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途絶えていた「ぜんざい」が復活しました。 [思いで]



2011年01月30日掲載 タイトル:途絶えていた「ぜんざい」が復活しました。

昨日(2011年1月29日)にサイクリング部のOB会(現役も参加)に行きました。
学校は関西なので関東に引っ越してきてから、ご無沙汰していたので懐かしい人達に会えてよかったです。学校内で行われることからアルコールはありませんがそれもなかなか良かったです。
昨年の12月に「先輩から受け継いだ伝統の味 ぜんざい」というタイトルで毎年学園祭で作られていた「ぜんざい」を紹介しましたが、実は途絶えていたことを、今回知りました。
ところが昨年から再開したそうです。その時の看板が上の写真です。500杯ほど売れたそうです。ネーミングは、腹がでてすけ「ぜんざい」だそうです。

おでんや合宿名物のカレーライスを食べながらOB同士、現役との交流に加えて楽しい催しも沢山ありました。


そして、その伝統のぜんざいをOB会で現役の人達が作ってくれたのです。そのぜんざいが下の写真です。ぜんざい以外にも、伝統の「合宿カレー」も出してくれました。これも懐かしい味でした。



2010年12月19日掲載 タイトル:先輩から受け継いだ伝統の味 ぜんざい

学生時代の遠い昔の話です。
すでに照会した500km耐久レースは秋の学園祭の時に行います。サイクリング部では、その秋の学園祭で「ぜんざいの模擬店」を出すのが代々の伝統なのです。評判の伝統の味なのです。それが終わると翌日はクラブ員だけで行う500km耐久レースです。写真の奥の方を見てもらえると判るように、この時から自転車の整備をしている人がいます。

模擬店の周りでは、本当に真剣に整備をしています。写真の人は今でも家に行ったりして親しくしている方です。


ぜんざいに入れるお餅を焼いているところです。道具もクラブで代々受け継がれてきたものです。このお餅もクラブの備品の臼と杵で作ります。もちろん蒸篭やぜんざいを作る大釜もサイクリング部に代々受け継がれた備品なのです。ぜんざいを作る大釜を撮った写真がないのが残念です。餅を入れている箱に昭和三十一年十二月吉日と書かれているのが歴史を感じさせてくれます。昭和31年は1956年なので今から54年前の箱になります。写真をクリックするとこの箱の拡大写真を掲載いたします。
クリックすると餅の部分を拡大

ここから下の写真は2011年1月30日に追加しました。模擬店の光景です。子供たちにも人気がありました。もちろん女性の方にも人気がありました。


左はぜんざいを器に入れているところの写真です。女子大から応援にきてもらいました。右はぜんざいを食べながら一休みしているところです。


楽しい雰囲気が伝わってきます。後輩の山田君も頑張っていました。古い写真だけれども偶然にもネガが残っていたので鮮明な写真を掲載出来ました。



2013年01月31日掲載 タイトル:2月2日はサイクリング部のOB会
クリックすると我が自転車を紹介
正門からの校内の景色今度の日曜日2013年2月2日は学生時代のサイクリング部のOB会が学校内の交流会館であります。
昨年は都合で参加できなかったのですが、関西ではありますが実家への帰省も兼ねて今年は参加する予定です。正式名はOB交流会で現役の人も参加します。学校内はアルコール厳禁なのでアルコール抜きの会食を交えて交流会が行われます。交流会の終わった後にOB同士で二次会も計画しております。

第2回 500km耐久レース [思いで]



またまた学生時代の思い出に引き続き古い話で申し訳ありません。
学生時代の3年生の時にサイクリング部で500km耐久レースと言うイベントを始めました。自転車で約500km(このときは539km)を走ります。クラブ内だけの年に一回のお祭りのようなものです。前日は先輩から受け継いだ伝統の模擬店で資金を稼いでいました。部室から午前5時に出発して決められたコースを各自の体力にあわせて走って帰ってきたら部室の壁の紙に名前と時間を書きます。6位の人が書いているところです。写真は第2回のときの部室での写真です。私は第1回が3年生だったので、第2回は4年生と言うことになります。

コースは「大阪→京都→小浜→久美浜→城崎→豊岡→浜坂→多紀→池田→大阪」でした。チェックポイントの小浜駅と浜坂駅を通ればルートは自由なのも、この500km耐久レースの特徴です。このときも姫路を通って帰ってきた人もありました。ただし反対周りはだめです。チェックポイントでスタンプを押すか駅の入場券を買います。
ちなみに第1回のコースは「大阪→紀見トンネル→橋本→五条→天辻→新宮→熊野→松坂→高見峠→大阪」でした。
小浜駅では下のようにスタンプを押しました。


浜坂駅では入場券を買いました。
偶然にも記念入場券でした。11月5日の日付が入っていました。


到着した順に書き込んで行きます。冒頭の写真の時点で書き込まれている名前は私、木冶、桑垣内、松島、山田、橋本です。


後半は雨も降ってきたようですが、みんな満足そうでした。



下の写真から参加者を数えてみると25名でした。遊びでトトカルチョもやります。レース参加者は1枚買うのです。馬券で言えば連勝複式で1位と2位の枠を当てるのです。今回は一枚のみ2-2で残りはすべて1枠流し(1-?)でした。当たりは1-2で3名が当たっていました。ちなみに黒塗りで消しているところが私(枠は1)です。残念ながら投票した馬券(1-6)は当たりませんでした。レースの方は結局は前年に引き続き私が1位となりました。2-2を買った人はなかなかの読みでした。私が3位以下ならば2-2でした。すなわち木冶-桑垣内でした。買ったのは木冶です。
1-1 1枚  1-2 3枚  1-3 4枚  1-4 5枚  1-5 4枚  1-6 5枚  2-2 1枚


新たな手ぬぐい入手 [話題]



2013年1月29日掲載 タイトル:新たな手ぬぐい

家内が実家に帰省した時に新たに手ぬぐいを3枚いただいてきました。この手ぬぐいは以前に紹介したものと図柄が一緒で「東山三十六峰」を題材にした手ぬぐいです。貴重な手ぬぐいが2枚になりました。ただし以前紹介したものと橋げたの形が少し違うのと色も少し違うので、別のものであることがわかりました。

クリックすると拡大こちらは、柄はちがいますが前に紹介したことがある家内が、5歳の時に習っていた日舞の先生の手ぬぐいではないかと言われていました。
ただし手ぬぐいに書かれている文字(右)の頭2文字は藤間と読めます。日本舞踊の藤間流の手ぬぐいのようですが家内の先生は花柳流のはずなので、もう少し調べてみるつもりです。日本舞踊には五大流派があり、それは花柳流、 藤間流、 若柳流、 西川流、坂東流です。
悩んでいる時に森田惠子さんからコメントをいただきました。どうやら日舞を観に行ったときに配られたもののようです。森田惠子さん、ありがとうございました。 


いぶすき温泉の手ぬぐいです。こちらも古そうです。指宿温泉(いぶすきおんせん)は、鹿児島県指宿市東部(旧国薩摩国)にある摺ヶ浜温泉(砂蒸しが有名)、弥次ヶ湯温泉、二月田温泉などの温泉群の総称です。家内の両親は九州の熊本出身なので、いぶすき温泉に行く機会があったのだと思います。
この手ぬぐいだけ他の手ぬぐいよりも長さが短かったです。

2012年4月9日掲載 タイトル:手ぬぐい
クリックすると拡大
流行りの塩麹を作るのに木綿の布がいいとのことなので家内の実家から手ぬぐい(手拭)を送ってもらいました。今は手ぬぐいに触れる機会はほとんどなくなったと思いますので紹介いたします。沢山の手ぬぐいを貰ってきましたが上の手ぬぐいが一番気に入りました。部屋に飾ろうと思っています。この手ぬぐいは京都のものであることはわかりますが出所は残念ながらわかりません。左下の「延と東山 六六峰 悠に鴨水 清冽流 良題」が謎めいた言葉です。一番後ろに書かれている「良題 京都」で検索してもそれらしいものは出てきませんでした。上の日本手ぬぐいはクリックすると拡大するように設定いたしましたので、是非とも写真をクリックしてみてください。

追伸 2012年4月11日
手ぬぐいコレクターの 「じゅんいちさん」からコメントをいただき冒頭の手ぬぐいの出所を教えていただきました。「東山三十六峰」を題材にした手ぬぐいだそうです。確かに36つの山の名前が書かれています。掲載してして次の日に教えていただけるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。なんと同じ手ぬぐいを持っておられました。下のポチッをクリックしてみてください。
じゅんいちさんの記事はこちらです。→ポチッ 古手ぬぐい 手ぬぐい
コメントをここで紹介いたします。手ぬぐいは京都の和紙など扱う会社「長谷川松寿堂」が、あつらえた者だそうです。お店も紹介いたします。
house-1.jpg  店名 ㈱長谷川松寿堂 HPの図柄にも「」の落款がありました。→
  住所 京都市中京区三条通高倉東入桝屋町57
  電話 075-255-1515 FAX:075-231-1571
  HP  http://www.h-shojudo.co.jp/
はじめまして、一応手ぬぐいコレクターをやらせて頂いている者です。
一番最初の京都の手ぬぐい、実は同じ物を所持していますw
見た瞬間、ここにもあったか!と思いました。
この手ぬぐいは「東山三十六峰」を題材にした一条でして、左下の漢文は東山三十六峰(延々東山六六峰)…六六峰→6×6=三十六か?…と鴨川の流れ(悠々鴨水清冽流)を唄った内容ではないでしょうか。
で、京都の和紙など扱う会社「長谷川松寿堂」が以前何かであつらえた手ぬぐいだとの証言も洛中で得られたので恐らく出所は間違いないであろうと思っています。
そうですね、この柄は額なんかに入れて飾ると良いでしょう。
by じゅんいち (2012-04-10 23:09)
東山三十六峰
比叡山 御生山 赤山 修学院山 葉山 一乗寺山 茶山 瓜生山 北白川山 月待山 如意ヶ岳 吉田山 紫雲山 善気山 椿ヶ峰 若王子山 南禅寺山 大日山 神明山 粟田山 華頂山 円山 長楽寺山 双林寺山 東大谷山 高台寺山 霊山 鳥辺山 清水山 清閑寺山 阿弥陀ヶ峰 今熊野山 泉山 恵日山 光明峰 稲荷山

私は記憶がないのですが手ぬぐいはいろんなお店や企業が一般に配っていたそうです。こちらは書かれている通り有馬温泉の古泉閣の手ぬぐいです。
今の呼び方は「有馬温泉・元湯 古泉閣」で立派な湯宿でした。それでは古泉閣を紹介いたします。
  店名 有馬温泉・元湯 古泉閣
  住所 兵庫県神戸市北区有馬町1455-1
  電話 078-904-0731 Fax 078-904-3481


またまた追伸です。2012年4月12日
有馬温泉・古泉閣の手ぬぐいに対してじゅんいちさんから新しいコメントをいただきました。折ると袴(はかま) になるとのことなので下のように折ってみました。一文字だけ反対だった意味も分かったし、意味のある5文字「知足者常富」が出現しました。


今、一平がどのようなお店で存在するのかしないのかわからないので「一平 22-0189」で検索してみました。なんと出てきました。電話番号が0280-22-0189で茨城県古河市横山町1丁目にある一平という中華料理のお店のようです。先代は和食割烹料理店を、やられていたとのことなので、その時代の手ぬぐいだと思います。昭和39年(1964年)から中華に転向したそうです。今のお店を紹介いたします。
  店名 中華料理 一平(山口 功さん)
  住所 茨城県古河市横山町1-11-23
  電話 0280-22-0189
  営業 11:30〜14:30(LO 14:00) 17:00〜21:30(LO 21:00)
  休日 毎週月曜 第三月火連休
  記事 http://www.e-koga.info/int/2010/12/post_56.html


東丸神社は学徳成就と書かれていることから京都市伏見区深草薮之内町36の伏見稲荷大社内にある学問の神様として広く信仰を集めている東丸神社のようです。


こちらにはお店の名前が書かれていませんがハートマークが特徴的です。ハートの銀行と称された第一勧業銀行の手ぬぐいだと思います。今は第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の分割・合併により、みずほ銀行となっています。


「花柳 藤胡蝶」と書かれていることから日本舞踊の花柳流の藤胡蝶さんの手ぬぐいだと思います。家内が5歳くらいの時に日舞を習っていた先生だと思うとのことでした。


こちらは新聞の販売店からもらったものだと思います。日本経済新聞も手ぬぐいを配っていた時代があったのには驚かされました。


こちらは熊本県熊本市に本店を置く肥後銀行の手ぬぐいです。
肥後銀行は1879年(明治12年)に 第百三十五国立銀行として設立されその後、九州商業銀行(1899年)→熊本銀行(1918年)→肥後協同銀行(1925年)→肥後銀行(1928年)となりました。今でも熊本の地方銀行として活躍しています。


1970年の大阪万博の手ぬぐいです。今から42年前の手ぬぐいだと思うと感激です。他の手ぬぐいも同等の年代かそれ以上のものだと思います。
大阪万博の正式名は日本万国博覧会(にっぽんばんこくはくらんかい Japan World Exposition)で、国際博覧会史上アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会でした。略称はEXPO'70で、大阪府吹田市の千里丘陵(約350ha)において1970年3月14日~ 9月13日まで183日間開催され、当代一の規模を誇ったそうです。総入場者数は6,421万8,770人で、2010年中国・上海で開かれた上海万博(7278万人)に抜かれるまでは万博史上最多でした。
日本(1970年 1.4665億人)と中国(2008年 13.4457億人)の人口差を考えると驚異的な入場者数であったことがわかってもらえると思います。


このような「同期乃桜」と書かれた手ぬぐいもありました。右のように4つに折って頭に巻いたのだと思います。実際に使われたことをシミが物語っています。おそらく家内の親父さんが使われていたのだと思います。


kazuさんのコメントで、今年の1月29日に参加させていただいた下高野の辻切り作りで手ぬぐいをかぶっている方のことを思い出しました。確かに田舎の方ではまだまだ手ぬぐいが活躍していることを知りました。


手拭の出所で場所ががわかったところを地図に書き込んでみました。
マークをクリックすると名前を表示します。

より大きな地図で 手ぬぐいの出所 を表示
長寿の心得の手ぬぐいも紹介いたします。
        長寿の心得
     人生は山坂多い旅の道
 還暦 六十才でお迎えの来た時は只今留守と云へ
 古希 七十才でお迎えの来た時はまだまだ早いと云へ
 喜寿 七十七才でお迎えの来た時はせつな老楽これからよと云へ
 傘寿 八十才でお迎えの来た時はなんのまだまだ役に立つと云へ
 米寿 八十八才でお迎えの来た時はもう少しお米を食べてからと云へ
 卒寿 九十才でお迎えの来た時はそう急がずともよいと云へ
 白寿 九十九才でお迎えの来た時は頃をみてこちらからボッボッ行くと云へ
    気はながく 心はまるく 腹たてず 口をつつしめば 命ながらえる



のれんにした手ぬぐいも紹介いたします。


2012年9月21日追伸 タイトル:新たな"手ぬぐい"の紹介です。

今年の4月に家内の実家から送ってもらった手ぬぐいを掲載いたしました。私の実家にも古い手ぬぐいが残っているのではないかと期待して探してもらいましたが、2枚しか残っていませんでした。両方ともに百貨店(デパート)のものでした。こちらは大阪・梅田の阪急百貨店のものでした。「上方花舞台」と書かれています。検索してみると今でもおこなわれており、「上方花舞台は大阪の国立文楽劇場で2010/02/04(木)に行われる パフォーミングアーツ、寄席・演芸のイベント」と書かれていました。

こちらは真赤な寿の文字が書かれている手ぬぐいでした。左下に黒い文字で三越製と書かれていることから三越デパート製で、稲垣誠夫さんのおめでたいことで配られたのと推察いたします。
ネットで名前を検索してみると日本圧延工業㈱の代表取締役社長および会長をされた人のようです。このように昔は気楽に手ぬぐいが配られたようです。全部残っていたらなかなかのものだったと思います。

インドからの帰国便 [機内 CY]



インドから夜行便で帰国しました。行きのフライト同様に直行便でした。緑色のラインが飛行機が飛んできたルートです。(露出の関係で黄色にも見えます。)

飛行機は行きと同様に小さい飛行機で、これは最後列から撮ったものです。席を数えていただくと9列しかないことがわかっていただけると思います。


行きは44席でしたが、帰りは全てビジネス席のため4席×9列+2席の38席でした。この日は特別にお客さんが少なくて8名でした。8名の客に対して客室乗務員(CA)は4名だったので贅沢なフライトになってしまいました。


夕食は次の2枚の写真です。この1枚目の写真が前菜で「スモークサーモンの薔薇仕立てとフォアグラのパテ」と「野菜の焼き浸し」です。
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メインデッシュは3種類の中から「ハーブ豚ロースとんかつ(580kcal)」を選びました。あとの2種類は「和牛フィレ肉のダイスステーキ ポリネシア風(360kcal)」と「ノルウェー産サーモンのポワレ 青ねぎの香りのソース(393kcal)」でした。行きのフライトでは最も低いカロリーの銀鱈の西京焼きを選びましたが帰りは一番高いカロリーのものを選んでしまいました。行きはビールだけでしたが帰りはワインも頼みました。
白ワインは「シャトー・ド・リュリー 2007」を飲みました。
赤ワインは「モンタナ・テラスィズ・エステート・ピノ・ノワーモ 2003」を2杯を飲みました。
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こちらか一眠りしてから出てきた朝食の「若鶏のけんちん汁と青菜のお浸し」です。これ以外に「パセリ風味のチーズオムレツとデザート」か「トーストのフレッシュフルーツ」か「若鶏のソーセージを添えたマサラ風のオムレツとフレッシュフルーツ」か「生麺タイプうどん」が選べます。
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行きと同様に外の景色を撮りました。


ムンバイ空港の人に教えてもらい全日空と同じスターアライアンスのルフトハンザ(Lufthansa)のラウンジが利用できました。今まで利用していたラウンジとは大違いでした。免税店の奥にあるため見つけにくいことを覚えておいてください。


先進国のラウンジと遜色ないのには驚かされました。もちろんビールも飲み放題です。

羽田空港からの富士山 [機内]



上海に行く前に関西に行きましたが、ラウンジから外を見ると富士山がきれいに見えていました。一週間前の2013年1月20日の8時ごろでした。今までも時々見ることが出来たのかもしれませんが、これほどクリアーに見えたのに気が付いたのは初めてでした。正面に見える建物は国際線ターミナルです。

富士山が羽田空港からこんなに大きく見えるとは気が付きませんでした。


Google航空写真で羽田空港から富士山まで直線を引いてみました。
最高峰3776.24mまでの直線距離は約98kmでした。

より大きな地図で 富士山⇔羽田空港 を表示
余談ですがラウンジで珍しいパンに出会えたので紹介しておきます。カボチャのエクメックです。美味しくて3つも食べてしまいました。8時30分の早朝フライトなのでパンが置かれていたのかもしれません。


こちらは搭乗口からの富士山です。より飛行場の雰囲気を感じてもらえると思い、この写真を追加いたしました。写真に写っている右の航空機に乗って伊丹空港に向かいました。確か16番搭乗口だったと思います。


上の写真から切り取って拡大いたしました。飛行機とのツーショット写真です。


この日は空の上からも富士山がきれいに見えたようで機内放送で紹介していました。私の席は富士山とは反対方向で伊豆半島がきれいに見えました。写真は伊豆半島の西海岸側です。


モロッコの白バイもBMW [モロッコ]



これがモロッコのカサブランカの街で見つけた白バイです。白と黒のツートンカラーで日本のパトカーみたいで迫力があります。水平2気筒エンジンのBMWはヨーロッパで白バイによく使われていましたがモロッコでも、このBMWでした。イタリアの白バイ → ポチッ

この高級車はカサブランカの街並みに似合っている気がします。


出発便は空弁 帰国便はCoCo壱番屋のカレー [機内 CY]



上海から一昨日(2013年1月27日)、帰国いたしました。出発したのは1月24日でしたが機内食は、私の大好きな空弁でした。
韓国線では空弁を食べたことがあるのですが、中国線では初めての空弁でした。Cクラスの場合には空弁ではなく暖かい料理ですが、近距離便に関しては美味しさにバラツキがあり、味的に外れもよくあります。そのため外れのない空弁の方が私は好きなのです。空弁はYクラスだけの特権です。その空弁に久しぶりに、ありつけました。空港のラウンジでビールとシャンペンを飲んだので機内では赤ワインにいたしました。
比べてください。中国線のCクラスの機内食 → ポチッ ポチッ ポチッ 

こちらが空弁です。今回の空弁の内容を紹介します。
マーボー茄子、花咲包み蒸しシュウマイ、蒟蒻と午房のちょい辛煮、枝豆柚子胡椒春雨サラダ、小海老添え、ポテトサラダ、ミニメンチカツ、里芋煮、さつま揚げ煮、昆布巻煮、ザーサイ、小海老


上の空弁は暖かくありませんが、こちらの、ひじきご飯は熱々でした。このひじきご飯も美味しかったです。乗っているのは鰤照り焼きです。こちらも暖かいです。右下は梅人参煮と山くらげです。
デザートはワラビ餅でした。


帰国便が気になっていました。おそらく空弁はないので普通の料理かもしれないとあきらめていましたが、なんとカレー専門店であるCoCo壱番屋のカレーでした。
カレー以外はポテトとセロリのサラダ、スモークサーモン、スモークビーフ、鶏カツ、ソーセージ、コーン、ボイルドエッグ、フレッシュサラダでした。ビールに合いそうなのでビールを頼んでしまいました。


1月のカレーはエビカレーでした。12月はチキンカレーで2月はハンバーグカレーだそうです。味が間違いないものを選ぶのはいいアイデアです。上海店で調達していると書かれていました。こちらのデザートはアンニン豆腐でした。


今日は雪です。 [千葉]



昨日に上海から帰ってきたばかりですが、今日(2013年1月28日)はワンコの散歩のために玄関の扉を開けて、初めて雪が積もっていることを知りました。我が家のワンコは雨は嫌いですが、雪は大好きです。まだまだ雪が降っていました。

フラッシュを使うと雪が降っていることがよくわかってもらえると思います。
ワンコの足跡も雪が深いので個別の足跡にならずに2本の溝になっているのがわかってもらえると思います。


ワンコは、この奥に行きたがっていましたが、さすがに雪がひどいのでワンコには諦めてもらいました。写真はワンコが、さびしそうに戻ってくるところです。こちらの道には足跡やタイヤの跡がありませんでした。


近くの小学校も雪で覆われていました。場所は千葉県佐倉市です。こちらの小学校には古墳の跡と思われる小山が3つあります。その中で一番小さな塚(小山)が運動場にあり子供たちの遊び場になっています。この写真の中に、その小山が写っています。


ここは瀬戸内海だけど!! [日本]



クリックすると拡大この写真を見て一瞬、日光の東照宮の陽明門と思われた方もおられると思いますが、これはひょうたん島のなかで紹介した瀬戸内海に浮かぶ大三島の隣の生口島にある耕三寺の孝養門です。右の写真は日光の陽明門です。
比べてみてください。こちらが日光の陽明門です。→ポチッ

上の写真は逆光のためよく見えない思いますので境内側からの写真をじっくり見て下さい。日光東照宮の陽明門の図面を当時の文部省から借り受けて作った為に全体的な形や豪華さは東照宮の陽明門にそっくりなのです。


真似て作ったものであるけれども、本家の陽明門と肩を並べるほど豪華な建築であることから、耕三寺はいつしか「西日光」あるいは「西の東照宮」と呼ばれるようになりました。耕三寺の開山は、大正・昭和期に大阪で活躍した実業家の金本福松(1891年 - 1970年)です。金本氏は、生口島瀬戸田の出身で、16歳の時に父を亡くし、少年期に島を出て福岡県直方(のおがた)など各地で奉公を重ねたそうです。後に大阪へ移り、当時来日していたフランス人技師のセギーという人物から酸素熔接の技術を学び、これを生かして29歳の時に東洋径大鋼管製造所を設立して鋼管製造業の経営を開始しました。金本の会社は軍需工場に指定され、彼は一技術者から実業家へと成長していったそうです。
クリックすると拡大事業に成功した金本氏は、1927年、故郷瀬戸田に住む母のために邸宅「潮聲閣」を建築した(耕三寺内に現存)。母が1934年に没すると、翌1935年に金本は母の菩提を弔うため出家して僧侶となり名を「耕三」に改めた。1936年から潮聲閣周辺にて耕三寺の建立を開始したそうです。
右の写真が日光の陽明門の内側からの写真です。こちらもクリックすると拡大するので比較してみてください。


「西日光」あるいは「西の東照宮」と呼ばれてはいるけれども、東照宮を真似て作られたのは陽明門だけです。ただし境内に作られた建造物は、日本国内にある国宝級のものを手本として建てられていました。


真似たものではあるけれどもなかなか見ごたえのある建物が並んでいました。真似ていることは忘れて見てもらうほうがよいと思います。


五重の塔もありました。室生寺の五重塔 と似ているとおもいませんか。比べてみてください。真似たものではあるけれども、建物は立派なことから山門・本堂をはじめ15の建造物が国の登録有形文化財となっています。
また、仏像、書画、茶道具などの美術品・文化財を多数所蔵し、寺全体が博物館法による博物館となっているそうです。


真似たものではなく、やはり本物を見たい方はすぐ側に、平山郁夫美術館 があります。平山郁夫(ひらやま いくお)は1930年6月15日生まれで 2009年12月2日に没した有名な日本画家であり教育者でもありました。日本美術院理事長、一ツ橋綜合財団理事、第6代・第8代東京藝術大学学長を務めた方で文化勲章も受けておられ広島県名誉県民、広島市名誉市民、鎌倉市名誉市民でもありました。
 住所 広島県尾道市瀬戸田町沢200番地2
 電話 TEL(0845)27-3800/FAX(0845)27-3801


さらにイタリア産の大理石で作られた丘がありました。生口島は小さな島ですが驚かされるものが沢山ありました。こちらも耕三寺の敷地の中にあるもので金本福松氏によって作られたものです。
制作者は現在はイタリアにアトリエを構え世界的な活動を行われている杭谷一東(くえたに・かずとう)氏です。広島県世羅郡甲山町出身の彫刻家だそうです。師匠は広島県御調郡出身の彫刻家、故・園鍔勝三(えんつば・かつぞう)氏とのこと。


大理石の丘からの景色です。遊覧船がわかりますか。遊覧船は希望で「ひょうたん島」の近くも通ってもらえます。
黄色い橋で高根島にも渡れます。左下の白い岩がイタリア産の大理石です。


今回の場所を地図で紹介いたします。


ひょっこりひょうたん島 [日本]

記事の内容を追加させていただいたので再掲載いたしました。

瀬戸内海に、ひょうたん島(瓢箪島)と呼ばれる島があります。愛媛県今治市に属する大三島(おおみしま)と広島県尾道市に属する生口島(いくちじま)の間に位置する小さな無人島です。ひょうたん島と言うのは俗名ではなく、島の正式名です。
面白いことに、無人島で小さな島ながら、島内に広島県(尾道市)と愛媛県(今治市)の県境が横切っています。
この島はその名のとおり瓢箪(ひょうたん)の形をしており1964年4月6日にはじまったHNKの子供向け人気番組の人形劇『ひょっこりひょうたん島』の舞台「ひょうたん島」のモデルとなったと言われています。(地元のHP)
『ひょっこりひょうたん島』は1969年4月4日の1224回まで放送が続きました。1991年~1996年の間にリメイク版が放送されました。さらに2003年4月13日からアンコール放送まで行われました。さらに2008年4月より再放送がありました。
 1964年4月06日~1969年4月04日 オリジナル放送
 1991年4月26日~2003年2月01日 リメーク版放送
 2003年4月13日~2004年3月28日 アンコール放送
 2008年4月04日~        海賊の巻から再放映
 2013年1月01日         ドクターストップの巻放送
上の写真は、車の中から撮った下の写真に写っていた「ひょうたん島」を拡大したものです。そのために不鮮明なことをご了承ください。


大三島(愛媛県)と生口島(広島県)は多々羅橋大橋で結ばれています。多々羅大橋は1999年5月1日に開通した橋長1480メートル、中央支間長890メートルの斜張橋で、完成時は世界最長の斜張橋です。現在の斜張橋の最長は2008年6月30日に開通した長江(揚子江)の蘇通大橋(中央支間長1088メートル)だと思っていましたが2012年4月13日に完成したロシアのルースキー島連絡橋(中央支間長1104メートル)が世界最長でした。多々羅橋大橋は現在世界で4番目です。


生口島のサンセットビーチから見た「ひょうたん島」です。サンセットビーチはひょうたん島が正面に見ることが出来る場所です。ただし後に大きな島があるので、この角度からだと海に浮かんだ動く島の雰囲気は冒頭の写真ほどではない気がします。


生口島の大理石の丘から見た瓢箪島です。人形劇のように海の上を走っているように見えます。


衛星写真で瓢箪島の場所を確認します。クリックすると周辺地域も表示します。

ひょっこりひょうたん島をご存知ない方に登場人物の写真を紹介いたします。
この写真はネットから拝借いたしました。
左からダンプ、テケ、キッド、博士、ライオン、ダンディ、
サンデー先生、トラヒゲ、ドン・ガバチョ、チャッピでした。
思い出されましたか。ブログの一番下に声優の方々を調べて記載しました。今、日本を代表するタレントの方々が関係されたことを、あらためて知りました。


沢山の島があり小さな島の間の交通機関はフェリーです。ひょうたん島は無人島なのでフェリーはないと思います。


このあたりはミカンの産地で沢山売られていました。詰め放題が100円とは安かったです。一袋買って帰りのバスと新幹線で食べました。看板に「みくに農園」の文字が読めます。ご存知の方もおられると思います。


いろんな柑橘類が売られているのにも驚かされました。お店の名前は「みくに農園」と書かれています。


レモンも有名なようです。「レモンの谷のレモン」のネーミングが印象的でした。


せんべいも売られており、こちらも買って食べてしまいました。「昔づくりもち焼せんべい」と書かれていました。


ナナさんのコメントを、きっかけに「ひょっこりひょうたん島」の登場人物の声優の方を調べたので掲載いたします。カッコ内はリメーク版です。カッコがないのはオリジナルもリメイクも同じ声優さんでした。
レギュラー
 ダンプ      伊藤牧子
 テケ       増山江威子
 キッド      藤田淑子
 博士       中山千夏
 ライオン     滝口順平
 ダンディ     小林恭治
 サンデー先生  楠トシエ
 トラヒゲ     熊倉一雄
 ドン・ガバチョ  藤村有弘  (名古屋章)
 チャッピ     江美京子
 プリン      堀絢子
 マリー      松島トモ子
 ムマモメム   はせさん治 (槐柳二)
レギュラー以外
 しゅう長     玉川良一
 コンチキ     4代目三遊亭小圓馬
 コック長     坂本新兵
 その他      三十人会
 ブル元帥     田中明夫 / 武田国久 / 宮本昭太
 ピッツ長官    山崎唯
 ダックス刑事   佐山俊二 / 雨森雅司
 チワワ教授    三田松五郎
 プードル     小海智子
 ノラ        和久井節緒
 コッカ・スパニオル 久里千春
 サポ       八奈見乗児
 ポチ       油谷佐和子
クリックすると拡大クリックすると拡大 老人       三国一郎
 ノミ        石井住子
 郵便屋      斎藤隆
 ガラクータ    黒沢良 / 若山弦蔵
 トーヘンボク   柳沢真一 (坂本新兵)
 ヤッホー     谷幹一  (雨森雅司)
クリックすると拡大クリックすると拡大 ドタバータ    千葉信男
 国際警察元長官 前沢迪雄 / 島田邨
 ホウスケ     仲村秀生
 ホウザエモン   安田隆久
 コーラス     ボーカル・ショップ
 アルセーヌ・クッペパン 日恵野晃 / 一龍齋貞鳳
 パトラ       鈴木光枝
 ペラ        黒柳徹子
 ルナ       久里千春
 魔女リカ     松岡圭子
 バック・ミラー  田畑明彦
 ワニ→王子    野本礼三
 怪物       筈見純
 国王       大宮悌二
 マンボウ     相模武
 トンカチーフ   青島幸男
 ミスター・ゼロ  坊屋三郎
 センターバック・スコアボード・
 ランニングホーマー 桑山正一 / 世良明芳
 ドビン・ポット   新道乃里子
 ボスケ王     左とん平
 デビソン提督   矢島正明
 ムッツリーニ   相模武
 雷門ゴロ助    大山のぶ代
 団長        加藤武
 オソレイリヤス  久松保夫
 メンメリアス    宮地晴子
 ラッキートーナス 大塚周夫
 デタラメデス   4代目柳家小せん
 メロメロス     雨森雅司
 ジョウ       左とん平
クリックするとオリジナル表示 パット・ロール  2代目三遊亭歌奴
 シャッキンバード 市村俊幸
 アルカジル王   北村和夫
 ハッサン     三波伸介
 ケッサン     上田吉二郎
 オッサン     晴乃チック
 タクサン     晴乃タック
 シエラザード   里見京子
 ためきばやしはらつづみえもん 内山森彦
 ウクレレマン・ダン 牧伸二
 ドクトル・デ・ペソ 大森達夫 / 島宇志夫
 ネンネ      江戸家猫八
 アノネ      常田富士男
 アンナポンチ・ドコンジョ 鈴木光枝
クリックするとオリジナル表示 イカレポンチA  江幡高志
 イカレポンチB  小林清志
 カンカン王    三波伸介
 ドン・キホーテ  谷幹一
 サンチョ・パンサ 関敬六
 ロシナンテ    増岡弘
 ガリレオ・ガリルレロ 桑山正一
 ハムレット    新道乃里子
 トト        前沢迪夫
 局長       武内文平
 ハガキ      愛川欽也
 ポスト       和久井節緒
 窓口       向井真理子
 志士       柳沢真一
 パレンチ・コート 若山弦蔵
 ジューワット・ホープ 鈴木やすし
 バッファロー・ザ・スローモー 小坂一也
 マーガレット・バッツィドール 楠侑子
 ドクター・ストップ 堺駿二
 クリンチ・ホールド はせさん治
 ローブロー    内海賢二
 ゴリラ       内山森彦
 キャプテン・キッド 桑山正一
 チコ・ウナロン  小野栄一
 リップ・ダメロン 山崎唯
 天使長      矢島正明 
 ガラクータ     (若山弦蔵)
 トウヘンボク    (柳沢慎一/安原義人)
クリックすると拡大 ドタバータ     (鶴田忍/波豊和)
 ヤッホー      (川久保潔)
リメーク版だけの声優さん
 国際警察長官   (大塚周夫)
 隊長オッサン   (内海賢二)
 従卒タクサン   (高松しげお)
 従卒ケッサン   (槐柳二)
 シェラザード姫  (高見知佳)
 たぬきばやしはらつづみえもん(永井一郎)
 アル・カジル王  (北村和夫)
 アホウのホウ助33世(安原義人/江原正士)
 ホウ左ェ門    (安西正弘)
 ワニ(王子)    (八代駿)
 怪物(国王)    (梶哲也)
 バックミラー    (神谷明)
 アルセーヌ・クッペパン(野沢那智)
 魔女パトラ    (今井和子)
 魔女ペラ     (戸川京子)
 魔女ルナ     (久里千春)
クリックすると拡大 刑事        (安原義人)
 ゴリラ       (荒川太郎)
 評論家      (永井一郎)
 クリンチ      (田辺靖雄)
 ローブロー    (江原正士)
 ドクター・ストップ(小松政夫)
 魔女リカ     (松岡圭子)

「ひょっこりひょうたん島」の前の番組は1956年4月14日から始まった「チロリン村とくるみの木」でした。テレビ放送が開始されたのが1953年2月1日で当時は一日に4時間の放送だったそうです。
ちょっと驚いたのが「ひょっこりひょうたん島」で声優として出演していた黒柳徹子さんが「チロリン村とくるみの木」でもピーナッツのピー子の声優として出演されていることでした。
あの「ひょっこりひょうたん島」の歌 も有名です。歌詞 を書いておきます。
作詞:井上 ひさし  作曲:宇野 誠一郎  歌:前川 陽子
波をチャプチャプ チャプチャプかき分けて(チャプ チャプ チャプ )
雲をスイスイ スイスイ追い抜いて(スイ スイ スイ)
ひょうたん島はどこへ行く 僕らを乗せてどこへ行く ウウウー
丸い地球の水平線に 何かがきっと待っている
苦しいことがあるだろさ 悲しいこともあるだろさ
だけど僕らは挫けない 泣くのは嫌だ 笑っちゃおう
進め ひょっこりひょうたん島 ひょっこりひょうたん島 ひょっこりひょうたん島

物語(人間レコードの巻)→ポチッ
こちらはモーニング娘の「ひょっこりひょうたん島」て゜す。


海賊ソングも紹介します。 をクリックすると海賊ソングが聞けます。動画の中には4人の海賊であるドタバータさん、トウヘンボクさん、ガラクータさん、ヤッホーさんが解説された絵が表示されます。下で大き目の絵がヤッホーさんです。ヤッホーさんは海賊ですが元は山賊でした。ヤッホーさん達の絵はクリックすると拡大します。ヤッホーさんの解説では目の黒目の部分が白目の範囲外まで動くことや、ひげが上下にピクピク動くことも書かれていました。
クリックすると拡大クリックすると拡大
クリックすると拡大クリックすると拡大

クリックすると記事右のキャラクターが、コメントを頂いている方が大好きなガリゾー君です。大ファンになるのが判る気がします。ガリゾー君はテレビアニメ「はなかっぱ」のキャラクターで、背中の羽や、笑い声が「カッカッカッカ」であり、背中の羽で飛ぶ時に「プ〜ン」と言っていることから蚊をモチーフにしていると思われているそうです。蝶兵衛の命令で、変装してはなかっぱに近づき、あの手この手で、はなかっぱに食べると若返る「わか蘭」を咲かせて奪おうとしますが、いつも失敗して大目玉を食っているそうです。

クリックすると記事こちらがアニメ主人公の「はなかっぱ」です。「はなかっぱ」は頭に花が咲いている一族の男の子だそうです。汚れた空気や水に入ると頭の花がしおれたり、友達との喧嘩や転んで痛いときも散ってしまうそうです。おとうさんはヒマワリ、おかあさんはタンポポ、おじいちゃんはハス、おばあちやんはカスミソウで、「はなかっぱ」の花は「とりあえずの花」だそうです。

はなかっぱの主題歌です。 をクリックしてみましょう。
右下の動画にはカレゾーガリゾー君が沢山出てきます。 
左がオープニング            右がエンディング



はなかっぱのみんなを紹介します。


ひょっこりひょうたん島のドン・ガバチョさんの「アメリカでは」という歌があることを「ガリゾー君の大ファン!さん」からコメントで教えていただきました。そのコメントの中に登場した酋長とトラヒゲさんの並んだ写真があったので掲載いたしました。
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右もガリゾー君の大ファン!さんのコメントに書かれていた姉妹であるロールパンナさんとメロンパンナさんです。
二人ともにアンパンマンに登場するキャラクターです。ロールパンナさんはジャムおじさんがメロンパンナさんの為に作った女戦士だそうです。

ガリゾー君の大ファン!さんのコメントで登場したGo!プリンセスプリキュアを紹介します。→>動画1 動画2
  左 天の川きらら キュアトゥインクル
  中 春野はるか  キュアフローラ
  右 海藤みなみ  キュアマーメイド
クリックすると別画面
プリキュアには沢山の登場人物がいます。
クリックすると拡大
主題歌の動画を貼り付けました。


いただいたコメントの中にあったキューティーハニーの画像を転用させていただきました。右端がオリジナル(1973年)で左端が実写版(THE LIVE 2005年)です。
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コメントで登場した2つのアニメを紹介します。
左側があさりちゃんの動画です。主題歌は、ひょっこりひょうたん島を歌った前川陽子さんが歌われています。右側がハインツドゥーフェンシュマーツ博士が主人公のアニメ「フィニアスとファーブ」の動画です。


上の段の左がユキリーヌブラウンさんのコメントに登場した「バイキンマンの歌」です。右が「ハヒフへばいきんまん」の歌も追加いたしました。下の段グレリーヌ・ダークゥエンブラッキーさんのコメントの中に登場した「ばいきんまんと3ばいパンチ」の動画です。画面内のプレーボタン( )をクリックしてみてください。



ガリゾーくんの大ファン!さんのコメントに登場したレジーナちゃんとロールパンナちゃんとドキンちゃんです。
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コメントにあったザ・シンプソンズ(The Simpsons)です。
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今回のガリゾーくんの大ファン!さんからの紹介は左から「板前ソング」、「ピカピカピカリンじゃんけんポン」、「ピースフルデイズ」です。


こちらは人形劇「バケルノ小学校ヒュードロ組」です。


こちらはコメントを頂いた「ハッチポッチステーション」と「クインテット」と「フックブックロー」です。フックブックローの中に人間として登場する平積傑作(谷本賢一郎)さんはガリゾー君の大ファン!さんが、鳥野巣お兄さんとあだ名をつけた通りでした。 
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ひょっこりひょうたん島の次の人形劇「ネコジャラ市の11人」です。
1970年~1973年まで放送されたそうです。ひょっこりひょうたん島(1964年~1969年)の存在が大きかった気がしました。
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ドン・ガバチョさんとジャムおじさんを比較してみました。
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ひょっこりひょうたん島の中では色んな歌が歌われていました。いくつか紹介したいと思います。歌は「プアボーイ」「立志伝中の人物」「勉強しなさい」「オレは海賊」です。



コメントにあったピンキーマカロンを探してみました。
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左が「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」で、右はプリキュアメモリの主題歌です。


合唱曲でCOSMOSの原曲と合唱です。


NHKアニメワールド おばあちゃん型ロボットが主人公の「わしも」です。
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ガリゾー君の大ファン!さんのコメントによると、「わしも」のひよりちゃんのお友達(右)の声優として杜野まこさん(左)が出ていました。杜野まこさんは「はなかっぱ」のアゲルちゃん(中)の声優もされています。下段は真中がひよりちゃんで、両側を歩いているのが、そのお友達です。
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これがコメントで話題の「ぜんまいざむらい」です。
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こちらもコメントを頂いた連続人形活劇 新・三銃士です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらは米ディズニー・チャンネルオリジナルアニメ「フィニアスとファーブ(Phineas and Ferb)」です。キャラクターは先頭から
 カモノハシペリー/エージェントP(Perry the Platypus/Agent P)
 フィニアス・フリン(Phineas Flynn)
 ファーブ・フレッチャー(Ferb Fletcher)
 キャンディス・ガートルード・フリン(Candace Gertrude Flynn)
です。
クリックすると拡大

こちらはアニメ「おじゃる丸」です。
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左から「うすいさちよさん」、「岩清水くん」、「平滝夜叉丸」です。
「うすいさちよさん」と「岩清水くん」はアニメ「おじゃる丸」への登場人物で、「平滝夜叉丸」はアニメ「忍たま乱太郎」に登場しています。。
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こちらがコメントにあったアニメ・秘密結社鷹の爪です。
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サザンオールスターズのエロティカセブンです。クリックするとyouTubeで歌が聞けます。
エロティカ・セブン( EROTICA SEVEN)はサザンの32枚目のシングルで、1993年7月21日発売され、1998年2月11日と2005年6月25日に再発売されました。
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コメントでグローブ型が話題となったクリームパンとクリームパンダの画像です。
クリックすると拡大クリックすると拡大

こちらの左側は魚達が大活躍するアニメ「スイチューフレンズ」です。右側はスポンジ・ボブ/スクエアパンツです。

モロッコ料理 [モロッコ]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
クリックすると拡大
この時はパリからモロッコのカサブランカに入りました。飛行機はほとんどスペインの上を飛ぶために風力発電の風車を沢山見ることが出来ました。その風力発電には驚きました。でもモロッコに入った以上は、やはり本場のモロッコ料理を紹介する必要がありますね。実は、この器がモロッコ料理の特徴です。後半で紹介している料理はこのタジン鍋に入って出てきました。
モロッコのカサブランカで食べた本場のモロッコ料理です。

香辛料の器もタジン鍋を意識したモロッコ的なものでした。


地中海です。オリーブの実です。若いオリーブ(左)と熟したオリーブ(右)です。
モロッコはアフリカ大陸にありますが、アフリカ大陸の中で最もヨーロッパ的な国と言われておりヨーロッパの一部と言ってもおかしくないことを実感しました。フランス語圏だし


モロッコのビール 名前はカサブランカ


最初の料理です。モロッコ料理と言えばタジンやクスクスが有名ですが、モロッコ的なのが沢山並んだ、これらの料理です。周りに並んでいるのが野菜が中心の家庭料理といえます。特に豆料理が有名です。
この写真の料理も、いろんな種類があるので是非、写真をクリックして拡大された写真を見てください。中央のお皿に乗っている春巻きの様なのがブリワット(Birwatts)で、これもモロッコ料理の一つです。ネットで調べると丸いパンのように見える料理はモロッコではワラカと呼ぶパイ皮包み料理のパセラ (Pastilla)です
クリックすると拡大

この壷のような入れ物でスープが出てきました。ここから取分けてもらえたのです。
後で掲載しているメニューの写真から読み取ると、このスープはハリラ(Harira)のようです。
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まさにモロッコのスープです。器にスープを取り分けてもらいました。


羊肉の煮込み料理Tajine(タジン)です。モロッコ料理の2大料理の一つと言えます。モロッコはイスラム教の国なので、やはり羊料理は多いです。
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冒頭の器で出てきたのは羊肉のクスクス(CousCous)です。クスクスの上に肉と野菜が乗ったのがクスクス料理です。クスクス料理がタジンと並ぶモロッコ料理の代表格です。こちらのクスクスは粟の粉のような穀物で作られた本場のクスクスと聞かされました。この料理は冒頭の写真のタジン鍋の蓋をとったら、この料理が現れました。上の羊肉の煮込み料理は土鍋のように深い形のタジン鍋でした。
クリックすると拡大

こちらは鶏肉のクスクスです。料理下に山盛りに盛られているのがクスクスです。日本だとご飯に相当するのでしょうか。イタリア料理だと小さなマカロニのようなものでしょうか。実はクスクスと言えば食べ物のクスクスではなくて動物のクスクスを思い浮かべてしまいました。でもクスクスで検索すると食べ物 のクスクス の方が多いですね。それにしても鶏肉と一緒に野菜が沢山乗っています。カボチャ、ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、ズッキーニ、ピーマンに豆と細かく切って煮込んだタマネギも入っているようです。
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お茶を入れてくれています。モロッコ流の入れ方です。TVドラマ・相棒の杉山右京のお茶の入れ方に似ています。
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お茶のポットです。


お茶と一緒にデザートのクッキーを食べるのかモロッコ流です。
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この日に食べた料理の伝票です。 合計値段は1881DH(ディラハム)です。現在の為替レートだと10倍にすると日本円なので約19000円になります。したがって一人当たりは4000円弱です。メインデッシュが5~7行目のタジン(Tajine)のTanzia(130x2)とクススク(CousCous)のCouscous fassi(110)と Couscous chaoui(100)なので合計で260+110+100=470DHです。ビールが7本で350DHでワインが200DHでした。
その他、読み取れる文字の範囲で料理の名も書いてみました。
括弧内数値は値段です。10倍にすると日本円です。
 Salade(70) Poriwsttes(70) Pastilla(110x2) Marira(50) Porato(40)
デザート関係はこれです。
 Patisseries(50x2)


フランス語もモロッコ語もわかりませんがメニューを掲載しておきます。
お店を紹介いたします。
   店名 Ryad Zitoun
   住所 31,Bd Rachidi - Casablanca
   電話 022-22-3927  Fax 022-27-2890


裏側です。

リカのパリ滞在記さんのモロッコ料理タジンにトラックバックしています。

カサブランカの人気シーフード店 [モロッコ]

IMG_9274-50.jpg
写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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カサブランカは大西洋に面した港町のためシーフードも豊富です。前回カサブランカに来たときは食べれなかったシーフードを食べに行きました。お店の名前は忘れましたが港の近くの有名なシーフード店と言えば、すぐに判るはずです。
有名なシーフード店が2店あるそうですが大衆的なお店の方に入りました。早速に頼んだのがイワシの唐揚げです。レモンをつけて食べましたが、ここのお店が人気なのは新鮮さのように感じました。

これは料理ではありません。次の魚のスープに入れるチーズとカリットしたパン(クルトン)です。


この魚のスープはさすがでした。今回のシーフード店で、最も感激した料理の一つです。濃厚な魚の味のスープでした。上のクルトンとチーズをお好みで入れて食べました。浮いているのは好みで入れたクルトンです。
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シーフードサラダです。いろんなシーフードが入っており、これも見かけによらずなかなかの一品でした。
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もちろんカサブランカのビールです。銘柄もズバリ「カサブランカ」です。


海老の唐揚げもビールに合いますね。


これらの調味料をお好みでつけて食べます。マヨネーズとピリカラのソースが2種類です。どれも自家製のような感じでした。


メインデッシュは白身の魚のグリルを頼みました。フランス語が出来る人にお任せで注文をお願いしたので魚の種類はわかりません。
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最後のデザートは、すでに紹介した昔なつかしい味のプリンです。
モロッコの人も夕食は夜遅くから始められます。我々が入ったときは席は空いていましたが帰るころには広い店内でしたが満席になっていました。ここはカサブランカの人気シーフード店でした。結構、手軽な料金で食べることが出来たしモロッコを満喫でしました。日本語を自分で勉強して話が出来る店員さんもいました。なかなか楽しかったです。写真をクリックするとプリンの記事を表示します。
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モロッコの人も夕食は夜遅くから始められます。
我々が入ったときは席は空いていましたが帰るころには広い店内でしたが満席になっていました。ここはカサブランカの人気シーフード店でした。結構、手軽な料金で食べることが出来たしモロッコを満喫でしました。日本語を自分で勉強して話が出来る店員さんもいました。なかなか楽しかったです。

カサブランカの街並み [モロッコ]



パリからカサブランカ(CASABLANCA)に着きました。まずはモロッコ料理を紹介したカサブランカの町の中はカラフルな花がいたるところに咲いていました。これはバハマの記事でも紹介したブーゲンビリア です。原産国は中央アメリカ・南アメリカの熱帯雨林だそうですが北アフリカにも咲いていました。

カサブランカで最も有名なのがイングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman)とハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)クリックすると拡大が主演し、アカデミー賞作品賞、監督賞、脚色賞などを受賞した1942年(第二次世界大戦中1939年~1945年)制作の 映画カサブランカ ではないでしょうか。
右の写真はクリックすると拡大します。
その映画のカフェ(カフェ・アメリカン)をイメージして作られたバー・カサブランカは某ホテル(ハイアット・リージェンシー)で保存されていましたが、ついに取り壊されたと聞きました。残っていれば紹介したかったけれど残念でした。そこで、1940年代の雰囲気は残ったところはないけれどカサブランカの現在の街並みを紹介することにしました。

ポスターの写真はネットから拝借
この写真はカサブランカの早朝の町の風景です。普通の都会の風景で、きれいなビルも沢山建っていました。


早朝ですが車は沢山通っていました。普通の景色のように見えるけれどモロッコはイスラムの国です。若い女性はジーパン姿で普通の服装の人は結構いましたが、やはりスカーフで髪を隠す服装が多いのがカサブランカでした。


少し古いビルが建っている付近です。カサブランカとはポルトガル語、スペイン語で「白い家」を意味するそうです。人口は約350万人だそうです。


通勤時間帯はこのように身動きとれないほどの大渋滞になります。


車が多いと、やはり駐車場所が大変ですね。駐車場は、ほとんど町の中では見かけのせでした。このように人通り少ない道路が駐車場所で皆さん取り合いのようです。面白いことに道路なのだけれども、お金を徴収に来る人がいる場所もありました。


フランスの影響のある風景です。屋外カフェをよく見かけました。
カフェの名前はCafe Halleyです。

                          
緑が豊です。やはりヨーロッパよりも南の国です。ヤシの木が沢山並んでいます。街路樹もヤシが多かったです。


カサブランカでもう一つ有名なのが、すでに紹介したハッサン2世モスク だと思います。これはハッサン2世モスクではありませんが、町の中でよく見かけるモスクの形でしたが、エジプトやトルコなどのモスクと違い四角いモスクです。下の写真のように確かに見かけたモスクの塔はすべて四角でした。


追伸です。
ネットで調べると2004年に映画をイメージしたレストランをアメリカ人が開店したとありました。名前もずばり映画の中と同じ「リックスカフェ 」です。下の写真はネットの画像を拝借したもので上の2枚が映画の中のRick's Cafe Americainで下の2枚が現在のRick's Cafeです。写真をクリックすると映画のシーンの大きな写真を表示します。
クリックすると映画のシーンを表示

カサブランカのカフェでのシーンの動画を掲載いたします。
イングリッド・バーグマンさんは1915年8月29日生まれなので映画発表時点(1942年11月26日)は27歳だったことになります。
日本との戦争が始まったのは映画の発表の一年前です。太平洋戦争中に、このような映画が作られたのには驚きです。

ちょっとビックリ カサブランカの住宅 [モロッコ]



モロッコのカサブランカで印象的だったのが大きな住宅が多かったことです。町の中にも花で飾られた高級住宅地を見かけましたが、少し郊外に出ると写真のような立派な住宅が沢山立ち並んでいました。この写真が特別に大きいのではなくてほとんどの住宅が、この大きさなのには驚かされました。

車で移動中なので鮮明ではありませんが比較的きれいに撮れた写真を掲載いたしました。この横も、その横も、その横も大きな家でした。


郊外に出ると黄色とオレンジ色の花が沢山咲いていました。お花畑のようでした。車のスピードが早いので鮮明ではありませんが、これもモロッコの景色なので紹介します。鮮明でないのが残念です。


行くまでは砂漠をイメージしていましたが、あらゆるところがお花畑でした。モロッコの地中海沿いは緑豊な場所でした。


大きなウチワサボテンも雑草のように生えていました。聞くと雨季と乾季があるそうです。

2週間で !  すっかり!  [千葉]


季節の移り変わりとともに変化する木の変化を紹介いたします。
こちらは新緑の季節5月6日の近くの空き地の写真です。緑がきれいです。

                 
10月にはドングリが実って葉っぱも青々と、していましたが12月2日には色が変わりました。

                 ↓ 2週間
それから2週間後の12月15日には、すっかり葉っぱが落ちてしまいました。早いものです。今の景色も、この景色ですが4月の20日ごろになると新芽が出てくるはずです。


別の場所のイチョウの木の変化も紹介いたします。こちらも5月6日の写真です。緑がきれいです。

                 
12月2日にはきれいな黄色の色をしていました。

                 ↓ 2週間
こちらも12月15日には、すっかり葉っぱが落ちてしまいました。



写真のサイズ [裏ワザ]


私の記事の掲載幅は写真のサイズで表現すると477ピクセル(ドット 画素)です。
その場合に複数の写真を並べる場合の写真の幅を紹介いたします。
 5枚 幅 88ピクセル


 4枚 幅 112ピクセル


 3枚 幅 153ピクセル


 2枚 幅 233ピクセル



 2枚 幅 216ピクセル
 1枚 幅 444ピクセル


ピクセル(pixel、画素)は、コンピュータで画像を扱うときの、色情報(色調や階調)を持つ最小単位、最小要素です。厳密に言えば違うようですが同一の言葉としてドットが使われます。
ピクセルは一般的に picture element あるいはpicture cell からの造語とされています。
ハスの記事は3つ掲載しました。 
 ここ → ポチッ① ポチッ② ポチッ③

今回の蓮の花は水郷佐原水生植物園のハス祭り(2012年7月7日~8月12日)に2012年7月19日に行って撮ったもので上のポチッ①の中で紹介したハスの写真を使っています。探してみてください。

上の写真はこの下の写真から切り取ったものです。これが撮った写真の全景です。
レンズの焦点距離は400mmでISO100で絞り(F値)はF8でシャッタースピードは1/512secでの撮影でした。焦点距離が400mmでこの大きさなので、結構遠くの蓮の写真だとわかってもらえると思います。カメラはEOS 5Dです。


こちらが上のオリジナルの写真の1倍の写真です。1倍の状態で切り取って掲載いたしました。遠い被写体だけれども、おしべにピントが合っていることがわかってもらえると思います。かなり遠い距離からの写真ですが、思ったところのピントがピンポイントで合わせられるのが一眼レフの写真と言えるのかもしれません。距離が10m以上離れて焦点深度は数センチです。手振れ機能も効いています。こんかい掲載したした写真は全て1枚の写真です。

赤ヤガラ [日々]


クリックすると拡大この写真を見てドキッとされる方もおられると思います。
大手スーパーの中にある魚屋で珍しい魚を見つけたので買ってきました。この魚は以前食べたことがあり美味しいと知っていたからです。
これが魚の全形です。家族に見せたかったので魚屋でさばいてもらわずに、そのまま家に持ち帰りました。
お店の人に「このまま持って帰れますか。」と訪ねると、ものすごく大きな袋を用意してくれました。袋の上から魚の頭を持って手は顔の辺りの高さで真っ直ぐに、縦にぶら下げるように車まで運びました。車のトランクの中は魚が横幅いっぱいでした。
今回、掲載している写真はすべてクリックすると拡大するように設定しています。この写真はぜひともクリックしてみてください。
魚の名前はアカヤガラです。巨大ヨウジウオと言う感じの魚です。有名なタツノオトシゴやリーフシードラゴンとも近い魚です。

左の写真は横から見たものです。下の写真は、魚を上から撮ったものです。大きさを判ってもらうためにポールペンと一緒に撮りました。
クリックすると拡大

ネットからこの魚のことを調べてみました。
 種名  アカヤガラ(赤矢柄)
 綱名  硬骨魚綱 棘鰭上目 
 目名  トゲウオ目 ヨウジウオ亜目
 科名  ヤガラ科
 属名  ヤガラ属

見ての通り吻は著しく長く、筒状。尾鰭の中央軟条が長く伸びています。ヤガラは漢字では矢柄です。弓矢の矢の棒のことを矢柄(やがら)と言いますが細長いので矢柄と呼ばれたようです。
近縁のアオヤガラとは、体色は赤味がかっており、また、尾柄部の側線鱗には鋭い後向棘があることなどで区別できそうです。
やや沖合いの深みの岩礁域およびその周辺の砂底域に生息し、稀に岸からの釣りで採集されることもあるほど浅所にも出現することはあるそうです。
産卵期は冬とされています。甲殻類や小型魚類などを食べるそうです。
高級魚で、料亭でないとなかなかお目にかかれない魚です。また、乾燥させたものは漢方薬として用いられることがあるといいます。インド洋、太平洋に広く分布するそうで。
沖合いのやや深いところにすみ、口は管状で長く、体の4分の1を占めます。小魚などにそっと近づき、吸込むようにして捕まえるそうです。味がよくて、刺身、塩焼き、椀種(わんだね)にします。本州中部以南、太平洋、インド洋西部の熱帯から温帯にかけて分布するそうです。

上品な白身は定評があり、高級食材として扱われる魚です。脂も多すぎず少なすぎずで、上品な脂です。
しかし、見ていただいても判る通り、歩留まり(可食部)が非常に少ない(口が長く尾っぽも長い。)ために大きさの割には食べる部分が少なく、高価な魚がより高価になってしまいます。
確かに刺し身は絶品でした。透明な白身で、タイとイカの中間のような味と書かれており、タイとハモを合わせたような味とも書かれていました。塩焼きにすると、 ハモのように上品でしかもコクのある旨みが出るそうです。キレのある味。椀種にすると濃いダシがでるので、 他のダシが必要ないほどです。口の部分でもダシがとれるそうです。  

大きいものは1m50cmくらいでさらに大きくなると2m近く、重さも2kgを超えるようなサイズにもなるそうです。買ったものは1m20cmくらいで結構、大物でした。値段は1500円と高級魚のわりに意外とお得でした。
冷蔵庫にはそのまま入らないので、家族に見せて写真を撮った後に、この状態まで、さばいて冷蔵庫に入れました。頭の少し後ろまで硬い甲板におおわれ、大きくてさばくのが難しかったけれど、何とか処理できました。身は結構沢山とれました。胴が意外と太かったです。
ヤガラの「捌き方」や「さばき方」に関する検索がよくあるので、私がおこなった「さばき方」を紹介します。さばき方は普通の魚と同じで3枚におろしました。
そのあと皮を引いて中骨を取って出来上がりです。細いので少しやりにくいけれども身が意外と太いので何とかなりました。
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夕食の食べる寸前に刺身にしました。お皿の上に乗っているのは刺身と魚の頭です。この頭の長さは36cmありました。お皿も小さく見えますが結構大きなお皿です。淡白で非常に美味しい魚でした。高知から直送されたそうです。やっぱり毒がある魚(河豚)やグロテスクな魚(鮟鱇)や変わった形の魚は美味しいようです。ヤガラは変わった形の魚に分類されますね。
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あらは煮付けにしました。これも結構いけました。
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口の部分が気になると思い紹介いたします。小魚を吸い込むように食べるさうです。一種の擬態ですね。小魚は魚が近づいて来たとは思わないかもしれないですね。敵からも魚と認識しにくいと思います。この口を上下に押し広げてみると驚くほど大きな口になることが判りました。電気掃除機か大型のストローのようなものですね。
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類似の魚と比べてみました。下記を見てもらうとヨウジウオやタツノオトシゴなどと近い種類であると判ってもらえると思います。アカヤガラの写真以外はネットから拝借いたしました。
アカヤガラ ヨウジウオ タツノオトシゴ リーフシードラゴン
硬骨魚綱 硬骨魚綱 硬骨魚綱 硬骨魚綱
棘鰭上目 棘鰭上目 棘鰭上目 棘鰭上目
スメグマモルフ系 スメグマモルフ系 スメグマモルフ系 スメグマモルフ系
トゲウオ亜系 トゲウオ亜系 トゲウオ亜系 トゲウオ亜系
トゲウオ目 トゲウオ目 トゲウオ目 トゲウオ目
ヨウジウオ亜目 ヨウジウオ亜目 ヨウジウオ亜目 ヨウジウオ亜目
ヤガラ科 ヨウジウオ科 ヨウジウオ科 ヨウジウオ科
ヤガラ亜科 ヨウジウオ亜科 タツノオトシゴ亜科 ヨウジウオ亜科
ヤガラ属 ヨウジウオ属 タツノオトシゴ属   Phycodurus
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辻斬りではありません。辻切りです。 [風習]


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辻斬りではありません。辻切りです。
私の住んでいる家の近くでは1月25日前後に行われる昔からの伝統行事である「辻切り」を下高野、上高野、井野、小竹の4つの地区で見ることが出来ます。その中の一つである下高野の辻切りの行事には昨年の1月29日に参加させていただきました。今年も参加させていただまく予定でしたが、行事が行われるときに上海に行くことになり残念ながら参加できなくなったことから、紹介の意味で辻切りの記事を再掲載させていただきました。辻切りは集落の境(辻 / 結界)に藁の大蛇を飾ることにより落へ入ってくる疫病や悪霊が侵入しないように行う行事で、災難を封じて五穀豊穣と郷内安全を祈願するものだそうです。その記事を書きに紹介します。ポチッをクリックすると記事を表示します。
  掲載年                行事が行われる日
  2017年 八千代市下高野 → ポチッ 2017年1月29日(日) 
  2017年 八千代市上高野 →     2017年1月29日(日)
  2017年 佐倉市井野   → ポチッ 1月25日 前日 
  2016年 八千代市下高野 → ポチッ 2016年1月31日(日)
  2015年 八千代市下高野 →     2015年2月02日(月) 例外
  2014年 八千代市下高野 → ポチッ 2014年2月02日(日)
  2013年 佐倉市小竹   → ポチッ
  2013年 八千代市下高野 →     2013年1月27日(日)
  2012年 八千代市下高野 → ポチッ 2012年1月29日(日)
  2012年 八千代市上高野 → ポチッ 1月25日前後の土曜か日曜
  2012年 家に飾った小辻 → ポチッ
  2010年 八千代市下高野 → ポチッ 2010年1月24日(日)
  2009年 佐倉市井野   → ポチッ 1月25日
  2008年 佐倉市井野   → ポチッ 1月25日

4つの地区の辻切りの位置にマークを入れました。黒い点の入った黄色のマークは辻切りの位置ではなく上高野の藁の大蛇を作る場所である金乗院です。藁の大蛇は下高野と上高野はそれぞれ1ケ所で作ります。井野は大蛇をそれぞれの8ケ所で作ります。したがって井野の8ケ所が大蛇は少しづつ違います。
  空色 8ケ所 井野の辻切り
  赤色 6ケ所 下高野の辻切り
  黄色 5ケ所 上高野の辻切り
  緑色 5ケ所 小竹の辻切り
青色ライン赤色ラインが上高野の辻切りを見つけるために歩いた散策ルートです。
緑色ラインは下高野の大蛇を飾るために車で走ったルートです。
空色ラインは井野の辻切りの散策ルートの一例です。

より大きな地図で 井野、上高野、下高野の辻切り を表示

上高野の辻切り [風習]



先日(2012年1月29日)に千葉県八千代市下高野の辻切りの伝統行事に参加させもったときに前日(1月28日)こ隣の地区である千葉県八千代市上高野でも辻切りが行われたと聞きました。ネットで調べると2006年の記事に5ケ所に辻切りの藁の大蛇が設置されると書かれていました。そこで朝のワンコの散歩を兼ねて5ケ所の場所を探してみることにいたしました。2時間以上の長い散歩になったのでワンコは大喜びでした。
辻切りは集落の結界に飾られ悪霊や疫病などを防ぐもので上高野では1月28日前後に行事が行われるそうです。

探した結果、下記の地図にマークしている①から④の4ケ所を見つけることが出来ました。 ←追伸 今日(2月12日)、5番目の辻切り⑤を見つけました。
黒い点の入った黄色のマークは辻切りを作るために、みんなが集まる金乗院の場所です。見つけた順番に①~⑤の番号を付けました。見つけた4ケ所の藁の大蛇の辻切り(大辻)を紹介いたします。赤いマークは6ケ所ある下高野の辻切りの一つです。クリックするとgoogle地図を表示します。



の辻切りです。


頭の向きは北東の方向でした。こちらは下高野の方向です。



の辻切りです。


こちらの蛇の頭は北北東に向いていました。こちらは井野および下高野の方向にあたります。



の辻切りです。この場所は、ふれあい広場の入口にあたります。かなり長い大辻でした。


頭の方向は南南東に向いています。こちらの方向も上高野のため同じ上高野でも古い地区と新しい地区の境なのかもしれません。 → Kazuさんのコメントによると昔の上高野と上高野原の境になるそうです。



の辻切りです。こちらの辻切りはネットでもよく出て来ていました。セントマーガレット病院の脇にある庚申塚のフェンスに付けられていました。


頭は西の方向を向いています。こちらは村上地区方向です。こちらを冒頭の写真に使わせてもらいました。上高野の辻切りを見ると下高野の辻切りが丁寧に仕上げられていることがわかりました。



最後に見つけたの辻切りです。八千代松陰高校のグラウンドの裏の道を挟んだ大きな木に取り付けられていました。


頭は北西方向なので米本地区方向を向いていることになります。やっと目標の5体全てをを見つけることが出来ました。



上高野の辻切りと下高野の辻切り井野の辻切りの場所にマークを付けました。空色が井野の辻切りで、8ケ所すべてマークしています。赤色が下高野の辻切りで、6ケ所すべてマーク出来ています。黒い点がない黄色のマークが5ケ所の内の見つけた4ケ所の上高野の辻切りです。5番目の辻切りを、ご存知の方がおられてら教えてください。本記事に追加したいと思います。 ←追伸 5番目の辻切りを見つけることが出来たので写真を追加しました。
赤色ラインが上高野の5番目の辻切りを見つけるために2012年2月12日に歩いた散策ルートで、青色ラインが2月5日に①~④を見つけた散策ルートです。もう少し足を伸ばしていたら⑤を見つけたかもしれません。

より大きな地図で 井野、上高野、下高野の辻切り を表示
こちらが辻切りを作るために皆さんが集まる金乗院です。


上高野地区では各家に飾る小辻も沢山見かけました。いくつかを紹介いたします。最後の写真のように、まだ昨年の小辻のままのところもありました。




八千代市立郷土博物館のホームページでの辻切りに関する記載内容
2 ワラヘビにびっくり
八千代市の農村部では正月下旬頃になると、あちらこちらで家の生け垣や集落の入口に、ワラで作られたヘビが飾られ、初めて見る人を驚かせます。これはもちろん、人を脅かすためのものではなく、集落や家に入ってこようとする悪霊(鬼)を追い払うための一種のまじないです。この風習を「ツジギリ」と言い、ワラヘビの他、注連縄(しめなわ)を下げる地域もあります。この風習は江戸時代頃には庶民の間に広まったと言われ、八千代市のみならず近隣の佐倉市等でも、今も見ることができます。
写真のような大きなワラヘビを作っている下高野(しもこうや)地区では、ワラヘビや注連縄(しめなわ)用の稲(古代米)を植えて、手作業で刈り取り、天日干しして、このような行事に使用しています。機械で刈り取った稲は丈が短く、大きなワラヘビの制作には適さないとのことでした。ワラヘビの舌や目玉はトウガラシや赤い木の実を付けます。背中には神社から頂いた魔除けの御札(おふだ)をはさみ付けています。地域によってはワラヘビの背中に、鬼の嫌がるヒイラギや杉の葉を付けたり、寺院の御札を、はさみ付けたりと変化します。八千代市内でも多くの農村地区で「ツジギリ」は行われていましたが、残念なことに、行事の中心となる方たちが高齢になるにつれ、中止してしまう地域が多くなりました。
 集落に残る伝統行事は、準備や行事に伴う祭礼と直来(なおらい)(神前に供えたものを共に飲食すること)といった、集落内の人々の横のつながりを確認する場でもありました。「ツジギリ」も、ムラや家族の安全と豊作を祈るという共通した気持ちをお互い確認する行事として、機能しているのでしょう。地域外から越して来られた方が「ツジギリ」を知らず、「いたずらでワラヘビをぶら下げています。」と、市役所に苦情を持ち込んだという笑えない話も聞こえてきます。ますます都市化の進む八千代市ですが、市内に残るこのような伝統文化を、多くの市民の方々に理解して頂き、古くから続く我が町の歴史・文化を、誇りとしていきたいものです。
八千代市立郷土博物館の2月25日からロビー展示は辻切り(ツジギリ)だそうです。
その他の展示は下記の通りです。
 常設展    「新川流域の自然と人々とのかかわりの変遷」
 企画展    第1回「八千代の遺跡」‐萱田地区
 収蔵資料展 第2回「くらしのうつりかわり」~学校の今・昔~
 共催展示   「昆虫展」 ~里山の生き物~
 連絡は下記
  住所 千葉県八千代市村上1170-2
  電話 047-484-9011

下高野の辻ぎり [風習]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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「下高野の辻斬り」ではありません。「下高野の辻切り」です。井野の辻切りを紹介いたしましたが、隣の下高野の地区にも同じような風習が残っていました。井野の辻切りと比べてみてください。→ポチッ
車でよく通る道の脇にワラで作った大蛇らしきものがぶらさげられていました。この写真は昨年の12月末に撮ったものです。ネットで調べて最初に出てきたのが佐倉市の井野地区に残る「井野の辻ぎり」と言う民族行事に似ています。井野の辻切りは毎年1月25日に病気や災いを防ぐ願いをこめて村の結界に魔よけの大蛇をぶらさげるものだそうです。下高野の辻切りは25日ではありませんが近い日に行われています。したがって、この大蛇は約1年経ったものだったのです。

ここの行事を見に行きたかったけれど、ちょうどフランスからの帰国の日であったことから見に行くことは出来ませんでした。気になっていたので、この日、大蛇がぶら下がっていた場所に行って見ました。そこには真新しい大蛇がぶらさげられていました。首は真っ直ぐで目と舌は唐辛子で出来ており、いろんなお札や枝がくくりつけられていました。ネットで調べると井野の辻ぎりの大蛇の目は唐辛子ではないので少し違っていました。場所は八千代市下高野と言う地域で井野地区と少し離れているために少し違うのかもかもしれません。
ネットでは八千代市に類似の行事(下記)がありました。現在も八千代市では上高野、下市場、高津、小池、下高野、村上下町、勝田で行事が続けられているそうです。同じ場所の写真も見つけました。→ポチッ
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井野の辻ぎりをネットで調べてみました。
佐倉市の北西部にある井野という地区には、“辻ぎり”という行事が伝えられています。これは、毎年1月25日に藁でつくった大きな蛇を村境の木の上に取りつけ睨をきかせ、災疫や疫病などが外部から侵入するのを遮ることを目的とした民俗行事です。蛇には大小2つの大きさのものをつくります。小蛇は9尺ほどの長さで各戸の戸口に掛け、大蛇は全長2間半ほどのものを村境に掛けるものです。大蛇の頭部には和紙に炒った五穀を包み、5cmほどの径にしたものに墨で黒目を入れて目玉とし、大きく裂けた口からは唐辛子の真っ赤な舌がのぞいています。県内でも蛇を掛ける辻ぎりは、井野のほか数カ所に伝わるだけで、重要な伝統行事となっています。

ネットで調べた類似の千葉の風習
八千代市上高野の辻切り 藁で作った蛇を村境に置く風習
船橋市中野木の辻切り  悪霊や病気が村に入るのを防ぐ民俗行事
佐倉市井野の辻ぎり   藁で造った蛇を村境に掲げ、厄災や疫病の浸入を防ぐ
市川市国府台辻切り   悪霊や病気が村に入るのを防ぐ民俗行事。

下高野の中で辻ぎりを探してみました。上の写真以外に、さらに2っ見つけました。下高野の辻ぎりは迫力のある「藁の大蛇」でした。


確かに地域の境にありました。毎年、同じ場所に掛けるようです。新しい大蛇の掛けられている地面には古い大蛇が置かれいてました。


お札をアップしました。塞神と書かれていました。ネットで調べると出てきました。
神社のお札で塞神(さいのかみ;境の神)で「八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比女神(やちまたひめのかみ)・久那戸神(くなどのかみ)」の三柱の神が書かれています。
確かに八衢比古神、八衢比女神、久那戸神 らしき文字も読み取れました。


上で紹介した辻ぎり はの3ヶ所で見つけました。下高野は八千代市の中でも昔ながらの土地なので他の地域と違い風習も自然に残っている気がします。見かけてもそっとしておいてください。実際は6か所あるそうです。見つけることが出来たときや新たな情報があったときは記事の内容を更新させていただきます。


この地域には地域の境に辻ギリを掛ける風習だけでなく個人の家の門に藁の蛇を置く風習もありました。いくつか紹介いたします。門の右側の生垣の上に置かれているのが判りますか?
また門の右側の柱の根元に棒に白い紙が付けられたものが地面に沢山突き刺しています。これも、なにかの行事だと思います。クリックすると拡大します。
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その藁の蛇さんです。やはり病気や災いから家を守るために置くそうです。


フェンスの下に藁の蛇さんが置かれているのが判りますか。地域の境に置かれている蛇さんと大きさが違うだけでデザインは一緒でした。


掃除をしている奥さんに、この地域の辻ギリに関して教えてもらいました。門のところの藁の蛇さんを撮っていると気さくに話しかけられて教えてもらいました。


八千代市高津のツジギリは注連縄型(しめなわがた)です。→ポチッ
いろんな町のツジギリがまとめられていました。→ポチッ
千葉県全体でも蛇型のツジキリは結構ありました。→ポチッ

調べていて少し判って来ました。千葉はほんとに多いですね。赤いしるしが蛇型の辻切りの風習が残っているところです。

主体的に下高野の辻切りをされているkazuさんが家を新築されて、その家が建設会社の内覧会になったそうです。そのチラシを掲載させてもらいました。でも了解をもらっていないのですぐに消去することになるかもしれません。地図の場所と住所は消させてもらいました。
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さっそく2011年11月19日の朝のワンコの散歩の時に寄らせてもらいました。朝早かったので内覧会はまだやっていませんでした。広いお庭の中にゆったりと大きな平屋やはり夢の家ですね。羨ましいです。
周りの田園の自然が広がっているのもすばらしいです。

井野の辻切り 2009年 [風習]


私の住んでいる家の近くでは昔からの風習である「辻切り」を3つの地区で見ることが出来ます。一つが下高野の辻切りで、もう一つが上高野の辻切りです。ここで紹介するのは井野の辻切りです。下高野では6つで上高野は5つの大蛇が取り付けられるそうです。井野では8つの大蛇が取り付けられます。
佐倉市の井野地区には毎年1月25日に病気や災いを防ぐ願いをこめて村の結界に魔よけの大蛇をぶらさげる風習があります。2009年の1月25日は、日曜日だったので、大蛇をぶらさげるところとさらに大蛇を作るところに出会えました。その記事を再掲載させていただきました。
一年前の大蛇を外した後に新しい大蛇を大きな木に巻きつけました。昨年も井野の辻切りを掲載しましたが一ヶ月後の写真でしたが、おかげさまで、このときは当日の写真を撮ることが出来ました。

ぶらさげ終わった後に、五穀米を蒔いて手を合わせてお祈りをしていました。私は写真を撮っていましたが、五穀米が沢山あったので私も参加させてもらいました。


これが蒔いていた五穀米です。「撒く」ではなく「蒔く」であることは後で判ります。


これがネットから拝借した井野地区の衛星写真です。井野では大蛇を辻に置く辻切りの場所は1番から8番の8箇所あります。冒頭の場所は衛星写真の5番です。5番以外もすべて廻ったので紹介いたします。


ここは、2~8番から遠く離れた1番の辻切りの場所です。行ったときに丁度取り付けているところでした。ここは住宅街の真中で他の場所とはすこし雰囲気がちがいます。
ここ1番の辻切りが最も早く大蛇が取り付けられました。ここの大蛇だけが目が赤いのが面白いです。

                            
7番の辻切りの場所に行くと近くの民家で藁の大蛇を作っているところに出会えました。寒い時期なので屋内で作っているもの想像していたために、大蛇を作るところは見れないと思っていたのでうれしかったです。せっかくの機会なので大蛇が出来上がるまでを紹介いたします。

                            
庭にビニールシートとゴザをひいて男性と女性が一緒に作っていました。まだ蛇の形はないため作り始めたばかりのようでした。確かに、この日は暖かかったので庭で作業するのに丁度よい天気でした。時間は10時18分でした。まだまだ時間がかかりそうなので一旦離れて別の場所に行きました。


11時10分に戻ってくると、まだ頭はついていませんが蛇の形が出来つつありました。この段階になると男性が作業されていました。


いよいよ蛇の頭を付けます。足元のワラジのように見えるのが頭の上あごと下あごです。


二人ががりで頭を取り付けています。

                            
目を作っているところです。キンカンを紙に包んで作ります。蛇にはすでにお札や木の枝の飾り付けが行われています。最後の段階です。

                            
黒目を書き入れているところです。この日は佐倉市広報番組のチャンネルさくらの方が取材に来られていました。ケーブルテレビのCATVの5チャンネルで放送されるそうです。


唐辛子の舌を付けて完成です。


完成した大蛇にお神酒をあげます。一番の長老がお酒を飲ませてあげているところです。


村の辻に置く大蛇だけでなく個人宅の入口に取り付ける蛇も作られていました。すべて並べて写真を撮らせてもらいました。手前に紙で包まれているのは五穀米です。

                            
この家の人にインタビューしている風景にも出会えました。おそらく明日には放送されると思いました。カメラマン、アナウンサー、デレクターの3人とも女性の人でした。


完成した大蛇をいよいよ辻に、たっている木に取り付けます。みんなで運んできます。


去年の1月25日に取り付けた大蛇を外します。


新しい大蛇を取り付けました。


ここでは古い大蛇を燃やします。他の場所では下にそのまま置いているところもありました。一年間ご苦労さまでした。


道路を横断するように鍬で溝を掘り始めました。


その溝に全員が1人づつ五穀米を蒔きます。これですべて終了しました。今年は日曜日でラッキーでした。来年は月曜日だし再来年は火曜日です。2014年が土曜日なので5年先になります。


五穀米だけでなく大豆やピーナッツも入っていました。穀物全般を入れているんですね。


これは2番の大蛇です。1番と5番と7番以外は行ったときにはすでに新しい大蛇が巻きつけられていました。


うれしいことに4番が復活しました。去年はお札だけでした。今年は新しい藁のとぐろが置かれていました。2005年以来です。写真をじっくり見ると、ここにも五穀米が蒔かれていることが判ります。


高層マンションが見える場所にあるのは8番の辻ぎりです。


こちらは3番の辻切りです。


こちらは6番です。これですべて紹介させていただきました。


個人の家の入口です。こちらに設置されているのは蛇し注連縄の組み合わせのような辻切りでした。


お札だけの家もありました。向かって右側が多かったです。

我が家にも小辻を飾りました。下高野の辻切り [風習]



2012年1月31日掲載 
タイトル:我が家にも小辻を飾りました。下高野の辻切り

2012年1月29日に八千代市下高野地区の伝統的な風習である辻切りに参加してきました。その時のことはすでに前記事の「下高野の辻切り行事に参加させていただきました。」で紹介いたしました。その時に教えてもらいながら作った家庭用の藁の蛇である小辻をさっそく家に取り付けました。

小さくても集落の結界に取り付ける大辻と作り方は同じです。
先ずは頭である両あごを作ります。


2つ合わせると立派な蛇の頭になりました。
こちらの方は、なんとか一人で作ることが出来ました。


小辻と言えども胴と尻尾は一人では無理なので二人で作りました。右が私です。
すでに大辻を作るときに紹介した通り、ねじった藁束をよっていきます。ねじる方向とがっちりとよるのがコツのようです。


小辻が完成しました。家庭用の小辻の頭は藁2本で作ります。私は2本のものと5本のものと2体を作りました。持ち帰ったのは、この写真の頭は藁5本で作った小辻です。家庭用としては大型なので中辻と言ったらいいかもしれません。ただし中辻の呼び方はありません。
この後に飛び出ている藁を切って2枚板で滑らかにします。
上の顎だけのものが藁2本で作ったものです。2つを合わせた蛇の頭の写真は5本で作ったものでした。


貰ってきたお札とヒイラギと杉の枝を刺したものを家の入口に取り付けました。


お札を紹介いたします。これそのものは大辻に取り付けたものです。塞神(さいのかみ;境の神)の文字に「八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比女神(やちまたひめのかみ)・久那戸神(くなどのかみ)」の三柱の神様が読み取ってもらえると思います。


大辻は6体作るのですが、手違いで頭を7つ作ってしまいました。その頭と藁をもらってきて家で辻切りを作ってみましたが、残念ながら皆さんが作られるような出来栄えには、ほど遠いレベルでした。でもせっかく作ったので家に生えているヒイラギと近くの雑木林の杉の枝を刺して、もらってきたお札を刺して、なんとか辻切りが完成しました。これを作ってみて大辻作りの難しさを痛感させられました。


私の近所では辻切りのことを知っている人は少ないと思うので写真付の説明を貼っておきました。
集落の大辻で守れなかった疫病や悪霊を各家庭で防ぐのが小辻だそうです。


一年間でどのように変わっていくのか定期的に写真を追加していきたいと思います。基本は毎月の最終日曜日のつもりです。
   2012年01月29日               2012年02月18日 雪が降りました。
2012年01月29日2012年02月18日

   2012年04月01日               2012年04月28日


   2012年06月10日               2012年07月01日


   2012年08月19日               2012年09月09日


   2012年11月04日               2013年01月12日
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2013年1月12日追伸 タイトル:一年間お疲れ様でした。下高野の辻切り

昨年の1月29日に八千代市下高野地区の伝統的な行事である辻切りに参加させてもらってもうすぐ1年になります。その時に、手伝ってもらいながら作った家用の小辻を玄関脇に飾り、その小辻も一年になりました。上の写真は今日の小辻です。唐辛子の真赤な色は抜けて藁も一年の歳月を感じさせてくれます。一年間、お疲れ様でした。
残念ながら今年は1月24日から27日まで上海に行くことから伝統行事には参加できません。そこで、この小辻は青菅の「どんどれえ」で正月飾りと一緒に燃やしてもらおうと思っています。

本場の湖北料理 [湖北省]


湖北省の省都の武漢に来る機会が出来ました。中華料理も地域によってずいぶんとちがいます。湖北料理はここの本場の料理なので着いた日は湖北料理を食べに行きました。先ずはセロリの料理です。この後は出てきた順番に掲載しています。4名で人数の割りに少し量が多いようですが種類を優先させました。

キノコのスープです。湖北料理らしいスープです。


ここの名物です。まわりはもち米です。これは日本でもよく見かける料理ですが、全般的には普段はお目にかかれない料理が多いのが地方の中華料理です。


白菜の煮物です。これが美味しいんです。


竹の子の料理もよかったです。


見ての通り麻婆豆腐です。湖北料理店で食べる四川料理です。味の違いに興味があるので、いつも麻婆豆腐を頼むようにしています。こちらから言わないと、安い料理なので出てくることはありません。


魚料理ですが、これは大きいです。中華料理では魚料理がもっとも高価なことが多いです。大きさを実感してもらうために写真はクリックすると拡大するようにいたしました。この回の料理の写真ではこれだけが拡大します。
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最後はチャーハンにしました。


最近はチェーン店が流行っています。 778酒店と言うお店です。

わいろを受け取ってしまいました。 [土産]



お代官様、好物のまんじゅうでございます。イヒヒヒ・・・
越後屋おぬしもなかなかの悪たぬきよのお

蓋を開けると饅頭が並んでいます。


箱は二重底になっており饅頭の下には小判が入っていました。遊び心の新潟土産 が、ひそかなブームです。時代劇でよく出てくる場面でした。
ご心配なく、小判はミルククッキーでした。
「越後屋おぬしもなかなかの悪たぬきよのお 」と言う名のお菓子でした。

運河のある街並み [アヌシー]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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フランスのリヨンに行っていた時にスイスの国境に近いアヌシー湖に電車を使って日帰りで行って見ました。リヨンの報告は終わりましたがアヌシーの報告をすでにワンコから始めさせていただいております。
上の写真はアヌシーの紹介に必ず使われている場所です。ここから奥に旧市街と運河が広がっています。
特に魅力的なのが運河のある街並みです。この写真は島の宮殿と呼ばれています。実はこの建物は監獄だったこともあるそうです。もちろん最初は城だったそうです。詳しく調べてみるとアヌシーのジュネーブ伯爵の住居地として1132年に建てられた宮殿でした。その後、Janus がジュネーブ公爵から買い取ったり、息子のルイ・デ・サヴォワ公(duc Louis de Savoie)に与えたそうです。ルイ・デ・サヴォワ公は妻のために、豪壮な館に変身させ、16世紀まで残っていたそうです。そして1865年にジュネヴォア・ヌムール公爵(ducs de Genevois-Nemours)が刑務所に付随した裁判所を設置したそうです。
ここは運河というよりは川かな!結構な勢いで流れています。
ヨーロッパで最も透明度の高いアヌシー湖から流れて来るのです。だからすごくきれいで透き通っています。
手前がアヌシー湖なので手前から奥に向かって流れています。

古い監獄の横から見た景色です。ここも手前から奥に流れています。今回の写真は全てクリックすると拡大するように設定しておりますので興味のある写真は是非見てください。
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向こう側がアヌシー湖です。水門を作って水をうまく使いわけていました。
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手前から奥に流れています。川岸いや運河岸では露店でいろんなものを売っています。
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その露店のところに行って見ました。どんなものかは写真をクリックするとわかりやすいと思います。
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橋の上でも売ってい.るのが見えます。。
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その橋の上に行って見ました。ここでも、いろんなものを売っていました。
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これはアヌシー湖からの入りの橋です。
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その橋の上からの景色です。
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拝借した航空写真で茶色の屋根のところが旧市街の運河がある街です。

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大阪駅から関空までの小さなバス旅行 [大阪]



海外に出るのに久しぶりに関空を利用しました。
そして大阪駅から関空へは空港行きのリムジンバスに乗りました。車窓から外を眺めていると以外に楽しいものです。ちょっとした旅気分を味わえるので紹介いたします。大阪駅を出発して高速道路に乗る前にすぐに見えるのがこの建物です。

高速道路に乗ると古い建物が沢山見れます。最初に目に飛び込んで来たのは日銀大阪支店です。


日曜日の早朝のため車もほとんど見かけませんでした。


中之島公園あたりは歴史のある建物を高速道路から沢山、見ることが出来ました。きれいな橋は難波橋(なにわばし)で通称ライオン橋 とよばれているようです。橋の向こうに見えるレンガ造りの建物は中之島中央公会堂 のようです。


大阪港のあたりを通ります。沢山の中古の建設機械にスクラップの山が目に飛び込んで来ました。どこかの国に輸出でもするのかな。


発電所の高い煙突です。日本を支える産業地帯に入っていきます。


まさに産業道路です。化学会社の大きな工場が続きます。


水中貯木場も沢山見かけました。浮かんでいる材木の量は少ない気がしました。


関空の目の前に来ました。


車の窓からは沢山の飛行機が見えてきました。


ムンバイからの帰国便 [機内 CY]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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これから午後の活動を報告いたしますが、ここで過去記事ですが九寨溝以外の記事を息抜きも兼ねて入れさせていただきます。
以前に成田からムンバイへの直行便を紹介いたしました。ムンバイからの帰りは残念ながら、その曜日には直行便がなかったのでバンコク経由となりました。
上の写真はムンバイからバンコクのフライトTG318の食事です。 

メインデッシュはチキンにしました。TG318は夜行便でバンコクには早朝に着きますが夕食は食べてから乗っているので、せっかくの美味しい料理でしたが味見する程度になってしまいました。


デザートのケーキです。こちらはしっかり食べました。


バンコクから成田は日本の飛行機会社です。やはり食事を紹介いたします。ちょうど朝食の時間帯になりますが、食事の前の飲み物はビールにしました。


食事です。和食を選択させてもらいました。
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メインはすき焼き風でした。


こちらのデザートもしっかり食べました。

今度は美味し白焼きが食べれるお店 かどかわ [鰻]


写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。

鰻の白焼きの持ち帰り専門店を紹介したので、今度は鰻で美味しい白焼きを食べることが出来るお店を紹介いたします。
印旛沼の廻りには沢山の鰻屋さんがあります。前から気になっていた、うなぎ屋さんがありました。それはネットでも有名で行列の出来る鰻屋の前にある鰻屋さんでした。その行列の鰻屋の「い志ばし」に食べに行ったときに気がついて気になっていました。
うな重は当然頼みましたが白焼きも頼んでみました。これが表面が焼きたてでカリットした食感が大変美味しかったので紹介のために掲載いたしました。是非、写真をクリックしてみてほしいです。食感が伝わると思います。この焼き加減が理想だと思いす。買ってきた白焼きを家で焼くときの参考にしてください。
追伸
今日から1月23日まで関西に帰省し、1月24日から1月27日まで海外に行ってきます。インターネットカフェやホテルからのアクセスとなるため記事掲載やコメントやniceが出来ない日があること、お許しください。


白焼きを頼むと「薬味は山葵とニンニクと生姜のどれにしますか。」と聞かれたのでワサビ(山葵)を選びました。焼きたてと焼き加減の違いだと思いますが、今まで食べてきた白焼きと違うのに驚きました。2回目に行った時はニンニクを選び、ニンニクで食べる美味しさを知りました。
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うな重およびうな丼のたぐいは「上うな重」のみです。迷う必要がなくていいですね。

もちろん全員、上うな重を頼みました。

このうな重が1400円とは安いです。今も、この値段かどうかは近いうちに調べに行ってきます。
「かどかわ」がいいところは「い志ばし」と違ってお店にすぐに入れて席で焼きあがるまでゆっくりとみんなで会話が出来ることです。
食べ終わった後も満席でなければゆっくりと出来ることです。この時も1時間以上ゆっくりと食事と会話を楽しむことが出来ました。
大盛りサービスもいいですね。
子供が大盛りサービスを頼みました。
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肝吸いと漬物が付いています。
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肝吸いだけ拡大いたしました。
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お店の白板に「本日のおすすめ品」が書かれていました。


気になったのが肝焼(3本)500円で、すぐに子供が頼んで3人で食べました。
これも、町の居酒屋で食べる肝焼とは大違いでした。
メニューに☆マークのある鯉こくや鯉のうま煮などの鯉料理も、このお店の売りのようで店の外の生簀に鯉が沢山泳いでいました。
これが鰻の肝焼です。
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お店の中です。カウンターに4席あります。机は座敷に3テーブルと床に3~4テーブルありました。


お店の外観です。
 店名:かどかわ
 住所:千葉県成田市下方1192-2
 地図: http://goo.gl/maps/wkyUL
 電話:0476-27-3610
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今回紹介の「かどかわ」の向の「い志ばし」は相変わらず、お客さんが屋外で待っていました。
 店名:い志ばし
 住所:千葉県成田市船形910-1
 地図: http://goo.gl/maps/LTC39
 電話:0476-26-9374

もう一軒の印旛沼の白焼き専門店 白藤養魚 [鰻]



先日、印旛沼の鰻の白焼き専門店を紹介いたしましたが、実は近くにもう一軒、有名な鰻の白焼き専門店があります。同様にウナギの白焼き専門であり、持ち帰り専門店でもあります。そこに今週の日曜日(2013年1月13日)に白焼きを買い行きました。大きさによって2種類の白焼きがありました。小さい方でも結構な大きさでした。大きい方が2630円で小さい方が2210円でした。半分白焼きで食べて半分はタレをつけて蒲焼にして鰻丼にするつもりで157円のタレも買って合計4997円でした。値段以上の大きさの違いがありました。
この日は2人だけなので、大きい方を1匹で十分な気がしましたが、試に両方共に購入いたしました。

この写真は小さいほうの白焼きです。小さい方はまだ沢山残っていました。これ以外も焼いて扇風機で冷やしている最中のものもありました。蒸して焼いているようで身の厚みと柔らかさが売りのようです。


大きい方は2匹しか残っていませんでした。その一匹を買いました。写真は残った方の一匹でした。上と同じ箱なのでいかに大きいかがあらためてわかってもらえると思います。


さっそく頭に近い方を半分づつ1350Wファン付オーブントースターで焼いて白焼きをいただきました。実は生ワサビがあっこともあり白焼きを買いに行ったのでした。ワサビだけと、ワサビ醤油の両方でいただきました。今まではワサビだけで食べることが多かったのですが、わさび醤油がすごく美味しかったです。
さらに、おろしニンニク醤油でも食べてみなした。おろしニンニク醤油が思っていた以上に美味しかったです。翌日が休みの時は是非とも、おろしニンニク醤油を試してみてください。もちろんビールもいただきました。


半分は蒲焼にするつもりでしたが、わさび醤油とおろしニンニク醤油で食べるとあまりにも白焼きが美味しいかったので結局、鰻丼にはしないで、残りも白焼きにいたしました。今度は、さらに表面をカリとさせるためにガスの強火で金網で焼きました。すごい煙が出ましたが思い通りに焼けました。


美味しさを感じていただくために拡大写真も掲載いたします。


お願いして鰻の写真も撮らせていただきました。聞きそびれましたが活き鰻も売っているのかもしれません。


この網で焼いておられます。


丁度、扇風機を廻しておられたので焼きあがったところだったのだと思います。


我が家の鮫本皮張り本わさびおろしを紹介いたします。新考社のものです。上からの力を入れないで根気よく円を描くようにおろすと香りの高い粘りのあるわさびが出来上がります。実は大きな間違いをしていました。わさびは葉付の方からおろすのが常識でした。
次は間違えないようにするために手順を書いておきます。
  ・葉の部分をそぎ落とす。
  ・コブをあらく削り落とす。
  ・たわしであらう。
  ・葉付の方から輪を描くようにおろす。
まだ、やったことはないのですが、砂糖をほんの一摘み隠し味として鮫皮にふりかけると風味が一段と増すそうです。この次に試してみます。


今回2013年1月13日は、全て白焼きで食べてしまったので、以前に白藤養魚で白焼きを買って鰻丼と白焼きにを食べた時の写真を掲載いたします。その時は小さい方を4匹買って帰りました。そのうち1匹を白焼きで食べて、3匹にタレをつけて焼いて4人分の鰻丼を作りました。


これが出来上がった鰻丼です。


拡大写真を掲載いたします。


軽くあぶってワサビでも食べました。表面をカリッとさせるのがコツです。


お店を紹介いたします。前回、道路のあたりからお店を撮った写真です。目立たない建物ですが、知る人ぞ知るお店なのです。
 店名 白藤養魚
 住所 千葉県印西市師戸2990 
 電話 0476-99-0691
 場所 http://goo.gl/maps/MmElb


こちらは、今回撮った写真です。前回と違いノボリが沢山立てられていました。建物は目立たないので、道路からの入口近くのノボリを目印にするとわかると思います。

アイランドリゾート [機内]



成田からバンコクに向かっている飛行機の機内から景色です。南海の珊瑚礁のなかの島と雲が美しかったです。着陸2時間20分前の写真です。
珊瑚礁がドーナツ状になっており、そこに島がありました。1万m(10km)の上空からでもドーナツ状の全景を撮ることが出来ませんでした。

島だけを拡大してみました。滑走路が見えます。この島は約2,800m x 865m、陸地部約1.74平方メートル、潟湖面積は約0.64平方メートルの南海諸島中の代表的な島嶼であり、島には淡水があり樹木に覆われているそうです。


ドーナツ状の珊瑚礁の場所が気になったので衛星写真で探して見ました。飛行ルートと時間から矢印の場所だと思います。衛星からの写真でもきれいなリングが確認できます。画像をクリックするともっとクリヤーに見えます。
ネットで調べた結果、珊瑚礁の中の滑走路がある島はPratas island (東沙島  Tung-sha tao)です。ドーナツ状の珊瑚礁は環状珊瑚礁と呼ばれていますが衛星写真で確認すると直径は20kmを越えていました。
珊瑚礁のリングは東沙環礁 で、東沙島 は「南海明珠」,東沙環礁 は「月牙島」という古称があるそうです。
東沙島は台湾が実効支配している島で、上空から見るとすばらしい巨大な環状サンゴ礁ですが、一般には開放されていないそうで、行くことが出来ないのは残念です。
住んでいるのは沿岸警備担当の海巡署の関係者だけだそうです。