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累積nice数が20万に到達いたしました。 ありがとうございました。 [SNS]

2009年5月5日にブログを始めて、もうすぐ5年3ケ月となる2014年7月30日に累積nice数が20万に到達したことを報告申し上げます。これはすべて皆様のおかげです。お礼申し上げます。
そして20万nice目はtsunさんでした。ありがとうございました。
 199,999 ぶらり爺 さん 爺のぶらり日記
 200,000 tsun さん   チンチコチンでトキントキン、時々ダランダラン
 200,001 (た) さん    機能の黒板みたび

下のグラフは累計アクセス数と累計nice数の推移です。2014年7月30日12時10分時点のアクセス数とnice数などの数値は以下の通りです。
     累計アクセス数 5,577,577件
     累計nice数     200,001件
     niceと思った人     7,654人
     読者数           318人


一日当たりアクセス数とnice数をグラフにしたのがこちらです。最初の数ケ月はniceがいただけませんでした。一日のnice数は直接に集計できないので累積niceの数日分の増加から一日のnice数を算出してプロットしています。従って移動平均化されています。


一日当たりアクセス数と訪問者数のグラフも紹介いたします。日によって、ばらつきます。2009年5月5日からの全データーをプロットしています。従って2014年7月30日の時点で、それぞれ1912点以上がプロットされています。


こののグラフは2009年5月からの月あたりのアクセス数と訪問者数の推移です。2012年11月に手違いで掲載記事をすべて削除してしまい2013年1月1日に再開いたしました。そのためにアクセス数と訪問者数が落ち込んでしまいましたが、1年以上が経過して、やっと記事を削除してしまう前の状態に近づきました。ミスで削除してしまった記事も完全には消えていないことが判ったために、ブラシュアップをしながら再掲載をしています。


このグラフはYahooやGoogle等の検索エンジンによる月あたりのアクセス数です。最近はYahooからの検索が増えていることが判ります。


検索エンジンの比率が判るように円グラフにいたしました。検索によるアクセス数はYahooとGoogleが大部分を占めていることが判ります。
本集計はSo-netのアクセス解析によるもので、実際には、本数値よりも多い可能性がありますが、傾向に関しては参考になると思います。
パーセンテージ(%)で表現すると次のようになります。
Googleが減ってYahooが急速に増えているのが判ります。スマホからのアクセスが増えてきているのと関係がある気がします。
       累計   '14年6月
 Yahoo 69.22% 91.44%
 Google 29.49%  7.54%
 goo    7.57%  0.55%
 biglobe 0.25%  0.21%
 excite  0.29%  0.25%
近いうちに検索エンジの変化も詳しく調べて掲載したいと思います。ブログ閲覧ツールの変遷も2009年から2012年までを紹介したことがありますが、その後も調べてみたいと思います。

こちらは2014年7月30日23時59分のアクセス状況です。

キエフの朝の景色 [キエフ]



この日は昼の便でヘルシンキ経由で日本に帰る日でした。前日は夜遅くまでキエフの町の中を散策しましたが、キエフをさらに見るチャンスは朝の散歩のため朝早く起きて街に出てみました。ホテルを出たのは4時55分でした。上の写真はホテル前の道ですがさすがに車は通っていませんでした。ホテルは急な坂道の途中にあり、この坂道を登っていきました。

朝早いと車が通っていないので道の真中からの写真が撮れるメリットがあることがわかりました。急な坂道を登りつめてホテルの方向を見下ろしているところです。


坂道を登りつめると、そこから先は全て石畳でした。ホテルの前の急な坂道は、まさにキエフの世界に入っていく入口だったのです。ここからさらに石畳の緩い坂道が続いていました。
 同じ場所のGoogleのストリートビュー→ポチッ


そこからさらに石畳を登っていくと世界遺産がある町並みが待っています。その場所は高級オフィス街でも有り、この道を歩いて通勤する人も沢山いるとのことでした。


石畳がどこまでも続きます。石畳の場合は道路の真中で写真を撮っていても安心感あります。実は車が近づいてくると大きなタイヤの音がするので車の位置が見ていなくても把握できるのです。


石畳の上り坂はまだまだ続きました。


さらに登りが続いていましたが、ほぼ丘の上に到達いたしました。
 同じ場所のGoogleのストリートビュー→ ポチッ


登りつめたところで左に曲がりました。さらに石畳が続いていました。朝だから、全て道の真中から写真を撮ることが出来ました。帰る時間帯は車が増えてきて、さすがに車道に出ることは出来ませんでした。


石畳の最後の目的地は前日の夜景で紹介した世界遺産の聖ソフィア大聖堂でした。ここでも車道の真中から写真を撮ることが出来ました。でも車が少しづつ増えて来たので、この日、車道の真中から撮った最後の写真となりました。時間は5時42分でした。キエフの朝の景色は石畳でした。

これはなに? コアラ? [キエフ]


クリックすると拡大
クリックすると拡大帰国の日の早朝にウクライナの首都キエフの町を散歩しているときに教会と思われたGolden Gate(Золоті ворота / 黄金の門)の敷地内の木に、変わったものが取り付けてありました。コアラのような生き物のお人形ですが独特の風合いがありました。
伝統的なものなのか現代アートなのか単なる飾りなのかはわかりませんが楽しい雰囲気がありました。

鳩たちを撮った写真にも不思議な人形が写っていました。階段の奥に教会があります。これが古代キエフ帝国のGolden Gateだったのです。


不思議な人形があった場所の航空写真です。
右側の が不思議な人形の場所で左側の がGolden Gateです。写真内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。アイコン「地図」をクリックすると航空写真から地図に切り替わります。

より大きな地図で 不思議な人形 表示
Googleのストリートビュー(S.V.)でも不思議な人形を確認することができました。黄色の丸印が不思議な人形です。この画像はストリートビューのハードコピーです。


写真を拡大してみるとプラスチックのフォークで作られた人形であることがわかりました。少なくとも伝統的なものではなさそうです。
しいて言えばプラスチック・フォーク・アートかな?
洒落心のある神父さんの、しわざかもしれません。

ログハウスな教会 と思ったら [キエフ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
早朝にキエフの街の裏通りを散策中に不思議な教会を見つけました。
あの不思議なフォークのコアラ(?)があった場所です。なにが不思議かと言うと真中は石造りですが左右は木で出来ていることでした。それもログハウスのようなつくりでした。

ログハウスの雰囲気を判ってもらうために正面からの写真も追加掲載いたしました。
十字架が屋根の上に建てられており左右対称なところが教会らしい感じです。
クリックすると拡大

真横から撮ると完璧にログハウスでした。子供が喜びそう(?)
クリックすると拡大

教会の敷地の真中に、今回の不思議な教会がありました。右側の青いマークの場所に不思議な人形(コアラ?)があったところです。赤のラインは裏通りを散策したコースです。ストリートビュー(S.V.)でも確認できました。
地図の中ではЗолоті ворота(Golden Gate)と名付けられていました。日本語訳を読んでみるとどうやら中世の城壁の門だったようです。
  S.V. http://goo.gl/maps/Y17dy

より大きな地図で キエフの町を散策 を表示
地図の中の呼び名Золоті воротаからネットで調べた結果、下記の町を守る城壁の中央の城門の部分であることが判りました。歴史的建造物を復元していたのです。
Золоті ворота(黄金の門)はウクライナの首都キエフの歴史的地区にある史跡で、キエフ大公国時代のキエフの中央門だそうです。
文献「原初年代記」によれば、1037年にヤロスラウ賢公がキエフを開発し、町の境界線に土塁を盛り、その上に城壁を作らせ、西へ向かう入り口に大門を構築したそうです。この門の名称は、当時の欧州にとって文化の源であったビザンツ帝国の首都コンスタンティノポリスの門にちなんで、「黄金の門」と呼ばれたそうです。キエフの黄金の門は土塁の間に大きな赤色の煉瓦と石で造られ、塔のように聳え立っていました。
キエフはキリスト教の町であることを見せるために、門上に受胎告知教会が造られました。それで屋根の上に十字架が立てられていたようです。1240年に黄金の門は、モンゴル帝国の軍勢によって破壊され、それ以後再建されることがなかったそうです。門の跡は完全に土に埋まっていましたが1832年のK・ロフヴィーツィクィイは発掘調査を行い史跡として保存したそうです。
現在の黄金の門は1982年に復元されたものださうです。
クリックすると拡大

クリックすると拡大建物の内部の写真があったので転用して紹介させていただきます。クリックすると拡大するように設定させていただきました。
門の入口の広さは約7.5mで、門内はモザイクと壁画によって装飾されており、壁の高さは9.5m以上であったそうです。形式は東ヨーロッパの古代建築様式だそうです。
 住所 40-a Volodymyrska str. Kyiv
 電話 044-278-6919
 開館 火曜~日曜
 時間 0:00~17:00
 HP  http://goldengate.sophiakievska.org/uk/

ここにも銅像が飾られていました。よく見ると銅像の人が持っているのは、この建物のようです。キエフは本当に銅像が多い街でした。

裏通りの銅像 [キエフ]



ウクライナの首都キエフの街の中には沢山の銅像がありました。裏通りを歩いていて見つけたのが上の銅像です。ちょっと不思議な雰囲気の銅像なので近づいて見ました。

馬に乗り手には剣を持っていますが服装が変わっています。なんとなくアジアの雰囲気があります。


クリックすると台座の文字頭も変わっています。頭髪を一部を残して剃りあげ、残りの毛髪をチョンマゲのようにしています。丁髷(ちょんまげ)と違うのはまっすぐなところです。その髪の毛を三編にすると北東アジア民族の辮髪(べんぱつ、弁髪)ですが、三編ではないようです。この人物が何者なのか知りたいところですが、台に書いてあるウクライナ語はわかりませんでした。いつの日が教えてくれる人が出てくることを願って掲載いたしました。
剣が日本刀のよう反りがあるのも特徴的でした。


ウクライナ語を読んでくれる人が出てくることを願って台座の文字も掲載いたします。


銅像が立っていた場所は青いマークのところですが、マイナスのアイコンを何度かクリックすると町の中の位置がわかってくると思います。ストリートビューでも確認できました。銅像でも自動的に顔に「ぼかし」が入っていました。→全体 顔拡大

より大きな地図で キエフの町を散策 を表示

追伸
クリックすると拡大ネットで調べていて右の写真を見つけました。このスヴャトスラフ1世の銅像に似ていることから、上の銅像はスヴャトスラフ1世に間違いないと思います。そして、その髪型の名前もオセレーデツィの可能性が高いこともわかりました。右の写真はネットで見つけたスヴャトスラフ1世の銅像でクリックして拡大するとわかりますが雰囲気が似ています。スヴャトスラフ1世(Святослав Ігорович 942年頃~972年)はキエフ大公国の大公(在位945年~972年)でした。945年に父イーゴリ大公は冬の巡回徴税の最中にドレヴリャネ族よって殺害されて、スヴャトスラフ1世は幼くして大公となりました。964年に成年に達しからは積極的な拡大政策を展開しはじめて多くの戦争において常に戦陣に立って戦うことを好む君主であったそうです。
チョンマゲのような髪型はオセレーデツィ(Оселедець)と呼ばれてウクライナ・コサックの伝統的な髪型だそうです。近世にはチューブあるいはチュプルィーナと呼ばれたそうです。オセレーデツィの由来について二つの仮説が存在するそうです。一つが欧亜の遊牧民の辮髪に類似することからアジアに起源を持つ説です。もう一つが北欧のルーシ族の髪型の一種でヨーロッパに起源を持つ髪型である説です。この2つではアジア起源説が有力とされています。

キエフ大公国は9世紀後半から1240年にかけてキエフを首都とした東欧の国家でした。下記の地図の赤い部分がキエフ大公国の勢力範囲を示しています。正式な国号はルーシ(Рѹсь)で、日本語名キエフ大公国はその大公座の置かれたキエフに由来するそうです。ルーシ族と呼ばれる北欧系のヴァイキングによって建国され、リューリク朝によって統治されたそうです。10世紀までに同地の東スラヴ人との混血によってスラヴ化し、キリスト教の受容によってキリスト教文化圏の一国となったそうです。11世紀には中世ヨーロッパの最も発展した国の一つでしたが12世紀以降は大公朝の内訌と隣国の圧迫によって衰退していきました。1240年、モンゴル来襲によってキエフは落城し、事実上崩壊したそうです。国民国家史観を中心とした研究史においては、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三国の共通の祖国とされています。
クリックすると拡大

この地域の国の歴史です。
 7c–13c   ヴォルガ・ブルガール
 7c–10c   ハザール
 9c–12c   キエフ大公国
12c–14c   ウラジーミル・スーズダリ大公国
12c–15c   ノヴゴロド公国
13c–15c   タタールの軛
1340–1547 モスクワ大公国
1547–1721 ロシア・ツァーリ国
1721–1917 ロシア帝国
1917      ロシア臨時政府 / ロシア共和国
1917–1991 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国/ソビエト社会主義共和国連邦
1992–現在  ロシア連邦 + ウクライナの一部
Sviatoslav_oseledec(Sviatoslav I)で検索して出てきた銅像です。
クリックすると拡大クリックすると拡大クリックすると拡大

マレーシア航空撃墜事件後のウクライナ上空の飛行機 [ウクライナ]

画像の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると広範囲を表示します。
ウクライナで墜落したマレーシア航空に乗っていた乗客乗員の方々のご冥福をお祈りいたします。マレーシア航空が撃墜されて18時間後の2014年7月18日16時20分(日本時間)のウクライナ地域の飛行機の位置を上に表示してみました。画像をクリックすると広範囲を表示します。実は撃墜された場所に近い地域に行ったことがあったので本記事を掲載させてもらいました。
世界中の飛行機の飛んでいる場所をフライトレーダー(Flightradar24)というサイトで確認することが出来ます。ウクライナでのマレーシア航空が撃墜されたことで、各国の航空会社がウクライナの戦闘地域の上空をさけたルート(航路)に変更したことで、どのようになったのかを確認するためにウクライナあたりの飛行機の位置を表示してみました。
過去と比較は出来ませんがウクライナの上空を飛んでいる飛行機は少ないように感じます。赤丸は墜落位置です。墜落した場所は、下の2010年の大統領選挙の勢力地図でも判るように親ロシア派の地域です。ウクライナ東端の国境地域では明らかにウクライナ上空を避けて飛んでいるように感じられます。

下が2014年7月18日18時30分(日本時間)の飛行機の位置です。上の画像から2時間10分後ですが、こちらの方が明らかに墜落地域を避けていることが判ります。
   フライトレーダー      → ポチッ Flightradar24
   リアルタイム航空便追跡 → ポチッ Flight Aware


こちらは2014年7月19日4時20分(日本時間)の飛行機の位置です。クリックすると2014年7月19日5時12分(日本時間)の飛行機の位置を拡大画像で表示します。事件のあったDonetsk辺りは飛行機が飛んでいないことが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

墜落したマレーシア航空のアムステルダムからの飛行ルートです。



こちらはネットから転用させていただいたウクライナに入ってからの飛行ルートです。
赤色の破線はアムステルダムとクアラランプールを結ぶ直線(最短)コースです。協定世界時(UTC)12時8分から撃墜寸前の13時21分(日本時間22時21分)までの飛行機の位置を動画で表示しています。


墜落した時刻2014年7月17日22時22分(日本時間)のフライトレーダーの画像がネットに掲載されていたので転用します。
協定世界時(UTC) では7月17日13時22分(日本時間-9時間)となります。
画面にMH17と書かれた赤色の機影が撃墜されたMH17です。この時、シンガポール航空SQ351便と、エアインディアAI113便が近くを飛んでいたことが判ります。この画像を引用したツイートにはSingapore Airlines SQ351 (B777) and Air India AI113 (B787) were about 25 km from #MH17 when it disappeared.と書かれていました。緑色の丸が地対空ミサイルが発射された場所です。
ロシアの領空を飛んでいるS71024SU1104SU1124NN355UN9885N41909QD106R39725はモスクワ発着のロシアの航空会社の飛行機ですが、最短コース(直線コース)であればウクライナの上空を飛ぶことになります。以前からこのコースなのか、紛争後に、このコースに変更したのかは、知りたいところです。
驚いたことに、1ケ月前からウクライナ東部の、この地域を飛ぶ飛行機が減ってきていたことから、撃墜のリスク回避を行っている航空会社も多かったと想像されます。1ケ月前と言えばウクライナ空軍のイリューシン76輸送機が親ロシア派武装勢力によって撃墜された2014年6月14日のころです。さらにカンタス航空(オーストラリア)、大韓航空(韓国)、アシアナ航空(韓国)、中華航空(台湾)は数ケ月前からルートを変更していたそうです。安全と経済性のバランスに対する考え方は航空会社によって差が見られるようです。
クリックすると広範囲を表示

2010年の大統領選挙の古い資料ですが親ロシア派の地域が判りやすいと思い掲載いたしました。枠内は2014年7月18日の報道内容です。
ウクライナ東部のドネツク州のロシア国境近くで2014年7月17日夕(日本時間22時20分)、マレーシア航空の17便(MH17)のボーイング777型旅客機が墜落した。イタル・タス通信はロシア航空当局者の話として、乗っていた295人が死亡したとみられると伝えた。現場ではウクライナ政府軍と親ロシア派武装勢力による激しい戦闘が続いており、撃墜されたとの見方も出ている。


こちらの画像は2012年9月22日4時20分(日本時間)に世界を飛んでいる飛行機を表したものです。過去の画像のハードコピーを探しました。残念ながらウクライナあたりの画像は残っていませんでしたが、記事「えっ 町の中に飛行機が!!」を掲載した時に世界全体の画像のハードコピーを残していました。画像はクリックすると拡大するので多少はウクライナあたりが確認しやすいかもしれません。
クリックすると拡大

上の2012年の画像はクリックすると拡大しますがクリックするのが面倒な方のために拡大画像を掲載いたしました。赤丸が2014年7月17日にマレーシア航空MH17が撃墜された位置です。ウクライナの政情が不安になる前は同じように沢山の飛行機が飛んでいた想像されます。
クリックすると全体表示

こちらが墜落18時間後の2014年7月18日16時20分(日本時間)の飛行機の位置です。判りにくいのですが上の2012年の画像に比べるとウクライナあたりの飛行機が少ないように感じられます。4時20分の時間帯の画像も明日には追加したいと思います。
クリックすると拡大

こちらは墜落30時間後の2014年7月19日4時20分(日本時間)の飛行機の位置です。時間帯の差もあるかもしれませんが、時間が経過するほど飛行機が減ってきています。2012年9月22日の時と同じ時間の画像です。こちらでは黒海の少し北のウクライナの上空に飛行機が飛んでいないことが判ります。2012年の同じ時間帯の画像と明らかに違います。
クリックすると拡大

上の2014年の画像はクリックすると拡大しますがクリックするのが面倒な方のために拡大画像を掲載いたしました。赤丸が2014年7月17日にマレーシア航空MH17が撃墜された位置です。類似縮尺の2012年の拡大写真と明らかに違います。ウクライナだけでなく黒海やクリミヤ半島も機影に隠れることなく見ることが出来ます。2012年の画像では沢山の機影に隠されてウクライナや黒海を見ることが出来ませんでした。


比較のために再度2012年の拡大画像を表示します。


参考に乗員・乗客の内訳を記載します。MH17便はKLMオランダ航空とのコードシェア便(KL4103便)であり、オランダ人の乗客が多く乗っていました。
本データーはフリー百科事典Wikipediaに記載されていました。

マレイシア機(MH17)が地対空ミサイル(BUK / SA-11)によって 撃墜され、墜落したウクライナ・ドネツィク州グラボベ村の近くの地図です。この辺りでは約1ケ月間の間にウクライナ軍のヘリコブターや2機の輸送機が撃墜されていました。
クリックすると拡大いずれも親ロシア派武装勢力よるもので、緊迫した状況にあったと言えます。また6月14日の撃墜は空港近くでロケット砲により撃墜でしたが7月14日の撃墜は6500mの高い高度を飛行中の輸送機が地対空ミサイルで撃墜されており、マレイシア航空のMH17が撃墜された場所は非常に危険な地域であったと言えます。右の写真が地対空ミサイル(BUK missile system)です。
正確ではありませんがその場所をGoogle地図にプロットしました。青色枠は地対空ミサイルが発射されたと発表された地域です。
 2014年6月14日 ウクライナ空軍 Il-76輸送機 撃墜  ルガンスク
 2014年7月14日 ウクライナ空軍 An-26輸送機 撃墜 トレーズ市近郊 
 2014年7月17日 マレーシア航空 MH17便 撃墜    グラボベ村近郊
  2014年7月17日 マレーシア航空 MH17便 飛行ルート
 2014年7月17日 ミサイル発射地域(トレーズ市とスニジネ市の間)
グラボベ(又はグラボボ)村はウクライナ語でГрабове、英語ではHraboveです。
過去にも民間航空機の撃墜事件がありました。大韓航空007便以外は誤射でした。
   1983年09月01日 ソビエト連邦       大韓航空007便
   1988年07月03日 アメリカ          イラン航空655便
   2001年10月04日 ウクライナ        シベリア航空1812便 
   2014年07月17日 親ロシア派武装勢力  マレーシア航空17便  
     マレーシア航空撃墜事件に関する詳しい説明→ポチッ

より大きな地図で ウクライナ・ドネツィク州グラボベ村 を表示
ここが墜落場所です。今までは近傍(500m)にマークをしていましたが、公表された墜落の衛星写真から、正確な位置に赤色マークを移動させました。


こちらがマークを正確な位置に移動するのに参考にした公表された7月20日の衛星写真です。


フライトレーダーでマレーシア航空の飛行機だけを表示されました。
画面は2014年7月19日22時42分(日本時間)です。撃墜された22時22分に近い時刻です。MH17が予定通りに飛び立っていれば黒海に近いところを飛んでいるはずでしたが、出発が遅れて、この時点では、まだアムステルダムを飛び立っていなかったためにロンドン便のコースを表示させました。
ロンドン発のMH 3便(LHR→KUL)とクアラランプール発のMH 4便(KUL→LHR)ですが、ウクライナ上空を通らないコースに変更されているのが判りました。
クリックすると拡大

4時間15分遅れでアムステルダムを飛び立ったMH17の2014年7月20日2時50分(日本時間)の位置とアムステルダムからのコースです。ロンドン便と同じようにウクライナを避けて黒海の南側のコースを通っています。MH17はフライトレーダーの画面ではMAS17と表示されました。
クリックすると拡大

こちらはクアラランプール到着寸前の2014年7月20日10時46分(日本時間)の画像です。この瞬間に空中にある飛行機とMH17の飛行コースを同時に表示いたしました。クリックするとわかりやすいと思います。赤丸が2014年7月17日にマレーシア航空MH17が撃墜された位置です。
クリックすると拡大

コースが判りにくいのでマレーシア航空だけを記載させました。MH17が飛行したコース上に他のマレーシア航空の飛行機が5機も飛んでいます。ヨーロッパ線はヨーロッパ近隣以外は同じ飛行コースを通ることが判りました。つまりマレイシア航空のヨーロッパ線の飛行機は、すべて撃墜される可能性があったわけです。今はすべてウクライナは回避しています。
MH17が撃墜された場所から僅か12kmのトレーズ市近郊でウクライナの空軍のAn-26輸送機が 撃墜された3日前の7月14日の時点でMH17の飛行コースを下記の飛行コースに変更する判断するマレイシア航空のトップの人材がいなかったことが悔やまれます。
クリックすると拡大

クリックすると拡大ウクライナの国内で、私が今回の撃墜事件の場所に最も近くに行った町がドニプロペトロウシクでした。この時は首都キエフとドニプロペトロウシクを右の写真の飛行機で往復いたしました。地図の中のがマレーシア航空の民間機やウクライナ空軍の輸送機が親ロシア武力勢力によって撃墜された場所です。撃墜事件があった場所からドニプロペトロウシクは260km離れています。今回、使用された地対空ミサイルは射程が30~35kmなので射程外です。

より大きな地図で ウクライナ国内 飛行ルート を表示
MH17撃墜事件前と後でFlight Awareのサイトを使って飛行ルートがどのように変わったのかを比較してみました。比較したのはマレーシア航空です。MH17便と撃墜時刻に近くを飛んでいたシンガポール航空SQ351便と、エアインディアAI113便です。クリックするとわかりやすいと思います。撃墜事件前の画像はクリックすると撃墜事件前の2例を表示ます。赤い点がMH17の撃墜された場所です。

MH17便は撃墜事件後はすでに紹介している通り黒海の南側を通るルートに変更されました。変更前の7月18日以前の飛行ルートは偶然にも地対空ミサイルの設置場所の真上だったのです。7月17日も計画通りのルートを飛んでいたようです。
 MH17便7月16日計画ルート        MH17便7月24日計画ルート
クリックすると拡大クリックすると拡大

SQ351便は撃墜事件当時はウクライナ上空を飛んでいましたが、本来のルートはロシア領空を通るルートでした。撃墜事件後も類似のルートですがウクライナから少し遠いルートに変更されました。
 SQ351便7月17日計画ルート       SQ351便7月25日計画ルート
クリックすると拡大クリックすると拡大

AI113便は事件前はMH17便に近いルートでしたが撃墜事件後は大きくウクライナから離れたロシア領空を飛ぶルートに変更されました。AI113の7月17日以前の飛行ルートは地対空ミサイルの設置場所の少し北側を通る計画ルート通りでした。
 AI113便7月17日計画ルート        AI113便7月19日計画ルート
クリックすると拡大クリックすると拡大

マレイシア航空MH17便が地対空ミサイルにより撃墜されて墜落寸前の動画が2014年7月18日にYouTubeに掲載されていました。
人が乗っていると思うと、見るのはつらい映像ですが、皆さんに現実を知っていただきたくて、あえて掲載いたしました。
機体の右側が炎上しています。地対空ミサイルが発射された方向です。機体の右側の少し離れた場所でミサイルが爆発したと想定されていることとも一致した状況です。
撮影開始から20秒後に爆発音が入っています。高度10kmで飛行していたことから、撮影位置からミサイルの爆発位置までは最低で10km離れていることになります。真上が一番近いからです。撮影場所とミサイルが爆発した位置までの距離が仮に12km(10km)だとすると爆発音の35秒(29秒)前にミサイルが爆発したことになります。つまりミサイル爆発から15秒(9秒)後から撮影が開始されたことになります。
と記載しましたが最近タイトルが「Watch Ukrainian Military Plane An-30 Shot Down & Falling by SA-7 Missile - incredible video 」に変更されました。墜落機種はAn-30と書かれていることから、どうやらこれも偽映像だったようです。タイトルにAn-30と書かれていますが2014年7月14日にウクライナ空軍の輸送機An-26が撃墜された時の映像かもしれません。


こちらはYouTubeから切り取った墜落してすぐの画像です。
右の画像は左の画像から20秒後の画像です。
クリックすると動画クリックすると動画

偽(にせ)の動画もあるので注意が必要です。マレーシア航空MH17便(B777-200ER) はエンジンが2つですが、こちらの動画の飛行機はエンジンが4つの上に、右側のエンジンから火が出ていません。
さらに高度1万mから墜落してきたとは思えないゆっくりなスピードです。タイトルには「マレーシア航空機 撃墜の瞬間 ウクライナより」と書かれていますが、明らかに別の墜落映像です。調べてみると、B747-400型機(ナショナル・エアラインズ102便 貨物機)が2013年4月29日にアフガニスタンの空港で離陸直後に急激な重心移動により失速して墜落したところを偶然に車のドライブレコーダーが撮影していたものでした。→ポチッ


下の写真をクリックすると、削除された上の動画のオリジナル動画(B747-400墜落)を表示します。
クリックすると動画を表示

野沢菜がたっぷり入った「そばおやき」  [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
クリックすると拡大長野県の蓼科の友人宅に2泊3日泊めていただいてワンコを連れた蓼科旅行に行っていました。その帰りに右の写真の「たてしな自由農園 原村」でいろんなお土産を買いました。
その中の一つを紹介します。それは信州名産の野沢菜の入った「そばおやき」です。

これが「そばおやき」です。電子レンジで温めた後に、オーブントースターでさらに焼きました。小麦粉と、粗挽きそば粉を使用した「おやき」で、野沢菜を甘辛く煮付けた信州おやきの定番だそうです。そばおやきの中でも一番人気だそうです。材料は国産にこだわらていました。
クリックすると拡大

おやきの中には沢山の野沢菜が入っていました。
おやきは別名「やきもち」とも言われ、信州の昔ながらの郷土食だそうです。
信州は急峻な土地が多い事から米に代わる麦や蕎麦、稗等の雑穀類の生産が盛んだった事や、寒冷な気候の厳しい生活の中の智恵から生まれた食物とも言われ、冬の保存食としても重宝するものとされていたそうです。家庭では、まるめたおやきは昔ながらの囲炉裏で焼いたり、せいろで蒸したりして食卓に並べられたそうです。
クリックすると拡大

昔活躍した水郷地帯の水車(みずぐるま) [佐原 潮来]



水生植物園では水車(みずぐるま)が似合っていました。この水車は水路などから人間の足の力で水田に水を導きいれる道具で昔の水郷地帯の風物です。その足踏み水車を復元したものだと思います。踏車とも言われています。

上の「みずぐるま」はこの写真に写っていたものでした。周りの風景とマッチしたきれいな姿を見せてくれていました。写真をクリックすると園内の舟めぐりコースを表示します。あやめ祭りなどお客さんの多い時期は半分の距離になるようです。


植物園内には沢山の水車があり花菖蒲のある風景に色取を添えてくれていました。水車は、別名「踏車(ふみぐるま)」とも言うそうです。


これが水車の全景でクロスした竹竿が印象的でした。「すいしゃ」ではなく「みずぐるま」というのが新鮮な呼び方でした。


右の写真はネットから拝借したものです。2012年の潮来のアヤメ祭りの時の写真だそうです。写真をクリックするとオリジナルの記事を表示します。水田と反対側に立って歩くようにして水をかきいれるようです。大変な重労働だったと思います。昭和40年代以降、水車(みずぐるま)はポンプに、サッパ舟は軽トラックに代わったと言われています。観光用ではあるけれども昔の景観が残されているのはいいですね。


それでは「みずぐるま」のある景観をいくつか紹介いたします。


この中には2つの水車が写っています。小さくてわかりにくいと思いますが手前の水車の少し奥です。


上の写真と同じ場所から撮ったものです。つまり同じ場所から3つの水車を見ることが出来るのです。


どのような原理で水を汲みいれるのか不思議でした。


地上に展示されている水車を見て、やっと水を汲み上げる原理がわかりました。


右の写真はパンフレットから拝借した実際に足踏み水車(みずぐるま)を使って水田に水を入れているところの昔の写真です。水の流れる力を利用した揚水用の水車が絵として登場したのは室町時代の「石山寺縁起絵巻」です。足踏み水車(踏車)が発明されたのは江戸時代初期だそうです。踏車がはっきり文章に現れるのは江戸中期1680年の東海地方の農書「百姓伝記」だそうです。
下の構造図のように足踏みで水を田んぼに汲み上げる構造の水車です。
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江戸時代に踏車が使われていた絵のようです。


実際に使われていた時代の写真を探してみました。重労働のようで男性の写真が多いです。古い写真を見ると、大型の足踏み水車もあるようです。これらの写真はクリックすると拡大します。
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タグ:水車 佐原

珍しいハス(蓮)たち [佐原 潮来]

鶏鳴寺
7月19日に、ハス祭り(7月7日~8月12日)を行っている千葉県香取市市にある水郷佐原水生植物園に行ってきました。この植物園には花菖蒲を見るために6月27日に一度来ましたが、その時にハス祭りのことを知りました。今回が2度目の訪問になったわけです。ハスに関しては先日(7月15日)に万博公園に見に行きましたが、水郷佐原水生植物園はハス池としての規模は大きくありませんがハスの種類に関しては300種と日本一の植物園なのでいろんなハスの花を見るために来たわけです。上の写真のハスは鶏鳴寺(けいめいじ)という種類で、こちらの植物園で作りだされたようです。

ハス祭りの間は土曜日、日曜日は6時から開園していますが、平日8時ということなので7時57分に植物園に到着いたしました。今回は一度来ていることもあり家から約1時間で着きました。


門を入ったとたんに、150万本の花菖蒲に埋め尽くされた前回の景観とは全く違う景色を見せてくれました。こちらの品種は与田浦です。


花菖蒲は全くなくハスが池の中で沢山咲いていました。こちらは舞妃という品種です。


こちらの植物園は300種類ものハスがあるために普段見慣れない花が沢山ありました。こちらの花が珍しいかどうかわかりませんが、一際鮮やかな紅色のハスでした。名前は大紅袍(だいこうほう)といいます。
大紅袍

こちらの植物園は近い場所から花を見ることが出来るのも特徴です。したがってハスの花の真上からの写真も紹介出来ます。


沢山の種類の花が咲いているので撮った花の名前がわかるように花を撮った後に必ず右のように名札を撮るようにいたしました。名札には「品種名」「分類」「品種」「起源」が書かれているので非常に参考になりました。名札からこちらの品種名は紅蓮で南京市園林科学研究所から来たハスであることがわかりました。
紅蓮

それではハスの花を紹介いたします。こちらには300種類のハスが植わっていますが、一つの品種の株数は少ないことと花の寿命が短いことから、必ず花が見れるとは限らないことがわかりました。花が見れる割合は1/3~1/4程度でした。蓮の花の 寿命は3~4日程度で早朝に花弁が開き、午後には花弁を閉じてしまうそうです。名札が付いたハスで開いた花が撮れた写真は82種類でした。その82種類の花をすべて紹介いたします。タイミングの問題で見ることが出来なかった種類が、まだ約220種類もあると思うと300種類のすごさがわかってきました。これらの中には数千枚の花弁を持つ千弁蓮(多頭蓮)や、花の中にもう一つ花を咲かせたように見える重台蓮や八重絞りの大洒錦といった日本では数少ない貴重な品種を見つけることが出来ると思います。カーソルを写真の上に持っていくと品種名を表示します。
1~10 巨椋池系のハス(2,3,4,5,6,9,10番目)
 玄武紅蓮 げんぶこうれん        巨椋の瑞光 おぐらのずいこう
玄武紅蓮巨椋の瑞光
 巨椋の桃花 おぐらのももばな       輪王蓮 りんのうれん
巨椋の桃花輪王蓮
 巨椋大島先 おぐらおおしまざき      請所 うけしょ
巨椋大島先請所
 巨椋の白鳥 おぐらのはくちょう     小三色蓮 しょうさんしきれん
巨椋の白鳥小三色蓮
 東観世紅 ひがしかんよべに        巨椋大黒 おぐらだいこく
東観世紅巨椋大黒
これが1~10の名札です。

11~20
 衣通姫 そとおりひめ          利根春暁 とねしゅんぎょう
衣通姫利根春暁
 満江紅Self まんこうこうセルフ       鶏鳴寺 けいめいじ
満江紅Self鶏鳴寺
 醉雲 すいうん                 蓉嬌 ようきょう
醉雲蓉嬌
 西湖春色 せいこしゅんしょく     中山白蓮 ちゅうざんびゃくれん
西湖春色中山白蓮
 普者黒白荷 ふじゃこくびゃっか      紅蓮 こうれん
普者黒白荷紅蓮
これが11~20の名札です。

21~30
 大紅袍 だいこうほう        中日友誼蓮 ちゅうにちゆうぎれん
大紅袍中日友誼蓮
 無錫白 むしゃくしろ              白海蓮 はっかいれん
無錫白白海蓮
 青菱紅蓮 あおひしこうれん       紹興紅蓮 しょうこうこうれん
青菱紅蓮紹興紅蓮
 大碧蓮 だいへきれん             大灑錦 だいさいきん
大碧蓮大灑錦
 剣舞                    東湖紅蓮 とうここうれん
剣舞東湖紅蓮
これが21~30の名札です。

31~40
 艶陽天 えんようてん           建郷壮士 けんきょうそうし
艶陽天建郷壮士
 敖漢蓮 あおはんれん           解放紅蓮 かいほうこうれん
敖漢蓮解放紅蓮
 友誼牡丹 ゆうぎぼたん           粉娃蓮 ふんあいれん
友誼牡丹粉娃蓮
 友誼紅2号 ゆうぎこう2ごう        淨台蓮 じょうだいれん
友誼紅2号淨台蓮
 小金鳳 しょうきんぽう            龍飛 りゅうひ
小金鳳龍飛
これが31~40の名札です。

41~50
 冰嬌 ひょうきょう               翠華 すいか
冰嬌翠華
 A913                     金糸蓮 きんしれん
A913金糸蓮
 精華 せいか                友誼牡丹 ゆうぎぼたん
精華友誼牡丹
 紅孔雀 べにくじゃく          紅重台蓮 こうちょうたいれん
紅孔雀紅重台蓮
 株洲紅蓮 しゅすこうれん   淀姫 淀城蓮 よどひめ よどじょうれん
株洲紅蓮淀姫 淀城蓮
これが41~50の名札です。

51~60
 美中紅 びちゅうこう              素牡丹 そぼたん
美中紅素牡丹
 紅辺玉蝶 こうへんぎょくちょう      天高雲淡 てんこううんたん
紅辺玉蝶天高雲淡
 夜明珠 いえみんじゅ           一点紅藕 いってんこうぐう
夜明珠一点紅藕
 東暁 とうぎょう              海南洲藕 かいなんすぐう
東暁海南洲藕
 崖城藕 がいじょうぐう            麻×三一
崖城藕麻×三一
これが51~60の名札です。

61~70
 大毛節 だいもうせつ             大青楷 だいせいかい
大毛節大青楷
 津軽和蓮 つがるわれん           暁霞 ぎょか
津軽和蓮暁霞
 矮寸三蓮 わいすんさんれん        鐘山 しょうざん
矮寸三蓮鐘山
 徳島紅 とくしまべに              紅地蓮 べにぢはす
徳島紅紅地蓮
 日本古代蓮 にほんこだいはす       黔霊白荷 けんれいびゃくか
日本古代蓮黔霊白荷
これが61~70の名札です。

71~82
 西福寺観世 せいふくじかんぜ    華台寺白蓮 けたいじびゃくれん
西福寺観世華台寺白蓮
 仲哀陵蓮 ちゅうあいりょうれん        粉黛 ふんたい
仲哀陵蓮粉黛
 利根の蓮 とねのはす              敖漢蓮 あおはんれん
利根の蓮敖漢蓮
 Caspicum                     玄武紅蓮 げんぶこうれん
Caspicum玄武紅蓮
 紅万万 こうまんまん               藤壺蓮 とうこれん
紅万万藤壺蓮
 原始蓮 げんしはす               明光蓮 めいこうれん
原始蓮明光蓮
これが70~82の名札です。

池の中に咲いていたハスの花 名札がないので名前は判りません。



この時期は、花の終わった花菖蒲の植え替えなどの手入れの作業が行われていました。皆さん潮来傘などの昔のスタイルで仕事をされていました。


パンフレットから拝借した昔の写真です。上のスタイルと比較してみてください。
この右の写真は水車(みずぐるま)を使って水田に水を入れているところです。こちらの植物園でも佐原の水郷地帯の風物であった水車が沢山ありました。昔は水郷地帯の農家にとって「みずぐるま」は大切なものだったようです。
水車を紹介した記事→ポチッ

最初に紹介した1~10の中の2,3,4,5,6,9,10番目は花蓮(はなはす)の名所として知られた京都の巨椋池(おぐらいけ/小椋池)のハスですが、巨椋池は1941年に干拓されてなくなってしまいました。ハスの愛好家たちに残念がられていましたが田植え時期などに幼苗がいくつも見つかり、保存が行なわれたそうです。その歴史的名花を、保存している植物園から分けていただいたとのことです。
クリックすると巨椋系の名札を表示

赤色マークの付いた場所が旧巨椋池の中心です。干拓前の巨椋池は周囲約16キロメートル、水域面積約8平方キロメートルで、当時京都府で最大の面積を持つ淡水湖だったそうです。赤色枠は上の地図の範囲を示しています。巨椋池が大きな池であったことが判ってもらえると思います。

より大きな地図で 巨椋池 を表示
少し遠目から見た花の景色も紹介いたします。花だけがポツンと咲いた不思議な光景でした。周りには水面に葉を浮かべるスイレンばかりで水面より上に出すハスの葉はありませんでした。これは地名にちなんで名づけられた与田浦という品種かもしれません。


沢山の白い花の咲いている景観です。ハス(蓮)は、インド原産のハス科多年性水生植物です。ハスの花を指して蓮華(れんげ)といい、仏教とともに伝来し古くから使われた名だそうです。一方、地下茎は蓮根(れんこん)といい、食用名として蓮根が使われます。これは舞妃です。


淡い色合いの花たちです。ここまではEOS 5Dで知った写真です。


家内がG10で撮った写真も2枚を紹介いたします。 実はデジカメで初めて写真を撮ったとのことです。トリミングしない、そのままの構図の写真を紹介します。こちらの花は紅万万(こうまんまん)のようです。 


こちらの花は花びらの感じから東暁(とうぎょう)か藤壺蓮(とうこれん)のようです。
上の82枚の写真と、もう少しじっくりと比べるとわかると思います。


上の写真をトリミングいたしました。


300種類の内、訪れた時に花が咲いていた30%程度しか紹介できませんでしたが、沢山の種類のハスがあることを伝えることが出来たでしょうか。
植物園を紹介いたします。赤色マークのところが水郷佐原水生植物園です。
 名前 水郷佐原水生植物園 すいごうさわらすいせいしょくぶつえん
 電話 0478-56-0411
 住所 千葉県香取市扇島1837-2
 営業 あやめ祭り期間 8:00~18:30
    はす祭り期間  6:00~16:00(土日祝) 8:00~16:00(平日)
    その他     9:00~16:30
 休園 5~8月    無休
    その他      月曜日 年末年始 
 植物 花菖蒲     400品種 150万本
    はす      300品種以上(日本一)
 敷地 6万㎡ (6ヘクタール)

より大きな地図で 水郷佐原水生植物園 を表示

万博公園のハス池 [大阪]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大関西に帰省していた7月に、万博公園で行われていた早朝観蓮会に行ってきました。ミツバチたちも沢山ハスに訪れていました。写真をクリックすると拡大するようにして再掲載いたしました。

場所は万博公園の日本庭園の蓮池でイベント中は6時から開園なので5時55分に来ると沢山の人の行列が出来ていました。通常は9時30分~17時です。


日本庭園の中の蓮池は6250m²の広さがあり沢山の花が咲いていました。はす池の景観をいくつか紹介いたします。
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ハス池の中央には池を見るための通路(回廊)が設けられています。
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今がハスの花が一番沢山咲いている時期なのだと思います。
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ハス池にはピンクの色の花と蓮と白いハスの花が咲いていました。
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ハス池の中には葉が水面に浮かぶスイレンも沢山見ることが出来ます。
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写真を撮る人たちも沢山来られていました。


花が開く瞬間を狙っているのでしょうか。


池の中の回廊でもカメラを構えている方を見かけました。


池の中にはカルガモ達も気持ちよさそうに泳いでいました。小さなヒナたちが大きくなったのだと思います。


上の写真ではカルガモさんの顔がよく見えないと思いましたのでカルガモさんの写真を追加掲載させてもらいました。


上から2枚目の写真で沢山の人たちが並んでいましたがお目当ては象鼻杯(ぞうびはい)だったのです。


このようにハスの葉に入れられたお酒を茎を通して飲むのです。象鼻杯は、ハスを茎の途中で切り落とし、そのハスを用いて葉に酒などの飲み物を注ぎ反対側の茎の切り口の部分から葉に注いだ酒などを飲むものです。象鼻杯、象鼻盃、象鼻杯席、象鼻盃席あるいは碧筒杯(へきとうはい)ともいわれているそうです。また、ハスを用いて飲む酒は蓮酒とも呼ばれています。


お酒をハスの葉に入れているところです。お酒でなくお茶でも飲ましてくれるので車で来た人も雰囲気を楽しむことがで出来ます。


こちらのハス池には、「大賀蓮」「舞妃蓮」「ネール蓮」など26種1200株の花ハスが植わっているそうです。種類はわかりませんが、花を紹介いたします。真白な花です。ハスは早朝に開いて昼には閉じてしまうそうなので午前中の早い時間帯に行くのがきれいな花を見る必須条件です。
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花びらが広がった姿もきれいです。
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左のように花びらが散ってしまった花もありました。蓮は独特な実がなりますね。
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冒頭の写真と同じ花ですがミツバチの位置が違います。
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クリックすると拡大早朝観蓮会の詳細は下記の通りです。
 日程: 7月6~22日の金・土・日・祝
 時間: 6時~ ※荒天中止
 場所: 日本庭園 はす池
上の写真のようなウチワがもらえました。

蕾の写真も掲載いたします。白い花の蕾ですが少しピンクも入っています。
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白い花の開いた姿です。上の白い鼻とは別の種類のようです。
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こちらはピンクの花の蕾です。
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参考にネットで掲載されていたハスの花が咲く瞬間の映像を紹介します。蕾の状態から3分間の間に花が開いていきます。

キエフの裏通りの朝の風景 [キエフ]

の写真をクリックするとGoogleストリートビューを表示します。 
クリックするとGoogleストリートビューを表示
日本への帰国の日にウクライナの首都キエフの町を朝早く散策したことはすでに紹介いたしましたが、目的の場所であった聖ソフィア大聖堂とムィハイリフシキィ寺院に行った後の帰りは裏通りを歩いてホテルまで帰りました。その時の裏通りの風景を紹介いたします。それぞれの場所の名前は判りませんので解説は出来ません。
でも上の写真のような素敵な景色に出会えました。

赤色ラインがホテルの帰りに通った裏通りです。緑色マークの位置が泊まったホテルの場所です。青色ラインは前日の夜に歩いた道です。空色マークは今回紹介の写真の撮影場所です。
青色マークは気になった場所で、これから記載予定です。

より大きな地図で キエフの町を散策 を表示

静かな朝の風景です。時間はちょうど6時でした。写真をクリックするとGoogleストリートビューを表示します。
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上の写真の道をまっすぐに進んだ場所です。教会らしき建物が見えます。ウクライナは朝に掃除をしている人が多いのにも驚かされました。みなさん、家の前の道は毎朝、掃除されているように感じられました。
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スカイブルーのきれいな建物もありました。
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急にな下り坂がありました。その下り坂を降りてみました。写真をクリックするとGoogleストリートビューを表示します。
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下り坂を降りきったところから降りてきた道を撮りました。写真をクリックするとGoogleストリートビューを表示します。
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そのあとの風景はこんな感じでした。
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朝、早くから沢山の人が並ぶ場所がホテルの近くにあると聞きました。おそらくこの場所だと思います。この時の時間は6時25分でした。この時間はキエフの町はどこも静かでしたが、ここだけに沢山の人が集まっていました。人が集まる場所は、ある国の大使館かビザ関係の事務所だと聞きました。でも調べてみると、ここではなかったようです。この写真はクリックすると拡大します。
地図にはИНСТИТУТ ИНФОРМАТИКИ ПРИ НПУ ИМ.М.П.ДРАГОМАНОВАと書かれていました。建物の中にはНАЦИОНАЛЬНЫЙ ПЕДАГОГИЧЕСКИЙ УНИВЕРСИТЕТ (НПУ) ИМ.М.П.ДРАГОМАНОВАもありました。検索したサイトを日本語に翻訳してみると国立教育大学ドラゴマーノフ であることが判りました。1834年に設立されたようです。
ホームページ→原文 英語 日本語翻訳
クリックすると拡大

ホテルの近くの裏通りには下のようなモニュメントというか銅像がありました。この町は、いたるところに銅像クリックすると文字を表示が立てられている街でした。この人は詩人なのか作家なのかはわかりませんが、本らしいものがバックに立てられており、それには文字が書かれていました。その一番下にサインらしいものがあったので右に掲載いたしました。この時が6時30分でした。写真をクリックするとGoogleストリートビューを表示します。
クリックするとGoogleストリートビューを表示

キエフの夜景 [キエフ]



この日(7月12日)はドニプロペトロウシク(Dnepropetrovsk)からウクライナの国内線で20時にキエフの空港に着きました。ウクライナの首都であるキエフはきれいな町と聞いていたので是非とも見たいと思っていました。
しかし翌日の昼にはフィンランドのヘルシンキ経由で日本に帰ることから、キエフの町の散策は、この日の夜か翌朝しかないので、先ずは下見を兼ねて夜のキエフの町に出てみました。上の写真はソフィイシカ広場からムィハイリフシキィ寺院方面を撮ったものです。この時の時間が20時51分でした。

上の写真からムィハイリフシキィ寺院を拡大してみました。


ムィハイリフシキィ寺院と双子の教会と言われているキエフ最古の教会である聖ソフィア大聖堂です。すでに記事で紹介した通り、翌朝の散歩でも、こちらの教会を訪れました。つまり念願のキエフの世界遺産を見ることが出来たわけです。


聖ソフィア大聖堂前のソフィア広場です。


聖ソフィア大聖堂の近くの立派な建物です。名前はわかりませんがきれいにライテングされていました。


聖ソフィア大聖堂は小高い丘の上にありますが、そこから町の中に下りてきました。町の中にも広場がありました。青色のラインがホテルから夜景を楽しむために歩いた道です。航空写真上のアイコンマイナスを数回クリックすると散策の道をすべて表示します。

より大きな地図で キエフの町を散策 を表示
その広場では沢山の人が歩いていたりデートをしている人を沢山見かけました。


キエフは古い建物が沢山あり、フランスのパリのような雰囲気でした。建物の感じはパリとは少し違っていました。


車が沢山通っている大通りです。


大通りの夜景をもう一枚掲載いたします。


なにかの官庁と思われる建物の前にカウントダウン・ボードがありました。
あと331日と20時間54分41秒でなにかが始まるようです。
ネットで検索してみるとサッカーの2012年欧州選手権ポーランド・ウクライナ大会であることがわかりました。
2012年欧州選手権はポーランドの首都ワルシャワで開幕しウクライナの首都キエフで閉幕するそうです。欧州選手権は4年に1度、ワールドカップの中間年(夏季五輪と同年)に開催されます。第1回大会は1960年にフランスで開催されました。開催日の2012年6月8日が、この時の日時(2011年7月12日21時12分)にカウカトダウンを加えて逆算した2012年6月8日18時と一致しました。

あーちゃさんのキエフ市内観光と地下鉄にトラックバックしています。


キエフの素敵なホテル [キエフ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大ウクライナの首都キエフで泊まったホテルを紹介いたします。
ウクライナの地方都市ドニプロペトロウシクからキエフに国内線で戻ってきた日に泊まったホテルで、翌日にはフィンランドのヘルシンキ経由で日本に帰国いたしました。
普通の5つ星のホテルの正面玄関には大きな車寄せがありますが、こちらのホテル(5つ星)の入口は小さいのです。それがかえって素敵な雰囲気を出していました。

キエフ(KIEV)の5星ホテルを調べると次の5のホテルが出てきました。もちろんウクライナの首都なのでもっと沢山5星のホテルはあると思いますが、紹介した世界遺産の近くが偶然に表示されたようです。その中に、キエフに住んでいる人が予約してくれた今回のホテル(Opera Hotel)が上から3つ目に入っていました。
航空写真の中のは世界遺産の聖ソフィア大聖堂で、がムィハイリフシキィ寺院です。この2つの教会は前記事で紹介した通り双子の教会と言われています。
                   聖ソフィア大聖堂       ムィハイリフシキィ寺院
クリックすると拡大クリックすると拡大 Hyatt Regency
 InterContinental
 Opera
 Premier Palace
 Radisson Blu

より大きな地図で キエフの5星ホテル を表示
クリックすると拡大ホテル入口を正面から見たところです。
階段があるため大きなスーツケースがあると不便のように感じましたが、階段が短いため気になりませんでした。
右の写真はホテルの前の道です。こちらのホテルは丘の中腹に建っていることから前の道は坂道ですが、それが趣を出していました。


入口まで進むと内部が見えてきました。


進むにしたがって内部の空間が広がってきました。


一番奥から入口の方向を見たところです。


ロビーの天井はガラス張りで空が見えました。


ロビーのくつろげる空間です。


部屋の白いベッドが印象的でした。


石鹸やシャンプーなどはイギリスのブランド品モルトンブラウン(MOLTON BROWN)で統一されていました。この石鹸はすばらしかったです。いつもは持ち帰ることはなかったのですが、こちらの石鹸などは持って帰りました。
クリックすると拡大

レストランも洒落ていました。散歩で聖ソフィア大聖堂やムィハイリフシキィ寺院を見に行った後に、さっそく朝食で訪れました。少し遅い時間だったので、人が少なくなっていて、テーブルは自由に選べたので窓側の空間側のテーブルにしました。


軽くソーセージ、玉子、ハム、チーズ、サーモンなど黒パンと紅茶をいただきました。


料理は大きなシャンデリアのある部屋全体を使って、贅沢にゆったりと並べられていました。料理の種類は多くはありませんでしたが、並べられているものの質は高かったです。


ホテルの全景です。左側の下位部分が朝食を食べたレストランになっていました。右側が冒頭で紹介したホテルの入口です。

聖ソフィア大聖堂とムィハイリフシキィ寺院 [キエフ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
ウクライナの首都キエフにある聖ソフィア大聖堂とムィハイリフシキィ寺院(ミハイロフスキー大聖堂)は双子の教会と言われています。その双子ぷりとすばらしい建物を紹介いたします。
上の写真がキエフ最古の教会である聖ソフィア大聖堂です。聖ソフィア大聖堂(Собор святої Софії)はウクライナ最初の中央政権国家キエフ・ルーシ最大の聖堂として1037年に建立されました。現代において、11世紀から18世紀までのウクライナ建築史上最も名立たる教会であるとされ1990年に世界遺産に登録されました。

こちらがムィハイリフシキィ寺院(Mykhaylivs'ky Sobor)です。12世紀に建立され、17世紀に「ウクライナ・バロック」様式で改装。スターリン時代にいくつかのモザイク画及びフレスコ画以外はほとんど破壊され1998年に最終的に再建されたそうです。聖ソフィア大聖堂とは色合いも形がも違いますが、同じような構成になっていることがわかってもらえると思います。
クリックすると拡大

2つの教会が双子のような教会と言われているのは似ているだけではなく、その二つの教会の位置関係がもっと影響している思います。それは航空写真を見てもらうと感じてもらえると思います。この写真をクリックして出てくる拡大写真を見てもらうと、よりわかってもらえると思います。それぞれの教会から相手の教会が見渡せるような配置で作られているのです。この航空写真はGoogleマップを180度回転させたものです。
オリジナルは、こちらです。→ポチッ(クリック)
クリックすると拡大

次の2枚がそれぞれの教会の場所から相手の教会を見た景色です。こちらはムィハイリフシキー寺院の前の広場から聖ソフィア大聖堂を見た景色です。現在、聖ソフィア大聖堂は、ウクライナの複雑な宗教事情を反映して特定の教派が管理しない博物館となっており、ウクライナ正教会やウクライナ東方カトリック教会などが、日時をずらして使用する事となっているそうです。


そしてこちらが聖ソフィア大聖堂の前の広場からムィハイリフシキィ寺院を見た景色です。


双子のようだと言われるのは教会だけではありません。教会の前に大きな広場があることもそっくりなのです。こちらが聖ソフィア大聖堂の前のソフィイシカ広場です。
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そしてこちらがムィハイリフシキー寺院前のムィハイリフシカ広場です。


広場の真中に像が建てられているのも2つの教会の類似点です。
ソフィイシカ広場に建てられている像です。この像は17世紀に対ポーランド独立をかけてロシアと組んで蜂起したボグダン・フメリニツキィの像です。


こちらがムィハイリフシカ広場に建てられている像です。まだこの像の名前は調べ切れていませんが名のある像だと思います。


それぞれの教会の塔(鐘楼)の鐘を紹介いたします。こちらが聖ソフィア大聖堂の鐘です。


こちらがムィハイリフシキィ寺院の鐘です。沢山の鐘が並んでいます。
このように同じところを比較してみると面白いですね。


寺院の本体も比較してみます。こちらが聖ソフィア大聖堂です。存念ながら中には入れません。
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こちらがムィハイリフシキィ寺院です。こちらは無料で中に入れるそうですが、残念ながら早朝だったために門は開いていませんでした。上の説明でもムィハイリフシキィ寺院の日本語読みはいろいろありました。ムィハイリフシキィ寺院以外ではムィハイリフシキー寺院、ミハイロフスキー大聖堂、ミハイロフスキー寺院、ミハイロフスキィ大聖堂、ミハイロフスキィ寺院、ムィハイリフシキィ大聖堂、ムィハイリフシキー大聖堂といろんな使い方がされていました。聖ソフィア大聖堂に比べると日本人にはそれほど浸透していないのかもしれません。
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それぞれの教会を比較するのはここまです。実はムィハイリフシキィ寺院の写真を撮っている時に電池の残量が減ってきたことに気が付いて写真を撮る枚数を節約し始めました。ここから下の写真は全て聖ソフィア大聖堂の写真です。この写真は塔(鐘楼)の金色の屋根です。
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鐘楼の下にある入口です。


その鐘楼の入口の扉の表面は鉄で覆われていました。


ウクライナ語かロシア語ですが聖ソフィア大聖堂の説明だと思ったので撮っておきました。いつの日か、言葉のわかる方が読んでくれると思います。


聖ソフィア大聖堂の入口の門です。門も立派でした。
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あーちゃさんのキエフ市内観光と地下鉄にトラックバックしています。

世界遺産 園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん) [沖縄]



守礼門と首里城の歓会門の間に何気ない小さな石の門がありました。この小さな門が世界遺産である「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の中の一つのアイテムになっている園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)です。
世界遺産である首里城の中には沢山の門があるのに、首里城の一部ではなく、これだけが特別に取り上げられているのは不思議でした。

それには特別な意味がありそうなので、調べてみると、この門は国王が外出する際に道中の無事を祈った場所だそうです。
石門には琉球石灰岩が用いられています。
首里城自体の作られた正確な年代はわかっていませんが、この門は作られた年がはっきりしています。この石門は尚真王時代の1519年に八重山の西塘(にしとう)が建築したそうです。太平洋戦争で破壊されましたが昭和32年(1957年)に復元し、その後、昭和61年(1986年)に解体修理されたのが現状の門だそうです。
IMG_1413-1325.jpg

それにしても沖縄は難しい読み方が多いです。玉陵(たまうどぅん)もよめませんでしたが、沖縄では、なかなか読めない文字が多かったです。
ネットで見ていると園比屋武御石門と園比屋武御石門の両方が出ていました。ネットで検索すると園比屋武御石門の検索数は約55,000(92,400)件で園比屋武御石門の検索数は約35,800(16,400)件 でした。

門の裏側ですが、こちらが表なのかも知れません。
石門の背後にある森が園比屋武御嶽だそうです。この御嶽は国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、また聞得大君が就任するときにまず最初に拝礼した、いわば国家の聖地だったそうです。王家尚氏ゆかりの島である伊平屋島の神「田の上のソノヒヤブ」を勧請し、祭っているそうです。 もともとは今より広範な森であったが、現在では小学校の敷地となっている部分もあり、残されているのはその一部だそうです。
御獄(御嶽 うたき)は聖地のことで、ウガン、ウガンジュ、オン、グスク、スク、ムイ、ワーなどと呼ばれ、沖縄の人にとっては、祈りの場所で聖地の象徴で、御獄は村を守る神様が宿るところとされていて、今もなお、守られ続けられているそうです。周りを森や樹木などで囲まれており、石積で囲ってある場所が多い。今でも参拝者が訪れているそうです。

                            
下記が世界遺産の「琉球王国のグスク(城)及び関連遺産群」のです。9ケ所の内、6ケ所を訪問しました。
 首里城(すいぐすく)
 玉陵(たまうどぅん)
 園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
 中城(なかぐすく)
 座喜味城(ざきみぐすく)
 今帰仁城(なきじんぐすく)
 識名園(しきなえん)
 勝連城(かつれんぐすく)
 斎場御嶽(せいふぁうたき)

話題のカフェのカップケーキ [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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娘が時々、話題のお店のスイーツを買ってきてくれます。今回はこのスイーツ自体が有名というわけではなく、飛行機に乗らなくてもニューヨークを感じることが出来るレストラン&カフェとして知られたお店なのです。店内にステージがありいろんな催し行われているのです。そのお店に行ったときにお土産として買ったのが上の写真のカップケーキでした。

下の写真はネットから転用させていただきました。娘たちが行ったときは、お店の近くの映画館で行なわれていたラブ・コメディ「New York 結婚狂騒曲」をイメージしたディスプレイや予告編上映、オリジナルカップケーキを楽しめたのだそうです。そのオリジナルケーキが今回のカップケーキでした。映画の半券を持参すると、ユマ・サーマン演じる映画内で登場するパンケーキが食べれるなどのスペシャルサービスが受けられたそうです。
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お店でもらってきた「New York 結婚狂騒曲」のチラシです。すぐに掲載するつもりでしたが、いろんな記事を書いている間に時期を逃してしまいました。キャンペーンは2014年1月18日~1月31日だったので、今はやっておりません。
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一個を拡大いたしました。
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切った断面を紹介いたします。チョコレート味のスポンジケーキの上に固いクリームが乗ったカップケーキでした。
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クリックするとストリートビューお店の場所を紹介いたします。 がお店の場所です。
名物の右の写真のダッチベイビーパンケーキ(単にダッチベイビー)はフライパンごとオーブンで焼き上げるパンケーキのことです。ダッチベイビーにはベーコン、ハムレタス、焼きバナナアイス 、フルーツ、ベリーなどがあります。
クリックするとストリートビュー  店名 L.LovesR. エルラブズアール
  通称 エルラブカフェ L loves R cafe
  住所 渋谷区渋谷1-6-8 渋谷井上ビル 1F
  電話 03-6450-5364
  料理 イタリアン
  特徴 ステージが楽しいお店
  最寄 渋谷駅  500m
  HP  http://llovesr.com/
  地図 http://goo.gl/maps/qqPE5
  S.V. http://goo.gl/maps/dOMjL
  定休 不定休
  営業 金 8:00~28:00  土 11:00~28:00  日 11:00~22:00
      月~木 8:00~26:00 
  名物 ダッチベイビーパンケーキ 各種パンケーキ 90分パンケーキ食べ放題


New York 結婚狂騒曲の予告編の動画を紹介いたします。

普通のケーキではありません。 野菜のケーキです。 [話題]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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一見は普通のケーキに見えますが、ケーキの上の赤い丸いものはイチゴではなくトマトです。
2014年7月5日に、二階のバルコニーで5人の焼肉パーティー(右の写真)をした時に、姪っ子2人が持ってきてくれた話題のオーガニック野菜のケーキです。ケーキも5人分の5種類(5個)でした。

持ってきてくれたケーキをそれぞれ紹介します。
ケーキの説明はホームページに書かれている内容を参考にしています。

グリーンショート・トマト
イチゴだと思ったらスイーツトマトでした。もっとも野菜のケーキを象徴する感じのケーキでした。丸々、トマトが乗ったインパクトのあるケーキでした。クリームと一緒に挟みこまれている赤いものもトマトでした。オープン以来、一番の人気商品だそうです。
コマツナ入りのグリーンのスポンジにトマトが挟まれていました。
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モンブラン
こちらもトッピングのトマトが印象的なケーキです。
マロンクリームの中に入った自家製トマトジャムがアクセントでした。
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ホワイトアスパラガスのスフレ
一見しただけでは野菜のケーキとは判りませんでした。生で皮付きのままでも食べられる最高級の白アスパラをふわふわで口の中でとろけるようなスフレにしたそうです。
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キャロットチョコフラン
こちらは見た目はパンプキン(かぼちゃ)かキャロット(にんじん)のケーキと思われましたがキャロットケーキでした。ココア風味のタルトに、ニンジンマンゴージャムとホワイトチョコレートを流し込んで焼き上げたそうです。
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モンブラン☆クィーン
こちらもモンブランです。マロンのブリュレとモチキビ入りガナッシュをメイクィーンのクリームで包んでいるそうです。私が食べたのがこちらのケーキですが、他のケーキも興味があったので味見をさせてもらいました。野菜を使っているのが信じられない味わいのケーキでした。
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ケーキには紅茶です。この日も紅茶をいただきました。
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上で紹介したケーキ以外の店舗内で販売している17種類のケーキを紹介します。上の5種類と合わせると22種類のケーキを楽しむことが出来ることになります。名前、説明および写真は2014年7月時点のホームページに記載されているものを、そのまま転記/転用させていただきました。
クリックすると拡大ゴボーショコラ
ソテーしたゴボウが入った、食感が楽しいガトーショコラ。


クリックすると拡大カボチャシフォン
カボチャのやさしい甘さがふわっと香る、上品なシフォンです。


クリックすると拡大ベジロールトマト
トマト入りのやわらかい生地にバジルとオリーブオイルが入った生クリーム、さらにトマトチーズクリームを巻いたさわやかなロールケーキです。
クリックすると拡大マンゴーキャロット
マンゴーニンジンムースとココナッツムースが二層になった南国デザートです。

クリックすると拡大アボカドレアチーズ
レアチーズケーキにアボカドとレモンゼリーをのせました。


クリックすると拡大ルッコラゼリー&黒ゴマ豆乳ムース
ルッコラと黒ゴマの香りがとても豊かなデザート。低カロリーなのも特徴的。

クリックすると拡大ソバ茶のジンジャーミルクティーゼリー
香ばしいだったんそば、シナモンとカルダモンがスパイシーなティームースです。

クリックすると拡大野菜畑シュークリーム
松菜・トマト・カボチャ・ニンジン・ビーツ(季節によって変更の可能性有)など、野菜の色と甘みを活かした5種類のカスタードクリームが楽しめます。
クリックすると拡大グリーンアスパラのムース
土から、にょきっと出てきたアスパラをイメージして作りました。ほうじ茶のスポンジとバニラのムースと合わせました。

クリックすると拡大ホワイトアスパラのムース
シナモンのスポンジの中に紅茶のムースとホワイトアスパラのムースを合わせました。

クリックすると拡大ヤキイモタルト
サツマイモと紫イモがゴロゴロ入ったタルトです。おイモの甘さが生きています。

クリックすると拡大長ネギベイクドチーズケーキ
オーブンでじっくりと焼き、甘みを出した長ネギとミルクジャムを閉じ込めたコクのあるチーズケーキです。

クリックすると拡大スイートポテトミルクゼリー
サツマイモと紫イモをミルキーでのどごしのよいゼリーに仕上げました。間のキャラメルゼリーがアクセントです。

クリックすると拡大生姜のチョコレートムース
生姜をふんだんに使ってチョコレートムースです。ほのかな紅茶の香りがアクセントになっています。

クリックすると拡大春菊オペラ
チョコレートスポンジに春菊とサツマイモのクリームをサンドしました。春菊の爽やかな香りをお楽しみください。

クリックすると拡大大根ショコラ
大根とユズのムースをチョコレートで包みました。


クリックすると拡大カプレーゼ
下からバジルチーズムース、トマトのムース、オリーブオイルゼリーと、三層のハーモニーが楽しめます。


クリックすると拡大姪っ子たちはいつも話題の物を持ってきてくれます。中目黒のちょっと有名なお店なので紹介させていただきます。お店の写真はGoogleのストリートビュー(S.V.)から借用させていただきました。 がお店の場所です。オーナーは右の写真の女性パティシエ柿沢安耶さん
 店名 Patisserie Potager パティスリーポタジエ
      オーナーパティシエ : 柿沢 安耶(かきさわ あや)
クリックするとGoogleスシリートビュー 住所 東京都目黒区上目黒2-44-9
 電話 03-6279-7753
 営業 10:00~20:00
 定休 無休
 特徴 オーガニック野菜スイーツ専門
 最寄 中目黒駅  500m
 地図 http://goo.gl/maps/YBhHG
 S.V. http://goo.gl/maps/dEfU7
 ブログ http://ameblo.jp/patisserie-potager/page-1.html

七輪での焼き鳥を実現いたしました。 [肉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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二階のバルコニーで七輪を使った焼肉は何度もやり、すでに1~3回目を紹介しましたが、もう一つやりたかったのが焼き鳥でした。長方形の七輪なので焼き鳥には丁度良いサイズなので是非ともやってみたかったのです。
7月5日には右下の写真の姪っ子2人と娘を入れた5人で焼肉パーティーも実施しました。そして7月12日に念願の七輪で焼き鳥を行ったので紹介いたします。
 2014年05月03日 ガーデンテーブル購入
 2014年05月03日 1回目 焼肉
 2014年05月31日 2回目 焼肉
 2014年06月03日 3回目 焼肉
 2014年07月05日 4回目 焼肉 右の写真→
 2014年07月12日 5回目 焼鳥 ←今回
 2014年08月16日 6回目 焼鳥
 2014年10月04日 7回目 焼肉

焼き鳥はの準備が整いました。今回は涼しくなる19時15分から始めました。七輪には炭火起こし器(炭火熾し器)で熾した炭をすでに入れてあります。
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用意したのはネギ間(ネギマ)と手羽先と青唐辛子です。
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焼き始めました。
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焼き上がるまでにビールで喉を潤します。


具合よくネギマ(葱間)が焼けてきました。肉とネギの焼け具合のバランスも良かったです。切り分けた、もも肉の大きさがよかったみたいです。
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ネギ間はタレと塩でいただきました。こちらはタレをつけて焼いているところです。美味しそうに出来上がりました。
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拡大いたしました。これは見ての通り美味しかったです。
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この京都の山椒をかけるとさらに美味しくいただけました。
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緑色の粉が山椒です。これは普通の焼き鳥屋さんでは出てこない品物です。
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手羽先も焼けてきました。手羽先は主に塩でいただきました。これも美味しかったです。この美味しさならば、皆に集まってもらって、焼き鳥パーティーも出来そうです。
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バルコニーテーブルはコンパクトの折り畳み式を購入したのですが、その上にコタツの天板を置くと広くなります。これならば6人でも余裕で焼き鳥パーティーが出来ます。このアイデアは、先日、蓼科の友人宅に行ったときに友人が行っていた方法です。驚いたことに同じバルコニーテーブルだったのです。この写真は7月5日に5人で焼肉を食べた時のものです。
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順番に焼けてくるので常に焼きたてが食べれて最高でした。
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焼けて来たようです。
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クリックすると拡大丁度良い焼け具合でいただけました。焼肉の場合は牛肉の質に美味しさが大きく左右されます。良い肉を買ったつもりでも意外と大したことが無い場合もよくあります。
ところが鶏肉の場合は、ある程度良い肉を買うと外れがありません。今回も美味しかったです。
焼き鳥に使用したタレは市販の「エバラ やきとりたれ」を使用しましたが、予想以上に美味しかったです。
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ムサシも最後まで、テーブルの横で、お利口さんに待っていました。いつものように、食べ終わった後に、ご褒美のチキンジャーキーのおやつをあげました。

マルセイユ駅のワンコ [犬]

が表示された写真はクリックすると拡大します。
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ここは南フランスのマルセイユ駅です。ヨーロッパではワンコは自由に列車に乗れます。左側のホームをワンコを連れた人が歩いているのがわかると思います。

ワンちゃんの辺りを拡大いたしました。クリックすると広範囲を表示します。
クリックすると広範囲を表示

駅のワンコたちを紹介いたします。


列車を待っているところです。ダックスフントですね。


列車の入るホームが表示される電光掲示を皆さん見ています。
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ここからは街のワンちゃんです。マルセイユの町の中でも沢山のワンちゃんを見かけました。フレンチブルドッグかな


このワンちゃんは?


野生的なワンチャンもいました。飼い主さんもワイルドな雰囲気でした。ワンチャンが3匹いるのがわかりますか? 3匹とも、この男性のワンちゃんのようです。3匹のワンチャンたちのうち2匹は放して散歩されていました。でもマルセイユでは珍しい方でした。パリのワンチャンは散歩の時、ほとんどが放されて自由でしたが、マルセイユではリードでつないだワンチャンが多かったです。場所によって習慣が違うことを知りました。


港の近くでは沢山のワンチャンが散歩していました。

パリのワンコ [犬]

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ヨーロッパはワンちゃんを良く見かけます。南フランスのマルセイユではリードをつけたワンチャンが多かったけれどパリはノーリードがほとんどでした。

動き回るワンちゃんをデジカメで撮るのは至難の業!


失敗の末の写真です。大型犬はつないで歩くのはしつけが出来ていないと思われるため恥ずかしいそうです。
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公園では沢山のワンちゃんが放されて遊んでいました。

アレックス君も紹介します。 [蓼科]

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蓼科の友人宅の猫ちゃん(リリー)を紹介したのでワンちゃん(アレックス)も紹介いたします。アレックス君は1歳の雄のコリーです。
2014年6月30日~7月2日にムサシを連れた旅行で出会いました。

我が家のムサシも一緒に散歩に出て別荘地から少し離れた景色の開けた場所で記念写真を撮りました。撮影地点の標高は1150mです。背景は八ヶ岳です。
クリックすると拡大すでに紹介した猫のリリーちゃんはアメリカで育って、家族と一緒に日本に引っ越してきましたが、アレックス君は日本生まれ日本育ちです。関西で親しくされていた方がコリーを飼われていて、そのコリーがお気に入りだったそうです。
そのコリーに子供が出来たからと蓼科から、譲ってもらいに行ったのがアレックス君だそうです。
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クリックすると拡大今年の春までは友人宅のワンちゃんは写真のパズーとアレックスの2匹でした。パズーは猫のリリーちゃんと同じくアメリカ育ちで、家族と一緒に日本に引っ越してきたのでした。下の写真がアメリカから関西に引っ越した来た当時のパズーです。正月に実家の宝塚に帰省した時に息子と2人で友人宅を訪問いた時に撮った写真です。蓼科の家にもっと早く訪問していれば、もう一度、会えたと思うと残念でした。パズーは今年の春に亡くなったのでした。


普段のアレックス君は家の中ですごしているそうですが、我が家のムサシが接近するとアレックス君に吠えるために、アレックス君が外ですごすことになりました。ほんと申し訳なかったです。夜はガレージの中で寝ていました。友人宅には広い芝生の庭もありバズーは鎖が無くても敷地から出て行かなかったそうです。それはアメリカ時代に訓練をしてアメリカでも関西の時も同じでだったそうです。関西の家では近所で有名で蓼科に引越してからもバズーに会いに関西から近所の人が来られたそうです。1歳のアレックス君は残念ながら鎖が無いと脱走してしまうそうです。
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芝生の左上隅に NO.5 126YDS Par3 、ここはゴルフ場 ?  いえ、友人宅の庭です。
近くのゴルフ場が表示板を新しいものに交換するときに知り合いから古い表示板をプレゼントされたそうです。つまり本物のゴルフ場の表示板だったのです。上で紹介の家の写真はこの表示板あたりから撮りました。
ネットでNO.5 126YDS Par3から検索してみると車で3分で行ける三井の森蓼科ゴルフ倶楽部・あかまつコースのNO.5ホールのレディース・ティーの表示板のようでした。アレックス君も、早くパズーのように庭で自由に遊べるようになるといいですね。


こちらが三井の森蓼科ゴルフ倶楽部のホームページから転用させてもらった、あかまつコースのNO.5ホールの写真です。


2枚は、すでに紹介しましたが、アレックス君ととムサシと一緒に散歩している写真を紹介しました。アレックス君はムサシと友達になりたくて近づこうするのですが接近するとムサシが吠えてしまうので、すこし離れての散歩となりましたが、緑豊かな別荘地の散歩を楽しみました。写真をクリックするといずれも拡大します。離れて歩いてるように思われますが、横を歩いていると同時に撮れないので、同時に撮ろうと思うと、このような構図の写真になってしまいます。横を歩いていることも多かったです。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらは横を歩いているときの写真です。散歩中のアレックス君を横から撮りました。この時もムサシは横を一緒に散歩していました。
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お父さんに甘えていました。


上の写真は、この写真から切り取ったものです。すでに紹介した通り、ムサシも一緒に、6月30日夕、7月1日朝、7月1日夕、7月2日朝と4回散歩いたしました。

アメリカ育ちの猫ちゃん [蓼科]

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蓼科の友人宅に泊めていただいた記事を掲載した時に猫ちゃんも紹介をいたしましたが、小さな写真1枚だったので、改めて大きな写真でリリーちゃん(or リリちゃん)を紹介いたします。13歳の女の子と聞きました。友人は学生時代のサイクリング部からの付き合いでしたが就職して少したってからアメリカに赴任して長くアメリカに住んでいました。最初に飼った猫ちゃんの名前はキキちゃんで2代目が今のリリーちゃんです。最近、日本に戻ってきたときに今年の春に亡くなったワンちゃん(パズー)と家族と一緒にアメリカから引っ越してきたそうです。つまり、リリーちゃんはアメリカ育ちなのです。今の家に住む前は関西にも住んでいたので英語と関西弁が得意なリリーちゃんなのでした。前の猫ちゃんの名前が「キキ」ちゃんなので、名前を「リリー」ちゃんと書いていますが「リリ」ちゃんかもしれません。確認はし忘れました。

大きなバルコニーへは自由に出入りできるように網戸に猫ちゃんドアを付けてもらっていました。上の写真はバルコニーに居る時に撮ったものです。
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猫ちゃんドアを拡大いたしました。


我が家のムサシも家の中やバルコニーを自由に歩かせてもらいました。
クリックすると拡大こちらのバルコニーからは右の写真のように八ヶ岳の最高峰の赤岳(2899m)と阿弥陀岳(2807m)を見ることが出来ました。ただしバルコニーからの赤岳の写真は撮り忘れたので近くのゴルフ場からの写真を掲載させてもらいました。ほとんど同じ構図です。
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リリーちゃんは今のワンちゃん(アレックス君)やバズーとは仲良しでしたが、ムサシは初対面でムサシも猫ちゃんに慣れていないので、ムサシが家の中をうろついているときはリリーちゃんは2階のキッチンの窓際の台の上に避難していました。


上の写真は逆光なのでフラッシュを使った写真も紹介いたしました。キッチンの台の上の猫ちゃんの写真は右のオリジナルの写真から切り取ったものです。上のキッチンの窓辺の台の上の写真も同じ場所からフラッシュなしで撮った写真から切り取ったものです。


下の写真がアメリカから関西に引っ越して来た当時のリリーちゃんです。
クリックすると拡大正月に実家の宝塚に帰省した時に息子と2人で友人宅を訪問いたしました。
その時に一緒にアメリカから引っ越してきた右の写真のパズーにも会えました。蓼科の家が出来た昨年に訪問していれば、もう一度、会えたと思うと残念でした。パズーは今年の春に亡くなったのでした。


冒頭のバルコニーでは写真はバルコニーで撮ったものですが、それ以外にも沢山撮ったので別の写真も紹介いたします。
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同じ場所に、お行儀よく座っていました。
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目の色がきれいです。
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友人に撮ってもらったムサシの写真です。
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タグ: 蓼科

蓼科の新鮮食材でジャム作りました。 [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大2014年6月30日から2泊3日で友人宅に泊めていただいてワンコを連れた蓼科旅行に行っていました。友人宅で食べた美味しい自家製ジャムに触発されて、帰りに右の写真の「たてしな自由農園 原村」でジャムの材料を買いました。その一つが上の写真のシベリア原産のタデ科のルバーブです。諏訪郡富士見町の小池千澄さんが科学的な農薬や肥料に頼らないで栽培された赤いルバーブでした。「たてしな自由農園 原村」はいろんな農家が朝とれたものを持ち込んでくるのでいずれも新鮮な食材なのです。

表に書かれていたレシピ通り、先ずは1cm長さに切りました。
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300gのルーバーに対して砂糖を100gとレモンの絞り汁を20cc入れて20分混ぜながら中火で煮ました。
レシピでは砂糖ではなくグラニュー糖を100g~150gと書かれていました。丁寧にアクとりをするのがポイントです。
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これが完成したルバーブのジャムです。植物繊維の多い食材ですが20分で出来上がったのに驚きました。
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もう一つのジャムはアンズジャムです。せっかくの新鮮なアンズなので生で3個食べて残りをジャムにいたしました。生のアンズは高原らしいさわやかな酸味が美味しかったです。
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アンズジャムはネットで調べたレシピで作りました。切ったアンズに砂糖をかけて、そのまま4時間放置してから、煮ました。
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レシピでは煮る時間は2時間と書かれていましたが、形を少し残したかったので煮る時間は1時間にいたしました。こちらも丁寧にアクとりをするのがポイントです。
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これが完成したした杏ジャムです。
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丁度、姪っ子が2人来ていたので娘と家内と5人でジャムを味わうため、朝食前に近くで人気の焼きたてパンのお店・ピーターパンにジャムに合いそうなパンを買いに行きました。フランスパンとノアレザンとカンパーニュです。食パンも買いました。いずれも焼きたてのパンです。
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フランスパン付けたルバーブジャムです。甘酸っぱい美味しいジャムとなっているのに驚かされました。皆さんも食べると驚かれると思います。
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ヨーグルトでもいただきました。ヨーグルトに入れているのはアンズジャムですが、杏らしい甘酸っぱいジャムでこちらも美味しかったです。ヨーグルトはカスピ海ヨーグルトの種菌を使った我が家の自家製ヨーグルトです。
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蓼科の別荘地の友人宅でも朝食で珍しい美味しいジャムを出していただきました。
赤い蓋の瓶に入ったジャムで、それはホウズキジャムでした。食用ホウズキを使って作られたそうですが、独特の味わいのあるジャムでした。真中も自家製のブルーベリージャムです。左端の缶の中に入っているのがマロンクリームでこちらも初めての味わいの美味しいものでした。商品名はCHESTNUT SPREADです。このマロンクリームはフランス製で反対側にはCRÈME DE MARRONS DE L'ARDÈCHEと書かれています。今回、友人宅で美味しいジャムを食べたのに刺激されて我が家でもジャムを作る気になったのでした。

石頭餅 [山西省]



中国山西省の太原の近くの清時代の大金持ちの民家が大観光地となっていました。その喬家大院には沢山のお土産屋さんがありますが、とりわけ目を引いたのが写真の煎餅でした。何十軒もありました。写真のようにでこぼこの薄い煎餅です。ゴマが少し入っています。名前は石頭餅と書いてありました。

おばちゃんがその場で生地を薄く延ばして焼いているのです。さっそく食べて見ました。あっさりとして熱々でパリパリの食べやすい煎餅でした。甘みがないのが気に入りました。


煎餅が、でこぼこなのはこの石の下で焼いているからです。石を上に載せて重石にしているようでした。名前の由来も石を使うためだと思います。まさに石焼煎餅です。


下記に国際気象海洋㈱提供の2014年台風8号ルートを動画で表示します。
静止衛星からの動画を見る場合は5日間がお薦めです。
 12時間前から現在までの雲の動きはこちら → ポチッ
 2014年7月10日の雨雲の動き         → 7/10 7/9 7/8 7/7
 別の形式での台風進路の予想ルート     → ポチッ
 静止衛星からの動画(国立情報学研究所)  → 10日間 5日間 24hr

2014年7月10日16時 台風は太平洋側を通過中
2014年7月10日17時 台風は太平洋側を通過中、大雨・強風に注意
台風8号(ノグリー)は、徐々に勢力を弱めながら日本の南岸を東に進んでいます。今後も東に進み、明日11(金)には温帯低気圧に変わる見込みです。
今後は東日本の太平洋側を中心に、大雨・強風・高波に警戒。また、この台風の湿った空気が梅雨前線を刺激するため、北日本は台風から離れていても強い雨に注意が必要です。
2014年7月10日18時 台風は太平洋側を通過中、大雨・強風に注意
2014年7月10日22時 台風は太平洋側を通過中、大雨・強風に注意
台風8号(ノグリー)は、18時半頃に和歌山県南部に再上陸。徐々に勢力を弱めながら東に進んでいます。今後も東に進み、明日11(金)には温帯低気圧に変わる見込みです。
今後は東日本の太平洋側を中心に、大雨・強風・高波に警戒。また、この台風の湿った空気が梅雨前線を刺激するため、北日本は台風から離れていても強い雨に注意が必要です。
2014年7月11日01時 台風は東海沖を通過中、強雨に注意
2014年7月11日04時 台風は東海沖を通過中、強雨に注意
台風8号(ノグリー)は東海沖を東に進んでいます。今後は徐々に勢力を弱めながら東寄りに進み、温帯低気圧に変わる見込みです。東海や関東では、強い雨風に注意。また、この台風の湿った空気が梅雨前線を刺激するため、北日本は台風から離れていても強い雨に注意が必要です。
2014年7月11日05時 台風が千葉県に上陸、強雨に注意
2014年7月11日07時 台風が千葉県に上陸、強雨に注意
台風8号(ノグリー)は5時前に千葉県富津市付近に上陸しました。今後は徐々に勢力を弱めながら東寄りに進み、温帯低気圧に変わる見込みです。関東では高波に注意。また、この台風の湿った空気が梅雨前線を刺激するため、北日本は台風から離れていても強い雨に注意が必要です。
2014年7月11日08時 台風、関東の東海上へ
台風8号(ノグリー)は千葉県富津市付近に上陸後、関東の東海上へ。今後も勢力を弱めながら東寄りに進み、温帯低気圧に変わる見込みです。関東では高波に注意。また、この台風の湿った空気が梅雨前線を刺激するため、北日本は台風から離れていても強い雨に注意が必要です。
2014年7月11日09時 台風8号は温帯低気圧に
台風8号(ノグリー)は、本日9時に温帯低気圧になりました。
 ノグリー:韓国語で『たぬき』
 中心付近の最大風速が34ノット以上が台風 熱帯/温帯低気圧は34ノット未満
     34ノット = 34海里/時 = 34x1852 m/時
                       62.968 km/時 = 17.4911111 m/秒
下記の着色文字をクリックすると台風のコースを表示します。 新しく発生した台風より少ない数値は今年の台風のコースを表示します。それより大きい数値は昨年の台風のコースです。
31号 30号 29号 28号 27号 26号 25号 24号 23号 22号 21号 20号 19号 18号 17号 16号 15号 14号 13号 12号 11号 10号 _9号 _8号 _7号 _6号 _5号 _4号 _3号 _2号 _1号

古越龍山紹興酒 十年陳花雕 [上海]



上海に到着した日は海鮮料理にすることにしました。美味しい中華料理と言えば紹興酒は外せません。
せっかくのいい素材がそろったので十年物の紹興酒にいたしました。もちろん本場中の本場、浙江省紹興の紹興酒です。
ブランド名は浙江古越龍山紹興酒です。十年陳花雕とも書かれいてます。日本のレストランでもこの銘柄が記載されていました。記念に陶器の入れ物は4本ともにもらって帰りました。おねがいすると親切に袋に入れてもらえました。

海鮮料理と言えば伊勢海老も外せないです。伊勢海老と言えば当然、刺身です。美味しい料理のおかげで紹興酒を4本も飲んでしまいました。
さっそく大きな皿に乗った伊勢海老の刺身が出てきました。回転テーブルと比較してもらうと大きさがわかってもらえると思います。伊勢海老は、やっぱり美味しいです。


伊勢海老の刺身のおいしさを伝えるために拡大写真も掲載させてもらいました。


紹興酒(しょうこうしゅ)は中華人民共和国浙江省紹興市付近で製造させる代表的な黄酒です。10年ものなので長期熟成させたものを老酒(ラオチュウ)に分類される紹興酒になると思います。きれいな琥珀色のお酒です。日本酒と同じ醸造酒なのでアルコール濃度は16%程度です。もち米が原料の醸造酒なのに琥珀色をしているのはカラメルで色調整をしているためだそうです。
造っている会社名はズバリ「浙江古越龍山紹興酒股份有限公司」です。
日本や台湾では中国の酒と言えば紹興酒ですが広い中国全土では紹興酒は単なるブランドで上海や杭州あたりのお店以外では紹興酒を置いていないお店の方が圧倒的に多かったです。最近では醸造酒で必ず置いているのがワインです。でも、やっぱり上海あたりではみなさん紹興酒でした。


お酒が進んだ伊勢海老以外の料理も紹介いたします。
活きた海老をシンプルに茹でたものもおいしいですね。台湾は必ずと言っていいほど出てきました。海鮮料理には欠かせないです。醤油系のタレにつけて食べます。


活きマテガイも新鮮だから美味しいです。


アワビも一人一個でした。小ぶりですが鮑はやっぱり美味しい食材です。


活き平目も刺身にしてもらいました。


活きホタテも中国では高級食材です。


ここまでがすべて生きた食材の料理でした。
この料理に使われているイカは活きてはいませんでしたが十分においしい料理になっていました。


海鮮ばかりではなく卵と木耳の料理も頼みました。


やっぱり最後は伊勢海老を使ったおじやです。シンプルな塩味だけのおじやにしてもらいました。伊勢海老の身が沢山入っていました。


ここは一度紹介したことのあるお店ですがあらためてお店を紹介いたします。
   店名 東駿燕窩魚翅海鮮酒家
   住所 上海市淮海西路518号
   電話 021‐6281-1978
     東駿燕窩魚翅海鮮酒家
     花園飯店 ( 泊まったホテル )

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こちらのお店は本格的な海鮮料理のチェーン店で最初に出来たお店です。人気のお店のため水槽に入った沢山の魚介類がいつも新鮮です。


クリックすると拡大器の裏側は洒落た絵が描かれているのです。
持ち帰った紹興酒の器はフラワーベース(花瓶)に使わさせていただきました。写真の花は2014年7月2日に蓼科で買ってきたスターチスのドライフラワーです。
蓼科はワンコを連れての初めての旅行で別荘地にある友人宅に2泊3日で泊めていただきました。
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 2014年台風8号のルート動画 → ポチッ

咲いた花が自然とドライフラワーに ! [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大すでに紹介させていただいたように蓼科の友人宅に2014年6月30日から2泊3日で遊びに行っていました。そこは咲いている花がそのままドライフラワーになってしまうほどに乾燥した(湿度の低い)地域だと聞き、帰りに寄った右の写真の「たてしな自由農園 原村」でドライフラワーを買って帰りました。

こちらが買ったドライフラワーです。新聞紙でくるまれていますが大きさが判ってもらえると思います。ピンクの色が濃い方が350円で、白い方が300円でした。すごくお得な価格の気がしました。価格は税抜き表示です。
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湿度の低い地域といっても実感が湧かないと思うので、友人宅の近くの場所の湿度のグラフを紹介いたします。東京と軽井沢と蓼科(チェルトの森)の湿度を比較したものです。友人宅はチェルトの森ではありませんが、隣の別荘地で、標高は同じ1200m(管理事務所1230m / 友人宅1170m)ほどで距離もチェルトの森の管理事務所から2kmの場所なのです。したがって湿度もほぼ同じだと思います。グラフから読み取った蓼科の数値を平均すると39.8%でした。軽井沢の年平均が湿度が78%なのでかなり低いと言えるのではないでしょうか。蓼科の5月の湿度は平均で30%です。ほんと驚きの数値だと思います。数値は1ケ月の平均値なので、日々の数値としては、かなり低い数値があると思われます。
本グラフは蓼科高原チェルトの森のホームページから転用させていただきました。

平均気温に関しては軽井沢とほぼ同じであることから湿度が非常に低いこと判ってもらえると思います。友人も購入時に湿度が低く乾燥していることは聞いていたとのことですが、実際に住んでみて実感したそうです。湿度計は表示が下限いかになることもしばしばある上に、飾ってあった花がいつの間にかドライフラワーになったそうです。そのドライフラワーが飾られていました。地面に咲いている花も季節や種類によってはドライフラワーになってしまうそうです。東京と軽井沢の数値は気象庁統計室のデーターで、 チェルトの森の数値は管理事務所の調べだそうです。


地形図で湿度を比較した3ケ所を紹介いたします。数値は標高を表しています。グラフの色とマークの色を合わせてみました。右の写真は泊まらせてもらった蓼科の友人宅(1170m)です。
    蓼科管理事務所 1230m
    軽井沢駅     940m
    東京駅        3m

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買ってきたドライフラワーは玄関に飾りました。花の種類はネットで調べた範囲ですがスターチスではないかと思います。自信が無いので教えてもらえるとうれしいです。
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斜めからも紹介します。
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白い方の花を拡大いたしました。
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さらに拡大いたしました。ドライフラワーとは思えないほど新鮮な花でした。
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ピンクの方の花の拡大写真も紹介いたします。
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こちらも、さらに拡大いたしました。
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蓼科の地形の特徴を知ってもらうために少し広範囲を表示しました。マイナスのアイコンを1回クリックすると少し広範囲を表示します。


追伸
サンダーソニアさんがフラワーベースに興味を持っていただいたので写真を追加させていただきました。
フラワーベースに使わさせていただいたのは高級紹興酒である古越龍山の十年陳花雕の陶器の器だったのです。上海で夕食で紹興酒を飲んだ時に器が気に入って持ち帰りました。裏側の模様を手前側にしていたのです。結構重い器で見た目と違い実際の安定感はいいのです。ドライフラワーはすごく軽いのです。
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標高1500mの蓼科のゴルフ場 フォレストカントリークラブ [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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長野県の蓼科で2014年6月30日から7月2日まで泊めてもらった右の写真の友人の家の近くには車で3分~10分行ける3つのゴルフ場がありました。
マークはハーブで有名な蓼科ハーバルノート(オーナ:萩尾エリ子)で友人の家の近所です。
その3つのゴルフ場の中の最も標高の高いところにあるフォレストカントリークラブ三井の森に7月2日の午後にハーフ(9ホール)を友人と2人でプレーさせてもらいました。プレー費は税込みで4600円でした。

このゴルフ場は下記の地形図に描かれている等高線から標高が1350m~1500mにあることが判りました。地形図の中でフォレストカントリークラブ三井の森と書かれているところがクラブハウス(1420m)の場所です。クラブハウスの西側(右側)がイン(IN 10~18)で特に12番ホールの標高は1500mになることが地形図と航空写真から判りました。我々が回ったのはアウト(OUT 1~9)なので1350m~1420mでプレーをしたことになります。
ちなみに日本で一番標高の高いゴルフ場は長野県須坂市仁礼町峰の原にある菅平グリーンゴルフ(1560m~1650m)の4番ホールのグリーンが1650mです。
アイコンの写真をクリックするとホールの配置が判ると思います。



これが1番ホールのティーグラウンドからの写真です。このホールの標高は1400mです。地面に木製の矢印が取り付けられているのは霧対策だそうです。グリーンが見えない時はこの方向に打つのだそうです。西に向かって打つのでこの方角にあるのは乗鞍岳や木曽の御岳山です。この時の時間は13:40でした。
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2番ホールは東に向かって打ちます。見えている山は八ヶ岳の天狗岳あるい根石岳だと思われます。梅雨の時期に関わらず見事な青空を見せてくれました。この地域が地形の関係で雨が少ない場所なのだそうです。13:56
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5番ホールのグリーン近くからティーグラウンド方向に振り返ると八ヶ岳の山々が見事に見えました。 14:56
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景色がきれいだと言われていた6番ホールです。正面の山は御岳山です。 15:02
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記念にホール表示板も撮りました。 NO.6 Par5 563ヤードです。


6番ホールのティーグラウンドの標高は1392mでした。
ここからは左から木曽駒ヶ岳2956、木曽御岳山3093、乗鞍岳3026、焼岳2458、北アルプスを見ることが出来ます
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6番ホールのグリーン横の池です。 ここからは左から蓼科山2530m、北横岳2473m、縞枯山2402m、茶臼山2383m、丸山2330m、中山2507m、天狗山2646m、根石岳2603m、箕冠山2590m、硫黄岳2742m、峰ノ松目2567m、横岳2835m、赤岳2899m、阿弥陀岳2807m、権現岳2715m、編笠山2524m、西岳2398mが一望できます。15:21
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このような表示板が設置されていたので、山の名前と標高がわかりました。


7番ホールのティーグラウンド付近は、このゴルフ場で最も低い1356mです。 橋の右上の山が赤岳2899m、阿弥陀岳2807mです。木で隠れているけれども橋の左上に硫黄岳2742m、峰ノ松目2567m、横岳2835mが少し見えます。右の方に見えているのは天狗山2646mと根石岳2603mだと思います。15:21
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OUTの最終ホールの9番のティーグラウンドです。クラブハウスが正面に見えます。クラブハウスの右上に見える山は天狗山2646m、根石岳2603m、箕冠山2590mです。15:53
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9番ホールを上がると下の写真のように、大きく赤岳2899mと阿弥陀岳2807mが見えました。写真では左側の赤岳の方が低く見えますが、それは赤岳が遠くにあるためで、実際には赤岳の方が高いのです。
この時、16:15でした。
こちらのゴルフ場は八ケ岳の山々の絶景が浴場からも見れることでも有名です。
右の写真の友人の家のバルコニーからも同じような構図で八ヶ岳最高峰の赤岳と阿弥陀岳を見ることが出来ました。


お風呂に入ってゴルフ場を離れたのが16:44でした。2名だけの平日ゴルフでしたが、我々の前に10組のコンペが入っていたので、4人プレーペースとなりました。
  名前 フォレストカントリークラブ三井の森
  住所 長野県茅野市豊平字東嶽4734-3888
  電話 0266-76-2300 


下記の地図で赤色マークが今回紹介のフォレストカントリークラブです。数値は標高を示しています。フォレストカントリークラブは私がプレーしたゴルフ場の中で標高の一番高いところでした。着色されたゴルフ場をクリックすると関連記事を表示します。地図内のアイコンマイナスを2回クリックすると*表示外のゴルフ場の位置が判ります。
  赤色 フォレストカントリークラブ   1356m~1500m
  空色 丘の公園 清里ゴルフコース  1160m
  緑色 水上高原ゴルフコース     1000m (ホテル 965m)
  黄色 ボナリ高原ゴルフクラブ     850m
  臙脂 西那須野ゴルフ倶楽部     480m
  青色 六甲国際ゴルフ倶楽部      250m *表示外
  赤色 函館パークカントリークラブ   140m *表示外
  紫色 冨里グルフ倶楽部          50m

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沖縄の調味料 [沖縄]



沖縄の調味料の代表格でしょうか。沖縄県産島とうがらし
これはホテルのレストランに置かれていたものなので間違いないと思い写真を撮りました。お土産屋さんで探したけれど同じ銘柄は見つけられませんでした。
調味料の名前に使われている「こーれーぐーす」は沖縄の方言で「島とうがらし」のことだそうです。原料は島唐辛子と泡盛(または酢)のようです。
ラベルに「そば・うどんにお鍋・煮物に一滴で沖縄的ヒリ辛スパイス」と書かれていますが、確かに一滴でヒリ辛になるのは驚きでした。

食品メーカーで製造されているコーレーグース(コーレーグス)も多いそうですが、島唐辛子を泡盛に入れると比較的簡単に作ることができるので自家製のコーレーグスも多いそうです。ちなみに、漬けた島唐辛子はコーレーグスジャキと呼ばれる。
つくり方は島唐辛子を3週間程度、泡盛や酢に漬け込きます。使用する泡盛は高価な古酒である必要はなく、安価な新酒で構わないそうです。液が濁ってきたら中の唐辛子を捨てると長持ちするそうです。

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タグ:沖縄 調味料

御射鹿池(みしゃかいけ) [蓼科]

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蓼科旅行に行って泊めてもらった友人の家の近くに有名な池があります。
池の名前は御射鹿池(みしゃかいけ)で、長野県茅野市豊平にある溜め池ではありますが神秘的な景色を見せてくれる池なのです。この溜め池が有名になったのは日本画の東山魁夷の1972年の作品「緑響く」のモチーフとなったためです。
写真の撮影日は2014年7月1日です。

こちらが東山魁夷画伯の「緑響く」です。今回撮った上の御射鹿池の写真と比べてみてください。構図や木々の形は違いますが御射鹿池の雰囲気を取りいれていることがことが感じられます。


さらに御射鹿池を有名にしたのがSHARPの液晶テレビAQUOSのCMに御射鹿池が使われたことでした。
実際の御射鹿池の映像の中に吉永小百合さんと白馬が登場しています。 
さらに、Every Little Thing「宙~そら~」(2011年夏の劇場版ポケットモンスター主題歌)のミュージックビデオ、映画「学校をつくろう」(2011年公開)、トヨタ「アイシス」のCMにも御射鹿池が登場しています。
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堰堤(堤体)前に建てられた説明板です。看板の右後ろが堰堤です。クリックすると書かれている内容を読むことが出来ます。この下流地域の農業は奥蓼科温泉郷に代表される、酸性の冷鉱泉の影響と1,100mの高地のため冷害に苦しんでいました。その冷害の解消のために1933年に御射鹿池が溜め池として完成しました。流れ込む冷たい水を留めることにより温まることによって農業用水として使用できるようになりました。周辺は八ヶ岳中信高原国定公園に指定されており、2010年3月25日には農林水産省のため池百選に選定されました。
「御射鹿池」の名は、諏訪大社に伝わる神に捧げるための鹿を射るという神事、御射山御狩神事にその名前の由来があると云われています。諏訪大明神が狩りをする場所として「神野」と呼ばれ神聖な土地であったそうです。
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農業用水として水が流れ出ているところです。


右の方が下流方向で直線的な堰堤が、この池が溜め池であることを教えてくれています。
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案内してもらった友人夫妻と記念撮影をいたしました。
御射鹿池は「みしゃかいけ」又は「みさかいけ」と読みます。
  築造年     1933年 (昭和8年) 
  堤体標高   1528m
  最大水深   8m
  貯水量     26000トン
  満水面積   13000㎡ (3932.5坪)
  目的      農業用温水ため池
  水質      淡水
  生息魚     酸性が強いため魚は生息していない。
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白樺の木が池に似合っていました。
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上の写真の中心あたりを望遠レンズで撮りました。
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池は道路沿いにあります。
紅葉の時期には、ここにカメラを持った人が沢山並ぶそうです。
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道路からの景色です。
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冒頭の御射鹿池の写真は、この写真から切り取って東山魁夷画伯の「緑響く」の雰囲気に近づけるために少し色調整したものです。この写真が、撮影した時の実際の色合いです。
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この地域の地図です。「蓼科ハーバルノート」はハーブ関係のお店で、「たてしな自由農園 原村」は千葉の自宅に帰る時にお土産を買った場所です。クリックすると拡大泊めてもらった友人の家は「蓼科ハーバルノート」の近くです。
  御射鹿池
  おしどり隠しの滝  →
  蓼科ハーバルノート
  たてしな自由農園 原村
   横谷峡遊歩道
地図内のアイコン写真地形をクリックすると表示が航空写真や地形図にかわります。地図をクリックすると元に戻ります。

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おしどり隠しの滝 と チャツボミゴケ [蓼科]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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2014年6月30日から7月2日まで泊めてもらった友人の家の近くにSHARP(シャープ)のAQUOS(アクオス)のCMで有名になった御射鹿池(みしゃかいけ)があります。その御射鹿池の近くに「おしどり隠しの滝」という名の滝があるので友人夫婦に案内してもらって2014年7月1日午前に4人で、その滝を見に行きました。道路から降りていく途中から望遠レンズを使って撮った「おしどり隠しの滝」です。滝の右側の建物は明治温泉旅館です。

滝を拡大しました。この時のレンズの焦点距離は285mmです。
ISO400で、シャータースピード1/256sec、F値はf5.6です。
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標準レンズの場合は、この写真のように見えます。
滝の名前の由来を調べたところ、漁師に追われた鴛鴦( おしどり)の夫婦が渓谷の最も奥にあるこの滝に隠れて難を逃れたとか、近くに仲の良い夫婦が住んでいたことに由来すると書かれていました。
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レンズの焦点距離を400mmで撮った滝の落ち口(銚子口/滝口)です。
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上の落ち口の写真をさらに切り取りました。三脚を使っていないので解像度は劣りますが、それでも落ち口のさらに上の左側から水が流れ落ちてきていることが判りました。
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滝のところまで降りてきました。
ここのマイナスイオン指数は15,000個/CCだそうです。
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標高が1500mと書かれていました。


上から見た滝は何段にもなって落ちてくる滝の上の部分であることが判りました。
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少し角度を変えた写真も紹介いたします。
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水がきれいに滑り落ちてきていました。
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滝の周りには緑の苔が生えていました。滝だけでなく苔が有名なのです。
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実は滝の周りに生えている緑の苔は珍しいチャツボミゴケなのです。分類は次の通りです。ただし現在は( 類 )は分類群の扱いは認められていません。
  界 :植物界      Plantae
  ( 類 :蘚苔類       Bryophyta コケ類 / 蘚苔類 / 蘚苔植物 )
  門 :ゼニゴケ植物門  Marchantiophyta
  綱 :ウロコゴケ綱   Jungermanniopsida
     又は苔類綱    Hepaticopsida
  亜綱:ウロコゴケ亜綱  Jungermannidae
  目 :ウロコゴケ目   Jungermanniales
  科 :ツボミゴケ科   Jungermanniaceae
  和名:チャツボミゴケ
  学名:Jungermannia vulcanicola Steph.
     ユンゲルマンニア ブルカニコーラ
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上の写真のチャツボミゴケを拡大いたしました。
チャツボミゴケの自生地は群馬県吾妻郡中之条町(奥草津温泉)のチャツボミゴケ公園が有名です。日本での自生地は、その草津と九州の阿蘇山と四国の愛媛の銅山跡地と書かれており、本州での自生地は草津だけとの記載も多くみかけましたが、ここ長野県の蓼科の「おしどり隠しの滝」にも、ひっそりと自生していたのです。さらに調べてみると宮城県の鬼首片山地獄でも確認されているようです。


このチャツボミゴケは強酸性の水を好む苔で氷河時代から植生していた貴重な苔だそうです。そばに明治温泉があるように、ここの滝の水が強酸性であることから群生したものと想像されます。群馬県教委によると、チャツボミゴケは約18,000種の蘚苔(せんたい)類の中で最も酸への耐性が強く、PHが2.0〜4.6の強酸性の火山性水域に好んで生息するそうです。クリックすると拡大ホームページから確認した明治温泉の泉質は次の通りです。滝を流れる水質も近いものと想像されます。
  泉温 23.7℃
  PH  3.8 酸性
  泉種 鉄炭酸泉


上の記念碑の由来書(説明文)を転記いたしました。由来書の中の澁川温泉は今の地図には渋川温泉と記載されています。
由来書
此の苔は、国立科学博物館植物研究部長井上治先生に調査を依頼し、現地調査の結果、氷河時代より植生し強酸性水を好み河川浄化に役立つ貴重なるチャツボミゴケであると同定されました。
長野県、地元茅野市をはじめ七ケ耕作財産区外山財産区、自然保護団体、奥蓼科観光協会長故北沢栄一殿、澁川温泉保科館等の協力により保存することが出来ました。
奥蓼科観光協会は、自然を守りつゝ開発を進める地元住民の自然保護に謝し、この記念碑を建立したものであります。
  昭和六十二年十一月吉日
奥蓼科観光協会

周りには普段は見かけないようなシダも沢山生えていました。
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遊歩道案内図を見ると、他にも滝があることが判りました。横谷峡の上流から「おしどり隠しの滝」「王滝」「霧降の滝」「乙女滝」です。滝以外の見どころとして「一枚岩」「扉風岩」「氷瀑」「鷲岩」が書かれていました。これらの場所はマイナスイオンが多い場所でもあるのです。おしどり隠しの滝が、名前の由来となった最も奥の滝であることも判りました。
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「おしどり隠しの滝」は空色マークのところです。緑色マークは次に紹介予定の御射鹿池です。紫色マークはオーナーが萩尾エリ子さんのハーブで有名な蓼科ハーバルノートです。赤色ラインは横谷峡遊歩道で約8kmあります。
泊めてもらった友人の家は3つのゴルフ場に車で10分以内に行ける場所にあります。クリックすると拡大特に三井の森蓼科ゴルフ倶楽部や蓼科ハーバルノートには彼の家から3分以内で行けます。そのことから彼の家から「おしどり隠しの滝」や「御射鹿池」が近いかが判ってもらえると思います。「おしどり隠しの滝」を見た日の午後からはフォレストカントリークラブで家に泊めてもらった友人と2人でゴルフ(ハーフ)をやりました。近いうちにゴルフ場からの景色を紹介したいと思います。地図内のアイコン地図地形をクリックすると文字が読みやすいと思います。写真をクリックすると地図から航空写真に戻ります。

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