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男明神と女明神 [思いで]


写真を追加したので再掲載いたします。
学生時代の白川郷の写真を紹介したのを機会に、もっと昔の写真を紹介いたします。幼稚園(3歳)から小学校4年生(10歳)まで広島市の井口という場所に住んでいました。その時の住所は広島市井口町で今の住所は広島市西区井口です。私が住む以前の地名は佐伯郡井口村でした。1956年11月1日に広島市に編入されて広島市井口町となったそうです。「井口」は戦国時代以来の古い地名で、当時は広島湾に突き出す半島であった鈴ヶ峰が「猪の口」の形に似ていたことに由来するという説と、隣接する古江の入り口すなわち「江の口」が転じたという説があるそうです。

防波堤が先端まで写っている写真を、実家のアルバムで見つけたので追加させてもらいました。私の生まれた家の写真や祖母と祖父の写真も見つけたので、後ろの方に追加させてもらいました。
その井口では昔は海岸に面しており、私が住んでいた家も海に面していました。上の写真も下の写真は住んでいた家の庭から撮った景色で真中の島のように見えるのが小己斐明神(こごいみょうじん)で別名で男明神(島)です。昔は女明神(島)という小山もあり夫婦島として有名でした。


今は、この海は埋め立てられて海岸線は遙かかなたですが、赤い線(━━)が私が住んでいたころの海岸線です。通っていた広島市立井口小学校と聖モニカ幼稚園などの近所の場所も記載いたしました。
私の住んでいたころには男明神の横は漁港でした。上の写真でも小舟が沢山停泊しているのがわかってもらえると思います。
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Google地図に直接マークを入れました。赤色マークが住んでいた家があった場所で、緑色マークが男明神や女明神や庭の小山のあった場所です。赤色ライン(━━)が昔の海岸線で青色ライン(━━)が防波堤のあった場所です。マークやラインをクリックすると説明文が表示されます。

左が男明神で左が女明神と思われた小山の写真です。実は女明神と思われる小山が家の庭にありました。庭と言っても国道と庭との間にありました。この山の上に登ったり、くりぬいて作られた防空壕に入ったりして遊んだ記憶があります。


女明神の明確な写真がなかったのでネットで探して拝借して掲載いたしました。この写真の角度はよくわからないのですが、2つの明神の接近ぐあいから見て、庭にあった小山は女明神ではないかもしれません。さらに調べると女明神は1933年に姿を消したそうなので庭にあった小山は女明神ではないことがはっきりしました。


もう一枚、1924年の写真を拝借いて紹介いたします。右が男明神で真中が女明神です。左の線路の向こうに見えるのが庭の中にあった小山だと思います。上の写真は東から撮られたもので、この写真は西の方角から撮られたものようです。それにしてもずいぶんと海岸に近いところを線路が走っていたものです。


こちらの写真も家の庭から撮った男明神です。近所の子供たちが、このコンクリートの壁の上から海に飛び込んでいました。実は冒頭の写真を見てもらうとわかるようにこの壁から海までは高いだけでなく距離もありました。


コンクリートの壁がどのくらいの高さであったか知ってもらうために、この写真をを掲載いたしました。コンクリートの壁の下には人が通れる段がありました。この上から海に飛び込むのは勇気が必要だったと思います。この右の壁の上に我々の住んでいる家が建っていました。
この段の部分ではよく親父が夜釣りをしていました。チヌ(黒だい)が目的で潮が引いた時に餌のゴカイを一緒に採りました。アサリもよく採れたので、お袋とはアサリ採りでした。そんな思い出の場所でした。
我々(姉と私)のバックに男明神が写っているのがわかってもらえると思います。男明神と一緒に撮った我々にとっては、たった一枚の貴重な写真でもあります。

瀬戸内海の島々もきれいに見えました。近所の同級生の写真ですが、庭から海の方を撮った写真はこの一枚だけだったので使わさせてもらいました。右の方の綺麗な稜線の山は安芸小富士です。


こちらが住んでいたです。幼稚園から小学校4年までの短い7.2年間でしたが海の近くの生活を体験できました。この後、神戸市東灘区の岡本に引越しました。小学校は神戸市立本山第一小学校です。突然に生徒数が6倍の学校に変わるなど田舎から突然に都会に出てきて戸惑うことが多かったです。電車が空中を走る(高架)は絵本の中の世界だけのだったが現実になったのが印象的でした。現在は、この場所にマンション「ヴェルディ井口明神公園」が建っています。現在の住所は広島市西区井口明神2丁目です。


このころから写真を撮っていたようです。家の感じがわかりやすいと思うので紹介いたしました。


庭は結構、広かったです。


聖モニカ幼稚園で山口県の錦帯橋に遠足に行ったときの記念写真です。
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聖モニカ幼稚園での学芸会の風景です。真中が私ですがなぜか男の子は私一人です。


下の写真が小学校の入学式の記念写真です。黄色い丸の部分が私です。この写真に写った先生が小学校の先生全員です。一学年一クラスだったのです。
右の写真は入学式の日に家の門の前で撮った記念写真です。
数少ない家が写った写真ですが家の塀は板塀でした。小学校ま低学年の記憶は断片的なものになってしまっていますが写真を見ると小学校の頃のことを思い出します。
4年生の夏に神戸に転校したわけですが、担任の先生から2冊の本を餞別にいただきましたことは鮮明に記憶に残っています。右端に座っている若い先生が担任の先生でした。


懐かしく思い最近、引越ししてから初めて井口に行きました。そのときに小学校にも寄りました。写真の大きな桜の木が上の写真の花が咲いている桜の木だと思います。長い間に大きくなったようです。新しいシーソーも昔のシーソーと同じ場所か近い場所にありました。


男明神の昔の写真と最近訪問した時の写真を比べてみます。松の形は変わってしまったようです。


現在の男明神の大きな写真も掲載いたします。


男明神の裏側からの写真です。昔は海でしたが男明神の周りは池として残されていました。白い建物のあたりが私が住んでいた家が建っていたあたりです。鳥居は昔もありました。


クリックすると拡大こちらが昔の鳥居です。どうやら朱色ではなく白木のようです。右の写真が私と姉の記念写真です。下の写真の野球帽の男の子は私の同級生でした。
平安時代の終わりごろ、平清盛が厳島神社や鳥居を新築した際に鈴ケ峰から木を切り出して、井口で製材し、刻印をうち、いかだに組んで厳島に向けて送り出した由緒あるところで「刻印の明神」と名付けて祀ったそうです。18世紀末、新開地造成の時、己斐・旭山神社の分身がその守護神としてここに合わせまつられ、小己斐明神と呼ばれるようになったそうです。子授けの神としても敬われ、子乞(ご)い明神ともいわれてきたそうです。この写真は私が4年生なので神戸に引越しが決まったので小己斐明神(男明神)で記念撮影をしたのだと思います。


海が近かったので海水浴にもよく行きました。


ちょっとした悪ガキでもありました。裏山の鈴ケ峰のハイキングは近所の人たちとよく行きました。後ろの真ん中は姉で両サイドが近所のお友達です。


ブログのアイコンに使っている写真はこの頃の写真です。
写真のピントが姉の方に合っていることから、おそらく写真を撮る瞬間に私が前に乗り出したのだと思います。これも今となってはいい思い出になります。撮ってくれた親父に感謝です。


私が1歳のときの写真です。私は9ケ月で歩いたそうです。私は2歳の時に兵庫県西宮市夙川から広島市平野町に引越してきたので、こちらは夙川に住んでいたころの写真だと思います。左の建物は野球場だと思いますが場所は思い出されませんが1歳から2歳までは兵庫県西宮市夙川に住んでいたのでネットで画像を探した結果、2004年に取り壊された阪急西宮球場の可能性が高いです。実家に帰った時にでも確認してみます。阪急西宮球場は阪神甲子園球場に対抗して1937年に完成した大きな球場で完成当時で57000人収容の日本屈指の球場だったとそうです。もし阪急西宮球場だとしたら昔の貴重な写真になるかもしれません。そして右手に見える山は六甲山ということになります。


お揃いの服です。これは手作りかな。上の写真よりも少し大きくなりましたが年齢からみて、これも夙川時代だと思います。この後に広島に引越したのでした。


こちらは会社のクラブハウス(宝塚)で撮った家族の記念写真です。1月生まれなので私は6~7ケ月目ぐらいだと思います。これ以降の写真も今回追加したものです。

こちらが山口県熊毛群周防久保にあった父方の祖母と祖父の家です。子供のころはよく行いった思い出の家です。写っているのは祖父です。


こちらが祖父と祖母です。今は亡くなっていませんが私の大切な写真なので掲載させてもらいました。


こちらが母方の祖母と祖父です。右端が祖母で左の2人が母の妹でその右側が祖父です。それ以外は私と姉と母と父です。母の兄弟にはここに写っている以外に弟が2人います。この写真は山口県岩国市にある母方の実家の家です。今は母の弟である長男(私の叔父さん)が住んでいます。

今年も土筆を採ってきました。 [植物]

が表示された写真はクリックすると拡大します。

2013年3月30日追加 タイトル : 今年も土筆を採ってきました。
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印旛沼の近くの土手で沢山の土筆(つくし)が生えるので、今年も採りに行きました。いつもよりも早く採りに来たつもりでしたが、今年は暖かいせいか胞子は飛んだ状態でした。実は私は胞子が詰まって頭が重たい状態よりも軽くなっている方が好きなのです。私の望む状態でした。

こちらが採ってきてハカマの部分を取り除いて土筆です。この状態で810gありました。おそらくハカマなどを取り除く前は1kgを超えていたと思います。今回は天婦羅と佃煮を作ることにしました。
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こちらが天婦羅です。810gの内100gを使いました。
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残りの710gを佃煮にいたしました。


佃煮を少しだけで写真を撮りました。
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2010年4月11日掲載 タイトル : つくし採り
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この日は土筆(つくし)採りを兼ねてワンコの散歩は遠くまで行くことにしました。しかし、ほとんどの土筆はすでに胞子を飛ばした後でしたが、これから飛ばす土筆も残っていたので写真を撮りました。

土筆の時期としては遅いのであまり期待しないで行きましたが、沢山土筆がが出ているところを見つけました。
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川の土手です。散歩には気持ち良い場所です。沢山採取したけれどまだまだ残っていました。
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散歩のついでなので時間は僅かでしたが意外と沢山とれました。


採ってくるよりも、家に帰ってからの処理が大変なのが土筆です。袴(ハカマ)を丁寧にとる必要があります。とったハカマの残骸です。土筆 (ツクシ)を採りに行ったのはおそらく5年ぶりぐらいです。久しぶりの土筆料理を楽しみに指先を真黒にしながらハカマをとりました。


ハカマを取り除いたツクシです。
胞子が飛んで先が柔らかいものがほとんどでしたが、意外とこれが料理に合うことがわかりました。今までは胞子が固く詰まったツクシを採る機会がほとんどでしたが硬い頭(胞子穂)と軸の部分の食感があまりにも違いすぎていましたが、両方共に柔らかいので、いろんな料理になじむことがわかりました。
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定番の卵とじです。


くせがないのでおひたしもおいしかったです。
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今回は新物の竹の子があったので竹の子のお吸い物にも入れました。まだあるので佃煮も作って見ます。
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つくしの佃煮を作りました。
醤油50gとみりん60gを沸騰させた中に、前日に料理のためにさっと茹でおいた土筆100gを入れて弱火で煮詰まるまで炊きました。とうがらしも入れてみました。


完成した佃煮です。濃い味の佃煮が出来ました。甘辛くて何杯もごはんが食べれそうです。


さっそく、昨日の竹の子の炊き込みごはんを暖めて昼食にいたしました。
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夕食では炊き立ての白いごはんで食べました。これはすばらしかったです。春の香りの佃煮でした。
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夕食のおかずは天婦羅にしました。ツクシと竹の子の天婦羅も作りました。これがツクシの天婦羅です。これは、我家ではじめてのメニューでしたが大好評でした。
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トンニャット公園のバトミントン [ハノイ]



ベトナムの首都ハノイで泊まっていたホテルの前に緑豊かな公園がありました。名前はトンニャット公園と言います。統一公園という意味だそうです。
前日の夕食は食べすぎた感があったので朝の7時から公園の中を散歩することにしました。
この日は土曜日ということもあるのか公園には沢山の人が訪れていました。そして皆さん、いろんな運動をされていましたが、最も目を引いたのがバトミントンでした。沢山のバトミントンのコートの線が書かれていました。上の写真と右の動画は同じ場所を撮ったものです。

こちらにも4つコートがありました。 どのように場所取りをするのでしょうね。早朝から場所取り合戦があるのでしょうか。


このように公園のいたるところにコートがあり、沢山の人がバトミントンを朝早くから楽しんでいました。


公園の外でもバトミントンが行われていました。トンニャット公園の正門前で撮りました。


トンニャット公園の航空写真ですが、緑豊かな公園で大きな木で直射日光をさえぎってくれるので暑い季節は絶好の場所なのでしょうね。公園の南側には大きな池がありました。左上の丸い建物はサーカス小屋だそうです。



桜の季節の6種類の景観 佐倉城址 [千葉]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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千葉県佐倉市の佐倉藩の城であった佐倉城は今は城はなく佐倉城址公園になったいますが、空堀や土塁など昔の城の面影があります。佐倉市のなかの桜の名所をネットで検索すると一番に出てくるのが、その佐倉城址公園です。佐倉城址公園には何度も来たことがありますが、桜の季節に来たのは初めてでした。佐倉城址公園の桜は古木が多くありいろんな姿を見せてくるのというのが私の印象です。分類すると次の通りで、順番に紹介いたします。どの景色がいいですか。
  本丸跡        いろんな桜が咲いていました。 
  三の丸跡       天空に広がるソメイヨシノの古木  
  三の丸御殿跡     ソメイヨシノの下は楽しい場所 
  大手門跡あたり    280mの桜のトンネル
  出丸跡         静かな空間
  城南堤(土塁)     600mの花の城壁
  その他の景観を紹介します。

航空写真に各場所のマークを入れました。緑色空色黄色青色のマークと橙色赤色のラインです。それぞれの色は上の①~⑥の部分の色に相当します。画像をクリックするとGoogle地図でも表示します。
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より大きな地図で 佐倉城 を表示

本丸跡 いろんな桜が咲いていました。
こちらは台所門跡あたりから見た本丸跡です。たくさんの桜が咲いていますが、いろんな色の桜が咲いていました。白く見える桜は桜の代表である染井吉野(そめいよしの)です。赤く見えるのは大寒桜(おおかんざかく)です。それ以外にも何種類もの桜が植わっていました。
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少し本丸に近づいて撮りました。沢山の方が桜の花の写真を撮られていました。
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本丸跡に入りました。いろんな桜が咲いており、これから咲く桜もありました。
佐倉城は老中・土井利勝が徳川家康の命により、築城半ばで廃城となっていた戦国期の鹿島城跡に1611年から7年間をかけて佐倉城を築城し、その周辺に城下町が形成されました。以来、この城は西の小田原や北の川越などと共に江戸防護の要衝として、徳川譜代の有力大名たちが封ぜられ、幕府の老中職に就いた大名が徳川各藩中最多を数えたことから、俗に「老中の城」とも呼ばれました。築城から明治廃藩まで258年間に9家20大名が封ぜられ、そのうち通算141年間を堀田氏が治め、幕末の筆頭家老としてハリスと日米修好通商条約交渉に身命を賭け、開国へと導いた19代・堀田正睦等を輩出したそうです。城下町が形成されてから約400年が経った現在でも基本的な町割は変わっておらず、町のあちこちに往時をしのばせる古い建物や史跡が沢山残っているそうです。
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みんなで、お花見宴会の準備ををされていました。
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佐倉城址公園全体で約50種類の桜を見ることが出来るそうです。沢山の桜の種類が植わっていることから桜を植える会の方が下のような名札を付けてくれていました。38種類の桜の名札を見つけました。ただし佐倉城址公園では、圧倒的にソメイヨシノが多いのですが、本丸と二の丸あたりだけは大寒桜(オオカンザクラ)、普賢象(フゲンゾウ)、朱雀(スザク)、鬱金(ウコン)、染井吉野(ソメイヨシノ)など、いろんな桜が植えられていました。逆に言えば本丸と二の丸あたり以外は、ソメイヨシノなのです。そしてソメイヨシノは太い古木が多いのです。つまり本丸あたりはいろんな桜が見ることことから一つの景観として紹介いたしました。本数は公園内だけで1100本だそうです。公園の外の600mの城南堤の桜なども入れると、かなりの数になると思います。














上の名札の名前をここで記載します。
オオカンザクラ、フゲンゾウ、スザク、ウコン、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、シロタエ、コンゴウザクラ、カワズサクラ、オオシマザクラ、ハナガサ、カスミザクラ、ベニタムニシキ、アマノガワ、イチヨウ、ベニツルザクラ、カンザン、フクロクジュ、タカサゴ、ギオウジギジュザクラ、マツマエカザンイン、フユザクラ、サノザクラ、ツバキカンザクラ、スルガダイニオイ、ベニシダレ、ショウゲツ、シダレソメイヨシノ、ウワミズザクラ、ミクルまがえし、マツマエハヤザキ、ヒナギクザクラ、ケンロクエンキクザクラ、ヤエベニシダレ、カンヒザクラ、サトザクラ、イヌザクラ、シダレザクラ
これらの名札の中で30種類くらいの名札が本丸あたりにありました。
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染井吉野も早咲きの大寒桜も満開でした。この写真は大寒桜です。
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三の丸跡 天空に広がるソメイヨシノの古木
クリック拡大三の丸の外側から三の丸の方向を見た写真です。これらの高い木は奥の方まで、すべてソメイヨシノです。すべて幹の太い古木です。普通のソメイヨシノの古木は広い範囲に枝を広げていますが、ここのソメイヨシノは森のようにたくさんのソメイヨシノが植えられているために、すべて上に伸びているのです。
あまり見られない景観を見せてくれます。
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染井吉野の森に入ってきます。
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少し上を見上げてみます。
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さらに上を見上げてみました。ここではたくさんの桜が咲いていますが上を見て桜を鑑賞するしかないのです。でも、すべて桜の木の下なので花見宴会の場所には困りません。
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真上を撮りました。すばらしい景観です。この時だけは魚眼レンズが欲しくなります。
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三の丸御殿跡 ソメイヨシノの下は楽しい場所
三の丸前の空堀あたりは芝生になっておりソメイヨシノも間隔を置いて植えられているため大きく広がって成長しています。そのために花を観賞するのには絶好の場所になっているのです。右の高いところに三の丸御殿がありました。今は自由広場になっており桜の季節は大きな駐車場として使われます。左の低いところが三の丸と三の丸御殿の間の空堀です。空堀の左に三の丸のソメイヨシノの森があります。
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こちらの大きなソメイヨシノの下では子供たちとお母さんたちが花見昼食会を行っているようです。楽しそうでした。
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家族や子供たちで昼食会を行うのには絶好の場所です。桜の花に囲まれて食事をするのは最高だと思います。
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ここでは桜の花を撮りましたので掲載いたします。
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ほぼ満開の状態でした。天気も良くて花見日和でした。これだけ密集して咲くのでソメイヨシノが人気なのですね。
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花を望遠で拡大して採ってみました。



大手門跡あたり 280mの桜のトンネル 
この先に昔、大手門がありました。道路の片側だけに桜が植わっているのですが、道路の反対側まで枝が伸びでトンネルのようになっていました。直線で280mです。反対側はイチョウの並木道です。秋もきれいでしょうね。
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反対方向から撮った写真です。あまり注目されていませんが立派な桜並木でした。
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出丸跡 静かな空間
本丸は高いところにありますが、その下に出丸があります。この辺りは日当たりも良い上に人も少なくてのんびりと過ごすことが出来ます。


桜の木は大きくはないけれども、城址の上が混むときはこのあたりで花見宴会をするのもおつなものです。


のんびりと桜の景観を楽しめる静かな空間でした。
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水堀の淵は土を盛り上げた土塁になっています。その土塁の上に桜の木が植えられていました。
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出丸の水堀の外側からの景観です。三方を水堀に囲まれていることがよくわかります。
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城南堤(土塁) 600mの花の城壁
今回、初めて知った場所が城南堤と呼ばれる土塁跡です。車で走っているときに桜の花がたくさん咲いていたことから見つけました。このような土塁が直線で600m続いており、その土塁に桜の木が植えられているのです。今の時期は、まさに桜の城壁に見えるのです。佐倉城址公園には何度も来ているけれど、初めて知ったので、勝手な想像ではありますが、私のように何度も佐倉城址公園に来られている方の中にも知らない方が結構、おられるのではないかと思いました。
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城南堤には、ところどころ切れ目があり中に民家があります。ここは坂下門跡です。三の丸に通じる浅間坂の上り口にあります。


本当に一直線の土塁でした。この道路は、かつては水堀で、土塁と並行して造られていたそうです。佐倉城は石垣は少なく土塁と空堀と水堀で巧みに守られた城でした。


この石碑で城南堤の呼び名を知りました。


土塁の上からの景観です。


もう一枚、土塁の上の写真を紹介します。
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600mの全景を撮りたいので少し離れて撮りました。
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城址の上から城南堤の土塁の上の桜は、城址の斜面部分に高い木で覆われているために、ほとんど見ることが出来ません。三の丸のあたりで一か所のみですが、写真のように城南堤の桜が見える場所がありました。
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その他の景観
国立歴史博物館あたり
佐倉城址公園の中にある国立歴史博物館のあたりも桜の名所です。立派な桜の木がありました。桜のバックの建物が国立歴史博物館
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馬出し空堀
国立歴史博物館の近くに馬出し空堀があります。馬出し空堀のあたりもなかなかの景観です。
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クリック拡大臨時駐車場
このあたりの桜の景色も見事ですが、臨時駐車場になるので11時以降は車で埋め尽くされます。こちらの臨時駐車場は道が細いので、入る車と出る車で大変な混雑をします。佐倉城址公園の東側から入る自由広場に駐車することをお勧めします。
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茶室「三逕亭」のある景色
この茶室は1983年に東京港区の乃木神社から移築されました。重要文化財の京都大徳寺の塔頭・孤蓬庵の茶室・忘筌を模したものだそうです。三逕亭の後ろには、あの三の丸のソメイヨシノの森が広がっています。日曜日や祝日などには、お茶席を設けてられており400円で一般の方でも、お菓子付で一服でいただくことが出来ます。時間は10時から15時30分

立派な竹林 [筍]


きれいに整備された竹林です。竹の子も顔をのぞかせています。美味しそうな竹の子です。これも散歩のときに見つけました。


タグ: タケノコ

山菜「はりぎり」の天ぷら [料理]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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最初、コシアブラの芽として記事を掲載いたしましたが、幹の棘が多いことと、昔の葉の広がった写真が見つかったことから、ハリギリの写真や図鑑などと比べた結果、山菜の名前はハリギリとの結論となりました。そのため記事をハリギリの芽に書き換えました。ハリギリの芽もコシアブラの芽と同様に美味しい山菜とネットで書かれていました。特にハリギリの芽は「「タラの芽」よりも美味しいと言う人も多い」とか「山菜の女王、ハリギリ」などと非常に美味(びみ)と書かれていました。
山椒の芽の佃煮を作るために山椒の芽を採りに行った雑木林には、ちょうど食べごろのコシアブラに非常に近い種類のハリギリの芽がありました。さっそく採ってきて天婦羅にいたしました。コシアブラの芽もハリギリの芽は苦味があるために天ぷらが、よいようです。「おひたし」や「和え物」でも食べれるそうです。

採れたての山菜の天婦羅とくれば、やっぱりビールです。ハリギリの天婦羅は塩でいただきました。こちらの写真以外はすべてクリックすると拡大写真を表示するようにいたしました。


幼木に出来た若芽です。コシアブラやハリギリ(針桐)はタラの芽で有名なタラノキと同じウコギ科です。葉の形は違いますが棘のある幹はそっくりでした。これは次のために残してきたコシアブラの芽です。あまり枝分かれせずにまっすぐに立ち、葉は先端だけに集中するところもタラノキに似ています。タラノキの樹高が2~4mなのに対してコシアブラは7~10mで時には20mに達するものもあるそうです。ハラギリはさらに大きくなり、高さ10-20m、大きいものは30mになるそうです。
     はりぎり      こしあぶら     たらのき(タラの芽)
 目 : セリ目 Apiales    セリ目 Apiales      セリ目 Apiales
 科 : ウコギ科 Araliaceae  ウコギ科 Araliaceae   ウコギ科 Araliaceae
 属 : ハリギリ属 Kalopanax ウコギ属 Eleutherococcus タラノキ属 Aralia
クリックすると拡大右の写真は開く前の新芽です。一日経つと下の写真のように開きます。こちらも採取に行くタイミングが大切です。コシアブラの木材は、米沢市に伝わる木工工芸品の笹野一刀彫(おたかぽっぽ)を作る際の材料として用いられているそうです。コシアブラの枝は皮を、こするときれいに抜けて、芯と皮とが分離するそうです。昔、これを刀と鞘に見立て、子供の玩具とされたことから「刀の木」とも呼ばれたそうです。幹を傷つけたときに得られる樹脂は加工を施すと黄金色に輝く塗料を作成することができて、古来、金漆(ごんぜつ)と呼ばれ、工芸用塗料として珍重されてきたそうです。コシアブラ(漉し油)の名は、この樹脂の利用に由来する名称だそうです。
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この芽は食べごろです。柔らかそうです。こちらの写真をクリックすると新鮮な美味しさが伝わってくると思います。3月24日と26日に採取いたしました。この写真は3月26日の方です。
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採ってきたハリギリの芽です。
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ハカマの部分を取り除いて使います。短時間の間にこれだけ採れました。
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翌日もハリギリを採りに行くと結構とれたので、今度は「おひたし」と「和え物」にすることにいたしました。これが「ハリギリのおひたし」です。創味の、だし醤油をかけていただきました。程よい苦味が山菜であることを伝えてくるの一品でした。太い茎の部分も、何とも言えない食感でおいしくいただきました。
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こちらが「ハリギリの胡麻和え」です。すり鉢ですりおろしたゴマと醤油と砂糖で味付けをしました。こちらも特徴のある味が美味しかったです。
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やっぱりビールを飲みたくなりました。「ハリギリのおひたし」と「ハリギリの胡麻和え」以外で用意された夕食は「小田原産のアジの干物」と「ゴマ豆腐」と「糸三つ葉の玉子とじ」と「味噌汁」でした。
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はりぎり(針桐)の芽が広がるとこのような葉になります。芽の状態ではほとんど見分けがつきませんでしたが、この写真が見つかったのでコシアブラではなくハリギリだとわかりました。ハリギリ(針桐 Kalopanax septemlobus)はウコギ科の落葉高木で広葉樹です。別名、センノキ(栓の木)、ミヤコダラ、テングウチワ、ヤマギリなどがあります。


コシアブラの芽を市販で買った時の写真があったので追加掲載いたします。
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これがコシアブラの芽です。ハリギリと似ています。
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この時も天婦羅にしました。こちらがコシアブラの天婦羅です。
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山椒の芽の佃煮 [料理]



家の近くの雑木林には沢山の山椒(サンショウ)の木が生えています。
私が学生時代に三重県の標高1,212 mの御在所岳の麓に住む父の知り合いの方から山椒の芽の佃煮をよくいただきました。その方は山椒が新芽のころ御在所岳に登って沢山の新芽を採ってきて佃煮を作られていました。それがすごくおいしくて、今の家に引っ越してきて、近くの雑木林に山椒の木があることが、わかってからは、山椒の芽の佃煮作りに挑戦してきました。

今年も久しぶりに山椒の芽の佃煮を作るために採りに行きました。でも残念ながら少し時期が遅かったようで葉が広がりかかっていました。本当は開く前の丸い球の状態が理想なのです。広がる前の丸い芽も一割程度採れた上に写真のような花芽もあるので、この状態のもので作ってみることにしました。
もう少し広がったもので作ったときは、パサパサになり失敗でした。
今回は50gほど採取することが出来ました。丸い芽だけだと半日採り続けて同じ50gがやっとなので非常に貴重な佃煮なのです。


自家製の山椒の芽の佃煮が完成しました。
芽を採ってくるのは私で、佃煮を作るのは家内です。佃煮が完成しました。今回は醤油を少な目だったのか、開いた芽が多くあるためか緑の色が残っています。今回の作り方を紹介します。材料は次の通りです。
  山椒の芽   50g
  醤油-1   150cc(あく抜き用) 
  醤油-2    13cc
  酒       大匙1/3 
  砂糖     大匙2/3
煮立てた醤油-1に山椒の芽を入れて青汁が出たところで醤油を捨てて、醤油-2と酒と砂糖を入れて煮詰めて出来上がりです。何度も作った経験と今回の色合いから見て、もう少し醤油を入れた方が真黒の佃煮らしい色になると思います。


さっそく熊本の叔父さんから頂いた「ましきの米」の炊き立てのご飯でいただきました。刺激的な山椒の味がきいて美味しかったです。美味しい佃煮を作れる成否は山椒の芽の採取時期です。丸い固い芽の採取のタイミングは数日だけなのです。今回は完璧な採取時期ではありませんでしたが、味の出来栄えは合格点でした。
以前紹介した清荒神の「さん志ょうや本家」の花山椒や実山椒の佃煮とは一味違う魅力的な佃煮になりました。
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上の写真はクリックすると拡大しますが、クリックが面倒な方のために拡大写真も掲載いたしました。赤いつぶつぶが見えますが、これは芽の根元についているものですが、小さくて取り除けないので一緒に煮込んでいますが、特に違和感はありません。黒い佃煮の場合は、見た目も気が付かないと思います。今までに2回ほど丸い固い芽で佃煮を作ることが出来ましたが、非常にタイミングが難しいのです。来年以降になりますが、丸い芽で佃煮を作ることが出来た時は、再度、紹介させていただきます。

清荒神の佃煮屋さん 花山椒も買ってきました。 [宝塚]


2012年7月19日掲載 タイトル : 清荒神の佃煮屋さん

2012年7月14日から18日まで会社の電力節電休暇を利用して関西に帰省していました。梅雨明けした7月17日には兵庫県宝塚市の清荒神(きよしこうじん)に行ってきました。清荒神は宇多天皇の創意により今から1116年前の寛平8年(896年)に開かれました。清荒神は火の神として信仰を集め、「荒神さん」の名で親しまれる清荒神清澄寺です。上の写真は拝殿です。
清荒神の参道には沢山のお店がありますが、その中で老舗の佃煮屋さんで、下記の佃煮を100gづつ7種類買ってきました。評判のお店で家族がよく買いに行ったことがありましたが私自身が買うのは初めてでした。
 あさり佃煮
 ちりめん山椒
 青実山椒
 山椒昆布
 きくらげ
 葉とうがらし
 しその実

これが7種類の佃煮です。家用の簡単なパッケージにしてもらいました。でも一枚一枚シールを貼ってもらえました。これはいいですね。この佃煮屋で有名なのが山椒と松茸です。今は松茸は季節ではないので山椒を中心に選んだわけです。


帰省先から7月18日の夕食で6種類を食べてみることにしました。「葉とうがらし」は今までもよく買って食べていたので次の6種類を器に入れました。 左上から順番に、ちりめん山椒、青実山椒、あさり佃煮、しその実、きくらげ、山椒昆布です。 
こちらの写真はクリックすると拡大写真が見れるように設定いたしました。
クリックすると拡大

こちらが新物の青実山椒です。なんとも言えないくせになる味です。


こちらが、しその実の佃煮です。


きくらげの佃煮はコリコリした歯ごたえで美味しい佃煮でした。これは初めての食感でした。


こちらが、ちりめん山椒です。


あさりの佃煮も紹介いたします、山椒昆布も食べたのですが、写真を撮り忘れました。食べた時に撮って追加いたします。


山椒昆布の写真を追加しました。今日(7月19日)も佃煮をいただきました。


こちらの佃煮屋さんは今から86年前の昭和元年(1926年)に創業した老舗で四季折々の厳選された素材を秘伝の醤油で、一昼夜かけて炊き上げているそうです。
お店を紹介いたします。
   店名 さん志ょうや本家
   住所 兵庫県宝塚市清荒神1-11-15
   電話 0797-87-2041
   営業 9:00~18:00
   休日 12月31日
   創業 昭和元年(1926年) 86年前
   HP  http://3408.jp/



2013年3月26日再掲載 タイトル : 花山椒も買ってきました。

また、実家の宝塚に行く機会があったので、前回、7種類の佃煮をさん志ょうや本家で買って、調べて気になっていた佃煮を買いに清荒神に行ってきました。気になっていたのが「花山椒」です。今回は「花山椒」「花きのめ」「山椒の実」「しそわかめ」「葉とうがらし」の5種類を買いました。この中で花山椒は100gが2940円と値段が高いので、これだけ50gとしその他は100g買いました。

これが「花山椒」です。
奈良県吉野で採れた花山椒です。山椒の花を一つずつ手摘みし、特製の醤油で炊き上げた物だそうです。独特の花の香りがまざった、噂通り美味しい一品でした。


これが「しそわかめ」です。
価格的には210円/100gと一番安いけれども、独特の食感と香りは素晴らしく家でも人気でした。鳴門などで取れた茎若布が使われているそうです。


こちらが「花きのめ」です。
山椒の花と葉を細かく刻んで、炊き上げたものだそうです。癖になる味です。


こちらが「山椒の実」です。
やわらかいうちに摘んだ、京都・夜久野産の山椒の実だけを使った佃煮だそうです。


しそわかめを入れてくれているところです。

話題の北海道の土産をゲット [土産]

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函館に行ったときのお土産です。
北海道のお土産で人気なのが花畑牧場の生キャラメルです。函館空港でも手に入るようで、「9時~11時の間に入荷する」との張り紙ありました。人気は続いていますね。
ところが意外なお土産も人気と聞いて買ってきました。それも3つありました。いずれもジャガイモのお土産でした。どうやら話題性のあるものが、おみやげとして人気となるように変化してきている気がします。

1つ目が「じゃが豚 」です。これは冷凍食品のため帰宅の当日に購入することをお薦めいます。函館市内のお土産屋さんで購入しました。デーパートでも見かけました。空港では確認していませんが売っているような気がします。


2つ目がROYCE'のポテトチップチョコレート (POTATOCHIP CHOCOLATE)です。こちらは空港で購入しました。


最後が「じゃがポックル 」です。こちらは空港の売店に頻繁に入荷しているようですがすぐに売れ切れてしまうようです。早めに空港に着いて買うことをお薦めします。それほどブームのようです。


箱の中には8つの子袋が入っています。函館から帰って翌日にモロッコに出発したため、他のお土産は食べていませんが、「じゃがポックル」だけは食べました。モロッコとフランスにも持ってきてビールのつまみにしました。


見た目はポテトフライにそっくりです。ただしポテトフライとは別物です。軽くてサクサクした食感のスナック菓子です。正直、揚げたてのホクホクのポテトフライの方が好きですが、不思議な食感が受けているようです。ジャガリコと違うのはジャガイモの味を大切にしているのと角張ってポテトフライの形にそっくりなことです。確かに人気が出そうなお土産でした。


ブームのお土産ではありませんが函館のデーパートの地下で美味しそうなものがあったので買ってきました。かまぼこです。北海道名物の身が入っています。


鰊(ニシン)の燻製と鮭(シャケ)の燻製もデパチカで買いました。食べるのが楽しみです。

中国で日本人同士の結婚式 [話題]

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昼間に、すでに紹介した嫁とり儀式が行われて、いよいよ結婚式です。ホテルの入口で招待者に挨拶をするところからはじまります。同じ時間に3組みの結婚式が行われると3組ともホテルの同じ入口で出迎えるのです。実際にこの時も3組の結婚式が行われました。こんなところが日本と違うところですね。

さらに日本と違うのは、招待された人は家族や子供さんも自由につれて来るところです。つまり結婚式に参加する人数が決まっていないのです。したがって招待状の数よりも沢山の席を用意しておく必要があります。


受付風景です。本状の赤い大きな紙に寄せ書きのように大きな文字で好きな配置に名前を書き込みます。


新郎新婦の入場です。時間は予告通り18時18分でした。入場の風景や音楽は日本と同じような感じでした。ご結婚おめでとうございます。


司会者はラフな服装です。ここが中国流なところです。一気にしゃべりまくった後に、いきなり日本人の主賓(私)の挨拶となりました。通訳を使って日本語と中国語の両方の挨拶でした。中国語でしゃべる司会者の通訳はありませんでしたので雰囲気や新郎新婦のすることで想像していました。隣の中国語がわかる人が時々解説してくれました。


挨拶が終わるとすぐにキャンドルに火をつけます。


これが終わるとすぐに中国人の主賓の挨拶です。こちらも通訳を使って中国語と日本語の両方の挨拶でした。中国側の主賓の方の横の赤い服の人が日本語に通訳している女性で翌月に結婚することが決まっていたので、すごく参考になったと思います。
昼間の嫁とりの儀式から新婦にずーと付き添っていたのも彼女で新婦も心強かったと思います。


このあとワインを流す儀式も行われました。


指輪の交換も行われました。


そしてワインを二人で乾杯します。この後、新婦はお色直しで退席いたしましたが、入場からワインの乾杯まで一気に全てのイベントやってしまいます。この後、司会者は完全に退席してしまいます。後は参加者に任されるのです。つまり食事や乾杯の嵐になるのです。ただし、日本人が多いことや外国人もいるので乾杯の嵐ではなく乾杯のそよ風程度でした。


ここで、新婦はお色直しで退席いたしました。しばしの間、食事を楽しむことが出来ました。雰囲気をお伝えするために、いくつかのテーブルを紹介いたします。




新婦は真っ赤なチャイナドレスに着替えて登場です。会場に戻ったチャイナドレスにお色直した新婦は新郎とともに各テーブルへの挨拶周りをはじめます。


見ての通り赤ワインで乾杯です。最近は中国の方のお色直しは洋風のドレスを選択される人が多いので、チャイナドレスを選択したところが日本人同士の結婚式らしいかったです。


一通り挨拶周りを終えると新郎新婦も食事です。ここではご両親とともに丸いテーブルに座ります。今度は知り合い同士でのあいさつ回りがありました。


日本人の男性も中国の服を着て参加してくれました。お酒はパイチューが2本とワインが1本ほどテーブルの上に置かれていました。もちろん、これだけでは足らないので随時追加されていきます。ビールは注文で頼みます。普通は値段の高いパイチューが主体になるようですが我々の結婚式は若い人が多いこともあってワインが主流でした。中国の結婚式は新郎新婦以外の出席者は普段着の人が多いけれど、我々の結婚式は服装に関しては日本人も中国人も華やかでした。


宴もたけなわと言うところでしょうか。最後は流れ解散になるのが中国式とのことでした。主賓席の人が帰らないと、後の人が帰れないとのことなので最初に帰らされてしまった。したがって結婚式の写真はここまでとなりました。


少し早めに帰らされたために、みんなを誘って私のホテルの部屋で、ビールを飲みました。我々の席は中国側の主賓とも一緒だったためにワインでなく濃度の濃い白酒が主体だったので丁度よかったかもしれません。これが部屋に戻ってみんなで飲んだビールです。


結婚式が始まる前の会場の風景です。結婚式の参加者は写真で確認した限りでは109名でした。日本人同士の結婚式であることから100人までは集まらないだろう思っていましたが、予想以上に多かったです。お二人は中国の人にも人気があったようです。



この日は我々の結婚式を含めて3組の結婚式が行われました。案内板が3っ立てられています。このとき時刻は15時46分です。この後に、等身大の写真が横に飾られました。


同時に行われていた2組の結婚式会場の風景を紹介いたします。もちろん2組み共に中国人同士の結婚式です。写真でも雰囲気が少し違うことがわかってもらえると思います。参加人数は、どちらも200~300人くらいは参加されているように感じられました。いづれも後半戦です。
こちらは除さんと童さんの結婚式です。やはり我々の結婚式とは雰囲気が違うことをわかってもらえると思います。一番違うのは皆さんの服装です。


こちらは周さんと史さんの結婚式でした。こちらの結婚式での白酒(アルコール濃度50%程度)の消費量は半端ではなかったです。廊下に空き箱が積み上げられていました。もちろん除さんと童さんの結婚式でも、白酒を手押し車で運んでいました。その点でも圧倒的に違いました。我々の結婚式ではお酒に関してはワインが主流の上に量も少なかったと思います。
翌日の日曜日も同じホテルで4組の結婚式がありました。昼間に1組と夜に3組でした。

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中国の結婚式の料理はやっぱり中華料理 [話題]

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紹介させていただいた中国での日本人同士の結婚式で出された料理はやっぱり中華料理でした。
招待した人の家族も自由に来られることから人数が決まっていないことはすでに前の記事で紹介しました。
料理の数はフランス料理や日本料理だと人数が変動すると困ると思いますが、大皿から取り分ける中華料理であれば問題ないですね。
日本で食べなれた中華料理と違います。気になっている人がおられると思うので中国で行われた日本人同士の結婚式で出された料理を紹介いたします。
場所は安徽省なので中国10大料理の一つである安徽料理が主体でした。
メニューは読めませんが漢字で想像してみてください。

各テーブルの上には前菜とパイチュウ(白酒)が2本とワインとスプライトが置かれていました。
写真には写っていませんが非常に高価かタバコ「中華」も置かれていました。
これが、このあたりの結婚式での習慣のようです。これらの飲物やタバコは、なくなれば次々と追加で出てきます。普通はビールは出されませんが頼めはいくらでも出してもらえます。私はビールを頼みました。


食事風景です。イベントが終わったあとは食べて飲んでおしゃべりすることに専念するのです。


前菜の中で気になる一品を紹介いたします。こんにゃくのような食感でしたが、こんにゃくでもなさそうでした。味噌を付けて食べます。


ここからは出てきた順番に紹介いたします。少し甘いスープです。


蟹の料理です。


定番のシンプルな海老料理です。


内陸の安徽省ではホタテは高級食材のひとつです。にんにく風味の味付けです。


肉の煮込みです。


鳩料理です。食べる前に隣の人に「これはおいしいですよ」と言われて食べましたが、確かにおいしかったです。


うずらの卵の料理でした。人気の味付けでした。


肉と唐辛子の炒め物 これは肉だけ食べることをお薦めします。おいしいのだけれど唐辛子は後からじわっと辛さが口に広がり、ちょっと苦しんでしまいます。


竹の子とハムの料理です。


肉と野菜の炒め物


出ました桂魚です。このあたりでは桂魚は高級な淡水魚なのでおめでたい席での料理にははずせないですね。


肉団子のスープです。


甘いデザー系の料理です。
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野菜料理もありました。


お土産のケーキが入った入れ物が配られました。


こちらは同時に行われていた別の結婚式場の光景です。
我々の会場ではワインが主体でしたが別の結婚式会場ではパイチュウ(白酒)の追加がすごかったです。まだ1時間も経っていません。白酒の銘柄は「口子窖」です。安徽省の白酒のようです。このパッケージには5年ものと書かれています。昨日は口子窖の20年ものを飲む機会がありました。
右の床にちらばっている赤いパッケージは最初のころに紹介した煙草「中華」です。これだけの量が配られたんですね。

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嫁とりの儀式 [話題]

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中国で日本人同士の結婚式の招待状紹介させてもらったので、嫁取りの儀式を再紹介いたします。結婚式(披露宴)の前に大変な儀式がありました。結婚式の前の儀式と言っても日本のように神式や教会のような宗教的な形式のことは行われません。その儀式を体験できたので紹介いたします。
結婚式の当日に新郎が新婦の実家に車で迎えに行きます。ただし今回の場合は新婦の実家は日本にあるのでホテルの部屋を新婦の実家に見立てて、新婦と両親と友達には朝から、実家に見立てたホテルの部屋に待機してもらっていました。そこに車で迎えに来て部屋に案内されるのですが、そこで新婦の親戚一同と友達から猛反発をくらいます。
今回の場合は両親のみで親戚はいませんが手ごわい友達がホテルの部屋の中に待機したいました。上の写真は新郎がホテルの部屋の前で交渉しているところです。
右の写真はホテルの一階のエレベーターに乗り込むところから実家に見立てた部屋のドアの前に来るまでの連続写真です。
嫁は渡せさないと、手ごわい友達たちが中からドア越しに次から次へと難題を持ちかけます。この儀式のことを中国語では「迎新娘」とか「接新娘」と言うそうです。ネットで調べると次の緑の文字のように書かれていました。
新郎がお嫁さんを迎えに行く時、新婦の友人や家族が意地悪をして(新婦の靴を隠したり)してなかなか新婦を連れて行かせない習慣があります。地方によっては、新郎はたくさん「袖の下」(小銭)を用意し、新婦の友人に配って許してもらい新婦を連れ出す…といった習慣もあります。 新郎が新婦に、出発の靴を履かせます。これは花嫁様に、「これから、ずっとついてきてください」とお願いの意味が含まれています。  実家のカン(中国東北地方の暖房)から、式場までは新婦は、土を踏んではいけないという習慣もあります。新郎が新婦を「お姫様抱っこ」で抱き、「今後、花嫁様をずっと大切にする」と言った新郎の誓いを見せます。

下の写真は、お金を要求されてドアの下からお金を入れているところです。もしこれから中国で結婚式をされる方がいるとすれば、かなりの数のお札を用意することをお薦めします。それとドアから入れたお金は新婦ではなくて友達が個人的に受け取ってしまうために戻ってこないことも頭に入れておいてください。 


あまりの真剣なやり取りにホテルに泊まっていた新婦の友達も沢山出てきて新郎の応援をしてくれました。


ドアが少し開いたところです。でもチェーンロックが掛かっています。


チェーンロックなど気にせずに、このチャンスを逃すまいと男性数人でドアを一気押し開けて部屋になだれ込みました。このとき13時44分でした。交渉を開始したのが13時26分だったので18分掛かったわけですが、これは楽な方だと誰かが話していました。


チェーンロックは下のように無残に壊れてしまいました。演技と言えどもそれだけ真剣なやり取りなのです。右の写真は壊れていない私の部屋のチェーンロックです。
ホテルの人に怒られるかな?
なんて気にしている人はいなかったようです。
修理代は請求されなかったと言っていました。


部屋に入っただけでは簡単に結婚の許可をしてもらえません。ここからは直接交渉です。更に泣きながら、お願いしているところです。


やっと真剣な気持ちが伝わり、新婦を渡してもらいました。その真剣なやり取りの余韻を、カメラに収めています。


沢山の人で部屋はいっぱいにになりました。最初は本人同士の記念撮影です。


新婦のご両親との記念撮影に職場の方々や友達の記念撮影が続きましたが、海外の人にとっては、一際印象的だったと思います。


入れ替わり立ち代り、みんなカメラや携帯で写真を撮っています。
この場にいた翌月に結婚する中国の女の子は、今回の真剣なやり取りを見て「怖いどうしよう」と相談されましたが、中にいる方は気楽でやればいいよと言ってしまいました。(新郎さん、御免なさい)


外人さんも参加されていました。オーストラリア、ラオス、中国、日本の女性の人たちが集まりました。新婦の交友関係の広さには感服です。


中央よりの女性がラオスの方です。本当に沢山の若い女性も参加されていました。ラオスの方も日本人と間違えました。そのほかの女性も日本人のように見えると思いますが半数は中国の人なのです。ただし日本語が話せるのです。新婦が中国の大学にいたときに日本語の先生をやっていましたが、その時の生徒さんたちが沢山こられているのです。


ホテルの部屋を出てエレベーターで降りて一階の車に乗り込むまでの写真です。



これから新婦を新郎のご両親の待つ、新郎の家に連れて行きます。持ってきた車の一台に新郎、新婦と両親が乗ってホテルを出発するところです。車は4台用意されていましたが乗り切れなかったので我々はタクシーで後ろについて新郎の家に行きました。


新郎のマンション(新居)の前です。ここからが大変です。新郎は新婦を抱えて部屋まで行かなければなりません。みんなが持っている棒のようなものは超大型クラッカーです。爆竹の代わりにみんなが鳴らしました。


超大型クラッカーは沢山用意されていました。そして、その日の18時18分開始のホテルの結婚披露宴に我々が招待されたわけです。すこしだけ判りました。


階段を登るわけではないけれど高層マンションのエレベーターの待ち時間と乗ってる時間は結構長く新郎は辛そうでした。でも顔は両名ともに楽しそうです。

やっとマンションのドアのところにたどり着きました。新郎の顔には汗がしたたり下りていました。


みんながマンションの部屋に着いたころに道路では爆竹が永遠と鳴り続けていました。この爆竹が結婚成立の合図のようなものだったんです。右のマンション敷地内では迷惑がかかるので敷地に入る前の道路で行いました。爆竹は数万発とのことで下の写真のように何も見えなくなりました。(私は下に行かなかったので、この写真は知り合いにブログに掲載することを伝えて送ってもらいました。)


部屋にみんなも上がり結婚が成立です。おめでとうございました。ご苦労様でした。お茶が用意されており、みんなも話が弾んでいました。


日本から来た人たちはマンションの広さに圧倒されたようです。


この新居となる家には両方の両親に友達や会社の知り合いの人たちが沢山集まり夕方行われるホテルの結婚式までゆっくりとお茶や会話を楽しんでいました。そのうちに、みんな家の中の散策をしはじめました。ベッドルームも二つあり、ピンクのベッドは女の子たちの注目の的でした。

でも女の子たちの最も関心が集まったのは結婚記念写真集でした。


この白黒の写真はすごい注目されていました。


日本では考えられないくらいに写真集が充実しているのです。


クリックすると拡大部屋の中には写真集だけでなく2人の写真であふれていました。ワインまで記念の二人のボテルです。ワインの写真はクリックしてみてください。
マンションのドアに大きな赤い文字が張られていました。招待状にも書かれていた文字です。
よろこびが2ツ(喜x喜)ので中国でも結婚式にしか使われないそうです。この文字はダブルハッピネスと呼ばれているそうです。 双喜字とも言われています。


この文字はマンションの窓にも貼り付けられていました。おめでたいことは、みんなにアピールするのが、この国の習慣のようです。


この後、時間を置いて18:18から始まるホテルの結婚式会場に向かいます。私は着替えるためにホテルに先に戻りました。

結婚式の招待状 [話題]



興味深い結構式の招待状なので掲載いたします。これは中国から届いた結婚式の招待状です。海外から結婚式の招待状をもらったのは初めての経験でした。上の写真は招待状が入った封筒です。日本だと白い封筒ですが、中国は赤がおめでたい色なので真赤な封筒を使うようです。封筒の両サイドに龍と鳳凰がデザインされているのが中国らしいですね。白抜きのところに私の名前が書かれていました。

下の写真が封筒を開けて、出てきたカードです。このカードを開くと中に招待状が入っていました。
真中に書かれている赤色の大きな文字が印象的です。
このは結婚だけで使われるダブルハッピネス と呼ばれている、すごくおめでたい文字なのです。

これが招待状を開いたところです。結婚式は3月22日です。日付が2種類、書かれていますが左側の2月15日は旧暦です。中国の人でも旧暦は調べないと判らないそうですが、旧暦を書くのが正式なのかもしれません。
左側に新婦の名前 右側が新郎の名前です。
結婚するのは二人とも日本人です。中国の同じ職場で運命的な出会いでした。二人とも前年の最初のころに赴任しました。もちろん初対面でした。
もちろん結婚式には出席させたもらいます。日本にいる会社の関係者はさすがに少なくて4名だけです。
先生の文字の上に私の名前が書かれています。先生と言うのはTeacherではなく中国で使われる敬称なのです。結婚式が、はじまる時刻は中国らしく十八時十八分(18時18分)と書かれており、ほんとうに18時18分に始まりました。


結婚式の前日の晩に結婚式が行われる町に着きました。この町が大きくなったのは最近のことだし、このときは住んでいる日本人も、まだ20人に達していません。したがって、この200万人の中国の地方都市においては日本人同士の結婚式が行われるのは、きっと、はじめての事だったと思います。大げさに言えば、この町にとっては歴史的結婚式でした。両方のご両親も昨晩、無事に着いたそうです。参加者は日本人が20人くらいで中国人が60人くらいと想像していました。
さてどんな結婚式なのでしょうか。完全に中国式で行うそうです。→予想を越えて109人以上でした。
写真は15時46分です。徐々に結婚式の準備が進められていますがホテルの入口には3つの看板がたてられました。我々の結婚式以外に更に2つの結婚式が行われるため同じホテルで同時に3つの結婚式が行われました。

FC2などに登録した写真をSo-netに掲載する方法 [裏ワザ]


写真の保管容量を気にせずに、同じブログで掲載を続ける裏技です。詳細記載方法はコメント欄に書いています。写真をクリックすると写真のURL(アドレス)がわかると思います。

FC2に登録した写真を掲載する方法
クリックすると拡大

So-netに登録した写真をFC2に掲載する方法
 別のSo-netに登録した写真を自分のSo-netに掲載する場合も同じ
クリックすると拡大

フリー百科事典のWikipedia(ウッキペディア)の写真を流用する方法
クリックすると拡大クリックすると拡大

上の記事を、そのままコメント欄にコピーいたしました。参考にしてもらえると思います。

上の方法を使って3ケ所(So-net FC2 Wikipedia)の写真でSo-netとFC2に同じ記載内容で記事を掲載いたしました。
 So-netブログ → ポチッ
 FC2ブログ   → ポチッ

各写真が使われた記事 So-net / FC2
 ネコヤナギ → ポチッ / ポチッ
 うに丼    → ポチッ / ポチッ
 列車     → ポチッ / ポチッ

注1) 中国ではFC2が見れないかもしれませ。
中国の普通のインターネットではFC2ブログを見ることが出来ないので、もしかしたら中国ではFC2に登録した写真は表示されないかもしれません。Wikipediaも見ることが出来ない時期がありました。 ただしスマートフォンのネットワークでは中国でも制限なしに見ることが出来たとおもいます。

注2) So-netの1アカウント当たり最大写真保管容量は5GB
各ブログ100MBから開始し、増量申請をすることにより、それぞれ最大1GBまで増量できます。したがって、1アカウントで5ブログまで作成できますので、1アカウント当たり最大合計5GBまでご利用できます。
別のアカウントを作り、その写真を利用すれば、写真の保管容量を気にせずに無制限にブログを続けることが出来ます。
FC2の写真保管容量は10.24GBです。

注3) So-net「こんてんつコース」に登録すると新しアカウントが作れます。
So-netはメールアドレスIDシステムのメンテナンスのため昨年の2012年3月28日からはメールアドレスでの新しアカウントは作れません。
So-net「こんてんつコース」に入会(無料)すると新しいSo-netブログが出来るようになるようです。 → ポチッ

追伸
やはり中国ではFC2に登録した画像は下記の枠内のように見れないことがありました。不思議なことに見れるケースもありました。
 

珍しくはないと言われているけれど [植物]



家から徒歩30秒の場所の空き地に咲いている花です。今がちょうど満開です。珍しくはないと言われているけれど実際に見ると不思議です。
桃の花だと思います。調べてみました。
源平桃(ゲンペイモモ)と呼ばれているようです。白が源氏、ピンクまたは紅(赤)が平家で両者が入り乱れて戦った「源平合戦」に例えられて、この名が付いたと言われています。

木全体は「白の花の枝」と「ピンクの花の枝」と「両方が混ざった枝」で出来ているんです。近所の人が植えたのだと思います。


白に少しピンクが入った花です。


ピンクの花です。これらがすべて1本の木で楽しめるのです。


白い花の枝とピンクの花の枝が接近して出ている枝です。珍しくはないと言われているけれど実際に見ると、やっぱり不思議です。と冒頭の言葉がまた出てしまいました。


タグ: 源平桃

岩国のお土産は「岩国寿司」でした。 [山口県]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

山口県の岩国に行く前日にテレビを見いてると偶然にも岩国のことをやっていました。そこに出来たのは錦帯橋と蓮根と岩国寿司でした。
そして偶然にも、叔父さん(母の弟)からお土産をいただいたのが岩国寿司(いわくにずし)でした。

岩国寿司は山口県岩国市周辺で作られる押し寿司の一種で、岩国城内で食べられていたこともあることから「殿様寿司」とも言われています。地元では「角ずし」と呼ばれることも多いけれども、広島地域で食べられる角寿司とは若干製法が異なるそうです。
2~ 3人前ずつ一層で作られる通常の押し寿司と異なり、一度に3升から1斗入る大きな木枠の中に、クリックすると拡大サワラやアジなどの生魚の身をほぐして混ぜ込んだ酢飯の上に春菊などの青菜、岩国名産の蓮根、椎茸、錦糸卵などをのせ、これを何層にも重ね、サンドイッチ状にし、重石でしばらく押し固め、木枠を抜いて、一人前サイズに切り分ける作り方です。右の写真はWikipediaの岩国寿司の画像から拝借いたしました。クリックすると拡大します。
層の区切りにバショウやハスの葉を用いるのが特徴的だそうです。できあがった大きな押し寿司を一人前ずつに切り分けてるために一度に数十人前が出来上がることになります。
錦糸卵などで彩られ、切り分けた後でエビなどを後のせすることもあり、見た目はちらし寿司風でした。こちら写真はクリックすると拡大いたします。
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クリックが面倒な方のために拡大写真を掲載いたしました。中に入っているレンコンがしゃきしゃきして美味しかったです。

近所の早咲きの桜が満開になりました。 [植物]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

息子たちや娘が通った千葉県の佐倉市立井野中学校には沢山の早咲きの桜が植わっており、毎年きれいな花を咲かせてくれます。
今年も満開になりました。写真は昨日2013年3月20日に撮りました。

桜並木の長さは直線で120mあり結構、楽しむことが出来ます。ただし、下に座って花見というわけにはいかないのが残念です。校庭を解放してくれると出来ますが、神聖な校庭でお酒を飲むわけにはいかないですね。ここから下の写真はすべてクリックすると拡大写真を表示するように設定いたしました。
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ピンクの花の満開の姿を紹介いたします。ここから下の写真はすべてEF100-400mmのレンズを使って撮りました。上の写真はEF24-105mmです。
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沢山のはなが咲いていました。
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蕾も散っている花もない状態でした。
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名前はわかりませんが、こちらの鳥が沢山来ていました。


ズバリ100%の開花状態でした。
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ソメイヨシノよりピンク色が濃い花で桜らしい花の姿です。残念ながら桜の種類はわかりませんが、佐倉城址公園で咲いていた大寒桜(オオカンザクラ)に似ていたので大寒桜の可能性があります。大寒桜は寒緋桜(カンヒザクラ)と山桜(ヤマザクラ)、あるいは寒緋桜と早咲きの大島桜(オオシマザクラ)の雑種と考えられています。
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開花宣言に使われる桜の代表である染井吉野(ソメイヨシノ)も急に咲き始めました。週末には満開になる勢いで花数が増えています。こちらは佐倉市立小竹小学校の桜です。上の井野中の早咲きの桜を見た後だとソメイヨシノは真白に見えてしまいます。
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茗荷丼(みょうが・どんぶり) [ごはん]

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近所の人から、簡単な美味しい丼(どんぶり)を紹介してもらいました。見かけによらず食べてみて、おいしかったので紹介いたします。と言っても見てのとおり茗荷の千切りに鰹節をかけただけのものです。是非とも写真をクリックしてみてください。
とりあえず作り方を紹介いたします。
茗荷(ミョウガ)を千切りにして氷水にさらします。水気を十分に切って炊きたてご飯の上に乗せます。それに鰹節をふりかけて醤油をたらすと出来上がりです。見た目だけではわからないけれど、氷水にさらすのがミソですね。おいしいミョウガ丼(みょうが丼)の出来上がりです。

鯨・豚丼も作ってみました。 [ごはん]

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豚丼に引き続きナガスクジラの肉と豚のばら肉で「ナガス鯨・豚丼」を作ってみました。こちらは十勝の豚丼のタレを使いました。ナガス鯨は刺身でも食べました。量があったのでドンブリに挑戦したわけです。 クリックすると拡大します。

さっそく豚丼を作ってみました。 [ごはん]

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紹介した十勝のみそ豚丼のたれで味噌豚丼を作ってみました。タレを絡めるだけで簡単に出来るので私にも作れました。クリックすると拡大します。
炊き立ての美味しいごはんを用意するのが料理のポイントでした。(笑)


お気に入りの豚丼のたれ [ごはん]


大昔、吉野家から牛丼が消えとき、注目されたのが豚丼でした。
特に十勝の豚丼はテレビでも取り上げられていました。その時知ったのが写真の右側の豚丼のたれでした。
牛丼とは違う味に気に入ってしまいました。それ以来、愛用させてもらっています。
もう一つ気に入ったことはネット販売の価格が315円なのに対して近所のスーパーで260円で手に入ることです。それだけで大満足なのです。
このスーパー以外ではまだ見たことないので、手に入れる方法は、北海道まで行くか通販で買うしかないですね。左側のみそ豚丼のたれはまだ食べていないので、楽しみにしています。

久しぶりのイカどんぶり [ごはん]

が表示された写真はクリックすると拡大します。

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イカの刺身が大好きで、昔はよく生イカを買ってきて刺身にしたりイカ丼を作りましたが、最近は皮を剥くのが面倒なことから、ご無沙汰していました。テレビでイカソウメンの作る実演をしていたことから無性に「烏賊どんぶり」が食べたくなり、さっそくお店に買いに行きました。ところが小さな生イカが5杯(5匹)入ったパックしかありませんでした。時期が悪かったみたいです。なんといっても真夏ですから! 一杯、皮を剥くのも大変なのに5杯となると気の遠くなるような作業に思えて悩みましたが、思い切って買いました。
値段は5杯で298円でした。
上の写真は苦労の末に作った「いかどんぶり」です。そろえてご飯の上に置き上から醤油をかければ見栄えがよかったのですが、醤油に漬けたものを、ご飯に乗せたために見栄えはよくありませんでしたが、久しぶりのイカ丼を美味しくいただきました。
イカや蛸も含めて魚をさばくのだけは私の役目なのです。おもいだしました。 もう一つ、ステーキを焼くのも私の役目でした。

5杯もあったのでゲソが沢山とれました。軽く湯通しして胴の部分と一緒に刺身して食べました。足が50本あります。これだけで、おかずとしては十分になってしまいました。
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ツマミが出来るとビールが飲みたくなります。買ってあったビールをさっそく開けました。ところでイカは一杯二杯と数える理由をご存知ですか。イカの胴部が水などを入れる器の形に似ていることから「一杯」「二杯」と数えるようになったそうです。
ちなみに本物のスルメイカから作られたイカグラスという物があるそうです。→ポチッ


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自家製いくら丼 [ごはん]

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イクラの季節は、やっぱりイクラ丼ですね。今年は、まだまだ先ですが以前に作った自家製イクラ丼を紹介します。このイクラは生筋子を買ってきて作ったものです。
生筋子は45℃程度の温塩水の中でばらした後に醤油とみりんとアルコールをとばした酒に漬け込みました。
手間がかかりますが新鮮なイクラを、すこし安く食べることが出来ます。

焼きタラコご飯 [ごはん]

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それでは焼きたらこの写真を掲載いたします。納豆ごはん鰹節ごはんとなると卵かけごはんですがすでに掲載していました。明太子も掲載したことがあるので、次は焼き鱈子ご飯です。生タラコも美味しいけれど焼きタラコも大好きです。

ご飯に乗せて焼きタラコご飯の完成です。

タグ:ご飯 たらこ

鳥骨鶏の卵で「卵かけごはん」 [ごはん]

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鳥骨鶏の卵で「卵かけごはん」をやってみることにしました。卵は産みたてのものを手に入れました。3個で350円と普通の鶏の卵に比べると高めですが、鳥骨鶏の卵の「卵かけごはん」を一度は食べてみたかったので値打ちがありました。ネットで見ると10個で3000円や5460円 と出てくるので得した気分にもなりました。
20個で3654円 もありましたが、それより安いです。近所で鳥骨鶏 の卵を生産しているところがあるとはうれしいです。

コメントの中ではーしさんに教えてもらった卵かけご飯専用醤油も準備しました。はーしさんには関西風を薦められましたが近くのスーパーに置いてあったのは関東風(左側)でした。この関東風で食べました。右側は、まだ未開封ですが、熊本でお土産で買ってきた橋本醤油合資会社の「玉子ごはん専用 プレミアム 鹹味献上 根昆布醤油」です。
              

それでは「卵かけご飯」が出来上がるまでを掲載いたします。今回はネギと海苔をトッピングいたしました。 先ずはごはんの真中に穴をあけて真中に卵を落とします。
鳥骨鶏の卵は小ぶりなので普通サイズのお茶碗に丁度いい大きさです。
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海苔とネギをトッピングをしました。海苔はちょっと高級なものを使いました。そして専用の醤油をかけます。
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掻き混ぜて出来上がりです。
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鳥骨鶏をネット で調べてみました。
烏骨鶏(うこっけい)とはニワトリの品種名である。
烏骨(カラスの骨)という名が示す通り、皮膚、内臓、骨に到るまで黒色である。羽毛は白と黒がある。成鳥でもヒヨコ同様に綿毛になっている。
足の指が、普通のニワトリと同じ前向き3本に加え、後ろ向きの指が普通のニワトリの1本に対し2本(まれに3本)あり、計5本(まれに6本)あるのも大きな特徴である。一般的な鳥類は指の数が4本であり、5本(以上)ある種類は本種のみである。
一般的なニワトリのみならず、鳥類全般から見ても特異な外見的特徴から、中国では霊鳥として扱われ、不老不死の食材となった歴史がある。実際に栄養学的に優れた組成を持ち、また美味であるため、現在でも一般的な鶏肉と比較して高価格で取引されている。

事前に混ぜてから熱々のごはんにかけても美味しいですね。こちらは鶏の卵です。


卵かけごはん専門店を調べてみました。

 但熊 (たんくま) →動画
  兵庫県豊岡市但東町栗尾916
  電話 0796-55-0901
  無休(但し、8/14・12/31・1/1~3は休み)
  営業時間AM10:00~PM6:00(O.S. PM5時30分)

 食堂かめっち
  岡山県久米郡美咲町原田 中央総合運動公園内
  TEL0868-66-1188 (美咲町役場 観光課)
  営業時間:8:00~19:00
  定休日:当分の間 無休

鰹節ごはん [ごはん]


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納豆御飯もよく食べますが、これもいいですね。オカカ御飯です。鰹節を御飯にふりかけて醤油をすこしたらします。やってみてください美味しいですよ。写真はクリックすると拡大します。

拡大するのが面倒な方のために一部拡大した写真を掲載いたしました。鰹節を醤油と事前に混ぜるのとは違って香り豊な味わいです。

タグ:ご飯 醤油 鰹節

納豆御飯 [ごはん]

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ゴルフの帰りに藁のパッケージが珍しくて水戸の納豆を買ってきました。一個60円でした。日曜日の朝御飯は納豆御飯にしました。
製造元は有限会社秋山食品さんでした。

器に出しました。大粒の納豆です。
発砲スチロール容器の市販のものは納豆菌と納豆をパッケージに入れてパッケージの中で発酵させています。したがって、掻き混ぜるまでは粘りがありません。
それに対して、これは発酵させた納豆をパッケージの藁なかに入れるため、最初から糸を引く粘りがありました。昔ながら藁納豆は藁に付いた納豆菌で発酵しますが、これは容器として藁を使ったものなので本当の藁納豆とは言いがたいけれど、雰囲気は藁納豆でした。


テレビで納豆博士が「最低、右に20回、左に20回かき回す。」と言っていたのでそれ以上に掻き混ぜました。納豆博士の言われる通り、まだタレもカラシも入れません。


小ネギを乗せました。
よく掻き混ざるよう、願いをこめて器には渦巻き模様の国山窯で焼かれた小砂焼 を使いました。


さらに掻き混ぜてタレを入れて、さらに掻き混ぜました。かなりフワットしてきました。これで、うまみが出てきたと思います。


ごはんに乗せて納豆御飯の完成です。満足でした。海外に行っているとき、シンプルな和食に憧れてしまいますが、これも究極の和食ですね。さすがに本場水戸の納豆でした。

タグ:ご飯 納豆

アツアツのごはんに塩うに [ごはん]


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海外に行っていると、アツアツの白い御飯が食べたくなります。
前にもらっていた塩うにです。北浦名産と書かれた木の箱に入っていて高級そうなのでいつか食べようとおいていた雲丹をさっそくアツアツのごはんに乗せて食べました。写真はクリックすると拡大します。

クリックするのが面倒な方のために拡大写真を掲載させていただきました。日本三大珍味の一つです。日本三大珍味とは雲丹(うに)と唐墨(からすみ)と海鼠腸(このわた)です。名前は「磯漬粒うに」です。


さてどちらが美味しく感じますか。ネットで調べると値段は同じでした。創業明治17年だそうです。


アワビ入りの方も雲丹の味がアワビにしみていて想像以上に美味しかったです。これも捨てがたいけれど自分はどちらかというと雲丹だけの方が良かったです。
実はアワビの方が味わうための一回に食べる量が多くなってしまうのです。アワビの方はあっという間になくなってしまいそうなんです。

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炊きたてごはんに巨大明太子 [ごはん]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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少し前ですが広島空港で美味しそうな明太子があったので買ってきました。福岡ではないのに沢山売っていました。試食を何種類かしてみて一つ300gの中辛を買いました。
帰ってきてあまりの大きさにみんな驚いていました。輪切りにして、アツアツの炊きたてのご飯に乗せました。つぶつぶ感があって美味しかったです。アツアツのごはんに塩ウニもおいしいけれど明太子もいいですね。クリックするとツブツブ感が判ってもらえるかもしれません。

大きな明太子を輪切りにしました。 こちらの写真もクリックしてもらいたいです。
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クリックして拡大するのが面倒な方のために粒粒が見れる拡大写真を掲載しました。

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開港して3ケ月でした。 岩国錦帯橋空港 [山口県]



日曜日の2013年3月17日に関西に行き、昨日3月19日は関西から山口県の岩国の近くに行っていました。関西から岩国までは新幹線を使いましたが、帰りは飛行機を使いました。15時40分発のフライトですが、ネットで調べて丁度良い時間であったことから予約したわけですが、岩国に来て初めて開港したばかり(開港して3ケ月)の空港であることを知りました。

こちらがターミナルビルです。開港は2012年12月13日でした。空港の名前は岩国空港ではなく岩国錦帯橋空港と近くの景勝地である錦帯橋の名前が使われていました。こちらの空港の特徴はここから飛行機に乗る人の駐車料金は無料になるシステムとなっていることでした。搭乗口の機械に駐車券を通すシステムです。したがって戻ってくるまでは車はつかえないけれども何日止めていても無料なのです。
2013年3月31日追伸
 開港して108日目の3月31日に羽田便搭乗客10万人達成


空港の入口に「未来へ」と題するモニュメントがありました。


ターミナルの中を紹介します。基本的にすべて一階に配置されています。こちらがチェックインカウンターです。現在のフライトは羽田と岩国の4往復だけです。普通運賃だと30970円ですが28日前までに予約するチケットにしたのでチケット代は14,670円でした。


チェックインカウンターと反対側の方向です。土産物売り場があります。3種類の椅子が置かれていました。パソコンなどが出来るテーブルもありました。


一日に4便だけのためかレストランはないのでビールを売店で買って飲みました。つまみは岩国名物の蓮根チップを買いました。


クリックすると拡大展望デッキのみが2階にありました。後はすべて1階です。こちらは有料でした。写真はクリックすると拡大します。
  大人(中学生以上)  100円
  小人(3歳~小学生)  50円
  60歳以上        50円
  車椅子          50円
こちらが搭乗口の待合室です。搭乗するときにボーディングブリッジの高さまで見えているエスカレーターで上がります。わかりやすいです。 クリックすると拡大

こちらの空港の特徴は滑走路とターミナルビルの間にゲートがあることでした。こちらは軍民共用空港なのです。我々が乗る飛行機が着陸するとゲートが開き始めました。左が開き初めで右が完全に開いた状態です。


着陸した飛行機がゲートに近づいてきました。


丁度ケートを通るところの写真を拡大いたしました。


徐々に近づいてきました。


最後の写真を拡大いたしました。


正面を向いて止まったあとボーディングブリッジが伸び始めました。完全にブリッジがつながりました。


写真を拡大いたしました。機種はB737-800でした。席は満席でした。町に近いので便利なのだと思います。新幹線の新岩国の駅が町から遠いのも影響しているのかもしれません。


Googleの航空写真を見ると現在はターミナルビル建設中の写真を見ることが出来ます。この写真は将来は完成したビルの写真に変わっていくと思います。
航空写真上のアイコンマイナスを数回クリックすると滑走路や岩国の町との関係がわかってくると思います。表示が航空写真ではなく地図の方はアイコン写真をクリックすると航空写真に切り替わります。