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手塚治虫記念館に行ってきました。 [宝塚]

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鉄腕アトムと言えば手塚治虫です。その手塚治虫の記念館が、私の育った宝塚にあります。2014年8月8日から8月14日まで実家の兵庫県宝塚市に帰省しているときに娘と一緒に手塚治虫記念館に行ってみました。
手塚治虫は1928年に豊中市に生まれて5歳(1933年)の時に家族と共に宝塚市に移り住み、24歳までの約20年間を宝塚市で過ごしました。
  筆名  手塚 治虫 ( てづか おさむ )
  本名  手塚 治  ( てづか おさむ )
  生誕 1928年11月03日 現・豊中市
  死没 1989年02月09日 60歳
手塚治虫は生涯に漫画を604作ほど作ったと言われています。細かいシリーズなどを入れると700タイトル以上で原稿枚数15万枚分とされています。その内分けは少年向け341作、少女向け36作、大人向け110作、低年齢向け32作、絵本39作、4コマ漫画17作、1コマ漫画29作だそうです。小説も4作あります。手塚治虫の作品を知りたい方はこちらをクリックしてみてください。→ 作品一覧

下の写真が宝塚市手塚治虫記念館の建物です。宝塚市手塚治虫記念館は手塚治虫の生涯を称えて、「自然への愛」と「生命の尊さ」を基本テーマとして1994年に設立されました。我々が訪れたのは8月13日でしたが、驚いたことに2日前の8月11日に来館者が350万人に到達したとのことでした。右の写真は入口の受付でもらった来館者350万人達成記念の絵ハガキです。
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建物の入口前には「火の鳥」のモニュメントが建っていました。「火の鳥」は手塚治虫作品の一つで1954年に初めて連載されました。その後いろんな雑誌に掲載され1986年まで続いた息の長い作品でした。
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モニュメント前の床には作品の登場人物(お茶の水博士、日の鳥、ヒゲオヤジ、Oマン、マグマ大使、悟空、どろろ、百鬼丸、ブッダ、アセチレンランプ、スカンク草井、バンパイヤ、ハムエッグ、ロック
ホーム)の手形、足形の石板が埋め込まれていました。
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火の鳥のモニュメントから望んだ記念館の建物です。
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建物の入口からモニュメントの方を振り向いた景色です。
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建物に入りました。
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最初に迎えてくれるのが鉄腕アトムとリボンの剣士です。
ここからがアニメの世界です。手塚治虫記念館を紹介します。
  名称 宝塚市立手塚治虫記念館
  住所 兵庫県宝塚市武庫川町7-65
  電話 0797-81-2970
  時間 9:30~17:00
  定休 水曜日 臨時休館&臨時開館があるのでHPで確認願います。
  料金 大人 700円 中高生 300円 小学生 100円 他各種割引あり
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貰ったパンフレットの建物内の配置図です。3階建てですが、一番下がG階でその上が1階で、最上階が3階になります。1階が入口のある階です。建物が傾斜した地面に建っていることからG階は完全な地下ではなく、G階にも出入口があります。画面をクリックすると別画面で拡大配置図を掲載するので、その配置図を見ながら記事を読んでいただくとわかりやすいと思います。
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1階からG階に降りていく階段の壁には日本の漫画の歴史が展示されていました。
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G階は不思議な空間でした。アニメーションの歴史や手法も展示されていました。


奥の部屋は皆が楽しめるアニメ工房となっていました。
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この機械を使ってアニメを作って遊べるようです。
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アニメ工房の一番奥に手塚治虫の仕事部屋が再現されていました。


G階から1階に戻ると丁度10時15分のアニメ「オサムシとムサシ」の上映開始時間となったので映像ホールに入りました。ちなみに我が家のワンコの名前はムサシです。


こちらはアトムビジョン映像ホールです。


アニメのタイトルは「オサムとムサシ」です。プレーボタン( )をクリッククリックすると拡大すると全18分の中の頭3分間を見ることが出来ます。このアニメは手塚治虫記念館のためのオリジナルアニメで少年時代の手塚治虫(オサム)と小さな甲虫のオサムシ(ムサシ)が主人公のようです。右の写真はオサムシです。治虫(オサム・ムシ)は「オサムシ」とも読めないこともないので、この昆虫に思い入れがあったのかもしれません。


オリジナルアニメを見た後は2階に上がりました。子供たちが座っている機会は情報・アニメ検索機です。子供たちに人気があるようでした。
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昔の漫画の単行本の展示棚です。
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単行本に鉄腕アトム1~3です。漫画全集としては6~8です。
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懐かしい漫画の単行本の漫画全集が並んでいました。
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図書館のように漫画が読めるコーナーもあり巻いた。沢山の手塚治虫の本が並んでいました。「手塚治虫ライブラー」コーナーです。
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並んでいる本を紹介します。クリックすると別の段の本を表示します。


お絵かきコーナーもありました。
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2階の企画展示室では手塚治虫とオトメイトのコラボの「テヅカオトメ」の特別展示がありました。期間は2014年7月4日~2014年10月27日です。


特別展示の「テヅカオトメ」の入口です。紹介したいところですが、手塚治虫記念館でここだけが写真撮影禁止でした。コラボ先のオトメイトの作品は記念館の所有ではないので仕方がないことです。
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ただし記念撮影のエリアが設けられていました。
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記念撮影場所は全部で3ヶ所ありました。


右の縦長の写真は記念館でもらった「テヅカオトメ」のパンフレットです。
手塚治虫とオトメイトのコラボの特別展示の「テヅカオトメ」は撮影禁止なのでネットから「オトメイト」に関する画像を転記させていただきました。
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手塚治虫のことが一番理解できるのが1階の手塚治虫の歴史を39個の筒で表現しているコーナーです。ここは1から39まで順番に見てもらいたいコーナーです。
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これが1番の手塚治(手塚治虫)の幼年期です。
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7番では中学生の時に、すでに昆虫の細かな描写絵を書いていたことが紹介されていました。
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こちらは13番です。実は手塚治虫は医学博士だったのです。医者が本業で漫画製作が副業の時代がありましたが、いつしか漫画が専門になっていたのです。


こちらは14番の手塚治虫が描いた宝塚歌劇の男役であった春日野八千代の似顔絵とブロマイドです。
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こちらも14番の筒です。1951年8月には宝塚をテーマとした少女ロマンを書いていました。この時期、宝塚歌劇が少なからず影響したと思われます。
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こちらは19番です。1952年の介ジューがかかれた手地用も展示されていました。
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こちらも19番で漫画の漫画の下書きも展示されていました。
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こちらが28番で、アトムとお茶の水博士のキャラの設定の展示です。
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こちらが39番で1980年の作品関連の展示でした。
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年表でも手塚治虫の歴史を紹介していました。こちらは最初の頃です。線表の中にジャングル大帝、鉄腕アトム、火の鳥、リボンの剣士、などか読み取れます。鉄腕アトムは1951年4月から掲載の「アトム大使」の中の単なる脇役として登場したのが最初でしたが、翌年の1952年4月から主人公となり、作品名も「鉄腕アトム」となりました。
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鉄腕アトムが最初にテレビに登場したのは実写版だと思っていたら人形劇が1957年4月13日~9月28日に放送されたそうです。人形劇→実写版→アニメだったそうです。人形劇のことはkojiroさんにコメントで教えていただきました。
その実写版が放送されたのは1959年3月7日でした。最初にアニメがテレビで放送されたのが1963年1月1日で、白黒でした。今、「まんだらけ」でのブリキ製人形の万引きで話題になっている鉄人28号もテレビに最初に登場したのは実写版だったと思います。鉄人28号は横山光輝の作品です。
                   実写版放送              TVアニメ初放送
  鉄腕アトム 1959年03月07日~1960年5月28日(65話) 1963年01月01日
  鉄人28号 1960年02月01日~1960年4月25日(13話) 1963年10月20日

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こちらは後半の年表です。
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1階には過去のグッズも沢山展示されていました。2階にはショップがあり、現代のグッズを買うことが出来ます。
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Google地図で手塚治虫記念館の場所を紹介します。
宝塚南口駅が最寄駅です。ただし実家の家からは記念館までは1.6kmの距離なので我々は実家から歩いて行きました。実家の最寄の逆瀬川駅まで歩いたあと電車で宝塚南口駅まで移動する時間を考えると直接歩く方が近いのです。
   宝塚市立手塚治虫記念館
   宝塚歌劇大劇場
   430m 宝塚南口駅→記念館
   730m 宝塚駅→記念館

より大きな地図で 手塚治虫記念館 を表示
宝塚歌劇100周年を記念して宝塚駅の発車メロディーが新しくなりました。宝塚駅からは神戸線につながる今津線には宝塚市に5~24歳まで住んでいた手塚治虫にちなんで「鉄腕アトム」の曲がながされています。この動画は5月に来た時に撮ったものです。是非ともプレーボタン( )をクリックしてみてください。大阪(梅田)に直接向かう宝塚本線では宝塚歌劇の愛唱歌として知られる「すみれの花咲く頃」が流されています。


せっかくなので鉄腕アトムの歌詞を紹介いたします。
作詞:谷川俊太郎  作曲:高井達雄  歌手:上高田少年合唱団
空をこえて ラララ 星のかなた ゆくぞ アトム ジェットのかぎり 心やさしい ラララ 科学の子 十万馬力だ 鉄腕アトム
耳をすませ ラララ 目をみはれ そうだ アトム ゆだんするな 心ただしい ラララ 科学の子 七つの威力さ 鉄腕アトム
町角に ラララ 海のそこに 今日も アトム 人間まもって 心はずむ ラララ 科学の子 みんなの友だち 鉄腕アトム

1980年代の歌はこちら→http://youtu.be/GX8b1TmXfvw
Vocaloidの歌はこちら →http://youtu.be/09KfdXh0a9U
初音ミクの歌はこちら  →http://youtu.be/FcG4OdWCvDo

1959年3月7日~1960年5月28日に放映された実写版時代の歌詞は違います。初音ミクの歌声ので動画があったので紹介します。
作詞:青木義夫  作曲:益田克幸  歌手:中島そのみ
僕は無敵だ 鉄腕アトム よい子のために 戦うぞ 勝ったつもりか 負けはしないぞ さあ来い 悪者 やってこい ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕はよいこ子だ 鉄腕アトム 困った時には 飛んで来て パンチだ 空手だ 正義の力だぞ いつでもどこでも 大勝利 ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている
僕らのアトムは みんなのために どんなところでも 飛んで行く 僕らも一緒に 力を合わせ 平和な世界を 作るんだ  ジェット推進十万馬力 僕は鉄腕アトム 七つの偉力をもっている

kojiroさんに調べていただいた結果、歌手は第一部・ZZZ団の巻(中島そのみ)→第二部・メキシコ(岡村喬生 上高田合唱団)→第三部・フランケンとアトムの巻(岡村喬生)→第四部・アトム火星に飛ぶの巻(岡村喬生)→第五部・気体人間の巻(上高田合唱団 中島そのみ)とかわりました。
中島そのみ の歌はこちら →http://youtu.be/8yxAcnFv00g
岡村喬生の歌はこちら   →http://youtu.be/DHs_ajbiIA0
                 http://youtu.be/IGZW4mK3T9w
初音ミクの歌はこちら   →http://youtu.be/FAqhiGNm2fw
瀬川雅人の素顔登場   →http://youtu.be/ozD0lX_tSvc
瀬川雅人 : 鉄腕アトム役
kojiroさんからコメントいただいた実写版アトムの第四部「火星探検の巻(40~52話)」の、ネットで書かれていたあらすじを枠内に紹介いたします。別のネットには「第3話 火星探検 1963年1月15日放送」と「アニメの第8話「火星探検(原題:火星隊長)」との記述もありました。
アトムはモス博士から火星探検隊長に任命される。 博士の言うには第一回目の探検隊が失敗したのは隊員の間の争いが原因だった。 そこでロボットであるアトムに依頼したのだ。 アトムは大学の教授(花丸博士, ケリガン)から1ヶ月の教育を受け,ロケットに乗り込んだ。
しかし,その中には密航者が一人乗っていた。 彼女はキャーベット(リイコ)といい,1回目の探検で反乱を起こしたレンコーン大尉の妹だった。 兄に会いに行くための密航だった。 もはや降ろすことも出来ずやむなく連れて行くアトム。
途中ロケットに未確認飛行物体が取り付き,アトムは自ら宇宙に出てそれをどかす。 しかし,アトムの命綱は誰かによって切られ置き去りにされてしまう。 アトムは不明のロケットの中に入り込み,原子力銃を持つ生物と出会う。
その銃の噴射力でロケットに戻ったアトムは一回目の反乱の原因がこの生物ではないかと考える。 火星に着いたアトム達の前に多くのロボットを引き連れたレンコーンが現れる。 そしてアトムのことをよく思わないケチャップ大尉はアトムに銃を向け反乱を起こす。
さらに彼はレンコーンのロボットを奪うべく出掛けていく。 彼らの前にはあの謎の生物達が襲ってくる。 宇宙人の存在を笑っていたケチャップは自ら恥じ,ロボットを指揮してその命を散らす。
鉄腕アトムがロボットと戦う姿も追加掲載させていただきました。


鉄腕アトム65話(13話×5部)の放送は土曜日の18:15~18:45に、一日も欠かさずに放送されました。kojiroさんのコメントによれば実写版の鉄腕アトムの頭の形は2回変わったそうです。その説明を参考にしてネットから3種類の画像を探してみました。
 第一部 '59年03月17日~'59年05月30日(01~13話) ZZZ団の巻
 第二部 '59年06月06日~'59年08月29日(14~26話) メキシコの巻
 第三部 '59年09月05日~'59年11月28日(27~39話) フランケンとアトムの巻
 第四部 '59年12月05日~'60年02月27日(40~52話) アトム火星に飛ぶの巻
 第五部 '60年03月05日~'60年05月30日(53~65話) 気体人間の巻
        初期               中期               後期



第四部 アトム火星に飛ぶの巻(40~52話)で登場する軍服姿の鉄腕アトムです。飾緒のついた短いダブルのボレロジャケットです。スカーフはアスコットタイ風にして軍服の襟の中に入れています。原作と異なり、軍服はジャケットのみで、ズボンははかず、軍服の下はつなぎのパンツ、タイツ、ブーツのスタイルでした。kojiroさんご推薦の軍服姿のアトムの写真をネットから転用させていただきました。この時、鉄腕アトムを演じていた瀬川雅人は小学6年生でした。(1話:小学5年~65話:中学1年)


クリックするとオリジナルを表示kojiroさんに送っていただいたアトムの軍服姿の敬礼姿の飾諸がかっこいい幻の写真を掲載させていただきました。右の写真のように変色しているので完全な白黒に色調整いたしました。クリックするとオリジナルの写真を表示します。この写真はkojiroさんの知人の方から、20年以上前に光文社の御厚意により、図書室でコピーして頂いきkojiroさんに送っていただいた貴重なものです。kojiroさん、ありがとうございました。
クリックするとオリジナルを表示

クリックするとオリジナルを表示火星探検の巻の実写版とTVアニメのアトムの軍服姿を紹介したので漫画の軍服姿を紹介します。光文社のカッパコミックス鉄腕アトムの1964年2月号です。右がカッパコミックスの表紙です。この本の表紙の軍服姿のアトムは原作の姿と違いTVアニメとそっくりです。そんなことからも、表紙の絵はカッパコミックスのために書かれたものと思われるそうです。中の漫画は原作と同じだそうです。漫画、アニメともに、軍帽を被っていますが、実写では、被っていません。ヘルメットの上には被れなかったようです。

左が火星探検隊長に任命されたところです。マンモス博士の持っている鞄の中に、軍服が入っています。このマンモス博士を訪問した時の服装が、半ズボンを脱げば実写のアトム少佐に近いかもしれないそうです。
右がキャーペットをロケットから降ろそうとするアトムですが、この軍服が原作の軍服で、学生服のようです。ズボンも履き、ブーツインではありません。隊員と同じごく普通の軍服です。肩のエポレットのところに、フリンジがついていたような気がしていましたが、ついていませんでした。


キャーペットにレンコーン大尉に会わせられないと言っています。普通の結び方でネクタイをしています。実写では、アスコットタイのように結んでいます。漫画の原作では、これが一番アトム少佐の全身を示しているようです。

漫画の原作の宇宙人と戦った後のアトム少佐の敬礼姿です。詰襟ではありませんが、学生服風です。実写のアトム少佐の方は、飾諸がかっこいい短いダブルのジャケットでマフラーをアスコットタイ風に結んでいます。

記事のタイトルにふさわしい幻の写真をkojiroさんから送っていただきました。アニメ雑誌「少年」(光文社)の1960年正月号に掲載された手塚治虫先生と、実写版鉄腕アトムと、漫画のアトムのスリーショットの写真です。正月らしい「初ゆめ」の言葉が印象的です。実写版の鉄腕アトムがテレビで人気だったことが写真からも伝わってきます。1960年正月号が出版された1959年12月は丁度、フランケンの巻が終わり、火星探検が始まる直前であり、ロシアの人工衛星で、月の裏側の写真が撮られた頃です。
その時代を反映して、手塚先生が、「月の裏側が見える」と言っているように書き込まれているそうです。次の号は、火星探検隊長のアトム少佐の写真だったそうです。スリーショットは貴重で、テレビ 漫画史上に残る貴重な写真と思います。この時代にどのようにして才能のある子役を探したのか不思議でしたが、瀬川少年は劇団・コジカ座に所属していたことから鉄腕アトム役として抜擢されたそうです。


こちらは1960年4月頃、雑誌「コウロン」に掲載された手塚先生を紹介した記事です。記事のタイトルは「日本のディズニーをめざす男」です。
手塚先生を応援するために、1960年4月29日に向ヶ丘遊園で、鉄腕アトム大会が開かれ、数千人の子供があつまったと、本雑誌の記事に書かれていたそうです。ステージ上には瀬川少年演じるアトムが実写版の鉄人28号らしきロボットと対峙していて、ステージの周りには沢山の子供達が集まってい光景が写っています。この子供達がぎっしり集まっている事からも、実写のアトムの人気ぶりが判ると思います。記事の中には漫画のアトムも書かれています。
鉄人28号の実写版も同じプロダクションだったそうです。アトムの向こうに見えるのは、テレビ番組の監督かもしれないそうです。本写真および説明はkojiroさんから送っていただきました。
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kojiroさんに送っていただいたアトム友の会の募集記事です。募集記事は11月号か12月号で、写真は、フランケンの巻で、隼探偵を救うための血清を取り返そうとしていた時に、燃料が切れた時の写真と思われるそうです。テレビのカットではなく、雑誌「少年」用に撮影した写真と推測されておられました。マフラーと脚の長さを強調するように撮ったものと思割れるそうです。記事の記載内容を枠内に転記いたしました。
テレビの「鉄腕アトム」・瀬川雅人くんの後援会(アトム友の会)の会則が出来ました。「少年」とテレビの「鉄腕アトム」のファンなら、だれでも入会できます。会費は一カ月 三十円です。会員には、すてきな会員バッチをおおくりするほか、瀬川くんをかこむ会を三カ月に一回ひらいたり、撮影所を見学するなど、いろいろの行事をおこないます。入会したい人は会費をそえて、東京都中央区銀座西七ノ五・弥生ビル内 松崎プロ「アトム友の会」まで。
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鉄腕アトムの実写版の記事を掲載にあたり、kojiroさんから、お宝写真やお宝資料を5つ送ってもらえたたので紹介します。
これは雑誌「少年」に載ったアトム友の会の募集の最後の案内です。1960年の4月号であろうとのことです。記事のなかの写真は第三部のフランケンの巻のようなので、1959年の写真と思われるそうです。これは、テレビフィルムから撮ったものだそうです。アトム大会が、4月24日に豊島園で行われると書かれていますが、実際には、コウロンにあるように、4月29日に向ヶ丘遊園と変更になったそうです。変更になったのは応募者が多かったのが理由ではないかと推測されていました。


これは雑誌「少年」に載った最後の実写版の鉄腕アトムの写真であろうとのことです。1960年の5月号前後であろうとのことでした。


宇宙船という雑誌の1981年夏号に載っていたアトムの写真です。左が、気体人間の巻で、田崎潤が天満博士でてでています。この時のフィルムは喪失しているそうです。第五部の気体人間の巻のネットで書かれている物語のあらすじを枠内に記載いたします。
アトムの両親が登場。アトムが宿題を忘れて居残りをさせられたりと日常風景も描いている。アトムがギャングに潜入した際にサングラスをかける場面がある。ヘルメット衣装を着けているため、耳たぶをかなり変形させてサングラスをかけていた。アトムに気体人間が乗り移り、悪人になったふりをする巻である。いまは無い「渋谷文化会館」のプラネタリウムや、渋谷駅前で撮影が行われている。
右は、最初のZZZ総統の時のプロテクターを装着したアトムがヘルメットを取った有名な写真です。


上と同じ宇宙船という雑誌の1981年夏号に載った写真で、火星探検の巻で、アトムを修理すべく、胸をあけているという珍しい写真が左下に載っています。


右の写真は雑誌「宇宙船」の1984年の8月号に載った火星探検のアトム少佐です。上半身しか映っていませんが、アトム少佐の雰囲気が感じられます。これは、レンコーンのロボットを呼ぼうとして、機械と接続したアトムが、ケチャップ大尉の操作で壊れてしまった後に、苦しみながら、ロケットから外に出ようとしているところだそうです。雑誌「宇宙船」の写真は、すべてフィルムから撮ったものだそうです。

右の写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、載った天満博士、お茶の水博士、アトムのスリーショットです。下の写真の左側も同じ雑誌に載った天満博士とアトムの写真です。
下の右側は1995年のリクルートの「ぼくらのヒットパレード1958-59 vol.1」に載ったアトムの写真で、確認できていないそうですが、ヘリコプターらしき乗物を操縦している写真です。アトムは自動車を運転していたのは有名ですが、ヘリコプターも運転したかもしれないそうです。有名なタイツのしわが見えます。ヘリコプタらしき乗物を操縦している写真以外は「気体人間の巻」の写真だそうです。乗物を操縦している写真は確定ではないそうですが、頭の形や服装からやはり「気体人間の巻」の可能性が高いそうです。
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1978年に発行された「朝日ソノラマ:テレビ版 宇宙をかけるSFヒーローたち」に載っていた実写版鉄腕アトムの気体人間の巻の写真です。
左は瀬川少年のアトムが腕を伸ばして空を飛ぶ時の上半身を前から撮ったものです。気体人間の巻だけ人形ではなく本人で撮ったそうです。伸縮性のないレオタード風つなぎだったため、袖の先から腕の素肌が出ています。もっと長い手袋で、素肌が出ないようにすれば良いのにと思ったそうです。つなぎの下は、メカが見えず、メカの上に人工皮膚をつけて、その上に服を着ているという設定の面白い写真です。
右は気体人間に操らるフリをしたので、悪党の一味に加わり、貯水池の管理人親子を、襲うシーンだそうです。アトムがサングラスをかけています。ヘルメットがサングラスの柄と干渉するのでサングラスの柄がまっすぐでなく曲げられていたそうです。結構 サングラスが似合っていると思います。


実写版の鉄腕アトムをペン画で描いた画像を送っていただいたので紹介します。クリックすると少し拡大します。かぶっているヘルメットを取られることは実際にはあり得ませんが、実写版らしいイメージをとらえた一枚です。アニメとは違うことがわかります。
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知らなかったのですが実写版用の女の子の鉄腕アトムの写真が残されていました。
クリックすると拡大鉄腕アトムは1972年の最終回で異常発熱をする太陽にロケットとともに突入して鉄腕アトムの連載は終わりました。宇宙船から発射されたロケットが、隕石に当たって止まった為に鉄腕アトムは自らを犠牲にして地球を救ったのでした。太陽熱で溶けけ宇宙空間に漂っている鉄腕アトムは、宇宙人に救われて、右のアニメにあるように修理・改造されて鉄腕アトムとしての物語が1972年~1973年に続いたそうです。このときにコスチュームが変わっていたのですが、その理由は明かされていませんでした。
それはタイミングを見て、アトムが女の子だったことにする秘かな計画が手塚先生の頭の中にあったようです。
クリックすると拡大クリックすると拡大このときに実写版の女の子のアトムが計画されて右の3枚の写真が残っているのです。
真中と右は同じポーズですがコスチュームは違います。真中が最初のバージョンだと思われるそうです。皮膚をサーモンピンクにしていたのですが、肉欲的な感じがしたのか、ベージュに変えたようです。胸のプロテクターのボッチの数や、ヘルメットというか被り物の形も違っています。これらのコスチュームは手塚先生自身が極秘裏に製作を依頼したそうです。ただし実写版そのものの実現はなかったようです。頭の星型の部分に触るとタイムトラベルも出来たそうです。これらの写真は2005年の講談社の「特撮ヒーロー BEST マガジン vol.1」に、手塚先生が女の子のアトムを構想したことを紹介する形で載りました。
もともとの鉄腕アトム(左)も、そのモデルとなった天馬飛雄(中と右)も女の子のような感じでもありました。先入観なしで鉄腕アトムの知識もなく、アニメの子が女の子だと言われれば、信じてしまい天馬博士は女の子に飛雄という名前を付けた気になってしまいます。
 1980年 鉄腕アトム      1963年 天馬飛雄      1980年 天馬飛雄  


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コメント 87

youzi

SORIさん、こんばんは♪
記念館は手塚治虫ワールドが炸裂って感じですね。
私が行ったら、漫画が読めるコーナーにはまりそうです。
by youzi (2014-08-20 22:26) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

手塚治虫記念館、良い物を見させて頂きました。
宝塚は遠いですからね。
アトムは、小学校の時のヒーローでしたね。
アトムの実写版も記憶があります。
鉄人28号もそうでした。
月刊誌「少年」は愛読書でした。。

by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2014-08-20 22:56) 

SORI

youziさん おはようございます。
は年間出出来て20年が経ちますが、私が関東に引越してから記念館が出来たので、最近まで知りませんでした。やっと念願が、かないました。
by SORI (2014-08-21 05:31) 

SORI

なんだかなぁ〜!! 横 濱男さん おはようございます。
鉄腕アトムと鉄人28号の実写版をご存じだったのですね。
みんなに実写版の話をすると驚かれることがよくあるので、紹介させていただきました。
by SORI (2014-08-21 05:38) 

ゲンママ

SORIさん、おはようございます~
手塚治虫記念館、レポート有難うございます。
小さい頃、当時流行っていた少女漫画には目もくれず
鉄腕アトムに夢中になっていた私です。。
こんな立派な記念館があるのですね~
後世に残る偉大な漫画家ですね。
by ゲンママ (2014-08-21 07:53) 

kazu-kun2626

SORIさんおはようございます
手塚ワールド詳細に紹介されてて
良く判りました アトム懐かしいですね
by kazu-kun2626 (2014-08-21 08:11) 

koni

鉄腕アトムの発車メロディー良いですね。
by koni (2014-08-21 10:57) 

あーちゃ

彼の漫画が、本当になりそうな世界が近々来そうですね
by あーちゃ (2014-08-21 11:07) 

SORI

ゲンママさん こんにちは
昨年から行ってみたいと思っていたのが、実現いたしました。ゲンママさんは鉄腕アトムに夢中だったのですね。手塚治虫さんが病気で60歳で亡くなられたのは、ほんと残念です。今、生きておられたら85歳で、まだまだ活躍されていたのかもしれません。 
by SORI (2014-08-21 12:59) 

SORI

kazu-kun2626さん こんにちは
漫画の神様ですね。すばらしい世界を我々に見せてくれました。きっといろんな発明品に影響を与えたのだと思います。
by SORI (2014-08-21 13:02) 

SORI

koniさん こんにちは
前から発車メロディーを撮りたかったのです。特別に待つことは無く、タイミングよく撮ることが出来ました。
by SORI (2014-08-21 13:04) 

SORI

あーちゃさん こんにちは
ほんと夢が現実になっていきます。彼にとっては先の世界として現実だったのでしょうね。やはり天才です。
by SORI (2014-08-21 13:09) 

johncomeback

手塚治虫は日本漫画界の巨星でしたね。
僕の宇宙観・死生観は「火の鳥」から大きな影響を受けています。
by johncomeback (2014-08-21 14:41) 

昆野誠吾

これは随分と見どころ満載の施設ですね!
アトムはリアルタイム世代ではありませんが、
火の鳥やブラックジャックなど沢山読みました。
学校の教科書よりも学んだことが多かったように思います^^
by 昆野誠吾 (2014-08-21 16:24) 

SORI

johncomebackさん こんにちは
こんなにも宝塚に縁があると思いませんでした。人格形成で重要な時期である5歳から24歳までを宝塚で過ごしたことになります。
by SORI (2014-08-21 16:49) 

SORI

昆野誠吾さん こんにちは
火の鳥もブラックジャックも有名ですね。教科書より読んだとは、すごいです。
天才外科医ブラック・ジャックが最初に連載されたのは1973年11月からで比較的新しい作品です。火の鳥は1954年が最初ですが1986年にも連載された息の長い作品です。
by SORI (2014-08-21 16:55) 

リンさん

楽しそうですね。
写真がいっぱいで、行ったような気持になりました。
ありがとうございます。
ブラックジャックとか火の鳥とか好きだったので、今度は実際に行ってみたいです。
by リンさん (2014-08-21 17:33) 

poko

SORIさん、こんにちは。
1枚目の写真のアトム、かわいい♪
リボンの騎士は小さい頃に見てたのでとても懐かしく思います。
子供も大人も楽しめそうな場所ですね。
by poko (2014-08-21 18:18) 

nicolas

わー、ここ行きたいです~
うわさには伺っていましたが、
やはり先生の子供の頃のノートとか興味津々ですー
by nicolas (2014-08-21 18:53) 

beny

 昭和30年代の漫画雑誌は、少年、冒険王、少年画報などがありましたが頭の良い子は、少年を読んでいたと思われます?!
by beny (2014-08-21 20:38) 

kei

ブラックジャックは好きでした。
最近漫画読んでませんがブラックジャックみたいな漫画って今はないやろな。
by kei (2014-08-21 22:21) 

SORI

リンさんさん こんばんは
企画展以外は写真がOKというのは嬉しいですね。迷惑になるのでフラッシュは使いませんでした。おかげで皆さんに紹介出来ました。
by SORI (2014-08-21 22:46) 

SORI

pokoさん こんばんは
懐かしく思う大人の方は多いでしょうね。2階にはカフェもあるのでゆっくりすることも出来ます。
by SORI (2014-08-21 22:49) 

SORI

nicolasさん こんばんは
年表は面白いです。漫画やアニメの歴史が判ってきます。漫画やアニメは日本のすばらしい文化だと思います。
by SORI (2014-08-21 22:51) 

SORI

benyさん こんばんは
30年代の漫画雑誌は3つの雑誌で成り立っていたのですね。テレビのアニメはよく見ましたが、今から考えると不思議なことに子供のころは漫画雑誌はほとんど読むことはありませんでした。
by SORI (2014-08-21 22:55) 

SORI

keiさん こんばんは
ブラックジャックを好きな方が多いのに驚かされました。有識者の方のインタビューのビデオも諷詠されていましたが、ブラックジャックを絶賛されていました。
by SORI (2014-08-21 23:00) 

Rinko

これはファンにはたまらない場所ですねー♪
もちろん手塚治さんを知らない小さな子どもでも十分楽しめそうですよね^^
今度関西へ行く時は子ども達と訪れてみたいです!
by Rinko (2014-08-22 07:39) 

SORI

Rinkoさん おはようございます。
確かに若い人や子供さんが多かったです。宝塚歌劇を見た後に寄るパターンもいいのかもしれません。本を読まなけれど2時間で十分に見ることが出来ます。
by SORI (2014-08-22 08:12) 

ピンキィモモ

こんにちは。
オトメイトとコラボのカフェ。
夏休み中は、たくさんの乙女たちが来ていそうですね。
私も乙女系ゲームが好きですが、「薄桜鬼」や「アムネシア」よりも「リボンの騎士」のほうが好きです。
by ピンキィモモ (2014-08-22 10:35) 

SORI

ピンキィモモさん こんにちは
オトメイトをよく御存じなのですね。手塚治虫の幼少期に宝塚歌劇団の影響を強く受けたそうです。サファイアのモデルは元宝塚歌劇団娘役の淡島千景だそうです。
by SORI (2014-08-22 16:25) 

ayu15

宝塚といえばタカラヅカと手塚治虫が思い浮かびます。
ほんとどちらもすごいです。
by ayu15 (2014-08-23 08:44) 

SORI

ayu15さん こんにちは
前日には娘だけですが宝塚歌劇に行ったそうです。席のあるチケットは最後の一枚だったそうです。担当したと言っていました。
by SORI (2014-08-23 17:13) 

がり

少し遠いけど、いつかカーナビがついたら行ってみたいです。
アニメに興味がある知人がいないので、
一人で行くことになりそうです。
by がり (2014-08-23 22:38) 

SORI

がりさん おはようございます。
宝塚は道が細くてややこしいので初めての方は苦労されると思います。その点、知らない場所に行くのはカーナビは便利です。
宝塚に住んでいた身としては手塚治虫記念館は皆さんに知ってもらいたいです。
by SORI (2014-08-24 05:42) 

kojiro

SORIさんに、実写のアトムを紹介頂いて感激です。実は私は、実写のアトムのファンだった世代です。漫画とちがい生身の少年が演じているので、アトムになりたいと思って見ていましたね(笑)。ネットで写真を見た事は、有りませんが、私は、火星探検隊長の軍服を着たアトムが一番かっこよいと思いました。最近、ネツトで当時の少年のコメントを読んでいると、同様の意見が多いように思われます。漫画と違い?アトムは、服を着ていたので、軍服もそれに合わせた漫画と違う独自のものとなつたのでしょう。飾諸どころかブーツ タイツという言葉さえ知りませんでした。タイツは、見ている方が恥ずかしいような気がしましたが、主役のふっくらとした体型の少年にはよく似合っていたと思います。脚が当時としては異様?に長かったでいからね。
by kojiro (2014-10-05 23:21) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
記事を見ていただき、うれしいです。ありがとうございます。
アトムの実写版は印象的でした。ワクワクしながらテレビに釘付けになっていたことが思い出されます。そのため是非とも記事の中に実写版のアトムの映像や写真を入れたくてネットで探して掲載させていただきました。第四部の「火星探検の巻(40話~52話)」でしょうか。さすが、実写アトムのファンです。よく覚えておられるのですね。
by SORI (2014-10-06 05:58) 

kojiro

御丁寧なコメントを有難うございます。実写のアトムは、私のヒーローだったので、よく覚えています。当時、雑誌の少年にテレビの少年ヒーローのコラムがあり、また、それとは別に、特集で大きな写真が載っている事がありました。そこで実写のアトムも時々大きな写真が載っていたのも覚えています。火星探検のアトム少佐を紹介した写真も載っていましたね。二人の隊員に向かって軍服を着て、敬礼している物でしたが、隊長としての決意が感じられるような表情で、思わず応援したくなるものでした。学生服のような隊員の軍服と違い、アトムはズボンをはかず、トレードマークのレオタード風のつなぎとタイツ、ブーツの上に、短い飾諸のついたジャケットのみを軍服として着るという斬新な服装でしたね。ロボットとは言え、軍服としてズボンをはかなくて良いのか?と思ったりしました(笑)。しかし、少年の説明に、「かっこよいと大評判です。」と書かれていたように、このボディコン?ルックは、同級生の女の子にも人気がありましたよ。東京の向ヶ丘遊園でアトムの会が開かれた時は、何と数千人が集まったそうです。ステージ上に、鉄人のようなロボットと対峙するアトムが写った写真を見た事もあります。
by kojiro (2014-10-06 06:50) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
火星探検の鉄腕アトムの敬礼している姿など映像を詳細に覚えておられるのですね。火星探検のアトム少佐の軍服姿がのボデコンルックが女の子にも人気があったとはすごいです。東京の向ヶ丘遊園のアトムの会に数千人が集まったというのにも驚きました。その時のロボットの写真とは違うかもしれませんが鉄腕アトムがロボットと戦う姿も記事の最後に追加掲載させていただきました。
by SORI (2014-10-06 07:49) 

NO NAME

実写のアトムの火星探検の巻の説明と戦うアトムの写真の追記までして頂き有難うございました。より、楽しめる懐かしい記事にして頂きました。向ヶ丘遊園のステージ上でアトムが対峙していたのは、同時期放映されていた実写の鉄人のように見えました。御存じのように製作したプロダクションが同じなので、有りうるのではないかと推察しています。
添付の写真でアトムが戦うロボットはカニ男ですね。後のウルトラマンのバルタン星人に似ているとおもいませんか。
実写のアトムのボディコンルックが女の子にも人気があったと言うのは、当時私以上?に熱心に見ていた妹に、男の子のタイツをどう思うか聞いてみた事があり、その時に「普通は、嫌だけど、脚が長い瀬川少年のアトムなら良く似合っている。軍服を着たアトム少佐は、最高にかっこよい。」と言う返事からも判りました。
とは言え、当時の事ですから、素材には苦労したのでしょう。レオタード風のつんなぎには伸縮性がなく、初めの頃は戦うとパンツ部がたくしあがり、タイツの下にブリーフが透けて見えたので余計はらはらした覚えがあります(笑)。
ボディコンにするのに、帯状の生地をつなげると言う苦肉の方式だったので、背中側は、特に、ラジエータのような感じになり、最初は違和感を感じましたね。胸や腕にはパッチをつけて筋肉を模擬していたのでしょう。
少年に載った敬礼するアトム少佐の写真では、膝のところで、タイツにかなり皺がよっていて、健気?に演じているという気がしましたね(笑)。
フランケンと戦った時など、原っぱで抑え込まれた時に、ヘルメットがずれてしまったらしく、立ち上がる時に、一瞬ですが、ヘルメットの角の部分を持って、ずれを直していましたよ(笑)。コスプレ?アトムの言う感じもありましたね。
だから、感情移入しやすかったのかもしれません。
向ヶ丘遊園のアトムの会は、手塚先生の応援活動の一環でもあったそうです。
実写のアトムは、服を着たコスチュームに代えてからは、余り強くないイメージにし、戦うと最終的には勝つのですが、漫画と近い途中かなり苦しそうな表情をするようにしていたと思うのですが、覚えておられますでしょうか。それを見た子供がはらはらし応援すると言う演出と言う気がしています。
懐かしい思いでです。50年以上も前なのに、つい最近のような気がします。
by NO NAME (2014-10-06 10:25) 

kojiro

先のコメントで、名前を書き忘れました。失礼いたしました。当時を思い出し、楽しく書かせて頂きました。小学校では、休み時間に実写のアトムの話で盛り上がり、腕を伸ばして空を飛ぶまねをしたりしていましたね。
by kojiro (2014-10-06 10:30) 

SORI

kojiroさんのコメントを読ませていただいていると、薄すかった記憶がよみがえってきます。妹さんもよく見られていたのですね。実写版の鉄人28号も見ていました。同じプロダクションだったのですか。確かにカニ男の記憶はあります。動画を見ていたボディコンと服を着たコスチュームの2種類があったので不思議に感じていましたが、説明いただいた歴史があったのですね。確かに弱くてイライラした記憶がよみがえってきました。
by SORI (2014-10-06 10:49) 

kojiro

すぐの返信を有難うございました。初期の原作に忠実なコスチュームは、当時の技術を結集した力作だったそうで、ラバーの長靴、ボディーは型どりして作ったそうです。しかし、結果としてスマートさがなかったようで、「コスチュームを一新します、こっちの方が評判が良いようです」と、当時の少年に、新コスチュームのアトムが紹介されていましたよ。
先に申しましたように、最初多少違和感がありましたが、かっこよくなり、人気がでました。噂では、主役の少年も、新コスチュームを気に行っていたそうです。当時は、フイルムが高かったので、取り直しもしなかったのでしょう。ヘルメットの角を持って位置を直すようなシーンがそのまま放映されていた訳なので(笑)。
なお、最初のコスチュームは、非常に暑く主役の少年は、汗疹で大変だと何かの雑誌に載っていましたね。コスチュームが代わってほっとしたのてはないでしょうか。かっこよくなっただけではなく(笑)。
by kojiro (2014-10-06 12:15) 

SORI

kojiroさんが実写版の鉄腕アトムに詳しいのに驚きました。頭の形も変りましたね。最初の物はどちらかというとウランちゃんに似ているような気がします。私の印象は、最初の方のコスチュームの印象が残っていました。
by SORI (2014-10-06 13:41) 

kojiro

コメント有難うございます。頭の形は大きく分けて、2回変わりましたね。最初のコスチュームのヘルメットは、耳を覆うものでしたね。コスチューム一新の時に、耳が出たタイプに変わりましたか゜、円錐状の角が耳の上に生えていましたね。新たに添付頂いたカニ男と格闘する時のヘルメットがそれです。次に、最終的なヘルメットとなり、耳たぶに少し覆いかぶさる板を折り曲げたような角がつきました。この最終タイプも、形は同じものの何回か作り変えられています。しょっちょうコスチュームのマイナーチェンジがされていました。
例の火星探検隊長になった時は、つなぎの胸部のふくらみを減らし、ホックで開けられるように変えていましたね。これで、胸を空けて修理するというシーンが可能になったものです。スカーフは、軍服に合わせて、アスコットタイ風の物になりました。
人気があったのは、新コスチュームでしたが、原作に近いボディースーツと言う感じの造形と言う点で、最初のコスチュームの方を覚えている人も多いと思います。
後期のコスチュームは、人気がありましたが、漫画と別のテレビオリジナルのアトム像をつくりあげたという気がしますね。そうしないと人気が出なかったかも?(笑)
主役の少年は、学校に行くより、撮影の方が好きで、母親が困っていたそうですよ(笑)。少年の気持ちも母親の気持ちも理解できますね。
ヒーローを演じられたので楽しかったでしょう。
鉄人28号も、アトムの最後のクール頃に放映されましたが、金田正太郎役のの内藤少年の半ズボン姿もかっこ良かったですね。同じプロダクションだったので、彼等は、会ったことが間違いなくあるのでしょう。噂では、内藤少年も、金田正太郎の半ズボンより、アトム少佐の軍服の方を着たかったと言う話しでした。本当かどうかは、不明ですが、有り得る話と思いましたね(笑)。
by kojiro (2014-10-06 14:43) 

SORI

kojiroさん こんにちは
頭の形の変貌を解説いただきありがとうございます。ご説明を元に画像を探して本文に追加掲載いたしました。放送があった1959年~1960年は瀬川雅人さんは小学生だったようですね。すごい演技力です。
by SORI (2014-10-06 16:49) 

kojiro

ヘルメットの追加写真を有難うございます。この写真の説明の通りです。注記と書かれている時のヘルメットは、第2クールのメキシコの巻の途中までのものです。この写真は、本来、コスチュームを変更すると紹介があった時のスチール写真だったようで、このスチールの後の実際の撮影時に、ワンポイントとして、マフラーをした方が良いとなったようで、このスチールでは、マフラーをしていないのは、御覧の通りです。当時のヒーローは、よくマフラーをしていましたが、アトムのボディコンのコスチュームにも、良く似合っていたと言う事です。お洒落をしているという感じを醸し出していましたね。その極めつけが、軍服と言う事でしょうか。宇宙空間で飛ぶときに、マフラーがたなびいているのには、笑ってしまいましたが。
by kojiro (2014-10-06 17:57) 

SORI

kojiroさん こんばんは
情報、ありがとうございました。おかげさまで実写版鉄腕アトムの写真が充実いたしました。
極めつけの軍服姿を掲載したくて飾緒(しょくちょ)のついたジャケットの姿を探してみましたが見つかりませんでした。
by SORI (2014-10-06 19:12) 

kojiro

お手数ょかけて頂き、本当に充実したものになっと思います。軍服姿は、
下記に出ています。昔の少年の写真以外には、私もこれしか写真としては見た事がありません。アトムのDVD発売に際して、色々紹介記事が出ましたが、これしか軍服姿は見かけませんでした。
http://www.oricon.co.jp/news/photo/69448/7/
アトムがロケットにまたがっているので、全身は写っていないし、軍服も斜め横からですが、何とか判ります。
マフラーは、本編中では、アスコットタイ風にして、軍服の胸元に仕舞い込んでいたのですが、ここでは、軍服外に出し、なびかせています。アスコットタイ風にしていた方が、軍人としてはかっこよいと思うのですがね。
タイツがゆるめなのも判る写真です(笑)。
どうでしょうか。アトム少佐の懐かしい写真は。今でもかっこよいと私は思うのですが。
by kojiro (2014-10-06 20:26) 

kojiro

そう言えば、申しあげ忘れましたが、実写のアトムを演じた瀬川少年は、小学校5年の終わりから中一の初めまで、演じていました。言われる通り、主に、小学生の時でした。そう思うと、火星探検隊長など、隊員の差別に苦しむ模様など、格闘とは別に、凄い演技だと思います。そのため、主役の瀬川君を中三くらいに思っていた人も多いようです。しかし、小6のアトム隊長なので、健気さも出たのではないかと思います(笑)。
ロケットにまたがる火星探検隊長の写真も載せられるのなら、是非お願い致します。
by kojiro (2014-10-06 22:01) 

SORI

kojiroさん こんばんは
さっそく軍服姿の写真を追加させていただきました。ありがとうございます。確かに、なかなかかっこよくて、同じくらいの小学生の女の子に人気があったことが判る気がします。
by SORI (2014-10-06 22:15) 

kojiro

早速の掲載有難うございます。これで、実写のアトムのコスチュームの変遷の概略が掲載されたと言って良いのではないでしょうか。ここまで、まとめられたものを拝見した事がありません。ファンとしては、嬉しい限りです。
軍服は、衣装係の苦心の賜物だと思います。最近でも、この写真はかっこよいと御婦人が言われていましたよ。ジャケットの丈と、飾諸がボディコンルックにマッチしていたと思います。
同級生の男の子にも当然人気がありましたが、女の子にも人気があると言うのが、当時、羨ましかったですね(笑)。今ても、SFのスタイルとして、通用するのではないでしょうか。
また、何か思いだしたら、追加したいと思います。有難うございました。
by kojiro (2014-10-06 22:53) 

SORI

kojiroさん はい、充実した記事になりました。
ありがとうございました。

by SORI (2014-10-06 23:04) 

kojiro

更に詳しく説明をつけて頂き有難うございました。追加ですが、実は、アトムのタイツも変わっているのです。メキシコの巻では夏だったせいか、薄手のシームが脚の後ろ側にあるものでしたが、その後、厚手のシームが股間にあるものに変わっていました。人工皮膚ではないのか?と、思ったりしましたが、そこはコスプレアトムの約束事と言う事でしょう。火星探検の巻の時は、季節は調度冬だったので、軍服は防寒にもなったようです。当時の撮影所は、暖房もなかったらしく、息が白く見えました。ロボットが呼吸している?という感じでしたね(笑)。
ぞの巻をどの季節に放送するかは、気温も考慮していたのでしょう。それにしても、よく原作と違うコスチュームを思い切って採用したものだとつくづく思います。
また、アトムの声は、吹き替えられているものもあるようです。少なくとも、ZZZ総統の時は、女性が吹き替えていたと思います。
by kojiro (2014-10-07 07:17) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
さらに詳しい説明をいただきありがとうございます。おかげさまで実写版の記憶がよみがえてくるとともに詳しくなれました。
ありがとうございます。
by SORI (2014-10-07 08:41) 

kojiro

たびたび、申し訳ありません。SORIさんの力作を拝見していたら、一つ、修正すべき箇所がありました。アトムが最初にテレビに登場したのは、実写でなく、人形劇としてでした。その後に、実写ができたものです。人形劇は、フィルム等、残っていませんが、それはそれで、良かったらしいです。
なお、SORIさんの飼われている犬の名前は、ムサシなのてすね。
kojiroとしては、笑ってしまいました。私を見たら、かみつくかも?
by kojiro (2014-10-07 15:15) 

SORI

kojiroさん こんにちは
情報、ありがとうございます。
1957年4月13日~9月28日に放送された「冒険漫画人形劇アトム」ですね。さっそく修正させていただきました。確かに小次郎と武蔵ですね。
by SORI (2014-10-07 15:50) 

kojiro

ヘルメットの中期(メキシコの巻の前半)の部分に写真の追加をして頂き、より楽しめるようになりました。有難うございます。初めに載せて頂いた写真のみマフラーをしておらず、コスチューム一新時のスチール写真と思います。放送時には、マフラーをするようにして、よりスタイリッシュになったと思います。カニ男と戦う時の見上げた顔のアップが出ていますが、表情から演技力を感じたものでした。衣装がかりは、よくこんな原作と違うコスチュームを考え出したものだと思います。メキシコの巻では、途中から、後期のヘルメットに代わったのですが、しばらくの間、オープニングは、中期のヘルメットだったので、笑ってしまいました。気体人間の巻では、アトムが腕を前にのばして、空を飛ぶシーンが人形でなく、瀬川少年自身の上半身を移して撮っていましたが、つなぎに伸縮性がないので、袖と手袋の間にから素肌の腕がかなり露出していて、人工皮膚の上に服を着ているという設定か?と、思ったりしましたね(笑)。約束事の特撮だった訳です。子供もそれを理解してみていた訳ですね。
by kojiro (2014-10-08 08:17) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
さっそく、見ていただけて、うれしいです。アップの写真がカニ男と戦った時の映像であることに、すぐに気が付かれたとはさすがです。いろんなエピソードを教えていただきありがとうございました。
by SORI (2014-10-08 08:31) 

kojiro

折角、実写のアトムを編集頂いたので、そこに追加して頂くべく、雑誌の少年に載った敬礼するアトム隊長の写真もお送りしたいと存じます。
実は、これは、同じくファンの知人が、20年以上も前に、光文社の御厚意により、図書室でコピーして頂いたものだそうです。私のURLのアドレスにSORIさんに、メールして頂けたら、写真を貼りつけて返信致したいと存じます。可能でしょうか?


by kojiro (2014-10-08 15:16) 

SORI

kojiroさん こんばんは
貴重な写真を提供していただけるとはうれしいです。
トライしてみます。
by SORI (2014-10-08 18:25) 

kojiro

早速軍服を着て敬礼するアトム少佐の写真を載せて頂き有難うございます。50年以上前の写真を載せて頂き、いわば幻のアトム少佐です。
写真は載せて頂いても減るものではありませんし、昔のファンが懐かしく楽しめたら幸いです。
色まで調整して頂き、感激です。
昔を思いだされたでしょうか。この写真は、私の説明と、イメージが合いましたででしょうか。雑誌社がわざわざ写真を撮るのなら、タイツは、ひっぱって、ひざのしわが無いようにしたら良いのにと思ったりしながらこの写真を見ていました(笑)。
当時の子供としては、異様に脚が長く、ふっくらとしていたので、タイツも似合うという感じが判ります。軍服は、飾諸がかっこ良かったですね。
女の子にも、人気があったと言うのが、より、判りましたでしょうか。
瀬川少年も、この軍服が気に入り、火星探検の巻が終わったのは、残念で、家で軍服を着て楽しんでいたと言う噂がありましたが、本当でしょうかね(笑)?
by kojiro (2014-10-08 22:29) 

SORI

kojiroさん こんばんは
貴重な写真を送っていただきありがとうございます。この軍服姿が人気があったのが判る気がします。本格的な飾諸がとくにいいですね。おそらく人気にかなり、この飾諸が影響したと感じます。

by SORI (2014-10-08 22:44) 

kojiro

ご感想を有難うございます。言われる通り、この飾諸は、少佐として、かなり本格的です。他の隊員の軍服には、飾諸などなく、差別化していた訳です。
漫画の軍服は、学生服風で、ズボンもはき、飾諸もありませんでしたから、衣装係の苦労の成果なのでしょう。
ネットに出ているアトムの写真では、軍服は例のロケットにまたがるアトムくらいで、飾諸が今一つ判りません。この写真でないと、当時感じたかっこよさが判らない訳です。
それにしても、6年生くらいで、隊員を統率するなど、当時に限らず、今でもあり得ませんから、凛々しい感じがして当然でしょう。隊員の差別に悩むところが、可愛らしくも、立派でしたね。私自身は、6年くらいでは、アトムに顎かれたものの大人を統率するなど、考えた事もありませんでした(笑)。
アトムが差別に悩むところは、女の子の母性本能をくすぐったのかもしれませんね(笑)。
by kojiro (2014-10-08 23:08) 

kojiro

追加です。飾諸が良いと理解されたのなら、敬礼している写真の説明に、「飾諸がかっこいい幻の写真」と、付け加えてはいかがでしょうか。
アトムのコスチュームの変遷の説明をこのように詳しく写真で解説したのを見たのは初めてです。軍服姿など、どれにも載っていませんしね(笑)。力作だと思います。ファンとしては、嬉しい限りです。有難うございます。
by kojiro (2014-10-08 23:23) 

SORI

kojiroさん こんばんは
「飾諸がかっこいい幻の写真」のフレーズを使わさせていただきました。ほんと幻の写真です。こちらこそありがとうございました。
by SORI (2014-10-09 00:03) 

kojiro

「飾諸がかっこいい----」と、つけ加えてくれてありがとうございます。ファンとしては、賛同頂き感動物です。このコラムを見て驚いている方も多いかもしれません。当時、こんなコスチュームをよく考えたと思いますし、今でも斬新だと思います。
瀬川さん自身が何より、驚いていたりして(笑)。
アトムも鉄人も同じ頃に突然、放映が終わった感じで、製作会社内部のドタバタか?というような説があります。
少年で、アトム友の会の会員募集をs35年の3月くらいにしていたので、まだ半年くらいは、続編を作るような感じだったのですが。
彼は当然、がっかりしたでしょう。我々もがっかりでした。
ちなみに、彼は、この作品の後、まぼろし探偵の映画版に出た以降は、映画からは引退したようです。
その後、吉田卓郎のバックバンドに居たのまでは確かなのですが、長じて、自由が丘の旅行代理店を経営していだと言う説と、テレビ番組製作会社の社長と言う説があります。後者の方が可能性が高い気がしますが。
懐かし番組等には、一度だけ、電話で出た事があるようですが、余り出たくなかったようです。昔のイメージを壊したくなかったのかもしれませんね(笑)。
内藤正一さんの方は、その後、怪傑ハリマオに出ていましたね。
懐かしき子供時代の思い出です。
by kojiro (2014-10-09 01:46) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
記事のブラシュアップが出来たのはkojiroさんのおかげです。特に送っていただいた「幻の写真」はインパクトがあります。瀬川雅人さんの情報もありがとうございました。1959年3月31日の時点で小学5年生(11歳)ということは現在2014年10月9日時点で66歳か67歳になられたということですね。
by SORI (2014-10-09 06:08) 

kojiro

そう言えば、可能であれば、記念碑的にもう一つ載せて頂いたらどうかと思っている写真がありました。今出かけているので、宜しければ、数日後にお送り致します。
どんな写真家と言うと、S35年の正月号に載った写真です。これは、アトムのコスチュームは普通なのですが、合成とは言え、正月特集なので、アトムと手塚先生が並んで゜写っていて、何と、漫画のアトムが二人を運んでいるという構図となっています。
手塚先生が後年色々言われておられますが、実写アトムの放映時には、御自分の作品と思っておられた事が、この写真で判ります。何しろ、実写アトムと手塚先生、さらには漫画のアトムのスリーショット?です。
by kojiro (2014-10-09 13:20) 

SORI

kojiroさん こんにちは
それは面白そうな貴重な写真です。是非とも掲載したいと思います。
by SORI (2014-10-09 14:10) 

kojiro

恐らく、テレビ史上の貴重な写真ではないかと思います。何しろ、スリーショットですからね。週末まで、御待ち頂きたく宜しくお願い致します。
by kojiro (2014-10-09 14:53) 

SORI

kojiroさん こんにちは
楽しみにしております。
by SORI (2014-10-09 15:42) 

kojiro

スリーショットの写真をお送り致しましたので、追加して頂けたら幸いです。テレビ 漫画史上に残る手塚先生も参加されたスリーショットと思うのですが。時代を反映した先生のコメントも記載されています。他に類を見ない実写版鉄腕アトム特集となってきていると思います(笑)。
by kojiro (2014-10-11 00:09) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
貴重な写真、ありがとうございます。先ほど追加掲載させてもらいました。
10月10日~18日まで関西です。宝塚の実家に泊っています。宝塚と言えば記事の手塚治虫記念館がある場所です。関西に来ている機会に懐かしい人たちの飲み会に参加したり計画いたしました。今日11日は会社の神戸時代のOB会です。12日または13日は家内の実家での飲み会で、15日は高校時代の友人との飲み会(夙川)、17日は今月で会社を退職される方との飲み会(神戸)があります。泊っている実家の回線はFONを使っており電波が不安定なうえに、今回は実家に置いたままにするつもりで持参した古いPCなので写真の追加掲載は手間取りました。新しいタブレットも持ってきていますが写真編集には向いていないのです。
 FONは→http://makkurokurosk.blog.so-net.ne.jp/2014-09-28

by SORI (2014-10-11 06:59) 

kojiro

手間がかかる中、早速の掲載を有難うございます。実写鉄腕アトムの他に類をみない特集となってきていると思います。
手塚先生を含めたスリーショットの写真は、非常に凝ったもので、当時の「テレビのアトムの瀬川雅人くん」の人気が想像できると思います。
マフラーが目立つように撮られていてアクセントになっていますね。
下の漫画のアトムとは、随分違いますね(笑)。漫画は可愛く、実写のボディコンのアトムはかっこいいと言う所でしょうか。
ところで、正月号ですが、発行されたのは、12月初めで、フランケンの巻が終わり、火星探検の巻が始まる直前です。従って、アトム少佐の紹介は、正月に発行された2月号となる訳です。
少年のアトム友の会の会員募集記事もあったので、後でお送りしたいと思います。
by kojiro (2014-10-11 07:14) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
ほんとありがとうございました。新しい情報があれば追加したいと思います。
それにしても古いPCを使ってみて、昔は、この遅いスピードで満足していたのだな、と実感いたしました。
by SORI (2014-10-11 07:20) 

kojiro

少年の記事より、先に、雑誌コウロンに載った手塚先生を応援する方々の記事の一部をお送りしました。この記事の最初に、向ケ丘遊園でs35年4/29に開催された「鉄腕アトム」大会が写真で紹介されています。ステージ上のアトムが鉄人28号と対峙しています。当時、鉄人も同じプロダクションで製作し、放映していたので、併せて見せてのでしょう。
ステージの向こうには、集まった数千人の子供が写っています。多分、これが当時の実写アトムの人気を明確に示す唯一の写真ではないでしょうか。瀬川少年は、この時は中一になっていたので、普段は学生服を着ていたのでしょうね。写真を見ると、こんなに多くの子供の前のステージ上で、少し恥ずかしかったかも知れませんね(笑)。子供には、女の子もいます。私の説明に嘘はなかった?(笑)。これも、貴重な当時の証拠写真と思います。
by kojiro (2014-10-11 10:55) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
沢山のお宝映像をお持ちなのに驚きました。実写版の鉄腕アトムの人気ぶりが伝わってきました。お宝写真を送っていただきありがとうございます。
by SORI (2014-10-12 02:53) 

kojiro

別途送ったつもりがうまく届かなかったようなので、一応もう一度書いてみます。
なかなか見れない写真が揃ってきたと思います(笑)。
手塚先生が日本のディズニーと言われだしたころの催しものです。
少年のアトム友の会の募集記事を追ってお送り致します。多分、それに応募した子供たちが駆けつけたのでしょう。
当時テレビでは他にも少年ヒーローがいましたが、ステージで数千人の子供の前で、演技をするなど、他にはなかったと思います。おとなは、ともかく、当時の子供には大人気で、女子にも人気があったのは、羨ましかったですね(笑)。
by kojiro (2014-10-12 11:05) 

SORI

kojiroさん こんにちは
少年のアトム友の会の募集記事をお待ちいたします。楽しみです。あのころは広島に住んでいましたが、東京は別格だと感じました。
高校までは東京にも行ったことがありませんでした。
by SORI (2014-10-12 12:45) 

kojiro

アトム友の会の募集記事をお送り致しました。これで会員になった子供たちを含めて、向ヶ丘遊園に集まったのでしょう。
会則まで作ったのですから、本格的です。
号が11月号か12月号として、写真は、フランケンの巻で、隼探偵を救うための血清を取り返そうとしていた時に、燃料が切れた時の写真と思われます。
多分、テレビのカットではなく、少年用に撮影した写真と思います。マフラーと脚の長さ(笑)を強調するように撮ったものと思います。
アトムのテレビ史として、掲載して頂けたら幸いです。
あとで、もあ一つお送りするかもしれません。
by kojiro (2014-10-12 15:19) 

SORI

kojiroさん おはようございます。
写真、拝見いたしました。貴重な資料ですね。実家に戻ったら掲載させていただきます。ありがとうございました。
by SORI (2014-10-13 06:22) 

kojiro

早速、編集して載せて頂き有難うございます。アトム友の会の募集、少年のグラビア写真、アトム大会のステージ と、ネットで検索しても、どこにも載っていない貴重な実写版鉄腕アトムと、手塚先生、テレビ黎明期の貴重な特集になったかと存じます。手間をかけて頂き有難うございます。
SORIさんのブログのファンの方々も、驚いておられるのではないてしょうか(笑)。少年の記事は、実写版鉄腕アトムは、スターだったという事を示しているのでしょう。グラビア用の写真撮影もされていた訳ですからね(笑)。
各写真、ポーズ、撮影角度等、プロが工夫して撮っていますね。
by kojiro (2014-10-13 14:26) 

SORI

kojiroさん こんにちは
おかげさまで充実した記事になりました。私自身の知らないことばかりで、勉強になりました。これを記念して本記事から実写版の鉄腕アトムの記事の部分を抜粋して、新たな記事を掲載したいと思います。タイトル名は「実写版 鉄腕アトム」にしたいと思っております。
by SORI (2014-10-13 16:51) 

kojiro

素晴らしい企画ですね。是非、実写版鉄腕アトムの特集をお願い致します。
なお、それであれば、雑誌の少年と宇宙船に載った他の記事、写真もお送り致します。余り、アトムがかっこよくとれていない物もあったので、お送りしていませんでしたが。
かっこよいと思う写真も、体の一部しか映っていなかったりしています。
当時、特撮どころか、テレビの黎明期に皆、苦労して製作していた事が判ります。演技もそうだし、特にコスチュームですね。コスチューム変遷史としても、良いような実写版鉄腕アトムでした(笑)。
by kojiro (2014-10-13 18:33) 

SORI

kojiroさん こんばんは
沢山の素晴らしい写真を送っていただきありがとうございました。なんとか「実写版 鉄腕アトム」の記事を掲載することが出来ました。
by SORI (2014-10-14 00:52) 

kojiro

夜遅くまで、作業頂き有難うございます。「実写版鉄腕アトム」の記事の方に、お礼と併せて、感想を書かせて頂きました。
by kojiro (2014-10-14 01:14) 

SORI

kojiroさん こんにちは
実家に持ってきたPCは置きっぱなしにするために古いものなので時間がかかってしまいました。貴重な資料のお陰様で記事を掲載することが出来ました。
by SORI (2014-10-14 12:37) 

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