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本日10時に人気投票が終了いたしました。 [話題]



2012年8年27日10時追伸 タイトル:本日10時に人気投票が終了いたしました。
人気投票が終了いたしました。結果は次の通りです。
~ 結果発表 ~
2012年7月13日(金)~8月27日(月)の45日間にわたって過去最大の51館のキャラクターが繰り広げた人気投票。激闘の末に「ミュージアム キャラクター アワード 2012」を制したのは「あずきミュージアム」の「あずきさん」でした!
皆さまに応援していただいた「BIZEN中南米美術館」の「ベッカリーの愉快な仲間たち」は1571の投票をいただいて4位でした。沢山の投票をいただき、ありがとうございました。全体で16302の投票がありました。
 得票結果と順位はこちらです。 → ポチッ 

私の記事へも沢山のアクセス(閲覧数)とnice!とコメント(CMT)をいただきました。ありがとうございました。下記の記事をクリックすると内容を表示します。
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2012年8年27日追伸
タイトル:  今日10時に締切 ペッカリーちゃんに投票をお願いします。
クリックすると投票画面
今日、2012年8月27日はキャラクター人気投票の最終日です。時間は10時までです。
是非とも10番BIZEN中南米美術館の「ベッカリーの愉快な仲間たち」に投票をお願いいたします。手順は次の通りです。

 1.次のアドレスをクリックして投票サイトを表示させる。
    投票サイト http://www.museum.or.jp/museum-chara/
 2.10番ペッカリーと愉快な仲間たちにチェックを入れる。

 3.一番下の「投票する」をクリックする。応援メッセージを入力してもOKです。


2012年8年16日掲載 タイトル:皆が参加できるキャラクター人気投票
クリックするとオリジナルを表示
上のキャラクター達は「BIZEN(備前)中南米美術館」のキャラクター達です。
BIZEN中南米美術館は下記の通り岡山県の備前市に1975年に開館した中南米考古学専門の美術館だそうです。
実は岡山備前の日生(ひなせ)町の美術館のキャラクターを作った方が私のSo-netの前に入っていたブログのサイトの方なのです。そのサイトはつぶれてしまい、私はSo-netに移り、その方(りひりひさん)はGooサイトに移られました。そのことを別の方(liuringさん)から2012年8月16日に別の記事のコメントで教えてもらい、紹介したくなって記事を書かせていただきました。
クリックするとホームページを表示  名称 BIZEN中南米美術館
  住所 岡山県備前市日生町日生241-10
  電話 0869-72-0222 土曜 日曜 祝日
      0120-346-287 平日(フリー)
  営業 10:00~16:30 土曜 日曜 祝日
      11:00~16:30 平日(事前申込み)
  HP  http://www.latinamerica.jp/
  開館 1975年3月 森下精一氏の寄贈
  展示 古代の土器・土偶・石彫・織物 約1800点

記事を書かせていただいた理由がもう一つあります。
日本中の美術館や博物館が7824登録されたインターネットミュージアム(Internet Museum)というサイトがありますが、そこでミュージアム・キャラクター・アワード2012が行われています。各美術館や博物館がキャラクターを登録して人気投票をするわけです。人気投票してみるのも面白いと思いますので投票の仕方を紹介いたします。
①投票サイトのアドレスをクリックすると下記の画面が表示されます。
②気に入ったキャラクターの丸の部分(赤枠)で左クリックするとチェックが入ります。
③一番下の応援メッセージを入力して「投票する!」のボタンを左クリックする。

で投票完了です。
 投票サイト http://www.museum.or.jp/museum-chara/
         現在の順位 → ポチッ
是非とも10番BIZEN中南米美術館の「ベッカリーの愉快な仲間たち」に投票してください。あの東京国立博物館のトーハクくんや、日本でトップのデザイナーの作品であるミルゾー君の富山県立近代美術館などの強敵揃いですが、それらに比べるとi小さな美術館のキャラクターが善戦するのもいいかもしれません。
クリックすると

それではBIZEN中南米美術館の方が書かれているキャラクターの説明を枠内に記載します。 
原文通りなので、我が美術館=BIZEN中南米美術館 と読み替えてください。
ペッカリーと愉快な仲間たちは、いずれも我が美術館が収蔵する古代中南米の美術作品から生まれ出たゆるキャラたちです。

●ペッカリー(中央) <三千年の時空を越えた癒し系>
我が美術館の入館者人気NO.1、古代エクアドルで花開いたチョレーラ文化(1200BC~200BC)のヘソイノシシ=ペッカリーの土偶をモチーフにしたキャラクターで、その名もペッカリーです。 とにかく心癒されると評判で、東日本大震災の被災児童を応援するチャリティーキャラクターとしても活躍中です。誰かのために生きること、誰かを笑顔にすることの大切さを過去から伝えに来たキャラクターです。

●ペッカリーナ(左上) <ペッカリーのまだ見ぬ妹?>
ペッカリーは一匹しかいないの?との度重なる質問に応え加わったペッカリーの愉快な仲間たちのトップバッター。2020年に発掘予定(?)のペッカリーの妹という設定のキャラクターです。

●ナスカにゃん(右上) <幸せを呼ぶ猫神様>
地上絵で有名なペルー、ナスカ文化(100BC~AD800)の壺に描かれた猫の姿をした神さまがモチーフのキャラクター。人と自然の共生の大切さを現代に伝えにやって来た、人と大地に恵みをもたらす猫神様です。

●金早板子(きんばや いたこ)(右下) <黄金の国から来たレディー>
コロンビア、キンバヤ文化(AD300~1000)で出土する典型的な土偶である板状頭人物象形土偶がモチーフのキャラクター。キンバヤは黄金細工で知られる文化で、金の鼻輪をつけています。人の品格は着飾ったり化粧をバッチリすることで決まるのではなく、内面からにじみ出ることを過去から伝えに来たキャラクターです。

●ドン・タイノ(左下) <気は優しくて力持ち。カリブの怪人>
ドミニカ共和国、タイノ文化(AD1000~1500)の素朴な素焼の壺をモチーフにしたキャラクターです。タイノ族はコロンブスがやって来た時初めて出逢ったアメリカ先住民で、首長さんのもとで平和に暮らしていました。タイノとは「高貴で善良な人」という意味で、スローライフの大切さを今に伝える優しい怪人キャラクターです。

BIZEN(備前)中南米美術館の場所を地図に記載いたしました。美術館の外壁は、岡山県重要無形文化財備前焼作家故藤原建氏の制作による、約1万6千枚もの備前焼の陶板で覆われています。備前焼の窯元が沢山ある伊部までの距離も12km(地図上の赤いライン)と近いことから、近くを通る機会があるときは是非とも寄ってみてください。プラスのアイコンを何度か押すと拡大します。

より大きな地図で BIZEN中南米美術館 を表示
クリックすると現在の順位を表示
あずきさん優勝おめでとうございます。最後の追い込みが素晴らしかったです。










2012年8月27日10時人気投票が終了いたしました。BIZEN中南米美術館ベッカリーの愉快な仲間たちは1571の投票をいただいて4位でした。沢山の投票をいただき、ありがとうございました。 

備前と言えば備前焼です。20年以上前の1990年ごろに備前焼のぐい飲みをいただいたことを思い出して写真掲載いたしました。清水政幸さんの作品でした。
ネットで調べると清水政幸さんは個展として「備前作陶展・清水政幸・弥生展」を開かれていました。どうやら奥さんの弥生さんと一緒に御夫婦で備前焼を作られているようです。
清水政幸さんの陶歴
1943年 横浜に生まれる。
1962年 NEC入社
1967年 森陶岳の門を敲く
1975年 半地下式穴窯を築窯
1979年 初の備前作陶展を開催
1981年 半地下式穴窯を独力で築窯
1987年 日本伝統工芸展入選
1989年 1月と10月に備前作陶展開催
 
奥さんの清水弥生さんの陶歴
1953年 東京に生まれる。
1973年 武蔵野美術短期大学デザイン科卒業
      在学中より度々備前の作家を訪れ勉強する。当時、森陶岳先生の
      もとで修業中の作家・清水政幸との結婚を機に陶芸の道に進む。
1975年 備前長船の土師に、半地下式穴窯を夫・政幸が築窯
1985年 小型の穴窯を夫の指導で築窯
1989年 第一回 備前焼き食器展開催(東京赤坂・ぎゃらりー小川)

師匠の森陶岳さんの略歴
1937年 備前に生まれる。
1969年 日本陶磁協会賞を受賞
1996年 山陽新聞社賞(文化功労)受賞
2002年 日本陶磁協会賞の金賞受賞
2005年 文化庁長官表彰
2006年 紫綬褒章、福武文化賞、岡山県三木記念賞を受賞
2008年 寒風新大窯(全長85m・幅6m・高さ3m)完成
2013年 作品の初窯焼成に挑む
現在   75歳 岡山県指定重要無形文化財保持者


巨神兵 [話題]


これは特撮博物館だけで売っている巨神兵のカプセルフィギュアです。昔で言うガチャガチャと呼ばれる丸いケースに入っています。価格は500円だったそうです。
フィギュアメーカーである海洋堂制作で、博物館で上映している短編映画『巨神兵東京に現わる』のシーンを再現したヴィネットフィギュアだそうです。
子供が携帯から応募した特撮博物館の無料のチケットが当たったので、行ってきて買ってきたものです。さっそく組み立てて撮らせてもらいました。いくつかに分解されて丸いケースに入っていました。
巨神兵は宮崎駿のアニメ「風の谷のナウシカ」に登場した巨大人工生命体です。1000年前に産業文明を崩壊させた「火の七日間」で世界を焼き払ったといわれていました。アニメの作中の時代では、その全てが化石となり、腐海にその骸をさらしていると考えられていたが、ペジテ市の地下で発掘された一個体が復活しました。
特撮博物館の説明ではエバンゲリオンの原点は巨神兵とウルトラマンだそうです。

追伸 2012年8月18日
左が巨神兵とよく間違えられる同じ宮崎駿氏のアニメである天空の城ラピュタの中に登場するロボット兵の写真です。
クリックすると拡大ロボット兵の写真は三鷹にあるジブリ美術館に行ったときに撮りました。これは高度の技術を持っていたラピュタ人よって作られた自律式ロボット兵器なのです。こちらの主人公はシータとパズーです。シータの本名はルシータ・トゥエル・ウル・ラピュタ
このロボット兵と巨神兵がよく混同されるそうです。

少し早いけれども大きな松茸がお土産でした。 [土産]



先日(2012年8月3日~4日)、実家がある兵庫県の宝塚に帰った時、野菜屋さんの店頭に沢山の松茸が売られていました。実は私は松茸が大好きなので8月4日の午後の飛行機に乗る前に、もう一度野菜やさんに寄って松茸を買って帰えりました。それにしても、こんなに早く出回るのは初めての経験でした。

帰ってきた日の夕食はもちろん松茸です。さっそく焼松茸をはじめました。


季節外れのためか安く売られていたおかげで沢山の量の松茸を食べることが出来て大満足でした。


やっぱりビールがほしくなります。


もちろん松茸ごはんもつくりました。松茸ごはんを作れる量の松茸を最近買ったことがなかったので、作り方はネットで調べました。多少調味料の量は違いますが平均的な下記で作りました。色合いの薄いのが好みの人は薄口醤油がよいと思います。
  米        2合
  醤油       大さじ2杯
  酒        大さじ2杯
  昆布       適当に1切れ
  大型の松茸  1本


松茸以外は次の2品です。これはキュウリとミョウガの浅漬けです。
細かく刻んだ胡瓜と茗荷を昆布茶を袋に入れて揉んだだけのものですが、これがお薦めの料理になるのです。


もう一品は煮物でした。今回は野菜(というより植物)中心となりました。

上高野の梵天飾り(ぼんでんかざり) [風習]



先週の日曜日(2012年7月22日)は千葉県八千代市の下高野地区の梵天飾りの行事に参加させてもらいました。これは出羽三山参りを行った方が集い、記念碑が建てられている梵天塚(ボンデン塚)の前にボンデン飾りを行う行事でした。同じ八千代市の隣の地区である上高野でも同じようなボンデン飾りが行われていると聞き今朝(2012年7月29日)に自転車で上高野地区の梵天塚に来てみました。

こちらの地区ではクリックすると拡大年に一度2月に行われているようで色紙の色は少し褪せてきており藁もずれてはいましたが昔からの風習を感じさせてくれるものでした。この行事を先週は奥州講と説明しましたが、三山溝や天道念仏とも言われているそうです。驚いたことに上高野のボンデン飾りは俵に色紙の付いた太い竹串を突き刺した形式で右の下高野のボンデン飾りとは違うものでした。ただしタコ糸を巻きつけるところは似ていました。


クリックすると記事を表示右の下高野の梵天飾りでは1本が白であと5本が5色+白色を使った同じものでしたが、上高野ではそれぞれの飾りが別の色でした。6ケ月経って色あせているのでわかりにくかったけれども、確認出来たのは赤色と緑色と黄色と青色と白色でした。紫色の飾りは確認できませんでしたが、青色の梵天飾りには紫の色紙が使われていました。6本の内、真中の2本は白に見えました。白が2本なのが紫が色あせたものかはわからないために来年の2月に確認してみたいと思っています。


ボンデン飾りの配置を図式化しました。色あせて判らないので2ケースを掲載いたしました。紫が入っている場合と入っていない場合です。現時点では色合いから見て、白が2本の左側の方が可能性が高いと思っています。もし左側が正解とするとチベットの旗の色と一致することになります。


こちらが緑の梵天飾りです。


上高野の梵天塚には計13基の三山碑(奥州参り記念碑)があります。その中には寛政九年(1788年)十月と慶應四年(1868年)二月と天保十年(1840年)十一月の江戸時代のものが3基あり、この写真の右側がものが寛政九年で、ここで一番古いものです。左側が慶應四年のものです。


同じ場所に庚申塔もありました。


そして辻切りの藁の大蛇が飾られている場所でもありました。写真の左端に金網にくくりつけられた藁の蛇が確認出来るとおもいますが、これは2012年1月28日に取り付けられたものです。また来年1月に新しいものに代えられます。


Aのマークのところが上高野の梵天塚の場所です。


黄龍までの車窓からの景色 [九寨溝 黄龍]



黄龍に向かう道は約4000mの場所を越えていきます。その峠である雪山梁峠はすでに紹介いたしました。峠からの景色は素晴らしいものがありましたが、峠だけでなくバスの中からの景色も素晴らしかったので、ここでは車窓からの景色を昼食を食べたレストランから黄龍に着くまでを順番に紹介いたします。出発前のレストランの駐車場です。これが我々を運んでくれたマイクロバスです。横に立っている男性と女性の方が運転手さん(男性)と日本語が出来るガイドさん(女性)です。

走り始めてすぐに雪山が見えてきました。この雪山の方向を目指して進んで行きました。


途中では道が崩れているところが1ケ所ありました。


徐々に高度があがっていくのがわかりました。この辺りから酸素ボンベを時々使う方も出てきました。


眼下のチベット族の人たちの村も素晴らしい景色の中に溶け込んでいました。段々畑もこの辺りの景観の一つです。


この辺りから高度計も徐々に4000mに近い数値になってきました。


上の写真と同じ山あたりを撮っていますが、近くの景色は目まぐるしく変わっていきました。


このような道が続きました。


4000m近い場所にも家がありました。遊牧民の方々のテントも沢山ありました。ヤクなどの家畜を放し飼いにしていると聞きました。


こちらが遊牧民の方々のテントです。チベット族の象徴である旗が飾られていました。


道を登って行く途中にも展望台がありました。そこでは、この地域の特徴のある服を着た方がおられました。おそらくお土産を売っているのだと思います。お土産を売っているから民族衣装を着ているのではなく、普通の女性の方も、このような服装の方が多かったです。


険しい谷を挟んで雪山が徐々に大きく見えてきました。


雪山を少し拡大してみました。一番左の高い山が5,588mの雪宝頂だと思います。


道はまだまた続きました。


沢山のバスが走っていました。雪山に近づいてきました。


道はゆっくりと登り続けていました。


正面に5,588mの雪宝頂が現れました。ここで峠が見えてきました。写真の中の左下の赤い看板があるところが、今回の旅で最も高いところであった雪山梁峠です。


峠が見えてからも結構走りました。


峠についてしばしの写真撮影タイムを撮った後に出発しました。


ここからは急速に高度を下げていきます。約900m下りるために道は何度もUターンを繰り返していました。


我々の車は安全運転に徹しているため追い抜かれることが多かったです。


曲がりくねった道と雪山の景色が続きました。


進んでいく方向の雪山もきれいでした。


黄龍の駐車場につきました。沢山の大型バスが停まっていました。


雪山梁峠に登っている動画も紹介します。こちらは黄龍からの帰りに撮ったもので、黄龍側から雪山梁峠への急坂を登っている映像です。


今回紹介した車窓からの景色は青色マークの川主寺鎮から赤い太いラインの黄龍散策路入口まででした。この日は黄龍を見た後に同じ道を通ってホテルを目指しました。

より大きな地図で 黄龍 を表示