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赤飯を作りました。 [日々]

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すでに記事「北海道からの母の日のプレゼント 2017年」で紹介した通り、北海道の長男家族から送られてきた母の日のプレゼントの中の大納言小豆で赤飯を作ってみることにいたしました。もちろん作ったりは家内です。大納言小豆1kgは北海道恵庭産のアカネダイナゴンで吉田農場で作られたものでした。
レシピはネットに書かれていたものを参考にいたしました。もち米3合で書かれていたものを2合に読み替えて作りました。
 参考レシピ https://cookpad.com/recipe/1943493
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   もち米 2合
   小豆  55g
   水-1 適量 (あく抜き下茹で用)
   水-2 550cc(小豆を茹でるための量)
   塩   小さじ1/3
   ごま塩 適量

もち米は家に置いてあったものを使いました。先ずは、もち米を洗いざるにあげて水気を切っておきます。
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写真は茹で上がった小豆です。この状態にするまでの手順は次の通りです。
先ずは、あく抜きのために小豆を洗い鍋に入れ、かぶるくらいの水を入れて火にかけます。沸騰してから2~3分煮てざるにあげ、茹で汁は捨てます。この時、水につけずにすぐ茹でることが大切です。
本茹でのために水550ccを加えて火にかけ、煮立ったら弱火にし蓋をして30分程煮ます。指でぎゅっとつまむとつぶれる程度まで煮たら、小豆と茹で汁に分けるます。この状態が下の写真です。
小豆は乾燥を防ぐためラップをかけておきます。
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茹で汁は想像以上に真っ赤でした。さらに色を増すために、茹で汁は空気に触れさせ酸化させます。数回おたまですくい上の方から落としました。
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茹で汁が冷めたら、炊飯器にもち米を入れ、茹で汁をおこわの目盛りに合わせて入れて、30分程浸水させて、炊飯器の説明書通りに焚きました。我家の炊飯器では「炊き込みご飯」を選択して焚きました。写真は赤飯が炊き上がったところです。
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こちらが赤飯です。今回の赤飯に使った吉田農場を紹介します。
 名前 吉田農場
 住所 北海道恵庭市穂栄25番地
 電話 0123-36-5456
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赤飯の拡大写真も掲載いたしました。1kgあった小豆は、ぜんざいと赤飯に使って残りが650gあります。赤飯に使う小豆は55gだけなので、またまだ、いろいろと試してみれそうです。
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他の料理も並べました。料理はお吸い物、キヌサヤと牛肉の炒め物、切り干し大根、サラダです。
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もちろんビールも用意いたしました。


こちらが、キヌサヤと牛肉の炒め物です。実は親しくしている方から採りたてのキヌサヤをいただいたのです。やっぱり美味しかったです。キヌサヤだけでなく、スナップエンドウとルバーブとニンジンもいただきました。
我家のワンコ(名前:ムサシ 17歳)の夕食も牛肉でした。体調を崩してから食欲がないので、毎日、牛肉と青魚を買って両方あるいは片方を食べさせています。つまり我々とワンコの魚と肉の食材は共通化している状態です。幸い、波はありますが、ここ数日はよく食べてくれています。昨日は錦糸卵 卵4個、鯵 半身、ドッグフード 50g、かつお節 30g、牛肉 200gでした。
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こちらがいただいたキヌサヤとスナップエンドウとルバーブとニンジンです。右上がキヌサヤです。右下のスナップエンドウは茹ででマヨネーズでシンプルにいただきました。左端のルバーブはジャムにして、毎朝、ヨーグルトに入れていただいています。
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デザートは久しぶりにパイナップルにいたしました。美味しそうなパイナップルが店頭に並んでいたので買ってきたのでした。
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訪れた町 [話題]

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今までに訪れた町をプロットしています。プロットは海外に行く機会が多かったことから記録の意味で始めました。エリアごとに色分けしています。現在のプロット数は358都市です。日本以外は、ほぼ訪れた町をプロットしたつもりですが、気がついたら追加いたします。プロット数が多いので地図の表示に少し時間がかかるようです。
  アメリカ メキシコ
  インド パキスタン
  ヨーロッパおよびロシア周辺
  日本
  アジア オーストラリア
プロットしている基準は①~③で、単に通過した町や、訪問した町同士が近い場合の一方は含めていません。
 ①目的があって訪れた町
 ②泊まった町
 ③飛行機で発着した町

訪れた町の中でも馴染の薄い町の風景をいくつか紹介します。着色の文字「地図」をクリックするとその町の場所が判る地図を表示します。表示された地図の中の中央のマークが、その町の場所です。都市名をクリックすると記事を表示します。
ロシア・シベリア ノヴォシビルスク 地図
ノヴォシビルスクはシベリア最大の町で、極寒の地でもあります。その寒い時期に訪れて極寒の地の雰囲気を感じることが出来ました。この町で初めて本場のシベリアの餃子ペリメニにも出会いました。右の写真をクリックするとそのペリメニ(Pelmeni)の記事を表示します。


ガザフスタン カラガンダ 地図
首都カラガンダはアスタナから南東に車で220km走った場所にある町です。アスタナから日帰りだったのでこの日は約500km走ったたのでカザフスタンで初めて長距離を走った旅でもありました。この時も極寒の季節のため右のような気式にも出会えました。元々乾燥した地域であり、寒すぎて雪は吹き飛ばされてしまうことから積もらないとのことでした。この町ではロシア料理を食べました。


ウクライナ ドニプロペトロウシク 地図
クリックすると拡大ウクライナで撃墜されたマレーシア航空MH17便の墜落現場に近い町です。
ここには優雅に暮らす生活もありました。右の写真は町の湖畔のレストランで出会った光景でした。そのレストラン以外にも美味しい料理が食べれるリバーサイドレストランもありました。


トルコ チャナッカレ 地図
トルコは猫ちゃんが多いところでした。特に港町のチャナッカレは猫ちゃんが多かったです。右の写真をクリックするとその猫ちゃんたちを紹介します。
ここでは美味しいケバブ料理にも出会いました。チャナッカレはマルマラ海と地中海を結ぶチャナッカレ海峡の町で昔は軍事的に重要な拠点でもありました。トロイ遺跡も近くにあります。
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モロッコ カサブランカ 地図
クリックすると拡大カサブランカと言えば、イングリッド・バーグマンが主演した映画が有名です。映画が発表されたのは第二次世界大戦中(1939年9月1日~1945年9月2日)の1942年11月26日でした。そのことからも日本とアメリカの経済的な力の差は明らかでした。モロッコは元はフランス領でフランス語圏であることから町の中はフランスを思わせる雰囲気がありました。初めて本格的なモロッコ料理や、美味しいシーフード料理にも出会えました。


パキスタン イスラマバード 地図
クリックすると拡大パキスタンのイスラマバードはホテルで火事になった思い出深い場所です。今となっては思い出となりましたが、その時は一生の中で一番、命の危険を感じた体験でした。右の写真をクリックしてもらうとその時の記事を表示します。52℃の気温を体験したのもパキスタンでした。
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バハマ ナッソー 地図
クリックすると拡大バハマには2度訪問いたしました。右の写真のように一度に何隻も訪れる観光の島でした。散策するだけでても沢山の発見がありました。小さな島でしたが26の記事を紹介することになりました。その26の記事を紹介します。タイトルをクリックすると記事を表示します。
クリックすると拡大 往復ともに洋食にしました。 成田~シカゴ
 やっとコンク貝の刺身が食べれました。
 驚き! バハマの出国手続
 バハマの高級レストラン
 リゾート地の横断歩道の注意書
 WEST BAY STREET
クリックすると拡大 Wast bayのカジノ
 バハマ最大のカジノ アトランティス
 ブランコ
 バハマでも交通事故
 この写真、違和感がありませんか?
 バハマにも大砲の飾ってあるお家がありました。
クリックすると拡大 バハマの首都ナッソーの普通の景色
 バハマは胴長リムジンだらけ
 ビーチのカモメたち
 コンク貝レストラン
 プライベートビーチ
 007 カジノ・ロワイヤルのロケ地
クリックすると拡大 バハマの郵便ポストも赤でした。
 バハマにもマックがありました。
 日曜日は要注意
 バハマのビールはこれだ!
 ニュー・プロビデンス島
 観光名所 ストローマーケット
 映画のシーンのようです。
 行きと帰りで極端に違う機内食 成田~ダラス


こちらはヨーロッパ周辺です。他の地図も同じですがマークをクリックすると都市名を表示します。訪問した町の例を紹介します。
 フランス   パリ リヨン アヌシー マルセイユ ベサイユ ブロア
        シュノンソー アンボワーズ シャンポール オンフルール
        モンサンミッシェル
 ドイツ    フランクフルト マンハイム ハイデルベルグ ミュンヘン
        ローアドルフ デュッセルドルフ ケルン ボン ベルリン
 イタリア   ミラノ ベルガモ カサレモンヘラート ベローナ ピサ
        ベネチア フィレンツェ シエナ ローマ
 ロシア    モスクワ サンクトペテルブルグ ノヴォシビルスク 
        ミハイロフ スタールイオスコル スランツェ 
 カザフスタン アスタナ アルマトゥイ アクトベ カラガンダ
 ウクライナ  キエフ ドニエプロペトロフスク ニ-コポリ
 スイス    チューリッヒ レンツブルグ ビール
 トルコ    イスタンブル チャナッカレ トロイ
 イギリス   ロンドン ラグビー


こちらはアジアを中心とした地図です。
103回入国した中国の訪問都市をリストアップしました。
 北京 天津 唐山 大連 包頭 銀川 中衛 太原 済南 青島 安陽
 開封 鄭州 洛陽 黄龍 成都 宜昌 武漢 上海 南通 無錫 蘇州
 合肥 南京 蕪湖 寧国 宣城 杭州 銅陵 池州 樅陽 晋祠 黄山
 温州 長沙 邵阳 英徳 桂林 柳州 恵州 広州 南寧 宏村 西遞
 歙県 屯渓 呼和浩 秦皇島 九寨溝 都江堰 石嘴山 栖霞山 張家港
 朱家角 馬鞍山 九華山 喬家大院 平遥古城 王家大院 白馬山庄
 鄂爾多斯


台湾は37回訪問いたしました。その台湾で訪問した町を紹介します。
 台北 基隆 羅東 蘇澳 和平 花蓮 高雄 岡山 台南 台中 桃園


日本の地図も表示します。日本に関しては住んでいる場所なのですべての町ではなく、ある程度まとめてプロットしています。住んでいる周辺も省略しています。別画面の地図を表示→ポチッ
日本で足を地面についたことのない都道府県は
 鹿児島県 宮崎県 島根県 岩手県 です。
韓国で訪問した町は
 ソウル 江陵 三陟 浦項 釜山 丹陽 城南 金浦 仁川 です。


以前に紹介したことはありますが、今までに利用した空港の地図も紹介します。こちらもマークをクリックすると空港名を表示します。地図内のプラスをクリックすると拡大します。


こちらも以前に紹介した国別訪問回数のグラフです。
右の写真は約29年前、初めて海外に行った時の写真です。撮ったのは1988年3月1日で、場所は台湾の羅東です。
バチカン市国には2日間で3回入国しましたが、1回で集計しています。ローマの町の中にバチカン市国があって、何度でも簡単に入れるからです。同じ理由で、バチカン市国からイタリアへの入国は0回にしています。
初めての台湾訪問の記事 ポチッ
クリックすると拡大 103回 中国
  37回 台湾
  18回 アメリカ
  16回 ベトナム
  16回 韓国
  13回 インド
  10回 ドイツ
   8回 フランス

さらに海外の年別の訪問回数も掲載します。日本の出国回数ではなく、日本以外の国の入国回数を海外の訪問回数と定義して作ったグラフです。したがって縦軸のタイトルは海外入国回数としています。初めて海外に出たのは1988年2月29日(台湾)です。今から29年3ケ月前になります。その約29年間に29ケ国に272回訪問いたしました。グラフをクリックすると滞在日数のグラフを表示します。1冊目~6冊目はパスポートを示しています。
 海外入国回数 272回 / 29年間 平均 9.38回/年 初1988年2月29日
 最多入国回数 24回 / 2006年 10ケ国 / 2006年
 最多搭乗回数 83フライト / 2005年
 最長滞在日数 93日/回 2002年12月10日~2003年03月12日 メキシコ
 二位滞在日数 15日/回 2000年09月03日~2000年09月17日 タイ
 三位滞在日数 14日/回 2002年10月27日~2002年11月09日 中国
 合計海外滞在 1477日/272回/29年 平均5.43日/回 平均50.9日/年
 上位海外滞在 131日/2002年 118日/2007年 105日/2005年
 訪問国数   29ヶ国 / 29年間
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北半球だけですが、世界一周をしたことが2度あります。初めての世界一周は東廻りで、2度目は西廻りでした。東廻りは時差で苦しみます。特にアメリカからヨーロッパに移動した時が最悪でした。マーク( )は空港です。ラインは空港を最短で結んだ線です。
 1度目 1992年 東廻り 3ケ国 日本→アメリカ→ドイツ→インド→日本
 2度目 2005年 西廻り 5ケ国 日本→ヨーロッパ(4ケ国)→アメリカ→日本


タグ:海外 空港 都市

お気に入りの煎餅 長保堂 たがね焼 [日々]

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スーパーで買う煎餅の中で一番気に入っているのが、上の写真の煎餅です。手軽な値段でありながら、味や食感が気に入っています。周辺のスーパーの中で売られているのは1店舗だけです。
そのスーパーに行った時には必ず買ってきます。スーパーでは沢山の種類の煎餅が売られていますが、意外とぴったりくる煎餅が少ない中で、長く買い続けている煎餅でもあります。

普段は1~3袋程度を買うのですが、6袋をまとめて買ってみました。
この「たがね焼」は人気があるようで2つ記事に詳しく書かれています。内容に私も納得です。一部を枠内に転記させていただきました。→記事1 記事2
見た目に反して、とっても薄味な味付けでした。  でも、かみしめるごとに、じわじわとお醤油とお米の風味が感じられ、 なんとも味わい深いおせんべいです。 ちょっとお米のつぶつぶ感があって、これが歯ごたえのアクセントになっているのもいいですね^^ このいびつな丸っこい形も手作りっぽくてほっこりします。 ほんの少し、ぴりっとするのもおいしいポイントです。
たがね焼きとはあまり聞きなれないかもしれませんが、煎餅の生地をトンカチのようなものでべチャンと潰して香ばしく焼き上げたものです。
触っていびつ、掴んでいびつ、この歪さが味にアクセントを大きく加え煎餅を成長させる。たがね焼きは小ぶりながらも一枚一枚がガリっというしっかりとした食感を表現し、しっかりとした醤油の旨味と香り、そして何より単純な味を決して飽きさせないピリ辛の唐辛子だ何より嬉しい。 一口サイズのたがねは口の中に丁度よくハマり、勢い良く噛み砕くには絶好のサイズでした。案の定手が止まらなくなること間違いなしでしょう。
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表面にぶつぶつがあるのが特徴の煎餅で、たまり醤油の味も気に入っています。唐辛子がすこし入っていてピリ辛感があります。
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食感を感じてもらうために拡大いたしました。生地を叩いて平らにしているそうです。そのためか薄いけれども噛みごたえがあります。
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さらに拡大いたしました。クリックすると同じ縮尺ですが広範囲を表示します。このブツブツ感が気に入っています。
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今回の煎餅を紹介します。

 名前 たがね焼 90g
 味付 たまり醤油
 材料 うるち米 もち米
 価格 158円~238円(税込)
 販売 ㈱長保堂
 電話 044-738-1070
 TF 神奈川県川崎市中原区上小田中6-45-5   Street View
 工場 山梨県甲州市勝沼町綿塚160-1 (勝沼工場) →Street View
タグ:煎餅

オルセー美術館でも模写が許されていました。 [オルセー美術館]

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以前にパリのルーブル美術館の模写している光景を紹介したことがあります。同じパリにあるオルセー美術館でも模写されている方がおられました。ルーブル美術館では沢山の模写している人を見かけましたが、オルセー美術館で気が付いたのは1人だけでした。模写できる静かな場所はルーブル美術館に比べて少ないので、見学者の多い場所の作品は模写の許可が下りないのだと思います。

皆さん興味があるようで沢山の人が模写を見学されていました。
クリックすると拡大右の写真はルーブル美術館での模写の光景です。
イーゼル(画架)と椅子がルーブル美術館と同じでした。そのことから同じようなシステムだと感じたのでルーブル美術館での模写を行う手順を紹介します。
 ① 模写したい絵の希望を美術館に伝える。
クリックすると拡大 ② ダメな場合は美術館の提案の中から選択する。
 ③ 日本大使館の推薦書と無犯罪証明書を入手する。
 ④ 許可されたら模写の出来る時間帯に行って模写する。
   模写期間 一つの絵で3ケ月以内
   模写料金 無料
   その他  イーゼル(画架)と椅子は借用可
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見学の人がいなくなるまで待つことにいたしました。
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やっと、こちらの写真を撮ることが出来ました。
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こちらが模写していた絵です。こちらの絵はコローと言う画家の作品でした。調べてみると同じタイトルで同じ名前の作品が何枚も書いていました。女性が手に持っている楽器はマンドリンです。
クリックすると拡大下の5枚の作品の中で3枚の作品にマンドリンが描かれています。クリックすると判ると思いますが、左から2枚目と右端は服装は同じですが違う作品です。
 作家 カミーユ・コロー Camille Corot
 作品 L'Ateiier de I'artiste アーティストのスタジオ
 制作 1865年
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下記の写真に写っている風景画と人物画の計3枚の絵がコローの作品です。
コロー(Corot)のフルネームはJean-Baptiste Camille Corot(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー)です。コローは印象派の前の時代の画家で、日本では馴染は少ない気がしますが、コローの影響を受けた画家は、印象派・ポスト印象派のピサロ、モネ、セザンヌなど、野獣派のマティス、ドランなど、立体派のピカソ、ブラック、グリスなどが挙げられるほど次世代に影響を与えた画家として有名なようです。クリックすると拡大詩情あふれる森や湖の風景画で知られると同時に「真珠の女」のような人物画にも傑作があります。イタリアなどに旅して絵を描いてはいますが、パリの裕福な織物商人の子として生まれ、パリで育ち、パリで没した生粋のパリッ子の画家と言えると思います。
 名前 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
    Jean-Baptiste Camille Corot
 生誕 1796年7月17日 バリ
 死没 1875年2月22日 パリ(満78歳没)
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コローの絵の周辺で気になった作品を紹介します。本記事内の5人の画家(作家)の写真は全てフリー百科事典のWikipediaから転用させていただきました。
クリックすると拡大こちらは牛が沢山書かれた大きな絵です。こちらの絵は、娘も気になったようで接写しています。
 作家 ローザ・ボヌール Rosa Bonheur
    1822年~1899年(満77歳没)
 作品 Labourage nivernais dit aussi Le Sombrage
 制作 1849年
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接写していたいた理由は、写真をクリックしていただくと判ると思います。大きな作品にも関わらず細部まで本物と間違えるほど詳細に書かれているのでした。牛の表情も豊かに描かれていました。ボヌールは、当時は珍しい女性画家でした。本名はマリー・ロザリー・ボヌール(Marie Rosalie Bonheur)で、フランスの写実主義画家です。動物の姿をありのままに捉えた作品を多数残したそうです。ジョルジュ・サンドやサラ・ベルナールなどと並び、フェミニズム初期を代表する人物の一人だそうです。
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クリックすると拡大同じ牛の絵ですが別の作者です。こちらの作品は見た記憶がありました。
 作家 コンスタン・トロワイヨン Constant Troyon
    1810年~1865年(満54歳没)
 作品 Boeufa allant au labour, effet de matin 
 制作 1855年
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クリックすると拡大こちらはÉdouard Sainの作品です。本絵はÉdouard SainのWikipediaの中に入っているので代表作の中の一つだと思います。沢山の女性たちが描かれた作品です。
 作家 Édouard Sain 1830年~1910年(満80歳没)
 作品 Fouilles à Pompéi
 制作 1865年
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クリックすると拡大そして、こちらはErnest Meissonierの作品です。タイトルから判断してベネチア(ベニス)のサン・マルコ大聖堂で礼拝している女性を描いた作品です。
 作家 エルネスト・メソニエ Ernest Meissonier
    1815年~1891年(満75歳没)
 作品 Femme en prière à Saint-Marc de Venise
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北海道からの母の日のプレゼント 2017年 [日々]

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今年(2017年)も北海道の長男家族から、家内に母の日のプレゼントが届きました。上の写真はその中の一つです。届いてすぐに撮りました。

こちらは母の日の2017年5月14日(日曜日)に家に咲いていた5種類のバラと一緒に撮った写真です。バラの花は変わっていきますがプレゼントは鉢植えなので一週間が経った5月22日も元気に咲いています。
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実は、母の日のプレゼントの本命は鉢植えと一緒に送られてくる北海道の野菜たちなのです。つまり家内への母の日のプレゼントは「花と団子」なのです。一昨年(2015年)までの母の日のプレゼントは花だけでしたが、昨年(2016年)から「花と団子」になりました。昨年の母の日のプレゼントは右の写真のジャガイモ2種、うど、山わさび、アスパラガスでしたが、今年(2017年)は下記の野菜たちでした。アスパラガスは昨年の2倍ほど入っていました。
クリックすると拡大今年の新しい目玉は北海道千歳産の寅王(とらおう)と呼ばれている超極厚の椎茸でした。
 特選椎茸   北海道千歳産 寅王(とらおう)
 大納言小豆  北海道恵庭産 アカネダイナゴン
 アスパラガス 北海道産
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少しでも新鮮なものを食べたかったので、届いた当日にアスパラと椎茸を食べました。アスパラは肉巻きにいたしました。
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こちらが「アスパラ肉巻き」です。
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少し変わった形の皿に盛りつけたので、方向を換えた写真も紹介します。こちらの角度だと「アスパラ肉巻き」の断面がよく見えます。
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マスタードで食べてみました。ビールが進みました。
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大きなシイタケなので、シンプルに焼いていただくことにいたしました。
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椎茸は表側だけを焼いていただきました。
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シイタケは生姜醤油でいたただ来ました。
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一緒に用意したサラダです。
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ブロッコリーも一緒に食べました。
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翌日もアスパラガスと椎茸をいただきました。アスパラガスはシンプルに茹でてマヨネーズクリックすると拡大でいただきました。
アスパラガス(Asparagus spp.)はキジカクシ属植物の複数の食用種の総称だそうです。ただし食用の栽培作物として、一番多いのがアスパラガス(Asparagus officinalis)だそうです。クロンキスト体系ではユリ科になります。
 界:植物界      Plantae
 門:被子植物     Angiosperms
 綱:単子葉類     Monocots
 目:キジカクシ目   Asparagales
 科:キジカクシ科   Asparagaceae
 属:クサスギカズラ属 Asparagus
 種:アスパラガス   Asparagus officinalis クリックすると拡大

この時も椎茸はシンプルに焼いていただきました。今回の北海道千歳産の寅王(とらおう)は超極厚のシイタケなので、他の食べ方ではもったいないのです。
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3度目のアスパラもシンプルに茹ででマヨネーズでいただきました。
アスパラガスを日本で初めて1922年(大正11年)に作るすることに成功させたのが岩内町出身の下田喜久三・農学博士でした。寒冷地に適した新品種を開発することで可能になったそうです。翌年の1923年には40ヘクタールの直営農場を設けて大規模に作り始めたそうです。その岩内町に「日本のアスパラガス発祥の地」の記念碑があります。
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そのアスパラガスを、一緒に食べたカレーライスに乗せてアスパラ・カレーにもいたしました。これもなかなかおいしい食べ方でした。
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先ずは北海道産の大粒の小豆は、ぜんざいで食べてみることにいたしました。先ずはじっくりと茹でました。砂糖を入れたところで写真を撮りました。
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今回の小豆には大納言と書かれていました。品種はアカネダイナゴンです。今では一般的に普及しているようですが、大納言小豆の由来などを調べてみると枠内のように書かれていました。
あずきの中で特に大粒な特定の品種群に「大納言」となずけられています。流通・加工上、普通のあずき品種とは区別されているそうです。その名前の由来は、この品種群のあずきは、大粒なだけではなく、煮たときに皮が破れにくい特徴を持ち、いわゆる「腹切れ」が生じにくいことから、切腹の習慣がない公卿の官位である「大納言」と名付けられたと言われています。なお、円筒あるいは俵のような豆の形が大納言が被った烏帽子に似ているためという説もあります。江戸時代には「中納言」や「少納言」と名付けられた品種もあったそうです。
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完成した「ぜんざい」です。
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確かに大粒で美味しかったです。次は赤飯を作るつもりとのことなので、その時は本記事に追記したいと思います。
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オルセー美術館 ファン・ゴッホ [オルセー美術館]

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オルセー美術館で最上階の印象派展示室(Galerie des Impressionnistes)を見た後、地上階に下りて最初に行ったのがゴッホやゴーギャンなどのポスト印象派の作家の作品が展示されている場所でした。特にゴッホの作品は印象に残ったので、本記事ではゴッホの作品を紹介したいと思います。

その展示室がこちらです。5枚ともゴッホの作品です。左から順に日本名とフランス名を紹介します。下で詳しく大きな写真で紹介いたします。
 二人の少女          Deux fillettes
 医師ガシェの肖像       Le Docteur Paul Gachet
 ガシェ医師の庭で       Dans le jardin du docteur Gachet
 オヴェールの教会       L'église d'Auvers
 コードヴィルの藁葺き屋根の家 Chaumes de Cordeville
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それではゴッホの作品を紹介したいと思います。日本では姓(苗字)をゴッホと呼んでいますが、オランダ人名のVanはミドルネームではなく姓の一部であることから姓はVan Gogh(ファン・ゴッホ)なのです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ Vincent Van Gogh
  姓 ファン・ゴッホ        Van Gogh
  名 フィンセント         Vincent
 作品 Portrait de I'artiste
 制作 1889年
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独特のゴッホの絵のタッチを紹介したくて拡大いたしました。
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上の拡大写真でも表面の凸凹は紹介しきれないので、さらに拡大いたしました。クリックすると特別に大きく拡大いたしまします。是非ともクリックしてほしいです。少しは表面の凸凹を感じてもらえるかもしれません。
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それではファン・ゴッホを紹介します。右の写真がファン・ゴッホの写真です。すでにお気づきのように上の絵はファン・ゴッホ自身の肖像画だったのです。作品のタイトルPortrait de I'artisteは「画家の肖像(自画像)」でした。ウィレム(Willem)がミドルネームで省略されてフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)と書かれることが多いです。
 名前 フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ
    Vincent Willem Van Gogh
 出生 オランダ南部の北ブラバント州ブレダに近いズンデルト(Zundert )村
 生誕 1853年3月30日
 死没 1890年7月29日(満37歳没)
1886年2月末(32歳)にパリに夜行列車で来て始まったフランス居住時代に、主要な作品のほとんどが制作されました。フランス居住時代は次のように分けられます。
 1886年2月~1888年2月 パリ居住時代
 1888年2月~1889年5月 アルル時代
 1889年5月~1890年5月 サン=レミでの療養時代
 1890年5月~1890年7月 オーヴェル=シュル=オワーズ
1888年12月23日に発生したファン・ゴッホ自らの耳たぶを切り落とす事件は有名です。そのことによりアルル市立病院に収容されました。ファン・ゴッホは1890年7月29日にオーヴェル=シュル=オワーズ(Auvers sur Oise)で亡くなりましたが、拳銃による自殺と言われているにもかかわらず即死ではなく傷を受けてオーヴェルのラヴー旅館に、自ら帰り着いて2日後に亡くなっていることから、謎となっています。少年たちの拳銃暴発説などもありますが、拳銃による自殺が定説です。70年後の1960年に農地から発見された拳銃はアムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館にて展示されいるそうです。先ずは右の写真をクリックしてみてほしいです。
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ファン・ゴッホは短い期間に偉大な作品を沢山残しています。オルセー美術館にも沢山展示されていたので一部を紹介します。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Tête de paysanne hollandaise オランダ人農婦の顔
 制作 1884年 オランダ時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Paysanne prés de l'âtre 暖炉の前の農民
 制作 1885年 オランダ時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 L'Arlésienne アルルの女(ジヌー夫人)
 制作 1888年 フランス・アルル時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 La Nuit étoilée 星降る夜
 制作 1888年 フランス・アルル時代
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 La Méridienne 昼寝
 制作 1889年~1890年 サン=レミでの療養時代
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ファン・ゴッホが亡くなった年である1890年描かれた絵画を4枚紹介します。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Mademoiselle gachet dans son jardin 庭のガシェ嬢
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Chaumes de Cordeville コードヴィルの藁葺き屋根の家
 制作 1890年(没年) 
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絵のモデルであるポール・ガシェ(Paul-Ferdinand Gachet)は、オーヴェル=シュル=オワーズ在住の精神科の医師で、美術愛好家であり、アマチュアの画家でもありました。ファン・ゴッホの晩年における主治医でありました。医師ガシェの肖像には第1バージョンと第2バージョンがあり、こちらの絵は第2バージョンです。
 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Le Docteur Paul Gachet 医師ガシェの肖像
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 Deux fillettes 二人の少女
 制作 1890年(没年) 
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 作家 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Van Gogh)
 作品 左:ガシェ医師の庭で          右:オヴェールの教会
    左:Dans le jardin du docteur Gachet  右:L'église d'Auvers
 制作 左:1890年(没年)            左:1890年(没年) 
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娘も沢山の絵の写真を撮っていました。撮っているのは上の写真の右側の絵であるL'église d'Auvers(オヴェールの教会)です。作品の日本名は2008年9月に訪問された方の記事を参考にさせていただきました。
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オルセー美術館の建物を紹介します。オルセー美術館の建物は1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅であったことは有名です。
 名前 オルセー美術館 (Musée d'Orsay)
 住所 1 rue de la Légion d’Honneur, 75007 Paris
 時間 9:30~18:00(木曜は21:45まで)
 休館 月曜日 1月1日(祝) 5月1日(祝) 12月25日(祝)
 最寄 Musée d’Orsay駅 Solférino駅 Assemblée Nationale駅
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オルセー美術館 印象派展示室 [オルセー美術館]

写真の上のカーソルがの場合はクリックすると拡大します。
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クリックすると拡大フランス旅行の最終日(7日目)の最初に訪れたのがオルセー美術館でした。朝の8時50分に到着するとすでに紹介したように1番でした。その時の記念写真が右です。
9時30分に開館して中に入って最初に見た景色がが上の写真です。この空間はオルセー美術館がオルレアン鉄道のオルセー駅だったころは蒸気機関車が入ってきた空間でした。
クリックすると拡大右の写真はオルセー駅時代のものですが、正面の時計の下が、今のオルセー美術館の入口です。その場所から撮った写真が冒頭の写真なのです。
元、ホームがあった場所の中央はゆっくりとした上り坂のスペースが作られてその両側に展示室が設けられていました。冒頭の写真で左側がセーヌ川がある方で、そちらに2つの時計のある建物があり、その最上階も展示室になっていました。
クリックすると拡大1階は軽く見た後、すぐに、その最上階の展示室に向かいました。右の写真がオルセー美術館の外観です。建物に関してはすでに建物編で紹介いたしました。

最上階に向かう前に最初に入った1階の展示室はジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)とオノレ・ドーミエ(Honoré Daumier)でした。こちらの部屋はMilletの作品の部屋です。教科書で見たことのある作品が沢山展示されていました。
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ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)の作品を3枚紹介します。
 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
    1814年~1875年(60歳)
 作品 Des glaneuses 落穂拾い
 制作 1857年
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 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
 作品 La Fileuse 糸紡ぎの女 (オーヴェルニュの山羊飼い)
 制作 1868年~1869年
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 作家 ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)
 作品 La Printemps 春
 制作 1868年~1873年
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オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier) の作品も紹介します。
教科書で見たことがあるような気がします。
 作家 オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier) 1808年~1879年(70歳)
 作品 Crispin et Scapin クリスパンとスカパン
 制作 1864年
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紹介した絵画以外にも下記の作者の絵画の写真を撮りましたが、最上階に上がることを優先したので、後でゆっくりと鑑賞いたしました。左側がJules BretonのLe Soirで、中央がErnst HébertのLa Mal'ariaで、右側がAchille BenouvilleのLe Colisee vu du Palatinです。中央と右側の写真はクリックすると拡大いたします。
クリックすると拡大クリックすると拡大 Jules Breton
 Ernst Hébert
 Achille Benouville
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最上階に上がって撮った写真です。
正面の時計のあるところから入ってきてここまで上ってきました。この高さのところに、今回紹介する展示室があります。この高さに展示されている作品だと想像しながら見てほしいです。
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我々が最初に目的をもって訪れた展示室です。
展示室の名前は印象派展示室(Galerie des Impressionnistes)で、主な作家として5人の巨匠、ルノアール(Renoir)、モネ(Monet)、マネ( Manet)、セザンヌ(Cézanne)、ドカ(Degas)が書かれていました。最初にここに来たかった理由が分かってもらえると思います。時計塔の展示室パヴィヨン・アモン(Pavillon amont)もこの5フロアーにあります。2009年より2年をかけて改装工事が行われて2011年10月末にリニューアルオープンした中でも最大の目玉が今回の展示室だそうです。


もちろん作品は5人だけではなく沢山の印象派の作品が集められた空間でした。
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チケットの当日買の人たちの中で一番で入館できた上に、最上階にすぐに上がったおかげで、人の少ない空間で絵を楽しむことが出来ました。
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最上階の印象派展示室は濃いグレーの壁で統一されていました。
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ロダンの作品も展示されていました。
 作家 オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin) 1840年~1917年(77歳)
 作品 L'Homme qui marche 歩く男
 制作 1907年~1910年
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先ずはマネの絵を2枚紹介したいと思います。
どこかで見た絵でした。
 作家 エドゥアール・マネ(Édouard Manet) 1832年~1883年(53歳)
 作品 Le Déjeuner sur l'herbe 草上の昼食
 制作 1863年
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こちらも見覚えがあります。
 作家 エドゥアール・マネ(Édouard Manet)
 作品 La Dame aux éventails 扇を持つ女性 
    Nina de Callias     ニーナ・ド・カリアスの肖像
 制作 1873年
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クリックすると拡大前記事のバラの花の名前となっているエドガー・ドガの作品を紹介したいと思います。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
    1834年~1917年(83歳)
 作品 La Classe de danse ダンス教室
 制作 1873年~1876年 (1874年頃)
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 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Danseuses montant 階段を上がる踊り子
 制作 1886年~1890年
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この絵を描いていた1893年頃のドガは、ほとんど目が見えず、親指で絵の具を塗っていたそうです。それだけに印象的な色彩の絵になって、人気があるようです。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Danseuses bleues 青い踊り子
 制作 1893年
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当然と言えば当然なのですが、踊り子以外のドガの絵も沢山ありました。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Le Champ de courses
 制作 1876年~1887年
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ドガはこのような彫像も作っていました。これは話題のものです。ドガの生前に唯一発表された彫刻作品です。発表時はロウで作られていて死後に、ブロンズ像が鋳造されたそうです。ドガは、この彫像以外にも沢山の彫像を制作しましたが、すべて亡くなってから発表されたそうです。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas)
 作品 Petite Danseuse de Quatorze Ans 14歳の小さな踊り子
 制作 1881年
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こちらのブロンズ像の説明板は単独で撮っていないけれども作品と一緒に写ってい説明版の文字の雰囲気はEdgar Degasのようです。上の作品の近くに置かれていたことと、バレリーナのブロンズ像であることからエドガー・ドガと思われます。調べた結果、フランス語名は分かりませんでしたが英名は下記のとおりです。さらに後ろに並んでいるブロンズ像もドガの作品であることが分かりました。
 作家 エドガー・ドガ(Edgar Degas) 
 作品 Dressed Dancer at Rest(英名) 予想仏語名:Danseuse de Reste
 制作 1895年頃
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アルフレッド・シスレーの作品も沢山ありました。その中から3枚を紹介します。
 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley) 1839年~1899年(59歳)
 作品 La Neige à Marly-le Roi 
 制作 1875年
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 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley)  
 作品 Le Repos au bord du ruisseau 
 制作 1878年
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 作家 アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley)  
 作品 Canal du Loirg
 制作 1884年
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クロード・モネの作品を6枚紹介します。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Em norvégienne
 制作 1887年
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 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 La Seine à Vétheuil
 制作 1879年
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クリックすると拡大こちらは2枚が並べて展示されていました。
有名な「日傘をさす女」と同じ構図でした。
 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Essai de figure en plein-air
 制作 1886年
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 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Meules
 制作 1890年
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 作家 クロード・モネ(Claude Monet)
 作品 Vétheuil
 制作 1900年
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ポール・セザンヌの絵を3枚紹介します。
 作家 ポール・セザンヌ(Paul Cézanne)
 作品 Paysan assis 坐る農夫
 制作 1900年~1904年
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 作家 ポール・セザンヌ (Paul Cézanne)
 作品 Pont de Maincy
 制作 1879年
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 作家 ポール・セザンヌ (Paul Cézanne)
 作品 Montagne Sainte-Victoire
 制作 1890年
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ベルト・モリゾ(Berthe Morisot) の作品で、見た記憶があったので写真を撮りました。
 作家 ベルト・モリゾ(Berthe Morisot) 1841年~1895年(54歳)
 作品 Chasse aux papillons 
 制作 1874年
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1人の作家でも沢山の絵が所蔵されているようでした。娘が写真を撮っている壁面はカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) の作品で、奥の壁面には後で紹介するアルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin) の作品(イブリーの落陽)などが飾られていました。
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こちらがカミーユ・ピサロの作品です。
 作家 カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro) 1830年~1903年(73歳) 
 作品 Gelée blanche
 制作 1889年
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アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin)の作品を2枚紹介します。
 作家 アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin) 1841年~1927年(86歳)
 作品 Soleil couchant à lvry イブリーの落陽
 制作 1873年
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 作家 アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin)
 作品 Femme nue couchée
 制作 1877年
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こちらはギュスターヴ・クールベの作品です。
 作家 ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)
    1819年~1877年(58歳) 
 作品 La Mer orageuse 
 制作 1870年
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こちらは若くして亡くなった画家の作品です。モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、ドガ、セザンヌらの作品を買うなどして、画家たちを経済的に助けていたそうです。印象派美術展開催の費用も提供し、自らも画家として作品を出展したそうです。
 作家 ギュスターヴ・カイユボット(Gustave Caillebotte)
    1848年~1894年(45歳)
 作品 Raboteurs de parquet 
 制作 1875年
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周辺の航空写真を紹介します。航空写真内のマイナスのアイコン( マイナス)を2回クリックするとポンピドゥー・センター( )と、泊まったホテル( )の位置のアイコンが表示されます。
 オルセー美術館 (Musée d'Orsay)
 ルーヴル美術館 (ルーブル美術館 / Musée du Louvre)

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