆっくりいたしました。
列車が来る寸前に改札を通るために改札口は大行列となります。これが中国の新幹線の不便なところです。
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改札を通ってホームに降りるとすぐに列車が到着いたしました。


長い列車で沢山の人が並んでいました。


ドアが開きました。ドアは一旦、外に押し出された後にスライドします。


これが私の乗った一等座(SOFT SEAT CLASS)です。座席番号3Dは一番前の右側席の通路側です。一等座は日本のグリーン車に相当します。二等座(STANDARD CLASS)が普通席です。


私の席から撮った写真です。一番前なのに座席番号が3Dは不思議に思われた方がおられるかもしれませんが、前にガラスで仕切られた部屋がありそこに席が二列あるのです。


その二列の席がこちらです。商務座(BUSNESS CLASS)と呼ばれています。フルフラットになる席です。
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フルフラット状態の写真をネットから拝借いたしました。


無錫駅の航空写真も紹介します。マークの建物の最上階でコーヒーを飲みながら列車を待ちました。
IMG_19984-477.jpg

太湖の竜頭渚(鼋头渚) [江蘇省]



太湖のジャンク遊覧を紹介しましたが、遊覧と同時に太湖名勝の一つが竜頭渚公園です。ジャンク遊覧の後に竜頭渚公園を散策いたしました。上の写真は無錫の町から竜頭渚公園に入っていくところです。この後、バスは太湖の湖畔の道を進みました。

竜頭渚公園は有料で、こちらで入場料をバスごと支払います。係員の人がバスに入ってきて人数を数えていました。入場料金は140元/人(2680円)だそうです。


バスの降車場所に「竜頭渚」と書かれた門がありました。


竜頭渚は太湖の西北岸にある無錫内の半島の1つで、巨大な石が湖に突出しているため、竜が頭を上げているような姿なので、竜頭渚と名づけられました。航空写真の左の突端部分が竜頭渚のようです。
クリックするとオリジナル地図を表示

ジャンク船から撮った竜頭渚です。灯台は竜頭渚灯塔と呼ばれています。
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竜頭渚の突端では結婚記念アルバム用の写真が撮られていました。いい記念になると思います。


竜頭渚の石碑です。横に立っているのは我々のガイドさんです。


竜頭渚から隣の岬の方を見た景観です。こちらもきれいな景観を見せてくれました。
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無錫充満温情和水」と書かれた石碑がありました。この石碑は日本人と深いかかわりがあるのです。1990年、無錫市の観光局は 「無錫充满温情和水」(無錫は水と温かさがいっぱいだ)と言うスローガンを打ち出したそうです。それに鼈頭渚の石碑に登録された。無錫方言は柔らかくて、その音や音節は、日本語と似ているそうです。


石碑裏には中山大山郎が作曲し1986年9月21日発表されたた「無錫旅情」が書かれていました。無錫旅情は1987年の第29回日本レコード大賞金賞を受賞した歌でもあります。
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この龍亀も有名のようです。龍亀は龍の頭と亀の体をもつ瑞獣です。皆さんコインを投げていました。コインが頭あるいは甲羅の上に乗っかると幸運がもたらされるそうです。
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公園内の建物(诵芬堂) の中では伝統的な楽器による伝統音楽の演奏を聞くことが出来ました。演奏だけでなく10元を払うと一緒に記念撮影をしてもらえました。横には記念撮影用の服も用意されていました。珍しい楽器がいくつかありました。青銅製の鐘が並べられた楽器は圧巻でした。名前は編鐘(へんしょう)です。
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こちには石の板を叩いて鳴らす打楽器です。名前は石磬(せっけい)と言うようです。
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短いですが演奏の動画も撮りました。


趣のある橋もありました。左方向の先に横云山庄牌坊があります。


そこに建てられた牌坊には横雲山庄と書かれていました。


やっぱり水のある景色はいいですね。
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竜頭渚の門を出たところの土産物屋では小さな人儀容が作られていました。

追伸
今日2014年11月24日から11月28日まで海外に行って来ます。その間は、ネット事情から皆様のところに訪問できないことお許しください。家を7時に出発いたします。
タグ: 太湖

無錫料理 [江蘇省]

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すでに紹介の2014年11月15日~16日に行われた上海蟹ツアーの二日目の昼食は無錫のホテル(無錫国際飯店)で食べる無錫料理でした。上の写真は食事の中盤で、この後にも7皿ほど出てきました。料理のメニューは次の通りです。ただし本リストは出てきた順番ではありません。ご飯や果物を入れると18皿でした。
  ① 前菜5品
  ② 三種千切りと白魚の羹
  ③ 五目入れ(八宝)の茶碗蒸し
  ④ 海老剥き身と麩の揚げ物(無錫油麺筋)の炒め
  ⑤ 五目(七彩)のアヒル肉の千切りの炒め
  ⑥ 四川風鶏肉とピーナツの炒め(宮爆鶏丁)
  ⑦ 塩付け肉と塩付け竹の子の蒸し物
  ⑧ スペアリブの甘煮
  ⑨ 旬の野菜
  ⑩ 菌類と肉団子のスープ
  ⑪ 無錫風醤油ラーメン
  ⑫ チャーハン
  ⑬ 果物

ホテルに着いた時に並べられていた前菜です。出てきた順番に紹介します。
① 前菜5品
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①-1 クラゲ料理です。
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①-2 クズキリに近いものを使った料理でした。
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①-3 このキュウリにはニンニクが効いていました。
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①-4 不思議な食べ物で食材は判りませんでしたが、食べてみると結構おいしいものでした。
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①-5 キクラゲの料理でした。
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もちろんビールをいただきました。


⑥ 四川風鶏肉とピーナツの炒め(宮爆鶏丁)
これは美味しかったです。四角く切られているのは鶏肉と不思議な食感の野菜でした。
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⑤ 五目(七彩)のアヒル肉の千切りの炒め
千切りの食感が良かったです。
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④ 海老剥き身と麩の揚げ物(無錫油麺筋)の炒め
いろんな食感の物が入っていました。
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⑨ 旬の野菜
緑の野菜は新鮮でした。
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② 三種千切りと白魚の羹
このスープは温まりました。
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ここまでに出てきた料理です。この後は皿が乗らなくなってきました。この後に7皿ほど出て来たのでした。このあとご飯も皆が食べ始めて無くなりました。
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⑦ 塩付け肉と塩付け竹の子の蒸し物
塩漬けの肉のために塩辛かったです。私にとっては塩辛すぎました。
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③ 五目入れ(八宝)の茶碗蒸し
色がカラフルでした。
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⑧ スペアリブの甘煮
結構、皆に人気がありました。
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⑩ 菌類と肉団子のスープ
たっぷりとキノコが入っていました。
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⑪ 無錫風醤油ラーメン
無錫特有の細いめ麺でした。
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⑫ チャーハン
チャーハンはどこで食べても美味しいですね。
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⑬ 果物
最後のデザートは定番のスイカでした。この利用りで一人50元(950円)でした。
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ホテルでは結婚式も行なわれていました。


食事をした無錫国際飯店と新幹線無錫駅の場所です。食事の後は新幹線の無錫駅が近かったのでバスで送ってもらいました。駅でツアーバスと別れて新幹線で上海に向かいました。
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太湖のジャンク遊覧 [江蘇省]

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上海蟹ツアーの2日目は太湖観光です。その中の目玉が上の写真のジャンク(船)による太湖遊覧です。ジャンク(Junk)は、中国で古くから用いられきた木造帆船です。中国語の「船(チュアン)」がマライ語の「jōng」に転訛し、スペイン語・ポルトガル語の「junco」に転訛したと言われています。ジャンクに使われる戎克は当て字だそうです。宋代以降大きく発達したそうですが、蒸気船の出現と共に衰退していったそうです。日本においても唐船という名で建造されていた時代があったそうです。

船に書かれていた船名から料金表の一番上が我々が乗ったジャンク(船)です。
今回のジャンクによる遊覧観光の費用はツアー料金に含まれているので単独では判りませんが乗場にあった料金表からジャンクの貸切料金は1800元(34500円)と思われました。28人で乗ったので一人あたりは64元(1220円)ということになります。
クリックすると拡大  一小時(1時間) 1800元/隻 
  两小時(2時間) 3500元/隻   
  半日        4500元/隻 


桟橋で我々が乗る船を待っています。入港してくる右側の遠くに見える船に乗るようです。
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ジャンクが着きました。これから前のお客さんが降りて我々が乗ります。
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私は最初に乗って、みんなが乗るところを撮りました。
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船員さんが次の出航の準備をしているところです。
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こちらが船室ですが、最初のころは皆さん外で景色を見ていましたが、後半はお茶を飲むために中に集まってきました。船にはキッチンがついているので、特別に頼め船の中で食事も出来るのだと思います。船の定員の30人でも、ゆったりと座れそうでした。
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定員30名にしては大きな船でした。船は昔のように木造船でした。
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こちらが船尾です。
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走りはじめると帆をはり始めました。もちろん、この船はエンジンで走るのですが、雰囲気を出すために帆をはるのだと思います。
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マストは3本ですが、2枚の帆が張られました。
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霞んでいますが、遠くに帆を張って進むジャンクを見かけました。我々も、こんな感じなのだと思います。


主に船首に皆さん集まっていました。
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船首から船尾の方向を見ました。紹介した船名は、こちらに書かれていました。
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上の写真で船名がかかれた下が船内への入口で、みんなが集まってお茶をいただきました。


ジャンク乗場に戻ってきました。向かいにあったジャンクです。船からは別のジャンクを何隻も見かけました。ジャンクは船体中央を支える構造材である竜骨(キール)が無く、船体が多数の水密隔壁で区切られていることによって、喫水の浅い海での航行に便利で耐波性に優れ、速度も同時代のキャラック船・キャラベル船・ガレオン船と比べ格段に優れていたそうです。また横方向に多数の割り竹が挿入された帆によって、風上への切り上り性に優れ、一枚の帆全体を帆柱頂部から吊り下げることによって、突風が近づいた時も素早く帆を下ろすことが可能だったこともあり、横風に対する安定性が同時代の竜骨帆船と比べて高かったそうです。
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陸に戻って散策しているときに係留されていた古いジャンクです。ここは昔の船着き場だったところだそうです。
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大型の観光船もありました。沢山の人が乗っています。こちらは貸切ではないので安いのだと思います。
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こんなタイプの観光船もありました。
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太湖の地図です。赤色マークの場所がジャンク乗場です。1時間の乗船なので太湖のほんの一部しか見ることが出来なかったことは想像していただけると思います。
古代の太湖は東シナ海の一部でしたが、長江と銭塘江が運ぶ土砂で沖積平野が形成された結果、海から切り離された潟湖(ラグーン)となり、やがて雨量の多さや流入する無数の河川の淡水によって次第に淡水湖となっていったそうです。太湖は中国五大湖の一つで、鄱陽湖、洞庭湖に次ぎ中国で三番目に大きな淡水湖です。ただし中国の湖は季節によって面積が数倍になることがあるので、時期によっては順位は入れ替わる場合があります。
  
クリックする百度地図を表示

無錫の日本食店街 [江蘇省]



すでに紹介した上海蟹ツアーでは初日の昼食に上海蟹のフルコースで、その日の夕食は無錫市内の日本食レストランでで日本食の食事でした。宿泊ホテルにチェックインして休憩した後、大型バスで乗り付けたのが、なんと日本食店が道の両脇にずらりと並んだ日本食店街だったのです。上海蟹ツアーで最も驚いたことの一つでした。

航空写真(Google地図のハードコピー)の赤色ラインの両側に日本食店が並んでいました。その光景が見事だったので紹介いたしました。赤色ラインの左端から日本食店街に入って食事をした A マークのところまで歩きました。その道の景観を順番に紹介いたします。上の写真は日本食店街に入ってすぐの光景です。下の航空写真をクリックするとBaidu地図(百度地図)の航空写真を表示します。
クリックすると拡大

Baidu地図(百度地図)の航空写真でも紹介します。中国国内は百度の航空写真の方がきれいです。クリックすると拡大するのでより鮮明に見えると思います。
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韓国料理のお店も少しありましたが、ほとんどが日本食店でした。


お店が、ずらりと並んだ光景はまさに日本でした。


いろんな門構えのお店がありました。


五番街や九州料理の看板が見えます。


格式の高そうなお店もありました。カラオケ形式のクラブもありました。


どこまでも続いていました。海外で日本食店の一番多い上海でも、このような大規模な日本食店街は見たことがありませんでした。蘇州には同じような日本食店街があると聞きました。


やっとお店に着きました。お店の名前は「立山料理 四万十川新区店」でした。


二階に上がると、すでに28人分の席が用意されていました。
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食事の形式は上海で多くみられる「食べ放題&飲み放題」、俗に言う食べ飲み放題です。メニューにあるものは、どれを頼んでも、どれだけ食べても定額なのです。値段は一人160元(3060円)でした。高級な刺身や寿司も食べ放題でした。


やっぱの最初はビールです。飲み物には多少制限がありますが、日本酒や焼酎も飲み放題の中に入っています。


こちらは焼き鳥です。特に美味しかったのが、にぎり寿司と海老の天ぷらでしたが、後半だったので写真を撮り忘れました。


地図で場所を紹介すると青色マーク(  )が日本食店街です。縦に走っている赤色ラインは地下鉄1号線です。今は2号線を建設中でした。クリックするとGoogle地図を表示します。Google地図が新しくなって地図をブログ内に貼り付けると、記事を表示させた途端に地図の場所に画面が飛んでしまうようになったので、画面のハードコピーを貼り付けてクリックするとオリジナルを表示させるようにいたしました。早く元のように戻ってほしいものです。
     日本食店街
     宿泊ホテル Wuxi Jinlun Hotel
     日本食材ツアー しんせん館 
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無錫の日本食材のお店 しんせん館 [江蘇省]


クリックすると拡大前記事で紹介の上海蟹ツアーの中で、参加者の人たちの中で上海蟹フルコース以外にも楽しみがいくつかありますが、その中の一つが日本食材の買い物ツアーです。
私にとって初めての経験となる買い物ツアーに同行させてもらったのでクリックすると拡大紹介いたします。日本食材の購入のために大型バスで28名が乗りつけたのは無錫の「しんせん館」でした。
  店名 しんせん館 東和苑店
  住所 江蘇省無錫市長江路11号(無錫新区)
      Millennium Hotel Wuxi 地下1階
  電話 0510-8522-2978
  会社 上海石橋水産品有限公司
  地図 詳細  広範囲  超広範囲
  HP  http://www.shinsenkan.com/shop.html
上の写真のように、すでに正月の御節料理の販売の幟が立てられていました。この写真は2014年11月15日16時28分に撮ったものです。ネットで調べてみると、しんせん館はチェーン店で下記のように上海を中心に14店舗ほどあるようです。日本人の味方、という感じのお店でした。人数は日本人の人数ですが、あくまでもイメージで正確な数値ではありません。
 無錫 3千人  1店 東和苑店  
 蘇州 1万人  3店 錦麗苑店 名城花園店 四季新家園店
 上海 6万人 10店 美麗華店 太陽広場店 虹橋公寓店 古北店 浦東店
               金浜路店 国際花園店 徐家匯店 虹梅店 錦延店 


お店はコンビニ程度の広さですが、日本の食材を中心に沢山の種類が並べられていました。写真はお店の入口の店外から撮らせていただき、店内での撮影は遠慮させていただきました。ソーセージや生で食べれる玉子が人気でした。酒類も人気でした。


我々以外にも常に日本人家族が買いに来られていました。無錫には日系企業が1000社以上あり、日本人が約3000人住んでいるとガイドさんから説明されました。沢山の日本人が住んでいるので結構需要があるようでした。しんせん館は1999年12月に設立された食品の製造・販売・貿易代行を行う会社だそうです。


お米なども置かれていました。しんせん館以外にも酒類を中心に販売しているお店が2店ありました。小さなお店でしたが、酒類の銘柄が沢山そろっているのに驚かされました。今回、同行させてもらって、次回に持ってくるお土産の参考になりました。買い物の後は無錫の旧市街にある我々が泊まるホテルに向かいました。

2014年 陽澄湖 上海蟹ツアー [江蘇省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2014年11月10日~11月17日まで中国に行っていました。上海から数百キロ離れた場所ですが、その町から陽澄湖で上海蟹のフルコースを食べる1泊2日のバスツアーに参加させていただきました。参加者は私を入れて右の写真の日本人28名でした。掲載写真は顔が判らないように小さい写真にさせていただきました。この写真は、食事をしたレストランの前での全員の記念写真です。
上海蟹の産地で伝説的に有名なのが陽澄湖(ようちょうこ)です。中国語では阳澄湖と書きます。場所は上海の西50kmの場所にあります。面積は119.04k㎡で平均水深 2mの淡水湖です。

バスツアーは11月15日(土曜日)の朝7時半に出発しました。ツアーには上海蟹フルコース以外の目的としては日本食材買物日本食食べ飲み放題無錫料理太湖観光ジャンク遊覧が含まれていました。お願いした旅行社は無錫市中国旅行社日本部でした。


途中の休憩所で撮ったバスの写真です。


上海に向かう高速道路に乗りました。


レストランの最寄りの巴城料金所(巴城収費站)で高速道路を下りて陽澄湖に近づきましたが、陽澄湖方面(左方向の道路)は大渋滞でした。全て上海蟹を食べるために来ている車のようでした。
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やっと目的地に着きました。この時12時40分だったので5時間かかったことになります。ここには沢山の上海蟹専門のレストランが並んでいました。


一番右側の店が我々が入ったお店です。
お店の名前は「金緑舫」でした。中国語では「金缘舫 」です。
 店名 金緑舫 / 金缘舫 → ポチッ ポチッ
 住所 江蘇省蘇州市 昆山市阳澄湖大闸蟹交易市场蟹舫苑8号码头
 電話 0512-5765-8708


料理は前菜を除いた全料理に蟹が入ったフルコース料理でした。料理のリストは出てきた順番です。⑬が最大の目的のメインです。
  ① 前菜8品
  ② 海老との炒めもの
  ③ 蟹みそと魚浮き物の炒め
  ④ 蟹みそいれの肉団子
  ⑤ 海老剥き身と蟹肉の炒め
  ⑥ 蟹みそと肉の餡のワンタン
  ⑦ 魚肉の千切りの甲羅盛り
  ⑧ 青梗菜とシイタケの炒めに蟹みそ乗り
  ⑨ 蟹みそと豆腐の炒め
  ⑩ 蟹みそ入れのシイタケと竹の子の羹
  ⑪ 蟹みそのチャーハン
  ⑫ 陽澄三宝スープ
  ⑬ 本場陽澄湖蟹丸蒸し雄雌2杯盛り付け
  ⑭ デザート
全ての料理の写真を紹介いたします。28人なので右上の3テーブル(9人+9人+10人)に分かれました。こちらも小さな写真にさせていただきました。
① 前菜8品
テーブルに前菜8品が置かれていました。
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前菜の8品を紹介いたします。
①-1 鶏肉の前菜です。
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①-2 漬物のようです。
こちらは個別に写真を撮るのを忘れたので全体から切り取りました。


①-3 カボチャの煮ものです。
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①-4 これは判りませんでしたが、ご飯に乗せて食べると美味しかったのことです。
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①-5 皆さんご存じピーターピータンです。
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①-6 枝豆です。
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①-7 こちらは焼豚です。
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①-8 小魚の唐揚げです。ビールにピッタリでした。蟹アレルギーの方もツアーに参加されていました。前菜はたべれるのですが、前菜だけでは可哀そうだとお店の方が無料でチンジャオロース(青椒肉絲)など用意していただけました。さらに、その人の食事代(350元)も免除されました。
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ビールも美味しくいただきました。


上海蟹と言えば紹興酒です。ここは紹興酒の名産地である紹興市にも近いのです。


いよいよここからが上海蟹料理です。上海蟹は日本での一般的な呼び名で中国では上海蟹とは呼びません。中国では大閘蟹(大闸蟹/ダージャーシエ)と呼びます。料理は出てきた順番に紹介します。
② 海老と蟹の炒めもの
半分に切っていますが、いきなり蟹の姿が出てきました。ミソがたっぷりでした。海老が隠れるように入っていました。蟹を食べ終わると皿の上に沢山乗っていました。
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ミソの部分を拡大いたしました。
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さらに拡大いたしました。クリックするとさらに拡大足します。
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③ 蟹みそと魚浮き物の炒め
黄色いものは不思議な食感の食材でした。これが魚のうきぶくろなのかもしれません。
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④ 蟹みそいれの肉団子
こちらは一人一人に運ばれてきました。こちら以外の料理は大皿に載って回転テーブルの上に置かれました。
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⑤ 海老剥き身と蟹肉の炒め
全て海老のむき身で食べごたえのある美味しい料理でした。海老の身も新しかったです。
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拡大写真を掲載します。当然かもしれませんが、これは格別に美味しかったです。これだけ海老をふんだんに使った料理も珍しいです。クリックするとさらに拡大します。
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⑥ 蟹みそと肉の餡のワンタン
これは名前の通り具の中に蟹ミソが入ったワンタンでした。
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⑦ 魚肉の千切りの蟹甲羅盛り
蟹の甲羅に乗った料理で淡白な魚が使われていました。
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⑧ 青梗菜とシイタケの炒めに蟹みそ乗り
チンゲンサイ(青梗菜)の料理もいいですね。緑の色が鮮やかでした。
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⑨ 蟹みそと豆腐の炒め
蟹ミソと豆腐の料理で何度か食べたことがありました。
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⑩蟹みそ入れのシイタケと竹の子の羹
羹は「あつもの」と呼び、料理では熱い汁物を表すようです。こちらの料理は撮り忘れてしまったと思いテーブルの中から消去法で、その料理を探すと右下のガラスの器に入っていた料理ということになります。右上の同じガラスの器に入った「 陽澄三宝スープ」と色合いがそっくりなので写真の中では同じ料理と思いました。
同じテーブルに同じ料理が2つ乗ることはないので、この器ということになります。
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その器に入っていたのが、こちらの写真です。シイタケらしいものが入っているので「陽澄三宝スープ」ではないと判断いたしました。
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ギターを片手の流しの人も盛り上げてくれました。一曲40元でしたが、幹事さんの交渉の結果、20元で1曲ほど伴奏してもらいました。写真は指で値段交渉しているところです。40元/曲→100元/4曲→20元/曲となりました。


⑪ 蟹みそのチャーハン
メインデッシュの前にチャーハンが出されました。こちらにも蟹ミソが使われていました。
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⑫ 陽澄三宝スープ
スープも出てきました。⑩の料理とあまりにも似ているので間違えて同じものが出たことも考えられますが、皆さん蟹を食べるのに一生懸命だったので気が付く方はおられませんでした。
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⑬ 本場陽澄湖蟹丸蒸し雄雌2杯盛り付け
最後にメインデッシュです。本場陽澄湖の雄と雌の上海蟹を丸蒸しにしたものです。これを食べるためのツアーと言っても過言ではありません。でも全料理に蟹が使われているのも値打ちがありました。


この中に雄蟹と雌蟹が一人当たり、それぞれ一杯(一匹)づつ乗っています。我々のテーブルは9人だったので、この皿に18杯乗っていたわけです。
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刻み生姜が入ったタレにつけて食べます。ミソを食べる場合はタレにつける必要ありませんでした。


これが私のとった雄と雌の蟹です。裏にすると判るので裏から撮った写真を掲載いたしました。上が雄蟹で下が雌蟹です。この違いを覚えておいてください。結構、大きな見事な上海蟹でした。
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こちらが雌蟹のミソです。これが卵になります。
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こちらが雄蟹のミソです。雌蟹のミソと違うことが判ってもらえると思います。人によって、雌蟹のミソが好きな人と雄蟹のミソが好きな人に分かれるほど、どちらも美味しいのです。雄蟹のミソは雌蟹のミソよりは柔らかいです。どちらかと言えば私は雄蟹のミソの方が好きですが、甲乙はつけがたい味と食感です。上海蟹はミソを食べる蟹なので、まだ食べたことが無い方は、是非とも両方を味わってほしいです。
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隣りの人が美味しそうな食べ方をしていたので撮らせていただきました。蟹みそチャーハンにさらに蟹ミソを乗せていました。これはいいですね。
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⑭ デザート
中国でデザートと言えばスイカが定番ですが、ここではキンカンとヒシの実が出されました。この辺りの名産品なのだと思います。ヒシの実は見たことがないくらい大きなものが出されました。


食事の後はレストランの蟹の水槽と生簀を見学させてもらいました。沢山の蟹料理に対応した規模の大きな生簀でした。上海蟹 / 大閘蟹の分類学上の名前はチュウゴクモクズガニ(Chinese mitten crab)です。
   界 : 動物界 Animalia
   門 : 節足動物門 Arthropoda
 亜門 : 甲殻亜門 Crustacea
   綱 : 軟甲綱 Malacostraca
 亜綱 : 真軟甲亜綱 Eumalacostraca
 上目 : ホンエビ上目 Eucarida
   目 : エビ目(十脚目) Decapoda
 亜目 : エビ亜目(抱卵亜目)Pleocyemata
 下目 : カニ下目(短尾下目)Brachyura
   科 : イワガニ科 Grapsidae
   属 : モクズガニ属 Eriocheir
   種 : チュウゴクモクズガニ E. sinensis


レストランから出ても周りは渋滞していました。これから来る人、帰る人でいっぱいでした。今回の上海蟹のフルコース料理の値段は350元(6700円)でした。道沿いには沢山のレストランがあり、もっと安く食べれるところもあるようでした。
上海で上海蟹のフルコース料理を食べようとすると1人あたり約1000元(19170円)することから、上海を中心に遠くから沢山の人が訪れるのだと思います。


いたるところに蟹のレストランや販売所がありました。


道端では蟹を売っている人を沢山見かけました。


高速道路に乗るまでの一般道路には沢山の露店が出ていました。


やっと高速道路に乗りました。この日、宿泊する無錫のホテルに向かいました。


マークの場所が陽澄湖です。大昔は太湖の一部でした。この日は無錫(无锡)に泊まりました。現在の太湖の広さでも2250k㎡(琵琶湖の約3.4倍)ですが、昔はかなり広かったようです。さらに昔の古代には東シナ海でした。
クリックするとGoogle地図を表示

高速道路から巴城料金所で下りて上海蟹レストラン街で食事をして陽澄湖北料金所から高速道路に乗りました。レストラン街の辺りは中国語では「昆山巴城阳澄湖大闸蟹养殖基地」と呼ばれているようです。
  A  巴城料金所(巴城収費站)
  B  上海蟹レストラン街(巴城阳澄湖蟹舫苑)
  C  陽澄湖北料金所(阳澄湖北収費站)
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上海蟹レストラン街の航空写真です。マーク( B )のレストランで食事をいたしました。レストランが池の上に建っていることが判りました。上で紹介した蟹の生簀も池を利用したものだったのです。写真をクリックすると、はっきりとわかると思います。
今回のレストランのことをネットでは金缘舫水上餐船と呼ばれていることから水の上に浮いたレストランかもしれません。
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サンクトペテルブルグのネフスキー大通り [ロシア]

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ロシアのサンクトペテルブルグに6月29日に入り、7月2日にロシアからフランクフルを経由して帰国しました。モスクワに住んでいる日本の人に日本を出る前からサンクトペテルブルグに行くのであれば、ネフスキー大通りに行くことを薦められたので地下鉄に乗って来てみました。
上の写真は地下鉄のNevskiy Prospekt駅の建物を出たところです。時間は18時30分ですが、まだまだ明るいので散策は心配ありませんでした。掲載している写真はクリックするとすべて拡大するので是非とも拡大してみてほしいです。

上の写真とは反対方向の景色です。沢山の車が走っていました。この通りには歴史のありそうな古い建物が沢山ありました。いくつか紹介いたします。
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これは教会だと思います。両側の建物とつながった、面白い構造の建物でした。
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これはカザン聖堂です。サンクト・ペテルブルクのカザン聖堂は、アンドレイ・ヴォロニーヒンの設計によるものだそうです。ヴォロニーヒンは、聖堂建築に当たって、ローマのサン・ピエトロ大聖堂を手本に設計したそうです。1801年に着工、1811年に完成したそうです。
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このような建物もありました。ロシア語で書かれているので残念ながら名前がわかりません。
追伸「etuさんにインペリアルと書ていることを教えていただきました。ありがとうございます。」
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ネフスキー大通りの中でも、ひと際目立つ建物がありました。調べると旧シンガーミシン社のビル(シンガーハウス)だそうです。
建築家パーベル・シュゾール(Pavel Suzor)の設計による1902年~1904年に建てられた建物で、ロシア革命前まではシンガーミシン社のロシア支社の本社だったそうです。ロシア革命後は書店になったので「本の家」とも呼ばれていますがシンガーハウスの方が我々にとっても馴染みやすいです。
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この建物の屋根のガラス張りの飾りが、この建物を目だたせています。
この下の写真だけはクリックすると特別に大きく拡大するように設定しておりますので、是非とも拡大した写真を見てください。
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シンガーミシン社に関して追記させてもらいます。2010年7月10日 16時48分
シンガー社は1851年アメリカ生まれのアイザック・メリット・シンガーがニューヨークの法律家エドワード・C・クラークと共に I.M. Singer & Co. としてミシン製造会社として創業しました。1865年に Singer Manufacturing Company に改称、さらに1963年に The Singer Company に改称しました。元々は全ての製造をニューヨーク市内の工場で行っていました。
1902年から1904年にロシア支社の本社ビルとしてサンクトペテルブルクのネフスキー大通りのカザン聖堂の向かいに建設されたシンガーハウスは有名でアール・ヌーヴォー様式の美しい姿を見せており、ロシアの文化遺産となっています。
第二次世界大戦中、シンガーは各国政府と兵器製造の契約を結んだため、ミシンの製造を停止してノルデン爆撃照準器、M1ガーランドライフル、M1911拳銃などを供給し、ドイツ国内の工場はナチスに兵器を供給したそうです。
現在、シンガーはSVP Worldwide社の傘下で電子式ミシンなど各種民生品を製造しています。競合企業としては、ブラザー工業、アイシン精機、Necchi、E&R Classic Sewing Machines などがあります。

横断歩道を渡る風景です。軍人さんらしい制服の帽子がロシアらしい気がします。
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さすがロシアのトロリーバスです。横幅が大きいです。
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ネットのwikipediaに1890年代のニコライ駅近くのネフスキー大通りの絵が掲載されていたので拝借いたしました。
そのネットによるとネフスキー大通り(Не́вский проспе́кт)は、ピョートル大帝によって、ノヴゴロドとモスクワへの街道として建設が計画されたそうです。
現在のネフスキー大通りの沿道には、ペテルブルクを代表する建築が立ち並びます。
主なものとしては、建築家バルトロメオ・ラストレッリによるストロガノフ宮殿、ペテルブルクにおける巨大な新古典主義建築として知られるカザン聖堂、アール・ヌーヴォー様式のジンガー書店(旧シンガーハウス)、18世紀に建立された6つの教会や、啓蒙専制君主として名高い女帝エカテリーナ2世の記念碑など歴史的、宗教的施設の他、ゴスチーヌィイ・ドヴォールとよばれる18世紀のショッピングセンターや、グランド・ホテル・ヨーロッパ、ネフスキー・パレスなどのホテルが林立しています。
この他、文教施設としては、ロシア国立図書館があります。ネフスキー大通りのほぼ真ん中をフォンタカ運河が横切りますが、ここに掛けられているアニーチコフ橋は馬の銅像とともに有名だそうです。
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本場のボルシチ [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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7月2日16時10分にエストニアとの国境近くの森林に囲まれたロシアの小さな村からサンクトぺテルブルグとフランクフルトを経由して26時間10分かけて日本に帰ってきました。
そこの猫ちゃんのいた、小さなホテルの昼食で出てきたボルシチです。ボルシチと言えば肉を煮込んだスープを思い浮かべていましたが、サンクトペテルブルグあたりでは、「この赤カブの冷たいスープが代表的なボルシチ」と小さな村まで同行してくれたサンクトペテルブルグで生まれてサンクトペテルブルグ大学の日本語学科出身の右の写真の美人の方に教えてもらいました。サワークリームは必ず乗せるそうです。ちなみに、この方は交換留学生として日本にも1年間ほど住んでおられたとのことで日本語が上手でした。
赤カブは右下の写真のテーブルビートと呼ばれているものだと思われます。形がカブに似ているので赤カブと呼ばれることもあるそうです。スープの中の具は赤蕪や胡瓜などの生野菜が中心のスープサラダ言ったほうが判りやすいさっぱりとした料理でした。今回、掲載の料理の写真は3枚ともクリックするとすべて拡大するように設定していますので、気になった写真があればクリックしてみてください。我々が赤カブと呼ぶラデッシュはアブラナ科ダイコン属であり種類が違います。
クリックすると拡大   門 : 被子植物門 Magnoliophyta
   綱 : 双子葉植物綱 Magnoliopsida
   目 : ナデシコ目 Caryophyllales
   科 : アカザ科 Chenopodiaceae
   属 : フダンソウ属 Beta
   種 : ビート B. vulgaris
  亜種 : テーブルビート B. v. vulgaris

メイン料理はスズキのグリルにしました。小さいホテルなので肉料理とこの料理の2種類だけの選択肢でした。なかなか美味しかったです。ご飯が乗っていますが、ロシアではご飯が一般的に食べられていることも新たな発見でした。
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クリックすると拡大飲み物として出てきたのがこれです。
甘酸っぱい飲み物でした。
アプリコット類のジュースです。
こちらもクリックすれば拡大します。
出発地は正確にはスランツイの近くの小さな村です。ここを9時(日本時間 14時)に出発して家に着いたのが翌日の16時10分でした。
すでにロシアの猫ちゃんというタイトルの記事で紹介したエストニア国境近くの小さな村からサンクトペテルブルグ空港までのルート図です。
家までの帰国ルートはスランツイ(ロシア 7月1日9時) サンクトペテルブルグ空港(ロシア)→フランクフルト空港(ドイツ)→成田空港→家(7月2日16時10分)です。

ロシアで、やっとロシアっぽい車に出会えました。 [ロシア]

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ロシアも都会ではポルシェやベンツなどの高級車が沢山走っております。高級車の類ではなくても新しい車が多かったです。田舎に行っても新しい車は沢山走っていますが、古い車が多くなってきます。そんな中でエストニアとの国境近くの小さな村で上の写真の車に出会えました。なかなか見ることは出来なくなった種類ではないでしょうか。写真はクリックすると拡大します。

ネットで調べていて、この車のことが判りました。
驚いたことに、今でも同じモデルがあるのです。下記の写真はネットから拝借いたしました。この下の写真の車は2009年モデルだそうです。メーカー名はワズ(UAZ)で1941年創業で、当初は軍事用の武器メーカーから出発し、間もなく自動車工場としてモスクワ近郊でトラックメーカーとして製造を始めたそうです。その後、ポルガ河流域に位置しレーニンの生まれた町「ウリアノスク」に移転して、世界的にも珍しい四輪駆動専門自動車メーカーとして社名も現在のウリアノスク自動車工場の略称「UAZ」となり、1958年には、今回のタイプのVAN、ピックアップの製造が始まったそうです。マークはカモメをモチーフとした飛行時におけるバランスの良さと真円は技術の正確さ、製品の完璧性を表しているそうです。


車の性能表です。
ネットの内部写真を紹介しておきます。クリックすると拡大します。
DSC017781.jpg
DSC017771.jpg
値段は日本に輸入した場合の価格です。外観は50年前と変わらないと聞いて納得です。

動画がネットにあったので掲載いたします。



追伸 タイトル:日本でも「ロシアっぽい車」がありました。
so-net内で、この車を掲載されている方がおられましたので紹介いたします。
schnitzerさん今日も都内で…【都電荒川線 荒川車庫】です。
クリックするとschnitzerさんの記事を表示見たことがあるような、ないような…珍しいバンが停まってます。
どっかの国の四駆です。ウインチまで付いてます。
どこだったっけかなぁ~。
     トラックバックさせてもらいました。


terrybearさんがコメントで紹介していただいたVWのバナゴン(ヴァナゴン)の丸目の古い形をネットで探してみました。1963年型だそうです。このタイプのことでしょうね。私も見た記憶があります。



ベトナムとカザフスタンでもUAZを見かけました。→ポチッ
これがベトナムで撮った写真です。UAZのマークはありませんが、まさにUAZの車です。長い年月の間にマークが取れてしまったのではないかと思います。


こちらもベトナムで走っていた白い色のUAZの車です。こちらの車にはUAZのマークがちゃんと付いていました。それにしても屋根の上の荷物の量はすごいです。


こちらはカザフスタンで見つけたUAZの車です。

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小さな村のホテルでディナー [ロシア]


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紹介したエストニアとの国境近くの小さな村のホテルで食べた夕食です。魚料理と肉料理を出してもらいました。魚はスズキの仲間で白身です。薄い衣をつけて揚げた料理です。

サラダは迫力がありました。キュウリのピクルス、ラディッシュ、ミニトマトにピーマンです。
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ローストビーフにソーセージにハムも出てきました。
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そうなるとビールがほしくなります。ビールを頼むと黒ビールが出てきました。不思議に思って聞いてみると、実はホテルには、この黒ビールしか置いていませんでした。それでも美味しかったので満足でした。


最後に出てきたのはポークステーキです。トマトとチーズが乗っており、ついビールを追加してしまいました。昼食と同じように、ご飯が乗せられていました。
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この小さなホテルの夕食でした。
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ホテルの周りの雰囲気をお伝えしたいので航空写真を掲載いたしました。クリックすると、もっと広範囲を表示します。上の写真は南が側から撮った写真です。黄色い線が高い鉄柵の塀の位置です。


サンクトペテルブルグから今回のホテルのあったエストニアとの国境近くの小さな村までのルートです。

追い抜きはスリルがありました。 [ロシア]



この画面だけを見ていても普通の追い越しに思われると思います。ロシアの車窓という記事で街中の渋滞も含めて190kmの一般道路を2時間40分で走ったことを紹介したとおり、車は一般道路ですが時速120kmで走りました。
右のスピードメーターでは時速115kmを表示していますが時速140kmで走ることもありました。我々以外の乗用車も、みんな早く走りますがトラックは乗用車ほどのスピードではないために、どうしても追い抜き操作が必要になってきます。
対向車線の乗用車も当然スピードがあります。対向車とは遠く離れているようでも、かなりきわどい追い抜きがあることは想像してもらえると思います。

運転手さんは、慣れており、慎重に追い抜きをしていることも伝わってきますが、このような追い抜きに慣れてない日本人にとってはスリルのあるドライブとなりました。
ロシアのサンクトペテルブルクからエストニアの国境近くのロシア側の小さな村までの旅の途中の出来事でした。


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ロシアの車窓 [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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6月29日にドイツのベルリンからロシアのサンクトペテルブルグに入りました。ホテルに着いたのは17時50分でした。 翌日の6月30日に車でホテルを出発してエストニアとの国境近くの小さな村に行きました。その時の車窓を紹介します。

サンクトペテルブルグからエストニアとの国境近くの小さな村までのルートは下記の地図の赤線です。ほとんどが一般道路で距離は190kmあるため4時間は覚悟していました。


8時5分この写真はサンクトペテルブルグ市内のホテルの前の景色です。
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8時33分 サンクトペテルブルグ近郊は道もきれいで近代的な建物が多くありました。


9時23分 少しサンクトペテルブルグから離れると木造の民家が時々ある風景に変わってきます。


9時26分 家があるのは稀で、ほとんどがこのような牧草地の風景が続きました。このあたりは英語ではVOLOSOVSKIY D.という地名のようです。


9時47分 民家は集まっています。木造で屋根はスレートが多かったです。
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10時2分 実は道路の両脇には木が残されているため、上の写真は簡単には撮れません。それに一般道路と言えでも時速120kmで走るため鮮明な写真を撮るのは難しいのです。写真を撮る一番いいチャンスなのが鉄道線路を渡る時なのです。木がなくなる上にゆっくりと走ります。遠くまで景色が見える絶好の撮影ポイントなのです。
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10時10分 サンクトペテルブルグを出てから目的地に着くまでの間にある唯一の町で、キンギセップという町です。あとは村程度の大きさの人家があるだけの道でした。
全工程の4分の3ほど走ったあたりの位置でした。町の名前をネットで日本語検索すると出てきました。
キンギセップ(Ки́нгисепп / Кингисе́пп)はレニングラード州の西部にある都市で、昔はヤムブルク(ヤームブルク、Я́мбург, Yamburg)やヤマ(ヤーマ、Я́ма)と呼ばれていました。人口は50,295人(2002年)です。ノヴゴロド州からレニングラード州を経てフィンランド湾に注ぐルーガ川(Луга)が町をながれています。右の画像はキンギセップの紋章です。この町が最初に記録に現れるのは1384年のことで、ノヴゴロド共和国がスウェーデンに対抗するためにこの場所に要塞(クレムリ)を築いたそうです。


翌日に帰るときにキンギセップで撮った写真です。調べるとヤムブルク大聖堂で、イタリア人建築家アントニオ・リナルディ設計の後期バロック建築で、1764年から1782年にかけて建設されたそうです。移動しながらの上、窓の反射のために、きれいに撮れていない為にクリックするとネットの写真を表示するようにしました。


10時18分 また線路を横断しました。ロシアは世界で最大の国土の国で人口密度は小さい方から4番目の国です。ロシアと日本を比較してみました。
         日本           ロシア
 人口  127288419人     141903979人   1.1148倍
 面積    377914km²    17075200km²  45.1828倍
 GDP  4兆9,106億ドル    1兆6,765億ドル  0.3414倍
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10時26分 このあたりからは人家は少なくなり森林の中を走っている状態になってきます。遠くに見えるのは白樺の林で針葉樹と白樺がこのあたりの木の主体になってきます。


10時31分 また線路を横断しました。針葉樹の中を列車が走っていることが判ると思います。


10時33分 道路脇も深い針葉樹の森林に囲まれていました。


10時45分 到着しました。4時間を覚悟していた190kmの一般道路を2時間40分で走りきりました。小さな村の泊まったホテルです。
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サンクトペテルブルグの地下鉄 [ロシア]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

ベルリン(ドイツ)からサンクトペテルブルグ(ロシア)のホテルに6月29日の17時50分に着きました。この時期は白夜の季節のため遅くまで明るいので有名なネフスキー大通りに行ってみることにしました。地下鉄が便利なのでホテルの人に地図で説明してもらい、さっそく地下鉄に乗りました。ホテルの場所に近いTekhnologicheskiy Institut駅からNevskiy Prospekt駅まで2駅乗りました。驚かされたことがいくつかありました。もっとも驚かされたのがエスカレーターの長さです。東京で数十mの深さのエスカレーターは何度も乗り少々の深さのエスカレーターには驚かない自信ががありましたが、乗った瞬間、尋常ではない長さを感じました。東京のエスカレーターより遥かに深いことを直感しました。日本に帰ってインターネットで調べるとやはりサンクトペテルブルグの地下鉄は世界一深いと書かれていました。100mの深さの駅もあるそうです。この駅の深さは判りませんが地上から一気にホームまでエスカレーターで降りるのです。上の写真はTekhnologicheskiy Institut駅のエスカレーターです。

Tekhnologicheskiy Institut駅の入口です。次に驚かされたのが地下鉄の駅は建物の中にあることでした。それも地下鉄専用の建物なのです。


地下鉄の入口で、さらに驚かされたのが、扉がついていることなのです。沢山の人が出入するのにすべて扉がついていました。このような入口が建物に沢山ありました。


Tekhnologicheskiy Institut駅のホームです。両側の柱の奥に上り線と下り線がありました。どちらに乗ったらいいか迷っていると親切に女性の人が声をかけてくれて地図を見せて行きたいところを言うと乗る側のホームを教えてくれました。サンクトペテルブルグの市民の人の親切さに驚かされました。感謝です。反対に乗ってしまうと大変です。


Nevskiy Prospekt駅のホームです。大きさに驚きです。こちらの駅でも両側に柱があり、それぞれの柱の奥に上り線と下り線がありました。


地上に出ました。これがNevskiy Prospekt駅です。地下鉄専用の建物の大きさにまたまた驚かされました。沢山の人が条項するためドアの数も半端ではありませんでした。この写真はクリックすると拡大します。
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切符の買い方を紹介いたします。距離は関係なく均一料金なので迷うことはありません。人数だけ手で示せば、何とか買えます。ここでも驚かされました。それは渡された切符でした。


これが、驚かされた切符です。切符は紙だと思い込んでいたので、お釣のコインと思ってしまいました。切符を受け取っていないと言うと、このコインを指差されて切符であることが判りました。クリックすると拡大した切符が見れます。


改札機にコインを入れると入れます。ただしほとんどの人がICカードで入っていました。旧式の改札機のように見えましたが最新のノータッチのIC式であることに、またまた驚かされました。


最後にもう一度世界一長くて深いサンクトペテルブルグの地下鉄のエスカレーターのすごさを実感してください。このエスカレーターはNevskiy Prospekt駅のエスカレーターです。地質の関係で深くなったとそうですが、核戦争を想定したシェルターの役割があったからこそ経済性を度外視して深い地下鉄を50年以上前に作ったと直感的に感じました。だから入口はすべて、頑丈な建物の中にある上に一人が通れる幅のドアがすべてついているのだとも感じました。サンクトペテルブルグの地下鉄が開通したのは1955年で、今回乗った2号線は1961年に開通したそうです。沢山驚かされた上に趣のあるすばらしい地下鉄でした。是非ともサンクトペテルブルクに来る機会があれば、乗って深さを体験してほしいと思いました。

モスクワにも斬新な高層ビル [ロシア]

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モスクワに到着した日に泊まったホテルからのロシア様式の歴史のある高層ビルの景色を紹介しましたが、同じホテルの位置から近代的な超高層ビルも見ることが出来ます。それも斬新なデザインのビルが並んでいました。ホテルに向かう途中に車の中から撮った写真です。

夕刻で且つ西方向だったので逆光の写真で上の写真とほ別のビル群のように見えますが、実はこ同じビル群を泊まったホテルの前のモスクワ川から撮ったものです。超高層ビルはまだ限られた場所に建っていますが、これから増えていくのではないでしょうか。


上の写真の場所の航空写真です。空から見るとわかりにくいけれども影の長さで超高層ビルであることがわかります。


グリボエードフ運河で水上バイク [ロシア]


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ロシアのサンクトペテルブルグから帰国(2010年7月2日)して一週間が経ちました。
昨日は50年前と変わらないスタイルで今でも売られているロシアの車を紹介しましたが、対照的な乗り物を紹介いたします。
サンクトペテルブルグには大きなネヴァ川や細い川(たとえばモイカ川)が沢山流れており川からの景色がきれいで沢山の観光船が走っていました。街の中には川から運河がつながっており、そこも観光名所になっています。ここはスパース・ナ・クラヴィー大聖堂の横を通るグリボエードフ運河です。大聖堂を見ていると突然に水上バイクがやってきました。観光船は沢山通っていましたが、町の中を水上バイクというのも珍しく掲載させていただきました。スパース・ナ・クラヴィー大聖堂に関しては、あとで詳しく掲載させていただきます。この走る勢いを見ているとロシアの経済も復活してきたのかな。と感じてしまいました。写真はクリックすると拡大いたします。

スパース・ナ・クラヴィー大聖堂とグリボエードフ運河の航空写真を掲載いたします。マイナスのアイコンを数回クリックするとサンクトペテルブルグの中の、この場所の位置が判ると思います。


ロシアで観光クルーズ [ロシア]

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サンクトペテルブルグの町には大きなネヴァ川を中心に小さな川や運河があります。そのためクルーズ船で町の中を廻ってみるのはいい方法だと感じました。
丁度、スパース・ナ・クラヴィー大聖堂を見ているときに近くをクルーズ船が通りました。

ひっきりなしにクルーズ船が通っている上に、屋外席は、どれも満席状態でした。皆さんカメラで写真を撮られていました。この写真はクリックすると広い範囲を表示いたします。
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見えている建物はスパース・ナ・クラヴィー大聖堂です。同じ運河を水上バイク(ジェットスキー)が通っていました。こちらの船は室内席も沢山の人が乗られていました。
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活きイワシ料理 [神戸]

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神戸市の三ノ宮で懐かしい人のお祝いの飲み会がありました。私も含めて関東から3名と海外から1名が駆けつけました。
その飲み会で選んでいただいたのが、活きたイワシを料理だしてくれるお店でした。上の写真は、お店の生簀で泳いでいたイワシ(鰯)です。お店の名前は、ずばり「いわし屋」です。
お祝いの席があったのは2014年10月17日でした。

こちらが前菜です。鰯と豆腐ともう一品が乗っていました。
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やっぱりビールです。左は料理のコースを決めていなかったので、お店に入ってすぐに出されたお通しです。


活きイワシ料理と言えばやっぱり刺身です。イワシとは思えない張りのある身で、驚きの美味しさでした。活きたイワシでしか味わえないものでした。


刺身の部分を拡大いたしました。これを食べるために、今回のお店を選択していただいたのだと思います。
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刺身が盛り付けられていた周囲に並べられていたイワシの骨は、後で骨せんべいにしてもらえました。
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鰯の塩焼きもすばらしかったです。
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揚げ出しの料理です。これはイワシではなく蟹の身でした。
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玉子焼も出てきました。なぜがクコの実が飾られていました。
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サザエのつぼ焼きも出てきました。
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締めは茶漬けです。青魚の塩焼きの茶漬けを食べたのは初めてでしたが新鮮だから出せる味だと思いました。
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お店を紹介いたします。臙脂色マーク( )がお店の位置です。
 店名 いわし屋
 住所 兵庫県神戸市中央区北長狭通1-9-17
 電話 078-392-1848
 営業 17:00~23:00
 定休 無休

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追伸
今日2014年11月10日から11月17日まで海外に行って来ます。その間は、ネット事情から皆様のところに訪問できないことお許しください。家は7時に出発いたします。今回は上海蟹も食べる計画もあるとのことなので楽しみにしております。

紅葉の「おしどり隠しの滝」 [蓼科]

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秋の御射鹿池を報告させていただいたので、近くにある「おしどり隠しの滝」の秋の姿も紹介させていただきます。クリックすると拡大上の写真が2014年10月20日の「おしどり隠しの滝」で左の小さな写真が2014年7月1日の「おしどり隠しの滝」の写真です。7月1日に来た時に紅葉の姿を見たくて再訪問したわけです。生憎の雨模様で遠くの景色は霞んでいますが、紅葉としては読み通りに最高の時期のようでした。

右の建物は明治温泉旅館です。
ここには御射鹿池の近くに車を停めて歩いてきました。
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緑色マーク( )が御射鹿池で空色マーク( )が「おしどり隠しの滝」です。実はワンコをつれて横谷渓谷を歩く赤色ライン()の横谷峡遊歩道を散策するつもりで来たのでした。

より大きな地図で 横谷峡遊歩道 を表示
途中に鉄製の長くて急な階段がありましたが、ワンコは家の階段に慣れているので「おしどり隠しの滝」の滝壺までは、たどり着けましたが、ここで前に進むのを断念することになりました。


クリックすると拡大左の緩い階段が横谷渓谷へ進む遊歩道です。実は、この階段が金網状に引き伸ばした鉄板のエキスパンドメタル(右の写真)で出来ていました。足の小さいワンコは隙間に足が入ってケガをする恐れがあったことから、御射鹿池に引き返すことにいたしました。道の脇を通るなどして、なんとかここをやり過ごしたとしても、この先にどんな難所があるかわからなかったのです。そこで写真の撮影に専念いたしました。
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滝壺からの紅葉の「おしどり隠しの滝」を紹介いたします。
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別の角度からの滝の風景です。ここは強酸性を好むチャツボミゴケが生えていることでも有名です。滝の淵の緑の苔がチャツボミゴケです。
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滝から下流側の紅葉もきれいでいた。
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御射鹿池から「おしどり隠しの滝」に向かう道からの紅葉の景色も紹介いたします。
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横谷渓谷を挟んだ向かいの山の紅葉です。
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いろんな色の紅葉があるのでズームでも撮りました。雨が降っているので望遠レンズには交換できなかったので標準のズームで拡大いたしました。
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道野脇の紅葉も見事でした。
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もう一つの溜め池 [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

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クリックすると記事を表示諏訪のインターを降りて真直ぐに右の写真の御射鹿池(みしゃかいけ)に向かいました。御射鹿池は東山魁夷画伯の「緑響く」のモチーフなったことで有名な池で、その御射鹿池の紅葉を見たかったので蓼科・上高地旅行の最初の訪問場所にいたしました。ナビでは御射鹿池が出てこなかったので近くの明治温泉をナビに入力していました。御射鹿池に近づいたところにきれいな池がありました。
クリックすると拡大御射鹿池には一度来ているので、この池が御射鹿池でないことは知っていましたが、きれいな池なので御射鹿池から下りてくるときに、こちらの池に寄ってみました。蓼科の友人宅に着いてから聞くと、初めての人は御射鹿池と間違えることもあるそうです。上の写真が御射鹿池の下流の小さな池です。

上の写真を切取り拡大いたしました。近くに有名な御射鹿池があるために見向きされませんが、単独で存在したならば、結構きれいな池と思い掲載いたしました。
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この池は御射鹿池と同じ目的で作られた人工的な溜め池です。御射鹿池は雪解け水を温めると同時に強酸性の水を薄めて農地に利用するために1933年に作られました。ところが御射鹿池から下流の農地に届けられる前に、伏流(流水が地面下を流れる)して酸性度が高くなっていまうことから再度酸性度の希釈(平均化?)と水を温める目的として、終戦(1945年8月)のすぐ後に作られたそうです。池の名前はまだ調べ切れていないので「もう一つの溜め池」とさせていただきました。
                標高    築年
 御射鹿池       1528m 1933年
 もう一つの溜め池 1260m 1946年ごろ

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冒頭の写真は道路側から撮ったものですが、こちらは堰堤側からの写真です。
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上の写真も切取り拡大いたしました。
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御射鹿池と標高で300mの差があるので御射鹿池よりは紅葉は少し遅れているようでした。カラマツの紅葉が進むと、さらにきれいな景色を見せてくれると想像されました。左側に道路が見えます。
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御射鹿池から流れて来る小川です。水はすばらしくきれいでした。この池の名前をご存じの方がおられたら是非ともお教え願います。
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我家のムサシも小川の水を飲んでいました。強酸性とのことですが、PH4程度なので特に害はないと思い満足するだけ飲んでもらいました。
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水を飲んでいるアップの写真です。さぞかし自然の伏流水は美味しかったと思います。

御射鹿池の紅葉 [蓼科]

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上の写真は2014年10月20日の御射鹿池(みしゃかいけ)です。秋の御射鹿池であり紅葉の御射鹿池です。少し小雨が降り始めるような天気でしたが、見事な景色を見せてくれました。2014年7月1日にも御射鹿池に来たことがあり、是非とも紅葉の御射鹿池を見たくなって、今回の蓼科・上高地旅行で最初に来た場所でした。

7月1日に撮った写真と同じ構図を、上の写真から切り取りました。
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こちらが7月1日の写真です。
季節によって全く違う雰囲気を見せてくれていることが判ってもらえると思います。
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実は、上の写真の構図は東山魁夷画伯の「緑響く」と同じなのです。クリックすると拡大構図や木々の形は違いますが御射鹿池の雰囲気を取りいれていることが感じられると思います。さらに御射鹿池を有名にしたのがSHARPの液晶テレビAQUOSのCM(右の写真)に御射鹿池が使われたことでした。


それでは御射鹿池の紅葉の写真を紹介させていただきます。背景の落葉針葉樹はカラマツ(落葉松)です。カラマツはマツ科の落葉樹であり、日本固有種であり、ただ一つの落葉性の高木です。
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こちらの景色も見事です。御射鹿池の名前は、諏訪大社に伝わる神に捧げるための鹿を射るという神事「御射山御狩神事」に由来があると云われています。
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水辺が写った写真も雰囲気があります。湖水はpH4前後の強酸性で、湖底に酸性水を好むチャツボミゴケが繁茂しています。
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水が流れ込んでくる小川の景色です。
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池の上に垂れさがる紅葉は独特の雰囲気があります。
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何人も写真を撮りに来られていました。


皆さんが撮られている中で、これが一番人気の構図のようで。
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地図の中の緑色マーク( )が御射鹿池です。赤色マーク( )は下流側にある御射鹿池に似た溜め池です。下流側の溜め池は、下から登ってくると御射鹿池と間違われることもあるようです。御射鹿池の標高は1528mのところにあり、もう一つの溜め池は1260mのところにあります。

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本場・明石で玉子焼を食べました。 [兵庫県]

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先日、十年以上も食べていなかった明石焼きを東京で食べたことを紹介したばかりでしたが、本場の明石で、その明石焼きを食べる機会がありました。上の写真がその明石焼きです。朱塗りの板は手前が低くて奥が高くなっていました。
食べやすく配置されるのが本場の明石焼きでした。

メニューの最初のページに、ど~んと載っていました。中に使われている蛸は地元の明石タコが使われて10個で400円は安いです。お店の中で食べさせていただきましたが、持ち帰りに何人も買いに来られていました。


焼くところを撮らせていただきました。普通のたこ焼きは金属の千枚通しのようなキリを使いますが。こちらでは2本の竹ベラを使っていました。やわらかいので竹ベラ(あるいは菜箸)なのだと思います。
たこ焼きが鉄板を使うのに対して明石焼は銅版を使うのも特徴の一つです。
銅板の上に朱塗りの板をかぶせて銅板ごと、ひっくり返して板の上に明石焼きをきれいに並べるのです。銅板の淵の部分が高くなっているのがミソです。この高くなった淵のおかげで板を上にかぶせてひっくり返せるわけです。柔らかな玉子焼(明石焼)を作る工夫が集約された道具なのだと思いました。
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玉子焼を拡大してみました。ふわふわ感が伝わるでしょうか。写真をクリックするとさらに拡大するので、ふわふわ感と美味しさが伝えられるかもしれません。
明石の玉子焼は見た目はたこ焼きに似ており柔らかく直径5cm程度の球形が自重で押し潰れたような形をしています。江戸時代の終わり頃から食べられていて、たこ焼きの元になった食べ物といわれているます。
玉子焼は、約160年の歴史を持つと言われていますが、現在の玉子焼を商売としてはじめたのは、95年前の大正八年(1919年)から玉子焼の屋台を引いていた、現在の樽屋町にお住まいだった向井清太郎さんと言われています。向井さんの玉子焼は評判となり、口コミで広がり人気があったそうです。そして大阪にもその評判が伝わり大阪から業者が見学に来る程、有名になったそうです。
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材料に鶏卵を使う点、生地が非常にやわらかい点、小麦粉以外に沈粉と呼ばれる小麦でんぷんの粉を使う点、焼き板が熱伝導が良い銅製である点、明石焼きを裏返すのに銅製の焼き板を傷つけないよう、金属製の道具を用いず菜箸を使う点、具が基本的にタコのみである点などが、いわゆる大阪のたこ焼きとは異なります。
小さなまな板状の木製の皿に盛り付けられ、添えて出される出汁に浸けて食べます。この出汁に浸して食べるスタイルこそが、玉子焼きの最大の特色です。出汁も美味しく飲めました。
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地元といえども明石蛸は値段が高いですから「明石だこ」が使われているのはうれしいです。明石蛸の美味しさの秘密は、先ずは美味しい餌が豊富なことだそうです。明石海峡には海老や蟹(特に大好物のフタホシイシガニ)が繁殖して、それを食べています。次の理由が海流です。明石海峡の早い潮流の中、蛸を大好物と狙う敵に身を隠しながら、すばしっこく暮らさなければならないことが筋肉質な体を作り出し、かみ締めるほどに味の出る、超一流の明石蛸の味の秘密だそうです。
明石では玉子焼とよばれています。明石以外では明石焼とよばれます。明石市のなかでも特に明石駅の南側の魚市場・魚の棚あたりにある店舗が有名で、明石を目指す観光客の目的の一つにもなっています。「明石焼」のみの表記の店舗(玉子焼の表記がない店舗)には老舗は少なく、むしろ観光客向けの店舗だそうです。
私の入ったお店は明石駅の近くではなく西明石駅前にあるお店「玉子焼ピコ」です。こちらでは玉子焼と明石焼の両方が使われていました。
写真の中で気になるものが右の「揚げピコ」です。3個が130円で6個が250円と書かれています。これはどうやら明石焼を油で揚げたもののようです。ワンコインセットが500円と書かれていますが明石焼+生ビールが500円なのです。つまり生ビールが100円で飲めるサービスです。ここは、明石駅の近くのように観光客の多いところではないので、味のよくわかった地元の人がお客さんのため、味は本物だと思います。
お店の中では明石焼以外に、いろんな酒の肴がありました。明石は魚が美味しいところなので刺身も新鮮なのが食べれそうでした。隣のテーブルでは玉子焼や酒の肴に焼酎のお湯割で盛り上がっていました。
  店名 玉子焼ピコ
  住所 兵庫県明石市西明石南町1丁目4−13
  電話 078-922-8590
  最寄 JR西明石駅
  SV  http://goo.gl/maps/b6Utj


作り方をネットで調べてみました。ただし本レシピは専門店のレシピではないので参考としてください。
 材料(4人分)
  ・明石ダコ 適量
  ・卵     3個 
  ・だし汁   2カップ 前日から昆布を浸けておいた水に塩やカツオで味付
  ・小麦粉  60g
  ・じん粉   60g
  ・つけ汁  適量   だし汁にカツオ・薄口醤油を加えて煮立てる
 手順
  1.タコを塩でもんでぬめりを取り、水でよく洗う。
  2.タコをたっぷりのお湯でゆで、1センチ角程度に切る。
  3.小麦粉とじん粉をふるいにかけ、だし汁で溶く。
  4.さらに卵を溶き、加える。
  5.熱した鉄板に仕込んだ4.を注ぎ、そこへタコを1個ずつ入れる。
  6.形を丸く整えながら、丁寧にひっくり返し、ふっくらと焼き上げる。
  7.お好みでつけ汁に三つ葉を加え、お熱いうちに召し上がれ。
   ※つけ汁は熱くても冷たくても、どちらでもお好みに合わせて。
下記の地図の臙脂色マーク( )が、お店「ピコ」の場所です。明石市には沢山の明石焼のお店があります。観光協会に登録されているお店だけで34軒もありました。神戸市須磨区に住んでいる頃(29歳~37歳)によく行ったのは明石の魚棚にある「明石焼 よし川」というお店です。今はTVや雑誌でとりあげられている有名店になりました。

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中学時代の仲間と明石焼き 比呂 [東京]

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2014年11月5日追伸 タイトル: 中学時代の仲間と東京で明石焼き
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昨日(2014年11月4日)、右の写真の中学生時代の懐かしい仲間4人で、飲みました。左から二人目が私です。いつもこの中の両端の2人と計3人で年に2回ほど飲んでいたのですが、その中の1人がFacebookで同窓生の人を見つけて連れてきてくれました。この方とは中学校を卒業以来、初めて会ったわけです。中学校があったのは兵庫県神戸市なので隣りの明石市の名物である明石焼きが食べるお店を選んでくれたわけです。こちらのお店へは3人で2010年8月25日にも食べに来ました。その時の記事に追加する形で掲載させてもらいました。

明石焼きは玉子主体の柔らかいたこ焼きで「つゆ」につけて食べます。
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18時開店で18時にお店に入ると一番乗りでした。おかげでお店の中の写真を撮ることが出来ました。


中学校時代の話になると懐かしい先生の名前が何人も出ました。卒業アルバムの写真です。中学三年生(6組)の時です。上から2段目の左端が私です。中学校は神戸市立本山中学校でした。クラスは全部で13組ありました。
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左が1年生の時の写真で右が3年の時の隣のクラス(5組)の写真です。3年生の上の6組の写真と下の5組の写真の中に今回のメンバーが入っています。私以外の3名は特定は出来ないと思うので掲載させていただきました。
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懐かしい中学時代の写真を掲載いたします。
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私の写った懐かしい写真も掲載いたします。左の写真の場合は下の段の右端で、右の写真の場合は中央が私です。
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こちらは大ジョッキの生ビールが安かったです。懐かしい明石焼きを食べながら懐かしい話で盛り上がりました。


他の頼んだ料理を紹介いたします。ゴボウの唐揚げです。
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唐辛子とニンニクがたっぷりかかった砂肝です。
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豚肉と野菜のキムチ炒めです。
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山芋の磯辺揚げです。ニンニクの入ったつけ汁で食べます。
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つぶ貝の炒め物ですがこちらにもニンニクが使われていました。ニンニクが沢山使われているのは、こちらのお店の特徴でほとんどの利用りにニンニクが使われていました。
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ポテトサラダです。すでに大半を食べてしまってから写真を撮っていないことに気がついて撮りました。最初は器に山盛りでした。
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こちらはタコサラダです。もちろんニンニクが使われていました。翌日もかなりニンニクの匂いが残っていました。
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餃子も評判とのことでした。もちろんニンニクが使われていました。
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お好み焼き「どんど焼き」もいただきました。話が盛り上がったおかげで料理も沢山注文いたしました。
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締めは明太子ガーリックライスをいただきました。つまりこれにもニンニク(ガーリック)が使われています。
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地図で比呂の場所を紹介します。地図内の緑色マーク( )が比呂の場所です。

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2010年11月11日掲載 タイトル: 東京で明石焼き
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中学校の同窓3人で時々飲み会をしています。中学校は神戸ですが、3人とも東京に勤めていると言うことで、今回は神戸市の隣の明石市の名物、「明石焼」での飲み会を計画いたしました。東京近辺で本格的な明石焼を食べれるお店を探した結果、六本木にある比呂というお店を探し当てました。私ではなくて今回の幹事役の人が探してくれました。会食は2010年8月25日でした。
明石焼は、明石では別名「玉子焼」と呼ばれているように玉子が沢山入った柔らかな「たこ焼き」です。明石は海流の関係で美味しい蛸が採れることでも有名な場所です。明石の市場によく蛸を買いに行ったものです。

明石焼はこのような「つゆ」につけて食べます。


ふわっとした明石焼は汁と一緒に食べます。本格的な明石焼でした。
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やっぱりビールですね。


いか焼も本格的で美味しかったです。これもお薦めです。ビールが進みました。


定番の唐揚げも頼みました。


こちらのお店で売りにしているものが、もう一つありました。それがポッピーです。
私は初めて飲みました。ノンアルコールのビールのような味のホッピーで焼酎を割った飲み物です。


お好み焼きに似た「どんど焼き」も頼んでみました。
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お好み焼き系、たこ焼き系ばかり紹介しましたが、本来は居酒屋なので、普通のつまみも沢山ありました。こちらは牛のたたきです。あと枝豆や鶏のから揚げも頼みました。


気さくなご主人でした。
明石焼も食べれて、久しぶりに楽しく過ごすことが出来ました。

東京で本格的な明石焼が食べれるところは少ないと思うのでお店を紹介いたします。朝まで営業しているのもこちらのお店の特徴のようです。
 店名 比呂(ヒロ)
 場所 日比谷線六本木駅6番出口より徒歩1分
 住所 港区六本木4-9-1 佐竹ビル2F
 電話 03-3405-4867
 営業 18:00~24:00 現在
     18:30~08:00 2010年8月の時
 定休 日曜日 祝日 8月の土曜日

芦屋のケーキ屋さん ポッシュ・ドゥ・レーヴ [兵庫県]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大お彼岸の墓参に山口県の叔父さんのところにお土産に右の焼き菓子を持って行きました。小さい方の箱が人気No1の和三盆リングサブレ8個セット1380円です。大きい方がサブレ、ブリアン、パウンド、マドレーが入ったセット3430円です。本来は実際に食べてから美味しいことを確認してから持って行くべきでしたが、そのステップを怠っていました。お袋が年四回ほど墓参りに行くので次も買う機会があるので事後ではありますが、味見だけはしておきたかったのです。今回、宝塚の実家に行く機会があったので、味の確認のために焼き菓子を買いに行きました。上の写真がジャパンケーキショー連合会会長賞を受賞した、人気NO.1の和三盆リングサブレです。三盆糖リングサブレは四国和三盆糖が使用されているそうです。ホームページの説明通り、 和三盆の上質な甘さと、ナッツのザクッとした食感がとてもよかったです。手作りの為、サイズには差が出るようです。和三盆リングサブレ(160円)は皆が食べれるように8個買いました。

クリックすると拡大お土産に持って行ったものと組み合わせは違いますが他の焼き菓子も味見のために買いました。
和三盆リングサブレ以外で買った焼き菓子はショコラヌガティーヌ(160円)、本和香くるみサブレ(160円)、ノワゼット(160円)、塩バニラサブレ(160円)、抹茶フリアン(190円)、ガトーピスタチオ(200円)、バニラフリアン(200円)、メープルフリアン(190円)、ピスタチオサブレ(150円)、抹茶ゴマブレ(160円)、ピニョンショコラ(160円)、ゴマサブレ(130円)の12種類でした。この美味しさなら、次の時にお土産に持って行って大丈夫であることを確認いたしました。
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こちらは抹茶フリアンです。宇治の最高級抹茶を使用したフリアンだそうです。フィナンシエと作り方は同じですが、フィナンシエ は金塊という意味で、こちらの店ではオーバル型という型で焼成している為に 「フリアン」という呼び方をしているそうです。
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こちらはピスタチオサブレです。ネットで調べてみるとイタリアシシリー産ピスタチオの香りが活きているサブレでした。右端に少し見えているのはピニョンショコラです。こちらは高級な松の実を使用し、フランスヴァローナ社の カカオ分の強めのショコラを贅沢に使用したビターな大人のショコラサブレだそうです。
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お店を紹介いたします。
 店名 Poche du Rêve ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋
 住所 兵庫県芦屋市公光町9番7号モントルービル
 電話 0797-32-0302
 営業 10:30~19:00 水曜日のみ9:30~17:00
 定休 火曜日
 創業 2009年1月10日
 店長 伊藤 福子 オーナーパティシエ
 HP  https://www.poche-du-reve.com/
 最寄 阪神電車 芦屋駅 北口から75m
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今回もケーキを買いました。味見のための焼き菓子を買いに行ったと冒頭で説明をいたしましたが、千里の親しい知り合いの家にお土産のケーキを買うのも目的の一つだったのです。自分も食べると言う前提で4つ買いました。知り合いの家に着いてさっそく頂きました。次のルートで行きました。
逆瀬川→芦屋川(阪急)-[徒歩992m]→Poche du Rêve-[徒歩75m]→芦屋(阪神)→梅田→千里中央
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今回のケーキを紹介します。こちらはタルトアプリコット(430円)です。
アプリコットのタルトで、アプリコットの酸味と、生地に使っている、チーズとアーモンドのクリームとの相性が良いケーキでした。オープン以来唯一店頭に並び続けている商品でもあるそうです。
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こちらはフロマージ(460円)です。
ベイクドフロマージュに相性の良いベリーフルーツのコンフィチュールを流し込み、フロマージュブランのムースと合わせたそうです。
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こちらはロトンヌ(480円)です。現在、ホームページでの説明がないのですが、食べた中で一番評判がよかったです。
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こちらが、栗のショートケーキ(460円)です。こちも、ホームページに掲載が無いので説明できないのですが、季節を感じさせてくれる美味しい一品でした。
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ケーキには、やっぱり紅茶ですね。私は栗のショートケーキをいただきました。
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紅茶もいいものを出してもらいました。
MARIAGE FRERES(マリアージュ フレール)です。


紅茶もアップいたしました。お店に訪問したのは次の2回でした。
  1回目 2014年09年21日 → ポチッ
  2回目 2014年10月12日 ← 今回
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阪神電車・芦屋駅のホームから見た芦屋川です。六甲山から海側に流れてくる川は砂礫の堆積により河床(川底)が周辺の平面地よりも高く なった天井川という形式の川が多いのですが、芦屋川も天井川という形式の川です。写真ではわかりにくいのですが、川の両岸も広い範囲で周辺の平面地よりも高くなっています。
阪神電車や阪急電鉄はその川の上を高い高架で走っていますが、JR東海道線は川の下を走っています。→芦屋川 住吉川
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JR東海道線が芦屋川の下をくぐっているところです。くぐらすために川底が下流側よりかなり高くなっていることが判ると思います。
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