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アワビのしゃぶしゃぶ [安徽省]

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大きなアワビを薄くスライスしたものが出てきました。
これだけの大きなアワビはなかなかお目にかかれません。出てきてすぐに一番上の大きな刺身をそのままワサビ醤油につけて食べました。
身ががやわらかいので理由を聞くと「しゃぶしゃぶ」用の薄いスライスするために活きたアワビに軽く熱を加えて薄くスライスしたとのことでした。すぐにスープの入った鍋が出てきました。実はしゃぶしゃぶだったのです。それも中華料理のなかで出てきました。切り方が刺身らしくないと思っていましたが納得しました。

ほんとうは、このようにしゃぶしゃぶで食べるんです。タレは中華風のものもありましたがワサビ醤油でも食べました。お皿の上にワサビが乗っていましたが日本から持参したワサビを使いました。なかなかの一品でした。


この日は安徽料理でした。最近はいろんな料理を取り入れているみたいです。でもアワビのしゃぶしゃぶ以外は大体が安徽料理でした。安徽料理は名前の通り安徽省の料理ですが日本ではあまり知られていません。末席ですが中国八大料理の一つに数えられています。
          1 魯菜 (山東料理)
          2 川菜 (四川料理)
          3 粤菜 (広東料理)
          4 閩菜 (福建料理)
          5 蘇菜 (江蘇料理)
          6 浙菜 (浙江料理)
          7 湘菜 (湖南料理)
          8 徽菜 (安徽料理) 中国八大料理 ⇒ ポチッ

ネットで見るとこれ以外の組み合わせもあるようですが上の8っの料理の組み合わせが一番多いいようです。日本人に有名な北京料理や上海料理はこの後に続くのです。

しゃぶしゃぶ以外の料理を出てきた順番に紹介しておきます。書き忘れていましたが食べた場所は中国の安徽省でした。

最初はやはりスープが出てきました。


次は鳥料理です。


新鮮な活きた海老を茹でたものですが、これは色んな料理で出てきます。特に台湾は多いですね。


小さい烏賊の料理です。ホタルイカよりは少し大きいような感じです。


辛い料理を蒸しパンに挟んで食べます。


ホタテと苦瓜です。ホタテは高級食材です。烏賊も入っていました。


木耳の料理です。


シャキシャキしていました。


驚いたことに糸コンニャク(シラタキ)が食材に使われているんです。これも料理が徐々に変わって来ている証拠です。
日本向けの食材が徐々に中国に出回ているのだと思います。


キャベツの炒め物なんです。これは昼食の時は必ず注文するほどの日本人に人気の料理です。


魚のスープです。掲載していませんがこれ以外にもう一品スープがありました。


ここで冒頭の写真のアワビのしゃぶしゃぶが出てきました。スライスするために活きた鮑に軽く熱を加えて柔らかくして水平にスライスしているそうなので、広い身で食べ応えがありました。日本ではシヤブシャブと言えば生なのでここまで広いスライスの身には出来ないと思います。
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日本にはない野菜です。ウドとセロリを合わせたような食感の野菜です。


魚です。ホーボーのような見たことのない魚でした。


野菜です。


カボチャの団子です。甘みのある団子でした。


春巻きです。これは安徽料理ではないですね。


さらにスープです。これ以外にもう一品ですべてです。


中国での席の座り方を説明しておきます。この食事の招待者の主賓がこの背の高いナプキンの席に座ります。それ以外の人の席は最初から決めている場合は問題ないのです。決まっていない場合は招待者の主賓に残りの席を決めてもらえば良いのです。客人の中で一番目の人が主賓の右側に二番目の人が左側に座ることが多いみたいです。左と右が反対の地域もあった気がしますが主賓に決めてもらえば特に悩みませんね。

タグ:中華料理

510gのステーキ [ピッツバーグ]

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本報告でピッツバーグからの記事はとりあえず終了です。ここに来て最初に撮ったのがこの肉の写真です。アメリカはやっぱり牛肉ということで最後に取っておきました。

ピッツバークに着いた日は早速にステーキを!とホテルの人に聞くと、このお店を紹介してくれました。
リブロースがこのお店の名物と聞いて18オンスと10オンスのステーキを注文しました。
写真は10オンスの方です。
 18オンス=510g
 10オンス=283g

紹介されたわりにはお店はすいていましたが雰囲気は良かったですね。クリック拡大してお店の中をじっくり見てください。
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ビールを飲みながら完食!といきたいけれど、あまりにも量が多すぎ! 日本を出てから体を動かさずに機内食を4回も食べてきた身としては完食というわけには行かないですね。 幸い3名の内、ステーキを頼んだのは2名で、もう1名はパスタだったので2人はステーキを切り分けてパスタの人にプレゼント
やっぱりアメリカは牛肉ですね。結局パスタはすべて残しました。ごめんなさい! でもパスタはハズレだったそうです。
重量級のステーキ! 1年前の暮にも経験しました。
 その時は→ 709g と 397g です。

ビールは泡なし満杯で出すのがアメリカ流! だから生ビールは泡を捨ててつぎ足して出てきます。もちろんタップリの泡の乗ったビールを出してくれるお店もあります。丘の上のサンドイッチ店は泡タップリ派 ステーキ店は中身ボリューム派かな!


ピッツバーグは2泊だけだったけれど驚くことが沢山ありました。 おかげで下の沢山の記事を掲載させてもらえました。感謝!!!
クリックするとその記事を表示するので、まだ見ていない記事があれば是非、見てみてください。
 大リーグで鳩山首相が始球式
 ヒッツバーグは高層ビルだけじゃない
 ダウンタウンの普通の景色
 アメリカで分別収集? と思ったら!
 高層ビルの谷間の静かな空間
 128年前の橋 今は通勤路
 ピッツバーグの路面電車
 通勤ケーブルカーは139歳
 丘の上の住宅地
 丘の上のサンドイッチ店
 水陸両用車
 街角のすてきな光景
 アメリカのシーフード料理
 ピッツバーグの夜景
タグ: 米国

アメリカのシーフード料理 [ピッツバーグ]

IMGP8476-50.jpg

ピッッバークの夜景」で紹介のレストランで食べた料理を紹介します。アメリカは牛肉以外の料理は、たいしたことがない!一般的な評価だと思いますがここのシーフド料理を食べて見直しました。
お店の名前MONTEREY BAY FISH GROTTO
名前の通りシーフード・レストランです。 上の料理はシーバス(すずき)の料理です。

スープは目の前で入れるパフォーマンス付きです。


名前は忘れましたがこれも白身の魚です。きのこが沢山入っています。


ここまではすべて今日のお店のお勧め料理です。
最初に頼んだのがこれです。
一番手前がマグロとサーモンの串焼き
向こう側が見ての通りエビです。
真中がカニです。身を取り出して料理してくれているので食べやすいし食べ応えがあります。結構、身も大きいかったですね。この一皿はおいしかったです。
   
ライスです。 チャーハンのような感じです。なかなか食べやすくここでも好評だそうです。


そこで飲んだのが地元のビールです。

コスモスの丘に行ってきました。 [話題]



印西市の牧の原公園にコスモスが咲いていると聞いて行ってきました。車で20分くらいで行けるのですが初めての訪問となりました。コスモスと言えばピンクの色ですね。

朝の光を浴びて透き通った花びらがきれいなシルエットを見せてくれていました。


白いコスモスもきれいでした。


こちらではピンクと濃エンジ色と白のコスモスが咲いていました。


印西牧の原公園の中の「コスモスの丘」ではNPO法人ラーバン千葉ネットワークが市民のボランティアを募集して、畑作りから種まきや草取りを行なってコスモスを咲かしているそうです。10月の初めの土曜日と日曜日に行われる、コスモス里山まつりも今年で16回目になるそうです。ニュータウンの地域の住民の方々が自分たちのためにコスモスを自ら植えているのです。


印西牧の原公園は通称「ひょうたん山」と呼ばれる標高41mの築山を中心に広がる公園です。この辺りは古墳が沢山あることから古墳を意識したシンボルなのだと思います。実は公園についてもコスモス畑を見つけることが出来ませんでしたが、その築山に登ってコスモスの丘を見つけることが出来ました。
下の写真はコスモスの丘から見た公園のシンボルである標高41mの築山です。


コスモスの丘の丘のシンボルが、こちらの石の柱群です。コスモス畑の中には小道があり中を歩くことが出来ます。そこで携帯で写真を撮っている光景にも出会いました。誰かにメールでもするのでしょうか。


ここはニュータウンに隣接していることから若い家族の人が沢山来られていました。お父さんが記念写真を撮っているところなのでしょう。


若いお母さんが子供の写真を撮っている光景にも出会えました。


コスモス畑の中を歩けるのはいいですね。


こちらでも、お父さんが写真を撮っていました。


散策に来る人も徐々に増えてきていました。
秋の素晴らしい契機に出会えました。So-net内にも沢山のコスモス記事が掲載されていました。→1週間 1ケ月 3ケ月 6ケ月 1年


印西牧の原公園のコスモスの丘と標高41mの築山(ひょうたん山)の位置関係は下記の通りです。赤いマーク( )がコスモスの丘です。野球場と思われる広場の南東方向の三日月状の緑地部分がコスモス畑です。黄色いマーク( )が築山です。2つの山が瓢箪のように並んでいるのがわかると思います。
アイコンマイナスを数回クリックすると公園の場所が判ってくると思います。

より大きな地図で印西牧の原公園を表示

王女たちの部屋 [ヴェルサイユ宮殿]

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前記事で紹介した2階の戦闘の回廊を見た後は、1階に降りて王女たちの部屋のエリアに行きました。上の配置図はヴェルサイユ宮殿中央部の1階の間取りを示しており、緑色で塗られている部分が、王女たちの部屋(居室)として公開されている部分です。その部分の部屋の名前を紹介いたします。部屋はヴィクトワール王女関係とアデライド王女関係とその他で分類いたしました。
ヴィクトワール王女 アデライド王女 その他
 ② 第1控えの間  ⑧ 奥の間  ① 下の回廊
 ③ 貴人の間  ⑨ 寝室  ⑪ オクトンの間
 ④ 大広間  ⑩ 大広間  
 ⑤ 寝室    
 ⑥ 奥の間    
 ⑦ 読書の間    

アデライード王女とヴィクトワール王女は1歳違いの姉妹で、二人共にヴェルサイユ宮殿で誕生いたしました。2人はフランス国王ルイ15世と王妃マリー・レクザンスカの四女と五女です。下の絵は二枚ともにWikipediaから転用させていただきました。
 左の絵 アデライド王女   1732年3月23年~1800年2月27日
 右の絵 ヴィクトワール王女 1733年5月11日~1799年6月07日
クリックするとWikipediaを表示クリックするとWikipediaを表示

王女たちの部屋の場所をGoogle地図で表示しました。
  ヴェルサイユ宮殿
  王女たちの部屋 1階  
  戦闘の回廊   2階


それでは①~⑪の部屋の写真を紹介したいと思います。

① 下の回廊
2階にある「鏡の回廊」の真下にあります。鏡の回廊ほどの長さはありませんが約40mの長さがある回廊です。
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こちらは回廊の南端の壁です。この壁の奥には王子たちの部屋があります。ただし、入口は閉鎖されているので行くことは出来ません。
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こちらが回廊の北の端の壁です。左側の通路を進むと王女たちの部屋に進むことが出来ます。
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回廊の中にあった石像です。
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② ヴィクトワール王女の第1控えの間
(Première antichambre de Madame Victoire)
ここは元はルイ14世の浴室の間でした。当初は壁と床には多色の大理石のはめ込みの装飾と、ランス産大理石でできた八角形の大きな浴槽がありました。この浴槽は現在はオランジュリーにあるそうです。その後、執務室として、トゥールーズ伯爵が1692年から1724まで、トゥールーズ伯爵夫人が1724年から1750年まで、またアデライド王女が1752年から1753年まで使用したそうです。1755年から1767年までソフィー王女が寝室にした後、同王女の第一の控え間、その後1769年にはヴィクトワール王女の第一の控え間となったそうです。
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③ ヴィクトワール王女の貴人の間(第2控えの間)
(Seconde antichambre de Madame Victoire)
もとは浴室の部屋だった場所だったそうです。その後、トゥールーズ伯爵、伯爵夫人、その後アデライド夫人の第二の控えの間、そしてヴィクトワール王女がこのアパルトマンを姉妹のソフィーとルイーズと共に使用していた時の彼女の寝室になります。1767年、第二の控えの間になりました。
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木工細工は、ヴィクトワール王女の時に作られたと思われています。ブラン・ド・フォントネによるサヴォヌリー製の屏風と、鏡に取り付けられたマルタン製ワニス塗りの掛け時計が印象的でした。
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④ ヴィクトワール王女の大広間(Grand cabinet de Madame Victoire)
この部屋も、もともと浴室の居室の八角形の間だったそうです。こちらの部屋には沢山の調度品がありました。
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丸いテーブルと椅子も印象的でした。
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別の角度から見た部屋の景観です。見事な調度品がならんてせいるのかわかってもらえると思います。日々の、彼女たちの華麗な生活が伝わってきます。
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⑤ ヴィクトワール王女の寝室(Chambre de Madame Victoire)
この部屋がヴィクトワール王女の寝室として使われるようになったのは1769年からです。それまではトゥールーズ伯爵、伯爵夫人、その後アデライド王女、そして最後に末の王女たちの第二の控えの間として使われ、1767年にソフィー王女の寝室として使われました。
見事なベッドが印象的でした。
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別の角度からの写真です。
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⑥ ヴィクトワール王女の奥の間(Cabinet intérieur de Madame Victoire)
この華麗な小部屋と図書室はもともとは1つの部屋で、トゥールーズ伯爵夫人の控えの間でしたが1767年に分割され、この小広間(ヴィクトワール王女の奥の間)と図書室になったそうです。
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沢山のテーブルと椅子が置かれていました。
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⑦ ヴィクトワール王女の読書の間(Bibliothèque de Madame Victoire)
戸棚には王女たちの紋章の入った製本が所蔵され、王女たちの姪に当たるエリザベット王女の所有であった地図コレクションの入った手箱、アデライド王女のために1775年に納品されたセーヴル製の中国的装飾モチーフの磁器製コーヒーセット、数字とヴォクトワール王女の紋章入りのテーブル用の真紅の鐘があります。
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傾斜のある机は、ソフィー王女とルイーズ王女がフォントヴローの修道院から戻ってきた1760年に、彼女たちのために納品されたものだそうです。椅子は、ベルヴュー城でのヴィクトワール王女の家具調度品の一部として使われていたそうです。
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⑧ アデライド王女の奥の間(Cabinet intérieur de Madame Adélaïde)
この小部屋は、 ポンパドゥール夫人の赤い漆の小部屋として当時は有名だったそうです。
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緑色の椅子が印象的でした。
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⑨ アデライド王女の寝室(Chambre de Madame Adélaïde)
この部屋は、1769年から1789年までアデライド王女の寝室でした。
こちらも見事なベッドが置かれており、木工細工の装飾は王女のために1766年に製作されたものと考えらているそうです。
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こちらの寝室も別の角度からの景観を紹介します。
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暖炉周辺もきれいな調度品で飾られていました。
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⑩ アデライド王女のの大広間(Grand cabinet de Madame Adélaïde)
アデライド王女の所有していた小さなパイプオルガンが印象的でした。
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この部屋を現在の形にしたのも、サランコリン製の大理石の暖炉を取り付けたのもポンパドゥール夫人だったそうです。
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こちらの部屋の調度品も見事でした。
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⑪ 射手の間(Salle des Hoquetons オクトンの間)
ここの部屋が「射手」と呼ばれたのは、宮殿内の治安を司っていた館の衛兵の着ていたチュニックが「射手の胴衣」であったところに由来しているそうです。この部屋は通常その衛兵が控えていた部屋で、1672年、武具を表した装飾がだまし絵で描かれ、 みせかけの奥まった部分に彫像が置かれました。
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こちらは「射手の間」の横にある階段です。上に上がると「王の寝室」や「鏡の回廊」がありますが、見学者は階段を通ることは出来ませんでした。
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追伸
今日2016年9月21日から9月27日まで関西に行っています。その間はネット事情の関係で皆様のところに訪問できないことお許しください。昨日9月20日は空港まで行きましたがフライトが台風16号のために欠航となったために、今日に移動します。

戦闘の回廊 Galerie des Batailles [ヴェルサイユ宮殿]

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この写真は「王子の階段」から小さな入口から入って最初に目に入って来る「戦闘の回廊」です。

今回紹介する「戦闘の回廊」はヴェルサイユ宮殿の中で最も大きな部屋です。この回廊は、下の航空写真でも判るように、南翼の2階全体を占めていて、1837年にルイ=フィリップ王によって作られました。ちなみにルイ=フィリップ王の在位は1830年8月9日から1848年2月24日です。ヴェルサイユ宮殿自体は1624年にルイ13世の狩猟の館として建てられたのが始まりで、その後に増築が行われて1682年にルーブル宮殿から、政府と宮廷が移されて宮殿となり、その後も増改築が行われました。
  ヴェルサイユ宮殿    1682年建設 Château de Versailles 本館
  鏡の回廊  長さ 73m 1687年完成 Galerie des Glaces
  戦闘の回廊 長さ120m 1837年完成 Galerie des Batailles


ヴェルサイユ宮殿で最も大きな部屋の大きさは
 長さ 120 m
 幅   13 m   です。
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壁に掛けられた35点の絵画は、トルビアックの戦い(496年)からワグラムの戦い(1809年)まで、フランス軍の歴史における最も重要な出来事を描いたもので、ウジェーヌ・ドラクロワ作の「タイユブールの戦いの聖王ルイ」、フランソワ・ジェラール作の「アンリ4世のパリ入城」、オラス・ヴェルネ作の「フォントノワの戦い」などがあります。
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上の写真と似ていますが見ている方向が違います。こちらの写真は窓が左にあり、上の写真は右にあります。つまりこの写真は南から北方向を撮った写真なのです。この部屋では600人から800人までのディナーパーティーを開催することができます。
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こちらの写真も窓が左にあるので南から北方向を撮った写真です。「戦闘の回廊」では北端と中央と南端にそれぞれ8本(北端)、32本(中央)、8本(南端)の柱が建てられており、それが回廊のアクセントになっていました。写真に写っているのは中央と北端の柱群です。
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中央の32本の柱群からの「戦闘の回廊」の景観です。ここが回廊の中心部になります。片側が60mで総長さが120mになります。
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天井は天窓になっていました。
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天窓と梁の間の天井の装飾です。
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中央の32本の柱群と天井の飾りです。
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その柱群の部分の天井の装飾を拡大いたしました。
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35点の絵画はいずれも大きかったです。
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絵画をいくつか紹介したいと思います。こちらは1242年7月21日の戦闘を描いたもののようです。
BATAILLE DE TAILLEBOUR G
GAGNEE PAR SAINT LOUIS
21 Juillet 1242.
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絵画と絵画の間には沢山の石像が飾られていました。
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こちらの絵画は1214年7月27日の戦闘を描いたもののようです。
BATAILLE DE BOUVLNES
GAGNEE PAR PHILIPPE AUGUSTE
27 Juillet 1214.
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こちらの絵のタイトルは写真からは読み取れませんでしたが大作でした。
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回廊の一番北側の部分です。
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その北側の壁の絵がこちらです。
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そして、こちらが南の端です。
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南の端の壁の絵を拡大いたしました。
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回廊の南端に近い場所から見た外の庭園の景色です。
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回廊の南端からは元の場所に戻る細い廊下がありました。その廊下の写真を紹介したいと思います。
  戦闘の回廊
  廊下


戦闘の回廊の南端の出口を出てすぐの通路(廊下 )です。突き当りを左に曲がるとまっすぐな廊下を見ることが出来ます。
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こちらが、その長い廊下です。回廊と呼んでもいいかもしれません。石像が沢山並んでいました。
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途中で窓がなく暗くなる所かせありました。
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暗いところを過ぎるとまた明るくなりました。
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外には煙突が沢山見えました。
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出発地点である「王子の階段」に戻ってきました。
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下から見上げた「王子の階段」です。ここから1階に下りました。
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追伸
今日2016年9月20日から9月27日まで関西に行っています。その間はネット事情の関係で皆様のところに訪問できないことお許しください。


2016年9月20日 14時10分追伸 タイトル:飛行機が欠航になりました。
成田空港11時55分発で関西空港行きのフライトに乗るつもりで成田空港まで行きました。台風16号のために、結局12時20分に欠航との結論になりました。今日の新幹線に乗るつもりで、搭乗口を一番で離れて駅に向かいましたが、念のため航空会社のチェックインカウンターの一部に欠航扱いカウンターが開かれたので、話を聞いてみようと行ってみると、先頭に並ぶことが出来ました。今日のフライトは満席だったので、明日の朝一のフライトを聞くと空いていたので、そちらに変更してもらい、先ほど家に帰ってきました。幸いにも台風16号は9月20日21時ごろに、静岡県沖で温帯低気圧に変わりました。
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秋茄子のピッツァ仕立て [料理]

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先日の記事で紹介したように、懐かしい人たちとクリックすると拡大イタリアン・ワインバーに行って右の写真の「茄子のピッツァ仕立て」と言う料理を知りました。我が家でも簡単に出来そうなので昨日(2016年9月18日)の夕食で作ってみることにいたしました。
pokoさんの記事「美味しかった~」で、この「茄子のピッツァ仕立て」を作られたことを知って、試してみる励みになりました。

このピッツァは小麦粉の生地を使わないで、茄子の薄切りを生地に見立ててチーズと具とビザソースを乗せて焼いたものです。
茄子と具は冷蔵庫にあるものだけで作りました。チーズとピザソースも買ってありました。具としてはハムとピーマンと太めの竹輪を使いました。これをガスオーブンを使って焼きました。
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焼きあがるまでの間にカマンベールチーズで赤ワインを飲みました。
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これが焼き上がりです。クッキングペーパーのまま四角いお盆に乗せてテーブルに出しました。オーブンの設定温度は270℃で、とりえず時間は9分にセットして、様子を見ながら9分の少し前に取り出しました。つまり焼き時間は8~9分です。オーブントースターの場合は、もう少し時間が必要かと思います。
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熱々はすばらしく美味しかったです。
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美味しさをお伝えしたくて、さらに拡大いたしました。クッキングペーパーに流れ落ちてカリカリになったチーズは格別でした。竹輪は太めの、ちょっと美味しいもの使うことをお薦めします。偶然に冷蔵庫の中に美味しい竹輪が残っていたので試せました。
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サラダも用意してもらいました。
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コーンスープもいただきました。
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これがハムのピッツァです。
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これが太い竹輪のピッツァです。竹輪とハムを乗せたピッツァも作りました。
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やっぱりこの料理はワインにピッタリでした。
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