So-net無料ブログ作成
検索選択

芸術的 ( ? ) な送電線 [北京]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
高速道路を走っていると沢山の送電線が続いていました。日本では見かけないタイプの鉄塔もあります。ここは中国の北京と天津を結ぶ高速道路です。

ほんとうに沢山の送電線の鉄塔が建っていました。これだけの景観は滅多に見れないと思ったので掲載いたしました。
クリックすると拡大

解像度はありませんが動画にすると雰囲気が、伝えられると思い撮りました。

ガラタ橋は勝鬨橋でした。 [トルコ]



あのアジ釣りや魚市場やガラタ塔や鯖サンドで紹介したガラタ橋は1836年 に完成したそうです。今から177年前になります。驚いたことに、この橋は橋の中央部分が跳開橋(跳ね橋)つまり勝鬨橋(かちどきばし)なのです。勝鬨橋(かちどきばし)は固有名詞ではありますが、日本では跳開橋(跳ね橋)の代名詞になるほど有名です。金角湾は大きな造船所があり大型船が通る必要があったために金角湾の入口にかかるガラタ橋は跳開橋(跳ね橋)になったようです。
上の写真で橋の中央部分が切れているのが判ると思います。日本の勝鬨橋 は1940年に完成しましたが、それよりも100年も前の1836年にトルコで跳開橋(跳ね橋)が出来ていたとは驚きです。
跳開橋(跳ね橋)と言えばアメリカのシカゴの橋はほとんどが跳開橋(跳ね橋)です。

クリックすると拝借して記事を表示します。ガラタ橋が跳ね上がったところの写真をネットで探したけれど今のところ見つからないので日本の勝鬨橋の跳ね上がったところをネットから紹介します。
ネット拝借→
勝鬨橋(日本)

地図で紹介します。
船の航路が沢山通っているところが跳ね橋(跳開橋)です。クリックするとGoogle地図を表示するので廻りも確認できると思います。
クリックするとオリジナルの地図を表示

毎日が師走のアメ横? イスタンブールの市場 [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
いつの間にかトルコも3回目の訪問となりました。遠くに4本の塔が見えるのがイスタンブールで最も大きいモスクであるスレイマニエ・モスクです。このあたりは世界遺産にも登録されています。その近くにエジプシャンバザール(市場)があります。地元の人たちがよく利用する市場です。ここにお土産を買いに行きました。

市場の広場の前にも大きなモスク(ジャミィ)がありました。モスクの名前はイェニ・ジャミィです。場所はトルコのイスタンブールです。
クリックすると拡大

広場から見た市場の入口です。昔、記事を掲載したオリーブの専門店もこのあたりにありました。
クリックするとオリーブの記事を表示

お土産を買え終えたころには暗くなっていました。
こちらで買ったお土産の記事です。写真やタイトルをクリックすると記事を表示します。クリックするとオリーブの記事を表示
 クリックすると記事を表示 トルコ石
 クリックすると記事を表示 カラスミ
 クリックすると記事を表示 キャビア
 クリックすると記事を表示 トルコの陶器

クリックすると潮騒のメモリー・3バージョン
そしてモスクもライトアップ
クリックすると天野春子
「あまちゃん」で益々、有名になった右の写真(ネットから拝借)のアメ横の大晦日みたいです。いや、「あまちゃん」のおかげで、アメ横も、いつも大晦日のように賑わっているのかもしれません。
大阪だと大晦日の黒門市場かな。右上のアメ横の写真をクリックすると潮騒のメモリーを聞くことが出来ます。
それにしてもエジプシャンバザールは、すごい人です。 
クリックすると拡大

どこまで行ってもすごい人です。


市場は屋外だけではなくアーケードのある部分もあります。


魚屋さんです。小あじ(イスタヴリットİstavrit)が1kgあたり約300円です。鰹(パラムットPalamut)もあります。
クリックすると拡大

別の角度から見てみました。一番手前はたぶんカタクチイワシのハムシHamsiですね。
クリックすると拡大

近くに金角湾とガラタ橋があり、その前の広場で鯖サンドが売られていました。丘の上には冒頭の写真に写っていたイスタンブール最大のスレイマニエ・モスクがありました。緑色マークが鯖サンドが沢山売られている場所で、その下のマークが今回の紹介のエジプシャンバザールです。一番左側のマークがスレイマニエ・モスクです。

より大きな地図で イスタンブール を表示
庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」の歌を追加させてもらいました。是非とも中央のプレーボタン( )をクリックしてみてください。

箱根登山鉄道を堪能いたしました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2013年8月24日~25日に家族で箱根に行きました。箱根登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船、箱根登山バスを利用しましたが。最もよく利用したのが箱根登山鉄道でした。利用したのは次の4回でした。
紫色のラインが今回紹介の箱根登山鉄道です。
  ① 8月24日10:50発 箱根湯本 → 強羅
  ② 8月25日10:11発 箱根湯本 → 彫刻の森
  ③ 8月25日14:43発 小涌谷 → 宮ノ下
  ④ 8月25日16:38発 宮ノ下 → 箱根湯本


8月24日10:50発 箱根湯本 → 強羅
8月24日は箱根湯本→強羅→早雲山→大涌谷→桃源台(芦ノ湖)→箱根町→箱根湯本→塔ノ沢温泉と移動しましたが紫色のところで登山鉄道を利用いたしました。こちらが我々が乗った電車で満員となりました。古い車両です。古い車両として残っているのはモハ1形(旧名:チキ1形)、モハ2形(旧名:チキ2形)、モハ3形(旧名:チキ3形)ですが、先頭に110と書かれていることからモハ2形(チキ2形)と思われます。チは地方を意味しキは客車を意味しています。屋根の上に乗っているものは発電ブレーキ用の大容量抵抗器です。冷房機をつけるスペースはなさそうです。
  チキ1形 1919年 車体:日本車両 台車:アメリカ製 101~107
  チキ2形 1927年 車体:日本車両 台車:スイス製  108~112
  チキ3形 1935年 川崎車両(現 川崎重工)       113~115
  1000形 1981年 川崎重工               1001~1004
  2000形 1989年 川崎重工               2001~2006
  3000形 2014年 川崎重工 11月運行 車両紹介記事→ポチッ
クリックすると拡大

箱根湯本駅を出発いたしました。我々が乗った電車は冷房車ではありませんでした。走っているときは風が入ってきていいのですが停車しているときは、さすがに暑かったです。椅子に座れると、もっといい写真が撮れたと思いますが、窓枠のある写真も趣がありました。
クリックすると拡大

鉄橋を渡っているときの景色です。吊り橋が印象的でした。この鉄橋の正式名は早川橋梁で早川に架かる鉄道橋です。一般には「出山の鉄橋」あるいは「出山鉄橋」として知られており、有形登録文化財でクリックすると拡大箱根観光名所の1つとして多くの観光客に親しまれているそうです。橋の形式は単純下路ダブルワーレントラス式鉄道橋で、橋長61m、河床からの高さは43mです。
鉄橋の工事は1915年に始まり、開業2年前の1917年5月31日に完成しました。深さ43m・幅61mという深い谷に架橋するため、Wikipediaから拝借した右の写真のような丸太は約1万本が使われた大規模な総木製の足場を組んで作業を行な割れたそうです。完成した翌日からは足場の解体にかかるというその夜、暴風雨により早川が氾濫し足場は全て流失してしまったことも有名な話です。ただし鉄橋本体には全く影響がなかったそうです。
クリックすると拡大

最初のスイッチバックのところから先ほど渡った鉄橋が見えます。鉄橋からの写真で写っていた吊り橋が右下に見えます。クリックすると拡大上の写真と下の写真は同じ方向の窓から撮ったものです。見えている鉄橋を右から左に渡った後に登りながら大きくカーブしてこの場所に着いたのでした。鉄橋を渡っているときの写真は10時57分34秒に撮ったもので、下の写真は10時59分28秒に撮ったものなので1分54秒の短時間の間に、これだけの高低差を登り大きくカーブしていることが判ってもらえると思います。
登山電車が出山鉄橋を渡っている右の写真はWikimediaから拝借したものです。
クリックすると拡大

出山鉄橋から見えた吊り橋を塔ノ沢温泉と箱根湯本を循環するバスが通った時に出山鉄橋を撮った写真です。登山電車が通っていたら最高の写真になったと思います。目の前に写っているのは吊り橋のロープです。
クリックすると拡大

こちらは最初のスイッチバックの場所と鉄橋の位置が判る地図です。大きくカーブをしていることと、急激に登っていることが等高線から判ってもらえると思います。さすが登山鉄道です。緑色マークが出山鉄橋で赤色マークが吊り橋で黄色マークがスイッチバックの場所です。

より大きな地図で 出山鉄橋 を表示
登山電車の終点駅の強羅に着きました。


こちらが外から見た強羅駅です。ここ℃昼食を撮った後に強羅公園に行きました。



8月25日10:11発 箱根湯本 → 彫刻の森
8月25日は箱根湯本→彫刻の森→(バス)→小涌園→(バス)→小涌谷 → 宮ノ下→富士屋ホテル→宮ノ下 → 箱根湯本→新宿→自宅 へ移動しましたが紫色の部分で箱根登山鉄道を3回利用いたしました。
箱根湯本→彫刻の森は3両連結の冷房車でした。前日の経験からスイッチバックがよく見える先頭車両になりました。先頭車両に乗るとスイッチバックごとに先頭→最後尾→先頭→最後尾と変わります。この日は朝から、あいにくの雨だったので窓からの鮮明な写真は撮れませんでした。先頭に1004と書かれています。こちらは1000形です。
クリックすると拡大

先頭に乗って箱根湯本を出発しました。


出発してすぐにトンネルの連続でした。トンネルは13ケ所ありトンネルの延べ長さは2kmになるそうです。鉄橋も26ケ所になるそうです。カーブは66ケ所だそうです。


1回目のスイッチバックの場所です。前日の8月24日でも見えた早川橋梁(出山の鉄橋)が見えましたが、雨のため霞んでいました。スイッチバックで先頭車が最後尾に代わります。スイッチバックの場所では運転手さんと車掌さんが移動するためホームがあり、そこを歩いて交代します。交代する車掌さんが窓の外に少しだけ写りました。
クリックすると拡大

ここで運転室が車掌室に変わります。社内放送で名口調の案内をされていた車掌さんに、この時初めて出会えました。


客席室の方に出てこられたので車掌さんの写真を撮らせていただきました。車内放送も登山鉄道の魅力の一つでした。客席側に出られるときは、きちっと手袋を外されることが判りました。


客席側に出てこられた車掌さんに乗車記念カードをいただきました。子供さん中心に配られていましたが記事に掲載するつもりで思い切って一枚いただきました。


こちらが乗車記念カードの裏側です。限定版というのがうれしいですね。最近、はやりの、ゆるキャラの登山鉄道くん(のぼりやま てつみち くん)が描かれていました。落合さん、ありがとうございました。名口調の感じから、落合さんは、きっと有名な方だと思いネットで調べた結果、やはりYouTubにも沢山登場されている話題の方でした。頂いた乗車記念カードの値打ちが上がりました。知らないとは言え失礼しました。


落合さんのおしゃべりはテレビにも紹介されていましたので追加いたします。これは是非とも真中のプレーボタン( )をクリックしてもらいたいです。
  追伸 現在は非公開になっています。 見れないのが残念です。


上の動画が見れなくなったのでWebから神奈川新聞・カナロコ(kanaloco)さんの動画を引用させていただきました。こちらで堪能願います。(最初に少しだけCMが入っています。)


ここが2回目のスイッチバックの場所です。こちらは大平台駅という駅になっています。左側の線路から登ってきて、運転手さんと車掌さんがホームを歩いて交代した後に右側の線路を登っていきます。


こちらが3回目のスイッチバックの場所です。車掌さんと運転手さんが移動するホームが判ってもらえると思います。ホームはありますが、お客さんが降りる駅ではありません。ここではすれ違いなしで出発いたしました。前の2つのスイッチバックの場所では対向電車とすれ違いました。


スイッバックの場所から登り始めました。最後尾からの写真です。
登山電車で最も大切なのがブレーキシステムです。急勾配の登山鉄道にとって安全が、クリックすると拡大もっとも重要だからです。箱根登山鉄道は4つのブレーキが使われています。車輪の回転を止める電気ブレーキと空気ブレーキと手動ブレーキに加えて空気の圧力で特殊な石をレールに押しつけて電車を止める右の写真のレール圧着ブレーキが使われています。車輪とレールの摩擦力が失われても直接レールにブレーキをかけて止めることが出来るのでリスク回避された安全なシステムだと思います。


3ケ所のスイッチバックの場所が入った地図を紹介いたします。黄色マークがスイッチバックの場所です。下から順番に出山信号場、大平台駅、上大平台信号場です。

より大きな地図で スイッチバック を表示
登山電車には下の黄銅製の銘板が取り付けられていたので調べてみると1979年6月1日にレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道提携を結んだそうです。これは鉄道線の開業時にスイスのベルニナ鉄道(今のレーティッシュ鉄道ベルニナ線)を参考にした事が縁になったものだそうです。1981年に45年ぶりの新型車両として1000形電車が導入され、スイス側の協力を得て「ベルニナ号」と命名されました。つまりこの電車がベルニ号(Bernina号)だったのです。
クリックすると拡大また1989年に箱根登山鉄道で初の冷房付電車となる2000形には「サン・モリッツ号」と命名されました。これにもスイス側の協力がありました。
右の写真はWikimediaから拝借したもので1982年に姉妹鉄道提携3周年記念にレーティッシュ鉄道から贈られた2つのカウベル(牛につけるベル)です。


下の写真の銘板に書かれている昭和59年(1984年)製造であることからも、クリックすると拡大この車両がBernina号であることが伺えました。右の写真のように2014年11月から運用されている最新の3000形も同じ製造メーカーでした。上にも記載している通り、全国産車両であるチキ3形(1935年)からすべて同じメーカーということになります。不思議と世界遺産である黄山の最初のロープウェイの車体も、バイクと新幹線で有名な同じ製造メーカーでした。


箱根登山鉄道の醍醐味は日本一の急な登りとスイッチバックですが、もう一つが急カーブです。この道路に沿って線路が引かれていると想像していただければカーブが急なことが判ってもらえると思います。


急カーブでは内側と外側の距離が違うことから片方の車輪をレールとの間で滑らせる必要があります。平地の車両では油が塗られていますが勾配の急な登山電車では油を出来る限り排除する必要があることから、散水装置が登山電車には備わっています。クリックすると拡大車両の先頭の床下にに右の写真の350リットルのタンクが付いており片道一回に50~80リットルを使うそうです。この日は雨のため散水装置は使う必要が無かったそうです。
開業当時はレールと車輪の粘着力を増すために撒砂装置がありましたが、撒水したところに砂を撒くことによってレールの磨耗が激しくなったために撒砂装置は後年すべて撤去されたそうです。


車両の真中あたりに立っていたも3両編成の先頭が見えるほどのカーブです。そして急カーブを回るために車両も一般の車両よりは短いそうです。最も急なカ一ブはR30(曲線半径30メートル)だそうです。


箱根登山電車はラック(歯車)などを使わない鉄輪とレールの粘着式で走る普通鉄道では日本一の急勾配(80/1000)です。世界でも2番目の急勾配だそうです。ちなみに世界一は勾配105/1000のオーストリアのペストリングベルク鉄道だそうです。その急勾配を実感してもらうためにWikimediaから写真を拝借いたしました。この写真の勾配日本一の急勾配の80/1000です。つまり1000m進む間に80m登る傾斜のことなのです。
推測ですが下の写真の位置と思われる場所の地図を右に紹介します。さらにストリートビューでも確認できます。箱根湯本駅から数十mの距離なので是非とも見に行ってください。
クリックするとストリートビューを表示

箱根登山鉄道は電車は車輪とレールの摩擦だけで登り降りが出来る普通鉄道です。摩擦だけで走ることから粘着式と呼ばれていますが、さらに急勾配の登山電車クリックすると大きくなります。には右の動画のようなラック(歯車)が使われています。クリックすると大きくなります。このラック式で有名なのが、自走式では世界一の急勾配を登る左の写真のピラトゥス鉄道です。その勾配は480/1000です。日本では大井川鐡道井川線(90/1000)や能勢電鉄のシグナス森林鉄道(138/1000)がありますが珍しい方で、日本では地形の関係からかケーブルカーが使われるのがほとんどのようです。実際、箱根登山鉄道でも強羅と早雲山を結んでいるのはケーブルカーでした。箱根登山鉄道株式会社が所有してしるのは箱根登山鉄道と説明してきた普通鉄道と箱根登山ケーブルカーなのです。
箱根登山鉄道の醍醐味である「80/1000の急勾配」と「半径30mの急カーブ」と「スイッチバック」の場所を一緒に記載した地図です。80/1000の急勾配は箱根湯本を出てから小涌谷までの各所にあり半径30mの急カーブは仙人台信号場から彫刻の森までの間に酋長しています。つまり前半はスイッチバックと急勾配を楽しむことが出来て後半は急カーブと急勾配を楽しむことが出来るのです。
クリックするとオリジナル資料を表示

彫刻の森駅に到着いたしました。ここで落合さん(落合くん)とお別れです。この後、この日のメインイベントの彫刻の森を見に行きました。その後に登山バスで小涌園まで行き椿山荘で昼食の手打ち蕎麦をいただきました。


クリックすると拡大箱根登山鉄道でもう一つ紹介しておきたいことがあります。下の写真は小田原~箱根湯本の間でロマンスカーの最後尾の展望席から撮りました。線路が3本あることが判ってもらえると思います。小田急はJR在来線と同じ軌間(レール間隔)の1067mm(狭軌)に対して箱根登山鉄道の軌間は1435mm(標準軌)まため相互乗り入れしている小田原~箱根湯本の間は片側のレールを共用する三線軌条が使われているためです。
 小田急電鉄   1067mm(3 ft 6 in)  狭軌
 箱根登山鉄道 1435mm(4 ft 8.5 in) 標準軌
右図が小田急と箱根登山鉄道の断面のイメージ図です。箱根登山鉄道は車体はチて際にも関わらず軌間は新幹線と同じ標準軌なのです。これは箱根登山鉄道の前身の小田原馬車鉄道は馬車軌間である1372 mm(4 ft 6 in)が使われていましたが、1435mmの路面電車との直通運転を視野に入れていたといわれています。また海外製の台車を視野に入れていたことも標準軌になった理由の一つかもしれません。いずれにしても80/1000の急勾配を上る能力のある電動機は当時の技術では1067mmの規格では収まらなかったことも事実です。



8月25日14:43発 小涌谷 → 宮ノ下
昼食の後に小涌園から宮ノ下に行くために箱根登山バスに乗りましたが小涌谷より先は渋滞するのでお急ぎの方は登山鉄道に乗り換えた方がよいとのアドバイスから小涌谷で降りました。小涌谷バス停あたりから登山鉄道の小涌谷駅を見た景色です。
  

小涌谷駅内の踏切から宮ノ下方向(箱根湯本方向)を撮った写真です。
クリックすると拡大

箱根湯本から登ってきた電車です。単線なのでここで我々が乗る電車とすれ違います。なんと103と書かれています。最も古いモハ1形(チキ1形)です。
クリックすると拡大

こちらが強羅方向です。
クリックすると拡大

すぐに我々が乗る電車が到着いたしました。先頭に2004と書かれています。こちらは2000形なのですでに説明させていただいたサン・モリッツ号です。この電車で一駅ですが小涌谷 → 宮ノ下に乗りました。
クリックすると拡大


8月25日16:38発 宮ノ下 → 箱根湯本
こちらが最後に乗った箱根登山鉄道です。番号は110です。偶然ですが8月24日に乗った電車です。つまり最初と最後に同じ電車に乗ったわけです。。
クリックすると拡大

宮ノ下駅の写真を紹介いたします。箱根登山鉄道と箱根ロープウェイの沿革を記載します。 94年前の大正8年に、現姿の登山鉄道が出来たことになります。
 1888年10月01日 馬車鉄道として国府津~小田原~湯本 が開業
 1900年03月21日 電化 馬車鉄道→電車 
 1919年06月01日 箱根湯本~強羅 が開業 現姿の登山鉄道が開業 大正8年
 1921年12月01日 強羅~早雲山 のケーブルカーが開業
 1923年09月01日 関東大震災(11時58分32秒)で大きな被害を受ける
 1959年12月06日 早雲山~大涌谷のロープウェイが開業
 1960年09月07日 大涌谷~桃源台のロープウェイが開業
 2002年06月01日 早雲山~大涌谷の新型ロープウェイが開業
 2006年06月01日 大涌谷~桃源台の新型ロープウェイが開業
クリックすると拡大


Wikimediaから拝借した昔の写真を紹介します。
1900年から1927年ごろの写真です。クリックするといずれの写真もオリジナルのサイズで表示します。
馬車鉄道時代の湯本駅 1900年ごろ      建設中の箱根湯本駅 1916年ごろ     
クリックすると拡大クリックすると拡大

開業(1919年)当時の箱根登山鉄道     開業(1919年)当時の小涌谷駅
クリックすると拡大クリックすると拡大

関東大震災(1923年)で脱線した車両   関東震災(1923年)により崩壊した線路
クリックすると拡大クリックすると拡大

左の写真のチキ1形3号の車体は木製でした。チキ1形3号は今の呼び名は103と思われるため小涌谷駅ですれ違った103の車両でした。車体は木製から鋼製には変わっていますがロマンを感じます。右の写真のチキ2形10号は驚いたことに今回2回乗った車体番号110と同じ車両ということになります。この時は車体番号は10と書かれていました。
チキ1形3号と強羅駅 1919年ごろ     チキ2形10号と箱根湯本駅 1927年ごろ
クリックすると拡大クリックすると拡大

大衆の味方 鯖サンド [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
イスタンブールはレストランがやたらと高いと紹介しました。でもみんなが高給料取りと言うわけではありません。そこで登場するのがイスタンブール名物の食べ物であるサバサンドです。
ここはアジ釣りで紹介した金角湾の入口にかかっているガラタ橋のそばの広場です。ここで沢山の人が食べているのが名物のサバサンド です。昔は一個100円だったそうですが今は250円になっていました。それでも大人気です。

さばサンドを作っている船がこの場所に何隻も停泊していました。同じ服を着た人が数人でチームを作っているように見えます。作る人、運ぶ人、売る人、船の操作の人がいるようです。エミノニュ桟橋とガラタ橋のあいだで商売しているとネットで書かれていました。
クリックすると拡大

遠くから見たサバサンド売りの船です。3隻のサバサンド船が停泊しているのがわかってもらえると思います。鯖サンドにはまったくソースは使われていません。焼き鯖と野菜をパンに挟んだだけのシンプルな食べ物です。
この場所が有名なサバサンドが食べれる場所とは知らないで、これらの写真を撮りました。もちろん写っている船がサバサンドを売っている船であることも帰ってから写真を見て知ったのです。夕方の暗い中での撮影の上、これらの写真は、ほとんどが大きな写真のほんの一部を切り取っているので解像度があまり良くないのが残念です。そしてサバサンドを食べることは出来ませんでした。
クリックすると拡大

エジプシャン・バザールの近くの広場で金角湾にの側の景色のきれいな場所です。対岸の大きな塔は、この地区のシンボルガラタ塔です。
クリックすると拡大

この広場では、いろんな屋台が出ていました。


これは焼き栗です。これは町中のいろんな場所でも売っていました。あのドーナツ状のパンの次に多い気がしました。

坂道だらけの街 [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
イスタンブールは海峡の町ですが丘の町でもあります。イスタンブールには7つの丘があると言われています。その一つの丘の上に宿泊したホテルがありました。そこからからのメイン道路は尾根を通って緩やかにボスポラス海峡に下りていきますが、そのメイン道路から別れる路地は急な坂道になります。場所によっては、この写真のような急な階段のところもあります。手すりがなければ立っては歩けないほどの急な階段です。長い髪の高校生くらいの女の子たちも風景に溶け込んでいます。

この写真は、その階段の上から見たところです。向こうに見えるのはボスポラス海峡です。こんな場所には猫ちゃんも沢山いました。
クリックすると拡大

ここはガラタ地区の急な坂道です。自転車屋さんが印象的でした。早朝で店を開く準備をしているところです。日本のSHIMANOの名前も写真をクリックすると判ります。ここでも売れているんですね。今や世界のシマノですね。
クリックすると拡大

このあたりは不思議なことにいくつもの自転車屋さんがありました。こちらも店を開く準備をしているところです。他のお店は果物屋さん以外はまだ閉まったままなので自転車屋さんだけが開く準備をしているのは不思議でした。2軒で張り合っているのかな?
クリックすると拡大

きれいに整備された路地もありますが


昔ながらの路地もあります。

豪華な靴磨きセット [トルコ]


クリックすると拡大
イスタンブールで宿泊しているホテルの靴磨きです。あまりにも豪華なので写真を撮らせてもらいました。
そして写真を撮ってしまったので記事を掲載させていただきました。写真はクリックすると拡大します。

ホテル周りの道です。ここには写っていませんがホテルの外にも沢山の靴磨きの人がいました。ちょっと気をつけなければならない話があったので紹介いたします。散歩をしていると、靴磨きの人がすれ違う寸前にブラシを落としました。普通であれば「落ちたよ」と教えてあげるところですが、瞬間的に何かあると感じたので、当然、無視して通り過ぎました。何かとは「落としたよと教えてあげると、ありがとうと言って靴を磨き始めて終わるとお金を要求する。」と言うのが私の推測でした。偶然に人の前でブラシを落とすのは、確率的に、あまりにも不自然です。また別の場所で別の靴磨きおじさんが通り過ぎる寸前にブラシを落としました。これで確信しました。当然このときも無視して通り過ぎました。
あとでイスタンブールに長く住んでいる日本人に、このことを聞いてみました。まさに推測通りと言うか、もっと強引で目が合っただけでも靴磨きをはじめてしまう場合もあるそうです。

イスタンブールの白バイは2人乗り [トルコ]



2人乗り? 手前のポリスバイクのハンドルに白いヘルメットが2つ、かけてあるのが判りますか。そうなんです。イスタンブールの町の中では2人乗りポリスバイクが沢山走り回っていました。この写真の場所はお花屋さんが沢山あったタクシム広場です。

バイクの数が足らないのかも知れないです。それとも2人で行動するのが規則で決められているのかもしれません。

今、トルコは、すこし政情が不安定と聞いていました。そんなこともあり沢山の警官の人が町の中を警備しています。観光場所では沢山の軍隊の人や自動小銃を持った重装備の警官の人が警備をしているところもありました。それらの写真の撮影は過激派に間違えられるリスクがあるので遠慮させてもらいました。金属探知機が各観光場所に備えられているエジプトほどではなかったです。これほどではなかったけれど、ヨーロッパではこのような警備は慣れっこですね。

あらゆるところにモスクが [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
イスタンブールにはあらゆるところにモスクがあります。本当に沢山のモスクがあり、紹介したスレイマニエ・モスクのすぐ側にも別のモスクがいくつもありました。このモスクの名前はイェニ・ジャミィです。近くにはエジプシャン・バザールがあることが有名です。

ホテルからここに向かう最中にも沢山のモスクがありました。このモスクも大きかったです。


路面電車が走る道のすぐ側にもありました。


丘の上には点々とモスクがあります。これもまた別のモスクなのです。


霞んでいますがホテルの窓からも遠くに大きなモスクが見えました。右側のモスクには6本のミナレット(塔)が見えます。ミナレットが6本あるのはブルーモスクだけです。おそらく有名なブルーモスクです。左のモスクは赤いモスクと言われている"アヤ・ソフィア"と思われます。


こちらは港の近くにあったモスクです。ミナレットは1本です。

漁師の町チャナッカレ [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
朝6時40分から9時30分までチャナッカレの町を散歩しました。ホテルからは町中心までは歩いて40分かかりました。いい運動にもなりましたが町の雰囲気にも触れることが出来たのでほんの少しですが紹介いたします。
チャナッカレは漁師町です。朝の7時半ごろの風景です。漁から帰ってきて網の手入れをしているところだと思います。上の写真は異国の雰囲気の出たお気にのものです。それにしても水がきれいです。

近くの港では大きな漁船も見ましたがここのは小さな船ばかりです。
クリックすると拡大
                            
すぐ近くの魚屋さんです。上の漁師さんが取ってきた鰯と鯵かも知れません。

                            
沢山の漁船が停泊していました。左手が猫ちゃんが沢山いた公園があります。遠くに対岸のキリトバヒール要塞跡が見えます。クリックするとキリトバヒール要塞を表示します。

                    
こちら側のチメンリック要塞跡も見られました。

                            
場所は地図のCanakkaleと書かれた場所です。

ホテルの壁に気になるものが [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
イラスンブールのボスポラス海峡が一望できる一流ホテルの部屋ですが、壁に気になる表示があるのが判りますか。写真をクリックすると拡大するので判るかもしれません。

こちらの写真にも写っています。判りますか?
クリックすると拡大
                            







                答えは!


      ↓                

続きを読む


トルココーヒー [トルコ]



イスタンブールに到着いたしました。次の朝はモスクのシルエットがきれいです。

昼食にはさっそく本格的なトルココーヒーを味わうことが出来ました。イタリアのエスプレッソのように小さなカップです。決定的に違うのはコーヒーをフィルターで濾していないので最後に底に沈殿物が残ることです。一人一人に好みを聞いて砂糖とコーヒーの粉を一人一人別々に煮詰めるのです。結構手間のかかる飲み物です。
「砂糖を少なめに」と注文して出てきたのが写真のトルココーヒーです。想像と違ってものすごくおいしいのです。驚きました。好みによるかも知れませんがエスプレッソよりはるかにおいしく感じました。


最後に沈殿物が残ります。これは飲めません。カップをひっくり返して沈殿物の残り方で占いを行うそうです。


このトルココーヒーはトルコ料理の食後にいただきました。この写真は食事が始まる前の前菜とサラダが並べられた状態です。
クリックすると拡大
                           
なぜか紅茶も小さめ スプーンや角砂糖も半分くらいの大きさです。
飲み物の選択肢は「トルココーヒー」「紅茶」「ネスカフェ」の3っでした。 ネスカフェと言うのはインスタントだけど普通のコヒーのことです。


サッカー場付きホテルの朝食 [トルコ]


クリックすると拡大
日本の観光客の人が沢山泊まっていたチャナッカレのホテルの朝食はヨーロッパと同じでした。パンが充実していたので写真を撮りました。少し違うのがヨーロッパはクロワッサンなどのソフトなのが多かったけれど、ここは見ての通りのパンが中心でした。好きなパンを切って食べます。朝の6時だったのでまだ切られたパンはありません。この後、ケシの種の付いたパンを切って食べました。

少し拡大してみました。焼きたての美味しいパンでした。


スープはハーブが利いたトルコ風の味でした。他のメニューも充実していました。夕食のことを考えると食べ過ぎになるのでパンとスープとコーヒーだけで我慢です。


場所はチャナッカレ!この辺境の地(ちょっと大げさ)で信じられないほど充実したホテルでした。プールやテニスコートは大きなホテルにはありますがトルコの高級ホテルにはサッカー場があるんです。アクセスに時間がかかりますがホテルのHPを見てください。

 ホテルのホームページ ⇒ Kolin Hotel
                   ↓ 画像拝借


サッカー場がホテルあること不思議に思われたかも。リゾートホテルでは当たり前なのかもしれません。
町の中には有料のミニサッカーコートが沢山ありました。昼間はどこも満員でした。もちろんホテルのはミニではなくて本格的なサッカー場でしたが。このホテルのうりかもしれません。


町の中には、今、日本で流行っているフットサルのような小さなサッカー場が沢山ありました。

タキシム広場のお花屋さん [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
イスタンブールでは沢山のお花屋さんがありました。この写真にも9軒くらいのお花屋さんが写っています。ここはタクシム広場の真中です。
  ネットでもお花屋さん出てきます。→ぽちっ
        と言うことはやっぱり沢山あるんだ!
なんとネットのお花屋さんと上の写真のお花屋さんは同じ場所でした。写真をじっくり見比べて見ました。手前の看板は違いますが奥くの2枚の看板は同じものです。手前の看板も形は同じでした。

別の場所のお花屋さんです。マルマラ海のフェリー乗り場の近くです。お花屋さんは日の昇る前からやっていました。朝早いです。上の写真の丘の上のタクシム広場のお花屋さんも朝早くから開いていました。他のお店がまだ閉まっている時間帯から開いていました。イスタンブールのお花屋さんは超早起きのお花屋さんでした。


お花屋さんの後ろの石造りの建物が気になっている人もいるかもしれないとこの建物が写っている写真を探しました。建物ではなく広場を撮った写真なのであまり鮮明ではありませんがなんとなく歴史のありそうな建物です。水が壁から噴出して泉のようになる構造です。

トルコの車窓から [トルコ]



イスタンブールのホテルを朝の6時20分に車で出発しました。まだ早いけれどすでに露店が出ていました。逞しいです。

朝早く出たのはイスタンブールの港を7時に出港するこの大型のフェリーに乗るためでした。


さすがに船内のみんなも眠そうです。ひじをついて寝ている男性が典型的なトルコの人だと長期にいる人が言っていました。


大型船ですがかなりの高速で走ります。そしてマルマラ海を2時間で南北に横断します。


これ以降の写真は車の中からなので不鮮明な写真が多くなります。勘弁願います。
丘陵地帯がが続きます。この日は天気は良くなくて厚い雲に覆われていました。


綿畑が続きます。その向こうに羊たちが見えます。トルコは広い国土の国で、今回の写真がある意味でトルコを代表しているといえます。バスツアーで移動中は毎日、このような景色だと思います。


綿の収穫をしています。


綿畑はさらに続きます。


次の日はきれいに晴れました。大草原です。


この景色が続きます。トルコの広い国土の90%はこんな景色です。たぶん!


羊もよく見ます。今回の写真は走っている車の中からの写真ばかりで鮮明ではないのでクリックしても拡大するようにはしておりませんが、この写真だけは気に入ったのでクリックすると拡大するように設定いたしました。
クリックすると拡大

海峡はきれいでした。


エーゲ海に浮かぶ島もちらりと見れました。


どこの村にもモスクがあります。


キョフテで有名なお店のあるテキルダの町が見えてきました。


イスタンブールの市内に入ると城壁が見えてきます。

タグ:トルコ 車窓

小さな路面電車が走る街 [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
この通りはイスタンブールのイスティクラル通りと呼ばれており名物通りのようです。真中に単線の路面電車が走っています。単線なので電車同士の衝突が心配でしたが、この道を歩いた結果、一台の路面電車が往復していることがわかりました。まったく衝突の心配はないですね。

この路面電車はノスタルジク トラムワイ(Nostaljik Tramvay)と呼ばれているそうです。「イスティクラル通り」は雰囲気のある場所でした。
クリックすると拡大

丘の上の大きな広場は「タクシム広場」と呼ばれておりその広場から見た「イスティクラル通り」です。右側の線路は車庫に行くのだと思います。


通りの両脇の路地には洒落たレストランがあります。


路面電車には「Taksim-Tunel」と表示されています。
Taksim(タクシム)駅~Tunel(トゥネル)駅ということのようです。ここがTaksim(タクシム)駅です。タクシム広場です。ここから出発します。


終点のTunel(トゥネル)駅です。Tunelは、どうも地下鉄と言う意味のようです。ここで地下鉄に乗り換えられます。これでもイスタンブールの重要な交通機関 のひとつです。Taksim(タクシム)駅からは1640mだそうです。路線自体も小さな鉄道です。


地下鉄と言ってもものすごい傾斜です。地下鉄と言うよりは地下式ケーブルカーのような感じです。トンネルの天井にもレールが2本あるのが判りますか。これに乗って下りると巨大モスクの見れる場所に出ます。


これだけの傾斜なので天井のレールは何らかの安全装置でしょうか。


ちょっと気になっていたのがドーナツ状のパンを売っている車です。あらゆるころにありました。上の写真でも4枚の写真にこのパン屋の車が写っています。これもイスタンブールの風物です。このパンをネットで調べました。ゴマがたっぷりついた塩味のシミットだそうです。


コメントでパンの質問があったので写真を掲載いたしました。シミット/Simitは「ドーナツ型で表面にゴマがまぶしてあるパンで立ち食いの王者。身が締まって噛み応えがあり、ちょっとコバラがすいたときの強い味方だ。愛嬌のある形や持ちやすさも好もしい。レトロなデザインの手押し車が街角に止まっていたり、山積みにした大きなトレイを頭に載せていたり、長い棒に輪投げの輪のように刺して渋滞の車の間を練り歩いたりと、街角のあちこちで見かける。」と書かれていました。

ケバブ料理 [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大します。
この日の夕食はシシ・ケバブ(日本でシシカバブとも呼ばれています。)に代表されるケバブ料理(串焼き料理)の評判のレストランへ行きました。シシは金串で、ケバブは焼肉という意味だそうです。注文した焼き物はすべて2っの大皿に盛られてきました。もちろんシシ・ケバブも入っています。場所は猫ちゃんが沢山いたチャナッカレです。料理はクリックすると拡大します。

大皿から取り分けました。これがすべての種類です。これはかなりのレベルの料理でした。これはビールを飲むのに最高の料理でした。


やっぱりシシケバブ(シシカバブ)にはビールです。


目の前手焼いてくれます。
クリックすると拡大

すべて炭火焼きです。串焼きです。本格的なシシ・ケバブを体験できました。赤い串焼きはトマトです。右の黒いのが火のついた炭です。
クリックすると拡大します。

トマトの串焼きを拡大しました。
クリックすると拡大します。

もう一つの名物がこのトルコのパンです。薄い生地を焼くと大きく膨らんで出てきます。焼きたてを出してくれるので気をつけないとやけどをしてしまうほどです。


膨らんでも中は空洞です。これが特徴であつあつなのがおいしいかったです。


専門のパンの打ち手がいます。打ちたて焼きたてが出てきます。インドのナンみたいなものかな。


前菜とサラダです。
クリックすると拡大します。

デザートの果物は洋ナシが主体です。 サラダと果物の出し方は大雑把なのがトルコ風です。


お店は雰囲気があり満員になりました。


音楽演奏もありました。食べる方に夢中で音楽は聴いていませんでしたが雰囲気だけは最高です。


変わった楽器です。バリ猫さんに楽器の名前を教えてもらいました。カーヌーンだそうです。ありがとうございました。


突然誕生日の歌を隣のテーブルで演奏した後、注文していないケーキがテープルに!


隣の誕生日のカップル(写真の一番奥)の方がプレゼントしてくれたのです。日本人だとわかったようです。すごくうれしそうでした。もちろん祝福の言葉をおくりました。


レストランはエーゲ海とマルマラ海を結ぶダーダネルス海峡(チャナッカレ海峡とも呼ばれています。)が眺められる最高の場所にあります。
ただし夜なので海峡は見えなかったのです。写真は朝の散歩のときに撮りました。月がまだ見えます。
対岸の真中付近に見えるのは昔の要塞です。


お店の名前 ADANA SOFRASI
住所 Abdullah MEMİLİ
    Yeni Kordon Mevkii ÇANAKKALE
     Tel:0286-213-9168
小さな村のレストランも趣きがありますがこんなレストランもいいですね。
写真をクリックするとお店と海峡とワンちゃんの写真がでます。

箱根ロマンスカーに乗りました。 [箱根]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

2013年8月24日(土曜日)から一泊で家族全員で箱根に行ってきました。新宿を8月24日の9時に出発する特急に乗るために千葉県の佐倉市の家を6時35分に出て新宿に着いた時の写真です。電光表示版の2段目の特急に乗りました。写真に写っている電車は我々の1本前の8時30分に出る「はこね7号」です。
実は運転席2階に設置され客席から前や後ろの景色がよく見える小田急ロマンスカーに一度乗ってみたかったのです。

箱根には箱根フリーパスを利用させてもらいました。新宿からの場合は5000円で切符に書かれている小田急電鉄、箱根登山鉄道、箱根ケーブルカー、箱根ロープウェイ、芦ノ湖の観光遊覧船、箱根登山バスなどの乗り物が2日間は乗り放題なのです。3日間のフリーパスもあります。+500円の5500円でさらにお得です。お土産屋さんでもフリーパスを見せると5%引きになります。さらに、いろんなところの入場券を買う時にフリーパスを見せると入場券が割引となります。


我々が乗るロマンスカーの1本前のロマンスカーは従来タイプでした。出発したところの写真です。この車両は、1980年に登場した7000形LSE車です。
クリックすると拡大

出発の25分前のホームの風景です。ここの左側のホームから出発します。
クリックすると拡大

8時30分発の「はこね7号」は空席が少しありましたが、我々が乗る9時発の「スーパーはこね9号」は表示のように満席でした。人気があるのに驚きました。
クリックすると拡大

これが我々が乗った「スーパーはこね9号」です。これは「小田急ロマンスカー」ブランドの復権を掲げて2005年に登場した50000形VSE車です。この列車の登場で「箱根フリーパス」の販売枚数は、2006年に49万枚だったものが、2009年には74万枚に増加したそうです。VSE車はVault Super Expressを示しています。
最高速度(営業/設計)は毎時110km/130kmです。
クリックすると拡大

こちらが新宿からの旅行の全ルートです。赤いラインが公共の交通機関てす。青色マークが箱根旅行で記事にしたところで、マークをクリックすると場所の名前を表示します。表示された記事のタイトルをクリックすると記事を表示します。

より大きな地図で 箱根 家族旅行 を表示
こちらが新宿から箱根湯本までの特急券です。特急料金はフリーパスに入っていないので別途購入する必要があります。いい席にしたかったので娘がパソコンから発売日一ケ月前の7月24日に申し込んで購入してくれました。人気があるのが先頭車と最後尾車両の展望席(4列)です。発売時刻ピッタリの10時に入力して最後尾車両の後ろから3列目(展望席)がやっと予約出来ました。新宿を9時に出発して箱根湯本に10時25分に到着します。


ロマンスカーに乗って展望席の方を撮った写真です。天井が低くなっている部分より奥側が展望席です。


こちらが展望席です。一般席よりも席の間隔が広かったです。ここの上には運転席があるためか網棚はありませんでしたが、席の前が広いので網棚が無いことは気になりませんでした。


この最後尾車両は記念撮影の場所になっており沢山の人が写真を撮っていました。


皆さんVサインで記念撮影をされていました。


朝が早かったので駅でサンドイッチと焼売を買いましたが車内販売も充実していました。


新宿駅を出発したところです。見えているのは新宿駅のホームです。


小田原を過ぎると単線になります。


単線のため途中の駅ですれ違います。


箱根湯本の町が見えてきました。


箱根湯本に到着いたしました。


改札口側から見て右側にロマンスカーが停まりました。我々が乗ってきたロマンスカーです。
クリックすると拡大

クリックすると拡大改札口側から見て左側には箱根登山鉄道の電車が停まっていました。この登山電車はラック(歯車)などを使わない普通鉄道で日本一の急勾配(80/1000)です。世界でも2番目の急勾配だそうです。ちなみに世界一は勾配105/1000のオーストリアのペストリングベルク鉄道だそうです。
クリックすると拡大

塔ノ沢と書かれた方向が登っていく方向です。箱根湯本の標高が102mであることを初めて知りました。もう少し高いところにあると思っていました。


この日2013年8月24日は箱根湯本から芦ノ湖に行った後に、コインロッカーに荷物を預けていた箱根湯本まで箱根登山バスで降りてきて塔ノ沢温泉の宿(120.4m)に泊まりました。この間の報告は後日させていただきます。( )内の数値は標高を表しています。
 登山電車   箱根湯本→ 強羅(553m)   強羅公園
 ケーブルカー 強羅  → 早雲山(761m)  展望台
 ロープウェイ 早雲山 → 大涌谷(1044m)  大涌谷
 ロープウェイ 大涌谷 → 桃源台(741m)  芦ノ湖
 観光船    桃源台 → 箱根町(725m)  箱根関所
 登山バス   箱根町 → 箱根湯本(102m) 温泉
 徒歩     箱根湯本→ 塔ノ沢温泉(120m)温泉


8月25日(日曜日)の帰りの特急券です。これは箱根湯本駅で購入いたしました。「はこね38号」で箱根湯本を17時29分に出発して新宿に19時10分に着きました。


幸いにも帰りは旧車両の7000形LSE車のロマンスカーだったために新(VSE)旧 (LSE)の両方に乗ることが出来ました。LSE車はLuxury Super Expressのことです。最高速度(営業/設計)は毎時110km/145kmです。
新宿に着いたのは19時10分でした。朝ほど連絡がよくなかったので家に帰り着いたのは21時15分となりました。

トルコにも焼き魚 [トルコ]


クリックすると拡大
トルコにも日本ような焼き魚があります。これもトルコ料理なんです。やっぱり醤油をかけたくなりました。トルコの事情に詳しい人曰く。この魚は「ブルーフィッシュ」であろうとのことでした。トルコではあまりこった料理方法は見たことがなくシンプルな料理が中心だそうです。

前菜です。と言うことで、この日はシーフードでした。


トルコ独特のスープです。ハーブの味と香りがトルコらいし感じです。


イカリングのフリッタ


例の水を入れると白濁するお酒YENI RAKIを飲みながら食事をしました。

変身するお酒 RAKI [トルコ]



トルコのシシケバブの専門店での貴重な2枚の写真を紹介します。上の写真は不思議なお酒 ラクの水割りを今から作るところです。
コップに入っているのは「不思議なお酒ラク」です。注いでいるのは普通の水です。

するとカルピスのように白く変身です。アルコール濃度は45%のお酒です。 
お酒の名前は YENi RAKI(イェニ・ラク) です。

伝統の朝顔 佐倉城址 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

夏は朝顔の季節です。今、千葉県佐倉市の佐倉城址で朝顔の展示が行われていると聞いて、2013年8月18日(日曜日)に見に行きました。展示されている朝顔は全て「くらしの植物苑」で育てられた朝顔で、植物苑内のハウス、東屋、よしず展示場などで公開されていました。お盆の期間(8月12日~18日)は朝8時30分から開苑していました。
説明文の頭に★が付いた写真はクリックすると拡大します。
特別企画 伝統の朝顔
 場所 佐倉城址公園
 主催 国立歴史民俗博物館
 会場 くらしの植物苑→ポチッ
 期間 2013年7月30日~9月1日
 料金 100円 小中学生は無料
          土曜は高校生は無料
 開苑 9時30分~16時30分
 定休 月曜日
 展示種類
   正木系     44系統
   出物系     26系統
   大輪朝顔   25系統程度
   欧米系朝顔  10系統程度
朝顔は幕末頃に変化朝顔などの多くの品種が創り出されてましたが、最近では単純な大輪朝顔に圧倒されていることから、一部の愛好家の努力によって大切に保存されて現在に伝えられています。その変化朝顔である正木系や出物系を沢山紹介している貴重な朝顔展であることを知りました。したがって朝顔展の雰囲気と変化朝顔を中心に紹介したいと思います。

★入口を入って最初に迎えてくれるのが朝顔の大きな仕立物です。アサガオは花だけでなく、仕立てられた葉の緑も魅力があることが判りました。
クリックすると拡大

★その中で沢山の花を付けていたのが、さわやかなブルーの朝顔でした。
クリックすると拡大

★その朝顔は園芸品種として代表的な空色朝顔「ヘブンリー・ブルー」でした。「天上の青」という意味だそうです。
クリックすると拡大

★大きな仕立ての朝顔の中にもう一つ沢山の花を付けているものがありました。それには「曜白アサガオ」と書かれていました。曜白は「ようじろ」と読みます。2種類が一つの鉢に植えられているようでした。
クリックすると拡大

それでは変化朝顔を紹介する前に大輪系の朝顔を紹介いたします。こちらが大輪の朝顔が展示されている「よしず張の展示場」です。このような大輪系の「よしず張の展示場」が2つありました。


★よしず張の展示場を横から見ました3段に展示されていました。
クリックすると拡大

★中央の朝顔は展示番号「歴青-38」の正木系統の大輪の朝顔で名前は藤霞娘(ふじかすみむすめ)変と書かれていました。名前の上に「青/斑入/蝉葉/紫/丸咲/大輪」との表示がありました。朝顔の世界では、この表示方法が使われるのようです。名前が無くても、この表示だけがされているものが沢山ありました。クリックすると花だけを拡大いたします。
クリックすると拡大

大輪の朝顔の写真の掲載を続けます。こちらは歴青-36黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪で名前は月夜野(つきよの)です。


花の写真を撮ると同時に名札の写真も撮りました。その名札を紹介します。下記の左側の名札に黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪と書かれています。花の名前はかっこ付きで(月夜野)と表現されています。左側は別の名札で青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/切咲/牡丹です。こちらには名前が書かれていません。


★表示されている黄/蝉葉/黒鳩/縞/丸咲/大輪は花や葉の形を表しているので言葉の意味を説明いたします。クリックすると拡大されたものが別表示となるので、この後の写真の説明がわかりやすくなると思います。
クリックすると別表示

こちらは159黄/斑入/蝉葉/藤紫/吹雪/丸咲/大輪で名前は鳴海潟(なるみがた)です。


★こちらは歴青-20青/斑入/蝉葉/藤色/丸咲/大輪で名前は浪花の藤(なにわのふじ)です。
クリックすると拡大

★こちらは歴青-15青/斑入/蝉葉/桃色/丸咲/大輪で名前は新天津(しんてんしん)です。
クリックすると拡大

こちらは歴青-3青/斑入/蝉葉/紺/吹雪/丸咲/大輪で名前は雅秋(がしゅう)変です。


★こちらは歴青-8青/斑入/蝉葉/白/丸咲/大輪で名前は鷺娘(さぎむすめ)です。
クリックすると拡大

★この2つは同じ朝顔です。花ごとに模様が違う朝顔をでした。こちらは歴青-1黄/斑入/蝉葉/紅/吹掛絞/丸咲/大輪で名前は吾妻絞(あずましぼり)です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

★やっぱり朝顔は、このカーテン仕立ての姿が似合います。過去の展示期間を調べてみました。月曜日が休みなので火曜日~日曜日が基本のようです。2006年にはNHKの朝のニュースで紹介されたこともあるそうです。
    2013年 7月30日(火)~9月01日(日)
    2012年 7月31日(火)~9月02日(日)
    2011年 8月02日(火)~9月04日(日)
    2010年 8月03日(火)~8月29日(日)
    2009年 8月04日(火)~8月30日(日)
クリックすると拡大

こちらがカーテン仕立てに使われていた朝顔です。
上の段は色は違いますが同じ種類で黄/鍬形葉/吹詰/葡萄鼠/多曜/丸咲です。葡萄鼠のところが紫に置き換わるのかもしれません。
下の段の左側が黄/斑入/洲浜葉/紅/吹掛絞/丸咲で右側が青/縮緬/立田葉/紅/筒白/車咲/牡丹です。



★それでは本命の変化朝顔を紹介いたします。変化朝顔の写真を撮りに来られている方は多かったです。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号666青/斑入/笹葉/茶/覆輪/車絞/切咲です。大輪の朝顔のような( )内の名前はありませんでした。( )内の名前が無いものは、/ を省いて「青斑入笹葉茶覆輪車絞切咲」が名前となります。判りやすくするために / を入れたのだと思います。
クリックすると拡大

こちらは正木系統の朝顔で出品番号508青/蜻蛉立田葉/淡青/切咲です。名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号503青/丸立田/芙蓉葉/紫/切咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号509青/縮緬/立田/雨龍葉/紅/車咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号522青/縮緬/蜻蛉葉/桃/台咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号580青/斑入/蝉葉/淡藤/模様入/縮咲です。これも名前はありませんでした。


こちらも正木系統の朝顔で出品番号751青/斑入/桔梗渦葉/白地/赤吹掛絞/桔梗咲です。これも名前はありませんでした。


こちらは正木系統の朝顔で出品番号840青/林風/打込/渦葉/淡紫地/紅紫/車絞/丸咲/八重です。これも名前はありませんでした。


★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号670黄/斑入/常葉/紺/覆輪/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号961黄/鍬形葉/吹詰/茶/多曜/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の親木で出品番号415青/斑入/抱/常葉/淡藤鼠色/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。


クリックすると拡大★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号607青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/切咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。上で紹介した名札の一つがこの朝顔の名札でした。つまり呼び名は青蜻蛉丸笹葉紅覆輪切咲牡丹となります。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親牡丹で出品番号415青/斑入/抱/常葉/淡藤鼠色/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


★きれいな色の朝顔でした。こちらは出物系統の親木で出品番号419黄/抱/常葉/紫/丸小咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★光が透ける朝顔も素敵でした。こちらは出物系統の燕出物で出品番号419?の黄/抱/燕/常葉/紫/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。出品番号に?を付けたのは上の濃紫の朝顔の出品番号も419だったからです。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号440青/抱/並葉/白/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親牡丹で出品番号605青/打込/弱渦葉/青/丸咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号607青/蜻蛉/丸笹葉/紅/覆輪/丸咲/です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

この可憐な花も朝顔で、こちらは出物系統の一重出物で出品番号606青/水晶斑入/弱渦/柳葉/淡藤/爪覆輪/采咲/です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらの濃い紫色の朝顔は出物系統の親木で出品番号636青/渦葉/江戸紫/丸咲/です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★上の朝顔と色合いが違いますが表示は636 青/渦葉/江戸紫/丸咲/で、上のものと同じでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親木で出品番号646青/打込/弱渦/常葉/白/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号646?の青/打込/弱渦/柳葉/白/采咲/牡丹です。これも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の一重出物で出品番号646青/打込/弱渦/柳葉/白/采咲です。こちらも名前はありませんでした。上の2つ朝顔とは出品番号が646で同じです。丸咲と采咲牡丹と采咲一重の違いです。


この朝顔は花も特徴的ですが、葉がもっと特徴的で糸柳葉と言うそうです。こちらは出物系統の一重出物で出品番号655黄/糸柳葉/紅/細切/采咲です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号655黄/糸柳葉/紅/細切/采咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。こちらも上の朝顔と出品番号は同じ655でしす。上の朝顔とは牡丹と一重の違いです。
クリックすると拡大

★上の朝顔の全体の姿です。特徴的な朝顔であることが判ってもらえると思います。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親牡丹で出品番号661黄/弱渦/丸葉/淡水色地/青紫吹雪/星咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。


こちらは出物系統の親木で出品番号661黄/弱渦/丸葉/淡水色地/青紫吹雪/星咲です。こちらも名前はありませんでした。上の朝顔とは牡丹ではないところが違います。上と同じ番号ですが花の色合いは似ているので同じ番号でも間違いではないのかもしれません。


こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号661?の黄/弱渦/柳葉/淡水色地/青紫吹雪/細切/采咲/牡丹です。上の写真の番号と同じですが、あまりにも違う姿なので、こちらも名前はありませんでした。この出品番号は間違いかもしれません。


★こちらは出物系統の親木で出品番号1091青/斑入/縮緬/立田葉/紅/筒白/車咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

こちらは出物系統の親木で出品番号X578青/斑入/渦葉/葡萄鼠/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。渋い紫は葡萄鼠色というようです。


こちらは正木系統の朝顔で出品番号508青/蜻蛉立田/淡青/切咲です。こちらも名前はありませんでした。


★こちらも正木系統の朝顔で出品番号583青/斑入/弱渦/丸葉/淡空色/暈覆輪/縮咲です。こちらも名前はありませんでした。この花の特徴は縮咲です。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の牡丹出物で出品番号605青/打込/弱渦/柳葉/青/采咲/牡丹です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

クリックすると拡大★全体の姿が最も変わった朝顔がこちらでした。
こちらは出物系統の出物で出品番号837青/渦/顰葉/渦小人/紅/筒白/丸咲です。つまり呼び名は青渦顰葉渦小人紅筒白丸咲(あお・うず・しかみば・うずこびと・べに・つつしろ・まるざき)となります。変化朝顔では珍しく渦小人(うずこびと)の名前がつけられていました。
クリックすると拡大

★こちらは出物系統の親木で出品番号632青/蜻蛉/笹葉/極淡藤色/切咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは正木系統の朝顔で出品番号597青/弱渦/蝙蝠南天葉/淡青地/藤紫/吹雪/筒咲/八重です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★こちらは正木系統の朝顔で出品番号714黄/打込/桔梗渦/蜻蛉葉/赤紺/星咲です。こちらも名前はありませんでした。
クリックすると拡大

★最もシンプルな呼び名の朝顔が、こちらは正木系統の朝顔で出品番号817青/渦葉/紅/丸咲です。こちらも名前はありませんでした。呼び名も青渦葉紅丸咲と短いです。
クリックすると拡大

★正木系統が展示されたハウスです。
クリックすると拡大

★花が変わっているものは葉も変わっていました。
クリックすると拡大

★枝垂れ仕立てのアジサイも展示されていました。巻きつかない種類なのでしょう。
クリックすると拡大

休憩所となっている東屋の中にも展示されていました。


赤のマークのところが伝統の朝顔の展示が行われていた「くらしの植物苑」です。緑のマークは国立歴史民族博物館の本館と佐倉城の天守閣があった場所です。「くらしの植物苑」も国立歴史民族博物館の施設の一つです。
  国立歴史民俗博物館
   住所 千葉県佐倉市城内町 117
   電話 043-486-0123(代)
   HP  http://www.rekihaku.ac.jp/index.html

より大きな地図で 国立歴史民族博物館 を表示

タグ:植物 朝顔 佐倉

カルカン キャットフードではありません。 [トルコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
お土産にキャビアとカラスミと陶器を買った後にシーフードを食べに行きました。この魚は下の魚の中で一番おいしいと評判なんです。この小さい写真をクリックしてみてください。驚くと思います。
  選んださかな ⇒クリックすると拡大クリックすると大きく表示
クリックして出てきた魚を見てビックリされたでしょう。ところがこれがすごく美味しいのです。さかなは新鮮です。名前が判る魚としてはホウボウ、黒鯛(チプラÇipura)、スズキ、アジ(イスタヴリットİstavrit)ですが後は知らない魚ばかりです。今回選んだ魚の名前はイボカレーの一種でカルカン(Kalkan)だそうです。重さは1.6kgです。値段は1万1千円ですが食べてみてそれだけの値打ちはありました。
<ネットでの説明>
カルカンには「盾」の意味がある。イボカレイのことだが、なるほど盾になりそうな平べったい形をしている。イボイボがちょっと異様だけれど高級魚とされている。

ネットのカルカンと比べてください。遥かに立派です。ネットと違いイボが多いのと肉厚でした。市場では高級魚と書かれていましたがこのレストランではさらに良いものをおいていたみたいです。海老関係は高いので今回は遠慮しました。
IMGP0014-1120.jpg

市場の魚より高級な魚が並んでいました。
IMGP0017-1120.jpg

料理方法は焼き魚です。一番上の写真の状態で出てきたものを取り分けてくれます。ここでは日本人だと醤油を黙って出してくれます。いくらかけても出てこないのでおかしいと思ったら中蓋が付いたままでした。いつも新しいのを出してくれるみたいです。
IMGP0029-960.jpg

これレストランは海峡が見下ろせる場所にあります。写真をクリックするとレストランのホームページが出ます。昼間の景色が出ています。


窓からの海峡の夜景を2枚掲載します。写真をクリックすると大きな写真を表示します。
夜景を見ているとピッツバーグの夜景を思い出します。
クリックすると拡大

クリックすると拡大

入ったときの店内です。時刻は18時20分で我々が一番でした。


20時45分です。席は正装した人で満席になりました。トルコの人は食事を始めるのが遅いみたいです。前のケバブ料理のときも満席になるのはだいぶ遅かったです。


シーフードにはやっぱり白ワインです。


前菜は白身魚のマリネとトマトとナスビのペーストです。これがなかなかの味なんです。パンにつけて食べます。


サラダとフルーツの盛り付けは雑です。これだけは高級レストランらしくないですね。これはどこのレストランに行っても同じでした。


イカリングとエビとキノコです。ちょっとお皿が大きすぎるみたいです。でもこの後出てきた例の魚のボリュームがすごいので丁度良かったです。料理はすべて取り分けてくれます。


最後はトルコティー「チャイ」で締めました。

鬼の築いた九十九段の石段 熊野磨崖仏 [九州]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
九州旅行の最後に行った場所がこちらの記事の場所でした。先ほど(2013年8月23日17時40分)、NHKでこの場所が出て来たので再掲載いたしました。
これは九州の国東半島(くにさきはんとう)にある熊野磨崖仏です。この日は泊まっていた湯布院から夕方のフライトで大分空港から帰るスケジュールでした。特に行く場所は決めていなかったので、湯布院の町を散策したあと大分空港に近いこの熊野磨崖仏に行くことにしました。このあたりは、いろんな場所に石仏があることは有名です。もっとも有名なのが大分からさらに南の4群60余体ある臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)ですが、一度行ったことがあり、空港から遠いので、初めての熊野磨崖仏(くまのまがいぶつ)にしました。熊野磨崖仏は国の重要文化財(1964年5月26日指定)及び史跡(1955年2月15日指定)に指定されています。

熊野磨崖仏は、大分県豊後高田市にある平安時代()794年~1192年)の後期の磨崖仏だそうです。伝説では719年に造られた言われていますが、「六郷山諸勤行等注進目録」や「華項要略」の記録の中で1228年に存在が出てくるので平安後期あるいは藤原末期と推定されています。掲載している航空写真のような辺鄙な場所にある磨崖仏で駐車場のある胎蔵寺まで急坂を上ります。胎蔵寺に上がってくる車道もすれ違いが出来ない細い道でした。
地図内のアイコンを数回クリックすると、この位置が判ってくると思います。

胎蔵寺からの山道への入口です。拝観料200円を払い、杖を借りて登ります。このような参道が210m続いたところに鳥居があり、そこから急な石段が87m続きます。
クリックすると拡大

拝観料を支払うところで九十九段の石段があると言われました。実は九十九段の石段には、言い伝え(伝説)がありました。鳥居の横には福岡県俳句協会会長の岸原清行さんの俳句「磨崖仏 千年が過ぎ 蝶が過ぐ」の碑が立てられていました。別府出身の内藤凡柳の川柳「信心を 石段で見る 磨崖佛」の碑もありました。
ちなみに同じ5・7・5の川柳と俳句の違いは→こちら
クリックすると拡大

下の写真は鳥居をくぐって乱積の石段を半分くらいの登ったところで撮りました。頂上に神殿が見えると思います。その神殿のある場所まで登る乱積の石段「熊野権現の道」は鬼が一晩で築いたと言われているのです。いただいたパンフレットに書かれていた、伝説は下記の通りです。
紀州熊野から田染に、お移りになった権現さまは霊験あらたかで、近郷の人々はお参りするようになってからは家は栄え、健康になりよく肥えていた。その時、何処からか一匹の鬼がやってきて住みつきました。鬼はこのよく肥えた人間の肉が食べたくてしかたないが権現さまが怖くてできなかった。
然しどうしても食べたくなってある日、権現さまにお願いしたら、「日が暮れてから翌朝鶏が鳴くまでの間に下の鳥居から神殿の前まで百段の石段を造れ、そうしたらお前の願いを許してやる。然しできなかったらお前を食い殺すぞ」 と云われた。権現さまは一夜で築くことはできまいと思って無理難題を申しつけたのですが鬼は人間が食べたい一心で西叡山に夕日が落ちるて暗くなると山から石探して運び石段を築きはじめました。
真夜中頃になると神殿の近くで鬼が石を運んで築く音が聞こえるので権現さまは不審に思い神殿の扉を開いて石段を数えてみるともう九十九段を築いて、下の方から鬼が最後の百段目の石をかついで登って来る。権現さまはこれは大変と、かわいい里の人間が食われてしまう、何とかしなければと、お考えになり声高らかに、コケコウーロと鶏の声をまねられたら、これを聞いた鬼はおわてて「夜明けの鶏が鳴いた、もう夜明けか、わしはこのままでは権現さまに食われてしまう、逃げよう」と最後の石をかついだまま夢中で山の中を走り、一里半(6キロ)ほど走ってやっと平地に出ましたが、息がきれて苦しいので、かついだ石を放ったら石が立ったまま倒れないので、そこを立石(速見郡山香町)と呼ぶようになった。
鬼はそのまま倒れて息絶えた。これを聞いた里人たちは、これで安心して日暮らが出来る。これも権現さまのおかげと、岩に彫んだ大日さまのお加護であると朝夕感謝するようになった。
クリックすると拡大

上から見下ろした乱積の石段です。これを下りるには慎重にバランスをとりながら下りることになるので思った以上に筋肉が鍛えられるようで、翌日ふくらはぎが張っていました。
強制的に渡される杖も、さまになっていたし、役にたちました。
クリックすると拡大

左が冒頭の写真の不動明王像で右が大日如来像です。熊野磨崖仏は石仏は、この2体だけでした。
クリックすると拡大

向かって左に位置する不動明王像は高さ約8メートルの半身像で、比較的軟らかく加工しやすい岩壁に刻まれており風化が進行しているため、明王像ですが憤怒の相は現さず、口元に柔和な笑みを浮かべているよう見られています。左右両脇には高さ約3メートルの矜羯羅童子と制多迦童子像の脇童子の痕跡が認められます。
円形頭光の上方三面の種子曼茶羅(しゅじきんだら)が隠刻されており中央を理趣教曼茶羅、右方を胎蔵界曼茶羅、左方を金剛界曼茶羅と言われて修験道霊場であったそうです。
クリックすると拡大

右の小さいほうの大日如来像です。高さは約6.7メートルの半身像で、高さ約8メートルのくぼみ(龕(がん))の中に彫り出されている。羅髪等の造形的特徴から、不動明王像よりも制作年代が下ると推定されています。
クリックすると拡大

不動明王像と大日如来像の間に高さ1.5mの方形の龕が刻まれています。これは家津御子と速玉の二神像とみられています。


印が押された拝観券を記念に掲載いたします。

階段の一番上にある神殿です。熊野磨崖仏は99段(87m)の乱積の石段の途中(神殿から20m手前)にあります。


神殿の広場には磨崖仏はありませんでしたが、岩を削って祭られているところはありました。


途中の参道の横にはしっかりとした石積みの水路がありました。大雨の時に山が雨で削られないようにした工夫のように思えました。
クリックすると拡大

こちらが参道入口にあった今熊野山胎蔵寺(いまくまのさんたいぞうじ)です。石の不動明王が置かれていましたが、光っているように感じられませんか。護摩堂の前の小さな七福神と思われる石像もピカピカです。
クリックすると拡大

七福神や不動明王が光っている理由はこれでした。梵字のシールでした。お参りした人が張るのでしょうか。クリックすると拡大するので張られているシールがわかると思います。
クリックすると拡大



タグ:九州

8月20日は焼肉を堪能いたしました。 [肉]


2013年8月22日追伸 タイトル: 8月20日は焼肉を堪能いたしました。
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
今週の2013年8月20日に、よく行く焼肉屋さんに行ってきました。
今年の2月の最初に体重計に乗って驚きました。通常65~67kg程度であった体重が72kgにもなっていたのです。毎年、年末年始の食べすぎで68~70kg程度に上がるけれども、少し食事を節制すれば1~2ケ月で元に戻りますが、今回は特別でした。年末の12月は一日も欠かすことなく宴会だったのです。体重計に乗る前に嫌な予感がしていたのですが、やっぱり人生の新記録となってしまいました。久しぶりですが、食事の節制での体重の減量を始めました。その結果3ケ月程度でやっと元に戻りました。ちなみに私の身長は173cmなので理想の体重は65.7kg or 63.8kgで痩せすぎの領域になるのが59.1kg or 57.4kg以下だそうです。
  方式                    理想    0.9倍   出典 → ポチッ
  桂    (173-100) x 0.9    =65.7kg  59.1kg
  松谷  ((173-100) x 0.6+20)=63.8kg  57.4kg

せっかくなので、試しで、早朝5時に20分程度の運動を加えて、入社当時の体重60kgを目標に、さらに減量を続けてみることにしました。途中経過が下のグラフです。
食べる方は多少脂っこいものと炭水化物は控えて総量を減らすようにしています。ただし楽しみな夕食は食べたいものを食べるようにしています。
実は、そのことが減量を長期に続けられるコツだと思っているのです。だからスイーツも今まで通りです。さらに1週間に一回程度は大好きな肉を食べることも減量を長期に続けられる大切なポイントだと思っているのです。ということで前置きが長くなりましたが8月20日は焼肉を食べに行きました。グラフはクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

これは冒頭の写真と同じ肉の写真ですが、上カルビ3人前です。上カルビと言っても普通のお店だと特上カルビクラスです。こちらのお店が気に入ったのが、肉がおいしいからです。
クリックすると拡大

肉の良さを感じてもらうために拡大写真を掲載いたしました。もちろん上の写真をクリックすると拡大しますがクリックするのが面倒な方もおられると思い掲載いたしました。


実は焼肉を食べにくる日は8月20日にこだわっていたのです。前回に掲載したとおり、こちらのお店は毎月20日は20%引きだったのです。
今までは単品を頼んでいましたが、今回はお得なコースを頼んでみました。頼んだのは上カルビコース(6000円)です。


これが上カルビです。
クリックすると拡大

コースには上カルビ以外にタン塩と豚トロとトリ焼とハツが入っていました。
クリックすると拡大

こちらは追加で頼んだ野菜です。これ以外にサンチュも追加してカルビを巻いて食べました。これだけ食べて2人で五千円台で食べることが出来ました。20%引きのおかげでした。20%引きの日は2時間以内との制限がありますが、ゆっくりと楽しませていただきました。
クリックすると拡大

お店の場所を紹介いたします。マークがお店の場所です。
  店名 味道園
  住所 千葉県佐倉市上志津1637-1
  最寄 京成電鉄本線 志津駅 400m
  電話 043-487-9127
  営業 午後5時~午前1時 定休日:毎週水曜日
       夜だけの営業ですのでご注意ください。



2010年10月23日掲載 タイトル: 毎月20日は20%引き
クリックすると拡大
また、「骨付きカルビ」のタイトルで紹介した味道園に来てしまいました。前回、初めて来たときに知ったのですが、実は毎月20日の日は20%引きになるので、さっそく20日に食べに来ました。ただし毎月30日は30%引きになるということはありません。20日が定休日の水曜日と重なった場合は営業するそうです。

これはコースの一つです。特上カルビ、上カルビ、ロース、タン塩、豚トロがセットです。こちらは、コースがお得ですが、今日も結局単品で頼んでしまいました。
単品のメニューは→ポチッ


特上カルビを頼んでみました。特上カルビは2200円でした。20%引きだと1760円です。やっぱり安く感じました。
クリックすると拡大

こちらが特上カルビの拡大写真です。クリックするとさらに拡大します。
クリックすると拡大

                            
さらに特選リブロースも頼みました。20%引きだと思うと、つい財布の紐が緩みます。こちらは1800円なので20%引だと1440円です。
クリックすると拡大

 
普通のカルビも頼みました。私は、これで十分だし900円でお得です。20%引きの720円だと思うと、さらに追加して2皿頼んでしまいました。
クリックすると拡大

                            
最後は冷麺をいただきました。薄めのアッサリしたスープがすべて飲めてしまうのが韓国風冷麺の特徴ですね。もちろん冷麺も20%引きでした。
クリックすると拡大

骨付きカルビ [肉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
先日、肉の記事が続きました。この際、肉シリーズの記事を追加させていただきます。
ここも口コミのお店です。
元々、この日は御寿司を食べに行く予定でした。ところが道が渋滞していて丁度焼肉屋さんの前で止まりました。その焼肉屋さんは、焼き肉店を食べ歩いている人から薦められたお店でした。それに少ない駐車場も偶然空いていたこともあり躊躇なくその焼き肉屋さんに入りました。実は前々から食べに行きたいと思っていたのです。

こちらのお肉は全て国産の黒毛和牛だそうで安くて美味しいとの評判でした。メニューを見て、骨付きカルビを頼みました。ここはコースが沢山ありました。特上カルビが入った高級なコースから気楽に食べれるコースまで揃っているので、単品よりもコースの方がお得な気がしましたが、骨付きカルビが沢山入ったコースがなかったため単品で頼むことにしました。


骨付きカルビです。韓国では珍重されるようです。骨付きであることは間違いなくカルビの部分であることを証明しているようなものです。韓国的な雰囲気を楽めるような気がしたのも骨付きカルビにした理由です。
私自身は韓国で何度か食べたましたが、家族は骨付きカルビをまだ食べたことがなかったので紹介のために頼みました。
ハサミが付いてくるのは肉が大きく広げられた形で出てくるので食べやすい大きさに切るためです。
クリックすると拡大

                            
家族で焼き肉を外食するのは10年ぶりくらいです。良い肉さえ手に入れれば、家でビールを飲みながらゆっくり焼き肉を楽しめるので外での焼き肉は少なかったのだと思います。その意味で手に入りにくい骨付きカルビを食べるのは値打ちがある気がします。


                            
サンチュも注文して肉を包んで食べました。韓国だと肉以外は全て無料なのでキムチもナムルもサンチュも無料です。ただし韓国ではサンチュではなくてゴマの葉(シソに似た葉っぱ)が多かったです。


ナムルも注文しました。これも本格的でした。


                            
肉類ではあと2種類頼みました。一つが上ミノです。切れ目が入れてありました。ミノのいいものも、家ではなかなか手に入らないのでいいですね。
クリックすると拡大

                            
もう一つがロースです。これで十分にお腹いっぱいになりました。早く来たのですぐに座れましたが、帰るころには待っている人が沢山いました。
クリックすると拡大

                            
推薦されていたことだけのことはありました。安くて美味しい焼肉屋さんでした。お店を紹介いたします。
  店名 味道園
  住所 千葉県佐倉市上志津1637-1
  最寄  http://goo.gl/maps/VjlQG
  電話 043-487-9127
  営業 午後5時~午前1時 定休日:毎週水曜日
         夜だけの営業ですのでご注意ください。
タグ: 焼肉 佐倉

クワガタ [動物]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

クリックすると拡大
家族がバスルームにカミキリムシのような虫がいると騒いでいました。行ってみるとクワガタでした。家のあたりの雑木林ではカブトムシを見かけることはありました。クワガタも探し続けていたのですが見つけることが出来ませんでした。その滅多に見れないクワガタが家に入ってきたのです。

写真を何枚かとって庭の木に放してやると、上に登るのではなく下に向かって歩いて草むらに逃げていきました。クワガタも家の近くの雑木林に住んでいるのに感激してしまいました。頭には泥が付いており、羽はきれいなエンジ色で頭などに比べると光沢があるので羽化したばかりかもしれません。
種類はノコギリクワガタのようです。ノコギリクワガタ(鋸鍬形、学名:Prosopocoilus inclinatus)は、コウチュウ目・クワガタムシ科・ノコギリクワガタ属の1種で、5亜種に分類されています。日本国内に広く生息している代表的なクワガタムシです。 鋸のように歯が数多く並んでいることから名付けられました。また、学名のinclinatus(インクリナトゥス)とは「傾斜の」という意味であり、大アゴの形に由来している。 比較的個体数も多く、人々によく親しまれている種です。体長はオスが26~74.5mmでメスが19.5~41mmと書かれていました。今回のクワガタは撮った写真で計ってみると足を入れないで60~65mmで足まで入れると75mm前後になります。ネットに書かれている体長は足を入れるのかどうか判りませんが、どちらにしても大きい方のノコギリクワガタのようです。最初に見た瞬間、ドキッとするサイズでした。
クワガタの体長の定義をネットで調べて、判りました。足や大顎を入れない長さだそうです。今回の場合の足や大顎を入れない体長は50mm程度で中くらいになるようです。ちなみに大顎を入れた長さは全長と呼ぶそうです。
クリックすると拡大

どのような場所なのか気になる方もおられると思うので航空写真を添付いたします。住宅地の間や周りに雑木林がありますが、そこにカブトムシやクワガタが生息しているようです。①と②の場所の景観を下に紹介します。
クリックすると拡大

こちらが①です。7月19日のワンコの散歩のときに5時40分に撮った写真ですが、家から5分歩くとこのような場所に行くことが出来ます。丁度、このときに前から3人の子供たちとすれ違いました。おそらくカブトムシやクワガタを採りに行った帰りだと思います。実は、この先にカブトムシが集まることが、子供たちの間で知られている木があるのです。私も昔、子供と一緒に行ったことがある場所です。


こちらは②で家から10分程度の場所です。こちらも7月19日5時46分の写真です。稲が元気に育っています。秋になると案山子(カカシ)が並ぶ場所です。この雑木林の近くを朝早くワンコの散歩していると、木から落ちたカブトムシをよく見つけます。家族に見せてやりたくて、ワンコの散歩用の袋に入れて、よく持ち帰りましたが、恐ろしく力強く元気で、自然のカブトムシの力に驚かされたものです。持ち帰って数日は飼う事もありましたが、結局は逃がしてやるので、最近はカブトムシを見つけても持ち帰ることはありません。



フランスの避暑地 アヌシー湖 [アヌシー]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
 alt=
アヌシー(Annecy)はスイスの国境近くにあるフランスの避暑地 ここにリヨンから日帰りで行ってきました。

沢山の人が訪れていました。今が一番いい季節のような気がします。ラ・トゥルネット山リヨンから電車で2時間20分の場所です。片道20.5ユーロ(約2600円)です。アヌシーはアヌシー湖のほとりにあり、色々の見所がありますがここでは湖を紹介します。遠くに雪の残った景色はアルプスの雰囲気があります。雪が残った山は標高2351mのラ・トゥルネット(La Tournette)です。
右上のラ・トゥルネット山の写真をクリックするとWikimediaから拝借した東側(アヌシー湖の反対側)から見た冬のラ・トゥルネットを表示します。
 alt=

アヌシーは日本であまり知られていないと思います。
旺文社の旅行誌「新個人旅行フランス」でのアヌシーの紹介は小さく片隅に
ヨーロッパの中で最も透明度が高いといわれるアヌシー湖のほとりにある町で、遊覧船で美しい風景を楽しむ観光客で一年中賑わっている。町の中心はティウー運河が東に向かった、牧歌的な街並みが残る旧市街。サン・ピエール大聖堂やパレ・ド・リル(島の宮殿)、歴史博物館など見所がいっぱいだ。その先には、風光明媚なアヌシー湖が控えている。また、博物館を兼ねたアヌシー城からは、青々とした湖にレンガ色の屋根が生える旧市街が一望できる。
だけ!!!!
その旅行誌の「アヌシー湖はヨーロッパの中で最も透明度の高い湖」に引かれて行きました。小さくしか取り上げられていませんでしたが、行った甲斐がありました。水着の女性のしぐさからわかるように、水に入るにはちょっと冷たそうでした。


確かに水はきれいで湖底が透き通って見えます。


訪問者の主体はヨーロッパの人で沢山の人が訪れていました。ヨットも沢山ありました。
クリックすると拡大

自転車持参の人や


ワンちゃんを連れた人が沢山いました。
クリックすると記事を表示

湖の回りを少し歩いてみました。
 alt=

歩き疲れたのでリゾートホテルで休憩することにしました。ビールを飲みながらの眺めです。
 alt=
                           
そのリゾートホテルです。ここでゆっくりビールを飲みながら休憩 泊まってみたかったです。
 alt=

湖側から見たホテルとプールからの景色も紹介いたします。
 alt= alt=

湖の写真をさらに紹介いたします。街から離れると湖畔には道路がないので遠くからの眺めですが山と湖がきれいでした。
 alt=

街の近くの湖畔からの景色です。
 alt=
                          
リヨンからの電車です。リヨンからそんなに距離はないのに登り坂に掛かると線路のカーブが多いのでスピード出せないのか、時間は掛かります。リヨンを出たときはすごいスピードでしたが途中からゆっくりになる上、最後は単線でした。 車窓からの景色も今までとは少し違って山が多かったですね。


アヌシー湖を衛星写真で紹介いたします。場所はマイナスボタンをクリックすると地図が広範囲に表示されるため判ると思います。

これでアヌシー最後の投稿とします。このあとリヨンに戻りました。
アヌシーありがとうございました。今までのアヌシーの記事です。タイトルをクリックすると記事を表示します。
   アヌシーのワンちゃん
   教会と自転車野郎
   運河のある街並み
   アヌシー城
   昼食はクレープ
   アヌシーの旧市街
   湖フランスの避暑地 アヌシー湖
黄色のマークがアヌシーの場所です。スイス国境に近いアヌシー湖の湖畔にある街で、運河や旧市街が魅力的なところでした。アルプスの山々が見える場所でした。緑色マークがリヨン(Lyon)の場所で、空色マークがマルセイユ(Marseille)です。

より大きな地図で アヌシー を表示
緑色ラインがリヨン(Lyon)からの鉄道のルートです。距離は153㎞です。

より大きな地図で リヨン→アヌシー を表示

タヒチのビール [ビール]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
Hinano Beerこれがタヒチ(TAHITI)のビールです。「タヒチと言えばヒナノビール」のキャッチフレーズがあるほど現地では有名だそうです。ビールの名前になっているヒナノ(HINANO)はタヒチの女性の典型的な名前で、日本で言えば「花子」のようなものだそうです。女性の名前のビールだけあってラベルにもタヒチの女性が描かれていました。赤いパレオを巻いた長い髪の女の子「ヒナノ」がトレードマークなのです。
このヒナノビールは息子の新婚旅行のお土産でした。
結婚式はすでに紹介したとおり2013年5月25日でしたが、アウトドアのスポーツの好きな二人が選んだのがタヒチで、少し時間をおいての新婚旅行でした。昨日2013年8月19日にビールが届き、さっそく2本飲んでみました。
    結婚式の記事はこちらです。 → ポチッ

タヒチはフランス領ポリネシア(仏領ポリネシア)に属するソシエテ諸島にある島で面積は1,048 km²の人口約17万人のリゾート地として知られている島です。冒険家ヘイエルダールの逸話や、画家ゴーギャンが晩年移り住んだ島としても有名で、かつてオタハイト島(Otaheite)とも呼ばれていました。下記の地図の黄色のマークがタヒチ島です。参考にハワイの位置に緑色のマークを付けました。

より大きな地図で タヒチ を表示
航空写真でタヒチ島の形を紹介いたします。ひょうたん型をしたのがタヒチ島です。
火山性の山で出来た島で、最高峰は標高2,241 mのオロへナ山です。高い山があることから緑が豊かなしまと想像されます。島の周囲はサンゴ礁が取り巻き、火山性特有の黒い砂浜が多いのが特徴だそうです。タヒチ島の左隣(西側)の小さな島がモーレア島で、距離は18kmで高速船で30分、飛行機で7分だそうです。


フリー百科事典Wikipediaから拝借したタヒチの地図も掲載いたします。クリックすると文字が読める大きさの画像が表示されます。ほとんどがポリネシア系の住民で、白人が12%や華人が5%です。仏領ポリネシアの住民のうち75%がタヒチ島で生活しているそうです。
クリックすると拡大

さっそく頂きました。ドライで苦味のあるビールでした。この日はビールがメインなのでビールに合いそうな料理にいたしました。量は330mlであったことから2人で2本をいただきました。


この日の料理の主役はカツオのタタキでした。実は翌日2013年8月20日(今日)は前々から焼肉を食べに行くことにしているので、この日はあっさりとした料理にいたしました。
クリックすると拡大

カツオのタタキはおろしニンニクでいただきました。
クリックすると拡大

冷奴もいただきました。


薄揚げを焼いておろし生姜と鰹節を、ふりかけた我が家のビールのつまみの定番も用意いたしました。醤油を少し垂らして食べます。これまたビールに合うのです。
クリックすると拡大

超ミニトマトです。前日に直売店で買ってきました。甘さと酸っぱさが濃い美味しい味で、この3倍の量で100円と超お得なトマトでした。


これは西洋人がタヒチに関与し始めたころの絵です。
   1767年               1842年
クリックすると拡大クリックすると拡大

瓶から剥がしたヒナノビールのラベルの写真を追加掲載いたします。写真はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大

アヌシー城 [アヌシー]

IMGP7755-50.jpg
IMGP7797-960.jpg
小高い丘の上にアヌシー城があります。お城も紹介いたします。湖、運河、教会、旧市街そしてお城ときれいなところが沢山ありました。すでにアヌシー湖ワンチャンおよび運河を紹介したので多くは語りません。

お城だと言われないとわからないかもしれません。右の方の少し高いところに建っているのがお城です。
IMGP7756-960.jpg

別の角度からのお城です。大きな城ではないけれど街の中に溶け込んでいます。
IMGP7756-960.jpg

城の入口です。大きくないと上で書きましたが、近くで見ると結構大きかったです。入口の名前はペリエ門だそうです。


入口の前は広場になっており少し離れて入口を撮りました。


入口から中庭を見たところです。お城の起源は古く8世紀には、既にその場所に城塞があったと言うことが知られています。現在の形の城はジュネーヴ家が来てここに住居をかまえるために13世紀(1219年10月10日)に最初に建設されたのとされています。しかし1340年4月27日の火災によって建物は全て破壊されましたがアマデウス3世によって以前と同じ建物に作り直されて今に至ったそうです。現在は歴史、自然、建築、芸術などを幅広く扱う博物館として一般公開されているそうです。


城への坂道は高級住宅地になっています。城自体が高級住宅ですから!
旧市街から登っていきます。


急な坂道です。


お城に近い坂道で城側から旧市街の屋根が見えます。


アヌシー城の航空写真です。航空写真上のアイコンマイナスを数回クリックすると広範囲が見えてくるので周辺の雰囲気が判ってくると思います。




猪苗代の高原の花たち [猪苗代]


クリックする地拡大
クリックすると拡大福島県猪苗代湖の近くの右の写真の鷲倉温泉に泊まった翌朝に近くを散策した撮った写真を紹介いたします。鷲倉温泉の標高は1230mで、写真を撮ったのは2013年7月23日でした。最も目立った存在だったのが上の写真の花です。紫陽花の種類ですが自然の林の中であることから園芸種ではなく野生のアジサイと思われます。葉も細長く園芸種の紫陽花らしくありませんでした。種類の特定は難しいけれどもヤマアジサイの可能性が高いと思われます。

小さな花の部分を拡大いたしました。クリックするとさらに拡大します。
クリックする地拡大

クリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載いたします。開く前の花や開いている花の両方を見ることが出来ます。


クリックする地拡大花の周囲にある装飾花の方も下に紹介いたします。アジサイはアジサイ科アジサイ属ですが昔の新エングラー体系ではユキノシタ科でした。クロンキスト体系ではスグリ科とともに別科となった上に分子系統学的にはユキノシタ科と縁遠いことも明らかになりました。
草陰にひっそりと咲くヤマアジサイの鮮やかさには驚かされました。草陰のヤマアジサイを右に紹介します。是非とクリックしてみてください。


こちらもアジサイの種類と思われますがアジサイとは思えない大きな木でした。木の大きさから見てノリウツギのような気がしますが自信はありません。
クリックする地拡大

花の部分を拡大いたしました。日本の野生のアジサイの種類としては、べにがく、やまあじさい、ほそばこがく、こあまちゃ、がくうつぎ、こあじさい、たまあじさい、やはずあじさい、のりうつぎ、つるてまり、いわがらみ、くさあじさい、きんばそう、などがあります。
クリックする地拡大

これも上の白い花に近い系統のアジサイの種類と思われます。上の花よりもガクのある花は少ないけれどガク先の花が確認できます。
クリックする地拡大

同じ場所にあった花たちを紹介いたします。ピンク色の花です。
クリックする地拡大

小さな花が並んだ植物でした。こちらはユキノシタ科だと思われます。特定はできませんがアカショウマに近い種類だと思います。
クリックする地拡大

葉に特徴のある花でした。こちらもユキノシタ科でヤグルマソウではないかと思います。
クリックする地拡大

下の写真のような蝶も見かけました。羽の表側が撮れなかったのですが、一瞬見た羽の表はきれいな色の文様でした。
クリックすると拡大蝶の名前がアサギマダラであることをgigipapaさんからコメントで教えていただきました。右の写真はネットから拝借いたしました。この蝶は幼虫の時に毒性の強いアルカロイドを含むガガイモ科植物を食べることでアルカロイドを体に取りこむことで毒化して敵から身を守っているそうです。鮮やかな体色は毒を持っていることを敵に知らせる警戒色と考えられているそうです。 
クリックする地拡大

緑のマークが今回紹介した花が咲いていた鷲倉温泉の場所です。
航空写真の中の左下の湖が猪苗代湖です。
黄色のマークがゴルフをしたボナリ高原ゴルフクラブ空色のマークが昼食に蕎麦を食べた蕎麦物語 遊山です。赤いマークが会津戦争(戊辰戦争)の戦いのあった母成峠(ボナリ峠)です。

より大きな地図で 鷲倉温泉 を表示