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台湾の土産 深海野生紫菜 [台湾]

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先日、家内が台湾旅行で買ってきたお土産です。名前が「深海 野生紫菜」と書かれいます。さっそく食べてみることにしました。中国語の紫菜を日本語に翻訳すると海苔と表示されるので「深海 野生紫菜」は「深海に野生する海苔」という意味になるようです。日本だと「地のり」、「天然海苔」あるいは「岩海苔」と呼ばれているものになるようです。

このように、ふんわりと丸くまとめられたものが3つ袋に入っていました。3つ入って60台湾ドルなので日本円だと203円となります。すごく安いと思いませんか。日本で、この量の「地のり」だと2~3千円ではないでしょうか。
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4分の1ほどちぎり取ったものを2つに縦に割って薄くした状態でオーブントースターで焼いてみました。見事な緑色になりました。これで焼のり状態です。
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焼いたものを細かくしました。
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最初に試したのが納豆でした。
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香ばしい磯の香がして、美味しく食べることが出来ました。これはなかなか良かったです。
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もちろん、炊き立ての白いご飯にふりかけてみました。すこし醤油を垂らして食べると最高でした。いろいろ試した中で一番おいしくいただけました。美味しかったので、ご飯にかけて食べたのは5回を越えてしまいました。
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やっぱり拡大写真を掲載したくなります。
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お吸い物にも入れてみました。
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もちろん味噌汁にも入れてみました。
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サラダにもかけてみました。どれも合います。
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青のりの代わりに、たこ焼きにも使いましたが、これも美味しかったです。あまり細かく砕かないで大きめにすると香ばしくていいですね。
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ラーメンにも入れてみました。ラーメンの中では塩ラーメンが一番合う気がしたので、塩ラーメンに入れてみました。具はモヤシとメンマとネギと紫菜(海苔)だけです。
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他のラーメンでは試していませんが、食べた感じも、やっぱり塩ラーメンが味がシンプルなので海苔の味を、味わうのにピッタリでした。ついつい塩ラーメンでは2回も食べてしまいました。炒め物にも合うと説明されたそうですが、ここで無くなってしまったので炒め物を試すことは出来ませんでした。
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この海苔(紫菜)は海の浸食で沢山の奇岩がある「野柳」と呼ばれる観光スポットで売られていました。野柳で最も有名なのが写真の女王頭(クィーンズヘッド)です。
クリックすると拡大冒頭の地のりのパッケージにも女王頭の写真が使われているのが判ってもらえると思います。野柳風景特定区の出口には、魚介類の加工品を売る店が両側に軒を連ねている野柳特産街があり、そちらで購入したようです。右の天気の良い日の写真はネットから拝借いたしました。
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野柳風景特定区の景観をGoogleのストリートビューで紹介いたします。写真をクリックするとオリジナルのストリートビューを表示いたします。
  女王頭の近くのストリートビューはこちら→ ポチッ
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野柳風景特定区の場所を紹介いたします。緑色マークの場所です。

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タグ:台湾 土産 海苔

北京で北京ダックを食べました。 [北京]

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先日、安徽省の北京ダック(北京烤鸭)を紹介したので、ここでは北京で食べた北京ダックを紹介いたします。今までに58回以上も北京に行きましたが、北京では有名な北京ダックを食べたことがありませんでした。「北京では」と書いたのは北京以外では何度も食べた経験があったからです。今回、秦皇島から新幹線で戻ってきて念願の北京で北京ダックを食べました。ちなみに58回というのは飛行機で北京に到着した回数です。列車や車で到着したこともあるので「以上」をつけさせていただきました。

北京には北京ダックの超有名店がありますが、今回は外国人には知られていないけれども、北京ダックを最も売りにしている地元の北京子が食べに来るお店に行きました。お店の名前は「羲和雅苑」といいます。昔の建物である四合院の雰囲気を出した高層ビルの中の煉瓦造りの平屋の広い敷地のお店でした。


羲和雅苑に利用された古い建物の模型のようです。レストランの中に入ったら、建物の全貌は判りませんでしたが、建物に囲まれた中庭には屋根を取り付けられてレストランとして利用されたようでした。


ここが昔の中庭の部分です。周囲を煉瓦の建物に囲まれており、中庭に屋根(天井)が付けてらているのが判ると思います。周囲の煉瓦の建物に個室がありました。この写真は入口を入ったときの景色です。クリックするとよくわかると思います。
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お店の名刺も掲載しておきます。住所は「北京市海淀区中関村大街15-3」です。


個室を頼みました。これが食事をする前のテーブルの雰囲気です。


先ずは皮の部分を薄く削り取るように切っていきます。お店では北京烤鸭ではなく和合烤鸭あるいは単に烤鸭と呼ばれていました。


最初に一番高級なところが出されてきました。皮だけです。頭は飾りです。
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さらに皮を切っていきます。


皮だけ出されると思ったら身も少し出されました。右の皿の上半分は身だけです。こちらも美味しいですよ。左の皿と右の皿の下半分は皮だけです。
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真中の蒸籠の中に包む皮が入っています。熱々で出てきます。入れる野菜は白髪ネギ、玉葱、キュウリ、人参とおろしニンニクでした。タレは甘辛いタレは皮に包む時に使いますが、それ以外に甘い味噌と砂糖がありました。これは包まずに食べるときに付けるとよいと説明されました。
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真中の薄く焼いたクレープのような皮に甘辛い味噌と野菜と一緒に包んで食べます。


今回は北京ダックの切り方は上で紹介した切り方を入れて3種類でした。これは皮付きの身です。身が出てくるといっても、皮に近い部分だけなので、身の大部分は本体に残ってしまうので持ち帰りように袋に入れてくれます。今回は中国の人がおられたので、持って帰っていただけました。
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北京ダック以外の料理も紹介しておきます。これは切干大根の料理ですが肉と間違えるような美味しい味に仕上がっていました。
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これは牛の腱の部分の料理で、ゼリー状の塊を細く切ったものです。
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見ての通りの海老料理です。今回の中では最も薄味の繊細な料理でした。
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このお店の名物料理です。ハルサメが入った珍しい食感の料理でした。
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これは豚肉の塊を柔らかく煮たものを甘辛く絡めた料理です。丸いのはウズラの卵です。いろんな食感の美味しい料理でした。
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これはアスパラカスの炒め物です。この日の唯一の野菜料理です。
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スープも一品頼みました。薄くスライスした貝柱が入った酸っぱい辛いスープでした。
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ヒラメの煮付けです。北京ダックはこの後に出てきました。
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一度、掲載した写真ですが、順番をわかりやすくするために入れます。上で紹介した北京ダックはここで出てきました。ほんとに最後に出てきました。
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これはご飯代わりの野菜のお餅です。これの味は想像と違い、すごく美味しいものでした。
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レストランは昔の雰囲気の平屋でしたが周りには高層ビルが建っている不思議な場所でした。食事行く前は、この高層ビルの中にいました。


地図を掲載いたします。黄色マークが羲和雅苑です。マイナスのアイコンを何度かクリックすると北京の中の位置がわかると思います。

より大きな地図で 羲和雅苑 を表示
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くまモンのスイカ [九州]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大いつも「まきしの米」を送っていただいている熊本の叔父さんからスイカが届きました。
段ボールに書かれているKUMAMOTOのマークが印象的でした。麦わら帽子や牛の顔が入ったこのマークは熊本農畜産物統一ブランドマークで「正直・信頼の目印」だそうです。コンセプトは「水の恵みと大地の香り」だそうです。

箱の横には、あの「くまモン」が描かれていました。
麦わら帽子をかぶって、「くまモン」と書かれたマフラーをした、くまモンです。その横にはブランド米である「ましき」の文字も書かれていました。「ましき」は熊本県上益城郡益城町を示したものです。
「ましきの米」は阿蘇の伏流水が作った美味しいお米で、このお米を熊本の叔父さんが、いつも右の写真の30kg袋で送っていただいているのです。クリックするとマフラーの「くまモン」の文字が読めると思います。くまモンと四葉クローバーの組み合わせのマークは生産者が、一番下で説明させていただいているグリーン農業に取り組むという「生産宣言」をすると農産物に、このシンボルマークを表示することができるそうです。
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箱の中には大きな西瓜が2つは行っていました。阿蘇山の麓との美味しい水の益城町で作られた西瓜だと思います。
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さっそく食べてみました。
熊本では、古くからスイカの栽培が行われており、今も下記のように日本一の生産量です。スイカを選ぶ時は、果面にツヤがあり、形は味に関係ありませんが、左右対称の果実がおすすめだそうです。平成23年産野菜生産出荷統計での西瓜のランキングおよび収穫量は次の通りです。
西瓜以外で、よくいただくメロン2位あるいは3位でした。
   1 熊本県 59200 16.3%    6 長野県 18100  5.0%
   2 千葉県 45900 12.7%    7 茨城県 17200  4.7%
   3 山形県 36200 10.0%    8 石川県 14700  4.1%
   4 鳥取県 20200  5.6%    9 愛知県 14500  4.0%
   5 新潟県 19200  5.3%   10 北海道 14100  3.9%
                      合計 362500 トン/年


包丁で切った断面です。瑞々しいスイカでした。スイカはビタミンAが豊富で、利尿作用がよく、すいか糖は腎臓病の特効薬と言われているそうです。
スイカの収穫量の11位以降は次の通りです。
  11 秋田県  12 神奈川県  13 青森県  14 長崎県  15 鹿児島県
  16 福井県  17 愛媛県  18 福岡県  19 沖縄県  20 奈良県
  22 和歌山県  23 岡山県  24 滋賀県(1000トン/年)
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是非とも写真をクリックしてほしいです。2014年4月18日に届いて、その日にいただきました。4月とは思えないほど甘くておいしいスイカでした。種が少ないので種を気にせずに食べることが出来ました。叔父さん、ありがとうございました。
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クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載させていただきました。
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・・・  くまもとグリーン農業  ・・・
クリックすると拡大堆肥(たいひ)などを使った土づくりをして、化学肥料や化学農薬をできるだけ減らす、環境にやさしい農業です。 安全・安心な農産物を生産・供給するとともに、豊かな地下水と自然環境を守り育むことを目的としているそうです。その取り組みの特徴の1つが、「生産宣言」「応援宣言」という仕組みで、生産者にはグリーン農業に取り組むという「生産宣言」をし、消費者や販売業者にはそれらの農産物を購入し料理に使うという「応援宣言」をこうなう仕組みだそうです。「生産宣言」をした生産者は、くまモンと四つ葉のクローバを組み合わせた右のマークを農産物に表示することができるそうです。つまり今回のスイカが堆肥で育てられた証明のマークだったわけです。
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デコポン(シラヌイ)も熊本県が生産量日本一です。
クリックすると記事を表示デコポン(シラヌヒ/不知火)は、ミカン科ミカン属の柑橘類のひとつで長崎県の果樹試験場で1972年に「清見」と「ポンカン」の交配により作られた品種です。果形は果梗部にデコが現われやすく外見上の弱点が目立ち育成試験場では選抜対象とはならず品種登録はされませんでした。その後、熊本県宇土郡不知火町に伝わり、品種名を「不知火」として栽培の取り組みが始まり1975年頃から甘夏に代わる柑橘を模索していたという事情も重なって、不知火海沿岸の宇土半島、天草諸島、葦北地方などを中心に広がり、全国へと普及していったそうです。下の写真は熊本の叔父さんが送ってくれた、今までに見たことのないほど大きくて見事なシラヌイ(デコポン)です。
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さらに柿の王様である太秋柿(たいしゅうがき)も熊本県が日本一でした。
クリックすると記事を表示太秋柿は一個の重さが500gもある柿です。
なんと平成22年の栽培面積を見ると、太秋柿は全国の半分近くが熊本で生産していることになります。太秋柿は「富有柿」をベースに、「次郎」と「興津15号」を掛け合わせて出来た品種を掛け合わせて生まれた完全甘柿品種で、1994年8月に品種登録された柿だそうです。
熊本の叔父さんから送ってもらった時の記事がこちらです。→ポチッ
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熊本県の特産品を紹介いたします。全国一位の農産物が「いぐさ」、「デコポン」、「カスミソウ」、「なつみかん」、「トマト」、「すいか」と沢山あります。「くり」、「なす」、「メロン」、「いちご」、「しょうが」など2位、3位の物も沢山ありました。
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やっとコンク貝の刺身が食べれました。 [バハマ]


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バハマの名物はコンク貝(法螺貝 / CONCH)です。そのコンク貝の刺身を食べたかったのですが、結局バハマでは食べれませんでした。しかし帰国途中で泊まったアメリカ・フロリダのマイアミでコンク貝(ほら貝)の刺身を食べることが出来ました。

上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。かなり大きな貝であることが判りました。


マイアミ空港には午後6時に着きました。ホテルで、ここに住んでいる人(アメリカ人)と待ち合わせて、その人の紹介で、その人が大好きな御寿司を一緒に食べに行きました。お店は、マイアミで一番おいしいといわれている御寿司屋 MATSURIです。確かに時間帯によっては1時間以上待たされるほどの人気店でした。コンク貝の刺身はメニューにはなかったのですが、「コンク貝の刺身は出来ますか。」と聞くと「出来ます。」とのことなので、すぐに頼みました。
コンク貝は寿司ネタとして置いていたのだと思います。お店の外にも行列が出来ていますが、お店の中は、もっと込み合っているので外で仲間の人たちが行列とは別に沢山待っていました。マイアミで行列を見るとは思ってもいませんでした。


ビールのツマミになりそうなものをいくつか頼みました。食事としては写真の「上にぎり」を食べました。立派なトロも入っており、確かになかなかのものでした。
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バハマではレストランの前に写真のようにコンク貝を並べているほどでコンク貝のグリルやフリッターやスープを食べました。
今回の場所はバハマではなくアメリカのマイアミですが、刺身を食べる念願がかなって大満足でした。マイアミは、ナッソー(バハマ)の西303kmです。同じバミューダ海域にも面しており、場所的に近いのでコンク貝もたくさん捕れるのかもしれません。


マイアミではありましたがバハマ名物のコンク貝の刺身を食べることが出来ました。そのお店の場所を航空写真で紹介いたします。翌日にシカゴ経由で日本に帰りました。
  店名 MATSURI
  住所 5759 Bird Rd、Miami, Fl
  電話 (305) 663-1615
  休み 月曜 木曜
  営業 平日 11:30~23:00  金曜 11:30~23:30 
      土曜 17:30~23:30  日曜 17:30~22:30

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今までのバハマ関連の記事を下記にまとめました。タイトルをクリックすると記事を表示いたしますので、まだ見ていない記事があればクリックしてみてください。
  往復ともに洋食にしました。 成田~シカゴ
  驚き! バハマの出国手続
  バハマの高級レストラン
  リゾート地の横断歩道の注意書
  WEST BAY STREET
  Wast bayのカジノ
  バハマ最大のカジノ アトランティス
  ブランコ
  バハマでも交通事故
  この写真、違和感がありませんか?
  バハマにも大砲の飾ってあるお家がありました。
  バハマの首都ナッソーの普通の景色
  バハマは胴長リムジンだらけ
  ビーチのカモメたち
  コンク貝レストラン
  プライベートビーチ
  007 カジノ・ロワイヤルのロケ地
  バハマの郵便ポストも赤でした。
  バハマにもマックがありました。
  日曜日は要注意
  バハマのビールはこれだ!
  ニュー・プロビデンス島
  観光名所 ストローマーケット
  映画のシーンのようです。
  行きと帰りで極端に違う機内食 成田~ダラス

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驚き! バハマの出国手続 [バハマ]

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写真はシカゴからバハマのナッソーに着いたところです。70人乗りの小さな飛行機です。飛行機で渡された入国書類に記載して入国審査を受けます。税関書類はありません。アメリカや日本のように出国用の部分を切り離して渡されるのではなく入国書類に印を押したものをそのまま渡されます。多少は異なりますが入国は普通でした。驚いたのがバハマを出国するときでした。

バハマを出国するときが独特のシステムでした。出国審査と思っていたら実はアメリカ合衆国の入国審査でした。アメリカに入国するときに提出する入国審査書類と税関書類をバハマのナッソー空港で提出するのです。写真はバハマ(ナッソー)空港の搭乗口の待合室の写真です。
すでにアメリカへの入国手続きが終わっているので、ここバハマ空港の搭乗口はすでにアメリカ合衆国と言うわけです。(法律的にはわかりませんが)
アメリカの入国審査書類と税関書類は航空会社のチェックインのときに渡されます。普通は飛行機の中で渡されるので、渡された時は親切だと思いましたが、これがないとバハマでの手続きが出来なかったわけです。バハマの入国審査で返却された入国審査書類は航空会社のチェックインカウンターに渡します。つまり出国審査は航空会社のチェックインカウンターで終わっていたことになります。
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これがナッソー(バハマ)からマイアミ(USA)の飛行機です。すでにアメリカの入国審査は終わっているので飛行機は国内線に着きます。アメリカでは、まったく待たされることなく入国が出来ました。
アメリカを経由して別の国行く場合(いわゆるトランジット)の場合でも必ずアメリカの空港でアメリカへの入国手続きをする必要があるのです。荷物も一旦、受け取る必要があるため非常に面倒だし時間が掛かりますが、バハマからの帰りのトランジットだけはまったく手間が要らないのが特徴です。もともとアメリカには出国審査手続きがないために国内線に着いても楽なのです。
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機種はAerospatiale/Alenia ATR-72 です。プロペラ機で入口は一番後部にある珍しい飛行機です。座った席は一番後ろだったので早く下りることが出来ました。


マイアミだけでなくニューヨーク、シカゴ、アトランタ、パームビーチ(Palm Beach)、フォート ローダーデール(Ft. Lauderdale)へのフライトもあります。パームビーチとフォート ローダーデールはマイアミと同じフロリダ州でマイアミの隣町のフォート ローダーデールには沢山のフライトがありました。
残念ながらバハマでコンク貝刺身はついに食べれませんでした。
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バハマのナッソーからマイアミは約300kmの距離でした。ナッソーからのフライトがあったパームビーチとフォート ローダーデールの町の名前がフロリダ半島にあります。この時はシカゴ経由で成田に帰りました。ダラス経由で帰った時もありました。地図上のアイコンマイナスを数回クリックするとバハマの位置がわかってくると思います。

より大きな地図で ナッソー→マイアミ を表示
2度のバハマからの帰国ルートを紹介いたします。
左がシカゴ→成田のコースで       右がダラス→成田のコースです。
クリックすると記事を表示クリックすると記事を表示
04月27日 成田→ JL10 →シカゴ→ AA4467 →ナッソー
04月29日 ナッソー→ AA4994 →マイアミ→ AA1247 →シカゴ JL9 →成田
11月17日 成田→ AA176 →ダラス→ AA176 →マイアミ→ AA1208 →ナッソー
11月20日 ナッソー→ AA4952 →マイアミ→ AA617 →ダラス→ AA61 →成田



バハマは胴長リムジンだらけ [バハマ]

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バハマでは胴長リムジンをよく見かけました。アメリカでもよく見かけましたがバハマでは数分に1回は見かけたので比率は圧倒的にバハマの方が多いように感じました。ホテルの入口で撮りました。

こんな胴長リムジンも見かけました。普通の胴長リムジンは沢山走っているのでこれなら目立ちます。結構、背が高い車でした。後ろのワンボックスの高さと比べると大きさがわかると思います。
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黒塗りの最もオーソドックスな胴長リムジンです。これと同じような車が最も沢山走っていました。 

ホテルの部屋は豪華でした。 [安徽省]

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こちらが2014年4月8日と4月9日に泊まった中国の地方都市のホテルの部屋です。上の写真はドアを開けて部屋に入った瞬間の景色です。通路の奥に見えるのが寝室です。

こちらが寝室です。入口の部屋と、こちらの寝室にもテレビがあるので2台の大型テレビがありました。かなり広い部屋であることが判ってもらえると思います。ベットもかなりの大きさでした。
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こちらがバスルームです。入口の応接室と寝室の間にありました。
広いバスルームには大きくて深い浴槽が贅沢に置かれていました。バスルームと寝室の間の仕切は開けることが出来るので開放的な雰囲気になりました。本来のドアは右側についています。
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ガラスで仕切られた2つの部屋は、右側がトイレルームで、左側がシャワー室です。シャワー室には大好きなレインシャワーが付けられていました。
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果物が置かれているのもうれしいですね。
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バハマの高級レストラン [バハマ]

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コンク貝の刺身を食べるためにちょっと高級なレストランに行きました。バハマのナッソーでも高級ホテルのレストランを除けばトップクラスに位置するレストランです。
   お店の名前はEast Villa Restaurant (東苑酒店)
   住所は East Bay Street, Nassau, Bahamas
   基本は中華料理ですがいろんな料理が食べれます。
   HPは http://www.eastvillabahamas.com/
   電話は (242) 393-3377 or (242) 393-3385
   地図は http://goo.gl/maps/kNeIB

やっぱり、先ずはバハマのビールです。さすがにこのお店ではグラスで飲みます。
写真に写っていますが、このお店には醤油が置かれていました。ついコンク貝の刺身を期待してしまいました。でも


新鮮なコンク貝が入った日は刺身が食べれるのですが、残念ながらこの日は刺身で食べれるコンク貝がなかったことからコンク貝のフリッターを頼みました。 Conch Frittersは$9でした。


お店の中の雰囲気です。暗いのでカメラを置いてセルフタイマーで撮ったためにローアングルの写真です。雰囲気的にワインを飲みたくなる雰囲気です。


そこで、この日はビールだけでなくワインも飲みました。白と赤を一本づつ飲みました。2名だったので、ちょっと多かったかもしれません。
もちろんカルフォルニアワインです。銘柄はWOODBRIDGEです。
調べてみるとミディアムボディの「ロバート・モンダヴィ ウッドブリッジ カベルネ・ソーヴィニヨン」でした。


せっかくの高級店なのでロブスター料理を頼みました。料理名はSZECHUAN LOBSTERで、値段は$32です。これは四川(SZECHUAN)の名前が入っている通り中華系の料理で、甘辛い味は最高でした。
メニューの説明にはLarge Chunks Of Lobster Cooked In A Bed But Rice Wine Sauce With Red Pepper, Ginger And Scallions.と書かれていました。
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バハマは独立国と言えども、さすがアメリカ圏です。ロブスターの海老チリを頼むと麺が付いてきました。洋風中華と言えるかもしれません。
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コンク貝のフリッターを頼んだ上にさらに、エビとコンク貝と魚のフリッターも頼みました。コンク貝の刺身は食べれなかったけれどタップリとコンク貝が食べれたので大満足でした。二人だけの食事なので沢山の種類は食べれませんでしたが、どれも美味しかったので満足でした。
メニューのSeafood Platter $36には次のような説明がされていました。
Shrimp, Fish, Conch And Lobster Dipped In A Light Batter, Then Fried To A Golden Brown, Served With Tartar Sauce.
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お店の名はズバリ「北京ダック店」 [安徽省]

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2014年4月7日は上海から車で4時間の地方都市にやってきました。日本からの3名と上海から1名と、その地方都市の日本人6名、計10名で夕食を食べました。選んでもらったお店のが「北京烤鴨店」です。つまりタイトルで書いている通りお店の名前がズバリ「北京ダック店」なのです。安い値段で、美味しい北京ダックが食べるお店があると聞いて、このお店にしていただきました。
セットされている雰囲気からも庶民的なお店であることが判ります。左端の御手拭が入った袋に「北京烤鴨店」と書かれているのが判ってもらえると思います。

さっそく北京ダックをニ羽(二匹)ほど頼みました。個室の入口の前で皮を中華包丁を使って削ぎ始めました。
冒頭で安いと書かせていただきましたが、1羽が58元(952円)です。
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手慣れたものであっという間に出来上がりました。北京ダックは中国語圏では基本的に「北京烤鴨」ですが場所によって、次のように書かれることもあります。
  中国 北京烤鴨 ( 北京烤鸭 )
  香港 北京填鴨
  台湾 北平烤鴨
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一羽ぶんが一皿に盛り付けられました。
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二羽なのでニ皿です。
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巻く薄い小麦の皮(薄餅 / 荷葉餅)とネギとキュウリと味噌が付いて、これが北京ダックのワンセットです。
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自分の皿で皮に包みました。


これが出来上がりです。
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北京ダックの皮を削いだ身はいろんな料理にしてもらえます。一羽はスープにしてもらいました。
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もう一羽は唐揚げにしてもらいました。
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やっぱりビールですね。紹興酒も頼みたかったのですが紹興酒は置いていなかったのでワインを頼みました。上海では考えられないことですが、中国の地方都市では意外なことに紹興酒が置かれていないことがよくあります。ワインは大概のお店に置かれています。もちろんアルコール濃度の濃い白酒(パイチュウ)は必ずあります。


テーブルの雰囲気を紹介いたします。 全員がそろう前にテーブルを撮らせてもらいました。係りの人が料理を並べているところです。


それでは北京ダック以外の料理を紹介いたします。こちらは豚足です。


こちらもダック料理です。シンプルで美味しい料理です。
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いろんな野菜と肉の料理です。
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日本人ばかりなので春巻きも頼みました。
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辛い豆腐料理です。味は麻婆豆腐に似ていますが、麻婆豆腐とは少し違う、豆腐が主張した美味しい料理でした。
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その豆腐料理を拡大いたしました。


チーズケーキではありません。これは普通の蒸しパンです。
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ビールに合う川エビの唐揚げです。
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使われている野菜は違いますが、味わいは回鍋肉(ホイコーロー)でした。いろんな野菜が使われていました。
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こちらは有名な桂魚の料理「松鼠桂魚」です。切れ目を入れて薄衣揚げした桂魚に甘酢ソースがかけられた料理です。もう一つのメインデッシュです。
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味わいを伝えるために、身の部分を拡大いたしました。くりっくクリックするとさらに拡大いたします。
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野菜料理もたのみました。安いお店とのことですが、料理の飾り付けはなかなかのものばかりでした。
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なまず料理 印旛沼漁協直営水産センター [鰻]

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日本ナマズの料理を食べる機会がありました。それも養殖場の直営店で食べました。この料理は「なまず柳川風」です。

なまず柳川風を少し大きくしました。年季の入った器です。
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さらに拡大してみました。
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こちらはナマズの天婦羅です。淡白な味の魚で天ぷらも柳川も美味しかったです。
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これが、ナマズ料理のメニューです。他にもいろいろありました。残念ながら「あらい」や「姿からあげ」はなかったので、上の2っの料理を頼みました。


養殖場直営店を見つけたきっかけはこのパッケージです。時々利用する自然な食品を多く置いているグリーブと言うお店でうなぎの白焼きを売っていました。
よく見ると「利根川のしらすうなぎを育てた、いんば漁協のうなぎ 千葉県産」と書かれていました。印旛沼漁協直営水産センターと書かれていたので、やっぱり新鮮な白焼きを直接買いにくことにしました。ただし地図は持っていなかったし車にはナビも付けていないので、一旦、家に帰ってネットで調べてみました。するとレストランもやっており、鰻も食べれることが判ったので子供も連れてみんなでウナギを食べに行くことにしました。場所は、一週間前に鰻を食べに行った行列の出来る「い志ばし」の近くです。このあたりは鰻屋さんが多いところです。印旛沼漁協直営水産センターに行ったところ鰻だけでなくナマズも養殖していてナマズ料理も食べれることが判りました。それも種類は日本ナマズとのことなので私だけウナギはやめてナマズ料理にしました。


ここのお店の、もう一つの売りであるウナギを紹介いたします。
写真は「上うな重 4P」です。4P ?
3Pや4Pは専門用語で1kgになる本数のようです。すなわち3Pは1000g÷3=333gと言うことになります。4Pは250gで5Pは200gの鰻を使用している意味だそうです。さすが養殖場の直営店と実感させてもらいました。特筆すべきは肝吸いのボリュームです。具の鰻の肝も沢山入っていました。ここは料理だけではなく鰻の白焼きを販売しているので肝は沢山あるのかも知れません。
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上うな重を拡大しました。クリックするとさらに拡大します。利根川をのぼってきたしらすうなぎと聞くと貴重な鰻のように思えてきます。
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こちらは「うな重 5P」  一般的な言い方だと「並うな重」です。これでも十分な大きさでした。
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うなぎ料理のメニューです。「い志ばし」に比べると高めですが「利根川のしらすうなぎを育てた、千葉県産」ならば安いかもしれません。


入口近くには色紙などが張られており、いろんな取材を受けたことのあるお店のようです。説明によると、清水と水車などで急流をつくり天然物に近い鰻をハウス池でそだてているのだそうだ。


お店の外観です。
 店名 レストラン 水産センター 印旛沼漁業協同組合直営
 住所 成田市北須賀1622 印旛沼畔:甚兵衛渡し隣
 電話 0476-26-9906
 営業 11:00~18:00 木曜日定休  


お店の裏手は養殖場になっていました。あいにくの雨模様で霞んでいます。クリックすると「いんば漁協の うなぎ、日本なまず、養殖生産直売」の文字が読み取れると思います。
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鰻屋さんの場所を地図で紹介します。地図上のアイコンマイナスを数回クリックすると場所が判ってくると思います。店名をクリックすると記事を表示します。
   印旛沼漁協直営水産センター   い志ばし
   かどかわ                岡野川魚店
   白藤養魚                川ばた園

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第32回 浅草流鏑馬 [話題]

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上の写真は2014年4月19日に浅草で行なわれた流鏑馬(やぶさめ)です。私は別の用事があったことから、行けませんでしたが、家内が見に行きました。本来は自分で撮った写真しか掲載しないのですが、浅草で流鏑馬が行われていたことを今まで知らなかったので、是非とも紹介したくなって、家内が撮ってきた写真と動画を使わさせてもらいました。

これが流鏑馬を見るための観覧券です。実は家内は一年前から弓道をやっていることから先生から下の「ご招待券」をいただけたのでした。上が表面で下が裏面です。
今回の浅草流鏑馬は江戸時代に浅草神社の正月行事として毎年1月5日行われていた流鏑馬を復活・継承するために1983年(第1回 浅草流鏑馬)から始めたそうです。
   名称 第32回 浅草流鏑馬
   月日 2014年4月19日(土曜)
   場所 東京都台東区立隅田公園 
   時間 11:00~12:00 草鹿(くさじし)    山谷堀広場
       13:00~14:30 流鏑馬(やぶさめ) 特設馬場(東武鉄橋~言間橋)
   執行 小笠原流弓馬術礼法宗家 小笠原清忠氏
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家内は早めに行ったことから、特設馬場の最前列の赤い布がかけられた椅子に座ることが出来たそうです。弓道仲間10人で行って、写真の中の男性が座っている最前列の椅子と、その後ろの椅子を確保したそうで、家内は最前列の方に座ったそうです。
流鏑馬の立ち見は無料ですが、特設馬場の近くで座ってみるためには特典付観覧券(2000円)を事前に購入する必要があります。
馬が走る通路を挟んで報道陣用の席がある絶好の場所だったようです。ただし馬が走る砂埃を全身に被ることになったそうです。最後に掲載している動画を見てもらうと砂埃のすごさが判ってもらえると思います。


赤色ラインが特設馬場で赤色マークが家内が座った観覧席の場所です。上の写真から、この場所を特定することが出来ました。この航空写真で、座った場所が、最高の場所だったことが判りました。

より大きな地図で 浅草流鏑馬 特設馬場 を表示
午前中に山谷堀広場で行われた草鹿の様子です。草鹿は鎌倉時代に始まり、室町時代には大的・円物とともに徒立ちの三物といわれたそうです。鎌倉で行なわれる草鹿の起源は、1193年に源頼朝が催した大規模な軍事訓練である富士裾野の巻狩りと言われています。
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草鹿的(くさじしまと)である歩射の的です。板で鹿の姿を作って革や布を張り、中に綿を入れてつるした鹿のぬいぐるみの的です。


草鹿は5人ずつ2組に分かれ、古式にのっとって鹿の形を射て、その点数を競い合うそうです。最初に各組4人が点数を競い合い、最後に各組の大将が登場してきます。
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午後からは流鏑馬が始まりました。最初に諸役と射手が隊列を組んでの馬場の行進がありました。諸役には、射られた的を交換する的目付、射られた矢を回収する矢取、馬場の安全確認と射手に合図を送る扇方などの仕事があるそうです。
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射手の馬上行進(馬上行軍)です。ニュース(YOMIURI ONLINE)によると、今回の浅草流鏑馬は約2万5000人の観客で、にぎわったそうです。
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流鏑馬の大きな的を持った人たちも行進しています。
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馬場を往復行進されていました。特設馬場は幅約2m、長さ約300mわたって白い砂を敷き詰められていたそうです。
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いよいよ流鏑馬が始まります。的を取り付けているところです。的の後ろにはブルーの板が置かれています。


こちらは冒頭の写真です。馬は想像以上に速かったそうです。鎌倉武士の狩りの装束を身にまとった24人の射手たちは馬上から3つの的を射抜いていたそうです。これは2つ目の的を射た後です。見ていた席は2つ目の的と3つ目の的の間にあったそうです。
乗っている馬が、チケットと同じ馬であることから、射手は小笠原流宗家(小笠原清忠)の嫡男である小笠原清基氏であると思われます。小笠原清基氏は3歳で稽古を始め、小学6年より鎌倉の鶴岡八幡宮など全国各地の奉納流鏑馬神事で射手を務めるた流鏑馬の名手だそうです。
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的を射た瞬間の写真がなかったことから一緒に撮った動画の中から矢をいった瞬間と前後の静止画を組み合わせた簡易動画を掲載しました。動画の画面の一部を切り取ったので解像度はよくありませんが、雰囲気は感じてもらえると思います。
的に矢が当たった瞬間、花吹雪のように細かく飛び散るように見えるのは浅草流鏑馬の的が一枚の木で出来ているのではなく薄い板で空洞になっていて、内部にカラフルな色の紙吹雪が入れられているためだそうです。クリックすると切り取ったオリジナルの動画を表示します。


いろんな馬が使われていました。こちらはおそらくサラブレッドです。こちらも矢を射った後です。
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簡易動画をもう一枚紹介します。こちらの馬もサラブレッドのようです。こちらもクリックする切り取ったとオリジナルの動画を表示します。


砂埃が判ってもらえると思います。
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最後に動画を掲載いたします。プレーボタンをクリックすると矢を射た瞬間も入っています。迫力も伝わってくると思います。なんといっても最前列からの撮影です。


調べてみると、流鏑馬は意外と全国で沢山行われていることを知りました。身近な千葉県で3ケ所、東京都で5ケ所、神奈川県で4ケ所もありました。この辺りで有名なのが鎌倉の鶴岡八幡宮ですが、人が多すぎて、いい席が取れないと先生が話されていたそうです。流鏑馬が行われる場所をプロットした衛星写真も掲載いたしました。
青森県  八戸市の櫛引八幡宮流鏑馬神事
青森県  青森市の合浦公園。善知鳥の浜
青森県  青森市の浪岡城跡
青森県  十和田市の中央公園 桜流鏑馬。唯一の女流騎士限定
青森県  十和田市の中央公園 駒フェスタ
青森県  弘前市の弘前城
岩手県  遠野市の遠野郷八幡宮
岩手県  盛岡市の盛岡八幡宮
宮城県  仙台市の大崎八幡宮
山形県  寒河江市の寒河江八幡宮
福島県  石川郡古殿町の古殿八幡神社
茨城県  笠間市の笠間稲荷神社
茨城県  土浦市の日枝神社
栃木県  日光市の日光東照宮
栃木県  宇都宮市の宇都宮二荒山神社
埼玉県  入間郡毛呂山町の出雲伊波比神社
千葉県  銚子市柴崎町の海上八幡宮
千葉県  香取郡東庄町の東大社
千葉県  鴨川市の吉保八幡神社
東京都  大田区の六郷神社
東京都  台東区の隅田公園 隅田川河畔の特設馬場
東京都  渋谷区の明治神宮
東京都  新宿区の穴八幡宮
東京都  杉並区の井草八幡宮
神奈川県 鎌倉市の鶴岡八幡宮
神奈川県 逗子市の逗子海岸
神奈川県 高座郡寒川町の寒川神社
神奈川県 足柄上郡山北町の室生神社
富山県  射水市の下村加茂神社
山梨県  南都留郡富士河口湖町の富士御室浅間神社
山梨県  富士吉田市の小室浅間神社
長野県  諏訪郡下諏訪町の諏訪大社
長野県  大町市の若一王子神社
岐阜県  土岐市の八幡神社
岐阜県  可児市の白鬚神社
静岡県  富士宮市の富士山本宮浅間大社
静岡県  三島市の三嶋大社
愛知県  豊川市の砥鹿神社
三重県  桑名市の多度大社
三重県  伊賀市の岡八幡宮
滋賀県  高島市の大荒比古神社
滋賀県  大津市の近江神宮
京都府  京都市左京区の下鴨神社
京都府  京都市北区の上賀茂神社
大阪府  大阪市住吉区の住吉神社
大阪府  大阪市北区の大阪天満宮
兵庫県  神戸市の六條八幡神社
兵庫県  篠山市の佐佐婆神社
奈良県  天理市の石上神宮
奈良県  奈良市の春日大社
和歌山県 日高郡みなべ町の須賀神社
島根県  鹿足郡津和野町の鷲原八幡宮
島根県  益田市の高津柿本神社
岡山県  岡山市の吉備津彦神社
岡山県  加賀郡吉備中央町の吉川八幡宮
広島県  山県郡安芸太田町の堀八幡神社
広島県  廿日市市の地御前神社(厳島神社の外宮(摂社))
山口県  下関市の福江八幡宮
徳島県  海部郡海陽町の大里八幡神社
香川県  仲多度郡琴平町の金刀比羅宮
愛媛県  今治市の加茂神社
高知県  安芸郡東洋町の野根八幡宮
福岡県  福岡市東区の香椎宮
福岡県  福岡市博多区の住吉神社
福岡県  福岡市の飯盛神社
福岡県  筑紫郡那珂川町の現人(あらひと)神社
福岡県  大川市の風浪宮
福岡県  宗像市の宗像大社
福岡県  田川郡香春町の鶴岡八幡神社
佐賀県  鹿島市の琴路神社
佐賀県  武雄市の武雄神社
長崎県  松浦市の淀姫神社
熊本県  阿蘇市の阿蘇神社
熊本県  熊本市の出水神社の神苑たる水前寺成趣園
熊本県  熊本市の熊本城
熊本県  玉名市の梅林天満宮
宮崎県  宮崎市の宮崎神宮
大分県  国東市の伊美別宮社
鹿児島県 肝属郡肝付町の四十九所神社
鹿児島県 曽於市の住吉神社
鹿児島県 日置市の大汝牟遅神社

より大きな地図で 全国の流鏑馬 を表示
米国のオバマ大統領が2014年4月24日に明治神宮を訪れて流鏑馬を見学されたそうです。2001年11月3日にはブッシュ大統領も見学されたそうです。こちらの写真はネットから転用させていただきました。ブッシュ大統領の時は武田流、オバマ大統領の時は小笠原流が流鏑馬を披露いたしました。
 2001年11月3日 ブッシュ大統領       2014年4月24日 オバマ大統領
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豫園商城 [豫園]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

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2014年4月6日に上海の豫園に行きました。
すでに黄色の枠内の有料エリアの庭園と真ん中の四角い部分の九曲橋と湖心亭を紹介したので、ここでは緑色の枠内豫園商城を紹介いたします。
実は、今から437年前の1577年には3つのエリア全体が豫園と呼ばれる一つの庭園でした。四川布政使(今で言う四川省長)である潘允端が父のために1559年から造営を初めて1577年に完成した庭園でした。その後、時代と共に変化して行き、58年前の1956年に黄色の枠の部分が庭園として改修整備されて、残りの緑色の枠の部分が商業地域として昔の街並みを再現する形で老街に生まれ変わったようです。お店も沢山あり、沢山の人出から見ても人気のスポットのようでした。

そのにぎわいと老街の趣を紹介したいと思います。豫園商城には豫園新路、豫園老街、文昌路、凝暉路など沢山の通りがありますが、この写真の凝暉路が、人の数や風格からメインストリートと呼ぶにふさわしい通りでした。沢山の人でにぎわっていました。この写真は北側から南方向を撮っています。通りの正面の建物が凝暉閣です。
  日本語 豫園商城 (よえんしょうじょう)
  簡体字 豫园商城 (ユ ユェン シャン チャン)
  英語名 Yuyuan Tourist Mart
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上の写真と同じ通りですが反対側から撮っています。つまり南側から北方向を撮った写真です。
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こちらは同じ通りをさらに進んだ写真です。
昔の豫園商城は豫園商場と呼ばれていました。その頃は行政機関において沢山の商店を管理していました。1980年代初めに、その中の百貨業を一緒に統合して、国有企業としたそうです。さらに1987年、国有企業の株式制への移行改革の波が起きて、1988年に豫園商場の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となったそうです。そして1992年に豫園商場は、経営管理、経営を統合し、「上海豫園旅游商城股份有限公司」を創設し、上海証券取引所に上場したそうです。2002年には民営企業の復星グループが筆頭株主となり豫園商城は民営企業となりました。
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あまりうまくは撮れていませんがS120で撮った動画でも豫園商城を紹介いたします。


豫園商城は通りだけでなく、いろんな場所に広場があります。いくつかの広場も紹介いたします。
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通りを歩いてくると、大きな広場の入口からの景観は圧巻でした。
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大きな広場には日本で言う城のような建物がありました。
中国では「城」には「団地」の意味が含まれています。たとえば「電子城」は「電気製品製造メーカーが集まった工業団地」に使われます。豫園商城の「商城」も「商業設備が集まった場所(団地)」を意味しているようです。
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また違った広場です。このような広場や通りが人気観光スポットとなっているようです。
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中国でのGoogleの航空写真と地図では数百mのずれがあります。航空写真表示の時は黄色と緑色の枠が豫園の場所で、地図表示の時が青色の枠が豫園です。ここでは485mのずれ(薄赤色ライン)でした。


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タグ:上海 豫園

60年前に自費で作られた297mの「怖~~~い吊橋」 [思いで]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
上の写真は学生時代の古い写真です。 それから、すこし経過してからの写真(4枚目、5枚目)を見つけました。その写真とくらべてください。
同期のサイクリング部の仲間です。この2人と私の3人でよく出かけました。
この時は 大阪 → 吉野 → 下北山 → 白谷林道 → 十津川 → 五条 → 大阪 と走った2泊3日のサイクリングでした。
右の写真の上半分を拡大したのが冒頭の写真です。
  奈良県十津川村の谷瀬の吊橋 
  昭和29年(1954年)完成  60年前 
  長さは297.7m、高さ64m
  鉄線橋では日本一

その三人が下の9人で撮った記念写真の赤い矢印 です。
その学生時代のサイクリング部の3人で2014年3月8日に上野のクリックすると昔の記事を表示居酒屋で2時間飲んだ後、私の家に泊まった貰ったのが小さな左の写真で、3人で白川郷に行ったときの写真が小さな右の写真です。どちらの写真も左端が私です。さらに2014年4月12日には卒業以来初めて会う人を入れて4人で東京駅の八重洲で飲みました。


谷瀬の村落の人々が一世帯あたり30万円という当時としては大金を出し合い架けたのがこの吊橋だそうです。それが数年前までは人道吊り橋として日本一の長さだったというのがすごいです。鉄線橋の歩道橋としてはいまでも日本一だそうです。
歩行者用の日本一の橋は大分県玖珠郡九重町に(2006年10月30日)完成した九重"夢"吊大橋だそうです。

下から見ました。 恐ろしさが判ってもらえると思います。横梁の隙間がこれだけ広いと歩いているときにバランスを崩すと落ちてしまいそうです。よく見ると落ちないように細い針金が縦に張っていますが! でも怖い。
ネットの写真を見ると今は金網が張られているようです。 
このときサイクリング部です。真っ直ぐ走ることに関してはかなりの自信がありましたが、さすがに自転車で渡ることはやめました。でも地元の人は自転車で渡っていました。完全に脱帽でした。


だいぶ経ってから谷瀬の吊橋に来ました。この写真も、かなり古いけれど、ネットなどを見る限り、現在と同じ形だと思います。見ている方向は反対ですが決定的な違いが有ります。答えは次の写真の解説で説明いたします。


答えは「メインロープ」です。当初のメインロープは1本でしたが3本束ねたロープが少し下に増設されているのがわかります。さらに上の1本のロープの方も張りかえられています。一番上の写真とあきらかに違いますね。観光客が増えて通行人数が増えたために補強したのだと思います。それでも20人の制限付きですね。
一番上のメインロープが一本の写真は貴重なものかもしれません。


吊り橋の写真を撮った時、白谷林道を走りました。その白谷林道を上から撮りました。
写真のなかの矢印は冒頭の仲間2人が自転車で走っているところです。先に林道を登って上から撮った2枚の写真を合成しました。写真をクリックすると拡大するので判りやすくなると思います。余談ですが、この写真を見ていると「林道を作ることは自然破壊をしているのだな」と、感じてしまいます。
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岐阜県と富山県の間あたりの名もない吊橋です。歩くところが水平ではありません。根本的に構造が違います。これはマジに怖いと思います。写真をクリックすると拡大するのでじっくりと構造を見てください。


白川郷の近くの吊橋です。これもかなりのものです。

こちらが自転車で通った峠です。記念にGoogle地図にプロットしてみました。マークをクリックすると峠の名前を表示します。

より大きな地図で 自転車で通った峠 を表示

タグ:自転車 吊橋

3連休(清明節)の九曲橋と湖心亭 [豫園]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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上の写真は上海の豫園(よえん)地区のの中心にある池の西側から池の中心方向を撮ったもので、写真の建物が湖心亭で、人が沢山渡っているところが九曲橋です。
清明節の3連休である2014年4月5日~4月7日の丁度真中の4月6日(日曜)に上海の豫園地区に行きました。4月6日は成田から上海に着いた日です。すでに右の地図の豫園の庭園(有料エリア)を紹介いたしましたが、今回は右の地図で九曲橋と湖心亭がかかれたところが今回の記事で取り上げる場所です。湖心亭は湖水亭と呼ばれこともあるようです。
Yahooで検索すると次の通りです。
  豫園 湖心亭 約19,400件
  豫園 湖水亭 約31,900件
上海の観光名所の一つである豫園地区は大きく分けて豫園商城(安仁街)と豫園(庭園)に分類されます。豫園(庭園)は有料エリアで壁で囲まれています。今回の九曲橋と湖心亭は豫園(庭園)に属していますが有料エリアではなく自由に行き来できるところなのです。そのためなのか豫園地区の中で最も混雑していたのが池の上にある九曲橋と湖心亭(湖水亭)でした。

九曲橋を西側から東側に池を対角に渡っていく順番で写真を掲載していきます。渡り初めてすぐの、この辺りが最も混雑しているあたりでした。豫園地区には6回程度来ていますが最も混雑した状態でした。来た時が3連休であったことと、中国国内も観光客が急増していることが関係していると思います。今回の3連休である清明節(せいめいせつ)は年に一度の祖先の墓を参り日なのです。草むしりをして墓を掃除する日であることから「掃墓節」とも呼ばれているそうです。つまり日本におけるお盆に当たる年中行事を行う日ですが、日本よりも日にち絞られていることから車などは大渋滞ななるそうです。春を迎えて郊外を散策する日であることから「踏青節」とも呼ばれているそうです。
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混雑していて、なかなか前に進めませんでした。例えるならば満員電車のような感じでした。
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欧米人の人も九曲橋を渡っていました。池の周りは豫園商城と呼ばれる地域で古い建物に囲まれた場所でもありました。
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やっと湖心亭に近づきました。ここまででもなかり時間を費やしました。
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渡ってきた方向を振り向いてみました。豫園商城の古い建物の一部は補修が行われていました。2009年11月~2010年2月には湖心亭も補修されていたそうです。
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池の中を覗きこんでいる人が沢山います。行けの鯉を見ているのです。
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クリックすると拡大渡っている九曲橋から西側を見ると小龍包で有名な南翔饅頭店があります。クリックしてもらうと長い行列が出来ていることが判ってもらえると思います。前回来た時には南翔饅頭店の小龍包をいただきました。
小龍包の写真をクリックすると南翔饅頭店で小龍包を食べた時の記事を表示します。
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九曲橋から北側を見ると大門と呼ばれる豫園(庭園 有料エリア)への入口が見えます。
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その大門を拡大いたしました。


湖心亭を過ぎると渡りやすくなりました。九曲橋を進んで湖心亭側に振り返って撮った写真です。九曲橋は九つの曲がり角がある橋です。「九」は縁起の良い数字として好まれ豫園だけでなく、名庭園には昔から、よく採用されています。九曲橋と湖水亭が浮かぶ池は緑波池で、季節になると蓮の花が咲きます。
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少し角度を変えた写真です。豫園商城の老街の雰囲気が伝わってくると思います。湖心亭は九曲橋の真ん中に立てられており。上海最古の茶楼(御茶屋)で、国家元首のおもてなしにも使われているそうです。その湖心亭の中でゆっくりと景色を楽しみながら、お茶を飲むことが出来ます。湖心亭釘を一本も使っていない建物としても有名です。
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記念写真の商売をされている方がおられましたが、これだけ混んでいると写真を撮影するのは大変だと思います。交通整理の方もおられました。九曲橋を渡った後に豫園(庭園 有料エリア)に入りました。
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九曲橋と湖水亭あたりの航空写真です。黄色の枠内が豫園有料エリアで、緑色枠内)が豫園商城(豫園商場)です。その合間にあるのが九曲橋と湖心亭です。
航空写真ではなく地図が表示されている場合は地図内のアイコン「写真」をクリックしてください。中国は航空写真と地図が数百mずれているのです。
航空写真の中のアイコンマイナスを数度クリックすると豫園商城も含めた昔の豫園の庭園の中で、今回紹介の場所が中心になったことが判ってもらえると思います。

より大きな地図で 九曲橋と湖心亭 を表示
今回は清明節の三連休であったことを機会に清明節に関して調べてみました。
清明は太陽黄経が15度の瞬間で清明節は、それが起こる日となります。したがって時差のあるイギリスと中国と日本では右の表のように清明節の日が若干違うのです。
2014年の中国の清明節は4月5日で3連休にするために4月5日~4月7日が休みとなったわけです。
三連休ではありますが、墓参りは多くの人が清明節の日である4月5日に行われることから墓のある郊外の高速道路が大渋滞するそうです。
上海に住んでいて墓参りを済ませたした人に4月7日にあった時に、日本のお盆のように、もっと墓参りを分散させてほしいと嘆いていました。

1800年~2199年までの400年間の日本の清明節の日を紹介します。うるう年があるために年の数値を4で割って余りでまとめた表です。上で記載しているように中国は若干違ってきます。昔は4月6日が清明節の時もありました。
余り = 0 と割り切れる場合は、2012年や2016年が相当します。 たとえば
    余り0 2012年 2016年 2020年 2024年 2028年 2032年 2036年
    余り1 2013年 2017年 2021年 2025年 2029年 2033年 2037年
    余り2 2014年 2018年 2022年 2026年 2030年 2034年 2038年
    余り3 2015年 2019年 2023年 2027年 2031年 2035年 2039年

背景色の違いは 4月4日 4月5日 です。

タグ:上海 豫園 混雑

ちょっと危険かな 立山黒部アルペンルート [思いで]


注意:危険なので絶対に真似をしないでください!!!
今年も立山黒部アルペンルートが開通したとのことなので古い記事を再掲載いたします。上の写真は除雪された立山黒部アルペンルートのすぐ脇です。
ものすごい雪です。一面銀世界ですが春なので日差しが強くてサングラスは必須ですね。 会社に入社したころの昔の写真です。
クリックすると拡大高さ20m以上の雪の回廊 バスに乗れば下からの写真は撮れますが上からの写真はめずらしいかも!
右の現代の航空写真は雪の回廊を紹介するためにネットから転用させてもらいました。

バスの走っている記念写真も撮れました。このように雪の回廊(雪の大谷)を走るバスと一緒に上から撮るのは、今は出来ないかもしれません。 雪の壁の高さが実感できる一枚です。


上の道路脇の雪の壁の上に立つ写真を撮るためには歩いて登る必要があります。 こんなスタイルで登ってきました。後ろの点々は人です。  


春の雷鳥の姿です。この時期の雷鳥には、まだ冬毛が残っていました。なぜか雷鳥がいる辺りは雪が解けていました。下の写真の火山地帯と関係あるのかな?


高い針葉樹が埋まるほどの雪です。その木の天辺を触っているところです。

 
回りは雪だらけなのでスキーも楽しみました。ただしリフトやゴンドラはないので歩いて登ります。
初めて雪の上にテントを張って、キャンプしました。
この2枚の左と下の写真のバックにそのキャンプ場(小さな点々)が写っています。雪の上に寝たのはこの時が一生の中で唯一の経験となりました。
 クリックすると拡大 クリックすると拡大
クリックすると拡大写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

ここは火山地帯でもあるのです。⇒

ここまでの写真は春の景色ですが夏には車で行きました。

その夏の写真も紹介いたします。


3枚の写真を合成してパノラマ写真を作ってみました。上の写真は一番右側です。クリックすると拡大しますがつなぎ目が判ってしまいます。
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雪渓が解けて池が出来ていました。こちらの写真もクリックすると拡大します。
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このころには雷鳥も身近に見ることが出来ました。昔は結構自由に好きな場所にいけました。こちらが夏の雌の姿です。
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こちらは夏の雄の姿です。

9番目の辻切りが小学校に飾られました。 [風習]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2014年4月16日追伸 タイトル:9番目の辻切りが小学校に飾られました。
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下高野の辻切りの記事で紹介している通り2014年2月2日にクリックすると拡大近くの小学校に飾ってもらうために井野地区の隣の下高野地区の方々の協力により作って、お渡しした藁の大蛇(辻切り)が、井野小学校の校庭の木に飾られていることを、4月15日に車で通りかかった時に偶然に見つけました。さっそく写真を撮り、追加掲載させてもらいました。これで9番目の辻切りが、何年かぶりに実現したことになります。2ケ月が経過して蛇の頭が、すでに垂れてしまっているのは、少し残念ですが、うれしいですね。

下高野地区で大辻と呼ばれる藁の大蛇を作った時の写真です。上に6本と手前に1本、置かれているのが判ると思います。6本は下高野地区のための辻切りで手前の1本が井野小学校に飾ってもらうために作ったものです。実は手前の1本は手伝ってもらいながら、私が作った大辻(辻切り)です。
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2,321 140 32

2013年4月14日追加 タイトル:井野の9番目の辻切り
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千葉県の佐倉市井野地区には地区の結界に藁の大蛇を飾り、外からの病気や災いを防ぐ願いをこめた風習が今も続いています。その井野地区では8ケ所に大蛇が飾られているのです。ところがワンコの散歩の時に9番目の辻切りを見つけました。上の写真の木に辻切りである藁の大蛇が少なくとも1976年には飾られていたのです。木の左に辻切りに関する1976年の説明書きがありました。

その場所は1971年に開校した佐倉市立井野小学校の校庭です。
下の地図のの空色のマークが今も大蛇が飾られている8ケ所の場所です。
今回の9番目の辻切りの場所は黒い点のある紫のマークの場所です。住宅地の大規模な造成にともない2011年6月4日に住所が変更されました。
   旧住所 千葉県佐倉市井野834
   新住所 千葉県佐倉市西ユーカリが丘三丁目1番地6


この説明の看板のおかげて見つけました。実は最近、この場所に新しい道が出来たことからワンコの散歩コースの一つになったのです。おかげで偶然ではありますが見つけることが出来ました。説明内容を枠内に記載します。
この看板は昭和51年2月1日(1976年)に建てられてものです。
井野の辻切り(民俗行事)
毎年一月二十五日、井野地区の人々は、わらで大蛇をつくり組境の立木かけて、よそからのわざわいをふせいできました。
こ丶にかけらけた大蛇は井野地区の人々のご協力によるものです。
  昭和五十一年二月一日
井野小学校   佐倉市教育委員会


最近出来た道路の反対側から撮りました。立木のバックにあるのが井野小学校の校舎です。この辻切りは昔からかけられていたものか、近所の人が学校が出来てから紹介するために、かけられるようになったのかはわかりませんが、少なくともある期間は9番目の辻切りだったことには間違いありません。


井野小学校の門の前からも辻切りの大蛇がかけられる立木が見れます。
辻切りは、地区の結界の辻に近い家の人が藁の大蛇を作って、かけのですが、この辺りは新しい造成地が作られて昔からの人が引っ越してしまったことから、この9番目の大蛇(辻切り)が、かけられなくなったものと推察されます。
3年生の人たちは1月26日ごろに近隣の辻切を探索活動を続けておられるようなので、今度は自分たちで作ってかけるのもいいかもしれません。
新しい道路がユーカリが丘駅までつながったのを機会に、是非とも、この9番目の辻切りを復活させてほしいと思います。近隣には昔の方は住まわれていないので、復活出来るとするならば、井野小学校の生徒の方々です。先生と協力して是非とも復活させてほしいです。
辻切りの作り方は1月25日の下の地図の7番目の場所の方に教えてもらうのがよいと思います。あるいは八千代市下高野地区の辻切りが作られるときに見学をお願いするのもいいかもしれません。
    井野地区  →ポチッ
    下高野地区→ポチッ

1,657 51 18

2009年6月7日掲載 タイトル:井野の辻切り 2008年

井野の辻ぎりと言う民族的な習慣を紹介しました。
2008年にも写真を撮っていたので、その時の写真も紹介いたします。
設置された1月25日から1ケ月経過した状態です。

下の地図が井野の辻切りが設置される場所です。
①〜⑧までを、すべてを確認してきました。
   

①の辻切り
ここの蛇の目だけは赤い目でした。取り付ける地域ごとに作っているのでしょう。ここは、すぐ側を車が通る場所で取り付ける場所に苦労しているようです。
IMG_3133①-480.jpg

②の辻切り
こちらも新しい家が沢山建っている場所でした。この木が一本しかないです。
IMG_3128②-480.jpg

③の辻切り
昔ながらの場所でした。大きな木の高いところに取り付けられていました。
IMG_3126③-480.jpg

④の辻切り
この④だけは古い辻切りのままになっており、新しい蛇が置かれていませんでした。その代りに新しいお札と木の枝が置かれていました。
IMG_3116④-480.jpg

2005年の④の写真がネットに掲載されていました。
まさにこの藁の蛇さんのようです。比べてみてください。 
    ⇒ t38-④.jpg

⑤の辻切り
田んぼの中の辻でした。
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⑥の辻切り
こちらも田んぼの中の辻でした。雑木林の木に取り付けられていました。
IMG_3115⑥-480.jpg

⑦の辻切り
畑の中の辻の木に取り付けられていました。
IMG_3136⑦480.jpg

⑧の辻切り
京成電鉄のユーカリが丘駅のすぐ側です。今までに何度も通りましたが、意外と気がつかないのに驚きました。尻尾の部分は公園のフェンスに括られていました。
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井野にも下高野と同様に各個人の家にも辻切りと同じような習慣がありました。ただし藁の蛇ではなくて注連縄でした。いくつか紹介いたします。
こちらの家では草鞋の形の注連縄でした。
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藁縄を束ねた注連縄もありました。
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こちらは輪にした注連縄でした。家によってそれぞれなのがこの地域の特徴のようです。
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明代の庭園「豫園」 [豫園]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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今までに豫園(よえん / ユーユェン)と呼ばれる場所に何度も行きましたが、それは豫園商城あるいは豫園商場あるい豫園商域と呼ばれる本来の豫園ではありませんでした。つまり豫園は塀に囲まれた明代に作られた庭園なのです。その周辺地域は沢山の昔の建物があり老街として人気があり、沢山の人が集まることから一般的通称として豫園と呼ばれているのです。今回、2014年4月6日に、その明代に作られた庭園である豫園の中に初めて入りました。ちなみに明の時代とは1368年~1644年です。

こちらが豫園(豫园)の入口です。
豫園の面積は約2万m²です。もとは四川布政使(四川省長)の役人であった潘允端が、刑部尚書だった父の潘恩のために贈った庭園で、1559年(嘉靖38年)から1577年(万暦5年)の18年の歳月を費やし造営されたそうです。潘氏が衰えると荒廃したそうですが1760年(乾隆25年)に上海の有力者たちにより再建され、豫園は南に隣接する上海城隍廟の廟園となり「西園」と改称されたそうです。当時は現在の2倍の広さがあったそうです。1853年(咸豊3年)園内の点春楼に小刀会の司令部が置かれたそうです。1956年、西園の約半分を庭園として改修整備されて、現在の豫園となる。
残りの部分が豫園商城となったそうです。豫園商城は昔の庭園だったわけですから豫園商城のことを豫園と呼んでも間違いではないわけです。
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入口を正面から撮りました。豫園の文字が印象的です。白い壁で豫園が囲まれていました。最後に掲載のマップで「1 大門」の場所です。つまりこの門は大門という名です。出入口はここ以外に、もう一か所ありました。
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こちらがチケット売り場です。
  名称 豫園 / 豫园
  営業 8:30~17:30 (チケット販売 8:30~17:00)
  料金 40元 大人
      20元 60歳以上 大学生 小中学生
      無料 大人がつき添いの子供(6歳以下 or 1.3m以下 団体は含まず)


こちらがチケットの表と裏です。大人が40元(655円)です。裏面には中国語で説明が書かれていました。庭園の中には沢山の龍の飾りがありました。それを見るだけでも見ごたえがありました。
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豫園の「豫」は愉を示しています。つまり「楽しい園」という意ということになります。
それでは庭園である豫園を写真で紹介いたします。
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庭園には水がつきものです。こちらの庭園では複雑な形をした石も見ごたえがありました。
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白い壁の向こう側は豫園商城で、沢山のお店が並んでいます。
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池の上には回廊が作られており趣を出していました。
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上の写真とは反対側から見た池の上の回廊です。右側の建物はマップの21の聴溝閣 / 展覧庁ではないかと思われます。あるいは20の参君殿の可能性もあります。Wikipediaでは湖心亭と紹介されていますが、マップでは湖心亭は37で有料エリア外です。でも建物は湖心亭にそっくりです。
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屋根も特徴的でした。
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豫園は外滩(Waitan)の近くにあることから、世界2位の超高層ビルである上海中心が見える場所もありました。
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こちらは冒頭の写真です。趣のある雰囲気の場所が沢山ありました。建物はマップの19の流龍亭です。ここの場所は360度が見れるGoogleに登録されていました。→ポチッ
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四方を大きな建物に囲まれてスペースがありました。住居に使われたところではないかと想像されます。正面に大きな舞台もあることから、大きな催しも行なわれた場所と推察されました。ここは入口から見ると一番奥の位置にあたりました。記事に最後に掲載したマップで「36 古い舞台」の場所です。
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同じスペースを反対側から見ました。中国の特徴的な住居である四合院の巨大版というところでしょうか。左端の建物が最後に掲載しているマップの33です。
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豫園内も白塀でいくつにも仕切られており、その塀も見ごたえがありました。各所にある奇岩も見ごたえがありました。
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豫園の中には沢山の池があり、それぞれに違った雰囲気がありました。正面の建物は九獅軒です。マップでは17です。
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こちらも、また違った雰囲気でした。マップの3の迎山堂です。
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特徴的な回廊が沢山ありました。
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部屋の中に置かれている調度品からも昔の雰囲気が伝わってきました。
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いろんな展示や売店もありました。売店でのお薦めはお茶でした。リーズナブルの価格で売られているのが気に入りました。
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豫園のマップ(地図)をネットから転用させていただきました。マップの中の「1 大門」が上で紹介の入口です。37の湖心亭と38の九曲橋は、庭園有料エリアの外です。
マップの中の文字は読みにくいけれども三穂堂、迎山堂、萃秀堂、万花楼、蔵宝楼、点春堂、和煦堂、老公殿、会景楼、玉華楼、得月楼、蔵書楼、快楼、九獅軒、玉華堂、流龍亭、老君殿、古い舞台、聴溝閣 、 展覧庁、参君殿・・・・・・などが読み取れます。
マップには書かれていませんが訪問した時には漸入佳境、玉玲瓏、龍壁、太湖石、二重廊下、魚楽木射なども探してみてください。 建物の数に驚かされました。


豫園の航空写真も紹介いたします。黄色の枠内が豫園有料エリアで、枠の左側(西側)が豫園商城(豫園商場 緑色枠内)で、昔は、ここも庭園でした。つまり画面全体が昔は庭園だったのです。
航空写真ではなく地図が表示されている場合は地図内のアイコン「写真」をクリックしてください。中国は航空写真と地図が数百mずれているのです。

より大きな地図で 豫園 を表示

タグ:庭園 上海 豫園

リゾート地の横断歩道の注意書 [バハマ]

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バハマは観光客の人が多く、且つ、レンタカーも発達しているので、運転手もいろんな国の人がおり、歩行者の国も様々です。上の写真はバハマの横断歩道の道路標識です。よく見ると小さな注意書きが下の方にありました。内容は歩行者に対する注意書きでした。

注意書きの内容は下記の通りです。どうやら横断歩道の渡り方のようです。さすがリゾート地、いろんな国から観光客が訪れるところです。スイスのように横断歩道に人が近づくだけでも車が停まる国もあれば、停まらないので車の間をぬって横断しなければならない国があります。世界では国によってマナーの浸透度が違いますね。この注意書きは、そのマナーの違いによって起こる事故を防ぐためなのでしょうね。注意が書きは、①手を差し出して合図をし→②車が止まるのを待って→③車を見続けて→④運転手に感謝!と言う感じでしょうね。
        FOR YOUR SAFETY
       WHEN CROSSING EACH LANE:
        1 EXTEND ARM TO ALERT DRIVERS
        2 WAIT FOR CARS TO STOP
        3 KEEP LOOKING FOR CARS
        4 THANK DRIVERS


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天然のクーラー 都江堰 [四川省]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大すでに紹介した都江堰市の涼を楽しむ豪華な橋(右の写真)が架かる川は多量の水が流れています。いずれも4000m級の山からの雪解け水です。山の奥には永久氷河がある場所もあることから川のそばは涼しいので沢山のテーブルが置かれていました。上の写真で青いパラソルがテーブルが置かれているところです。

山の中を流れてきた川が平地に出たところに都江堰市があります。航空写真では右下端に都江堰市があります。川の名前は岷江で長江に流れていきます。岷江が標高4000m級の山々から流れてきて、市街地に比べて冷たい水が流れることが実感できる航空写真だと思います。


日が当たらないようにパラソルがならべられていました。
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朝、早い時間帯なのでまだお客さんは少なかったけれど昼時は沢山の人が食事に来られるのだと思います。
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地元の人はマージャンを楽しまれていました。マージャン屋さんも川のそばに沢山ありました。「机麻」と言う看板がマージャン屋さんを表しているそうです。麻雀と机麻の麻が同じなのでなんとなくわかりました。天然のクーラーはいいですね。


暑い時期の7月24日でしたが驚くほど涼しかったです。机麻の文字が印象的でした。
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川沿いを散策しながら玉壘山の断崖に切り抜いて作られた「宝瓶口」の近くまで行きました。宝瓶口から水が町に流れ込んでくるのです。
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宝瓶口から南橋までの川の左岸(上流から見て左側)にレストランが並んでいました。水は宝瓶口から南橋方向に向かって勢いよく流れていました。川の名前は岷江ですが、分流しているので清水河とも呼ばれています。
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タグ: 都江堰

上海から帰ってきました。 [機内 CY]

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2014年4月6日から中国に行っており昨日4月11日に上海から帰国いたしました。
泊まった場所は上海に3泊と地方都市に2泊です。
この間は皆様への訪問が、ほとんどできませんでしたが、これから訪問させていただくつもりです。

こちらが成田→上海の搭乗券です。中国は4月5日の清明節絡みで4月5日~7日が3連休であったことから真中の4月6日はお客が少なく席はガラガラでした。


久しぶりの中国線の搭乗だったので機内食を紹介したいと思います。飲み物はシャンパンを頼みました。やっぱり、大きなボトルから注いでもらえるのは嬉しいですね。


シャンパン(シャンパーニュ Champagne)はDelamotte Brut N.V.という銘柄でした。いつもであればビールですが、今回はビールは頼みませんでした。
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シャンパンを飲み終わったころに料理が出されました。和食と洋食が選択できるのですが、今回はハンバーグに魅かれて洋食にいたしました。洋食には「街の洋食屋さん」というタイトルが付けられていました。パンは「サワーハードロール」と「玄米と米粉のバンズ」でバターは北海道手作りバターでした。
ちなみに和食のタイトルは「東北御膳」で、料理は次の通りです。
   前菜   鱈明太子のせ 烏賊山形のだし和え 蒟蒻ずんだ和え
         東北田舎煮 鶏山椒煮 香の物
   汁物   味噌汁
   台の物 黄鮟鱇と山形牛の芋煮風
         ご飯
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食事にスープが付いているとうれしいですね。スープは「豚挽き肉とソテーオニオンのカレー風味でした。
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前菜は「サーモンのリエットパリブレスト仕立て蟹爪添え」と「仔羊ロインのロースト粒マスタード風味マンゴーソース」と「彩り野菜のマリネ」でした。
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こちらは「丸ごとトマトのサラダ」です。
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メインデッシュは「国産牛のハンバーグステーキ もろ味噌の和風ソース山椒風味」でした。
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ハンバークの断面を紹介いたします。
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赤ワインも頼んでみました。赤ワインは小ボトルでした。銘柄は「Louis Max Côte de nuits Villages Rouge 2011(Bourgogne)」でした。白ワインは頼みませんでしたが、乗せてある白ワインはメニューによると「Louis Max Mâcon Villages 2011(Bourgogne)」でした。
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デザートはアイスクリームでした。珍しいバナナのアイスクリームでした。飲み物は紅茶をいただきました。
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バナナ味のアイスクリームはどうやらJAlフライトのためにハーゲンダッツ(Häagen-Dazs)が創ったようです。バニラのアイスクリームには、この表示はありませんでした。


座席は通路側でしたが窓側の席が空いていたので窓側に写って、外の身四季を楽しみました。この日は雲がきれいでした。クリックすると別の写真の拡大写真を表示します。
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こちらが2014年4月11日の帰国便の搭乗券です。帰国便は、ほぼ満席でした。帰国便の機内食も紹介いたします。帰国便ではフラッシュを使わないで料理の写真を撮ってみました。機内は揺れが大きいのでカメラだけでなく料理側も揺れているのでカメラの手ブレ機能だけでは厳しい時がありました。行きの便(4月6日)ではフラッシュを使ったので比べてみてください。


4月6日の出発便で洋食を選択したので帰国便も比較のために洋食にいたしました。出発便との一番の違いはスープが無いことでした。その代りにハンバーグステーキがフィレステーキになっていました。
和食の場合は次の通りです。
   前菜   鴨ロース 海老と帆立
         出汁巻き玉子 蕗佃煮
         枝豆ゼリー寄せ 蒲鉾 香の物
   煮物   南瓜、茄子、がんもどきの煮もの
   小鉢   平目の南蛮漬け
   台の物  鮭の味噌焼き茸ご飯添え
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こちらが前菜です。前菜(アペタイザー)の内容は「鴨胸肉のスモーク 蜂蜜生姜風味」と「ラタトゥイユ グリルパプリカ添え」と「クリームチーズのスモークサーモンロール」でした。
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こちらがサラダでした。特徴のあるドレッシングでいただきました。
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メインデッシュのフィレステーキです。オニオンソースでした。ズッキーニとニンジンにマッシュドポテトが添えられていました。
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フィレステーキの断面です。
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今回は最後までシャンパンにいたしました。帰国便はフライト時間が短いことから、1杯目は料理と一緒に最初から注いで出てきましたが2杯目以降はこのように量が減ると注いでいただきました。、
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デザートはバニラアイスでした。もちろん紅茶も頼みました。
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外国便や今までの機内で出るアイスクリームは固くてすぐに食べられないことが多たいけれども、行きの便でも同じでしたが、ベストの柔らかさだったので、すぐに美味しくいただけました。
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最後は日本茶をいただきました。
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料理を食べ終わってからは上映時間が56分と短い「攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers」のビデオを見ましたが、残念ながら最後までは見ることは出来ませんでした。食事後にビデオ見るのはモニターの位置が低いので食事の時にモニターが邪魔になってしまうためなのです。

WEST BAY STREET [バハマ]

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バハマで宿泊したホテルはSheraton Nassau Beach Resortです。選んだ理由はネットで安いホテルを探した結果です。宿泊したホテルはWEST BAY STREET沿いでしたが、この道沿いには沢山のホテルがありました。WEAT BAY STREETの中央分離帯はは上の写真のように広い緑地となっておりウォーキングらランニングを楽しむ人たちの場所にもなっていました。

写真は昼間なので暑いためにウォーキングやランニングをしている人たちは見かけませんでしたが早朝に散歩をすると沢山の人たちが楽しんでいました。この木にはサボテンの種類が、つたのように絡み付いていました。
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Googleの航空写真でもグネグネしたウォーキング道路が判ってもらえると思います。


ウォーキング道路は今はセメントで補修されていましたが昔は石畳だったようで道路端の部分の一部にわざわざ昔の石畳が見えるように細工がされていました。写真を拡大するとわかると思います。
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これが昔の石畳です。このような装飾がある部分を、見えるようにしているのです。PARROT FISHと言う魚の絵です。


こちらはTABEBUIAと言う植物の絵です。


こちらはPOINCIANAのようです。道路に絵が書いてあるなんて夢がありますね。


IMG_5970-200.jpgここがWEST BAYのビーチです。
遠くに見えるのが我々が泊まっていたホテル群です。ホテルの前の海岸は全てホテルのプライベートビーチになっていますが、ここはみんなが自由に入れるビーチです。
大変にきれいな白いビーチで水もすばらしくきれいでした。ここまでWEST BAY STREETの緑地帯を歩いて来てみました。日本では寒い時期ですが、かなりの暑さで半そでを持ってこなかったのを後悔いたしました。
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パラセーリング(Parasailing)も気持ちよさそうでした。島はディスカバリー島(Discovery Isiand)です。小さな島ですが宿泊設備も見えます。
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WEST BAY STREET沿いにはホテルだけでなく個人の家も沢山ありました。個人の家からは直接ビーチに出れる裏口も付いていました。
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上の写真の個人宅がある辺りの航空写真です。海岸とWEST BAY STREETの間が個人宅になっていることがわかると思います。敷地も広いですね。

                           大きな地図で見る
個人宅のWEAT BAY STREET側の門です。
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個人宅の門はどれも立派でした。
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もう一つ個人宅を紹介しておきます。ここは住んでいる雰囲気がなかったので別荘のように時々使っているのではないかと感じました。
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こちらは泊まったホテルのプライベートビーチです。皆さん楽しんでいる様子でした。
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タグ:バハマ

Wast bayのカジノ [バハマ]

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バハマのアトランティスホテルのバハマ最大のカジノを紹介いたしましたが、我々が泊まったSheraton Nassau Beach Resortにもカジノがありました。ネットで調べて安いホテルにした結果として偶然カジノがありました。上の写真はホテルのプライベトビーチです。

プライベートビーチから日の出を撮ったものです。このあたりはWEST BAYと呼ばれている地域で沢山のホテルが集まっており、それらのホテルの人たちは我々のホテルのカジノを利用しているようでした。我々のホテルにはカジノ専用の入口がありました。 
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カジノです。すごい数のスロットマシンです。写真を撮った日はお客さんはほとんどいませんでしたが、我々が帰る日には沢山の団体の人が入っていました。
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いろんなテーブルもありました。


カジノの入口です。


ホテルの航空写真です。マイナスのアイコンを数回クリックすると場所が判ると思います。

バハマ最大のカジノ アトランティス [バハマ]


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前回、バハマに行ったときは007 カジノ・ロワイヤルのロケ地であるパラダイス島のアトランティス・ホテルは遠くから見ただけで行く機会がありませんでした。→ホチッ
そのために次にバハマに行く機会があればアトランティス・ホテルに行くつもりでいました。上の写真は前回、ニュー・プロビデンス島から昼間に撮った写真です。

意外に早くバハマに来る機会を得たため、我々が泊まっていたニュー・プロビデンス島のWest BayにあるSheraton Nassau Beach Resortは遠かったけれど、アトランティス・ホテルに行くことを実行いたしました。夕方からタクシーに乗ってホテルまで行きました。料金は20ドルでした。バハマのタクシーにはメーターはなくて行く場所で料金が決まっているようでした。ホテルに入ったところの景色です。一言で言えば超豪華!!


先ずはバハマ最大と言われているカジノを探します。すぐに入口が見つかりました。


とんでもない広さでした。残念ながら全体が見渡せるところがないため、写真からは広さの実感伝わらないのが残念でした。


我々が泊まっているホテルにもカジノがありましたが、やはりここのカジノは雰囲気がすばらしかったです。あとで我々の泊まったカジノも紹介いたします。


お客さんが沢山座っているテーブルと少ないテーブルがありますが、これは掛け金の最低の違いだそうです。高いところは500ドルだそうですが、このときは高いテーブルには人が少なかったです。金持ちが来るとそこに座るのでしょうね。偶然最近見たテレビでは最低5000ドルのテーブルもあるとも言っていました。


幻の古代海底都市"アトランティス"をイメージしたホテルだけのことはありました。


遺跡の中を魚が泳いでいました。


沢山の魚が泳いでおり水族館のようでした。


その水槽を屋外から見るとかなりの奥行き大きな海水の池でした。帰るためホテルの出口に行くと、またビックリで胴長リムジンだらけで、HUMMER H2の胴長リムジンもありました。

ブランコ [バハマ]

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バハマでもほのぼのとした光景に出会えたので写真を撮りました。地元のお母さんと子供達だと思います。子供達のヘヤースタイルから、子供達が大切にされていることが伺えました。バックの青い海がいい光景にしてくれていました。

こちらはアメリカから休暇で来ている家族の子供達でしょうね。ビーチに飽きて公園のブランコで子供達だけで遊んでいるのでしょうか。
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タグ:子供 バハマ

入海石城 [長城]

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前記事の秦皇島のレポートの続きです。ここ老龍頭は、山海関から続いてきた万里の長城が、海に落ち込むところです。要塞である山海関から5kmの距離です。その先端部分が入海石城(にゅうかいせきじょう/ルーハイシーチョン)と呼ばれており上の写真です。手前の方が南海口で建物の部分が靖鹵台(せいろだい/ジンルータイ)です。入海石城は1579年(明の万歴7年)に、薊鎮の名将であった戚継光によって建造されたそうです。海中部分は22.4mで、幅8.3m、高さ9.2m。石城全体は九層構造で、巨大な石を積み上げて築かれているそうです。戦時には海上にも軍船が帆を並べて防衛線を張ったといわれています。
ここから21196.18kmの万里の長城が続いていると思うと考え深いものがあります。

入海石城から陸側を撮ったものです。建物は澄海楼(ちょうかいろう/チョンハイロウ)で1611年の創建ですが、のちに崩壊し、1987年に再建されたそうです。拡大してもらうと長城が遠くに続いているのがわかると思います。
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入海石城の最先端です。靖鹵台から撮りました。寒い時期なのでお客さんもまばらでした。


入海石城の靖鹵台からは明代に建てられた海神廟が見えます。クリックすると海神廟が拡大します。


老龍頭の周囲は城壁で囲まれています。入城後、澄海楼まで上がると、目の前に渤海湾が開け、入海石城が現れました。
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入海石城が海に突き出していることを知ってもらうためにネットから航空写真を拝借いたしました。全体の場所を知りたい場合は-(マイナス)のアイコンをクリックしてもらうと縮小するのでわかると思います。


秦皇島は万里の長城の東の基点 [長城]

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万里の長城の東の基点が以前に訪問した秦皇島の山海関(山海关)と呼ばれる場所です。
その山海関(さんかいかん)は中華人民共和国河北省と遼寧省の省境に位置する万里の長城の東端にある要塞で、明代は北方民族である女真の侵入に対する防衛の要とされたそうです。大きな門に掲げてある「天下第一関」と称されていますが、これは山海関が、東から数えて最初の関所であったことを示しているそうです。

要塞と呼ばれるだけのことはあって城壁は高く頑丈そうでした。山海関は明代の1381年将軍徐達が築いたとされ、北に燕山山脈を望み、東に渤海湾を望むところから山海関と名付けられたそうです。長城は、海に突き出している老龍頭から山海関を通り、燕山山脈の支脈角山へと続いています。大部分は1987年以降に修復されたものです。前記事で紹介した、同じ形の雨樋がありました。
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城壁の上に登って見ました。
万里の長城は、今まで国家文物局の発表(2009年4月18日)により東端の遼寧省虎山から西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8,851.8kmとされていたが、2012年6月5日に総延長は21,196.18kmと修正発表されたそうです。現存する人工壁の延長は6,259.6kmだそうです。
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こちらの写真も城壁の上を撮ったものですが、城壁の広さには驚かされました。いざと言う時は沢山の兵隊が守ったのでしょうね。
漢代は臨楡関と称され、明代に山海衛が設置された後に山海関と称されるようになったそうです。明末はヌルハチ、ホンタイジによる満洲族の侵入を阻止し、守将であった呉三桂が清朝に帰順するまで不落の要塞でした。


城壁に作られたトンネルを見てもすごい要塞であったことがわかります。満州事変の舞台となった場所でもありました。その時に、初めて近代兵器によって陥落したとのことなので、単なる遺跡ではなく近年まで要塞として活躍した場所でもあったいうことになります。


この山海関は長城と城砦都市を囲む形でつくられていることが地図で表されています。城壁は、周囲は4.3km、高さ14m、厚さは7mあり、4つの城門とその上に楼閣が設けられた。「天下第一関」の額が掛けられている東の城門だけが現存していました。
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城砦都市の中心に鐘鼓楼がありました。
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山海関の航空写真を拝借いたしました。中央が上の写真の鐘鼓楼です。この写真を見ても山海関は要塞都市であったことがわかります。ここは皆さんが生活している場所でもありますが、2008年頃から街並みが復元され始めてたそうで観光にも力が入っている感じでした。これからは観光都市になっていくのでしょうね。


万里の長城の雨樋 [長城]

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万里の長城の2つの景観を紹介いたしました。一つが大渋滞の長城の姿で、もう一つが人の少ない長城の姿でした。その万里の長城の写真の中に石造り雨樋(あまどい)が沢山あることに気がつかれた方もおられると思います。その壁から突き出しす形で雨樋がついて紹介いたします。

万里の長城の上にも雨が降ります。当然長い長城は雨の排水機能がなければ川のように水が流れることになると思いますが、それを防いでいるのが紹介の雨樋です。長城の上を横断するように溝が作られています。
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その溝で集められた水を排出するのが冒頭の写真の壁から突き出した石の雨樋なのです。階段の部分にも溝が作られていました。
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望楼(見張台)である北五楼と北六楼の間は混雑緩和のために登る人は長城の上を歩き、下山する人は長城の脇の下山道を歩きますが、その下山道の写真です。当然ですが雨樋は自陣側に取り付けられています。敵側だとそれを使って登ってこられる恐れがあると考えられたのでしょうね。


水の落ちる地面には石の大きな皿が置かれていました。雨で地面が侵食されないにする工夫だと思います。上の写真を拡大した写真であることわかりますか。昔から雨樋は建築構造物にとって大切なものなのだと実感させられました。


追伸
2014年4月6日から4月11日まで中国に行ってきます。今回の中国訪問が90回目になります。そして国際線ならびに海外の飛行機に乗るのが693回目となります。上海に3泊と地方都市に2泊です。この間は移動などに時間がかかるので皆様への訪問が難しくなることを、御容赦願います。
また、中国の特殊なネット環境のためにホテルについてもniceのアイコンが表示されないので、niceが出来ないことも御容赦願います。
不思議なことに、たま~に、niceのアイコンが出来ることもあります。



さらに追伸
下の写真は2014年4月6日12時45分(日本時間13時45分)の上海の景色です。
先ほど上海のホテル(花園飯店)にチェックインいたしました。下の写真は空港からホテルに向かう車の中から撮った上海の景色です。コンパクトカメラで4.16倍のズームで撮りましたが、今日は快晴で空気も澄んでおり、遠くまで見渡せました。これだけ澄んでいれば、今話題のPM2.5も、まったく問題ないと思います。
中央の工事中の高層ビルは今年に完成予定の、高さ632mの上海中心(Shanghai Tower)です。完成するとアジアで一番高いビルで、構造物としてはスカイツリーに次いで2番目となります。
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さらにさらに追加
街に出て豫園からビルの写真を撮りました。このビルは128階で延床面積は地上部分380,000㎡、地下部分170,000㎡とかなり巨大です。超高層ビルの高さのランキングでは下記のように2位になります。ちなみに「あべのハルカス 300m」は98位で「横浜ランドマークタワー 296.3m」は102位です。
 1 828m 162階 2010年 ブルジュ・ハリファ ドバイ UAE
 2 632m 128階 2014年 上海中心 上海  中国
 3 601m  95階 2011年 アブラージュ・アル・ベイト メッカ
サウジアラビア
 4 541m 104階 2013年 WTC ニューヨーク USA
 5 527m 108階 1974年 ウィリス・タワー シカゴ USA
 6 509m 101階 2004年 台北101 台北  台湾
 7 492m 101階 2008年 上海環球金融中心 上海 中国
 8 484m 118階 2010年 環球貿易広場(ICC)  香港 中国
 9 457m 100階 1969年 JHCー シカゴ USA
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私の定番朝食 [日々]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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私の毎日の朝食で一番多い形の食事を紹介いたします。見ての通り、「野菜ジュース」と「納豆」と「めかぶ」です。2013年2月に体重計に乗って思っていたよりも7~8kgも重かったので驚いて減量を始めました。年末年始に体重が増えるのはいつものことで2月頃には下がってくるのが普通なのですが、2月になっても、かなり重かったのは2012年11月末ごろから2013正月にかけては食事会が毎日となっていたのが原因だったのだと思います。

「野菜ジュース」と「納豆」と「めかぶ」の朝食は意外に美味しくて、この朝食が定番になってしまいました。特に納豆がいいですね。納豆には必ずネギを入れますが、最近はチリメンジャコも入れています。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。納豆だけは先に混ぜ合わせてからネギとチリメンを乗せます。
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こちらが、納豆とネギとチリメンを混ぜ合わせて、最後にタレを入れてさらに混ぜ合わせます。テレビで納豆名人がタレを最後に入れて混ぜ合わせる方法を使わせていただいています。
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これで朝食の完成です。
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めかぶ以外は銘柄も定番となりました。野菜ジュースは「野菜一日これ一杯」です。納豆はいろいろと食べ比べた結果、私が一番おいしいと思った「おかめ納豆 国産中粒納豆」をいつも買っています。めかぶは3種類の中から選んでいますが一番多いのが「マルダイ長沼商店 めかぶ」です。一週間の購入量は次の通りです。6月からはヨーグルも加わりました。ヨーグルトの写真は記事の最後に追加いたしました。
  野菜ジュース 1リットル x 2パック  カゴメ 野菜一日これ一杯
  納豆       3個入り x 4パック  おかめ納豆 国産中粒納豆
  めかぶ     3個入り x 3パック  マルダイ長沼商店 めかぶ
  ヨーグルト   400g   x 1パック  フジッコ カスピ海ヨーグルト 


写真の中で手前に並んでいる「めかぶ」が、上で記載している3種類の「めかぶ」です。一番左はすでに紹介のもので韓国産です。真中も韓国産です。右は宮城県産の「めかぶ」です。後ろの「ぶっかけめかぶ」はマグロに乗せて夕食でいただく予定です。驚くことに3種ともに宮城県で作くられていました。
  めかぶ     40gx3個 韓国産  マルダイ長沼商店 宮城県
  若めかぶとろろ 50gx3個 韓国産  カネキ吉田商店  宮城県
  めかぶ     40gx3個 宮城県産 マルダイ長沼商店 宮城県
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こちらが2013年2月からの体重の変化です。減量は終了ですが、紹介の朝食は続けています。正月明けには72kgを越えていたと思います。久しぶりの2月の計量が減量の良いきっかけとなりました。直接計測のマークが付いていないものは、同じ服装で計測して服の重さを差し引いて計算した数値です。気楽に量るために服のまま量っているのです。服の重さは直接にはかった体重との差を統計的に計算して自動で修正しています。したがって服の内部データーは常に変化しています。したがって10回に1回程度は直接の体重を入力しているのです。
クリックすると大きなグラフを表示します。
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こちらが入力画面です。入力が直接計測です。服を着ている場合は服ありの欄に入力します。赤字がグラフになる数値です。

2014年6月から朝食に加わったのがフジッコ製のカスピ海ヨーグルトです。「クレモリス菌FC株」による独特の「ねばり」でネバネバ朝食が一品増えました。
使われている「クレモリス菌FC株」は長寿地域のコーカサス地方から持ち帰った自家製のヨーグルトより、分離・純粋培養した乳酸菌だそうです。今は種菌セットも買ってきて自家製カスピ海ヨーグルトも作っています。
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南六楼では皆が友達 [長城]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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南六楼は万里の長城の望楼(のろし台 見晴台)です。八達嶺の登城口から南に6番目の望楼のため南六楼と呼ばれています。ここからさらに万里の長城は、はるか彼方に続いていますが観光客が立ち入れるのは南六楼までなのです。クリックすると拡大つまり終点なのです。そしてこの場所が八達嶺で最も美しい景観が見れる場所とも言われています。右の写真が、その南六楼からの「八達嶺で最も美しい景観」です。
終点ということもあり、余韻を楽しむために沢山の人が長く集うことになります。私が南六楼に着いたときも皆さんで記念撮影をされていました。私が降りるときも皆さんまだ残られていました。

外人の方も仲間に入っていました。すごく楽しそうです。皆のカメラで記念写真の撮りっこをしていました。コンパクトカメラあり一眼レフありビデオカメラありです。私も撮らせてもらいました。
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撮り終った後でも皆さん楽しんでいました。
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これぞ万里の長城 [長城]

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クリックすると記事表示以前に大渋滞の万里の長城を紹介させてもらいましたが、上の写真は、大混雑の長城の写真(右の写真)と同じ日の同じ八達嶺長城の景色です。
皆さん、この違いに驚かれると思います。
さらに驚いたのが空気のきれいなことでした。
本当にきれいな青空の下の万里の長城でした。
これぞ万里の長城と言う感じの写真が撮れたので紹介いたします。
午前中の早くに写真を撮るなら太陽の位置から見ても逆光気味の北東側の長城よりも南西方向に伸びる長城がきれいに撮れるのです。私が先に南西方向にのびる長城に登った3つの理由の最大のものが、太陽の位置だったのです。残り2つの理由は人が少ないことと、数十キロ先まで伸びる万里の長城の景色が撮れる場所だったからです。

下の地図で登城口から入って、北一楼方向に向かうと大変に混みあっていた万里の長城ですが、それとは反対側の南一楼の方向に向かって登ると今回紹介する景観に出会えるのです。上の写真は登ってきた南五楼方向を、南六楼から撮った写真です。写真をクリックすると北一楼~北十三楼も入った航空写真を表示します。
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こちらの写真は登城口から登り始めてすぐに、これから登っていく南四楼を撮ったものです。これから歩いていく順番に紹介いたします。写真をクリックすると遠くに見える長城が判ると思います。
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最初のころは緩やかな登りでした。北一楼方向が大変混んでいるのを見ていたので、歩いている人も少ないので驚かされました。左右の壁の違いに気が付かれたと思います。この写真では右側の1.5メートルほどの凹凸型の城壁が敵が攻めてくる北方方向です。そこには、銃眼も設けられていて、下から放たれる矢を防ぎ、逆に攻撃しやすい構造になっているのです。この壁の違いを覚えていると長城のどちら方向の写真であるか判るので覚えて置いてください。
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徐々に急な坂になってきました。この急な階段も万里の長城の一つの景色です。
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南四楼までは急な登り坂なので大変ですが南四楼まで来ると、南六楼までは高低差は少ないので楽に歩けます。南四楼から少し進んで南五楼および南六楼の方向を撮ったものです。
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観光客は南六楼までしか行けませんが、その先にも万里の長城が続きます。その続いていく万里の長城の方向を南四楼から南五楼までの下り坂から撮りました。クリックすると山のはるか彼方まで続く長城が確認出来ると思います。
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ほぼ同じ場所ですが南五楼と南六楼までの景色も入れた角度で撮りました。
万里の長城は東端の遼寧省虎山から今まで東端とされていた河北省山海関に西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8851.8kmの防衛を目的とした城壁です。一般に長城を作ったのは秦の始皇帝だと認識されていますが現存している「万里の長城」の大部分は明代に作られたものだそうです。
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南六楼に着きました。南六楼は八達嶺長城の中で最も美しい景観を見せる場所と言われています。そのためかもしれませんが、大型カメラを持っている人が多かったです。
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行き止まりの石碑です。


八達嶺長城の中で最も美しいと言われている景観の一つが行き止まりの先に続く長城だと思います。遠くの霞んだ尾根や山に万里の長城が続いている景色はすばらしかったです。それを見てもらうために、この写真は是非ともクリックしてもらいたいと思います。
ここに写っている万里の長城はすべて一般人は通行止めです。ところがクリックして見てみると3人2人(Huck_Finnさんの、ご指摘で2人であることがわかりました。)の人が写っているのが判ると思います。探してみてください。
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ここから先の写真は行き止まりの南六楼から登城口まで下山するときの写真です。一番手前の望楼は南五楼です。一番遠くに見える南四楼です。その間の望楼のような建物は名前は判りません。
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この写真は南五楼を過ぎたあたりから南四楼の方向を撮ったものです。
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南四楼に着きました。少し人が増えてきたようです。このときの時間は9時37分です。登城口を登り始めたのが8時50分だったので、人の少ない写真が撮りたい場合は9時までに南西方向の長城を登り始めることをお薦めします。
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降りるときに南四楼への上り坂を上から撮りました。急坂であることが判ってもらえると思います。
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下から見上げた同じ場所の急坂です。登るときに同じ場所を撮ったのが地図も入れて上から5枚目です。その時は9時1分でした。36分の差でもかなり人数が違ってきているのがわかってもらえると思います。
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DH000022-50.jpg冒頭で南西側の長城の魅力を3つ記載しましたが、実はもう1つ魅力があります。それは南西側の長城からは北西側の長城が北一楼から最高峰(北八楼)まで、すべて一望できることです。これは登ってみて知りました。この写真は南三楼のあたりから撮ったものです。
右の写真をクリックすると、南一楼~南六楼と北一楼~北十三楼が入った航空写真を表示します。
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左端の赤色マークの場所が、今回紹介の八達嶺長城です。右上端の黄色マークが以前に紹介した司馬台長城です。真中あたりの臙脂色マークが慕田峪長城です。
   赤色ライン 北京→八達嶺 への道
   黄色ライン 北京→司馬台 への道

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こちらは初めて万里の長城を訪れた19年前の1995年4月17日の八達嶺長城の写真です。今回紹介の場所「南楼側」から「北一楼から北八楼」を望んだ写真です。この時は中国が2回目で1995年4月11日~4月17日の旅で、帰国の日の早朝の5時にホテルを車で出発して八達嶺長城に来て、その車で空港に直接向かいました。ちなみに初めて中国を訪れたのは1994年9月19日~9月24日で「成田→北京→南京→広州→香港→成田」と旅をいたしました。